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捻くれ者のブレイズキック

/捻くれ者のブレイズキック

writter is 双牙連刃

本作は作者の書きたいなーと思った物語を勢いに乗せて出力してみた作品です!(以前大会に出そうと思って出せなかった作品でもあったり……)
 出来ない、不可能に真っ向からぶつかる事を諦めないラビフットの物語、お楽しみ頂けましたら幸いです!


 足元にあった小石を軽く蹴り上げて、足元まで落ちてきたらもう一度蹴り上げる。それを繰り返す、所謂リフティングをしながら歩くのがヒバニー、今のラビフットに進化する前からの俺の癖。癖って言うか、ヒバニーの時に得意になってやってたら癖になっただけなんだけどさ、癖って奴は一度出来ちゃうと暇になっちゃうとやっちゃうもんなんだよな。別にしたいと思ってなくてもぼんやり考え事とかしてたらやってる時なんかもあるし。
 このリフティング、本当はある技を使う為に俺が更に進化したポケモンのエースバーンがやる事なんだけど……俺はそれが進化前、というかヒバニーの頃から出来ちゃったりする。エースバーンである親父から受け継ぐ、遺伝って奴で出来るようになったんじゃないかって言うのが病院のサーナイトの先生の所見だったかな?
 ……これが、ヒバニーの時は嬉しくて仕方なかったっけな。親父や母さんも、将来はバトルアリーナのエースだーなんて喜んでくれるもんだから得意になってやってたのがリフティング癖の始まりなんだけどさ。

「にしても、器用だよなーエースって。僕そんな風に小石蹴りながらなんて歩ける気がしないよ」
「いやそもそもディーは四足歩きじゃん。それで出来たら寧ろどうやってやってんのって聞くよ俺? あと、俺の名前今はビットだかんね?」
「あそっか、進化して変わったんだっけ。でもなんでエースから変えたのさ? 別に変でも無かったし、エースの方がカッコいいじゃん」
「別に……カッコいいカッコ悪いで変えた訳じゃないし。火炎ボール有りきのエースって呼ばれんのが嫌になっただけ」

 少し高く蹴り上げた小石を、横薙ぎのキックで蹴り飛ばす。この小石に俺が持つ炎エネルギー、物を燃焼させる力を纏わせて放つ技の名前が火炎ボール。エースバーンの切り札って言える技。けど、この技を俺は今使う事を封印する程度には嫌いだ。強力だし、見た目や使ってるところも派手だから目立つ。分かり易く必殺技。それは分かってる。けど、俺にはこれよりも憧れる技がある。親父がアリーナで戦ったポケモンが繰り出した技……今の俺が目指す、俺が……覚えられないと言われている技。それを……俺は、追い求めてる。

 友達のガーディ、ディーと一緒に歩いてきたのがポケモンスクール。ま、ようはポケモンが社会に出る為のあれこれを勉強する学校だ。基本的に子供のポケモンはここで勉強をしながら大きくなったらどんな仕事をするーとか、社会に出てからの生き方を決めて行く。俺は……現在考え中。いやまぁ親父がそうだからなのか、バトルアリーナってところで技を使って戦ったりパフォーマンスをするアリーナプレイヤーって言うのになるのを期待されてるんだけど、今はそれよりも何よりも優先してやりたい事があるからあんまり考えてない。因みにディーは、これまたディーのお父さん譲りで警察、悪いポケモンを取り締まる役職のポケモンになる為に鍛錬中です。成績振るわないけど。

「な、なんか一瞬胸がチクッていうかドスッて感じで刺されたような感じがした気がする……」
「何それ? 気の所為じゃね?」
「そうかな……いや、多分そうだよね」

 ……俺が余計な事を考えた所為ではないと思っておこう。ディーのお母さんがエーフィだからなのか、妙に勘が良かったり相手の考えてる事が分かったりするんだよねディーって。危ない危ない。
 さて、と。今日もスクールの授業を流し聞く一日の始まりだ。いや、テストもあるからきちんと授業の内容は覚えるようにしてるよ? けど正直退屈でね……本当なら授業放り出してやりたい事したいくらいだよ。まぁ、それやったら親父が泣きながらマッハで追い掛けてくるからやらないけど。
 前にスクール抜け出した時は大変だった……聞きつけた親父がアリーナから飛び出して俺の事物凄い速さで走り回りながら探しに来たからね。なんとか隠れたりしてやり過ごそうとしたけど無理だった……適格に俺が居る所に目星を付けて虱潰しに探索してくるんだよ……そして捕まったら泣きながら説教されます。将来の為にスクールは真面目に通えって。あ、涙は迸る情熱が目から溢れてるらしいです、親父曰く。
 再三そんな事があり、今は俺が根負けしてスクールだけは真面目に通ってます。あぁ、俺は別にグレてないけど真面目でもない。捻くれ者だって自覚はあるしディー含む皆からもそんな感じで思われてはいます。別に気にしないけど。
 ま、俺が捻くれ者だって思われる本当の理由はスクール脱走ではないんだけどね。とある一つの事に対する助言や忠告を悉く無視してるのが主な原因です。けど、こればかりは俺の憧れかつ意地がある事だから俺は何を言われようと曲げる気は無い。寧ろ余計なお世話だって突っぱねる。俺がやるって決めて努力してるんだからほっとけって話だよ。
 けど、皆が言ってる事を理解してない訳じゃない。捻くれ者であって馬鹿じゃないつもりだからね。皆はこう言う。道理として出来ない物は出来ない、どんなポケモンにも覚えられる技と覚えられない技がある。どう頑張ったって、覚えられない技は出せないんだ。……俺の目標を言うと、誰もが口を揃えてそう言う。まぁ当然だ。俺の目標、目指している事は……ヒバニーやラビフット、エースバーンになってさえ覚える事の無い技、ブレイズキックを習得する事だから。
 あれは、バトルアリーナで開かれた炎のバトルフェスタってイベントでだったかな。親父が凄いバトルになりそうだから見に来いって言って、母さんと俺をわざわざチケットまで取って見に来させた時の親父のバトル。俺は親父じゃなくて、親父の対戦相手に目を奪われた。
 バトルアリーナでも指折りの実力者って言われてる親父に一歩も引けを取らない実力で戦う相手……親父も相手も足技が得意なポケモンだったから、お互いの足が交差すると同時に火花が散るのに観客は沸いた。そして、最後の一撃として親父が放った火炎ボールを相殺してみせた相手のブレイズキック! ……まぁ、技のぶつかり合いの余波を真面に至近距離で受けた相手がダウンして親父の勝ちにはなったんだけどさ。もし相手が火炎ボールを避けたり、受けたブレイズキックがボールの威力を上回っていたら、倒れてたのは俺だったって後から親父も言ってたっけ。
 けど、俺には勝負の結果よりも心に焼き付いた一瞬がある。全力をぶつけあって、倒れそうって時にも逃げず、親父の火炎ボールを正面切って迎え撃った炎を纏う蹴撃。そして、それを放つ時に向かってくる火炎ボールを見ながら……笑ってみせた、相手の顔。馬鹿にしたんでも、諦めでもない全力で挑むと決めた笑顔。その笑顔が、今でもはっきりと思い出せる。
 その日から、かな。俺の中でブレイズキックが特別な技になったのは。まぁ、まだその頃は意地でも覚えてやるーなんて思ってはいなかったけど。
 そっちは寧ろその後の色々があったからかなぁ……親父は相手の事を強かった、あのブレイズキックも見事だったって言ってんのに親父の火炎ボールを持ち上げて相手のブレイズキックは見劣りするとか、下位互換だのなんだのって言われてさ……その時の対戦相手もそれ以降バトルアリーナに来なくなって親父に勝てないって分かって逃げたんだとかなんとか言われて、とにかく頭に来たんだよ。あのバトルはそんな風に言われるもんじゃないだろってね。ま、俺が勝手にヘソ曲げてただけって言われたらそれまでだけど。
 そんな事もあって、だったら俺がブレイズキックは凄い技だし、あのバトル自体が凄いバトルだったんだって認めさせてみせるって意気込んで始めたのがブレイズキック取得訓練って訳。後々、ヒバニー系列がブレイズキックを自然な方法で覚える事は無いって知ったんだけどね……。
 それでも意地を張りに張って、自慢だった火炎ボールを封印してまで訓練を続けて今に至ってるから、今更やーめたって言う気も無くなった訳で。あぁ、別に火炎ボールは嫌いになった訳じゃあないよ。ただ、褒められ過ぎてこれそんなに良い技か? って疑問に思っちゃっただけ。ま、普通ならそこに疑問を持つラビフットなんて居ないんだろうけどさ。
 ぼんやりと今の俺の始まりを思い出していると、時間はあっという間に過ぎていった。やってた授業はまぁ、町の歴史とか計算とかだからそこそこ覚えてればいいかなって感じかな。真面目なポケモンはこれもしっかり聞いてるんだろうなと思うと、ご苦労様とは思うよ。
 さて、昼飯だ。今朝は母さんが忙しくて弁当が作れなかったみたいだから購買でパンを買ったけど、なんとなくお米でも良かったかなーとも買ってから思った。

「あ、ビット。探したよー、今日はお弁当じゃなかったんだ」
「ん? なんだディー待ってたの? 今日はロッコに捕まらなかったんだ」
「いや、僕だって毎日ロッコちゃんとお昼一緒に居る訳じゃないからね? って言うか、向こうが押しかけて来てご一緒しましょう! って迫ってくるから正直苦手なんだよねぇ……」
「それで逃げて来るのが俺みたいな面白くない奴のところなんだから、ディーも変わり者だねぇ……スティック辺りとつるめばいいのに」
「えー? スティック君賑やか過ぎて疲れるんだもん。ゆっくり食べるならやっぱりビットの傍だよね」
「それなら独りで食べた方が静かじゃね?」
「それは寂しいからヤダ」

 なんだかねぇ……まぁ、ディーならそう騒がないからお昼一緒でも構わないんだけど。あぁ、ロッコって言うのはディーの事が何故か大好きなロコンの牝の子、スティックはクラスで一番賑やかで友達も多いサルノリ。俺は煩いの嫌いだから基本スティックのノリに無反応を貫いてる。その所為でスティックやその取り巻きからは嫌われてるっぽいけどあまり気にした事は無い。余計な事言ったりやってきたらバトルで黙らせるだけだし。
 と、昼飯前に嫌な事を思い出したら美味しい物も不味くなるし、余計な事を考えてないで昼飯を食べちゃおう。コッペパンに野菜サラダを挟んだサラダパン……うん、悪くない。
 ディーが弁当を食べてる様子を眺めながらの昼飯はいつもとは言わないけど回数は一番多い。なんだかんだスクールではディーが傍に居る事が多い。友達は誰だって聞かれたらディーくらいしか答えられる相手が居ないんだからまぁ当然の帰結かもしれないけど、ディーは別に俺以外の友達居るんだけどね? 俺の所に来るななんて言う気も無いから、ディーが好きで来てるならそれはそれでいいんだけどね。
 パン一個なんてそう時間を掛けて食べる物でもないし、椅子の背もたれに身を預けて足を投げ出す。……そうだ、お米って言うかお握りか何かは放課後に買って行こう。どうせ今日も開口一発目はお腹空いただろうし。

「そう言えばさ、ビットってあのどーじょーだっけ? 学校帰りにまだあそこ行ってるの?」
「ん? 行ってるけど? 体思い切り動かすのには打って付けだし」
「へぇー……でもそれならトレーニングジムの方がいいんじゃないの? クラスでアリーナプレイヤーを目指してる子、皆行ってるって言ってたけど」
「あそこアリーナ直轄でしょ? 俺が行くと色々面倒なんだよなぁ……トレーニングカリキュラムとかもめんどくさいし」
「ふーん……でも皆、そのカリキュラムに従ってトレーニングすると強くなれるって言ってるよ?」
「俺は俺のやりたい通りにやりたいからなぁ。あれやれそれやるなって言われるとほっとけって言って無視しそうだからパス」
「……エース、じゃなくてビットらしいねぇ」

 ディーはスクール通ってからの友達だから変わらないって言うけど、俺を昔から知ってるポケモンは様変わりしちゃったって言うんだよね。まぁ、真面目で将来有望って言われて素直に鍛えたりしてたヒバニーが、こんな捻くれたラビフットになってるのを知ったら当然っちゃあ当然だわね。
 トレーニングジムに行きたくないのも、その素直な頃の俺を知ってるポケモンがそこそこ居るからなんだよね……親父に連れられて毎日顔出したりしてたし。ってかそもそも親父がトレーニングに来てる事も多々あるから行くと面倒なんだよ……絶対マンツーマンでの特訓始まる。間違い無く始まる。
 そんな理由もあって俺が体を動かせる場所は無いかって探して見つけたのが、ディーが言った道場ってところ。トレーニングジムが出来ちゃってからは門下生のポケモンをすっかり取られちゃって、俺が通うようになる前は道場って言う名前のデカい家と化してたみたいだけど……まぁ、俺の場合好き勝手暴れられる場所があればいいだけだったから、現在唯一の門下生に一応なったんだよね。月謝、トレーニングジムより安かったし。と言っても俺の場合、あんまり使いたくないけど親父のコネでトレーニングジムは無料で使わせてもらえるんだけどさ……強制的にトレーニングカリキュラムのアリーナエースコースって言うのやらされるけど。
 ま、行く気の無いところの事を考えてもしょうも無し。今は今日行く道場で何やるか考えるかな。あとついでに差し入れとして何持って行くかもね。
 
 ……午後の授業もぼんやりと聞き、何事も無く放課後を迎える。ディーは警察ポケモンになる為の補習を受けてるから帰りが一緒になる事は滅多に無い。俺も道場行っちゃうし、その辺りはお互い気にした事は無いかな。クラスでまた明日、程度に挨拶は交わすけどね。
 途中でフレンドリィショップに寄って適当に何個かお握りを見繕う。自分で食べる分は昆布にでもしておこうかな。よし、差し入れとは名ばかりの師匠のご飯調達完了。全く、月謝払った上にこうやってご飯まで買って行ってあげてるんだから感謝してもらいたいもんだよ。
 トコトコと歩いて辿り着きたるは、猛火道場と看板を掲げる厳つ目の建物。住宅なんかよりは大きいけど、割とコンパクトなそこの入り口を潜ると……畳張りの道場の真ん中でいつも通りお腹を鳴らしながら横になってるポケモンが一匹。見慣れてるから俺は何も思わないけど、絶対これも門下生増えない一因だと思うんだけどな。

