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意地っ張りの砦

/意地っ張りの砦

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注:本作は完納小説です。ポケモン同士の交尾、NTR描写を含みます。



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 遙かな昔、我々の種族を滅ぼしたのは、天変地異による寒冷化だったと人間たちは言う。
 ならばこの状況は、まさしく現在にその天変地異が再臨したということなのか……?
 そんな心配に駆られながら、私は巣穴の外に広がる光景に目を見張るしかなかった。
 一面を覆う白霞。木々も草花も地面の土も、白く光る粒子に覆われている。蹄で触れると、鋼の足を刺すような冷気が伝い登った。霜だ。何もかもが霜に覆われ凍りついているのだ。踏みつけると鈍い音を立てて足跡が刻まれ、その縁に透き通った霜柱が煌めいていた。
 今が真冬だというなら、特に不思議ではない光景だ。だが季節はとっくに春爛漫。近くの池にまで全面に氷が張るような時期ではない。寒の戻りにしても限度というものがあるだろう。
 そんな情景以上に、強い不自然さを感じる。
 これほど凍てついた世界にいながら、私自身はまったく寒さを感じないのだ。
 鋼タイプに氷耐性があるからといって、寒いのが平気というわけではない。霜柱の立つ地面に触れると確かに冷たいのに、吹きつける風には春の温もりを感じるとはどういうことなのか。何故これほど暖かな日差しの中にありながら、霜は解けようとしないのか……?
 大きな顔を巡らせて状況を伺っているうちに、更なる違和感に気づく。
 音が、いや、誰かの声が、強く長く遠く響いている。止めどなく延々と放たれ続けていたため、最初は風が凍ったノイズだと思っていた。
 だが耳を澄ませば、それは確かに鳴き声だ。それも暗く重い、怒りや恨み、呪詛の込められた禍々しい。
 この謎の声が、起きている異常気象といったい何の関係があるのか……?
 などと考えを巡らせていると、鳴動をも蹴散らす轟音が近づいてきた。
 凍った木々を叩き折って掻き分けては踏み割りながら、荒く重く駆けてくる足音。
 伴って届いてきた野太い声は、凍えてひび割れてはいたが聞き知った声だった。
「ドッ、ドリデブス、ドリデブスッ! だずげでっ!?」
 霜の粉塵を撒き散らして飛び出してきたのは、臙脂色をした大柄な胴に白い襟飾りを派手に広げた厳つい顔。
 ガチゴラスだ。奴は私とはそれぞれまだチゴラスとタテトプスだった頃からの腐れ縁であり、気軽にバカと呼べるバカである。
 何やら赤黒い大きな岩の固まりらしき物をしっかりと抱えて走ってくる奴の半身はびっしりと霜に覆われており、襟毛を激しく戦慄かせている。いまだ私には春の陽気しか感じられないが、ガチゴラスの様子を見るとやはり相当に寒そうだ。見えている通りの冷気を感じているのだとすると、ドラゴンタイプを持つが故に低温に弱い奴がどれほど苦しんでいるか想像に余りある。 
「ワイドガード!」
