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密室大根おろし事件

/密室大根おろし事件

Writer:赤猫もよよ




※不適切な表現がけっこうあります。
※大根おろしてません。
 
 
 目を覚ました時、そこは見知った部屋だった。というか自室だった。
 どうやら俺は爆睡していたらしい。ベッドの下には発泡酒の空き缶が転がっていて、頭がずきずきと痛む。
「平和だ……」
 なんとなく誘拐でもされてんじゃないかという予感があったが、杞憂だったらしい。俺は大きなあくびを一つして、体をぐっと伸ばす。遮光カーテンの足元からは朝の日光が漏れだしていて、外からは鳥のさえずりが聞こえてくる。今日も平和な一日になりそうだ――などと少々じじくさい感想を抱きながら、勢いよくカーテンと窓を開けた。
「おはようガブリアスくん」
 窓の外、足元にヒメグマ先輩が居た。俺は窓を勢い良く締めた。ヒメグマ先輩の頭が挟まった。
「寝るか」
 何かが始まってしまう予感がしたので俺は寝ることにした。どうせろくでもない。
「聞いてガブリアスくん、旅行に行きましょう。あとわたしの顔が挟まってるわ」
「大根なら擦りませんよ」
 速攻で否定。一見成立していないような会話だが、これでいい。
「ていうかなんでいるんですか」
「ガブリアスくんとイイことがしたくて。あと私の顔が挟まってるわ」
「大根なら擦りませんよ」
 ヒメグマ先輩が大根にご執心なサイコパス、通称ダイコパスであることは承知済みだった。彼女のイイこととはすなわちオレの腹部で大根を擦ることであり、そのせいで俺は一回泣きそうになった。ピュア男子の精神を弄んだ罪は重い。
「ていうかもうこのネタ飽きられてんですよ。一発ネタなのに味を占めたからって何回もやるのやめましょうよ」
 俺は真理を突いた。しかしヒメグマ先輩は食い下がる。
「違うわよガブリアスくん」
 味を占めたんじゃないわ――と先輩は言う。
 窓にぎゅっと挟まったまま、ヒメグマ先輩の渾身の決め顔。
 
 
 
 
 
 
 
「――味が、染みたのよ」








 密室大根おろし事件
 
 






 
 
 
「大根だけに?」
「大根だけに」
「……」
「……」























 密室大根おろし事件
















 という訳で、俺は今ガラル地方の上空にいる。厳密にいえば、まもなくガラル上空に突入することになる。
 何がという訳なのか分からないが、ともかく俺はヒメグマ先輩に連れられて旅行に出かけることになった。決まり手は「今回の旅行は二人っきりよ」というヒメグマ先輩の言葉であり、これにより俺はウン十回目の黒星を挙げることになった。童貞は押しに弱い。
「……てかヒメグマ先輩、これプライベートジェットだったりします……?」
 俺は戦々恐々としながらファーストクラス特有のフカフカシートに縮こまっていた。
 どういう訳か飛行機の中にシートは数えるほどしかなく、どういう訳か一面にはめちゃくちゃ手触りのいい赤絨毯が敷かれていたし、どういう訳か飛行機の中なのにプロの楽団による生演奏が行われていた。飛行機が揺れるたびに楽団の方々がわたわたするので、演奏に聞き入るよりハラハラが優るのだが。
「ふふっ、パパンが十歳のお誕生日イブにくれたのよ」
「お誕生日にイブもクソもねえだろ」
 ヒメグマ先輩はシャンパンを片手に持ってくゆらせていた。案の定シャンパンの中には大根おろしが積もっている。まさか大根も土の中で育ってるときはシャンパンを吸う羽目になるとは思ってもなかっただろうに。壮絶な大根生だ。
 お察しの通り、ヒメグマ先輩の実家は超絶金持ちである。以前一度ヒメグマ先輩の実家にお呼ばれしたことがあるのだが、俺の下宿先の全スペースよりヒメグマ先輩の家のトイレの方が大きいと知った時は気が狂いそうになった。
「先輩のご実家ってなにされてるんでしたっけ」
「大根を育てているわ」
「……農家でしたっけ?」
「ノー、大根遺伝子化学よ」
「大根遺伝子化学?」
 初耳だった。恐らく全人類の殆どが初耳だろう。
「大根の遺伝子を組み替えたりしてダイコンツーを生み出したりとか」
「ダイコンツー」
 ミュウツーみたいな呼び方をするな。
「あとは大根の菜っ葉の部分に幸福を感じる成分を注入して、幸福になれる葉っぱとして売り出したりもしてるの。副作用でちょっと幻覚見えちゃうけどね」
 てへっ、とヒメグマ先輩は愛くるしく舌を出した。
 てへっじゃねえ。
 なにもてへっじゃねえ。
「今すぐ製造ラインを止めろ」
「でも虹色の空飛ぶ大根が見えたりするのよ。愛いわよ」
「今すぐ製造ラインを止めろ」
 もしかしてダイコンってなんらかの薬物の隠語でいらっしゃる?
「そういえば、なんでまた急に旅行なんか。しかもガラル地方なんて豪華な……」
「いい質問ねガブリアスくん、これを読んで」
 ヒメグマ先輩は俺に向けて大根を手渡した。まじまじと全身を見渡してみたが大根以外の何物でもない。
「すいません俺大根は読めないです」
「違うわ。中が空洞になってるの。葉っぱ部分を引っ張ってみて」
 俺が言われるままに葉っぱの部分を引っ張ると、葉の根元がすぽんと抜けた。大根の中はくりぬかれ、空洞になっている。
「大根遺伝子化学の成果の一つ、筒大根よ」
「大根の可能性を信じすぎだろ」
 俺は大根をひっくり返した。中から丸められた一枚の紙が出てくる。大根の水分のせいでなんかちょっとしわしわしていたしすっごい青くさいし。
「普通の筒を使え」
 筒大根、存在するメリットがなにもない。俺はヒメグマ先輩に筒大根を返却した。
 紙を広げると、それは手紙だった。大根の水分のせいで紙がしわしわしているせいで文字が滲んでいて読みづらい。
「えーと何々……『親愛なるダイコニストの皆様へ』」
 俺は顔を上げてヒメグマ先輩を懐疑的な視線で見た。ヒメグマ先輩は自分の胸をポンと叩いた。
「わたしの事よ」
「だろうな」
 じゃなかったらどうしようかと思った。俺は手紙を読み進める。
 
