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戦闘練習その2

/戦闘練習その2

作品名は練習とありますが全力を尽くして書きました。

 朝の光が救助基地の窓に差し込み、部屋全体を明るく照らす。まばゆい光に重たい瞼を開けたアチャモは、ゆっくりと起き上がった。
 天気の良い初夏の朝で、気だるい気分にアチャモのくちばしから大きなあくびが出てくる。ぼーっとして何も考えずに、見慣れた空間を見渡す。
 アチャモにとって、救助基地はまだ住み始めたばかりであり、寝床用に藁を束ねてつくったベッドと、ちょうど部屋の中央に生えていた小さな切り株のテーブルしかなかった。テーブルの中央にはリンゴが三つ並んでいる。その隣に置いてあるのは救助隊バッジと道具箱。救助隊を結成するために、パートナーのミズゴロウと共に救助隊連盟へ報告をして、それが認められたときに初めて救助隊として活動することができる。認めた証として、連盟からバッジと道具箱の、救助隊スターターセットが送られてくるのだ。現時点でのポケモンズは、アチャモとミズゴロウの二匹だけで活動しているのだが、ミズゴロウではリーダーが務まらない(ミズゴロウ自身が言った)ので、アチャモがポケモンズのリーダーを務めることにしている。
 長いあくびをもう一つして、アチャモは眠たい目でリンゴを眺める。しばらくしてから、重たい体をむりやり起こして立ち上がり、テーブルに向かった。真ん中のリンゴを一口ついばみ、飲み込む。甘い香りが喉の中を満たしていく。
「あーちゃーもぉー」
 入り口から、ミズゴロウの声が聞こえてきた。いつも通り。ミズゴロウは、毎朝同じ時間帯に救助基地へやってくる。
「まだ寝てるのかなあ。あーちゃーもぉー、朝だよぉー、おーきぃーてぇー」
 アチャモは、自分を起こすためにモーニングコールをしにくるミズゴロウが、最初は面倒なやつだと思っていた。しかし、そのお陰でアチャモはすっかり早起きになれたし、今ではミズゴロウの声を聞かなければ一日が始まらない、と思うようになっていた。基地内に届く、穏やかで元気な声。聞きようによっては楽しそうに聞こえる。アチャモと訓練していて編み出した、ハイドロポンプ(アチャモが命名したやつ)を覚えて以来、ずっとこの調子なのだ。本当に楽しそうだなあ、とアチャモは思い、笑顔で待っているミズゴロウを頭の中で描いてみる。
「ちゃんと起きてるわよぉー」
 ぶっきらぼうにアチャモは言い、また一つあくびをしながら、救助基地前にいるミズゴロウの元へ出ていく。
「ふふふ、おはようアチャモ」
 相変わらず、ミズゴロウはにこにこした顔で、頭と尾から飛び出た大きなひれを左右にばたつかせる。頬から突き出た橙色のぎざぎざえらは、太陽に反射して眩しい光沢を放っている。瑞々しい、とアチャモは思った。いつだって、ミズゴロウは瑞々しいのだ。
「おはよう、ミズゴロウ」
 やっぱりミズゴロウの見せる笑顔は、朝のアチャモの憂鬱な気分を吹っ飛ばして、清々しい気持ちに変えてしまう。なぜそうなるのか、アチャモにはその理由はよくわからない。だが、ミズゴロウを見ていると、今日も一日頑張ろう、という気持ちに自然となるのだった。
 緩やかに吹いたそよ風が、アチャモの鶏冠を優しく撫でていく。

 マクノシタ訓練所内の中央で、チコリータ、ヒトカゲ、ゼニガメの三匹が何か話しごとをしている。
「今日は一対二に別れたトレーニングをしてみましょう。私たちは三匹だけど、救助活動中に襲ってくる相手が必ずしも三匹以下とは限らないわ。だから一匹に対して二匹が動くという、不利な状況下で一匹はどう考え、どう対処するか。それの練習をするわよ」
 チコリータが説明し、ゼニガメとヒトカゲは黙ってチコリータの話を聞いて頷いた。
「そうそう、ヒトカゲ」
「ん、なんだい?」
「わかっていると思うけど私が一のときは、ヒトカゲは炎、出さないでね」
 一瞬だけ、ヒトカゲにはチコリータの言った意味を理解することができなかった。
「えっ? どうして?」
「だって、炎が当たって私の大事な葉っぱが燃えちゃったらどうするのよ。だから炎は出さないでね」
 チコリータは言い、頭に生えた大きな葉っぱを揺らす。
 それじゃあトレーニングにならないじゃないか、とヒトカゲとゼニガメは言おうとしたが、それは心の内だけに留めておいた。一言でも口答えをすれば、チコリータはその二倍、三倍に返してくるのを、二匹とも知っている。
「わかった」
 ヒトカゲは、単調な声でチコリータに言葉を返した。余計な表情はつくらず、感情も表に出さない。冷静に、いつものヒトカゲを演じる。
「まずは私とヒトカゲがコンビを組んで、ゼニガメは単体で行動ね」
「あいよ」
 ゼニガメは両手を頭の後ろに組み、のうのうと歩いて二匹から距離を取る。ある程度離れたところで振り返れば、二匹とも何やら作戦を立てているらしい。ゼニガメをちらちら見ながら、ひそひそと小声で話しあっていた。
「おーい、もういいかぁ?」
 そう言ったのと同時に、二匹側も作戦が決まったようで、ゼニガメに体を向けて身構え始めた。
「じゃあ合図と共に始めるわよ。よーい……」
 チコリータが言っても、ゼニガメはのんびりとして落ち着いている。こういう時に限って、やけに広場の活気や、風が通り抜ける音が細かに聴こえてくるのはなぜだろう、と、ゼニガメは疑問を抱いてしまう。
「始めっ!」
 チコリータの合図の声で我にかえったゼニガメは、自分に向かってくるチコリータとヒトカゲにいくつかの小さな泡を飛ばした。二匹がそれぞれ飛び退いて(ゼニガメから見てチコリータは左、ヒトカゲは右へ飛んで泡を避けた)、距離が空いたのを確認してから、まずは、チコリータから攻撃しようと、ゼニガメは左右に揺らめく大きな葉っぱを見つめる。

