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忘却の彼方

/忘却の彼方

第01話 




暖かい風が冬の終わりを告げる。
木々は生い茂り、これから降り注ぐであろう春の日差しを少しでも多く吸収しようと命を張り巡らせている。
この時期は、どの山も、もちろんこの山も例外なく命が萌え上がり、これから来るであろう未来に手を伸ばす。

ーふと気が付く。どうして僕はこんな道を進んでいるのだろう。

深い森の中。
この少年は一人でゆっくりと、しかし揺るぎ無い指針を持ちながら、ある一点を目指し歩んでいく。
まるで義務であるかのように。
木々をかき分け進んで行くと、どうやら開けた場所に出たらしい。
ここだけやけに明るい。
木々の茂りが他の場所より少ないようだ。

ー僕はこの場所を知っている。

「やあ、こんな奥まで人間がやって来るなんて珍しいね。」
何処からともなく発せられた声の方向に、僕は少し警戒しながら振り向いた。
「警戒しなくてもいい。なにもとって食おうってわけじゃない。ただここにいるだけさ。」
そこにはポケモンと呼ばれる、ゲームに登場する架空の生物がさも当然のように佇んでいた。
暖かい風が心地よい。
春は全てが芽吹く季節だ。
風にのって萌芽の香りが漂ってくる。
「いや、びっくりしたよ。ポケモンがこの世に存在するなんてね。歩き疲れて幻覚でも見てるのだろうか。」
「その割にはあまり驚いた様子が感じられないけどね。」
そう、僕は知っている。
何が、というわけでもないが、とにかくこの雰囲気を知っている。
「何となく、この場所に君がいるような気がしていてね。まあそもそも何でこの森に入ったのかは覚えてないんだけど。」
「そっか。」と、そのポケモンは答えた。
彼女ー性別は不明だが、私と名乗っているからきっと雌なのだろうーはゲームの中で言えばミュウと呼ばれる伝説のポケモンだった。
「何だか素っ気ない返事だね。僕はてっきり、君も僕の事を何と無くだけど待ってたんじゃないかと思ったんだけど。ところで、君と僕は以前どこかでお会いしたかな?」
「さあ。その事については答えないし、答えられない。言えるのは私はただここに存在しているということ。」
ミュウと呼ばれるポケモンはその場で一回転してみせた。
なるほど、エスパータイプなだけあって、宙に浮けるらしい。
「そっか。まぁ難しい事は分からないや。でもなんと無くだけど、そんな気がしたんだ。ーところで今暇かい?疲れちゃって引き返す気になれないからさ、ここはひとつ話でもして休憩したいんだ。」
本当はそれほど疲れてはいなかったが、嫌だったんだ。この場所を離れることが。何か特殊な磁場が出ているかのように、僕はこの場所に引き止められていた。
「いいよ。答えられる範囲ならば。私も大概、暇してたところなんだ。」


