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子供のままじゃいられない(インテレオン♂×エースバーン♀)

/子供のままじゃいられない(インテレオン♂×エースバーン♀)

   ○○○○○○

 この場所に立つといつだって、旅が始まったあの日を思い出す。
 モンスターボールから飛び出したあの時のワクワクで、胸が一杯になる。
 頭上に広がったどこまでも澄んだ青空。さわさわと優しく草花たちを撫でる風。終わりなどなさそうな広い大地。呑気なウールーたちの鳴き声。笑ってるサルノリ。泣いているメッソン。
 自分を見下ろす新米トレーナーだったユウリ。自分と同じワクワクした顔でこちらを指差して、抱いてくれた柔らかな腕の中。そして、自分と同じくらい、熱い、熱い鼓動。
 始まりの場所。スタート地点。そして、故郷……帰ってくるところになった場所。
 この小さな田舎町の、小さな家の庭先の、小さな小さなバトルスタジアムで、全部が始まったあの瞬間。
 その時に感じていた燃えるような胸の高鳴りを、忘れたことは一度もない。



   子供のままじゃいられない
                                  作:まこる



○○○エースバーン○○○ 


「エース! かえんボールよ!」
 主人であるユウリの声が届いたその瞬間、エースバーンは両脚に炎を纏わせて強力な炎の塊を目の前の相手に向かって蹴り出した。だがーー。
「インテレオン! ねらいうちだ!」
 遠くから聞こえたその声と同時に、渾身の一撃は虚しく空中で霧散する。
『その技が僕に有効だとでも思ったの? エースバーン!』
 霧となったかえんボールの向こうから、挑発する声が聞こえてくる。その白い空気の先にうっすらと浮かび上がっているのは、背の高くスラッとした細い体躯。穏やかに流れる川の水面にふと走る波のように、美しい流線型を象ったみずポケモンの姿。しかしエースバーンは知っていた。あの華奢な体の中に秘められた膨大なエネルギーを。
『くっそー! 今のは自信あったのにー!』
『今度はこちらの番だよ!』
 その声の直後。雲を突き破るようにして水の弾丸が飛んでくる。
 反射的に、全身の筋肉が爆発したように熱くなった。
 地面を蹴り、身を屈める。その瞬間、頭上を水の弾丸が通過して弾けた。そしてーー。
「ニトロチャージ!」
 その指示が出るやいなや、エースバーンは猛烈なスピードで相手に向かっていった。
 もちろん、ユウリからどんな言葉が出るかなど、事前に分かっていた。
 最高のパートナー。それが、共通する互いへの意識、想いだった。その気持ちは伊達じゃない。
 この場所で旅が始まった瞬間から、彼女たちは人とポケモンとの絆という関係を超えたところにいるのだという自負があった。まさしく、一心同体だ。
 だから、このエキシビションマッチとも言えないような、ただのお遊びの草試合であろうと、互いに負ける気などサラサラないことは百も承知だった。あの日のチャンピオン戦と同じくらい、本気だ。
「いけー! エース!」
 ユウリの声が、耳に届くというより、頭の中で響く。
 霧を抜けた。目の前に、生涯のライバルが現れる。
『喰らえ! インテレオン!』
 飛び上がる。インテレオンは目を大きく開き、予想以上の自分のスピードに驚いているようだ。へへ、どうやら何もできないようだな! と思わずエースバーンは心の中で笑った。
 炎がインテレオンを襲う。
 刹那、ニヤリ、とインテレオンが笑った。気のせい、ではない。目の前で攻撃体制にある彼女をみて、ハッキリと笑ったのだ。
 その瞬間、エースバーンはこの試合で初めて、ヒヤリとした水のようなものが体の中に走るのを感じた。
『今日は絶対に負けたくなかったんだ、エースバーン』
 技が、インテレオンを捉えたように見えた。しかし、感触はない。彼は目の前にいない。
『僕の勝ちだ』
 頭に、ガツンと重たい一撃を喰らった。視界の端に、軽やかに走る尻尾が映る。
 気がつけば、太陽が真下にあって、地面が空にあって……体が打ち付けられる感触があった。
 ふいうち、だ。
 くそ、こんな初歩的な戦略にまんまと引っかかるなんて!
 一瞬、目の前が真っ白になる。が、すぐに意識を取り戻す。この程度のダメージ、どうってことない。まだ、全然いける!
 しかし、元チャンピオン、ダンデ選りすぐりのポケモンにはその一瞬の隙で十分だった。
『バン!』
 立ち上がろうとした瞬間、目の前に、インテレオンの細長い指が突きつけられた。認めざる得なかった。この距離で「ねらいうち」は、さすがにかわせない。相性も良くないから、喰らって立っていられるとも思えない。
 バトル中は止まっているように感じていた時間が、牧草の青臭い匂いを運ぶ風によってゆっくりと浚われていく。
 気がつけば、彼女は叫んでいた。
『クッソー! 負けたー!』
 トサッと地面に仰向けに体を投げ出して、燦々と降り注ぐ日の光の下でエースバーンは地面を叩いた。土埃で真っ白な毛皮が汚れていくが、気にしない。
『僕がどれだけ君の研究をしてると思ってるのさ。僕もオスなんだし、やられっぱなしじゃいられないよ』
『ちぇー。まだまだオレもレベルアップしなきゃな!』
 女の子にしては男勝りな言葉を、エースバーンは心底悔しそうに吐き出す。
『僕も、まだまだ強くならなきゃ』
 彼女に向けて水の弾丸を構えていたインテレオンの指先は、いつの間にか相手を起こす大きな手に変わっていた。健闘を称える紳士のような手つきだ。エースバーンは素直にその手を握って体を起こした。
『それにしても、エースバーンはどんなバトルでも手加減なしだね。スタジアムでの戦いを思い出したよ』
『あったりまえだろ! バトルはいつだって全力投球! だって負けたくねーもん!』
『変わらないね、エースバーンは。ヒバニーの頃からさ』
 そう言って、インテレオンは笑う。
 進化して、いつの間にか高く、そしてカッコいい大人になった体で自分を見下ろしながら、楽しそうに。目を細めて、優しく。
 その時、エースバーンはふと、自分の胸がドキリと熱くなるのを感じた。
 思わず、彼から目をそらしてしまう。
『インテレオンはさ、変わったよな』
『え?』
 ふと呟くような彼女の声に、インテレオンはキョトンとした。その表情に少しの悲しげな色が混じるののに気づいて、エースバーンは慌てて首を振る。
『悪い意味じゃなくてな! 泣き虫じゃなくなったし、強くなったし、その……あと、カッコよくなったよな。違うよな、全然! メッソンだった頃とさ!』
 そして、エースバーンは顔を上げて、はにかんだ。
 それが取り繕うような笑顔であることは自分で察せた。けどなぜ素直な笑顔を向けれないのか、彼女は分からない。頰に集まるほんのりとした、炎とは違う温かさもまるで理解できない。まっすぐインテレオンを見つめるのが、なんだか、少し恥ずかしいような……。
 しかしそんな彼女を見て、インテレオンも微笑んだ。
『じゃあ、訂正するよ。君だって、色々と変わった』
 その言葉に思わず、耳がピンと跳ねる。
『お!? どんなところが?』
『エースバーンも、ずっとずっと強くなったし、カッコよくなったし、それに……』
 言葉を少し詰まらせると、インテレオンはエースバーンが幾度も見てきた、彼らしい、優しくて、安心できる微笑みを浮かべた。それはまるで心を包み隠す術を知らないかのような、進化してもどこか少年のような面影を残す彼がよくする仕草だった。
 底を覗ける湖のように澄んだ瞳が揺れる時、決まって彼は自分が喜ぶことを言う。
『それに……なんだよ、インテレオン! 教えてくれよ!』
 少し前の妙な気恥ずかしさなんか忘れて、エースバーンは思わず詰め寄った。
『あ、いや、その……』
 跳ねるように近づいてくる彼女に、インテレオンは思わず後ずさりするがーー。
『なんだよー! そこまで言ったんだから、いいだろって。なあなあ、聞きたい!』
『う、うん……』
 御構い無しに距離を詰めてくるエースバーンに、彼は抵抗する術などなかった。

○○○インテレオン○○○ 


 インテレオンは鼓動が高鳴っていくのを感じていた。
 折れた。折れたが、だからといって口に出す羞恥心がなくなったわけではない。こんなことになるのなら、さりげなく言ってしまってればよかった。そう後悔しても遅い。彼女の不可思議な期待の眼差しが痛い。
 故に口ごもり、目線を地面に向けるが、エースバーンは無理やり視界の中心に入ってこようとピョンピョン動き回り、容赦無くインテレオンを攻め立てる。
『ねえってば!』
『エースバーン……そんな大したことじゃないよ』
『大したことじゃないなら言えるだろって! なあなあ、なに? なに?』
 自分でも、なぜこんなにドキドキするのか分からない。もし今ほのおタイプの技を受ければ、体の内側の沸騰しそうな熱も加わって、水分が全部蒸発しそうだ。
 そんなことを思っていると、耳元で突然、声がした。
『インテレオンー?』
『うぐ……!?』
 気がつけば、目の前にエースバーンの顔があった。鼻先と鼻先が触れ合ってしまいそうなほどの距離に、だ。ヒクヒクと、ヒバニーの頃から変わらない癖で動く鼻が見える。インテレオンを捉えて離さない大きな瞳も。
 あまりにも、近くにエースバーンがいた。
 湧き上がる熱と裏腹に、凍ったように動けなくなる体。喉が渇き、胸が高鳴る。心臓を締め付ける衝動があり、本能のままに、動き出したい体がいる。そしてそんな欲望を忌避して必死に戦う理性がある。もちろん、どちらの味方をすべきかは議論するまでもない。
 ようやく、インテレオンは喉の奥から声を絞り出した。
『そ、その……とても、可愛くなったって。そう言おうとしたんだ』
『へ?』
 今度は、エースバーンがキョトンとする番だった。
 同時に、少し冷たい空気を肺に取り込んだインテレオンはようやく体を動かせるようになり、急いで2、3歩後ずさった。
 そんな彼の様子を不審にも思わず、エースバーンは彼の言葉を聞いて、徐々に、本当に可笑しそうに笑い出した。
『あははは! 散々焦らして何を言うのかと思ったら、なんだそれ! いきなりなに言ってるんだよ? こんな、オスっぽいメスになんかさー! まるで人間のファンみたいなこと言うんだな?』
 その様子に、柔らかな葉っぱの先が胸のどこかをチクリと刺すような感覚がしたが、むしろいつも通りのエースバーンに安心して、体の熱がすうっと引いていくのを感じられた。助かった、とインテレオンは安堵する。
『ほら、だから大したことじゃないって言ったでしょ』
 楽しそうに笑うエースバーン。そんな彼女を見て微笑む自分。いつもの光景。いつもと何も変化がない、自分たちらしい日常の姿。
 居心地の良さを感じる、爽やかな空気がこの場を包み込んでいる。ずっと浸っていたい、ずっと手放したくない、かけがえのない時間が流れていく。
 しかし、それが叶わない夢であることをインテレオンは知っていた。
 一見変わらないように見える時間は、刻一刻と何もかもを移り替えていくのだ。生まれ、成長し、そして死んでいく定めが決まっている者たちに、その容赦ない力に抗う術はない。人も、ポケモンも……。できることといえばせいぜい、先の分からない未知の領域に踏み出すことに、恐れない心を育むことだろう。
 だがそんな立派なポケモンになれたとは、インテレオンは微塵も思えないでいた。
『メッソンだった頃に戻れたらな……』
『え? 何か言った、インテレオン?』
『いや、なんでもないよ』
 泣くことを忘れて手に入れた笑顔は、時に胸の中をギュッと締め付ける。
「あなたたちおしゃべりは終わったー? ホップがカレー作ってくれたって言うからお昼にするよー!」
『お、やったー! カレーカレー!』
 声のした方を向くと、エースバーンのトレーナーであるユウリが手を振ってこちらを呼んでいた。その横には、インテレオンのトレーナー、ダンデの姿もある。どうやら、2体がわちゃわちゃしている間に、バトルを終えた彼らもおしゃべりを楽しんでいたらしい。
「おーい、インテレオン! 向こうで弟たちとゴリランダーがお待ちかねだぞ! せっかくの休暇なんだ。たまにはバトルを忘れてたらふく食おうぜ!」
 その言葉に、インテレオンは落ち着いて頷いた。
 確かに、どこからかカレーのいい香りが漂ってくる。ぐうっと、腹が鳴りそうであった。
 ぐうっ。
 隣からも、そんな音がした。
『うー我慢できなーい!』
「あ、ちょっとエース!」
 いきなりエースバーンは走り出し、その後をユウリは慌てて追いかけていく。彼女たちはインテレオンのことを見向きもせず、さっさとキャンプをしている場所へダッシュしていった。
 まあ、いつものことか……。
 そう思って、インテレオンはダンデに近づいていった。むやみやたらとトレーナーから離れないことにしているのは、メッソンの頃からの性分であった。
「インテレオン」
 ふと、ダンデが話しかけてくる。トレーナーであり、主人と深く慕う彼は、若者たちのカレーキャンプに向かうことはせず、ただジッと、真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「エースバーンに勝ったな」
『……はい』
 所詮意味の伝わらぬポケモンの鳴き声であるが、これくらいの意思は伝わる。
「今日のお前からは男の意地がビンビン伝わってきたぜ。覚悟はできてるんだな?」
 その言葉に、インテレオンは視線を逸らした。けど、そのくらいの反応は想定内だったらしく、ダンデはいきなり彼の細い体をバンと叩いた。全く油断していたためよろけてしまい、素っ頓狂な鳴き声が出る。ヒリヒリと痛むくらいの強さだった。
「大丈夫さ。お前ならきちんとやり遂げられる。俺はお前を信じてるぞ!」
 そう言うダンデの微笑みは、元チャンピオンの貫禄を示すほどの、自信と力強さに満ちた笑みだった。
 この顔を見るたびインテレオンは、自分がこの人間の手持ちポケモンとしてバトルを繰り返す日々が信じられなくなるのだったが、同時に、自分自身を信じてみようと言う気持ちにもなる。そんな気持ちにさせてくれたダンデには、何度助けられたか分からない。
 ただ、今日ばかりは余りにも特殊すぎる。
 経験がないのに、全てが自分の手に委ねられているのだ。誰にも、頼ることは望めない。
 インテレオンは頭が痛かった。
 確固たる意志と決意を持って行動し、ここに至ったはずなのに、ただの勢いで来たような感じがして、考える気力が湧かなかった。
 果たして、一体どうすればいいといいうのか。
 今夜、エースバーンと一夜の関係を持ち、あまつさえタマゴを作るなんて。
「よし、俺たちもカレーを食うぞ! インテレオンはたらふく食べておけよ、ははは!」
 颯爽と歩いていくダンデの背中を見ながら、インテレオンはため息をついた。
 メッソンだった頃と比べて、少なからず自分に自信があるのは、そこにトレーナーがいて、道を示してくれていたからである。バトルも、日常生活も。独りでない、ということが何よりも自分を安心させてくれる揺り籠だった。
 だが色恋沙汰はそうはいかない。
 自分がエースバーンに好意を寄せているという自覚は誰に指示されることなく持っていたものであり、本来、それはトレーナーの意思を介在しない、手持ちポケモンのわがままとして排除されるはずだった。この気持ちはあくまで胸の内に秘めておくもので、同じパーティならまだしも、他人であるトレーナーのポケモンに恋心を抱くなど、バトルを生業とする人間にとって迷惑でしかないからだ。
 しかしダンデは、利害の一致があったからこそ、こうして協力する姿勢を示してくれた事情がある。だから、あとは全て、自分の責任でこなしていかなければならない。とはいえーー。
『もし、告白を受け入れてもらっても……いきなり交尾なんて持ちかけてもいいものなのか……』
 ここまで、時間が無慈悲に進むことを恨んだ日はなかったかもしれない。こうして互いに大人の体になってしまったことへの後悔すらある。そういう関係に至りたいと望む自分への憤りさえ……。
 考えれば考えるほど、悲しく、そして憂鬱になる。
 インテレオンはずしっと肩にかかる岩のような重みを確かに感じながら、ゆっくりヒタヒタと仲間たちの集まる場所へと歩いていった。
 香ばしいカレーの香りが草原の匂いと混ざり、雲はそんな平和に流れる時間を羨ましく眺めるようにノロノロと、青空の中を飛んでいた。

○○○ユウリ○○○ [#2A9pOJW] 