「マクノシタ訓練所?」
 ガルーラから受け取ったモモンの実を道具箱に補充したアチャモは、ミズゴロウに訊き返した。
「そう、マクノシタ訓練所」
 青の地に、白の水玉模様のついた防御スカーフを首に巻いてミズゴロウは復唱し、
「昨日予約しておいたんだ。今日はそこで訓練しようよ」
とつけ足した。
 ポケモン広場には様々な店がある。道具の売買を営業とするカクレオンの店。不思議のダンジョン内で拾ったお金を預かったり、引き出したりしてくれるペルシアン銀行。ダンジョンで 襲ってきたポケモンと戦闘したとき、そこから友情が生まれ、新たに救助隊隊員となったポケモンが直ぐに出動できるための土地を売買する、プクリンのともだちサークル。さっきアチャモたちが寄ったのは、ダンジョンで拾った道具を預かってくれるガルーラ倉庫だ。そして、二匹がこれから行くのはマクノシタ訓練所で、そこでは救助隊の隊員たちが訓練を目的としたシミュレーション戦闘を行ったりして、個々のスキルを高めあうといった目的をもつ練習場だった。
「昨日予約していた救助隊ポケモンズのミズゴロウです」
 訓練所の隣には受付けがあり、そこにはマクノシタ――建物の名前通りのポケモン――が立っていた。
「申し訳ありませんが、訓練所は只今使用中です。またの機会にお訪ね下さい」
 申し訳そうに、マクノシタは深々と頭を下げる。
「おかしいな。僕、確かに昨日予約したのに……マクノシタさんも覚えているでしょう? 僕のこと」
 ミズゴロウは首を傾げて、昨日会って予約したことをマクノシタに問うて確認してみた。
「はい。それは私も覚えていますが……少し前に三匹のポケモンが訓練所を借りたいと言ってきましたので、訊いたところ、チコリータさんが『ポケモンズです』と名乗りましたから……やはり間違いないです。あれはポケモンズですよ」
 あなたは別のポケモンズの隊員の方なのですか? とマクノシタに訊かれて、話に追いつけないミズゴロウは戸惑っているようだった。
「あの」
 二匹のやりとりを始終見ていたアチャモは切り出し、
「実は私たち、ポケモンズの予備隊員で、今日ポケモンズがこちらで訓練をすると聞いていたのでやってきたのですが、ちょっと訓練所の中を見学させてもらってもいいですか?」
とマクノシタに問うた。
「ええ、見学は別に構わないと思いますよ。しかし、中にいるポケモンズさんに許可を得て下さいね」
「はい、ありがとうございます」
 アチャモは微笑んで礼をすると、形相を変えて訓練所の中へ入ろうとする。
「ちょ、ちょっとアチャモ」
 アチャモを見ていて、様子がおかしいということに気づいたミズゴロウは、一旦彼女を呼び止め、中に入ることを制止させた。一瞬だけ、ミズゴロウの頭の中で警告令が過ったのだ。なんだか嫌な予感がする、呼び止めなくちゃ、と。
「何よミズゴロウ」
 立ち止まったが、振り向かない。感情が籠ってないアチャモの声は、まるで起きたばかりみたいだ、とミズゴロウは思う。
「それは僕が言う台詞だよ。中に入ってどうする気なの?」
「決まってるでしょう。中にいるやつらをぶっ叩いて訓練所から追い出すのよ」
 やっぱり引き留めておいて正解だった。ミズゴロウは、心の中で自分の勇気ある行動を褒め称える。アチャモ自身気づいていないだろうが、感情がすぐ表に出やすいのだ。
「そんなことしたらダメだよ。どんな相手かわからないのに、それに、アチャモはまだ……」
 その先を言おうとして、ミズゴロウは口ごもってしまう。アチャモは目で笑ってみせ、
「気にしなくていいよ。ただ私が練習不足なだけだし、ミズゴロウは私のために訓練所を借りてくれたんでしょ?」
と言い、入り口に目をやる。
「だから余計に許せないのよ」
 ミズゴロウが気まずそうに下を向いたのを見計らい、アチャモは訓練所の入り口の影から中の様子を窺う。
「あっ、もうアチャモったら……」
 少し遅れてミズゴロウも行き、二匹で中の様子を覗いた。
 訓練所の中は、それぞれ赤、緑、青色の、三匹のポケモンが何かの訓練をしているらしい。しばらく時間が経つと、三匹とも中央に集って、話し合いを始めるのだった。

「ふぅ……少し休憩しましょう」
 チコリータが言い、ヒトカゲは深く呼吸をして弾んでいた息を整える。隣にいるゼニガメは尻餅をつき、「あ゛ー疲れた」と言って辛そうにため息を吐いた。
「ねえ、チコリータ」
 受付を済ませたときに訊く機会を逃していたのだが、危うく忘れてしまうところだった、と、チコリータに歩み寄りながらヒトカゲは思う。
「なに?」
「ここ、本当は別の救助隊が予約していたんじゃないの?」
「ええ、そうよ」
 平然と言うチコリータに、ヒトカゲは動揺した。受付を済ませるとき、チコリータが先に予約していた救助隊の名前を勝手に使用したので、ヒトカゲたちは訓練所を使用できるのだが、ヒトカゲはどうも良い気分にはなれなかった。
「いいの、いいの。ポケモンズとか聞いたこともない名前だし。そんな無名の救助隊がここを使うより、私たちが使った方がよっぽどためになるわ」
 ちょっと水飲んでくるね、と言い、チコリータは入り口に体を向けた。
 視界に映ったものとぴったり目が合う。
「あ」
 呆気もない声がチコリータから漏れたのを聞き、ヒトカゲとゼニガメは何事かと思って、チコリータを見る。まるでかなしばりにでもあったかのようにあんぐりと口を開けて、入口の方を見ている。見れば、そこには二匹のポケモンがじっと訓練所の中を見つめていた。一匹は鬼のような形相でヒトカゲたちを睨みつけ、もう一匹は不安な表情をして、頼りなさそうにおどおどしている。アチャモとミズゴロウだった。
「もしかして、ポケモンズ?」
 沈黙を破ったのはヒトカゲだった。
「そうよ」
 アチャモが答え、同時に訓練所の中へ入った。声に怒りが籠っていることを、直ぐにヒトカゲは察知する。アチャモは目を細めて、睨みつけるのをやめようとしない。
「無名の救助隊ですって? ふざけないで。私とミズゴロウは困っているポケモンたちを助けるために救助隊になったのよ。それを無名の救助隊だからって……あんたたちは何様のつもりで救助隊をやってるの?」
ふざけないで。もう一度言ったアチャモの声は、ひどく、突き刺すように尖っていた。
「はあ?」
 アチャモに言われて、チコリータの癇に障ったらしい。負けんとばかりに反論に出る。
「私たちがふざけてる? そっちこそふざけないで。私たちはちゃんと、真面目にこれまでトレーニングしてきたし、救助活動にも専念してきた。あなたに私たちの何がわかるっていうの?」
 両者とも互いに睨み合い、ぱちぱちと視線の火花が飛び散る。
 ばかばかしい、とヒトカゲは思った。チコリータも、チコリータとにらめっこをしている橙色のポケモンも。原因はこちら側にあるというのに。二匹の考えていることが全く理解できなかった。肩をすくめて、深いため息をつく。
「じゃあさ」
 二度目の沈黙を破ったのは、意外にもゼニガメだった。思わぬ発言者に、チコリータもヒトカゲも、驚いてゼニガメを見入ってしまう。ゼニガメは、普段は厄介事に首をつっこまない。
「おれらと一試合やって、そっちが勝ったらおれらは訓練所を潔く渡す。だけど、負けたらこのままおれらに訓練所を貸す、っていうのでいいんじゃない?」
 いかにも、ゼニガメらしい提案だった。単純明解な提案。その方がにらめっこ中の二匹には丁度良い。
「いいわ。それでどっちが救助隊としてのレベルが上か思い知ることね」
 チコリータが胸を弾ませて言う。
「僕は別に構わないよ。そっちはどうする?」
 チコリータを見て、苦笑いしながらヒトカゲはポケモンズに問う。ヒトカゲたちにとっては、トレーニングの時間は終盤に差し掛かっていたし、ポケモンズはちょうど良い練習相手だった。あの橙色したポケモンの表情からして、絶対断ることはないだろう、とヒトカゲは思った。どうであれ、ヒトカゲたちからすれば見知らぬ相手と戦闘をすることは言わずもがなお得なのだ。
「受けてたつわ。その勝負」
 アチャモは鼻で笑って答えた。
「ただし、一対一の一本勝負よ。こっちは私が出るからそっちはそっちで決めて」
「ええっ!? アチャモが出るの?」
 すっとんきょうな声を出して、ミズゴロウはアチャモを見つめる。
「あら、そんなに驚くことないじゃない。私は大丈夫、心配ご無用よ」
 宥めるようにしてアチャモは言い、それからミズゴロウに笑顔を返した。
 このアチャモ、試合をするに当たって何か問題でもあるのだろうか、と、ミズゴロウの意味ありげな台詞に、ヒトカゲは妙に頭に引っ掛かった。しきりにその意味を考えてみる。だが、それは忘却の彼方に吸い込まれてしまうのだった。チコリータの前肢の爪で、くすんだ橙色の手を何度もつつかれていた。
「何ぼーっとしてるのよ。らしくないわね。ほら、さっさと退けないと試合に巻き込まれちゃうよ」
 ヒトカゲが顔を上げて周囲を見渡すと、既にアチャモとゼニガメは立ち位置にいて、ミズゴロウは入り口に座っていた。