第02話 




「ポケモンの世界なんてのは、どんな所なんだい?取り留めのない質問ですまないが、いかんせん全く情報が無いものでね。ポケモンどうしがお金を使って商品を売買してたりするのかな?」
僕は少しおちょくるように訪ねた。
何故かはわからないが胸の奥がムズムズとして、虫の居所が悪かったんだ。
こんなにも素晴らしい陽気にも拘らず。
「そうだね。その通りだ。恐らく君が思っている以上にポケモンの世界というのは発展しているんだ。人類と同じ様に言葉を持ち、意思疎通を図ることができる。ポケモンは自身の力でエネルギーを生み出す事ができるから、産業革命なんてものは起きなかったけれどね。尤も、石炭や石油なんて代物は存在しないから仕方ないね。どのポケモン達も種族という壁を越えて集団を形成し、そこで暮らしている。物だって物々交換ではなく、ちゃんと貨幣を用いて取引をしているんだ。だってそうだろ?物々交換なんて、お互いの利害が一致しなければ起こらないし、そもそも貯蓄ができないしね。今では一人でその日暮らしをしているポケモンの方がめずらしいよ。」
彼女は、そんな僕の口ぶりに応じることなく淡々と話し始める。
悪態をついた自分が不意に恥ずかしくなった。
そんな様子に構うことなく、彼女は続けた。
「人間世界と違うところは、なんて言うかな、資源が割と豊富なんだ。だから、食べ物が無くて飢え死ぬことなんて殆どないんだ。主食は木の実だしね。まだまだ未開の地が多くて、自然が豊かだ。誰も自己の保存の為に、相手の資産を奪わなくて済む。これほど幸せなことはないよね。」
なるほど、確かにそれは素晴らしいことだ。
彼のロックも、自然状態の人間は性善説に基づくが、しかし、稀に現れる略奪者の為に自然権が守られないと主張していた。
その略奪者が現れる必要がないほど豊かであるなら、社会の形成が必要のない完全な自由の中で生きてゆけるはずだ。
「それと、ここが一番重要なんだけど、ポケモンは人間に比べて競争心が強くないんだ。だけど向上心が無い訳でじゃない。私が言いたいのはつまり、相手を陥れてでも賞賛を得たいとか、虚栄心の為に名声を集めるような事はしない、って事なんだ。自分自身を磨きあげる事が好きなんだよ、大概。相対主義でなくて絶対主義で動いているんだ。他人がどうのこうのではなくて、自分自身がどうあるか、それが大事なんだ。今の日本では考えられないことだろ?確かに、運動会の順位をなくせ、とか人類は皆平等とか謳って相対主義を批判しているようだけれど、実際に社会を構成しているのは相対主義バリバリ世代の人たちだから、中学生にもなればみんな気付いてしまうんだ。社会は競争ばかりであると。みんなが有名企業に入れるわけないものね。相対主義的に下位のものほど相対主義を批判したがるんだ。というか人間なんてみんなそうだよね。自分が都合が悪いとそれを全て社会のせいにして、自分を正当化したがる。ずいぶん卑屈的な生き物だよねえ。話が反れたね、ごめんごめん。ただ私みたいに両方の世界を行き来できると、どうしてこっちの世界みたいに生きられないのか、とか思ってしまってね。おっと、これも相対主義的な物言いだね、ははは。」
「違うよ。」意識なしに僕の口から言葉がこぼれた。
自分でも驚いた。
「へえ。どうに?こっちの世界の人の意見を聞いてみたかったんだ。幸い君は頭は悪くなさそうだからね。」
彼女は確かに興味深そうに言った。
「正直な話、みんなうんざりしてるんだよ。今の社会に、生活に。実際は相対主義だろうが、絶対主義だろうがどうでもいいんだよ。社会全体の流れがそうだから、それに従う、でなければ生きてゆけない。人間が定めた慣習・法・制度が、今では亡霊のように人類に付きまとい、逆にそれに縛られて生きてるんだ。だから明日に世界が絶対主義だといったら、人間はそれに従うしかない。動物が環境に適応していくように、人間も適応していかなければならないんだよ。」
胸がムカムカする。
なんだろうこの感情は。
自分が自分でないような、自身を遠くから客観視しているような。
「若いね、うん。そんな事を考えているうちは。」
僕の気持などどこ吹く風と言わんばかりに、彼女は答える。
「しかもそんな冷めた考え方。不貞腐れた中学生みたいだ。思春期ってやつかな?」
彼女の発言に僕は反論できない。
「-でも私は知ってるよ。心の底では、そんなことちっとも思っていないって事をね。そうやって一般論を広げて正しくあろうとする。たといそれが冷めた、未来のない考えだとしても。」
「君に何がわかるのだろう?この社会で生きていくには、みんな誰しも心に仮面をつけるしかないんだ。自由に、本心で生きていくには障害が多すぎる。」
言った後に気がついた。
そうか、僕は熱くなっているんだな、と。
それを見透かしたように彼女は、落ち着けと言わんばかりに僕にやさしい目線を送っていた。
「君は認めたね。本心でないことを。知ってるんだよ、君は本当は熱い心を持った人間だということをね。」

