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忘れられたある一つの話

/忘れられたある一つの話

作者名 風見鶏 ?
作品名 忘れられたある一つの話

・官能表現、グロ表現無しのノーマルな作品です。
・精神的に気分が悪くなるかもしれません。



 これは、忘れ去られた土地での一つのお話。

 長い時間のなか、朽ちることも、思い出されることもなく。
 ただ忘れられていただけのお話。







 重々しい音を立てて、錆び付いたドアが開かれる。
 ずいぶんと長い間使われることもなかったのかもしれない。

「うぇ……、ケホッ、ケホッ……」
 ドアの状態に比例するかのように、入ってきたものに対し埃が歓迎する。
 そこは教会のように、いすが列をなして並べられていた。

 しかし、どれも長い間使われていないのをあらわすかのように、埃が積もっていた。

 ゴーストポケモンの一匹もいない。

「……」

 誰に言われることもなく、一匹のポケモン、ルクシオはいすに座り込んだ。
 もちろん四足歩行の彼がいすに座れることはできない。
 丁寧にいすのほこりを払い、いすの上に座ったのだ。

 時刻は夕暮れを過ぎ、夜になろうとしている。
 もちろんこの無人の地に明かりなどあるはずがない。
 あったとしても、それはとうの昔に切れてしまっていた。

「……」

 静寂が続く。

 もちろん一匹のせいだ。

 彼は、ずっと前を見続けたまま、何もしようとはしない。

 しかし、彼の見つめる先には、何もなかった。

 教会のように、信仰対象となるものが、飾られているわけでもない。
 たとえ飾られていても、夜になる今となっては、意味のないことだった。



 風がではじめた。

 立て付けが悪くなってきているのか、カタカタと耳障りな音が響く。

 ……カラカラと、どこからかおとがした。


「……」
 それを合図にしてか、ルクシオは視線を下に落とす。
 なんでもない、ただの耳障りな音。
 夜風に吹かれ、色あせた風見鶏がカラカラと回っただけだ。

 開けっ放しのドアが、鈍い音を立てて閉まった。

 それに彼は驚くこともない。

 もう、彼の表情は見えない。

 窓はあるが、月明かりも、星明りもさしていないからだ。




「……僕は、悪いポケモンです」
 暗闇のなか、ルクシオの声が響く。
「僕は、大切な人を、見捨ててしまいました」
 懺悔だろうか?
 感情を表に出さないようにしているのがよくわかる。
「あるよく晴れた日のことでした」
 まるで語り手のようだ。
 その日あったことをありのままに話したいのだろう。

 ……無駄なことだ。

「僕は、母と一緒に買い物に出かけていました」

 いかに客観視したところで、自分自身の記憶は美化される。

 これまで何匹のもポケモンを見てきたけど、みんなそうだった。

「その日は、父と母の結婚記念日で、パーティーをする予定でした」
 幸せな家庭が目に浮かぶ。

 レントラーの母、かごいっぱいの木の実をくわえ、同じくかごを加えたルクシオと一緒に歩いている。
 よく晴れた林の中は、むしポケモンの泣き声で賑わい、平和な姿を演出していた。

「……! うわさは本当だったんだ……」

 突如ルクシオはそんな言葉を言う。


 それもそのはずだ。
 今まで真っ暗闇だった空間は、ルクシオが想像したとおりの映像が流れているからだ。

 そこには、仲良く談笑しているレントラーとルクシオ。
 いま、語っているルクシオの姿はそこにはなかった。

「……そう、このときは、本当にお母さんが楽しそうで、僕はそれだけで幸せだった」

 再び、親子たちは歩き出す。

 そして、しばらくして、ルクシオが森の奥を見つめる。
 そこには、モココの姿があった。
 そして、隣にはライチュウ。
「……今でも思い出すよ、あの瞬間、僕がどんな気持ちだったか」
 ルクシオの表情は、こわばり、思わず声をかけてあげたくなるほど悲しそうな表情だった。

「モココは、僕の恋人だった。それが、ほかのオスポケモンといるのが許せなかったんだ」
 しばらく固まっていると、様子に気づいたレントラーが戻ってきた。

 森の奥を見つめると、察したのか、ポンッとルクシオの肩をたたく。
 レントラーなりの慰めのつもりなのだろうか?

 そういう中途半端な慰めが、一番傷つけるということを知らないのだろう。

 ルクシオは、一瞬辛そうな表情を見せると、下を向き、再び顔を上げた。
 その顔は、もうゆがんでなく、元の笑顔だった。

「あの時、僕がもう少し冷静さを持っていたならば……」

 強がりの笑顔で、その場をしのいだのがあだとなったのか。
 実際、そういう光景を見れば、浮気しているとしか思えないだろうな。

「翌日、友達の話でわかった」

 場面が切り替わる。
 息を切らせてルクシオは走っていく。

 そこにいたのは、全身傷だらけで横たわっているモココ。

 かろうじで生きているようだ。だが、完全に精神は壊されてしまっているようだ。
 視線は空を見つめたまま、ルクシオにはあわない。

「あのとき、まさにモココはライチュウに襲われる前だったんだ」

 ルクシオはモココの手前でなき伏せる。
「……捨てられるのが怖かった。認めたくなかった。自分が弱かったせいで、モココは取り返しのつかないことになって……」
 その先の言葉はいわれなかった。

 正直、私には仕方のないことだと思った。

 実際あの状況で声をかけられる人は何人いるだろう?
 しかも、そばには親がいる、しかも、今日が記念日だという……。

 親の大切な日を台無しにしてまで、その未来を選べる人がいるだろうか?

