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愛憎模様のレンチキュラー

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愛憎模様のレンチキュラー [#5X30Pgu] 

この作品には人♂×ポケモン♀若干の暴力的描写があります。
苦手な方はブラウザバックをお願い致します。

作:COM


1話 


 夜が静かだったのはもう随分と前の話だ。
 夕闇が夜の始まりを告げると、あちらこちらで火が灯る。
 仕事のため、帰りを待つ誰かのため、そして夜を楽しむために。
 会社の電気が一つまた一つと消えてゆき、賑やかな喧騒が繁華街に木魂する金曜日の夜。
 煌びやかな電飾と客引きの店員の声、そして楽しそうな多種多様な人々の笑顔。
 夜の繁華街、それはある意味一番賑やかで楽しい場所だろう。
 しかしそれも普通に楽しめば、である。
 夜も更けり、多くの人々が上機嫌に自分の家へと帰ってゆく中、未だはしご酒を愉しむ者達も沢山いる。
 日々の疲れ、立ち行かぬ仕事、嫌な上司や合わない同僚の愚痴、そして単に気の合う仲間同士の羽目外し・・・。
 理由は多々有れど皆、往々にして愉しみが欲しいからこそ夜を楽しんでいる。
 しかし加減はするべきだろう。
 此処にも一人、羽目を外し過ぎた男性が一人、ふらりふらりと千鳥足で常ににやけ顔を浮かべながら歩いてゆく者がいた。
 時刻はもう明日になっており、流石に皆家に帰り着くか帰路の途中だというのに、その男はよりにもよって繁華街の奥へとまだ歩いてゆく。
 一緒に飲んでいた仲間達も流石に帰り、それでもまだと彼は一人正常な判断の出来ないまま繁華街を彷徨っていた。
 別に家が嫌なわけではない。
 妻一人に娘一人、そこそこに恵まれた家庭を築き上げている自身は彼にはあった。
 だが仕事は中間管理職ということもあり、嫌でもストレスは溜まってゆく。
 飲んで溺れて、少しでも日頃の嫌な事を忘れたかったのだ。

「よっ! そこの社長さん! 気分良くなってるところ、もっと下も気持ち良くなってかない?」
「そんなのいいよ。嫁で間に合ってる」

 フラフラと歩いていった先は繁華街とは違う、ある意味最も華やかな場所である歓楽街。
 見るからに出来上がっており、正常な判断ができなさそうな彼はクラブやパブ、風俗店のボーイ達からすれば恰好のカモだ。
 しかし不思議な事にどんなキャッチも惚気で誤魔化し、捕まる事無く歩いてゆく。
 ある意味芯が強いようにも見えるが、しばしば見受けられる露出の多い女性を見る度に華の下を伸ばしているのは明らかだった。
 単に金を使いたくないのだ。
 以前にぼったくられた記憶があるため、ギリギリ正常な判断も可能な程度には酔いも抜けていた酒の強い彼は、そういうのを避けて安く確実な店を探しているだけである。
 嫁を引き合いに出していたが、その嫁とはここ数年ご無沙汰である。
 娘が生まれてからというもの、夜の生活は軽いスキンシップすら減ってゆき、ここ最近では寝る前に会話すら殆ど無い。
 彼にとっても娘は大事な存在であり、多感な時期を迎えている娘にとって今が大事な時期だということは重々承知しているつもりだが、それとこれとは話が別だ。
 好きで結婚した女が傍にいるのに、その女と乳繰り合うことすらできないのはこれ以上ないストレスだろう。
 だからこそこうして誤魔化している。

『何処かに性欲だけを満たせて、安上がりで後腐れも無い。そんな都合の良い女でもいれば・・・』

 そんな有り得ない妄想を描きながら下心を丸出しにして、性に関しても服に関しても開けた女性達の胸元をじっくりと眺めながら歩いてゆく。
 だが、奇跡とも呼べる幸運は案外向こうから勝手にやってくるものだ。

「ねえねえ、そこのお兄さん。今暇?」

 そう声を掛けられて横へ目をやると、そこにはそんな欲望の坩堝のような場所には似ても似つかない女性が立っていた。
 黒く長い髪に仕事着のような暗い色のフォーマルなレディーススーツを着ており、ヒールも明らかに低い。
 目鼻の筋はしゅっと整っており、若干きつめの表情にも見えるが、化粧と同じくほんのりと微笑んだ彼女は昼のオフィスに居てもなんら気にならないほどだ。
 酔っているような様子もなく、なぜこんな場所にそんな女性が普通に居るのか思わず不思議に思ったが、そのギャップに思わず彼は良からぬことを想像する。

「ま、まあ暇だが・・・どうしたんだ? こんなところで」
「それはよかったわ! こんな所にいる理由なんて一つでしょ? ねえ・・・私と遊ばない?」

 あまりにも普通過ぎた見た目のその女性に、男は思わず軽く酔いが覚めたが、彼女の口から出た言葉で今が夢か現かもっと定かではなくなる。
 清楚という言葉がとても似合う女性から出た言葉はその真逆、遊び慣れた女性の妖艶さと余裕を感じさせる。

「い、いや・・・。金が目当てなら他の男を当たってくれ! 面倒事は御免だ!」

 そのあまりの非現実さに思わず心惹かれたが、ハッと我に返り、その女性がキャッチなどよりももっと危険な美人局なのではと警戒し、はっきりと断った。
 見た目こそ遊び慣れた感じは一切無いが、その言葉や仕草には異様な慣れを感じ、本能的に避けようとしたがその女性は彼の手を取ってずいっと耳元まで口を寄せた。

「私ね、こう見えて欲求不満なの。男日照りでもうおかしくなっちゃいそうなぐらいに。ホテル代だけ出してくれたら・・・なんでもシてあげるわ」

 軽く吐息の掛かる距離で女はそう言った。
 甘い言葉が耳をくすぐり、彼の中の本能が揺らぐ。
 明らかにその女性の言葉は危険そのものだ。
 何時の時代も一切の金も要らない情婦などいる筈もない。
 彼はその手を振り払いたかったが、腕に当たる柔らかな胸の感覚に思わず思考が止まる。

「大丈夫。ほら触って? 面倒事なんて絶対に起きないわ。私が満足したいだけ」

 そう言って掴まれた腕をそっと彼女の股の間へと誘導されてゆく。
 密着した状態で男の指が触れたスカートの下、その下着は僅かな湿り気を帯びているのが軽く触れただけでも分かる。
 その瞬間、彼の中にあった理性が音を立てて崩れた。
 これほどまでに清楚な女性がその実、路上で周りの目も憚らずに自分の股間を触らせるような痴女であるというそのギャップは、彼に後の事を考えさせないようにするには十分過ぎる材料だった。
 酔いはとうの昔に覚めてしまった。
 そのはずなのに夢は未だ覚めておらず、女性は艶めかしい視線で男を誘う。
 覚めぬ夢の中での彼の行動は早かった。
 既に少しずつ膨らみを持ち始める股間をグッと我慢し、急いで近くのホテルまで駆け込む。
 妻へ帰りが遅くなるならば電話をしろと言われていたことすらも忘れて、適当に然程高くない部屋を選んでさっさと服を脱ぎ捨ててゆく。

「お風呂はどうする? 入る? 入らない?」

 そう首だけでこちらを見る彼女は、まるで先程までの妖艶な女性と同じとは思えないような、仲の良い彼氏へ話しかける時のような溌溂とした笑顔でそう聞く。
 年甲斐も無く、あまりにも久し振りに訪れた夜の機会に彼の息子はパンツを大きく持ち上げており、全盛期の頃のような怒張を見せている。
 はち切れそうなほどの息子を待たせられるほど彼の胸の高鳴りは静かではなく、大きく首を横に振って答える。
 すると彼女は少しだけ照れ臭そうに笑い、一枚ずつ服を脱ぎ捨ててゆき、下着だけの姿になる。
 下着に派手さは一切無く、それが寧ろ彼を更に興奮させた。
 "何処にでも居そう"というのが逆に自分の仕事場に彼女がいるような状況を妄想させ、ただでさえ危険な火遊びがより危険性を増したように錯覚してしまう。
 抱き寄せるように彼女の顔を寄せると、彼女の方から吸いこまれるように唇を重ねてくる。
 寧ろ唇が重なるよりも舌の方が先に触れていたのではないかと思えるほど濃厚なキスを交わし、そのグチュグチュと響く水音が残り僅かな理性を水泡のように消し飛ばした。
 貪るように彼女の中へと舌を滑り込ませ、それに応えるように彼女の下が彼を求めて絡みつく度、唾液を混ぜ合わせる音が響き渡る。
 果物のような甘く柔らかな香りが広がり、彼をただの雄に変えてしまった。
 何年振りかの女性との性の関係。
 その上不倫ではないにしろ妻も子もいるような彼の中に、今だけはその存在も無く背徳感などとうの昔に薄れていた。
 雄としての本能のままに彼女を求め、目の前の雌がそれに応える。
 そしてそのままゆっくりとダブルベッドに座ってゆきながら、彼女のブラジャーを外してゆく。
 何分ほど交わしたかも分からない濃厚な口付けを終え、白いベッドの上に横たわる彼女の胸からベージュのブラジャーをゆっくりと剥がし取ると、そこにはシーツの白さに負けないほど美しい肌とピンと立った薄い桃色の乳首が待っていた。
 たわわな胸にそっと触れると、まるでマシュマロでも握っているかのように指の周りが柔らかく窪む。
 妻ですら感じたことの無い極上の感触を柔らかく揉みしだきながら愉しむと、彼女も甘い吐息を吐き出しながら彼の手の上から自分の手を重ねてその快楽を共に味わっていた。
 胸に触れただけで感じている彼女の様子を見て、今すぐにでも致したいと息子が痛みを伴うほどに主張するが、それは彼の矜持に反する。
 女性を十分に愉しませれば、その快楽は何倍にもなる。
 その考えの下、彼は両方の乳房を揉みしだき、軽く人差し指で乳首を弄ったり、舌先で舐めたりして彼女のまだ羞恥を含んだ嬌声を少しずつ大きくしてゆく。
 だが既に彼女は満足しているようだった。
 何時の間にか下の方へ伸ばされていた彼女の手は彼のパンツの中を弄っており、元々限界に近かった彼の息子を優しく撫でる。
 全身に電流が流れたかのような懐かしい刺激に、彼は思わず身体がビクンと跳ねたが、彼女の胸を揉みしだく手は止めない。
 すると彼女の手も彼の息子を優しく撫でまわしていただけだったが、次第にしっかりと握り、カリ首を優しく扱くような動きへと変わってゆき、流石に耐えられなくなった。
 一旦彼女の胸への弄りを止め、離れると口惜しそうに彼女の手が息子から離れ、そしていきり立った息子がグインと勃ち上がる。

「ねえ・・・もう待てないわ・・・早くあなたのその太いのを頂戴?」

 小動物のように瞳を輝かせて懇願するその姿は、あまりにも本能に訴えてくるような姿だった。
 自分のパンツを脱ぎ捨て、彼女のパンティーを脱がせると、既にそこは洪水が起きており、本能を奮い立たせる匂いを発している。
 今すぐにでも挿れられるほど、濡れているという言葉では足りないほどに愛液が溢れ出しており、彼の中にあったはずの矜持はいいように解釈されて全部省略された。
 割れ目に沿わせて息子を宛がう。
 そのまま滑らかな割れ目をグラインドしてゆくと、ただそれだけで飲み込まれそうなほどに柔らかく熟れている。
 艶やかな花弁を人差し指と中指で軽く押し広げ、息子の先端と蜜を溢れさせた花弁を触れ合わせた。
 沈み込むようにして花弁の中へと彼の息子が呑み込まれてゆき、滑らかな中とは相対的な稲妻のような衝撃に思わず身体を反らしながら深い息を吐いてゆく。

「あぁ・・・良い。良いわぁ・・・」
「君も奇麗だよ」

 惚けた表情を浮かべて待望の物を迎え入れた彼女が呟き、それに応えるようにして彼は彼女の奥深くへと進みながら耳元で囁く。
 その言葉を聞くと彼女は彼を抱き寄せ、すぐにでも欲しいとでも言わんばかりに彼の息子を優しく締め付けてゆく。
 彼女の足を軽く持ち、彼はゆっくりと腰を動かしてゆく。
 パンッと乾いた音が響き、若く張りのある肌が美しく波打つ。
 そして一突きする度に彼女はその腰を打ち付ける音に負けないほど情欲を掻き立てる嬌声を発する。
 何度かそうして深いピストンを繰り返した後、今度は一番奥に押し当てたまま短いピストンと軽い上下へのグラインドへと動きを変える。
 乾いた音はしなくなり、代わりにグチュグチュという小さな水音とだんだん隠せなくなってきた嬌声が彼を更に興奮させてゆく。
 次第に二人共息が上がり始め、その心音さえも聞こえてしまいそうなほどに早く大きく鳴っている。

「そろそろ・・・イきそうだ・・・。外に出すぞ!」
「待って! その前に私を見て」

 彼は最後のスパートとピストンの速度を上げていこうとしていたが、彼女の足を支える手に彼女の手が触れ、その手をそのまま彼女は自分の方へ向けた。

「イく時の顔を見てもらいたいのか? とんだ変態だな」
「いいえ、もっと面白いものを見せてあげるからじっと私の顔を見てて・・・」

 彼女の意外な性癖に思わずニヤリと彼は笑ったが、彼女も彼を見て思わずニヤリと笑った。
 それは今の今まで見せていた妖艶な表情ではなく、純粋な子供のような、しかし何処か邪気を含んだいやらしい笑顔だ。
 その笑顔に何が起きるのか期待しながら待っていると、彼女の足元からバシュッという聞き慣れない音が聞こえた。
 途端に彼女の身体はみるみる足元から変色してゆき、雪のようだった肌は真逆の黒灰色へと変貌してゆく。
 重ねていた手は長く紅い爪になり、細くしゅっとした顔の形はあっという間に狐の顔へと変わり果てた。

「どう? 気持ち良かったかしら? 私のアソコ。それこそ答えなくても分かるわよ? 無我夢中で腰振ってたもんね~。まるで獣みたいに!」
「は? どうなってんだ!? お前、ゾロアークか!? 騙しやがったのか!!」

 危険な香りを漂わせていた妖艶な女性はあっという間にゾロアークへと姿を変えた。
 否、ゾロアークの姿に戻ったのだ。
 その姿を見た途端、彼の今にもはち切れそうに怒張していた息子が、毛に覆われたゾロアークの膣内で硬さを失っていくのを感じ、彼女はけたけたと笑ってみせた。
 彼は思わず自分の息子と彼女が繋がっている部分を見つめたが、当然そこも黒灰色の毛に覆われており、繋がっている部分が僅かにそのピンク色の部分を見せつけている。
 無邪気に笑いながらテレパシーで彼へと話し掛ける彼女を見て、彼は一気に青冷めそのまま一気に怒りから顔を真っ赤に変色させていった。
 すぐさま彼は自分の萎えた息子を彼女の膣内から引き抜き、未だけたけたと嬉しそうに笑うゾロアークを見てその小馬鹿にしたように笑ってみせる顔を殴りつけた。

「痛いじゃないの。仮にもレディーに暴力を振るうのね」
「うるせぇ! 獣の分際でふざけた真似しやがって!」

 殴られても尚、彼女は頬を押さえたままそう彼に言い放ち、笑ってみせた。
 そこにはもう妖艶さはなく、悪戯が成功した子供のような邪気を多分に含んだ無邪気な笑みで笑ってみせる。
 張り裂けそうなほど口角を上げて笑う彼女を彼は容赦無く殴打し、息を切らせて殴り続けた。

「馬鹿ねぇあんた! 今の今まで善がってた相手とその感覚は本物よ? 見た目は違うけれどね!」
「糞が! ポケモンの分際で! 畜生の分際で!! 俺を弄びやがったな!」

 怒りに身を任せ、狂ったように笑うゾロアークを彼は殴り続けた。
 数分も殴り続けただろうか、流石に彼も息を切らして殴るのを止める頃には流石に彼女も笑ってはいなかった。

「気は済んだ? 騙されて、女を本気で殴って満足した?」
「何が女だ! 汚い女狐が!」
「いいわぁ・・・本性を見せたあなた。私よりよっぽど獣よ? 鏡でも見てきたらどう?」

 天井を見上げたまま彼女はテレパシーで更に彼に語り掛ける。
 ようやく冷静になってきていた彼の頭にまた血が上りそうになるが、何事もなかったかのように起き上がった彼女はそう言って風呂場の方を指す。
 いくら殴打され続けたと言ってもポケモンである以上、かなり頑丈である。
 ましてや、鍛えてすらいない普通の人間とポケモン出はその体の丈夫さは桁違いだ。
 そう言って彼女はもう一度笑ってみせると、また男は拳を振りかざして殴りかかろうとしたが、今度はそれをひらりと躱した。

「じゃ、これは殴られた分の慰謝料ってことで。じゃあね~」
「な!? おい! ふざけんな! 金返せ糞狐!!」

 一体いつ拾い上げたのか、ゾロアークは彼の財布の中に入っていたと思われるお札を既に手に持っており、それをひらひらとさせながら風のように外へと駆けていった。
 男もすぐに追いかけようとしたが、如何せん裸であるため廊下に出ることができない。
 それに対して彼女はポケモンであるため、元々裸であることが普通である以上、何の心配もない。
 結局オートロックの扉の関係もあり、彼は泣く泣く諦めて散乱した部屋で暫く呆然とすることにした。

