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妖精ROCK!!!!

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※この小説には読み手を選ぶ官能表現があります。





 連日ヒットチャートの上位を総ざらいし、現代の音楽シーンを彩るアーティストたち。さらにその中でもひと握りの天才にのみ許される都内屈指のアリーナでのワンマンライブを、『フェアリーロック』のキーボード担当・Finiが滑らかに取り仕切っていた。発売5分でチケットは即完、水を打ったように静まり返る2万5千の人間とポケモンたちの傾聴をほしいままにして、鮮やかなパールピンクに染めたFiniのボブカットが揺れる。
 フェアリーロックはスリーピースバンドで、ギターの代わりにメロディのメインを張るキーボード、それからベース、ドラムで構成されている。それだけではなく今回のライブはFiniの多彩な表現をより引き出すために、舞台中央にグランドピアノが設えられていた。チェアにかしこまり、彼がすらりと腕を構えるだけで大会場に緊張が走る。ニンフィアのリボンのような滑らかさで、白指が力強くスタインウェイの鍵盤を打ち鳴らし始めた。超絶技巧のイントロで観衆たちを魅了したのち、譜面台に括り付けていたマイクへ息を吹きこんでいく。ロックピアノの旋律に乗せて名曲を歌い上げる。広いステージを温める他メンバーが音を重ね、Finiの調べとともに最高の音楽を作り上げる。
 ステージは180分間。ジャーン、と最後の鍵盤を叩いて、数瞬の静寂が訪れる。とたんに湧き立った拍手喝采の中、Finiはうやうやしくお辞儀をして、マイクパフォーマンスに移るのだった。



 ――なァんて甘っチョロい夢を、彼は見ているに違いない。
「さて、仕上げにかかるとしますかね」
 6畳ワンルームの安アパート。軋むベッドでだらしなくお腹を晒して寝息を立てる人間、Finiもとい終夜の寝顔を一瞥して、私はデスクトップのモニターに向き直った。開きっぱなしのフリーDAWソフト上で何列にもわたって並ぶ、こだわり抜いてミキシングした音声トラックのギザギザな波形。キーボード・ベース・ドラムそれぞれで録音した伴奏(オケ)と別録りした終夜の声が重ねられて、そのどちらもがバランスよく聞こえるような楽曲に仕立て上げられていた。
 腕から外した鍵を丁寧に並べ、スペースキーの前に身体を浮かべる。人間の指が打鍵しやすいMacのキーボードは、それよりひと回り細いクレッフィの腕とも奇跡的にジャストフィットしてくれていた。確認のためにトラックを再生すると、私の鍵型のツノにつけた吸盤状の金属電導のイヤホンから、ここ2日間聴きまくった音源が流れてくる。う〜ん、このままでも十分だとは思うけれど、サビの部分、もうちょい声が聞こえた方が気持ちいい気がする。チャカチャカと打鍵してピアノの音色を微調整。(キー)の扱いならクレッフィの私にはお手のものなのだ。
 バンドメンバーでドラム担当の(あきら)くん、その手持ちでベースを担当するイエッサンの男の子が歌詞を書き上げたのが3日前。そこからサークル棟の練習室を借りて旋律を覚えこみ、レコーディングを経て、みんなが揃って演奏するそれっぽいMV素材を撮影し、いつもどおり私がミキシングと編集を受け持った。高すぎる終夜の高音にコンプレッサーをかけ、ロックでキメキメのところをあえて裏でリバーブを鳴らし、ベースの低音が欲しいからイコライザーをブーストさせて……、と、こだわり抜いているうちに夜が明けていた。完璧主義は私の悪いクセ。『フェアリーロック』はインディーズレーベルからデビューして半年の大学生(アンドその手持ち)バンドだ。最近はよくSNSや動画サイトにコメントももらえるようになってきたけれど、まだまだ知名度なんて皆無に等しい。深海に住むマナフィにまで俺たちの音楽を届けます! なんてカラオケのYAN CHAMNELで答えてみせたFiniの意気ごみに嘘がないよう、新曲のMVはできたらすぐに世に出していくスタイルなのだ。
 汗と涙と金属疲労の集大成、私が仕上げたフェアリーロックの最新曲『あなたの心はさしおさえ!』(イエッサンのノーチラスは普段は無口でしかつめらしい子なのに、書く歌詞はとても甘い恋愛模様なのが不思議だ)のMVは無事PikaTubeにアップできたらしい。爆発的に伸びていく再生数とぽつぽつ残りだしたコメントを眺めて、私はゆるりと息をついた。ここ2日さんざんいじくり倒してきたDAWソフトの波形を懐かしむように眺めてから、キーを叩いてアプリを終了させた。
 デスクトップ・ミュージック。通称DTMと呼ばれる編曲技術で、私はフェアリーロックのバンド活動を全面的にバックアップしている。人間が操るように作られたベースをノーチラスは難なく担いでいるが、クレッフィの私にそんな芸当ができるはずもなく。バンドを始めた当初から裏方だ。でもいい。終夜たちとは違ってMix師なんて日の目を見ることなんてないんだけど、私はキーと戯れているだけで楽しいから別に羨んでなんかない。
「ん……?」
 なんとなく目を向けたホーム画面の端。そこに見慣れないアプリがあった。ははん、また終夜が変なゲームをダウンロードしたな。上京したての頃ソシャゲに課金しまくってあれだけ後悔してたのに、人間ってのは学ばないもんだ。よし、気分転換に終夜より先に全クリしといてやろう。疲れたときの私のイタズラ心は誰にも止められやしないんだから。もう一徹する覚悟さえあるぞ。カロカロと外付けマウスを転がしクリックすると、パスワード入力画面がポップアップされた。
 終夜の誕生日は……違うか。クレジットカードの暗証、でもない。じゃあ……、高校のときの出席番号?
 トゥん、と小気味良いロック解除音が鳴って、ファイルの封印が剥がされた。クレッフィの開錠能力をナメてもらっちゃ困るなあ。私はいい気になって中身のファイルを適当にクリックすると。
「…………!?」
 再生されたのは終夜の映ったエロ動画だった。



妖精ROCK!!!!

水のミドリ





 私もよく知る見慣れた部屋。見ただけで軋む音まで再現されそうなパイプベッドへ腰掛けたパンイチの終夜。緊張しっぱなしの彼へしなだれるようにして、紺色の袖がするりと彼の股をまさぐった。
「リラックスしてください、感情が尖っちゃってますよ」
 その指先から癒しの波動を丹念に送りこむように、小さな白い手が屹立した彼のものをやさしくなぞる。
「エイミー……っ。お前の初めて、貰ってやるって言ったけどさ……。実は俺も初めて、なんだよ……」
 ぶら下がったクロワッサンのような葡萄色の耳を撫でながら、終夜が熱い息を吐いた。
「そう緊張しないで。……ふふ、名前呼んでくれてうれしいな。わたしも……大好きだから、痛くしないで、ね……?」
 私の知らない雌のイエッサンが、使い古された羽毛布団へうつ伏せになって身を沈めた。白い背中のラインを見せつけるように豊満な尻を振り終夜を誘惑する。カメラ越しにでもわかるくらい生唾を飲みこんだ彼が、無造作にパンツを剥ぎ取って腰を押しつけた。
 お互いに言葉はなくひたすらに荒い息、前戯は済ませてあるんだろうか、しばらく馴染ませたところでぎこちない抽挿が始まった。カメラの角度的に結合部は見えないけれど、ぎち、にちっ、あまりに生々しい音が私の脳内に飛びこんできて――
 反射的に金属電導のイヤホンをツノからもぎ取った。なんだ……なんだコレ。なんでこんなものが。私が世話してきた終夜の、見たこともない裏の顔を覗いてしまったようで。私の腕で握り潰された吸盤型のイヤホンが、使用前の避妊具のように見えてしまう。うへぇ、もう使いたくないんだけど……。
 音なしのアダルトビデオはどこか滑稽だった。雰囲気はリードしていたものの終夜はやっぱり童貞で、ニンフィアに似ているとよく言われる整った顔を快楽で歪めながら、あっけなくHP1に追いこまれて連続こらえるチャレンジを敢行している。対するイエッサンの女の子は初めてだけど枕に押しつけた顔がとても幸福そうで、終夜を果てさせる算段をあの手この手で考えているみたいだった。
 いやなに見入ってんだ私。Macの電源を落とし、どっと疲れた体を自分のモンスターボールへ不時着させた。
 寝不足も相まって頭がグルングルンする。そもそもいつ撮られたやつだ? 旭くんにドラムの録り直しを頼まれて、ひとりで大学のサークル棟まで出向いたときか。とすると昨日の夕方あたりになる。ミキシングがいちばんの山場に差し掛かったところで彼に頭を下げられて、ぜんぶ投げ出したくなったけどどうしてもって彼が縋りついてくるからやけっぱちで家を飛び出したあと。私が血反吐を吐きながら録音ブースに篭っているあいだに、終夜は自宅にファンの女の子を連れこんでめでたく初体験を終えましたとさ。
 は?
 いやもうなんなんだ、こっちはもう7年も恋びとなんかいないんだぞ!
 いやそうじゃない、私が買って出たとはいえ徹夜しているそばで自分だけいい思いをしたアイツに腹が立つのはもっともだけど、よくよく考えるとこの映像だいぶまずい。終夜の初めての相手がポケモンで、しかもそれがバンドメンバーと同じ種族の子だったのだ。ただでさえ聡い同種族の彼――ノーチラスに知られたら、何かしらよくない方向に勘ぐられるだろう。そもそもこんな人間とポケモンがなかよくしているスキャンダルを世間に公表されれば、間違いなく終夜の人生に幕が下りる。芸能人になりかけの若い芽が首を差し出しているようなものだ、週刊誌にとってこんな格好のマトはない。
 ――まあいい。ともかく寝る。もう今日はダメ。頭はたらかね。語彙ゼロ。とりあえず明日しこたま怒ることを腹に決めて、私は意識をすっ飛ばした。