 顔の縁から気合いを放って巣穴の前に防壁を張ると、その一部を開いて奴を誘う。
「早く入れ!」
「わ、わりぃ……グアァァァァッ!!」
 雄叫びを上げて巣穴の中に転がり込んだガチゴラスは、荷物を地響きを立てて床に据えると、四肢と尻尾を巻きつけるように抱え込み、湯気を立てる岩塊に顎を乗せてようやくひと息ついた。
「ふ~、助かったぜ。あんがとよトリデブス」
「…………」
 何だか今すぐ外に追い出すべきかとも思えたが、今更細かいことに目くじらを立てる仲でもない。
「やっぱり寒いのか……?」
「見ての通りだよ! 判んねぇのか!?」
「いや、それが本当に私には判らんのだ。こんなに外は凍っているのに、何故か私には暖かい春風しか感じとれん」
「ん……? あ、そうか。お前には効かんのな」
 ガチゴラスは一瞬石頭を傾げ、すぐに得心した顔になって頷いた。
「!? お前、この寒波について何か知っているのか? いや、それより……」
 奴が懐に抱えている岩塊を見据え、私は声を鋭くして詰問する。
「それは何……いや、そいつは誰だ?」
 応えるように、下方から固い音が響く。
 岩塊の四方についている小さな石が回転して床を叩く音。
 その石に支えられて立った岩塊は、よく見ると桶のような形状の上に赤く燃える石炭を山盛りにしていた。
 ガチゴラスの懐で岩桶は向きを変え、石炭に埋もれた顔を見せる。
 そう、その岩桶自体が、鉱物系のポケモンだったのだ。
「や、初めまして。ウチは先月はるばる遠くからこの化石研究所に呼ばれ、働かせて貰っとりますトロッゴンです。今後ともよろしゅう」
 訛りの強い声で丁寧に挨拶するトロッゴン。その言葉の通り、私たちが住んでいるこの地は人間たちが作った化石研究所のポケモン保護施設であり、トリデプスである私もガチゴラスも古代ポケモンの研究対象として住まわせて貰っている身である。研究員たちの手伝いをするポケモンも多くいてたまに顔を合わせるが。このトロッゴンは最近新たに加わった新入りということらしい。
「おい、ガチゴラス。話口調からするとこのトロッゴンは雌のようだが、お前さっきから何腹をしっかりくっつけて抱きついてるんだ?」
「しゃあねぇだろ凍えて死にそうなんだからよ! 暖まってるだけだ!」
 怒鳴り返しながら、火を噴く石炭の山に顔を埋めるガチゴラス。並みのポケモンなら火傷しそうな行為だが、炎に高い耐性を持つ奴には程良い暖房なのだろう。とはいえ、性別を考慮の上で見ると絵面的に非常にヤバい。
「寒いからって雌ポケ相手にあまり無遠慮に抱きつくもんじゃないぞ。大体お前、アマルルガ姫一筋じゃなかったのかよ?」
 このガチゴラスは、森を越えた山肌の氷室に住む美しい姫君と恋仲である。姫の方も奴の一本気な気質を気に入っているようではあったのだが、冷気の結晶で飾られた身体に触れたくても触れられず、悔しがる奴を姫がからかうのが常だった。
「おう、もちろんその通りよ」
 しかし、ガチゴラスは腕を突き出しながら、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「そして夕べ、遂に俺は念願叶って、姫と一発キメてきたんだぜ!!」

