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握るその得物の名は

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作者:オレ
都合等により作者名公開が遅れてしまったこと等、失礼しました。下にもう少し書いておきます。
なお、この作品は惨殺シーンが含まれます。苦手な方はご注意ください。










「たっ、たの……」
 命乞う言葉を最後まで言い切ることなく、老体は半身を床に投げ出す。残る半身は何事も無かったかのように再び椅子に座り込む。
 左肩から右の脇腹にかけて斜めに入った斬り口からは、しかし一滴も血は吹き出さない。一瞬で深く焼き込んだのだ、出てくるわけがない。
「くだらないな」
 半身の後ろの壁は、同じ角度の焦げ跡がよく目立つ。肉体に加わったのは一瞬で引き裂かれるほどの熱線だったが、貫通して同時に背もたれまで斬り倒した先では、広く焦げ跡としかならないほどに散っていたのだ。
 今回の仕事はこのチャーレムの殺害だけではない。この者が脅迫の種にしている写真を回収するためだ。依頼者にとっては焼失したところで問題は無いのだろうが、自分の目でそのものであるかも確認したいのだろうな。
 依頼者によると、脅迫の時にその写真は誰とかいう偉人の本の間から取り出されたらしい。
 おもむろに本棚を覗いてみると、すぐにその一冊は見つかった。手垢が付きまくっている上に他の本より少し飛び出しており、相当出し入れしているらしい。
 本を取り出すと開くまでもなく、間から一枚の写真が滑り落ちてきた。今回の依頼者が異性と乱れる姿を写したもので、呆れたことにその写真には汚れたにおいすらこびりついている。脅迫だけでなく、写真そのものも愉しみだったらしい。
「完遂したか」
 俺は腰に巻いたベルトを回し、ポシェットを寄せる。ファスナーを開いてクリアファイルを取り出し、そこに写真を挟み込んで中に戻す。
 ファスナーを閉じながら周りを見回し、一応安全は確認する。音や気配で気付けるが、熟達した相手がまだ残っていないとも限らない。主が殺されるまで出てこない熟達者がいるとは思えないが、一応だ。
「……まったく、くだらない」
 ふと目に留まったのは、この写真を隠していた本だ。この国ではよく読まれる伝記の一つで、多くの者たちの救世主と語られる人物のものである。多くの者たちの心を支えたという話は、俺にえも言えぬ腹立たしさを与えてくる。
 刹那。俺はその本に炎を吐きかけていた。心などというくだらない物のためにどれほどの血が流れ、命が焼かれているのかをこの人物は知らない。この人物が全ての者の心を破壊していれば、今のような馬鹿な世の中にはなっていなかった。
 写真が見つかった後は部屋を燃やすようにとの指示を受けていたのだ、この本もどうせ焼かれる。ターゲットはよくこの救世主の言葉を引用していたのだが、くだらない「心」などという物の虜になるからこうなるんだ。無様な結末だ。