 ダンデからユウリへ連絡が来たのは、今から2週間前のことだった。
 言われた通りにエンジンシティにやって来たユウリは、ポケモンを全てポケモンセンターに預け、ホテルのラウンジに向かい、ダンデと向かい合っていた。ダンデの傍らには、インテレオンがボールから出て立っていた。ヒバニーやサルノリと同じタイミングで旅を始め、チャンピオンダンデの名に恥じぬ立派な成長を遂げ、自分たちと熱いバトルを繰り広げたポケモンだ。
 もちろん進化したエースバーンや、ホップのゴリランダーも含め、インテレオンたち3体は特別な絆で結ばれているらしく、生涯の良きライバルとして互いを認め合っているようだった。そもそもトレーナーたちの家が近いのだから、もはや、家族のようでさえある。
 ただ一方で、ユウリは、その素晴らしい関係性はこれで完成であり、これ以上発展することはないと思っていた。のだがーー。
「エースにタマゴを産んでほしい!?」
「ユウリ、声が大きい!」
 思わず立ち上がっていたユウリは、恥ずかしげに周りを見回してゆっくりと席に座りなおした。周囲からチラホラと視線を感じるが、おそらくチャンピオンと元チャンピオンの不可思議な迎合に興味を持っているだけらしかった。
 ユウリはテーブルの上のオレンの実ジュースをグイッと飲み干してから、いくらか心を落ち着けて再びダンデを正視した。氷がカランと音を立てる。背中にじんわりと汗をかいていた。
「それで、一体どういうことなんですか、ダンデさん」
「驚くのも無理はない。説明させてもらうよ」
 ユウリは隣にいるインテレオンをちらっと見たが、彼は微動だにしない。
「ヒバニー、サルノリ、そしてメッソンは野生ではなかなか出会えないポケモンだということはわかるね?」
 ユウリは頷く。
「でも俺は、君とホップに最初の一体として彼らを連れてきた。でも冷静に考えてみてほしい。野生でなかなか出会えないこの3体のポケモンを、俺がガラル中を探し回って捕まえてきたと思うか?」
 しばしの沈黙の後、ユウリは首を振った。
 野生云々の前に、ダンデはありえないほどの方向音痴なのだ。そんな芸当ができるとはとてもじゃないが思えない。
「……なんか、失礼な方向から納得された気がするが、まあ、とにかくその通りだ。俺は3体を譲り受けたんだ。エースバーン、ゴリランダー、インテレオンを手持ちに持つガラルのトレーナーからな。そして肝心なことなんだが、そのトレーナーたちも、ユウリたちのように3体のどれかを譲り受けた人たちなんだ」
 ユウリは目を見開いて驚いた。
 野生ではなく、そんな風に受け継がれていくポケモンがいるなんて考えたこともなかった。
 そんな思いを汲み取ってか、ダンデが意味深に頷いた。
「ユウリたちに与えた最初のこの3体は、始まりのパートナーとして、限られたトレーナーにだけ渡される3体なんだ。それは彼らが、未知の旅へと旅立つトレーナーの相棒として最もふさわしい心を、潜在的に兼ね備えていると見られているからだ」
「心ですか……?」
「冒険心さ!」
 ダンデは両手を大きく広げて楽しそうに笑った。
「初めてがたくさんの新米トレーナーと同じように、タマゴから生まれたばかりで世界をまだ何も知らない彼らは、ワクワクして、ドキドキして、突き進んでいけるポケモンなのさ! パートナーと一緒に、どこまでも! そして成長する! 誰もが想像できないくらいに! そう、例えばーー」
 ダンデはビシッとユウリを指差した。
「チャンピオンを倒すほどにね!」
 ストンと、ユウリは全てが腑に落ちた。
 なるほど。私とホップに最初に与えられた彼らは、タマゴから生まれたばかりの、私たちと同じ気持ちのポケモンだったわけだ。
 あの頃の、未知の旅路に憧れていた心は今も忘れていない。
 野生ではなく、旅を続けるトレーナー同士の繋がりから生まれ、そして次の世代へ託されていくポケモン。旅の最初のパートナーとして、それほどまでふさわしい存在はいないだろう。別に野生のポケモンが相応しくないというわけじゃない。野生を捕まえて旅を始めるトレーナーはたくさんいる。むしろそっちの方が普通だ。
 ふと、ユウリにある疑問が浮かぶ。
「ダンデさんは、どうしてヒバニーを私たちに? どうしてそんな……特別な繋がりで生まれてくるポケモンを託してくれたんですか?」
 初めてヒバニーに会った瞬間、ユウリは運命を感じた。この出会いは偶然ではない。私たちは会うべくしてあったのだ、と。旅が進むほどに絆が深まった彼女たちはその思いを実感していった。無粋かも知れないが、もしそこに理由があったのなら、知りたかった。
 だがダンデは不思議にそうに眉をあげると、なんてことない、とでも言いたげに口角を上げた。それはホップにとてもそっくりな表情で、ああそうか、この人はホップの兄なのだと不意に思い出す。
「深い理由はないさ。そこに縁があったからだ」
「……えん?」
「偶然というのは、不思議とつながるものさ。俺がヒトカゲと出会えたように。ユウリがホップの良い友達であり、良いライバルでいてくれたからこそ、俺は君と出会い、君はヒバニーと出会った。それだけの話さ」
 そう言ってダンデは笑った。
 偶然。簡単に表せばそう説明できるのに、ダンデは人と人の繋がりを表面的ではなく、もっと深いところで感じ取っている。それこそ、運命であると。
 つられて、ユウリも笑っていた。
 やはり何かと無茶苦茶な人だ。けど、ガラルで今もたくさんのファンが憧れるように、素敵な人なのだ。
「それで、ユウリ。本題だ。君のエースバーンにも、その繋がりを繋ぐのを手伝って欲しいんだ」
 不意に真剣な顔を向けられ、反射的にユウリの顔はこわばる。
 残念ながらそれとこれとでは話が違った。
 確かに、エースバーンから生まれたヒバニーが、チャンピオンを夢見るどこかの子供に出会い、旅を始め、そしていつか、そんな彼らに自分たちが出会えるのかもしれないと考えると、それは途方もなく素敵なことのように思えた。しかし、それはトレーナー同士が単に知り合っていくような繋がりとは異なり、ポケモンにとって直接命の繋がりをつなげていくことに他ならない。つまりそれには、相手がいるというわけでーー。
「もちろん、断ってくれても構わない」
 その言葉で、ユウリはどこかホッとした。あのエースバーンが、ということを考えるとどうにも……そういうことは想像できなかったからだ。
「ダンデさん、お気持ちは分かりますし、とても素敵なことだとは思うんですけど……」
「やっぱり、そう思うよなあ」
 少し困ったように目を細めるダンデに向かって、ユウリは頷く。
「第一、エースの気持ちが分からないので。その……多分、彼女はそんなこと考えたこともないだろうし、見知らぬポケモンと、まあ……そういうことをしてと頼むなんて、できません」
「君の手持ちの、同じタマゴグループのポケモンでもいいんだよ」
「同じことです。私のポケモンたちは、その……特別な関係ではあるけど、エースとそんな関係になろうと望む子はいないです」
「そうか」
 カランと再びグラスが鳴った。ダンデの前に置かれたコーヒーは、もう湯気も出ていない。潮時だろう、とユウリは感じ取り立ち上がろうとした。その時、ユウリ、と呼び止められーー。
「じゃあ、うちのインテレオンにチャンスをくれないか」
 ダンデが言った。
「チャンス?」
 大仰に彼は頷く。
「この話を、ホップのゴリランダーと、うちのインテレオンにもしたんだ」
 ユウリはインテレオンを見やった。少しだけ、瞳が凪いだ湖のように揺れていた。
「君のエースバーンと違うのは、彼らはオスだということだ」
「……はあ」
 話の先が見えてこない。
「彼らは必ず、誰かと交わらなければいけない」
「え!?」
 ドキリ、と心臓の音が聞こえた。
「どうして?」
「……そういう決まりだから、としか説明できないな」
 ダンデは力なく首を振った。
「オスは、メスと比べて身体的な負担は少ない。それに一度だけの協力でも構わないんだ。だから数分の我慢でいい。だからかな」
「でも、同族じゃなきゃタマゴから生まれるのは……」
「その通り。俺の手持ちにメスのインテレオンなんかいない。だから、優秀なブリーダーが育ててるメタモンに協力してもらうのさ」
「そんな……!」
 幾ら何でも、それはあんまりだと思った。オスに無理やり強いて、タマゴを生産するというのか。驚きとともに、先ほどまで素敵に思えていたトレーナー同士の「繋がりの輪」が途端に希薄なものに見えた。ポケモンをゲームのように厳選する悪質なトレーナーのように、ポケモンを道具のように扱って、タマゴを産ませるなんて……!
「気持ちはわかる。仕組みを知った時、正直、俺もどうなのかと悩んだよ。けど、ユウリと同じで、メスのポケモンを持つトレーナーは大体断るんだ。けど、彼らを君たちの元へ届けた俺だからこそ言える。旅を始める子供たちがいる限り、この繋がりは絶つべきじゃないんだ。ユウリには分かるんじゃないか?」
 脳裏に、ヒバニーとの、ラビフットとの、そしてエースバーンとの旅路が蘇る。
 そしてそこから繋がっていく誰かの、素晴らしい冒険へも……。
 この繋がりに、果たして不幸なものはいるだろうか? 泣くものはいるだろうか? いや、いないだろう。モヤモヤが頭に渦巻く。仮に感情的に反対して、どうなる? ヒバニーたち3体のポケモンを生むな、とでもいうのか。まさか。彼らとの旅を心待ちにしている子供たちの夢を奪うことは、誰にも許されない。
 しかし、ポケモンにとっては、自分の子供を作るという行為なのだ。本当に、人間のように納得できているのだろうか。
 黙っていればいいじゃないか。うちのエースには関係がないのだから。そんな考えが頭を支配し、ユウリは自分に呆れるように頭を振った。
 けど、本当に、こんなやり方しかないというの? いくらオスとはいえ、そういう行為は、好きな子としたいと思ーー。
 ふと、ピリッと脳裏に電気のようなものが走り、反射的にユウリは顔を上げた。
「あの、ダンデさん」
「なんだい?」
「その、インテレオンへのチャンスって……」
 ダンデはほんの少しだけ微笑みを浮かべて、頷いた。
「そういうことだ」
 ウォレンと、インテレオンの鳴き声がしてユウリは彼の方を見たが、当の本人はまっすぐ立ってどこか遠くを見ていた。しかし、顔がほんのりと赤い。必死に、ユウリと、ダンデの顔も見ないようにしている。
「こいつは、君のエースバーンに恋をしているんだ」


 とはいえ、いくらなんでも展開が早すぎるとユウリは思っていた。
 ウールーたちの牧場に沈んでいく夕日を背景に、庭先で遊ぶエースバーンたちやホップ、ダンデのポケモンたちを眺めながら彼女は憂鬱そうにため息をついた。それに気がつくのは誰もいない。一人だけ、この休暇の真の目的に未だに頭を悩ませているわけだが、相談できる人も愚痴を聞かせられるポケモンもいない。
 ガラルの英雄たちの凱旋でにわかに賑やかになったハロンタウンで、自分だけが重たい荷物を背負わされているみたいだった。反対に、ダンデはそうでもないらしい。むしろ実家に帰省し、久しぶりに家族に会えたことを心底喜び、足取りは羽が跳ねたように軽やか。インテレオンのことはまるで心配していないらしい。正直、いつもと変わらない振る舞いの当のインテレオンもよく分からないが、彼もトレーナーと同じ心理なのだろうか。
 これが、オスなのだろうか。
 ユウリはまたため息をついてしまう。
 何か温かい飲み物でも飲もうかと腰をあげると、同じパーティのパルスワンやホップのバイウールーと遊ぶエースバーンと目があった。
『おーいユウリー! ユウリも遊ぼうぜー!』
 元気よく手を振る彼女に、ユウリは控えめに手を振り返すだけだ。あの鳴き声は多分、遊んで欲しがっているのだろうが、今彼女の近くに行くと変に勘付かれてしまう気がした。だから、彼女の気持ちが分からない振りをする。
 バレるだろうか。きっとバレてしまうだろう。何せ、私たちは一心同体のパートナーなのだ。余計な心配をかけてしまったかもしれない。けど、そうする以外に何も思いつかないのだ。
 家の中に入ると、あの日のダンデの言葉が蘇ってきた。

『何もユウリに、インテレオンがエースバーンとそういうことをする許可をもらおうとしてるんじゃない。人と同じで、ポケモンだって恋路は自由ははずだ。トレーナーといえども無闇に邪魔していいはずはない。そうだろ?』
 あの日渋々頷いたユウリに、ダンデは続けた。
『ただ俺は、インテレオンに告白するタイミングを与えて欲しいだけなんだ。それに協力して欲しい。もちろん、その先は彼らの時間だ。俺たちは素知らぬ顔で眠っていればいい。何があっても』
『告白が成功するとは限らないんじゃないですか? その時は?』
 少し意地悪なことを言ってしまったと思ったが、ダンデはキョトンとするだけだった。
『ユウリ。君のエースバーンはインテレオンをどう思っていると感じるんだ?』
 言葉に詰まった。だがそれは、ダンデにとって望み通りの答えであったらしい。
『ポケモンたちの恋に、トレーナーが口を挟む権利はないよ。インテレオンは、メタモンではなく、エースバーンとのタマゴを望んでるんだ。きっと強くて可愛いヒバニーが生まれる。素晴らしいじゃないか。ユウリ、君は何がそんなに嫌なんだ?』

 嫌なわけがない。そう思うはずなのに、心に残るわだかまりの原因が未だに分からない。
 窓から差し込むオレンジ色の光の中から、楽しそうに笑うホップたちの声が聞こえる。
 柄にもなく飲むコーヒーの苦味が舌を焦がすようだった。大人の味だ。
 エースバーンは、インテレオンのことが好きだ。そのこと自体は見ていて分かる。けど彼女は、その自身の気持ちに気づいていない。愛する、という感情をまるで知らない子供のように。
 それを理解しているのは、ただ一人、トレーナーであるユウリだけだった。
 ならばいっそのこと、インテレオンに告白されてしまうことも手だと感じる。意識すれば、自分の恋心も認識できるだろう。
 けどどうして、素直に応援できないのか。
「分かりました。インテレオンが、バトルでエースバーンに勝てたら、告白する手伝いをします」
 あの日咄嗟に言った言葉は今でも気まずい。
 ダンデは、「男を見せろってわけだな! さすがチャンピオンのポケモンだ。そりゃそうだ。インテレオン、頑張れよ!」と楽しそうに笑ってインテレオンの背中をバンバン叩いていたけど。
「おい、ユウリ。どうしたんだ?」
「ふえ!? あ、あっつい!」
 突然そのダンデの声がしたことに驚いて、ユウリはその拍子に手を震わせコーヒーを少し零してしまった。
「おいおい、なにやってんだよー」
 ケラケラと笑う声の方を見ると、リビングの窓から靴を脱いで上がってきていたホップがいた。ダンデの声に聞こえたのは幻聴だ。変なところを見られたせいか、頰に熱が集まるのを感じた。
「ど、どうしたのよ急に! ポケモンたちと遊んでるんじゃなかったの?」
「んー? まあ、確かにエースバーンたちと遊んでたんだけどさ」
 そう言って両手を頭の後ろで組む。彼が昔っからよくする仕草だ。博士を目指してから、ぐんと背が伸びて、声も大人びてきたけど、妙に子供っぽいそのホップらしさは少しも変わらない。
「エースバーンが、ユウリのとこに行ってくれって」
「え?」
「よくわかんねーけどさ、ユウリ、なんかエースバーンに心配されてたぞ? どうかしたのか?」
 その言葉に、ユウリは目を丸くしていた。
 エースバーンに心配されるかもとは考えていたが、そこでどうしてホップを呼んだのだろう?
「別に、なにも、どうもしてないよ」
「そうか?」
「うん」
 ふと、ユウリはゴリランダーのことを訊ねようかと思った。彼もダンデからタマゴを作るように言われたはずだ。だが……その話題を出すのはなんだか恥ずかしい。必然的に、エースバーンの話にもなるだろう。
「なんだ、そうか」
 それっきり、二人は黙った。
 時計の時を刻む小さな音がリビングに響いている。庭先で遊ぶポケモンたちの声がする。その声の間を縫って、牧場のウールーたちの和やかな、眠たそうな鳴き声がどこかからか運ばれてくる。
 耳を傾けているわけじゃないのに、今二人で立つこの場所のあらゆる音が聞こえてきていた。不思議なくらいに。
「ねえ」
「あのさ」
 声が被って、二人、気まずそうに笑った。
「なに?」
「いや、ユウリから言ってくれよ」
「いいわよ、大したことじゃないもん」
「俺だって、別に。ユウリよりくだらないことだぞ」
「私は別にくだらないことを言おうとしてたわけじゃないんですけど!」
「あ、わりーわりー!」
 気がつけば、ホップの声しか聞こえない。
「あのさ、ユウリとエースバーンって凄いよな」
「え? どうしたの急に?」
 ホップはいつもと変わらない、キラキラと輝く瞳でユウリを見つめていた。
「昔から、ずっと思ってたんだ。ライバルとして、最初に、俺の家の庭でバトルした時から。もちろん、負けるつもりはこれっぽっちもなかったけどさ。それでも、ただ、すげえって思ったんだ。ユウリたちは、最初から、そして今でも、エースバーンと一心同体のパートナーだよ。今も昔も、変わらない、憧れだ」
 言ってから、彼は慌てたように両手を振る。
「もちろん、兄貴の次にだぞ!」
「ホップはタイプ相性もよく分かってなかったもんね」
「う、うるさいなー! それを言っちゃダメだぞ、ユウリ」
 不意におかしくなって、ユウリは思いっきり笑った。つられるように、ホップも照れ臭そうに笑う。
 ユウリは、背負っていた重荷があったことを忘れたように、声を上げて大笑いし、そしてホップを見た。
 昔から変わらない、いつまでも少年の面影を残すホップのその優しい顔。チャンピオンを目指して、それぞれの道を歩み、激突して、一緒に戦って、ひと回りもふた回りも成長したはずなのに、そこには変わらない、自分だけが知っている彼の姿がある。
 それでも少しだけ、ホップは確かに大人になった。夢を見つけて、また歩き続ける道を見つけて、未来を見つけた。
 変わらないもの。変わったもの。ホップはゆっくりと、けど残酷に流れていく時間にちゃんと寄り添って、ホップのまま、子供から、大人へと、ちゃんと迷わずに道を歩けているのだ。
「……私は、ちゃんと大人になれてるのかな?」
「ん? なんか言ったか、ユウリ?」
「ううん。なんでもない」
「そういえば、ユウリはさっきなにを言おうとしてたんだ?」
「それも、なんでもない。なんだかスッキリしちゃった」
「……まだ俺ら、外で遊んでるからさ、ユウリも気が向いたらこいよ! 久しぶりにバトルもしたいぞ。研究の手伝いばかりじゃゴリランダーも退屈だからな!」
「うん、いくよ」
 そう言うと、ホップは無邪気にまた外へ出ていった。
 ユウリはコーヒーを淹れたカップを両手で包み込み、その温かさが、胸の中に生じていた温もりとじんわり溶け合っていく感覚を目を瞑って受け入れた。
 ユウリは思う。
 私は、夢を叶えた。チャンピオンになった。けど、大人にはなれているのだろうか。
 思わず、自嘲してしまう。多分、私たちはバトルの腕は達者になった。頂点に立っても、たくさん努力したからだ。チャンピオンの座は誰にも明け渡さない、と。
 だからこそ、認めてこなかったんだと思う。チャンピオンになってから、時間が経ったことを。まるで昨日チャンピオンになったばかりのように振舞って、あの時の栄光にずっと縋って、強がっていたかった。子供のままでいたかったんだ。大人になるのを怖がっていたんだ。
 いつか、チャンピオンの座を誰かに譲る時がくると認めたくなくて。今の私自身が、いつか失われてなにもなくなってしまうと臆病に考えて。過去の自分に笑われたくなくて。
 私にだけ未来が描けなくて、時間に取り残されることを選んでいたのだ。でも、きっと、そう思っていただけなんだろう。
「大人にならなきゃ、ね」
 ユウリはそう呟いて、残りのコーヒーを一気に飲み干した。
 体に染み込んでいくその苦味が、初めて美味しいと感じた。
「けどまさか、エースに気づかされるなんてね」
 そう思い、おかしくなってユウリは独りで思い切り笑った。
 どうやら、今一歩大人になれていない私たちは、互いの恋心は気づけても、自分の恋心にはまるで無頓着のようだ。
 さすが、一心同体。
 きっと私たちは、こうしていつまでも助け合う関係でいるのだろう。

