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心の雨の一滴

/心の雨の一滴

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writter is 双牙連刃

 雨が降ってる。水の中で泳いでいても、真っ青な空を眺めていても、いつも雨音が僕を包んでる。
 本当は、雨なんか降ってない。けど、僕には……僕にだけは、いつも雨の音が聞こえてた。その雨の中、いつも僕は独りぼっち。誰にも見向きもされないで、雨に打たれて泣いている。
 この雨は、僕の心。仲間の中でも一際弱くて、泳いでも仲間に追い付けない。技を出しても当たらないか威力が無くて平気な顔をされる。何をしても、どうにかしようとしても空回りばかりをして一向に進歩しない。
 だから僕には誰も見向きもしない。危険なポケモンが襲って来れば、せめて注意を引いて食べられて死んでくれ。群れのリーダーにもはっきりとそう言われる……落ちこぼれ。それが僕。
 そして僕は独り、灰色の空を見上げて落ちて来る雨に打たれながら、ずっと独りで泣いている。それを続けてたら、僕の心はそこから抜け出せなくなった。どんなに太陽の眩しい晴れの空を見ても、心配して見に来てくれた仲間が傍に居ても、僕の心の雨は止まなくなった。

  ---心の雨の一滴---

 落ちこぼれ唯一の利点、それは群れに居ても居なくてもいい事。僕一匹が居なくても誰も困らないし、多くの仲間は探しにすら来ない。寧ろ、居なくなれば清々するくらいに思われてる事は、流石の僕でも気付いてる。心配して探しに来て、群れに戻ろうと誘ってくれる幼馴染数匹が居るから、辛うじて群れに戻ってる。単にそれだけ。
 今日も群れを抜け出してくすんだ青空の下、水面から顔を出した。いっそこの時、鳥ポケモンが僕を獲物と捉えて食べてくれれば楽なんだろうな。けど、体も小さい僕の事を食べたってお腹が膨れる事が無い事を分かってるのか、鳥ポケモンも一瞥して溜め息交じりに去っていく。僕は、捕食対象にすら選ばれない。……惨めだなぁ。
 視線を下ろしていく途中、一本の木の影に何かを見つけて止まる。なんだ、あれ? 木の色と草の緑とも違う、異質な何かがそこにある。
 こんな時、普通なら異常には近付かないで群れに戻って報告。その後はリーダーが許可するまでこの辺りには近付かないのが群れの掟。余計な危険を群れにもたらさないように。
 けど、僕にとっては今更だ。これが群れの脅威になる物であろうと、半分群れから居場所を失ってる僕に何があろうと、群れに何かがある事は多分無い。仮にあったとしても、その時に僕は居ないんだし気にする事も無いさ。
 近付いてみると、それは生き物だった。確かそう……人間だ。僕達や他のポケモンを糸と針で海の中から引き上げて連れて行く恐ろしい生き物。リーダーからは決して近寄るなと仲間に指示が出されている。
 そんな恐ろしい生き物なら、僕の事も連れ去ってくれるかもしれない。そんな風にぼんやりと考えながら水面から顔を出す。けど、水を弾く音に気付いてこっちを少しだけ見るだけで、木にもたれ掛かったままで動かない。
 結局、暗くなるまでそうしていたら、僕の事をチラッとだけ見て何処かに歩いていった。ただ……その顔は悲しそうで、今にも泣きだしそうだったように見えたのは、僕がずっとそうだからなのかな……。

 夢……いや、これは思い出だ。僕の父さんが仲間に指示を出して大きな魚の姿になって、群れを襲おうとしたポケモンを倒してみせた時の記憶。今よりも小さかった僕が見た、憧れの形。けどその父さんは、それでも倒せなかったポケモンから仲間を助ける為に自分だけで戦って、体を引き裂かれて亡くなった。僕が見ている前で……。
 目を開けると、そこは何も変わらない僕の寝床。子供の頃は父さんと一緒だったけど、今では僕独りだけ。母さんは、僕を生んで亡くなった。体が弱いのは母さんに似ちゃったか、なんて父さんに言われた事があるから、きっとそうなんだろうと思ってる。
