嗚呼、今年もこの日がやってきた。
7月26日。又の名を幽霊の日と呼ぶ。
そして私の誕生日でもある。はっきり言って私はこの日があまり好きではない。
数年前、私がまだバリバリの幼女で小学生だった頃の話である。
私の誕生日が幽霊の日という事をネタにしてクラスメイトにからかわれたのが発端だ。
始めは気にしていなかったものの、翌年もその翌々年も同じネタでからかわれ、一時期その日は学校に行きたくない等と母親にごねたりもした。
中学に上がる頃には流石にそんな陰湿な虐めも減っていき、高校卒業をする頃にはすっかり忘れていた。
何故今になって思い出したのか。たまたまTVでそういう日だという情報を流していたからだ。
もう昔の話なので私としてはどうでもいい事のはずなのだが、未だに心の奥深くに残る痼が帳を下ろす。
見ていてあまり有意義でも無いので電源をオフにしたいのだが、画面に食いつく程の至近距離で兎が夢中になり、わざわざ横やりを入れる必要も無いだろうとそのまま放置して一人私室に戻る。
ドアを閉め、ベッドの上に倒れこんでは無気力な溜め息を吐きながらぼんやりと思考を巡らせる。
巡らせるだけで何ひとつとも解決に結び付かないのは無駄を持て余し、無為に過ごしたい気持ちの表れでもある。
もう今日一日は何もしたくない。
私は幽霊なので寝転がっていても許される。
実際そんな事は全く無いのだけども、そういう気分は何もしないと言うのも休息としては一つの手なので深くは悩まない事にしている。
ぐるぐる巡っている内に睡魔が忍び寄り、同伴を求めてきたので許可を出す。
昼寝を決め込む私の与り知らぬ所で兎は未だに帳が下りきらない外界へと降り立ち、各々が無為な時間を満喫していくのだった。
睡魔が遊びに飽きたのか繋いだ手を離す。
ゆっくりと覚醒する世界の先は既に陽が過ぎ去り、月明かりが静かに挨拶を掛けてきた。
時刻を確認しようと手探りで携帯電話を探す。
夕飯時には遅い時間帯である。
「しまった……寝過ぎた……はぁー」
垂れた長髪を掻きあげながらとりあえずこれからする事を考える。
色々やりたい事があったはずだが、先ずはご飯を食べる事を優先しよう。
思えば昼食も食べていない。そういう時は傍らの兎が催促しにやってくるのだが、はて。
あのたらし兎のボーイフレンドは何処へ行った。
リビングに戻るとTVはつけっぱなしになっている。
ダイニングキッチンは荒らされた様子も無い。
トイレ、バスルーム、ガーデンと一通り見回るも気配の一つも無かった。
玄関前のハンガーに掛けてある兎愛用のパーカーが無くなっている以外は取り立てて変化は見られない。
無断外出とは良い御身分だと感心するが、先まで寝ていた私にも非があるのであまり彼の事を強く責める気にはなれない。
探しに行こうかとドアを開けた矢先で何やら御機嫌に跳ねる姿が影を伸ばして私に触れた。
「お帰り。こんな時間まで何処へ行ってたの?」
とりあえず訳を聞こうと内心に籠る怒気を抑えて兎の様子を見る。
徐々に距離が縮まると何かを手に持っている事に気付き、眼前まで詰めてくると何かを背負っている様子にも気付く。
「まさかアンタ買い物へ行ってきたの? それ私のバッグでしょ」
意図を察した私へ、月光を浴びて煌めく冠を居丈高に背を伸ばす。何だその誇らしげなドヤ顔ポーズは。
「無事帰ってきたからまぁ良いけれど、一体何買ってきたのよ」
嘆息を吐きつつ兎の頭を撫で擦ると胸に何かを押し付ける形で手渡される。
「何これ……花束?」
脳内の整理整頓が追い付く間もなく、兎が私の手を引き、自宅へと誘う。
リビングルームまで戻ってくると消すのを忘れていたTVを指差してニィニィと鳴き喚く。
TVに再びかじりつく兎の様子に過去を思い出し、一つ一つのキーワードを回収する。
「あー、私の誕生日だから?」
察した私へ兎は既視感のあるポーズを決めて一際高く嘶いた。
ダンデポーズ似合わないねお前。後掲げる腕が逆だぞ。
「成る程成る程。ありがとうね」
しかし何の花だろうか。この辺では見ない花だけれど。
ネットで検索にかけたら何か分かるだろうかと画像を参照に入力していく。
あった、これだ。
彼岸花。
別名を幽霊華と呼ぶ。
花言葉は「思うはあなた一人」
ほう。ほうほうほほう。
更に細かく検索を掛けていく。
昼間に流れていた報道局のおさらいだ。
案の定そこにも先の検索と同じく彼岸花と花言葉が書かれている。
これを見たからあのお調子兎は昼間から買い物に躍り出ていたのだろう。影響されやすすぎて若干心配になった。
彼岸花の開花シーズンは秋の終わり頃とあり、季節は夏なのにどうやって入手したのだろうと疑問符を浮かべていると、どうやら品種改良で7月からでも咲く種類があるらしい。合点がいった。
「……思うのはあなた一人、ねぇ」
検索を止めて視線を兎に戻すと、背負ったバッグを下ろそうと躍起になっている。
「私もアンタの事好きだよ」
小声で聞こえない様に呟いたつもりだけどきっと聴こえているのだろう。
アイツは耳敏い奴だから。その証拠に耳がこっちを振り向いた。あーやだやだ!
そんな私の心境も知らずに突然兎が一際大きく叫びだし、バッグの中身を覗き込んでからのオーバーリアクション気味に倒れ伏す様子を怪訝に思い、私もバッグの中身を覗こうと視線を潜らせてみる。
「うわっ……何これ……」
何これの発言でびくっと背筋が跳ねた兎が更に丸まり、物言わぬ岩、違うな、雪見大福と化している。苺入り。
「アンタ帰りの道で上機嫌に跳ねたり駆けたりしたでしょ」
見るも無惨な原型を留めない生クリームとスポンジと苺の塊がケーキボックスの四辺全てにこびりついている。いや、本当にこれは酷いよ。無惨すぎるし無情すぎるよ。
でも心は不思議と晴れやかで、あまり好きじゃない今日の日が少しだけ好きになれたそんな一日。
未だに丸まる兎の名前を呼ぶ。
床に突っ伏す顔をこちらに向けると人差し指で掬い取った残骸を兎の口に塗りたくる。
一瞬硬直するものの、苺の如く赤い舌でそれを舐めとると『美味しい!!!』と催促をねだって飛び起きる。
現金な奴だなぁお前。
ん、現金?
「ねぇ、あんたこれ誰のお金で買った?」
質問の意図が分からないのかそういう振りをしているのか。
頚を傾げて見上げる愛すべき馬鹿野郎へ片手一杯に掬い取った砂糖の暴力を兎の顔面に叩き付けた。
いつもあんたを思っているからこその、私なりの愛情だよ。
しっかりお食べ。ほら、お食べ。
後書
知人の誕生日だったので急遽書いたのです。お誕生日おめでとうございます。
花言葉を知っていると閃き率が上がってとても好いぞ。
愛すべき兎ちゃん。愛ーでー!愛ーでー!
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