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形見狐

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作者:ユキザサ



 祖母はいつも優しかった。家族に対しても赤の他人に対しても。そんな祖母だから父が夢を叶えたいと言ってこの家を離れた事にとやかく言わず。俺がそういった年になった時にも頼んでもないのに援助してくれた。
 そんな優しい祖母と実際に会わなくなったのはいつからだろう。実家が離れていたこともある。何なら自分の両親ですらあまり会う機会もない生活をしていたんだから仕方ないと言えば仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。電話や手紙はしているからと自分の中で言い訳をしていた。別に会いたくなかったわけじゃない。いつでも会いに行けるとそう思っていた。それが叶わなくなった状況で今更俺はそんな後悔をしていた。
「幸せそうな顔しているだろ?」
 僅かに涙を浮かべている父が小さくそう呟いた。その言葉を聞いて俺も棺の中に寝ている祖母の顔を覗く。あぁ、確かに幸せそうな顔だ。気持ちよさそうに眠っている風にしか見えない。
 早くに祖父を亡くした祖母はずっと一人でこの家に住んでいた。両親が何度かこっちで一緒に暮らさないかと誘っていたらしいが、最後までこの家にいると突っぱねたらしい。こと切れていたのを発見したのは郵便局の配達員だったらしい。詳しい状況はまだ聞いていないが恐らく祖母の最後は一人ぼっちだったのだろうと思うと、先ほど無理やり抑え込んだ後悔がまたふつふつと湧き上がってくる。


 色々やらなきゃいけない事を済ませていたらいつの間にかもう日は沈んでいて、俺は数年ぶりに祖母の家で布団を敷いた。
「寝れない……」
 空調が扇風機の僅かな風と外気頼みということもあり寝苦しさを感じて、俺は夜風に当たるために縁側に出た。ぼうぼうに生えた雑草を見てまた少し後悔が戻ってくる。浅くため息を吐いてから、僅かに下げた視線を元の位置に戻すと目の端でユラユラと揺れる青い火が見えた。
 青い火?そんなはずはないとその方を向くと首に赤いリボンで鈴をつけた一匹のキュウコンが夜空に火を浮かべていた。いや、こんな雑草だらけの場所でそんな事をされて火が燃え移りでもしたらシャレにならない。そう思って俺は慌ててそのキュウコンに声をかけた。
「おい!何やってるんだ!」
 そういうとキュウコンはゆっくりとこっちを向いて空に浮かぶ火を消した。
「全く。送り火くらい静かにやらせてくれないか」
 若干の苛立ちを含んだ瞳でキュウコンは俺を睨みつけてくるとため息を吐いて、庭に座った。
「お前この家の者の孫だな?」
「そうだけど……」
「私の名前はリン。お前には私の願いを九つかなえてもらう」
「は?」
 所謂お座りの恰好をしたままそう言ってくるリンと名乗ったキュウコンを見つめ返すと首についた鈴を鳴らしながらふっと笑った。
「拒否権はないぞ。お前の祖母との契約だからな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!お前ばーさんを知っているのか?」
「腐れ縁のようなものだ。まぁそんな事今はどうでもいい。そうだな、まずは……」
 聞きたいことは山ほどあるがそれよりも意地悪そうに顔を歪ませたキュウコンの姿を見て俺は固唾を飲み込んだ。



「あっつ……」
 近所の農家のおじさんから貰った麦藁帽を軽く上げて、肩にかけたタオルで汗が吹き出る顔を拭く。太陽光もそうだが山が近いのもあり今の時期はテッカニンがとても騒がしく、それも余計にうっとおしく感じてしまう。麦わら帽子越しに太陽を見ると、日の高さ的に今は一時すぎといった所だろうか。
「キリは……まだ全然良くないけど休憩にするか」
 まだまだ大量に残っている雑草だらけの庭を見て大きいため息吐いて、縁側に置いてある水出しの麦茶をコップに入れて一気に飲み干す。身体の熱を全て奪っていくと言ったら大げさだが幾分か気分は楽になる。
「ほらほら、まだまだ残っているぞ」
「そういうなら丁度良く燃やすとか少しは手伝ってくれよ」
「そんな手加減私は出来ない」
 この雑草取りを命令してきた張本狐のリンにそこはかとなく手伝いを頼むと、日陰になってる家の中で座布団に伏せしながら欠伸をして答えてきた。両親は突然草むしりをしてから帰るといった俺を手伝うと言ってくれたが。あいさつ回りとか何とかで忙しいからと俺から断った。それを今絶賛後悔している所だが
「はぁ」
 一体いつになるのかわからないが、よくよく考えるとこんな庭ばーさん一人で片付けられるわけないなと思いながら軍手をつけなおす。外から見える所は手入れされていたが、確かにこれは一人じゃ厳しいな。
「じゃあせめて気分転換に話し相手になってくれよ」
「何だ」
「お前とばーさんの関係とか」
 そういうとリンは少しめんどくさそうにしながら縁側のギリギリまで座布団を運んできて、今まで通りそれに座りなおした。
「お前の祖母に頼んでもないのに手当てをされた。それから話し相手になっていただけだ」
「ふーん」
 その後もめんどくさそうにしながらも投げかけた質問には答えてくれた。そんな事を繰り返していると夕日が沈む前には雑草の処理は終わっていた。
「終わったぁ……」
 僅かに痛む腰を叩きながら縁側に居るリンの方を向く。
「これで良いか?」
「あぁ、一つ目はこれでいい。では、次だな」
「次は何だ?」
「そうだな、まずはお前の住処に連れていけ。次の話はそれからだ」
「は?」