『いち、にぃ、さん・・・ま、これ以上貰っちゃ可哀想よねぇ』

 繁華街を抜け、歓楽街も抜け、街の喧騒から離れた町外れに、人の姿に化けたゾロアークの姿があった。
 今日の稼ぎの三万円を見つめながら彼女はそんなことを考えて少しだけ微笑む。
 お金を盗んだのはトレーナーの為ではなく、彼女自身の為。
 彼女はそのお金を持ったまま、そんな町外れでも深夜の暗闇の中煌々と照り続ける二十四時間営業の飲食店へと入っていった。
 しかし、特に悪さをするわけではなく、今しがた手に入れたお金から支払い、かなり遅めの夕食を口にする。
 幻影で化けているとはいえ、その手は長く鋭いゾロアークの手であるため、箸は持ちにくいはずなのだが、器用に動かしてその牛丼を一つ空にしてみせた。

『今日の相手は良かったわね。そこそこお金も持ってたし、力弱かったし。その癖あの真っ赤な顔。ああいうタイプは好きね。弱者なら何をやっても許されるって無意識に思ってるタイプ。今度はどんな男が当たるかしらね』

 残りの小銭とお札を小さな布袋に入れて髪束の中へとしまいこみながらそんなことを考える。
 上機嫌に鼻歌混じりに跳ねるように歩く彼女は、そこが静まり返った夜の街でなければ何の不自然さも無かった。
 だがそれは人間としてであり、彼女の考え方はとてもポケモンとしては不自然だ。
 それもそのはず、彼女は野生を知らずに生き、トレーナーに捨てられたポケモンだからだ。
 きのみなど取った事も無ければ、町から出た事も無かった。
 それどころか彼女は、バトルをした事がない。
 町しか知らず、人の生き方しか知らなかった彼女はそうして人のふりをして生きている。
 しかしその生き方は売春婦と同じ、とても真っ当とは言えない生き方。
 だからこそ、彼女は今までに何人もの男を相手にして、同じように騙して生きてきた。
 人気の無い工場の前までやってくると彼女は幻影を解き、ゾロアークの姿でその工場にひょいひょいとあっという間に侵入する。
 そしてそのまま建物の隙間に入り込み、小さく丸くなって眠りに就いた。

2話 


 工場の機械が唸りを上げて動き出す。
 この振動が彼女のモーニングコールの代わりだ。
 大きな欠伸を一つして彼女は起き上がり、髪を少し掻いてから身体を伸ばす。
 ゾロアークの自慢の髪は随分とボサボサになっており、長い事手入れをされていないのがよく分かる。
 野生であれば森の中に住んでいることが普通のゾロアークは、手慣れた様子で稼働しだしたその工場の隙間から出てゆき、一瞬にして周囲の従業員と同じ姿に化け、十分に離れた所で周囲の景色を変えて自分の姿を見えなくし、工場から出ていった。
 そのゾロアークに名前はない。
 ならば野生かと言われればそれすらも疑わしい。
 トレーナーの姿は何処にもなく、居たのだとすればこれほど手慣れた様子で工場を出てゆくことはないだろう。
 まだ眠気の残るまま、彼女は町の方へと歩いてゆき、また人の姿へと化ける。
 その姿は清潔感のあるカジュアルな男性の姿。
 その姿に化けて向かったのはまたしても飲食店。
 今度は遅めの朝食を摂り、普通に代金を支払って店を出てゆく。
 その足でそのまま向かったのは公園。
 昼間の公園は子供の姿もあまりないため、木の茂みで寝るのが彼女の日課だ。
 眠っている間は幻影が使えないため、子供にちょっかいを出される事が多いので彼女はあまり子供が好きではない。
 ならば森にでも行けばいいのだが、彼女は森がどういう場所なのかも、どう過ごせばいいのかも知らない。
 以前に試しで森に入った事はあったのだが、彼女が普段見かけていたカップラーメンやレトルトカレーのような物は森の中には当然ながら自生していないため、諦めて森から出てきたのだ。
 生まれた頃は彼女にもトレーナーがおり、生臭だった故に人が食べているインスタントの食品を分け与えられて生きていた彼女は、それら人間の食べ物以外を知らない。
 そのため今もその時と同じ食生活を続けており、それに伴ってかその生活のスタイルも到底ポケモンとは程遠いものとなっている。
 夕方頃になると目を覚まし、夕暮れの町の中へとまた人に化けて紛れ込む。
 以前はスーパー等で元々食べていたインスタント食品を買い溜めたりなどしていたのだが、少し離れていた間に全部無くなって以来、今の外食店を巡る生活スタイルになった。
 夕食時には若いサラリーマンのような姿へと化けており、その見た目は傍から見れば丁度帰りか外回りを終えたぐらいの社会人そのものである。
 いくら姿を変えられるとはいえ、その仕草まで真似られるわけではない。
 しかしこのゾロアークはその仕草まで自然に出来ているため、本当に見分けが付かないのだ。
 そのため普通に入店し、普通に食事をし、お金を払って出ていくその所作の全てがあまりに自然なため誰も気が付かない。
 夕食を終えると今度は人通りの少ない裏道に入って女性の姿に化けてみせた。
 女性の姿と言っても先日の女性の姿とは違う姿だ。
 カジュアルでカラフルな服装で纏めた恰好で、顔は今度は石を投げれば当たりそうな普通の大学生のような若干幼さの残る若い女性の顔。
 歩き方や表情に至るまで、今度は見事に町に遊びに来た女学生になっている。
 これが彼女の唯一の特技で、幻影の姿では誤魔化すことのできない仕草や立ち振る舞いを自力で覚え、極自然にこなすことができる。
 その姿で向かったのは下着売り場。
 彼女の"仕事"には欠かせない武器である。
 上着を脱がせたがる男性は少ないため、先に脱ぐと言えば大抵の場合誤魔化せるが、下着ばかりはそうはいかない。
 見た目を似せることは出来てもその感触を誤魔化すことには限度がある。
 特にキスをしながら脱がせたがる男性が多いため、感覚を誤魔化すような細かい幻影の操作は他の事に意識を集中させながらやるにはあまりにも難しいため、下着だけは本物を使っている。
 彼女の収入は男の懐具合で変わってくる。
 ギリギリしかなければ男をからかって遊んだだけで終わるため収入にはならない。
 先日のように余裕のある状態の男であればホテル代を除いたお金を計算し、少し多めに貰うこともできるが、普段は一万円でも稼げれば多い方だ。
 そのため下着は必然的に質素なものになる。
 彼女がそうして男を騙し、お金を巻き上げるのは別にお金を稼ぐ方法をそれしか知らないからではない。
 最悪お金がなければ盗みを働いてもいいし、幻影の能力をフルで使えばもっと簡単に騙し取れるだろう。
 そんな彼女がわざわざ売春婦のような真似をしてお金を稼ぐのは、彼女の一つの遊びだからだ。

『どんな人間も、身体を重ね合わせる時は最も素直になる』

 どれほどその前後に様々な思惑があろうとも、逢瀬の間だけはその思惑の内には含まれない。
 本来は子を成す為の最も本能的な行為である以上、そこに意志は介入することができない。
 それが彼女が長い経験で得た答えだ。
 故に彼女は男を色目と覚えた妖艶に見せる仕草で落とす。
 とはいえ、彼女は別に男に強要などしていない。
 その男が好みそうな女性の姿に化け、本能に訴えかけるだけだ。
 当然理性でその誘いを断る男も少なからずいるが、大半は彼女と身体を重ね合わせ、そして勝手に怒り狂うか絶望する。
 誘いを断れば勿論何もせずその場で別れ、彼女に対して危害を加えようとしたりそのまま勢いに任せて最後まで致そうとしなければ彼女は特に何もしない。
 最初に「ホテル代だけは出してね」と約束をしているからというのが彼女の中での決まりだからだ。
 だがそれ以降何をされてもお金を貰わないとは言っていない。
 手を出してきた以上、それ相応の対価は貰う。
 それが彼女の決まりであり、彼女の悪戯だ。
 最も素直になるその瞬間で騙されるからこそ、その人間の本質が如実に表れる。
 己の浅はかさを悔いるのであればただ滑稽と嘲笑い、怒りや本能に任せて襲うのであれば獣以下と罵って対価を貰う。
 実に質の悪い悪戯だが、当然ながらこれがめっぽう効く。
 ポケモンと身体を重ね合わせたなど、口が裂けても言えるわけがなく、言おうものなら一瞬で変態扱いされるという事を男も分かっている。
 だからこそ男からすれば其処等の美人局やぼったくりバー等よりも質が悪い。
 誰にも愚痴れずただただ馬鹿にされ、金を取られても泣き寝入りするしかないからだ。
 そうして今日もいつものように安い下着を買い、その買い物袋を片手に上機嫌で夜の訪れを感じる繁華街へと出掛けてゆく。
 土曜日の夜はかなり実入りがいい。
 金曜日は当たりやすいが、仕事で動いているものが多いためあまりお金を持っていない男が多いからだ。
 それに比べて休みである土曜日は、見栄を張るために多めにお金を持って出かける男が多い。
 初めからナンパ目的の男も少なからずいるため、土曜日は命中率も高く収益率も高いという、彼女にとっては素晴らしい一日だ。
 路地裏に入ってから念のため周囲に幻影を生み出して下着を身に付けてゆく。
 下着だけを身に付けたポケモンというものは何とも変な光景だが、その上から幻影で化けてしまえばもう見分けが付かない。
 触れた感覚はバレてしまいそうなものだが、そこの部分は繊細な幻影の化かしの技術で誤魔化すことができる。
 そうして夜の街へと繰り出せる状態になると、彼女はまた周囲に張った幻影を解除して路地裏から繁華街へと繰り出す。
 最初の見た目は遊び慣れた感じのある、派手で露出の多い女性。
 髪束だけは誤魔化すことが難しいため髪型は長髪で固定だが、わざとカールをかけた髪型にすることにして触られにくくする努力はしている。
 逢瀬の時は髪束に触れた時の感覚と、後ろ頭を触っている感覚のずれを埋めるようにしているが、勘の良い者ならばその違和感に気付かれることも間々あるのが唯一の難点だろう。
 また身長に関してもどうしても難点がある。
 人間からすれば多少小柄な部類に入るゾロアークの身長は、人間の女性であれば同じ身長でもヒールを履く事である程度は誤魔化すことができる。
 だが彼女の場合は見た目こそ変えることができても実際の身長は変化しない。
 そのため彼女は自身のその悪戯の性質上、あまり高身長な女性に化けることができない。
 だからなのか、遊び慣れている感じの見た目なのに対してヒールは低く、顔は若干の幼さを残し、いかにも大人な対応が出来る男性を待っているような雰囲気を醸し出す。
 そしてその恰好に化けたまま暫くは繁華街をウロウロとし、今日の獲物を探す。
 彼女にとっての恰好の的が現れるまでの間はこの姿のままにし、見つけた時にその相手が好みそうな姿に変えるというのが彼女の狩りのスタイルだ。
 それまでは声を掛けられやすい恰好にし、向こうから勝手に掛かってくることを待っているのだが、当然その場合はその話し掛けてきた男がターゲットになる。
 その日は小一時間ほど歩いても目ぼしい男は居らず、久し振りに収穫なしかと小さく息を漏らしていたが、後ろから彼女の肩を叩く者が現れた。

「ねぇねぇどうしたの? こんな時間に一人でブラブラして」

 そこに立っていたのは見るからに軟派な男だった。
 茶髪にピアス、貴金属類も時計やネックレスと身に付けており、服装も全体的に着崩したいかにもチャラい男だ。
 話し掛けた時点ではいかにも好印象と言える笑顔を向けていたが、彼女の長年の感覚からその男は間違いなく女を食い漁っているタイプだと一目で理解した。

「ねえ聞いてよ~! 友達と待ち合わせしてたのにぶっちされてさ~。今ちょ~退屈してたとこ」
「マジで!? 奇遇じゃん! 俺もダチに急用入ったとか言われて今どうすっか悩んでたんだよ。どうせなら折角だし一緒に飲まない? 驕るよ?」
「えー! マジー!? チョー神じゃん! ゴチになりま~す♪」

 彼女がそう言った途端に彼の笑顔がにやりとした裏のある笑顔に変わった。
 それを見て彼女も確信し、その男をターゲットにすることにした。
 心の中で悪魔のような微笑みを浮かべていたが、表情を騙るのは彼女の方が上。
 彼が僅かに邪心を覗かせたのに対し、彼女は見事に男に釣られる軽い女を演じきっていた。
 そのまま彼の行きつけだというバーへと移動し、何杯かおススメのカクテルを口にした。
 しかし出てくる彼のおススメとやらはスクリュードライバーにルシアン、シーブリーズ、カルーアミルク、アンバサダーとどれも見事にレディ・キラーで、分かる者であれば持ち帰りが端から目的であるというのが見え透いている。
 あまり酔い過ぎれば化かしが上手く出来なくなるため、彼女は多少セーブしながらそのカクテルを飲み干してゆき、十分にはっきりとした意識でべろんべろんになっているように演技してみせる。

「なんかあたし酔っちゃったみたい~。たった数杯で酔うことなんてないのにさ~」
「俺と飲むのが楽しいからだろ? でも流石に酔い過ぎだな。マスター、この子送ってくからお勘定お願い」

 そう言ってベタベタと彼に寄りかかってみせ、本心が隠せなくなった彼の顔を眺めながら大袈裟にフラフラと肩を貸してもらいながら店を出ていった。
 送ると言っていたが、今日出会ったばかりの女性の住所を聞くなど有り得ない。

「大丈夫か? ちょっとホテルにでも泊まっていく?」
「うん~そうする~」

 酔っているのをいいことにあからさまに彼女を誘導してゆく。
 だが彼は気付いていないがこれは完全に彼女の狙い通りであるため、心の奥底では既にけたけたと笑っていた。
 こういうタイプの男は彼女の経験上、大体が二タイプに分かれる。
 先日の男同様、正体を明かした瞬間に激昂してボコボコにするタイプか、劣情に任せて最後まで事だけは済ませるタイプかだ。
 どちらのタイプでも日頃いい顔をしている時は、それこそ周りから"良い人"と微塵も疑われる事無く評価されているだろう。
 そんな男が本性を顕にした瞬間は彼女にとってこれ以上ない程の娯楽となり得る。

『楽しみね。この人はケダモノか、それともただの盛った雄なのか・・・。ああ、ワクワクして思わず濡れちゃいそう』

 ゾクゾクとするような震えに似た快感を味わいながら、彼女は男の肩にしっかりと寄りかかっていた。
 当然のように男は繁華街から離れてゆき、まっすぐにラブホテルへと向かってゆく。
 借りた部屋へと彼女をそのまま連れ込み、優しく介抱するようにして服の上から彼女の胸を触る。

「ちょっと・・・もう・・・」
「どうしたの? こういうの嫌だった?」
「嫌じゃないけど・・・」

 口でこそ嫌がっているが、身体は完全に委ねている。
 彼から見れば彼女は既に落ちているように見えただろう。

「ならいいじゃん。ほら、気持ち良いでしょ?」

 彼女の唯一幻影ではないブラジャーの中へと彼の手が入ってゆく。
 ゾロアークにしては多少膨らみのある胸ではあるが、それでも豊満な胸を持つ女性には遠く及ばないだろう。
 だが柔らかな体毛で覆われた彼女の胸には独特の肌触りがあり、幻影の感覚を誤魔化す能力と合わさって彼にとって肌触りはそれこそ夢見心地だろう。
 面白いほどに彼女の思い通りに事が進んでいたこともあって、彼女は既に少し興奮気味だった。
 長過ぎず短過ぎない体毛の中からピンと起った乳首が独特の固さを主張しており、彼もそれに気が付いたのか執拗に指で彼女の乳首を弄ってゆく。
 人差し指でクリクリと細かく円を描くように動かしたり、軽く指を引っ掛けてからカリッと弾くように引っ張る。
 流石に手慣れているだけありその乳首だけで女性を喜ばせる技術は高く、彼女も思わず普通に愉しんでいた。
 すると彼女も気付かないぐらい自然にパンティーの中へともう一方の手が滑り込んできており、その指先が彼女の割れ目を目指して下ってゆく。
 彼女の勃起したクリトリスに触れると、優しくこねくり回し、更に彼女に快楽を与えてゆく。

「待って、待って! せめて・・・服脱いでからにして」
「いいね。素直な子は大好きだよ。電気は消す?」
「そのままでいい。でも先にお風呂入りたい」

 彼の身体を手で軽く押して遠ざけ、顔を紅潮させる。
 その表情と言葉に彼も完全にその気になったと確信したのか、ニヤリと微笑んでからゆっくり彼女から離れた。
 恥ずかしそうにしながら先に風呂場へと移動し、しっかりと錠をしてから幻影を解いた。
 彼女の言葉から出た中で、『お風呂に入りたい』という言葉だけは本音だった。
 ここ数日まともに水浴びすらできていないため、流石に体臭が獣の匂いになりつつあったからだ。
 フレグランスは時折購入して、毎日大事に使ってはいるが、所詮は後からの香り付けである以上限界がある。
 故に自分がばらす前にバレることを防ぐためにもその匂いを消しておきたかった。
 頭から暖かいシャワーを浴び、備え付けのシャンプーを多量に手に取る。
 そしてボサボサになった毛髪や体毛をしっかりと洗って臭いを落としてゆく。
 最後に奇麗になった身体にくまなくドライヤーを当ててから、彼女のもう一つの武器出る小瓶を手に取った。
 その小瓶はフレグランス。
 いつもは髪の中に潜ませており、自身の体臭が気になり始めたら振りかける秘密兵器のような物だ。
 洗剤の香りとフレグランスの柔らかな花の香りで彼女の獣臭さは完全に打ち消され、その上から更に幻影を重ねれば嗅ぎ分けられても彼女の正体はバレないだろう。

