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悩める意思

/悩める意思

注意
※官能描写があります。苦手な方はご注意下さい。

writte クロフクロウ



アルア フローゼル♂
北の地方出身。真っ直ぐに立ち向かう強い意志を持っており努力は惜しまないが、口が悪く何かと誤解されやすい。典型的な巻き込まれタイプ。

フォルス マフォクシー♂
調査士として名を知らない者はいない、有名なポケモン。今は弟子にアルアを受け入れ、何かと雑用に利用している。



 ここは大陸の中央、山のふもと辺りに出来た町。
 石畳が続く道に沿い、店が賑わう町はいつの時も忙しく、商いに勤しむポケモンでごった返していた。大きな町には沢山のポケモンが集まり、賑わうのだから、これも一つの自然な流れなのだろう。
 町の北に立つ巨大な建物は、若いポケモンたちが学びの校舎として利用する学校だ。大陸の各地から優秀な学者や研究者、調査士になるため頭の冴えた若者が、今日も勉学に励んでいる。
 ふとまだ入学して間もない、小柄なポケモンたちとすれ違う。自分が目指す未来のために、日夜勉学に励む姿は、輝かしくもあり甚だ忙しい。そんな夜空を夕闇に染まる空を見上げながら、昔にはいなかった自分と掛け合わせていた。
 そんな感慨深い事を思いながら、黒いハットを被ったグラエナはふと頭に過った。
 幼い頃、気が付けば隣にいて、憎たらしい笑みを浮かべながらちょっかいをかけてきたあるポケモン。
 ある時は小馬鹿にする冗談を、ある時はやましい気持ちで突っ突かれ、またある時はセクハラまがいなイタズラをされ頭に来たこと。
 くだらない事で毎日飽きないものだ、と呆れることもあったが、接するうちにそれが日常の一部だと後に気付かされる。
 思い出というのは過ぎ去った時間がより色濃く記憶に刻まれていくもの。己が記憶した紛れも無い真実を心の記憶に記していく。
 馬鹿な生業に自分を見つめ直す期間は山ほどあった。だがまだ答えは出ていない。時間が経てば解決してくれると思っていた。だがそう簡単に導き出せるものではないと、理解はしていた。それなのに――
 白い吐息がグラエナの立派な牙を装いにあがる。風が冷たい。もうそんな時期なのか、と冷え込む空気に身に締め、また一歩踏み出した。
「そこのグラエナのお姉さん」
 突然の何か耳を突き通すような声。少し不気味にも感じたが、その正体を見ようと本能的に振り向いていた。
「……何?」
 通り過ぎた時には気付かなかったが、黒い布を被った物体がふわふわと浮遊していた。独特の雰囲気がその物体の周りを圧制しているかのように。
 一瞬何者だ、と目を拗らせたが、隙間から見える怪しい瞳に、正体はある程度確信していた。
「いやぁ、何だか黄昏ているのを見てなんだろなぁ、と思ったからですヨ」
 感慨に耽っていた表情をまじまじと見られていたらしい。趣味の悪い。不気味な言葉により警戒心が高まる。
「別に、そんなつもりじゃないわよ。用はそれだけ? それじゃあ」
 怪しすぎるポケモンに関わるのは得策ではない。グラエナの鋭い眼光は相手を一瞬で萎縮させる。威圧させて反撃を与えない。これで終わり、何事もなかったかのように立ち去る。
「いやいや、それだけ? 何か……思いのあるポケモンを頭に浮かべていたのでは?」
 また立ち止まってしまった。今度はまるで何もかも見通されたかのような言葉に、耳を傾ける。
 今、自分が最も敏感になっていることをしょっ引かれては、無視するわけにはいかない。これもまた本能がものを言う。
「何者あんた? いきなり話しかけたと思ったらあたしのことを知っているような口調で」
「ヒッヒッヒ、これは失礼しましたねぇ。相手の思っていることを読むのが少しばかり得意なんでネ。ワタシはロミー。ちょっとした旅の薬屋でして」
 夕闇の空にふわふわを浮かんだ一枚の布切れ、それがバッとはがれると、相手のポケモンの姿が現れる。
「悩めるあなたに、是非試してもらいたいものがあるのですヨ……」
 この時、少しでも感じた危機感を見失った事を後悔することになる。
 闇のように深い、暗い瞳をしたボクレーに対して甘かった自分を。

