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作:からとり
私の目の前はぼんやりと、真っ暗な世界が続いている。
何時からこの暗闇が続いているのだろう。全く見当もつかない。
どうすることもできないと悟った私は思考を停止し、大人しくこの世界を受け入れることにした。
世界を受け入れてから、かなりの時間が経ったと思わしき頃――
突如私の視界に広がる闇の風景は反転し、真っ白な世界が姿を現す。
その世界には、自慢ともいえるそのキバを見せつけているコラッタ。ピクピクと耳を動かし、辺りを探っているニドランなど、未進化のポケモンたちの姿が多く見受けられた。
そして、ポケモンたちの中心には……決して忘れることのない、笑顔が可憐な女性と、元気に輝く男の子が2人で手を握って佇んでいた。
私は2人の元へと、一目散に向かっていこうとした。が、足がなぜだか動かない。
くそっ! 動けっ!! 精一杯もがいている内に、2人は私の存在に気づいたようだ。
目が合った瞬間、2人はどこか寂しそうな表情を浮かべていた。嗚呼、その表情は私に向けているものなのか……
そして、2人は周りにいたポケモンたちと共にくるりと背を向けて、私の元から離れ去っていく。
待ってくれよ……!
私は必死に、心の底から叫んだ。しかし、2人は振り返ることもなく……気がつくと、周りのポケモンたちと共に姿を消していた。
もう何も考えられなかった。ただ、深い海に沈んでいく鉛のような、重い絶望が心にひしひしと伝わっているのは感じられた。
ただひたすらに、虚無感を覚えて俯いてしまっていた。顔を上げることなど、できなかった……
そんな私の足元から、不意に優しい温もりが伝わってきた。ふと私は顔を上げる。
目の前には、いかにも幼そうな橙黄色の輝きを放つある1匹のポケモンの姿が。
その純潔に輝いているパチリとした素直な瞳に、特徴的ともいえる生命の、尻尾の灯火。
この仔とは、どこかで会ったことがあるような気がした。
だが、思い出せない。しかし、そのポケモンは私に遠慮なく、嬉しそうにじゃれついてくる。
その感触は、どこか懐かしく心地良い感じがする。そうだ。私は何かを思い出せそうな気がした。
このポケモンはたしか――
――懐古の灯火――
我が家の小さな山小屋の、質素に作られたベッドの上で私は目覚めた。
ベッドからサッと立ち上がる。その際に、身体のいたる箇所に多量の湿り気を感じた。
なるほど。この湿りは先ほどまで私が引き付けられていた、夢の世界によって生まれた汗によるものか。
そんなことを少しばかり考えながら、私はベッドの横に置いていた衣服に着替え、外へ繰り出す準備を進めていた。
小屋の外からは、元気なポッポたちの鳴き声などが響き渡っており、すでに太陽は空高くに輝きを放っていた。
私の暮らしている山小屋は、普段は人目につくことはほとんどない。
人が通るための舗装などもなく、地表にはありのままの自然が広がっている。
歩くのも命がけ――程の危険性は勿論ないのだが。それでも、一般的な服装で歩くには険しい道のりであり骨が折れる。
そのため私は今、動きやすく耐久性の高い衣服をまとい、山の森林を歩んでいる。
この小屋に暮らし始めてから30年――いや、40年ほどになるだろうか。
さすがにこれほどまでこの自然の中で生活しているのだから、この辺の土地勘ならお手のものだ。
ただ、最近はその長い年月により身体が衰えてきていることは実感している。
一般的には初老を迎えたといってもよい年頃であり、頭は白髪へと姿を変えてしまっている。
また、山の急な斜面等の過酷な道を進むのにも、若い頃と比べると、どうしても時間がかかってしまう。
それでも普通に歩き、上り……山の様々な場所まで歩むことが出来る以上、実年齢と比べてもまだまだ肉体的には元気であるといえるだろう。