「和菓子屋にポケモンなんてすみません」
「良いわよぉ。客寄せヤンチャムならぬ客寄せキュウコンになってくれてるんだから!今だけじゃなくてこれからも預からせて貰ったら?」
「いやぁ、それは流石に……」
 ちらりとリンの方を振り返ると小さい女の子に撫でられていた。猫を被った狐という所だろうか黙って撫でられている。
 突然お前の住処に連れて行けなんて言われたからびっくりしたが、それはリンの二つ目の願いが『お前の仕事ぶりがみたい』というものだったかららしい。どうやらばーさんから俺の仕事については聞いていたらしく少し興味を持ったらしい。とりあえず周りの人には知り合いから預かったということにしたが、家がポケモン可の場所だったことと法事だったり何だったりで、だいぶ休みをもらっていたのにも関わらず突然のこうした無茶にも柔軟に対応してくれる店長であったことには幸いだった
「あと、材料ならあるから試作作って良いからね。もしよかったらまたお店にも出すから!」
「ありがとうございます」
 このやり取りは三つ目の願いが関係している。二つ目とあまり変わらないが実際に『俺が作った和菓子を食べてみたい』という事。
実際の所最近はポケモン用のなんかも作ってはいると電話では教えていたが、ばーさんからそこまで聞いていたのだろうか。

 休憩時間に店の裏で紙皿に乗せたモモンを模した上生菓子をリンの前に出す。クンクンと匂いを嗅いでから一口口にした。
「どうだ?」
「……美味いな」
「なら良かった」
 渡した和菓子(ポケモン用)を食べ始めたリンに感想を求めると、悪くないといった表情でそう返してきた。やっぱり自分の作った物に美味しいと言ってもらえると素直に嬉しいが、犬食いされて舌なめずりされると何とも言えない気持ちにもなる
「今日一日見ていて思ったが随分と熱心なようだな」
「そうだな。おれだって作らせてもらえるようになったのは少し前からだし、自分の腕を上げるためにはそれくらい頑張らないとな」
「そうか」
 そういうとリンはご馳走様と一言言って店の中の寝床に戻って行って眠ってしまった。その後は接客だったり調理だったり俺が移動するたびに俺が見える位置にリンもついてきて少しだけ変に緊張した。