『季節も九月、初秋を迎え、皆様におかれましてはますますご健勝のこととお喜び申し上げます』
『二百十日も無事過ぎまして、大根が美味しい季節となりました』

「もうちょっと先じゃね」
 もう二、三か月ぐらい後の話じゃないのか。大根って冬の野菜だぞ。
「わたし達ダイコニストにとっては大根はエブリデイ旬よ」
「じゃあ時候の挨拶に使うんじゃねえ」

『さて、今年もオータムダイコンフェスティバルの時期がやってまいりましたので、招待状をご送付させて頂きます』
『どうか奮って御参加下さい。闇の大根結社一同、心よりお待ちしております。      †闇の大根結社†より』

「†闇の大根結社†って何」
「謎よ。素性正体、その一切が†謎†に包まれているの」
「そっかあ」
 尋ねといてなんだけど別に知りたくもなかった。
「で、俺達はそれに向かってると」
「そういうことよ」
 俺は抗議をした。
「何で俺を巻き込んだんだよ。俺別にダイコニストじゃないぞ」
「わたしとあなたは一心同体じゃない」
「そうかなあ」
 そうでもないと思うけどなあ。
「ふふっ、光栄に思いなさい。ガブリアスくんはわたしの終身名誉おろし金よ」
「……」
 ヒメグマ先輩は俺に向けて罵倒の概念をはき違えまくったサディストが言うみたいな肩書を与えた。どんな顔をすりゃいいんだ。
「ていうか思ったんだが、フェスティバルってことは、先輩以外のダイコニストも集まるのか?」
「もちろんよ。ガラルはダイコニストの聖地だもの」
「嘘をつくな」
 風評被害にも程がある。俺は懐疑的な視線をぶつけた。ヒメグマ先輩はシャンパンを吸って重くなった大根おろしをスプーンで掬って食べていた。完全にかき氷を食べる人みたいになっている。
「だってほらなんか大根を司る的な神様とかいるかもしれないし。いやしれないじゃないわ――いるのよ」
「また適当なことを言って」
「まだ発売してないから何言ってもセーフよ」
「何の話ですか」
 ヒメグマ先輩はミステリアスな笑みを浮かべた。いずれその言説は通用しなくなるのではないかと思ったが、藪を突いてサモンハブネークである。俺はもう何も言わなかった。
 そんなこんなをしているうちに着陸態勢に入り、そんなこんなのうちにガラル地方へと辿り着いた。
 飛行機から降り、入国手続きを済ます。
 ヒメグマ先輩が何らかのカードをチラつかせると空港のクルーの方々が謎に恭しくなり、入管はドライブスルーみたいな速度で通過することが出来た。
 ついでに特に何も連絡していないのに送迎用のエア・タクシーがスタンバイされており、レストランに入るや否や超絶豪華な昼食が用意された。天は二物を与えないとはいうが、ヒメグマ先輩に財を与え倫理を抜いたのは明らかにミステイクだと思った。
「美味ね。特にこの焼いたパイ生地から小さなラディッシュが大量に頭部を覗かせてるやつとか、あと大根の煮凝りゼリーとか」
「……」
 俺はそれらの怪料理の概ねをヒメグマ先輩に押し付け、ひたすらフィッシュアンドチップスを齧り続けていた。ヒメグマ先輩が舌鼓を打っているあの混沌の煮つけがガラルの土着料理でないことを祈るばかりだ。
「この後はどうするんだ? 観光とか?」
「まさか! ダイフェスに向かうのよ」
「ダイフェス?」
「言ったでしょう、オータムダイコンフェスティバルよ」
「ダイフェスって略すんだ……」
 なんかいい感じに若者風になっていた。実際はドンドコトンチキフェスティバルだというのに。
「ダイフェスはガラル沿岸の小島にある古城を貸し切って行われるわ。そこへ招待状を貰った人しか入れないの」
「なんかどっかで聞いたことあるな」
「そこで最強のダイコニストとご対面するのよ」
「なんかどっかで聞いたことあるな……」
 なんか逆襲とかされそうなシチュエーションだった。いやまさか、気のせいだとは思うけど。

 食事を終えた俺達は、アーマーガアの運ぶエア・タクシーで小さな港へと向かった。聞くところによると、港で招待状を見せてから定刻船に乗り込み、ダイフェスの舞台となる小島へと向かうのだとか。
「ここが待ち合わせの場所なのか?」
 ざあざあと波の打ち寄せる寂れた波止場には、船どころか人の影すらない。大丈夫なのかこれ、騙されてんじゃないだろうな。
「ううん、招待状によればその通りの筈なんだけど……」
 ヒメグマ先輩と俺が周囲を見渡していると、ふとどこからか暑苦しい声が木霊した。
「おお! ヒメグマ嬢! ヒメグマ嬢ではないかーッッッ!!! うっはっはっはッ!!!!」」
 声の方向を振り返る。するとはるか遠方に、腕を組んで仁王立ちをしたバクフーンの姿が見えた。
 ヒメグマ先輩は驚愕の顔を浮かべる。
「あ、貴方は――炎のダイコニスト、バクフーンさん!」
 ほ、炎のダイコニスト、バクフーンさん!?
「なにそれ」
「大根に炎属性をエンチャントすることを得意としたダイコニストよ」
「大根に炎属性をエンチャントすることを得意としたダイコニスト」
 どんな得意分野だよ。
「ええ。その刀身――いえ、大根身は煉獄の炎に鍛えられ、黒壇色に染まっていると聞くわ」
「それ焦げてんじゃねえかな……」
 どうやらヒメグマ先輩はバクフーン――もとい、炎のダイコニストと知り合い関係らしい。類は友を呼ぶ。
「わっはっは! 久しいなヒメグマ嬢! 息災だったか!」
「うふふ、バクフーンさんもお元気そうでなによりです」
 お互いに握手を交わし、全身を目いっぱい使って情熱的なハグをする。傍目から見れば子供と叔父さんのような関係性にも見えた。お互いの距離感からして、どうやら結構長い付き合いのようだ。
「してそこのガブリアスくん、君は一体何属性のダイコニストなのかね!」
 バクフーンの熱い視線がこちらへと向けられ、俺は返答に困って目を逸らした。だって何属性でもないしダイコニストでもないし。
「ああ、彼はわたしの終身名誉おろし金よ」
 ヒメグマ先輩の助け舟に、バクフーンは目を輝かせた。俺は頭を抱えた。
「ほう、相棒ということか! なるほどなるほど……ふむ、確かにおろし金に向いた体つきをしているな!」
「ど、どうも……」
 そんなトリッキーな称賛を受けたのは初めてなので困惑した。だがヒメグマ先輩の相棒というのは中々悪くない気分だ。
 ダイコニストなので前提としてとち狂っているのは絶対だけど、快活で豪気なこの人は、悪い人ではないような気がする。
 どんなヤバいやつが大集合するのか不安だったけど、バクフーンさんみたいな人ばかりなら――