1 


 今日は一段と冷え込むな。そう言いたくなるのも無理はない。
 西日はもう山の向こうに隠れ初めている。日の光の恩恵も無ければ山からの冷たい風が体を冷やす。フローゼルのアルアは冷える体を震わせ、町を歩いていた。
 冬の長い地域で育ったアルアだが、ここの寒さはまた地元とは違う自然の冷たさがあり、冷えた夜に外に出るのは正直あまりしたくない。
 何せ、調査士になるために学校に入ったのは良いが、卒業だけでは目的の調査に就く事が出来なかった。
 経験不足、知識不足、何よりアルアの自身の能力に目を向けてくれる師がいなかった。たった一匹を除いて。
 それでフォルスというマフォクシーの元で弟子として一人前になる為に、今も色々と教わりながら勤しんでいる。――とは言うものの、殆どが雑用として扱き使われている為、傍から見ればただの召使いとして見られているらしいが。
 そんな師匠から一方があった。急な話があるから至急町の広場に来てくれ、と連絡が来たものだから、急いで向かっている。
 寒い。面倒くさい。
 何故わざわざ広場まで行かなければならないのか。話なら、学校や居候している家でも良いのに、よほど急いでいるのだろうか。
 ブツブツと文句を言いながらも、小走りで駆けていくアルア。不服ながらも、師匠の言う事には絶対服従の精神が備わってしまったのは大きな醜態だ。
「あんなクソ師匠に敬意を払うなんて屈辱の極みだぜ、たくっ――」
「おう、その師匠ってのは全くもってけしからん奴だな」
 突然強い力でグッと首の浮き袋を何かに引っ張られ、アルアはバランスを崩して転倒しそうになる。
「ンゲッ! フォルスさん……」
「これはまたタイミングの良いときに、とか思っているだろ、アルア。お、図星か? ん?」
 やけに口の吊り上った笑みが気持ち悪いマフォクシーが。この変な感触に引っ張られているのはマフォクシーの持つ木の枝か。
 マフォクシーの枝は技を使う時に使用するものだ。決して弟子の浮き袋を引っ掛けて足止めする為にあるのではない。
 少し体の毛に癖毛が目立つ、オスのマフォクシー。年もアルアの倍近く生きているが、アグレッシブな言葉と行動、顔立ちの良さが年老いた雰囲気を感じさせない。
「いやーまさかーそんなソンケーすべき師匠に悪口など、言うわけないじゃないですかハハハ」
「清々しいまでの棒読みだな。破門にするぞ」
 力一杯、木の枝を振り回しアルアを解放させた。バランスを崩し、転びそうになるアルア。生意気な弟子を見る目はいつものフォルスと何も変わらない。
「っと、そんなくだらない事はどうでもいい。お前と話しているとつい無駄口が出る」
「それは勝手に自分で自滅しているだけじゃないんですかねぇ……」
 などとまた余計な口を挟むと、今度は軽い火の粉がアルアの腰辺りに飛び散る。寒い気温に丁度――いや熱すぎるくらいの炎にアルアはその場で悶えた。
「お・ま・え・も! その口、いい加減直さないといつか痛い目みるぞ」
「もう痛い目にあっているんですが……!」
 傍から見れば師匠と弟子の関係とは思えないだろうが、互いの口の悪さが相容れぬ事に、口喧嘩から始まるのはいつものことだ。
 これでもフォルスは立派な調査士として結果を残している。アルアも実績や能力は尊敬しているも、それが本人に対してのそのままの敬意になるとは限らない。
「俺は少しここから離れることになった。昔の友からすぐ伝えたい、と話はあったが、詳細も何も分からないからいつ帰ってくるか不透明だ。だから、しばらく留守を頼みたい」
「は? それはいいですがまた何で急に?」
「それは俺の機密事項に関わるからな。今は言えない」
 それは別にいいのだが、と少しフォルスの焦ったような口調の方が気になっていた。
「かなり重大な厄介事ですかね」
「さあな。けど悪い、これは軽々しく話して良い内容ではないんだ」
 誰にしも事情があるのは確かだ。これ以上自分が深追いする必要はない、とフォルスなりの締め方だろう。
「分かりました。ではオレはいつものようなお師匠さんの帰りを待っていることにしますよ」
「ハッ、相変わらず可愛げの無い。俺がいない間、色気付いた子でも連れ込んで汚すんじゃねぇぞ」
「それが行ってきます、の言葉かよ! だからいつまで経ってもツガイが出来な――」
 去りゆくフォルスに聞こえないように吐き捨てたつもりだったが、耳の大きいマフォクシーにはバレバレだったらしい。‘マジカルフレイム’の炎が目の前に見えた時にそう確信した。