 訓練所はアチャモたちにとって、余りのある広さと高さだった。壁や地面は、炎を使ってもいいように、頑丈に固められた土でできている。入り口の近くに土の山があったのは、壁を破壊してしまったときのもしもに備えてであろうか。四つの角ありの、正方形部屋の訓練所。土の匂いが全体を余すことなく充たしている。
「僕が合図を出すから、『始めっ!』と言ったら始めてね」
 ヒトカゲが言い、アチャモとゼニガメはこくりと頷く。
「それじゃあ、用意はいい? よーい……」
 双方身構え、対面に立つ相手を見据える。
「始めっ!」
 ヒトカゲの合図で、訓練所を巡っての試合が始まった。
 合図と同時にアチャモは地面を蹴って、大きく跳んで前方の、ゼニガメのところに向かって走る。真っ直ぐ、一直線に進んで近づいていく。
 対するゼニガメは動ずることなく、微動だすらしないで、余裕の表情をもってじっとアチャモの接近を待ち構えていた。十分引き寄せてから大きく息を吸い込み、勢いのある水をアチャモ目掛けて吐き出した。絶対に当たる、という気持ちが、自然とゼニガメの顔から笑みを浮かばせる。
 だが、アチャモの方が一枚上手だった。ゼニガメが水を吐くその瞬間に、勢いに身を任せて強く地面を踏み込み、反動を利用して宙へと飛び上がった。大ジャンプ。そのままゼニガメの頭上を通過した。アチャモはゼニガメが水鉄砲を出してくることを読んでいたのだ。ゼニガメが水を使うポケモンだということも知っていたし、どのタイミングで水を吐くのかも知っていたのだ。入り口から覗いていたときに、ゼニガメがどんな水の吐き方をするのかを観察していた成果だった。
 空中で体を捻ってゼニガメの方を向き直し、地面に着地したアチャモは、未だ背を向けている甲羅めがけて目にもとまらぬ早さで飛び込む。
「ゼニガメっ! 後ろよ!」
 チコリータが言うよりも早く、ゼニガメは後ろを向いて水鉄砲の追撃をしようとしたが、時既に遅し。アチャモが勢いよくゼニガメの懐につっこんだため、中身入りの甲羅は反動で後方へとふっ飛んでいく。からん、と背中から地面にぶつかった甲羅は、乾いた音を鳴らしてワンバウンド。さらにもう一回転したあとにうつ伏せになってとまった。
「あの子、なかなか速いね」
 アチャモの動きを見ていたヒトカゲは、目を細めて関心した。
「そうだよ。アチャモの強みは速さなんだ」
 ミズゴロウがえっへんとばかりに胸を張って言い、まるで自分のことのように得意になって自慢する。
「うるさいわね。あんたは黙っててちょうだい」
 チコリータがミズゴロウを怒鳴りつける。先手の攻撃を取られていらいらしているらしく、歯を食いしばってアチャモを睨みつけている。いつも以上にぎらぎらと光るルビ色の瞳から、他人には見えないルーズビーム(負けろ光線)が出ていた。
「……ごめん」
 しょんぼりと小さくなるミズゴロウを視界の端に、ヒトカゲは至って真面目に考えていた。あのアチャモというポケモンは、ゼニガメの水攻撃を良いタイミングで避けた。背後を取ってゼニガメが振り向く前に先制攻撃したことから、確かに速い。しかし、それはただスピードが速いだけ(、、、、、、、、、、、)であり、その情報だけではまだ強い(、、) という判断はできない。スピードが速い、というのは結果に至るまでの経過の一つなのだ。試合は始まったばかりで、まだまだ十分に時間はある。
 アチャモは速い以外に、どんな攻撃を仕掛けてくるのだろうか。ゼニガメのように水で攻撃できるもの。チコリータのように葉っぱで攻撃できるもの。電気や岩で攻撃できるもの。その他にもいろいろな攻撃をするポケモンはたくさんいる。アチャモの様子をしっかり視ていこう、とヒトカゲは思った。今、ポケモンズがわかっていることは、ゼニガメが水を吐けることと、ヒトカゲたちはアチャモは速い、という情報のみ。
「ゼニガメ! 速さだけに気をとられるな!」
 ヒトカゲは叫んで呼びかける。甲羅からむくりと首や手足を出して、立ち上がったゼニガメは、顔を向けはしなかったものの、ヒトカゲに手を挙げて反応する。
「へっ、さっきはちょっと油断したけど、次はそううまくはいかせないぜ」
 見てろよ、と言ったゼニガメは、今度は泡を吐いてアチャモに攻撃を仕掛けた。
「何度やっても無駄よっ!」
 次々と飛んでくる泡を、アチャモはジグザグに走って掻い潜る。走り抜けてはまた跳び、走り抜けてはまた跳ぶ。徐々にゼニガメの元に近づく。また同じ作戦で懐に攻撃するつもりだ。
 チャンス! とばかりにゼニガメは息を大きく吐きだした。途端に、体内器官に溜めていた水が一気に吐き出される。ものすごい勢いで。ゼニガメの口から噴射された大量の水(水鉄砲よりも強力なやつ)は、接近していたアチャモへダイレクトに命中。壁までふき飛ばし、強く叩きつけた。壁やらアチャモやら周囲の土やらが水で濡れる。
「けほっ、えほっ……」
 アチャモはひどく咳き込んだ。何しろゼニガメの中でも最も強力な水の攻撃、ハイドロポンプを至近距離で食らったのだ。水圧の高い水は、アチャモの体力を奪ったのと同時に、疲労感をも植えつけた。
「やったあ! その調子よゼニガメ!」
 歓喜の声とともにチコリータが飛び上がり、ヒトカゲも無言を貫いてはいたものの、表情の嬉しさは隠せなかった。
「アチャモ! 大丈夫!?」
 ミズゴロウが心配そうに声をかける。試合中の今では、こうして見守ることぐらいしかできない。
「……大丈夫。たった一発当たったくらいで大袈裟よ」
 ははは、とアチャモは小さく笑い、ゆっくり立ち上がりながら言う。まったくミズゴロウときたら少し心配のしすぎなのだ、と思いながら。
「これで借りは返したぜ」
 ゼニガメは胸をポンと軽く叩いた。その叩いた部分は少しくすんでいて、さっきアチャモが電光石火でゼニガメにつっこんだ場所だった。陽動作戦をそっくりそのまま返されたというわけだ。