 と、その時。ふと上空に鳥の影が走り、俺達は空を見上げた。
「おやおやヒメグマ君にバクフーン君、相変わらずのぺっとした顔をしているね!」
 バサッと翼を羽ばたかせると、上空からふわふわと灰色の羽が舞い降りてきた。
 ヒメグマ先輩とバクフーンさんは驚愕の顔を浮かべる。
「あ、貴方は――空中戦に特化した、優美な風属性のダイコニストのムクホーク様!」
 く、空中戦に特化した優美な風属性のダイコニストのムクホーク様!?
「なにそれ」
 盛りすぎじゃね?
「その名の通り空中戦に特化したダイコニストよ」
「何一つわかんねえよ」
 空中戦に強いって言われてもなあ。
「羽のように軽く薄い大根身を自在に操るの。空中で彼の右に出るものはいないと聞くわ」
「それ大根萎びてるんじゃねえかな」
 どうやらヒメグマ先輩はムクホーク――もとい、空中戦に特化したダイコニストとも知り合い関係らしい。類友。
「やあ、久しぶりだねヒメグマ君。お会いできて光栄だよ、ハニー」
「うふふ、ムクホーク様もお変わりなく」
 ムクホークは翼を目いっぱいに広げ、すごくいい顔をした。情熱的なハグ待ちの姿勢だった。
 俺はヒメグマ先輩とムクホーク様の間に割って入り、彼の胸のふわふわした羽毛をむしり取って海に投げた。海風が毛を攫って飛んでいく。春になればどこかで胸毛の花が咲くのだろうか。
「うわあ何するんだキミは」
「すいませんなんかムカついたので」
 バクフーンさんは許せたがこの鳥と先輩がハグするのはダメだった。ナントカ心というやつである。
「ははん、さてはアレだな。キミがヒメグマ君のナイトという訳だな、泣かせるチェリーボーイだ」
「だれがチェリーボーイだコラ」
「うわあいたいいたいたすけて」
 俺はムクホーク様に詰め寄って胸の羽毛をさらにむしった。事実でも言っていいことと悪いことがある。
「違うわ、ムクホーク様。彼はわたしのナイトじゃない」
 ヒメグマ先輩が割って入った。確かにその通りだが、きっぱりとした否定はなんか悲しい。
「彼はわたしの終身名誉おろし金よ」
 否定したかった。そんな不名誉な称号を背負うぐらいならチェリーボーイのがまだマシだった。
「……?」
 ムクホーク様は首をぐるんと傾げた。なにを言っているのか分からないという顔だった。
「ごめん、どういうことだい」
 ムクホーク様は俺の耳元で囁く。俺は首を横に振った。
「俺にも良く分かんなくて……」
「君も大変だね……」
 ムクホーク様は翼で俺の背中をぽんぽんと叩き、頭を撫でた。
 同情に目頭が熱くなり、なんだかんだでこの人もいい人なのではないかと思い始める。少なくとも、バクフーンさんと違って常識的な物差しを持っている気がした。
 あれなんかムクホーク様っていい匂いがするな、よく見たら顔立ちも整ってて結構イケメンだな、と思い始めていたその時――