 それからは毎日俺の仕事場に着いてきながら三日に一回のペースでリンは願い事を頼んできた。出会った時に比べたら話す時間も増えてお互いがお互いを理解し始めたのかもしれない。三つ目以降の願い事は『マッサージをしろ』『お稲荷さん(手作り)を食べさせろ』『お前の昔のアルバムを見せろ』『どこかに連れていけ』そして『一緒に写真を撮る』。今はその中の七つ目、八つ目の願いを少し大きめの公園で済ませ、休憩場所に突然の夕立から逃げてきたところである。少し濡れたのかブルブルと体を震わせるとリンは静かに口を開いた。
「次で漸く解放される訳だがどんな気持ちだ?」
 どこか遠くを見る様な少しもの悲しそうな表情でリンはそう言った。確かに次の願いを叶えたらリンがここに居る理由は無くなる。
「そうだな。少し寂しいかもな」
「そうか」
 ザァザァと振り続ける雨の中少しの沈黙。居心地が少しづつ悪くなる中先に口を開いたのはリンだった。
「先に謝っておきたい事がある」
「謝っておきたいこと?」
「この願いの真実とお前の祖母の最後についてだ」
 一瞬ビクリと体が震える。
「まずこの願いについてだ。これはお前の祖母がお前としたかった事を私が代行していた」
 俺は口を開かない。いや開けなかった。リンの言う事が真実なら今までやってきたことがばーさんが生前したがっていたことということだ。
「だがこれはお前の祖母に直接頼まれたことではない。私の自分勝手なお前への当てつけだ」
「当てつけ?」
「お前達の話を聞くたびに私は彼女に会いに来ないお前たちがどんな冷たい奴ら何だろうと思っていた。彼女はいつも楽しそうに話していたのに私は自分のその考えだけでお前を試すようなことを言った」
 俺が口を挟む隙も無くリンは静かに言葉を続ける。まるで懺悔するように自分の思いを吐露するように。
「僅かな時間だがお前と過ごして。お前の祖母が楽しそうに話をする理由もお前たちがあの家に来なかった……いや、来れなかった理由も理解できた。でんわという機械で話していたことが会いに行けない代わりにしていたのも」
「それは俺も両親もそれで言い訳をしていただけだ。会いに行こうと思えば会いに行けたはずなのに」
 それはもう今は叶わない願い。リンが言っている事もあながち間違いじゃない。
「彼女の最後を看取った時に今までそう思っていた気持ちが抑えきれなくなった。最後まで家族の事を心配していたよ。迷惑を掛けてしまうと」
 そのリンの言葉で俺は無意識に涙を流していた。後悔とか思い出とかそういったものがどんどん溢れ出してきて、抑えられなかった。『庭の手入れをしてほしい』『仕事ぶりを見たい』『俺の作った和菓子を食べたい』『マッサージをしてほしい』『一緒に食事をしたい』『俺の昔の姿をもう一度見たい』『一緒にどこかに行きたい』『一緒に写真を撮りたい』そんないつでもできることをばーさんは願っていたんだ。
「俺からお礼を言わせてくれ」
 零れる涙をシャツの袖で拭って僅かに震える声でそう告げると静かに雨空を見上げるリンの耳がピッと動いた。
「ありがとう。ばーさんを看取ってくれて。それと、俺にばーさんのしたがってたことをやらせてくれて」
 それは本心から出た言葉。一人で逝ったと思ったばーさんの最後が独りぼっちじゃなかったことそれだけでもしれて本当に良かった。そして、リンの願い事のおかげでばーさんの願い事を叶えられた気がした。そして、少しだけ救われた気もした。
「そういえば最後の願いは?」
 目をシパシパさせて気持ちを紛らわせてリンにその言葉を投げかけた。今までの願いがばーさんが俺とやりたかったことだとしたら最後の願いが何なのか気になってくる。
「いや……これは別に叶えてもらわなくても」
「何だよ。そう言われると気になるだろ?」
「最後まで私の身を案じていたのだ。一匹で大丈夫かと。だから最後の願いは私の居場所をくれる人を探せと」
「ばーさんらしいな」
 自分の願いよりも目の前のリンの今後を案じていたとは、何ともばーさんらしい。スッと空を見る天国という場所が本当にあるのかどうか分からないが、きっと見てるんだろう?じゃあ、最後の約束くらいちゃんと果たさないとな。
「俺が知らないばーさんの事、これからも教えてくれよ」
 そういうと少しリンは驚いた顔をしてすぐにふふっと小さく笑った。少しずつ空の雲が晴れていく。まだ少し雨粒は振り続けているがそれももうすぐ完全に収まるだろう。差し込む僅かな日の光を少し眩しそうに見上げるリンが小さく口を開いた。
「狐の嫁入りだな」
「?」
「いや何。もうしばらく人の隣で過ごすのも悪くないと、そう思っただけだ」
 名残惜しそうに空を見上げていたリンがそう言って俺の方を向いてくる。さっきまでの表情とは違う。今の夏夕空と同じようにとても晴れやかな顔で。
「じゃあこれからもよろしくな」
「あぁ」
 そうして、俺の部屋に今日撮った写真が飾られて。首のリボンが新しくなったリンと一緒にばーさんの墓参りに行くのはほんの少しだけ先の話だ。

夕立明けの夕日の下、小さく鈴の音が響いた

後書き [#2XOTnNQ] 

