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彳と亍を繰り返し行く

/彳と亍を繰り返し行く

第十三回短編小説大会のエントリー作品でした。

作者ラプチュウより



 柔らかな日差しが降り注ぐ森の中を、鼻歌交じりに腕を後ろに回したルカリオが歩いていた。木々の隙間から差し込む日の光が揺れて、幻想的な雰囲気で森の道を照らしている。不意に立ち止まると、ルカリオは後ろを振り返って自分を追いかけているはずの相手に声をかけた。

「ちょっとぉ、早く来なよディークぅ」

 声をかけたルカリオの視線の先で、大量の荷物を抱えて息を切らしているガオガエンがよろよろと歩いている。ルカリオの声を聞いて、ディークと呼ばれたそのガオガエンは立ち止まって顔を上げる。

「あ……あのなぁセリス……そうしてほしいなら少しはお前も荷物持てって……」

 ディークは自身がセリスと呼んだルカリオの荷物も一緒に運んでいた。腰に手を当てたセリスが見守る中で、ディークは彼女の場所までたどり着くと立ち止まって息を整える。

「なっさけないなぁ……そもそもディークが荷物持ちをかけた勝負に負けたのがいけないんでしょ?」
「だ、だからってお前……ロッキングチェアやら折りたたみテーブルとか……明らかにピクニックにしては荷物多すぎだろうが……」

 ディークの抱えている荷物の中には、浮き輪といったおおよそピクニックには関係ないものまで混ざっている。そんな大量の荷物を抱えているディークを見てセリスはくすくすと笑った。

「だってぇ、ディークったら負けたら負けたで何でも持ってこいー、なんて言うんだもん。自業自得じゃないのぉ?」
「そ、それは言葉のあやってやつで……だいいち、調子に乗って色々持たせまくったのはお前だろうがっ!」
「しーらないっ」

 今にも荷物に押しつぶされそうなディークを尻目に、セリスは再び歩き出す。その後ろでディークがわめいているが、意に介さずにどんどん先に進むセリスを見て諦め気味にため息をつくと、また足を踏み出した。太陽が一番高く上る少し前にようやく森を抜けてディークの視界が開けると、その少し先にある川のほとりでセリスが両手を振って呼んでいるのが目に留まる。

「ぜぇ……ぜぇ……」

 セリスが先に着いていた川のほとりにどうにかたどり着いたディークが、荷物をその場においてへたり込む。天を仰ぐようにその場に大の字になって寝転ぶディークの顔に、セリスの身体が影を落とした。

「お疲れ様っ、帰りもよろしくねぇー」
「くそっ……帰ったら覚えてろよ……」

 笑顔で覗き込みながら声をかけるセリスの顔を見上げながら、ディークが疲れ切った表情で返す。そんなディークの身体を起こして座らせると、セリスは荷物の中から水筒を取り出して中の水を口に含む。そして、いまだに荒い息を続けるディークの顔を両手で抑えるとそのまま口付けを敢行する。

「んぶっ……!?」

 突然の口づけに戸惑うディークへ、セリスが自身の口に含んだ水を相手の口内へと流し込んでいく。含んだ水をすべてディークへ与えたセリスが、相手の顔を抑えたままで口を離した。

「ぷはっ……これでちょっとは元気出た?」
「こいつっ……」

 少しほほを赤らめながら問いかけるセリスに、同じく顔を赤らめたディークの鼓動が高まる。そのあと、セリスが作ったお弁当を並んで食べたり、川で水遊びをしてみたり、川岸の草むらに寝転んでみたりと、しばらくの間二匹だけの時間を楽しんでいく。そうしているうちに今まで晴れていた空にどんよりとした雲がかかりはじめた。

「あれ……なんか急に天気が……」
「まずいな、すぐにでも降り出しそうだな……帰る支度するか……」

 空模様を見た二匹は、すぐに帰り支度を整える。遠くの山へ目を向けると、すでにそちらでは激しく雨が降っているのだろうか空が薄暗くなっているのが見えた。帰り支度をあわただしく終えたディークが荷物を抱え上げると、その鼻先に一粒の雨が落ちる。