「ククク、有象無象のダイコニスト共が群れおって……実に愚かよ……」
 強烈な悪臭が周囲を覆った。息を吸い込んでしまった胸が焼けるように痛く、目がジンジンする。
「いけない! ガブリアスくん、これを酸素ボンベ代わりに使って!」
 ヒメグマ先輩は筒大根を俺に投げよこした。五秒ほど熟考したのち急いで葉っぱを引っこ抜き、空洞の中に溜まった酸素を吸った。すっごい青臭い。
「フン。小細工は親譲りね、チビくまちゃん」
 悪臭の中を掻き分けて現れたのは、不敵な笑みを浮かべたドクロッグだった。
 ヒメグマ先輩と愉快な仲間たちは揃って驚愕を浮かべる。
「あ、貴方は――甘美な毒属性のダイコニスト、ドクロッグ!」
 ど、毒属性のダイコニスト!?
「これまだ続くのか?」
「その名の通り毒属性のダイコニストよ」
「毒属性……」
 それは越えてはいけない一線じゃないのか。毒て。
「彼女の大根身を食らったが最後、三日三晩腹痛と高熱に苦しむと聞くわ……」
「それ腐ってんじゃねえかな」
 もはやただのテロ犯。よくダイコニストとして認められたな、こいつ。
「チッ、まさか君もダイフェスに参加するなんてね。これはいよいよ雌雄を決するときが来たという訳か!」
 ムクホーク様はばさっと翼をはためかせ、良い顔でドクロッグを睨みつけた。
「フン、少々顔が良いだけの小童が。アタシの毒大根でその美麗な顔をしわしわにしてやろうじゃあないか!」
「なんだと毒ばばあ」
「今なんつったてめえコラまだアラサーじゃこちとら」
「うわあいたいいたいガブリアスくんたすけてえ」
 ムクホーク様はドクロッグに胸の羽毛をむしり取られながらこちらに救援要請を寄越した。俺は一切合切聞こえないふりをした。
「時にヒメグマ嬢。君もダイフェスにお呼ばれしたということは、ダイコニストとしての肩書を得たのだろう? 我輩が炎、ムクホーク君が風というように」
「え? ああ、ええっと……まあ」
 ずいと詰め寄ってきたバクフーンさんの問いに、ヒメグマ先輩は珍しくしどもどな様子で返事をした。
 そもそも属性って何なんだろうか、という根源的根本的クエスチョンはさておくとして、この調子でいくならヒメグマ先輩も何らかの属性を持っているのだろう。けれど、俺で大根を擦っているときにヒメグマ先輩が何らかの属性を見せたような記憶はない。擦りながら急に発火とかされたら少なくとも印象に残るだろう、てか絶交するわそんなん。
「ま、まあ! わたしのことは追々ね。それよりほら、時間になったみたいよ」
 ヒメグマ先輩が短い指で差した先。海の向こうから、一艘の大きなモーターボートが波間を掻き分けてやってくる。
「ダイコニック号よ」
「ダイコニック号……」
 どこのネーミングにもやたら大根を絡めてくるのは何故なんだろう。
 そのダイコニック号とやらは優雅に波を割き、波止場へと止まった。下ろされたタラップから、浮世離れした風体のサーナイトの女性がしずしずとした歩みで降りてくる。
「あの人……!」
 ヒメグマ先輩はサーナイトを眺め、目を見開いた。
「あのサーナイトがどうかしたのか?」
「いえ、色合いが大根に似てるなって」
「目に大根でも詰まってんのか?」
 失礼にもほどがあったが、ちょっと分からなくもないのがアレだった。
 ニア大根ことサーナイトは俺と愉快なダイコニストたちの目の前で立ち止まり、深く首を垂れた。
『本日はお集まり頂き、感謝致します。只今より会場へのご案内を致しますので、招待状のご提示にご協力下さい』
 ダイコニスト達は慣れた手つきで招待状を差し出した。手持無沙汰なのは俺だけだ。
「ヒメグマ先輩、俺ってどうすりゃいいんですか」
「大丈夫よ。おろし金は備品扱いだから、招待状がなくても問題ないわ」
 ヒメグマ先輩の言葉に、サーナイトも同意するように頷いた。頷かないでほしい。
「俺はおろし金じゃなくてガブリアスってポケモンなんですけど」
「問題ないわ。歴代のダイコニストも様々なポケモンをおろし金として引き連れていたもの」
「奴隷かよ」
『常識が欠落してる方がダイコニストとしては優秀なのです』
「なるほど……」
 俺はヒメグマ先輩をまじまじと見つめ、物凄く深く納得した。ご学友をおろし金としてお引き連れあそばせるという点から考慮すれば、ヒメグマ先輩は間違いなくダイコニストとしてのエリートだった。
『さて、皆さまお揃いですね。船へとお入りください』
 サーナイトの誘導に従い、毒ダイコニストのドクロッグが苛立った足取りで船のタラップを上がっていく。後に続くのは胸毛をすっかりむしり取られて焼け野原みたいになったムクホーク様である。横顔はイケメンだが哀愁が漂っていた。
「ふむ、妙だな」
「どうしたんですか、バクフーンさん」
 首を傾げるバクフーンさんに、俺は声を掛けた。
「うむ。水のダイコニストは今日は不参加なのかと思ってな。こういう催しにはこぞって参加する娘だったのだが……」
「水のダイコニスト?」
 俺はヒメグマ先輩に視線を投げた。毒大根の後だからか水のダイコニストがなんかまともに聞こえてしまう。
「水のダイコニストのシャワーズさんね。大根の煮物とか汁物とかを作るのが上手よ」
「流石水のダイコニストだな……」
「ええ、水を操るのはお手の物よ」
 俺は普通に感嘆した。できればダイコニストは全員そういう方向性でいて欲しかったものだ。
「ふむ、まあ致し方ないな。欠席の彼女の分まで楽しむとしよう! わっはっは!」
 豪気な笑い声を上げながらタラップを駆けあがっていくバクフーンさんに続いて、俺達も船に乗り込む。孤島に到着する数十分の間は、ラウンジで自由時間を過ごすことになっているという。
 しばらくして船が動き出す。ガラルの海は結構荒れがちのようで、揺れが中々に激しい。
 俺は小柄ゆえにあっちこっちにころころと転がるヒメグマ先輩を見かね、抱きかかえることにした。ガブリアスの強靭な体幹なら、これぐらいの揺れは大したことないからだ。
「助かるわ、ガブリアスくん。おろし金の上に刺さった大根みたいな気分よ」
「どんな気分だよ」
 シチュエーションが限定的過ぎんだろ。アートを攻めすぎた生け花みたいになってんぞ。
「安心してるってことよ。今もそうだし、ガブリアスくんが付いてきてくれるってこと自体もそうだし。本当に付いてきてくれて、結構嬉しいの」
「えらく殊勝じゃないっすか」
「たまにはいいじゃない」
 抱きかかえられたまま、ヒメグマ先輩は小さく顔を綻ばせた。
「実はね、ガブリアスくん。わたし、ダイフェスに正式に呼ばれるのは初めてなの」
「そうなのか? あんだけ慣れてる感じなのに。バクフーンさんとも知り合いだったし」
「子供の頃、何回かパパンに連れられてきただけだし。その時も輪に入らないで遊んでただけだったから。私宛に招待状が届いたの、今回が初めて」
「親父さんもダイコニストなのか」
「ええ、偉大なダイコニストよ」
 ダイコニストと偉大という言葉が結びつくことに違和感を拭えない。
 大根遺伝子科学とか齧ってるぐらいだからそりゃそうか。しかし、あの親にしてこの子ありというか、なんというか。
「……って、待てよ。じゃあなんで親父さんは呼ばれなかったんだ?」
「パパンは去年から音信不通なのよ。行方知れず」
 ヒメグマ先輩は何でもないようにつぶやき、窓の向こうに揺れる海を眺めた。
「……すまん」
「いいのよ。どうせどこかで暢気に大根でも齧ってるでしょうし、心配してないわ」
「……」
 気丈に笑うヒメグマ先輩の瞳には、やはり少しの寂しさが覗いていた。
 俺はそんな彼女に掛ける言葉が分からず、押し黙ってしまう。こんな時に気の利いた言葉が掛けられたら、どんなによかっただろうか。
『まもなく目的地へと辿り着きます。少し揺れが激しくなりますので、お気を付けください』
 船内放送のスピーカーからサーナイトの声が流れた。俺はこれ幸いとばかりに、ヒメグマ先輩を少しだけ強く抱きかかえる。
「ちょっと、痛いわよガブリアスくん」
「あ、すんません」
「全く、だからチェリーボーイなんて言われるのよ。……でも、ありがとね」
 ヒメグマ先輩は俺に身体を委ねた。
 柔らかく、温かい感触。俺はなんだか少しだけ気恥ずかしくなって、海の向こうに見える例の小島に視線を投げることにした。
 