 ターゲットの暗殺の最中に胸糞悪い何かがあったような気がするが、なんだったか? 下らないことを無理に思い出しても仕方ないのだ、やめておこう。それよりも今回の報酬で何をするかを考えるか。
 左肩から斜めに掛けたベルトで、背中に大きめのカバンをかけている。頑丈な金属枠があるため中に金を入れておくには便利だし、背後からの急襲もある程度防いでくれる愛用品だ。
「最近ベルトも弱ってきたから、もう少し耐火性のあるやつにするか」
 バクフーンである俺の性質上、肩から斜めに掛けたベルトはどうしても首周りの噴火孔に触れてしまう。仕事柄しっかり固定するものを使いたいため、こうなるのは仕方ない。だからいつも耐火性のあるものを使っているのだが、それでもやはり使っていけば劣化する。
 明日あたり専門店にでも行って買うか。他には……。
「そこの素敵なお兄さん、今夜いかがですか?」
「うるさい」
 夜は活動する者が限定的であるため、雑多な目線という面倒事は避けられる。しかしその時間を狙うような喧騒も出てくるもので、こうして絡みこんでくる連中がいるのは厄介だ。
 言葉にドスを効かされるとは思わなかったらしく、客引きのキュウコンの女はうろたえるような表情をしていた。
 まったく、本当に胸糞悪いことが多い。他の連中はすぐに「心」などというくだらない物の虜になるが、俺はそうはいかない。やつらが賛美してやまない「心」という物で、どれだけの連中が苦しむ結果になったことか。
 だから俺は、その「心」に真っ向から立ち向かう暗殺を生業とすることを選んだ。流血を悦び糧とする姿は、多くの連中が「心無い」と言う。だが俺が葬り去ってきた連中は、皆が皆「心」を食い物にしていた。
 生き物の捕食を批判しながら、自らも獣から植物から様々な生き物を食ってきた連中。諸事情あって体の一部が利かない相手を、自らの保護の元に縛り付けることで保護者としての待遇を狙う連中。その他諸々……。
 誰もが「かわいそう」とかの「心」を声高に叫ぶが、目的はそうして得られる立場と金だ。
「ひとまず、食事にするか」
 どうにも悶々とした感情が渦巻いて仕方なかったのは、空腹のせいだろう。これは心とかは別にしても、必要なエネルギーが足りなければ上手く回らないのは全生物に共通のことだ。脳も体の一部である以上、空腹の影響を受けるのは当たり前である。
 上手い具合に目の前にコンビニがあるので、栄養スナックでも適当に買うとしよう。



「ありがとうございました」
 店員のゾロアークの男性は、いかにもマニュアル通りの挨拶で俺を見送る。露骨に周りに威圧感を向ける俺のような相手なら、普通はなるべく避けて通りたいだろう。店員という生物は本当によくやるものだ。口調に少しだけ訛りはあったが、そんなのは機械の仕様みたいなものだろう。
 保存の利く栄養スナックのため、多目に買っておいた。丁度切らしたところだから、残りはカバンの中にでも入れておかなければならない。次にまたいつ栄養の必要性に迫られるかわからないからな。コンビニの袋から栄養スナックの数本を取り出し、パッケージの包みを開ける。
 ぼりぼりという乾いた音が口の中に響く。炎タイプが必要とする水分は他のどの属性と比べても少ないため、保存しづらい生ものがあまり必要でないのが便利だ。栄養スナックなら時間も場所も取らずに摂取できるから、仕事中でも非常に重宝する。
 三本ほど摂取した。このくらいだろう。まだカバンの中には十数本を挿しておくことができる。背中に背負う形になっているカバンを、ベルトを引くことで腰辺りまで回す。金をまとめておく大きめの財布が中心にあり、その脇についているポケットにいつも栄養スナックを差し込んでいる。袋の中からまず数本を手に取り、暗がりの中でも慣れた動きでまっすぐ挿し込む。
 ……財布が無い? カバンも大きめだが財布も大きめで、手を突っ込めば否が応でも手に触れてくる。栄養スナックを挿した手をどかし、目視でカバンの中を覗き込む。やはり無い。コンビニから今までの間に落としたか、あるいは……。
 あそこから足は止めなかったとはいえ、食べながらなのでそこまでの距離は歩いていない。途中で曲がったわけでもないため、振り返ったそこにはコンビニのトレードマークの看板が確認できる。赤と緑の縞模様の上で、リザードンとフシギバナが並んでいる。
 コンビニの方に歩くこと数歩、リザードンとフシギバナの柱の下に誰かがいるのが見えた。柱に寄りかかって悠々とした雰囲気の、二足歩行の種族だ。
 特に気にしないで周りの地面を見ながら歩くこと数歩、そこにいるのはフローゼルであると気付く。誰かと待ち合わせでもしているのかと気にせずにさらに歩くこと数歩、フローゼルはこちらを見ていることが分かった。
 そもそもこんな時間に待ち合わせなど疑問だし、こちらを向いているというのも妙に気になった。一応周りにも気を配りながら、しかしフローゼルの方に急ぐことにした。
 ひょっとしたら俺の財布を持っていて、俺が来るのを待っているのかもしれない。それにしてももし拾って渡す気があるんであれば、どうして追いかけてこないのか。しかしネコババする気であれば、どうしてさっさと逃げないのか。
 そんな疑問など考える必要も無く、だいぶ近づいたところでフローゼルが手に持っているそれを確認する。間違いなく、俺の財布だ。それを悪びれも無く腕ビレと一緒にこちらに示し、まるでお得意の「挑発」技のようだ。少々憮然となりそうになった俺に、フローゼルはさらに挑発的に笑顔を見せる。