 訓練所にしばらくの沈黙が流れた。アチャモもゼニガメも、互いに見合ったまま動かない。それは双方相手の出方を窺っているからだった。
 まさか出だしであんな大胆に動くだなんて、一体誰が想像できたのだろう、とゼニガメは思う。あんな動きをするポケモン、初めて見た。驚くあまり次の動作を遅らせてしまった。それほどの印象的な攻撃。だから、アチャモが次にどう攻めてくるのかわからないから、ゼニガメは迂闊に動けなかった。警戒心を解かずにはいられない。
だったら。
 先に動きをみせたのはゼニガメの方。いくら警戒していてもきりがなく、相手の攻撃にビビるくらいならこっちから攻めてしまえばいいと判断しての行動だ。走って、アチャモとの距離を縮めながら水鉄砲を放つ。対象は寸でのところで持ち前の速足で逃げ、ゼニガメの周囲をぐるぐる回り始めた。それはまるで風になって走っているよう。徐々にゼニガメとの距離が縮まっていく。
 まずい、とゼニガメは思った。四方八方どこを見ても、アチャモの残像が視界に映っている。水鉄砲を放っても当たらない。どこから、どのタイミングで攻めてくるのかわからない。相手の攻撃に反応できる自信が湧いてこない。非常にまずい。つくづくそう思う。
 刹那、ゼニガメは死角をつかれる。残像の最後尾を確認したときには、背中の衝撃とともに自分の体が宙に浮いていることに気づく。痛みは差ほどなかった。産れながらにして備わっていた甲羅の頑丈さにありがたみを知る。地面に着地したら、どう反撃に出ようかとゼニガメはあれやこれやと考える。
「後ろよ!」
 すぐ後ろで声が聞こえた。チコリータの声でも、ヒトカゲの声でもない。でも聞き覚えのある声がしたのは確か。
「えっ……?」
 背中に二度目の衝撃が走る。あと少しで地面に着地するというところで、ゼニガメは宙を浮いたまま予測着地地点を通り越し、壁と衝突するはめとなった。びたーん、と鈍い音がしたときには、顔が壁にめり込んでいた。
 ずるずるずる、と重力により顔で壁をなぞってゼニガメは地面に尻から着地した。地面に着地したらどう反撃に出ようかなど、なんて浅はかな考えだったんだろうと思う。完全に油断していた。まさか連続でぶつかってくるとは夢に思ってもみなかった。ゼニガメは、今更ながら自分の読みの浅さに深く反省した。
「もう降参かしら?」
 中央に戻りながらアチャモが言い、ミズゴロウの方を向いて笑顔を見せる。
「ゼニガメ! いつまで壁と戯れてるの! 立ちなさい!」
 チコリータの怒号が聴覚に届く。立たなくてはいけない。そう思ったのと同時に、ゼニガメはあることに気づいた。何だろう、体中が疼いている。救助活動やトレーニングとはまるで違う、今まで感じたことのないワクワク感が体の奥底からみなぎり、油断してはいけないというぴりぴりした緊張感が肌を通して伝わる。不思議と気持ちが高ぶっていくのがわかる。初めての気持ちに、ゼニガメ自身驚いていた。
 いつまでも壁に抱きついてはいられない、と思い、壁から顔を引き離して立ち上がる。顔についた土の埃を両手で拭い、ゼニガメはフィールド中央を振り向く。
「へっ、こんな勝ち勝負、誰が降参するかよっ」
 負けずと挑発には挑発で答えた。アチャモはゼニガメに微笑みを投げ返し、強気な姿勢で言う。
「当然」
 だって勝つのは私たちなんだから、とつけ足した。絶対に負けたくない、とゼニガメは思った。こんなやつ、絶対負けたくない。
 考えるより先に、体は走りながら水を飛ばしていた。澄んだ青色の線がアチャモを狙うも、やっぱりアチャモは水鉄砲を電光石火の速さで避けた。それから、再びゼニガメの周りを残像とともに囲み、距離を狭めていく。
 焦るな、落ち着け、とゼニガメは自分に言い聞かせる。さっきアチャモは背後を狙ってきた。だとしたら、今度もまたそこを狙ってくるかもしれない。
 ならば、そこを利用すればいい。
 ゼニガメは、一度空中へジャンプした。空中で前転し、地面に向かって抗う波のような勢いで尻尾を叩き込む。衝撃の反動でさらに大きく空中へ飛び出した。
 前回りを伴いながら上昇し、フィールド全体を垣間見た。アチャモが壁に向かって走っていくのが見える。飛んで、壁を蹴り上げて宙に舞い上がり、ゼニガメの方に向かってくる。
 今だ! と思ったゼニガメは、体全てを甲羅の中に引っ込ませる。それから、高速に甲羅を回転させた。
 予想通り、流石のアチャモも、高速回転の甲羅の強さには負けた。弾き返されて真下に落下。受け身を取れずに地面へと不時着した。
 甲羅の回転をとめて中から顔を覗かせる。下の方は気を失ったのか、一向に動こうとする気配がない。いける、とゼニガメは充分な確信を持つ。この勝負、おれの勝ちだ、とも思った。
 落下しながら体を上下半転させ、頭を引っ込めてからもう一度甲羅を回転させる。落下の勢いを味方につけながら、目標(アチャモ)目掛けて甲羅から青色の頭を思いきって突き出した。

「んー、太陽が眩しくていい天気ね。さあ、今日も救助活動張りきっていくわよっ!」
 陽光を浴びて背伸びをしたチコリータが言い、後ろを振り返った。
「あの、張りきるも何も、おれ、疲れたんですけど」
 訓練所から出てきたゼニガメが、深いため息を漏らした。ひどく疲れたような深いため息。
「だらしないわね。それでもゼニガメなの?」
「いや、ゼニガメは今日一番頑張った方だよ」
 ゼニガメに続いて入り口から出てきたヒトカゲは、本当にゼニガメはよく頑張ったと思う。ゼニガメが、たった一匹のポケモンと勝負しただけでこんなにボロボロになったのは今回が初めてだった。
 ゼニガメの渾身の頭突きを受けたあと、アチャモは一度は立ち上がったものの、体力の限界だったらしく、崩れて気を失ってしまった。ミズゴロウが駆け寄っては大丈夫? だの、ねぇ起きてよ、だの声をかけていたが、それがアチャモに届くはずもなかった。
「しっかし、強かったなぁ、あのアチャモとかいうやつ」
 両手を頭の後ろに組んで歩きながらゼニガメは言った。頭上に広がる晴天の中を、手紙をくわえたペリッパーが通り過ぎていく。
「そうかしら? 私ならあんなやつ、赤子の手をひねるくらい余裕だったと思うけど」
 未だにチコリータはアチャモのことをばかにしている。
 ばかにするならどうして――どうしてあの時自分(チコリータ)ではなく――チームで一番の戦力を誇るゼニガメを出させたのか、と、ヒトカゲは咎めようと思ったが、しかしそれは、心の内に留めておいた。またいつものように話をはぐらかされるに決まっている。
 チコリータは怖かったのだ。散々相手を挑発しておいて、いざ自分が闘って負けたときに込み上げてくる悔し涙を流す自分の姿を想像したら。ゼニガメが頷いたとき、どれだけ内心ほっとしたのだろう。
 ヒトカゲは、ペリッパー連絡所に入っていくペリッパーを眺めながら、そう結論づけることにした。
「さあ、今日はどんな依頼が掲示板に貼られているのかしら」
 鼻歌を鳴らしながら、チコリータは駆け足で救助依頼掲示板に向かう。
 相変わらず、青空に寂しく輝く太陽は、飽きることなくポケモンたちを見守り続けている。