そうこうして進んでいくうちに、今回外出した目的である沢山の木の実が生る、大きな木の元へとたどり着いた。
山小屋で暮らす前の少年時代には、町にある木の下にきずぐすりなどが置かれていることもあった。おそらく、誰かが忘れていってしまったのだろう。
しかし、ここは人の気配をほぼ感じられない、壮大な自然の中だ。
そういった、人のにおいを感じされるような人工物を目にすることはほとんどない。該当するものとすると、せいぜい私が暮らしている山小屋くらいだろう。
そもそも私は今、独り身である。もう数十年も、他人と出会った記憶がない。
山を下りれば、大勢の賑わいをみせる町もあるのだが、そこにも今は一切顔を出していない。
町に行かないという、これといった理由は今ではないはずだ。しかし、どこかひっかかるものが残っているのかもしれないし、そこまでして行こうとも思えないのだろう。
私は人の手がかかっていない、自然の力が生み出したその木の実をいくつか拝借した。
そして、木の下には美味しそうに生えわたるキノコがあったため、そちらもいくつか採取することにした。
なんとか入手した木の実とキノコを持って、私の住処である山小屋へと戻ってこれた。
なんとかというのは、帰る途中にオニスズメの集団にばったりと遭遇してしまったからだ。
木の実とキノコを狙われ、しつこく追い回されてしまった。幸いにも外出する際に調合しておいたポケモンフーズを持ち歩いていたため、そちらに気を引かせている間に振り切ることができた。
簡易的な調理をすまして、私は完成された木の実とキノコのソテーを頬張る。
正直、そこまで美味しいものではない。材料が限られていることもあるが、何よりも自分の料理の腕が足りないのだろう。
ただ、美味しいものを食べたいという欲求は今ではほとんどない。種の本能である、空腹を満たせればそれでいいと思っている。
ポケモンが喜ぶフーズはお手の物なんだけどな……そう思うと、私は思わず苦笑していた。
食事を終え、ろ過しておいた水を飲みつつ私はホッと一息を入れていた。
今日はいつも以上に多くの食材を集めることができた。自分の食事に、防衛用に調合するポケモンフーズの分。うん。これだけあれば数日は外出をせずとも生活していけそうだ。
しかし……今日はこれからやらなければならないことはもう残っていない。
せいぜい、夕暮れを迎えたら食事を作り、1人で貪る。そして、空が月の輝きに染まった時に眠りにつく。たった、これだけだ。
いや、それも今日だけではない。ずっと、ずっとこんな生活を数十年も過ごしてきた。
特に感情を発することもなく、1日をルーチンワークの如く始めて、そして終える。
もはやこのような過ごし方をしても、何も感じることもない。今日もいつものように、夕暮れまで虚無の世界に浸るつもり――
だった。
ふと、今日という1日が始まる前に見た、真っ白な世界の夢が脳裏に浮かんだ。
寂しそうな表情を浮かべていた、忘れることなど到底できない女性と男の子の姿。周りには楽しそうに、多くの幼いポケモンたちが佇む。
私の元から離れてしまった時、私は激しい哀しみ、絶望を感じていた。
それは今の虚無という世界では、決して思うことのない、強く、激しい感情。
その世界の夢を思い返したことをきっかけに、私は無意識のうちに、はるか昔の出来事を思い返していた。
あれは――20年ほど前のことだっただろうか。
このころの私は、今の山小屋でポケモンブリーダーをしており、小屋の中には常に幼い野生のポケモンたちの鳴き声が響き渡っていた。
山の森林に暮らすポケモンを静かに見守り、幼いポケモンが病気になったり、深い怪我を負ってしまった際にはこの小屋にて治療をする。
自立が出来なさそうであれば、一時的に小屋で一緒に過ごしつつ、野生としての心構えを指導して野に返す。