「それ、俺のだよな?」
 俺は片手を出しながら、フローゼルに近づく。まだ数歩の距離がある位置で、フローゼルは分かるようにしっかりとうなずく。何一つ言葉を発さず、どうにも不気味な奴だ。その場から一歩も動こうとしないまま、しかし財布を持つ手はこちらに差し出していた。
 変だけど不器用なだけの親切気取りの偽善者もしくは阿呆なのか? 俺はまっすぐ財布に手を伸ばした。その時。
「お前……!」
 フローゼルは財布を持つ手を引っ込めて、ついでに数歩後ろに下がった。その間も何一つ声は出さず、ただ続ける挑発的な笑み。
 目的がネコババでも親切でもないとしたら、何だというのか。いくら仕事を前面に出しているわけではないにしても、周囲に刺々しさは向けている。その相手に、わざわざ喧嘩を吹っ掛けるというのか。
「覚悟は……いいようだな!」
 もう面倒な思考などやめだ! ぶん殴る! ぶっ飛ばす! 焦げカスにしてやる! ご自慢の水など全部蒸発させて、無様な干物に晒してやる! 地獄に送ってやる! 地獄でも俺に焼かれるトラウマを抱かせてやる!
「死んでしまえぇぇぇっ!」
 俺は猛りながら、フローゼルに向けて胸いっぱいの炎を吐き出す。フローゼルの姿が炎の中に消えたが、恐らくはそこまでのダメージは受けていないはずだ。
 俺に気付かれずに「すり替え」であれ「泥棒」であれできたのだから、それくらいの実力はあるだろう。だが、その次はどうだ? 俺は右手に電撃を宿らせる。



 俺も殺しを生業にするだけに、相応の腕があるつもりでいた。いくら水タイプが苦手な相手であっても、炎以外の攻撃で打ちのめせれば十分なはずである。
 相手のフローゼルという種族柄、守りの弱い体への「雷パンチ」で十分だと思っていた。素早い種族であっても、今の攻撃からなんら無駄なく入ってこれる奴がいるとは思わなかった。
 電撃をまとわせ握った手の反対側に回り込み、フローゼルは横薙ぎに尻尾を振るってきた。尻尾全体に水の力を宿らせ振るう「アクアテール」は、ここまで俺の隙を突きまくれる実力者としての威力を併せていた。
「お、ま……」
 苦手属性の攻撃をまともに腹に受けて、俺は喋るのもやっとだった。どうやらこいつの目的は、俺への挑戦だったようだ。過去のどのターゲットだかは興味はないが、大方俺に殺された身内の仇討ちだろう。
 怒り心頭で挑発されて、俺としたことが情けない。もう後悔の念も出てこない。俺は絶望に目を閉じる。
 俺の額を軽く叩く感覚があった。よくわからないままに、俺は絶望の闇から目を開ける。憎き仇敵である俺を討つために戦っていたはずのフローゼルが、満面の笑みで俺に呼びかけていた。相変わらず不敵な笑みで腹立たしい。
「一体、何の用だ……?」
 相変わらず一言も話さない。この様子だと、恐らく身内の仇討ちでもなさそうだ。本当にこいつは何者だろうか、見当もつかない。
 そう思った瞬間フローゼルは再び俺の額に数度触れ、今度はその手で自身の胸を示し始めた。これでは普通であれば何を言っているかはわからないが、だというのに俺は何となくこいつの言わんとする意味が理解できた。
「お前……今の俺の怒りもまた、一つの『心』だというのか?」
 俺の言葉を聞くや、フローゼルは口元を吊り上げる。不意に肩から下げたカバンの重みが増す。確認したわけではないが、重さからしても俺の財布を戻したのだとわかる。こいつは……俺の「心の否定」を否定しに現れたというのか?
「お前……何故?」
 心持たない暗殺者は少ないにしても俺だけではないから、わざわざ俺だけにかかることはない。他からそんな話は来ていないから、誰彼構わず次々にこうしているというわけでもなさそうだ。そもそも、そんなことをしてこいつに何の利があるのだ? こういうやつには俺でなくても何かを得られる相手などいるはずだ。
「待て……!」
 そんなことを考えている間に、フローゼルは一歩後ろに退く。訊きたいことが沢山あるというのに、俺の中の物を壊すだけ壊して逃げるつもりなのか? しかしアクアテールと同時に何を仕掛けたのか、俺の体では追うことができない。
 相変わらずの挑発的な笑みのまま、向こうへ向こうへと飛び退くフローゼル。その姿が見えなくなるよりも早く、俺の意識は果てていた。