 自然の厳しさとは言うが、それに対応していくのもまた生きる者の務めなのか。ポケモンがその土地に居座る理由は様々だが、中でも環境に適した進化をするイーブイというポケモンは、ある意味羨ましいとつくづく思う。
 まだ冬は始まったばかり。アルアにとってもまた長い冬の幕開けであった。
「はい、フィラのみを溶かしたスープ。持ち帰りだね、アルア君」
「あんがとよ。やっぱ冬になったらここに来ねぇと始まらないからな」
 日も落ちてきたにも関わらず、まだ賑わいがある広場の澄で営むベイリーフの店員はツルを器用に扱ってアルアに手渡した。
「また今日は一段を寒くなってきたからね。風邪を引かないようにするのよ」
「分かっているよ。ニーファさんのこのスープがあれば冬は乗り切れるからな」
 ニッと笑みを浮かべるも、ベイリーフの店員、ニーファは少し物悲しい表情をしていた。
「冬を乗り切る……かぁ。ごめんね、私の所でそれは無理かな」
 するとニーファは俯き、アルアから視線を反らした。
「この店ね、明日で締めるの。今までここで長い事やっていたけど、ちょっと立地と噛み合わなくなってきて……」
 アルアの表情から笑みが消えた。いきなりの言葉に、驚きが隠せなかった。
「いつまでもやっていきたいけど、潮時というのがあるからね。友達が今この町に来ているから、そのポケモンと一緒に明日町から出て行くわ。 何とか最後にアルア君の顔が見れてよかった。いつも贔屓にしてくれていたお客さんを余所に畳めないからね」
 少し無理をした表情ながらも笑みを浮かべるベイリーフのニーファに、アルアはそれが息苦しく感じた。
 潮時、と言いながらその複雑な表情。象って作った気持ちが露わになっている事に気付いていないわけない。
 グッとスープの入った器を握り締める。何か気持ちが張り裂けそうになっていた。
「それが、ニーファさんの意志?」
 痺れを切らしたアルアは少し強い口調で言った。
「オレはここで、この場所で飲むスープが一番美味いと断言できる。まぁ、そんなのオレの勝手な意見だけど、出来る意志がある限りやって行って欲しいな」
 惜しむ気持ちは悠々にある。だからこんな大人げない言葉をかけてしまった。
「嬉しいな、アルア君の口からそういう言葉をくれるなんて。でも、アルア君が思っているほどこういう商売は甘くないってこと。裏の仕事も大変だし、どんだけ頑張っても赤字になってしまったら立て直すのは難しいから……」
「けど……本当のとこどうなんだ? ここでやっていきたいんだろ?なら、続けていけばいいじゃないか。色々と逆境はあるかもしれないけど、やっていきたいならやめる必要なないと思うぜ」
 ただ真っ直ぐは言葉。決して自分のエゴを突きつめたのではない。ただニーファの迷った表情の真意が気になっただけ。夢破れ、諦めていく姿が悲しくて放っておけないからだ。
「そんな事言っても……現実ってのは時に非情なの。続けたくても、やり続ければ続けるだけ誰かを不幸にさせていくこともあるの。ここもそう、広場がすぐそこにあるのを理由に、たくさんのお客さんの前で出したいと思って次のポケモンが控えている。あまり人気がなければ、次に出す人気が出るかもしれない店に取り換えていく。それは普通のこと。上手くいかなかった者は次の可能性に席を譲る。これは、自分のワガママを突き通してしまったら次のポケモンに迷惑をかけてしまうのよ」
 最もな言葉に、アルアは何も言い返せない。普通に考えればそうだ、笑顔でこの店を仕切っていたのだから、簡単な気持ちで手放すわけがない。強い意志を跳ね除ける大きな事情が無ければ立ち退くわけがない。
 だが、それが何か解せなくて、情けなくて。
「でも、アルア君の真っ直ぐな気持ちは伝わったよ。すっごい嬉しかった」
 偽りのない笑顔。ベイリーフらしい、花のような明るい笑み。
「でも、私もただ降りるだけで終わるはずないから。楽しい、と思ったことを簡単に諦めてしまうなんて悲しすぎるからね。……ちょっと足掻いてみせるから。ここでの夢は潰えてしまったけど、また新しい場所で、私の夢の続きをいつか」
 安堵の表情をアルアは浮かべた。
「楽しみにしてる。また最高のスープがどこかで飲めるように、オレも色んなとこを旅して見つけてみせるから」
「ふふ、その時を楽しみにしてるわ」
 こうして一つの夢が消えていくのを見届けてしまった。だが、また新しい夢の希望も垣間見える瞬間がたまらなく嬉しく、自身にとってもまた希望となっていくのが心地よかった。
「そういえば、もうこんな時間かぁ。そろそろだと思うんだけど、遅いなぁ」
「誰か待っているのか?」
「さっき言った知り合いがそろそろこの町に来る予定なんだけど、まだ何も連絡が無くてね。 ま、そのうち来ると思うけど」