「おまたせ。あなたもお風呂どうぞ」

 見た目こそまるで完全に酔いが覚め、その気になった女性であったからか、彼も何の懐疑心を抱かずに風呂場に消えていった。
 前回はじっくりと男の手持ちの金を吟味する時間が無かったため、半ばスリのような手口で金を盗んだが、今回は余裕がある。
 だが残念なことに財布には余裕はなさそうで、手持ちのお金はこのホテルの費用を除けば二万円もないだろう。

『まあ仕方が無いか。明らかに遊び慣れてるし、日頃からああやって女を引っ掛けてるんならお金も貯まらないでしょうしね。でも千円は先に保険掛けしておきましょ♪』

 手持ちに余裕が無い事を確認した上で、どうせなにかしらしてくるだろうと踏んだ彼女は先に財布から千円札を一枚抜き取って、自分の財布へと仕舞い込んだ。
 普段ならば先に報酬を貰うような真似はしないが、彼女は彼から何処となく抜け目なさを感じ取っていた。
 手慣れているからこそお金目的の女性にも多く当たっていただろう。
 故にバーで飲んでいた時から、彼は彼女の一挙一動をしっかりと目で追っていたことを見逃してはいなかったからだ。
 もしも端から彼女の狙いがお金だけだったのであれば、彼は決して風呂に入ることを許さなかっただろう。
 一応の彼女の目的はセックスをすることであったため怪しまれなかったのだろう。

「お待たせ。それじゃ、続きを愉しもうか」
「もう! ちょっと待ってよ! あん・・・」

 風呂から出てきた彼は若さに満ち満ちた逞しい体だった。
 筋骨隆々とまではいかないが、贅肉も無く筋肉のラインが目立つその体は普通の女性であれば十分男性を感じるだろう。
 そんな彼は風呂から上がるなり、ベッドで少しゆっくりしていた彼女の元へ歩みより、少しずつ元気になってゆく息子を見せながら彼女の横へと座り、彼女の胸に触れた。
 軽く抵抗しようとした彼女の口に彼はすぐさま自分の唇を重ね合わせてキスをする。
 元々抵抗する気などなかったが、抵抗が弱まったのを確認すると彼は胸を優しく揉みながら彼女の舌と自分の舌を絡め合わせてゆく。
 ディープキスをしたまま彼が後ろ手を回して逆の胸を揉もうとしたため、それだけは振り払って怪しまれる前に身体をベッドに預ける。
 仰向けに倒れこんだ彼女に連れられるようにして彼も彼女の上に覆いかぶさるような体勢になり、両の手で優しく胸を揉み、そして彼女の腹部を優しく愛撫する。
 ずっとディープキスをしていた口が彼女の口から離れ、そのまま空いた方の乳首へと吸い付き、舌先で乳首を弄り始めると彼女も嬌声を上げ始めた。
 当然快感は彼女も感じてはいるが、その嬌声は心の底からのものではない。
 彼を更に興奮させるために発しているテレパシーだ。
 もしも本当に彼女が快感に溺れているのならば、上げる嬌声は人のものではなくゾロアーク本来のものとなる。
 故に彼女は弄ばれ過ぎないように男をコントロールしてゆく。
 絶対にその快楽そのものを全力では愉しまないようにし、ほどほどに自分も気持ち良くなったところで彼を目的の場所へと誘導してゆく。

「ねえ・・・挿れて? 私のココ、もうこんなんになっちゃったから・・・」
「へえ、以外と君って変態なんだね。じゃあちょっと待って。ゴムを付けるから」

 彼の手を取って彼女の秘部へと誘導し、濡れていることを確認させる。
 ニヤリとした笑顔を浮かべて彼はコンドームを取ろうとしたが、その手を捕まえて彼の視線を彼女へと向けさせる。

「今日は安全日だから・・・生でいいよ」

 多少葛藤はあったようだが、その言葉は彼にとって甘美だったようだ。
 今日拾った女性ならば例え孕ませたとしても責任逃れもできるだろうという浅はかな算段を経て、彼は嬉しそうに自分の息子を彼女の割れ目へと押し当てる。
 ぬるぬると彼女の花弁の表面を彼の息子が滑る度、彼女のクリトリスも刺激され何とも言えない快感が奥の方から続々と沸き上がる。
 数度入り口をストロークした後、言葉もなく彼の息子が彼女の花弁を押し広げながら中へと侵入してゆく。
 熱した鉄棒のような彼の息子が彼女の中を押し広げ、その存在感を示す。
 その刺激に思わず彼女は甘い息を漏らすが、彼女の中の快感は相当なものなようでかなり遊び慣れている彼も思わず言葉を失っている様子だった。
 グイグイと彼の息子が突き進んでゆき、彼女の最奥へキスをしたことが分かるじんわりと広がる痺れのような快感に彼女は思わず腰が浮きそうになる。

「動かすよ?」

 まだその余韻に浸っていても良かったが、あまりそのままでは普通に幻影が解けてしまいそうだったため、彼女は顔を反らしたまま羞恥を含んだ表情で手で顔を押さえながら頷く。
 返事を聞くと彼女の中で存在を主張し続けていた彼の息子が一気に引き抜かれ、ジュプンという音と共に一気に奥まで突きこまれる。
 それには流石の彼女も思わず本当の声が漏れそうになったが、必死に我慢した。

「ねえ、可愛い顔を隠さないで。よく見せてよ」

 そんな甘い言葉を投げかけながら、彼は彼女の腕を優しく引き剥がす。
 顔が見えるようになると同時に彼はゆっくりと腰を動かし始め、リズミカルにピストンを繰り返してゆく。
 的確に彼女の気持ちの良い所を突いてゆく彼の息子の効果は抜群で、とてもではないがいつものように彼の絶頂前など待っていれば先に普通に幻影が解けてしまう程の快楽を受けることになるだろう。
 彼女が彼がイク直前で正体を明かす理由の一つでもあるが、彼女が絶頂に達してしまえば流石に幻影を保ち続けることができない。
 そうなる前でなければ少しの間動けなくなるため、激昂した相手に最悪の場合絞め殺されることもあるだろうからだ。

「じゃあ、見て。私の可愛い顔」

 少しずつピストンを速めてゆく彼の突きで声が揺れながらも彼女はそう言い放ち、彼の手に自分の手を添わせる。
 彼がそれに気付いて彼女の顔を見つめた瞬間、彼女は幻影を解いた。
 少しの間、何が起きたのか分かっていないのか彼はピストンを続けていたが、その動きは次第にゆっくりになってゆき、完全に止まった。

「へっ?」
「どう? あなたの予想通りの可愛いお顔だったかしら?」

 押し寄せる快楽で暫くの間表情を作ることが難しかったが、それでも彼が浮かべる間の抜けた表情とその気の抜けるような声はそれだけでいつものように嘲笑うには十分過ぎる材料だった。
 いつものようにけたけたと笑って見せ、今の今まで必死に腰を振っていた彼の息子がみるみる内に圧を失ってゆくのが分かる。
 ここまでは大抵の場合いつも通りである。
 後はここから彼がどういう行動に出るのかが楽しみで仕方なく、彼女の笑顔は自然に口角が吊り上がってゆく。

「あー・・・えー・・・うん・・・お疲れ様です」

 息子どころか彼は完全に先程までの勢いを失い、違う意味で遠い世界へと旅立っていた。
 いつの間にかするりと抜け落ちていた彼の息子には完全に力が無く、放心したかのように遠くの世界を見ながら彼は脱ぎ捨てた自分の服をゆっくり一枚ずつ着直してゆく。
 あまりにも予想外の反応に思わず彼女は笑いが堪えきれなくなり、本来の声で心の底から噴き出すようにしてゲラゲラと笑った。
 結局その後も彼は放心したまま着替えを終え、賢者のような無表情のまま静かに部屋を出ていった。
 彼女はその間も一頻り笑っていたが、ようやく笑い疲れて一休みした時に気が付いた。

『あっ、特に何もされてないのにお金貰っちゃった』

 そう思い出して心の中で呟き、多少の罪悪感は抱えたものの、その感情もあまりにも滑稽だった彼の顔が不意に思い出されたことで吹き飛んでしまった。

3話 


 ゴウンゴウンという大きな音と振動に揺られ、彼女は目を覚ました。
 賢者として目覚めた彼との逢瀬から数日、この所は悪戯をしようにもあの顔を思い出して笑ってしまうため、暫くはただ町をブラブラとするだけの日々が続いていた。
 その日も目を覚ましてからすぐにいつものように工場を抜け、町で朝食を摂っていたが、そこで財布の中身が既に風前の灯火となっていることに気が付く。

『流石にもうそろそろお金を貰わないと駄目そうね。生きるためだし真面目にやんないといけないわね』

 小銭だけになった財布の中身を見つめて一人気合を入れ直し、割と切羽詰まった状況とは裏腹に軽い足取りで繁華街へと出向いた。
 というのも、以前もこんな状況になった事があるため、焦りは禁物だという事をよく分かっているからだ。
 彼女にとっての食事の手段はこの人間臭い方法以外には知らないため、無一文になった時は今以上に切迫した状況だった。
 明日をも知れない身となり、最後まで正体をひた隠しにし、それこそただの売春婦と同じような身売りを行う事で何とか大金を得ることは出来た。
 だがそれは彼女の矜持に反する。
 彼女の悪戯はあくまで生きるためよりも人間の滑稽さを嘲るためのものである。
 その嘲る対象から金を恵んでもらうために自分もただの獣に成り下がったのでは本末転倒、というのが彼女の考えだったからだ。
 あくまで彼女は一匹のゾロアークであり、彼女にとって人間の男はそのポケモン以下の存在であるとしか考えていなかった。
 だからこそもう二度と身売りのような真似はしないと心に誓っていた。
 彼女の悪戯の対価はその滑稽さを暴露させることであり、それ以上を求めた事に対する金銭でしかない。
 そう位置付けたのは、彼女自身が自分という存在を護るためだったのだろう。

『今日もあんまり目ぼしい人が居ないわね。残念』

 お金が目的であるため、今回はあまり着飾った姿には化けず、自然な服装の女性に化けて、ガードレールに軽く腰掛けたまま周囲を見渡す。
 陽が完全に沈み、外灯の明るさと酔いの回った一団の喧騒を横目に、彼女はただ只管今日の相手を探す。
 だがようやく見つけた相手も中々にガードが固く、今日は断られることが多かった。
 繁華街で待ち続けても仕方がないと彼女は考え方を変え、歓楽街の方へと場所を移した。
 それに伴って姿も清楚な感じから遊び慣れた感じに変え、声を掛けられやすいようにする。
 ここでも目ぼしい相手を誘おうとするが、二時間ほど歩き回って成果なし。
 彼女としては珍しく、相手を見つけても命中率が芳しくない。
 流石の彼女も主目的を変えてしまったためか、多少の焦りが相手にも気取られたのだろう。
 あまりにも露骨すぎれば相手は裏があることを警戒する。
 警戒されてしまえば手を変え品を変えようとも相手の関心を引く事は難しい。
 闇雲に歩き回ってもただ腹が減るだけであるため、暫くその賑やかな通りをゆっくりと眺める事にした。
 彼女の目の前を通り過ぎてゆく人達は正に多種多様に見えるが、彼女にはそうは見えていない。
 会社帰りで笑顔を浮かべ肩を組んで歩くスーツ姿の一団や、笑い声や奇声を上げながら歩いてゆく大学生のような男女数名ずつの一団に、見るからに怪しげな雰囲気の妙にしっかりとした服装で纏まった男女一組等々・・・
 その様相は様々なはずだが、単独で行動していない男以外には興味がないため、その浮かれきった様子など眺めても何の感慨も浮かばない。
 もうそろそろ時間も明日になろうという頃、流石にここまで全く成果の上がらなかった彼女は諦めて帰ろうかとしていたが、遠くに見える一人の男が目に留まった。
 その男は明らかに夜の歓楽街へと繰り出すような雰囲気ではなかった。
 チャラチャラとしたナンパ目的の男ではなく、かといって初めから風俗店を利用するためにやって来たようなスーツ姿の社会人や陰湿そうな雰囲気を醸し出す小太りの男でもない。
 しきりに周囲を見渡し、小動物のような警戒の仕方をするその姿は間違って迷い込んだとしか思えず、遠目からでもこの通りでは浮いた存在となっている。

『なにかしら? 初めて見たわあんな感じの男。ちょっと興味あるわね』

 既に金銭を諦めていたこともあってか、彼女は純粋な好奇心からその男性に少し近付いて様子を観察してみる事にした。
 普通に見える距離まで近づいてから彼女が彼に抱いた感想は、背恰好は至って普通であり、髪も染めた様子も無ければセットした様子もない、所謂何処にでもいそうな無害な一般人といった所だった。
 故にこの時間のこの通りでは異質そのもの。
 何故にその異世界へと迷い込んでしまったような青年がそこに居るのか追いかけていると、丁度良く理由を知る機会が訪れた。

「そこの兄ちゃん! ちょっと寄ってかない? サービスするよ!」
「あ、いや・・・その・・・大丈夫です」
「そう言わずにさ! 物は試しだよ? 寄ってってよ!」
「いや・・・本当に大丈夫です。失礼します」

 その受け答えは慣れていないなんてものではない。
 夜のお店の多少強引なキャッチ如きで怯んでおり、足早に逃げてゆく。
 どう見ても迷い込んだという印象なのだが、かと言ってその通りを離れようとはしない。

「ねえねえお兄さん暇? あっちにいい店あるんだけど」
「いや! その・・・大丈夫です!」

 折角向こうから話しかけてくれたというのに、チャラチャラを超えて多少ギラギラとした見た目の女性の姿を見るなり、ゴーストタイプかと思う程急いでそのギラギラした女性から離れてゆく。
 若干人の減っているただの雑居ビルの前で止まると一息つき、しかし少しだけ残念そうな表情を浮かべている。
 その明らかに場慣れしていないのに離れようとはしない様子を見て、遠巻きから見ていただけの彼女の中に何とも言えない感情が浮かび上がってきた。
 ウズウズするような、見ているだけで顔がにやけてきそうな、一般的に嗜虐心と呼ばれる感情の正体に気付かないまま、彼女の行動ははただの好奇心から明確に今日のターゲットを決めた動きへと変わった。
 だが様子を見る限りあまり遊び慣れた様子では彼は避けるだろう。
 そこで彼女も一度路地裏へ消え、見た目を一般的な清楚な姿よりも顔立ちは整っているものの地味な印象を受ける見た目へと姿を変える。

「すみません。大丈夫ですか? あまり体調が優れていないように見えますけど・・・」

 彼の後ろから不意にそんな優しい女性の声が聞こえ、彼は振り返った。

「え? あ、えっと・・・大丈夫です」

 彼としてはまた先程と同じような女性が立っているものだと思い込んでいたのか、随分と怯えた表情で振り返ったが、そこにいたのは自分と同じようなこの場には似つかわしくない女性だったため彼は思わず普通に答えた。
 彼から見た彼女の雰囲気は彼女が幻影をそう作った通り、地味で控えめな女性として受け取ったようだ。
 似たような匂いを感じたからか彼の警戒心は一気に和らぎ、普通に話すようになった。

「どうしたんですか? こんなところで」
「え!? いやー・・・そのちょっと、まあ・・・」

 彼からすれば彼女は派手めな女性から逃げるために冷や汗をかいていただけだったため、そのまま少しの間は体調は優れていると話し、医者が必要ではないことをしっかりと伝えたが、その後の彼女のあまりにも純朴な瞳で答える瞳に動揺していた。
 少なからず自分と似た雰囲気を感じる女性に対して、とてもではないが童貞を卒業するために決心してこんな場所へ来たとは言えず、顔を赤くして言い淀む。
 そのあまりの純粋さに思わず顔がにやけそうになるが、彼女はその気持ちを必死に押さえ付けた。
 このタイプの男性は今まで彼女が化けてきた姿ではそもそも出会う機会も無かったため、今まであまり興味がなかったが、その様子で俄然興味が湧いたこともある。

『この男は騙されたと分かった瞬間、どんな風に豹変するのか見てみたい』

 嗜虐心からか、彼女の中には寒気にも似たゾクゾクと背筋を滑るような感覚が襲い、思わず武者震いしてしまう。

「ち、因みにあなたはこんなところで何を?」
「私ですか? 私は・・・まあ、多分何となくですけど、似たような理由だと思います」

 自分の返答をはぐらかす為だろうが、彼は彼女に対して質問を返してきた。
 それに対して彼女は敢えて言葉を誤魔化し、ほんのり恥ずかしそうな表情をしてみせる。
 途端に彼の目は泳ぎだし、虚空へ向かって返事をする。

「実は・・・正直、こういう場所も・・・そういうこともあんまり慣れていないんですけど、このままじゃ駄目かな・・・って思って」

 彼女はそんな感情を悟られまいと無駄な努力をする彼に対して、頬を紅潮させながらそんな言葉を投げかけた。

「分かります! 流石に周りの奴等も経験してるし、そういう話も増えてきてたこともあって・・・」
「話題は合わせたいけど、何となく恥ずかしいですもんね」

 彼の表情はぱあと明るくなり、先程までとは違って随分と饒舌になる。
 彼女は一言も処女を捨てに来たとは言っていない。
 彼の受け方一つで千変万化する都合の良い言葉しか投げていない。
 なのにも拘らず既に彼は彼女に何かしらの同族意識を抱いているのか、聞いてもいないことを次々と教えてくれた。
 こうなればもう彼女としてはしてやったりといったところだ。
 適当に共感しつつ相槌を打ち、楽しく雑談を続けてゆく。
 そして分かった彼の人となりは、絵に描いたような普通の人だった。
 そこそこ友人はいつつも性にあまり開けてなかったということもあって、大学生までそういう話題自体を避けてきていた。
 なんとなく大学生になればそういう浮いた話題も自分の元に勝手に舞い込んでくるのではないかと考えていたようだが、当然そんな甘い話は無い。
 周囲の友人になった人達はサークルや課外で積極的に異性へコミュニケーションを取りに行き、恋仲になったりただ肉体関係だけを交わしたりなどしていた。
 そんなこともあり、サークルでの飲み会などで必然的にそういう会話も増えてゆき、ようやく焦りを覚えて今に至るということだった。