「やべっ、降ってきやがったな」
「ひどくならないうちに帰ろうっ」

 そう言って帰ろうと足を踏み出した時だった。川の上流から何か轟音が響いてくるのが聞こえてくる。心なしか、地面も震えているように感じた。

「え……何……」
 気になってその場で上流に目を向けたのがそもそもの間違いだった。次の瞬間、上流から岩や大木を巻き込みながら黒い鉄砲水が迫ってくるのが見えたところで、記憶は一度途切れた。



「ん……うぅん……」

 空は薄暗く、あたりに降りしきる雨は止む気配がない。泥にまみれたセリスが意識を取り戻し、ゆっくりと目を開く。地面と同じ目線で見える景色は黒い泥に覆われた地面だけで、周囲から聞こえるのは降り続ける雨音しか聞こえてこない。視線を上に向けると、そこから見えた場所は先ほどまでとは見る影もなく、泥やがれきに覆われていた。もっとよく見るために両手をついて身体を起こそうとしたが、とたんに左腕に激痛が走って顔をしかめながら再び地面に身体を横たえる。痛みで身体を丸めながら左腕を見てみると、一部が大きくはれ上がっていて少なくとも骨にひびが入っているかもしれないと感じた。痛みを伴う身体で全身を確認していくと、泥や血で汚れた自身の身体はあちこちに大小さまざまな傷ができており、なかでも右足の太ももあたりにできた大きな傷からはまだ血が流れ続けている。

「こ、こは……」

 痛みをこらえながらあたりを見渡すと、薄暗い中に折れた大木や岩など様々なものが混ざった泥の山が見え、ところどころに小さな水の流れが見える。その流れを目で追っていると、がれきとは似ても似つかない赤い身体が目に留まった。それに気づいたセリスがはっとして目を見開く。

「あっ、ディーク!」

 激痛の走る身体で地面を這いつくばりながら、ディークのもとへとなんとかたどり着いたセリスは自身の身体の痛みと格闘しながらも泥に埋もれたディークを掘り起こした。セリスと同じく泥や血で汚れた全身に出来た大小いくつもの怪我の中で、何よりもひどいのは腹部に突き刺さっている折れた太い木の枝だろう。傷口から血が出ている様子はないが見た目で無事ではないことは明らかだった。そんな光景を目の当たりにしたセリスを絶望が支配していく。

「ど、どうしよう……ディークが……し……」
「ま……まて、よ……」

 泣き出しそうなセリスのほほに、ディークの伸ばした手が触れる。セリスが大きく見開いた瞳に映ったのは、弱々しくも笑いかけてくるディークの顔だった。

「勝手に……殺すなよな……」
「ディークっ、よかったっ……」

 涙目になりながら喜ぶセリスであったが、状況は芳しくない。自身も大怪我を負っているがディークの怪我はそれ以上である。早く治療をしなければ本当に命を落としかねないが、助けを呼ぼうにも声をあげたところでこの雨音にかき消されて届きはしないだろうし、この場で誰かが助けに来るのを待とうにもディークの体力はそんなに持たないだろう。周囲を見渡したセリスの目に、泥にまみれて転がっている自分たちのバッグが飛び込んできた。何とかそのバッグを引き寄せて、中に入っていたレジャーシートをディークの身体に被せて飛ばされないよう端に石を乗せると、自分はタオルを左腕や右足に巻き付けていく。左腕に走る激痛のせいで作業はおぼつかず、傷口が痛むのか荒く息を繰り返すディークの横で顔をしかめながら、口も使いながらもようやく応急処置を終えたセリスがよろよろと立ち上がった。

「ここで、待ってて……今……助けをっ……」
「せ……セリスっ……」

 何とか立ち上がって歩き出したセリスの身体を激痛が襲い、数歩歩いたところで左腕を抑えてうずくまる。そんな姿を見てディークが弱々しく声をあげるが、ダメージが大きすぎる身体ではその場から動くことさえできない。雨に打たれながら大きく息をするセリスが強いまなざしで再び立ち上がった。