 そもそも私の“おや”は終夜ではなく、彼のお母さんの小夜子ママだ。ママは高校を卒業してからジム回りに没頭していて、譲り受けたタマゴから私を孵して一緒に旅をした。トレーナーとしての才能はけっきょく芽吹かずじまいだったけれど、20後半でいいパートナーを見つけ、地方都市に根を下ろしてから終夜を授かった。唯一手持ちとして残された私は、終夜がへその緒をつけている時から知っている。人間とポケモンだし、生まれた年は12年も離れているけれど、いわば私は終夜のお姉ちゃんなのだ。
 父親が「子どもの頃から芸術、とくに音楽の教養は身につけさせておけ」という教育方針だったためか、終夜はピアノ少年だった。3歳になる頃にはおもちゃの鍵盤を触りはじめ、中学では買ってもらった電子ピアノを猛特訓してコンクールで入賞までしていた。ここまではよかったのだけど、目指していた音大に不合格を叩きつけられてから、情熱が一気に抜け落ちてしまったらしい。滑り止めに受けていた私立の一般大学へ入学してからというもの、一気に自堕落な生活へと変貌していった。
 とくに性に関してはひどい。厳しいママの監視下で過ごしてきた高校時代はアダルトコンテンツに触れることはほとんどなく、上京したアパートで自由を手にした今、その揺り返しで奔放になりすぎている。自慰なんか毎日のように耽っているし、そのための道具なんかもZamazenで買い揃えている。こんな状況、ママが知ったらなんて言うだろうか。とはいえデリケートな問題でもあるし、姉の私でも直接は言いづらくズルズルと先延ばしにしてしまっていたのだ。
 それがこの結果。しっかしまーさかポケモンに手を出すとはね。
「まず聞いておきたいんだけど、あの動画、ネットに公開したりしてないよね?」
「そんな勿体ないことするかよ。俺の秘蔵映像だからな。ミシェルも勝手に見やがって」
「あれれれ私が悪いみたいに言うねえ?」
 中高生から爆発的な人気を誇る新進気鋭のバンドマンは、なにが悪いんだと言わんばかりに6畳一間のパイプベッドでふんぞり返っていた。勝手にロックを解除したことに腹を立てているらしい。日曜日の朝、薄いカーテンの外は年明けの喧騒も醒めやらぬ1月初旬の冬晴れで、それを体現したかのように終夜はおめでたい頭をしていた。
 手持ちの鍵のひとつ――これはママが以前使っていたドレッサーのものだ――を突きつけて、私は強めの口調で終夜をなじる。
「19年間恋びとがいなかったアンタがバンド初めてモテて浮かれるのはわかる。だけどファンの子に手を出して、初体験を撮影して、しかもなんでPCに移したりしてんの? もし流出したらどうなるか分かってる?」
「バックアップ取るのは基本だって、教えてくれたのはミシェルだろ。それにお姉のセキュリティは万全だって、信頼してっからさ」
「う…………」
 ……こいつめ。
 Mix師なんて褒められる機会は動画のコメントでもほぼほぼ無いから、面と向かってこう言われると弱い。というか終夜は無意識のうちに年上の女性の女心を掌握していて、一歩間違えればヒモ男になる素質がある。そんな口車にまんまと乗せられてしまう私はつくづく使い勝手のいい鍵束だなあ、なんて思いながら、いやいや流されるな私! と正気を取り戻した。
 やっぱりというかなんというか、終夜はこれっぽっちも危機感を抱いていなかった。どうせひとりのときオカズとして使いたいから、とかいうどうしようもない理由で撮影したんだろうなあ。う〜〜〜ん頭が痛い。もちろんあの動画はサルベージできないくらいがんじがらめにロックをかけて電子の海へ投げ捨てておきました。
 頭をひねるにつれてねじ曲がっていた両腕を整えて、私は鞭のように振り回していた鍵を肩へ戻した。
「ていうかなんでイエッサンなのさ。ノーチラスの前でも平静でいられる? 彼に知られたらどうするの」
「あー……、それはだな」
 たしかにイエッサンは可愛い。女の子なんかはピンクのアイメイクめいた模様がオシャレで人懐っこく、ポケモンセンターでよく働いているのを目にする。対してノーチラスのような男の子は眼鏡置きのようなかしこまった模様があり、いつもムスッとして気難しいタイプが多い。それでも可愛いは可愛いで、クレッフィなんかよりもずっと――いやいや、私にだってカワイイところはいっぱいあるけども。
 週4以上でセッションしていて、そのたびにノーチラスとも顔を合わせているからイエッサンに愛着が湧くのもわかる。でもそれを当の彼に知られれば「そんな目で僕を見ていらっしゃるのですか。……そうですか」って控え目に嫌がる様子がありありと目に浮かぶ。子供の頃から厳しくしつけられたらしく直接的な拒絶はしない子だけど、それでも不快には違いない。
 終夜がなんとも言えない顔で私を睨みかえしてくる。長年世話をしてきた私にはわかる、これ全然反省してないやつだ。
「なんでバンドが解散しかねないことしちゃったかなあ。ていうか手を出すにしても人間すっとばしてポケモンって……私をそういう目で見たこと一度もないじゃん。それだけ私に魅力がないってことですかあ?」
「いや俺の好みは妖精グループの子でだな……。第一お前とはプロポーションが違うだろ。鉱物っぽいのは俺の好みじゃない。クレッフィなんてツルピカだし」
「はあぁぁぁああ!? イエッサンなんてフワモチでしょーが!」
「それがいーんだろーがよ!!」
「うるせーーーーーーーッ!!」
 コイツ気にしてることを! 気にしてることを! さいきん鉄分摂ってないし寝てないしで肌が異様にテカるのだ。鋼のボディを持つポケモンはまばゆいばかりの金属光沢を持っていた方が美しく映えるワケだけれど、今の私はどちらかと言えば脂ぎったテカり方。というか誰のために徹夜してたと思ってんの! だらけて寝ている終夜の側で私だけ焦燥しているのがバカみたいだ。
 もう()ったま来た。説教してやるつもりだったのにこんなカウンター食らわされるなんて! 本格的にお灸を添える必要があるな。私がお灸なんて持ったらとろけ落ちてしまうので、鋼タイプにはそれらしいものがある。狭い洗面所に飛んでいって、歯ブラシ立てに一緒くたに刺さっているカミソリを持って戻った。
「……ちょっとミシェルさん? 何持ってんの?」
「あれよアレ。ミソギってヤツ?」
「具体的に何するか分かってない顔だな」
「……えーと、身を削ぐんでしょ。ほらちんこ出して」
「ヒェッ!! 違うだろ、ミソギって汚職した政治家が頭丸めるとかするヤツだろ、なんでズボンを脱がそうとする!?」
「髪なんか切ったらそれこそバンド活動に支障が出るでしょうが! そのだらしない下半身ツルッツルにしてあげるから!」
 思わず後ずさった彼を壁際に追いやりつつ、人間が指先で鍵を回すようにカミソリをクルクル回す。ベッドと作業机、あとタンスくらいしかない狭い部屋だ、終夜の腰が机にぶつかったあたりで、たまらず彼が悲鳴を上げた。
「おい、いくらなんでもやりすぎだろ! ちょっとは落ち着けって、なぁマイキー」
 マイキーとは私の愛称で、それを彼が口にするのは決まって都合が悪いとき。また調子良く私を扱うつもりな彼の魂胆が丸見えで、ますます腹が立ってくる。これはもう許されない。
「問答無用!」
「うわっやめべべべべ」
 モンスターボールで私を閉じこめようとする終夜よりも早く、悪戯心マシマシの電磁波をお見舞いする。デスクの球体に彼の指先が届きかけたところで、ぎっくり腰になったご老体のように固まった。一瞬後に崩れ落ちる彼の尻を、キャスター付きの椅子を転がして受け止める。
「……それではオペを始めます」
「や、やめてくれぇ……ウッウッ」
「夜道でポケモンに襲われた女の子みたいな被害者ヅラしないでよ。なんだか私が悪いことしてるみたいじゃない」
 息巻いて終夜のズボンに両手をかけたが、電磁波で動けない相手の身ぐるみを剥がすとかそれこそ夜道で襲いかかるのと犯罪性ほぼほぼ変わらなくない……? いや、彼が小学生のときまでは一緒に風呂に入っていた仲なんだし、姉の私に裸を見られるくらいどうってことない、ハズ。それに万一訴えるとか喚かれても、こんな小さな手持ちポケモンから襲われました、とか恥ずかしくて言い出せないだろ。そうだぞ私、これもFiniとしての活動を支える一環なのだ。「終夜のやりたいことをサポートしてやってね」と言ってくれたママのため。意を決して、というか半ばヤケクソになってパンツもろとも引き下ろす。
 格段毛深いといったことはないと思うが、おそらく生え始めてからほとんど手入れをしてこなかったのだろう、小学生ぶりに見た彼の下腹部は、そこを覆うように縮れ毛がびっしりとはびこっていた。モジャンボも真っ青のジャングルだ。こんなことに引き合いに出されるモジャンボはたまったものじゃないだろうが。
 可愛らしい顔つきをニンフィアとまで言われる終夜が、こうもオヤジくさくだらしない下半身だとは誰も思うまい。それを知っていることに優越感なんて微塵も感じないけれど、ともかく反省してもらわねば。カミソリで剃るまえに、これはハサミであらかた処理する必要がありそうだ。デスクの文房具入れを物色する。私の全長近くあるハサミの取手に両腕をくぐらせ、チャチャチャ、と切れ味を確かめるようにすり合わせた。
「安心なさい。私これでも鋼タイプよ。ハサミの扱いだってお手の物、このまま超絶螺旋連撃だって打てるから」
「危ないからやめて!」
「暴れないで。強めのビリビリいくからね?」
「ぅ…………」
 そんな起電力は持ち合わせていないのだけれど、威嚇まがいに淡く帯電すれば終夜は沈黙した。静電気にあてられた彼の黒い剛毛が、怒ったオーロンゲの髪みたいにツンツンと起き上がる。これは好都合、両手でハサミを操って、茂みの根本に刃を添えた。冷たい感触が伝わったのだろう、小さく息を飲む音が聞こえてくる。長年連れ添ってきた毛むくじゃらの親友に離別の挨拶でもしていてくれ。
「……切るよ」
 ジャギぎッ。消して軽快とは表せない硬い音を響かせて、切り離された縮れ毛が宙に舞う。その行方を目で追うことはせずに、次の茂みの剪定にかかる。じゃく、じゃく、と響く手応えに、ちょっと楽しいかな、とか思ってしまった。……ヤだな、私ったらSの気があるんだろうか。
 数分としないうちに太い毛を刈り落とし、不揃いな長さの下生えを残すのみとなった。ハサミを机にもどし、洗面所から持ってきていたカミソリに持ち替える。薬局で千円出せば買えてしまうような、人間の男性が髭をそるためのT字の4枚刃。
 カミソリの柄に右腕を巻きつけ、刃を終夜のものの根本に押しつけた。ハサミなら電磁波で陰毛を浮かせればなんとかなったが、剃るときにはそうもいかないようだ。悪戦苦闘しているうちに敏感な肌を引っかけたらしく、終夜が情けなくビクッと腰を跳ねさせる。
「せ、せめてジェル使ってくれ……カミソリの隣にあったろ」
「洗面所まで戻るの面倒なんだけど。……枕元にあるローションでいい? いつも終夜がひとりでするとき使ってるヤツ」
「なんで知ってんだよ……」
「モンスターボールの中って、意外と外の様子が分かるのよ」
「マジかよぉ」
 ベッドの下のエロ本の隣に隠してある、私の直径よりも長い半透明のプラスチックボトル。引きずり出したそれの蓋をペケっと弾き、全身を巻きつけるようにして中の粘液をひり出した。デリケートな患部への冷感に終夜が小さく顔をしかめる。カミソリを持つ手が滑ると怖いから、ティッシュでかき混ぜローションを彼の剛毛へ絡みつけていく。
「動かないほうがいいよ……根元からザックリいくかもだからね」
「ひぃ……」
 股まわりを漂う刃物はたまったもんじゃないのだろう、終夜はもはや半ベソだった。ニンフィア譲りの甘いマスクを振りまく彼の、マイク越しでは決して晒さない無残な姿はなんだか嗜虐心をくすぐられる。……やっぱり私ドSですわ。
 刃を柔く肌に押しつけて、そっとずらす。シャリ、シャリ、断片的な悲鳴を上げながら硬い短毛がローションの塊となって落ちていく。たるんだ先端の皮を片腕で持ち上げて、その裏にも刃を滑らせる。カミソリに絡みついた毛は終夜の内股に押し付けて剥がす。ぶよぶよで剃りにくいところは引き延ばし、シワに挟まった恥垢までこそぎ落としてやるつもりで。
 だいたいの縮れ毛を刈り落としたら、もう一度ローションを注ぎ足しカミソリを反対に持ち替える。逆剃りで強めに刃を押し付け、毛根までを根絶やしにしてやるつもりで下腹を刈り上げると、粘液の海を割るようにツルツルの一本道ができた。旧約聖書に出てくる預言者の気分だ。
 除毛作業はミキシングに似ていた。あらの目立つ原音を何度も聞き直し、私の気が済むまで耳に障る音を削り取っていく。彼の肌をなぞって引っかかるところを滑らかにする作業は、それに通じるものがあった。私の腕先ひとつで理想のものが出来上がっていく快感。こんなヨゴレ仕事でも私のサガなのか、完璧に仕上げないと気が済まないのだ。睾丸の裏のシワがよったところが難しい。……うわ、こんなところまで生えてるんだ。こいつはやりがいがありそうだ。
 麻痺が薄まらないように微弱な電磁波を撒き続けながら、20分は経っただろうか。隅から隅まで眺め回して、ようやくカミソリを傍に置く。
「……終わった。風呂入ってきて、後片付けしておくから」
「あ、あの……」
「なに?」
「……おっきくなっちゃった」
「…………、最ッ低……」
 剃毛に夢中で気づかなかったけど、私の腕を離れた終夜のそれは、始めたときよりも膨らんでいた。包皮も剥けかけ先端から金属銅めいた艶の粘膜がのぞいていて、散々触っていたそれからとっさに目をそらす。動画の中で見たときよりも格段に生々しい肉の感じは、慣れない。
 エイミーと呼んだイエッサンの女の子と禁忌を犯したのが昨日の夕方だとして、思えば終夜はそれからずっと落ち着きがない。初体験の衝撃があまりにありありと残っていて、きっと少しの刺激でも反応するようになってしまっているんだろう。
 彼の自堕落っぷりは今に始まった話ではない。だけど今の終夜を野放図にしておいたら、この先どうなってしまうのか。この前だって大学へ行ったものの授業をサボって隣駅のショッピングモールまで遊びに行ったの、知ってるんだからね!? もしかしたら連れこんだイエッサンとデートしていたのかも。ミキシングの片手間に彼のスマホのGPSを辿れば終夜の居場所なんざ丸裸なのだ。クレッフィを敵に回さないほうがいい。
 このままの怠惰を続ければ、大学卒業だって怪しいんじゃないか。再来週には学期末考査が控えていたはずだ。今のままでは単位を落とすのは目に見えている。そもそも音大を諦めてもピアノを続けることがママに提示された進学の条件だったのに、忙しさにかまけて教室を探すことすらせずになあなあになってしまっていた。どれもこれも終夜がたるんでいるのが原因なのだ。
 どうすればこの悲しき性欲モンスターを止めることができる? 今からまたハサミに持ち替えて、ひと思いにチョッキンしてやるか? ……いやダメ、ママに孫の顔を見せられなくなっちゃう。私は終夜を破滅に追い込みたいのではなく、あるべき人の道に戻してあげたいのだ。どうすれば、どうすれば……。
 そういや聞いたことがある。人間は恋びとや夫婦のあいだでパートナーの純潔を求めて、相手の自慰や他者との性交を防ぐ、施錠機能付きの下着があると。確か貞操帯とか言ったっけ。それをネットで買って終夜に取りつけ私が鍵を預かるか? ……いやいやいや無理、そんな気持ち悪い鍵を腕からぶら下げて生活するなんて恥ずかしさで炉心溶融しそうだわ。
 かくなる上は…………。
「わ、私自身が貞操帯になることだ……!」
「……………………、?」
 心の底から何言ってんだって言いたげな顔で終夜が私を見下ろしていた。いや私も何言ってんだって一瞬冷静になりかけたけど、ええい、これは正気を取り戻しちゃダメなヤツに違いない!
 勢いに任せて私は終夜の股間へ飛びこんだ。下腹部へ背中をビタンと押しつけ、ツルツルに生まれ変わった陰茎へ腕を巻きつけ螺旋を描く。外からの力では解けないように先端でガッチリと両手を握りこんだ。肩口まで上げていた4本の鍵を微弱な磁力で弾き、終夜の股関節に沿って固定する。私の腕で編まれた銀の網タイツみたいな貞操帯の完成だ。睾丸の裏にも腕を回しているから、無理にでも外そうとすれば痛みでのたうち回ること必至。
 ようやく私の意図を察した終夜が、悲鳴まじりに叫んだ。
「ぎゃあああッ離れろ! というか貞操帯がどんなモンか知らねーだろ!」
「知らんよ! 知らんけど知るか!」
「会話ができねえ!」
「戒めのつもりで毛を剃ったのに大きくするとか、節操がなさすぎでしょ! これ着けてたら勉強も捗るでしょ!」
「節操もなにも触られたら膨らむのは生理現象だっての! ヌくからお前は先に寝とけ」
「だーーーからそれがダメなんだっての! なァんで私が下半身のマネジメントまでしなくちゃならないのよ!」
「頼んでねーよ!!!」
 開き直った終夜の自慰宣言を毅然として突っぱねた。当然だ。そうやってすぐ自分を甘やかすからダラダラとだらしない生活へ堕落するのだ。爪で引っ掻いたりデコピンしたり、どうにか私を引き剥がそうと必死にもがくが、そんな力でポケモンをどうこうできるはずもなく。私が許さない限り全て無駄。……あ、なんか急に黙りこんだ。デコピン外して玉を直撃したらしい。
「ひとりで禁欲できるようになるまで手伝ってあげるって言ってんの!」
「わ、悪かった、ひぃ、勉強する、俺が悪かったから、離れてくれ……!」
「反省の色が見えないですねえ?」
「いいから離れろこのクソカギ……!」
「あー言った! 糞鍵って言ったハイもう許しませんッ!!!」
 怒りに任せて彼のものをギュ、と締めつける。息子を人質に取られたような悲鳴を上げて、いや実際その通りなのだけど、ベッドでもんどり打って彼は悶絶した。
 切羽詰まった彼の手が金属質な私の肌を滑る。指が目に触れようがピンクのコアを引っ張られようが無視。どうにか呼吸を落ち着かせると今度は情けない声で私に許しを乞う。自分の股間に語りかけるという、おそらくハタから見たらかなり残念な絵面だ。
「む――むり無理ムリっ、し……、しぬ……! ちんこもげるから……!」
「私が許してあげるまでずっとこのままだからな!! せめて2週間、いや3週間このまま反省しろや!」
「今週末は駅でライブの予定だし、来週はエイミーちゃんとお出かけだし、つかお前に股間を握られながらデートとか嫌なんですけど!?」
「そのあとテストだろうがああああ!」
 ガチャン! 貞操帯装着の仕上げにフェアリーロックを解き放つ。終夜の腰まわりへ鎖をがんじがらめに掛けるイメージとともに、私は彼の下腹部へと固定された。
 鉱物グループのポケモンは長いあいだ体を固めておくことが得意な種族が多い。ドーミラーなんかはそうして代謝を遮断し、土器として千年以上も土の中で眠るという。私は貞操帯として3週間、パンツから出土されるまで終夜の射精管理に徹することを腹に決めた。