 はっ、と気がついて周囲を見回したときには、もうチコリータたちの姿は見当たらなかった。いたのは、安心して気の抜けた顔をしたミズゴロウだけ。
「負けちゃった」
 負けちゃった。我ながらすごく元気のない声だと思う。ずいぶん頼りなく、すっかり沈んでしまった低い声。
「アチャモは頑張っていたよ」
 ミズゴロウはにこりとして言い、そばに置いてある道具箱――四足ポケモンでも持ち運びできるよう、肩かけの紐がついているやつ――を肩にかける。それから、もう一度私をみて微笑んだ。
「チコリータたちは?」
「もう今日のトレーニングは終わり、とか言って先に出ていっちゃったよ」
「僕たちも行こう」
 と、続けてミズゴロウは言った。
 起き上がり、ミズゴロウと一緒に外に出る。眩しい光に包まれて、目がやっと馴染んできた頃には、新緑の森と 奥には澄んだ海が広がっていた。
「綺麗だね、この景色」
 崖の端に立ってミズゴロウは呟いた。私もミズゴロウも、高いところから眺める景色が好きだ。いつ見ても飽きる気がしない。初めて見たとき――コイルと共にディグダを助けたはがね山からの帰り道――ずっとずっとミズゴロウと一緒にこの景色を眺めていたいと思ったことがある。
「そういえば私たち……」
 ふと、忘れていたことを思い出す。
「救助ポスト、まだ見てなかったわね」
 ポストの中には二通の手紙が入っていた。今朝は、ミズゴロウが急かすものだから、確認することすら忘れていた。地面に落とした手紙を、くちばしで開いて中身を読む。
「今日の救助依頼は……怪しい森に迷い込んだトランセルくんを助けて下さい……依頼主はキャタピー……」
「キャタピーって、あのキャタピーちゃん?」
 隣のミズゴロウが覗きこむ。キャタピー。私の予想が間違っていなければ、私とミズゴロウが最初に出会った森、あの森で助けたバタフリーの息子だ。
「そうだ、もうひとつの方は……」
「あら、よく見たら無名の(、、、)救助隊ポケモンズの方たちじゃない。こんなところで何をしているのかしら」
 もうひとつの手紙を開こうとしたとき、聞き覚えのある声が聞こえた。顔を上げると、ヒトカゲ、チコリータ、ゼニガメが並んでいる。やたらと他人をばかにするチコリータと、やたらと私をいやらしい目で見ていたヒトカゲと、やたらと力強いパワーをもつゼニガメ。訓練所でゼニガメと勝負したときの記憶が鮮明に蘇る。
「それ、救助依頼の手紙じゃない。依頼場所は?」
「なんであなたたちに教えなきゃいけないのよ」
「そんなに怒らなくたっていいじゃない。訓練所でのことまだ気にしているの?」
 そう言われてどっきりした。チコリータをみると胸がむかむかしてきたのは、言われたことが図星だからかもしれない。
「……怪しい森よ」
 向こうからすれば、頑固で意地っ張りなアチャモに見えたと思う。少しためらってから言ったのは、少し気持ちを落ち着かせたかったからなのだが。
「あら、偶然ね。あたしたちもこれから怪しい森に行くのよ」
 ゼニガメが道具箱の中から一通の手紙を取り出す。一度ならず二度までも偶然が重なるなんて。同じ救助隊に、同じ依頼場所。
「ねぇ、こういうのはどうかしら」
 チコリータが閃いたとばかりに声をあげた。何かいい提案を思いついたらしい。
「どちらが怪しい森での救助をより早くできるのか、競争してみない?」
チコリータが怪しい笑みを浮かべて言う。いかにも私は何か企んでいますという顔。それにしても、このチコリータは随分と競い事が好きなポケモンだなぁ。
「どうする、ミズゴロウ?」
 何か卑怯な小細工をしてきそうな気がする。例えば既に救助しているポケモンをどこかに隠しているとか、依頼主とグルだったりとか、そんなことをしていなければ、今回こそは平等な条件になると思う。それに、競争を受けるか受けないかの権利は私たちにあるのだ。
「僕は気が進まないなあ」
 ミズゴロウはばつが悪そうな表情で言った。やっぱり。やっぱりミズゴロウも断る意思だった。他人の前では競い事や争い事をあまり好まないのがミズゴロウなのだ。
「ミズゴロウも乗らないみたいだし、残念だけどチコリータ、そういうことだから」
 私もミズゴロウと同じで、最初から断ろうと思っていた。いくらなんでも救助することを競うだなんて。私とミズゴロウは、災害で困っているポケモンたちを助けることを目的に救助隊を結成したのに。チコリータは救助隊の存在意義を、ちゃんとわかって言っているのだろうか?
「なによ意気地なし」
 挑発されて少しむかついたが、ここでむきになって言い返すと訓練所で何も学ばなかったことになる。チコリータはこういう性格。気にすることは何もないのだ。私だってきちんと学習できる。
「私たちはちゃんと(、、、、)真面目に(、、、、)、救助活動をしているの。救助活動をゲームみたいに遊びと一緒にしないで」
 言い終えてから、自分が言った台詞を頭の中で復唱してみたら、ものすごく皮肉な言葉だなと思う。訓練所でチコリータが私に吐いた台詞だった。
「ふうん、そうなの」
 緑体はさもばかにしたように言う。声が少し震えているように聞こえるのは気のせいか。
「それならもういいわ。行くわよ、ヒトカゲ、ゼニガメ」
 踵を返してチコリータは背中をみせるとトコトコ歩いていく。ヒトカゲとゼニガメは互いに顔を見合わせ、不思議だと言いたげに首を傾げた。チコリータの対応に、多少驚いているようだった。もちろん、私も驚いた。訓練所でとは違い、恐いくらいがらりとチコリータの言動が変わっている。
「ほら、さっさと行くわよ」
 立ち止まり、首だけを後ろに向けるとチコリータは言い、怪しい森へ繋がる道を走っていく。
「ちょっと待てよチコリータ」
 ゼニガメが叫びながらチコリータの後を追いかけ、ヒトカゲは私たちに一礼して二匹の後を追った。
なにか引っ掛かる。あの態度といい引きの良さといい、絶対何か企んでいるに違いない。
「怪しいわね……」
「そうぉ? 雲一つみえないいい天気だと思うけど」
「いや、雲行きのことじゃなくて……」
 私が呆れてミズゴロウを見ると、ミズゴロウはきょとんとした顔で視線を快晴の空から私へ落とした。肝心なときにいつもミズゴロウは鈍感なのだ。
 いくらわからないことを考えても仕方ない、か。ひとまず、チコリータたちと距離を置くために、ある程度時間が経ってから私たちは怪しい森へ向かうことにした。
 今朝つけ忘れていた、赤い地にチェックマークのパワーバンダナと、その上に救助隊バッジをミズゴロウに取りつけてもらう。そういえば、もう一つ忘れていたことがある。キャタピーちゃんの救助依頼と一緒にあった手紙だ。丁寧に折りたたまれた紙をくちばしで開く。
 まっ白な紙きれだけが入っていた。