「ねえ……大丈夫?」
 まるで現実味のないような遠くからの声。声の主を探すも、まぶたが開かない。全てが異様に重く、体が言うことを聞かない状態。
 恐らく体が一度冷え切ってしまったのだろうか。炎タイプであればこうなると話には聞いていたが、実際になったのは初めてだ。
「く……!」
 必死に全身に力を込め、なんとかわずかな声を絞り出す。まだ感覚が戻らない。全身に再び火が点るのは、恐らくまだ先であろう。
 胸に重い物がのしかかったような感覚はあったが、それに何の衝撃も感じないほどだからすさまじい。
「良かった、生きてた!」
 だというのに、どこからともなく響いてくる声は遠慮を知らない。俺の体の苦しさなどどうということなく、幼気な声がさらに頭を殴りつける。俺は子供の高い声が苦手だ。
「ここは……?」
 ようやく薄目が開くようになったので、俺はやっとやっとだが周囲を確認する。フローゼルのアクアテールで気を失った時は、確かコンビニの看板の柱の下にいたはず。
 少し目線を先にやると、その柱からは少し離れている。無意識のうちに塀際まで移動したのだろうか?
「何かあったの? 体、まだ苦しい?」
 聞くだけでストレスを掛けてくる高い声の主は、胸に引っ付いていても仕方ないと思ったのか離れた。少しだけ、胸に空気が入ってきた。
「お前……!」
 同時に目に飛び込んできた顔に、俺は反射的に気を高ぶらせる。今現れたブイゼルという種族は、フローゼルの進化前の姿だ。こいつに関係がある奴かはわからないが、どちらにしろ俺の気持ちを逆なでするには十分だ。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
 そう思った瞬間、俺は自己嫌悪に陥った。逆なでされたのは俺の気持ち、すなわち「心」だ。フローゼルに会うまではそうは思わなかっただろうが、それを今度はブイゼルに思い出させられた。因縁深い話だ。
「ねえ、動ける? お医者さん、呼ぶ?」
「いや、体が冷えているだけだ。しばらくすれば大丈夫だから、気にするな」
 こいつはとんでもないことを言いやがる。明らかに堅気とは言えない風体の俺とは、関わり合いなど避けるはずだ。大体が医者を呼ばれようものなら、その医者が俺を警察に突き出せば最悪だ。
 つい今の自分の状態をばらしたのはまずかったが、とにかくこいつには早く去ってほしい。俺の鼓膜のためにも。
「そっか。じゃあ、ちょっと待ってて」
 俺が「だからさっさと立ち去れ」と言おうとした瞬間、ブイゼルはあまりにも不穏な言葉を放つ。終わったか? 今度こそもう駄目か? 仕方ないと全てを投げ出した時戻ってきた足音は、一つ。
「はい、どうぞ」
 ブイゼルは缶のココアを持って戻ってきた。それが温かい物であることを確認させるためだろう、一度俺の頬に当てる。何か悪戯の気持ちでもあったか、妙に笑ってみせる。
「ほら、飲んでよ」
 ブイゼルは缶の口を開け、俺の口元に突きつける。立ち上る甘い香りに、異様なほど頭が刺激される。それでも飲もうとしない俺の原因は動けないからだと思ったのか、ブイゼルは俺の体を少し傾ける。そして少し顎を押し上げ、口の中にゆっくり流し込む。



