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愛を送る日

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愛を送る日 

writer――――カゲフミ

「ねえ、フェイ」
 自分の部屋の中。特に何をするでもなくベッドの上に寝転がってくつろいでいた僕はヒューリに呼びかけられて体を起こす。
思えば彼女のこの一言から始まったんだったっけ。どことなく僕を見つめる顔つきがにやけているようなそうでないような。
何となくだけど嫌な予感がする。全くもって根拠はないけど僕の勘だ。面倒なことにならないといいんだけど。
「何?」
「私になにかすべきことがあるんじゃない?」
 質問してるのは僕の方なんですが。そんな風に漠然と問いかけられてもなんと答えればいいのやら。
うーん、別にヒューリが不機嫌になってしまうようなことをした記憶はないし、謝る必要はないはず。
それに大体彼女は少しでも不満があればすぐにでも口に出して僕に伝えてくる。こんな回りくどい言い回しをするはずがない。
僕に怒っているわけじゃないとして、だ。目の前の問題が解決していない。結局何なんだ、ヒューリにすべきことって。
「ちょっと思い当たらないな」
 あーあれね、あれだろ、分かってるよ、とか曖昧に受け答えてさり気なくヒューリの口から答えを聞き出す方法も考えはした。
ただ、それは失敗した時のリスクが大きいのでやめておく。どうしても見当がつかないときは正直に言うのが一番ということで。
僕の答えを予見していたのか、ヒューリはあからさまにふうとため息をつく。そんな態度されても困る。分からないものはどうしようもないんだから。
「今週ってさ、愛鳥週間なのよね」
 僕に伝えたときのヒューリの顔は自信に満ち溢れていた。どうだ、参ったかとでも言わんばかりに。
まったくどこでそんな知識を得てくるのか。僕の中ではそういえばそんな行事もあったかな、くらいの認識でしかなかったのに。
僕の中での理解が薄かったのは愛鳥という言葉が具体的にどんな活動を指すのか分かり辛いのが原因だ。
鳥ポケモンを大事にするという意味合いなのは何となく分かるんだけど、どうも漠然としすぎていて。
とりあえずは自分の身の周りにいる鳥ポケモンに気を配る週間ってことでいいんだろうか。普段からヒューリは大事にしてるつもりなんだけどな。
「だからフェイも鳥ポケモンである私を敬いなさいよ」
 ああなるほど。愛鳥週間、という期間を利用してヒューリは僕に何かさせたいわけだ。抜け目がないなほんとに。
だけど愛鳥週間という行事を知られてしまった以上、無視を決め込むと彼女が機嫌を損ねてしまうのは火を見るより明らかだ。
どうしたものか、と少し考えて。僕はポケモンとして彼女が持つタイプのことが思い当たった。
鳥を象徴するであろう飛行タイプと、もう一つ。大いなる力を秘めた竜の能力のことを。
「一般的な鳥ポケモンってノーマルと飛行タイプじゃない? ヒューリはドラゴンタイプも入ってるけどそこはどうなの?」
 世間一般が指す鳥ポケモンと言えば、ムックルやマメパトと言ったノーマルと飛行タイプを持つポケモンのことだろう。
おそらく鳥ポケモンの枠に入るのはこのタイプが一番多いはず。他に該当しそうなのは水タイプのスワンナや、悪タイプのドンカラス辺りだろうか。
チルタリスはドラゴンと飛行を併せ持つポケモンだ。果たして鳥と断言してしまっていいものかどうか。
「べ、別にいいじゃないのよ。私はほら、嘴だってあるし見た目は他の鳥ポケモンに近いんだから……」
 自分が飛行だけでなくドラゴンタイプを持っていることはヒューリも自覚していたようで。僕の疑問はなかなか痛いところを突いたらしい。
チルットの頃なら堂々と愛鳥週間を叫べたのに、今となっては鳥なのか竜なのかちょっと微妙な立場。
確かに彼女の言うとおり、見た目に関して言えばドラゴンよりも鳥と言ったほうがしっくりくる。
そんなに鋭くなく丸みを帯びた嘴も、もこもことしていて柔らかくとても心地よい手触りの翼も。竜よりも鳥が持つべきものに思えるのだ。
「君はドラゴンじゃなくて、鳥扱いでもいいのかい?」
 まるで鳥の方がドラゴンに劣っているみたいな言い方になってしまったが、やはりイメージとしては鳥よりも竜の方が強そうというか厳かというか。
どうしても鳥よりランクが上のような印象を受けてしまう。おっと、これは愛鳥週間に考えるべきことじゃなかったかな。
「だって愛竜週間なんてないじゃない。だったらこんなイベントがある鳥ポケモンの方がいいもの」
 要は自分が週間の恩恵を受けられるかそうでないかがヒューリにとって一番重要な判断基準。ドラゴンか鳥かで、これといったこだわりはないらしい。
確かに言われてみれば愛竜週間ってないな。なんで鳥だけなんだろうか。ドラゴンポケモンだって結構いるんだしあってもよさそうなのにな。
あ、でもあったらあったで愛鳥と愛竜とどっちの週間も敬えとかヒューリが言いそうだからやっぱりなくていいや。
「というわけだから、フェイ。私に何かしてよね」
「何かって言われてもなあ」
 愛鳥週間について特に意識も理解もしようとしていなかったせいかいまいちぴんと来なかった。
取ってつけたような行事でいきなり何かしろって言われてもな。正直気が進まないけど、何もしなかったら後々面倒なことになりそうだし。
僕もヒューリとは穏便に行きたいと思ってる。実質何をすればいいのか、愛鳥週間。うーん、愛鳥……ねえ。
「分かったよ。じゃあちょっとこっちに来て」
 愛鳥という言葉でふと思いついたことがあったので、僕はヒューリを手招きする。
当然僕が何かくれるのだろうと信じきっている、彼女は床からぴょんと勢いよくベッドの上に飛び乗ってきてくれた。
ベッドの上に座っている僕とヒューリ。大体目の高さは同じくらいか。僕が何をくれるのか期待に満ちた目で待ちぼうけているヒューリ。
「じゃあ僕は愛鳥週間の文字通り、君を愛することにするよ」
「そっか、私を愛して……って、え?」
 マメパトが豆鉄砲でも食らったかのように、ヒューリは目を丸くしてぱちぱちとさせている。僕が何を言っているのか良くわかっていない様子だ。
それならそれでもいい。これは僕が考え付いた僕なりの愛鳥週間なんだから。正しいかどうかなんてどうでもいいこと。
「いつも僕の傍にいてくれてありがとう。愛してるよヒューリ」
「え、ちょ、ちょっと」
 慌てふためく彼女にお構いなしで僕はヒューリの長い首をぎゅっと抱き寄せる。案外皮膚はしっかりしてるんだな。もっと柔らかいのかと思っていた。
この辺りは羽毛じゃないドラゴンタイプを匂わせる部分でもある。両手でしっかりと彼女の首を抱きしめてやった。
そして耳元でそっと囁く。うん、なかなかそれっぽいシチュエーションじゃないか。我ながら良く思いついたもんだ。
「もう君を離したくない」
「あわわわ、ああああのねフェイ。そんなつもりで言ったんじゃなくてっ」
 どうしていいか分からずに震える声が僕の耳元で聞こえてくる。美しいハミングとは程遠いけど、心なしかすっきりした気分になれた。
ヒューリに一泡吹かせてやれた達成感からだろうか。もっと軽くあしらわれると思ってたのに、案外効果はあったみたいだ。
「と、まあ。こんな感じでどうかな?」
 あんまり気持ちをかき乱すのも良くないし、この辺で止めておくということで。僕は両手を離して普段通りに振る舞って見せた。
あれ、何か顔が赤いぞヒューリ。ちょっとだけ涙目になってるような気がしないでもないし。もしかして本気にし――――ぶへっ。
「フェイの馬鹿、もう知らないんだから!」
 彼女の剣幕と同時に片方の翼が僕の頬に叩きつけられる。人間で言うなら平手打ち、か。柔らかい羽毛のおかげでほとんど痛みはなかった。
今度は怒りで顔を紅潮させて、ヒューリは足早に部屋を飛び出していってしまった。やっぱり怒らせちゃったか。
何の前触れもなくいきなり何かしてくれという彼女の厚かましさに対するちょっとした仕返しの意味合いももちろんあった。
でも、彼女への愛と感謝の気持ちは嘘じゃなかったんだけどな。まだまだ愛し方が足りないということなのか。
仕方ない。ちょっと高めな飛行タイプ用のポケモンフーズを買ってきて、謝ればきっとヒューリの機嫌も直るだろう。
結局言葉や行動じゃなくて物に頼ることになっちゃったな。来年の愛鳥週間までにはもっと上手な気持の伝え方を考えておいてもいいかもしれない。

