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折れ朽ちようとも、その剣は倒れず

/折れ朽ちようとも、その剣は倒れず

writer is 双牙連刃

 この作品はポケモンソード・シールドのネタバレを含みます。ご注意下さい。



 鉱物を己が身に取り込み、力として扱い易い形に変え纏って戦う。それが、私達の一族が特性として持っていた力だった。扱い易い形が個体によって違うという点はありはしたけど、その力は私達姉弟にも確かに受け継がれ、弟は盾、そして私は剣と人が呼ぶ物に変えて振るうのを得手としている。……今ではもうこの力を持つ者が居ないという事は、やはり私達以外の仲間は絶えたという事なのだろう。2万年、私達が戦い抜いた時代から経った時間というのは、私が思った以上に無情な物だった。
 そんな時の流れの果てで伝説等と言われても、私にはイマイチまだピンとは来ていないし、恐らくこれからも来る事は無いと思う。だって、私と共に歩んでくれたあの人は王族だと言っていたけど、私自身はこのガラルで猛威を振るった巨獣達を斬る事しかしていなかったんだから。
 その事を後悔した事は一度も無い。誰かがやらなければならなかったし、それがあの時代ではあの人と私、それに弟達だった。多くの者もそれによって救われた。その結果があれば、私には十分だった。巨獣殺しの魔獣なんて呼ばれていなくてホッとした、というのが本音ではあるけども。
 そんな私がこの時代ではまさかの剣の王なんて呼ばれ伝説に残っているなんて、一体どういう勘違いから生まれた物かと思った。けど、落ち着いた今考えてみれば、仕掛け人が誰だったのかは容易に思いつく。彼が私を剣と……王と、呼んでくれたのだろう。全く、お節介な事よ。私は王でも、ましてや一振りの剣でも無かった事は、彼が一番よく知っていただろうにね。

「私が本当に剣だったのならば、彼にあんな涙を流させる事なんて無かったんだから……」

 私の2万年前の最期に見た物は、共に戦場を駆け抜けて、最後は守り通す事が出来たもう一振りの剣の王の……私の名を呼びながら泣き崩れる顔。後悔は無い、役目を果たす事は出来たと満足して逝こうとした私に唯一の後悔を残させるなんて、全く困った人だ。
 彼はその後、荒れてしまったこの土地を、この国を良い方向に導いてくれたのだろう。今の世界で出会った人達や訪れた場所を見れば分かる。……一部を除いて、だが。

「あの妙な頭をした二人だけは、彼等の子孫であると言うのが信じ難い……本当に血縁者だったのかしら?」

 この時代の王族の子孫達というのが、私達の存在が自分達を脅かすものになるのではないかと危惧し弟と私を陥れようとした。その時に最も先んじて行動を起こした二人……覚える気も起らなかったから名は忘れてしまったけれど、あの頭は忘れろという方が難しいと思う。まさか、髪型を剣と盾にしているとはね……あんな事をしなければ自らを王族と名乗れないなんて、その時点で王族を、王を名乗るなんておこがましい事だ。
 私は知っている、私は見てきている。真に王と呼ばれるべき者とはどういう者かを。危機から逃げず、恐れながらも目を背けず、己が出来る限りを尽くし立ち向かう。明日の夜明けと平和を願い切り拓く者。それが私の知る王と呼ばれるべき者だ。
 そこまで思い出して、何故自分が今の在り方を選んだかに得心が行った。何故、姿も歳も性別さえも違う彼女に、2万もの時が流れた先で彼が隣に居てくれるかのような懐かしさを感じるのか。

「あの子の在り方は、彼と瓜二つじゃない……」

 少しだけ滲んだ涙を振り払って、雲一つ無い空を仰いだ。時の流れは確かに無情だったけど、一つだけ私に奇蹟を見せてくれていた。これほどの遥かな時が経っても、変わらぬ勇気と覚悟を抱ける者に出会わせてくれた。こんな出会いに二度も恵まれるなんて、私は……幸運だ。

「シアンの姉さーん。ん? どうしたんスかこんな所で一匹で?」
「え? あぁ、ナックル。いえ、ちょっと考え事をね」

 どうやら私を呼びに来たらしいのは、ウーラオスというポケモンで彼女が決めた愛称はナックル。己の拳を用いた戦い方を主体としているから付けたのだろう事は想像に易い。
 で、ナックルが私を指して呼んだのが今の私の愛称。私の種族名となっているらしいザシアンという呼び名を単に短くしたのか、それとも私の毛色から取ったのか……どうであれ、今の私はシアンと呼ばれ、彼の面影を感じる少女と共に旅をしている。