「そういうことでしたら・・・ホテルの代金だけ出していただけるなら・・・一緒にしてくれませんか?」

 彼女はそう羞恥心を多分に含んだ様子で、言葉をぼかしつつ彼に伝える。
 そういうことが慣れていないこともあってか、彼は目を丸くして驚いていたが当然これを逃す機会はないと見事に食いついてきた。
 思いもよらず彼女も純情な乙女を演じる事となり、まるで初夜のような初々しさを見せていたが、それに対する彼の反応は優しく、そして本物の初々しさがある。
 軽く手が触れるような距離で歩き、手を繋ぐべきか否か迷っているような触れては離れを繰り返す彼の手を感じ、慣れているはずの彼女まで思わず本当にドキドキと心臓の音が高鳴る。
 存在だけは知っていたラブホテルへと辿り着くと、まじまじとパネルを見つめながら適当な部屋を選ぶ。
 たどたどしさや時折見せる彼女を気遣う彼の優しさに彼女の嗜虐心は更に刺激され、思わず悪い顔が表に出そうになってしまう。
 部屋に入ると彼はまるで観光地にでも訪れたかのように部屋の中を見回すが、当然ながら主目的が違うだけでただの宿泊施設であるため珍しい物はほぼ無い。
 色々と興味津々に見て回る彼の顔は正に虫でも探す少年のようだが、色々と邪な想像もしていたのか少しだけ前傾姿勢になっている。
 その間彼女は静かにベッドに腰掛けていたが、このまま何も始まらなければそれこそただ泊まりに来ただけになってしまう。

「ねえ・・・ジュン君。さっきお風呂があったから先に入ってもいい?」
「え、あ! いいよ! ゴメンね!」

 二人が移動を始める前、彼は彼女にジュンと名乗っていた。
 名前を聞かれることは以前からあったため、何時も適当に思い付いた名前を名乗っており、今回はミカと名乗ることにしていた。
 彼女にとって名前はあまり意味を成さない。
 名を与えてもらえなかった彼女にとって、それは相手を騙すための道具の一つでしかないためあまり思い入れというものが無いのだ。
 しかし相手の名前を呼ぶ事は時に相手を信用しやすくし、そしてセックスの際に相手を興奮させる道具としては良い手とは認識していたため、彼女は早速彼の名前を口にして恥ずかしそうに風呂場の方を指差す。
 すると彼もどうせ今から互いの裸を見るというのに何故か風呂という単語を聞いた時点で顔を反らし、そちらを見ないようにしている。
 思わず今この瞬間に変身を解いてみた時の反応も見て見たいという悪戯心が働いたが、この日も暫く風呂に入れていなかったこともあって体臭が気になり始めていたため、素直に風呂を頂く事にした。
 さっぱりとした後はきちんと身体の水気を飛ばし、裸の姿へと化けてからタオルケットを巻き、風呂から出る。

「ごめんなさい。先にお風呂戴きました。ジュン君もどうぞ」
「あっ! はい! 戴きます!」

 相当悶々とした感情が募っているのか、風呂から出てきた彼女が見た時、彼は虚空を見つめたまま真顔でベッドに腰掛けていた。
 しかし彼女の声を聞くと軍隊ばりの良い返事をし、さっと起き上がってからすぐに風呂場へと消えていった。
 彼女からすると今まで見た事のない反応を見せる彼は、その一挙一動を見るのがあまりに心地良く、それだけで軽く体の奥底から快感が沸き上がっていたが、今はただ純潔な乙女を演じ続ける。
 シャワーを浴びる音が聞こえ始めてからはいつものように今回の男の懐事情を探るが、今回は思いがけない結果となった。
 財布の中には今まで見た事も無いような額のお札が入っており、彼なりには相当努力をするつもりで来ていたのがそれだけでも窺える。
 このご時世に事前に調べることもしていないのはいただけないが、そのあまりの純情さは彼女の悪戯や嗜虐心とは別に何か母性のようなものさえ彼女の中に芽生えそうになっていた。
 そのまま静かに彼が出てくるのを待つ事十数分程、出てきた彼も腰にタオルを巻いていた。
 体格自体は正直悪くはなく、かといって男らしさを感じるほど逞しくもない極々普通の青年だった。
 性に明るくなければ特にモテたいという理由で鍛える必要性が無いせいなのか、はたまた単にインドア派なだけなのかは推し量れないが、かといって無駄に贅肉を蓄えているわけでもない。
 ぎこちなく風呂から出てきた彼はそのまま彼女と大分距離を空けてベッドに腰掛け、未だ自分から事に移ろうとはしない。
 ここまで来ると純情だとか奥手だとかの域を超えてしまうが、慣れていない上に本人に自覚は無いが初めてのナンパにベッドインまで成功してしまっているが、それが原因でまだ全く心の準備ができていなかった。

「ねえ・・・ジュン君。そろそろ・・・シない?」
「ハ、ハイ!!」

 流石に彼女の方がこの状況を見かね、自分から動いた。
 彼女が連れ込む男など彼女が何もしなくても勝手にリードするどころか、時には後ろから襲い掛かってくるようなこともあったが、自分が主導権を握ることなどなかった。
 故にこればかりは彼女も本当に初めての経験となる。
 ゆっくりと距離を詰めていき、彼の手に自分の手を重ねてから彼に言葉を投げかけると、背筋をピンと伸ばして明後日の方向へ返事をした。
 手が触れているだけで心臓が高鳴ってゆくのを感じる。
 いつもリードされていた彼女にとってもこの先どうするべきか分からず、思わずそのまま時が止まってしまうが、彼の息子がタオル地を持ち上げているのが目に留まった。
 触れていた手をそのまま撫でるようにずらしてゆき、タオル越しに彼の太腿を触る。
 仏像にでもなってしまったのかと思う程彼は全く動かないが、それが寧ろ興奮させる。
 行為そのものがまるでいけないことをしているような気分にさせ、思考を鈍らせてゆく。
 太腿に触れていた彼女の手がそのまま少しずつ内側にずれてゆき、彼の息子に僅かに触れた。

「はぁあ・・・あぁ!」

 息を吐くような切ない声。
 反りきっていた彼の身体が逆に内側に曲がりこむ。
 ただタオル越しに触れただけでも彼には恐ろしい快楽の大波だった。
 誰に言われたわけでもないが、彼女はその折れ曲がってきた彼の唇に自分の唇を重ねた。
 唇と唇だけが触れる、まるで恋人同士が躱すようなキス。
 その感触を味わうかの如く静かに彼は瞼を閉じてゆく。
 一つだけ残念なことがあるとすれば、正確には触れているのは幻影の彼女であり、人とは違う長く細いマズルの先端と唇であることだろうか。
 しかし騙していたとしても、彼女にとってもその純情なキスは案外心地良く、高鳴ってゆく心音の割には心の中は静かになってゆく。
 体の中から飛び出してしまいそうな心音だけが響き、ただ静かに唇を重ね合わせていた。
 荒くなった鼻息が掛かり、彼女の鼻先をくすぐり、それに応えるように彼女の鼻息も彼の顔に掛かる。
 普通ならバレてしまいそうだが、彼は初めてのキスに夢中で気が付いていない。
 何分程唇を重ねていたのかは分からないが、またしても彼女の方から唇を離した。
 ゆっくりと目を開いた彼はようやく彼女の瞳を見つめ、そっと彼女の胸へと手を伸ばす。
 タオル越しに彼の手が彼女に触れ、触れただけでも分かるほどの心音を彼へと伝える。
 とてもぎこちなく、しかし今まで触れられた中でも特段に優しく触れる彼の手はとても心地良かった。
 胸に触れる彼の手に自分の手を重ね、もう一方の手でタオルケットを剥がして直に彼の手を自分の胸に触れさせる。
 彼の手に合わせるように、そしてぎこちなさを打ち消すように彼女は自分の手で彼の手を動かし、ゆっくりと円を描きながら胸を揉ませてゆく。
 すると彼はもう一方の手を伸ばし、そっと彼女の肩に置いた。
 てっきり両方の胸を揉むのかと思ったが、そうではなくただ優しく彼女の身体を支えたかっただけのようだ。
 彼の表情に余裕はない。
 初めての情事だというのに笑顔はなく、真剣そのものだった。
 だからこそその優しさと真面目さが心地良く、彼女に行為を緩やかに進めさせてゆく。
 彼女の肩に触れる彼の手に応えるように彼女も彼の肩に手を置く。
 そして柔らかく揉みながらもう一度唇を静かに重ねた。
 そして彼女から先に彼の唇を舐め、下を迎え入れるように促す。
 それに応えるように閉じていた口が開き、彼女の舌に応えるように彼の舌が彼女の唇を舐める。
 互いの舌がぎこちなく触れ合っては離れてを繰り返しながら少しずつ舌を絡め、彼女にとってのいつものキスへ近付いてゆく。
 その間に彼の手を揉ませていた彼女の手は離れ、まだタオルを巻いたままの彼の股間に太腿からなぞるように触れてゆく。
 布と肌の境目を手探りで探し、そのまま辿って開かれたまたと布の間に手を伸ばす。
 彼女の爪先に彼の息子が触れると彼の身体が軽くビクンと跳ねる。
 それに伴って彼の舌と彼女の手の動きをトレースして動き続けていた腕の動きが止まる。
 ゆっくりと一度顔が離れ、彼はようやく自分から巻いていたタオルを剥ぎ取り、彼のいきり立った息子を彼女の目に初めて見せた。
 大きく反り返り、立ち上がったその息子は逞しく、何もしていなくてもゆらりゆらりと揺れ動くほどに興奮している。
 それを見せられてか、彼女も自分の途中まで剥がしていたタオルを全て剥ぎ取り、下半身を露出させた。
 互いに相手の秘部をまじまじと見つめた後に、彼女は先に彼の息子を包み込むように掴み、小さく呻き声を上げさせる。
 触れる手よりも熱いその息子を手全体で触れると、お返しと言わんばかりに彼も自分の手を彼女の花弁に触れさせた。
 既に湿り気を持った花弁からはクリトリスがちらりと見えており、彼も多少なりは手に入れていた知識で彼女の小さな赤い豆を優しく触る。
 ビリビリト痺れるような快感が押し寄せ、彼女は思わず声を出しそうになったが、それを何とか抑えてテレパシーで快感の吐息を漏らす。
 互いに優しく触れ合っていただけだというのに、彼女にとってその一時は他の手慣れた男達よりも心地良い時間に感じていた。

「ま、待って・・・! 流石にそれ以上弄られたら、出ちゃいそう」

 久し振りに彼が口を開くと、そんな言葉が出てきた。
 既に大分限界が近かったのか、すぐさま彼は彼女の手を押さえて自分の息子を触らせることを止めさせた。
 随分と長い間二人で前戯を愉しんでいた気がするが、時間は然程経ってはいなかった。
 一度休憩を挟むために軽い休憩を挟んだが、身体の火照りが治まる気配が一切ない。
 それどころかその間に股間が疼き、彼女の花弁からはじわじわと蜜が溢れていた。

「ねえ。折角だし、最後までシたいな」

 そう言って彼女は自分から身体をベッドに預けた。
 こんな気持ちは初めてだろう。
 早く続きを愉しみたいと、このセックスそのものを心の底から望んだことは一度もなかった。
 彼になら身体を預けてもいいと思えたからこそ、本心からそう言い放ったのだ。
 音が聞こえそうな勢いで彼は生唾を飲み、意を決して彼女の足元に立った。
 彼としてはまだ聞いただけで試した事のない前戯を体験したかったが、目の前の光景を見てそんな考えは霧散する。
 獲物を狙う豹のように静かにベッドに両手を付き、彼女の上に覆いかぶさってゆく。
 そして自分の息子を軽く持ち、彼女の花弁に軽く押し当てる。
 熱く湿り気を帯びた花弁に彼の亀頭が触れると、それだけで刺激が溢れるが、必死に我慢した。

「や、やっぱりゴムを!」
「大丈夫。大丈夫だから、早く頂戴?」

 ほんのり沸き上がった理性からか、それともギリギリになって怖じ気づいたからか、彼は予め準備していたコンドームを手に取ろうとしたが、それを止める彼女の表情で押し留まってしまった。
 一度息を整えてからもう一度息子を彼女の花弁へと押し当て、グイと力を籠めると呑み込まれるようにして彼女の中へと滑り込んでいった。
 あまりの衝撃に全ての思考が真っ白になるほどの衝撃。
 彼が体験した衝撃はそれほどまでに凄まじかった。
 終始優しかった彼の息子が、初めてだと思い込んでいる彼女の中へ殆ど根元まで挿入されているところを見ても、そこにまで気を回す余裕が一切なかったのが窺える。
 その後もただ入っているだけで彼は短く息を吐き続け、必死に快感に耐えているようだった。
 彼女としても彼がいきなりそこまで突っ込んできた事は予想外だったが、それでも今までで一番彼女の中にある息子の熱と形をはっきりと感じ取っていた気がする。
 しかしそのまま待っていても彼が腰を動かす様子はなく、ただただ挿入しただけで限界を越えそうになったまま絶えていたようだが、流石にこれは彼女としては物足りない。
 そこで彼女は不意に下から彼の腰へ自分の腰を打ち付けた。

「はあぁ!? 待って!!」

 不意に訪れた快感は彼の想像を遥かに超えており、たった一回の意識外のピストン運動は彼の視界をちらつかせた。
 だが彼女は待たないとでも言うように腰を軽く浮かせて彼を更に最奥へと誘う。
 何度か彼は同じように彼女の動きを止めてもらうように懇願していたが、遂に深く息を吐きながら身体をビクンッと後ろへ反り返らせた。

「ご、ごめん・・・中に出しちゃった・・・」

 軽く腰を動かす彼女に向って、彼が息を切らせながら言った。
 その言葉は彼女にとってあまりにも意外で、とても現実味が無く感じられた。
 ズルリと引き抜かれた彼の僅かに元気を失った息子の先端からは白濁色の液が溢れており、確かに射精してしまった事を物語っている。

「あ・・・出しちゃったんだ。まあさっき言ったけど、今日は私、大丈夫だから」

 あまりの事に彼女は何とも言えない表情のまま申し訳なさそうにする彼を見つめた。
 とはいえまさか幻影を解く前に果ててしまうとは予想していなかったため、少々彼女も困っていた。
 このままもしも彼が満足してしまったり多少の罪悪感を感じてしまえばそれでもう今日は終わってしまう。
 彼女の目的はあくまで彼女との性交渉に応じた男の滑稽な姿を見る事であり、行為そのものは目的ではない。
 ようやく興奮しきっていた脳内が静まってきたこともあってか、彼女は考えていたことがしっかりと纏まるようになっていたため、何とかして目的を果たすことを思案する。
 どうするべきか悩んでいたが、結局彼女はそのまま身体をもう一度ベッドに預け、彼を迎え入れるように大きく手を広げた。

「そのまま続きをしよう? ジュン君が満足するまで」

 彼女のその言葉と一度は出してしまったという思いからか、彼の理性はようやく振り切れた。
 童貞を卒業したばかりであり、更にはまだ若いということもあって彼の息子はあっという間に元気を取り戻す。
 後は前戯も何もかもを飛ばして先程の続きとでも言わんばかりに二回線目を始めた。
 既に互いの性器はぬめりを帯びており、何のつっかえも無くあっという間に一番奥まで入りこんだ。
 先程までの余裕のない感じとは打って変わり、彼は彼女の身体にしがみつくように息子を挿入し、彼女の一番深い所にぐりぐりと押し付ける。
 押し出された空気と愛液がプチュッと小さな音を立て、それを皮切りにして激しいピストンと水音が響き渡った。
 貪るようなセックスは、それはもはやただの交尾であり、その全力の腰振りは彼女の中に眠る本能を呼び覚ます。
 恐らくは彼女のゾロアークとしての声は漏れてしまっていただろうが、既に彼の耳には届かなくなっていた。
 とてもではないが彼女も幻影を保ち続けることができず、ただただその好意を善がり狂うようにして愉しんでいた。
 パンッパンッという腰と腰がぶつかり合う乾いた音が響き、それと同じぐらいジュプジュプという卑猥な水音が響く。
 恐らく彼女の獣の嬌声も響いていたはずだが、ただただ彼は打ち付ける腰の速度をひたすらに上げてゆく。
 そしてそのまま一番奥へ押し付けるように突きこみ、彼女へ一切確認することなく二度目の絶頂を迎えた。
 彼女も何時振りかぐらいに絶頂を迎え、ただその押し寄せる快楽から息を荒くすることしかできなくなる。

「す・・・凄い・・・。気持ち・・・良い、よ? あれ? ミカさん? あれ!?」

 体を震わせながら彼女の中へ全ての精液を吐き出し、彼はようやく息を切らせながら顔を持ち上げて彼女の顔を確認した。
 きっと彼女も同じ快楽を味わい、嬉しそうな表情を浮かべているだろうと思い描きながら見下ろした先にいたのは恍惚とした表情を浮かべるゾロアークの姿だった。
 当然彼は快楽で惚けた頭の状態から一気に現実に引き戻され、今自分の置かれている状況がそれでも全く理解できずにいた。
 確かにさっきまで逢瀬を交わしていたはずの相手はそこにはおらず、代わりに自分の息子はそのゾロアークの膣の中へ呑み込まれている。