 ようやく立ち上がった俺を、ブイゼルは満面の笑みで見上げる。
「お前、どうしてこんなことをした?」
 恩という物は典型的な「心」であり、俺は否定し続けてきた。しかし、今はできなかった。その「否定したい」というのも「心」であると思うと、もうわけが分からない。
「だって、助けてもらったんだよ? お礼するの、当然でしょ?」
 身に覚えがない。ブイゼルは丁寧にこちらを向いて立ちなおしているが、身に覚えのないことで礼をされても困る。
「私、あのチャーレムに奴隷として買ったって言われたんだ。これからどうされるか怖くて震えていたら、外が騒がしくなって……出てみたらおじさんがあの家の人たちと戦っているのが見えて」
 ようやく腑に落ちた。こいつを助けたのは偶然だし、むしろあの場で現れてたら礼をされる前に始末していた。身に覚えのないのが当然なのだ。
「目的はお前じゃない」
「でも私が助かったのは間違いないでしょ? 本当に、ありがとう」
 とはいえ、これ以上絡まれるのは御免こうむりたい。何か言いぬける方法は無いかと模索を始めることにした。声の質もそうだが、こいつは言葉一つ一つも妙に腹立たしい。
「なら、これでもう貸し借りなしだ。もういいだろう?」
「もっとおじさんにしっかりお返ししたいの」
 なんだかいくら言っても無駄な気がしたので、俺は踵を返してその場を立ち去ろうとする。本気で逃げたいという衝動すらあったが、流石に子ども相手に本気で逃げることに疑問を感じていた。
「帰れよ。家族がいるんだろ?」
「ううん。家、壊されてた」
 これには俺も足を止めた。振り向くとブイゼルも前足を突いて歩いていたが、俺と目線が合うと屈託のない笑顔で再び立ち上がる。顔からは嘘は感じられないが、家族を失った奴の顔だとも思えない。
「だからって俺は助けないぞ?」
「じゃあ、助けてもらうために手伝う。料理とかなら結構上手いんだよ?」
 言いながら、ブイゼルは揃えて伸ばした指先を上下させる。刃物で食材を切る動きをまねていると言ったところだろう。
「俺に手伝わせることなど無い!」
 一応俺とて料理ならできる。いつでも栄養スナックが手に入る場所での依頼だとは限らないからだ。食材の有毒無毒や、切り分けて無害化するための調理程度であれば問題ない。できなければ話にならないからだ。
「怒ってる。『心』が落ち着かないのって、おなかすいたからだよね?」
「俺はこいつで十分だっての!」
 わざわざ俺が嫌悪する言葉を引き合いに出され、いい加減怒髪天を突きはじめていた。こいつにはあずかり知らないことであろうから、これだけで吹っ飛ばすのも考え物ではあるが。俺はバッグの口を開け、さながら得物で脅すがごとくブイゼルに突きつける。
「試しに食べてみてよ? それからでいいでしょ? 丁度スーパーもあるしさ」
「行かねえっての!」
 しかしこれで全く怯えないブイゼルも恐ろしいものだ。俺の中に絶望とも恐怖とも知れない感覚……もう「心」でいい。ブイゼルはスーパーに拉致しようと、俺の手をつかんで引っ張りはじめる。ええい……こんな子供の力、すぐに引きはがしてやる!