「考え事? なんか悩んでるんスか?」
「いいえ、悩んでいると言うより、思い出していたという所ね。まだまだ今の時代と私が生きていた時代との違いに慣れない所もあるものだから」
「へぇー……でもこうして見てても、姉さんが2万年前にも生きてた伝説のポケモンなんて思えないッスね」
「それは、伝説のポケモンらしくないって事かしら?」
「えっ!? いやいや違うッス! なんて言うかこう、活き活きしてるって言うか存在感がスゲーって言うか、とにかく今ここに居る! って感じがするから2万年前にも居たって言うのが不思議って言えばいいと言うか……!」

 あら、少しからかったら大慌てね。進化して随分立派な姿になったし、姿に相応しい力を得たと思っていたけど、内面はまだ少し弱気な人見知りだった頃の名残が残っているみたいね。

「うぅ……怒らせたのならごめんなさいッス……」
「ふふっ、心配しなくても怒ったりしていないわ。ちょっとからかってみただけよ」
「へ……えぇ!? そうなんスか!? もぉー酷いッス!」
「ごめんなさいね。それで、私を呼びに来てくれたようだけど、何か用?」
「っと、そうだったッス! 姉さん、主さんがご飯なのに居なーい! って心配しながら捜してるッスよ。早く戻って一緒にご飯食べようッス!」
「あら、そんな時間だったかしら。つい物思いに耽り過ぎたわね」

 食事ね……今の体に必要なのかとも思うけど、昔と同じく空腹感とかはあるから必要なのよね。
 私の今の体は、普通のポケモンのそれとは違うらしい。そもそもに私の命は2万年前に尽きている。その私が何故今の時代に蘇った……いや、再現されたのかは2万年前の私の死因となった相手から教えられている。まさか巨獣を屠り続けていた私がその巨獣を生み出す力によって蘇る事になるとはね。まぁ、多少形は違うらしいけども。

「……本当に、世の中何が起こるか分からないものね」
「ん? 何か言ったッスか?」
「独り言よ、気にしないで」

 今隣に居るナックルも、強力な巨獣化の力を操る者だ。そう、今や巨獣の力は暴走せずに御せる力なのだ。ダイマックスという名前まで付けられる程に身近な物になってると聞いた時は苦笑いを禁じ得なかったわ……。それも私達が暗黒の夜を生み出した怪物を封じる事で出来た時間によって研究された結果だと言われれば、悪い気はしないけどもね。
 野営地点に戻ってくると、私を捜したり待っていたであろう皆から声を掛けられた。今の共に旅をしている彼女もホッとしたような顔をして見つかって良かったと言ってるわ。心配させちゃって悪い事しちゃったわね。
 さて、いざ食事となったのだけど……やっぱり完全には違和感を拭えないわね。昔の仇敵と食卓を囲んでいて、尚且つ相手が嬉しそうに彼女の手製のカレーを食べているのを見ているなんて。
 この時代で封印が解かれ、蘇った怪物……ムゲンダイナ。それも今は暴走するムゲンダイナに立ち向かった彼女と共にある事を選んでいる。つまり、私の仲間なのだ。ムーなんて可愛らしい愛称まで付けられて、当事者も今の生活を楽しんでるようだからいいのだけどね。
 最近の私の悩みはこれにも原因があったりする。仇敵が仲間になった、つまりそれは私が斬るべき相手ではなくなったという事だ。そもそも当事者曰く、私の内に生み出されたという巨獣の暴走を制御し鎮める力。それによってムーも暴走を完全に抑え込む事が出来るようになったそうなのだ。自覚は無いけども、私の巨獣斬はその力の集積した物だからこそ、巨獣に対して強力な力になっているそうだ。
 その力が今の世に必要なのか? 私は此処に居るべきなのか。役目を終え、もしあればなのだけれども……彼が居るであろう常世に流れていくべきではないのだろうか。平和な今の世界を見ていると、そういう考えを禁じ得ないのだ。

「んん? どうしましたーシアンさん? 食欲無し子さんですか?」
「……どういう言い回しなのよそれ? いや、食べながら難しい顔してた私が悪いわね。気にしなくていいわよ、ムー」