 貞操帯生活、1日目。
「マジで離れないつもりなんだな……」
「…………」
 朝起きてボクサーパンツを引き下ろし、逆さに覗きこんでくる終夜の呆れ声に、私は聞いていないふりをした。昨日の惨劇を確かめるように指先で外そうといじられるが、もちろん動いてやるもんか。くさびのように内股へ食いこんだ鍵の戒めが、私の腕と擦れてチャリリとかすれた嘆きを上げるだけ。私の意思は鋼より硬いからな。
 ものぐさな大学生のお手本のように昼頃に学校へ出向き、講義を聞き流し、バイトもないので17時頃には帰宅。やはりというか、いちばん苦労していたのはトイレだった。
 私はツルピカだから理解できないが、人間にとって体毛を剃り上げた陰部は子供じみた辱めを感じるものらしい。男性用の小便器では恥ずかしくてズボンを下ろせないと嘆き(そもそも私が露呈する)、毎度個室に駆けこむ終夜はそれだけで哀れだった。私も彼のおしっこで濡れて錆びるなんてことは滅法いやなので、先端からは腕の先を外している。洋式トイレの便座の内側へ押し下げられているうち、抱きついているものの尿道が膨らんで、ぶよぶよに張ったその内側を36.5度の液体が流れていく、なんとも形容しがたい感覚。人間の排尿を肌身で味わったポケモンなんているんだろうか。あと男のおしっこは飛び散るって聞いたことあるんだけどどうなんだろう。深く考えようとして、やめた。湿った肌感覚はマイナスイオンだと思うことにする。滝つぼとかで発生するものだ。美容にいい。
 このときばかりは私もほとんどの感覚器をシャットアウトしていて虚無の波に飲まれそうだったが、しかしそれ以上に終夜の観念したため息が用を足すたびに聞こえてくるから、相当応えているに違いない。そこは狙いどおりだった。このまま大学生活に打ちこんでくれれば私も鬼じゃない、10日くらいで離れてやろうかと情状酌量は考えていた。

