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幻術使いと猟奇を嗜む乙女
この物語はかなりの残虐行為と変態的なプレイが含まれますのでご注意ください。
静謐に響く重い羽音。鋭い針が毒液を滴らせて迫る。
期待に高鳴る心臓。
敵意に満ちた刺突が肌を突き凹ませる。激痛が刺さる。皮膚の内側の肉が抉られる。
喉を裂いてあふれる悲鳴。肺から気道に鉄の棒を引き抜くように苦痛と直結した声が噴き出し続ける。
貫通が近い奥部で針が凶暴に突き上げられた。内側から表皮が裂かれる。血がぬるぬると体に纏わりつく。
薄紙を剥がすように意識が白濁してゆく。灼熱の心臓は胸を裂いて抉り出したいくらい暴れ続けている。
「……っはあッ」
こんな風に壊されたかった。ずっと待ち望んでいた。
寸断される意識に忸怩たる苛立ちが湧く。疼き続ける激痛を味わわせて。途切れさせないで。どうかこのまま……。
黒髪が石床に血のように広がって痙攣する肉体を縁取っている。
その身を執拗に刺し貫く
姿は見えていない筈。石床を打つ爪の音も聞こえていない筈。触れて抱え上げても気付かない筈。幻術に浸しているのだから。
人の指が
安堵した
「ありがとう……ございます……こんなによくしてくださって……」
人の指が微かに
「またお礼に伺います、素敵な……痛みでした」
思わず、抱えた人間を取り落としそうになる。反射的に放り出して逃げようとした手足を寸前で止めたのは、人間の体が力なく弛緩し切っていたから。それと、恥ずかしそうな掠れた声音だったから。
言葉面は復讐の宣言だとしか思えない、だが他意なく聞こえる。どういうことだ?
「また……恐ろしい幻覚で嬲ってください……お礼は、私にできることならなんでも……お願いします……」
か細く切実な響きで呼吸と共に絞り出される囁き声。
ようやくこの反応を当て嵌められそうな事柄に思い至った。
変態だ、こいつは。
草の上に人間を寝かせた
「なぜ幻覚だとわかった」
ふっ、と人間の唇から微かに息が洩れる。
「スピアーが攻撃する時の音と匂い……仲間に標的を知らせるクリック音とフェロモンがなかったから……」
「だが刺された痛みは本物同然だった筈だ」
怯えに似た気後れで早口になる。
「あぁ……最高だった……です……本当に……ありがとう、ございます……」
うっとりと人間の表情が蕩ける。よだれを垂らしそうなくらいに。
「あの鮮烈な痛み、忘れません……」
大切な思い出のように愛しげに、人間は恍惚と言葉を紡ぐ。
漂う、熟れた果実と似た匂い。
若年の雌だ。
こんな異常な性質を持っているのに……
この人間には傷が無い。痛みが好きなら自分で傷をつければいいのに。他の奴を挑発して襲わせればいいのに。
気にはなった、が、問い質すほど関わり合いたくもなかった。
「どうか……次にお会いするまで……健やかに……」
微かな声は
また来るつもりなのか、厄介な……
それなら、手加減なしで相手してやる。
階段の踊り場から炎を宿した眼が見下ろす。大きな白角が窓から差し込む月光に艶めく。骸骨を纏った
睨まれた階下の人間は俯き加減に
「奴の牙は簡単にお前の皮膚を裂く」
幻術で姿を隠したまま、
ぞく、と人間は潤んだ眼で身震いする。吐息が熱く夜気を乱す。
「奴の炎は簡単にお前を焼き焦がす」
冷徹な
「俺が命じれば奴はお前に襲いかかる」
怯えと、それ以上の期待を湛えた目で人間は真っ直ぐに
「お前は逃げられない。奴の方が速い」
「言い残すことはあるか?」
カッと人間の体が熱くなったのがわかった。
「ください……」
乱れた熱い呼吸の合間に、人間は囁くように言う。
「私を……引き裂いて……」
本気か? 驚きが声に出ないように深呼吸して。
「わかった。……食われろ」
逞しい獣影が光を遮って硫黄臭の唾液がぺちゃりと人間の頬に落ちた。
牙が迫る。
人間の胸底で熱くなった吐息が裂かれる。
首筋から胸元までが赤く裂け、鮮血の噎せ返る臭いが充満した。
ひゅうっひゅうっ、と裂けた気管が鳴る。あはっ、あはっ、と蕩けた笑いを垂れ流す人間を、
幻の
肉が焼ける匂い。幻の外にいても、その匂いを鮮明に想起している
旨そうだ、と幻に焼かれる人間の匂いに思う。
ごり、と
半ば肉塊と化した人間は、それでも笑っていた。
ぱき、くしゃ。肋骨がへし折られて
ぐぅう、と
「おなか、空きました?」
浅い吐息で掠れた声で穏やかに人間は問う。肺は潰され気管は裂かれ舌は焼かれ、声を出す器官などもう残っていないのに。
本当に幻術は効いているのか?
