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忠誠の刃

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忠誠の刃
作者:からとり


第1話 



 見渡す限りの緑に覆われた広大で深き森。その中心の開けた場所に、一つの王国がありました。
 花や蔓を覆うことで綺麗に彩られたお城を筆頭に、その王国の城下町には美しい植物がいっぱい。
 そう。ここはくさタイプのポケモンが築き上げた、自然豊かな王国です。王族関係者は勿論のこと、町で暮らす者のほとんどは、くさタイプのポケモンたちでした。

 お城のバルコニー前には多くの民衆たちが集まり、今か今かとその時を待っています。
 今日は新たな国王が即位する日でした。玉座の間で行われた即位の儀式も無事に終わり、いよいよ民衆の前に若き新国王が、初めて姿を現すのです。

 王子の、いや国王の部屋となった一室には精悍な顔立ちをしたロズレイドが静かに佇んでいました。時折目を閉じ、誓いを立てるかのように、両手の可憐なブーケには力が込められます。そんな国王の元に、近づいてくる足音が一つ。
「準備は全て整いました。さあ、バルコニーへ行きましょう、ロワン王子――あ!? いえ……大変失礼致しました。ロワン陛下」
 自らの失言に気がつき、慌てて片膝をつき頭を下げる従者。その従者はこの王国では珍しく――くさタイプのポケモンではありません。そのポケモンは、膝に置かれた両手の刃が特徴的な――若いエルレイドでした。
 ロワンはそんな従者の姿を見て、思わず噴き出してしまいました。そして、いつまで経っても顔を上げようとしない従者に歩み寄り、その手でエルレイドの顔を起こしました。
「そんなに気にするな、ソルレイ。急な即位だったんだし、まだ慣れないのも仕方ないさ。それに、お前のお陰で緊張もほぐせた気がする。これでみんなにも、良い表情を見せることができるよ」
「……ありがたきお言葉です、陛下」
 ソルレイと呼ばれたエルレイドは、ロワンのその言葉に救われたかのようにホッとしました。長年に渡りロワンに仕えているソルレイは、ロワンがこの程度のことで憤慨するとは勿論思っていません。それでも、心からの忠誠を誓うロワンに対して、無礼を働いてしまったという事実が許せませんでした。だからこそロワンの言葉を聞くまでは、謝罪の意を行動で示したのです。

「さて、いよいよだな……ソルレイ、覚えているか? 昔俺がお前に話した、この国で目指したいと思う、未来の話を」
 バルコニーへと向かう途中、ロワンはソルレイに語りかけました。
「勿論覚えております」
 至極当然といった様子で、ソルレイは強く頷きました。
「今日から俺は国王になる。何としても、この未来を実現するために全力を尽くしたい。いくら頑張っても上手くいかないこともあるだろうし、時間も相当掛かるのは覚悟している。それでも俺は……成し遂げたいと思っている。だから……」
 ロワンは立ち止まり、フッと表情を崩しソルレイに向き直ります。
「そのためには、絶対にお前の力が必要だ。これからも、どうかよろしく頼むよ」
 ロワンは心の底から、ソルレイのことを信頼していました。共に、理想の未来を創り上げたいと思っていました。そして、その想いはソルレイも同じです。国王となったロワンの言葉に、ソルレイは改めて決意を固めるのでした。


 王の目指す未来のために――
 私はこの刃で、命を懸けてあなたを守ります――




 忠誠の刃




 元々、ソルレイは城下町に暮らすポケモンでした。
 ソルレイが生まれてすぐ、母親は死んでしまいました。だからソルレイには、母親の記憶はほとんどありません。
 そして父親はソルレイのために、一生懸命働いていました。しかし、その稼ぎもほとんどは、王国への貢ぎ物として消えてしまいます。何故ならば、くさタイプ以外のポケモンには王国から、膨大な量の貢ぎ物を要求されていたからです。
 また、ソルレイと父親への周囲の風当たりもあまり良くありませんでした。歴史を辿ると、元々はくさタイプのポケモンたちのみで創られた国です。時が経つにつれ、他タイプのポケモンたちも暮らし始めるようになりましたが、それでも大多数はくさタイプのポケモンでした。自ずと彼らの都合の良いように、社会が構築されていったのです。
 そんな環境に身を置きながらも、ソルレイはこの生活に大きな不満を抱くことはありませんでした。当然理不尽なこともありましたが、徹底的に迫害される訳でもありませんし、何よりも父親と過ごす毎日が楽しかったからです。父親はとても多忙で、1日に顔を合わせられる時間はそう多くありません。それでも父親とくだらない冗談で笑い合ったり、真面目な話をしたり。そして将来の夢を熱く語り合ったりしたことは、ソルレイにとってかけがいのない時間でした。
 しかしそんな幸せも長くは続きませんでした。ソルレイがキルリアに進化した直後、父親は重度の病に侵されてしまいました。過酷な労働や環境が、父親を心身共に追い詰めてしまったのです。
 進化してある程度物心がついてきたソルレイは、父親の命がそう長くないことを悟りました。そして、程なくしてソルレイに見届けられながら――父親はこの世を去りました。父親は最後にソルレイを見て、少し寂しそうな――しかし、どこか幸せそうな表情を浮かべていました。ソルレイはこうなることを予め覚悟していましたが、それでも目から溢れてくる涙を、止めることはできませんでした。