「……何!?」
 バカな……とうとう一念が岩を通したと!?
 寒波についてもトロッゴンを連れてきた経緯についても聞きたかったが、後回しにするしかない。まずは姫との顛末について詳しく聞き出さねばと、私はガチゴラスの話に耳を傾けた。

 ●



 ●

「姫ぇっ! 好きだ! 俺と番になってくれっ!!」
 昨晩、星空の下。
 麗らかな春の夜風に身体を昂らせ、俺は姫の住む氷室に踏み込んだ。
「ふふ、よくぞまたいらしましたの」
 長くしなやかな首に張るオーロラのヒレをはためかせ、姫は優雅に微笑む。
「この春めいた季節、妾も程良く溶けてきた頃合いじゃ。今宵こそ雄を魅せていただけるかえ」
 先端の丸まった銀の尾が婀娜っぽく上げられる。その陰に神秘のクレバスが微かに縁を覗かせ、俺の劣情を猛烈に駆り立てた。
「おうよ!」
 気合いの咆哮を上げ、俺は姫に躙り寄りたおやかな肩口に爪をかける。
 途端、
「ぐお……っ!」
 透き通る結晶に触れた指から、激痛を伴う冷感が腕を伝い背筋までを刺し貫く。
 これまでの俺なら堪えられず爪を放し、縮こまっちまった股間のストーンエッジを嘲笑われ罵られながら泣く泣く退散するばかりだった。
 だが。
「ふぬっ!!」
 俺は歯を食いしばり、姫の身体をしっかりと抱き締めた。いくつもの冷気が俺を串刺しにした。
「大丈夫かえ?」
「何の……愛する姫の体温だ、冷たいほどに心地いいぜ」
 優しい眼差しを心配げに向けてくれた姫に、俺は精一杯の虚勢を張る。
「頑張るのう。何ぞ冷気の対策でもしてきおったかえ?」
「対策? あぁ、したとも……冬の間、水に飛び込み寒風に身を曝し、鱗を鍛えまくったのよ!!」
 ……どうしたトリデブス、何デカい顔を呆けさせてやがる?
 正面突破で姫の全部を抱き止める。それ以外の策なんぞあるものかよ。
 俺の返答に感銘を受けたのか、姫はうっとりと目を細めて首を擦り寄せる。
「知らぬ間に頼もしい雄になりおって。どれ、もっとお主を感じさせておくれ」
 摩擦の温もりをも削ぎ落とす氷のヤスリが俺の鱗を削りにかかったが、意地に賭けて俺は耐え、彼女の横腹を愛撫する。
「あん……っ」
 たちまちオーロラのヒレが、明るく澄んだ緑柱石の色に変わる。悦びの証だった。
 愛撫を深める度に、ヒレの緑も彩りを深めていく。
 やがて、銀の尾が高々と上がり、桜色の谷間を開かせたクレバスから濃密な芳香が立ち上った。
「なるべく、優しくしてたもれ……」
 甘い囁きに誘われて、俺の股間でエッジが硬く張る。
「いいんだな? ヤるぞ、ヤってやるぞ姫ぇぇっ!」
 思いの丈を詰め込んだエッジを、俺はクレバスに叩き込んだ。
「うぐぅぅっ!?」
 腕の中で銀の姿態が軋む。
 クレバスの中はやはり冷たく、氷の牙が生えた大顎に咥えられているかのようで、溶けた潤いに乗せて突く毎に尻尾の先端から脳髄まで凍てつく衝撃が駆け抜ける。
 エッジから神経を強烈に冷やされていながら、俺の中では灼熱の炎が猛烈に勢いを増していった。
「痛い、痛ぁいっ! これ、一度抜いてたもれ、優しくしてと言うたであろうに……あぁっ!?」
「わ、悪ぃ姫、もう腰を止めらんねぇっ!」
 謝りながら細い首を掻き抱く。目の前でオーロラが緑と青との明滅を繰り返していた。
 青は苦痛の色。可哀想に。
 せめて少しでも和らげてあげればと、労るようにヒレに口づける。
「あぁぁ……っ」
 悶え声と共に、ヒレがまた緑に染まっていく。
 俺が姫を気持ちよくさせてあげられてる。堪らなく愛おしい。
 氷のように硬く膨張して張りつめた幸福感が、俺の脳髄を白く白く染め上げた。
「ひ、姫! 愛してる……ぬぐああぁぁぁぁ~っ!?」
 氷点下で沸騰した奔流が、エッジを貫いてクレバスに迸る。
「あぁ、熱い……妾の中が熱く蕩かされてく……あぁぁぁぁ……っ」
 切なく戦慄きながら姫は腰を上げ、注がれた俺の愛をすべて飲み込んだ。
 
 ●

 事を終えた後、姫は腰を落として足を上げ、開いたクレバスに顔を寄せて舐め拭った。
 裂け目から俺の放った白に混じって赤い色がこぼれるのを見て、罪悪感が胸を刺す。
「悪かったな、姫。乱暴にしちまってよ」
 顔を上げた姫は、照れ笑いを浮かべて応えた。
「愛するものに貫かれたのであれば、痛いほどに心地よいものじゃ。そうであろう?」
「姫……」
 顔を寄せて吐息を交わし、小さな唇に大きな顎を重ねて、姫の舌に残る血と種の味を共有した。
「これでもう、お主は妾のものじゃ。他の者に心を向けるなど許さぬぞ」
「もちろんだ。俺が愛するのは、生涯姫だけだ」
「ふふ……妾の勝ち、じゃな」
 それだけ呟くと、疲れたのか姫は首を丸めて、すぐに規則的な息を立て始めた。
 俺という雄を手に入れたことを勝ちとまで言って貰えて、今そこで死んでしまってもいいほどに幸福だった。
 そのままそこで俺も添い寝していたら、それは現実と化しただろう。だが朝になって凍死した俺の亡骸を見たら、姫は嘲笑うか嘆き悲しむか……どちらにせよそれは許されない。
 可愛い寝顔を目に焼き付けて、俺はとっくに限界を超えていた身体に鞭を打ち、氷室の外に転がり出た。
 夜とはいえ氷室より遙かに暖かな風に包まれると、緊張の抜けた身体中が壮絶な悲鳴を上げたが、それすら俺を祝福する万雷の拍手と感じられた。
 俺は遂に、姫とヤったんだ……!!
 至福に浸りながら、俺は夢に意識を沈ませた。