 怪しい森は木々の枝が複雑に絡み合って空を覆い隠しているので、太陽の光がほんの一部の隙間からしか地に当たらない。だから、他の森に比べて異様に暗かった。
 まだ昼を過ぎたばかりの時間なのに、森の中はずっと薄暗い。夜になると明かりさえなければ真っ暗闇になり、何も見えなくなってしまう暗さだ。日が沈むまでに、何としてでもトランセルを探し出さなければいけない。何としてでも。
 日の光が地面にあまり当たらないからか、地面は湿ってごわごわしている。木たちには苔がびっしりはりついていて、冷たく、嗅覚をつんざくような臭いがする。ときどき遠くの方で聞こえる鳥ポケモンの鳴き声に、どっきりしてしまう。
「もしかしてアチャモ、暗いところ苦手?」
 ミズゴロウがきょとんとした顔で私に言った。五回目のどっきり。
「ば、ばかなこと言わないでよね。そ、そそそんなわけないじゃない」
 ばかなことを言うなと言っておきながら、ばかなことを言ってしまったと思う。
「ふうん、そう」
 ミズゴロウは何か考えているようだったが、私が何も言わなくなったのですぐに前の方を向き直した。よかった、危うくミズゴロウに暗いところが苦手だとばれるところだった。
 険しい道のりをだいぶ歩いた。奥に進めば進むほど、鳥ポケモンの鳴き声や木々のざわめきは薄れていき、気がつけばいつの間にか聞こえなくなっていた。私たちが地面踏む音以外、辺りはしんと静まり返っている。あまりの寂しさに、なんだか不安になってきた。
「ねえ、アチャモ」
 いきなりミズゴロウが言うものだから、私はびっくりして、小さな悲鳴をあげて飛び上がってしまった。もう数えきれないほどのどっきりを味わった。精神の緊張は既に限界を越えていた。
「な、なによ」
 全身の血の気が引いていくのを感じながら、精一杯落ち着き払った声で訊き返すと、ミズゴロウは目を丸くして私を見ていた。
「びっくりしたぁ、そんなに驚くことないじゃない」
「べ……べつに驚いてなんか……ないよ?」
 なんで最後が疑問なの? とミズゴロウは首を傾げて訊いてきたが、理由を答えたくなかったので私はその質問を無視した。
「それよりなに? なにか見つけたの?」
「うん、ほら、あれ見て」
 前方遠くの方に、足跡が見える。そこまで行ってみると、足跡は私たちがきた道とは別の道から繋がっていて、私たちの道と合流した一本道の、奥の暗闇へと続いていた。二足歩行ポケモンの間に四足歩行ポケモンが一匹、その後ろをついていったと思われる二足歩行ポケモン一匹の足跡が残っている。
「僕たちやチコリータたちの他にも救助隊が救助にきているのかもね」
 とミズゴロウは言った。最初は、真ん中の尖った足跡がチコリータの足跡のように見えたが、ミズゴロウの言う通りかもしれない。よくよく考えてみればチコリータたちのような三匹組の救助隊はいくらでもいるのだ。四匹で行動する救助隊かもしれないし。
「追ってみよう」
 ミズゴロウもうんと言って強く頷く。全く同じことを思っていた。
 長い道のりを歩いて足跡を追っていると、道が二つに別れていた。三つの足跡は右に、一つは左に。迷わず私たちは右に進んだ。
 そこからしばらく歩くと、明るくて大きな場所に出た。怪しい森で唯一ここだけしか太陽は当たらないんじゃないかと思うくらい、明るくて眩しい。
「ずいぶん遅かったわね」
 むかつく声が頭に響く。光に目が慣れて奥の方を見てみれば、チコリータ、ゼニガメ、ナゾノクサがいた。ヒトカゲを除いた救助隊がそこにいたのだ。ナゾノクサは救助依頼で助けたポケモンだろう。それなら三匹の足跡も説明がつく。
「遅かったって、どういうこと?」
 ミズゴロウが訊くと、チコリータは面倒くさそうにため息をつく。
「見ての通り、待っていたのよ」
「待っていた?」
「そう、アチャモ、あなたをね」
 言ったことに対して理解するのに時間がかかった。救助基地前でチコリータがおかしな言動をとったのは、これを予想してのことだったのだろうか。
「えー、待っていたのはアチャモだけ? 僕は?」
 困った顔をしてミズゴロウは訊く。流石ミズゴロウ。どんなときでもかかさずミズゴロウ(ペース)に染めようとする。案外侮れない存在。
「あんたはうるさいから黙りなさい」
 ぴしゃりとチコリータがミズゴロウを睨みつけて言い、ミズゴロウは「はいっ!」と答えて全身を突っ張らせる。両者に微かなる主従関係が生まれたと思ったのは私だけでいいと思う。
「……と言っても待っていたのは私じゃないんだけどね」
 チコリータは私に視線を移すと、頭の大きな葉っぱを揺らしてまた面倒くさそうな表情に戻した。
「ヒトカゲが個人的にあんたと話したいことがあるってさ」
 だからここにはいないのか。
「さっき二つに別れた道があったでしょう? そこを左に行って。足跡をついていけばあんたでもわかるでしょう?」
 わざわざご丁寧に教えてくれるとはありがたい。でも、ヒトカゲが私に話したいことって一体なんだろう。
「あーぁ、ヒトカゲのお陰で私の考えた作戦台無し!」
 ぶつぶつ愚痴をこぼしてチコリータは座りこむ。もはや私の中でチコリータはアウトオブ眼中の存在になっていた。
「ミズゴロウはここに残ってて」
 私はミズゴロウに言い、すぐさまきた道を引き返す。
「アチャモ」
 ミズゴロウが私を呼ぶと、なぜか私の足は反射的にとまってしまう。振り向いたときに見えた、不安そうな顔が私の心をひどく締めつける。
「大丈夫、心配ご無用よ」
 私はにこりと笑顔で答えた。本当は一緒に行きたかった。でも、私の中にいるもう一匹の私がこう言うのだ。だめだ、と。
 まだ出会ってからそんなに日は経っていないものの、ミズゴロウがいないとこんなに寂しい気持ちになるのはどうしてだろう、とときどき考える。それは、やっぱりミズゴロウといて楽しいからだと思う。
 別れ道まで戻った私は、ヒトカゲの足跡らしき足跡を目印に、左、右、真っ直ぐ、と、入り組んだ道を進んだ。
周囲の木が密接に寄りあった場所にヒトカゲはいた。チコリータたちが待っていた場所と同じぐらいの広さだろうか。
「訓練場で会ったときからずっとキミのことが気になっていたんだ」
 吐き気がした。
「あら? 残念だけどデートのお誘いならお断りよ。それじゃあ」
 私は即答し、ヒトカゲを瞬殺(ふった)。颯爽と歩いてミズゴロウが待つ広場へと戻ろうとした。とんだナンパ師に目をつけられてしまったものだ。憤りを通り越してもはやくたびれてしまった。
「ちょ、ちょっと待って!」
 私の発言にヒトカゲは驚いたみたい。電光石火の速さで私の前に回り込み、両手を伸ばして進行を妨げる。
「なによあなた、あんまりしつこいと嫌われるわよ?」
「チコリータから聞いているだろう。話したいことがあるって」
「聞いたわよ。だからデートの誘いはお断りします」
「……気になっていたんだけど、キミって本当にアチャモなの?」
 ヒトカゲの一言に、背筋が凍りついてしまったような気がした。忘れた頃にやってくるどっきり。私の反応を見て、ヒトカゲは僅かな笑みをつくっている。やはりこいつはなにか隠し事をしているのだ、と絶対思っている。でも私が元ニンゲンだという証拠はどこにもないのだ。ただの憶測に決まっている。そう考えるといくらか気持ちが落ち着いた。
「マクノシタ訓練場でキミとゼニガメの勝負を始終見てたけど、キミは素早い脚力で一度ゼニガメを翻弄した。あれには僕も驚いたよ。でもバリエーションでカバーしてたつもりかもしれないけれど、逆に、キミが負けた原因はそれだろう?」
 確かにヒトカゲの言う通りだ。訓練所でゼニガメがアクアテールで宙に飛び上がったとき、空中にいることを機に攻撃しようと思って私も宙に飛び上がったのは、ゼニガメが水鉄砲やハイドロポンプを私に撃ってこなかったからだ。そして、撃たなかった理由として、ゼニガメが私を誘っていたことを知っていたし、私が誘いに食いついてきたら高速スピン、それが成功したら水で攻撃か直接ロケット頭突きをしてくるかの予想もすぐついた。でも私は負けた。
「あのあと調べたら、アチャモは僕と同じ炎を主流に使うポケモンだということを町のポケモンに聞いたよ。なぜキミは炎を吐かなかったのか。もし炎を使っていたらあの勝負はキミが勝っていたかもしれないのに」
 焼き亀。それにしてやろうと思っていた。ゼニガメが高速スピンに賭けたように、私だって炎技に賭けたのだ。でも、私の賭けた方は失敗したんだ。
 続けてヒトカゲは言う。
「いいや、キミは炎をうまく吐くことができなかったんだ。普通アチャモが炎を吐けないなんておかしいよ」
 ずばりと芯を叩いてきた、と思ったが、予想していたのとは違ったのでほっと胸を撫でおろす。ヒトカゲは、私の本当の姿がニンゲンだということに感づいているのかと思っていたが、そうでもなかった。ただ、炎技をうまく(、、、)使えない私に興味を持っただけみたい。
「悪かったわね、炎が吐けないアチャモで」
 ぷいとヒトカゲから顔を遠ざける。いかにも怒ったようなふりをして。
「確かに今の私は炎を吐けないけれど、でも、ちゃんと吐けるように毎日練習はしてる」
 毎日は嘘だけど全部が全部嘘じゃない。練習をさぼってミズゴロウに叱られるときだってあるけれど。
「じゃあ、今からその練習の成果を僕に見せてよ」
 前を向くと、ヒトカゲはにこりとして右手の爪をむき出しにして私に突き出していた。一歩足を踏み出して、私に近づく。腕を高く振り上げた。
 まずい!! と思い、私は大きく後ろに跳び退いた。さっきまで私がいた場所は、ヒトカゲの右爪が空を切ったばかりだった。
「いきなり何するのよっ」
「言っただろう。練習の成果を見せて欲しいって」
 ヒトカゲは言い、右人差し指の爪をぺろりと舐める。声こそヒトカゲではあるものの、私にはヒトカゲの形をしたナニカにしか見えなかった。ナニカ。明らかに今私の目の前にいるヒトカゲは異常なのだ。
 両手を広げて大きく飛び出してきた。鋭く伸びた両爪を交差させて私を切り裂こうとする。素早く右に方向を変えて跳んでかわす。振り向くと、震え上がってしまうほどにやけた目つきをした橙の首が私を見ていた。見るのが恐くて思わず背けたくなる。でも、それをしたら火炎放射に黒焦げにされる。どうにか左に逃げて難を逃れる。炎は確実に木に当たったのに、燃えなかった。
「面白いだろう。この森の中だと僕たちの炎で木は燃えないんだ。不思議だろう?」
 ぽっ、ぽっ、とヒトカゲは口から小さい炎を二、三度ふいた。
「燃えないからこの森に自然災害は起きない。だから自由に炎を吐いていいのさ」
 また火炎放射だ。間一髪でかわしたが、さっきからどうも足が思うように動いてくれない。ヒトカゲのあの顔を見てから、足がすくんでいるんだ、きっと。
 距離を取って、隙あらばここから逃げようと思ったが、あいにく周囲の木々が密接しすぎて壁みたいになっていて、隙間をつくらないような構造をしているため、実質出入口は兼用で一つしかなかった。それがヒトカゲに立ち塞がれているのだ。おまけに、よく見ると出入口の左右の木から枝が伸び絡まって出入口をなくそうとしている。ありえない。
「逃がさないよっ」
 口から吐き出された黒いモヤ――煙幕だ――が私の周囲を包み込む。左右に逃げればそこを狙って火炎放射がくる。かといって後ろに逃げても火炎放射はくる。どの道火炎放射がくるならこのまま相手が見えない状態でいるよりかは動いた方がまだ安全だ。迷っている暇などない。第六感(直感)を働かせて瞬時に行動するんだ。
 後方へ二回に別けて跳び、煙幕から脱出してヒトカゲから距離を取った。今なら私も攻撃できるチャンス。技に賭けるしかない、いや、いけるっ。
 一度深呼吸をして弾んでいる胸を落ち着かせる。煙幕で隠れているがまだヒトカゲは動きを見せていない。出すなら今のうち、よし、出そう。
 たくさん酸素を吸って大きくくちばしを開き、お腹に力を込める。込み上げてきたものを思いっきり外に吐き出した。
 ぽっ。
 ついに念願の炎が出てきた。が、小さい火球のうえに一瞬にして消えてしまった。でもまさかこんな場面で小さいながらも炎が出てきたのは正直驚いた。
「なんだ、まだ小さいじゃないか」
 やっと気がついた。ヒトカゲはわざと(、、、)動かなかったのだ。私に火炎放射を出す機会を与えていたんだ。
 煙幕を裂いて、螺旋状に回転しながら炎は私を狙ってきた。……避けきれないっ!
 炎が体全体を貫く。耐えきれる程度だったが痛いくらい熱かった。一呼吸する暇などヒトカゲは与えてくれない。間髪容れない切り裂く攻撃、跳んで逃げても直ぐに追いかけてきて爪を降り下ろしてくる。隙をつく間がない。このまま防御一方だといつかは火炎放射と爪の餌食だ。
 ――いつまでも逃げるなっ!
 木にジャンプ。蹴って空中で後転したあと、私は足の爪を真下にいるヒトカゲめがけて降り下ろした。紙一重でかわされたが、今度は私が攻める番だ。
 電光石火はもうできない。でも私にはまだこのくちばしと足の爪がある。気合いを入れろ、まだ負けたわけじゃない、戦える。攻撃は最大の防御なのだ。
 首を素早く前へ出して連続でつつく。でもヒトカゲの流れるような動きで攻撃を読まれてかわされてしまう。当たらない攻撃が続いて焦ってしまう。でも隙をつこうとして腕を振り上げてきたら、足の爪で脇を引っ掻いてやる。
 爪を横に振ってきたので後方へ小さく飛んだ。また距離を詰めようとしたら、相手は尻尾を地面に叩きつけてきた。尻尾の先端から飛んできた火の粉が顔にかかって熱い。一瞬だけ反応が遅れる。屈んで真横に振られた爪を紙一重でかわした。追撃されないように小さく宙を前転して爪の反撃。バックステップで距離を取られた。まずい、火炎放射がくる。そう思った時にはもう遅かった。
 二度目の火炎放射にすべてが焼かれたかと思った。耐えたが立っているだけで精一杯。衝撃派が飛んできてふっ飛ばされる。気力で立ち上がったが、体当たりを食らって壁にぶつけられた。もう一度立ち上がろうとしたが、もう体が私の意思を聞いてくれなかった。限界。全身が痛みでいっぱいだった。
 ぼやけた視界の中で橙色から真っ赤な炎が出てくるのが見えた。負けた。覚悟を決めて目を瞑る。もう五感は何も感じない。負けた自分が悔しかった。ごめん、ミズゴロウ……。
 いつまで経っても炎はこなかった。恐る恐る目を開けると、そこに見えたのは黄色い背中の二本の黒い横ライン。それに根本が茶色のジグザグ尻尾。ピカチュウ? だけれど頭にある二つの耳の先端が赤い。それよりどこから入ってきたんだろう。
「立て! 早く行けっ!」
 威厳ある声にびっくりした。全身にめまくるしく活動エネルギーが流れたみたいに体が動く。立ち上がれた。
「邪魔するなあっ!」
 怒り狂ったように叫び、ヒトカゲは火炎放射を吐き出す。さっきよりも量が大きい。このままだと私もピカチュウも飲み込まれてしまう。
 ばちばち音と共に突然黄色い体が光だした。その正体は電気。ピカチュウが大の字に両手を広げると、やかましい音と電気が放たれた。強力な火炎放射を見事に相殺、いや、ピカチュウの電気はまだ生きている。間一髪でヒトカゲは横っ跳びし、的を外れた電気は出入口を塞いでいた枝を破壊した。
「ここは俺に任せて早く行けっ!」
「あなたは……?」
「早くっ!」
 枝が、再び出入り口を塞ごうと伸び始める。ピカチュウは舌打ちし、ものすごい力で私を掴んだ。それから出入口に向かって思いっきり投げた。
「ちょ、ちょっと!」
 ピカチュウは私に微笑みを投げかけると、また厳しい表情に戻る。どうにか私は脱出することができたが、枝はまたびっしりと絡み合って閉じてしまった。耳を澄まして中の様子を聴いていると、電気が発生する音とヒトカゲの悲鳴が聞こえた。それからは、中はしんと静まり返り静寂の音だけが聞こえるだけだった。
 しばらくしてから枝たちが道を開けたときには、中は誰もいなくなっていた。ヒトカゲも、あの赤い耳をしたピカチュウも。