「なぜ話せる」
「本来の体の感覚は……上塗りされて薄れてはいるけれど、無くなったわけではありませんから……幻覚とわかっていれば、動かせます……」
床に横たわった無傷の人間は上気した吐息を夜の館に響かせていた。
「俺が自惚れていたんだな……」
「恐怖を抱かない奴にはこのザマだ」
「……恐ろしかったですよ?」
人間が小首を傾げる。黒髪がさらりと流れる。
「お前は楽しんでいただろうが」
苛立ち陰鬱に呟く
「愉しませて……いただきました」
神妙に答えて、人間はふらつきながら半身を起こす。
「お礼にご飯を持ってきました。もしよろしければ、今から」
黙りこくった
人間はゆっくりと瞬きして、律儀に言い直す。
「今すぐに。用意します」
ボッと火が点った。
静止したように燃える青白い火。
人間は二枚繋がった波打つ鉄板の片面に香ばしい食べ物を積み重ねていく。パンとハムとチーズを入れ子に。
それを鉄板で挟んでぎゅっと圧し潰しながら、火で炙る。
たまらない匂いが漂ってくる。
「お待たせしました」
人間が鉄板を開くと白い蒸気と共に溶けた脂と炙られた穀物の匂いが
「熱いのでお気をつけて」
差し出されたそれを
「……ッ!?」
熱い、と思った次の瞬間。焼けたパンの割れ目から、何十倍もの香気が噴き出す。暴力的な旨味が舌を蹂躙する。
はふっ、はふっ、と舌を避難させながら
最後の一口、と微かに切なくなるけれど、止められずに咀嚼して呑み込んでしまう。
にこにこと見上げていた人間は幸せそうに小声で呟く。
「お気に召しましたか、嬉しい……です」
なぜそんなことをしたのかは、
つい。人間の頬に口元をつけて、ちろっと舐めた。
焼けた肉塊の味を期待したわけでもなく。さっきの美味しい食べ物の味を期待したわけでもなく。ただ、なんだか温かくなって。
くすっ、と動じる様子もなく人間は笑って、
肩を寄せて体を預けてくる。不思議と離れたいとも思わず、
ちょろいな、俺は。本当に餌付けに弱い。
「貴方の幻覚は、かなりのものですよ」
人間は安らいだ声で言う。
「想像が及ぶ限りのことを見せるから、知識経験の差が出るのです。
私の見たいものを見せれば、その限界はなくなりますし、そちらの方が楽でしょうに」
ぬぅう、と
「痛いところを突く」
「と、いいますと?」
「俺の実力で、お前を圧倒したかった。自惚れだ」
「かなりのものですよ」
「それは勝っている者の物言いだ」
「実力は貴方の方が上です。私には幻覚を見せることなんか到底できません」
「だろうな」
はふぅ、と
「相手の心が見せる幻覚は、ただの幻惑だ。
誰も制御していない災害のようなものだ。
見たいものが見られるわけではない、疑心暗鬼が形をなす」
人間の目の前に、昼の光が差す。窓からは綺麗に剪定された木々が木漏れ日を光らせて風に揺れているのが見える。
ガタンと古い木枠と硝子が跳ねる音がして窓が開く。五月の薫風がぶわっと吹き込む。白いレースのカーテンがふわりと広がる。窓の外には綺麗に整えられた芝生と低木。
わんわんっ、と嗄れた声が外から響く。大きな
おや、と人間が瞬きして呟く。
「先代のご当主ですか。ご存命中のお姿は初めて――」
駆け寄った
「鼻が利く奴だった。隠れていても俺の方を見ていやがる。だが無駄に吠えない。
怪しい奴を知らせるだけの能無しじゃない、危険は自分が排除するって構えだ」
森の蔦に遮られた草むらの中で、こちらを見つめる
窓からの光が温かく翳る。
銀皿に並んだ
「この時はただ姿を消していた。見つからずにご馳走にありつきたいだけだった」
そっと
ひょいぱくっ。口に放り込んで旨い塊を一気に呑みくだす。と、
「騒ぎを起こさないなら見逃す、ということだったのだろう」
黄色く色づいた葉が舞う。差し込む日が後戻りして高くなる。澄んだ秋の空。十月の昼下がり。
並んだ
給仕が声を潜めて囁き合う。
「来てますね」
「これは来ているね」
とっておきの秘密を分かち合うように微かに笑い合って、給仕たちは何食わぬ顔で空の銀盆とご馳走を満載した銀盆を入れ替える。
「見られてもいないし音も匂いも消したのに、バレていた」
「減り方でしょうね」
「へり……かた?」
「熟練の給仕さんたちですから、出した食べ物が減る流れがしみついていると思うんです。だから、不自然な減り方をしたらその瞬間を見ていなくてもなんとなくわかるのかと」