『到着です。お足元にお気を付けください』
 桟橋へと上陸し、島の奥へと進んでいく。しばらくして、古城の大きな城門が口を開けて俺達を出迎えた。
 結構な広さの小島の上にそびえたつ古城は中々に風格がある。中世かそこらにタイムスリップしてきたような錯覚に陥ってしまいそうだった。
「雰囲気出てんなあ」
「立派よね。わたしも作ろうかしら、城」
「大根で?」
「そんな訳ないじゃない。大根で城を作るのはさすがに無理があるわ」
「……」
 至極まともな意見なのに、なぜか梯子を思い切り外されたような気持ちになった。
 それはさておき城門を抜ければ、城の入口へと続く長い石橋が伸びていた。下は断崖絶壁で、落ちたら一たまりもないだろう。
『城へ続く道はこの橋一本のみですので、ご留意願います。爆破とかなさらないように』
「はっはっは」
 サーナイトはじっとバクフーンさんを見つめた。バクフーンさんは大仰に笑いながらも目がちょっと泳いでいた。
 爆破したことあるんだな、この人……。
 優秀なダイコニストは総じてサイコパス、その言葉をぐっと噛み締めて橋を渡り、入り口の大扉を潜る。
 エントランスホールは吹き抜けになっており、驚くほどに広い。天井から垂れ下がるシャンデリアが煌びやかな光を放ち、艶やかに磨かれた大理石の床に輝きを広げていた。
「家賃いくらぐらいなんだろうな」
「賃貸じゃないと思うわよ、ガブリアスくん」
「そっか……」
 古城の購入費で俺の下宿先の家賃の何百年分を賄えるだろう、とか考えたら悲しくなってきた。俺の生涯年収の何十倍で……いやもうやめとこう、悲しいだけだし……。
『間もなくご城主様、最強のダイコニストさまが参ります。御無礼のありませんように、何卒。出会い頭にパイを投げたりしないでくださいね』
「わはは」
 サーナイトはじっとムクホーク様を見つめた。ムクホーク様は気障に笑いながらも目がざぶんざぶんと泳いでいた。イッシュのホームパーティみたいなことをするんじゃねえ。
『……滑ってましたからね』
「……」
 サーナイトのダメ押しを受け、ムクホーク様は顔面から一切の感情を取り払った。
『……あの』
「あああわかったから! しないからさっさと呼んできてくれたまえ!」
 ムクホーク様はとうとう耐えられなくなって叫んだ。ちょっと可愛そうだけど概ね自業自得である。
「あんときの空気ったら傑作だったねえ! あの居たたまれない感じの鳥公の顔ったら!」
「うるせえぞ毒ばばあ」
「殺すぞタンドリーチキン」
「ひえっすいません」
 乳繰り合いだすドクロッグとムクホーク様を無視して、サーナイトは二階へと続く階段を上っていった。
「なあ、先輩。最強のダイコニストってどんな人なんだ?」
 そもそも何の尺度をもって最強とするのかという話だが。
 隣で仲良く喧嘩してる風と毒のダイコニスト、後は橋爆破おじさんこと炎のダイコニストのように単純に火力勝負なのか、それとも水のダイコニストのように、いかにおいしい大根料理を作れるかで決まるものなのか。
「死ねぇ! ポイズン大根延髄砕き!」
「なんのォ! エア大根バリア!」
 ……前者かなあ、やっぱり。個人的には後者であってほしいんだけども。切に。
「実をいうと、毎年変わるのよ。このダイフェスの最終日に投票で勝者を決めて、その人が最強のダイコニストの称号を手にするの」
「だから単純に料理がうまい人が選ばれることもあるし、数年前は全員毒で倒れて満場一致ってこともあったし、票欲しさに城ごと焼き尽くそうとした人もいるわ。わたしは前年まで関与してなかったから、今の最強が誰なのか知らないけども」
「概ねバカしかいないことは分かった」
 バカに力を持たせるとろくでもないことになるといういい例だ。
 城ごと焼き尽くされるのも毒殺されるのも勘弁だった。なんとしてもヒメグマ先輩に最強のダイコニストになってもらわないと。
『皆様、ご静粛に。最強のダイコニスト様のご登場です』
 俺が決心を固めたのとほぼ同時、毒と風のバカのせいで騒がしい室内に、サーナイトのよく通る声が響く。
 いよいよ最強のダイコニストとやらが現れるらしい。エントランスホールが静まり返り、シャンデリアの光が消える。暗闇のなかで、最強のダイコニストの到来を皆が心待ちにしていた。
「……来たわね」
 階段を静かに降りてくる、一匹のポケモンの影。その足は踊り場で止まり、皆の視線が一斉に注がれる。
 最強のダイコニストが手を挙げると、踊り場にスポットライトが注がれた。光を浴び、最強のダイコニストの姿が露になる。
「フフフッ、ハハハハ! 初めましてだな諸君! 私が最強のダイコニストである!」
 それっぽく肩を震わせて踊り場に立つのは、なんか百均とかで買った感じのチープなビビヨンマスクを身に着けたリングマだった。 どう見ても知り合いのご親族だった。俺はヒメグマ先輩の顔をチラ見した。すごい顔をしていた。
「パパン、こんなところでいったい何を……? 家に連絡も寄越さないで。ママンがブチ切れてたわよ」
「え゛っ……あ、いや、違うぞ! 私はお前の知り合いではない! ぞ!」
 ヒメグマは一瞬で400匹のシンボラーに囲まれたような感じで急にあたふたしだした。否定の仕方まで含めて血脈を感じさせる。
 眉間にテープで留めるタイプだったらしいビビヨンマスクが慌てた拍子にずれ落ち、リングマのリンられてないただのグマとしか言えない素顔がさらけ出される。
「あっ」
「ああ」
 どうすんだよこれ。えらいことになったぞ。
 こちらもどうしていいか分からないし、リングマはこの世すべての恥を煮詰めたものを食い詰めて喉を詰まらせたような顔をしていたし、なんだったら隣のヒメグマ先輩も前作の醜態を思い出して顔をくしゃくしゃにしていた。
 他のダイコニスト達はこの茶番劇に対して大変白けたような顔をしていた。そりゃそうなるよな。
「リングマよ……お前ギャグセンスないんだからそういうのやめとけって言っただろう」
「うぐっ」
 バクフーンさんの旧友ゆえに遠慮のない一撃をじかに喰らい、リングマさんは泣きそうな顔をした。
 空気が重い。リングマさんのユーモアセンスは完全に滑り切って崖の下だった。既に部屋の中は近年稀に見る地獄の様相が展開されていた。葬式もかくや。
 血が流れていないのにここまで残酷な光景が果たしてあるだろうか。いやない。
「……あの、もっかいやり直させてもらえないだろうか」