○○○インテレオン○○○ 


 ユウリのエースバーンに恋をしたのは果たしていつからだっただろうか。
 思い出すのは、ヒバニーとサルノリが初めてのバトルをした時。その時自分は、二人に選ばれなくて、ダンデの傍にいたように思う。最初こそは選ばれなくて泣きそうになったが、その後すぐにダンデが主人になるのだと分かって安堵した記憶があった。自分も、これから未知の冒険に彼らと一緒に旅立つのだと。
 ホップとのバトルに勝ってユウリと抱き合うヒバニーを見て、そう思った。
 しかし、そうはならなかった。すでにチャンピオンであったダンデのポケモンとしてあることは、ある意味では期待していた旅ではなく、泣いてばかりの日々だった。思い返せばあれは、単なるワガママだった。
 今頃は自分と違う旅をしているのであろうとヒバニーやサルノリのことを考えて、羨ましくなって、癇癪を起こした。
 それでもダンデは自分を捨てず、育て上げてくれて、ついにはインテレオンへの進化に導いてくれた。チャンピオンにふさわしいポケモンになったと、リザードンたちからも褒められ、自分は一生を、このダンデに捧げようと誓った。
 そして、その決意の矢先に、エースバーンと出会った。
 忘れもしない、あのバトルで。
 がむしゃらに戦った。負けるわけにはいかないと。自分には、ダンデと歩んだ旅路の中でこそ培えた自信と誇りがあったから。羨ましいという気持ちなどとうに失せていた。
 しかし彼女は、自分のみずタイプの技を何度受けても立ち上がり、そして反撃してきた。
 あれは、頭にリーフストームでも喰らったような衝撃だった。まるで、自分の未熟さを、そして経験を否定されたような気がして、そうして気がつけば、追い込んでいたはずだったのに倒れていたのは自分だった。
 その後結局、ダンデは負け、チャンピオンの座を譲り渡した。
 悔しくて悔しくてしょうがなくて、まるでメッソンの頃のように泣いた。それでもダンデは、自分と同じくらい泣きたいはずなのに、笑って、新しいチャンピオンの方を指差したのだ。
 その表彰台の上には、たくさんの人に祝福されながら、ユウリと抱き合い、涙を流して喜んでいるエースバーンがいた。
 そのあどけなさは、初めて会ったヒバニーの頃のようであり、しかし同時にあの純粋な涙には、彼女たちのかけがえのない旅路を感じさせるパートナーとしての絆が秘められていた。
 なんて美しい心を持っているんだ。その時、インテレオンはそう思った。
 いつまでも、彼女に見惚れていた。
 ダンデはチャンピオンを退くことになってもなかなか忙しかった。そんな中でユウリと、そしてエースバーンともたびたび戦い、その度に憧れが募っていった。彼女の強さにも、そして優しさにも。
 つまるところ、いつから惚れてしまっていたかなど分からないのだ。
 ヒバニーの頃から惹かれていたような気もするし、最近のバトルの中でこの気持ちが芽生えたような気がする。
 どっちにしろ、この気持ちをはっきりと自覚したのは、ダンデにタマゴを作れと言われた時であった。
 好きでもない、素性も知らないメタモンと交尾することを考えた時、頭の中がエースバーンのことでいっぱいになり、本当の気持ちを悟った。
 決着をつけなければならない、大切な、自分の気持ちがあると。
『好きな子がいるから、それは嫌だ』
 こんな時、人の言葉をしゃべれないポケモンの口は不便だ。
 ダンデにはなんとか、エースバーンが好きだということまでは伝わったが、そこからまさか、あわよくば夜伽まで……などというところまでセッティングされるとは夢にも思っていなかったのだ。
 告白まで付き合う、というスタンスは別にいい。むしろ感謝したいくらいだったが、ならばエースバーンとタマゴを作るところまでやってしまおうというのは少し急いているのではないだろうか。ダンデの話を聞いていたユウリは少し引いていたように思う。
 しかし、協力はしてくれた。そして、ユウリの示した条件もクリアした。プライドを示せと要求されて、オスとして応えないわけにはいかない。
 そして実際、チャンスが今日しかないことはインテレオンも十分に理解していた。
 お互いに特別な立場にいるトレーナーのポケモンなのである。この休暇は、ダンデもユウリも、びっしり詰まったスケジュールをなんとか調整して実現させたものだ。もし今日を逃せば、こんなチャンスは下手すれば一年後と言われても過言ではない。そんなことになれば、その間にメタモンをあてがわれてしまうだろう。
 それは嫌だった。たとえ自分の手で育てることのないと決まっている子供なのだとしても、そんな遣る瀬無い気持ちで命を育むことなどゴメンだった。考えれば考えるほど、どうしても、この手で抱きたいのはエースバーンしかいなかった。
 しかし、ダンデの、インテレオン自身の計画通りに、ことが上手く運んだとしてもーー。
『僕たちは一緒になるわけじゃない……』
 生まれたタマゴは、誰かにもらわれていく。そうして彼らはまた、それぞれのトレーナーの下で生きていく。それは決まり切ったことだ。
 たとえ、相思相愛だったのだとしても、彼らは一夜だけの関係になることが決められていた。
 それは、ダンデが口すっぱくインテレオンに伝えていた、変えることのできない定めであった。
 なぜなら彼らはお互いに、大切なパートナーに恵まれているのだから。エースバーンと深い関係になろうとすることは、ダンデにも、現チャンピオンでもあるユウリにも多大な迷惑をかけることになる。彼らは、バトルを生業にすることを受け入れたポケモンであり、主力選手なのである。ファンもいる。ガラル中が、彼らのバトルを楽しみにしてくれてさえいる。
 そんな事情を無視して、例えば、どちらかが相手のポケモンになるなど許されないし、それは想像もできないことだった。バトルで輝くための自分の居場所は、ダンデのところしかなく、ダンデも、インテレオンを必要としている。
 だからこそ、ダンデは最初、メタモンを使おうとしていたのだ。タマゴを作ることに、わだかまりを残さないように。
 故に、インテレオンは心に深く刻み込む。
 これは何もかもが、自分のわがままである、と。
『僕は彼女に告白して、いったいどうしようとしているのだろう……』
 もしエースバーンが受け入れてくれたら、彼女はどんな思いで抱かれてくれるのか。
 もしかしたら、彼女は一緒になり、タマゴを育てることを想像するかもしれない。もしそうなら、自分は、彼女を騙して抱くことになってしまう。
 全てを伝えて、その上で交尾を持ちかけるべきだろう。しかしそうまでして、抱かれてくれと迫る自分を彼女はどう思うだろう。きっと、拒否される。そして恋慕を理由に彼女を利用しようとする自分は、惨めにフラれるだろう。
 それでも自分は、彼女に告白するというのか。
『……でも、この想いだけは、せめて伝えることができたら』
 いっそのこと、何か始まる前に、告白を無下に突っぱねて欲しいとさえインテレオンは考えてしまう。いつものように、冗談を聞いたみたいに笑ってくれれば、それとなく告白だけして誤魔化してしまえる。返事を聞かずに済む。
 ……ふと、インテレオンは昔、リザードンに「ヘタレオン」とからかわれたことを思い出した。
『けど、それでも構わないかもしれない』
 そうすれば、自分たちは、きっと、変わらないままでいられるから。
 そんな思いを抱えて呟いた言葉は、誰にも聞かれず、まるで泥の混じったみずてっぽうのように、ポタポタと地面に落ちていく。


 ……はあ。
 夜風がただでさえ細く冷たい体をさらに冷やしていく。
 インテレオンはユウリの家の玄関前に、静かに立っていた。ダンデに「約束の時間だぞ」と言って追い出されここに至る。
 彼は先ほどから何度もため息をついては、水が濁っていくように心が淀んでいくように感じていた。
 あんなことを考えていたが、もしエースバーンが、真正面から真面目に、真剣に、告白を断ったら?
 グルグルとそんな思いが頭の中を駆け巡る。
 もう、エースバーンは僕を見てくれないかもしれない。喋ってくれないかもしれない。バトルも放棄するかもしれない。それどころかユウリに責められ、ダンデには失望されて、挙句パーティから外されて……。
『うおおお……!!』
 ダメだ。メッソンの頃のネガティブ思考が蘇ってきてしまっている。
 緊張するどころかインテレオンはその悩みに頭を抱え、踊るように身悶えしていた。その様子は偶然通りかかる鳥ポケモンに不思議そうに観察されていたが、気づける余裕もなく、インテレオンはただただ他人の家の外で醜態を晒す不審ポケモンと化してしまっていた。
 その時、ドアがガチャリと開いて光が漏れてきた。
 インテレオンは反射的に、まるでタイレーツが見事な隊列を組んだ時のようにピンとまっすぐ体を固めた。
「あ、インテレオン」
 ユウリの声だ。ウオン、と返す。思いの外か細い鳴き声になってしまう。
 これから自分がどういう目的を持ってエースバーンに会うか知っている彼女は、インテレオンを見つけると気まずそうにふいと目を逸らし、後ろを振り返って呼びかけた。
「エース。インテレオンがいるよ」
『へえ? インテレオンが?』
 声だ。エースバーンの声だ。寝ていたのか、眠たげな声をしている。
 先ほどまでは憂鬱でまるで緊張していなかったのに、おもむろに胸が高鳴り始めた。
 すぐに、エースバーンは現れた。
『お! インテレオン! どうしてお前がいるんだ?』
『あ、いや……』
『ユウリがなんか、話あるって。いつもなら寝てる時間なのに。ふああ……』
『ね、寝る時間早いんだね。まだ日付も跨いでいないのに』
『何言ってるんだよお……。コンディション管理は、早寝早起きが大事だろー』
『ははは。そうかも……』
「二人とも、行きましょ。まどろみの森の前の草原にね、テントを張ってるから」
『はえ? なんでそんなとこ行くんだ、ユウリ?』
『と、とにかく行こう、エースバーン』
 どこかぎこちなく歩き出したユウリの背中を、エースバーンはややウトウトと追いかける。その後ろからインテレオンがついてくることは少しも不審に思っていない様子だった。
『話ってなんだろうなー。大事な話なのかなあ……』
『うん……』
 家の裏を通る、まどろみの森の前に広がる草原への道は、長いようで、着いてしまえばあっという間だった。
 そこには、小さなテントが張られていた。見覚えがあったので、ダンデの持っているテントだろう。少し遠くにユウリたちの自宅は見えるし、割と近くにウールーの牧場の柵もあるが、今はウールー舎で眠っているのか近くに生き物はいない。正真正銘、トレーナーたちは、ふたりっきりになるチャンスを与えようとしてくれている。
「さ、エース。ここに入って」
 ユウリが入り口を開けてくれた。
『んー……? 今日はここでキャンプー? まあ、ベッドじゃなくてもオレはいいけどさあ……』
 素直に、エースバーンは入っていく。しかし、ユウリは続かない。彼女はふと、ふうっと息を吐き出すと何か決心をしたようにキッとインテレオンを見た。
 尻尾がピンと硬直した。
「中に灯りはあるから、必要なら使って」
『……はい』
 果たして今、自分は声を出せただろうか。
 ふと、柔らかな笑い声が聞こえてきた。見れば、ユウリは微笑んでいた。その意外な反応に、インテレオンは思わず目を丸くする。
「何緊張してるのよ。らしくないわね」
『え?』
「頑張って。まあ、私も応援してるから。その代わり、うちのエース、もし泣かせたりしたら承知しないからね」
『ユウリさんは、反対してたんじゃ……』
「自信持って。あなたみたいにかっこいいポケモンを、私知らないから。悔しいけど」
 わけもわからず、言葉にならない鳴き声が出る。
「あなたたち、とってもお似合い。みんな、そう祝福するよ。だから、忘れないで。これから過ごすのは、エースとあなたの、大切な時間だからね」
『……はい』
 今度こそ、はっきりと声に出し、インテレオンは頭を下げた。この時ほど、人とポケモンが会話できないことをもどかしく思ったことはない。これほどまでに、感謝を伝えたいのに。
 いや、でも……きっと、必要ないのだろう。人とポケモンほど、気持ちが通じ合う関係はないのだから。
 インテレオンは決意を固め、ひとつ深呼吸すると、ついにエースバーンの待つテントへと入っていった。

○○○ユウリ○○○ [#3zcew3T] 


 テントの入り口を閉じたユウリは、ドクドクと脈打つうるさい心臓を宥めようと懸命に深呼吸を繰り返し、ようやく少し落ち着いてくるとゆっくりと歩き始めた。そして少し距離をとると、振り返る。
 灯りがぼんやりとつけられたようだが、中の様子は伺えない。いや、少し声がする。エースバーンとインテレオンの声だ。よかった、楽しそうにおしゃべりしてる。
 そう思って、ユウリは無粋なことをしている自分を諌めるように、少し苦笑しながら頰を叩いた。まるで自分が告白でもされるかのように熱くなっていて、余計におかしくなる。
 あとは、ふたりの時間だ。きっと、うまくいくだろう。そしてエースバーンは、自分よりも一足先に大人になるのだ。
 その時、テントが揺れて、ユウリの胸がドキリと高鳴った。もしかして、もう始まったのだろうか……。
 早く離れなきゃ、そう思う。しかし同時に、なかなか動けない自分がいた。
 なんて、子供なんだろう。そう罵っても、不意に湧き上がってきた好奇心には簡単に抗えなかった。どうしてか、分からない。ダメだと知っていても。すぐそばに、自分の知らないエースバーンの姿があると想像しただけで、この場から動けない。
 知りたい。
 ユウリの心はそう囁いていた。
 見たことも、ましてや想像したこともないポケモンの営み……。それはどんなものなのだろう。
 いや、ダメだろう。それは。ダンデとの約束を反故することになるし、何よりパートナーのエースとの信頼関係さえも崩れかねない。やはり、よくない。
 深く、深く息を吸って、そして吐いた。ようやく、ユウリは動く気になった。今のは、子供心ながらに芽生えた、ちょっとした邪な気持ちなのだ。まったく、これから恥ずかしくない立派な大人になろうと意気込んでるときに、何を考えているんだか。
 ユウリは踵を返し、テントに背を向けた。
 約束どおり、あとは、彼らの時間なのだ。
 エースバーンと、そしてインテレオンを信じて、待つこと。そして、いつもと同じように、迎えてあげること。
 それがトレーナーが示してあげられる、最大限の、信頼の証であり、これからも変わらない旅への約束なのだと、ユウリは思う。
 たとえエースバーンが、その先でどんな道を選ぶのだとしても。