 ムゲンダイナ、ムーは暴走が鎮まった後は穏やかで少しのんびりとした気性に落ち着いている。けれど仲間の仔細な変化に敏感で、何かあれば逸早く気付いて彼女にそれとなく促していたりと、本当に暗黒の夜の怪物と言われていたのと同一の存在なのかと疑いたくなる有様だ。ま、だからこそ安心出来るからして、私の存在不要論なんて考えが浮かんでくるんだけども。
 盛られたカレーを平らげて、食休みに入った所で隣のムーを見ていてある事を思いついた。聞いてみるだけ、聞いてみてもいいかな。

「ねぇ、ムー? 少し考えたんだけども……」
「はい、なんでしょう?」
「今の私の体を構築している粒子、それを散らし私をあるべき場所に還す事って、出来るのかしら」

 うわ、そう聞いてみたら衝撃! って感じの表情でムーが固まったわ。いやまぁ表情なんて分かり難いのだけどね? 話したりしている内に何となくどういう心境なのかは掴めるようになったのよね。

「えぇ!? そんなの出来ませんよ! というか、出来たとしてもしたくありません! 存在拒否、ダメ、ゼッタイ!」
「お、思ったより勢い良く否定されたわね……けど、あなたは巨獣の素、じゃなくて今はガラル粒子だったわね。それを生み出し司る、いわば神のような者でしょ? 全く出来ないと言う事は無いんじゃないかしら?」
「んー、厳密に言うと私は神なんて呼ばれる者ではなく、提供者が適切ですかね? 大昔の純然たる私の一部だった粒子なら結合分解思いのままでしたけど、今の世界に浸透し増幅した粒子はこの世界や生物に帰化しちゃってますからね。多少強めたり弱めたりは出来ますけど、完全にコントロールするのは不可能ですねぇ」
「そう……」
「そ・れ・に、シアンさんの体を構築する粒子はガラル粒子を制御、弱体化させられる能力を持つ特注品みたいな物ですからね。今の私もそれのお陰でこうして生活出来てるんですし、どうにかするのは無理ですよぉ」

 言うなれば、ガラル粒子じゃなくザシアン粒子です! なんて言われてもね? どういう顔すればいいか分からないわね。
 そう、今の私は生物と言うより、粒子によって再現された過去の私の模倣。思考し、感じる事が出来たとしても、生きていると言えるのか曖昧な存在。本来、蘇ったムーが鎮まればまた霧のように霧散してしまう、筈だった。
 そんな私の存在を強固にし、粒子に還る事を否定したのは……刃が折れ、どれだけ朽ちようと残り続けていた、彼の剣だった。

「……今のシアンさんの体はきっと、遠い昔の誰かが願った、平和な世界で仲間と共に楽しく暮らさせたいって想いの結晶なんです。消えちゃうなんて……そんなの、寂しいと思いません?」

 ……朽ちた剣を咥えた時に心に響いてきた強い叫び、生きろと言う言葉。そう……そうだったのね。幾星霜の時が流れようと、剣その物が折れ朽ちようとも、私を倒れさせないよう励ます彼の想いは、願いは、消えないでいてくれたのね。

「全く……不倒、倒れずの剣って言うのは私の代名詞だったと言うのに、耄碌するところだったわね」
「倒れずの剣、ですか」
「例え折れ朽ちようとも、倒れる事は無し。即ち、真に敗北する事無き剣……幾度の敗走を強いられようとも倒れず、必ず未来を切り開く事を約束する者。無茶ばかり繰り返してた私が、いつの間にか呼ばれてた肩書きよ」

 一度倒れ、死を迎えた私が今更そんな事を言えた義理は無いのかもしれない。けど、彼が望み今一度主を得たこの剣……今度は、その主の最期まで、共に歩き未来を切り開いて行くのも悪くないのかもしれない。

「……思い直してくれました?」
「そうね、らしくなかったわ。何時だって私は剣、主が居る限り決して倒れず、勝利への道を切り開く者なんだから。今の主にもしっかり勤め上げないとね」

 そして何時か別れの時が来たのなら、今度は私が彼女を看送ろう。不倒の剣として今度こそ主が繋いできた未来を、そのもっと先へ切り開くと誓って。
 彼に胸を張って、貴方が託してくれた願いを全うしていると言えるように!


~後書き~
 はい、作者の個人的ザシアン考察のような今作、如何でしたでしょうか? 公式と違ったり解釈違いな所もあるかと思いますが、こんな見解もあるんだなー程度に思って頂けましたら何よりでございます。それでは、ここまでお読み下さり、ありがとうございました!

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Last-modified: 2020-12-08 (火) 08:13:42
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