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弔いの丘にアリウムは花開く

/弔いの丘にアリウムは花開く

作:ハルパス

ポケ×人、激短編



 当初より、結末を予測するに難くない事ではあった。けれど、
(あるじ)、主、」
 幾度其の名を口にすれども、我が主はとんと反応を示されぬ。(かつ)て笑顔で応じておられたのが虚構の如く、返るは果てなき沈黙のみ。
 色失せた御(ぐし)に口唇を付け、皺の刻まれた優しい(おもて)を打ち眺め、我は独り落涙した。――そう、たった独り。我が声を聞く者は誰一人として居らぬ。
「主、我はそなたに永久の忠誠を御誓いすると、()の日に申し上げた筈。なのに、何故(なにゆえ)そなたは我の忠義を果たさせては下さらぬのだ」
 寝台に臥す、小さな小さな亡骸の傍らに跪き、滔々(とうとう)と溢るる言の葉を吐した。悲愁は渦を巻き、途絶える事のない降雪の如く我が胸の内を埋め尽くしていった。






 我ながら愚かしき事だとは思うのだ。原初の頃よりこの地にて時間(とき)(つかさ)としてこの世に在る我と、刹那に生きる人の子であられる主とは、其の身を置く時間など余りにも異なっている。この者を我が主として見定めた刻より、運命は既に下されていたに等しい。
 そもそも常ならば、我と人の子の歩む道が交差する事から奇異であるのだ。彼の日の事柄が無ければ、こうも辛苦な感情を抱かずに済んだのだろうにと、今更悲嘆に暮れた所で何の意味があろうか。






 彼の日の凶事は実に忘れ難きものだった。
 彼の日。我は槍の柱で怪しげな赤き鎖に囚われ、為す術もなく苦しみ悶えていた。鎖は粘度の高い泥土の如く我の呼吸を締め上げ、四肢の活力を(ことごと)く奪っていった。
 このまま尽きるのかと、諦めかけた我を救い出して下さったのが後の主であった。怒りと苦しみの余り自我を失い、暴走している我に臆する事なく立ち向かう等、並の勇気で出来る事ではない。助け出された我は(いた)く感銘し、其の恩に報いようと主の僕となったのだった。
 主は其れを随分昔の事だと仰ったが、我にとっては未だ僕の実感の湧かぬ程浅いものよ。






「主、主、我はまだ僅か半世紀程度しか御仕えしてはおらぬ。彼の日の恩に報いるには、其のような微々たる時では余りにも足りぬのだ。それに、」
 主よ。我はそなたを狂おしいまでに御慕い申しておると、故に永き時間を共にしたいと、幾度も申し上げたではないか。そして主も、我と共に歩む事を望すると仰って下さった筈。故に喜悦した愚かな我は、こうも早く終焉が訪れるとは思いもよらなかったのだ。人の子の命の燃え尽きるが、かくも早きものだとは。尤も、我が命に比べれば一昼夜も一世紀も、一時代でさえもさして変わりはしないのだろうが。
 其れにしても、人の子の命のなんと儚い事よ。我を海と喩えれば、彼等は(さなが)泡沫(うたかた)の夢。細やかなる(さざなみ)でさえ、彼等の命を掻き消すには事足りてしまうというのだろうか。






 主の身体を包み(いだ)くは我が焔。其れは我が行う最後の奉仕であり、主の最期の願いでもある。竜の焔は余りに呆気無く、我が目前で主の肉体を融かし却した。
 灰と化した主の身体から、薄く蒼白い煙が天へと昇り逝く。恐らくは天に召されたであろう主の最期の姿を見送り、想う。
 嗚呼、(あた)う事ならば。我が能力(ちから)で時間の流れを捻じ曲げ、主の在りし頃に戻してしまいたいと。されど、私事で我が能力を行使する等、神として在ってはならぬ事。ほんの些細な時間の歪みさえ、後の歴史に由々しき害を及ぼしてしまう。果ては我の存在する理由を自ら消し去る事にも為りかねぬのだ。されど。






 禁忌を犯してでも主と共に在りたいと願う我は、既に神ではないのだろうか。否、思考は喩え只の生き物に成り下がっても、器だけは不変に神のままだとこの身は告げている。
 不死の器は、愛する主と共に逝きたいという最後の望みさえ叶えてはくれぬのだから。

















弔いの丘にアリウムは花開く
(何時の日にか、輪廻を巡り転生した主と相逢える事を願う)





アリウムの花言葉:無限の悲しみ





あとがき
名前は出てませんが、一応ディアルガです。性別はあえて固定せず、どっちともとれる感じで。もともと性別不明ですしね。
ゲーム中で、神だとか伝説だとか言われるポケモンをゲットして、果たして主人公の寿命が尽きた時彼らはどうなるのだろう、と、ふと思い至って書いてみました。
ディアルガは自力じゃ火炎放射覚えないとか高さ5.4mだとかやたらルビが多くて意味が分かりにくいとかは禁句です。