「おーい師匠ー? 生きてるー?」
「うぅ、ビットぉー……お腹が空きました……」
「はいはい、これ食べていいよ」
「……おにぎり!」
「うぉぉ、毎回食べ物ゲットする時だけ速過ぎるでしょ」

 はい、今俺に高速で接近して買い物袋を受け取ったのがこの道場の(一応)師範、バシャーモのセンカ師匠である。俺は専ら師匠って呼ぶから、あんまり名前で呼んだ事は無い。で、早速モシャモシャとおにぎりを口に運んでおります。

「あのさぁ師匠……せめて食費稼ぐ為にバイトしたら?」
「ムグっ……それも考えてんだけどさ? やっぱり一匹とは言え師事されてるポケモンが居る者としてさ、下手なバイトしたら嫌がられるかなーって思っちゃってね?」
「来る度にお腹空かせてしおれてるのもどうかと思うよ? 俺」
「ぐはぁ!? ご尤も過ぎて胸が痛い!」

 まぁ……さっきの通り空腹で枯れてるのはどうかと思うけど、話してると面白くて割と好きではあるけどね。というか、嫌ってたら流石に訓練場所の魅力があろうと通ったりしてないってね。
 とりあえず師匠のご飯タイム中に準備体操を済ます。訓練して体痛めてたら本末転倒だしね。けど、しっかり準備体操してると結構意外に思われるんだよね……幾らかなり捻くれたとは言え、大事だと思う事はやるよ? 俺だって。

「んー、よぉし! エネルギー補給完了! さぁてさて、今日は何からするかいね?」
「とりあえず軽く走ってきて、打ち込みやってから組手、とかでいい?」
「応よ! そんなら、修行の時間と行きますか!」

 お腹さえ空いてなかったら師匠は基本元気です。で、道場で何するかとかは俺から提案すればそれに付き合ってくれるからやり易いんだよね。ま、門下が俺しか居ないからかもだけど。
 夕日に暮れていく町の中を、師匠と共にランニング。これも結構長く習慣でやってるからか、走ってると町のポケモンが声を掛けてくれる事も少なくない。師匠もポケモン付き合いは良いらしく、ご近所さんにご飯の余り物を貰って極稀に道場に行ったら最初から元気で居たりする事もある。毎回こうなら助かるのにとは師匠のぼやきである。
 あまり速度を上げず、けど手を抜いたような走りじゃなくランニングは続いて、一応定めたコースを一周走って道場に戻ってくる。俺も足は速い方だし、師匠も足は速いから町を一周するくらいの感覚でコースは定めてる。うん、程々に良い汗掻いたかな。

「ふぅ! うーん、いつもながら良い満足感」
「ん、体も良い感じに温まってるし、そのまま打ち込みお願い」
「おっ、今日はなかなか気分がノッてるねぇビット。よーし、来なさいな!」

 道場には打ち込み用のサンドバッグとかそういう物は無いから、いつも構えた師匠に俺がキックを打ち込むって形で打ち込みはやってる。せめて木の棒とか立てないの? とは聞いた事があるけど、バトルは基本相手はポケモンなんだからこの方が良いでしょと師匠は言ってた。その時は確かにって納得したけど、ひょっとしたらそういう打ち込み目標を作る資金をケチる為かも? とはちょっとだけ思ったりもしてたりはする。
 けど実際、トレーニングジムで打ち込み用のダミーなんかを蹴るより師匠に受けてもらった方が受けた感想なんかを聞けるから調子は良かったりする。俺の場合ブレイズキックの練習も兼ねてるから、キックに熱は籠ってるかとかを確認してもらうのにも都合が良かったりするし。

「んー、受けた感じ熱くは感じるんだけどなぁ? やっぱり燃えるまでは行けない感じ?」
「せぇっ! ……むぅ、感覚としては足から火を出すイメージって分かってる筈なんだけどな」
「あれだっけ? ヒバニーとかラビフットって炎エネルギーを操ってるんだったっけ? それを対象にぶつけて相手を燃やすって感覚だっけ」
「そ、う! らしいね。理論的に言うと」
「やっぱり自分の体に炎を纏うのと、対象にエネルギーをぶつけて燃やすって使い方の違いがズレになってブレイズキックになんないのかなー? どーも私にはその炎エネルギーを相手にぶつけるって感覚が分かんないから教え切れないのが痛いねぇ」

 こんな感じで受けながら一緒に悩んでくれるように、師匠は俺がブレイズキックを覚える為に訓練してる事も知ってるし、知った上で馬鹿にしたり止めさせようとしたりしないで寧ろ知恵や力を貸してくれるって言うのもここに通い続けてる理由の一つだったりする。最初は隠してたんだけど、打ち込みとかで何かを考えながらやってるって言うのを見抜かれて、正直に話して相談したのが切っ掛けかな。あの時は絶対馬鹿にされると思ってたけど、真剣に話を聞いてくれて逆に面食らったっけな。
 賞味100回くらいの打ち込みを終えて、一休み。どっちもあーだこーだ考えたり相談しながらやってるからこれくらいは毎日行きます。トレーニングジムのダミーにだったらやり過ぎだってジムで教えてるポケモンから半分くらいの回数でストップ掛かるだろうね。まぁ、師匠が受けるのが上手くて足を痛める心配が無いからこれだけ出来るって言うのもあるけど。

「ふぅー……ま、この道場に来たばかりの頃のただのキックから熱を持ったキックにグレードアップはしてるんだし、修行あるのみだーねぇ」
「それ以外に近道も……いや、あるにはあるけど……」
「技レコードは、ちょっとねぇ……」

 俺達ヒバニー系列がブレイズキックを覚える方法、実は調べてみると一つだけあった。それは、技レコードって言うポケモンの技の使い方を記録してる特殊な道具を使う方法。なんだけど……この技レコードって奴はどうやって作られるとかが分かってない古い時代の技術で出来てる物らしくて、とんでもない希少品。時々掘削作業なんかしてる内に出て来た物が売り出される事もあるみたいなんだけど、とてもじゃないけど買えるような代物じゃない。掘って探すなんて、それこそ宝探しレベルの話だよ。

「よ、よし! 実現がほぼ不可能な方法は置いといて、出来る努力をやっていきますか!」
「りょーかい。そんじゃ、今日も受けながら見してもらおうかな」
「へっへー、火傷するなよー?」
「炎タイプに言う台詞じゃないでしょ、ってね」

 座ってる体勢から立って、構える。今度やるのは組手、打ち込みとは違って師匠もこっちに打ち込んでくるんだから攻める一辺倒とは行かない。と言っても、師匠は手加減してくれてるって言うのは流石に分かるけどね……。
 この組手をする理由は二つ、かな。一つはバトルの実戦に近い状態で技を出そうとすれば、気持ちが昂る分偶発的にブレイズキックが出せるかもしれないって可能性の模索。もう一つは……。

「せぇの、しょぉい!」
「くっ、熱っ」

 師匠のブレイズキックを見て、受けて、感じる事でより俺のブレイズキックのイメージを固める。これも意外と大事で、独りで訓練していた時は起きなかった熱を持ったキックもこの見本を見るのがあったから出来るようになったとこが大きいんだよね
 勿論組手だから俺もやり返す。まぁ、今まで良いのが一度も決まった事は無いけど、だからと言って受けっ放しになったら組手とは言えないし、そもそも俺がやられっ放しって言うのは面白くない。

「こ、の!」
「おぉっと、私のブレイズキックを受けながらやり返せるようになるなんて、ビットも成長してるねぇ」
「ふぅ……流石にこの道場に来てから散々受けてるんだから、多少はやり返せるようにもなるよ。師匠を本気にさせるには、まだまだ足りないだろうけどさ」
「ふっふっふ、師範として未熟な自覚はあるとは言え、まだまだ超えさせてはやらないぜー?」
「なら、超えられるようにまだまだ頑張る、よっと!」

 俺の跳び上がってのキックはさらりと師匠に避けられて空を切る。すかさず師匠は俺に蹴りを返してくるから、それを何とか躱して蹴り返す。これが今の俺達の組手。まぁ組手と言うより、これはどう避ける、この蹴りはどう防いでどう返すって言う師匠からの謎掛けに俺が出来る限りで返してるって言った方がいいかもね。
 師匠は自分の事を未熟な師範だって言うけど、俺からして言えば、これで未熟なら俺は何なんだって言いたいよ。ブレイズキック云々も勿論大事だけど、この道場に通うようになってからは師匠を本気にさせるのも俺の目標になっていたりする。あのバトルを馬鹿にした連中を見返すにはブレイズキックが出せるだけじゃダメだ。俺自身が親父と互角以上に戦えるようになって初めてスタートラインだからな。
 ……頭で分かっていても、体がついて来るかは別問題。結局道場の畳に大の字に寝そべるまで全力で組手しても、師匠は涼しい顔をしてる。まだまだ実力の差は如実なもんだ。

「よーしお疲れ様。いいねいいねー育ち盛りだねぇビットは」
「はぁっ、はぁっ! はぁ……俺的には、力の差が埋まってる感じが全然しないんだけど」
「寧ろそんなに早く埋められたら困りますー、お師匠様の立つ瀬を奪わないで下さいー」

 なんて茶化すように言われても、今は疲れてムッとした顔するのが精一杯だ……。でも、こうやって全力で負かしてくれるのが、ちょっと嬉しかったりもする。親父やアリーナのポケモン達はよく褒めてくれはしたけど、何を頑張れとかもっと頑張れ、まだまだ負けてはやらないぞなんて、言ってくれた事無かったからかもな。
 段々息も整ってきて、体の熱が徐々に冷めて来た。そろそろ今日の修行の締めの時間かな。

「さぁて日も暮れちゃったし、本日の修行終わりの挨拶しますか」
「……ん、分かった」

 師匠の姿勢を正してって号令で寝そべった体勢から正座に座り直す。これも最初は大変だったよ……座り難いし、すぐ足痺れるしさ。流石にもう慣れたけど。

「はい、今日も修行お疲れ様でした」
「ありがとうございました、っと」

 締めとは閉め。気持ちを締めの挨拶によってそこで区切り、日常と修行や闘争を切り離す為の契りである。それを疎かにするとはそれ即ち、気が闘争に縛られ日常への回帰を叶わぬものとする事なり。はぁ、する事あるのとか別に言う事無いじゃんとか言う度に正座でこの教えをみっちり教え込まれたからほぼ暗記したよ……特に縛りの無いこの道場で唯一の戒律。始めはそこそこの挨拶でも、修行の区切りの締めの挨拶だけはしっかりする。修行漬けにならないで、ちゃんと日常も大事にしなさいよって願いを込めて作られた戒律なんだってさ。道場でそれってどうなの? とも思わなくもないけどね。

「よーし、それじゃあビットを家まで送って行くとしますか」
「別に俺だけで帰れる……って言った所で師匠はついて来るもんね。分かったよ」
「ほほぅ、大分ビットも素直になったねぇ」
「観念した、が正解だけどね」

 スクールでも生徒の一匹での夜歩きは禁止されてるから、師匠の付き添い無しで帰ってる所を見つかったら割と不味いから正直を言えば助かるんだけどね。けど散々付き合ってくれた後に見送りまでしてもらうのは申し訳ない気持ちもあるんだよ。別にカッコつけて一匹で帰れるって言ってる訳でもないよ。……ちょっとは思ってるけどさ。
 道場を出ると、涼しい夜風が俺達を撫でていく。炎タイプだからあんまり寒いとか感じる事は無いけど、まだ若干体を動かしてた余韻で体の熱が残ってて、それを冷やされると涼しくは感じるんだよね。

「おー星空。綺麗だねぇ」
「ん? あ、本当だ」
「あ、相変わらずこういうのへの反応は薄いねビット君……もっとバトルや修行以外にも心を揺さぶられなさいよー」
「わざわざ後ろに回って物理的に揺さぶらなくても、綺麗だくらいは思うってば」

 なんだかんだと言いながら師匠と歩く夜道を、これでもかなり俺も楽しんでいたりする。最近じゃ、親とディー以外でこんなに俺が話そうと思う相手は師匠くらいなもんだよ。ブレイズキック関連だけ言えば唯一相談出来る相手なんだから当然なのかもしれないけどね。

「あ、そうだ。今日の組手で思ったんだけどさ」
「ん? 組手がどうかした?」
「ビットって基本的に技使ってないよね? 一つは火炎ボールで使わないようにしてるって聞いてるけど、あと三つの技って何さ? お師匠聞いた事無いよ?」
「あー、言った記憶俺も無い。使ってないって言うより、使うタイミングが無いって感じかな」

 俺が今の所覚えてる火炎ボール以外の技を挙げると、飛び膝蹴り、ニトロチャージ、高速移動になる。飛び膝蹴りは火炎ボール同様親からの継承技。こっちは母さんから受け継いだ技らしい。母さん自身得意技だって言ってたから間違い無さそうだなと思ってる。

「またなんか……変わった技の組み合わせって感じだねぇ」
「正直なんかパッとした技を閃かないから消去方でこうなった感じ。一応どれもそこそこ便利だしね」

 例えばニトロチャージ。面倒なのに絡まれた時に加速しつつ自分の周囲を燃やしながら離脱出来るから、状況次第では相手を無視して姿を眩ましたり出来る。高速移動は言わずもがな、加速するって一念でもって体の俊敏性を高める技だから使用用途は少なくない。火炎ボールと同じく飛び膝蹴りは両親から受け継いだ技だから忘れてはいないけど、かなりギャンブル性があるから滅多に使わないかな。

「で、師匠との組手はブレイズキックの訓練も兼ねてるし、高速移動で素早さの優位を取ってあれこれするよりもじっくり色々試したり考えながらやる方が有意義だし、ニトロチャージは同じタイプの師匠に使ってもあんまり効果無いしね」
「なるほどねー。けどさ、ニトロチャージって体の周りに炎を纏うでしょ? 感覚的にはそれを足でやるブレイズキックに近いと私は思ったりするのだけど、どうなの?」
「うーん、俺の感じとしてはこう、体の中の炎エネルギーを体の周りに出して空気を燃やして炎にして、ついでに体を温めて活性化して速くなる感じかなぁ?」
「い、言い回しが賢い。けどそっか、ヒバニーやラビフットは燃やす力をそのまま使うのが上手いからやっぱり同じ技でも感覚が違うっぽいね。私が使ってた時はまず体の周囲に炎を纏って、それと一緒に突撃。その熱で体が温まって速くなる感じだったもんなぁ」