 END



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最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 執筆お疲れ様です。

    愛鳥週間はいつも見るような語呂合わせの日とかそういったものじゃなくて、
    普通にある団体が鳥獣保護の意識を広めようとして設定した一週間のことなので割とメジャーな感じのものみたいですね。
    こんなのあるんだって割と最近初めて知りました(

    今回はチルタリスのお話だったわけですが、やっぱり自分が主役の日とかそういうのになると嬉しいものなんでしょうかね。
    本来はドラゴンタイプも含まれるはずのチルタリスですが、こういう時になると鳥ポケモンを主張するのはなんというかあざとい(笑)

    それに対してのフェイの仕返しは、ヒューリにとっては刺激が強すぎたんでしょうね。
    そしてこの後しばらくヒューリはフェイのことを意識せざるを得なくなりそうな……そんな気がします(

    ドラゴン+ひこうなだけあって、チルタリス独特のもふっとした中にもむちっとしっかりとした皮膚があるようで、
    なんかそこらへんはカゲフミさんの揺るがない何かを感じたような気がします(ォィ

    色々と楽しめた作品でした。ごちそうさ(ryありがとうございました。
    ――ウルラ 2013-05-26 (日) 22:11:18
  • ヒューリちゃんカワイイデス!!お持ち帰りしてもいいですか(殴
    と冗談はさておき、フェイがヒューリを抱き締めたときのやり取りが頭に浮かんできて思わずにやけてしまいました。相変わらず表現が上手いですね。執筆ご苦労様でした。
    ――flareon() ? 2013-05-26 (日) 22:43:14
  • ウルラさん>
    愛鳥週間は割としっかりとした行事のようです。せっかくですので小説のネタにしてみました。
    状況に応じて鳥だの竜だの主張するのはいかにもヒューリらしいので今回の愛鳥週間はぴったりだったのです。
    チルタリスはちゃんとドラゴンタイプも入ってますからね。そこはしっかり表現しないといけない使命感がry
    レスありがとうございました。

    flareon()さん>
    チルタリス可愛いですよね。フェイとヒューリのいちゃいちゃににやにやしていただいたのならうれしいです。
    ポケモンと人間のこうしたやり取りは書いていて楽しいですね。
    レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2013-06-01 (土) 22:09:23
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Last-modified: 2013-05-26 (日) 00:00:00
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