ふはっ、と
「敵わないな」
人間たちの輪の中心で、ハンチングを被った老紳士が折り畳みの椅子に座って穏やかなよく響く声で語っている。
「ハロウィンのパーティーは特殊メイクの匠を呼びますよ、森の化け狐さんが紛れ込んでもわからないくらいに盛大にやりましょう」
傍らに控えた
「来いよ、って言ったんですね」
「わかるのか」
「なんとなく」
「罠かもしれないとは思った、が」
「単純に、貴方に逢いたかったみたいですね」
「ああ」
周囲に暖かな明かりが灯る。窓の外は夜。人間と
傍らの
蔦を象った椅子に座った黒狐メイクの老紳士は、目を丸くして
「ようこそいらっしゃいました。お待ちしていましたよ」
きつねさん、と老紳士は息だけで囁き、
「あたしはね、アナタにずっとお会いしたかったんです」
くしゃっと人懐っこく笑った。
明かりが消え、大勢の人やポケモンの姿も消えた。窓から月明かりが差し込む。廃墟の
かち、と
「先代のご当主も、幻覚を見せてくれと?」
「いや」
再び明かりが灯り、大勢の賑わいが現れる。ハロウィンパーティーの終わりに。
「また来てください」
小気味よく、老紳士は言って
「パーティーの日でなくてもいいですよ。美味しい
「好物を把握されているじゃないですか」
「ああ」
くすっ、と
そして笑うように牙を覗かせる。ひく、と喉が動く。
「……次に、俺がここに来たときは」
重く、闇が広がるように。
白い昼の光が差し込む。
愛想のない石の床。
物憂げな白衣の看護員たち。
奥の部屋の扉が開く。
大きな白いベッド。
そこに入っているのは、別人のように痩せ細った老紳士。
ベッドの脇には
「ずっと横たわったままだった」
ぴくり、と
「来てくれましたか」
同じ微笑みが干乾びたように張り付いて。枯れ葉が落ちるように、表情が抜けていく。
「あたしはもう、なんにもできなくなっちまいました。ごめんなさいね。ご馳走するって約束だけはせめてね」
と、枕元の呼び鈴に伸ばされたぞっとするほど細い手を、
「俺にできたのは幻術、だから」
「初めて他人のために使った?」
「……ああ、そうも言えるか」
湿った声で、
「俺は恐ろしかった、のだ。塗り潰したかった。現実を」
「先代のご当主と同じく……?」
「ああ。だが、俺はあまりにも物を知らなかった。お前が言う通りに」
「見てくれ」
「はい」
幻が流れ込む。
老紳士は記憶の中で、恰幅のいい壮年の人間と和やかに談笑している。よく見ると老紳士の面影のある顔立ち。
「おや、現当主殿じゃないですか」
話し終えて会釈した現当主の顔から紙のように表情が消え、赤く裂けた口が吐き捨てる。
「早く死ねばいいのに」
老紳士の顔が強ばる。みるみる老け込み、怯えた目がぎょろりと紙の顔を見上げる。
「これは?」
「妄想だ、恐らく」
パーティー会場の片隅で。
燕尾服の紳士が辺りを見回し、館の燭台を素早く鞄に仕舞い込む。
緑のドレスを着た婦人がきらきらしたバッグを開けてテーブルの銀食器をがさがさと落として入れた。
「物盗られ妄想、ですか」
「よくあることなのか」
「用語ができる程度には」
執事が素知らぬ顔で椅子に座って談笑する老紳士の金時計を毟り取ると、自分のポケットに収めた。
「この人間は最後まで献身的に尽くしていた。そもそもこんなことはあいつが見逃さない」
よぼよぼの
「どんなに気をつけても僅かな隙に近くにいる人間が泥棒に変わった」
骸骨のように痩せこけた老人が大きなベッドの中で怯えた目を光らせている。あの老紳士とは別人のように。
幻覚でありし日の姿に戻った老人は、木造りの屋台でじゅうじゅう焼かれるハンバーグを待っている。もう食べられないもの。鮮やかな手さばきで重ねられたハンバーガーに山盛りのチップスと青いソーダが銀盆に乗せられる。掴むと肉汁とバーベキューソースと溶けたチーズが垂れてくる。かぶりついた瞬間、呻き声を上げる。口からおびただしい血が流れ出る。吐き出されたその断面にきらきらとガラス片が光っている。
「なぜそんなものが入り込むのか、わからなかった」
景色が暗闇に沈む。赤い照明のバーのテーブル席を前に、老紳士の面影のある若い男が息を荒げている。割れたグラスが散乱して強い酒の匂いが鼻をつく。
「知りたくなかった」