 師匠は同じ炎タイプを持ってるけど、その炎や熱の使い方の違いをこうして話し合えるのもタメになったりする。親父とこういう話しても種族が同じだから違いには気付けないんだよね。ディーに聞いてみても抽象的過ぎて分からないし。なんとなく燃えろーと思ったら体が熱くなって、それを出すようにしたら火になってる、みたいな感じ。ま、これは俺もヒバニーの頃はそんな感じだったからディーの事を呆れては言えないけどさ。体の中で炎エネルギーがどう動いてどう作用するかーなんて、ブレイズキックはどうやったら出せるかを真剣に考えるまでは気にした事無かったもん。
 それを真剣に考えたり、師匠と話し合ってみた結果として今の熱を持つキックが誕生したんだよね。炎エネルギーを足に誘導して外部に出すのは火炎ボールでやってる事だって気付いて、後はそれを小石、外部の何かに集めて放つんじゃなくて足で炎に変換して纏えればブレイズキックになる! ってとこまでは頭では出来てるんだよ。けど頭で分かってる事を実行出来れば苦労はしない。ようやく熱として放出出来るようになったところだから、それが炎になるまでは鍛錬の日々は続くよ何処までもって事だ。それでも闇雲に周りから言われる出来ない、諦めろって言葉を振り払う為に暴れるよりずっとマシだけどね。
 話をしながら足を動かしてると、当然目的地である俺の家に着く。寄り道なんかしないで真っ直ぐ歩いてきたんだから当然だね。

「っとぉ、到着だね。いやぁ、お喋りしてるとあっと言う間よねー」
「ま、独りで帰るよりはずっとね。じゃ、師匠。また明日」
「あーいまた明日ー。……明日はハンバーガーとか食べたいな♪」
「はぁ……催促しないで自腹で食べなよ」
「うっ、ど、努力はするよ! うん!」

 この努力とは、一応門下生を増やす努力の事ね。バイトした方が早いと思うけど、師匠としては自分の飢えを満たすのも大事だろうけど道場の経営なんかも大変なんだろうなぁ。……ま、考えておこうか。

 手を振る師匠を文字通り見送った後、家のドアを押し開ける。……今日の晩御飯はシチューだな。

「ただいま、と」
「ん! 帰ってきたかビット! ほらほら、晩ご飯が待ってるぞー!」
「お帰りなさいビット。お腹空いてるでしょ? シチューいっぱい作ったからたっぷり食べてねー」

 テンション高めに俺を呼んだのが親父、エースバーンで名前はバーンド。と言っても、基本的にバーンって家族も呼んでるから呼ばれないドの字は草葉の陰で泣いてると思う。で、のんびり目に俺に声を掛けてくれたのが母さんのミミロップ、名前はキャロット。通称キャロ母さん。……シチューいっぱい作った、か。嫌な予感がする……親父が何でもモリモリ食べるからか、母さんのご飯は基本的に量が多い。その母さんがいっぱいと自分で言った日のご飯は、ボリュームが基本おかしいのだ。
 リビングに入ってキッチンを見た瞬間に俺は戦慄した。母さん、寸胴鍋なんて何時買ったんですか貴女は……。

「うん……とりあえず聞きたいけど、その寸胴鍋がシチュー?」
「そうよー。今日ねー知り合いのリーフィアさんからいっぱい木の実とお野菜貰っちゃったから頑張っちゃったー」
「凄いぞ! 食べても食べてもおかわりし放題だ!」

 とりあえずガッツガツ食べてる親父は置いといて、母さんにちょっと待っててと伝えて俺は玄関を飛び出し道場兼自宅に帰ろうとしている師匠を追う。俺と親父の胃と明日の体調と食卓を守る為に。
 ……全力で走って追ってきた俺に驚く師匠に事情を説明し、寸胴鍋シチューと戦う仲間を増やす事には成功した。あれを親父と俺だけで平らげたら、間違い無く量の暴力で俺と親父の胃が轟沈する。
 師匠もリビングに招かれてキッチンを見た瞬間、オゥ……って言って全てを察してくれたようだ。言っておくが、味はとても美味しいのだ。どれだけ量が多かろうと薄味にならないし、かと言ってどんな量でも濃い味にならない。その完璧な匙加減を願わくば量にも適応させてほしいと常に俺は願ってる。

「えーっと、ビットから誘われたから来ちゃったけど……良かったです?」
「勿論よー。センカさんにはビットがいつもお世話になってるんだもの、いっぱい食べていってねー」
「あぁ! 遠慮なんかせずにどんどん食べてくれ!」
「じゃあ、ご馳走になります。……それなりに頑張るけど、あんまり期待しないでよ? 流石にあれはヤバいわ」
「減らしてくれるだけで大助かりだよ……頂きます」

 既に手がプルプルして目から挑戦者の気迫を感じるって事は、親父は限界が近いんだろう。聞いたところ、現在一匹で8杯お腹に収めたそうだ。うーん、ナイスガッツ。母さんは2杯でお腹いっぱいになったそうだ。いやまぁそれが普通かちょっと多いくらいだよね。
 お皿に移されたシチューをスプーンで掬い、口に運ぶ。こういう時は首回りの襟みたいな毛がちょっと邪魔になるんだよな。スプーンを持つ手の逆で押さえておかないと食べられないからさ。
 うーん、ミルクベースで各種木の実や具材の旨味が溶けた味わいが口いっぱいに広がる。控えめに言っても美味しい。これが暴力的な量じゃなければ手放しで喜ぶところなんだけどね。

「んー、おーいしー! いやーたまにご馳走になりますけど、キャロットさんって料理上手ですよねー」
「あらーありがとうねー」
「当然さ! 俺の自慢のお嫁さんだからな! ウプッ……」
「あらあら、あなた大丈夫? やっぱり流石に作り過ぎたかしら……」
「とりあえずそれは、どっから出したか分かんないけど寸胴鍋出した時に気付いてね母さん……」

 流石に寸胴鍋いっぱいのシチューを一晩で食べきるのは不可能な事だって言うのは親父も俺も分かってる。が、なるべる減らしておかないと2~3日シチュー三昧になって確実に飽きる。折角作ってくれた母さんに飽きたからと言って嫌々食べる姿なんて見せられない! ……と親父が言うので、飽きは来ていない初日に極力減らす為に俺達は頑張るのである。シュンとしてる母さんを見るのは俺も嬉しくはないし。
 まぁ、うちでは時折突発的に起きるイベントだからして、親父も俺も過度の食事には多少の耐性がある。それに最近は師匠の助力もある為なんとか母さんを悲しませる事は無い。うっ、3杯目で結構もうお腹いっぱいになってきた……。いやまだ入る、まだ食べられる筈だ、俺よ。
 にしても師匠はどんどん食べるなぁ……口の構造的に噛むって事が出来ないから、基本的には嘴で適当な大きさに千切って飲み込むか口の中で舌で潰して飲み込んだりしてるらしいけど、ペースが乱れないまま5杯目が……おぉ、終わったよ。

「おかわりー!」
「あらあらー、そんなに美味しそうに食べてくれると嬉しくなっちゃうわー。ちょっと待っててねー」
「ふっ、流石だ……ぐふぅ」
「あっ、親父が燃え尽きた」

 親父……シチュー10杯を平らげた雄姿、俺はそこそこ尊敬するよ……。この腹具合から考えると、俺は6杯くらいが限界かな? いや、それでも間違い無く食べ過ぎを通り越してるんだけどさ。
 そうして暫くスプーンという武器を片手にシチューとの激闘を繰り返し……全員がご馳走様を迎えた。うん、師匠は道場の師範じゃなくてフードファイターでもやっていけるんじゃなかろうか。まさかシチューを14杯も平らげるとは……。

「うふぅい……流石に、食べ過ぎだわぁ」
「寧ろその細身の体でどうやったらそんだけ入るのさ……うわ、お腹が大変な事になってる」
「たっぽんたぽんよ……」
「食べさせてから言うのも遅いけど、体は壊さないでねー?」
「母さんは貰い物ある時に料理作り過ぎるの控えよう?」
「だ、だって、傷ませちゃったら勿体無いしぃ……」

 冷蔵庫もあるしそんなにすぐに痛まないと思うけどね? それにしても、いやはや俺も親父も母さんの作ってくれる物を似たような理由で頑張って食べたりしてるから、似た者親子なのかもね。
 流石に皆食休みしないと動けそうにないねー……母さんは皆の食器を片付けてくれてます。シチューが残り4分の一くらいになったーって喜んでる辺り、皆頑張ったよ……半分くらいは師匠が頑張ってくれたのだけどさ。

「にしても、量は置いといて……こんなに美味しいご飯を毎日食べれてるんだから、ビットも強くなる訳だわね」
「強くなるのに美味しいご飯って関係あるの?」
「あるある! よく食べよく寝てよく遊ぶ! ビットくらいの年のポケモンなら、それだけでどんどん大きくなるし強くなるもんよ」
「その通りだ。目標を持って鍛えるのが間違いとは言わないが、友達と遊んでいるだけでも鍛錬になるしな! 俺なんか、ラビフットの時は全力で遊び回っていた思い出しか無いからな!」

 うん、簡単に想像出来るな。そんな親父から俺みたいな捻くれ者が生まれるんだから不思議なもんだよねぇ……母さんものんびり屋だから、性格だけ言えば俺は二匹にあんまり似てないかもね。

「しかし、通うとビットが言い出した時はどうなるものかと心配したが、センカさんがよくビットを導いてくれてるのが分かるな! 実に感謝だ!」
「おぉ……親御さんから直接言われるとなんか照れますね。ま、私が出来る事はビットがやりたい事の後押しくらいですけどね」

 ……今でこそこんなに打ち解けてるけど、最初は親父と師匠の仲は険悪だったんだよこれでも。主に親父が師匠の事を信用出来るのかって疑ってた所為なんだけどさ。まぁ、師匠がきちんと道場で俺に何をやらせるかとかどういう方針で行くかを説明して、俺が毎日道場でどんな事したかとかを細かく説明して、おまけに今日みたいに一緒に食事したりしてようやくここまで仲良くなったんだよ。親父の中でも師匠は気の合う友達感覚なんじゃないかな。あぁ、師匠と母さんは師匠が初めてこの家に挨拶に来た時から意気投合してます。母さん、自分が作った物を美味しそうに食べてくれるポケモンとはすぐに仲良くなっちゃうからね……。
 さて、大量のシチューと戦ってる内に結構夜も深まったけど、師匠はどうするのかな? そろそろ俺から切り出してみようか。

「師匠、今日はこの後どうする? 俺が引き留めちゃったし、泊まってってくれてもいいんじゃない? どうさ親父」
「おぉ! センカさんが泊まっていくって言うなら構わないぞ!」
「んーそうさなぁ……腹ごなしに走って帰ろうかとも思ったけど……このお腹で走ったら多分大変な事になるだろうし、ご厄介になろうかな」
「それがいいわー。あ、でも寝るところはどうしましょう?」
「ビットの部屋に用意すればいいんじゃないか? 二匹でも大丈夫だろ!」
「え、ちょっ」
「いやいや! そんなご迷惑は掛けま……」

 ……母さんは、それがいいわねーって言って話を聞く間も無く用意に向かった。師匠が良いの? とでも聞きたげに俺を見てるけど、即断即決がうちの両親の売りみたいなものなんで溜め息吐いて諦めます。そもそも道場じゃ殆ど師匠と二匹で修行してるんだし、同じ部屋で寝るのも今更抵抗感も無いよ。
 未だ重いお腹を気にはしつつ、もう夜はする事も無いんだから休もうって事に全員が納得。母さんも師匠の寝床の用意が出来て戻ってきたから、そのまま分かれて部屋に入った。親父達は親父達で同室です。

「いやはや、ビットが血相変えて走ってきたから何かと思ったら、まさかの怒涛の展開だったわー」
「巻き込んじゃってごめん。けど、師匠が来てくれてなかったらあのシチュー、半分まで減ってたか怪しかったよ……って言うかお腹大丈夫?」
「うーん、明日の昼くらいまでは空腹感とは仲良くならなくて済みそうだわ」

 それは良かった……のかな? まぁ、お腹空いたって言いながらしおれられてるよりかはマシか。一応消化薬は飲んだからお腹を壊す事は無い、筈。
 師匠は床に敷かれた布団で俺がベッドなのがちょっと申し訳無いけど、俺の部屋なんだからしょうがないよね。師匠も布団で十分だって言ってるし。

「にしても、アリーナのエースって言われてるバーンさんと一緒に食事するような事になるとは、今でもちょっと不思議だわ」
「あれ、師匠ってそっちの親父の事知ってたの?」
「そこそこね。ビットが弟子入りしてきた後に一度アリーナの試合も見に行ったしね」
「そうだったんだ。……あれ、でも親父の試合って人気あるからチケットも高いし売り切れも多いから買うの大変じゃなかった?」
「いやそれが、ビットの父親として俺の戦いぶりも一度見に来てくれ! って言ってチケット貰っちゃったんだよね。それでちょろっとね」

 あぁ、そういう事か。親父、俺を知ってもらうのならバトルを見てもらうのが一番だ! ってよくインタビューなんかで言ってるけど、パフォーマンスで言ってるんじゃなくて本気で言ってるんだよな……これがキザに思われないのは親父の性格の役得だよなぁ。

「けど、見て思ったのは親子でこれだけ戦い方に違いって出るものなんだなーって感想かな」
「え、そんなに違う?」
「違う違う。バーンさんは感覚や直感で戦うタイプだけど、ビットはしっかり攻め手や受け手を考えて動くタイプだからね、真逆よ真逆」

 俺の戦い方は親父と真逆か……考えた事無かったな。ヒバニーの頃は親父に憧れて戦い方を教えて貰ってたりしたから、てっきり似通ってると思い込んでたよ。

「修行中もそうだけどさ、ビットって考え事しながらでも動けるでしょ? バーンさん、多分同じ事しようとしても出来ないと思うよ」
「あ、それはそうかも。バトル中は余計な事は考えない、全力でぶつかるだけだ! が親父のモットーだから」
「だと思った。戦い方を教える視点で言えば、一番厄介なタイプだわね。なんせ自分でもどうやって戦ってるか整理してないから、どう戦いたいか聞いてもガーっと行ってドーンとぶつかる! みたいな抽象的な答えしか返ってこないだろうからね。結局体で覚えろ! ってなっちゃうだろうなーとは思うわ」