○○○インテレオン○○○ 


『あれ、ユウリは?』
『ああ、ちょっと忘れ物があったって、家に戻っちゃった……かな』
『ふーん……』
 テントに入ると、エースバーンは胡座をかいて少し不思議そうにインテレオンを眺めていた。彼も彼女の前に座り、所在無げに尻尾をフラフラと動かしていたが、その視線に耐えきれず思わず、と言った感じで口を開く。
『ど、どうかしたの、エースバーン?』
『いやー……なんか、ドキドキするなって思ってさ!』
『え!?』
『だって、同じテントに入ったことなんかないじゃん! それに、今はふたりきりだしさ!』
『あ、ああ……そうだね』
 ドキドキする。それはもちろんインテレオンもそうで、下手をすれば自分の鼓動が聞こえてしまうのではないかと思うほどだった。彼女の大きい耳なら、捉えかねない。
『で、も……どうして、ドキドキなんかするのさ?』
 上ずるような声で、気がつけばそう聞いていた。自分を誤魔化したい気持ちで精一杯だったからかもしれない。
『えー……そりゃ、インテレオンは特別だからな!』
『と、特別!?』
『特別に決まってるじゃん!』
 二ヘラ、と笑い、その立った大きな耳をピクリと震わせるエースバーン。それはこの空間の、自分にだけ向けられた、好意的な彼女の笑顔だ。
 その瞬間、インテレオンの下半身に、ゾワッとした感覚が走った。
 やばい……! と心の中で叫ぶ。もちろん普段なら、笑顔くらいで反応なんかしない。しかし、しかしだ。このテントに来た目的は、限られており、思考の片隅にはどうしても「あの事」が浮かんでいる。
 だから、ただ、エースバーンを可愛い。そう思っただけで、今は、否応にも下世話な思考と繋がってしまう。
 まだ、告白さえしていないのに、いざとなるとこれだ。オスとしてしょうがない? そんなことは言い訳にならない! このくらいの自制心がなくてどうする!
『インテレオン?』
『うぐうう……!?』
『お、おい。様子が変だぜ?』
 また! まただ! 彼女はこちらの気持ちも知らずに、目の前に顔を近づける! すぐ、すぐキスできるような位置に!
 インテレオンはいよいよ限界だと感じ、咄嗟にうつ伏せに寝転がった。鎌首をもたげ始めていた自分の逸物を必死に押さえつけるように。
『おわっ! 急になんだよ、お前……なあ、大丈夫なのか?』
『……別に大丈夫だよ』
『そ、そうか?』
『うん』
 速まる脈を沈めるように、落ち着くようにとゆらゆらと尻尾を揺らす。エースバーンはその先をしばらく眺めていたが、様子が変なことは特に追求せず、ふと、退屈するように欠伸をした。
『ふああ……ユウリまだかな……』
 まずい……。こんな空気、告白するどころじゃない。しかし、打開策が見つからない。なぜなら今正面に立ったり座ったりすれば……その、見られてしまう。と、とにかく何か話をしよう。でも何を……。
 そう考え始めてすぐ、ふと、気になることを思い出した。
『ねえ、エースバーン』
『んー?』
 彼女はまどろんだ目をしながら、うつ伏せのインテレオンを見下ろす。その視線を避けるように、どことなく柔らかいテントの、なんでもない敷物を凝視しながら続ける。
『さっきの特別、って話なんだけど……どうして僕が特別なの?』
『特別?』
 しばらく、彼女は考えているようだったが、ふと、「あ」と声を出す。しかしーー
『オ、オレ特別なんて言ったっけ?』
『言ったよ』
『ほ、本当か? いやぁ……よくわからないな』
『え? いやエースバーン。さっきはっきりとーー』
『あーユウリ遅いな! ちょっと眠たいな、今日は! もう寝ちゃおうかな! な、インテレオン!』
『え、ちょっと……!?』
 頭だけをエースバーンに向けたのと、エースバーンが背中を向けてドサっと横になったのはほぼ同時だった。あまりにも予想外の展開に、インテレオンの頭は真っ白になる。まさか、せめて告白もせずに寝させてはいけない。だが……起きれない! まだ、突然彼女に下半身を見られでもすれば、かえんボールで丸焦げにされても文句は言えない状況だった。
『ちょ、ちょっとエースバーン! あの、もう一つ、今日は言いたいことがあってーー』
『あのさ、インテレオン!』
 突然、背中を向けたままエースバーンは大きな声をあげた。少し驚いて、口をつぐむインテレオン。しかし、続きはない。仕方なく、促すことにする。
『なに? エースバーン』
『……ーーの時にさ』
 呟くような声が聞こえてきた。
『え?』
『今日のバトルの時にさ、オレのこと、可愛いって言ったよな?』
『……うん』
 ドキリ、とした。今日勢いに任せてつい言ってしまったセリフだ。ただそれを冗談だと受け流したのは彼女の方だ。いったい、どうしたというのだろう。
 エースバーンはなおも体勢を変えず訊いてきた。
『それ、本当に、インテレオンの気持ち? インテレオンは本当にオレのこと、可愛いって思ってるのか?』
 胸の鼓動が大きくなる。でも不思議と、言葉に詰まることはなかった。
『……うん。僕は本当に、エースバーンのこと、可愛くてーー大好きだな、って、思ってるよ』
『……そっか。じゃあ、おやすみ』
『うん、おやすーー』
 ってあれええ!? 僕、あれ? 今、告白しなかった!? おやすみって、ただ挨拶された今、僕!?
 インテレオンはガバッと上半身を起こす。あまりにも理解が追いつかなくて、下の興奮も一気に落ち着いた。彼は急いでエースバーンに近づく。もはや紳士的なアプローチとか、オスらしくとか、考えている余裕がなかった。
『ちょ、エースバーン!?』
『な、なんだよ……?』
 よかった。眠ってはいなかった。
 けど、眉間にしわを寄せて少し迷惑そうにしている。第一、眠たそうだし。
 でも、言わなくてはいけない。それが、今自分に課せられた人生最大の使命なのだ。
『今夜、君を寝かせるわけにはいかないんだ』
『……へ?』
『あ、違う違う。そういう意味じゃなくてね、いや……そういう意味かもしれないんだけど……』
『どうしたんだ、インテレオン。なんか、今日変だな?』
 笑う彼女に、また胸が高鳴る。だんだんと、のぼせるように視界がぐらついてきた。
『僕は今、エースバーンに言いたいことがあるんだ!』
 叫んだ。それはまるで、メッソンが溺れ、もがいているような惨めさだったかもしれない。
 でも、必死だった。か弱い生き物がその瞬間に、命を燃やすように。湧き上がる熱があった。
『……インテレオン?』
 起き抜けのちょっとだらけた姿勢のまま、エースバーンは不思議そうな顔をして見つめる。見たこともないインテレオンの雰囲気に、なにか異常を察して、心臓が縮みあがるような不安も感じているようだった。
『なんだ、どうしたんだよ?』
『エースバーン!』
『お、おう』
 その不安を誤魔化すように笑みを浮かべるエースバーン。そんな彼女に、インテレオンはまっすぐ視線を投げかけ……やがて口を開いた。
『僕は、君を愛しています』
 その言葉の意味を、彼女の大きな耳はしばらく理解できなかった。
 やがて怯えるヒバニーのように、へたっと、エースバーンの耳が力なく下がったのは、大きな鼓動が三度聞こえた後だった。
『……え?』
『僕は、エースバーンのことが、心の底から、好きです』
 沈黙が、テントの中を一瞬満たした。しかしすぐに、ピョンと耳を跳ねさせたエースバーンの声で破られる。
『あ、ああ! 好きってそういうな! もう、今更なんだよインテレオン! そんなのオレだってお前のこと大好きだぜ!』
 頰を少し赤らめ、大げさに笑い始めるエースバーン。
 それはまさしく、インテレオンが想像していた通りのシチュエーションだった。このまま告白をなかったことにさえできる。しかし実際に、この瞬間を迎えると、想いを飲みこむことなんてできやしなかった。
 エースバーンに、全部の気持ちを曝け出さずにはいられなかった。
『そうじゃない!』
 突然インテレオンは立ち上がり、想いポケモンの両手をほとんど乱暴に握りしめ無理やり起こす。
『僕は、君の強さが好きだ。笑顔が好きだ。僕を呼んでくれる声が好きだ。熱い心が好きだ。水が苦手なところが好きだ。美しい白い毛並みが好きだ。揺れる大きな耳が好きだ。もう……全部が大好きなんだ』
 その一言一言が、はっきりと彼女の耳の中で木霊していた。
 とうとうエースバーンは、体の内に湧き上がる炎とは違う熱を誤魔化せなくなっているようだった。インテレオンの行動にそれこそほのおのうずに囚われたかのように身動きができなくなっており、わけのわからない胸の痛みが彼女を苦しめていたのだ。。
『僕は。君のことを、異性として……メスとして、愛してる』
『ふえ……?』
 再び、エースバーンの耳がフニャッとへたる。その気持ちの大きさに、気圧されてしまったかのように。
 瞳が揺れ、そして……体が燃えていた。震えていた。
 今すぐ、テントの外に飛び出して逃げ出したい。そんな衝動にエースバーンは駆られる。しかし彼女の手を握るインテレオンの手は、ここから逃してくれそうにないほどに力強い。
 恐る恐るエースバーンはインテレオンを見上げた。
『イ、インテレオン……オレ、今、体がなぜか熱くて、その……ヤケドさせちゃうよ……』
『大丈夫。このくらい、僕にとって熱くもなんともない』
『でも……』
『それより、エースバーンの答えを聞かせて欲しいんだ』
 エースバーンは言葉に詰まる。いつも、このくらい近づいてもいたし、他愛ないお喋りだって飽きるくらい繰り返した。なのに、言葉が出てこない。ただ、どうしようもないドキドキと、熱で、視界が揺れて、そして……。
 涙が頰を伝っていた。
『エ、エースバーン? ごめん、その、ちょっとやりすぎたーー』
『ち、違うんだインテレオン! その、オレ、なにがなんだかわからなくて……』
 光る雫を見て、咄嗟にインテレオンは手を離そうとする。しかしその時ーーエースバーンは、離れていこうとした彼の右手を、ギュッと両手で掴み、自分の胸に引き戻した。
 それに驚いたインテレオンは、やがて、その手を握り返す。彼女の手の熱は燃えるように熱く、そして、鼓動が水面を波立たせるほどに強く打つのが伝わってきていた。
 彼女の気持ちが流れ込んでくるようだった。
『……エースバーン』
『インテレオン、ごめん。その、オレさ……正直、誰かが好きだとか、愛とか、そんなの、考えたこともなくてさーー』
『いいんだ』
 インテレオンは微笑んで首を振った。エースバーンはそんな彼から目を逸らして、両耳をまるで顔を隠したいかのように伏せていたが、やがておずおずとインテレオンを見た。
『けど、インテレオン。オレ、今すっごくドキドキして、苦しいほどドキドキしてでも…全然嫌じゃなくてそれは多分嬉しいってことでだからーー』
 ギュッと、エースバーンの力が強くなった。
『オレもきっと、インテレオンのこと、好きなんだと思う』
『エースバーン……』
『ううん。オレも、インテレオンのこと、愛してる』
『……愛してる、エースバーン』
『ふへっ!?』
 エースバーンの言葉を聞いた瞬間、インテレオンはまるで胸の中で、今まで流したぶんの涙全てが集まり、心の中で解けていくかのような不思議な感覚を味わった。思わず、その額を強く彼女に擦り付ける。
 彼女はその行為に少し驚き目を瞑っていたが、やがて照れ臭そうに笑い始めた。
『へへ……』
『エースバーン……』
 やがて触れ合っていた額は離れ、優しく呼ぶ声が聞こえてくる。それに応えて目を開けると、彼は不意に近づいてきて、その鼻先を彼女の鼻先に近づけてきた。
 あっ、と思う間もなく、唇と唇が触れ合っていた。
 初めて抱きしめた彼女は、太陽のような香りがした。

○*○エースバーン○*○ 


 メッソンの頃は、正直、泣き虫で、やけに心配してしまったことを覚えている。だからだろうか。自分とユウリ、そしてホップとサルノリが順調に進化していく中で、ダンデにもらわれていった彼のことが、ずっとずっと気にかかっていた。それが、あの、チャンピオン戦でのバトルだ。
 すごい。そう思った。ユウリとの旅でとてもとても強くなったって自信満々だったのに、インテレオンは、もっともっと強くなっていた。あの泣き虫ポケモンが、チャンピオンのポケモンとして、強力な壁となって立ちはだかってきたのだ。想像もできないようなたくさんの厳しいトレーニングを積み、最後の砦としてふさわしいポケモンになって。
 こちらは挑戦者だ。生まれたときは同じ立場だったはずなのに、インテレオンは、その挑戦を受ける側として堂々と立っていた。あの境地に至るまで軌跡がどんなものだったのか、全く計り知れない。
 カッコいい。そんな憧れをずっと抱いて、ユウリがチャンピオンとなってからも接してきた。
 ゴリランダーもそうだけど、それよりも彼がいたからこそ、自分は頑張れた。会うたびに強くなっていくインテレオンがいるからこそ、目標を見失わず、大好きなライバルとして、ずっと追いかけていた。
 ずっとバトルをしていたい。ずっとそばにいて、日が暮れるまで毎日色んなことを語り合いたい。憧れをぶつけて、受け止めてもらって、笑ってほしい。そんな気持ちは、ずっとあった。分かっていた。
 その感情を、言葉にできるなんて知らなかった。考えたこともなかった。でも今日、インテレオンに「可愛い」なんて言われてから、ずっとおかしな気分で……勝手にドキドキしちゃって。
 寝かせない、なんてインテレオンは言っていたけど、その前から、二人きりでテントなんか眠れるわけないじゃん! と頭の中で散々ユウリに文句を言っていたほどだ。寝たふりをして、インテレオンが眠ってからこっそり帰ろう、なんて考えていた。
 そんな時にインテレオンが……。
 わけがわからなくて、頭が沸騰しそうだった。
 信じられなかった。信じられなかったけど、今は、ただ、嬉しいの気持ちで溢れている。
 唇が優しく触れ合った瞬間、エースバーンは心に宿る感情を自覚し、初めて言葉にした気持ちを、インテレオンの全てを受け入れようとする想いを素直に受け入れた。
 自分たちの旅路はそれぞれ違ったのかもしれないけれど、きっと見てきたものは、同じ。今この瞬間も、今までも、自分たちは、同じ景色を眺め、肩を並べて立っていた。瞳に映る景色を共有していた。感じていたんだ。
 だから、今この瞬間も……インテレオンと同じ、心を、自分は持っている。「好き」だという、大切な心を。

『へへ……なんだか恥ずかしいな……』
 初めてのキスをして、そう笑うと、インテレオンは「僕も同じだ」というように微笑んだ。
 エースバーンは、体の内に宿る熱、そして……お腹の奥底で感じる切ない疼きに気づいていた。
 それは、インテレオンの少し荒い呼吸、揺れる瞳、何より爆発しそうな鼓動の音を敏感な耳で聞いている内にどんどんはっきりしたものなっていく。
 彼が求めていることがわかる。そして、自分が何を望んでいるのかも。
 バトルの時に感じるような、ポケモンの本能が、今、体を突き動かそうとしている。
 心臓が焼かれているかのように熱い。
『インテレオン……』
『エースバーン……』
 呼びかける声が重なった。
『なんだよ?』
『いや……』
 何か言いたいことがあったのか、インテレオンはもごもごと口ごもる。いや、それとも、ただ名前を呼んでくれただけなのかもしれない。どちらにせよ、そこにいるのはいつものインテレオンだった。
 それが、少しおかしく感じる。
『何笑ってるのさ、エースバーン?』
『いや? オレたち、似てるなって思ってさ』
『そうかな? 全然違うよ』
『……ううん。オレたち、今、おんなじ気持ちだろ?』
『……え? どんな気持ちだっていうのさ』
『インテレオンの気持ちに応えたいって気持ち』
『……そうだね。僕も、君の気持ちに応えたいって、思ってる』
 不意に、インテレオンの両手の力が強くなった。
『ねえ、エースバーン?』
『なんだ?』
『君と、交尾……がしたい』
 にわかに、胸が高鳴った。
 ーーただ一言「うん」と返す言葉さえ、まるで早鐘を打つ心臓がだけがダイマックスして喉を押し潰しているように感じて、なぜか答えられない。伝えたいのに。
 自分も、インテレオンと、交尾がしたい。
 エースバーンはインテレオンを見つめる。彼の揺れる瞳がまっすぐに、彼女を見つめ続けている。真っ赤な顔をしている自分が逃げ出さないように、まるで捕まえるように。
 結局、言葉にはできなかった。
 コクリと、頷き、答えることしかできなかった。けど、応えられた。
 ふと、彼の大げさな深呼吸の音が聞こえてくる。
 そして……手を握っていたインテレオンの両手が、おもむろに放され、恐る恐る伸びてくる。
 ふわり、とお腹の白い毛皮をインテレオンは撫でるように触れ、そして、背中に手を回して抱きしめてきた。
 ピクリ、と震えてしまう。
 彼に、そんな風に触られるのはもちろん初めてだった。少しひんやりとしたその両手は、バトルで鍛えた自慢の肉体の触り心地を、まるで彫像を慈しむかのような繊細な手つきで確かめてきた。
『エースバーンの体、ふわふわで、暖かい』
 ぐい、と体が彼のところへ引き寄せられる。
 身長差があるからか、エースバーンは膝立ちにされて彼に少し持ち上げられるような形になる。
 そのまま、顔と顔が近づけられた。
『イ、インテレオ……んっ』
 再び、口づけが交される。それは先ほどよりも少しだけ長いキスだったかもしれない。
 その唇はやはり、冷んやりとしていた。
 やがて口を離したインテレオンは、まだ緊張している様子で恐縮したように話しかけてくる。それが少し、じれったい。
『ご、ごめん。何回も……』
『ううん、全然……嫌じゃないし……そのーー』
 エースバーンは手を伸ばし、彼の頰に触れる。インテレオンもまた、彼女が触れると体をピクリと震わす。
『……もっと』
 その言葉に、インテレオンは表情を変えず、ただ瞳をわずかに揺らしただけで、また優しく口づけを交わした。
 ただ今度は、普通のキスではなかった。
 彼がほんの少しだけ、口を開けたのを感じたのだ。それに呼応するように、エースバーンもほとんど無意識に、わずかに口を開けた。エースバーンと比べてインテレオンの口はかなり大きいのだが、そんなこと関係なしに、たちまち、互いの体が深く繋がっていく感覚を覚える。そうして一瞬、彼の温かい吐息を口腔内で感じたかと思った瞬間ーナニカが唇を押し広げ、挿入ってきた。
 ズルリ、と舌に、まるで生き物ようなものが這わせられる。
『んっ……』
 自分の短い尻尾がビクリと動き、喉の奥から勝手に声が出てしまう。
 するとインテレオンの両手にさらに力がこもり、唇がより強く押し付けられきた。
 また、舌が舐められる。
 それは自分のものと比べると、細長く、鞭のような鋭さを持っていて、しかしエースバーンは抵抗しなかった。なすがまま蹂躙されることを、従順に受け入れたのだ。
『んっ……!』
 反射的に、エースバーンは両腕をインテレオンの首に回す。そしてより一層、自分の体を自ら彼に近づけた。すると彼の鼻先から興奮したような熱い呼気が漏れる。
 インテレオンの片手がエースバーンの頭を掴み、もっと抱き寄せるような仕草をしてきた。
 彼の長い尻尾が、自分を拘束するように、体に巻きついていく。
 くちゃ、と頭の中で粘着質な音が響いた。それが、唾液にまみれた舌と舌が絡み合った音だと理解した瞬間、口の中で熱く触れ合う互いの舌が鮮明に見え、きゅん、と体の奥が疼いた感覚があった。
 いつの間にか、目を閉じていたことに気づく。おそらく、最初に舌が絡んだ瞬間からだろう。だからといって、到底目は開けられそうになかった。激しく動き回り始めたインテレオンの舌が、視覚を得ようとする余裕すら与えてくれないからだ。
 感触、音、そして……味を感じるだけで全てが限界だった。
『んっ……んっ……!』
 でも気がつけば、自分も舌を動かしている。ぶつけている。がむしゃらに。
 冷たいようで、熱い。
 口の中で動き回る彼の舌は、体躯のようにしなやかで、柔らかく、ネバネバしていた。
 そんな知らなかったインテレオンの一面に、キスで……絡ませ合わせる舌で触れていく。
 もっと、もっと、触れていたい。お互いが知らなかった場所で、もっと深く繋がっていたい。
 そんな欲望が、エースバーンをキスに夢中にさせていく。
 欲しくなる。
『んくっ……』
 溢れてくる唾液で、反射的に喉が動いた。
 やけに粘つくそれは、染み込むように体の中に取り込まれていく。
 それが、自分だけの唾液じゃないと気づいて、エースバーンの体は震えた。
 インテレオンは、吐き出した粘つく液体を、夢中になって自分に流し込んできている。それは愛情を受け止めて欲しいと甘えるような、ねだるような、彼に残る幼心が垣間見えるような、わがままなキスに思えた。
 だとしたら、もっと甘えてきて欲しい。もっと押し付けてきて欲しい。全部、全部受け止めたいから。
 そんな思考の裏に存在する感情に体を支配されて、エースバーンはさらに求めるようにインテレオンの舌に吸い付いた。
 貪欲に、インテレオンの味を求めるように。