 ポッカリと心に穴が空いてしまったソルレイは、町の一角にある岩場に腰を下ろし、ポケモンたちの行き交う様子を虚ろな瞳で、ただただ眺めていました。もう数時間も微動だにせず、表情も一切変えぬその様子は異様なものでしたが、誰も足を止めるポケモンはいません。ソルレイには父親以外に頼れるポケモンはおらず、これから何をすれば良いかも分かりません。父親を失ったショックは想像していたよりもずっと大きく、思考することすら放棄してそのまま朽ち果ててしまいそうでした。

「……い、……おい!」
 朽ち果てかけていたソルレイの身体に、柔らかな何かが触れました。ソルレイはハッと意識を取り戻し、その感触の元を辿ります。それは心地の良い香りを漂わせる、とても美しい薔薇でした。
 辺りを見渡すと、町は既に夕暮れの色へと染まり始めていました。そして、ソルレイの目の前――いや、足元には1匹のロゼリアの姿がありました。自分より一回り小さいそのロゼリアの口元には、高貴なスカーフのようなものが巻かれていました。
「何度声をかけても反応がなかったから心配したぜ……大丈夫か?」
 ソルレイは最初、その言葉が自分に掛けられているとは思いませんでした。くさタイプのポケモンが面識もなく、くさタイプでもない自分にわざわざ話しかけてくるなんて想像も出来なかったのです。しかし、今この場にいるロゼリアは確実に、ソルレイに向けて声を掛けています。
「もし良かったら――この町を、案内して欲しいんだ」


「へぇー。ソルレイって名前なのか。よろしくな、ソルレイ!」
 スカーフ越しからも伝わる笑みを浮かべて、ロゼリアはソルレイに挨拶を交わします。
 ソルレイとロゼリアは、共に夕暮れに照らされる町並みを歩いていました。突然すぎるロゼリアのお願いに、ソルレイは困惑してしまいましたが、結果として町案内を引き受けることにしました。ソルレイがこの後、何もするあてがなかったのもありますが……何よりも、自分に声を掛けてくれたことが――ちょっと、嬉しかったのです。
 ソルレイ自身、そこまでこの町のことを知っていた訳ではありません。それでも自分に話し掛けてくれたロゼリアを、少しでも満足させてあげたかったのでしょう。気づけば必死になって、ソルレイはロゼリアに町を案内してあげました。若干たどたどしい部分もありましたが、ロゼリアはそれを嘲笑うこともなく、真剣にソルレイの話に耳を傾け、いくつか質問を投げ返しました。


「最後はここ――この国の、王様たちが暮らすお城だよ」
 陽はあっという間に沈み、空には煌めく星の輝きが広がっていました。ソルレイは町案内の最後に、蔓と花で覆われた立派なお城を紹介しました。遠目から見ても、お城に刻まれた薔薇の紋章からは威厳のようなものが伝わります。くさタイプではないソルレイにとっては、まさに手に届くこともない圧倒的な存在でした。
「待った……これ以上は、近づかないで」
 ふとロゼリアは立ち止まりました。そして、立て続けに小さく呟きました。
「……抜け出したのが、バレちゃうから」
 バレちゃう? ソルレイは最初、その言葉の意味が分からず戸惑いました。困惑したソルレイの様子を見たロゼリアは、観念するかのように懐からあるものを取り出します。それは、先ほどのお城と全く同じ紋章が刻まれている、一枚の葉っぱでした。
「自己紹介が遅くなったけど、俺はこの国の王子――ロワンだ。改めて、よろしくな」
 今ここにいるロゼリアは、目の前にある立派なお城に住む王子ロワン――理解した瞬間、ソルレイは慌てて膝をつき頭を下げました。自分には圧倒的に手の届かない高貴な存在に顔を見せることなど、ソルレイにとってはとても恐れ多いことでした。しかし、しばらくしてソルレイの顔は、ゆっくりとロワンの手によって起こされます。ソルレイは恐る恐るロワンの顔を伺います。ロワンは、満面の笑みを浮かべていました。
「王子という身分は隠そうと思っていたけど、ソルレイにここまで良くしてもらったら名乗らない訳にもいかないからな。今日はありがとう、ソルレイ。とっても良い時間だったよ」