 頼りない足取りでミズゴロウたちのいる場所へ向かう。未だに頭が混乱している。妙な構造をした場所、突然狂いだしたヒトカゲ、突然どこからともなく現れた赤耳ピカチュウ。挙げ句の果てには二匹とも煙のように消えてしまった。私は夢でも見ていたのだろうか?
 全身が痛い。ということは夢ではない。ならさっきの出来事は――もう考えるのはやめにしよう。一刻も早くミズゴロウに会いたい。
 明かりが見えた。ああ、もうすぐミズゴロウに会える。光の中に飛び込むと、私は安心してしまう。ほっとして力が抜けて倒れ込み、地べたに寝そべった。太陽にいっぱい照らされた地面は、あたたかい。
「アチャモ!?」
 さっき別れたばかりなのに、こんなにもミズゴロウの声が懐かしく聞こえるなんて。もう何年も聞いてなかったような心に響く声。良かった、ミズゴロウの方は大丈夫だったみたい。
「どうしたの? ヒトカゲと何があったの?」
「ち、チコリータたちは?」
「様子を見に行ってくる、ってナゾノクサも一緒につれて行ったきり戻ってこないんだ。すれ違わなかったの?」
「……わからない」
 足跡を頼りに、必死に逃げてきたようなものだから、すれ違ったかなんて聞かれても覚えていない。すれ違ったかさえわからないのだ。
「とにかく体を休めなきゃ。もう帰ろう」
「だめよ、まだトランセルを救助してない……」
 ミズゴロウは心配してくれている。でも自分の体よりも救助の方が優先だ。
「大丈夫だよ、心配ご無用」
 首をもたげてミズゴロウを見上げる。ミズゴロウはにっこり笑うと、顎で前を差した。見るとそこにはトランセルがいるではないか。
「さっき奥の方から出てきたんだ」
 それなら心配ご無用だ。ミズゴロウが道具箱から取り出して差し出してくれたオレンの実をついばむ。甘味はない。ちょっぴり辛くて、苦くて、渋くて、酸味がある木の実。
「帰ろう、救助基地へ」
 ミズゴロウのはきはきした声が私に元気を与えてくれる。絶やすことを知らないその笑顔が残った力を奮い立たせる。痛みはもう和らいでいる。
「うん、帰りましょう」
 自然と、立ち上がることができた。

