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孤犬の狂宴譚

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以上、代理人こと狐眼の提供でお送りしました(




 これはもしもで始まる物語。故にそれは真実ではなく、虚偽で作られた幻影。しかし、それは確かに存在している。そこに在るのは影ではあるが、映し出されるのは紛れもなくそのものなのだ。そして此度ここに開かれるのは、無数の可能性の内の一つ。紐解かれるその絵画の名は「孤犬の狂宴譚」。さぁ、今宵もまた偽りの楽曲に身を踊らせよう。



 ポケットモンスター。通称ポケモン。それは、この世界に住む不思議な不思議な生き物。ヒトとは姿形が異なり、生まれながらにして様々な能力を持つこの生き物は、歴史にその名がいつ刻まれたのかわからないくらいに昔から、ヒトと共にこの世界で生きてきた。
 ポケモンは、ある時はその生まれ持った力でヒトを救い、ある時はヒトが持ち得た力によって救われてきた。そしてまた、長い時の狭間においてはその逆もまたあったが、その多くは忘却の彼方へと封印され、日の目を浴びることはまずなかった。
そんな長い時を共にしてきたポケモンとヒトは、今や互いが生きていく上では欠かせない存在となっていた。否、なり続けている。それは遠い遠い昔に交わされた約束であり、願いであった。
 
 そして今、ある場所において、ヒトとポケモンとが互いのための営みを始めようとしている。それはヒトがポケモンを気遣い、そしてポケモンがヒトに応えられるようになるために必要なこと。つまり、互いが在り続けるために必要なことであった。




 寒々しい風が吹き抜け、夜の喧騒も届かぬ街の裏路地にその店はあった。

『クローゼット』

 一般的なヒトに合わせているのではなく、それよりも遥かに大きなモノを意識して造られているであろう黒く重々しい扉。そしてその上に打ちつけられている、見る者が見れば、いや、誰が見ても怪しいとしか思えぬ店名が記された看板。それは情報としてはあまりに頼りなく、全てを知るには不十分としか言いようがなかった。
 一体そこは何なのか。中には何があるのか。それは足を踏み入れたことのある者を除けば、嗅ぎとれる者にしかわかりえないことであった。

「今日はどんな子にするの? いつもの子はもういいんでしょう? シエラお姉様」

「そうね、シエル。大きい子は飽きてしまったしね」

「ふふふ。シエラお姉様ったら、本当にすぐに飽きてしまうんだから。――でも、あの子も可愛そうね。お姉様の愛をもう受けられないなんて」

「あら? 私はどの子も愛しているわよ? シエル。――望みさえすれば・・・ね」

「望みさえすれば・・・ねぇ。ふふふ、本当に怖いわ。シエラお姉様」

「うふふ。愛しているわ。シエル」

「私もよ。シエラお姉様」

 怪しげな店の前で、怪しげな微笑みを浮かべ、怪しげに話をしているのは二つの双眸。それは例え漆黒の闇の中でも、ハッキリとそこに在るのだと示す黄色の輝きを備えており、そこには一片の濁りも見いだせはしなかった。また、僅かな月の光に照らされているその黒き毛並は、この深まった夜の中でもなおそうだとわかるほどに黒く、白灰色の部分は、そこに夜空の中心があるのではないかと思わせるような光沢を放っている。その相反する様な、しかし、それ故に調和を生み出す矛盾の美しさを纏ってスラリと伸びている胴体、そしてしなやかではありながらも、確かに力の存在を明らかにしている四肢は、“彼女”達がおよそ一般的な“グラエナ”ではないことを表していた。

「それでは入りましょう。シエラお姉様」

「そうね、今日も楽しみましょう。シエル」

 その言葉を認識しているかのように、彼女達の目の前にあった扉は勝手に開かれていった。そしてその先には、青色の照明によって薄暗く照らされた、まるで血のように赤い絨毯の道が続いていた。そこからは、一度足を踏み入れてしまえば、二度と戻ることはできないような空気と温度が流出しており、まさに異質の世界が、――そう、ごく普通のモノであれば、そこを見ることも、そこに居ることも耐えられないような空間が広がっていた。