 リングマさんは頭を床にこすりつけた。この状況でその提案できる度胸が凄い。俺は流されるまま頷いてしまった。
「……それでご納得いただけるなら」
「皆様方にはちゃんと私が誰かわかんない感じで進めて頂きたく」
「はあ……」
 もう完全に負け戦なのに、ガッツだけは一流のようだった。
「すいませんほんと、何卒ご協力をば……」
「いやダメよ。現実を受け入れなさいよ」
 念押しをしながら階段を上っていこうとするリングマさんを、ヒメグマ先輩の言語的括り縄が引き留めた。
「聞いてパパン。何回繰り返しても滑ったネタが受けることはないのよ」
「……」
 ヒメグマ先輩は、あんたも似たようなことしたんだぞ、とは口が裂けても言えないような表情をしていた。口は災いの元である。
「リングマのおっさん。もうそういうのいいから本題に入ってよ」
「うぐう」
 毒ダイコニストのドクロッグにキレ気味な追い打ちを掛けられ、リングマさんは枯れた大根のようにしわしわした。結構長い時間を費やして考えてきたのだろう登場ギミックが一切合切受けなかったのだから心中はお察しするが、それはそれとして早く話を進めてほしいのが各位の総意だ。俺もそう。
「えっと……本日はオータムダイコンフェスティバルにお集まり頂きありがとうございます……私が主催のリングマです……」
 もう見るからにテンションが下がっていた。見ていて胸がきゅっとなるやつだった。
『今年のオータムダイコンフェスティバルのテーマは「この大根がすごい」です』
 余りに見ていられなかったのか、消沈しきったリングマを押しのけてサーナイトが語りだした。
 テーマが大根のキャッチコピーみたいになっている。大根のキャッチコピーってなんだよ。
『という訳で今回のメインイベントはバトルロイヤル方式です。最後に立っていたダイコニストが最強、分かりやすいですね』
 なにが「という訳」なのだろうか。俺には何一つ分からなかったけど、隣のダイコニスト達は合点がいった様子で頷いている。
「ははは! やはり火力こそ正義という訳だ!」
「フン、絡め手を使って料理してやるわ」
「ふふ、ボクの美技が唸るという訳だね」
 三者三様、皆やる気に満ちていた。特徴的な料理人の台詞のようだが、実際は大根で殴り合うのだから恐ろしくバカらしい。
『今日は長旅でお疲れでしょう。皆様にお部屋をご用意しています。英気を養っていただければと、ご主人様からの言伝です』
「……部屋ってちゃんとした部屋ですか」
 一瞬、いやまさかそんなことはないだろうけど、部屋のありとあらゆる家具が大根で出来てるのではないかという嫌な予感が過って、俺は手を挙げて質問した。
『普通の部屋ですが。……大根がよろしかったですか?』
「いえ滅相もないです」
 俺は全力で拒否した。サラダになった悪夢でも見そうだ。勘弁してほしい。
『ああ、ですがガブリアス様にはご連絡事項が一つ。ダイコニスト様各人にひとつお部屋をご用意させて頂く決まりになっておりますので、貴方様はヒメグマ様と相部屋となります』
「えっ」
 俺がヒメグマ先輩と相部屋? マジで?
「あらまあ。まあガブリアスくんならいいか」
 動揺する俺を尻目に、ヒメグマ先輩はとってもあっけらかんとしていた。一応異性なのだが、どうやらビックリするほど意識されていないようだ。嬉しいような悲しいような男心。いややっぱうれしい。
「いやいかんだろう常識的に考えて! 愛娘をどこぞの馬の骨とも知らないガブリアスと同じ部屋にするなど!」
 打ちひしがれて流体になっていたリングマさんは急に飛び起きて叫んだ。まったくもっておっしゃる通りだった。
「だいたい! 君はうちのヒメグマとどういう関係なんだ! アーハン!?」
 彼は立てた中指で俺を指さした。どういう関係なんだって言われてもなあ。
「えっと……ご学友、ですかね……?」
 ちょっとヒメグマ先輩に体で大根を擦られたことがあるけど、ギリギリご学友の範疇に収まる関係性であってほしい。
「そうよ。でもガブリアスくんはわたしと一線を越えたことがあるわ! だから同部屋でも問題ないわ!」
 ヒメグマ先輩は謎のフォローを入れた。フォローというか焼石オンザホットウォーターというか。火にガソリンというか。
「……いつ一線を越えましたっけ」
「いっしょに大根擦ったでしょ」
「あんたの一線低いな……」
 俺が呆れていると、愛娘の衝撃的告白を受けたリングマさんはガタガタと震え始めた。白目を剥き、口からぶくぶくと泡を吐いている。
「い、いっせんを……? な、なぜ……そんな竿役筆頭みたいな顔面のガブリアスを選んだのだ……?」
 竿役筆頭て。失礼にも程があるがリングマさんから見ればそう思うのも仕方はない。まさか極太の根っこを突き立てられるのが俺の方だとは夢にも思わないだろうし。俺も思いたくないし。
「どうして? そんなの決まってるじゃない!」
 ヒメグマ先輩は堂々と小さな胸を張り、すっごいいい顔でリングマさんに止めを刺した。
「カラダの相性がいいからよ!!!」
 ヒメグマ先輩は叫んだ。
「――」
 ヒメグマ先輩のお父様は絶句した。
「――」
 ついでに俺も絶句した。
「だって! ガブリアスくんの上でおっきくて太いソレ(大根)をゴシゴシしてあげると、白くてドロッとしたアレ(大根おろし)がいっぱいどろどろにあふれて! おくちいっぱいにアレ(大根)を含んだらしょっぱくてなんだか気持ちよくなって、幸せなんだもん!!!!」
「なんでそこで代名詞を使うんだよお前!!???!??!」
 ヒメグマ先輩は必死に叫んだ。俺は負けじと必死に叫んだ。大根の事って言ってよマジで。
 とんでもな告白に周囲はざわめき立ち、俺達に向けてなんか生暖かい感じの視線が向けられる。
「ひぃえ゛あ」
 ヒメグマ先輩のお父さんは奇声を上げて気絶した。ごめんなさい。責任は娘さんに取ってもらってください。
「やるなあガブリアスくん。チェリーだってバカにして悪かったよ」
 ムクホーク様が祝福の眼差しを向けてきたので胸毛を毟った。「なんで!?」と叫んでいたが叫びたいのはこっちである。
「バッ……バカバカバカ!!! 何言ってんだお前! 本当にそういう感じになっちゃってるじゃねえか!!!」
「……」
 ヒメグマ先輩は泡を吹いて気絶しているリングマさんに視線を投げ、それから詰め寄る俺に視線を戻した。
「サプライズよ。えへ」
 ヒメグマ先輩はいい顔をした。サプライズで心臓に負荷をかけられる親父さんがなんとも憐れだった。