 ●

 固い音が地面を断続的に叩く音が近くに聞こえて、俺は目を覚ました。
 見知らぬ鉱物ポケモン……つまりこのトロッゴンが、俺を覗き込んでいた。
「あんさん大丈夫なんか? えらい凍傷しとらはるやん」
「あぁ、氷ポケモンの姫と交わったんでな。その代償よ」
 簡単な自己紹介と状況の説明を互いに交わす。
「そりゃおめでとさん。よう気張りはったなぁ。ほれ、ウチの身体で暖まっとき」
「おぉ、そりゃありがてぇ」
 身体を起こして、凍てついた腹を石炭の山に翳す。
「なんや、遠慮せんでええで。もっとくっつきなはれ」
 誘惑を断れるほどの気力も体力もなかった。直にトロッゴンにのしかかると、焼かれた身体に活力が灯る。
「ふ~、生き返るぜ」
 姫とは真逆のベクトルの快感に身を委ねていると、腹の下で石炭が掻き分けられた。
「?」
「モノ挿れとき。いっちゃん冷こい想いしはったところやろ」
「挿れろって、え、まさかここって……?」
「へへ、ウチのオメコやねん」
「ちょっ!? いや、それはさすがに……!?」
「タマゴグループ違うんやさかい、浮気にはならへんやろ。暖めたるだけや。かめへんかめへん」
「まぁ……それもそうか……」
 激戦を遂げたストーンエッジは無惨なもので、放っておいては排泄すら事欠きそうな有様だった。
 ここで回復させておけば、また姫と再戦できるかもしれん。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 ボロボロのエッジを、開かれた炉の中にねじ込んだ。
「うぅ……」
 鋼鉄も溶けそうな温もりに包まれて、萎えたエッジに血が通っていく。
「元気になってきはったなぁ。あん、硬くならはってく……さ、しっかり身体擦りつけて、もっと暖まらはってぇな」
「おうっ!」
 トロッゴンを跨ぐ足に活力をこめ、俺は猛烈に躍動した。石炭の中に埋もれたエッジが炉の中を激しく掻き回す。
「ひゃうっ! た、堪らへん、効果抜群や! あ……っ、あぁぁぁぁ~っ!?」
 ものの数撃でトロッゴンは車輪を空転させ、熱い蒸気を吹き上げた。
「へへ、何だ、イっちまったのかい」
「えへへ……あんさんいいモノ持っとらはるわぁ……ほな、次はあんさんの番やで。ウチの蒸気機関に熱いもん注いだってや……」
「ん……いや、それはやめとく」
 すっかり蘇って漲ったエッジを、俺は炉から引き抜いた。
「何やぁ、いけず。タマゴなんてでけへんのに……」
「悪ぃな。お前のもよかったけどよ。俺が注ぎたいのは姫の冷たいクレバスだけなんだよ」
「ま、そない言わはるならしゃあないなぁ。愛されとる姫さんが羨ましいわぁ」
「へへ……お、噂をすりゃ影だ」
 振り向くと、姫が氷室から長い首を伸ばしてこっちを見ていた。
 トロッゴンのお陰で再起した俺のエッジを見たせいだろう。ヒレが見たこともないほど鮮やかな朝焼け色に燃え上がり、瞳は爛々と興奮の陽炎に揺れていた。
「ちょうどいいや。お~い姫、こいつに回復させて貰ったんでよ、良かったらもう一発……」