 居場所の無い群れに混じる気にもなれなくて、また僕は独りで宛ても無く漂うように泳いでいく。ふと思い出したのは、昨日の人間の顔。悲しそうで、泣きそうで、何処か僕に似た雰囲気を感じた、そんな人間。同じところに居る筈なんてないのに、気が付けば僕は昨日の場所に向かってた。
 驚いたのは、そこに着いてみたら、昨日と同じように同じ人間がそこに居た事。木にもたれ掛かって俯いて、ずっとそこから動かない。顔は、昨日のが見間違いじゃなかったって分かった。悲しそうで、泣きそうだ。
 人間の言葉なんて分からないから、どうしたかなんて聞く事も出来ない。結局僕は、ただ見ているだけ。けれど今までと違うのは、目だけは逸らさない事。この人間から目を逸らしてしまったら、僕にはもう何も残らない。そんな漠然とした思いだけが、僕をこの場に留めていた。
 なんでそう思ったかは分からない。けど、独りぼっちで居るこの人間から目を逸らすって事は、僕が仲間からされているのと同じ爪弾きを自分でしたような気がして、嫌だった。
 その日も何も無く、暗くなって人間が何処かへ帰るまで見てその背を見送って、幼馴染数匹が迎えに来たから帰る。その次の日も、その次も。
 一週間が過ぎた頃、今まで暗くなるまで動く事が無かった人間が、僕の方へ来た。僕の事には気付いてたんだろうけど、そうしたのは今日が初めてだ。
 人間が僕を見つめて、口を動かした。何か言ってるようだけど、僕には何を言ってるかは分からない。けれど、僕を襲うような素振りは無いみたいだ。
 しゃがんで僕を見つめる目には、暗くて重い雲が掛かっているように感じた。僕と同じ、雨の中に……この人間も居る。確信なんて無い。けど、目を見た僕にはそう感じたんだ。
 寂しさも、悲しさも、虚しさもごちゃ混ぜになった暗い雨。そんな中に独りで居続けたら、僕のように抜け出せなくなる。それは、辛い事だよ……。
 意を決して、水から飛び出す。疲れるから長くは出来ないけど、僕達魚のポケモンは自分の力を周りに放つ事で水から出て空中を泳ぐ事も出来る。元々は父さんが得意で、僕にも教え込んでくれた僕の唯一の得意な事。それを行使して、僕は人間の隣に行った。
 驚いて人間は僕を目を見開いて見てる。そんな人間に目配せした後、僕は空を眺める。釣られて、人間も空に目を向けた。
 青い空に白い雲、降り注ぐ温かな太陽の光。……僕にはくすんで見えてしまうけど、まだ君にはこれが、綺麗な空に見えているよね? そう問い掛ける事は出来ないけど、せめて心の中で祈る。僕のように手遅れになっていてくれるな、と。
 しばらく並んで空を見ていた時だった。人間の目から一滴、涙が零れた。それはどんどん数を増して、人間の頬を濡らしていく。それが何が原因でかは分からない。けどまだ、そうやって心の雨を外に出せるんなら、思い切り泣いて出してしまえばいい。雨も、悲しみも、何もかも。
 声を上げて泣く人間、それが泣き止むまで僕は傍に居た。空中に居た時間の自己ベスト更新、落ちこぼれの僕にしては随分な頑張りだ。
 涙の川は枯れ果てて、涙は気付けば目元に残る一滴だけを残すだけになっていた。
 それを、そっと鰭で拭う。あぁ……今人間が言った事は何となく分かった。ありがとう、だ。
 何時からその言葉を聞いてないんだろう……僕自身に向けられてなんて言われた記憶が無いし、父さんが亡くなってからは言った覚えも言った相手も居ない。感謝の気持ち、か。
 そっと覗き込むように人間の目を見ると、その目には確かな輝きが戻っていた。雨、どうやら止んだみたいだ。良かった……。
 空には夕焼けの赤が伸び始める時間。不意に、後ろから何かが呼ぶような声が聞こえた。人間と一緒に振り返ってみると、そこには人間よりも体の大きな人間が居た。なるほどそうか、僕の隣に居たのは人間の子供だったのか。
 呼ばれた人間の子は立ち上がって駆け出そうとした。けどその足は止まって、僕の方を見る。うん、僕なんかの事は気にしなくていい。雨が止んだなら、ここに独りで居る事も無い。帰るべき場所に帰っていけばいい。
 やりたいと思った事は終わった僕は水の中に戻った。振り返る事は無いし、真っ直ぐに寝床に戻る。明日からはもう、あの人間の子との時間も無いだろう。けどそれでいい。あの子が雨の中に囚われなかったんなら、それが最上だ。もう、抜け出せなくなった僕なんかに構う事は無い。