――だが、

「うふふ」

「ふふふ」

 かくして扉は閉められ、二つの狂気は在るべき場所へと戻っていった。後には先ほどまでと何も変わらない寒々しい風と、遠い喧騒の残り香がだけが過ぎていき、静かな暗闇が黙して坐していた。


「うふふ、可愛い坊やだこと。ねぇ? シエル」

「そうね。シエラお姉様。小さくてとても可愛い。ふふふ」

 二つの双眸は今、橙色の明光の下、如何にも高級そうな、それでいてゆったりとした絨毯の上にその身を伏せ、互いの間に在る小さな灰色の塊を捉えていた。それは大きさにして、彼女達の数分の一の毛玉。彼女達がその気になれば、簡単に引き裂けてしまえそうな程に華奢な四肢を持った人形。彼女達と同じ色を携えた瞳をもつ、獲物としての恐怖に身を竦ませる一匹の“ポチエナ”。

「い、い、いらっしゃいませ。あ、挨拶が遅れました。ぼ、ボク・・・い、いえ! わ、私は本日お相手をつ、つと、つとめさせて、」

「ふふふ、そんなに怖がらなくてもいいのよ? それに、無理に取り繕わなくても・・・ね。シエラお姉様?」

「ええ、シエル。怯えてくれるのは嬉しいけれど、まだダメよ。うふふ」

「あ、あう・・・」

 “店内”は明るかった。この世界における一般的な店、例えば飲食店や物販店と比べれば、内装と趣旨こそ異なれど、明るさは何らそれらと変わっていることはなかった。――が、それらの大半に“ヒト”が存在するのに対し、ここには“ヒト”はいなかった。

――今日もお美しく                                  ――ありがとう
                   ――うふふ
  ――お腹が空いたの                      ――ただいまお持ち
                        ――どの子が
   ――ダメですよ。ここでは・・・ね
                               ――ご指名いただき
 ――いかがいたしましょうか?
                                   ――すごい・・・もう
 
 およそ一般的な世界では交わされぬ意味をもった言葉が交わされるここは、一部の“ポケモン”にのみ許された場所。――それは『クローゼット』という名の秘密。その中には二つの双眸と怯える子犬のみならず、様々な欲求を抱えたポケモンがいた。

「今日も素敵な毛並みじゃないか」

「また、来て下さいますか?」

「ああん、ダメですってば」

「ふふふ、お代わりはいかがですか?」

 ヒトとポケモンは姿形こそ異なれど、元は一つの存在。ヒトがヒトを求め、それを満たすための店があるならば、ポケモンにもまた同種を求める店がある。そしてここはその中でも特に許された場所。表では許されぬものまで許される場所。時には言葉を、時には温もりを、時には時そのものを。――欲求に果ては無く、しかし、ここには果てなど存在しない。求められれば求められるだけ応える。それが、

「ねぇボウヤ? 可愛い可愛い子犬ちゃん? 私達に貴方の名前を教えてくれない?」

「あ、わ、私は」

「“ボク”でしょう?」

「えっ? で、でも」

「いいのよ。その方が・・・ね? シエル」

「ええ、シエラお姉様。本当に・・・ふふふ」

「あ、あの・・・」

「ああ、ごめんなさいね。――さぁ、“今度”は私達に貴方が応えてね。ボウヤ」

「は、はい。――では、ぼ、ボクの名前は、」

 それは契約。秘密の中で交わされる、決して破棄することのできぬ約束。欲求の歯牙にかけられた子犬は、最初からそうすることしかできない選択をし、明廊の奥へと足を踏み出していく。暗がりの中へと身を投じていく。一つの結果を見せるために。



「シエラお姉様、私、お腹が空いてしまったわ。果物を頼んでもよろしくて?」

「ええ、いいわよ、シエル。マスターからは許されているわ」

「ふふふ、じゃあ・・・ちゃん、私のために取ってくださる? ――そうね、黄色いものがいいわ」

「は、はい」

 サインをしたポチエナは主に言われるがままに、高級そうな皿に切り分けて盛られた色とりどりの果物へと手を、――否、口を伸ばしていく。しかし、それはしてはいけないこと。尽くすモノは尽くされるべきモノの物に触れてはいけない。よって、ポチエナは直接それらを口には咥えず、皿に添えられている、それらに触れることを許されている金属へと口を伸ばしていく。