 また、会いに行く――そういって、ロワンはこの場を去っていきました。
 ソルレイはロワンの後ろ姿が、視界から消えるまでただ眺め続けていました。町を案内したポケモンが、この国の王子であったという事実が、まだ信じられないようでした。
 それでも、最後にロワンが自分に見せてくれた満面の笑みが――いつまで経ってもソルレイの脳裏から離れませんでした。
 
 
 
 

第2話 

  
 
「遅くなって悪い、ソルレイ! ナットレイの奴が俺のことを執拗に監視しやがって、抜け出すのに時間がかかっちまった」
「ロワン王子! いえ、お待ちしておりました」
 初めて二匹が出会ってからというもの、ロワンはお城を抜け出せるタイミングを見計らい、度々ソルレイの元を訪れました。ソルレイはロワンがわざわざお城を抜け出してまで自分に会いに来てくれることがとても嬉しいようで、彼の太陽のように眩しい笑顔を見るたびに思わず小躍りをしたくなる程でした。定期的に二匹で過ごせるこの時間はソルレイにとってかけがえのないものであり、いつしか大きな生き甲斐となっていました。
「今日は何をしましょうか? この町の探索は、もう十分行ったと思うのですが……」
 ソルレイの言葉にそうだなあ、と呟きながらロワンは一瞬考え込みましたが、すぐに妙案が浮かんだようでニコッと笑います。
「よし、ソルレイ。俺と手合わせしようぜ!」
「え!? て、手合わせですか? 私なんかが……王子と戦うなんて、そんな……」
「だいじょーぶだって! こう見えても毎日トレーニングしてるし、城でバトルの稽古もやってるから。お前の本気、見てみたいんだよ」
 ロワンの突然の申し出に、ソルレイは戸惑いを隠せませんでした。勿論くさタイプでもない一市民であるソルレイが、次期国王であるロワンに万が一でも大怪我を負わせてしまえば大変なことになるでしょう。その心配も勿論ありましたが、ソルレイにはそれ以上に不安なことがありました。ロワンを満足させるような実力が、自分にあるとは到底思えなかったのです。
 城で稽古をつけているロワンと違い、そもそもソルレイにはバトルをした経験さえありません。それに加えて、キルリア族の強みであるはずのサイコパワーの扱いさえも苦手意識を持っていました。勿論ソルレイはキルリアではあるので、サイコパワーを全く使えない訳ではありません。それでも使用するのがやっとといったところで、それを戦いの場で巧みに操ることなど到底できませんでした。サイコパワーが苦手なキルリアなど勝負にもならずに、ロワンを失望させてしまうのではないか。そして嫌われてしまうのではないかとソルレイは気掛かりでした。
 
 
 そんなソルレイの心配をよそに、ロワンは相変わらず笑顔のままソルレイの手を取り歩き出しました。程なくして到着したその場所は、先日二匹が探索していた際に見つけた、町の外れにひっそりとある開けた緑地のようです。その周囲は深い茂みに覆われており、誰の目にも触れられずにバトルをするにはうってつけでした。
 本音を言うとロワンとバトルをしたくなかったソルレイでしたが、結局そのことを彼に言い出すことは出来ませんでした。緑地に到着後、すぐに駆け出してバトルの準備を始めたロワンの表情は、期待に満ち溢れていました。彼の眩しい顔を曇らせることの方が、ソルレイにとっては嫌なことだったのです。
 神経を研ぎ澄ますように、ゆっくりと大きな息を吐き終わると――ソルレイは覚悟を決めたように、至って真剣な面持ちをしてバトルの準備に取り掛かりました。バトルをしたことのないソルレイでしたが、ただ一つだけ。こんな状況でも自らを奮い立たせることの出来る記憶を、思い出していました。
 
 今でも脳裏に焼き付いているそれは――幼いソルレイが不良に絡まれていた時、とてつもない速さで相手の懐に突撃し、あっという間に不良を追い払った――勇敢でとてもカッコいい、父親の姿でした。
 
 
  