2 


 コネサタウン、という命名でこの町は賑わっている。
 北にある大きな建物は、かつてアルアも通っていた大陸最大の学校。
 今もたまに通うこともあるが、今では殆ど外から眺めることになっていた。物寂しさも感じるが、充実している今があると思えば通っていて良かったと思っている。
 帰路に着いたアルアだが、その先に待ち受ける嫌な予感に胸の内がモヤモヤしていた。
「そこのフローゼルのお兄さん」
 突然の何か耳を突き通すような声。少し不気味にも感じたが、その正体を見ようと本能的に振り向いていた。
「……何だ?」
 通り過ぎた時には気付かなかったが、黒い布を被った物体がふわふわと浮遊していた。独特の雰囲気がその物体の周りを圧制しているかのように。
 早い所熱々のスープが飲みたい。相手が何者かは知らぬが、とにかく今は誰かに構う気ではない。
「いやぁ、急いでいるのは分かっているだが、少し話だけでも……」
 どうやら簡単には引き下がってくれないらしい。少々面倒なポケモンに捕まってしまった。小さくアルアは舌打ちをする。
「だったら別の誰かにでも頼んでくれよ。オレはそんなに暇じゃない。そういうことだ。じゃあな」
 面倒くさいポケモンに関わるのは物好きでない限り好まないだろう。捨て台詞のように適当にあしらい、その場から立ち去る。そして帰宅。何事もなかったかのようにスープを楽しむ。それがアルアのプラン。
「いやいや、それはないでしょうヨ。 調査士フォルス氏のお弟子さんが……そんなぶっきら棒な態度では、泥を塗ってしまわなくて?」
 流石に立ち止まってしまった。自分の事とフォルスのワードを一度に言われては何も無視するわけにはいかない。
 このワード、そして頭の中の記憶がリスタートする。アルアはこのポケモンとは会ったことがある。相手は自分の事を知っている、けど自分はまだ相手の事を完全に把握していないのは非常に不公平だ。
「そっちこそ? フォルスさんの知り合いにしてはかなり嫌な雰囲気醸し出してるじゃねーか」
「あらあら、ホント遠慮も知らない……。これは失礼しましたねぇ、懐かしいあなたの匂いに吹かれてつい声を」
 夕闇の空にふわふわを浮かんだ一枚の布切れ、それがバッとはがれると、相手のポケモンの姿が現れる。
「お久しぶりですネ、アルアさん。……変わらず元気そうで」
 この時、すでに腹をくくった。思わず息を呑んでいたことにも気付かないくらい。
 闇のように深い、暗い瞳をしたボクレー、ロミーだ。アルアの瞳に焦燥感が映し出されていた。
「出来れば二度と会いたくないと思っていたがな……。いったい何の用だ」
「そんな警戒することはありませんって。 ヒヒ、しばらく見ないうちにまた逞しくなったかな? 顔立ちもなかなかに精悍になって、さぞ異性からモテるのでは?」
「な、何だ急に……。おめーには関係ないだろ、そんなこと」
 流暢な口調でロミーは喋る。このボクレー、ゴーストタイプ特融の不気味な雰囲気は、話す度に色濃くなっていくかのよう。
 まじまじとアルアを見る黒い視線に、何か胸の中が気持ち悪くなる。一刻も早くこの場から立ち去りたい。その思いが次第に強くなって行く。
「と、話が反れました。ちょっとアルアさんにお願いがあるんですヨ」
 不気味な笑みが垣間見える。警戒心が高まるばかりのアルアに素直に耳を傾けると思っているのだろうか。この胡散臭いボクレーに対して。
「いやあ、そんな難しい事じゃないヨ。実は……」
 そしてロミーから見せられたのは、花びらがほのかに白く輝く、美しい花。花弁の内にある雌しべは、はっきりと黄色い花粉が付いている。
 薄暗い所で存在感を放つその花は、アルアも何度も見たことがある馴染みの花だ。
「それ、ツキナバナ……か」