「随分と野生的なセックスね・・・。思わず元に戻っちゃったけど、どうだった? ポケモンで童貞を卒業した気分は?」
「嘘だ。夢だ・・・。じゃなきゃゾロアークがどうやって人間の言葉を喋ってるんだ」
「だってこれテレパシーだもの。私の思考をそのままあなたに届けてるだけだから言葉を喋ってるように見えて当然。それよりも、あなたの感想が聞きたいわぁ」

 快楽に溺れ、随分と満足げな笑顔を浮かべていたはずの彼の表情はみるみる内に絶望の色に染まり、目には既に涙を蓄えている。
 そんな表情を見て忘れていたはずの嗜虐心が呼び戻され、いつものような邪気を含んだ笑いではなく羞恥を含んだような堪えた笑いが呼び覚まされる。
 ここまで激しいセックスは彼女の経験する限り初めての事だ。
 だからこそその一件大人しそうな彼とのギャップが一際彼女には可愛く見えていた。
 ずっと泣きそうなまま彼女の上に覆い被さっている彼を見て、開き直った彼女はまだ挿入ったままの彼の息子へ軽く腰を動かして刺激を送る。

「ねえどうしたの? もう終わり? 人間なのに私よりももっと野性的な交尾をしたいんじゃないの? それとも私のこと好きになっちゃった?」
「畜生! 俺の事を馬鹿にしやがって! お前がただ愉しみたいだけだろ! だったら最後まで相手してやるよ!」

 彼女の煽るような言葉と僅かずつ送られる刺激からか、彼は半ば吹っ切れたように涙を流しながら腰を振り始めた。
 彼にとって、この日の出会いと行為は正に、ミカへ恋心を抱くほど素敵だった。
 しかしその全てが彼女の幻惑であると知った今、何もかもがどうでもよくなってしまったのだ。
 だが、本来の彼女は少しだけ期待していた。
 今の彼女を好きだと言って、それでも彼女を抱いてくれたのなら、このまま彼の物になってもいいと本気でそんなことを考えていた。
 多分、これは彼女にとっての初恋でもあったのだろう。
 複雑怪奇な出会いを果たした二人は結局そのまますれ違い、淡い恋心は夜の帳と共に朝靄の中へと消えていった。
 その後、彼は結局彼女を三度立て続けに犯し続け、そして疲れ果てて眠りに就いた。
 翌朝ホテルで目を覚ました彼女は一つ大きく体を伸ばし、横で眠り惚ける彼の頬にそっと口付けをして起き上がり、彼の財布から数万程抜き取ってからそっと部屋を出ていった。

4話 [#12aZyW0] 


 淡い初恋も醒めた日から数週間後。
 彼女は変わらず夜の街を闊歩していた。
 一つだけ変わった事があったとすれば、以前はチャラチャラと着飾った見てくれからして軽い男や酔ったプライドの高そうな男をメインに探していたのだが、今ではその辺りのターゲットの範囲が広くなった。
 あの日の逢瀬以降、どうしても燃えるような劣情が忘れられず、時折行為そのものを愉しみたくなっていた。
 そうなると手慣れた男は彼女の情欲を満たしてはくれない。
 彼等にとってのセックスは遊びであり、子作りのための行為はその延長線上でしかない。
 そのため獣のようなただ自らの快楽を求め、欲を吐き出すような行為を彼等がすることはない。
 本当は彼女が最後まで彼等ともセックスを愉しんでいれば最終的にはそうなるのだろうが、必ずその前に終わりの時が訪れるため彼女は彼等の楽しみ方を知らない。
 その分、ジュンのような素人は加減が分からないこともあって初めから全力で行為を行ってくれるため、彼女としては情欲を満たすには最適の相手だ。
 しかも素人であればあまり余裕が無いため、幻影が解けても姿がバレず、最後まで全力で行為を続けてくれる可能性が非常に高いことも好都合だった。
 そんな心境の変化もあってか、資金が底を突きかけていた数日前に比べれば命中率が高くなり、随分と懐も温まっていた。
 お金の心配をする必要も無くなった今、彼女の目的は男の本性を暴く悪戯と童貞の幻想を打ち砕くような戯れの二つに増えたせいで、随分と凶悪さを増していた。
 既に彼女の毒牙に掛かった童貞は数知れず、時折夜の街を歩く彼女の視界をそんな悲しい男達が横切っていくことも増えた。
 元々自分の素性がバレないようにするために、彼女は多種多様な容姿へ化ける技術を持っている。
 以前にバレた時にポケモンでも身動きできなくなる程ボコボコにされた経験もあるため、違う理由で彼女を探す彼等の前に姿を晒すことはないだろう。
 そういう経緯もあって、歓楽街の様相は少しだけ変化していた。
 ある意味で多少活気づき、言伝の噂で上手い具合に利用する人間が増えた事で彼女の獲物が増えるという、なんとも不思議なマッチポンプの構図が出来上がったのだ。
 だがそれは何もいい事ばかりではない。
 一人で歩き回っている男が今までに比べると若干少なくなっていた。
 彼等の噂話がやんわりと広がっていったためか、彼女以外に本物の人間の女性が噂を利用して小銭稼ぎをし始めたこともあり、妙なライバルが登場したせいである。
 一過性のものではあるだろうが、それでも人を選ばずに当てまくっていたこの数週間の間に比べれば、ここ最近の命中精度は随分と下がってしまった。
 流石にそろそろ彼女も次の男を当てたいが、それよりも先に自分の獣臭さの方が気になってきた。
 彼女は沐浴などしない。
 身体を洗う場所は風呂場と決まっていたこともあり、風呂に入るならばホテルが大半だ。
 しかし今回のようにお金には余裕があるが中々風呂にありつけないことも間々あった。
 そういう時はどうしていたのかというと、彼女としては苦渋の決断で銭湯に行く。
 たかだか銭湯に行くことが人間に化け慣れた彼女にとって何故苦渋の決断になるのかとも思えるが、案外死活問題なのだ。
 理由は単純、毛量の差と目的の違いだ。
 銭湯は広い湯船に浸かるために来ることが殆どだ。
 しかしゾロアークである彼女が湯船に入ろうものならその湯舟はあっという間に毛だらけになってしまう。
 大勢の前で本来の姿がバレる事は避けなければならない以上湯船に浸かることは出来ないが、そうなれば身体だけ洗って出ていくのもそれはそれで不自然である。
 そのため普段よりも長くシャワーを浴びて奇麗に体を洗ってから出るのだが、それ故にシャワー室にはかなりの毛が溜まってしまうことになる。
 どう足掻いても怪しまれる要因を作り出すため、彼女としては避けて通るのが賢明なのだ。
 とはいえ、何日も相手が見つからないまま時間だけが過ぎれば、ほぼ野良犬のような生活を送っている彼女は体を奇麗にする機会など訪れない。
 仕方なく彼女は銭湯を利用し、身体を奇麗にしてから町へと繰り出した。
 しかし今までとは違い彼女が真っ先に向かったのは普通の商店街だった。
 お金にも余裕があり、彼女の悪戯の内容が少々変わっていたこともあってか、その日初めて彼女は普通の服を見に行った。
 悪戯の為に使う物にお金を掛けないのは彼女の中で当たり前のことだ。
 お金が無ければ食事もできず、お金が無ければ悪戯にも困る。
 悪戯であるはずのその行為の全ては彼女における狩りそのものだからだ。
 生きるためにお金を盗み、生きるために男を惑わす。
 彼女はそのために技術を学んだわけではなかったが、それ以外に生きる方法もそれを学ぶ方法も知らなかった。
 だからこそ彼女にとってその気持ちは不思議なものだった。

「これからデートですか?」

 たまたま入ったアパレルショップの店員が、営業スマイルと共に服を手に鏡の前に立つ彼女の元へと訪れた。
 今の彼女は若干派手さのある若い女性の姿で、手に持つ服も明るく派手めな色の洋服だ。
 だからこそ店員に話し掛けられたのだが、彼女は今までそんなことを経験した事がなかったためきょとんとした表情を浮かべる。

「デートってなんですか?」

 そう聞きたかった。
 だが彼女の経験上、普通に声を掛けてきた相手に聞き慣れない単語を聞く事は避けなければならないことを理解していたため、ただ静かに頷いて答えた。

「いいですね! でしたら一番似合う洋服にしましょう!」

 店員の営業スマイルはぱあと明るい笑顔になり、彼女の持っていた服を拝借して少し色味を合わせた後、その服を返してから一旦彼女の元を離れた。
 彼女からすれば店員が何をしているのか分からなかったが、そのまま数分程その場できょとんとしたまま立っていると店員が何着かの服と共に戻ってきた。
 姿見の前から試着室へと移動し、店員目線で選んだ彼女に似合う服を渡され、あれよあれよという間に試着の流れになったが、彼女は試着などした事がない。

「着替えたら声を掛けて下さい」

 多分そう言ってもらえていなかったら彼女はただその場で何をするべきか分からずじっとしていただろう。
 初めての洋服に袖を通し、幻影ではない恰好を見よう・・・としたが、残念ながら彼女の骨格は化けて入店した人間のものとは違う。
 腕を通そうにも本来戦うためにある鋭い赤い爪を支える腕は太く、細身の女性向けの服では袖に通そうとしても破れてしまいそうで断念した。
 ジャケットのような前が開いた服であれば羽織ることは出来るが、やはりこれも腕は通せない。
 これでは折角の初めてのお洒落も楽しめないかと思われたが、彼女は案外それを愉しんでいた。
 着れない代わりにその服の見た目をしっかりと覚え、幻影に反映して店員に声を掛ける。

「良いじゃないですか! やっぱり白や薄い黄色の方が似合いますね!」

 そう言って目を丸くして驚いてくれる様は彼女としても小気味いい。
 単に商売上手なだけなのかもしれないが、初めて彼女の服装を褒めてもらえたことは彼女としては嬉しかった。
 今だけは悪戯の為の擬態ではなく、化かしではあるものの自分の好きな服を探すその時間はとても夢中になれる。

「これなんてどうです? あの有名なカミツレさんが手掛けた新モデルですよ!」

 最新のファッションからカラフルな服にキュートな服、他にも無難な物や奇抜な物・・・様々な服装の女性に化けるのはそれが本当の自分の姿でなくてもとても楽しい。
 しかも横にはずっと彼女の服装をあーだこーだ言いながらも褒めてくれる人がいる。
 今この瞬間だけは、なぜ自分がここへやって来たのかの目的も忘れさせてくれた。
 結局何時間ほどそこで初めてのファッションショーを楽しんでいたのかは分からないが、結局彼女は一着服を買い、下着は買わずに店から出てきた。
 買った服は白のインナーに薄い山吹色のシャツ、そして薄紅色のロングスカートと全体的に柔らかな印象を受けるとても纏まった洋服だった。
 選んだ理由は勿論、本当に自分が腕を通せたからだ。
 結局その日は夜の街へは繰り出さず、買った服を手に静かになった工場へと戻って一人、ゾロアークの姿のまま洋服を身に付けた。
 黒灰色と灰色の彼女の印象はその服装でガラリと変わる。
 長い髪もその赤の色も、今だけはその服の色を映えさせるための色になったように見えていた。
 少しの間彼女はそのまま誰も居ない工場で一人踊り、小さなファッションショーを楽しんでいた。
 その時、ふと先日の男との逢瀬の前の時間を思い出す。

『今なら・・・もう一度あの感情を味わえるんじゃないかな?』

 恋を知らない彼女は今のうきうきとした気分に近しい物を感じていた。
 心が舞い上がって目の前の好きだという気持ち以外が考えられなくなるような感覚。
 今の洋服を着る彼女の感覚はそれと近いような気がしたからだ。
 あの時と同じ感覚を体験したいと考えるようになり、そうであれば今はもう遅すぎる時間だと考え、彼女は洋服を奇麗に折りたたんでゆき、冷めぬ興奮と共に眠りに就いた。
 同じような出会いを求めるのであれば、必要なのは手慣れた男ではなく女性慣れしていない男だ。
 ならばと翌日は買った服に身を包み、明るく少しだけ派手さのある女性の容姿に化けて町へと向かった。
 今まで目もくれなかった行き交う女性達を見て、彼女は少しだけ嬉しくなっていた。
 彼女達と同じように自分で好きな服を着て歩き回るその瞬間は、ほんの少しだけ彼女がポケモンであることを忘れさせてくれる。
 次第に日が傾き始め、友人同士で遊びに来ていたような団体や会社員が増え始め、明日の話をしながら帰るべき場所へと帰ってゆく。
 そんな中で彼女は少しだけ浮かれた気分でいつもの男探しを始めた。

「ねえねえ。今暇?」
「ん? 暇だけど、何処かであったことある?」
「ないと思うわ。でも折角だから声を掛けてみたの。ちょっと一緒に遊ばない?」

 チャラさがなく、好感の持てる笑顔が自然と浮かんでいる男性を見つけては声を掛けてみる。
 いつもなら声を掛けられるか相手が夜を意識するように仕向けていた彼女だったが、その時の彼女は至って普通の明るい女性といった雰囲気だ。
 ただ遊び友達を探しているようにしか見えなかったのか、その男性は二つ返事で彼女と少しの間行動を共にすることにした。
 彼との会話は今までのような下を連想させるようなものではなく、何処に遊びに行ったとか講義がダルいといったようなごく普通の会話だった。
 そう言った会話や常識を身に付けていない彼女はただ相槌を打ちながら聞いていただけだったが、いつもと違う事をしているその時間は素直に楽しかった。
 カフェに入り、初めてゲームセンターに入って一緒に遊び、近くにあったレストランで夕食を摂る。
 それは正にデートそのものだったが、彼女にはその認識はない。
 ただいつもと違う町巡りが楽しくて楽しくて仕方がなかった。

「どう? 楽しめた?」
「うん! すっごく楽しかった!」

 気が付けば時間はあっという間に過ぎてゆき、日はもう完全に沈んでいた。
 電灯が町を奇麗に照らし、その下には多くの友達同士や恋人同士が行き交う。
 それを見ていると、ほんの少しだけ彼女は切なくなった。
 このまま別れれば、彼は彼女とただ楽しく一日を過ごしただけで終われる。
 お互いに傷付く必要はなく、いい思い出だけを残してすっきりとお互いの事を忘れられるだろう。
 だからこそ、彼女は嫌だった。
 折角こんなに楽しい気分を味わえたからこそ、彼に期待していた。

『この人なら、私を受け入れてくれるかな?』

 そんな淡い期待を胸に、じゃあと言って別れようとした彼の手を引き留めた。
 僅かばかり胸の鼓動が高鳴り、次の言葉を詰まらせる。
 だが彼はただ静かに待っていてくれた。

「ねえ・・・もう少しだけ一緒に居てくれない?」

 いつもの彼女なら割と直球に誘っていただろう。
 誘うのは当然夜の時間へであり、彼女にとっての悪戯の時間。
 そう分かっているからこそ、今の心情とその目的が噛み合わず、思わず言葉を躊躇った。

「俺で良ければ何時まででも」

 彼は笑顔でそう答えてくれる。
 いつもの彼女ならば心の中でニヤリと笑っている所だろうが、その時だけは素直に嬉しかった。
 否、素直に受け取りたかったのだろう。
 こんな感情を抱いた事がなかったからこそ今だけは嫌な事を忘れていたかった。
 彼に手を引かれて夜の喧騒に包まれる繁華街へと進んでゆく。
 いつものように男の行きつけの店へと行くのではなく、慣れないなりにも彼はよさそうな店を探してくれた。
 そこでお酒を飲み、互いに二人の時間を愉しんでいた。
 純粋な楽しみの時間として過ごすバーでの夜は、少しだけ彼女にいつもの目的を忘れさせてくれる。
 彼の選ぶお酒も慣れていないのがよく分かる。
 だからこそそのお酒は店員が今の二人の気分や好きな物を聞いて作ってくれた、二人に似合うお酒である。
 彼女が今までバーで飲んできたお酒の中では、一番美味しく、一番楽しい席だっただろう。
 そんなこともあり、お互い少々飲み過ぎたのか随分とテンションが上がっていた。
 店を出る頃には夜も更け、はしゃぐ会社員や若者ばかりになっている。
 その光景はいつもと変わりないはずなのだが、まるで遠い世界に二人だけが取り残されたように彼女は感じていた。

「ごめんなさい。やっぱり今夜は帰りたくない」

 そう言ってそっと彼の服の裾をつまんで立ち止まる彼女のその姿は計らずしも彼女を魅力的に見せる。
 男ならばその姿を見てグッと来ない者はいないだろう。
 すると彼はそっと彼女の肩に手を回し、優しく微笑んでから歓楽街の方へと向きを変えて歩き始めた。
 そしてそのままラブホテルへと入ってゆき、いつもとは違う心持ちのまま、いつものように流れてゆく。
 初めて本当に服を脱いで彼女からシャワーを浴びる。
 今日はまだ奇麗なままだったこともあり、軽く体を洗ってからすぐに出て、今度は彼が風呂から出てくるのを待つ。
 しかし、その間に彼女はいつものように物色せず、ただ静かに待っていた。
 少しずつ高鳴ってゆく胸の鼓動は時を感じさせず、いつの間にか風呂から上がっていた彼が彼女の横に座った。
 それに気付いた彼女が彼の方を向く。
 端正な顔立ちとそれに似合った程良い体格の彼は、脱いでも変わらない笑顔で彼女を見つめる。
 少しずつ顔の距離が近付いてゆき、どちらからともなく唇を重ね合わせた。
 静かに唇を重ね合わせ、相手を頬張るようにして唇を動かしてゆき、自然と舌が絡め合わされる。
 互いの唾液を混ぜ合わせる水音が響き、二人は自然と指を絡めて手を繋いでいた。
 興奮から鼻息が荒くなり、相手を求める舌の動きは更にうねるような動きになって卑猥な水音を増してゆく。
 感覚の不自然さを気取られる前に彼女は絡めた指を解いて彼の顔へ手を伸ばし、軽く自分の方へと引き寄せてからまだディープキスを味わい続ける。
 彼はその間に手を彼女の腰に回し、軽く力を入れて二人の距離を縮めた。
 胸と胸が触れ合う距離になると熱を持った彼の息子が彼女の股間の上に触れる。
 触れている場所が火傷してしまうのではないかと思えるほど彼の息子は熱く、それそのものが一つの生き物のように時折脈を打って彼女の肌から離れてはまた触れる。
 離れた唇から熱い吐息が漏れ、お互いの頬を濡らす。