収入を得るために、山を下りて町のトレーナーたちのポケモンの観察や指導等をしたりもしたが、それも生活をするために行う、最低限なもの。
野生のポケモンたちを見守り、癒し、手助けする。時にはポケモンに噛まれたり、暴れて小屋が破損することもあったが、それを含めて私は……いや、私たちは幸せに過ごしていた。
笑顔がまぶしく、美しく――寛容で料理がとても上手かった妻、リール。そして、私とリールの間に生まれた、活発で輝きを放っていた息子、エクラ。
私たち3人は、自然に暮らすポケモンたちと共に、とても仲睦まじく楽しい毎日を過ごしていた。
リールの料理は本当に美味しいものであった。栄養のバランスもしっかり整っており、多忙な毎日を乗り切れたのはきっと、彼女のおかげだろう。
私がリールにお礼を言うと、彼女は決まって笑顔を返してくれた。その顔はいつまでも可愛らしく、ずっと見続けていたいと思ってしまうほどだった。
そして、そんな彼女との間に生まれた息子、エクラはとても好奇心旺盛で、思いやりのある自慢の子であった。
幼い頃はよくコラッタに噛まれて、痛いっ! と泣いていたけれど。それでも、ポケモンたちに愛情を注いで、率先してお世話をしてくれた。
あの時のエクラは間違いなく輝いており、私もとても元気づけられた。
うん。間違いない。あの頃の私たちは本当に幸せだったんだ。あの日が訪れるまでは――
あの日は息子、エクラの10歳の誕生日だった。
そのため我が家の小屋でささやかなパーティをするために、リールとエクラはふもとまで下り、町まで買い出しに出かけていた。
その時、私は1人で小屋にいた。世話をしていた野生ポケモンの1匹に、急を要する看病が必要となったためだ。
幸いにも症状が悪化することもなく、すぐにそのポケモンは落ち着いてくれたのだが……
太陽が沈み、周囲が薄暗い闇に覆われ始めても2人は帰ってこなかった。
私は少しばかり心配になったが、暗闇に覆われた中、人気のない我が家から山のふもとまで向かうことは自殺行為に等しいものであった。
おそらく町で買い物が長引いてしまい、暗くなってしまったから今日は町に留まっているのだろう。町から小屋まではそこまで距離はないし、明日の朝には帰ってくるはずだ。
そう思い込み、私はポケモンたちと共に眠りについた。
目の前には、変わり果てた姿となったリール、エクラの姿があった。
それを私は、直視することはできない。何も考えることはできなかった。
朝を迎えると、ジュンサ―さんが慌てた様子で我が家まで駆けつけてきた。
町で奥さんと息子さんが……不慮の事故に巻き込まれて……先ほど、息を引き取りました。
その言葉を聞いた後のことは、実はあまり覚えていない。
事故は何が原因だったのか。どういう面持ちで町まで向かっていったのか。どのように別れの言葉を2人に伝えたのか……大切なことも記憶の中から抜け落ちていた。
ただ、あまりにも突然なことに信じられずに気が動転していたこと。海の底よりも深い、深い哀しみ。そんな、抽象的な気持ちだけははっきりと覚えている。
我が家の小屋の裏にあるスペースにお墓を作り、親愛なる2人を丁重に埋葬した後――私は激しい自己嫌悪を抱いていた。
事故に巻き込まれていても、リールもエクラも最後まで頑張っていたのに――
私はなぜその時行動もせず、呑気に家で寝ていたのだろう。……愛おしい人たちの最後も見届けられなかった。
そもそもあの日、無理をしてでも私が一緒に行っていれば、2人を助けられたかもしれないのに……
私はもはや夫でも、父親でもない……悪魔のような、最低な人間だ……
ひたすら私の脳裏に広がるのは、自分自身への後悔の念。そして、罵倒。
ポケモンブリーダーとしての熱意など、もうどこにも残っていなかった。
あの時世話をしていた野生のポケモンたちを野に返した後、私はポケモンブリーダーを辞め、ただ1人でひっそりと暮らしていた。