 その後。
 泡を吐いて目を回したままのリングマさんはサーナイトが運んでくれるということで、俺達は夕食の時間まで部屋で時間をつぶすことになった。
 結局部屋はヒメグマ先輩たっての希望で相部屋のままということになり、今怪しいのは俺の心臓の方である。血の繋がってない異性と相部屋とか、大丈夫なのか俺。大丈夫なのか俺。
「あら、ベッドは一つなのね。まあいいか」
「よくねえよ。俺床で寝るからな」
「えー」
 口を尖らせつつ、部屋に置かれていた茶菓子をぱくつくヒメグマ先輩。頭の中には大根しか詰まっていないくせに、時折本気で思わせぶりな行動をとるのがどうにも童貞の心臓に優しくない。
「聞いてガブリアスくん。これ美味しいわ」
「マジで」
 ヒメグマ先輩に投げ渡されたガラルまんじゅうを食べる。ガラル餡がぎっしり詰まったまんじゅうは甘くておいしい。
「見てガブリアスくん。ベッド超ふわふわよ」
「マジで」
 ベッドに横たわってぼよんぼよん跳ねるヒメグマ先輩に誘われ、俺もぼよんぼよん跳ねた。
「楽しいな」
「でしょ」
 一瞬沈黙。跳ねるのを止めてベッドに横たわる。スプリングのギシギシきしむ音がした。
「あのさ」
「なによ」
「親父さん見つかってよかったな」
 俺がそういうと、ヒメグマ先輩は小さく微笑んだ。
「そうね。ギャグセンス最悪だけど」
「血を感じたな」
「うっさいわね」
 俺達はベッドに横たわったまま、お互いに向かい合った。長旅で思った以上に疲労がたまっていたのか、ふわふわとしたベッドの感触に包まれると猛烈な眠気が襲ってくる。
 異様に瞼が重い。異性と同じベッドで眠るのは倫理的にマズいと理解しながらも、体は血の代わりに鉛が入っているかのように重く、気だるくなってくる。
「ねえ、ガブリアスくん」
 ヒメグマ先輩がころころとこちらに転がってきて、俺の身体にくっついた。
 ヒメグマ先輩のふわふわとした毛の感触と、伝わってくる体温。彼女の、蜂蜜のように甘い香りが鼻を擽った。
「わたしね、あなたのこと、おろし金って呼んだけども。でもあなたのこと、それだけしか思ってない訳じゃないのよ」
 耳元で囁くように告げられた声には、いつもの勝ち気でゴーイングマイウェイなヒメグマ先輩には珍しく、優しい熱が籠っていた。どうにも心臓が高鳴ってしまう。睡魔にふわつく意識の中で、聴覚だけに全神経を集中させた。