○*○インテレオン○*○ 


 それは、彼だって同じであった。
 インテレオンの長い舌が口内で暴れているというのに、怯む様子もなく、エースバーンはその小さく熱い子供のような舌で積極的に対抗してくる。
 思っていたよりも、小ぶりで、肉厚、そして思っていた通り、力強くて、火傷しそうなほど熱い舌だった。
 感じるのは、経験も、想像もしたことのなかった、彼女の味。可愛く、二ヘラと笑った時にほんの少しだけ見えていた、あの赤ピンク色の……その場所に、今、自分は侵入して、めちゃくちゃに踏み荒らしている。自分を、塗りつけている。
 喉の奥が鳴るような、聞いたこともない彼女の声。ピクリと震える、感じたこともない彼女の体の反応。怯えるように動く彼女の鼻。
 まるで生まれたての小さなポケモンのような反応をしながらも、彼女は受け入れ、インテレオンの望むままに応えてくれていた。
 いやらしい音を聴くことで、感じながら。
 濡れた舌が、ぶつけ合う互いの愛情をかき混ぜるように、絡み合っていた。先ほどまでのおずおずとしたキスのやりとりが嘘のようだ。それほどまでに2体は、早くも、言葉の先にある愛の囁き合いに夢中になってきていたのかもしれない。
 限度を超えても気が付けないほどに。
『ぷはっ……!』
『あっ……』
 いきなり、エースバーンが口を離す。情欲のまま貪っていたインテレオンは少し驚いて抱いた小さな彼女を見下ろした。
『インテレオン、いくらなんでもその……オレに押し付けすぎ。全然、嫌じゃないけどさ……苦しいっての!』
『ご、ごめん! 僕ーー』
 その時、インテレオンは思わず言葉を飲んでしまう。彼女の口端から架かる銀の橋に気がついたからだ。粘液性の高いそれは崩れることなく2体の間に架かり、それがどれだけ激しいキスをして繋がっていたを示すようで、ドキリ、と胸を穿つ衝撃が襲いかかってくる。
『でも、嬉しい』
 ふと、彼女はまた、二ヘラ、と笑った。繋がる橋を拭いもせずに。その先に少しだけ見える、彼女の舌。濡れ、熱を帯びたその舌。たった今までキスを交わしていたその舌は、今、インテレオン自身が塗りつけた唾液に塗れている。
 そして自分が今、舌に残る彼女の味をまだ感じているように、彼女もまたーー。
『でも今度はオレの番な!』
『え?』
 突然、エースバーンはそう言うと、体に巻きつけられた尻尾も構わずに立ち上がった。プツリ、と橋が切れる。キョトンとするインテレオンだったが、彼女はやはり御構い無しに両手で彼の顔を少しクイっと上に向けると、躊躇いなくキスをしてくる。
『んんっ!?』
 そうして驚く間も無く、エースバーンは唇に吸い付いたり、果ては甘噛みしてきたりしながら、舌を彼に押し付けてくる。
 戸惑いながらも出遅れてインテレオンがその行為に応えて舌先を差し出すと、彼女は唾液をたっぷり絡ませた舌で応じながら、先ほどのように夢中でキスを繰り返し始める。インテレオンは昂ぶる体をはっきりと感じながら、甘ささえ感じるようなその味に浸り、舌を絡ませた。
 自然と、彼女の体を抱き寄せながら。
『ん……んくっ……』
 やがて、インテレオンの喉がゴクリと動く。
 それに気づいたのか、エースバーンは最後に唇に吸い付いてゆっくりキスを終えると、照れ臭そうに笑って言った。
『へへ……これでおあいこだな』
『……な、なにが?』
 意味がわからず名残惜しそうに舌先を動かすインテレオン。しかしエースバーンはその問いには答えず、いきなり、彼に体を預けるようにして抱きつく。その甘えてくる柔らかな体に触れたインテレオンは、今の疑問など頭から飛ばし、彼女を受け止め、一瞬躊躇ったものの同じようにエースバーンを抱きしめ直した。
 言わなくちゃいけないことがあるはずだ。自分たちのこと。タマゴのこと……。
 ずっと、頭の中でそう訴えかける自分がいるのに、その言葉は口から出てこない。
 今、エースバーンを逃したくなかった。今から、逃れたくなかった。
 その時、ツイッと、首筋に柔らかな感触が走る。
 エースバーンが、甘えるようにインテレオンを舐めたのだ。
「はぁっ……」と扇情的な吐息が漏れ、インテレオンに伝わる。
 明らかに、欲情を訴えかけてきているエースバーンの体。それを、インテレオンは、雄々しく屹立した逸物に触れる彼女の太腿で感じていた。
『インテレオン……勃ってる』
『……うん。だってエースバーンが、あんなにエッチなキスをしてくるからさ』
『な……そ、それはインテレオンの方だろ?』
『でもさ』
『……なんだよ?』
『エッチな気分にはなってるでしょ?』
『……うん』
 可愛い。ただそう思い、インテレオンは彼女の背を撫でる。それさえも、『ん……』とわずかな嬌声を漏らすようになったエースバーンは、心地好さそうに耳を動かしてから、ふと、ゴクリと喉を震わせインテレオンの真似をするように細い体を撫で、言った。
『……あのさ』
『ん?』
『インテレオンの……触っていい?』
 恐れと、期待で、そこが疼いた。
『……うん。いいよ』
 インテレオンは、抱きしめていた手を解く。するとエースバーンはゆっくり体を離し、真下にそびえ立っていたインテレオンの紅いペニスに視線を移した。
『えっと……立ち上がってくれよ』
『ええ? いや、あんまりジロジロ見られるの、やっぱり結構恥ずかしいっていうか……』
『いいじゃん。オレ、ちゃんとインテレオンの相手をしたいの』
 戸惑うインテレオンに、耳を立てて少しムスッとしながら言い返すエースバーン。少しの反抗でさえ、今の彼女は受け入れてくれないであろうことがはっきりと見て取れる。故に渋々、インテレオンは立ち上がった。
 エースバーンは躊躇いを微塵も見せず、そんな彼に跪くようにして、インテレオンの逸物に近づいた。いくら交尾をしようとしているとはいえ、さすがに観察までされると恥ずかしくて堪らなかった。茹で上がりそうな気分を感じる。
 インテレオンのペニスは、股間部の裂け目から飛び出すように屹立し、胴体のブルーに比例するように濃い赤で、腹の白い模様によく映えていた。細くしなやかな体と同じようにしなっており、身長と比べるとやや小ぶりで可愛らしく見えるが、それは先端が細く根元が太いみずタイプによく見られる形状をしているからだった。水中での交尾に備えて実際は長く、その実、控えめな主張とは言い難い。見た目は、インテレオン自身のようにつるっとしていてプニッとした感触がありそうだった。
『へえ……これ、スリットから出てるんだな』
『も、もういいでしょ。みずポケモンのなんか……見てもそんな面白くないよ』
『……ちゃんとオレに挿入るかな?』
 その言葉に、ジュン、とインテレオンの下半身がどうしようもなく疼く。
『お、なんか今ビクってーー』
『はい、もう終わり! ほら、エースバーン。見ての通り僕は準備万端だから、君のーー』
『触るって言っただろ!』
『ちょ!?』
 我慢できなくなって腰を引いたインテレオンの足を、エースバーンは素早く捕まえる。不意を突かれた形になったインテレオンはそのまま後ろにつんのめり尻餅をついた。それが隙だと言わんばかりに、途端、勃ち上がっている愚息を肌触りのいい柔らかいものががっしりと掴んだ。エースバーンの手だった。
 彼女は膝をつき、半ばインテレオンの下半身に覆いかぶさるような格好になっている。さながら獲物を押さえつけるように。
『思ったより硬いんだな……』
『う……』
『インテレオン、どう動かしたら気持ちいいんだ?』
 エースバーンが、いきり立った自分のペニスを掴みながら、奉仕してくれようと見上げている。その刺激の強すぎる光景に、またもやインテレオンの下半身は疼き、ヒクリ、と恥ずかしげもなく反応してしまう。
『……もしかして、触るだけで気持ちいいのか?』
『そりゃ……でもーー』
『でも?』
 言いかけて、自分は何を……などと思うが、止められはしない。
『その、マッサージするように、擦ってくれると……気持ちいい』
『……分かった』
『でもーーあっ……うあっ……!』
 頷くや否や、エースバーンは片手で、ペニスの根元から先端まで少し力を入れて擦った。その思い切りの良さに、油断していたインテレオンはオスらしくない嬌声を上げる。
 長い尻尾がピンと立ち、震えた。
『へへ……本当に気持ちいいんだ、インテレオン』
『あ、当たり前ーーんっ、くぅ……』
『もっと強い方がいい?』
『あっ……あっ……そんな連続でやらなくてもーーんんっ!』
 クニクニと、いやらしい刺激が、血の滾った逸物をなだめるように与えられてくる。もちろん、逆効果だが。
 それは、経験したことのある自慰行為とは明らかに違う、未知の刺激を伴っていた。意図しない快感が、エースバーンの手によって送り込まれてくるのだ。
 ふわふわした、こしょばゆいような感覚もたまったものではない。
 悶えながらなんとか視線を向ければ、可愛い手が、グロテスクな逸物を懸命に扱いている。
 あの、真っ白な、彼女の手が。大観衆の歓声に応える手が。ユウリを抱きしめていた手が。今日たくさんのポケモンたちとじゃれあっていた手が。愛するポケモンの手が、欲情した自分の、誰にも見せたことのないペニスに、触れ、汚れることも構わず、淫らな様で、奉仕しているのだ。
『インテレオン……なんだかオレも、変な気分になってきたかも……』
『えーー? あっ……え、エースバーン、どうしーーくっ、うぅ……』
 甘ったるい快感が逸物に溜まっていく。刺激が止む気配はない。
 夢中になっているエースバーンはインテレオンの息子に釘付けになっており、さっきまでその持ち主に向けていたような余裕のある態度は鳴りを潜めていた。情欲に駆られ揺れる瞳はすっかりオスの雄々しいモノに魅了されているようで、耳は快感に悶えるインテレオンの声を聞き漏らすまいとピンと立ち、短い尻尾は持ち上がって揺れていた。心なしか、腰がモジモジと動いている。
 2体とも、すっかり発情した獣のような呼吸を繰り返すようになっていた。
 シコシコと、刺激を与えれば与えるほど、エースバーンは興奮を隠しきれないようになっていく。
 その時ーーふとピタリとエースバーンは動きを止めた。
 インテレオンはようやく止まった刺激に息を切らしながら、反面、少し物足りなさそうな声を出した。
『……どうしたの?』
『なんか出てきた……』
 見れば彼女は、右手に付着した透明な粘液をまじまじと見ているところだった。
『もしかして、インテレオン……もう終わっちゃったのか?』
 少し息を乱れさせながら、不安そうに訊いてくる彼女の様子を見て、インテレオンは少しだけ笑う。
『違うよ。いくらなんでもそんな早漏じゃないさ。まだまだ全然、その……おさまってないでしょ?』
 エースバーンは未だピンと張りつめた逸物を見やる。
『……確かに』
『……言わせないでよ。それは別に、なんていうか……まあ、気持ちいいと少しだけ出ちゃうものなんだ』
『……本当に、気持ちよかったのか?』
『それは、もちろん……でも、ごめん』
『へ? なにが?』
『いや、そんなもの……君の手に付けちゃって……嫌だよね』
 エースバーンは黙っていた。未だまじまじと、付着した先走りを観察している。と、ふと、彼女の喉がゴクリと動いた。その瞬間ーー彼女はパクリと付着した指先を口に咥えた。
 インテレオンはその行動に口をあんぐりと開ける。
『エースバーン!?』
『んー……ちょっとしょっぱい?』
『な、なにしてるの!? 汚いよ!?』
『汚くないよ。それに、インテレオンが変なこと言うからいけないんだろ?』
『ええ? 変なこと……?』
『そうだよ。それにさ、オレーー』
 そう言うと、エースバーンは膝をついて、再び、インテレオンの逸物に触れた。『うっ』とインテレオンは怯むが、彼女は御構い無しに緩慢に刺激を与え始める。
『インテレオンに、もっともっと気持ちよくなって欲しい……』
『いや……もう十分だよ、エースバーン……』
『我慢すんなよ。お前のここ、擦ってる内に、どんどん硬くなってきて、どんどん膨らんで、赤くなってきてるもん』
 カッと頰が熱くなる。
 そうして思う。見透かされていたーーと。
『……でも悪いよ。次は、僕が君に、同じことをするべきだと思う』
『違うっての。オレがしたいの。もっとエッチなこと』
 不意に、逸物を握るエースバーンが誘うような視線を投げかけてくる。そのあまりにも扇情的な姿に、ジク……と再び先走り汁が漏れ、彼女はわざとらしく先端に指を這わせそれを掬うと、塗りつけるように優しく扱いた。その様は完全に、逸物に魅了されたメスのようだった。
 しかしその刺激は、あくまでも緩やかである。焦らされ、我慢できない刺激にナニカが胸の中で爆発しそうになる。
『エースバーン……』
『インテレオンのここさ……弄れば弄るほど、エッチな音を立てて、どんどんスゴい匂いになっていくんだ……』
 それは、臭い、ということだろうか? それもそうだ。先走りまで垂らして、欲情するペニスが我慢できる匂いなはずがない。ましてや水中でも交尾可能な作りになっているのだ。彼女にとって、きっと嫌な生臭ささえ感じているはずだ。ペニスがいい匂いなんてありえないが……それでもなんとなく後ろめたい。
 好きなメスに弄られているのだから耐えられるわけもなかったが……オスとしての節操のなさが浮き彫りになっている。
『ごめん……』
 しかし、エースバーンは少し呆れたように首を振った。
『だから、違うって。オレ、インテレオンのここが誘ってきてるって言ってるの』
『え、誘う?』
 彼女は頷く。
『オレ……喉渇いちゃった』
 刹那ーーエースバーンは握っていたペニスにグイッと顔を近づけたかと思うと……口づけするように触れ、インテレオンが止める間も無く、甘噛みをした。
 ゾクリと、甘い電撃が体を走る。
『ああっ!!』
 インテレオンの叫ぶような声が響く。その様子に構うことなく、今度はエースバーンは鼻先を近づけて、ヒクヒクとその匂いを嗅いだ。
『はあ……めっちゃ美味そうな匂い……』
『エースバーン……そんなーー』
『ここ、舐めて欲しいんだろ?』
 言葉に詰まる。図星だった。分かりやすいその様子に、淫気を纏ったままエースバーンは少しだけ笑った。
『なんか、オレ……お前に充てられて、体が勝手に疼いちゃうみたいなんだ。でもこれって、体の相性バツグンってことじゃない?』
『そんなことある……?』
『じゃなきゃさ……ユウリとずっとバトルのことしか考えてこなかったポケモンがさ、こんなに……インテレオンの、その……ちんちんに惹かれないって』
『なんで君……そんなエッチになってるの?』
『うるさいな』
 ふと、エースバーンは切なげな顔を浮かべて、訊く。
『……舐めて欲しい?』
 抗う理性は溶けている。ゴクリ、とインテレオンは生唾を飲み込み、そして、頷いた。
『じゃあ、命令して』
『命令?』
『バトルの時みたいに。オレに』
 困惑しながらも、胸中に渦巻く欲望に抗えず口を開く。
『……エースバーン、僕のここーー』
『どこ?』
『うぐっ……僕の、ペニスをーー』
『もっと可愛く言って』
『ええ? その……僕のお、おちんちんを、舐めて欲しい』
『……舐めるだけ?』
『……しゃぶっても欲しい』
『命令してって言ったでしょ。言ってくれよ。インテレオンが、オレのトレーナーになったみたいに』
『……え、エースバーン。僕のおちんちんを……しゃぶれ』
 彼女の尻尾が揺れた。
 そうして……満足そうに口角を上げた彼女の口が、パクリと開いて、自分のペニスに近づいていく。
『……ん』
 直後、生暖かく、柔らかな温もりが、ギンギンに勃った逸物の先端を包み込んだ。
『あっ、エースバーンーーふぁっ!』
 それは、扱かれる感触とは明らかに違う、想像もしなかった刺激だった。
『あっ! うあっ!』
 腰が浮く。
 想像もしなかった快感。刺激を求める愚息を、滑らかで淫らな動きをする、繊細でいやらしい生き物が這っているような気分だった。
 見れば、やはり、自分のペニスは今、エースバーンにパクリと銜えられている。
 あの、エースバーンが。チャンピオンのポケモンで、たくさんのファンがいる、あのエースバーンが。あんなに蕩けた顔をして、エッチな気分に浸って。
 僕の、おちんちんを、しゃぶっている……。
 ジュプジュプと音を立て、愛おしそうに、フェラしてくれている。
 肉厚の舌で、いやらしい肉の味をはっきりと感じてしまうはずの舌で、丁寧に、丁寧に、舐めてくれている。
 見えないのに、逸物で、彼女の口内を、まとわりついてくる舌を感じてしまう。小さな口の中で蹂躙されている逸物の様が如実に頭に叩き込まれてしまう。
 現実とは思えないほど、とてつもなく、気持ちがいい。
『ん……はぁ……』
 彼女の口の中は、とても熱かった。むわっと吹きかけられる吐息も、熱を帯びていて、彼女の昂りすら逸物で感じとれるようだった。
 エースバーンは唾液を滴らせながら、もっと銜え込もうと喉奥に誘う。
 じゅる……と彼女が啜る音が聞こえ、同時に、ギュッと吸い付かれる感触があった。
『んんっ! あっ……ヤバいって、これぇ!』
 叫べば叫ぶほど、逸物への刺激は激しくなっていく。
 先ほど絡ませ合った、あの官能的な舌が、今度は、もっと卑猥な場所を淫らに奉仕している。求めるように、媚びるように、あの甘い舌で優しく触れている。自身のオスとしての情欲が最高潮に達した、卑しい肉の上を。
 コクリ、とエースバーンの喉が動いていた。溢れる先走りを直接飲んでいるのだ。
 ぬるりとした感触と、あの小さな口で吸い付く感触だけがひたすらに繰り返されていた。
 逸物に唾液を塗りつけ、ジュプジュプと、彼女が口の中で弾けさせる音が刺激とリンクし、奉仕する様を魅せつけてくるエースバーンの淫らな行いに余計に興奮を逆撫でされてしまう。
『あっ……あっ……!』
 情けない喘ぎ。されるがまま、逸物を弄られ、体を震わせてしまう。
 そんなインテレオンを挑発するように、エースバーンは時折口から吐き出しては、根元から舌を這わせたり、あの特徴的な前歯を使ってコリっと甘噛みを繰り出した。
 口端から涎を垂らしている。淫気にまみれた液体を。
 そのだらしなさにも、蕩けた自分の顔にも気がつくことはなさそうだ。
 インテレオンは息を荒くして、股座に顔を突っ込むエースバーンを見つめる。彼女も興奮したように鼻息を荒くして見つめ返してくるが、しかし同時に、魅せつけるように、扇情的な仕草でトプリと先走りを吐き出し続ける逸物に、口を使って刺激を与えることをやめない。
『エ、エースバーン……!』
 限界が見えたのは、あっという間だった。
 呼びかけるも、だが彼女は奉仕を止めようとはしない。夢中になって、味わうかのように、逸物を離さない。
『んあ……』
 それどころか、彼女は再び喉奥に銜え込み、グチュっと唾液の弾けるいやらしい音を立てて、口腔で圧迫しながら、キツキツの密度を保ち舌で愛撫を始める。クチュゥ、クチュゥと、まるで精を搾り尽くそうとするような、ゆっくりとしたピストンとともに。
 エースバーンはただただ、インテレオンを攻め立てる自分の淫靡な行為に酔いしれ、彼のペニスに慈しみさえ感じ、奉仕すれば悦ぶその反応に歓喜するように抱きしめ続けてしまう。
『は、離して……ダメ……ああっ!』
 それに応えようとするかのように、逸物はわななき始め、言葉とは裏腹に、インテレオンはエースバーンの頭を股間に押し付けてしまった。
 その行動に驚き、上目遣いにインテレオンを見つめたその眼差しは、命令されたことを忠実にこなし、主人を悦ばせ褒美を得ようとする淫らな奴隷のように媚びていた。
 欲しい、と訴えかけていたのだ。
『イ、イく……!』
 そうして、柔らかな口腔の感触を感じながら、ついに暴発したように精が放たれる。
 逸物が跳ね、エースバーンの喉奥に、歓喜するように欲望が吹き付けられる。性欲の化身へと変貌していたインテレオンの息子は彼女の口の中で、慮ることもなく、吐精する。
『ん、く……んっ……ぷはっ!』
 ビュク、と大量に吐き出す精液が、ようやくエースバーンを決壊させた。むせた勢いのまま、押さえつける手を跳ね退いて、四つん這いのまま酸素を吸う。
『あっ! はあっ……!』
 解放されたインテレオンの逸物はビクビクと跳ね上がりながら、ピュルピュルと精子を飛ばし、やがて収束していった。その肝心のインテレオンといえば、経験したことのない絶頂の余韻に浸り、天を仰ぐようにして肩で息をしていた。
 エースバーンも深く呼吸を繰り返しながら、徐々に萎えていく彼のペニスを眺め、ふと、口元に残る白濁した液体を手で掬う。
 愛しきインテレオンから放たれたその液体は、その白い毛皮によく溶け合うほど、美しく艶やかな白であった。
 ジュク……と、自身の秘所が濡れ、目の前のものを求めて蠢いているのを、エースバーンは感じてしまっていた。