特に他人とも、ポケモンたちとも関わることもなく――失意のどん底のまま、私の世界は虚無に覆われていた。
数十年という年月は、この世界ではあっという間に過ぎ去っていった――
知らない間に、私の頬には雫の跡が残されていた。
そして心には、とてつもない哀しみの気持ちが渦巻く。
幸せだった過去を思い出したことで、現在の虚無の世界から抜け出すことができたのかもしれない。
それでも――抱いているのは自己嫌悪と深い哀しみ……負の感情しか見つからない。
あの白い世界で再開した2人は、寂しそうな顔をしてすぐに立ち去ってしまった。
やっぱり私のことを憎んでいるのかもしれない。でも、それは当然なことだと思う。
そしてポケモンたちも、私を見て逃げていった。もしかすると、私が家族と共に熱心に行ってきたブリーダー活動は彼らにとっては、ただの迷惑な行為であったのかもしれない。
自然の摂理に反しすぎないよう、外からポケモンたちを愛して、手助けをしていったつもりではあったけれども。それも、ただの私の自己満足であったのか……
繰り返す自問自答。それでも広がるのは負の感情であり……私自身の存在意義のなさであった。
そして再び襲ってくる、激しい虚無感。
嗚呼……もう考えるのはやめよう。私なんか、存在価値もない最低な人間なのだから……
もう、何も考え――
私の思考が停止する。
いつの間にか、小屋のドアが開いていた。
気がつくと、私は見知らぬポケモンに抱きつかれていた。
「こ、こら! フラム!! いきなりそんなことしちゃダメだろ!」
ポケモンの持ち主らしき青年の声に、フラムと呼ばれたポケモンは反応し、私を優しく引き離してくれた。
そして、ぺこりと私に向かって小さく頭を下げた。
私とほぼ同じ身長。橙黄が中心となる体色。
その翼はとても大きく、見る者を圧倒し――手足に宿る鋭い爪も、少し恐怖感を覚えてしまう。
でもお腹は少しふんわりとして柔らかい。そして尻尾には、この種族の象徴ともいえる、生命の灯火。
そのポケモンは……リザードンであった。
しかし……リザードンにしては、ずいぶん可愛らしい気がしてしまう。
その瞳はキラキラと嬉しそうに輝き、また尻尾の灯火も必要以上に燃え上がっている気がする。先ほどの行為からしても、まるで私を慕ってくれているようにも思える。
「す、すみません。突然お邪魔してしまって……ウブリ、さんですよね?」
私はとても驚いた。フラムの持ち主である青年は、私の名前を知っていたからだ。
名前を呼ばれるのは数十年ぶり……いや、そもそもこうして他人と会話を交わすこと自体がいつぶりであろうか。
素直に頷く。するとその青年もフラムと同じように、瞳を輝かせて喜びの感情を爆発させた。
「やっぱり! 俺です。レジトルです! 覚えていませんか?」
レジトル? 青年は私のことを知っていそうであるが、私はどうもピンとこない。
「20年以上昔ですから、覚えていませんかね! ほら、フラムの命を……この灯火を守ってくれたじゃないですか!」
そんな様子を見かねたレジトルは、フラムの尻尾をつかんで私の前に見せてきた。
私は無意識のうちに、その煌めく灯火を凝視する。
……そうだ。この灯火を持ったポケモンを、私は先ほどの真っ白な世界で見ていた。
そのことに気づいた瞬間に、私は全てを思い出した。息子のエクラが10歳になる直前、私たちはレジトルとフラムに出会ったことを……
あれはたしか、息子のエクラと共に山の森林にて木の実を集め終え、我が家の山小屋へと帰ろうと歩みを進めていた時だった。
ふと空を見上げると、まだ夕暮れの時間にもなっていなかったにも関わらず、どんよりと暗い雲が一面を覆い始めていた。
「一雨来るかもしれないな。エクラ、急いで帰るぞ」
私の言葉に、エクラも頷く。
私たちは小走りで家へと向かう。それでも、ポツンポツンと雨は降りだし……やがて激しい雷雨に変わっていった。