 
 戦いの火蓋が切られた後も、ソルレイとロワンは向かい合ったまま暫く動きませんでした。お互いがお互いの動きを牽制し合うようにフィールド内には静寂と、そして張り詰めた空気が漂います。
 先に動いたのは、ロワンでした。右手の赤い薔薇を掲げるように上げると、そこから怪しい色に照らされた大量の葉っぱが勢いよく飛び出しました。ソルレイは向かってくる葉の大群を見極め、瞬時に右へとステップします。かわした――そう思った直後に。
「ぐはっ!?」
 鋭い葉の攻撃が、ソルレイの背後に襲い掛かりました。避けたと確信していたはずの不意の一撃に、ソルレイは思わず膝をつき体勢を崩します。
「鍛え上げたマジカルリーフは、ヒットするまでどこまでも追いかけるんだぜ!」
 誇るような笑みを一瞬浮かべたロワンに対し、ソルレイは口だけではない彼の実力の高さを身を持って実感しました。それとは別に――ソルレイの身体の奥底からうごめく鼓動が、マグマのように燃えたぎり全身へと伝わっていくことも。
 どうやら鍛錬されたその一撃が、ソルレイが潜在的に持ち合わせていた闘争心に火をつけたようです。ソルレイは臆することもなく、ロワンに向かって拳を突き出します。闘争心によって熱された身体に反して、その拳は凍えるような冷気に覆われます。
 それはソルレイがはるか昔に、父に教わっていた技――くさタイプに効果抜群な、れいとうパンチでした。
 
 
「うおっ……冷た!?」
 ソルレイのれいとうパンチを見切ってかわしたロワンでしたが、想像を超えた凍える冷気が頬を掠めたようで、思わず全身を震わせます。
「なかなかやるじゃないか、そうこなくっちゃな」
 一瞬ニヤリとした表情を見せたロワンは、すぐに体勢を整え次の攻撃を繰り出します。身を切られるように凍えた身体を癒すべく放ったそれは、相手の養分を吸収する技――ギガドレイン。しかし、ソルレイは難なく彼の攻撃をかわしていきます。
 ならばとばかりに、ロワンは両手の薔薇を大きく振り回しました。一瞬、彼の狙いが分からなかったソルレイでしたが、ハッと気づいた時には既にその濃厚なあまいかおりを吸いこんでしまった後でした。してやったり顔のロワンは、続けざまにギガドレインを繰り出します。あまいかおりに気を取られてしまったソルレイは、その一撃をまともに受けてしまい倒れ込んでしまいました。手を緩めることなく、続けざまに突撃してくるロワンに対しソルレイは咄嗟に、怪しく光る球体を彼に向けて放ちました。至近距離から繰り出されたあやしいひかりは、流石のロワンも回避することが出来ずに直撃します。
 あやしいひかりを受けたロワンは無秩序にふらふらとする様子を見せましたが、自分が錯乱状態であるという認識は辛うじて持っていました。近づいてくるソルレイと思わしき影から離れることだけを意識することで、ソルレイの攻撃を何とか凌ぎきりました。
 混乱がとけたロワンはソルレイとの距離を取り、マジカルリーフを繰り出す準備をします。対するソルレイの方も、れいとうパンチの構えを。お互いに、次の一撃で勝敗が決すると確信していたのでしょう。
 これまでに見たこともないような、高威力の技と技とがぶつかり合う音がフィールド内に大きく響き渡りました。




「ソルレイ、お前強いな。こんなに燃えたバトルをしたのは初めてだ」
「いや、そんなことは……王子こそ、本当にこんなにお強いなんて凄い……あ、いえすみません。疑っていた訳ではなくて!」
「あー! いちいち、頭下げなくていいって! でも、お前にそう言われると何か嬉しいな」
 戦いを終えた二匹は、ロワンの持っていた木の実とそれを調合して作った薬で身体を癒しました。時間はあっという間に過ぎていたようで、空は既に夕暮れへと染まっていました。
「それにしても、れいとうパンチが使えるなんて凄いじゃないか。その技は、どこで覚えたんだ?」
「……これは、私の父が教えてくれたんです。襲われた時に、自分の身を守るためにって。実際に使ったのは、初めてでした」
 ロワンの問いかけにソルレイは一瞬の沈黙の後、神妙な表情を見せながら話し始めました。
「私の父は優しくて、そしてとても勇敢なルカリオでした。私が物心ついた時には、既に母は亡くなってしまっていたのですが、父は一匹で私のことを大事に育ててくれました。父は本当に家族が大好きで……私に母のことも、母の父であるオーロットのことまでも沢山話してくれました。祖父から受け継がれた素養もあると教えてくれて……お陰で私は、父以外にも家族がいたのだと、温もりを感じることが出来ました」
 先ほどソルレイが咄嗟に繰り出したあやしいひかりは、祖父のオーロットから受け継がれたものだったのです。ソルレイはロワンにここまで赤裸々に話すつもりはなかったのですが、抑えつけていた想いが溢れ出てしまったようで止まりません。
「私が幼い頃、一匹で抜け出して町に行ってくさタイプの不良たちに絡まれたことがありました。ただただ恐怖に震えていた私の目に入ってきたのは、一目散に相手の懐に飛び込んで……インファイトを放つ父の……カッコいい……姿でし……た」
 そこまで話したところで、ソルレイはしばらく言葉に詰まってしまいました。王子の前だというのに、ソルレイの瞳からは涙がポツン、ポツンと落ちてきます。
「父さん……会いたいよ…………」
 