 おぉ、師匠が凄く師匠してる。なんて口にしたらムスッとされそうだから止めておこう。こういう相手の実力やバトルの性格を見抜く技術は本気で関心しちゃうよなぁ。

「って、いかんいかん。これから寝るって時にいつもの修行の時のノリで話してたら眠れなくなっちゃうね。ビットと話してるとついそっちに話が盛り上がっちゃうわ」
「俺としては楽しいからいいんだけど……明日スクールに遅刻する訳にもいかないし、程々で止めとかなきゃね」
「そう言う事だわね。よし、寝よう! お休み!」

 言うが早く、師匠が目を閉じた。部屋の電気はもう消してるけど、それくらいなら見えるよ。俺と親父の戦い方の違い……もう少し詳しく聞いてみたかったけど、明日の道場ででも聞いてみようか。よし、俺も寝よう。

「……折角一緒の部屋に泊まるんだし、添い寝とかしてみる?」
「……これから寝るって時にいきなり何言い出してるのさ?」
「いや、こういう時こそ師弟の絆を深めるチャンスかなとか思って」
「そういうのはシチューでお腹たぷたぷにしてない時に言ってよ……」
「あ、してなきゃいいんだ」
「いやよくないけども」

 ……ま、たまにはこんな賑やかな就寝前もあってもいいかもね。けど添い寝はしません。師弟の絆にどんな方向性を与えたいんだかね師匠は? 全く……。

 そんなに夜までイベントたっぷりな日なんてそうそうは無くて、寸胴鍋シチューの日から三日、格別に特別な事も無く世は恙無く平和なりってね。俺の強さもブレイズキックも、一朝一夕でどうにかなるなら今頃俺のキックは炎を纏ってるだろうさ。けど、現実はそうはいかず、俺のキックは温もりを纏う程度から進歩する様子はありません。この温もりだって年単位で頑張ってようやく掴んだ糸口なんだ、そっから先があっと言う間じゃちょっと納得出来ないところはある。いや、出来てくれたらそれが最良なんだけどさ。

「けど、足があったかいのって良い事だと思うよ? うちの母さんなんか冷え性だからって僕に脚くっ付けてくるし」
「別に俺は冷え性の治療の為にブレイズキックを覚えたい訳じゃないんだよディー……それに温めたいだけなら年中湯たんぽのディーに俺だってくっ付けるよ」
「湯たんぽって……僕の扱い酷くない?」

 体温が常時高めなのは炎タイプの利点だからして、俺がディーの温もりのお世話になる事は無いけどね。冷え性の炎タイプとか、なんか恰好つかないでしょ。
 そんな話をする今の時間は正午過ぎ。紙パックのミックスオレを味わいながらまったりとした昼休憩中です。今日の昼飯は母さんが作ったおにぎりだったから早々に食べ終わって、現在はディーがお昼を食べてるのを駄弁りながら眺めてる。しかしディーの弁当凄いな。多分ウインディ、ガーディ、エーフィを象ったキャラ弁だ。……親子キャラ弁とでも言うんだろうか? ディーのお母さんの隠されざる趣味、なのか?
 とまぁそんなまったりタイムを邪魔する騒がしい奴がなんでか俺の方に向かってきてる。なんか用かな?

「よーぅ! ……なんか弁当凄いなディー!?」
「あ、スティック。うん、なんか最近母さんがキャラ弁に目覚めたとかでこんな感じ」
「目覚めるもんなのかキャラ弁って、スゲー……んまぁ今はいいや。それより俺っちが用があるのはお前だ、エース!」
「エース? 今ここに居るのは俺とディーだけだけど? 他のクラスの奴と間違えてんじゃない?」
「んな!!? 何言ってんだ! エースはお前だろ!」
「エースはヒバニーの時の名前ですー、俺の名前はビットですー。覚え直して出直してくるんだね」

 ははっ、からかってやったらムッキャーなんて言って顔真っ赤にしてるよ。俺より炎タイプの素質あるんじゃない? 草タイプだけどさ。

「でぇい、出直してなんてやるもんか! エース! じゃなくてービット! 次の体育の時間に、俺と勝負をしれー!」
「しれーって……まぁいいけど、この前もコテンパンにしてやったのにまだ懲りないの?」
「ふっふっふ、今までの俺と思うなよ! 俺はサイキョーへの道を歩み出したのどぅあー! どーだ、驚いたか!」

 ……どういう事か取り巻きのホシガリスのリッキー君に確認する。はぁん? どうやらスティックはトレーニングジムに通うようになって鍛え始めたからそんな事を言い出したらしい。俺は顔パスだったけど、そう言えばジムって入門するのにテストがあるんだったっけ。それに合格したって事ね。

「なるほどねぇ……」
「……ビットってヒバニーの時にジムに行ってたって言ってなかったっけ」
「行ってたよ。今はもう行かなくなったけど」
「その事スティックは知ってる……感じはしないね」

 知ってたら通い始めたばかり程度で俺に挑んでは……来るな、スティックなら。今までだって散々俺を倒してクラスで最強は俺だって皆に言いふらしてやるーとかって理由で挑んできたし。ま、当然バトル開始1分も掛けずに仰向けで目を回す事になってるんだけど。勿論スティックがね。

「とにかく勝負だー! 逃げるなよー!」
「寧ろやーめたって言っても俺は快諾してあげるよ」
「それじゃ俺が逃げたみたいじゃん! やったらぁい!」
「……毎回ボコボコにされるのに、あのスティックの自信って何処から来るんだろうね」
「寧ろ毎回ボコボコにしてるから記憶が飛んでるとか……? 一度病院を紹介した方がいいかな」
「健康優良児だって言われると思う」
「俺もそう思う」

 なんて言いながら美味しそうだったディーのお弁当のタコさんウィンナーを失敬する。もーって言ってちょっと怒るけど、明日代わりに俺の弁当から好きなおかずを提供されるって分かってるからそんなに機嫌は悪くならない。あんまり勝手に食べたら逮捕しちゃうからなーなんてじゃれながら言ってきたりはするけどね。
 さて、と。スティックからの勝負中止は快諾するとは言ったけど、俺から降りるのは情けない。自身満々にジムに通い始めたなんて宣言するくらいなんだ、昼休みの残りを使って準備運動して、万全の態勢で迎撃してあげるとしようか。

 体育の時間が始まり、俺はやる気満々で自慢の木の棒を素振りしてるスティックと向かい合ってる。種族的にサルノリは木の棒を振るとやる気とテンションが上がってより好戦的になるから、アリーナではバトル前の棒振り行為は禁止されてる筈なんだけど……ま、通い始めじゃアリーナルールなんて教わってる筈も無いか。

「わっはっはー! 今日こそ俺がぶっ倒ーす! 行くぞぉ、エースぅ!」
「だから今の俺はビットだって……まぁいいか」

 体育の先生であるゴロンダのゴーザ先生の号令でバトルが始まる。とは言え、相手は幾らジムに通うようになったからと言っても、毎回ボコボコにしてあげてるスティックだ。出方は凡そ予測出来る。

「とぉりゃりゃりゃりゃーい!」
「はぁ……少しは変化あるかと思ったら、いつも通りの愚直特攻か」

 これなら手をお腹の毛から出す必要も無いかな。こっちへ走ってきて、俺の目の前で跳び上がりながら棒を振り下ろそうとするスティックの一撃を躱して、まずは軽く押す程度の力で背中にキックを当てる。

「のわー!?」
「もうちょっと負けから学びなよ、スティック」
「うぐぐぐ……」

 軽く蹴っただけで、元々勢いの付いてたスティックはごろごろ転がっていく。いつもは更に追撃で畳み掛けて終わりなんだけど、折角自信満々にジム生デビューをお披露目したんだし、サービスでもう少し付き合ったげようか。

「ぬぅぉぉぉぉ! まだまだぁ! 喰らえエースぅ!」
「ふむ、絡め手を覚えたのは成長かな」

 スティックも俺と同様、どうやらお母さんから受け継いだ技を覚えてるらしい。それも、ちょっと厄介な技をね。
 スティックは頭の葉みたいな部分の根元辺りをごそごそと漁り、何かを取り出した。それは、種。受ければ厄介な、寄生木の種だ。
 それを木の棒で器用に打って、こっちに飛ばしてくる。普通寄生木の種を使うポケモンは、生み出した勢いでそのまま種を飛ばしてくるんだが、それにスティックは更に打撃の勢いを乗せて加速させて打ち込んでくる。受ければ当然俺の体に種は芽吹いて、体の動きを阻害しつつ体力を奪い、奪った力をスティックに送る。絡め手の中でも厄介な部類の物だ。
 故に、幾らサービスするつもりでもそれを受けてやるつもりは無い。最初にスティックを避けた後、高速移動を発動して俺自身の素早さを上乗せしておいた。幾ら勢いを増した種であっても、避けられる。
 避けると同時に、種の一つだけに狙いを集中して……躊躇わずに蹴り脚を振り抜く。一瞬でも躊躇ったり怯えて振りが弱まれば、種は俺の足で芽吹いちゃうけど、加速状態の今、一個の種くらいなら芽吹く前に……蹴り飛ばせる。

「んぇ!? あいたぁ! のわぁぁぁ!?」
「はい、寄生木自爆サルノリの一丁上がり、ってね」

 俺の蹴った寄生木は、本来なら撃ち出したスティック自身に当たろうが芽は吹かない。が、そこで俺のさっきの蹴り返しが効いて来る訳だ。種に一度俺に当たったと認識させて、スティックに当たった途端に芽吹くよう細工をしたって訳。

「な、なんでぇ!? 俺が出した寄生木の種なのにー!」
「ま、吸い取り効果までは誤解させられないけどってね」

 これ、特殊技のコントロールがもっと上手い相手には効きません。俺に当たる前に寄生木の種を発芽させられちゃうからね。スティックみたいに本来は物理アタッカーだったりする相手じゃないと成立しない戦法だよ。……なんて、実は師匠から教わった戦法の受け売りなんだけどね。全く、凄い事思いつくもんだよ師匠も。

「どうスティック? 動けないみたいだけど、まだやる?」
「ぐぞぉー、こんなの、インチキどぁー!」
「失礼だなぁ? 俺は自分が出来る事を出来る能力、技の範疇でやっただけだよ?」
「ぬぐぐぐぐぐ! で、でも! ずぇーったいに参ったなんて言わないかんなぁ!」
「そう? ま、別に構わないけど」

 ついでだし、俺のブレイズキック修練の経験値になって貰おうと足に力を溜める。まぁ、燃えないから今はホットキックくらいの蹴りだけどさ。

「ま、次挑んでくる時はとりあえず一回進化するくらいの経験は積んできなよ、っと!」
「へばぁぁぁぁぁ! きゅぅぅ……」

 スティック選手ダウン! 勝者、ビット選手です! とかなんとかアリーナでなら言われるかな。実際そう言われるまでには、まずはブレイズキックを完成させないとね。
 ゴーザ先生もそれまでって号令をしてくれたし、スティックとの勝負はお仕舞いだね。けどまだ授業の時間はある。一回目のバトルで勝った他の子ともう一戦ってなるのがいつも通りなんだけど……あ、勝ち残り組にディーが居る。ディーも俺に発見されたのに感付いたな。よぉし、にっこりと手招きして呼ぶとしようか。ま、友達サービスって事で、スティックよりもレベルを合わせてあげるさ。

 そんな今日の一幕の話をしながら、師匠との打ち合いに明け暮れる。師匠も興味有りそうに聞いて来るもんだから、ちょっと語り過ぎたかな。

「へぇー、いいねいいねライバルバトル! やっぱり高め合える相手が居るって良いよねー」
「ライバルねぇ? 向こうが一方的に向かってくるだけだけど?」
「んー……でも、なんだかんだ付き合ってあげてるんでしょ? そういうの、結構大事だよ?」

 そう言った師匠の顔が妙に寂し気だった。のに気を取られて……あっと思った時にはボディに師匠の足が見事に入っていた。

「わー!? ビット大丈夫!?」
「……だいじょばない」

 正に急所に当たった一撃で内臓を揺さぶられた俺は吐き戻したりこそしなかったが、体の芯にまで衝撃を受けて動けそうにない。……攻撃を受け損なうとどうなるかって言う教訓にしておこう。
 動けない俺に近付いて師匠はあわあわしてる。どうやら少し呆けてて手加減をしていない一撃を入れてしまったそうだ。むぅ、と言う事は、師匠からすれば俺は単なる蹴りでもやる気を出して振るえば倒せるって事だ。それはそれで悔しい事実なんだけどね。
 とりあえず俺のダメージが抜けるまで修行は中止って事で、道場の壁に寄り掛かるようにして座ってる。まぁダウンしてないって事は、一応その程度まで鍛えられてるって事だろう。そうであって欲しいって俺の願望が無いとは言わない。

「ちょっとは落ち着いた? 意識ははっきりしてるみたいだけど」
「まぁ、ね。受けそびれるだけでこうなるなんて、俺もまだまだだね」
「受けて喋れるだけ、ちゃんとビットは強くなってるよ。焦る事は無いって」

 師匠もどうやら落ち着いたみたいかな。まだ若干申し訳無さそうだけど、笑ってそう言ってくれた。焦るな、か……。

「ねぇ、師匠」
「うん? どうかした?」
「やっぱり俺って、焦ってるように見える?」
「んー……この道場に来た時は特に、今も少しね」

 見抜かれてる、か。出来ない、無理だと言われる事を無我夢中でやろうとしてる俺をよく思ってない奴が居る。親父や母さんは何も言わないけど、ジムやアリーナでそういうポケモンが一定数居るって話は俺の耳にも届いてた。これで俺が特になんでもないポケモン、子供だったら何も気にする事は無い。が、俺の親父はアリーナの有名プレイヤー。それの息子が真面目に鍛える事も無く、出来るようになるかも分からない技の鍛錬に熱を上げてる。それを鍛える必要も無く自分は強い、だから道楽の事をやっても余裕があると解釈されてるらしい。
 俺の勝手だ、ほっとけって言いたくもあるけど、実際ヒバニーの頃は持ち上げられるのに良い気になって得意げにジムに通ってたからな。勘違いされる原因になってもおかしくなかった訳だ。
 ……今のままじゃいけない。ブレイズキックを身に付けると決めながらも、俺はそう焦ってもいる。このまま放置してたら、親父や母さんに迷惑を掛ける事になるかもしれないから。だから、願いを叶えるにしても、諦めるにしても、俺は悠長にしてちゃいけない。そう、思ってる。