「ええ、この町の東にある峠に生息している花。月の光で美しい輝きを放つ、珍しい花ですヨ。 ワタシは薬を作って各地を周っているのですが、今このツキナバナを使って作成をしたいのです。この花、この地域にしか見られないため、薬や香水を作るにはこの町に来ないといけないのですが、丁度この町の店は切らしているみたいですので。明日にはこの町を出発しないといけませんので、自生しているラウル峠に採りに行かねばならないのです。そこで――」
 歯切れの悪い言葉に、大方の予想は付いた。
「偶然通りかかったアルアさんにお願いしたいのですヨ」
 アルアは軽い溜め息を吐いた。
「偶然にしちゃあ都合が良すぎないか。ヤだね、自分で行けばいいだろ。峠とは言っても、そんな難しい道のりでもないし」
「そうしたいのは山々なのですが、これからちょっと用がありましてネ……。明日の朝にはこの町から出発してなければならないのですヨ。 なのでこの体一つでは全てをこなすのに時間が足りなくて……。何分この町で知り合いと言ったら、アルアさんくらいなのデ」
「やっぱり最初からオレに頼むつもりだったのかよ!」
 ワザとらしく困った表情で頼むロミー。単純に困っているなら考えてやってもいいが、言動や事情まであらゆる面で怪しすぎる。
 興味本位でこのボクレーから頼みを聞くアルアではない。
「気が進まないな。オレにメリットが無い。それなりの見返りがあるならまだしもな」
 風も強くなってきている。これから時間が経てば更に温度は下がっていくだろう。寒さに強いとはいえ、アルアの体も冷え切っていた。
 早くこの場から抜け出したい。不穏な空気の中にいては気が滅入りそうだった。
「そう言わずに何とか……。あ、そうだ。なら前払いでこれを。ワタシの作ったそのツキナソウが必要な薬です。発汗作用のある薬草ですから、体が温まりますヨ」
 そう言ってロミーは透明な液体の入った小瓶をアルアに渡した。
 透き通るような透明に、思わず見惚れていた。それに匂いも良い。瓶を持った感じ、熱くはないが、じんわりと熱が伝わってくる。
 胡散臭さが滲み出るロミーだが、薬に関しては本当に世話になったことがある。間違いなく今まで出会った中でこれほど薬に長けたポケモンはいない。正直魅力的なものをどこか感じていた。
「これを飲んだら依頼成立とか、そういうオチじゃないよな」
「そんな幼稚な罠をワタシが仕掛けると思いますか? アルアさんはもう少し他者を信用しないと好かれませんヨ」
「おめーが怪しすぎるんだよ。……けど、この匂いは良いな……うん」
 そうして、アルアは薬を含んでしまった。ロミーに対しての疑いはあるものの、薬に対しての信用もあったからだ。
 口に含んだ途端、少し甘ったるい匂いがする。だが意外にも喉通りが良いことに意外性があった。
 多少の木の実の知識があるので、何の木の実を使っているか大方予想は付いた。
「これ、フィラとマゴで上手い事ブレンドしてるな……あ、この後味はまた違う……鼻から通り抜けるこの風味は絶妙だな……」
 予想以上に喉通りは良かった。薬とそして徐々に体に熱を帯びてくる。
「……ん?」
 ロミーの言う通り、時を待たずして体は温まってきた。だが少し胸が痞える感覚に、疑問を感じる。
「気に入ってもらえました?」
「ああ、この変にヤミツキになりそうなの、薬だけどちょっと虜になりそうだわ」
 薬草というのはこれほど効果が期待できるのかと、身を持って体感した。
「いやいや良かった、口に合って。……それ媚薬なんですがネ」
「…………あ?」
 背筋が凍り付くような表情。さっきまでの商売顔とは一変した邪悪な笑み。
 ナチュラルに当たり前の如く、とんでもない言葉を耳にした。話を振り切ろうと軽率な考えが今になって仇になったと愚直した。
「最後の風味は、ラパルソウという、南の地方で採れる薬草なんですヨ。普通に口にしても、何も起こらないんですが、ある木の実を混ぜると特殊な反応をすることが分かったんですネ。それはこれ、ネコブのみなんですヨ。そのままでは渋すぎるんで、先ほどアルアさんが言った通り、フィラとマゴで渋みを相殺して飲みやすくしました。あ、効果はちゃんと検証してマスから、死にはしませんヨ」