 初優勝らしいです。実質とか色々ありますが、そんなんで喜ばないのは失礼だし個人的に嫌なので喜びます。めちゃくちゃ嬉しいです!
そんな話はそれくらいにして後書きっぽい物を。
青年とキュウコンとおばあちゃんのお話です。大切な誰かにすぐ会えるっていうのはとても幸せでかけがえのない物なんだと、そんな思いが伝わっていれば作者としてはとても嬉しいなって思います。それはおじいちゃんやおばあちゃんとかお父さんお母さんとか兄弟姉妹とかだけじゃなくてペットにも言えることです。何が言いたいかって、この作品のおばあちゃんのモデル実家の先住犬だったんです。大往生と言えるくらい長生きをして、とても楽しい思い出をたっくさんくれました。でも自分はその最期には立ち会えませんでした。当時まだ子供だった自分はその時すごく後悔しました。もう少し早く学校から帰ってればとかそんな事ばっかり考えていました。でも見送りは出来なかったとしても先住犬との思い出は消える訳じゃないってことです。今も時たま口が曲がっている変な顔を時折思い出しては少し笑顔になります。
 なんか書いててぐちゃぐちゃになってきましたが、大切な誰かの顔だったり声だったりを見たくなったり聞きたくなったりしていただけたら本当に本当に嬉しく思います。

以下投票コメ返しです。

ほっこり&しんみり。冒険譚でも大恋愛でもないのに素晴らしい「日常描写の底力」とお見受けしました。 (2020/07/16(木) 20:12)


日常描写の底力 と言われるほど実力が伴っているかはわかりませんがそう言っていただけるととても舞い上がります。ありがとうございました!

人間の寿命よりも長い間人に寄り添うポケモンならではの、弔い方で、こんなポケモンに最期を看取ってもらえたら幸せそうだなと感じました。 (2020/07/18(土) 12:33)


キュウコンって図鑑説明が本当なら野生だったりトレーナーの手持ちだったとしても様々な別れを経験してると思いまして、送り火とか上手そうだなって。投票ありがとうございました!

リンが究極にかわいい。誰かが誰かを想う気持ちって、どうしてこんなにも綺麗で、切ないんですかね……素敵な作品でした。大好きです。 (2020/07/18(土) 14:41)


リンも青年もそしておばあちゃんも心の底で誰かを想って行動してました。不器用でも不確かでもそういった彼らの気持ちが伝わってとても嬉しく思います。リンちゃん可愛いのはねとても分かる。投票ありがとうございました!

離れて暮らしていた者の死という、現代に生きる者であらば誰にでも訪れるかもしれない別れというテーマが、とても心に沁みました。リンの願い事も単なるわがままからくるものではなくきちんとした理由がある等、お話の作り方がとても上手いと思いました。 (2020/07/18(土) 20:38)


生きていればいつかは来るものですね。通信手段だったり何だったりが簡単にできるようになって実際に会うというのが少なくなっている気もします。今の御時勢的にも離れていると余計に会いにくいですし。リンの願い事=おばあちゃんのやりたかった事+おばあちゃんの心配だった事(リン自身の事)だと決めてからは怒涛の勢いで書き上げていた気がします。そう言っていただけてとても嬉しいです!

読み終わった後、不意に家族に連絡を取りたくなりました。青年とキュウコンとおばあさんとのお話、お願い事を通じてリンが青年の事情だったり人となりだったりを理解できてとても良かった。個人的にはリンとおばあさんがどのように過ごしていたのかも少し知りたいですね! (2020/07/18(土) 21:16)


後書きにも書きましたが、そういった気持ちになっていただけたなら作者としてとても嬉しく思います。リンとおばあちゃんのお話は増えすぎて泣く泣く削ってしまいました。少し書き直したりするかもしれません。余り期待せずにお待ちいただけると幸いです。

祖母とリンさんの友情話と認識しています。温かく素敵。 (2020/07/18(土) 23:30)


おばあちゃんとリンはたまにくだらない話をしながらとてもゆったりとした日常を過ごしていたと思います!

リンの不器用な優しさが心に染みました。 (2020/07/18(土) 23:53)


リンもおばあちゃんが大好きだったんです。そんな大好きなおばあちゃんが楽しそうに話す青年の事は怒っていたとしても嫌いにはなれなかったんだと思います。そんな思いが行動の節々に現れていたのかなって。投票ありがとうございました!

何かございましたら 

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  • おばあさんの願いを代わって叶えてあげるリン...いい子だなあ!家族の大切さを教えてくれる作品でした!頑張って下さい。 -- 暇人 ?
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Last-modified: 2020-07-19 (日) 21:56:23
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