「地面のぬかるみに気をつけろよ。あともう少しだ!」
「父さん! あれを見て!」
真っ直ぐ前だけを見て急いでいた私を、エクラは服を掴んで強引に止めさせる。
「どうした?」
「あれ、見てよ……」
エクラが指さす方向を見ると、そこには一人の少年が背を向けて座り込んでいた。
私はとにかく早く帰ることに必死で――前方とエクラのことしか見ておらず少年の存在に気づくことができなかった。
しかし、まだ幼く好奇心旺盛なエクラはこんな時でも周りを見渡して、新しい発見を探していた。
だからこそ、少年に気づくことができたのだと思う。私たちは素早く少年の元に駆け寄った。
「おい、君! 大丈夫か?」
「ぼくは大丈夫……でも、この仔が」
よく見ると、この少年は何かを抱えていた。
覗き込むと、それはヒトカゲという種族のポケモンであった。
このヒトカゲは一目見ただけでも、かなり弱っているのが明白であった。ゼイゼイと、苦しそうに息をして身体を小刻みに震わしている。
そして、象徴ともいえる尻尾の灯火。こちらも既に風前の灯火状態になっており、このままだと消えてしまうのでないかと思えた。
「さっき、そこで弱っているヒトカゲを見つけたんだ。尻尾だけは濡らさないように、頑張って背中で庇っていたんだけど……」
ヒトカゲが死んでしまうのではないか。そんな恐怖からか、少年は涙声になっていた。
「安心しなさい! 私の家で看病すれば、絶対に助かる!」
少年を安心させるために、強い口調できっぱりと私は言う。そして、身に着けていた雨具を脱ぎ捨てて、ヒトカゲの全身へと素早く覆いかぶせる。
エクラも自分が着ていた雨具を外し、ヒトカゲの尻尾の灯火部分へとあてる。
そして、私がヒトカゲを優しく抱きかかえる。
「よし、君も着いてきなさい!」
少年は頷いた。そして私たち3人はヒトカゲに負担をかけないように慎重に、それでも全力で、急いで我が家の小屋へと向かっていった。
家に着いてからはリールにも協力してもらい、私たち4人は必死でヒトカゲの看病にあたった。
看病している合間に、私はレジトルと名乗った少年に詳しい状況を聞いていた。
話を聞くと――レジトルは旅行で家族と共に、この山のふもとにある大きな町まで来ていたらしい。
レジトルは生まれて初めて見たという、この壮大な自然の山に強い興味を抱き、両親が目を離した一瞬のスキをついてこの山へと一人で入っていった。
最初は、未知なる自然や沢山の野生のポケモンたちを発見していき、冒険をしているようでとても楽しかったそうだ。
しかし、自然は厳しい――気がつくと、道に迷いそして大粒の雨も降り始めてしまった。少年は途方に暮れて、不安に押しつぶされそうだった。
そんな時、偶然にも目の前で弱った姿のヒトカゲを見つけたらしい。
彼は町中などでポケモンを見たことはあったが、実際に持ったことはなく、どう対処すればよいのか分からなかったらしい。
それでもヒトカゲを助けたいと強く願い、必死に尻尾の灯火を守っていたところ私たちに出くわした。
全くもう。見知らぬ土地で、何も分からぬままこの山に子供1人で入るなんて……
それも、エクラと同じ歳の少年が……ご両親も、すごく心配しているだろう。
私は事情を聞いて呆れてしまったが、ポケモンを助けたいという、強い意思は褒められるものであるとも感じていた。
外では激しい雷雨が収まることもなく続いている。どのみち、今日山を下りて町の方にかえしてやることもできないだろう。
それならば、レジトルにもヒトカゲの看病を手伝ってもらおうか。
彼もその気だったらしく、私のアドバイスを参考に、率先してヒトカゲの看病にあたっていた。
みんなの夜通しの看病。そして、想いが伝わったのか――
翌日、そのヒトカゲは元気な姿を見せてくれた。
うん。瞳もキラキラしているし、尻尾の灯火もメラメラと勢い良く燃えている。