 淡々と説明をする傍ら、その目の奥には悪意が満ちていた。言葉では表れていないその中身の意味。アルアには察してもらえると踏んだのだろう。
「ふざけるな……! さてはオレを使って試して――!?」
 徐々に胸の辺りが熱くなってくる。同時に心臓の鼓動が早く、波打つように刺激してくる。
 視界がおぼつかなくなる。頭の中で何か考えてはいけない事が過る。
 痛みなどないが、似たような感覚は何度も味わっている。異性を前にした時の、胸の内が高まる昂揚感。慈しむ感情が豹変して凶暴になる。少しずつ、自分の理性が蝕まれていくように。
 湧き上がる興奮を抑え、胸の辺りを右手で撫で下ろす。息をするのを忘れるほどに一瞬我を失い欠けていた。
「おやおや、もうそんなに効果が出ていますか。これほど早く症状が出るなんて――さてはアルアさぁ~ん、最近メスの子と遊んではいませんネ?溜まっているんでショウ?」
 苦しみ、前かがみになっている横から、ロミーが顔を覗いてくる。核心的な笑みを浮かべるその表情を見ると途端に、アルアの目つきはいつになく鋭くなる。いつもの正常な状態であったら、口より先に‘れいとうパンチ’が突き出しているに違いない。
 ダイレクトな性的興奮というのは自分でも制御出来なくなる。何とか精神を落ち着かせて、自我を保とうとする。首を上げて正面を向き、ロミーを鋭い目で睨みつけた。
「おお、コワイコワイ。効果の症状も早かったですが、鎮まる早さもなかなか……。よほど精神力が強いんですね、色々な意味デ」
「だ、黙れ! 卑劣なマネしやがって!」
「そうそう、言い忘れていました。ツキナソウの採取の報酬依頼として、この解毒剤――あげちゃいますヨ……」
 薄い橙色の液体が入った小瓶を見せつけながら、ロミーは下衆の笑みを浮かべる。
 暗黒の微笑と言うべき、その含みしかない笑みに、アルアは強く憤怒した。すでに相手の手口に呑まれていたことを、強く理解した。
「そんなにオレにツキナソウを採って来て欲しいのか……。嬉しい限りだな!」
「さっきも言いましたが、この町で頼れるのは‘アナタ’しかいないのですよ。これはワタシなりの交渉の手段と受け取ってくださいネ」
 やり方が汚いというか、明らかにこちらが不利になるような条件だ。こんなの取り引きでも何でもない。ただの恐喝だ。
 だが胸に感じるこの鼓動は、薬の効果だろう。神経を尖らせていて何とか感じてはいないが、気を緩めたら自分の意識が乗っ取られるかもしれない。
「一度鎮めたアルアさんなら、そう簡単に暴走しないでしょう。ヒヒ、アナタの忍耐力が本物ならも話ですが」
 逆らう事の出来ない取引はもう締結されている。こうなったら腹をくくってやるしかない。
「……ここから東、ラウル峠に行ってツキナソウを採ってくればいいんだろう?」
「ええ、三束ほどあれば充分ですので。朝に出発するので、それまでにお願いしますヨ」
 最後にロミーはいつもの商売顔に戻った。だが相反してアルアの表情はいつにもなく険しい。
「ああ、やってやるよ。嬉しいじゃないか、そんなにオレを頼りにしてくれるならその言葉に応えないとな……!」
 置かれている状況が不利すぎるために、何も抵抗出来ない自分に腹を立てる。罠に掛かったのは自分だ。自分の不始末は自分で処理しなければならない。
 去りゆくフローゼルの背を、ロミーは右手を小さく振りながら見送る。満更でもなく、その暗い瞳の奥はまた一つ暗く堕ちて行く。
「ヒッヒッヒ、やっぱり嫌われましたカ……。誰かに嫌われるとはやはり嫌なものだナ」
 日の沈んでいく町。風は冷気を運んでくる。その暗闇に紛れ込むように、ロミーは姿を消した。
「ま、本当はツキナソウ何てどうでもいいんだヨ……。霊山のサイグヴァルツで育ったフローゼルのアルア――アナタの限界がどこにあるのか知りたいだけだからネ……」