 いつも通り僕を包む雨の音は止まない。けれど今日は少しだけ……雨音が弱まった。寝床に戻った僕はその満足感だけで、いつもよりぐっすり眠れそうだ。

 眠って、起きて、僕は今日からどうしようかと考えながらまた漂うように泳いでいる。群れから離れて一週間、今更戻る気にもならない。戻ったところで、僕は厄介者。だったらいっそ、このまま群れから離れてしまえばいい。
 群れに残っていたのだって、それが元々父さんが率いていた群れだったからだ。けど、父さんが亡くなって今のリーダーが群れを率いるようになって、群れは変わった。
 父さんは、決して弱い者を見捨てるような事はしなかった。食べ物だって皆で分け合って、仲間外れなんて出来た事も無かった。
 けど、今のリーダーは違う。弱い者は群れの為に犠牲になれと平気で言うし、食べ物だって群れの中で強い者が満足するまで弱い者は口に出来ない。僕に至っては、皆の食べかすを寄せ集めてなんとか空腹を紛らわしていたくらいだ。お陰で自分で食べられる物を探すのは上手くなったけどね。
 ……そんなに群れが変わってしまっても、皆は文句の一つも言えない。だって、リーダーは群れで一番強い者だから。逆らったところで群れを追放されるだけ。群れを追放されたら独りぼっち、種族として強くない僕達はそうなったら数日と生きていけないと思う。
 その点で言えば、常に爪弾きにされてたお陰で僕は一匹でものらりくらりとやれている。群れに居たって独りぼっちだったんだ、本当に独りぼっちになったところで大した違いは無い。
 そんな事を考えながら泳いでいたら、気が付くと僕はあの子と居た場所に来てた。一週間とはいえ毎日通っていたからか、少し癖になってたみたいだ。
 やっぱり、あの子は居ない。いいや、それでいいんだ。あの子の心の雨は止んだ。もう独りで悲しみを堪える必要も無いし、誰にも伝えられない虚しさに俯く事も無い。僕なんかの傍には、居るべきじゃないんだ。
 身を翻して戻ろうとする僕に、こっちに近付いて来る足音が届いた。これは、昨日の……。
 振り返ってみると、息を切らしながら走ってくるあの子の姿が見えた。そんな、どうして此処に? 俯いてはいない。けれど真っ直ぐこっちを向いて走ってくる。
 不意に目が合った。僕に気付いたあの子は、今度は僕目掛けて駆け寄ってくる。まさか、僕に……会いに来た?
 水際まで来て、息を整えてる。整え終わると改めて僕を見てまた何か言ってる。相変わらず何を言ってるかは分からないけど、閃いたような顔をして人間の子は腰に付けた丸い何かを何も無い場所に投げた。すると丸いのが割れて、中から何かが飛び出す。その何かが形作ったのは……見た事の無いポケモンだった。
 人間の子がそのポケモンに何か言うと、ポケモンが僕に何を言ってるかを教えてくれた。どうやら、改めてお礼を言いに来たそうだ。
 ポケモンが教えてくれた。何故、この子はずっと此処に来ていたか。……お母さんが、病気で亡くなったそうだ。それが辛くて悲しくて、耐えられなくて誰にも会いたくなくて、此処で独りで居たらしい。
 ……僕の雨が降り出した切っ掛けもそうだ。父さんが亡くなって悲しくて、父さんを助けなかった仲間が憎くて辛くて、そんな仲間を見返してやろうと強くなろうとしても僕はあまりにも弱くて出来なくて、今の僕が居る。
 あぁ、そうか……僕の雨の始まりは、ただ父さんともっと一緒に居たかったからだったんだ。父さんが居なくなった事を認めたくなかった、父さんを見捨てた群れの皆を許せなかった。
 ……人間の子は、自分のお父さんが言った言葉を僕と空を見ていて思い出したらしい。お母さんは空の向こうへ行ってしまった。けど、そこからいつも見守ってくれているって……。
 青空の先にお母さんが笑っているのを心で描いたからこそ、昨日心から涙を流す事が出来て、悲しみを受け止められたんだ。もちろんお母さんは空の向こうになんて居ない事は分かってる。けど、お母さんの笑顔は……自分の心の中にあるって。