 3日目。
「ヌきてえェよおォォォ……!」
 早いわ!
 三日坊主にも程がある。いやニュアンスは微妙に違うか。我慢を3日と耐えられなかったから、石の上にも三日? ……ともかく。
「甲斐性なさすぎなんですけど」
「ワァ喋った!」
「姉を近未来ロボットみたいに言うなし」
 自室のパイプベッドで下半身をさらけ出し、どうにか股間のものを触れないかと終夜は格闘していた。私の口に小指を突っこまれカリカリと引っかき回され、我慢できなくなり久しぶりに喉を開いたのだ。聴覚以外の受容器官も徐々にオンにしていく。全身が柔らかく展性を取り戻していく感覚。
 自分の股間へ熱心に語りかける終夜の顔は、3日ぶりに見てもひどく衰弱しているようだった。数日間自身の生殖器に触れられないだけで、男の人はこうも追い詰められてしまうのか。あまりの情けない顔に同情を誘われたけど、ここで私が折れちゃあ意味がない。憐憫も嗜虐心にすり替えていけ。
「よく耐えたわね下僕。ご褒美として特別に触れることを許しましょう。風呂場へ行きなさい」
「……どうした? ついにおかしくなったのか」
「ココを洗えって言ってんの! ただでさえ蒸れるところに抱きついてるこっちの身にもなりなさいよ」
「やめればいいのに……」
 シャワーは毎日浴びてくれてはいるが、どうしてもそこの手入れは行き届かない。私が彼から離れると、生き別れた息子に再会したかのように終夜が息を飲んでいた。根がバカなんだろう。
「あ……、あった……」
「無くなるワケないでしょ。少しでも強く握ろうものなら電磁波だからね」
「わっ、わかりました」
 彼が開放感に浸っているうちに、私も体をきれいにしよう。洗面器へ溜めたお湯に重曹を溶かしこみ、小さな泡風呂で私もサビを洗い流す。うぅ、全身に金属イオンが満遍なく巡る感覚、きもちいい。弱アルカリのお湯で4本の鍵の歯先までしっかりと洗える喜びですよ。貞操帯フォルムでは食事が難しく鉄分を摂れないのはどうしても身体によろしくないけれど、終夜にだけ禁欲を強いるのも酷な話だ。私も断食してシェイプアップを目指すとしよう。
 股まわりをセッケンで真っ白にさせた終夜は、戒めを解かれて3日ぶりに対面するそれをおずおずと触っていた。しかしそれだけでは満足いかないんだろう、私のほうを目の端でちらちらと伺いながら、腰を隠すように前屈みになっていた。
 はーい見えてますよ。どんだけだァ!
「デデーン! 終夜、OUT」
「ギャん!」
 鍵型のツノを尖らせて、向けられたケツめがけて一直線。ホールインワンは双方得しないのでちゃんと避ける。
 柔肉をえぐられその場で飛び上がった終夜は石鹸で足を滑らせ、プリンを容器から取り出したときみたいに弾み上がって一回転。シャンプーのボトルが並んでいる棚にあった塗料缶をひっくり返す。反応の遅れた私は、使いかけだったらしいその缶から躍り出た真っ白な液体をひっかぶった。
「――!? ちょ、なんでボディペイントのインクなんかこんなとこに保管してんのよ! ってかそもそも何に使ったし! あーーーッもう、あれだけサビ落とししたのにまた鍵までぜんぶ洗わなきゃじゃない!」
「しり! しりが割れる! まっぷたつに!」
「もともと割れてんでしょーがあああ!」
 もうどこが痛いのか分からなくなって全身を庇うように抱きこんでいる終夜の腰に、追撃の電磁波をお見舞いする。これまで何度か股間に直当てしてるけど、これ精子が作れなくなったりしないだろうか。……しないよね。リンパの流れを良くするマグネットとか市販されているし、人体に良い影響しかないでしょ、たぶん。少なくともクレッフィに得体のしれない白濁液をぶっかけるよりはいい。あああ垂れてきて目に入った最悪だあああああ。
 ダイアルを思いきり『冷』にひねってから給水レバーを押し下げる。純銀の肌が傷むまえに塗料を洗い流した。そのままシャワーヘッドへ抱きついて浮遊、バスルームの端にへたりこんだ終夜の股めがけて冷凍ビームを押しつける。
「あんたがあまりに惨めだから外れてやろうと思ってたけど気が変わった。みっちり3週間コースでいくわよ」
「う、嘘でしょ、頼むよそんな殺生な……」
 慈悲はない。這いつくばるようにしてバスルームを出た彼の股間に再び収まり、外されないようフェアリーロックを決めこんだ。観念した彼のため息とともに視界がパンツで覆われる。今日はこのままアパートの自室で勉強でもしれくれれば、と願うばかりだ。

 6日目。
 終夜の通う大学の最寄り、そこから地下鉄でひとつ隣にあるのは地域イチ大きなターミナル駅で、西口の待ち合い広場には駅員に言えば誰でも弾くことのできるグランドピアノが設けられている。今日と明日、つまり週末2日で浮かれている人たちの前で、FIniはソロゲリラライブを行う予定だった。
 あらかじめ私が(貞操帯になる前に)電話を入れておいたので、賑わう朝10時から2時間は終夜の独壇場だ。駅員からピアノの鍵盤を開く鍵を受け取って、人間もポケモンも行き交う改札を突っ切っていく。終夜のパンツの中からでは周囲の様子を窺い知ることなどできないが、漏れ聞こえる雑踏からしてちゃんと時間どおり駅まで出向いたらしい。
 今日の装いはFiniのトレードマークの丸い帽子に、ニンフィアらしい白のシャツとピンクのカーディガン、それでいて防寒用の可愛すぎないコート。普段はズボンもバッチリ決めて人前に立つのだけど、この日は違った。タイトめのチノなんかを履いてしまうと、私の存在感が浮き彫りになってしまうのだ。作業着のようなぶかぶかな長ズボンをタンスの奥から引っ張り出してくるしかなかった。
 おかげで、というべきか知名度がなくて悲しむべきか、誰にも気づかれずにピアノまでたどり着けた。寒く冷えたチェアに終夜が腰を落ち着けた――ような気配が伝わってくる。ぽろん、ぽろろん……。クラシックなイントロには誰も振り向かない。それは計算づくだった。Finiの真骨頂は、8エイトを過ぎてから突然ロック調へ変化する超絶技巧だ。
 鍵盤を叩きこむ彼の姿に、行き交う人もポケモンも、その足を止めて音色に耳を傾けた――のだと思う。音大を目指し高校3年生までみっちりピアノと戯れてきた終夜の腕前は、素人が聞けば超絶技巧まちがいナシなのだから。
 掴みの1曲を引き終えた時点で、けっこうな拍手が私の聴覚でも捉えることができた。家から持ってきた録音で使っているワイヤレスマイクを取り出して、Finiが軽めの挨拶を済ませる。それをピアノの楽譜台に括りつけ、それからの数曲は彼の高音を活かした、PikaTubeでも人気のボーカロイド古音(いにしね)メロの『歌ってみた』だった。若者にはウケがいいらしい、パンツの中からでも女子高生や若いポケモンの黄色い声が聞こえてくる。そんな雰囲気でライブは進み、最後は忘れることなく新曲でシメた。
「――本日発売のフェアリーロック3ndシングル『あなたの心はさしおさえ!』、楽しいサウンドに仕上がっているので応援よろしくお願いします。PikaTubeにMVも上げたので見てください!」
 MVを作るのはもっぱら私の仕事なんだけど。というかそうか、このままだと次作の曲編集ができないのか……それまでに彼を改心させるほかあるまい。
 私にとっては凍えるほど退屈で、彼にとってはおそらくあっという間の2時間だったのだろう。終夜のマイクパフォーマンスが終わると、ほとんどの観衆は改札を通り抜けて彼らの休日へ戻っていったらしい、一斉に遠のく足音が私のところまで聞こえてきた。それでも残った若い女の子たちの応援を受け止め、購入してくれたCDにサインを求められているうち、私の抱きついていた終夜のものが熱を帯び始める。……マジですか。高校生やそれ相応のポケモンに手を出すのは普通に犯罪よ? これ以上彼が道を踏み外さないよう、股のものへ巻きつけた腕をギュッと絞り警告のサインを示す。我ながら優しいなあ。
「はうぅ!?」
「ど、どうしたんですか……?」
「い、いやぁ、なっ何でも……?」
 おそらく内股に折れて額に汗を滲ませているであろう終夜が、サインを手渡した女子高生へしどろもどろに弁明していた。うん、これでいい。フェアリーロックのフロントマンとして、バンド生命を脅かすようなしでかしはあらかじめ諫めておかなければ。
 ミーハーな子たちはあらかた捌けて、最後に挨拶したのは意外かな、声だけで判断すれば50歳前後の人間の女性だった。……まさか熟女好き、とかそんなことはないよな。うん、反応も薄い。いいぞ。
「あ、どうも先生、お世話になってます……!」
「終夜くん、頑張っているのねえ」
「その名前はここじゃちょっと……」
 聴き馴染みのない声、終夜が大学で講義をとっている教授だろうか。雑踏と衣擦れの音で会話の内容までは聞こえてこないけれど、終夜が緊張しているのはわかる。先生……先生ねえ。先生ってもしや教師というよりは芸能関係だったりするんだろうか。音楽業界の大御所で、たまたま聞いたゲリラライブに感銘を受けていきなり地上波テレビ出演が決まっちゃったり……!?
 などとあらぬ妄想に引っ張られていると、マダムの声より一段と近くで誰かが喋りはじめた。
「――ええ、ですからお会いできるのが本当に楽しみでして! プレゼントも用意してきたんです。金属磨き用のクロス、ミシェルさんの好みに合うでしょうか」
「あー……、アイツはそういうの、頓着ないといいますか……」
 ……あれ、この声。金属をかしゃかしゃ打ち鳴らすような、苦手なひとに言わせれば“金切り声”らしい私たちの声色に特有のハイトーン。その中でもしっとりとした低音が耳孔に心地いこの声は、間違いなくクレッフィの雄のものだ。
 どんなひとだろう、気になる。とても。だいたい鉱物グループのおとなは図体の大きいポケモンばかりで、20センチ程度のクレッフィに釣り合うようなサイズ感の子はほとんどいないのだ。生まれてこのかた31年、恋びとがいたことにはいたが、だいぶ奥手でそういう雰囲気になったことはないし、そもそも私自身、自分の体がどうなっているのかよく知らない。終夜に付いて上京するときにメタモンの業者に頼んでママの元へタマゴを残したけれど、ただただ事務的な遺伝子の受け渡し作業で、気持ちいいとかそういうのは一切なかった。物腰柔らかそうな彼に優しくリードされたいな……なんて、年甲斐もなく甘い妄想が溢れだす。ともかくお話しくらいはしたい。できればお茶も誘われたい。あわよくば鍵交換なんかしちゃったりして……!
 とはいえ終夜のパンツから飛び出して「こんにちは、わたしミシェル!」なんて挨拶すればドン引きされることは明らか。どうするどうする私どうすればいい、せめてひと目だけでも……!
 のんきに弟の貞操帯なんかやってる場合じゃない。下腹部に貼りつけていた鍵の磁力を弱め、終夜のものをがんじがらめにしていた腕をほどく。さて、ここはボクサーパンツの中。クレッフィの彼との間には2枚の分厚い壁がある。外から見て変に思われないくらい慎重に、ぶかぶかなパンツの小窓をずらした。聞き耳を立てる。……大丈夫、まだ怪しまれていないな。顔を上げると作業着風ズボンのジッパーから光がギザギザと漏れている。ボタンと金具の隙間に片腕を忍ばせて、ちょっとずつ引き下げていく。水中からターゲットを狙うインテレオンの気分だった。ちゃき、と腕にかけている鍵が鳴って心臓が止まる。焦るな、落ち着け、できるかぎり静かに、だ。人間のパンツの中に潜んでいるなんて知られたらどんな顔をされるかわからないからな。――ああん邪魔だなあ後ろでブランブランしてるやつ、ちょん切っておけばよかったか!
「――ところで肝心のミシェルさんはいらっしゃるのかしら、約束の交換はできる?」
「あ、いやその、ミシェルは風邪で寝こんでまして……」
「クレッフィが風邪? 珍しいこともあるわねえ」
「は、ははは……」
 ……お、みえ、見えそ。なんかツノがねじれて顔がつりそうな体勢になっちゃったけど、も少しでクレッフィさんが拝めそうだ。終夜とマダムが何か話しているけど、ジッパーを下げる手の先に全神経を集中させててそれどこじゃない。みふぇ、見えにょい……見えた!
 ああっやっぱり! 想像通り、いや想像をはるかに飛び越えてイケメンだ! 顔を囲うように走るくっきりとした飾り彫りは、彼が笑うと小さな鍵穴を引き立たせてくれる。アクセントカラーになっている額の宝石は毎日丁寧に磨いているんだろう、くすむことのないパールピンク。それからなにより、腕にかけている4本の鍵がどれも豪勢なものだ。意匠が凝らされているそれらは彼の品の良さをそっと醸し出している。教授のポケモンならさぞ立派な邸宅の鍵を任せられているに違いない。でもなんだろう、どこかで見たことある気が……ううん、思い出せないや。そんなことよりお名前は!?
 クレッフィの彼が私のずっと上を見て、つまり終夜の顔の前に浮かぶようにして、その肩を小さく落とす。
「そうですか、楽しみにしていたんですけれど。新品のサビ落としなんか使ってきちゃって、完全に浮かれていましたね、ぼく」
 浮かれた顔もっとください! というかこっち見て! もっと下ぁ! とっさに手を振りそうになったがいけない、私は終夜のパンツに包まれているんだった。代わりに終夜、もっと会話して彼の表情を引き出しなさい! どうにかしてサインを送らねば。クルーザーに待機する仲間へダイバーが異常を知らせるため酸素ホースを引っ張るように、私は背後にぶらさがったそれをグイと引き下げた。
「@!」
 声にならない悲鳴を上げて、内股になった終夜が股間を押さえつける。一気に変な雰囲気が流れたが、けげんそうにつぶらな瞳を瞬かせるクレッフィさんの顔を拝めたのでヨシとする。
「ど、どうしました?」
「い、いやあの、ずっとトイレ我慢してて……ハハ……。キースさんもなんか、ごめんなさいね、はぅぅ……っ、そ。それではまた!」
「ええ、次こそはよろしくお願いしますよ」
 キースさん。ステキな名前じゃない。いつもはポンコツだけどでかしたぞ終夜! しかも近いうちに会えるってこと? 無い拳でガッツポーズを決める代わりに、私は背後のホースを巻きこんで全身をギュ、と強く握りこんだ。なんか悲鳴が聞こえたけど、聞こえなかったことにした。