○*○エースバーン○*○ 


 自分がどうされたいのか、なんて全然わからないまま、「ああ、これからオレはインテレオンとタマゴをつくるんだ……」とドキドキしながら、エースバーンは本能が動かすままに彼を求めた。
 自分の知らない、自分だけしか知ることのできないインテレオンの姿を求めた。
 だから、彼が自分とキスをし、触れ、興奮してくれているという事実に胸が高鳴り、メスとして見られている何よりの証である彼のオスらしく勃ち上がったモノに、どうしようもなく惹かれる自分がいた。初めて見る彼の、オスとしての立派な一面。それを目の前にして、感じたこともなかったメスの心がどんどん肥大していき、征服されたいという気持ちが体を震わせた。
 ただそれは、支配されることによって逆に支配もしたいという、いつも強気な彼女らしい感情だったのかもしれない。
 だから、もっともっと、自分に興奮してもらいたい。発情してもらいたい。心のありとあらゆる隙間を、全部自分のことで埋めたい。自分しか見えなくしたい。インテレオンを自分のものにしたい。夢中にさせたい。そして……自分も、インテレオンだけのものになりたい。
 そんな、まるで子供のような、わがままな気持ちが芽生えたのだ。

 エースバーンは舌に残る苦味と、鼻腔に漂うインテレオンのオスの匂いに恍惚としながら、頭を押さえつけられ、欲望のはけ口にされた瞬間を思い出し、ぼうっと顔を上気させていた。
 自分がイかせた逸物を眺めてうっとりとする。美味しいとはとても言えない味も、普通なら顔をしかめてしまうような匂いも、あまりにも強力で、なすすべなく屈服させられ、虜にされ、体に刻まれてしまった。
 インテレオンのもの、という匂いを。
『ご、ごめんエースバーン! 僕、混乱しちゃって……その、あまりにも気持ちよくてーー』
 ようやく息を整えたインテレオンはハッとして、精液を吹きかけてしまったエースバーンの体を見て顔面蒼白になる。勢いよく放たれた白濁液で、彼女の体に淫猥なマーキングを施してしまっていたのだ。彼女自慢の、頭にあるフサフサの赤い毛にもベッタリと付着して、卑猥に映えている。
 加えてインテレオンは、無理やり飲ませてしまったことに自己嫌悪さえ覚え始め、オロオロと、頭を抱え涙目になった。
『と、とにかく体を洗い流そう。ほら、水も出すからウガイしてーー』
 一度の射精は随分とオスを冷静にさせるらしい。今さっきまでペニスを銜えられ喘いでいたポケモンとは思えない。
 しかしインテレオンはまるで考えていなかった。エースバーンはまだ一度もイっていないし、それどころか奉仕の影響でどうしようもなく体が火照っている、ということを。
『インテレオン……』
 切なげに呟くエースバーン。『平気だよ』と笑って答えてくれることを心なしか期待していたインテレオンは、彼女を本当に嫌な気分にさせてしまったかとますます焦る。
 しかし、そうして軽く水鉄砲でエースバーンの毛皮を洗い流そうとした直前、それを止めるかのように彼女はインテレオンに抱きついた。
『このままがいい……』
『え?』
『オレ、このまま……インテレオンの匂い、体につけてたい……』
 甘える声でそういった彼女は、ふと、彼から体を離し、テントの床に仰向けに寝転がった。
 そうして、少し恥ずかしそうに足を広げ、股間部をあらわにする。そこはもちろん、赤い毛皮で覆われ目立たないようになってはいたが、今は、明らかに、その場所から滲み出てしまった愛液でしとどに濡れていることが見て取れた。
『エースバーン……』
 ゴクリ、とインテレオンは息を飲む。
『インテレオン、しようぜ……。オレ、お前とタマゴつくりたい……』
 潤んだ瞳がインテレオンを見上げ、扇情的な姿で煽る。彼の萎えていた逸物が再び鎌首を擡げ始める。
 もはやいちいち、2体の間に同意なんて必要はなかった。
 インテレオンは彼女に近づき、座り込んでお尻を持ち上げると、開脚され濡れていた箇所に、そおっと、触れた。
『あっ!』
『ごめん、嫌だった!?』
『ううん。ちょっと、ビックリしただけ……』
 少し怖かったから、という言葉は飲み込む。
『その、僕、初めてだから……もし痛くしちゃったらゴメン……。君も……初めてだよね』
『そうだけど……平気だって』
『でも、その……挿入する前に、少し解すね』
『え? 別にいいよーー』
『僕もお返ししたいから』
 インテレオンは尻尾を揺らし、少しいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
 そうして彼らしい繊細な手つきで、湿った赤毛をかき分け、そして……わずかに秘肉をのぞかせた秘所をなぞるように撫でた。
『うあっ!』
 ビクリと跳ねる。しかし今度は、インテレオンは何も言ってこない。少し、興奮したような呼吸が聞こえるだけ。
『イ、インテレオン……っ!?』
 刹那、クパァっと秘所が広げられる感覚を得る。
 見れば、インテレオンは自分の恥ずかしい部分を凝視し、まるで匂いを嗅ぐかのように鼻先を近づけていた。
 体が燃えるように熱くなる。
『だ、ダメえ! そんなに見るなあっ!』
『どうして? こんなに綺麗なのに……』
 責められていた時と打って変わって、インテレオンは意地悪になっていた。敏感な反応を示すエースバーンに、僅かばかりの加虐心が生まれたのかもしれない。
『そんなわけーー』
『君の綺麗な下半身の赤い毛と比べて、ここはとても可愛いピンク色をしてる。けど恥ずかしそうにヒクヒクしてーー』
 見られてる、という意識がよりはっきりしてきて、ジュク、と愛液が滲む感覚があった。
 恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。でも……すごく、ドキドキする。
『甘い匂いがしてる。君のこここそ、誘ってるみたいだ。こんなにエッチな汁垂らして……やっぱりエースバーンはエッチだ』
 彼の淫靡で、そして優しいささやき声に、エースバーンは一気に反抗する気が萎み、そして屈服されてしまう。
「エッチ」なんて煽られる恥ずかしさに心をかき乱され、同時に、もっと見て欲しいという矛盾した気持ちが芽生え、エースバーンはただ黙り込んでしまった。
 それは、好きなように自分を弄んで欲しいというメッセージに他ならなかった。
 その気持ちが伝わったのかもしれない。
 次の瞬間、グジュっと、何かが自分の中に分け挿入ってきた。
『ああっ!』
 快感が背中を走り、ギュン、と腹の奥が疼く。奥に待ち受け、オスの精を待ち望んでいるナニカが。
 挿入されたそれは、中で、クニクニと器用に動き始める。それを受け止める膣壁全体が、容赦なく快楽を脳に叩きつけてきて、愛液を溢れさせた。
 こんなに、こんなに快感を素直に送り込んでくる、発情した自分の体が信じられなかった。
『ふわあっ! あっ! あっ!』
 出したこともない、叫びが喉から飛び出てしまう。こんなだらしない姿なんか見せたくないーーそんな思いがふと脳裏をよぎるが、やはり、彼の前なら見せてしまってもいいという相反する気持ちも芽生えてしまう。
 どちらにしても、我慢なんかできなかった。
 恥ずかしい場所を見られ、あまつさえ、いじられているのだ。大好きなインテレオンに。
 脳を蕩けさせる夢のような快楽に、抗う術なんか持ち合わせてはいない。
 ただただ、エースバーンは乱れた。
『んん……やっはり、ほへもあふいね……』
 ふと、刺激に伏せられていた耳が、黙々と責め立てていたインテレオンの声を捉える。しかし、なんて言ったのか分からない。確かめる余裕もない。
『おいひい……』
 滲む視界で、喘ぎながら、エースバーンはなんとかインテレオンを見上げた。
 視界に映ったのは、彼に晒される秘所。そして、そこをいやらしく刺激する彼。
 まるで、滴る蜜を掬い取っているかのように。
 その瞬間、今、自分の中に何が挿入っているのかを察した。
『あっ! インテレーーなんでえッ!』
 反射的に、膣の中を締め上げる。
 彼が何をしているのか理解したと同時に、感度はさらに高まり、途端に敏感な耳が、自分の秘所から奏でられる淫猥な水音を捉えてしまう。それは、愛液と、インテレオンの唾液を、彼自身がかき混ぜる音だ。
『うっ……あぁん! はぁっ……ああっ! あっ! ダメっ……だっーーてえぇッ!』
 全身の毛が逆立つほど、敏感に跳ねてしまう。
 容赦なく、嬲るように、挿入されたインテレオンの舌は熟した果実の、最も甘い部分だけを贅沢に味わっているかのように駆けずり回り、膣穴の隅々まで刺激を与えてくる。
 柔壁と彼の柔かい舌は相性がいいのだろう……どんどん、溶かされるように解されていって、下半身には力すらも入らなっていく。
 苦しいほどに、心臓が早い。でも、叫ぶように嬌声をあげるしかできない。暴力的な快楽にかろうじて腕だけを強張らせ「気持ちいい」と、「感じている」と、体が勝手にオスに伝えていく。本能が勝手に、乱れる姿を魅せつけてしまう。
『ひゃあっ! ああああっ!』
 たらりと垂れてくるインテレオンの涎を太腿で感じる。
 どんどん、濡れていってしまう。彼の望み通りに。
 その時、ひときわ大きな快楽が、身体中を駆け巡った。
 インテレオンが、秘肉の入り口でプックリと膨らんだクリトリスを突然指で弾いたのだ。
 プシャっと、蜜が飛んだ。
『あぁっ! イく! イっちゃうっ!』
 恐ろしい感覚が登ってくる。限界が見える。スパークする。脳が処理できなくなる。
 視界が白くなっていくーー。
『あっ! ああっ! ああ……あーー』
 しかしその感覚は、あと僅かのところで、急速に萎むのだった。
『……え?』
 荒い呼吸を吐きながら、ジンジンと疼く秘所の方を見る。
 見れば、インテレオンはすでに舌を蜜壺から抜き、滴る液体をエースバーンの腹に塗りつけているところだった。
『イ、インテレオン……?』
 もう少しで絶頂を迎えそうだった。しかし彼は、今、秘所への責めを止め、まるで熱を冷まそうとするかのようにエースバーンのグルーミングをしている。
『オ、オレ……まだイってないーー』
『ごめん、エースバーン……』
 そうして彼は体に舌を這わせながら、徐々にエースバーンに覆いかぶさるように顔を近づけ、そうして、軽く口づけした。
『僕、どうしてもこれで、君をイかせたくて』
『あっ……』
 そう言って、インテレオンは軽く腰を振った。その瞬間、硬いモノがエースバーンの秘所に触れる。
 目の前の滾った逸物を見つけ歓喜するかのように、イきそこねた膣が奥まで開き、逸物を飲み込もうと蠢くような感覚があった。
『んあっ……ああ!」
『エッチな声で鳴くエースバーン……本当に、とんでもなく可愛い……』
 焦らすように、インテレオンは逸物の先端を秘所に触れさせていた。その度に体を溶かすような快楽が走る。そんなエースバーンの悶える様を見て、インテレオンは、性器を触れ合わせるいやらしいキスを中々やめてくれなかった。
『ふ、ふざけるなよ……んくっ!』
 こんな、狡くて意地悪なやつだって知らなかった、とでもいうように彼女はふくれっ面をする。
『ごめんって……』
『バカやろ……』
 我慢の限界だった。
 エースバーンは、覆いかぶさるインテレオンの首に抱きつき、いきなり口づけをする。そのまま、めちゃくちゃに舌を絡ませた。あれだけ卑猥なことを繰り返した互いの舌が与えてくれた快楽を、改めて感じるように。
 再び、2体の間に銀色の橋が架かる。
『インテレオン、早く挿入れてくれよ……早く、早くオレを犯して、インテレオンのものにしてくれよ……』
『……エースバーン。愛してるよ』
『オレも! 愛してる! 愛してるから……オレに、オレにタマゴを孕ませて……!』
『……エースバーン!』
 欲しい、欲しい、欲しい。
 もはやそんな言葉しか頭に浮かんでこない。
 何もかもが、どうなってもいい。チャンピオンの生活も、ユウリとの日常も、たとえ明日世界が終わってしまっても。
 今、インテレオンに抱かれたい。
 心を塗りつぶしたい。
 幸福の奴隷にされたい。
 エースバーンの心は叫ぶ。
『きてくれよ……インテレオン』
 刹那ーー自分の中に、すでにとろとろに溶けた膣壁をかき分けるように、インテレオンの硬い分身が侵入してきた。
『あっ……』
 誰も受け入れたことなどないはずなのに、ズニュゥッと挿入ってくるそれを、あまりにもあっけなく、自分の体は享受した。
『あっ……うあっ……!』
 怒張したそれは言っている。大好きだ、だから犯してやる。大好きだ、だから感じさせてやる。大好きだ、だから子種を吐き出してやる。大好きだ、だから証を刻んでやる。拭えないほど腹の奥深くに、インテレオンのものだという、一生消えない傷を。
 ゾクゾクゾク、とエースバーンの体に衝撃が走った。
『あっ……あっ……ああっ!!』
 体内で感じる、自分以外の体の感覚。あの、魅惑的なインテレオンのオスの姿。あの、雄々しい彼のペニス。
 発情しきって、タマゴを孕むことしか考えられないようになっていた彼女の秘所は、まざまざとその様を脳に叩き込み、悦んでいた。
 故に最初の一突きで絶頂を迎えてしまったエースバーンは、時が止まったかのような幸せの絶頂に放り出され、快楽に溺れていってしまうのだった。
 夢のような、おぼろげな記憶だけを残して……。