「……私もねぇ、経験はあるんだ」
「え?」
「早く強くなりたい、もっと強くなりたいって、焦って、無茶して。友達なんかも練習相手にならないって一匹で突っ撥ねてね、気が付いた時には私の傍にあるのはこの道場だけってね。おかしいでしょ?」
「……笑える話じゃない、かなぁ」

 師匠の話を、俺は笑えないよ。強さとはまた違うけど、ブレイズキックを覚えようと始めた頃の俺は、無茶をしてた時の師匠が言うのと殆ど同じだった。一匹で腐ってる時にこの道場や師匠と出会ってなかったら、今の俺はもっと孤独な捻くれ者になってた筈だから。

「だからかな。初めてビットを見掛けた時に何だか放っておけなくて、声掛けちゃったんだよね。その時はまさか、覚えられない筈の技を覚えようとしてるなんて言われるとは思わなかったけど」
「あの時に師匠が馬鹿にしたりしなかったから、今も俺はブレイズキックを覚えようと出来てるのかもね」
「それなら、ちゃんと力になれてるって事かな。なら良かった」

 しんみりとした空気が流れた後だったからか、そう言って微笑んだ師匠の顔が妙に目に焼き付いた。そのままボーっと少し見ていたら、不思議そうに師匠が首を傾げたんで不意に目を逸らしちゃった。なんだかちょっと、恥ずかしくなって。

「そ、その、なんで師匠は強くなろうって思ったの?」
「んー? 私が強くなろうとした理由? ……倒したい、絶対に倒してやるって相手が居たの」
「絶対倒したい相手?」
「私の、父親。けどもう何年も姿を見せないから、もう何処かで行き倒れてるかもしれないけどね」

 どうしてって聞こうとしたけど、それ以上は言葉が続かなかった。今度は師匠の顔が、あまりにも悲しそうで泣きそうに見えたから……。

「さてと。休んだり話してる間にいい時間になっちゃったね。体、動かせそう?」
「え、あ、うん。大丈夫そう」

 話し込んでる間に体は治ったみたいだ。理由を聞けなかったのは少し気になるけど、無理に聞かない方がいいだろうと思う事にした。外は、もう暗くなり始めてるかな。
 師匠に送ってもらいながらの帰り道。師匠の話に相槌を打ちながら、俺はある事を思い出していた。……他でもない、俺がブレイズキックを覚えようと思った親父の相手の事。あれは確か、バシャーモだった。けど師匠じゃない、あのバシャーモは牡だった。……まさか、ね。

「おーいビット、何処行くの? ビットの家ここだよ?」
「え? あ、本当だ」
「まだちょっとボーっとする感じ? ごめんね、無理させちゃって」
「いや、体はもう大丈夫。少し考え事してただけ」
「そうするとかなり悩んでる事になるけど……私ならいつでも相談聞くからね?」
「……ん、必要そうならそうする。ありがと」

 俺の目標は、ひょっとしたら師匠の倒したい相手である師匠のお父さんかもしれない。なんて、確証も無いのに切り出せないっての。切り出したらどうなるか……ちょっと、考えたくない。
 師匠と別れて家に入ると、リビングで親父と母さんが寛いでた。……倒したい相手が父親か。まぁ師匠の様子からして俺より重い理由でなんだろうけど、まさかそんな所も似てたとはね。

「ん? どうかしたかビット? あ、まさか晩ご飯の人参付いてる!?」
「いや、付いてるのはパセリ」
「なぁんだパセリかー。って付いてるのか!?」
「あらあら、あなたのやんちゃな所は変わらないわねー」

 そう言いながら母さんは親父の口元に付いてるパセリを拭いてあげてる。仲睦まじい事で……こりゃあまだまだ夫婦仲が冷え込む事は無いだろうさ。
 まぁいいや。ついでだし、ちょっと親父に聞いてみたい事もあるから尋ねてみようか。

「ねぇ親父。仮になんだけどさ、俺から親父が一番倒したい相手だって言われたら、どう思う?」
「む!? またなかなかハードな質問だな! そうだなぁ……受けて立つぜ! と思うな!」
「はぁ……まぁ親父ならそう言うと思ったよ」
「でも急にそんな事を聞くなんて、何かあったの?」
「ちょっと、ね」

 やれやれ、二匹して聞きたい! って全力で思ってる顔しないでほしいな。とりあえず話し難い話な訳でもないし、そもそも俺も詳しく知ってる訳じゃないから、別に話してもいっか。

「ふぅむ、センカさんがそんな事を」
「立ち入った話っぽいし、それ以上掘り下げて聞ける感じでもなかったんだよね」
「挑戦するって感じじゃないとしたら……家族でそう思ってしまう事は悲しい事だな」
「センカさんって道場も一匹で切り盛りしてるのよね? センカさんのお父様はいらっしゃらないらしいけど、お母様はどうなさってるのかしら?」
「……多分だけど、もう亡くなってるんだと思う。あくまで俺の予想でしかないけど」

 道場には奥に師匠の暮らしてるスペースもあるんだけど、そこを前にちらっと見た時に、写真が飾られてるのを見た事があるんだ。そこには一匹のコジョンドが写ってたよ。まるで……遺影みたいに。

「……そこまで推理材料が揃ってるとなると、立ち入った話だろうな。俺でもそう思う」
「でしょ? だから俺もこれ以上は触れないつもり。師匠が話してくれるなら聞くけどね」
「センカさん……無理してないかしら? そんな話を聞いちゃうと、心配になっちゃうわね」
「食費には毎度悩んでるみたいだけどね」

 ならたまに食べに来るように誘ってあげなさいなって母さんは言ってる。……出来ればその時の量は考慮して頂きたいとだけは俺から前もって言っておこう。
 ふぅ、帰ってきてからすぐに話し始めちゃったからお腹空いたな。まずは俺に晩ご飯を頂戴って伝えると、母さんは忘れてたって感じで用意してくれた。今日は色々あったし、食べたら後はゆっくり休んで明日に備えようか。

 起きて、学校に行って、道場に行って修行して、家に帰って休む。そんな俺の日常に綻びが生じ始めているのに気付かされたのは、その5日後の事だった。
 学校を終えて道場に行ってみると、数匹のポケモンと師匠が何か話をしてるみたいだ。その雰囲気は、正直安穏としてる様子は無いみたいだよ。

「何度も言っていますが、私はこの道場を畳むつもりはありません。それに、アリーナ所属のトレーナーになる件もお断りしたと覚えています」
「そうは言っても、この道場が今もあるのはバーンド選手のお子さんであるエース君が此処に通っているからでしょう? ならば此処はもうアリーナの庇護にあるのも同義ではありませんか。ならばいっそ、トレーニングジムに改修してそこのトレーナーになって頂いても変わりないと私共は思いますが?」
「それはあなた達の考えでしかありません。当事者であるビットが此処に通うと言ってくれている限り、ここは私の道場であると共に、あの子の道場でもあります。私は、その場所を守ってあげたいと考えています」

 咄嗟に隠れて聞いちゃったけど……まさかアリーナの運営委員会が、道場を第二のトレーニングジムにしようとしてるなんて。それも話してる感じからして、前々からあった話なのか?

「……正直に言いますと、それが困るのですよ。エース君はバーンドさんのお子さんである以上に、将来性のある素晴らしいヒバニー……いや、進化して今はラビフットでしたな。なのにジムにも通わなくなりこのような廃れた道場に通っている。言わば将来の栄光を棒に振っているようなもの。トレーニングジムに通い最高のトレーニングを続ければ、彼の将来は約束されたようなものなのですよ? なのに貴女は彼をここに縛り付けると言うのですか? それはあまりにも身勝手だと思わないですか?」

 ……あまりの物言いに、今すぐ飛び出してアリーナ運営委員のポケモン全匹ぶちのめしてやろうかと思ったよ。けど、師匠は眉一つ動かさずに平静に正座を崩さない。ここで俺が飛び込んでいけば話が拗れ兼ねない。我慢しなきゃ。

「あの子は……ビットは、今も自分にとって大切な物を得ようと戦っています。将来ではなく、今のあの子に必要な物を得る為に。あなた達にはそれを遮り止めさせる権利があると?」
「はぁ? それにどれ程の価値があると言うのです? 確か、自発的に覚える事の無いブレイズキックを習得しようとしていると聞いた事はありますが……笑ってしまいますよ。それこそ無駄ではありませんか。まさか貴女はそれを続けさせているとでも仰るつもりですか?」

 そう言って委員会のポケモン達は笑ってみせた。頭に一気に血が昇る感覚がしたけど、それは冷や汗と一緒に一気に下がった。今まで感じた事の無いくらいの怒気と、殺気立った師匠の様子を見た事で。

「失せなさい、あの子がここに来る前に。でなければ、あなた達の無事は保証出来ません」
「なっ、うぁ……」
「この道場や、私の事をどう言おうと構いません。ですが、あの子の戦いを、頑張りを、積み重ねを馬鹿にするのは断じて許さない」

 入り口に隠れてる俺でも分かるくらいに道場の中の空気が燃えてる、火が出るんじゃないかと思うくらいに熱くなってる。師匠が、本気で怒ってる。
 怖いくらいな筈なのに、何故か俺の目からは涙が流れた。本当に、そんなの聞いちゃったらさ……泣きたくなるくらい、嬉しくなっちゃうじゃん。俺の為にあんなに怒ってくれるなんてさ……。

「なっ、な、何が、戦いだ! こんな潰れかけの道場で戦いも何も出来るものか!」
「……だったらさ、証明してあげるよ」

 うん、まだ食い下がるみたいだから、流石に出よう。じゃないと本当に師匠がこいつ等にとんでもない事しかねないからね。
 入り口隠れるのを止めて、道場に入る。委員会のポケモンは驚いた後に焦りが見えるけど、それ以上に狼狽えてるのは師匠だった。あぁそうか。今の委員会のポケモンが言った事を俺が聞いてた事に狼狽えてるみたいだね。けどとりあえず、話を進めさせてもらうよ。

「俺がやってる事が全て無駄で、戦えなくなってるか。実際に戦って証明してあげるよ」
「き、君は、エース君!?」
「び、ビット……」
「場所はトレーニングジムでもアリーナでもいいし、この道場でもいい。そっちの選抜したポケモンと俺でバトルしよう。数も、そっちは何匹でもいい」

 俺が出した提案に、委員会のポケモンも師匠も度肝を抜かれたような顔してる。ま、それくらいやらないと俺がどれだけ本気で今まで鍛えてきたかは理解されないでしょ。

「そうだな……すぐに用意するのは無理だろうから、五日後にしよう。それで俺が負けるようなら、大人しくジム通いに戻るよ。どう? 俺からの挑戦って事になるかな。受ける?」
「そんな、幾ら何でも……」

 言い掛けた師匠を止めるように合図した。……節目なんだよ、きっと。これからも俺が目標を目指し続けるにしても、諦めるにしても、何処かで俺のやってる事を、やってきた事を証明はしなきゃならなかったんだ。師匠や他のポケモンにもそうだけど、俺自身にね。
 もしこれで俺が負けるようなら、俺はそれまでの奴だったって事さ。周囲の意見に抗って、不可能に挑んだけど可能に出来る奴じゃなかった。どんな奴を運営委員会がぶつけてくるか分からないけど、こっちは俺一匹だって言ったんだ。相当数をぶつけてくるだろうし、下手すりゃ現役のアリーナプレイヤーをぶつけて来る事も予想出来る。ははっ、正に勝つのは不可能って奴だろうね。
 けどそれくらいがいいさ。俺が……諦める言い訳にするならさ。

「……その勝負にこちらが勝てば、君はトレーニングジムに戻ってくる、と?」
「言った通りだよ。ジム生の方が強いって言うなら強くなるならジムに通った方が良いって事だし、俺も負けて親父の顔に泥を塗ってまで自分の我が儘を貫こうとは思えないしさ。あ、でもこの道場には手を出さないで貰いたいかな。道場であると同時に、師匠のずっと暮らしてきた家でもあるからさ」
「ふむ……いいでしょう。君が戻ってきてくれるなら、我々としてもそれ以上を言うつもりは無いですからね」
「そんな! ビット!」

 師匠にはまーた俺の我が儘に付き合って貰っちゃう事になるから、後で謝らないとね。苦笑いを投げ掛けると、グッと堪えるような感じにさせちゃった。何だか申し訳無いな。
 結局話はそのまま進んで、勝負は五日後にアリーナでやる事になった。自分で言っておいてあれだけど、五日か……出来る限りの事はしないとだな。

「では、五日後に。いやぁ、君がジムに帰ってきてくれるなんて、ここに足を運んだ意味もあったと言うものだよ」
「言っておくけど、やるからには俺もそっちのメンバーを全滅させるつもりでやるから。そのつもりでポケモンは決める事だね」

 本気だって意味で睨みながらそう言うと、委員会のポケモンは固唾を飲んで去って行った。さて……師匠相手の第二ラウンドと行きますか。

「とりあえず、勝手に決めてごめん師しょ……」

 言いながら振り返った俺の目に飛び込んできたのは、拭う事もしないで涙を流してる師匠でした。そのままで師匠は、俺を抱き締めてきた。

「ごめん、ごめんねビット……私がもっとちゃんと、守ってあげなくちゃいけないのに……」
「なんで師匠が謝るのさ。謝らなきゃいけないのは、いつも我が儘で振り回す俺の方なのにさ」
「だって、だってぇ……」

 泣いてる師匠の背中をトントンと叩いて、抱き締めを解いてもらう。全く、綺麗な顔がクシャってなるまで泣いちゃって台無しになっちゃってるよ。

「俺、嬉しかったよ。師匠が俺の事を庇ったり、俺の為に怒ってくれたりしてさ」
「でも……あいつ等に、あんな事言わせちゃった」
「それは俺の問題。身勝手から出た錆だからね、きっちり俺がけじめを付けないと」
「でも、あんな勝負……無茶だよ」
「今まで散々無理無茶無謀を繰り返してきてんだし、今更今更。それに、勝負に備えて特訓に付き合ってくれそうな師匠が居る事だし、やってやれない事は無いと思ってるよ」

 俺がそう言うと、涙をガシガシ拭って師匠は一つ深呼吸をした。落ち着いたかな?