 10日目。
 この日終夜は珍しく朝から大学へ足を運び、サークル棟の練習室を借りて電子ピアノを触っていた。バイトのない平日の講義終わりはなんとなしにダベっているが、2人の取っている講義が被らないのが週末と水曜日の午前なので、毎週ここは欠かさず集まると決められている。ちなみに先週の水曜日は禁欲3日目で理性の利かなくなった終夜が仮病を使って休んでいた。元も子もない。
「おう。……終夜、なんかここんとこシュッとした感じするけど。筋トレとか始めたか? 筋トレはいいぞ、なんせ筋肉がつく」
「旭はここ数日で馬鹿になったのか?」
 スタジオ入りして早々、フェアリーロックのドラム担当、旭くんがガタイのいい腕で終夜の肩をどんと叩く。振動が下腹部に貼っついている私にまで響いてきた。終夜はニンフィアに似ていると言われるが、彼はどことなくグランブルに似ている。けど侮るなかれ、都心の一等地に家を構えている、いいとこのお坊ちゃんなのだ。そう扱われることを旭くんはとても嫌っているのだけれど。
「ゲリラライブ、うまくいったみたいだな。ネットニュースになってたよ。女の子のファンでもできてちょっと意識しちゃってる感じか」
「いやそんなんじゃないけど……でも確かに、キャンパスで女の子から声かけられたのも何度かあったんだよな。ついに俺にもモテ期到来か?」
「なんだなんだ、オレにもその秘訣、教えてくれよー」
「えーーーっと、はは、何だろ……」
 よもや貞操帯つけて禁欲することです、なんて言えないもんな。しかも姉に射精管理されているなんて聞かれたらとんだシスコン扱いされるだろう。いやシスコンどころじゃないか、ド変態のM男がいいとこだ。……こう考えると私、けっこう際どいことやっている気がしてくる。ダメダメ考えちゃダメだ。これはぜんぶ終夜のため。彼が真面目な生活に戻ってくれさえすればそれっきり。このバレるかバレないかの緊張感が楽しいとか、決してそういうんじゃないんだから。
 でも実際、周囲の女の子たちの見る目が変わったのは間違いない。講義で寝落ちした終夜は知らないことだろうが、隣席の学部の子たちが「彼、なんかよくね?」と囁き合っているのを私はパンツの中から聞き耳立てていた。むやみな自慰を控えたことで、モテフェロモンみたいなものが放出されるようになったのかもしれない。
「……おはようございます、終夜さま。4分の遅刻ですよ。旭さまは3限の講義が控えております」
 しっとりとした声がパンツの中まで流れこんできて、ちょっとびっくりした。ベースを担当する、旭くんの手持ちポケモンでイエッサンのノーチラス。あまりに静かだから、彼がいることに今のいままで気づかなかったのだ。いつも顔を合わせているときは見ればわかるけど、声がしないとこんなに気配がないものなのか。旭くんや終夜の感情にはいつも気を配ってくれるのに、彼自身の気持ちはほとんど表さない。バンドを組んでから知った仲だから一年半以上の付き合いにはなるけれど、笑ったところを見たことがないかもしれない。
 おそらくいつもの仏頂面でかしこまっているであろうノーチラスを、旭さんがたしなめる。
「遠まわしに嫌味を言うなノーチェ。何度も言うが終夜は友達だし、バンドメンバーだろ。そんな丁寧語、硬っくるしいしいから使うなよな」
「……ですが、おぼっちゃま」
「おぼっちゃまもなしだ。……はぁもう」
「大変失礼いたしました、旭さま」
 重たげにベースをがしゃんと担いで、意外にも長い手の3本指で弦を爪弾く彼はまゆひとつ動かなさい。終夜と旭くんが頼みこんで始めた楽器も、怠らない練習量と器用さで人間にも劣らずジャギーな音色を出してくれる。彼の書く歌詞や奏でる音色がいつもかしこまって素の表情を出さない彼の内面なのかと思うと、なんだか複雑に聞こえてくるものだった。
 映像の中で終夜が交わっていたイエッサンが脳裏をよぎる。彼らはポケモンでは珍しく雄雌によって見た目も能力も覚える技も異なる珍しい種族だ。甘く体をくねらせて白い背中を晒してベッドで喘いでいた彼女と、こんな篤実で執事然としたノーチラスが同じ種族だとは到底思えない。
 バンドの練習は滞りなく3時間続き、昼休みにさしかかる。レーベルから新曲の売上げがどうのこうの連絡が来たらしく、もっぱら話題はそれだった。
「ノーチラス、今回の新曲もよかったよ。『自分の気持ちになって、思いのまま私を受け止めて』って歌詞、バッチリ心に伝わってきた」
「……お褒めにあずかり光栄です。僭越ながら終夜様をイメージしながら作詞させていただきました。お気に召しましたでしょうか」
「そうなの? 気持ちよく歌えた。お客さんの反応もよかったし」
「…………ありがとう、ございます」
 今ノーチラスはどんな顔をしているんだろ。のぞき窓から顔を出したくなって、やめておいた。危険は犯さないほうがいい。
 そう思った矢先、旭くんがなんとなしに言う。
「ところでミシェルは今日、来てないのか」
「あ、エ、まあ、なんか風邪っぽいって」
「編集作業でまた徹夜したんだろ。体壊すなって言っといてやれよ。世話になってんだろ」
「ま、まあね……はは」
 そこは素直にその通りですって言えよ。世話になってるだろ私には。というかごまかし方ヘタか!
 パンツの中でドギマギしていると、続け様に旭くんが怖いことを言った。
「そうだ、ノーチラス、お前に預けるよ」
「え?」
 え?
「いやさ、ノーチェ、生まれた時からうちのお抱え執事で、母さんの手持ちだった古株からすっごい厳しくしつけられててさ。これでもよく喋るようになった方なんだよ。とくに終夜に対して懐いているみたいだし」
「……これで?」
 ……これで?
「だから1週間ぐらい、お泊りしてこい。ミシェルちゃんの看病もしてやるんだぞ。あ、それと俺の大学受験の家庭教師してたくらいだから、期末考査で役立ってくれるはずだ」
「マジで」
 マジで。
 筋骨隆々な旭くんの腕がぐわしとノーチラスをつかんで撫でたのだろう。よろけた彼が終夜の太ももあたりにぶつかって、衝撃に私は心臓が飛び出るかと思った。必死に声を抑えこむ。
「いいよな」
「……。承知いたしました」
 たぶんいつもの執事顔でうなずいたノーチラスをボールに収めて、それを受け取った終夜が尋ねる。
「ちなみに注意しておくこととかある?」
「うーん、とくにないが」
 旭くんはいつもの癖でグランブルゆずりの顎をしゃくるように唸ってから、
「あ、甘いものに滅法目がない」
 割とどうでもいいことを言った。