 
 

第3話 

 
 
「そうか……ソルレイのお父さんは、もう……」
「……申し訳ございません、ロワン王子。こんなことを、王子にお話してしまって……」
 突然涙を流したソルレイに驚いたロワンは、その後ソルレイの身の上話を聞かされさらに大きな衝撃を受けました。同年代で仲の良いソルレイが、想像を絶する暮らしを強いられていた上に、大好きだった父親も失っているという事実に言葉も出ないようでした。そして、しばらくした後に沸々と湧いてきた感情は……あまりにも理不尽な、社会への怒りでした。
「お前は悪くない! 悪いのはこのおかしな世の中だろ!! ……こんなことが、罷り通っていいはずがない」
 苦しみ抜いた親友を、そして自らを奮い立たせるようにロワンは声を荒げます。
「よし、決めた! 俺がこの国を変えてやる!! タイプなんか関係ない、生きとし生けるポケモンみんなが、楽しく暮らせる社会に!」
「ロワン王子……」
 ソルレイは今まで見せたことのないような剣幕で憤怒するロワンに対して、困惑したような表情を浮かべました。勿論、王族であるロワン自らが、この社会の不条理をきっぱりと否定してくれたことはとても嬉しいことでした。ソルレイを含めて、この国で暮らす他タイプのポケモンたちは――くさタイプではないから仕方ないと、そういった運命であると――この状況をどこか諦観してしまっていたのです。だからこそロワンの口から出たその言葉は、まさに希望の光だったのです。
 それでも――ソルレイの中には素直に嬉しいと想う気持ちとは別に、それとは全く異なる、別の感情も抱いていたのです。
「よし! ソルレイ、俺の従者になってくれ。一緒にこの国を変えようぜ!」
「ええ!? そんな私なんかが……大した実力もないですし」
「何言ってるんだ? バトルの経験もないのに、あれだけ強烈な攻撃を繰り出していたくせによ」
「私には、サイコパワーを生み出す素質がないのですよ……確かに、武術としての力は少しですが、持ち合わせています。ですが、それはあくまでキルリアとしては、です。この後、仮に進化しても、サイコパワーを使わないサーナイトなど、ただ足を引っ張るだけの存在ですし……」
「なあに、城で鍛錬すればどうにだってなるさ! 俺たちが頑張れば、何だって出来る。そうだろう?」
 新たに生まれたもう一つの感情が、どんどん増幅しているのをソルレイは感じていました。まだ残っていた嬉しいと想う気持ちで、何とかそれを抑えつけようとしたのですが――
「ほら、行くぞ!」
 半ば強引に、ソルレイの手を取り歩き出そうとするロワン。今までは離すまいとがっちり握っていたロワンのその手を、ソルレイはパッと振り払ったのです。