 無事にトランセルを救出して、救助基地に帰ってきたらキャタピーがそこにいて、トランセルを見ると大喜びして私たちを出迎えてくれた。
「ありがとうございます! アチャモさん、ミズゴロウさん、本当にありがとうございます!」
 キャタピーちゃんは嬉し涙を流して何度もお礼を言う。トランセルもサナギではあるものの、ありがとうございます、とゆっくりお礼を告げてくれた。そういえば、ここにきて初めてトランセルの声をきいたような。
「お礼なんていいんだよ。困っているポケモンを救助するのが僕たちの仕事だし。それよりトランセルくんが無事で何よりだよ」
 にこにこしてミズゴロウは言う。私もにっこり笑って見せたが、ぎこちない笑顔になってしまったと思う。やっぱりまだ怪しい森のことが気になって、頭からこびりついて離れようとしなかった。
「アチャモ?」
 顔を上げると、キャタピーちゃんたちはもう遠くにいて、振り返って私たちにもう一度頭を下げた。夕日は、今にも西に落っこちようとしている。
「ううん、何でもない」
 私は言い、それからミズゴロウにお疲れさま、と言うと、救助基地へ向かう。今日は本当に不思議な一日だった。
「アチャモ!」
 振り返ると、ミズゴロウは満面の笑みを浮かべていて、
「また、明日ね!」
 と言った。
「うん、また明日ねっ」
 私も負けずに満面の笑みを浮かべて言った。
 ミズゴロウが住みかに帰っていくのを見送ったあと、どっと疲れが溢れてきた。だるい。僅かばかりだった痛みはまたもや全身に広がり、下手をすればこの場に崩れてしまいそうだ。
 足を引きずって無理やり体を動かして、藁のベッドに倒れ込む。安心したせいか急に眠気が襲ってきた。私は、このまま眠りの中に落ちてしまおうと思った。気になることはたくさんあったが、もうどうでもいい。

 翌日、昨日の疲れが嘘みたいに、体は好調だった。痛みは全くないし、それにいつも以上に軽やかな感じがする。
「あーちゃーもぉー」
 ミズゴロウだ。いつも通りの時間に、いつも通りの声。窓から差し込む朝の日差しが暖かくて心地よい。
「はぁーあーいー」
 私は嬉しくなって、今日も一日ミズゴロウと一緒に救助活動頑張ろう、と思い、救助基地の外へと元気よく飛び出した。昨日のことなど、すっかりどうにでもよくなっていた。
「ふふ、おはよう、アチャモ」
「おはよう、ミズゴロウ」
 ポストを確認した私たちは、道具箱に手紙を突っ込んで、笑顔いっぱいにして、救助活動に備えるためにポケモン広場へ駆ける。私たちは救助隊。困っているポケモンたちを助けにいくのが私たちの仕事。一日も早く世界が平和になるのを願いながら、私たちは今日与えられた仕事をこなしていく。

 あの日以来、私たちがチコリータたちと会うことは二度となかった。
 ポケモン広場にいるポケモンたちに訊いてみても、誰も彼らのことを知らないと答えるばかり。彼らの行方を知る者は、もちろんいなかった。


あとがき
まず初めにご清読いただきありがとうございます。
今回は題名通り戦闘描写の練習ということで書かせていただいたのですが、いかがだったでしょうか?
私自身の実力をつけるため、スピード感ある戦闘描写を書けるようにするためと、今後の作品を投稿するにあたっての予備準備を含めて書いた作品なので、よろしければこれを読んでくださった読者様方の指摘や批判をいただきたいのが本音です。
ですがそれは個人の自由の問題ですので、純粋な感想だけでも私としては十分嬉しいです。
何はともあれ、この作品を読んでいただき誠にありがとうございました。


感想・質問、その他のコメント等がありましたらこちらにどうぞ。

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  • こんばんは。戦闘練習その2読ませていただきました。
    まず感想の前に質問なのですが、これって1があるのでしょうか? 失礼ながら見たことないのですが、意図的に2にしたのかなと終始不思議に思いました。

    私のような未熟者では失礼にあたるかもしれませんが、あとがきにアドバイスがほしいとあるので、私なりに感想含めたアドバイスさせていただきます。
    まず、地の文と会話文の間は改行を入れたほうが読みやすくなると思います。全体的に長く充実しているのが魅力でしたが、シーンごとに1マス開けているとは言え、会話文もろとも改行なしでは少々目で追うのに苦労しました。

    もう1つは、一人称視点の地の文と言えど、話し言葉は控えたほうがいいかなと思いました。例に挙げるとこれなのですが…
    1:「四足ポケモンでも持ち運びできるよう、肩かけの紐がついているやつ」
    2:「あいにく周囲の木々が密接しすぎて壁みたいになっていて」
    1の場合“やつ”ではなく“もの”。2の場合“みたいに”ではなく“のように”のほうがいいかなと思います。
    私たちが普段の生活において、小説の一人称地の文を担うキャラのように、解釈したものをいろんな表現に例えることはあまりないと思われ、かと言って適当に話し言葉ばかりでは安っぽい文章に見えてしまいます。
    そのため地の文を務める際のキャラの心情とは総じてやや大人びている傾向が一般的と思われますから、キャラの心情を重んじる部分でない限りは極力話し言葉は控えたほうがいいと思います。

    もう1つは、程度の表現についてです。ハイドロポンプなどの強力な技を説明する際、ついついその説明に「強力な水圧が…」のような形を用いてしまうことがあるかと思いますが、地の文においては“強力”“凄まじい”などと言った直接的すぎる表現は控え、比喩表現を用いたりしたほうがいいかなと思いました。
    ただ、このシナリオのような戦闘シーンに重きを置いたものである場合、動き1つ1つに比喩表現を使っていては多用のしすぎで魅力が落ちていきますので、その場合は直接的な表現もありかなと個人的に思います。

    最後に、戦闘シーンにおいて短文で区切るのが多かったかなと思います。一文一文を短くするのが味という方もいらっしゃいますが、戦闘シーンにおいてこれを多用するとスピード感が落ちる気がします。
    10文字も行かない程度で“。”を打つのは、戦闘シーンより心情描写の際用いたほうがいいかと思います。
    また、声に出して読むとわかりやすいのですが、地の文においては語尾は会話文を挟まない限り極力同じものを出さないようにしたほうが歯切れがいいといいますか、読みやすいと思います。
    駄目な例:「〜〜だった。〜〜なかった。」のように“た”が続くなど
    良い例:「〜〜だった。〜〜なかったようだ」(大して良くない例で申し訳ないです…)


    ここからは感想を、まず、爪やえら、甲羅や葉っぱといったポケモンのならではの特徴を非常に細かく描写しているのが印象的でした。
    チコリータの瞳についてルビ色と表現していたと思いますが、体の動きが丁寧に書いてあるおかげで、今誰がどこを見ていて、何を思っているのか掴みやすかったです。
    同様の理由で、戦闘におけるキャラの動きも楽にイメージできました。また、地形の描写もしっかりしていたのもそれを助けていたと思います。
    作戦を持って動いているのが理解しやすいので、戦闘描写に不向きとされる小説というジャンルの欠点を補う頭脳戦のように楽しむことができたことに驚きました。

    また、キャラクターの個性が非常に立っていたと感じました。一番印象的だったのは、主人公であるアチャモの口癖(決め台詞?)「心配ご無用」
    私的にこういう口癖や決め台詞のようなものを持つキャラは好きで、口調はさながら、口癖や決め台詞によって強い印象をつけているキャラクターはアニメにもたくさんいるかと思います。
    それを踏まえても、全体的に個性が立っている中でのアチャモの台詞はより強い印象を持ちました。素晴らしかったです。

    そしてラストはとても気になる展開で幕を閉じましたね。今後のために練習と言うことで書いたそうですが、どうも続きがあるような終わり方でしたね。
    続編があるかどうかはお答えいただかないとわかりませんが、あるかないかは差し置いて、文以外に伝える媒体を持たない小説というジャンルにおいては読者の発想が頼りになる点が多いと思うので、このような気になる終わり方は今作を読者に強く印象付けたのではないかと思います。
    私としては、もし続編があるなら読んでみたい!そう思わせられる作品でした。

    ここまで長々とコメントしてしまいまして申し訳ありません。また、アドバイスをお求めとは言え、表現において私のような未熟者にアドバイスされるのはプライドを傷つけてしまうかもしれません。重ねてお詫びを申し上げます。
    私自身できていないことも含めアドバイスをしたつもりなので、その辺はご容赦ください。
    拙いコメントではありますが、作者さんのお役に立てれば光栄に存じます。同じ作者として貴方様の向上心にはとても良い刺激をいただきました。
    その気持ちを結びといたしまし、大変冗長ではありましたがコメントとさせていただきます。ありがとうございました。これからもお互い頑張りましょう!
    ――クロス 2010-12-03 (金) 23:16:54
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Last-modified: 2010-12-02 (木) 00:00:00
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