「相手はアリーナの大本、どんな相手が何匹来るかも分からない以上、一戦一戦の長期化はジリ貧になるのが目に見えてるからね。的確に相手に効果的な一撃を与えて倒す速攻型の戦い方をした方が良いと思う。いつもみたいにブレイズキックの練習をしてたんじゃ五日……いや四日か。それじゃ仕上げるのは正直難しい、かな」
「望む所だよ。それに、ブレイズキックの練習は勝ってからまたじっくりやればいいだけだし」
「……うん、そうだね、勝とう。勝てるように私も教えるから」

 敗北すれば、恐らくもう道場には来れない。顔を出すくらいは出来るかもしれないけど、ここで鍛えるのはジムが許さないだろうし、多分俺にもジムで鍛えてから道場で修行が出来る程の余力も時間も無いだろうからね。それは師匠も承知だろうな。

「勝つよ、師匠」
「勝とう、ビット」

 その日から、俺達は来るジム生やアリーナプレイヤー達との戦いに備えての特訓を開始した。因みに、家に帰ってみたら親父も母さんもバッチバチにキレ散らかしてました。どうやらジムの方で道場での一悶着を聞いてしまったようで、その足で運営委員会に怒鳴り込んだらしい。全面的に俺達はお前の事を応援するし手伝うからな! って言ってくれたから、まぁ勝負の場に親父が参戦するって心配が無くなっただけかなり楽になったって言えるかな。
 にしても、翌日学校を終えて道場に行ったら師匠だけじゃなく親父や母さんまで道場に居て、本当に特訓の手伝いまでしてくれたのにはビックリさせられたよ……親父にジムとかアリーナ行かなくていいの? って聞いたら、試合には出るけどそれ以外の事は付き合わないって啖呵切ってきた! って言ったよ……。これ、運営委員会的にはある意味やらかしなんじゃないかなーと思うんだけど、まいっか。あいつ等が冷や汗掻くのはいい気味だし。
 そんなこんなで始まった師匠と親父ウィズ母さんの特訓は、普段の修行より実戦的かつ厳しいものになった。普段から別に楽をする事は無かったけど、親父が居るだけで訓練への熱量が三倍くらいに跳ね上がる。で、疲れた所に母さんがマッサージなり食事を挟んだりしてくれるお陰できつい特訓もこなせた。四日の詰め込み特訓なんてどうなるかと思ったけど、これはマジでレベルアップが実感出来ちゃってるわ。

「うん! 改めてこうして鍛えてる様子を見ると、ジムで鍛えてた頃より基礎能力が格段に増してるな! これは間違い無く、センカさんの教え方の賜物だ!」
「そ、そんな急に褒められると照れちゃいますね」
「いやいや、これは誇っていい事だぞ! どれだけジムで最新のトレーニングマシンを使おうが、指導者がおざなりならその効果は半分以下だ! ここで手伝ってみて痛感したぞ。今のジムのトレーニングは道具頼りで、指導が疎かにされている。これは通うポケモンが増え過ぎた故の怠慢だな」
「へぇ……親父がジムに文句言うなんて珍しいね」
「離れてみたから分かる、と言う奴だな!」

 だからこそ、ここを第二のジムにするついでに師匠の引き抜きをしたかったのかもしれないと親父は分析してます。なるほど、目的は俺だけじゃなく師匠自身もあわよくばって感じだったのかもね。となると、俺の事が無くても遅かれ早かれ道場に圧力は掛けてた可能性はあったかもだな。
 とにかく、戦い方の見直しやら戦略の練り直しや動き方を体に教え込むのは概ね完了。後は明日それを発揮出来るようにしっかり体を休めないとだな。

「よし、今日の特訓はここまで。挨拶して、ゆっくり明日に備えて休まないとね」
「了解」
「うんうん、ここの締めの考え方も俺的にはかなり気に入ったな! いっそ本格的にこっちに転向してしまうかな?!」
「いや、それはどうなの? 親父って運営委員会と契約してるから、勝手に抜けたりとか出来ないんでしょ?」
「その運営委員がビットやセンカさんに迷惑を掛けてきたんだからな! 委員会には怒鳴り込んだその日の内に脱退も視野に入れるからなとは言ってきた!」
「うっそぉ……」
「そ、それは生活的に大丈夫なんですか?」
「大丈夫よぉ。ビットや私、三匹で頑張ればなんだって出来ちゃうわよー」

 ……とりあえず、親父が運営委員会を抜けても知名度から言って引く手数多だろうからそんなに心配は要らない、かなぁ? トップスター級のプレイヤーである親父の脱退の危機を招いた委員会側はマジで一大事に発展しただろうけどさ。
 ま、その辺の話も挨拶してからしようかって事で、締めの挨拶はきっちり完了。折角だし、師匠も交えてそのままうちでご飯にしようって事になって、皆で帰り足になったよ。

「明日、ね」
「運営委員会がどれくらいのポケモンをビットにぶつけて来るつもりかは分からないが、並の相手には負けないだろう! うん!」
「俺だってそう簡単にやられてやるつもりも無いしね」
「でも確か、ジム生の中であなたも将来が楽しみって言っていた子って居なかったかしら?」
「あぁ、俺もそれはちょーっと心配ではあるんだよな。厄介だろうってジム生の目星だけでも、後でビットに教えておくぞ!」
「それは助かるかな。相手を知ってれば対策練り易いし」
「……そうよね。相手を知ってれば対策し易くなるわよね。おっかしいなぁ」

 ん? 一緒に歩いてる師匠が首を傾げてる。どうしたんだろ?

「センカさん? 何か気になる事でもあるのかしら?」
「えぇ、正に今の話ですよ。特訓中にも気にはしてたんだけど、運営委員会側が私達、というかビットの様子を見に来た気配や形跡が全く無いんですよね。それが、どうしてかなと思って」

 確かにそれは変だな? 親父もそうだけど、アリーナプレイヤーやアリーナに参加するポケモンの戦闘スタイルや技、能力なんかは公開が義務付けられてるし、それを基に相手を研究したりそれまでのバトルの映像なんかを見たりしてイメージを作っておくのはアリーナプレイヤーが当たり前にする事だ。いやまぁ俺もしてないだろって言われればそうなんだけど、明日の試合は公式のバトルじゃないし、相手が誰で何匹居るかも分からない以上研究も何も無いからね。
 けど、運営委員側はそうじゃない。相手は俺一匹なんだから、俺の事を調べ上げて対策を練って、バトルに参加させるポケモンに周知させればそれだけ有利になる。のにそれをしなかったのは確かに疑問だね?

「あぁ、それなら俺が他のトレーナーやプレイヤーに言っておいた! 俺の息子とは言え、一匹のポケモン相手にアリーナ公式ジムが情けない事はしないだろうなって!」
「ま、まさか、親父がそんな根回しを……」
「本当……バーンさんが協力してくれて助かったね……」
「まぁ、あれだ! 今まであんまりビットのやりたい事を手伝ってやったりして来なかった反省と言うか何と言うか……と、とにかく! 何か出来る事で手助けしてやりたかったんだ!」

 変に気恥ずかしそうにしてる親父の様子を見て、師匠や母さんと一緒に少し笑っちゃった。……そんなの、俺の自由にやりたい事やらせて、道場にまで通わせてくれただけで十分過ぎるくらいだってのね。

「ははっ……こんだけ親父や母さん、それに師匠に色々やってもらったら、明日負けられないじゃんね」
「負けられないじゃないぞ、ビット! 勝ちに行け!」
「お弁当持って応援に行くからね!」
「勿論、私もね」
「……こんなに心強いものは無い、ってね」

 委員会に勝負を挑んだ時には勝っても負けても、なんて思ったけど……やっぱりこれがもっと続けばいい、続けたいって思っちゃうじゃんよ。
 うん、勝とう。他の誰かや俺の為じゃなく、俺の身勝手を全力で応援してくれる皆の為に。それが捻くれ者なりの応え方ってね。
 その為にも、今日は帰ってしっかり休まないとな。明日は学校も休みだし、朝から全力を出せるように整えないと。

 ……ライトに照らし出されたフィールドに、相手と並び立つ。親父の試合を何度も見に来て知ってはいるけど、自分が実際にここに立つのはまだ先の話だと思ってた。けどまさか、こんな形で立つ事になるとはね。
 バトルアリーナのメインステージ、多くのポケモン達が戦いを繰り広げたこの場所で俺は今……ニ十匹のポケモンと対峙してる。何匹でもいいとは言ったけど、またゾロゾロと用意したもんだよ。
 おまけに、何故か観客スタンドにも大勢のポケモンが入っている。これ、別に正式なバトルとかって約束じゃなかった筈なんだけどなぁ。

「なんだか盛大に盛り上がってるけど、一体これはどういう事?」
「いやいや、特にアリーナで公式に組まれたバトルではないよ。あくまでこれは、ジム生による猛火道場とのバトルの公式練習試合と銘打って開かさせてもらったと言うだけさ。君のバトルの申し込みを受けると言っても? アリーナを使う以上何かしらの理由は必要だからねぇ?」

 なんて、あの時道場で話をした運営委員会のスリーパーは言ってるけど、どうせ魂胆としては観衆の見る中でバトルから逃げられない状況にして、約束を反故に出来ないようにしたって事でしょ。あぁ、観客席に居る親父が大変ご立腹なのを母さんの師匠が止めてるのを見つけた。親父、こういう明け透けに権力使って状況作るような卑怯かどうかのグレーゾーン嫌いだもんなぁ。

「……まぁいいや。それで? そっちに居るニ十匹が俺の相手って事でいいの?」
「勿論。ジムでも君の事は噂されていたからね、勝負したいと言うポケモンを募ったらこれだけの数になってしまったんだけど……数に指定は無かったから、構わないね?」

 通りでスティックまでニ十匹の中に混じってる訳だよ……それとも、意外とジム内じゃ優秀な方に数えられてるとか? ま、どっちでもいいか。
 ざっと見た所、大半はスティックと同程度か、毛が生えた程度の実力と見積もって良さそうだ。強そうなのは、昨日の夜の親父からの情報提供された中に該当してるであろう三匹くらいかな。

「オーケー、それくらいじゃないと俺の積み重ねの証明にもなりゃしないからね。で? 全員纏めて掛かってくるの? 俺はそれでも構わないけど」
「まさか。練習試合とはいえバトルはバトル。各一匹ずつと君には戦ってもらうよ」
「あ、そう。ま、いいけど」

 後のルールは至ってシンプル。技は何を使ってもいいし、相手が降参するか気絶すればその時点でバトル終了。俺は相手方のニ十匹を倒せば勝利で、相手はその内の一匹でもいいから俺を倒せれば勝利。いいね、実にシンプルだ。
 個別戦でも集団戦でもいいように特訓はしてきたから対処は可能だよ。集団戦なら相手側の同士討ちを誘うように動くつもりだったけど、個別戦なら各個をあまり消耗無く倒していく短期決戦仕様で行かせてもらうとしよう。

「それじゃあまり時間も掛けたくないし、一匹目出て来なよ」
「はいはーい! 俺! 俺がやるぜー!」

 出て来ると思ったよスティック……けどこれは学校の授業じゃない真剣勝負だ。速攻で片を付けさせてもらうよ。

「それでは、トレーニングジム生公式練習試合……バトル、スタート!」
「行くぞエ」
「遅い」

 高速移動で高めた速さを伴って、一気に地面を蹴ってスティックに肉迫。その勢いのままに放った飛び膝蹴りは、地面に水平に、真っ直ぐにスティックのお腹目掛けて飛んで行き、受けたスティックを後方の壁まで吹き飛ばした。確認するまでも無く、ダウンだね。

「予め言っておいた筈だよ。まぁ、参加したジム生にまで伝えられてるかは知らないけど。このバトルは、戦いは、俺の今までの証明。道場で鍛えた戦う力を証明する為のもの。手加減なんかしないし、生半可で敵うと思わない事だね」

 不意打ちで、いつも通りの気持ちでやろうとしたスティックにならではの速攻だったけど、他の19匹をビビらせる為には十分でしょ。以降飛び膝蹴りは当たるシチュエーションにでもならない限りは封印かな。外した時のリスクを考えたらね。
 で、俺の初撃は相手方のポケモンだけじゃなくアリーナに集まったポケモン達をもどよめかせた。パフォーマンスのつもりは無いけど、せいぜい勝手に見て盛り上がって下さいなって思っておこう。

「なっ、あ……」
「どうしたの? 次、来なよ」

 俺が手招きすると、相手のジム生はすっかり怯え切っちゃったのか尻込みしてる。全く情けない……これが今、将来アリーナプレイヤーになるって意気込んでるの? お話にならないね。
 その中でも何とか一歩踏み出して構えたストライクに狙いを定めて、勝負を仕掛ける。相手は何とか俺を捉えようとご自慢の鎌を振るうけど、はっきり言ってまるでなってない。構え方、技の出し方から出直してきなって言いながら、腕の鎌の振りで無防備になったお腹にキックを叩き込む。うん、技を使わなくても普通の打撃で悶絶させられるな。不甲斐無いね。
 その後も全く持って消化試合。俺に一撃掠らせるくらいしてくる奴も居るかなと思ったけど、その気配すらないまま15匹のポケモンがフィールドの床に沈んだ。お粗末にも程があるでしょジム生とは言え。

「話にならないね。やる気あるの?」
「そ、そんな! 出来もしないブレイズキックの習得をしようとしてただけでそんなに強くなる訳……!」
「その決めつけが馬鹿だって言ってんの。出来ないって言われてるんだから普通の鍛え方するだけな訳無いでしょ? こっちはどうやったらブレイズキックが発動出来るか悩みながらがむしゃらに色々やってきてんだよ。馬鹿にするのも大概にしろよ」

 あまりにお粗末な上に馬鹿にしてくるもんだからちょっとイラっとしちゃった。いけないいけない、まだ終わってないんだから冷静さを欠いちゃいけないな。落ち着いてしっかり確実に仕留めてやろう。
 数を揃えて余裕で俺を倒せると思ってた委員会スリーパーは冷や汗を掻きながら次の相手のコールをしようとしてる。そりゃそうだ、雁首揃えた公式トレーニングジムの生徒がジムに通わなくなったラビフット一匹に全滅しましたーなんてとんだ恥晒しだろうからね。後悔したところで、もう17匹も倒されてる時点で手遅れとも言えるけどさ。

「つ、次! シャワーズのアクア君!」
「! 水タイプか」
「確かに君は強いみたいだけど、僕を今までの奴と一緒にしないでよね!」

 開始と共に大量の泡が俺に向かって撃ち出される。勢いと量から考えて、バブル光線か。どうやら俺がほぼキックだけで相手を倒してるから、近付かせなきゃ追い詰めて勝てるとでも思ったのかな。
 技の勢いを見ても、確かに今までのポケモンよりは鍛えてますって感じだ。けど、それでも脅威を感じる程じゃあない。伊達に師匠や親父と組手してきた訳じゃないさ。
 力配分なんて考える必要が無いからか、ガンガン撃ってくるなぁ。高速移動も使ってるから余裕で避けれるんだけど、ひたすら全力のごり押しをしてくる相手って言うのも面倒だな。そろそろ片付けるか。
 バブル光線の射線を読んで、躱して接近する。技の出し終わりにはどうやっても多少の隙が生じるもの。そこを狙って……今だ。

「はっ!」
「ぐぅぅ!?」
「……ん?」

 なんか蹴った感触が妙に重い。それに、キックの衝撃が分散されたような感覚がある。どういう事だ?