 14日目。
 日曜日。アパートの自室にカリカリと引っ掻くような音が断続的に続いている。
 なんと、終夜が机に向かって勉強しているのだ。ノートを出して、そこにシャーペンを走らせている。
 聞き耳を立てているが、かれこれ2時間はぶっ通しだ。奇跡だ。ノーチラスが家庭教師をしてくれると言っても、正直集中力なんて続かないと思っていた。彼もほとんど喋らず、終夜が問題に詰まったり、気分転換が必要なとき感情を機敏に察知して、適当なアドバイスをする程度。このたぐいまれなる勉強モードは、きっと2週間目にして禁欲の効果が現れてきたからに違いない。すごいぞ私。苦労して貞操帯を続けてきた甲斐がありました!
「終夜さま、そろそろ目を休めてはいかがですか」
「ん〜……そうだな。そうしようか」
「コーヒーをご用意いたしました」
 温かな香りがデスクの下、さらにパンツの奥まで漂ってきた。コーヒーの入れ方もマスターしているらしい。それも終夜に教えてやってくれ。あとミキシングに疲れた私へ差し出す気遣いも含めて薫陶してやってくれ。
「うむ、自分で淹れるより何倍もうまい」
「お褒めに預かり光栄です、終夜さま」
「さま、はいいよ。俺はノーチラスの主人でもないし」
「で、では……」
 家庭教師の指針で部屋の照度はだいぶ低く設定されているらしい。無音の時間が重数秒あって、細く息を吐くようにノーチラスが言う。 
「終夜、さん」
「ん」
 コーヒーを啜る音。ややあって、今度は決意のこもった彼の声。
「……あの、終夜さん」
 時計の秒針が波打って、言い淀んだ浅い吐息まで聞こえてくるようだった。
「書いて、いただけますか」
「……ああ」
 ノーチラスが勉強の続きを促したのだろう、また、ペンを手に取った気配が上の方からした。……うぅん、私は眠いです。その調子であとはよろしく。
「ミシェルのメイク道具、どこにあったかな……」
 終夜がなんか言ってるけど、まぁ……うぅん、おねむ……。

 17日目。
 水曜日は午前にセッションが設けられていて、それはテスト週間も例外ではない。いつものバンド練習室にしけこんで旭くんと楽器をいじる。テストは今週末ですべて終了するのだが、その土曜日にフェアリーロックの所属するレーベル主催のミニライブがあって、そこで披露する数曲をブラッシュアップするのが早急の課題だった。ちなみに私は風邪の症状が悪化してポケモンセンターで診てもらっていることになっている。
「あー……、なんだノーチェ、少し印象変わったな。なんだ、そういうのが好きだったのか」
「………………っ」
 そろそろ居心地も良くなってきた終夜のパンツの外から、旭くんが数日ぶりの手持ちポケモンとの再会を果たしていた。終夜に勉強を教えている間パンツ越しにはとくに変わったような印象は受けなかったけど、どうなんだろう。ノーチラスは今日に限ったことではないが無口で、やはり気配を消すのに長けていた。この日の練習では、
「い、いいから練習しましょう……!」
 が唯一私が聞き取れた彼のセリフだった。
 ただそれからが驚いた。
 彼の担当であるベースが今までになくキレッキレなのだ。旭くんのもとで過ごしていて抑圧されてきたものを爆発させたかのように、彼のベースはシャウトした。よもやポケモンが3本指で奏でているとは信じられない技巧で、作曲者である彼の、今だからこそできるちょっとしたアレンジも加えながら。それはもう半分寝ている私の聴覚が完全に覚醒するくらい素晴らしくて、終夜のキーボードパートを一部、ノーチラスのベースを合わせて奏でることに変更したくらいだ。
 これで本番を迎えよう、と意気ごんで解散、その調子のまま3限と4限のテストを片付けると、終夜はひとつ隣駅の繁華街へ繰り出したようだった。若いカップルやサラリーマンの喧騒がここまで響いてくる。バイトもないのに怪しいな……と勘ぐっていた矢先、カフェに入った彼が席につくなり鞄をごそごそする。
「終夜さん……!」
「エイミー、久しぶり」
 こ……、この声は!
 嫌な予感的中だ。いつ落ち合っていたか気づかなかったが、全ての元凶、終夜の初めての相手、あのイエッサンの女の子が隣に座っている……らしい。頼んだ特大パフェをあーんしあって、私の頭上では人とポケモンの垣根を超えたイチャイチャが繰り広げられているのか。これほかの客に見られたらどーすんですかあああ? いやこの程度ならまだトレーナーとその手持ちの範疇か? こういうこと考えすぎてなんだかもうワケ分かんなくなってきた。てかこんな寒いのに特大パフェなんて注文するんじゃない。寒くて震えてんじゃねーか! 貧乏ゆすりするな、モテないぞ! いやモテなくていいんだけど! あーっもう!!!
 無駄に消耗する私をよそに、ふたりは連れ立って大通りを歩く。しばらくして終夜はまた椅子に座ったようだった。やけに暗い……しかも大音量で広告が流れている。ははんさては映画館に来たな? 
「終夜さん、ありがと。好きです。……すき、だよ」
「う……」
 オエエエエ甘ったるゥ! さっきのパフェがまだ口の中に残ってるんじゃないのォ?
 映画館のシートの手すりを上に跳ねさせてふたりの間を遮るものを取っ払い、エイミーは終夜に頬をすり寄せているようだった。そっと伸ばした指先で彼の襟元のボタンを器用に外し、終夜の胸板をつつ……となぞった、んだろう。首元へかけられたあったかい吐息に、終夜の股のそれが鋭敏に反応して霜焼けのように膨れあがる。
「ず……、ずいぶん積極的だね」
「だ、だって……。こんなわたしにしてくれるの、あなただけだから……っ」
 おーっホッホッホぉぉイ、禁欲中なのにめちゃくちゃノロケてくれますなあ!
 充血した粘膜が私の腕に食いこんで、締めつけられる痛みに終夜が苦しげな声を上げた。それをもどかしげなため息と勘違いしたのだろう、エイミーがさらなるペッティングを仕掛けにクロワッサンをすり寄せた雰囲気がした。継続的な陰部への鈍痛なんていやでも興奮が収まりそうなものだけれど、どれだけお盛んなのか、終夜の息が荒くなる。腕を彼女の肩へ回したような衣擦れの音が聞こえてきて、あろうことかキスしようとしているのか。でも興奮すれば股間が激痛に見舞われて、頬をすり寄せたり離したりする雰囲気が伝わってきた。エイミーには駆け引き上手とか思われているんだろうが、ところがどっこい終夜が抗っているのは史上稀に見ないレベルのトンチキな板挟みだ。
「ああんもう、ポップコーンがこぼれちゃいますよぅ」
 映画くらい静かに観ろや!