○*○インテレオン○*○ 


 エースバーンの膣は、とても熱く、とてもきつかった。
 それこそ最初は、逸物の侵入を拒否しているのかと思うほどに。しかし、溢れる愛液がそれを否定していた。
 とろとろに蕩けている。なのに、きつく締め上げてくる。その矛盾した逸物への刺激は、いかに彼女の体が、インテレオンの挿入を悦んでいるのかを示しているようだった。
 犯されることに悦び、奉仕できることに悦び、精子を搾り出し、受け取ろうと、媚びている。欲しい、欲しいと、生き物のように蠢き、銜え込んで、グププ……と奥に誘ってくる。
 そこにおそらく、彼女の意思は介在しない。愛おしいオスに犯される、メスとしての、体の反応に違いなかった。
『ああああっ!!』
 だからなのか、初めてだと言っていた彼女は、焦らしたせいもあるのか最初の挿入でイってしまい、いよいよとろんとした蕩けた顔で性の奴隷に堕ちてしまったかのようだった。
 初めての痛みも、苦しみも、快感も、エースバーンの心はインテレオンの愛情に壊され、何もかもに悦楽を感じることしかできなくなっていたのだ。
『エースバーン、大丈夫……?』
 逸物を包み込む感覚に呼吸を荒くしながら、インテレオンは彼女を気遣う。
 その膣肉は、イった影響もあってか、動かしてもいないというのに舐めるように蠢き、緩慢な刺激を与え続けていた。
 そうしてエースバーンは、嬌声を漏らしながら、艶やかな潤んだ瞳でインテレオンを見つめる。
『んあ……インテレオンのちんちん……おっきいよぉ……』
 ビクリ、と体を痙攣させながら、エースバーンが呟く。震え、でも、歓喜の表情をにじませながら。
『オレ……ちゃんと、挿入れれた?』
『うん……全部、挿入ってるよ』
『オレの中……気持ちいい?』
『うん……めちゃくちゃ』
『へへ……嬉しい……』
 インテレオンは密着する腰と、ズッポリと根元まで挿入した逸物を見やる。
 あるはずの、どうしようもなく屹立した怒張の姿は、今、すっかり見えない。エースバーンの秘所を裂くように、深く、確かに挿入されているからだ。あの柔らかなピンク色の入り口の先に待ち受ける、蕩けた膣壁もはっきりと感じるから間違いない。
 ついに、自分はエースバーンと繋がった。繋がってしまったのだ。
 これが、最上級の愛の行為。交尾。
 なんて……途方もなく気持ちよくて、幸せなのだろう。
 唸り、そしてエースバーンを見る。彼女は口を少し開けて、荒く呼吸していた。彼女も、しっかりと、挿入されている逸物を感じている。この、交尾の感覚に酔うように。
 驚くべきは彼女の秘所で、一見小さいそこは、今やパックリと大口を広げ、味わうようにインテレオンの逸物を銜え込んでいた。
 そうして、彼のためだけの秘洞にでもなろうとその形を覚えていっているかのように、その中の暖かさも、締め付けも、柔らかさも、だんだんとちょうどいいと感じられるように変わっていっていた。
 インテレオンは、その、彼女の体が逸物に慣れていく時間を、緩慢な刺激を楽しみながら、繋がった余韻に浸りながら、待つ。
 やがて、ふと、エースバーンが震える手でインテレオンの頰を触った。
『インテレオン……』
『なに?』
『ちゅーして……』
 言われ、深く挿入したまま、インテレオンはしなやかな体を折り曲げ、頭を抱きしめて、熱く舌を絡めるキスをした。
 そうして、めちゃくちゃに舌を触れ合わせると、感じている彼女の膣も反応し、インテレオンは抑えられなくなる火照りを徐々に強く感じていった。
『エースバーン……』
 口を離して、インテレオンは上半身を起こして、両手をエースバーンの腰に添えた。
『動いていい?』
『……待って。インテレオン……』
 そういうとエースバーンは、腰に添えられたインテレオンの両手に手を伸ばし、握る。そうしてそのまま、彼を前方に倒すように、腕を引っ張って、顔を近づける。いつでもキスができるような感じで、インテレオンはエースーバーンに覆いかぶさる形になった。
 インテレオンはされるがままその行動を受け入れたが、疼きに焦らされ、少し困った顔で首をひねった。
『その……手、握ってたい……』
『……分かった』
 甘えるような彼女の申し出に、インテレオンは微笑んで返すが、ふと、エースバーンは目をそらし、さらに顔を赤らめて呟くように続けた。
『あと、オレ……きっと、その……喘いじゃって、インテレオンの声聞こえなくなっちゃうから……近くに、いて欲しい……』
 潤む瞳が、エースバーンの可愛さを何百倍にもし、インテレオンの心を殴る。
『エースバーン』
 再び、インテレオンは唇を重ねた。
 そうしたかと思ったら、背中に備え付けられている膜を広げて、2体の体を覆った。
『大丈夫、僕は何度でも、君の大きな耳に向かって君のことを呼んであげる。でもそれだけじゃないーー』
 2体を覆ったその膜は、さながら愛の巣にエースバーンを閉じ込めたかのようだった。
 インテレオンは囁く。
『いろんな音を、君に聞かせてあげて、たくさん……感じさせてあげる』
『……インテレオン?』
『好きだ、エースバーン』
 ぐい、とインテレオンは腰を動かした。
 瞬間、2体の体を、ゾワっとした快楽が満たす。
『あっ……』
 ピクリ、とエースバーンの体が震える。
 インテレオンは、ゆっくり、慎重に逸物を半分ほどまで引き抜き、そこまでいくと、再び、ゆっくり、挿入していった。
 ミチチ……とエースバーンの膣肉がペニスを舐め上げてくる。
『あっ! ああっ!』
『はぁ……』
 艶のあるエースバーン声を聞きながら、インテレオンはゆっくりと息を吐いた。
 ギュッと、彼の手を握る彼女の力が強くなる。
 インテレオンは、今度は、少しスピードを上げて同じことを繰り返した。しかし今度は、さっきよりも強く、腰を押し付け、逸物を深くに誘う。
 クチュ、という粘着質な水音がインテレオンにも聞こえてきた。
『あぁっ……うあっ! はぁっ!』
 温かい膣の中が、快感に悶え、襞を絡ませてくる。涎を垂らし、舐めるように、抱きつくように。
 その刺激が、もっと強く欲しくなっていく。
『好きだ、エースバーン……』
 腰の動きに、休みがなくなっていく。
『あっ! やあっ! あっ! あぁっ! インテーーオレも……』
 徐々に高まっていく刺激に、スピードも速くなっていく。
 グチュ、グチュ、と絶え間ない音が、2体の頭にはっきりと届く。
 互いの性器が、擦られるたびに熱いものを漏らし、繋がる熱をさらに昂らせていく。
 暴力的な快感が、理性を飛ばし、心に溢れる愛情に盲目的になり、本能が命じるままに愛情を塗りつける行動に支配されていく。
 そうして、最上級の愛情を押し付けていく。
『好きだ……大好きだ……』
『好きっ! インテっーーレオン! あっ! もっと! もっとぉ!』
 キスを交わす。
 腰を振りながら、めちゃくちゃに、舌も絡ませる。
『んっ! んっ!』』
 燃えるように熱くなっていく彼女の体。舌。それがあまりにも熱くて、離したくないのに、思わず口を離してしまって……途端に切なげに鳴く声が響く。目に滲んだ涙で頰を少しだけ濡らしながら、エースバーンはただただインテレオンを呼ぶ。
『あぁんっ! インテレオンっ! やっ……気持ちいいっ! やあっ! インテレオンっ! インテレオンっ!』
『はあ……はあ……んっ』
 腰を振るたびに、揺れる彼女の体。喘ぐ声。
 感じているエースバーン。自分との、こんなに激しい交尾に、悶えている。
 そんな彼女を見てどこか安心する。自分だけが、気持ちいいんじゃない。
 好きだ。好きだ。もっと、もっと、鳴かせたい。感じさせてあげたい。
『エースバーン……エースバーンっ!』
 唐突に、インテレオンは、彼女の体を舐め始める。そうして、器用に動く舌を使って、彼女のふわふわの白い毛皮を乱れさせながら、コリ、と小さな突起を探し出しては執拗に責めた。
『ああっ! そこ……オレのっ! あっ、だめっ! ひゃあんっ!』
 毛皮に隠された乳首は刺激すればすぐに勃っていき、たちまち快楽を送り出すいやらしい器官となる。そこさえも、熱い。
 インテレオンは彼女の胸に鼻を擦り付けながら、舐め上げていく。最初に感じていた、太陽のような彼女の香りは、今やもう見る影もない。濃く、濃く、インテレオンに匂いが染み付いている。
 信じられないパワーを生み出す筋肉が詰まっていたはずのその体も、今はただただ敏感に震えて、インテレオンの愛撫に悦び続ける。
 そんな変わり果てた彼女に当てられ、腰のスピードも強さもますます大きくなっていった。
『ひゃああっ!』
『エースバーン……気持ちっーーいい?』
『イっ、インテレオンっ! オレ、すごっ……気持ちよくっ……て! あっ! あっ!』
 止め処なく愛液を吐き出し、パチュパチュとぶつかり合う敏感な、卑しい粘膜。しとどに濡れたその箇所は、触れ合うたびに、淫らな音を立てる。
 その音は、2体を包むインテレオンの膜に反響し、耳のいいエースバーンには強すぎるほど届いていた。敏感な耳はそれだけで容赦のない快感を感じさせてくる。エースバーンは全身が快楽に犯されている気分だった。
 そうしてまるで、耳も犯すような鮮烈な感覚を与え、しかし同時に、インテレオンは耳元で甘い言葉を囁き続ける。息を荒げ、ほとんど乱暴に犯しながら、優しい言葉で感じさせ続ける。
『インテレオン……インテレオンっ……!』
 パクパクと口を開け、キスをねだるエースバーン。それにすぐさま応えるインテレオン。
 何度も、何度も……熱さで舌が火傷しそうになっても……それを上回る快感で誤魔化しながら。
 上の口も、下の口も、ただ一つの終着点のために、深く繋げていく。
 その終わりが、早くも、それとも、ようやく、見えてくる。どちらにしろ、止まることはない。
『エースバーン……僕ーー本当にっ……!』
 声がかすれていた。あんなにキスを繰り返していたのに。蒸発したみたいに、喉が渇いている。
 それは自分の名前を、喘ぎながら呼ぶ彼女も、同様だった。
 再奥を、容赦なく突いてしまっている感覚があった。
 蕩けきった彼女の中は、ただただ、タマゴを孕みたがっている感じがした。
 挿し込めば、グプッと、蜜を絡め抱きしめてくるのに、抜こうとするとキツく吸い付いてくる。
 そんなはっきりとした意思を感じるくせに、エースバーン自身は快楽の虜になって、膣の与えてくる刺激に酔わされ、甘えた表情でインテレオンを離そうとしない。
 そんな悦ぶメスの姿に、オスの本能は、ただ、命の繋がりを守護するために子種を捧げようと反応する。
 終わりが近かった。この幸せな時間の終わりがーー。
 それが切なく、そして、怖い。
 快楽に支配される体の中で、ふと、インテレオンの心が叫んでいた。
 この幸せを、失いたくないと。
 しかしそれははっきりと分かっていることでもあった。
 この時間が終われば、もう、これは手に入らない幸せなのだ、ということを。
『好きなんだ……エースバーン……』
 こうして繋がったエースバーンとインテレオンはこの先、今までと同じ関係ではいられないだろう。ただそれでも彼らはそれぞれのトレーナーの元へ帰り、またそれぞれの旅をする。お互い遠い場所で、自分だけの時間を刻む。もしかしたら、どちらかが予想もしない旅路を歩むことになるかもしれない。大きく変わることさえあるかもしれない。
 いずれにせよ、彼らには経験したことのない、未知が待っている。未来がある。この先、何があるのか分からなくても、怖くても、それでも彼らは進まなければならない。成長していかなければならない。今までしてきたように。こうして、大人になっていくのだとしてもーー。
 分かっている。分かりきっていたことだ。
 離れ離れのまま、旅は続くこと。
 この交尾で生まれるタマゴも、誰かの元へ届けられ、2体の繋がりは結局失われてしまうこと。
 これが、一夜の夢のような時間でしかないということ。
 そしてそのことを告げずに、自分はこうして、彼女を抱いてしまったことも……。
 きっと今しか手に入れられなかった、この幻のような刹那の時間を、エースバーンと過ごしたかったから。
 それが、今、インテレオンにとって、とても悲しかった。己に負け、欲望に囁かれるまま、目先の幸せに目が眩んで、卑怯者であることを隠し、浅ましく腰を振る自分が。惨めで、醜い生き物に思える。
 なんて、弱いのだろう。
 自分は、この、幸せの奴隷になることを選んでしまったのだ。
『エースバーン……』
 胸に、痛いほどの幸せが溢れていた。涙がこぼれそうになっていた。しかしもはや自分に、涙を流す権利などない。
 それでもインテレオンは、此の期に及んで縋ろうとしてしまう。
『僕たちは、僕たちのままでいよう……ずっと』
『あ……インテレオン……』
 キスを交わす。限界が近い。
『誓わせて……はっ……僕はずっと、君の中にいた……メッソンであり続けるから』
 また、キスをーー。
『もう、子供じゃいられないけど……どんどんおじいちゃんになるんだろうけど……僕は、それでもーー君の前では、変わらない僕でいたいんだ。だからーー』
『な、何言って……るんだよっ!』
 そう言って、エースバーンは、インテレオンと握っていた手を離すと、そのまま腕を掴んで、抱きしめた。
『オレ、もう……インテレオンを離さない。一生だ』
 エースバーンも苦しそうに、でも幸せそうに、インテレオンには見えた。見えてしまった。
『怖がんなって。もし、お前がどんなに変わったとしても、オレは、お前を見失わない。だってオレ、いつまでも、お前のこと愛してるから。だからさ、インテレオンもーー』
 キスをされた。甘く、長い、長い、キスを。
『今はさ、遠慮なく……オレに、気持ちをぶつけてくれよ。ぜーんぶ、受け止めるから』
『エースバーン……』
 刹那、インテレオンは、エースバーンをきつく、きつく抱きしめた。
 それに応じるように、エースバーンもインテレオンを強く抱きしめ返す。
 そんな彼女に、インテレオンは遠慮なく、いや、望み通りに、交尾を再開した。
 2体はもう、限界に向かってただ一緒に、ぶつけられる愛を感じながら、本能のまま堕ちていくことを選んでいた。
『インテレオン、タマゴ……タマゴ欲しいっ! オレッ……インテレオンが欲しいっ……!』
『ああ、エースバーンっ! 僕も……君とのタマゴが欲しいよっ……!』
 互いに愛を囁きながら、与えられる快感に身悶えしながら、この時間が長く続くことを願い、一方で、精を相手に吐き出したい、飲み込みたいという感覚が、心を満たす。引き返す道などもはやとうにない。終わるしかない。
 だったらせめて、忘れられないくらいの、快楽と、幸せの中で。
 果てていきたい。
『ああっ! イくっ! オレ……ああっ!』
『僕もっ! もう……うぅんっ!』
『出して、インテレオン! オレの中ーーたくさんっ……あっ!』
 激しいピストンで抉られる度にエースバーンはもはや我を失った嬌声を上げ、しとどに吐き出され混ざり合った淫水はテントの床まで湿らし、腰がぶつかり合う度に粘着質な水音を奏でていた。
 この淫乱な宴の主役である、雄々しく勃つ逸物も、蕩けた秘所も、血の滾る色をしながら、歓喜に震えるようにびくびくと震え、種付の瞬間を今か今かと待ち構える。
『インテレオン……! インテレオンっ……!』
『エースバーン! エースバーンっ!』
 抱きしめ合い、快楽による涙で視界を滲ませ、愛しい名前を連呼する。
 そうして、快楽の波が、押し止めていた何かを、最後に一押しし……じわっと、決壊する感覚があった。
『ごめんっ……』
 刹那、ついに、弾けた。
『あっ! ああっ! んああっ! やああっ! ああああっ!!』
 同時に、エースバーンも絶頂を迎える。
『んっ……んっ……』
 熱い、熱い、エースバーンの柔らかな膣の中で、逸物がどうしようもないくらい跳ね、途方もない量の精液を吐き出すのを感じていた。しかし、その精子は、どんどん、エースバーンの中に飲み込まれていく。
 吐精する快感に見舞われながら、インテレオンは本能的に、もっと、もっと奥に吐き出し、少しでも多くの精子を彼女の体に行き渡らせたいと、腰を押し付け続けていた。その度に喘ぎ声が聞こえてくるが、それは明らかに歓喜を含んだ艶のある声色になっており、ますます、一滴残らず捧げたいという気持ちを煽られていく。
『あっ! 待っーーイってる……のにぃっ! ふあっ……熱いぃ……インテレオンの、あぁ……』
 絶頂を迎えた瞬間、腹の奥に大量に吐き出された精液を感じ、エースバーンはその暖かな液体がそこを満たすのをただ感じていた。
 耳は力なく垂れ、ただ、みがわり人形のように動かず、種付されるのを受け入れるだけ。
 しかしそれは……インテレオンの証だった。今自分は、誰にも汚されることのない大切な場所に、インテレオンの愛情の証を刻んでいるんだ。
 そう考える彼女の顔は恍惚だった。
 耳元で、インテレオンが気持ちよさそうに喘いでいる。
 そんな彼の逸物が、孕まそうとしてくれている。その期待に応えたい。
 余すところなく取り込んで、可愛い、可愛いヒバニーを生んで、会わせたい。
 交尾を終え、ぼうっとした頭で、そんなことをエースバーンは考えていた。
 そうしてやがて、インテレオンの精液が満遍なくエースバーンの体に注がれたタイミングで、ようやく射精が終わったのだった。
『エースバーン……』
 少し落ち着いたインテレオンは、ふと、彼女に呼びかける。
『……大丈夫?』
『うん』
 その返事を受けて、インテレオンは彼女に、軽くキスをした。
 そうして、ズルルっと、エースバーンから萎えかけた逸物を引き抜く。彼女は『んっ……』と少し苦しそうな声を上げたが、その後はただ、夢でも見ているかのようにインテレオンを眺めるだけだった。
 つうっと、エースバーンの秘所から注がれた精液が一筋垂れ、テントを汚すが、今更気にするほどではなかった。
 インテレオンは、倒れこむようにエースバーンの隣に寝そべり、腕と、尻尾を使って抱き寄せた。もちろん、彼女も応えてインテレオンを抱く。
『ありがとう』
 インテレオンは言った。
『オレこそ。立派なタマゴ、お前に見せてやるからな……』
『……うん』
『楽しみに……してろよ……』
 そう言って、エースバーンは瞼を閉じた。
 そんな彼女を見つめ、インテレオンはまた、眠った彼女に口づけをし、呟いた。
『愛してる、エースバーン。ずっと。いつまでも』
 少しだけ、エースバーンが笑ってくれた気がした。