「……ここで、おわりじゃない」

 ちいさく声がまた聞こえた。
 なき伏せていたルクシオが立ち上がる。

 ……そっか、そういうポケモンだったんだね。

 ルクシオの瞳は、正気ではなかった。

 ……まぁ、そういうことでもしない限り、こんなところには来ないよね。

 そのままモココに覆いかぶさると、後はいうまでもなかった。
 所詮、ルクシオも、ライチュウと同じだったということだった。

 ……いやなものを見せてくれる。
 それはルクシオ自身も同じなのだろう。
 自分自身の行いを省みることが、大切なのだとおもう。

 もっとも、私自身には縁遠い話だが。

 やがて、ルクシオは欲望を満たすと、逃げるように去っていった。
「僕の弱さが、彼女を追い詰めていった。そして、救える最後のチャンスも、消してしまった……」

 場面が切り替わる。

 次の場面は、モココが葬られる映像だった。

「あの後すぐだったみたいだ。モココが自分自身の意思で、命を絶った」

 ……救われない話だ。
 ルクシオはモココを愛していた。
 モココのほうも、少なくとも愛していただろう。

 泣いているルクシオをレントラーたちはやさしく慰めていた。

 ……果たして、それが一番正しいのだろうか?
 過ちを犯したルクシオをしかるべきではないだろうか?
 ルクシオ自身も、過ちを認めたかった。
 だからこそ今この場所にいる。

「……ごめんよ、モココ」

 誰が悪いのだろうか。
 誰もが悪いのだ。

 知らないうちに過ちを犯して、気づけば、取り返しのつかないことになっている。
 そんなことは、当たり前のことだ。

 現にこの一匹も、そうだ。




 ここに来たということは、わかっているのだろうか?



 ルクシオ、

 君も、

 死ぬんだよ?





「もうすぐ、行くからね」
 映像が消える。

 やがて、声も、何も聞こえなくなった。





 ここは、忘れ去られた土地のどこかにある建物。
 その土地には一つの言い伝えがあった。

 自らの罪を最後にみつめなおす場所。

 自分が最も罪深く感じていることを、最後に思い出すことができる。
 そして、自らが犯した過ちを認めることで、救われる。




 くだらない言い伝えだ。

 実際に映像は流れる。だが、それはただ彼らの記憶を呼び起こしているだけだ。

 救われるか救われないかなんて知ったことではない。

 すべての生き物は死んだら終わりだ。



 罪がどうとか、そんなこともどうでもいいことだった。

 実際生きている限り、生き物は過ちを犯し続ける。

 そんなこととっくにわかっててもいいはずだ。

 ……実際わかっているのだろうな。

 わかっていても、過ちを認めたくないのが、生き物だ。

 自らは、間違っていないと思いたい。それが普通だ。

 実際、私自身も気づかないうちに間違っているのだろう。






 ……でも、これだけは断言する。

 ルクシオ、君は救われていないよ。

 そして、自らの最も重い罪を知らないまま、君は死んでしまった。

 恋人が襲われるところを見過ごしてしまった。
 悲しみに押しつぶされ、恋人を犯してしまった。
 そして、恋人を死なせてしまった。

 正直、それはまだまだ、ちいさいことだと思う。

 その過ちがあるからこそ、生き物は学ぶことができる。

 犠牲を払い、初めて学ぶことができる。





 ルクシオ、

 君の一番の罪は、

 ここにきてしまったことだ。

 そして、

 自らの命を絶ってしまったことだ。



 ……わからないかなぁ。

 死ぬことが、何よりも一番重い罪だって。



 恋人のモココだってそうだよ?

 どうしてルクシオを信じてあげられなかったのかな。

 ……きっと信じろってほうが無理なのかもね。

 それでも、自ら命を絶つなんて、しちゃだめだよ。

 残されたものがどんな気持ちになるか……きっと君たちだってわかっているんじゃないのかな?






 でも……感情を持たない僕にはわからないのかもね。

 所詮、僕は無機物だから。





 夜明けが訪れる。

 朝日に照らされ、色あせた風見鶏が照らし出された。

 あの夜と同じく、風に吹かれ、カラカラと無機質な音を立てて、今日も風を示し続ける。

 忘れられた土地にある、忘れられていたお話。

 それは、色あせた風見鶏がみた、救われないポケモンたちのお話。


これでこの作品は終わりです、
最後まで目を通していただきありがとうございました。
なにかコメント等を残していただけるならうれしいです。

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Last-modified: 2012-07-21 (土) 00:00:00
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