3 


 とてつもない爆弾を仕掛けられ、アルアの心境はいつになく尖っていた。
 少しでも油断した自分が悪いのだが、それにしては性質が悪すぎる。捻くれた性格のポケモンに関わると必ず厄介な事が起こるのはよく聞く話だ。
 今は何とか平常に保っているが、いつ暴走するか分からない。
 恋無沙汰には縁があまりないアルアに、
「こりゃ今から行くのは厳しいかな……」
 風も強くなり、この気温と明るさで峠に行くのは危険すぎる。せめて風が収まってくれれば、夜目に慣れた時に昇ることが出来るのだが。
 早い所済ませたい所だが、焦った所で賢明ではない。明朝に採りに行っても遅くはないだろう。
 また体が震えた。気温もどんどん下がってきている。ひとまず屋根のある所へ急いだ。
 町のダウンタウンにアルアの家はある。というか、フォルスの居候だが。
 フォルスの弟子としてだけでなく、雨風を凌げる屋根のある家に住ませてもらっているのは頭を下げても感謝しきれないくらい。
 冷たい風がまた一段と冷気を増してきている。早く風の凌げる家に入ってスープを飲みたいものだ
「待て!」
 突然の声にアルアは足を止めた。後方からの自分に対する静止を求める声に、自然とアルアは振り返っていた。
 黒い体毛としなやかな体つき、大きな牙と赤い瞳。目立つのは頭に黒いハットを被ったグラエナだ。見たことのないグラエナから察するに、この町のポケモンではなさそうだ。
「あんた、さっきあのボクレーのとこにいたでしょ」
 険しい目つきで黒いハットのグラエナはアルアを睨みつけた。何かを見据えるような目つき。何か気に喰わないような威圧する雰囲気に自然と足が止まる。
「いったい何を依頼されたの。答えて」
 透き通るような口調から察するに、メスの声だ。まるで表情を隠すように被ったハットで簡単に分からなくなっているが、その割に声は至って分かりやすい。
 とすれば、少し警戒しなければならない。けどそれはグラエナでなく、自分に。
「何だよ、いきなり。わりぃ、今かまってる暇はないんだ。それにおめーなんかには関係ないよ」
「答えて!さもないと――ぐっ……」
「って、えっ!? おい!」
 潔く向かい合ったもの、いきなりグラエナはその場に倒れ込んだ。あまりにも急な出来事だったので、アルアも慌ててグラエナの傍に近寄る。
「あう……お腹がすいて……」
 どんなポケモンも空腹には勝てない。それは当たり前の事なのだから、アルアは何も言わなかった。
 あまりにも不憫に感じたので、不本意ながらもアルアはグラエナを抱え、家に向かった。



何でも改訂していくうちにタイトルの存在が薄れていく(アルアル

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  • ロミーに危ない薬を飲まされてしまったアルア。タイミング悪く行き倒れたグラエナを拾ってしまったようですがこれで何も起こらないわけがありませんね。
    むしろ起これと願わんばかりの勢いで今後の展開に期待させていただきます。
    いやむしろ官能小説的にはタイミングがよかったのでしょうか( -- カゲフミ
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Last-modified: 2016-02-26 (金) 00:26:57
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