 来てしまった。こんな無力な子供に対して、俺はそれ以上に無力だというのか?
 カートの籠にがんがん生ものを放り込み、鼻から料理する気満々だ。こいつならソニックブームとかで切ることは可能だし、水も出せる。俺の協力前提なら火起こしも問題は無い。協力する気はないと言いたいが。
「これも食べる?」
 カートの籠に登って目線の高さを合わせたブイゼルは、俺に甘いにおいのするスティックを向ける。ビニールで包まれてはいるが、それでもにおいが分かるほどの生の木の実スティック。遠い昔の幼少の頃食べていたことはあったが、もう十数年は食べていない。
「俺はあれで十分だっての」
 言いながら、俺は少し離れた位置にある売り場を指差す。スーパーというのは細かい売り場が並んでいて厄介だが、それでもカバンの中身を見ていたせいか、ブイゼルは何を示しているかは理解してくれた。
「あれ? あれで満足できるの?」
「栄養はむしろあちらの方が便利だ。問題ない」
 その上で、すぐにまた訊ねてきた。それからの十数年間はずっとそれ以外は食べずにきていたから、今更気にすることなど無い。むしろ栄養価とかの計算がしやすいあちらの方が便利だ。
 俺のように体を酷使する生き方を望まないのであれば、そこまで緻密な栄養計算ができなくても問題は無いだろうがな。
「えー? 体ばっかり栄養取っても『心』に行かないじゃない?」
「お前は……まったく」
 そしてまたしても俺の嫌ってやまない物の名を平然と口走る。
 運がいい奴だ。昨日の俺なら、子供だろうが容赦なく叩き飛ばしていたはずだ。だが今の俺にはそれができない。
 俺を見る純粋な目は、あのフローゼルが使ってきた体術すらも超越していた。
「お金ならあるよ? あの時に持ち出したものだけどね」
 ブイゼルは言いながら、小さなバッグをつかんで示す。俺が襲撃した時のどさくさに、手近なところから拾ったのだろう。もうあの建物は燃えてしまったからには、しかも見るからにわかるわずかな金を追いかけられるとは思えない。
 今のお前にとっては貴重な金なのだからと言おうと思った。だが、できなかった。
「ちょっと待ってて。レジ行ってくる」
 止めようにもどうしようもできないでいた俺に構うでもなく、ブイゼルはレジへと走り出していた。カートをつかめば楽に止められるのに、できなかった。
 信じられないことだが、俺の中にも猛烈な勢いで「心」が根付き始めているらしい。そして、それゆえに随分と沢山のものを失ってしまった。



 支払いを済ませたブイゼルは、嬉しそうに俺に駆け寄り戻ってきた。両手にビニール袋をぶら下げ、満足そうな顔だ。
「ありがとうございました」
 店員の朗らかな声が、どうにも今までとは違う色を持っているように感じられた。今まで生きていたのが色気の無い無機質な世界であるように、何故か急に思えるようになってしまった。
「それじゃあ、行こう?」
「おい? まったく……」
 さっきから「まったく」しか言っていないような気がする。俺の持つ言葉の貧相さが妙に気になってしまう。
 ブイゼルは素早く俺の手に指を引っかけ、店の外まで引っ張りはじめる。簡単に振り払える力であるとかは、もう考えたくもない。
「はい、食べよう?」
 ブイゼルは取り出した二本のスティックのうちの一本のビニールをはがし、柄を持ちやすいようにこちらに向けて差し出す。それを受け取るべきか、俺は一瞬ためらわれた。これを受け取ることで、俺は再び「心」に支配されるのではないかとの不安が過ったからだ。
「なに、怖そうな顔して? 買ったばっかりだよ?」
 そして即座に、こいつは俺のその不安も「心」であると喝破してくれる。本当に、こいつには勝てない。もしかしたら、こいつなら答えを知っているんじゃないか。俺は訊いてみることにした。
「なあ、お前は『心』ってどういう物だと思う?」
「えー、なに? 難しいこと訊かないでよ」
 訊いた俺が馬鹿だった。見るからに幼い子供の答えを期待するなど……。
「でも世界中のみんなが持っている物だから、そんなに悪い物じゃないんじゃない?」
 本当に馬鹿だった。どれほど考えても答えが出ない、そんな問いへの子供の答えに期待するなど。
 世界を席巻する俺たちの種族が共通して持つ以上、それだけ有用な「道具」であることは動かせない。状況に応じて使い方は変えなければならないにしても、邪魔な物であれば世界を席巻できるわけがない。使い分けが必要だから、神格化すればそれこそ俺が嫌ったように争いを誘う。かといって俺のように使い方を誤った者だけを見ていては、考えても答えなど出せない。奴らも俺も……両方が間違っていたんだ!
「あ、ああ……」
 こういう時に言うべき言葉は、俺も知識にはある。だが、今の俺が実践するにはあまりにも難しい技術だった。
 俺はその甘い香りを口に運ぶ。愚行への誘惑に例えられる類の物だが、むしろ今の俺には愚劣な自らを斬る得物だった。長く共にいたからこそ、決別への痛みは大きいのだが……。俺は涙を流しながらも、それまでの俺への別れを口にする。
「どうしたの?」
 そんな俺の涙を見れば、何も知らないブイゼルはさすがに驚くだろうな。だが、今は許して欲しい。この前のフローゼルはあるいは、将来のこいつ自身なのかもしれない。我ながら酷い妄想だとも思う。大体があのフローゼルとこいつでは性別が違う。それでも、こいつと直につながる関係を持つ誰かであるのは間違いないだろう。
 そう考えれば、俺だけを選んで現れたのも説明はつくわけだが……。考えても仕方ない。