「これを……待ってた! 喰らえ!」
「ちっ……」

 水を纏った尻尾での薙ぎ払い、アクアテールか。防御体勢で後ろに飛び退きながら受けたからダメージは最小限だけど、流石にタイプ不利の技のダメージ全部を受け流すのは無理か。
 今起こった事を分析しよう。まず、何らかの方法で俺のキックの威力が減衰された。威力だけじゃない、衝撃そのものが分散される事で反撃の隙を晒す事になった。この手品の正体は何か? 相手はシャワーズ、使えるようになる技から推測すると……なるほど、答えは一つだ。

「やれやれ、少し油断したよ。まさか、『溶ける』をバブル光線の合間に使ってたなんてね」
「えっ、な……」
「何? まさか何の分析もしないでまた攻撃してくるとか思ってた? 悪いけど、そんなにバカなつもりは無いよ。アクアって言ったっけ? 君の作戦を看破するとこういう事さ」

 牽制のバブル光線を撃ちまくり、俺が近付いて一気に勝負を決めたい状況を作る。そこに溶けるを使い俺の打撃を待って、近距離でこっちは回避が困難かつ反撃が出来る状態を生み出す。そこにアクアテールで一撃を決めて、追撃の大技で倒す。アクアテールを受けながらも距離を空けて体勢をすぐに整えた俺の事を見て不味そうな顔をしたので大筋は読めたよ。

「うっ……そ、そうだとしても、状況は変わらないぞ!」
「いいや、大いに変わるさ。……ねぇ、知ってる? 不意打ちって言うのはさ、読まれた時点で無意味なんだよ」

 俺はこれまでのジム生相手に、スティックを除いて技を使ってない。スティックに使った高速移動と飛び膝蹴りだって一瞬しか使ってないからほぼ手の内は晒してないって事。それに封印してる火炎ボールを除けばニトロチャージも選択肢にはある。やってやれない事は無いさ。
 相手の狙いは分かってるんだから、戦い方は短期決戦型から単騎撃破型に変える。元々短期決戦型は数で押して来た時用の省エネ戦略だったんだし、残りはそれなりの実力者だって言うなら短期決戦型を続ける必要も無い。

「悪いけど、ここからはこっちからの隙の提供は無いと思ってね」
「なっ、うわっ!?」

 高速移動を再度発動して、ニトロチャージの炎を纏って体当たり。タイプ相性的にも物理打撃的にも威力はイマイチになるけど、狙いはそこじゃない。ずばり、高速移動で上げた素早さを底上げしつつ、更に加速してその状態を維持する事だよ。

「うっ、いっ!? は、速い!?」
「のんびりしてる暇は無いよ?」

 速さで翻弄しつつアクア君の体力をキックやニトロチャージでじわじわと削っていく。溶けるをどのくらい重ね掛けしてるかは分からないけど、ダメージを完全に防ぎ切れる代物じゃないのは知ってる。だから、ちまちまとでも削っていけば……。

「く、うぅ……こんな、事って……」
「戦い方には、ある程度バリエーションを持たせる物だよ? ま、お疲れ様」

 弱ってふらついてる所に跳び膝蹴りで飛び込んで、フィニッシュ。……状況を揃えればなかなか使えるね、飛び膝蹴り。これは経験としてしっかり覚えておこう。
 さて、タイプ相性で不利な相手を倒したところで、相手側に残るは二匹。お次はどっちかな?

「アクア君はダウンだ。次、来なよ」
「あ、有り得ない……こんな筈じゃ……!」
「何? 次は来ないの? じゃあ俺の勝ちって事でオーケー?」
「い、いや! まだだ、まだだよ! 次は、ブーバーのヒート君!」

 ……いや、呼ばれて出ては来たけど、もうなんか顔が何かを悟っちゃってるんだけど? あー、あれか? 炎タイプだから俺の炎技、まぁ対策したかったのは恐らく火炎ボールだろうけど、それのダメージは軽減出来るし特性の炎の体の効果で俺の接近戦もある程度阻害出来るから勝ち目があると思ってたのかな? 残念、それくらいじゃ俺からイニシアチブは奪えないんだなーこれが。
 使うのはダメージが軽減されようと有用性のあるニトロチャージだし、炎の体もキックの衝撃と共に離脱するように戦えば、今のスピードならさして影響も無くダメージを稼げる。それを理解してるだけ、ヒート君だっけ? 実力者だって言うのは認めてあげるよ。

「ま、そこまでだけどね」

 予測した通りにバトルは運んで、やっぱりねと言いたげにヒート君は床と仲良くなった。相手が俺じゃなかったらかなり良いバトル出来たんじゃない? これからの成長が楽しみだね。って、俺は何を考えてるんだか。

「さっ、そっちが出せる勝負札は残り一枚だ。乗るか降りるか、決めてくれる?」
「くぅぅぅ! ここまで好き放題やられて降りられる訳が無いじゃないか! こんな事になるとは思ってなかったが……次! ガバイトのクラッシュ君! 頼むよ、一匹のポケモンにジム生が20匹全滅なんて事が知れ渡る事になったら……!」

 その点はもう手遅れだと思うんだけどねぇ? これまでの19匹を俺単体で倒してるの、集めたオーディエンスにばっちり見られちゃってるし。表情を見るに、このバトルを興味深そうに見てるのが5割。これは多分、アリーナにプレイヤー登録してるポケモンやそのポケモンの関係者だと思う。青褪めたりどういう事だーなんて言ってる4割がジム生やアリーナの関係者。残り1割は、なんか純粋に俺を応援したりバトル内容に盛り上がってくれてるみたい。あ、一番ハッスルしてるのは俺の両親です。恥ずかしいなぁもぉ……。
 ん? 師匠の方を見たらなんか考え事してる風に首を傾げてる。どうしたんだろ? まぁ後で聞いてみようか。
 さて、呑気にしてられるのはここまで。昨日親父から名前を出された時にまさかな、とは思ったけど、出て来ちゃうんだなー。

「ガバイトのクラッシュ、か。クラッシュって名前のフカマルには心当たりがあったけど、こんな形でこのアリーナで並び立つ事になるとはね」
「エース……いや、今はビットだったか。ジムに来なくなった、落ちぶれた奴だと思っていたが……どうやってそれだけの力を得た?」
「はっ、あの泣き虫だったフカマルが偉そうな喋り方するようになったじゃん。俺が力をどうやって得たかって? 鍛えたに決まってんでしょ」
「ふざけるな! この町でトレーニングジム以上に実力を磨ける場所なんて存在しない! 認めない、俺はお前を認めないからな!」

 やれやれ、相当俺の事が気に入らないみたいだな。あーまぁ、因縁って奴かな? 目の前のクラッシュって名前のガバイトに俺は面識がある。俺がヒバニーでクラッシュがフカマルだった頃にだけどね。
 俺の親父がそうなように、クラッシュの父親もこのアリーナでエースプレイヤーに数えられるポケモンの一匹なんだ。つまり、境遇としては俺と一緒で、ジムでエースコースを一緒に受けてた一匹なんだよ。他にもエースコースを受けてたポケモンは居たけど、この場には出て来なかったみたいだね。
 俺とクラッシュの唯一の違いは、クラッシュが言った一言で分かって貰えると思う。そう、クラッシュはトレーニングジム至上主義とでも言えばいいかな? とにかくトレーニングジムは凄い訓練所で、他の道場や訓練所は見劣りする場所であり、そんなトレーニングジムに通える自分は凄いんだって自慢しちゃうタイプって訳。まぁ間違ってもいないんだけどさ。
 ま、そんなだからジムに通わなくなった上にこんな試合を組まれて、尚且つジム生を蹴散らしてみせた俺の事はとっても気に入らないんだろうね。

「別に君に認められようなんて思っちゃいないよ。俺はただ、俺が欲しい強さを手に入れようとしただけだし」
「……だったら後悔させてやる。お前がそんな下らない強さとやらの為に捨てた、俺の本物の強さでお前を倒してなぁ!」

 思い切り振り上げた腕の爪でクラッシュは俺に切り掛かってきた。ふぅん、そこまで言うなら見せてもらおうじゃん? ご自慢のジムに通って得た本物の強さって奴をさ?
 どうやら初撃は特に技を発動させて振るった物じゃ無さそうだね。ま、戦闘中に分析してるってのはアクア君と戦った時に散々披露しちゃったからね、手の内はそうそう明かしてくれないか。
 その仮定が正しいとすると、クラッシュは俺の現状の強みを潰しに来る筈だ。ずばり、素早さを削ぎに来るって事だね。さて、どんな手を使ってくるかな? 対応し難いもんじゃないといいけど。

「何? 本物の強さとやらはパワーでのゴリ押しの事? 随分チャチな強さじゃないか」
「そんな安い挑発に、乗ると思うな!」

 とか言いながら俺を追い掛けるように爪を振るいまくる。……技の一つも出す様子は今の所無さそう、かな? いやさっきのアクア君の例もある。攻撃しながら何かしらの強化技を仕込んでる可能性はあるな。あまり悠々と遊ばせるのは、面白くない事になり兼ねないかな。

「悪いけど、これってバトルだからさぁ? こっちからも、やり返させてもらうよ」
「出来るものなら、やってみろ!」

 それじゃあってんで、振り下ろした爪の合間を縫うように蹴りを頭に合わせた。けどそれは決まらず、振ってない方の腕のヒレでしっかりガードされた。なるほど、まだ素早さ強化が切れてない俺の動きや攻撃にしっかり反応は出来るか。それだけで、今までのジム生よりは頭一つ抜きん出てるって言ってもいいんじゃない?
 なんて考えてる時だった。蹴って止められた脚に無数の尖った物が擦り付けられたような痛みが走る。これは……まさかクラッシュの特性は、鮫肌か!

「つぅ……なるほど、厄介な特性持ってるじゃん?」
「! 今の一瞬だけで俺の特性に気付いただと?」
「これでも強くなる為に必要そうな事は一頻り頭に詰め込んであるんでね」

 だから分かる。クラッシュと俺の相性は最悪だ。鮫肌は自身に物理系の攻撃を受けた際に、肌にある細かな硬い鱗を相手の接触部位に擦り付ける事でダメージを与える特性。私生活じゃちょっと厄介な特性だけど、こと対物理タイプの攻撃を得意とする相手には有益に機能する。闇雲に攻撃すれば、弱らせられていくのは俺の方って訳だ。こりゃあ、アクア君に使った作戦はクラッシュには通用しないな。

「だが、黙って思考を巡らせていたら、さっきまでのように動き回る事も出来なくなるぞ!」
「ん? ……そういう事。本当、厄介な奴だね君」

 気が付いたら、俺は細かいながらも鋭く尖った石に取り囲まれてた。ステルスロック……嫌らしい技使えるじゃん。
 ステルスロックは普通に動く分にはゆったりと周囲に浮いてるだけだからそんなに実害は無い。けどそれがチームバトル中の交代なんかで素早く動こうとすると牙を向く。ゆったりな動きの石に体を引っ掛けて、鋭い切り傷を作り出していくって訳だ。
 正に妨害の為にある技。そして素早さに上昇効果が乗ってる俺にもそれは適応されるって訳だ。速く動こうとすれば、周囲の石に体を切られる事になるからね。
 この状況を打開する最善策は二つ、かな。一つは特殊技、その場から動かずクラッシュにも触れずに攻撃出来る手段で戦う事。俺の場合は、火炎ボールを解禁する事。とはいえ、解禁したとしても火炎ボールは撃ち出すまでに熱エネルギーを手頃な石に集める必要がある。アリーナのバトルフィールドは基本的に屋外を想定して整備がされてるから石も拾おうと思えば出来るけど……。

「どうした? 動き回れなくなっただけで打つ手も無くなったか!?」
「簡単には準備させてもくれないか」

 クラッシュからの攻撃をいなしながらじゃ限界がある。発動するには一発くらいは良いのを喰らう可能性があるか。まぁ、このバトルの意味からして火炎ボールを使ったら俺的に意味が無いんだけどさ。
 となるともう一つの打開策を選ぶ必要が出て来る。鮫肌やステルスロックからのダメージを必要最低限だけ受けてクラッシュを倒す。つまり、強烈な一発での一撃必殺を狙う訳だ。
 が、これが出来る技を俺は持ってない。飛び膝蹴りを狙ってもクラッシュなら簡単に避けて来るだろうし、飛び膝蹴りはミスした時の衝撃が自分に跳ね返ってくる上に加速するからステルスロックでも傷付けられる。そして体勢を崩してる内にクラッシュからの追撃を受ければ勝負は決まる。そう考えると、まず選べない。ニトロチャージじゃ一撃必殺なんて威力が出せない。高速移動はそもそも攻撃技じゃない。
 全く、やれやれだね。こんな時ブレイズキックを出せるようになってたらーなんて考えるなんて。……打つ手無し、か。いや、ジリ貧になるかもしれないけどステルスロックに引っ掛からない程度のスピードでクラッシュと打ち合うって手もあるけど……。

「貰った!」
「ちぃっ」

 決定打こそ受けないように躱したり受け流したりしてるけど、躱せばステルスロックに体を切られて受け流そうとすれば鮫肌で擦り削られる。このままだったら、打ち合ったところで負けるのは俺だな。
 結局、無茶だったって事か。いや、クラッシュ以外の19匹を倒せた時点で上出来なんだろう。けど、クラッシュレベルの相手には届かない。あと一歩、勝負の流れを変える一歩に俺は……届かなかった。ここまで、かな。

「ビットぉぉぉぉぉぉ!」
「!? し、師匠?」
「な、なんだ?!」
「分かった、分かったの! ビット、諦めるのはまだ早いよ!」

 ざわついてたアリーナの中に師匠の声が響いた。わ、分かったって? え、何が?