「わたしね、ガブリアスくん。貴方のこと――」











「起きて、ガブリアスくん」
 体を激しく揺さぶられ、俺はようやく目を覚ました。いつの間にか窓の外に覗くガラルの空は夜になっている。
「ガブリアスくん、おそよう」
「どもっす……」
 ベッドに転がっていた気だるい身体を起こし、伸びを一つ。どうやらベッドの魔力に誘い込まれ、びっくりするほど爆睡してしまっていたようだ。
 なんだかとてもいい心地だったような気がするが、何があったのか今一つ思い出せない。まあいいか。
「いまサーナイトさんが呼びに来たわ。夕食だから食堂まで来てほしいって」
「もうそんな時間か……」
「ええ。あと部屋で打ちひしがれて泣いてるっぽいパパンもつれてこいって」
「ああ……」
 愛娘のトンデモ告白を受けたパパンは大分精神的に参ってしまっているようで、目を覚ましたのち部屋に引きこもって出てこないという話らしい。サーナイトが相当困っていたようだから、なんというかまあ、惨憺たる光景なんだろうな……。
 俺が付いていくことで逆効果にならなければいいけど、と思いつつ部屋を出て、二人で親父さんルームへと向かう。
「パパン。そろそろお夕食よ、不貞腐れてないで出てきて」
 こんこんとノックの音が廊下に響く。しかし返事はなく、静寂が耳に姦しい。
「……寝てるのか?」
「パパン、イビキが激しいのよね。寝てるならもっとこう、聞こえてくるはずなんだけど……」
 扉に耳を付けて聞き耳を立てていたヒメグマ先輩が、何かに気付いたように首を傾げた。
「どうした?」
「うん……なんか、呻き声のようなものが聞こえるわ」
「呻き声……?」
 促されるまま扉に寄りかかり、耳を澄ましてみる。
 確かに、微かにだが扉の向こうから声が聞こえる。野太い男性の……呻き声、だろうか。
「確かに聞こえるな。……大丈夫なのか、これ」
 ヒメグマ先輩はドアノブをがちゃがちゃ回したが、びくともしない。鍵がかけられているらしい。
「鍵掛かってるな」
「蹴破りましょう」
「いやいや」
 俺は静止したが、何故だかヒメグマ先輩は至極乗り気だった。反動をつけてはぽんぽこドアにぶち当たり、しかしドアはびくともせずにヒメグマ先輩の華奢な身体はころころと廊下を転がった。
「厳しいものがあるわね」
 ヒメグマ先輩は期待に満ちた眼差しで俺を見た。やれ、ということなのだろうか。
「……ドアの修繕費、親父さん持ちで頼むな」
 死ぬほどやりたくなかったが、嫌な予感がするのは事実だった。
 杞憂で済めばいいのだが、と思いつつ、俺は反動をつけてドアをぶち破る。ドアの破砕音が城中に響き渡り、俺は部屋の中の光景を目の当たりにした。
「……な、なんだ、これ」
 俺は思わず息を呑んだ。心臓がばくばくと高鳴り、ひどい耳鳴りがする。
 
 惨状だった。親父さんの部屋はこれでもかというほどに荒らされている。壁には獣の暴れたような爪痕が残り、部屋中の家具はまるで嵐が吹き荒れたかのように散乱していた。
 そして、ちょうど部屋の中央部分に、リングマさんはいた。

「――! パ、パパンッ!」
 俺の隣から部屋を覗き込んだヒメグマ先輩が、血相を変えてリングマさんの元へと走り寄る。
 その様子を、俺はまるでアニメでも見るかのようにぼうっと眺めていた。目の前に広がる光景は、ひどく現実離れしていて、余りにもリアリティに溢れすぎていて、ただの学生である俺にとっては、余りにも慣れないものだった。
 
 リングマさんは部屋の中央に倒れ伏していた。――後頭部から、夥しい量の血を流して。
「うわああっ! な、なんだいこれは!?」
 俺の背後からムクホーク様の情けない声が響く。
「凄い音がしたから見に来てみたら……な、なんだいこれ。キミたちがやったのかい!?」
「そんな訳ないだろ! ……ああクソ、とりあえずサーナイトを呼んできてくれ! できれば他のダイコニスト達も!」
「ヒエーッ! すぐ行きまーすッ!!!」
 俺の怒声に尻を叩かれ、ムクホーク様は泡を喰ったように廊下を駆けだしていった。
「パパン! お願い、何があったの!? 返事をして、パパン!」
 ヒメグマ先輩の絶叫が耳に姦しい。心臓がまだ高鳴っている。まるで意味が分からなくて、苛立ち紛れに壁を叩いた。
 壁に寄りかかって、精神を落ち着ける。
 絶海の孤島、そこに集められた特徴的な人々と来たらまあなんがしかのトラブルはあるだろうし絶好の殺人事件シチュエーションだなと踏んでいたのだが、まさかマジに人死にが出るだなんて思わないだろう。
「……これは」
 リングマさんの足元に転がるのは、べっとりと赤い血が付着した大根。
「何で大根なんだよ……!」
 どう考えても凶器からほど遠い存在だろうに!
 俺は腹の底からやりようのない怒りがこみあげてくるのを感じた。感情が昂り、目尻に熱い涙が浮かぶ。意味が分からない。
「ていうか、ダイコニストってなんなんだよ……!!!」
 そもそもなんで俺はここに居るんだよ。
 ダイコニストって本気で何なんだよ。
 どういうことなんだよマジで。
「なんなんだよ、ダイコニストって――!」




 
 俺が部屋のソファーに腰掛けたまま打ちひしがれていると、ふと、ヒメグマ先輩がぽつりとつぶやいた。
「……ねえ、ガブリアスくんは気付いてるかしら。わたしたちが入るまで、この部屋は密室だったのよ」
 ヒメグマ先輩の言葉に、俺ははっと顔を上げて部屋の全貌を見渡した。俺達が入ってきた扉の外に入り口はない。俺の顔面程の大きさしかない小さな窓にも鍵がかかっており、窓の外は海の一瞥できる断崖だった。
「ねえ、ガブリアスくん」
 ヒメグマ先輩はゆらりと立ち上がり、俺の名前を呼んだ。
 振り向けば、泣き腫らして赤くなったヒメグマ先輩の瞳がある。怒りと悲しみとに小さな身体を震わせながら、彼女は毅然とした表情で口を開いた。
「見つけましょう。パパンを殺した犯人を。わたしたちの手で」
「ヒメグマ先輩……」
 ヒメグマ先輩は二、三歩部屋の中を歩き、それから俺の方を振り返ってこう言った。






「この――密室大根おろし事件の、犯人を!」




……。














「あの」
「なにかしら」
「大根おろし関係なくないですか」
「……」
「……」




















つづく


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  • 前回からの続編ということですが、今回もとても楽しいお話でした。
    振り回されるガブリアス君とカオスながらもどこか愛嬌のあるヒメグマ先輩の関係性がとても好きですね。だだの上下関係というだけでなく、息の合った会話のやり取りが個人的なツボでして……。
    しっかりと前回のお話から様々な伏線を回収して目に見えない繋がりというのもとても感慨深くなりましたね。ヒメグマ先輩とお父さんの間接的な伏線が非常にスコです……。
    そしてもよよ先生らしい文脈の遊び心が存分に詰まって、楽しく書いているんだろうなとひしひしに伝わってきました。
    まだまだ続くようなので、今後も楽しみにしています! -- クロフクロウ
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Last-modified: 2019-09-18 (水) 00:14:29
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