「ソルレイ……? どうしたんだ?」
「……王子は、どうやってこの国を変えようと思っていますか?」
「そりゃあ、俺が親父やみんなに呼び掛ければ、すぐに変わるだろう?」
「そんな……すぐに解決できるような、甘い話じゃないんですよ……」
 言葉遣いこそ丁重なままでしたが、ソルレイの表情と声の音色は、これまでロワンに見せたことのないような、とても重々しいものでした。ロワンもソルレイの様子がおかしいことにようやく気づいたようで、昂っていた感情の熱はすっかり収まっていました。
「今までも、くさタイプ以外のポケモンたちが団結し声を上げて、この国に今の境遇を抗議したことは幾度とあります。その度に王は”何とかする”と約束してくれましたが、結局は何も変わらないまま……! この現状に戦おうと考えた者もいましたが、この国の大多数はくさタイプのポケモン。まともに戦っても、敵うはずもない……」
 そこまで話をした後、険しい表情を見せていたソルレイは一度空を見上げた後に深い吐息を漏らし、やがてその顔は哀しそうな笑みへと変わっていきました。
「他タイプのポケモンたちも、そして私も――もう諦めているんです。辛いことや理不尽なことがあっても、最低限暮らしていくことはできる。楽しいことだって、全くない訳じゃない。だったらこのままでも、いいって……」
 ソルレイの曝け出した本当の気持ちに対して、ロワンは口を開こうとしましたが、言葉が出てきません。まだまだ若い王子であったロワンは、ソルレイたちくさタイプ以外のポケモンたちの置かれている境遇について、何も分かってはいなかったのです。
 ロワンが王子として正式な形で城下町を訪れた際は、お城の関係者と一緒に限られた場所を歩いていただけで、くさタイプ以外のポケモンを目にすることもほぼありませんでした。お城を抜け出して、ソルレイと一緒にこの町を探索するようになって、ようやくちょっとした違和感を覚えることもありましたが、そこまで気にすることもなく日々を過ごしていました。王族の立場にいながらこの現状を見過ごしていた自分が、一時の感情に流された勢いで解決できるような簡単な問題ではないことは、ロワン自身が一番痛感していたのです。

「悪かったよ……みんなのこと、お前のこと。何も知らなかったのに覚悟もなく、好き勝手言って……」
 太陽が厚い雲に覆われたような冴えない表情を見せたロワンは一言呟くと、そのまま一匹で歩き出しました。
 ソルレイはそんなロワンの後ろ姿に声を掛けることもなく、ただただ黙って遠ざかっていく影を眺めていたのでした。




 数週間程の時間が経ちましたが、あれからソルレイの元へロワンが来ることはありませんでした。ここ数日は、城下町が何だか慌ただしい様子も見受けられましたが、ソルレイは気に留めることもなく、全てに興味を失ったかのように淡々と日々を過ごしていました。
 あの日以来ソルレイはずっと、ロワンに対して厳しい言葉をぶつけたことを後悔し続けていました。確かに彼はこの国の王子であるにも関わらず、他タイプのポケモンたちの現実を理解していませんでした。それでも――あの時、ソルレイの受けた仕打ちに対して本気で怒ってくれて、そして迷うことなくこの国を変える――ロワンは、はっきりと言ってくれたのです。何をしても変わらない、半ば諦めていた他タイプのポケモンたちにとってその言葉は、例え粗削りなものであっても、唯一と言ってもいい希望の光となり得るものでした。その可能性ある光を、何もせずに達観していただけの自分が、奪ってしまったのです。
 そして何よりも、父親を失って頼れるポケモンもおらず、朽ち果てかけていたソルレイに唯一声を掛けてくれたのはロワンでした。その後も度々お城を抜け出してまで自分に会いに来て、眩しい笑顔を見せてくれた彼と過ごす日々は、父を亡くしたソルレイにとっては唯一の生き甲斐と言ってもいい、とても大切なものでした。そんなかけがえのない時間を壊し、彼の想いを傷つけてしまったのは、紛れもなくソルレイ自身なのです。

 ――ロワン王子、もう一度会いたいです……

 無意識のうちに、ソルレイは何度も何度も、その言葉を寂しそうに呟いていたのでした。




 あっという間にその日の太陽が沈み、城下町に夜が訪れたその時――1枚の葉っぱが、ソルレイの住処へと流れ込んできました。
 初めは町を彩っている植物から飛ばされたものだと思ったソルレイは、その葉に見向きもしませんでした。しかし、葉っぱに描かれていた見覚えのある紋章が目に入ると、血相を変えたようにその葉を掴みました。
 ソルレイは目をパチパチさせて何度も確認しましたが、間違いありません。初めてロワンがソルレイに名乗った際に見せた、王家の薔薇の紋章がその葉には刻まれていたのです。そしてそこには、ちょっとしたメッセージも添えられていたようで――それを見るや否やソルレイは一目散に住処を飛び出していったのです。


 ソルレイへ――俺と手合わせしたあの場所で、待ってる――
 
 
 