「俺のを舐めてくれる?」
「ええ。いいわ」

 恥ずかしいのか目を合わせずに彼は彼女の耳元に話し掛け、彼女はそれに応えるとすぐに彼の身体をぐいと押して距離を空け、彼の息子へと舌を伸ばした。
 ほんのりと塩味を帯びた味が彼女の舌へと伝わり、その形まで味わうように溝に沿って舌を這わせる。
 そのまま顔を彼の股間へと沈めてゆき、口全体を使って彼の息子を口へと含んだ。
 彼の下半身に力が入り、押し寄せる快楽から身体が硬直しているのがよく分かる。
 牙が当たらないよう細心の注意を払いながら舌の腹で先端を味わい、舌先が踊るように絡みつき扱きあげる。

「ごめん・・・! もう出る!」

 言うが早いか、彼の息子が大きく脈打ち、大きく体を反らせた反動で腰が付きだされて彼女の長いマズルの奥まで彼の息子が入り込んだ。
 彼の視点から見ればイラマチオしているようにしか見えないかもしれないが、彼女の喉にまで彼の息子は届いていないため苦しくはなかった。
 ドクドクと放たれてゆく精液を舌全体を使って器用に舐め取り、次々と喉の奥へと流し込んでゆく様は彼からすればこれ以上ないほどの興奮と背徳感を与えてくれる至極の時間だ。
 爆発のような精液を全て舐め、まだ溢れるカウパー液を物足りなそうに彼女は舐め続けていたが、彼の方から彼女の口を離させたことでその口淫は終わる。
 初めての精液の味を最後の一滴まで彼女は味わっていた。
 本能を刺激するようなその味は彼女にとっては極上の媚薬にも感じられただろう。
 思わず本能が昂ぶり、彼女の鼻息が荒くなったが、彼はそんな彼女をゆっくりとベッドに押し倒して彼女の秘部へと顔を近づけていった。
 彼女の淫らな花弁は既に淡く赤みを帯びており、男を昂らせる匂いを放っている。
 一度力を失った彼の息子に今一度力が戻り始めるが、息子よりも先に彼の舌が彼女の濡れた花弁を更に濡らした。
 縁をなぞる様に動き、舌先が勃起したクリトリスに触れると思わず身体が跳ねそうになる。
 しかしその足にはしっかりと彼の腕が添えられており、男らしい力で彼女の羞恥を捩じ伏せる。
 恥肉を二度舌先がなぞり、クリトリスを吸い上げ、舌がそのまま彼女の中へと滑り込む。
 イチモツとは違う意思を持ったようなうねりはまた違った快楽を彼女へともたらし、思わず腰が浮きあがった。
 抑える彼の力よりも強く、その影響もあって舌がより深くへと進んでゆき腹に当たる鼻息が更に快感を煽る。
 こみ上げそうな快楽に彼女の意識は既に此処に在らず、白黒と点滅するような視界に塗り潰されてゆく。

「ダメッ・・・! 待って! イク! イっちゃう・・・!!」

 そして彼の舌が彼女の中で今一度うねった時、彼女は絶頂を迎え、ビクビクと身体を痙攣させ、暫くしてぐったりと脱力した。
 だが当然その衝撃は彼女の幻影を解くには十分過ぎる衝撃。
 パリパリッと小さな音を出しながら、彼女の姿はゾロアークの姿へと戻ってしまった。
 彼女が絶頂を迎えたこともあり、彼は彼女の秘部から顔を離したため、すぐにその変化に気が付き目を丸くしていた。

「えっ? どういうこと・・・? ポケモン?」
「キュー・・・ヒュー・・・」

 絶頂を迎えたばかりの彼女は何とか誤魔化そうとするも呂律が回らない。
 ようやく出た言葉はテレパシーではなく、切なげな鳴き声を上げる獣の声だけだ。

『駄目・・・まだ伝えてないのに・・・これじゃ駄目・・・。でも、今なら・・・彼も私を受け入れてくれるかも』

 少しずつはっきりとしてゆく頭で考えていたのは淡い願望と恋心。
 彼女は彼の次の言葉に期待しながらゆっくりと呼吸を整えていた。

「はぁー・・・。つまり俺はゾロアークにまんまと騙されて、恋人ごっこをさせられたのか・・・」
「ご、ごめんなさいね・・・。でもこの気持ちは」
「じゃあいいや。今夜だけは付き合ってやるよ。ただ、もう一回人間に化けててくれ。それならギリやれそうだから」

 彼女の意識ははっきりとした。
 淡い恋心が醒めたからではない。
 彼が軽薄な言葉を投げたからでもない。
 彼女の逆鱗に触れたからだ。
 先程まで居た快楽に溺れ、恍惚とした表情を浮かべていたポケモンは何処にも居らず、憎悪を形にしたような表情を剥き出しにしたポケモンがいつの間にか彼の喉をがっちりと掴んでいた。
 彼は小さく悲鳴を上げたが、その言葉すら一瞬で消え去るほど彼女の姿は恐ろしかった。
 獣が相手を威嚇する低い唸り声が響き、黒の身体に浮かび上がる白い牙が彼に死さえも連想させただろう。

「誰のせいで私がこうなったと思ってるんだ・・・」
「・・・え?」
「私が好きでこうなったように見えるのか!? お前が・・・! あいつが・・・! そういう風に私を求めたんだろ!? 私はその想いに応えたのに・・・っ!!」

 ミシミシと音が聞こえそうなほど彼は壁に腕一つで押さえつけられ、必死にもがいていた。
 彼女の顔は憎悪と悲哀に満ちた表情に変わっており、その大きな瞳からは涙が幾つも川を作っている。
 はち切れそうな思いをテレパシーで伝え、必死に歯噛みしていたが、彼女は物でも投げ捨てるように彼を横に放り投げた。
 忘れたかった想いと自分の浅はかな願望が混ざり合い、鬩ぎ合い、嗚咽混じりの叫び声となって溢れる。
 気が付けば彼女は部屋を飛び出していた。
 叫ぶように鳴き、狂ったように泣き、夜の街を駆け抜けて公園まで走り抜け、力尽きるように草の茂みに横たわった。
 荒い息を吐きだしながら力無く空を見上げ、溢れ出る涙を拭うこともせずにただ滲んだ空の先を見つめる。
 遠いいつか・・・彼女が今のような暮らし方をし始めたその日も同じように空を力無く見つめていた。
 遠い遠い昔、彼女が物心付いた時は彼女には一人のトレーナーが常に傍にいてくれた。
 優しい笑顔と温かな手、そしてご飯と会話と当たり前にあった自分のベッド。
 何もかもが揃っていて何もかもが幸せで満ち足りていた日々に、少なくとも彼女は疑問を持つ事はなかった。
 小さな頃からそのトレーナーから教えてもらった事は、テレパシーを使って人間との会話を行う訓練のみ。
 バトルはおろか、部屋の外の景色すら知らずに彼女は育ってきた。
 閉めきった薄暗い部屋の中で、人間用のインスタント食品とエスパータイプ用のテレパシーのハウトゥー本を与えられ、テレビを見て人間としての常識や仕草のあれこれを覚える日々。
 それらの全てはトレーナーのため。
 彼の言う、"立派なパートナー"になるための特訓だった。
 半月に一度程のペースで不思議な飴を食べ、イリュージョンの能力を磨きあげ、トレーナーの言うどんな姿にでも瞬時に化けられるようになって、そしてその化けた対象の所作の不自然さを無くしてゆく日々。
 当然そんなものは戦闘には何の役にも立たない。
 だが彼女にとってそんなことはどうでもよかった。
 一つ変化を覚える度に頭を撫でられ、一つ所作を覚える度に手を叩き、一つ言葉を覚える度に笑ってくれた。
 その一つ一つが彼女には愛おしく、そして嬉しかった。
 そして彼女がゾロアからゾロアークへと進化を遂げる頃には、もう一人の人間として生きてゆくには十分な常識と言葉を覚えた。
 進化した彼女を見てトレーナーも満面の笑みを見せる。

「それじゃ、そろそろ最後の特訓と行こうか」

 ゾロアークに進化するのをずっと待っていたトレーナーはそういうと、今までとは全く違った"特訓"を始める。
 その内容はポルノビデオを見て、その中の女性の所作を覚える事。
 やること自体は今までとそれほど変わらないが、その内容は今までとは全く違う。
 ゾロアークへと進化したことで二足歩行となった今、彼女には無意識で人間らしい行動が取れるようになっていた。
 だからこそ今度は"特訓"の仕上げとして『人間に化けたまま性行為を行えるようにする』ことがトレーナーの初めからの目的だった。
 トレーナーと呼ぶのも憚られるが、少なくとも彼女にとっては唯一無二の存在であり、立派なトレーナーだった。
 だからこそ彼女はそんな馬鹿げた特訓も真面目に練習を続けていった。
 買い与えられたディルドーを相手に奉仕の訓練を続ける日々。
 普通ならばとうの昔に辞めていただろうが、彼女の中に一つの感情が芽生えていたことに彼女自身は気が付いていた。
 その感情は愛そのものであり、性行為を学び始めたからこそしっかりと自覚した。

『私は彼の事を愛していて、この特訓の果てに彼から思う存分愛してもらえる』

 相思相愛なのだと彼女は確信していたからこそ、その特訓は苦ではなかった。
 彼女は元々聡明だったのだろう。
 そんな特訓の日々の中でも自分が人間ではないことをしっかりと自覚しており、だからこそその差が原因でトレーナーを傷付けたくないと本気で考えていた。
 "特訓"を本気で続ける事数年、ようやくその時が訪れた。
 彼との本番をようやく迎え、彼女の心臓はこれまで聞いたこともない程高鳴る。
 愛する人から求められる・・・これ以上の幸せはないだろう。
 トレーナーの要望に応え、豊満な胸を携えた女学生のような姿へと見た目を変える。
 テレパシーによる口調や声色までも変化した者に相応しいものへと変え、事情を知らなければただの人間にしか見えないほどにまでその技術を高めた彼女は、幻影で作り出した服を脱ぐような動作を見事に行ってゆく。
 無いはずの空間に質感を持たせ、胸の豊満さまでも再現した彼女は間違いなくトレーナーの無理難題なオーダーに完全に答えていただろう。
 そしてようやく彼女はトレーナーに抱かれ、彼の愛をその身と熱で感じていたはずだった。

「おいおい・・・イリュージョンが解けてるじゃないか。やっぱり貰うんだったらメタモンにすりゃよかったよ」

 初めての夜はいくらディルドーを使って慣らしていたとしても辛いものがあった。
 必死に特訓していた彼女に対し、トレーナーは何の練習もしていないため、その行為は乱暴そのもの。
 彼女への気遣いなど一切無いピストンが原因で彼女の内を痛みが走り、幻影が解けてしまった。
 途端にトレーナーの口から出た言葉は愛など一切無い乾ききった言葉。
 彼のためを想い、必死に特訓し続けた彼女に対して彼のい抱いていた感情は無く、ただの女性の代用品が欲しかっただけだった。
 その日を最後にトレーナーが彼女に声を掛けることは無くなり、数日もしない内に彼は何処かへ出掛けたかと思うと、モンスターボールを一つ手に持って戻ってきた。

「育成には使えないメタモン譲ってもらえたよ。やっぱり持つべき者はエリートトレーナーの友だな! じゃあな」

 満面の笑みを浮かべてそのボールを眺めたトレーナーは、笑顔とは裏腹に冷たく言い放つと、初めて彼女を玄関の外へと送り出した。
 何が起こったのか意味も分からず、彼女は玄関を叩き続けたが、次に出てきたトレーナーの顔を見て全てを悟る事となった。

「メタモンの下位互換に用はねぇよ恩知らず。お前はもう用無しだよ。勝手に何処へでも行って野垂れ死にな」

 苛立ちを見せた表情とゴミでも見るような目。
 あまりにも唐突に終わりを告げた彼女の現実に対して彼女自身は未だ信じることができず、思わず戸を叩き続けたが、その代わりに飛んできたのはトレーナーの右拳だった。
 まだ痛む頬を撫でながら彼女は行く宛も無く街を彷徨った。
 否、頬は既に痛んでなどいない。
 数年もの間彼のために尽くし、彼に抱いたこの感情は全て本物だった。
 だからこそ、彼の愛を信じていた彼女は間違った悟りを開いてしまった。

『ポケモンにもなりきれない、人間にもなりきれない私に価値は無い』

 初めての空腹を経験しながら、彼女はその日初めて公園の片隅で満点の星空の下で眠った。
 今日という日と同じように力無く空を眺めながら、泣く事も出来ないほどの無力感に苛まれて、眠りに就いた。

5話 


 柔らかな温もりに包まれて、彼女は微睡んでいた。
 優しく彼女の頭を撫でるその手がとても懐かしく愛おしい。
 上を見上げるとそこには誰かの姿があり、彼女を優しく抱き抱えて撫でていることが分かる。
 気が付けば彼女はその手に自分の手を伸ばしていた。
 しかしその手には長く紅い爪は無く、代わりに伸ばしても到底届きそうもない小さな手が視界の端に移る。

「おやすみ・・・。早く大きくなれよ」

 彼女を抱き抱えるその人の顔は逆光のせいでよく見えない。
 よく見ようと目を開き、ゆっくりと腕を伸ばした時、そこにあったのは先程までの景色とは違う場所だった。

「大丈夫?」

 声を掛けたのは小さな男の子だった。
 その姿は何処からどう見ても先程まで視界に移っていた男性とは違うことで、今の今まで夢を見ていたのだと彼女は直感的に理解した。
 そこは昼下がりの公園の茂みの中。
 少年はどう見ても公園に遊びに来ただけの普通の少年だったが、たまたま茂みで疲れ果てて眠っていた彼女を見つけたのだろう。
 彼女が頭を撫でられる夢を見ていたのは、どうやらその少年にずっと優しく頭を撫でられていたからだろう。
 目を覚ました彼女を見て、少年は心配そうな表情を浮かべつつ尚も優しく頭を撫で続けていた。
 そう声を掛けられた理由は、彼女には十分に分かっていた。
 疲れ果てて眠っていたため瞼は重く、涙の痕がくっきりと残ったままだっただろうからこそ、無垢な少年は心配で仕方がなかったのだろう。

「大丈夫。ちょっと疲れて眠ってただけ」
「喋れるの?」

 彼女がそっと顔を少年の方へ向けて言葉を送る。
 すると喋るとは思っていなかった少年は、心底ビックリした表情を浮かべて言葉を返した。
 最初こそ驚いていた様子だったがそれもすぐに慣れたのか、彼女が笑顔を見せると少年の心配そうな表情は消えてつられて笑顔に変わっていった。
 彼女は普段、ゾロアークとしての姿を晒さない。
 ゾロアークとしての彼女を受け入れてくれる人がいなかったことが彼女の中で大きなコンプレックスになっていた。
 しかし目の前の少年は、"喋る"という一点には驚いたものの、当然ながらゾロアークというポケモンそのものには興味津々といった様子だ。
 更に言えば会話ができるポケモンというものは少年にとってはとても嬉しい事実でしかない。
 目の前に見た事も無いポケモンがいる上に、そのポケモンは自分と会話することができる。
 これだけの材料が揃えば必然的に少年のテンションは上がってゆく。

「ポケモンさんはここに住んでるの?」
「今日はたまたまここで眠ってただけよ。いつもは別の場所に住んでるわ」
「お名前は?」
「無いわね。強いて言うなら私はゾロアークっていうポケモンよ」

 少年は目をキラキラと輝かせたまま彼女の前に座り込み、色々な質問を投げかけてゆく。
 住んでいる場所や名前に始まり、普段していることやどんな技が使えるのか・・・。
 そういったポケモンならば当たり前の質問の殆どに、彼女は答えることができず言葉を濁した。
 一度もバトルをしたこともなくゾロアークにまで育った彼女は、恐らくなにかしらの技を使うことは出来るだろう。
 だが野生で育ったわけでもない彼女には戦うための知識というものが全くないため、自分がどんな技を使えるのかすら把握していない。
 普段の生活なども当然、目の前で瞳を輝かせているような少年には到底教える事などできないような愛欲と憎悪に塗れた汚い世界しか知らないため、とてもではないが話すことなどできない。
 適当に森を駆けていると言ってごまかしたが、他のポケモンがどんな生活をしているのかなど知らないため想像で何かを語ることもできないことに気付き、少しだけ空しくなった。
 思い出せば思い出す程自分の過去には何もなく、憧れていたはずの"普通のポケモン"と"普通のトレーナー"の関係が色褪せた写真のようにぼやけて想像もできない。
 こうなったのは確かに彼女のトレーナーのせいかもしれないが、それを選択したのもまた彼女である。