○○○エースバーン○○○ 


 牧場に放たれたウールーたちの鳴き声で、エースバーンは目を覚まし、ガバッと体を起こした。
 そうして辺りをキョロキョロと見回し、見慣れぬテントに戸惑う。
『あれ!? どこだここ!?』
 しかし、すぐ隣で眠っていたポケモンに気がつくと、ボッと顔を真っ赤にして、思わず飛び退いてしまう。しかしながら、体に巻かれた彼の長い尻尾に邪魔され、思うような距離は取れなかった。しかも、その尾を引っ張られた衝撃で彼は『ん……』と唸り、もぞもぞと体を動かす。起こしてしまったかと思ったが、しかしインテレオンはまた寝息を立て始め、ほっと胸をなでおろした。
 エースバーンは、ほとんどのことを思い出していた。
『オ、オレ……本当に、インテレオンと……?』
 しかし肝心なことが思い出せない。彼が、仰向けになった自分を、イかせる寸前まで責め立ててきたところまでは覚えていたが、その先がどうにもおぼろげだった。
 確かに、交尾をしたような気はする。しかし、はっきりとそのことを覚えていない。
 そっと、エースバーンは寝ているインテレオンに背を向けて、自分の秘所を確認した。が……ぱっと見、交わった形跡など残っていなかった。それに、体のどこも、テントでさえも、どこも汚れていない。まるで洗われたように綺麗だった。
 もしかしたら、交尾ーーいや告白されたことさえ夢だったのだろうか?
 そんな疑念が頭をぐるぐると回り始める。その時ーー。
『あ、おはよう。エースバーン』
 バッと振り返る。
『お、おう!! おはよう、インテレオン、おはよう! うん、おっす! ははは……』
『いやあ、ちょっと眠たいね。ふああ……』
『そ、そうだな!』
 エースバーンに尻尾を巻きつけたまま、上半身を起こし、眠たげに欠伸をするインテレオン。その様子に、何か不審な感じはない。そう、昨夜、あんな関係になったなんて思えるような兆候は……。
『ーーて、インテレオン! いい加減放してくれよ! お前の尻尾! こんなにグルグル巻きにしてー』
『へ? ああ、ごめん。でも、その前にーー』
 ちょっと怒ったふりをするエースバーンを見て、インテレオンは照れたように微笑んでから、いきなり、巻きつけていた尻尾を彼女ごとグイッと自分の方に近づけた。
『ちょ!? イ、インテレーー』
 そうして、彼は、躊躇うことなく、エースバーンにキスをした。
『う、うわあ!?』
 思わず、顔面を平手打ちするエースバーン。対して呆気にとられるインテレオン。
『へえ!? あ、痛いっーー!? え、なんで!?』
『い、いきなり何すんだ!?』
 耳の先まで真っ赤にした彼女に、インテレオンは首を傾げ、やがて不安そうに呟く。
『ご、ごめん……朝は、キスする気分じゃなかった?』
『あ、朝はって……いや、どういうことだ?』
『あ!?』
 途端、インテレオンも顔を真っ赤にし、尻尾もピンと立てて、慌てたように首を振る。
『いや、違うよ!? 朝からその……そういうことしようとしたわけじゃないからね!!』
『そういうこと!? そういうことってなんだ!?』
『そ、そういうことは、そういうことだよ!』
『なに!?』
『だ、だから……昨日の夜やったこと!!』
『はっきりしろよ、インテレオン! メッソンみたいなやつは嫌いだぞ!』
『う、うぐ……』
 その言葉にインテレオンは押し黙り、やがて視線を泳がせながら告げた。
『だから、その……朝から、交尾しようとしたわけじゃないって……』
 その言葉に、今度はエースバーンが固まった。インテレオンは眉をひそめるような仕草をするが、やがて彼女は震える声で口を開いた。
『あ、あのさ、インテレオン……』
『なに?』
『その、オレたちって……昨日、交尾した?』
『な、なに言ってるのさ!?』
 驚き、呆れた表情を見せるインテレオン。その様子にエースバーンは焦って誤魔化し笑いをする。
『あ、いや! ごめんって! すっげえ変なこと言っちゃったな』
『そうだよ。まるで忘れたみたいな顔をして』
『……え?』
『え?』
 互いに間抜けな顔を晒すインテレオンとエースバーン。しかしながら彼らには珍しく、そこに笑い合ういつものふたりはいなかった。

○○○インテレオン○○○ 


 夕暮れの風は、いつも寂しい気分にさせてくる。
 雲ひとつない空の下で、ウールーたちがオレンジに染まり、のんびりと変わらない日常を過ごす姿を眺めながら、インテレオンは一人、ハロンタウンの外れに来ていた。
 もうすぐ、ダンデはハロンタウンを去り、旅が再開される。リザードンたちはホップの家で最後の時間を楽しんでいるが、そういう気分にはなれなかった。
 そよぐ草原が広大な海のように見えて、その水面に浮かんでいたいような気分になる。ウールーたちのように、のんびりと。
 だからインテレオンは、バタッと、仰向けに倒れた。
 誰かが近づいてくる気配には、もちろん気がついていた。
『……インテレオン』
『やあ。エースバーン』
 彼女はインテレオンの横に来ると、そのまま隣に座った。
『ユウリたちもすぐ出発するんだよね?』
『……うん。オレたちは、明日の朝』
『……そっか』
『次バトルするのはいつかなー?』
『そうだね……』
 それきり黙り、2体は沈黙する。インテレオンはなんとなく、風に揺れるエースバーンの耳を眺めていた。
 その時、突然、彼女はインテレオンに向かって倒れこみ、唇を交わしてきた。驚き、それを受け止めるインテレオン。
『ん……急にどうしたの?』
『ごめん、インテレオン』
 そうして、寝転がったまま、彼女はインテレオンを強く抱きしめた。彼はそんな彼女の頭の、ふわふわの赤毛を撫でて、微笑む。
『もう怒ってないよ。ううん、最初から怒ってない。僕が怒るわけないじゃないか』
『でも、でも……オレ、インテレオンとのせっかくの大切な時間を……忘れちゃうなんて……』
『それは……仕方ないよ。人間がお酒に酔って忘れちゃうみたいにさ……エースバーンはポケモンの本能のせいで酔っちゃったんでしょ。初めてなら仕方ないって。それに、途中まではその……覚えててくれたじゃん』
『でも、インテレオンだって初めてだったんだろ?』
『まあ、それは、そうだけどーー』
『どうしてオレだけ……わけわかんないくらい気持ちよかったのはお互い様なのにさ?』
『う……うん。そうだね』
 ふと、エースバーンはふてくされたように寝転がって、そうしてお腹を撫でる。
『タマゴ……ちゃんとできたのかな……』
 返答に窮すインテレオン。そんな彼には御構い無しに、彼女はインテレオンを見て、求めるように手を握ってきた。ドキリ、としながらもその手を握り返す。
『なあ、もし……タマゴ、ちゃんとできなかったら、またしような?』
『えっと……』
『どうしたんだ? 嫌なのか?』
『そうじゃないけど……そのーー』
『オレたち恋人同士だろ? なあ、それははっきり覚えてるんだ。インテレオンが好きだって気持ちも、全部』 
 不安そうに見つめてくるエースバーンに、インテレオンは安心させようと、笑って頷く。
『僕も、エースバーンが好きだ』
 これで、最後にしよう。インテレオンはそう思う。こうして、自分の気持ちを彼女に伝えるのは。
 でも、エースバーンは首を振った。やはり、インテレオンのいろんなことを見透かして。
『言いたいことがあるって顔してる』
 インテレオンは息を吐いた。
 それは、言いたいことではない。けど、言わなくちゃならない。ぶつけずにはいられないことだった。
 彼女の暖かい手を、ほんの少しだけ、強く握りしめた。
 エースバーンは、もっと強く握り返してきてくれた。
『僕たちは、ポケモンだ。僕はダンデの、君はユウリの、ね』
 空に向かって呟くように言った。
『僕たちはまた、離れ離れになる。次に会っても、ゆっくりすることもできない。僕たちは、選ばれた人たちの、自慢のポケモンだから。そうだろ?』
 エースバーンは黙っていた。
『あれは、夢のような一時だった。そして、夢のまま去っていくんだ。僕たちには、僕たちの旅がある。それを覚悟して、僕は君に告白した。僕たちは、一緒にはいられない。それを分かってて、黙って、僕は君と、特別な関係になることを望んだ。たった一夜の関係になると分かってて……。僕は、最低だ。僕はエースバーンを騙して、抱いたんだ。どうせなかったことになってしまうなら……幻でもいいから、一瞬でも、君を手に入れたいと思って。
 ……嫌われても、なんなら殺されても文句は言わない。僕は君を汚して、傷つけたんだ。
 でも……本当に、勝手なことなんだけど、言わせて欲しいんだ。僕は、エースバーンに受け入れてもらって、とても嬉しかった。そう……ただ受け入れてもらっただけで十分だったんだ。それだけで心底幸せだったんだ。何よりも。だから……』
 ありがとう。
 その言葉は、言えなかった。
 子供のままなら、この悲しさにきっと負けて、涙を流していた。でも、今は、流さない。もう彼女には、子供のような姿は見せられない。そう決められるようになっていた。
 理想のまま、別れを告げようと決めていた。
『忘れてよかったんだ、君にとって。だから僕はもう、君の前に二度とーー』
『な、何勝手なこと言ってるんだよ!』
 不意に、エースバーンは立ち上がって、怒鳴り声を上げた。
 瞳が、潤んでいた。メッソンの頃を思い出すような、大きな、大きな、悲しみを湛えた瞳だった。
『分かんないけど、タマゴ、できてる可能性だってあるじゃんか! オレとインテレオンの子供なんだぞ! なのに、無責任に、忘れろっていうのか! そんなことできるわけないだろ!』
『タマゴは僕たちのものにならないんだ!』
 地面を殴って、怒鳴った。
 エースバーンは、目を見開いて、静かに、驚いていた。その沈黙が、何も知らない彼女が、甚だ我慢できなかった。
 インテレオンは訥々と、今回の経緯を全て話した。彼女の頰を、涙が伝うようになっても。
『……僕は意気地なしだった。メタモンと交尾をするのが嫌で、エースバーンに告白したその先のことなんか何も考えず、ダンデに言われるまま、関係を持ってしまったんだ。独りよがりな、君を愛する気持ちだけで。利用されることになる君の苦しみなんか考えもせず……! 一夜の夢に浮かれてしまって!』
『……インテレオン』
『ごめん。僕は、もう君に合わす顔がないんだ』
 意地でも、涙は流さなかった。
 あの夢のような時間を終えた今、待っていたのはただただ切ない現実だった。しかし、それを自分は受け入れなければならない。
 報いを、受けなければならない。
 その結果、エースバーンとは本当に二度と会えなくなるかもしれない。だがたとえそうなっても、甘んじて受け入れるのだ。
 自分は愛に酔って、彼女を傷つけてしまったのだから。それがどんなに最低だったことか、今なら痛いほどに理解している。
 もう、なにも、取り戻すことはできない。終わってしまった時間は二度と戻ってこないのだから。
 しかしーー。
『インテレオン! 聞いてる!?』
 ビクッとして、目の前に立つエースバーンが視界に現れる。いつの間にか、いつものように、彼女はインテレオンの顔を覗き込むように間近に迫っていた。
 エースバーンはさっきまで泣いていたのが嘘のように、溌剌としていた。
『ほら、立てって!』
『え?』 
 彼女に引っ張られて、立ち上がった。そうして、彼女は二ヘラ、といつものように笑う。
『やっぱりオレ、インテレオンのこと、大好きだ』
『え……?』
 此の期に及んで、なんて残酷な言葉なんだ。そう思った。
 そう思って、視界が滲んだ。嘘偽りのない、ヒバニーの頃から何一つ変わらない、彼女の笑顔のせいで。
『お前、子供のまんまだよなぁ。まあ、オレもだけど』
 太陽のようなエースバーンの匂いの中に、少しだけ、自分の匂いが混ざっていることを、インテレオンはふと感じた。
 決して消えない、その事実が胸を穿つ。
『オレだって、ユウリのことを考えたけど、後先考えずに、交尾したんだぜ。インテレオンが好きで好きでたまらなくて。だからさ、ひとりだけで背負い込むなよ。遠慮せずに泣いてさ、頼ってこいよ』
 エースバーンはインテレオンを見上げたまま、ふと、背伸びをして、頭を撫でる。
 その手は柔らかく、温かく、ヒバニーの頃のように優しかった。
『そのままでいてくれるんだろ。進化して見た目が変わっても、チャンピオンのポケモンになっても。約束だもんな』
『……エースバーン、その約束ってーー』
『へへ……今思い出したんだよ。けど、まあ、乙女の純情を弄んだ罪は、いくらインテレオンといえども重たいぞ! オレが大人しく逃がしてやるとでも思ったか!』
 そう言って彼女は大きく後ろに跳ね、インテレオンと距離をとった。そして、高らかに宣言する。
『バトルだ!!』
『ええ!?』
『インテレオンが勝ったら、許す。オレたちは、一夜の関係だったってことでな! 仕方ないから認めてやるよ。けどーー』
 エースバーンの体が炎を纏う。それは、相当気合が入っている時の闘気だった。
『オレが勝ったら! 意地でもタマゴはオレが育てるし、オレたちは番いとしてユウリとダンデにも認めてもらうからな!』
 インテレオンはポカンとなって、バトルの構えをするエースバーンをしばらく眺めていたが、やがて、顔を伏せて、彼女に聞こえるように大きな笑い声を上げた。
 気づかれないように、そっと、目元を指で拭いながら。
『ズルいな』
 呟く。
『そんなバトル……勝てる気がしないよ』
『なんか言ったか!?』
『ううん。なんでも』
『全力勝負だからな!』
『……もちろん』
『いくぞ!』
 刹那、エースバーンの炎が地面を焦がす。
 インテレオンは、指先を素早く彼女に向け、構える。
 不意に、彼女が笑った。それは、チャンピオン戦の時、初めてバトルした時、一瞬だけ浮かべた表情にそっくりだった。
 かつて、なぜあの時、あんな風に笑っていたのか、聞いたことがある。
 すると、彼女はこう答えてくれた。
『予感がしたんだ。オレは、きっと、これからもっともっと強くなれるって! だって、オレたち……これから一生ずっとそばにいる気がしたからさ!』
 今、インテレオンははっきりそのことを思い出す。そして気づいたのだった。
 自分が彼女に惚れてしまった、たった一瞬の、水の体を焦がすような、その心の炎に。
『ああ、あの瞬間だったのか……』
 そしてそれは今、より強く、紅く、青く、大きく、燃えていた。

○○○ユウリ○○○ 


 スマホロトムの呼び出し音で、ユウリは気怠げに体を起こし、通信を繋げた。時刻はお昼過ぎ。さすがに寝すぎたな、と反省をする。
 画面には、見知った顔が映って、その人物は見覚えのある笑顔を浮かべていた。
「あ、ダンデさん? お久しぶりです。ああ、はい。私今、ハロンタウンに帰ってきてて……。ええ、エースは元気ですよ。インテレオンはどうです? はは……そんなに毎日オロオロしてるんですか。まあ、仕方ないですよ。タマゴがいつ孵るかなんて、分からないですから。でも、大丈夫。エースがちゃんと、お世話してるんで。それこそ、バトルそっちのけで。
 ……でも、ダンデさん。本当にいいんですか? その、番いと認められればタマゴの義務はなくなるとはいえ、インテレオンを、私に預けるなんて……。私がエースをダンデさんに預けようと提案した時はめちゃくちゃ反対したくせに。え? そりゃそうでしょ! 相思相愛のカップルを引き離すわけないじゃないですか!
 ……ふーん、ダンデさんも、実は結構悩んでたんですね。
 ええ、私も、ヒバニーが生まれたら、バトルのメンバーからエースは外そうと思ってました。もちろん引退じゃなくて、休暇みたいなものですけど……。そうですか。いいえ、私も、生まれてくる子には、旅と違った、また別の景色を見てもらうのも悪くないと思います。
 ……ははは! そうですね。分かってます。なんと言っても、エースと私は一心同体! なんで!
 え、私? 私はその……ちょっと、ホップに用事があって。え?
 ……そんなんじゃありません!!
 ……って、いつもなら返すとこですけど、今日は、素直に認めようと思います。
 え? まあ、そうです。いつまでも子供じゃいられませんから。
 じゃあ、また。エース、インテレオンに会えるの、楽しみに待ってます。……はい。
 ああ、そういえば。私が推薦したあの子、ビートをけちょんけちょんに倒して、次のジムに進みましたよ。ビートからすっごく嫌味ーーていうか負け惜しみを言われましたけど。……はい。楽しみです。
 あの時のダンデさんの気持ち、今なら分かるかもしれません。……本当に。
 私、負けません。たとえあの子が、ガラルの新しい未来だとしても。ここにだって、私の、予想もつかない未来があるから。
 信じてるんです。私は、私の道を。
 ……ふふ。ええ、確かに。まだまだ私も子供っぽいですね」
 通信を切り、ユウリはふと、開け放した窓から聞こえてくる声に耳を済ました。
 ボールから出て思い思いに過ごしているポケモンたちの楽しそうな鳴き声に混ざって、エースバーンの歌うような声が聞こえてくる。片時も離さずその胸に抱く、可愛い彼女のタマゴの姿が目を瞑っても浮かんできた。
 きっと、そのタマゴからは、エースバーンのように元気で、インテレオンのように優しいヒバニーが生まれてくるのだろう。
 ふと、広大なガラルを駆け巡ってきた風が、部屋を満たし、故郷の香りを運んでくる。
 のんびりと起き上がったユウリは、その風に誘われるように、仲間たちのところへ向かっていった。

   fin



あとがき
インエスが好きすぎて書きました。(書くの自体何年ぶりだろう…?)このカップリング見出した人、神では? どんなインエスも好きなのですが、書いた結果、自然と、僕口調のちょっとヘタレオンなインテレオン♂×オレっ娘快活エースバーン♀になりましたね…。しかも、エッチシーンだけ書きたかったのに、思いの外、がっつりとストーリーを書いてしまいました。消費カロリーすごかった…。正直、エッチシーンだけでも読んで欲しい(目次で*マーク入ってる箇所がエッチシーンですので)。それだけでもありがたいですし、本文全て読んでくださった方は、もう、本当に、ありがとうございました……! 頑張ったんですけど、どうでしたかね…? 解釈違いもあるのでしょうで、全てのインエス好きに届けとは言いませんが、ラブラブする(意味深)ふたりが好きな人の目に広く届けばいいなと思います。
解釈違いといえば、ユウリやら、ホップやら、ダンデやらを登場させるのは少し怖かったですね。それこそキャラクター像が固定されて、なおかつ多くの人に愛されてますので、あまり自由に動かすのは勇気がいるというか…。あん? と思った人は許してください。
それにしても、新しいポケモンは本当にすごいです。楽しすぎる。正直、まさか今更、どハマりするとは思ってもいませんでした。ポケモンの世界は広がり続けますね。
感想フォーム設けたので、よろしければお願いします。(誤字脱字とかでも…嬉しい…)
では、神絵師のインエスを探しにいってまいります。どうも、ありがとうございました!


お名前:
  • 凄く好きで何度も読んでます、優しい♂インテレと元気な♀エースが好きな上、2匹が繊細で丁寧な文に彩られていて幸せです。
    機会があればまたまこるさんのインエス小説を拝見させて頂きたいなと思いました。素敵な小説をありがとうございます! -- 名無し ?

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Last-modified: 2020-02-14 (金) 01:08:37
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