「だい……じょうぶ……必ずっ……」

 激痛に耐えながらもその傷ついた身体を引きずりながら、セリスはその場を後にする。右足の傷はかなり深く、巻き付けたタオルはすぐに赤く染まり、一歩踏み出すとセリスの全身に激痛を与えてきた。歩くたびに揺れ動く左腕もセリスへ痛みを与え続けるが、それでも彼女は歩き続ける。傷ついた左腕と右足をかばいつつ、残してきたディークの事を気にしながらも、必死に助けを呼ぶために振り続ける雨の中を数歩進んでは休み、休んでは進みを繰り返し続ける。

「はぁ……はぁ……」

 泥とがれきで盛り上がった川岸を超えると、つい数時間前に抜けたはずの森がかなり離れた場所にあることに気が付く。あの鉄砲水でかなり押し流されてしまったことに絶望感を感じながらも、ほかに知っている道もないためその森に向かって歩き出そうとした。その時、不意に足元を取られたセリスは泥でできた小さな山を転がり落ちる。

「きゃああっ!?」

 高さ自体はあまりなかったので転がり落ちたのはほんの数メートルだったが、それでも今のセリスへ与えるダメージは計り知れない。転がり落ちるうちに左腕は数回地面に叩きつけられ、突き出したがれきや岩が身体に食い込んで新たな傷をセリスに作る。転がりついた先でうずくまり、襲い来る激痛に意識を持っていかれそうになるセリスだったが、右手を握りしめて地面を殴りつけるとそのまま歯を食いしばって立ち上がった。

「いか……なく、ちゃ……」

 再び立ち上がったセリスは、遠くなった森の入り口を見据えながら再び歩き出した。痛む左腕を押さえながら、大きな傷のついた右足を引きずり、一歩一歩前へ進んでいく。そうして歩き続けてどれぐらい時間がたったのだろう。足は鉛のように重く、折れた左腕から伝わる激痛はさらにひどくなり意識をもっていかれそうになる。降り続ける雨に体温が奪われて身体が凍えるように寒くなり、右足に巻き付けていたはずのタオルはいつの間にかどこかに行ってしまい、流れ落ちる水が傷口からの出血を促す。歩き続けられる時間はさらに短くなり、休む時間は逆に長くなっている。今では三歩も歩けば数分は休まないと先に進めないほどに体力がなくなっていた。

「早く……しないと……ディークが……」

 肉体も精神も、限界をとうに超えている今のセリスを支えているのは、ディークを早く助けてほしいという想いだけだった。視界がぼやける中、セリスは必死に前へと進み続ける。セリスの頭の中を残してきたディークへの想いがぐるぐると回り続ける。ディークはまだ生きていてくれているのだろうか、ディークはさらに酷い怪我を負っていないだろうか、ディークは無事だろうか、ディークは、ディークは、ディークは……――



「……い……おい! あんたっ、しっかりしろっ!!」

 雨の降り続ける街の入り口で、倒れ込んだセリスの身体を誰かが揺さぶる。その声に反応してセリスが目を薄く開けた。その視界に、自分を心配そうにのぞき込むサマヨールの顔が入ってきた。

「大丈夫かっ、すぐに治療をっ……」
「お、ねが……彼を……ディークを……たす……」

 自分を抱え上げようとするサマヨールに、セリスは激痛の走る左腕も意に介さずにすがり付き助けを求めた。戸惑いを見せるサマヨールへ涙を流しながら、たどたどしい言葉を紡いで必死に事情を伝える

「はや……く……ディー、ク……森の、先の……川の、ほとりで……助け……」
「お、おいっ! 森の先の川か! そこに誰かいるんだな!」
「い……で……怪我……ひど……彼……」
「もうしゃべるな! 必ず助けるから! 約束する!」

 涙を流しながら訴えかけるセリスの言葉を、サマヨールがくみ取ってその右手をしっかりとつかむ。サマヨールの言葉の力強い言葉を聞いて安心したのか、セリスの意識は再び闇の中へと落ちていった。再び意識を取り戻したセリスが目を開くと、天井から吊り下げられた白いカーテンに囲まれた空間が視界に入る。ぼやけた頭でしばらく天井を見つめていたセリスの寝ているベッドを仕切るカーテンが開けられてラッキーが姿を現した。