 20日目。
 土曜日はテストが午前の1講義分だけで終わり、それが終夜に課せられた試験の全てだった。そして夕方にはミニライブが控えていて、禁欲効果も極限にまできている終夜はそれも難なく大成功を収めた模様。レーベルのお偉いさんとか、先輩後輩の飲み会の誘いを断って、ファンへの挨拶もそこそこに、すぐに家路についた。そういえば2週間前のピアノライブに現れたマダムも来てくれていて、本当にお会いしたかったです! と感謝を述べていた。どんな心変わりだよ。
 アパートの階段を駆け上がり乱暴に自宅のドアを開く。駆け込みながらコートを脱ぎ落とし、シャツもはだけ、ついでにズボンも脱ぐ。しまいにパンツも取り払われて、久しぶりの部屋の明るさにめまいがしそうだった。
「も――もう限界っ! 頼むマイキー、いい加減外れてくれ!」
「……」
 テストの合否も週間ヒットチャートも、結果発表を待つまでもない。毎日無駄に放出していた精を引き留め、それをすべて勉学とバンド活動に向かって注いだのだから、単位を落とす、売れ行きがくすぶるなんてことはないはずだ。
 うん、よくがんばったよ。
 初体験を終えた健全な青少年が、いきなり長期間の禁欲に耐えられたのだから褒めるべきかも。腕先を睾丸の方へ回してみれば、重たくぶよぶよになった双球が熱く滾っている。きっとドロドロの情欲をその内に詰めこんでいるんだろう。私の腕が表面のひだをさすり上げただけで、パイプベッドにへたりこんだ終夜はみっともなく腰をひくつかせた。
「……3週間も、辛かったんだ」
「下っ腹が、ずっとまだるっこしくて、どくどく熱くて……」
「出したいの?」
「出してえっ、だっ、出したいですうっ」
「……分かった。本当は1日早いけど、特別ね」
 なんだか彼の口調から察せられる射精管理の弊害、というか私が性癖をねじ曲げてしまった感があるけど、まあいい。これで終夜も私も貞操帯生活とはおさらばだ。ささやかながら姉からひとつご褒美をやるとしよう。
 ものへ螺旋状に巻きつけていた腕の握力をゆるめ、腕先から肩口へ波が脈打つように蛇腹をしならせる。根元から先端へ、先端から根元へ……。余っていた皮がぶにぶにと動く感触はあまりいいものとも言えなかったけど、効果はバツグンだったらしい。刺激に飢えていた彼のそれはあっという間に膨らんで、バネの隙間に肉を挟みそうになって慌てて間隔を設けた。
 ベッドのふちへ腰掛けた終夜が、天井を仰いで熱い息を吐く。
「あう……、姉にやってもらってるって、背徳感すごいんだけど……。つうかすげえテク、どこで覚えてくんの……」
「黙ってて」
 彼がいつも指でやっているように、モモンの実みたいに熟れた先っぽの溝をぞりぞりとなぞり上げると、おおおお゛ッ、と終夜が前屈みになって汚くうなった。そうかやっぱりここがいいんだねえ。姉さんをおちょくったらいいように仕返しされるって、少しは学ばないものなのか。MVを作る休憩の合間に調べただけの付け焼き刃なクレッフィの超絶技巧テク、終夜はどこまで耐えられるかしらねえ。
 ふたつぶら下がった玉袋を捏ねてやると、尻の方に力がこもったのがわかった。ものの先端から滲みでる粘液はもう滝のようにこらえが利かなくなっていて、私の腕で泡立てられたそれが熱く纏わりついている。
「あ……すげ、きもっち、ぃい……」
「そう……? なんだか私も……」
 ……いけない、危うく私までそういう気分になるところだった。この間ゲリラライブで見かけたイケメンクレッフィ、キースさんの顔が脳裏にチラついて、慌てて脳内に嫌な音を流す。そういう気分になったところでどうすればいいか私には分からないが、終夜の雰囲気に流されるのは非情にシャクだった。私は弟の性処理を手伝っているだけ。私はオナホ、私はオナホ。世界イチいかれた自己暗示に違いない。
「でそう……あっ、でる、出るでるでる……ッ!」
「ちゃんとティッシュ用意して」
 蛇腹の蠕動を早めると、からまった粘液がちゅにちゅにとキツめの音を立てる。終夜の内股が不随意に痙攣を始めたかと思うと、抱きついていたそれが限界にまで膨れあがった。尿を排出するときの張り方とはぜんぜん違う、雌の胎奥まで遺伝子を届けようとする雄としての本能。男性の絶頂に関してここまでつぶさに観察した者もいないだろう。冷静になろうと決めこんだけど、ものの様子を観察するのもなんか違うなぁ。
「うくっ、ぐぅうううぅ〜〜〜ッ!」
「…………」
 情けない声で終夜は果てた。あらかじめ手繰り寄せていたティッシュに劣情は吐き出されていく。うわ、こんな溜めこんでたんだ。慌ててもう何枚か箱から引き取る終夜が、快楽の余韻を噛みしめるように息を整えている。しかし情けない声、サンプリングして次の楽曲に使ってやればよかったかしら。
 ま、でもこれに味を占めて毎日しない習慣がつくといい。私も久しぶりに腕を酷使したせいか、ものの数分で肩がガチガチに固まってしまっていた。鉄分もたくさん摂りたいし、久しぶりに自由を謳歌して鍵を打ち鳴らしたりしたい。貞操帯フォルム、解除します。
 目を閉じて全身にイオンを巡らせていく私の口許を、そっと近づいてきた何かがくすぐった。かちん、と私と同じ金属の硬質な音が立って、なんだなんだと細目を開ける。それがどこかで見た覚えのある鍵だと思い当たったのと、するり、と私の口の中へ侵入してきたのが同時だった。
 喉奥を突いて……がちゃり。――がしゃらああぁん!
「はふぁああッ!?」
 何が起きたかわからなかった。ただ一瞬にして視界がはじけ飛んで、味わったことのない衝撃に押し潰されるままようやく、開錠音に続きけたたましく響いた音は、私がフローリングに落ちたからだと悟った。
 ちから、入らない。終夜のものから両腕を離したまま、私は地べたで放心していた。何された? ぼぉーっと天井を見上げたまま、気づく。彼の手でつままれた鍵が宙に浮いていて、それを金属室の細い腕が受け取っている。どこかで見た覚えがあって、回らない頭でなんだろうかと考えているうち、針金細工のようなその触手で絡み取られた。だらりんと脱力した鍵束の体がそっと持ち上げられる。
 浜辺に打ち上げられたメノクラゲのように両腕を投げ出して、私はパイプベッドの隅に横たえられた。ゴワゴワのシーツが背中で毛羽立って、痙攣する金属の肌と摩擦が起こる。
「ミシェルさん……。実際にお会いすると、やはりお美しい……」
 放心する私の顔を、小さな影が覗きこんでくる。終夜じゃない、私と同じくらいの、これは、この艶のある低音を含んだ甲高い声は確か……。
「ふへぁ……? き、キースさんっ!?」
「おや、知ってくれているんだね」
 1週間前、フェアリーロックのゲリラライブで見た、終夜の先生だという女性の側にいた優顔のクレッフィ。なんで彼がここに、と混乱の渦潮から抜け出せないでいるうちに、ひどくスッキリした顔の終夜が口を挟む。
「……ずるずる先延ばしにしてピアノ教室通ってないの、悪いと思っててさ。聞いたら旭の母親はピアニストで、何度か先生の豪邸まで習いに通ってたんだよ。しかもたまたま姉貴と同じクレッフィの雄が手持ちにいるって聞いてさ。ほら、いつも世話になってるだろ? 紹介してくれるって言うからさ」
 どこか憑き物が落ちたような終夜の言葉を受け継いで、キースさんがイタズラっ子みたいに笑った。そんな表情もできるんですね、可愛らしい。
「ぼくもノーチラスには厳しくしつけすぎたと思ったからね。彼の思いは尊重してやりたかった。そこで終夜くんに掛け持ったんだ。ぼくがミシェルさんと縁を結ぶから、終夜さんはうちのノーチラスを、……いいや、エイミーを可愛がってやってくれとね。彼がポケモンも恋愛対象で、ノーチラスのことも可愛がってくれていることは旭おぼっちゃまからあらかじめ聞いていたから。自己表現が苦手なあの子でも、ちゃんと愛してくれる確証があった」
 旭くんから預かっていたのだろう、いつの間にかボールから出ていた男の子のイエッサンが、顔を真っ赤にして恥ずかしげに口元を押さえていた。胸元の白い毛がぜんぶ真っ赤に見えるくらい紅潮して、感情を抑制することなく女の子のようにまん丸になった両目はうっすら涙を溜めて、いつから? と訴えかけてきていて。いつからって? 初めからです。終夜が連れこんで女装してしけこんでたときからぜーんぶ知っちゃってますよ。映画館でのノロケっぷりは股間で聞いててビックリしちゃいました。はあああああ〜っ。
 いやいやいやちょっとまって、整理しよう。おそらく整理が必要だ。
 2週間前のゲリラライブと今日のミニライブに来ていたマダムは旭くんのお母さん。で、彼女の手持ちでクレッフィのキースさんは、ずっとマダムの執事を務めていた。その元で厳しく育てられてきたノーチラスは旭くんの執事になって、自分を抑えこんで苦しんでいたところをキースさんに打ち明けた。同時期に私の恋びとをサプライズで探してくれていた終夜がキースさんと偶然話す機会があって、私とキースさんを引き合わせ、終夜とノーチラスをくっつける話がまとまった、と。
 ……なーんだ、私以外全員グルだったんじゃない。
 はじめ終夜のパソコンにあった知らないポケモンとのハメ撮り動画、あれを見てしまった時はこの世の終わりかと思ったけど、こうして聞いてみると終夜、いいヤツじゃん。キースさんに立派な執事になるべく育てられてきたノーチラスは、自分を抑えこんで旭くんのために尽くして、終夜に出会うまでずっとあのしかめっ面だった。一年半もほぼ毎日よくしてくれる相手が人間だろうと同性だろうと、恋心を抱いてしまうのは仕方ないこと。それすら口に出せず、ずっと我慢してきたのか。さぞ辛かったろう。
 ノーチラスを女の子の姿にしてあげたのは、終夜ながらいい思いつきだった。おかげで私が同一ポケだとは思えないくらいにガラッと雰囲気が変わったし、それでノーチラスが救われたのなら大団円だ。
 私が貞操帯になっていたせいで終夜の計画を遅延させてしまったのか。彼の用意してくれていたサプライズも、先生との交換をすっぽかしたりなんやらで顔合わせを2週間も先延ばしにしていたのだ。何てもったいないことをしていたんだ私。……というかキースさんと最悪の初対面なんですけど。しにたすぎる。
 こんな感じに理解が追っつくまで10分くらい茫然としていた気がする。ひどく無様な顔を晒しているであろう私をベッドへ乗っけたキースさんが、私のために選んでくれたらしいシルクで私の汗を拭ってくれていた。
「ぼくの目に狂いはなかった。ミシェルさんも見目麗しいし、ほら。彼らだって、うまくやっていけそうだろう」
「へ……?」
 私の隣でシーツに腰掛けながら、終夜とあのイエッサンが熱いキスを交わしてる。風呂場で変身をすませたのだろう、クロワッサンの耳はヘアピンで下にたゆめられ、女の子の形になっていた。眉間に描き足されたまろ眉はよく見れば、私が自分の額のパールピンクを鮮やかにするとき使っているコスメだ。勝手に使って……まあいいけど。よくよく見れば急ぎ足でペイントしたに違いない、まだ乾いていない体の白い模様は擦れて剥がれたところがある。……あ、あのときの「書いていただけますか」ってメイクして、って意味だったんだ。なるほどぉ。
 私がひとりで納得しているうちにふたりはもう夢中で、そんなことに気づくそぶりすらない。手慣れた様子で「うふふ、毛がなくなっちゃった終夜さんのここ……かわいいです」「こ、これはその……、エイミーの柔らかな感触を、ここでも味わってみたくてさ……!」「あっ、そんな押しつけちゃ、あ、すごい、男らしぃ……っ、あああっ」「か、かわいいよエイミーっ」なんて囁き合っている。バッチリ聞こえてんぞ。禁欲していたのはアンタのためじゃないです、とか、射精管理してたのは私なんです、とか。釘を刺して教えておきたいことはいくつもあるけど、そんなこと言った手前おふたりが止まるはずないし、キースさんにいじられている私自身そんな余裕なんてあるはずもなく。
 私の唾液で白金に輝く鍵が、また口許を遊ぶようになぞる。引っ掻いたときの微かな金属音すら立てないような、いとしの彼の優しげな手つき。
「ミシェルさん、ぼくたちも楽しもう。クレッフィ同士なんだ、どうされると気持ちいいか、全部わかってるからさ」
「ふぁあぁ……!?」
 キースさんの甘い声に浮かされつつも、ああ、私を開錠したその鍵に、やっと気づくことができた。
 そうだ、あれは私がひと目惚れした最高級グランドピアノの鍵、スタインウェイ・アンド・サンドのそれだ。砂鼠の瞳のように黒光りする鍵盤の蓋に彫られた鍵穴が、ちょうどクレッフィの口の形にそっくりで。あの鍵で開錠されたらどんな心地なんだろうかと、子供心ながらに妄想ばかりしていたんだった。
 取手に一対の精巧なS字曲線の細工を施された鍵先が、暗闇で鍵穴を探すように私の口許を撫でる。紅潮して笑うキースさんの瞳が、虹彩認証のように私の心をアンロックする。
「あ、キースさ、私、こういうの初めて、でっ……!」
「大丈夫、肩の力を抜いて。ぼくの鍵は4本とも、グランドピアノの鍵盤を守るものなんだ。気に入ってくれるといいんだけど……」
 あ、来る。入ってくる。右腕でしっかりと握られた、使いこまれて鈍い艶を放つ彼のもの。1枚歯がブレードから横に張り出したシンプルな構造の突端はどれほどの秘密の鍵盤をこじ開け、どれほどの蝶番を高い声で鳴かせてきたんだろうか。あらぬ蜜でべしょべしょになった私の喉奥へ――私でさえ知らないような深さまでヌルリ、と差しこまれた。
「ふっぐ、うぅ、ふうぅん……ッッッ!」
「あ……ははっ、いい顔だよミシェルさんっ……!」
 そっと挿れられただけで、鍵穴の隙間を縫ってあられもない声が出た。苦しいけどそれ以上にないフィット感。31年間生きてきて初めての充足感。本能的に分かる、私と彼、体の相性バッチリだ。
 そのまま反時計回りにゆっくりと傾けられる。私でも知らない私の身体が、優しく調律するような手つきで彼に暴かれていく。どこか奥底に眠るシリンダーのピンを次々と持ち上げられ、かちゃんっ! 小気味良い喘ぎ声を上げて絶頂してしまう。鍵を正確に90度回され一直線に並べられた私の弱いところ、その溝を彼の鍵が甘い抽挿でじっくりとなぞる。私の体に彼の形を覚えさせるような、彼の形に変えられてしまうかのような陶酔感。突き上げられた快楽の頂点からゆっくりと私が降りてこられるよう、何度も何度もしつこいくらいに味わわせてくれる。
「す……すぎょ、これ、すごいいぃ」
「鍵をやるのも初めて……だったんだね。すごいでしょ? ぼくの鍵。次はコレで責めてあげるね……」
「ひ、ひぺぇぇ……」
 ベーゼンドンファンの湾曲した鼻のような鍵。ベヒジュカインのシダ植物みたいにとんがった鍵。YAMIRAの宝石みたいに艶やかな鍵。彼が巧みにさばくどの鍵も、私の鍵穴にジャストフィットだった。象の鼻のような器用さで、植物のトゲがブラシのように隅々までをかき回し、ダイヤモンドくらい硬い突端で金属質の口内をほじられる。抜き取られるたびに私は全身を震わせオイルを吹き上げていた。フローリングに寝かせられていたら、私の腕にかかった鍵と全身がけたたましい音を立てていただろう。クレッフィ同士でしか味わえない究極の睦み合い。やば、しあわせ。こんなの病みつきになっちゃう。終夜ごめん、こんな気持ちいいこと3週間も禁止されてたら発狂しちゃうよね……。
 横目で彼のほうを見やると、もう終夜は私のことなど気にもかけていなかった。枕を抱かせるように押し倒したエイミーの両脇へ手をついて、丸々とした尻へ何度も何度も腰を叩きつけている。
「すっげ……、エイミーのなか、本当にフワモコだ……!」
「ふぅうううんっ、ぅあああっ、ぁ、わ、わたし女の子、女の子になっちゃ、ああああああっ!!」
「もう俺の、女だよッ!」
「〜〜〜〜〜っッッ!!」
 横目で見ているだけでも分かるくらいエイミーの尻が深く痙攣して、ああ女の子の気持ちよさを味わってるんだろうなあ、とひと事みたいに思った。これ育ての親であるキースさんはどう思っているんだろう。開かずの金庫をピッキングして調べる鍵師の手つきで私の口をいじっている彼を見上げると、にっこりと柔和に笑った目と目があった。まるで私のことをぜんぶ分かったよ、とでも言いたげに、4本の得物をとっかえひっかえ、私の口をダイヤルのように正確に回す。それだけで意識が吹き飛びそうになるくらい気持ちいいんだけど、4本目のスタインウェイがカチリと音を立てたとき、今まででもいちばんすごい波がきた。
「はぁああっ、あああああああああッ!!」
「ははっ、ふうッ、ほら、ようやく外れてくれた」
 自慢げに私の頭を撫でるキースさんが、もう片手に丸い何かを持っている。何を、と直接確かめるまでもなく、それが何かわかった。私の下半身にぶら下がっているピンクのコア、それが外されて彼の手の中に。
 ギョッとしたが、それよりも味わったことのない開放感とエクスタシーにただただ呆然とするばかり。そんな私を気づかってか、キースさんが教えてくれる。
「ぼくたちクレッフィはこうして遺伝子のやり取りをするけどさ、ミシェルさんの核、とっても硬くて苦労したよ。でも外れてくれたってことは、ほら、ね……? 交換しよう」
 慣れた手つきで自分のものも外したキースさんが、熱っぽい視線で求めてくる。ぼやぁっとした顔で頷くと、私のコアが埋まっていた穴へ彼のそれが宛てがわれた。ネジをはめるようにきゅ、と秘孔へ押しつけられただけで、ツノの先までピンと弾かれるような絶頂感。本能が悦んじゃってる。そうか。さんざん口の鍵穴をいじられていたのはすべて前戯で、これが私たちクレッフィの本番行為、遺伝子のやり取りなんだ。
 なんだよ。貞操帯つけてたの、私の方だったじゃん。
 ちらと終夜の方を見やるとあちらはもう終わっていて、お掃除とばかりにエイミーが彼の股へ口づけをしている。イエッサンってやっぱり献身的なんだなあ、とかなまくらな思考がぼんやり頭の隅をかすめていったけれど、なんというか、幸せそうで何より。
 クロワッサンの髪留めが外れないように気遣いながら、終夜がフワモコの頭を撫でる。
「もう我慢しないでいいからな。エイミーのやりたいことなら、なんでも応えてやるから。遊園地いこう。この姿ならかえってバンド仲間のノーチラスだとも知られやしないさ、外野からとやかく言われることもない。ひと目を気にせずイチャイチャしよう」
「う、嬉しい……。じゃ、じゃあ……こういうの、やってみたい……かも」
 きれいに口で拭き取った終夜の股へ、エイミーが小さくまじないを唱えた。なんか絶対によくない効果を付与しそうな、赤々としたバツ印が浮かぶ。とろんとした瞳でエイミーの愛撫を受け取っていた終夜が、異常を確かめるように股ぐらをさすり上げた。
「な――なんだコレ!?」
「封印のおまじない。貞操帯、好きなんだよね……ボールの中から見ていたよ。今日からはミシェルちゃんに代わって、わたしが終夜さんの射精管理……やってあげるから」
「ノオオオオオオ!!」
 なにやってんだ、なんてツッコむ余裕もない。
 私の中にキースさんの遺伝情報が流れこんできて、ぎゅっと蓋をするように穴がコアで塞がれる。直感的にわかってしまう、これ、私も自由に外せないヤツだ。これを取って、今回みたいに気持ちよくさせてもらうにはもう、彼に頼むほかないんだろう。
 キースさんにクロスで汚れた口元を磨き上げられながら、思う。これで終夜の大学ライフも、バンド解散の危機も、当面は守られたらしい。堕落生活から脱却したことをママに知らせれば喜んでくれるはず。
 もちろん貞操帯のくだりを省いて言えば、だけど。なんだか人としてポケモンとして道を大いに踏み外した気がしてならないけれど、私は気づいている。