 俺はつまらぬものとして捨てていた物だが、ブイゼルはそれで俺を救った。お前が握るその得物の名は「心」だ。



 今回も大会にて失敗を晒してしまいました。以前は不必要に挨拶を書き込んだ失敗、今回は冒頭の惨殺の注意書きを入れなかった失敗。
 それだけでなく、終了後の「作者は誰だと思いますか?」も重大な失敗だったような気がしました。せっかく作者名を伏せているから、作風が似ている人の名前から作品を別な見方ができるきっかけになったり、作者当てを楽しみにしている人がいるんではないかと思い込んでいたりというのを期待していたんですが……。
 一人の方の名前しか出なかったため、なんだか巻き添えにしただけの申し訳のなさを感じてしまいました。

 そして今日まで公開を遅らせてしまったのも失敗でした。三月中には公開できるめどがあったのですが、あることを当て込んでいて今日とその時に決めました。丁度「5で割ると3余る日付」というわけのわからない拘りにも合致したおかげもあって。ただそちらの方に少々変更があったおかげで、さらにさらに上手くいかない結果となってしまいました。



 ひとまず言い訳はここまでにしておきます。この作品について。

 今回はエゴ全開でいってみました。ポカブや次のやつがはっちゃけたのを意識したわけではありませんが。次のやつも完成しているので、そう時間はかかりません。
 テーマが「心」ということで、せっかくだし何かないかと思っていたところ出てきたのがこちらです。前回の「お兄ちゃんだけど~」の短編詐欺事故は結局今回も健在のままとなってしまい、これも文字数オーバーを必死に削った始末です。もう少しあったらバクフーンの過去を掘り下げたかったのですが、やはり短くまとめることは課題として持ち越しという結果になりました。
 人の心は時に暴走し、戦争をはじめ様々な問題を引き起こします。しかしそんな「心」を共通して持つ人類が地球全体に版図を広げているという事実から、心は生き残っていく上で重要なツールであるという風にテーマを考えたことがこの作品の始まりです。ただ、先述した思い込みにより「簡単に作者を当てやすくするのはどうなんだろう?」→「簡単に作者を当てられるのは良くない?」とさらに思い込みを増やしてしまい、キャラの動きに制限がかかってしまったのが残念だったと思います。
 もちろん今までの自分の作品とつなげないという手もあったとは思いますが。そもそも「八つの扉へ」は書き直しを当て込んで削除してしまったため、それとつなげるのもまたどうなんでしょうか? 上手く言えないところです。