最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 語彙力と文章力がすばらしいです。憧れます。
    神という、特別な存在だからこその悲しみ。他のものには分からないその辛さ、苦しさ。
    時の流れ、自然の摂理の前では、やはり神でさえも無力なんでしょうね。…その深い傷を受ける心は、神も、他の生物とまったく変わらないというのに。 -- &fervor 2008-09-19 (金) 00:00:40
  • 短いながらもきれいに収まり、なおかつ口調が現代とはまったく違ったものであるのにも関わらず、違和感なくすらすらと読めました。
    でも確かに永久を生きるディアルガの主人が亡くなったらどうするんでしょうかね。このディアルガは主人の死を無かったことにはしなかったけれど、他は……。確かに想像が膨らみますね(・ω・) -- イノシア ? 2008-09-19 (金) 00:04:38
  • 伝説ポケモンらしき厳格な文章、かといって読みやすさを損なってはいない、素敵ですね。
    寿命の差はやはり大きいでしょうから、残されるのはポケモンの方……。主人の死を悼むディアルガを見ていて切なくなりました。
    最後は自ら弔いの炎を主に送った場面が、とても印象深く残りました。 -- カゲフミ 2008-09-19 (金) 01:10:42
  • 激短とはいえ、ディアルガの心情を上手く文章にできてると思います。
    神ポケモンの口調ってこんな感じなんでしょうね。あまり上手い事言えませんが、見事な素晴らしい小説だと思います。 -- ガルトル ? 2008-09-19 (金) 10:32:12
  • 激短編とはいえ、すごい文章力ですね。
    寿命が違うもの同士、どちらかが先に逝ってしまうのは必然なのでしょうが、それでもやはり悲しいですよね。 -- 昆虫王@学校のパソコンからカキコ ? 2008-09-19 (金) 11:03:53
  • 主を失ったディアルガの悲哀が、しみじみと伝わってきました。
    愛する者の死に心を痛めつつ、果てし無い時を生きていかなければならない……その心情は察するに余りあります。せめて最後の言葉の様に、いつか輪廻転生した主の下へと辿り付く事を希望に、力強く生きてもらいたいものです。
    しかし再び巡り会えても、同じ事の繰り返しだと思うと本当に切ないですよね。 -- 水無月六丸 2008-09-19 (金) 20:03:30
  • 読みやすく、深く濃い内容となっていて激短編といえどもそれを全く気にさせない。お見事の一言に尽きます。
    生きる時間というものは誰にでも等しく与えられるものではなくて。時間を司るがためにそれを突きつけられるというのは、考えてみればあまりにも酷であるかのように思われます。
    大切な存在を失った悲しみというものは、果てしなく大きいですから。 -- ? 2008-09-21 (日) 17:12:41
  • >三月兎さん
    28×1氏の文章には私も憧れていたので、そう言って頂けると嬉しいです。もうこんな文章書けそうにないですが…。
    >文章全体のバランスが崩れ…
    一瞬ヒヤリとしました。ひらがなでも漢字でも表記される単語は使いどころが難しいですね。

    >&fervorさん
    語彙力、とは言っても、漢字辞典と電子辞書で良さそうな単語を探しながら書いてたんで半分以上偽物です(汗)
    神だとか線引きがされていても、彼らも心を持った生き物には変わりないんでしょうね…。

    >イノシアさん
    こういう古めかしい口調は初挑戦で違和感とかないか心配だったんですが…そう言って頂けて安心しました。
    他は…ポケモン(書き手?)によってはグロとか精神系とかになりそうですね。

    >カゲフミさん
    最後の部分はどうしようか迷ったのですが、神様なら最後の最後までしっかりやってくれるだろうと思いこうなりました。切ない感じが伝わったようで良かったです。

    >ガルトルさん
    >あまり上手い事言えませんが
    いえいえ、コメントして頂けるだけで十分過ぎるほど嬉しいので、お気になさらないで下さい。実際のポケモンは(普通は)喋らないので、神様に限らず口調を決める時は悩みます。

    >昆虫王さん
    私も、死別というのは別れの中でも特に辛いものだと思います。それにほとんど慣れるという事がありませんしね。>水無月六丸さん
    確かに、再会できてもまた別れの時が来てしまう…。そう考えると、彼らが「時空の狭間」でひっそりと過ごしているのはある意味正解かもしれませんね。

    >Åさん
    ありがとうございます。
    気の遠くなりそうな時間の中、彼らは何を思って過ごしているのか…出会ってもすぐに終わりの来てしまう他の生き物達をどう思っているのか…何だか考えれば考える程気の毒に思えてきますね。

    皆様コメントありがとうございました。 -- ハルパス 2008-09-23 (火) 17:51:24
  • 違う時を生きる者への思い・・・。哀しみがひしひしと伝わってきました・・・。 -- そなた ? 2009-02-21 (土) 18:41:55
  • >そなたさん
    違う時間を生きていて、でも感情を持った生き物である事には変わりがなくて。その悲哀が伝わったのでしたら幸いです。
    ――ハルパス 2010-03-07 (日) 14:29:23
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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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