逆に元気すぎて心配してしまうくらいではあるが。元々はこういった、わんぱくな性格なのかもしれない。
ヒトカゲは助けてもらったことを理解しており、私に、リールに、エクラに――順番に感謝の気持ちを伝えるかのようにじゃれついてきた。
無邪気で純粋な笑顔を見ると、本当に救うことができて良かったと思える。
そして、ヒトカゲはレジトルにすっかり懐いてしまっていた。
その様子を見守っていた私は、1つのモンスターボールをレジトルに渡した。
「この仔は君が育ててあげなさい」
「えっ、ぼくなんかが育ててもいいの?」
「何を言っているんだ。この灯火を守り切った君だからこそ、この仔を幸せにできるんだよ」
本来この山にはヒトカゲが生息していることはない。
おそらく、どこかのトレーナーが身勝手にこの山へと捨てていったポケモンであろう。
それであれば、身を挺して雷雨の中ヒトカゲを守り抜き、夜も寝ずに必死に看病していた彼の元で過ごすのが一番の幸せなのだろう。
「ウブリさんありがとう! よろしくね、ヒト――おっと、名前をつけてあげないとね。カッコいい名前……」
「ちなみにこのヒトカゲは女の仔だぞ」
「えっ、そうなの!」
レジトルが気づかないのも無理はないかもしれない。元々ヒトカゲは雄雌の違いが一目では判別しずらいし、この仔がそもそもわんぱくな感じではあるし。
「責任持って育てていく以上、これからもっとポケモンのことを学ばないとダメだぞ」
「はーい。じゃあ、名前どうしようかな……」
「……フラム」
横でレジトルとヒトカゲを若干羨ましそうに見ていたエクラが、突如としてその名前を呟く。
「フラム?」
「うん、この仔の象徴ともいえる炎からとったんだ。カッコよくもあるし、可愛いとも思う!」
「確かにいいね。エクラ、ありがとう! さあ、今日からお前の名前はフラムだ!」
フラムと名付けられた彼女は、トレーナーとなる彼によって高く持ち上げられる。その顔は、共に幸せそうであった。
「あの時から、俺はずっとフラムと一緒に成長してきました。辛いこともあったし、喧嘩をしたりもした。でも、今の俺がいるのは確実にフラムのお陰なんです!」
立派な青年となったレジトルの言葉に、リザードンのフラムも同意するように強く頷く。
「ウブリさんたちに憧れて……今では家族みんなで、ポケモンブリーダーの活動をしています。幸せなことに、俺もフラムも愛すべき者ができて……こないだ子供も生まれたのです」
私たちが手助けした少年とポケモンがここまで大きく、そして幸せに成長したことに私は驚きを隠しきれない。
「この間、風の便りで偶然耳にしてしまったんです。ウブリさんと別れてすぐに、リールさんとエクラが事故に巻き込まれたことも。その後、ポケモンブリーダーを辞められたことも……」
「そうだ。全て私が悪いんだ。それに、私たち家族がやってきたブリーダーとしての活動は……ただの自己満足だったんだ」
「そんなことないです!」
私に訴えかけるような強い口調で、彼は私の言葉を否定した。
「俺は1日しかこの小屋にいませんでしたが、周りにいたポケモンたちは……当時ポケモンに詳しくなかった俺から見てもとても幸せそうでした。それに何より……今のフラムを見てください! 彼女は立派に進化して、子供も生まれました。これは間違いなく……あなたたちのお陰です!」
言葉が出なかった。代わりに出てくるのは、瞳から流れる雫。
「今日ここにフラムと来たのも、心からの感謝を伝えたかったのです。あの時は本当に……ありがとうございました!」
深々と頭を下げるレジトル。そしてフラムはいつの間に私が流していた雫を、その舌で舐めとってくれていた。
私とリールが必死に看病して、エクラが名前をつけたフラムの優しい姿に。
そして――まるで成長したエクラを見ているような、ポケモンブリーダーレジトルの姿に。