バクフーン
 彼は「八つの扉へ」で出てくるバクフーンにつなげたキャラです。彼には「強さや力とはどういうものなのか」というテーマを与えており、今回はそれを全面に出してもらいました。
 前回からの課題として「ポケモンに装備品を付ける場合それの描写が抜けがち」という点があったので、首筋の噴火口にベルトを回したりしました。メイキングもなかなか難しいものです。

フローゼル
 彼は「八つの扉へ」のフローゼルと、こちらは同一人物です。独特の喋り方をするキャラなので、下手に喋らせたら一発でばれると思い喋らせませんでした。こうなってしまった原因の「思い込み」を「心」と捉えるなら、自分には間違いなく負の結果が出ていますね。残念がすぎます。
 個人的にはバクフーンとフローゼルは「互いに意識しあう最高のライバル」です。異論は認めます。

ブイゼル
 彼女は今回まったく初めての顔見せです。でも何気に次の作品での出演予定があったり。最初から字数制限に引っかかる不安があったので、有耶無耶にしたまま書き出した点がありました。字数制限に対して性急な展開はある程度仕方ないという点から、子供の発言が思わぬ点を突いたという流れはやりやすかったと予想したのかもしれません。もちろん字数制限にかからなければ、限界まで文字数を使ってその辺をどんどん埋めていきたかったわけですが……。
 ちなみに自分は「急に上がる高い音」が苦手で、たとえば「子供の急な大声」なんかもそうだったりします。バクフーンにはそれをもう少し極端にいってもらいました。

ゾロアーク
 コンビニの店員としてちょっと出しただけなので、特に気に留めないでいた方も多いのではないでしょうか? 何気に「お兄ちゃんだけど~」の「若松家の父」として意識していたりします。逆にわかりづらい形に織り込むのは悪くないのかとか思ってしまったり、もう滅茶苦茶ですね。
 投稿日が8日だったり、何気に自分要素も残しているわけですね。いえ、8日なのは割かし偶然ですが。



 そして投票いただいた方へのお礼です。

テーマである心を強調していて、良かったと思います。
さらに、ストーリー自体もとても面白く、読みやすかったです。 (2013/03/16(土) 12:42)

 テーマが発表された後にゼロから考えたので、強調はやはり上手くいったと思います。
 まだまだ穴が残っていた作品なので、次回はもっといいものをと思います。

テーマに即していて、響くものがありました。この一票が優勝に繋がりますように (2013/03/16(土) 21:02)

 優勝まで意識した投票、ここまで評価していただけるのは嬉しい限りです。
 好きなことだしと思いながらも、やっぱりこういう評価は嬉しいです。

 その他読んで下さった方々、主催者のrootさん、皆さんありがとうございました。



お名前:
  • >2013-03-19 (火) 00:29:34の名無しの方
     結果は見ての通りです。当たり外れ問わず、お付き合いいただきありがとうございます。

    >トランスさん
     仮面の目的が分かっていた分、逆に仮面に縛られ過ぎた気がしました。仮面の下を誰と見られているかを予想することも大事だと思い込んでしまっていました。
     エゴ全開モードになるとどうしても内容がブラックになりがちみたいです。フローゼルの方は前述のとおり敢えて隠した部分はありますが、課題に思っていた急展開にはそういう点があったのですね。わかりやすいご指摘、ありがとうございました。

    >リングさん
     基本的に金目当てではなく「心に抗うため」として仕事そのものを目的としていたという設定はあったのですが……やはりこうした点が抜けてしまう内容の粗さが問題なんですね。先の急展開にも同じことが言えるのですね。
     あえて投げっぱなしにしていたなんてのは言い訳ですね。仮面に縛られ過ぎたのも反省しなければなりません。言い方は手厳しいですが、だからこそリングさんの評価は毎回楽しみにしてます。次回は「これは」と言わせたいです。ありがとうございました。
    ――オレ 2013-04-09 (火) 00:22:51

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Last-modified: 2013-04-08 (月) 00:00:00
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