「あ・・ぐっ、ん・・・」

 握れるのであれば使うのは容易なのに、握れないポチエナにとってそれはひどく難儀なことだった。口の大きさが握られるはずの部分に合っていないわけではない。加える力が作動に足らないわけではない。それが彼にとって難儀なものとしている要因の一つは経験。そう、絶対的な経験の足りなさだった。

「うふふ」

 使いなれない物を咥え、決して潰してはいけない果物を掴み、ふるふると震えながら、まるで赤子のようによちよちと歩いて戻って来るポチエナの姿を、依然として狂気、――いや、狂喜へと至ろうとしている瞳が捉えていた。それに照らされるポチエナの心境とはいかがなものなのだろうか。

――あとちょっと、あとちょっと・・・

―――怖い、怖いよう


―どうしてボクなんだろう?



――――うう、うう・・・


――頑張れ、頑張れ

 全ては他者にはわからないこと。――が、二つの双眸はその理をも破っているかのように、哀れなポチエナの全てを飲み込まんとしていた。
 そう、哀れな子犬は後少しで、何も起こりさえしなければ、無事に、至極真っ当に、初めてにしてはよくやったと褒められてもいいくらいに事を成し得ようとしていた。
 だが、妖艶の先端は、その全てを知ったうえで、そうとしか思わせないような笑みを浮かべて、尽くされるべきモノへと至る道に、そっとその身を忍ばせ・・・

「っ!!!あああっ!!!」

「あらあら」

「落としてしまったの?」

 後少しというところで、不意に伸びてきた柔らかい物体に躓き、ポチエナはその身から成果を離してしまった。その原因は、いくら緊張して、怯えているとはいえ、ポチエナには当然わかっていた。しかし、

「も、も、申し訳ありません!す、すすすぐに代わりを・・・」

 彼にはそれを追求することは許されない。それを望むことすら許されない。尽くすモノと尽くされるべきモノの立場は絶対であり、覆されることの無い理だった。故に、失敗をしてしまったポチエナに対し、尽くされるべき彼女達が何をしてもそれは咎められない。ましてや、表では許されないことが許されるここならばなおさらのこと。そしてまた、それは不足しているポチエナにとっても十分に知っていることであり、目の当たりにしてきたことであった。

「うふふ。いいのよ、代わりなんか。ねぇ? シエル」

「ふふふ。そうね、シエラお姉様」

「あ、あう・・うう・・・」

 ポチエナにはわからなかった。彼女達の変わらぬ笑みが一体何を示しているのか。そして、これから自分がどうなるのかということが。
 しかし、それを知ってなお彼女達は続けない。それを、怯えきっている子犬を見て、もっともっと楽しみたいというかのように、ただその目で見続けるのみ。
 やがてポチエナの四肢の震えはより明らかなものとなり、その身を支えることすら困難になっていた。それはすぐにでもそうなるのではないかという恐怖によるもの。限りなく実現に至る、だが、それを望むことはないという矛盾によるもの。
 すでに尾はその感情のみを表している。その瞳にはその感情だけが映っている。それはどちらにも言えること。動いているのは、停滞しているかのように見える時は確かに刻まれている、それを表すがごとく、

「その口で、咥えてくださるかしら? ・・・ちゃん?」

「ひっ! えっ!? え? え?」

「うふふ。・・・ちゃん。シエルはね、代わりをもってこなくてもいいから、そこに落ちてしまった物を、口で咥えてもってきてくれない? って言ったのよ?」

「くくくくく口ででですか? ででででも、そ、そ、それは禁じられて・・・」

「ふふふ。私がいいって言ったのよ? それとも、ダメ?」

「い、い、いいいいいいえ! す、すぐに、――ん・・・あ、ぐっ」

「そう、そのままこっちに来て・・・そう、そう」

 再び子犬は狂気に導かれるがままに歩みを進めていく。直接その口に、求められているモノを咥えながら、一歩ずつ慎重に進んでいく。自らに禁を破らせるきっかけを与えた狂気の片割れの視線を受けつつ、それを迂回し、今の主に近づいていく。そして、