私は救われた。感謝してもしきれなかった。
その後、私は正式にポケモンブリーダーに復帰した。
虚無の世界を彷徨っていた際にも時間は進み続けており、私は既に初老を迎えている。
今思うと、真っ白な世界で映ったリールとエクラの寂しそうな顔――あれは虚無の世界にいて時を過ごしている私のことを哀しんでくれていたのかもしれない。
つくづくダメな男だな、私は。――本当にすまなかった。
でも、今からでも遅くはないはずだ。
希望の世界を過ごし、私たちがやってきたブリーダー活動で多くのポケモンたちを……そしてそれに携わる子供たちを、夢ある未来へと導く手助けをしてやりたい。
あの――とても幸せなそうな灯火のポケモンと、青年のように。
ノベルチェッカー
【原稿用紙(20×20行)】 33.3(枚)
【総文字数】 9978(字)
【行数】 294(行)
【台詞:地の文】 11:88(%)|1160:8818(字)
【漢字:かな:カナ:他】 32:57:7:3(%)|3201:5721:704:352(字)
○あとがき
第五回帰ってきた変態選手権以来の投稿となりました、からとりです。
まず、今回1日遅れの投稿となってしまったことにつきまして、この場で深くお詫びいたします。
ご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ございませんでした。
そんな中、票を入れていただけたことがとても嬉しく、救われた気持ちになりました。
本当にありがとうございました。
○作品について
ポケモン20周年のタイミングと重なることもあったので、今回は「懐古」のテーマにしようということはすぐに決まりました。
登場するポケモンは赤緑を中心にして、初代の小ネタ等も入れられたらいいなと思っていましたが、肝心のお話の中身は決まらず……
そんな時、掃除していた際にたまたま初代ポケモンを録画したビデオテープが見つかり、そこからヒントを得てプロットを作り始めました。
一番最初のコンセプトは、かつて助けたポケモンが立派に成長して自分を救ってくれる。ここからさらにお話を膨らませて、今の形に。
10000字もいかないだろうと最初の文章から思いのまま、順々に書き進めていったのですがあっという間に10000字をオーバーしてしまい
調整するのがとても大変になってしまいました。
特に後半のシーン(レジトルとフラムの部分)はもっと掘り下げたかったところ……文章表現もまだまだ未熟だなと感じました。
○コメント返信
>「虚無の世界」の描き方が非常に巧かったです。ポケモンの世界で生きる人の日常を描いた小説は数多くあります。
しかし、描写から楽しげな感じだけでなく寂しげな感じや空虚さまでもが伝わってくる、というのは中々ないものです。
後半の展開も良く、かつて助けたポケモンが成長して目の前にやってくるという展開は、王道かつ爽やかでした。文章に無駄がなく、完成度の高さが目立ちました。(2016/02/29(月) 23:18 さん)
虚無の世界の表現、ブリーダーの揺れる心情表現等が上手く伝わるよう、私なりに力を入れさせていただいた箇所ですのでそう言っていただけるのはとてもありがたいです。
後半の展開も今思うと本当に王道だなぁw なんて感じてしまいますが、楽しんでいただけたのは王道好きとしてはとても嬉しく思います。
まだまだ表現に乏しい箇所もありますが、いただいたコメントを励みに今後も頑張ってまいります。
投票、そして具体的なご感想。本当にありがとうございました!
最後になりますが、皆様ご迷惑をおかけしてすみませんでした。
そして、ありがとうございました。
感想、意見、アドバイスなどがあればお気軽にお願いします。
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