 僕の心の中の父さんは……引き裂かれた時の姿で止まってる。皆を助けようとして、殺された姿で。あの時に、いつものように大きな魚の姿に戻っていれば、倒せなくても追い返す事は出来たかもしれない。けど、それは出来なかった。あぁそうだ、あいつが、今のリーダーが皆にもうダメだ、逃げろって皆に勝手に指示を出したから。
 どうして、ずっと忘れていたんだろう。いや違う、思い出さないようにしていたんだ。僕が弱過ぎて、見返す事も復讐する事も出来ないから、雨の向こうに追いやった。そこで僕の心は止まったんだ。
 雨音が強くなる。そうだ、この雨は僕が僕を守ろうとして降らせたんだ。思い出したくない事を隠す為に、周りを見ないようにする為に。止む筈が無い、降らせているのは僕の悲しみなんかじゃない。この雨こそが、僕の弱さだ。
 大丈夫かと、ポケモンが聞いてきた。どうやら僕は目を開けたまま眠ったような状態になっていたみたいだ。雨音が、嫌に強く響いてる。僕が僕自身に吐いた嘘に気付いたから。弱い僕が、僕に警告してる。思い出すな、思い出したところで何も出来ないって。
 不意に、僕の体が持ち上げられた。温かい、少し熱いくらいの人間の子の手によって。そして口がこう動く。ありがとう、だ。
 一緒に空を見た事、泣いてる間ずっと傍に居てくれた事。涙の最後の一滴を拭ってくれた事。励まされたようで、嬉しかった。この子が言った事を、傍のポケモンが教えてくれる。そして、今度は私の番だね、と。
 僕の目元に人間の子の指が触れる。すっと拭ってくれた指は、少しだけ濡れていた。僕、今泣いて……?
 大丈夫、泣いてる間は傍に居るから。そう言ってるんだとポケモンが伝えてくれた時、僕の体が優しく抱き締められた。
 水の中に居た僕の体は濡れてる。けど、そんなの構わないと言うように、その子は僕を抱き締めてくれた。温かくて、優しくて、触れた事の無い感覚に戸惑う。
 でもその温かさが僕の心も温める。優しい温かさが、雨に打たれる僕の心を包んでくれる。
 自然と、僕の目からは涙が零れた。溢れて、止まらなくて、泣いても泣いても次から次へと流れ落ちていく。
 涙を流しながら思い出したのは、父さんと過ごした思い出達。強くて優しかった父さんと過ごした、大切な思い出。雨の先に押し込めていた、僕が独りぼっちじゃなかった証明。
 いつか父さんが言ってくれた言葉……今は体が弱くても、お前は俺の息子。きっと俺の跡を継げる。継げる強さを身に付けられる。誰よりも優しかった母さんから継いだ優しさを合わせて、きっと優しいリーダーに……。あぁ、そうだ。僕にそう言ってくれたんだ。笑いながら。
 ずっと、父さんの姿は死に際の姿で止まっていた。どんなに強い姿を夢で見ても、最後はその姿に戻ってしまっていた。けど、思い出せたよ。父さんの笑顔、一緒に過ごした楽しい大切な思い出。
 なれるかな、僕。父さんが言ってくれた、父さんがなれるって信じてくれた、強い僕に。
 気が付けば、僕の目からは流れる涙は止まっていた。雨音も、どしゃ降りのように響いていた音が止んで、霧雨のように感じる。こんなの、今まで一度だって無かった事だ。
 抱き締めていてくれた子は僕を正面に持ってきて、残った涙を拭ってくれた。これでお相子だね、そう言って。
 僕の声はきっと聞き取れない。傍のポケモンにも僕の声をこの子に伝える事は出来ないんだろう。でも、これだけはどうしても伝えたい、伝わって欲しい。


  ……ありがとう、僕の雨の一滴を拭ってくれて……。



 陣形を崩さないよう仲間の様子を見ながら適時指示を出す。襲ってきたポケモンの名前はサメハダー、あの大きな口で噛み付かれたら、僕達なんて一溜まりも無いし、そのまま飲み込まれる事だって十分に考えられる。一瞬たりとも油断は出来ない。
 けど、仲間と陣形を組んで巨大魚の姿を生み出す僕達の魚群の力を相手は知らなかったのか、自分よりも数倍は大きく見える僕達の姿に相手は怯んだ。その隙を突いて、僕は攻撃の指示を飛ばす。
 早く動ける仲間を集めて、小さな分身のような群れを作りサメハダーを撹乱。注意が散漫になったところを束ねて合わせたハイドロポンプで押し流す。そして、体勢が崩れた所へ小さな群れの仲間達が突進で突撃。