男は店員に乱暴に札束を握らせる。更に札を一枚重ねてチーズステーキを持ってこさせる。カウンターの内側からトングを勝手に取って散らばるガラス片をチーズステーキの奥に押し込んでいく。
店を出た男は夜の公園でひとりパントマイムをしている
まだ温かい包み紙を開けて、
悲鳴。噴き出す血。公園の出口から見ていた男はほくそ笑み、ひゃっひゃっと笑いながら帰っていく。
「因果応報ですね」
「知りたくなかった、こんなことは」
「本当の記憶ですか? これは」
「質感は生々しく根ざしていた。騙されて喜ぶ相手を腹の底で嘲笑し……貶め……胸がすくような愉悦を感じていた。ちょっとしたいたずら、だと言い訳していた」
「どれほどの残虐行為だったかはわかっていたようですね」
「幻覚に現れたのだから、そうなのだろうな……」
「無意識というものがありますから、意識で誤魔化しても逃れられやしません」
「その無意識というものが見せるのか、こんなものを」
「いわば、世界のすべてです。知りうる限りのなにもかもが含まれています」
痩せこけた老人が大きなベッドの中で怯えている。介護員が笑いながら毛布の下の老人の足に火かき棒を何度も何度も振り下ろす。
「この人間も、最後まで少しでも快適に過ごせるよう細やかに気遣っていた。睨まれても明るく振る舞っていた」
景色が昼に変わる。噎せ返るような夏の沼辺。ギャンッ、ギャンッ、と
「悪い生き物を退治しているのだと、誇らしさで満たされていた。俺は――吐きそうになった。奥底を覗くたびに毛が塊で抜けた」
「よくつきあわれましたね……」
「これが嘘だという証拠を見つけたかった、のだろう。俺は」
ふぅう、と
「楽しい夢を見せたかった、それだけだったのに……果たせなかった。
虐げた記憶が滲み込んで、復讐が行われる……替えても、消しても、防ぐことができなかった……」
「まるで地獄ですね、まだ生きているのに」
あぁ、と
目に光を失くした老人が、感情のない声で不明瞭に嗄れた声を張り上げる。
アンタぁあたしを裁きに来た悪魔だね。またあたしを地獄に連れて行こうってぇんだね!
臥せていた痩せた
微かに瞼を強張らせた
庭から入って来た清掃員と入れ替わりで、姿を消した
幻覚が消えた。
窓からの月光が廃墟の
湿った息を吐いて、人間は
「俺は……見捨てた。なにもできなかった、いやそれより悪い……奥底に眠っていた醜悪なものを掘り出して苦しませた……苛んだだけだ、変わらない……」
「貴方が何もしなくても苛まれていましたよ。それは」
「そうかもしれない、が……余計に苦しめていた。俺の見せた幻覚で」
「勘なのですが」
人間は
「苦しみたかったのかもしれませんよ、それは」
「ばかな、苦しみたいやつがいるものか」
「はい、ここに……」
む、と
「そうだったな」
人間は瞬きして少し困ったように首を傾げる。黒髪がさらさらと流れる。
「さっき地獄と言いましたが、煉獄かもしれません。煉獄は炎に灼かれて罪を清める場所です。清められれば、苦しみのない最高の幸福である天国に行けます」
「あんなものが……救いだと?」
「奥底の記憶まで到った悪夢は、その後も現れましたか?」
「……いや。違うものが現れた」
「では、それで精算されたのでしょう。その人の中では」
皮肉に口の端を歪めた後、真顔に戻って人間は言う。
「理解しづらいことかもしれませんが。貴方はいいことをしましたよ。他の誰にもできないことを。魂を救うという難しいことを成功させていたんですよ」
暫し、沈黙して。
「わからない、それは」
背を上下させて深呼吸して。付け足す。
「……そうだったなら。俺は、救われる、な」
「厳格なお方ですね、貴方は」
人間はくすっと笑って言う。
「好きですよ。貴方のそういうところ」
高い空。白雲。大きな鳥の影が蒼穹に弧を描いてゆっくりと舞い降りてくる。体を骨で飾った肉食の巨鳥、
草がざわめく。青白い釣り鐘の形の花が風に揺れる。冷たい風が体温を奪っていく。血臭が鼻をつく。腹の上に被せられたぬるい臓物。
雲が過ぎて眩い太陽が目を刺す。目を細めて、庇おうとした手は地面に打ち付けられた鎖に阻まれる。
手足を縛る鎖を留める鉄杭は岩に食い込んで微動だにしない。
影がさす。
はあっ、はあっ、と人間は深い息を吐いて、
漂う熟れた果実の匂い。この人間が発情している時に強くなる。
「大丈夫ですよ……」
人間が熱を帯びた声で囁く。
わかっている。この人間は