-僕は。
「人一倍責任感が強く、それでいて正義の心で満ち溢れている。」

-そうだどうしてここに来たのか。
「こちらの世界では仮面によって本当の自分が出せてないだけなんだ。」

何かが崩れ落ちる音がした。
実際に起きた音なのか、僕の心に響いただけの音なのかわからないが。
清々しい音だ。
夜明けを告げる鳥の鳴き声のように。
「もしも、君が心から願うなら。もう一度、向こうの世界に戻りたいと真に願うなら、運命は味方する。」

-そうだ。
僕は。
向こうの世界に戻りたくて、彼に会いたくて、本能的に、いや運命的にここに足を運んだのだ。

彼。
彼は真に心を通わす事の出来た数少ない、貴重な友人だ。
その彼の世界が、今、悲鳴を上げている。
ならば行かない理由があるだろうか?
「私も君を待っていたんだ。向こうの世界を救えるのは君だけだから。来てくれるかな?」
暖かい風が冬の終わりを告げる。
木々は生い茂り、これから降り注ぐであろう春の日差しを少しでも多く吸収しようと命を張り巡らせている。
春は出会いの季節。
様々な運命が交差し、混じり合っていく。
ああ、僕の運命は。
向こうの世界と混じり合う事で新たな芽が芽生えたのだ。
そんなチャンスがまた訪れている。
なんて素晴らしいことだろうか。
「もちろんだとも。僕にできることがあるなら、なんだってやるさ。」
「知ってるさ。君はそういう奴さ。」
二人の顔から笑みがこぼれた。
「それじゃあ、君を向こうの世界に送る。本当にありがとう。ポケモンを代表してお礼を言うよ。」
そう言うと彼女は頭を下げた。
そして、なにやら念じると目の前に虹色をした空間が出現した。
ここを通れば向こうの世界に行けるようだ。
「ミュウ、こちらこそありがとう。この経験は僕の人生にとって掛け替えのないものになるだろう。恐らくどんな人だって手に入れることのできない代物だ。僕はね、こう思うんだ。確かに今の人間社会は、君からしたら見るに堪えない世界かもしれない。だけどそんな中でも、たまにあるんだ。宝石よりも綺麗な人間の心を垣間見ることが。もしこれが、より多く溢れ出るようになれば、世界はきっと変わる。ごめん、前置きが長くなったね。それじゃあ行ってくるよ。」
そう言うと僕は虹色の空間に飛び込んだ。


第03話 




-コンコン。

ドアを叩く音がする。
こんな夜遅くに誰だろう。
まさか泥棒が?
いや、泥棒ならわざわざノックなどしないで侵入してくるだろう。
そう思い、ドアを開ける。
ドアの向こうには。
ドアの向こうには、彼が立っていた。
共に冒険し、困難を乗り越え、喜び・悲しみを共有した彼が。
彼は照れ臭そうに「ただいま」と言った。
温かい涙がボクの頬を伝う。
とめどなく涙が溢れて視界が歪んでいく。
声をこぼそうにも喉が痞えて出で来ない。
ありえないと思っていた。
奇跡は起きないから奇跡だと自分に言い聞かせながら過ごした。
その奇跡が今、目の前で起こっている。
そう思うか否やボクは彼の胸に飛び込んでいた。
「ごめん。悲しい思いをさせて。僕は人間の世界に戻ったあと、記憶が失われていたんだ。でも何か苦しくて、導かれるように迷い込んだ森の中でミュウに出会った。そこで全て思い出したんだ。僕も君に会いたかった。」
そう言うと彼はボクを強く抱きしめた。
彼の頬にも涙の粒がキラキラと輝いているのが見えた。
それきりボクらは黙ったままお互いの温もりを感じていた。
相手は確かにそこにいる。
存在しているというのはこうも温かいのか。
心から願うなら運命は味方する、ふとこんな言葉が心に浮かんだが、彼との再会の喜びの渦の中に飲まれていった。

「おかえり」

ボクは精一杯の力を振り絞って言葉をこぼした。


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Last-modified: 2016-04-17 (日) 22:25:27
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