 ●



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「そしたら姫ってば、何故か突然フリーズスキンハイパーボイスを乱れ打ちしてきたんでな? 慌ててトロッゴンを抱えてここまで逃げてきたって寸法よ」
 なるほど、大寒波の正体はそれだったか。激しい怒りに駆られたアマルルガはハイパーボイスの振動で辺り一面を氷漬けにするというが*1、私は防音の特性で音から発生した効果を無視できる。道理で私だけ寒く感じなかったわけだ。しかしいったい何故、姫はそんな理不尽な暴挙に及んだんだろうか……って、
「何故かもへったくれもあるかぁぁっ!? アマルルガの真っ赤なヒレは激怒の証だよ! 釘を刺した側から浮気されりゃ姫だってブチ切れもするわバカ野郎!!」
 酷すぎるボケを全力のメタルバーストで叩き返した。もし掌が私にあるなら、ガチゴラスのバカ面に目覚ましビンタを張るところだ。
「はぁっ!? だってヌくのは堪えたんだぜ? 姫への操は守り通したのに、なんで浮気扱いなんだよ!?」」
「そやで。それにウチらタマゴグループちゃうんやで? 本気やないことぐらい、姫さんも解らはってええんちゃうのん?」
 ダメだこいつら……姫も気の毒に。
「種を出さなかろうがタマゴができなかろうが関係あるか!? 言っとくが例え相手が同性だった場合でも、並んで歩くぐらいしかしてなかったとしても、他の奴に気を向けりゃ浮気は成立するからな。まして異性にモノ突っ込んどいてアウトにならんわけがあるか!!」
「いや待て、俺がこいつにエッジを挿れたのは、あくまで凍傷を治療するためだぞ! 姫とまたヤるためにしたことなのに、怒られるのは筋に合わねぇよ!」
「せやねぇ。それがあかんのなら、雌ポケは助産師さんにお股開けへんやん」
「理屈としては解らんでもないよ。私はな。だが、それを姫に理解させたいなら、あらかじめ理解して貰っておくんだったな。冷たい身体でも大丈夫だからと身体を許した姫の身になってみろ。一夜明けて炎ポケに寝取られたお前を見たら、騙されたとしか思われんだろうよ!!」
「そ、そんな……」
 本気で事態を理解していなかったようで、ガチゴラスは惨めに肩を萎れさせた。
「っていうかバカはともかく、トロッゴンの方は絶対悪意があっただろ。ガチゴラスのモノを果てるまで楽しんだ上に中出しまで強請っておいて、寝取りの自覚がなかったとか寝言も甚だしいわ」
「や、ウチはこっちの作法を知らへんかっただけやで。間違っとったら堪忍な」
 白々しいんだよ。石炭より真っ黒な腹しやがって。
「とにかくまずは姫にその石頭を下げてこい! フられるのは覚悟の上で、怒りの矛だけでも下げて貰え!!」
「やだよ、俺マジで浮気なんてする気なかったのに、何をどう謝れってんだよ!」
「意地を張るな! 周りの迷惑も考えろ! 姫の冷気に堪えられなかったことを謝ればいい。堪えられないけど何とかしてくれってお願いしてりゃ、姫の方にもヤり用はあったろうよ!!」
「バカ言え、俺は冷気を堪えきる逞しさで姫に売り込んだんだぜ? エッジが凍えるなんてみっともない話、姫に言えって言うのかよ!?」
「言えと言ってんだよ見栄も張るな! 私やトロッゴンには散々醜態を曝しておいて姫にだけ格好つけるなんてそんなの、お前にとっては姫の特別扱いでも、姫にすれば彼女だけ疎外してたってことだぞ!?」
「む……」
「姫はお前を信じていたのに、お前は姫を信じずにすべてを話していなかったってことだ。そんなの、浮気をしたこと以上に謝らねばならんことだと気づかんか!?」
「……」
 ようやく過ちを理解したのか、ガチゴラスはしばし考えこみ、やがて決心したように顔を上げた。
「解った。お前の言う通りだ。姫に謝ってくる」
 ホッと安堵したのは、しかし一瞬だった。
「けどフられることは受け入れねぇ。今度こそ全部話して、姫に理解して貰う」
「バカな!? 怒り狂っている姫の前でグダグダ言い訳を並べる気か!? ハイパーボイスの直撃を至近で浴び続けることになる。最悪命はないぞ!?」
「それで死ぬなら本望だ!」
 この期に及んで、ガチゴラスはガチで石頭だった。
「何で怒られたのか解んなかったから逃げてきたが、俺に非があった以上、姫の怒りも全部正面から受け止める。避けて生き延びたって、そんな命に価値はねぇよ。姫に凍らされてくたばった方がマシだ」
「このバカ……」
「世話になったな。あばよ」
 尻尾を向けてひとり巣穴を出ようとするガチゴラスを、私は呼び止めた。
「待て」
「止めたって俺は行くぜ」
「止めんからちょっとだけ待て! 餞別をやるから食っていけ!!」
 バカにつける薬はないが、状況を少しだけマシにする薬には持ち合わせがあった。
 巣穴の奥に隠していた、蒼くて丸く硬い青玉のような木の実を咥えてガチゴラスに渡す。
「ヤチェの実だ。人間共の果樹園に実っている。冷え性の予防に効果があるそうだから、食っていけば姫の冷気にも少しは堪えられるだろうよ!」
「お、おう……」
 鋭い歯が、青い表皮を音を立てて食い破る。渋い味が苦手だったらしく眉を顰めていたが、ガチゴラスは我慢して嚥下した。
「それと! 果樹園にはナナシっていう黄緑色の実も生っている。凍傷の治療薬だ。それがあれば雌ポケの腹で暖める必要もあるまい!」
「そっか……最後までありがとな、トリデブス」
 まったく。
 このバカは、最後の最後まで……。
「さっさと行けバカ野郎!!」
 私の罵声に尻尾を振るだけで応え、臙脂色の影は白霞の中へ消えていく。
 巣穴には、私とトロッゴンだけが残された。