ただ少し、切なくなっただけだ。人間の見ているその景色の中に、自分がいないことが。
臓物を呑み込んだ
「あ……ッ!」
食い込む。皮膚を破る。浅い呼吸で上下する肉が銜えられて、引き裂かれる。
「…………っあ……あ……ッ!」
透明な涙が人間の目からこぼれる。
「ひ……いッ……ぎ…………」
苦悶に歪み、歯を食いしばった口。はっ、はっ、と荒くなっていく息。
「あ……あはっ……はっ……あはっ」
人間は涙をこぼして心地よさそうに笑う。
頬を伝う涙を、
ふっと人間の目元が緩む。ちら、と目線を
目が合う。
人間の甲高い悲鳴が孕む、狂気じみた歓喜の音色。
気色ばんだ
人間の瞼は無残に裂かれ、長い睫毛がめくれ上がった肉片を縁取る。白い視神経が引き出され、深みのある茶色の瞳の綺麗な眼球が
「っ……!」
「こんな風に、望みを絶たれたかった」
虚ろな目で空を仰いで、人間は安らいだ声で言う。
「お前は……これでなにを精算しようとしている」
硬い声で、
「恐ろしいものを、人はどうやって克服するかご存知ですか?」
「私は死にたいわけでも怪我をしたいわけでもなく。無限に再生する不死の体を永遠に壊され続けたいのです」
くす、と笑って。
「恐ろしいものを、遊びにするのです。自分を害さない、扱えるものにしてしまうのですよ」
「遊びだと……?」
「遊びです。私は刳られて、喰われて……なにひとつ傷ついていない」
人間が喉奥で囁く。
幻の中の人間は
人間の茶色の瞳に、黒毛の
微かに開いた柔らかな唇。
そっと舌を滑り込ませると、なめらかな舌が寄り添い、絡められる。
止まらない
頭の中がカッと熱くなって、
重なった熱が、じんじんと蝕んでくる。
はあっと息を吐いて、
人間は微かに俯いて、指の側面で唇を拭うと、照れたように笑って
「さっきの、生きたまま野生の生き物に食べさせる処刑法」
む、と
人間はお構いなしに続ける。
「処罰された罪状は」
人間の茶色の瞳の目が潤んで、
ぞくぞくと耳をくすぐる掠れた声で、人間は明瞭に言葉を紡ぐ。
「獣との姦淫です」
雑草に埋もれた石畳を人間が歩いてくる。赤いフードから二本伸びた耳に似た突起と長い
館を仰ぎ見て、鉄の門扉に手を伸ばした時。
「……皮を替えたのか」
背が温かな毛で覆われて、
ふふ、と笑って人間は答える。
「これ、ゾロアークデザインのコートなんです。何年か前、デパートのセールでかっこいいなぁと思って手に入れて……寒くなってきたから、先日出したばかりで……防虫剤の匂いがまだ残っちゃって……虫除けスプレーみたいな匂いがするでしょう?」
「……覚えがあるな。あの人間が森に入る時に吹き付けていた」
「苦手ですか?」
「お前だとわかっていれば平気だ」
「……ん……ぁふっ……」
人間の吐息が切実に乱れて、縋るように舌が滑り込んでくる。
ふわりと漂う熟れた果実の匂い。
「もう発情しているのか?」
「……んぅう……」
恥ずかしそうに喉を鳴らして人間は唇を重ねたまま囁く。
「まだなにもしていないのに、ドキドキして苦しいくらいなんです」
「変態め」
「んあっ……は……」
夜風で木々がざわめき、乾いた葉擦れの音が遠くの雨音のように響く。
夜に咲く花の匂いが森の奥から風に乗って
「心地好い夜だ、ここで入れてやろう」
人間の頬が熱く上気する。そして間髪を入れずにこくんと頷き、
赤熱した鉄の棘が乳房に突き立てられた。
塞がれた口からくぐもった悲鳴が漏れる。
痙攣する体。頭上と足下で鉄枷を吊るす鎖が鳴る。
拷問官は火鋏で挟んだ鉄の棘を
ぎゃっ、と喉から苦悶の悲鳴を上げて、人間が呟く。
「正直なところ……拷問は苦手なのです」
苦しげに息を吐いて、
「悪意にはまだ耐性がなくて」
はは、と自嘲する。
「なぜそんなものを出す」
理解できない、といった声音の
「史実ですので……」
一息で呟いた後、言い足す。
「なぞっておきたいのです」
気温が下がる。冷たい湿気が傷口を苛む。遥か上に光さす小さな窓。石造りの地下牢。
重い鉄枷で手足を繋がれ、横たわる人間の頬を涙が伝う。
「“私が泣いているのは悲しいからでも悔しいからでもありません”」
複数の声と共に人間が唱える。
「“この苦痛はあの方を愛した証。死がこの愛を揺るぎなく刻む”」
後世に創られた戯曲の台詞です、と人間は言う。
「“これは完結した物語を言祝ぐ涙――”」