 当然小さな群れの皆は特性の鮫肌で傷付く。それをアクアリングを使える仲間に指示を出して回復に回ってもらう。サメハダーは四方八方からの攻撃で限界が近いだろうし、残った仲間で仕上げに取り掛かる。
 端から見れば巨大魚がサメハダーを飲み込むように見えるようにサメハダーを包囲して、袋叩きを発動。大量の仲間からの一斉攻撃で弱ったサメハダーの眉間目掛けて、止めに僕がアクアテールを叩き込んだ。……よし、盤石な勝利だ。
 あの日、人間の子や一緒に居たポケモンと別れてから、もう一年が経ったかな。あの日から、僕は変わってみようと思ったんだ。
 まず、自分の弱さを言い訳にしないように心掛けた。僕が弱いのはすぐには変わらない、けどそれを言い訳にあらゆる事を諦める事を止めた。ちょっとずつでいい、少しずつでもまた強くなるって決めたんだ。
 それと、目標が出来た。父さんがリーダーだった時のような、仲間外れなんか居ない皆が笑顔で暮らせる群れを取り戻す事。群れに見放されかけてる僕では難しいかもしれない。でも、まだ話を聞いてくれる仲間から、これも少しづつ始めてみようと思った。
 最初は今までと同じように失敗もしたし、自分に呆れる事も散々した。群れを取り戻すのだって、皆からお前なんかに出来っこないって言われ続けた。
 けどそこで諦めなかったのは、父さんの笑顔と言葉を思い出せたから。立派なリーダーだった父さんの息子が僕なんだ、父さん程じゃないにしろ、僕にだって出来る事は必ずあるって言い聞かせて。
 その内、段々と幼馴染が見てられないと力を貸してくれるようになった。リーダーに知られたら僕と同じように爪弾きされるのは目に見えてるのに、だ。
 そうまでして僕に力を貸してくれる仲間が出来たのに、僕が頑張らない訳にはいかない。上手くいかない事は仲間に意見を聞いて改善して、本当にちょっとだけ進んでは立ち止まって、またほんの少し進むを繰り返した。
 気が付けば、群れの半分程が僕に力を貸してくれるようになっていた。元々リーダーのやり方に嫌気がしていた仲間は少なくなく、僕のように群れを変えたいと思っていた仲間が僕に味方をしてくれるようになったんだ。
 僕自身も皆に教えられたり皆の事をよく知る事によって、どう指示を出せばいいかやどう動けばより皆が動き易くなるかなんて、リーダーが考えなきゃいけない事をやってくれないかと頼まれる程度に力を付けられてた。早く泳ぐ方法や技のコツを教えられるとすぐに身に付けていく僕の様子を見て、もっと早くこうして教えてやればよかったって謝罪を受けた事もある。……皆、父さんの事で負い目を感じて僕を避けていただけだったんだ。けど、僕から歩み寄った事でその蟠りも徐々に薄れていった。
 そして……僕達はリーダーに挑んだ。群れを取り戻す為には、リーダーの交代は絶対条件だったから。勝てるかなんて分からない。けど、力を貸してくれる皆の為にも負けられない。必死に指示を出す僕の声に皆は付いて来てくれて、僕も死に物狂いで戦った。
 結果は、今が全て。今でもまだちょっと信じられないけど、僕は今群れのリーダーを任せてもらってる。リーダー……いや、元リーダーに挑んだ時にリーダー側だった仲間達も、今では打ち解けて同じ群れとして生活しているよ。
 一つだけ残念なのは、元リーダーや一部の仲間がこの中に居ない事。僕との一騎打ちに負けたリーダーは、その日の夜には姿を眩ませていた。……後から聞いた話だけど、父さんが命を落とした襲撃、あれを手引きしたのが、元リーダーだったそうだ。自分がリーダーになって群れを好きなようにする為に、邪魔だった僕の父さんを殺す為に襲撃してきたポケモンをわざと呼び寄せた。そして巨大魚の陣形もわざと乱れるように自分の仲間と結託、筋書き通りに僕の父さんは命を落として、リーダーの座に自分が座った。
 元リーダーの予想外があったとすれば、一緒に始末する筈だった僕が、父さんの奮起によって生き延びた事。僕が父さんの死によって心を閉ざした事は、リーダーにとっては僥倖だったんだろうね。迫害してやれば自滅する、そう考えてたんだって言う事も教えてもらったよ。教えてくれた仲間は済まない、済まないってずっと謝ってくれてたけど、今では僕も許して、群れの一員として頑張ってくれてるよ。今までの償いだ、ってね。