第4話 



 夜を迎え、慌ただしかった町も少しずつ落ち着きを取り戻した頃。そんな薄暗い町の中を、ソルレイは息を切らしながら、全力で駆け抜けていました。走って、走って――ようやく、最後にロワンと会って手合わせをした、町の外れにある開けた緑地へと辿り着いたのです。
 そこには、ソルレイがここ数週間ずっと会いたいと願っていた――あの太陽のような笑みを浮かべるロワンの姿がありました。もう二度と会えないと思っていたロワンに会えたことに感激した様子のソルレイでしたが、まずは彼に心の底から謝りたいとずっと思っていたようで……すぐに片膝をつき頭を下げようとしたのですが。
「……王子!? 何をしているのですか……!?」
 ソルレイが動くより先に――ロワンは片膝をつくとそのまま頭を深く下ろし、謝罪の言葉を口にしていたのです。
「お前はいつも俺に膝をついて謝るよな……でも、今回ばかりは俺に、謝らせてくれ。本当に……申し訳なかった。王子という立場にも関わらず、何も知らずに過ごしてきて……ソルレイの話を聞いてもただ本能のまま突っ走って、お前の本当の気持ちも考えずに従者になれなんて言って……自分勝手だなって、俺も思ってる」
「そんな、私の方こそ……王子がはっきりとこの社会はおかしいと否定して、怒ってくれたのに……その想いを踏みにじってしまって……申し訳ありません!」
「いや……謝らないでくれソルレイ。お前のお陰で俺は、このことに本気で向き合う覚悟が出来たんだ。本当に、ありがとう」
 涙ぐむソルレイに対してロワンは優しく微笑みながら感謝の言葉を口にすると、その後何かを決意したかのように表情を引き締めて、改めてソルレイに自分の想いを語り始めたのです。


 ソルレイに厳しい現実を突きつけられ、ロワンは自らの知識も、そして覚悟も足りなかったことを痛感していました。それでも彼は、諦めきれませんでした。ロワンは王子として、この国が本当に大好きだったのです。だからこそ、この国で暮らすポケモンたちのためにも、そしてソルレイのためにも……絶対にこの国を変えたいと、決意したのでした。
 ソルレイはその決意を、すぐに行動に移しました。お城にあった書物を漁って色々な歴史や情報を得たり、ロワンの父である王様に対しても、直接この問題について話を切り出したりしました。その結果分かったのは――王様もこの状況を変えるべく、様々な行動をしてきたという事実でした。
 しかし、事態はなかなか好転しませんでした。お城にいるポケモンたちは、王様の一番の側近であるナットレイを筆頭に、くさタイプのポケモンしかいません。王様が実際に動こうとしても、お城にいる従者たちの意識は中々変わることもなく。結局のところ、くさタイプに都合の良い社会へと流れてしまうのでした。
 より根深い問題であることを理解したロワンは――それでも、その決意を揺るがすことはありませんでした。いくら時間が掛かっても、一歩一歩出来ることを確実に進め、国で暮らす全てのポケモンたちが希望を持てる未来を創り上げていきたいと――心の底から、想っていたのです。

「この国を少しずつでも変えていくために……ソルレイの力が必要なんだ」
 この未来を実現するために――ロワンはもう一度、ソルレイに対してお願いをします。
「ソルレイに初めて出会った時――王子の身分を隠した、見知らぬくさタイプのロゼリアだった俺に対しても、お前は真摯に、一生懸命この町を案内してくれた。その後、王子だって伝えた後も、俺を恨みもせずに一緒にいてくれたお前の優しさが、本当に嬉しかったんだ。王国史上初めてのくさタイプではない従者として、この新しい未来を共に創り上げられるのはソルレイ……お前しかいないんだ」
「王子……ありがとう、ございます……」
 ロワンの真っ直ぐで真摯な想いに、ソルレイは心の底からの感銘を受けていました。このお方であれば、本当にこの国の不条理を変えることができるかもしれない。ここまで国のポケモンたちを、そして自分のことを想って下さる王子のお力に、喜んでなりたい。それでも1つだけ――ソルレイには気掛かりなことがありました。
 従者であれば、王子を守るための力も当然必要です。ですが、ソルレイは生まれつきサイコパワーの素養がありません。だからこそ武術を磨いたのですが、例えサーナイトに進化してもその力を最大限発揮することはできないのです。いくら鍛錬しようが、種族による限界はある――そう思うと、王子の強き決意を共にできる程の実力があるとは到底思えずに、どうしても弱気になってしまうのです。