「ねえ、ゾロアークさん」
「なあに?」
「野生のポケモンなんでしょ? 僕と一緒にポケモンマスターを目指そうよ!」

 自分の過去を思い出してその空虚さに思わず涙が滲みそうになっていたが、その少年の一言は彼女にとって予想外のものだった。
 自分という存在が求められるとは微塵も思っていなかったからこそ、彼女は言葉を失った。
 申し出としてはこれ以上ないほど嬉しいものだろう。
 だが今更普通の事などできない彼女が、こんな幼気な少年と行動を共にしてもいいとは思えなかった。

「ごめんね。私は今の生活が好きだから」

 今更普通の生活という夢を手に入れたいという願望と、少年に自分のようになってほしくないという葛藤が心の中で繰り広げられた結果、彼女は思ってもいない言葉を優しい笑顔と共に口にした。
 それを聞いて少年は見るからに落ち込んでいたが、それが少年の為になるならと締め付けられるような心の内をそのまま仕舞い込む。

「今すぐ私を連れ出して!」

 叫びのような言葉が喉まで出かかっていたが、口にすることはなかった。
 少年はまだポケモンを手にした事がないと語っていた。
 だからこそそんな少年に、ポケモンにも人間にもなりきれない自分がパートナーとして付き纏うのはあまりにも力不足だと感じたからだ。
 結局、その後は二、三少年の質問に答え、彼の親と思われる人の声に呼ばれてその場を去っていった。
 彼女が目を覚ましたのは昼頃ということもあり、周囲の人気はまだかなりある。
 このままこの場でやり過ごしても、いずれは少年が彼女を見つけたように誰かが彼女を見つけるだろう。
 そう考え彼女はすぐに姿を変え、公園から離れた。
 そして近くの飲食店で食事をし、その際に鏡で自分の姿を確認すると、少年が心配になったのも頷けるような酷い状態だった。
 目元の毛並みは全て涙が乾いて固まった筋が何本も走っており、股間も愛液がこびり付いたままになっていたため固まってしまっている。
 股間を見られなかったのは不幸中の幸いだが、顔だけでも確かに只事では無いのが分かる状態だっただろう。
 仕方なく彼女はその店から出ると銭湯へと向かい、体を奇麗にする。
 しかし穢れの無い少年に出会ったからか、それとも嫌な事を思い出したからか、自分の身体は今も薄汚れているようにしか思えない。
 これでよかったと心の中で自分に言い聞かせ、晴れないもやもやとした気持ちのまま沈んでゆく太陽を眺めた。
 まとわりつくような昨夜の思いを振り払うように顔を振るい、諦めたような笑みを浮かべてまた繁華街へと歩みだす。

『所詮人間はケダモノで、私はただの中途半端な道具でしかない』

 自棄に満ちた思いを抱えたまま乾いた笑いをふっと一つ吐き出し、その考えこそが正解であると答え合わせをするようにいつもの調子に戻る。
 一層妖艶な雰囲気を醸し出す女性の姿へと変わり、じっくりと今日の相手を吟味する。
 正解を探したいわけではない。
 表の顔と裏の顔の差が激しいと思える男を探しているだけだ。
 彼女にとって優しく、絶対的に信頼できる存在であったはずのトレーナーがそうであったように、乱暴かつ強引に自分の考えだけを押し付けるようなただのケダモノに成り下がる様をその目で見たいのだ。
 そうすることでしか彼女は自分が存在しているのだと、誰かに必要だと求められていると感じることができない。
 だが、いざそうなれば昨日と同じように彼女は激しい怒りと憎しみと後悔を覚えるだろう。
 もう彼女には何故、夜の街へ繰り出しては男を漁り、食い物にしてされてを繰り返しているのかが分からなくなっていた。
 それこそ初めて他人を騙した時はせめてこんな気持ちではなかった。
 逢瀬を迎える度に男の浅はかさと下衆さを目の当たりにしていく内に、彼女は自分の心の内が自分でも分からなくなり、何を求めて何を与えようとしていたのかすら思い出せない。
 だからこそ彼女にとってこの日が最後の悪戯となるだろう。
 生きるためには狩らなければならない。
 野生を知らずに生きてきた彼女にとって、生きる術はこれしかない以上、生きるために何を犠牲にしてでも狩り続けなければならない。
 悪戯ではなく生きるための狩り。
 図らずしも強き者が弱き者を喰らう、弱肉強食という野生の掟に辿り着いたという皮肉を彼女は知る由もない。

「そこのネーチャン、暇なら俺達とちょっと遊ばない?」
「今君一人? それとも彼氏に振られちゃった?」

 その日はいつもの彼女の化かしから見ても、数段上の艶めかしさを魅せていた。
 だからか、軽い男は彼女が声を掛けるまでもなく声を掛けてくる。
 いつもならばその男達を誑かしていた所だろうが、今日はそういうわけにはいかない。
 彼女は全ての誘いを断りながら如何にも真面目で火遊びに興味の無いような、素直で優しそうな男を探し続ける。
 そうして街行く事数十分、彼女の御眼鏡に適う男を見つけた。
 清潔感があり、見るからに影の無い普通の男性。
 しかしその男は何処か遠くの世界を眺めており、見た目とは裏腹な何かを彼女は感じ取った。
 少しの間、彼女はその男を観察したが、どうも人を待っている様子でもなく、煌びやかな繁華街で町行く人々を眺めているだけだ。

「ねえそこのあなた。こんな所で何をそんなにぼんやりと眺めているの?」

 彼女はそう言って男に話し掛けた。
 如何にも純情で単なる好奇心から話し掛けたかのような声色で話し、その声とは対照的に体の動かし方をより扇情的にして男の横に滑り込むように並んだ。

「あ、いや・・・友人に無理矢理連れてこられたのに結局一人で何処かに行っちゃったからね。文句の一つでも言ってやろうとここで戻ってくるのを待ってたんだ」

 彼女の言葉に我を取り戻したかのように男は彼女の方へ目を向け、胸の谷間を強調するような服装の女性に化けているためか、一瞬胸に視線が向いた後彼女の目を少々驚いた様子で見つめてそう話した。
 話し声を聞いた感じでもその男には毒気がなく、至って人の良い男性と言った感じだった。
 かといって女性慣れしていないような拒絶の仕方もしないところを見る限り、その話が嘘か本当かは定かではないにしても、彼女にとっては些細な問題でしかなくなっていた。

「いいじゃない。折角ここまで来たのにただ文句を言うだけで終わるなんてもったいないと思わない? その友人さんの計らいよ」

 好感の持てる笑顔と共に、彼女は今の男の境遇を良い方に捉えて話を合わせる。
 そして自然に男の手を取って腕に絡みつくように少しだけ寄りかかった。
 どんな反応を見せるのかと彼女は少々ワクワクしていたが、その答えは意外にも寄りかかってきた彼女の瞳を真っ直ぐ見つめるというものだった。
 男の瞳には下心が一切読み取れず、逆に彼女の心の奥を読むような鋭く澄んだ瞳だったせいか、思わず彼女の方から少しだけ距離を取った。

「や、やっぱり無しね! お兄さん優しそうだし、その友人さんのこと待っててあげて」
「ちょっと待って。友人も気になるけど、君のことも気になる。ちょっと僕の目をしっかりと見てくれないか?」

 思わず怯むようにして彼女はその場を離れようとしたが、それよりも先に先程までとは打って変わって男は自分から彼女の手を掴み、自分の方へ顔を向けさせた。
 淀みの無い済んだ瞳で男は彼女を見つめたが、そんな目をした男を彼女は今まで一度も見た事がなかったこともあり、少々恐怖を覚えた。
 まるで本当に彼女の心を読み取っているかのような吸いこまれるような瞳に彼女は思わず顔を逸らしたが、男は決して掴んだ腕を離そうとはしない。

「ちょっと! 離してよ!」
「君、なんでこんなことをしているんだ? 誰かに脅されたりとかしてるのか?」
「違うから! 離してってば!」

 軽い口論のようにも見えるが、多少の騒ぎとなっているため流石に周囲の目を引く。
 それでも男は彼女の手を放そうとはせず、真剣な眼差しで彼女を見つめながら話し掛けた。
 今まで彼女が出会った事のないタイプの男性に彼女は完全に怯んでいたが、どう足掻いても離してくれなさそうな腕に対して観念したのか彼女は抵抗することを止めた。

「いいわよ分かったわよ。目を見てあげる。但し、ベッドの上でならいいわよ?」
「・・・分かった。ただ、僕はそういうのには詳しくない。君がゆっくりと話せる場所まで連れて行ってくれ」

 半ば諦めでもあったが、彼女はそう言って男がどう出るのか試すことにした。
 元々今日のターゲットとして狙っていたこともあったため、彼女の提案に乗ってくれば所詮は見た事のないタイプの目力を持つ男性であるというだけで、事に及べば同類だと証明できると考えたからだ。
 そこで彼女はベッドまで来るならと条件を付ければ断るかと考えてわざとそう言ったが、結局男はそれでいいと答えた。
 この時点で既に彼女の答えは決まったようなものだ。

『この男以降は全員、ただの獲物。これからはただの狩りになるだけ』

 以外にも彼女はそんなことを考えながらも笑みは浮かんでこなかった。
 それでも笑顔を作り、掴まれていた男の腕を逆に引いてホテルへと向かう。
 結局は一悶着あっただけで、それから先はいつも通りだった。
 ホテルへ連れ込み、シャワーを浴び、一夜限りのお遊びで惑わす。
 だがこれから先の事を考えれば、遊ぶわけにはいかない。
 ポケモンである以上人間よりは丈夫ではあるが、バトルをしたことのない彼女は当然人間相手でも戦うということ自体がよく分からない。
 先日のように怒りに任せて攻撃することも可能ではあるが、そうなった場合立場が危うくなるのは彼女自身の方である。
 そうなれば必然的に彼女が取れる最良の手段は、男を最後まで悦ばせる事。
 最後まで事を致せば十分な隙ができる。
 そのためには繊細な技術と集中力を要する幻影が解けないようにする必要がある。
 それさえできれば、金を盗むのもさっさと逃げるのもいくらでも可能になる。
 だからこそ最大の関門となるのは、絶頂を迎えても集中力を乱さない事だ。
 幸いこの男はこういった場所は不得手であると言っている以上、女性経験も少ないだろう。
 彼女が自身の変化を保つ訓練にはもってこいだ。
 そう考えながら彼女は元の女性の姿へと見た目を変え、浴室から男の元へと戻った。

「お待たせ。それじゃ楽しみましょう」
「君は何故、こういう事をしているんだ?」

 折角のお楽しみムードとなり、彼女もそこそこ乗り気になっていたが、その雰囲気を壊すような一言を男は当然のように言い放った。
 顔も真剣そのもので、とてもではないが今から身体を重ね合わせるような雰囲気ではない。

「愉しいからよ。それ以外に何か理由でもあると思うの?」

 彼女は思わず深い溜め息を吐きながらそう男の問いに対して答えた。
 目の前に裸の美女がいるというのにも拘らず、男は服すら脱いでおらず至って真面目な態度を崩さずにいるため、インポテンツなのかと思えるほどだ。

「君の目は、とても心から愉しんでいるようには見えない。なのに君はこんなことを楽しいと言っている。僕にはそれが理解できないだけなんだ」
「そんなどうでもいい事考えないで楽しめばいいのよ。あなただってそれを期待していたからわざわざホテルまで来てくれたんでしょ?」
「・・・友人にも言われたよ。君は僧侶なのか? って。だから今日無理矢理連れてこられたのに、結局あいつは僕の事などお構いなしに何処かに消えていった。興味が無いわけじゃない。でも、君や他の同じように春を売って生きている女性達の目を見ると・・・とてもではないけれど、何とも言えない気持ちになってそういう気分になれそうにもないんだ。出来る事なら助ける方法みたいなものを知りたいぐらいだよ」

 仏頂面だった男の表情が緩んだかと思うとそんな言葉を吐き、自虐気味に乾いた笑みを見せる。
 しかしその言葉は彼女の琴線に触れた。

『偽善者のくせに・・・』

 彼女はそう呟いた。
 テレパシーではなく、自分の本来の声で呟いた。
 だからこそ彼にその言葉は届いていないし、不思議そうに男は彼女の方を見つめて顔を傾げる。

「じゃあ私の事も救いたいとか考えてるの?」
「当然だよ! なんというか・・・君の目は救いを求めているように見えたから、どうしても気になったんだ」
「じゃあさ、抱いてよ。何が起きても最後まで抱いて。もしもあなたにそれが出来たのならその言葉が本当だって信じてあげる」

 男の言葉に多少の苛立ちを交えながら彼女はそう言葉を続けた。
 男の俯きがちな視線は何処か遠くの世界を見ており、彼女から見ればそれこそ分かったふりをした僧侶もどきに見えただろう。
 だからこそ今後の狩りの訓練ついでに男で最後の悪戯もすることにした。
 この突拍子も無い彼女の提案に男は拒否するかと思ったが、暫く彼女の目を見た後、結局男は首を縦に振った。
 男は一枚ずつ服を脱いでゆき、彼女と同じく一糸纏わぬ姿となった。
 体付きはそこそこといったところで鍛えている様子もない。
 もしも殴られたとしても特に問題はないだろうと判断し、彼女はすぐにベッドに身体を預けた。

「ほら、好きにしていいよ。ただ、殴ったり噛んだりはやめてね」
「え!? あ・・・。ごめん、こういうこと自体初めてだからどうしていいか分からなくて・・・」
「え~!? 童貞なんだ。あんなこと言っといて意外~」

 彼女がそう言って自分の手で胸を軽く持ち上げると、男は先程までとは打って変わってかなり動揺してみせた。
 男が彼女が予想していたよりも初心だったこともあり、彼女の中で軽く嗜虐心に火が点いた。
 普段ならば手慣れた男達に股を開くだけでよかったが、今回は女性に触れた事すらないその男の手を引き、彼女の横に寝かせた。
 そして彼女が横から男のまだやんわりとしか硬さを持っていないペニスを掴み、優しく揉んだ。
 彼女の手が触れると男から呻き声のような吐息が漏れ、彼のペニスがあっという間に硬さを得たのが分かる。
 そのまま手でこねるように動かし、亀頭を円を描くように弄って男の反応を愉しんでみた。
 他人に触られるという事自体が男にとっては初めての体験だったからか、ほぼ常に驚いたように目を丸くして短く息を吐くだけだった。
 しかし男性がそんな反応を見せる事自体が彼女にとっては初めての経験のため、思わず楽しくなってそのまま弄り続けていた。
 すると彼女の手の中でこねられていたペニスがビクンと跳ねたかと思うと精液をビュッと噴き出し、一度きりの小さな噴水を作り出す。
 あまりにも唐突な出来事に彼女も思わず目を丸くしたが、あっという間に果てたその男はあまりにも面白く、まるで今まで見てきた男性達とは別の生き物なのではないかと思えるほど彼女の中の嗜虐心が掻き立てられてゆく。
 手の中に残った精液は独特の臭いを放ち、まだ一度しか放っていないのに男は既にぐったりとしている様子だった。

「あらら、ごめんなさいね。これで許してくれる?」

 そう言って手に付いた精液を口へと運び、舐め取ってゆく。
 若干の青臭さと果実のような甘味が口に広がり、今まで彼女が飲まされてきた精液に比べればまるで蜜にも思えるほど美味だったせいでまたも彼女は目を丸くした。
 荒い吐息を出すばかりで声を出す余裕すらない男を尻目に、初めて出会った美味しい蜜に彼女は思わずもっと欲しいと本能で感じ、少しずつ硬さを失ってゆく男のペニスへ舌を這わせ、口へと運び込んだ。
 男の身体が今一度強張り、下腹部に力が集中したのが分かるが、そんなことお構いなしに舐め上げてゆく。
 多少の青臭ささえ我慢すれば男の精液は美味しく、思わず彼のペニスが再度硬さを持つと彼の腹部に飛び散っていた精液まで全て舐め取るほどには気に入っていた。
 このまま食事代わりに男の精液を吸い続けてもいいかもしれないが、それでは彼女の本来の目的は達成できない。
 とはいえ我慢するのも難しいため、あと一度だけと決めてもう一度彼のペニスを頬張った。
 硬く熱い彼のペニスは既にその先から甘い蜜を少しずつ溢れさせており、もう限界とでも言わんばかりに彼女の口の中で跳ねている。
 絶頂を迎えたばかりでそのまま舐め続けられたこともあり、男は既に強制的な絶頂を繰り返されていた。
 既に男にとっては拷問に近い状態だったが、それでも気持ち良いことに変わりはなく、元々不慣れという事も相まってただただ成すがままとなっていた。
 ジュプジュプと音を立てながら、獣本来の長い舌を使って全体を絡め取るように扱きあげてゆく。
 ペニスの先からは少しずつ甘い蜜が溢れ続けているが、流石に最初の一回目のように一気に噴き出すというようなことはなく、流石に彼女もつまらなくなってきたため口で弄ぶのを止めた。
 ようやく強制的な快楽地獄から解放されたこともあり、更にぐったりとした様子で男はベッドに身体を預けていたが、ただ舐めていただけの彼女には当然ながら余裕が有り余っている。
 硬さを保ったままの男のペニスに擦り付けるようにして彼女の秘部が宛がわれ、それと同時に今度は彼女が初めて男の上に跨る。
 精液の味からかそれとも嗜虐心の昂りからか、彼女の方も既にかなり濡れており、挿れるには十分な湿り気を帯びていた。