成程、芝居がかっている。と
「“私は真実に背くよりも、罪人でありたい”」
鉄扉が軋む音が重く響き、竪坑の石段に甲高くこだまする。
鎖が引き摺られ石段を打つ音が薄闇に響く。
眩く開いた扉へと無慈悲に引き立てられていく。
一歩、一歩、足を踏み出すたびに焼き刳られた箇所を激痛が貫く。
潮の匂い。焼けた鉄の臭い。
海を仰ぐ広場に引き出された薄金の髪の“名を消された女”は刑場を青眼に映して顔を上げる。
――人生最期の大舞台だ――。
“
審問官が訴状に書かれた名を塗り潰す。
「これは私の名前です、彼女の名前は残っていません」
「アルカ……」
「彼女は商家の主でした。人と偽った獣を夫とし姦通して子を生したとされています」
「ほう?」
“名を消された女”は広場に響く澄んだ声で宣言する。
「私は騙されていたのではありません。最初から*****の彼を愛していました」
市民の罵声が広場を揺るがす。“名を消された女”は艶然と広場を見下ろす。
「悪魔、魔獣、等と語られていますが、そうは言わなかったでしょうね」
赤熱した鉄の棒が
苦悶の呻き。白煙が上がり、火傷の印が刻まれる。
「家畜の印か、猟果の肉や毛皮に押されていた印か、判然としませんが――奴隷や罪人ではなく、取引される獣に押される焼印だったと伝わっています……」
歯を食いしばり、荒く息を吐いて、
「獣の姿はただ恐ろしい黒毛としか記録されていません。ですが、何年も人の姿を取ってバレずにいられるのは……」
ちら、と
微かに誇らしげに目を細めた
投石で無残に崩れた遺体の口から覗く牙。赤い爪。赤い雫が落ちて石畳にどす黒い血溜まりを広げている。
打ち壊された家具が積み上がった火刑台。“名を消された女”の家から持ち出されたものだ。
「この時代、
掲げられた松明が取り囲む。
火刑台に鎖で幾重にも縛り付けられた“
火が放たれる。煤煙が呼吸を塞ぐ。炎が足を舐め、灼熱が瞬く間に全身に絡みつく。薄金の髪が燃える。皮膚が焼き焦がされて肉汁を垂らし、灼けた鎖が肉を破って骨に食い込み焦がしていく。体の輪郭が崩れていく。どくどくと脈打つ心臓が力を失っていく。
ふっ、と喉奥に呼気が流れ込む。濃厚な
炎は失せて温かな熱が残る。身を苛む鎖が消えて強く抱きしめる
「ん……ふ……」
互いの熱に浸ること数刻、あふれた唾液が
ぬちゃ、と音を立てて離れた
潤んだ茶色の瞳で哀しげに見上げて、
「人間が、お嫌いになりました、か……?」
「馬鹿にするな」
「……あっ……」
ひくつく喉から耳元までを舐め上げて、囁く。
「お前はいま、何に発情している?」
「……っ!」
びくんと震えた
綺麗な茶色の瞳を覗き込んで、
「答えろ」
くっ、と
「……あなた、です」
どぷ、と濃くなった熟れた果実の匂いが
「俺も発情している。……どうしたい?」
「……っ」
と、
「……どうしましょうか、ね?」
ちょこん、と首を傾げる。
暗闇の中で。
ぐちゃっ、ぬちっ、……淫猥な音が響く。
「んはぅっ……ぁあっ……!」
抵抗も戸惑いもなく、待ち望んでいたものが与えられた、という風に。
「お前……」
言いかけて、
「……醜いと、思いますか……?」
「いや……」
はっ、はっ、と
「……気に入った」
低く告げる
「よかった……です」
草原を月明かりが照らす。
潤んだ茶色の瞳。大きく見開いた目で、
「いいな?」
「はい……っ」
森の獣道を手を繋いだ
木々を抜ける風に白い花びらが交じってくる。
花の香りが濃くなっていく。
岩を登って倒木を潜り抜け、幾重もの蔦を掻き分け、景色が開けた。
星空を背負った斜面に、真っ白な花畑が広がっていた。
花の匂いを胸いっぱいに吸い込む
こぼれるほどに咲き誇った大きな白い花が、茎を捩って
萼のような長い睫毛の、
「帰ってきたんだ」
温かいハスキーボイスを奏でる
「ああ」
「そいつは?」
と、
気恥ずかしく俯いた
はうっ、と息を乱して
「すみません……」
真っ赤な顔で控えめに会釈をする人間を見て、
「つがいか。人間は厄介だぞ?」
「ああ、知っている」
「あの館の
「ああ……ひどい奴だった。俺には優しかったが……」
耳をぴくぴくと回して言葉を探す
「……哀れな人、でしたね」
頷き、
「ああ。哀れな……救われない奴だった」
一呼吸置いて、音のない幻の声を響かせる。
俺はあいつを救ってなんかいない。
過去の夢に似た涼やかな寂寥。