「ソルレイ。お前に、渡したいものがあるんだ」
 ソルレイの様子から、抱いている不安を察したロワンは、懐からあるものを取り出します。1つは光のように眩しい輝きを放つ石。そしてもう1つは、瞳のように煌めく石のようでした。
「ずっとお前がサイコパワーの素養がないことを気にしていたようだから……お前の得意な武術を活かせる道がないが書物を漁った。そしたら分かったんだ。このめざめいしを使えば、お前はエルレイドという進化の道が開ける。お父さんから教わった武術を、最大限発揮できるんだよ」
「……それは、本当なのですか?」
「本当だ。だから俺は、何としてもこの石を手に入れたいと思って……噂で聞いていた、進化の石を作るお店を探したんだ。国の外まで出歩いたから時間は掛かっちまったけど、店主のゴローニャさんに事情を話したら快く、このめざめいしを作ってくれたよ……俺がロズレイドへと進化する、ひかりのいしも一緒に」
 ここ数日、城下町が慌ただしい様子だったのはロワンが国を抜け出し行方をくらましていたからだったのです。ソルレイはそこまで聞いて、ハッと気づきます。いつもロワンの両手の薔薇から溢れていた優雅な心地良い香りが、今は鼻に刺さるような強烈な刺激へと変わってしまっていることに。

「ゴローニャさんにも言われたんだ。”進化することも、従者にすることも押し付けるな”ということを……前みたいに、俺の従者になれ。なんてことは言わない」
 そしてロワンは改めてソルレイの目をしっかりと見据えた後、ゆっくりと頭を丁寧に下げました。
「どうかお願いします。ソルレイがもしよければ、俺の従者になって下さい。俺は、お前と共に、力を合わせてタイプなど関係なく……みんなが楽しく暮らせるような国を、目指していきたいんだ」
 自慢の薔薇がボロボロになる程の過酷な道のりを歩みながら、自分のためにめざめいしを手に入れてくれたロワンに、ソルレイは感極まり涙を流しそうになりましたが何とか踏みとどまります。この瞬間には、ソルレイの心は既に決まっていたのです。
「ありがとうございます王子……私は喜んであなたの従者となって、あなたが目指す未来のためにこの身を捧げる覚悟です」
「……ありがとうソルレイ。今日が俺たちの、誓いを立て合った記念日だな」
 そしてロワンは、めざめいしをソルレイに差し出しました。ソルレイは無言で頷き、めざめいしを受け取ります。


 薄暗くなった外れの緑地に、目が眩むほどの真っ白い光が、放たれました。



 ソルレイはゆっくりと目を開き、自らの身体に溢れる力強いエネルギーを全身で感じ取りながら右手を掲げます。エルレイドとなったソルレイの手には、切れ味鋭い刃が備わっていました。これまで抱いていたであろう哀しみや苦悩は、今のソルレイにはすっかり消え失せていました。そして、凛々しい瞳と、貫禄すら感じられる両手のブーケを持つロズレイドへと進化を遂げたロワンの姿を見ながら、ソルレイは決心します。
 
 
 
 ロワン王子の目指す未来のために――
 王子が授けてくれたこの刃で、私は命を掛けてあなたを守ります――
 
 
 
(続く)
 



○なかがき

 第4話更新しました!! 気がついたら、連載開始してから2年経っていますね……はやい(間が空いてしまってすみません)
 何とか物語も一区切りするところまで、描くことが出来ました。
 幼少期時代がちょっと長くなってしまいましたが、次の話以降はテンポよく進んでいく……はず。

 時間がかかっても、完結はさせようと思っています(決意)
 引き続き、よろしくお願いいたします。



 何かありましたらお気軽にどうぞ。

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  • とうとうからとりさんも連載スタートですね!
    草タイプを中心に成り立っている王国という設定があって、そこから始まっていく第一歩。まさに連載の掴みの一話といった感じでした。
    王子から国王へとなるロワンにソルレイがうっかり昔のように呼んでしまい慌てて訂正するシーンから二人の絆が感じられました。
    きっとロワン王子、という呼びかけがソルレイの中に残ってしまうくらいは一緒に時間を過ごしてきたんだろうなと。
    私もそう遠くないうちに連載をまた始めようと思っていますので、お互い更新頑張りましょう。 -- カゲフミ
  • コメントありがとうございます!
    今回の作品はいつもより設定が特殊なので、物語に馴染んだ形で上手く伝えられたらなと思っていました。
    第一話の時点で二人の絆を感じていただけたようで嬉しいです。
    ここから、さらに二人の過去や関係が語られますのでご期待下さい。

    初めての連載をするにあたって、カゲフミさんの連載作品をかなり参考にさせていただきました。
    更新頻度はかなりスローペースになってしまいそうですが、少しずつでも継続して更新していけるよう頑張ります。
    カゲフミさんの次の連載も、とても楽しみにして待ってます! -- からとり
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Last-modified: 2022-08-15 (月) 23:13:07
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