「待っ・・・待って・・・。ちょっとだけ休憩させて・・・」
「だめ。まだ私が気持ち良くしてもらってないもん」

 ようやく男が言葉を口にできたと思ったら、彼女は無慈悲にも笑みを浮かべてペニスの裏筋と自分の恥肉を擦り合わせ、感覚をより滑らかに鋭敏にしてゆく。
 震えるような声で男は更に息を吐いたが、込み上げる快感が更に増してゆく中で彼女は擦り合わせていたペニスをその硬さを利用してグッと押し付けて恥肉を押し広げさせ、先端からぐにゅりと呑み込んでいった。
 涙を浮かべた男の顔を見下ろしながら彼女の中へと男の意思と反するように滑り込んでゆくペニスを感じ、彼女は何とも言えぬ征服感を味わい、背筋を駆け抜けるような衝撃に身震いした。
 腹の内側から男のペニスが彼女の中を押し広げるだけではなく、反り返ったその方さの分だけ押し広げられているようにも感じるほど深くまで刺さりこみ、その存在感を示している。
 その上脈動するように彼女の中でリズミカルにビクンビクンと跳ねており、とうの昔に彼のペニスは限界を迎えていることが容易に想像できる。
 そんな状態で彼女の膣奥へと招待された彼のペニスは、深々と入ったペニスに反応して収縮する彼女の動きに合わせて快楽をもたらしているのか、挿れているだけで男は言葉にできないほどの快感を味わっているようだった。
 男の上で彼女はそのまま腰を上下に動かしたりくねらせたりといった動きをし始めたが、この時に彼女が感じた快感は今までの非ではなかった。
 パンッパンッと二人の身体がぶつかり合う音が小さく響き、その音を掻き消すように男と彼女の嬌声が響く。
 男はとうの昔に限界を越えているため、ただ無限に続くような快楽を強制的に与えられ、痛みを伴うような射精を続けていた。
 それもあってか既に彼女の中の滑らかさは限界を越えており、次第にジュプジュプという愛液と精液の混ざり合った液でできた小さな水泡が弾ける音が聞こえるようになり始めていた。
 彼女にとっては初めての貪るようなセックスだったためか、本来の目的も忘れるほどに息を荒くしながら腰を動かし続ける。

「待ってくれ! 一旦、一旦止めてくれ!」

 懇願するような声を男はようやく発することができ、それを聞いて彼女がようやく我に返った。
 パチュンという音を立ててペニスを今一度彼女の最奥まで招待し、その状態でニヤリと微笑んで彼の顔を覗き込んだ。

「いいわよ。その代わり、これを見ても一旦止めるだけで済むかしら?」

 そう言って彼女は変化を解いた。
 バチバチという音と共に男の上にいた美女は黒灰色の獣へと姿を変え、変わらない笑顔で彼の顔を見下ろしていたが、それを見上げる男の表情は変わっていった。

「もしかして・・・君はゾロアークなのかい?」
「ええ、残念だったわね。初めてがポケモンで」

 快楽に歪んでいた男の表情が少しずつ元に戻ってゆく。
 そして最後には怒りか絶望に満ちた表情を見せる。
 そうなる瞬間を今か今かと彼女は待っていたが、男が見せた表情は微笑みだった。

「人間と、こうして身体を重ねるのが君の目的だったのかい?」
「そうよ。こうして一番愉しい時に元の姿に戻ってあげるのが一番の楽しみなの」
「とてもよく人間を観察したんだね。ポケモンだったなんて全く気が付かなかったぐらいだよ。言葉は覚えたの?」

 男の次の言葉に期待していた彼女は表情を失った。
 そんな言葉が来ると予想していなかったせいで、何と答えていいのか分からなくなってしまったのだ。
 彼女は初めて自分が今までやって来た努力を褒められ、今まで何を考えていたのかすら吹き飛んでしまった。

「ず、ずっと前に・・・覚えさせられたの」

 余計な思考が吹き飛んだからか、彼女は初めて誰かに自分の身の上を話し始めた。
 生まれてからこの技術を手に入れるまでの努力と、そして捨てられてから今までの日々・・・。
 話している内に彼女も行為などどうでもよくなり、普通にベッドに腰掛けて話していった。
 楽しかった日々を口にして笑顔になり、苦しい別れの記憶と投げ出されて死ぬような目に遭った日々を思い出して涙を浮かべ、その一つ一つをしっかりと聞いてくれるその男を見ている内に、淡い感情がまた芽生えてしまった事にも気が付いた。
 色んな感情が混ざり合って溢れ、時折テレパシーを使う事すら難しくなっても男は・・・否、彼はずっと彼女の話を聞き、苦しいのであればもう話さなくてもいいとも伝えてくれた。

「もし、今の私があなたの事を好きだと・・・あなたに恋をしたと言ったら、やっぱり嫌よね?」

 何度も言葉に詰まりながらも今までずっと心の中に積もり続けた思いを全て打ち明け、彼女は最後にそう言葉を続けた。
 彼はそのまま正面を見つめ、真剣な表情で少し考えた後、口を開いた。

「正直分からない。いきなり・・・その、エッチから始まってるし、半ば強引にされたりとかもあるし、そもそもポケモンと人間で恋愛なんて成り立つのか・・・とか割と不安だよ。でも、そういうのも全部含めて、君はずっと悩んで迷ってたんだと思う。だからこそ、ポケモンだとか人間だとか、そういうことは全部抜きにした僕の正直な気持ちとしては、君の事はとても好きだ。多分、君は本当はとても優しくて繊細な心の持ち主なんだと思うから、僕も結構君に惹かれてるよ」

 そう言って彼は笑ってみせる。
 その言葉に嘘偽りが無いのはよく分かる。
 だからこそ彼女はとても嬉しかった。
 彼が見てくれているのは、紛れも無く今の彼女なのだと分かるからだ。

「答えにくい質問に答えてくれてありがと」

 そう言って彼女は長いマズルの先を彼の頬に擦りつけるようにしてキスをした。
 既に事後という事もあってなのか、案外彼は満更でもなさそうに照れてみせる。
 そんな様子を見て、彼女は今一度彼に話し掛けた。

「ねえ、先の事はどうでもいいからさ。今だけは私の事、抱いてくれない?」
「えぇ・・・また? 正直もう体力的にきついよ」

 彼女の言葉に対して、彼はあからさまに嫌そうな表情を浮かべる。
 とはいってもポケモンだから嫌だというわけではなく、初めての夜で既に疲れている様子だったからだ。
 それを見て彼女は何故か微笑み、言葉を返す。

「一回だけでいいから。あなたの好きなように愛してほしい。それが私の本当の望み。そうしてくれたらあなたが言ってた通り、多分私は救われるはずよ?」

 少しだけ無邪気さを含んだ笑いを見せてそう話すと、彼もどうやら自分の言っていた言葉を思い出したようだ。
 自分の発言に少しだけ後悔したのか小さく溜め息を吐いていたが、それでも彼はしっかりと彼女の目を見て頷いた。
 そして彼女は初めてゾロアークの姿のまま彼と唇を重ねた。
 唇と唇を重ねただけのキスはものの数秒ほどでそのまま離れ、それ以上の事を既にしているというのにも拘らずに二人共気恥ずかしそうに視線を逸らす。
 お互いに体を捻じって上半身だけで向かい合わせになったままだったが、その空間と空気は恥ずかしくもあり心地良くもある。
 彼の右手が彼女の右手を取り、人の物とは違う長い爪を優しく掴んで撫でると、ただそれだけで彼女の心の中にずっと開いていた穴に優しい気持ちが満ちてゆくような満足感が得られた。
 自然と彼女の空いていた手は彼の肩に伸び、腕をなぞる様に優しく撫で下ろす。
 するとそれに応えるように彼も彼女の肩に手を伸ばし、彼女の腕の形状を確かめるようにゆっくりと撫で下ろしてゆく。
 それだけではなく顔や長い髪等も彼女に触れていいか確認しながら一つずつ撫でていってくれる。

「思ってたよりも随分とフワフワだね。ずっと撫でてたいよ」

 そう言って彼は笑ったが、それでは彼女としては不満だと言わんばかりに口を尖らせた。
 だが、彼女の本心としてはこれ以上ない程に嬉しい言葉だった。
 自分という存在を見てもなお笑顔を向けてくれることが、彼女はただ嬉しかった。
 しかしこのままでは本当に犬でも撫でるようにずっと撫で続ける事だろう。
 そう感じた彼女は自分からベッドに体を預け、物欲しそうな瞳で彼を見つめた。

「あんまり焦らされるのには慣れてないの。お願い」

 そう言って彼女は自らの秘部を長い爪で器用に開き、透明な糸を引く程に仕上がった彼女の中を顕にした。
 正直な所、こんなことで彼の反応など得られると思っていなかった彼女だったが、それを見せつけられてあっという間に力を取り戻す彼のペニスに思わず彼女が目を丸くしてしまった。

「なあに? もしかして、この姿で誘われてもあなたは興奮するの? とんだ変態さんね」
「そうなのかもしれない。でも、それ以上に君に誘われたことが、正直一番興奮してる」

 悪戯っぽく微笑んで見せる彼女の言葉に対し、彼は真面目に答えたせいで尚更彼女は興奮させられた。
 胸の中がむず痒いような感覚に襲われ、今まで何度もそうして男を誘ってきたはずだというのに、彼女はとても恥ずかしくて仕方がなかった。
 思わず顔を背けたが、そんな彼女に彼はゆっくりと覆い被さるようにベッドへと昇り、彼女の横顔に自分の頬を擦り付ける。
 自然と彼女の腕は彼の背中へと伸びており、同じように彼の手は自分のペニスと彼女の顔へと伸び、恥ずかしそうにする彼女の顔をスッと持ち上げた。

「今更色々と順番がおかしいけれど・・・君の名前を聞きたい」
「無いわ。名乗った名前はあっても貰った名前はないの。だからあなたが付けて。そしてあなたの名前を教えて」
「僕はミキト。君に僕が名前を付けてもいいのなら・・・君の名前はクロユリ。それが相応しいと思う」

 ミキトがそう言うと、クロユリは貰った名前への答えの代わりに彼の唇を奪った。
 初めて自分から求めるようにミキトの口の中へと長い舌を伸ばしてゆき、戸惑うような動きを見せる彼の舌へと絡め合わせる。
 より深く舌を絡ませるためにクロユリは顔を斜めにずらしながら牙で彼の顔を傷付けないようにより深く顔を近づけた。
 そして結局、初めてのディープキスで一杯一杯になっているミキトのペニスにあった右手をクロユリはそっと取り除き、彼のペニスをそのまま自分の秘部へと招き入れた。
 クロユリの口の中へとミキトの荒い息が吹き込まれ、自分の中を感じてくれているのだと分かると彼女にも快感がじんわりと広がる。
 誘いこまれたミキトのペニスはクロユリの滑らかな膣壁を押し広げてゆき、互いにその甘美な刺激を堪能していた。
 荒い吐息がやたらと大きく聞こえ、ミキトのペニスがクロユリの最奥まで辿り着くだけで痺れのような強い刺激が彼女を襲う。
 そんな経験は今まで毎日のように夜伽を重ねていたクロユリにとって初めての経験だった。
 ただミキトのペニスが自分の中に挿入されていると感じられるだけで心臓が高鳴り、全身がふわりと浮かび上がるような快感に包まれる。
 クロユリの方は今までにない快感に全身の毛が逆立つような感覚を愉しんでいたが、当然ミキトの方はそうはいかない。
 クロユリに好きにしていいと言われたものの、入れているだけでリズミカルに収縮する彼女の膣内はミキトにとってはこれ以上ない程の名器。
 とてもではないが、これが初めての行為であるミキトには太刀打ちできるような代物ではない。
 心臓が胸を突き破るのではないかという程内側から叩きつけ、ただそうしているだけで呼吸が追いつかなくなったミキトはクロユリとのキスを止めて、必死に新鮮な空気を取り入れる事しかできない。
 だが、その間もクロユリはただ待っていた。
 もう変身を解く必要も無ければ、絶頂を迎えないように気を遣う必要も無い。
 あるがままの彼女を受け入れてくれるミキトが、自分からしてくれることを期待で更に鼓動を早くしながら今か今かとクロユリはただ待ち続けていた。

「た、多分そう長くは持たないと思うけど・・・動くよ」
「キュー・・・」

 荒い息を整えながらミキトがクロユリにそう告げると、彼女の鳴き声が返ってきた。
 瞳に溢れんばかりの涙を蓄え、今にも泣き出しそうな悲しげな声にも聞こえたが、その表情は恍惚とした雌の表情そのものだった。
 今まさにその時が訪れると思うと、それだけでクロユリは快感が増してゆき、テレパシーを使えるほどの余裕が無くなっていた。
 腰を動かす前にミキトは優しくクロユリの頬を撫で、長い彼女の髪束を軽く指で梳かしながら彼女の表情を見つめ、そしてゆっくりと腰を引く。
 膣壁とペニスが擦れ合い、ビリビリと痺れるような衝撃が一人と一匹の身体を駆け巡り、ミキトは思わず腰に力が入らなくなりそうになる程だった。
 半分ほどクロユリの膣内からペニスが引き抜かれ、一度ミキトは息を整えていたが、待ちきれなくなったのかずっと預けられていただけだったクロユリの腕にグッと力が入り、抱きしめるように彼の身体を引き寄せた。
 それにつられてミキトのペニスは今一度彼女の中を押し広げてゆき、進む度に少しずつ強くなってゆく力に先程までよりも更に深くへと沈み込んでいった。
 途端にミキトを抱きしめるクロユリの腕の力が非常に強くなり、それに呼応するように彼女の中がギュッと収縮する。

「キューン!」

 一つ、高く長い鳴き声が放たれたかと思うとギチギチと音が鳴りそうなほどにクロユリはミキトと彼のペニスを締め上げた。
 ただ挿れられただけで絶頂を迎えたのは、クロユリにとって初めての経験だっただろう。
 たった一日で幾つもの初めてを経験しながら、クロユリはようやく本当の意味で長い夜を楽しむことができた。
 暫く抱きしめた後クロユリは脱力し、ぐったりとした様子で細かく息を吸っていたが、どうやらミキトにはまだ余裕が残っていたようだった。
 既に何度か射精していたこともあり、ミキトはなんとか持ちこたえることができた。
 そしてようやくミキトは彼女の膣内を堪能し始める。
 まさかこのタイミングでミキトが腰を動かしだすと思っていなかったのか、それとも押し寄せる快感の波に耐えられなかったのか、クロユリの下半身が小刻みに震え、ミキトの腰に足を絡みつかせるようにギュッと力を加えた。
 しっかりと押さえ込まれてしまったこともあり、ミキトはあまり腰を動かすことが出来なくなってしまったが、代わりにと小刻みに腰を振り始めた。
 悲鳴のような小さな鳴き声が聞こえ、その度にミキトを抱きしめるクロユリの四肢に力が籠る。
 これまで以上の快感を味わい、流石のクロユリも首を横に振りながら必死に耐えていたが、ある意味無慈悲にミキトは腰を動かし続けた。
 彼のペニスが痛みを発しても構わず腰を動かし続け、遂に痛みを上書きするように快感が包み込む。
 そして最後の力を振り絞る様に残り僅かな精液を彼女の中へと注ぎ込んだ。
 疲労困憊という言葉がこれほどまでに似合う状況はないだろう。
 お互い慣れないことをしたせいでそのままの姿勢から動く事も出来ず、疲れに任せるようにして眠りに就いた。
 翌朝になり、泥のような眠りから二人は目覚めると、そのまま身体の汚れを奇麗に落とし、ホテルを出ていった。
 二人で出ていったことも、誰かの横を歩くのもクロユリにとっては初めての経験だったが、もう彼女にとってそれはどうでもいい事だった。

「やっぱり僕にはまだ、この複雑な気持ちの整理はつけられない。でも、君をこのまま見捨てたくもない。初めはお友達から・・・じゃないけど、ポケモンとトレーナーっていう関係からでもいいかな?」

 公園の片隅でミキトはゾロアークの姿のままのクロユリにそう伝えた。
 答えは口にするまでもなく、彼女は返事の代わりに喜びを隠さずにそのまま飛びつくように抱きしめる。
 そんな彼女の顔は、幸せに満ち溢れていた。

『夜な夜な男を惑わす悪狐が、美女に化けては歓楽街を彷徨っている』

 ようやくそんな噂が流れ始めた頃、噂はそのまま都市伝説として夜の街の話のネタになっていた。



 だが"彼女"はもう今はいない。


あとがき [#30yAuIa] 

初めましての方は初めまして、COMと申します。
今回は久し振りの仮面小説大会参加になりましたが、7票もいただき優勝させていただいました。
色々な方にこの作品を楽しんでいただけたようでありがたい限りです。

以下大会で頂いたコメント返しです。

心に響きました…
>>ありがとうございます。

面白かったです
>>ありがとうございます。

最高
>>ありがとうございます。

身体を重ねることだけを知っていた彼女が、心を重ねる幸せを感じて生きていけますように。
>>"彼女"はもう蘇ることはないでしょう。

長い独り歩きが心地よいです。
>>一期一会のような出会いとそこにおける彼女の心境の変化を描きたかったため、彼女の日常を見せるような様々な反応を見せる人々を登場させました。

私もこんな風にゾロアークとキャッキャウフフしてみたいですなぁ……
>>分かりみが深い。

 ありのままの彼女を受け入れてくれる相手に最後には巡り会えたハッピーエンドでした。
 いっそ最初からすっぴんの方でお願いします……っていうのは野暮ですねw
>>こちらの界隈ではご褒美でしかないですからねw

以上でコメント返しを終わります。
また別の作品のプロットも浮かんだので別の作品で会いましょう。


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Last-modified: 2019-12-15 (日) 11:43:14
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