 ●

 しばらくハイパーボイスは荒れ狂い続け、ひと際猛烈に勢いを高めて。
 やがて唐突に、寒波を収めた。
 いや、姫のものらしい大声は、耳を澄ませばまだ彼方から聞こえていたのだが、それは最早怨嗟の声ではなく蕩けきった嬌声で、聞いた者は燃え立ちこそすれ誰も凍えなどしないであろう。どの道私には効かないが。
「上手いこと行かはったようやなぁ」
「まったく、姫も甘いよ。あっさりと絆されやがって」
「ガチゴラスはん顔もモノもええ雄やさかい、フるの惜しゅうならはったんやろな」
「雄を甘やかすなと言っておいたのに。しっかり躾ておかんとまた泣かされることになるだろうよ」
 吐き捨てると、トロッゴンが意味深に微笑んだ。
「甘やかすなと、言わはったんやな。あんさんが姫さんに」
「そうだが?」
「ヤチェのこと教えとらんかったのも、甘やかさんためやな?」
「当然だ。今回のように命の危険が迫るほど追いつめられたのでもなければ、何でわざわざ私が面倒を見ないといかんのだ」
「姫さんにも口止めしはったん? 甘やかすな言うて。せやから姫さんも、ガチゴラスはんのこと好いてはるのに、対策を調べたり教えたりできへんかったんやろな」
「……何が言いたい?」
「や、ガチゴラスはんの話聞いて気になってな。姫さんコトの終わりに言わはった言うてたやん。『勝ち』やて」
「……」
「ひょっとしたら、姫さんは誰ぞとガチゴラスはんを取り合ってたんやないかなぁ。せやけどガチゴラスはんは姫さん一筋やさかい、そんひとにできたのは精々ふたりの仲を邪魔しはることぐらいやったんやろうな、って」
「…………」

「例えば、氷対策を知っとっても教えんようにしたり、姫さんにも適当な言い訳つけて教えさせんようにしたりとかな」

「………………」
「そんで上手く行かない恋路に悩むガチゴラスはんに、ええ友達のフリして寄り添って、あわよくばいつか振り向いて貰はろうって魂胆やったんやろな。ま、そんな消極的なセコいやり方で雄を手に入れようなんて考える方がドアホや。ほんまの想いもよう告れん、一番の意地っ張りはどなたやったんやろうね、トリデブスはん?」

 ――良かろう。じゃが、もしもあ奴が自力で妾に触れられたなら、その時は妾の勝ちということで、あ奴を好きにさせて貰うぞ?

「……誰のことだ? そんなポケモン、私は知らぬ」
 余程この腹黒トロッゴンめの無駄に回る口にロックブラストを詰め込んで塞ぎたいとも思ったが、それをやってしまったら私の負けだ。
 いやもうどうあっても負けは動かんと解ってはいるが、こうなれば張った意地と見栄は最後まで張るしかなかろう。
 実際、そんな〝トリデブス〟なるポケモンは知らんしな。
 もちろん、私はトリデ〝プ〟ス。
 (プス)をブスと呼び変えていいのは、幼なじみのあのバカだけだ。

 ●完●



*1 シールド版のポケモン図鑑説明より。

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Last-modified: 2021-04-24 (土) 23:56:09
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