「あっ、気が付きました?」
「こ、こは……?」
「病院ですよ、あなたぼろぼろになった身体で街の入り口に倒れてたんですよ?」

 ラッキーがセリスの問いかけに答えると、彼女の頭の中に川岸に残してきたディークの事が浮かんできた。とっさに飛び起きようとしたが激痛ですぐにうずくまったところをラッキーに慌てて押さえられる。

「あっ、ダメですよまだ動いちゃっ……怪我や衰弱がひどくて丸二日寝てたんですからねっ」
「二日って……あの、彼……ディークは、ディークはどうなったんですか?」
「大丈夫ですよ……ほら」

 ベッドに再びセリスを寝かしつけた後、彼女の問いにラッキーは優しい笑顔で隣のカーテンを開けていく。セリスが視線をそちらに移すと、ベッドの上で全身に包帯を巻かれたディークが小さく寝息を立てているのが見えた。

「ディーク……よかった、無事だったのね……」
「あなたをここに運び込んできたサマヨールさんが、すぐに仲間を連れて助けに行ってくれたんですよ。よかったですね、あなたが助けを求めたサマヨールさんはこのあたりじゃ結構有名な救助隊のメンバーだったんですよ?」

 そのあと、ラッキーはセリスが意識を失った後のことを話してくれた。セリスをここへ預けた後、すぐに仲間と一緒にディークを助け出すために飛び出していったらしい。ディークは衰弱こそかなりひどかったものの、腹部に刺さった木の枝が付けた傷そのものは木の枝が血をせき止めたおかげで大事には至らなかった。全身の骨に何か所かひびも入っていたが、命を脅かすような怪我はしていなかったと聞いてセリスは胸をなでおろす。むしろ命が危なかったのはセリスのほうだとも言われた。

「あんな大怪我であの距離を歩いてくるなんて……もう少しで死んでてもおかしくなかったんですよ?」
「は、はい……」

 ラッキーに少しお説教されながらも、大切な彼氏を、ディークを助けられたんだという気持ちでセリスの心はいっぱいになっていた。



 病室のカーテンを勢い良く開けられて、ディークはベッドの上で目を覚ます。顔に降り注ぐ陽の光を右腕で遮りながら窓のほうへと目を向けた。

「おはようっ、今日もいい天気だよっ」

 目が慣れてくると、笑顔で自分を見つめるセリスの顔がそこにあった。その左腕には包帯が巻かれ、首から下げた布で吊り下げられている。

「お前なぁ……あれからまだ数日もたってないんだぞ? 動き回ってて大丈夫なのかよ……」
「大丈夫大丈夫っ、もうすっかり元気に……いたっ!?」

 あきれるディークを余所に、元気さをアピールしようとその場で一回転して見せようとしたセリスは右足の痛みでバランスを崩し、あろうことか彼のおなかの傷口の上へと倒れ込んでしまう。とっさに左腕をかばったセリスと対照的に、身動きのできないディークは避けようもなく彼女の全体重を傷口で受けることになった。

「いっ……でぇぇぇぇっ!?」

 一瞬間を開けて、建物の中にディークの叫び声がこだまする。この一件で、ディークの入院日数が数日伸びたのは言うまでもない。

~Fin~


あとがき

はいっ、獲得票0っwww(((
今回2作品でのエントリーでしたが、こちらは残念ながら獲得票がございませんでした。
「てき」というテーマに対し、「彳(少し歩む)」で行かせていただきました。ちなみに「亍」は「ちょく」と読みます。
「彳亍(てきちょく)」で少し歩いては立ち止まるという意味合いになり、合わせて一つの漢字となっている「行(ゆ-く)」とは意味合いが変わってきます。
こちらはおそらくテーマに関しての言及をしていなかったための結果かなぁとは思います。次回への反省点ですかね。
第十三回短編小説大会の参加者の皆様、お疲れさまでございました。

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Last-modified: 2018-12-03 (月) 01:46:45
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