ふふん、と安堵したような笑みを浮かべて
「寂しかったぞ、君があの館で亡霊に囚われてしまって」
「俺は、独り占めできるナワバリが欲しかっただけだ」
むっとしたように
「もういいのかい? ……それとも、僕に挨拶しに来ただけ?」
「風に当たりたくなった……それだけだ」
「それは、いつまで?」
「……さあな」
「お前の庭を借りるぞ」
「ま、恥知らずな子だことっ」
「お前がつがいができたら使えと言ったんだろうがっ?」
「あーあ、すっかり盛りがついちゃって」
「いいよ、君たちは随分と熟しているみたいだからね」
「甘い露をたくさん
夜に咲く花の切ない匂いに囲まれて、
柔らかい草の上で、
幻の中で見た白い無毛の肌。湿った鼻を押し付けて胸いっぱいに吸い込むと、
「んふ……心地好い、です……」
「好き……貴方が大好きなんですよ……本当に……ひぁ……あっ……」
「ぞくぞくします……とけ、ちゃいますっ、それはっ……ああっ……」
ねだるように胸を反らせて、
「貴方にとって、私が美味しければいいのですが……」
「アルカ」
嗜めるように
「舌に心地好い味だ」
「食い破りたくなる……」
鋭い牙が
「食い込ませて、ください……」
吐息と共に
む、と
「怪我をしたいわけではないと言っていただろうが」
「ええ、でも……貴方のくれる痛みなら欲しい……貴方が私を欲してくださった傷なら、つけて貰いたい……この体に刻んで欲しいんです……」
切なげに潤んだ茶色の瞳の目。
「っ……痛……」
苦しげに歪んだ
「やめないで……痛いのが気持ちいいんです……」
涙が伝う頬を深い笑みが刻む。
滲んだ血の匂いが
頭の中が痺れて、顎に力が入る。牙が柔肌を破って食い込んでいく感触。
「くっ……この痺れるような痛みが……疼き続ける限り、私は貴方を感じられる……」
大粒の涙が
幻の中で見た、
こんなにいい匂いの、柔らかくて心地好い……。
顎を緩めて溢れる血を舐め取る。
あの凄惨な情景は恐ろしいものを克服する手段としての遊びだと
「俺はいなくならない。やられもしない。人間の街にだって入れる」
「……お人好し、なんですから……私につきあうことなんかないのに……」
涙声で
「侮るな、人間。お前が俺の何を知っている?」
かぷ、と
「逃がしはしない……俺だって離れているのは辛い」
はぅっ、と息を乱して愛しげに頬を寄せる
「お前は俺から逃げられない。二度と」
通じているのだろうか。不安がじわじわと膨らんでくる。
「俺は鼻が利く。何処へ行こうと探し出す」
威嚇めいて、
「……ありがとう、ございます……」
朝露のように透明な涙を
「そう想って頂けるのが嬉しくてっ……嬉しい……大好きです」
ぎゅ、と
「好きです、……貴方が好きです……」
嗚咽のように繰り返す
熱い体。速い心拍。
はち切れそうな性器に
微かに怯えた目で
「……怖いのか?」
「体の中なので……どんな痛みなのか……」
んくっと唾を呑み込んで、
「い"っ……あ"……っ!!!」
「あっ……がっ……すごい、……っ」
「串刺されてる……痛っ……あっ……生きたまま、裂かれ、てる……っ」
中の熱さが増して、奥からどぶりと熱の塊があふれて
「痛ぁあ……なか、えぐられてる……んふっ、もっと……つらぬいて……ころし、て……っ」
可憐な忘我の声。涎を溢れさせた唇。跳ねた黒髪が
死なないでくれ、という言葉を呑み込んで。
「生きたまま苦しめ」
「っあぁ……!」
蕩けた悲鳴。きゅううっと
「……耐えろ、アルカ」
「っ……うんっ……! がっ……は……っ!」
衝き動かされるままに刳り込み、
「っ……!」
どぷ、と性器を貫く熱い塊。
んふ、と
「中に叩きつけられています……ふふっ、注ぎ込まれてる……」
うっとりと
止まらない射精感。粘液で内側を擦られ続けるぞわぞわした不快な快感。眉間に皺を寄せて耳をぴくぴく動かしながら、
「痛みは」
「怪我をしたくらい、です。お腹の中、ずきずき疼き続けて……しあわせ、です……」
深い、安らいだ呼吸。
白い花の匂いが血臭と体臭を薄れさせて、夜が終わってゆく。
柔らかく伸びた草の中で
服ははだけたまま。仰向いてすうすうと寝息をたてる
意識がなくなるまでずきずきと疼き続けていた痛みはすっかり治まっていた。
半身を起こすと、下腹が妙に張っている。
なんだろう。一晩で妊娠するわけがないし……?