「なんでビットがブレイズキックを使えないか! 違うの、使えないんじゃない、出来る! いやもう出来てるんだよ! 後は、ビットが開放してあげるだけ! これでビットなら分かる筈だよ!」
「俺が、ブレイズキックを使える? 開放するって……?」

 開放……つまり、俺がブレイズキックを封じてるって事? そんな馬鹿な。大体、俺が封じてるのは火炎ボールで、それを師匠も知って……火炎、ボール?
 待てよ、そうか、そういう事なのか? 道場に通う前から俺は火炎ボールを封印してずっと過ごしてきた。キックが熱を帯びるようになってからもずっと使ってない。まさか……。

「……試してみる価値は十分過ぎるな」
「試す、だと? 無駄だ! この状況を変える術なんて、どんな技でも存在しない!」

 無駄、出来ない、存在しない。今までにそんな言葉は聞き飽きたっての。こちとら、そんな言葉を突っ撥ねて、がむしゃらに進んで捻くれ続けてきたんだ。その果てに何が生まれたか……見てやろうじゃないか。
 師匠との稽古の時のように、脚に熱エネルギーを集める。そうだ、この感覚だって火炎ボールを使ってた時に感じた事の無い反応だったじゃないか。ったくさ、使い手に合わせて……技まで捻くれるなんて想像出来る訳無いじゃんね。
 十分に脚にエネルギーが集まったのを確認して、一直線にクラッシュに飛び込む。同じ捻くれ者なら……常識を、無理を、今までのありったけを込めて……!

「ぶっ壊せぇぇぇぇぇ!」

 飛び掛かった俺のキックをクラッシュが腕で防ぐ。それと同時に脚に集まった熱エネルギーを石に流していたように、クラッシュに向けて一気に……解き放つ!

「!? ぐあぁぁぁぁ!?」

 爆発するように解き放たれた熱エネルギーが強大な炎となってクラッシュに襲い掛かった。振り抜いた俺の脚には、残り火が軌跡となって燃え揺れる。

「……全く、これで良かったなんてお笑いだね」

 特定の物にエネルギーを蓄積して燃え上がらせる火炎ボールの性質を俺が無意識に変化させて、蓄積したエネルギーを相手に叩き付けて燃え上がらせるキックに変化させてたって訳だ。なんか俺が覚えようとしてたブレイズキックとは違う代物だけど……。

「捻くれ者のブレイズキックなら、これくらいが丁度良いかな」

 爆発燃焼の衝撃と熱傷によって腕が上がらなくなったらしいクラッシュに向けて、再度俺のブレイズキックを構える。これで、決着だ!

 ……そんな俺のジム生20匹斬りから一週間が経ち、ようやく話題のトレンドから俺の名前が薄れてきたのを実感する。本当、倒したジム生の中にクラスメイトが居るし、そうじゃなくても町中のポケモンにこの練習試合の事が知れ渡っちゃったから大変だったよ。主にうちに来ないかーってジムや道場以外の訓練所からの勧誘が、だけどさ。

「本当、ビットって無茶が好きだよねぇ」
「別に好きじゃないって……しなきゃならないからしたってだけ」

 俺は今スクールを終えて道場に向かってるところ。隣にはディーが居て、一緒に道場に向かってたりします。

「にしても、どうしたのさ急に道場の見学って出来ないのかーなんてさ」
「いやその……警察の勉強してて座学の方はそこそこ良くなってきたんだけど、実技の方がちょっと残念な事になってて……ほら、ビットの道場って悩んでる事とか聞きながら訓練とかしてくれるんでしょ? 僕もちょっと力を借りれたりしないかなーと思って」
「なるほどねぇ? ま、それなら師匠なら相談乗ってくれたりすると思うし、合うかどうかお試しくらいはいいんじゃない? どの道俺以外に門下生居ないし」

 師匠としても、門下生が増えれば月謝も増えるんだし、俺以外にもう一匹くらい増えても面倒は見てくれるでしょ。そうそう、あの勝負には結局勝てちゃったからね、俺は猛火道場所属を続けてるって訳。ま、仮にあそこでクラッシュに負けてたとしても、遅かれ早かれジムには行かなくなってただろうけどね。
 実はあの後、運営委員のスリーパーが俺との約束を無視して道場の土地を買い占めようとしたりして、なんか道場自体に圧力掛けようとしたみたいなんだよね。まぁ負けて俺をジムに戻す事も出来なかった上に天下のアリーナ直轄ジムの看板に盛大に泥を塗られたようなものだから腹いせのつもりだったんでしょ。
 それについに親父がブチ切れちゃってねぇ……運営委員会本部に乗り込んで、道場買収の件やら何やらの後ろめたい事を他のアリーナプレイヤーのポケモン達と結託して調べ上げて警察に全部ぶちまけちゃったんだ。
 いやぁ、調べたら出るわ出るわ埃の山が。前々から才能が有りそうなポケモンを見つけたりとか、俺みたいに通ってたけど他所に籍を置いたポケモンが出たりするとあれこれ根回しして通う所を潰したり、弱みを握ってジムに戻らせたりってのをしてたみたいなんだ。
 それにアリーナでのバトルでもプレイヤーの知らない所で不正を働いてたみたいで、もう親父も他の専属契約プレイヤーも大激怒。何匹ものエース級のプレイヤーが契約を白紙にしちゃって、アリーナ運営委員会は現在大混乱中なんだってさ。悪い事は出来ないもんだねぇ。
 あぁ、アリーナ自体の運営は他の道場や訓練所なんかが提携してやってるから、アリーナが一時閉鎖になるーとかの事態までには至ってないみたい。けど、アリーナ直轄トレーニングジムの信頼はガタ落ち。通ってたジム生も残ってるポケモンは勿論居るみたいだけど、大分散っちゃったんだってさ。その一部でも道場の門下生になってくれれば、師匠の生活水準も大分上がるんだろうけどねぇ?
 あぁ、道場の買い占めについては、師匠が俺や親父に相談してくれたから発覚したんだ。前々から話を持ち掛けられてたのは聞いたけど、まさか地上げ屋みたいのを使って強硬策に出るとは思わなかったよ……あぁ地上げ屋? 俺と親父と師匠とで丁寧に畳んであげました。
 ま、そんなこんなもあって、この一週間は町中で激動の週になったよ。アリーナ関連の勢力図が一気に塗り替わったって言っても過言じゃないからねぇ……あ、ついでに言うとあの運営委員のスリーパー他数匹は、ガチで警察に逮捕されちゃったみたい。自業自得だけど、俺にちょっかい出してこなきゃまだ当面は安泰だったろうに、馬鹿だよねぇ。
 なーんて事を思い返してたら、いつもの道場が見えてきた。一応俺のブレイズキックは形はどうであれ習得に漕ぎ着けたけど、まだまだ師匠の強さに追い付けた訳じゃないから弟子は続けていくつもりだよ。

「師匠、来たぞー。って……は? 親父? なんでまた道場に居るのさ?」
「お、来たかビット! いやー専属契約の解消に思ったより時間が掛かったけど、ようやく終わったからな! その足でこの道場で働かせてくれって頼みに来た!」
「……マジで?」
「えっと、うん、マジで。バーンさんにビットからも言ってあげてよぉ、うちお金無いからお給料とか全然出せない、というか収入がビットからの月謝が殆どだから寧ろ貰っちゃう事になっちゃうって」
「お金の心配なら要らないぞ! 専属契約を辞めたとは言えアリーナプレイヤーを辞めた訳じゃないからな! バトルすればファイトマネーは入る!」

 あぁ、こりゃ親父本気で道場で働く、というか所属になろうとしてるわ。まぁそうすれば親父は猛火道場所属のアリーナプレイヤーって事になるし、道場の広告塔にするのもアリなんじゃないって師匠に伝えたよ。親父はノリノリでよろしくだ! って言ってるけど、やっぱり師匠は困り顔だねぇ。

「えーっと……なんか道場の内部事情みたいのが聞こえちゃってるんだけど、僕それ聞いてて大丈夫な奴?」
「ん? あぁまぁ大丈夫じゃない? ってディーの事忘れてた」
「酷くない!?」
「まぁまぁ。師匠、道場の見学したいって言うから連れて来た、一応友達のディーってガーディ。お試しって事で、見学がてら一緒に鍛えたりしてくれない?」
「おっとそういう事なら大歓迎よ。ディー君ね? 私は師範のセンカ、よろしくね」
「おぉディー君じゃないか! いいぞー俺も見てあげよう!」

 もう親父はこの道場の一員で確定だねこりゃ。師匠も諦めたって感じだし、まーた道場も賑やかになりそうだねぇ。

「さーてと、今日は何からしよっか? ビット、やりたい事ある?」
「んーそうだねぇ……とりあえず出せるようにはなったけど、まだ俺式ブレイズキックの使い方とか安定してないし、その辺りを見直したいかな」
「あ、僕もそれ見てみたい。なんか凄くカッコいい技なんでしょ?」
「あれはカッコ良かったなー! 自分の息子ながら、バトルしたいと本気で思っちゃったぞ!」
「いやそれはまだ当分は勘弁してよ? 正直親父と戦って勝てる見込み立たないし」
「それにビットはまだまだ成長期ですしね。無茶なバトルは当面御法度です」

 分かってるってーなんて笑って言ってるけど、一瞬プレイヤーの目付きになったのは見逃してないからね。やれやれだよ。
 俺が親父と戦うのは、やっぱりアリーナでやりたいかな。俺の中に残るあのバトルの再現、とは行かないだろうけど、せめてどっちも強かったって言って貰えるようなバトルが出来るようになるまでは、親父に待っててもらうとしよう。
 ……思い出すと、やっぱりまだ正規のブレイズキックを覚えたいと思ってる自分も居る。俺のは多少似てても似て非なる物だからね。あの時見たブレイズキックへの憧れを満たしてくれてるかって聞かれるとまぁ、半分くらいかなって感じ。
 けど、俺が編み出した我流のブレイズキックも嫌いって訳じゃない。捻くれ者なりに足掻き続けて出来た結果だし、生まれた時から一緒だった俺の火炎ボールの新しい姿でもあるしね。
 だから、今はこう思うんだ。あの時の試合の眩しさを追い掛け続けるんじゃなくて、今度は俺自身があの試合に負けないくらい凄いバトルが出来るようになろうって。

「……あ、そう言えばなんだけどさ?」
「ん? どうしたの?」

 とりあえずディーからのリクエストもあるからって、走り込みの前に軽く俺式ブレイズキックをお披露目しつつ組手をしようかってなって準備してたんだけど、思い出したし聞いてみよう。

「俺がブレイズキックを出す前に師匠が出し方のヒント教えてくれたじゃん? あれ、なんで分かったの?」
「あぁあれね。ビットがニトロチャージをきちんと使えるのを見ておかしいなって思ったの。炎は扱えるみたいなのに、なんで脚にエネルギーは溜まってるのに炎にならないんだろって。理由があるとすればって考えていったら、思い出したの。ビットが自主的に火炎ボールを封印してるって」
「つまり、本来脚からエネルギーを開放して炎にするって事は既に火炎ボールで出来ている状態だったのに、それをビットがしない、封印していたからブレイズキックも発現出来ていなかったって事か!」
「そうです。脚から炎を出すって仕組みは同じなのに、その根っこをビット自身がやらないって否定しちゃってたから、エネルギーも出口を失ったって訳ね。まぁそれもあったから、あんな感じで熱エネルギーの脚での圧縮ーみたいな力に変化したんだろうけど」
「捻くれまくった結果自縛してたって言うんだから、何だかなぁって感じだね……」

 話しながら準備を終えて、師匠と並び立つ。……俺でも気付いてなかった事に気付いてくれるくらい、師匠は俺を見てくれてたって訳か。

「ん? まだ何かある? ビット」
「いや、大丈夫。あーまぁそうだな……」
「よぉし、センカさんもビットも用意はいいか!?」
「うわぁ、これが組手って奴か。なんか見てるだけだけどワクワクしてきちゃうなぁ」

 やれやれ、試合って訳でもないのに、親父が張り切ってレフェリーみたいになっちゃったよ。ディーは観客気分丸出しだし。まぁ、少しくらい楽しんでもらえるようにしようか。
 脚にエネルギーを溜めて、ブレイズキックを用意する。師匠も乗り気なのか、脚に炎を纏ったよ。

「つまりは、これからもよろしくって事で!」
「えへへ、もっちろん! お師匠様にどーんとぶつかってきなさいな!」
「よぉし! バトル! じゃなくてー組手、開始ぃ!」

 合図と共にお互いのキックをぶつけ合うと、俺のキックから生じた炎と師匠の纏った炎がぶつかり合い、弾ける。幾ら見てたとはいえ、受けるのは初めてな筈の俺式を受けても平然としてるんだもんなー師匠ってば。クラッシュ君なんて二発で轟沈させられたのにね。
 それだけ俺と師匠の実力差は歴然って事か。やれやれ、まだまだ頑張り甲斐はありそうだ。……捻くれないでも、頑張れそうだけどね。


後書き!

いやー……作者の勢い任せの今作でしたが、如何でしたでしょうか?
実は三分の一程度までは以前書いていた作品なのですが、紆余曲折ありお蔵入りしたものを最後まで書き殴ってみた次第です。無理という壁にぶち当たり、捻くれながらも諦めなかったビットの姿を最後まで見て頂けたのなら何よりです。お読み頂きありがとうございました!

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Last-modified: 2021-10-14 (木) 18:28:15
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