「ふふふ。ご苦労様」

「ん・・・ぅぅ」

 ポチエナは限界まで顔をあげて自らの成果を主に示す。が、主はそれを見ているばかりで受け取ろうとはしない。そうしている間にも、緊張と恐怖による限界から、ポチエナの口の端からは涎が零れおちてしまいそうになっている。いや、それはすでに透明な糸となって柔らかな床の上へと滴り落ちて・・・

「んっ!!!!」

「うふふ、シエルったら」

 咥えられた成果は確かに果たされた。認められた。その、運んできたモノも含めて。

「あむぅ、んんっ・・・むあっ、ふ・・ふあ」

 狂喜に含まれた果実は今、尽くされるべきモノによって嬲られていた。それは交わされているのではなく、一方的に吸われていた。噛み砕いてしまえば一瞬でそれは終わってしまうのに、熱く粘つくそれはそうすることを許さない。
 尽くすべきモノは逃れられなかった。ただただそれを受け入れることしかできなかった。それは使命故になのか、自らの立場をわきまえてのことなのかはわからない。それを考えることすらできない。絶対的な経験の有無に関わらず、果たすべき成果の意味はどこまでも執拗だった。四肢を突っ張っても、口を離そうとしても、声を上げようとしても、それは一つの情欲に呑まれていく。

「んっ・・・。ふぅ・・・。――ふふふ、とても美味しかったわ。xxxちゃん」

「ふぁ・・・」

「うふふ。ダメよシエル。最初からそんなに激しくしちゃ」

「ごめんなさい。シエラお姉様。あまりにも美味しそうだったから、つい・・・」

「大丈夫? ・・・ちゃん?」

「ふぇ? ふぁ、あ・・・」

 そこにはもう怯えの色は無かった。まどろんでいるかのように力無いその瞳には、もう目の前しか見えていなかった。たった一度のそれは、しかし、小さくてか弱い子犬にとってはあまりにも恐ろしかったそれは、確かに成果を認めていた。

「うふふ。シエルが見せつけるから、今度は私が欲しくなってきたわ」

 尽くされるべきモノは尽くすべきモノを見る。懸命にその体を支えている四肢の内側、始めとは異なった意味で震える体の下、感情を表す尾によって隠されている、秘められたる部位を。

「あら? シエラお姉様は一体何が欲しいの?」

 尽くされたモノは問う。――が、その目は問うべきモノに向けられず、その言葉もまた問うべきモノへと向けられていない。潤った味を取り戻すべく蠢いている熱を隠そうともせず、それは全て一点へと向けられている。

「そうね・・・。私は果物よりも、もっといい物がいいわ」

 尽くすべきモノは答えられない。それが自分に向けられているのだとすら気づいていない。色は褪せることなく残っている。――いや、むしろそれはより濃く、より熱く、より大きくなりつつあった。そしてそれこそが、

「うふふ。喉が渇いちゃった」

 求めの言葉に、求めの目に、尽くされたモノは退く。それは一旦の休息であったかもしれない。ほてりはじめた熱を冷まし、より激しく熱するための、より強く残すための時間。

「・・・ちゃん?」

「・・・は、はい」

 そこには確かに刻まれてはいたが、幾分か取り戻せたモノは応えた。使命を、立場を全うするべく、まだそうすることを考えられることで、確かにそれはまだ尽くすべきモノと足り得ていた。

「貴方は応えてくれるかしら?」

 それはすでに交わされたこと。すでに在ること。決して覆りはしないこと。
 つまりそれは、そこに意味があるとするならば、それは、

「は、はい! せ、せ、精一杯つとめさせて、い、いただきます」

「そう、ありがとう。・・・ちゃん。――じゃあ、私に飲み物をくださる?」

「わ、わかりました。え、えっと、何を?」

 尽くすべきモノは知らない。小さな子犬はわからない。ポチエナは見られない。その返答が、その応えが、二度と引き換えせはしない秘密へと向かうモノなのだということを。

おしまい



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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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