「あぁ、起きた?」
温かなハスキーボイス。すぐ傍に
「グラスフィールド……治してくださっていたのですね」
ポケモンが一時的に発生させる、活性化した草叢。そこにいる生き物すべてを治癒する効果がある。
「まあね」
ふふん、と得意げに長い睫毛を聳やかし、咲き誇る花の襟巻きをしゃらっと揺らして、
「立てる?」
「……やってみます」
差し出された細い小さな手を取って、脚に力を込めるとぶちゅっと音がして接合部からどろりと濃い粘液が溢れてくる。
「うわ」
ずるりと縮んだ
「ぇ……こんなに……?」
濃縮された獣臭が漂う。
「え、ちょ……?」
「ふぅん、こんな味なんだ?」
艶やかに笑って、
「ま、待って……どうして」
「いいでしょ? これくらい」
「えっ、ちょ、……んひっ」
つぷ、と冷えた手を挿れられて
「静かに、黒狐くんが起きるよ」
「……私は、起きてこられても構わないです」
「……恥知らずだな、君は」
呆れたように半眼になる
「じゃあ、これは……どうなんですかぁ……」
困ったように
「君たちは別に食べないでしょ、これ」
くちゅ、と中で手を動かされて
「んっ……」
「……食べるんですか」
「好物なんだ♪」
「ぇえ……?」
「もらうよ♪」
「あ、はい……っ!」
羞恥で身体が強張ると同時にどぷりと奥から
「お腹に力入れないで、もったいない!」
ぺち、と太腿を叩かれる。
「う……すみません……」
蜂蜜を食べるヒメグマのようなものか、と
中を散々まさぐられて身体が熱くなってきた頃に、
「素直でいい子だね、君は。僕専用の精液袋にならない?」
「なりません」
「いろんなポケモンと交尾できるよ?」
「この方以外はイヤです」
「あっそぉ。一途なんだね」
「大好きなひと以外はイヤってひと、多いと思いますよ?」
「じゃあ僕はどうなの? こんなことされて」
「……お食事じゃないんですか?」
「あ、食事ならいいんだ?」
にやりと笑って、
「っ……」
「あったかくなっちゃって。これはお礼だよ、気持ちよくしてあげる」
「……私のこと、お嫌いですか……?」
「えー、どうしてそう思うかなー?」
「なんとなく……」
「これは好意だよ? ほら」
淡い燐光を纏った草から蔓が伸びて
「んっ……」
「こういうの好きでしょ」
「はう……好きですが……好きですがどうしてこの方まで縛っているんですかっ」
「もうすぐお目覚めだから」
「っ……!?」
「僕にイかされちゃうところ、見てもらおうね♪」
「やっ……あ……そんな……のっ……」
「中が熱くなったね♪」
「……っ、それはっ、見て欲しいですけれどっ」
「へぇ、認めるんだ。変態」
「っ……どうしろっていうんですかっ!」
「なにやってんだヴァレンティナ!? アルカ!? わ、動けないぞなんだこれ!?」
「……ヴァレンティナ?」
「僕の名前」
「わーなにやってんだホントなにやってんだ、お前ら雌同士でなんの遊びだそれ卑猥だぞ!」
「アルカぁ」
くすくす笑って
「どうして欲しいんだっけ?」
「うっ……くうっ……」
羞恥に身を震わせて、
「あの……見て、ください……私が、この方に……あっ……なか、触られて……んぅうっ、イかされちゃうところ、見ていて、ください……」
無言で全身の毛を逆立てた
「……この変態どもが」
「っはぁあ……っ……」
楽しげに眺めていた
「あ、もうイっちゃった。まあ黒狐くんもこんな風にね、ちゃんと気持ちよくしてあげなよ……ってアルカ!?」
腕を強く締め付けられて狼狽える。
「食べないで!? 放しなさいっ」
「っあ……な、なかでうごさないでっ……んっ……ひ……っ」
「……本当に、なにやってんだお前ら」
山頂は晴天。遥か下に、森と、白い花畑と、草原と、古びた館と、その先に街と湖が見える。
「俺……あいつのああいうところ、あんまり好きじゃない」
白い花畑を見下ろして
「そもそもなんで、あ、あんなことに、な、なっていたんだ?」
動揺をぶり返して毛を逆立てながら問う
「……精液が大好物、らしいんです。それで私の中に詰まった貴方の精液を……」
「うわぁああああああ」
「でもあの方、貴方のことが好きなんじゃないでしょうかね。お邪魔虫の私に……」
「いやっ、違う!」
「噂には聞いていたんだ、あいつが……そういうの……食べるって……でもな、でもな、そんな、そうだとは思わないだろ!?」
青空に向かって吼えて、
「……知りたくなかった……」
慰めるように
「貴方の前では、みんな善いひとになるみたいですね」
皮肉に牙を剥き出して、
「お前は口が巧い」
ふと真顔に鳴って
「……ヴァレンティナさんの前では全く駄目でした」
「この森と同じくらい生きているらしいからな……」
「私、そんな方に……光栄かも……」
「あ"?」
「んっ……」
舌を絡め、たっぷりと唾液を飲まされて。
「このド変態が」
吐き捨てられる。
「っあぁ……すみません……」
「後で咬んでやる」
「咬んでくださいっ」
芳醇な薫り。また発情している。
「貴方は……なんという名前なんですか?」
「……相手によって違う」
答えて、
「お前は、俺をなんと呼ぶ?」
「……名付けることは、あり方を定めること。名前を使う限りはその音と意味に縛られることになります。もし私が、貴方を好きに呼んでいいのなら」
唇を引き結んで、唾を呑み込んで。
「
「貴方らしい呼び名だと思います、どうでしょうか?」
「いい名だ、気に入った」
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