 一年、たった一年の間で、僕や僕の周囲は劇的に変化した。これだけの事を僕が成し遂げられたなんて、当事者である僕が一番驚いてるよ。父さんの再来だなんて言われるのには、正直まだ全然慣れないけどね。
 あの日、僕の心の雨を拭ってくれたあの子が居てくれなかったら、僕はこの群れには居なかった。いや、生きていたかも危うかったと思う。
 あの子やあの子の連れていたポケモン、イーブイとは実は今も友好関係にある。毎日会ったりは出来ないけど、時々会っては言葉を教えてもらったり、イーブイと話をしたりを楽しむ仲は続いてる。今ではあの子が言っている事も大体は理解出来るようになったよ。
 そして今日は、あの子に一つの提案をされて、それの答えを伝える日なんだ。提案の内容は簡単さ。ポケモントレーナーになるあの子とイーブイ、いや、進化したからニンフィア、だったかな? とにかく一人と一匹と旅に出ないかって誘われたんだ。
 群れのリーダーになった僕には、その提案に二つ返事をする事は出来なかった。ついて行くのなら群れのリーダーは誰かに譲らなきゃならないし、僕を頼りにしてくれた皆とあっさり別れたくもないって気持ちも僕にはあったから。
 けど、その事を相談してみると、群れの皆からは予想外の返事が返ってきた。リーダーが行くんだったら、俺達も連れて行けってさ。……実は僕とあの子の関係、群れの皆にはとうにバレてたみたいなんだ。それで、群れの皆もあの子や人間、地上の世界がどんななのかに興味を抱いちゃったらしくて、旅なんてそれらを見るのに打って付けだ、なんてね。
 だから僕は、僕らは巨大魚の姿であの子の前に出た。ちょっとビックリさせ過ぎたのか、見てすぐは固まって動かなくなっちゃったけど、群れから僕が抜け出して姿を見せると、ホッとしたような顔をして驚かせ過ぎだって笑いながら怒られちゃったよ。
 僕達の答えにあの子はお世話し切れるかな、なんて苦笑いだったけど、周りを囲む僕達に何とかしてみるかって笑い掛けて、一つの球を取り出した。教えてもらったそれの名前はモンスターボール。僕達ポケモンを中に入れて連れられる物らしいんだけど……一個で僕達全員が入れるものなんだろうか?
 なんて僕の疑問は何処吹く風と言わんばかりに、次々に仲間がボールの中に入っていく。どうやら僕達は群れで一匹のポケモンと見なされるようになってるみたい。まぁ、戦うのは大体そうなんだし、そう出来るならそれでいいかと思う事にした。
 皆が収まって、後は僕がボールに入れば登録は完了。なんだけどその前に、リーダーとしてこれからの僕達のご主人にご挨拶だ。あぁ、この呼び方はニンフィアがそう呼ぶんだって教えてくれた。
 軽く周囲を回ってみせて、あの時みたいにそっと頬の辺りを鰭で撫でてみせた。すると目の前の子も、あの時のように僕の目の下辺りを指で撫でて見せてくれた。
 僕達だけが分かる、僕達の繋がりの証明の仕草。お互いの心の雨の一滴を拭い合った、これからも何かがあれば拭ってあげると誓った、親愛の証。あまりするとニンフィアがヤキモチ焼くんだけどね。
 ……忙しくしている間はまだ感じていた心の雨は、皆が僕を受け入れてくれて、リーダーと認めてくれた時に止んだんだ。もう僕は、独りぼっちで雨に打たれる弱虫じゃないし、弱虫に戻るつもりも無い。
 だって、もし戻りそうになってもその最初の一滴を拭ってくれる人に出会えたから。もしこの人がまた雨に呑まれそうになったのなら、僕がその雨を拭い去ってみせる。
 お互いの心の雨の一滴を拭い合った僕達なら、絶対に、どんな事があっても、その雨の先に広がる青空と太陽の下を進んでいける。
 だって僕達はもう独りじゃないし、止まない雨なんて無い事を知ってるんだから……。


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Last-modified: 2018-11-25 (日) 23:41:02
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