 こういうのって、よく考えちゃいけないヤツだ。






おわり




あとがき

どうにかしてポケモンで貞操帯プレイはできないやろか……せや、クレッフィちゃんならできるじゃん! って思いついたヤツは相当頭わるいと思います。私です。そんな小説ポケモンで書いた初の人類だろうしこれからも現れないことを願います。
貞操帯って南京錠で施錠するらしいんですけどクレッフィにも鍵穴ありますし、なんとおあつらえ向きなことか。図鑑では高さ20cmなのでちょっと腕は余りそうですかね、ミシェルちゃんは小さな子なんでしょう。その手でがんじがらめにものを巻きつけておいて、口を開錠することで貞操帯が外れる仕組みにすればちょうどいい。パンツに収まるかどうかは曖昧なところですが、なんか面白いんで気にならないですよね(急に雑)。
プロット段階で3週間パンツ生活だったので、ミシェル中心では物語が展開しないのが難しいところ。それなら彼女の見えないところで他キャラが女装していたら面白いんじゃない? と雑にイエッサンを白く塗りました。イエッサンくんはかわいいね……あのおしりセクハラして長い腕で無言のまま振り払われたい。オスメスで姿が異なるポケモンはけっこういますが、イエッサンやプルリルみたいにムスッとした子と人懐こそうな子で分けてデザインされているとキャラ付けがしやすくてたすかります。
ミシェルちゃんがずっとパンツの中にしまわれていたので描写がたいへんに面倒でした。パンツの中から終夜を諫めるところはおそらく読んでて楽しいシーンなので、そればっか書きました。あといいタイトル思い付いたな〜ってエントリしたら書き進めるうちに全然ロック関係なくなってしまって焦るなど。はじめは動画投稿者の話にしようかと思ってたんですが描くうちにどんどん普通の大学生になっていってタイトルとの整合生への危機感がすごかった。なんなら投稿締切り日までユキメノコだったところをイエッサンにしましたし。そこは変えてヨカッタ。




以下大会でいただいたコメントに返信を。


・エイミーもミシェルもとても可愛らしくて魅力的なキャラでした。 終始続くミシェルのギャグ的なノリが独特で、鍵プレイには笑わせてもらいました。 自分は男の娘は好きではなかったのですが、エイミーには悩殺でしたね……。 (2019/12/12(木) 18:30)

イエッサンくんちゃんかわいいですよね! かしこまった執事くんがベッドの上では別のご奉仕……って考えるととてもアツい。いっぱいメイクしてオシャレさして甘いものたんと食べさせてあげたいなあああ。
クレッフィもかわいいんですけど、鉱物グループってそのままの濡れ場かくの非常に難儀なことが多くて、今回はこんな形になりました。コアうんぬんは以前ディアンシーで使って鉱物グループの子に対してとても相性がよかった。でも鍵プレイは私か狸さんくらいしか思いつかないんじゃないですかね。どうぞみなさまのクレッフィちゃんもお気に入りの鍵でガッチャンガッチャンしてあげてくださいね……


・ハイテンポかつハイテンションで進んでいく乱痴気下半身騒動にダイソウゲン生やしっぱなしでした。ミシェルと終夜の軽妙なやり取りがいちいち面白く、「YAN CAMNEL」とか「Zamazen」とかの小ネタもユニーク。その上でオチに向けての伏線が何とも巧妙に隠されていて息を呑みました。二週目読むとなるほどなあと頷かされることばかりで、構成の巧みさを感じさせました。面白かったです! (2019/12/14(土) 17:49)

クレッフィの貞操帯で書こう! と決めたときに本気めのSMプレイでいく択もあったのですが、ポップな方が読みやすい内容になるだろなってことで今の形になりました。普段はなかよし姉弟の痴話喧嘩って感じ。ギャグもそれほどパンチ力はないので、ポケモンが股間に貼りついてるシュールさ、みたいなところを楽しんでいただけたらこれ幸い。剃毛と装着するところはとてもスルスル書いていた気がします。
ポケモン界の超王手ネット販売サイトZamazen、どんな過酷な労働環境でも巨獣弾の速さで商品をお届け!


・ヤバい(確信) なんだろう……この……こういうのも……なんというか……えっち……。 (2019/12/14(土) 22:55)

大事な鍵を忘れたり普段の生活が堕落しているトレーナーさんは……ドSいたずら心クレッフィちゃんに……射精管理されてください……クソ鍵とか口を滑らせたら罰として装着期間が増えるので御注意を。
今作はわりと官能表現ひかえめ(当社比)だったのですがえっちみを感じていただけて何よりです。


・剃毛、生きた貞操帯、イエッサンの女装、クレッフィの開錠プレイとアイデアがぶっ飛んでて、展開もしっかりとまとめられていて面白かったです。 (2019/12/14(土) 23:54)

書きたいことだけ書いてけっこう無理やり目にストーリーを繋げました。いや途中で私自身なに書いてんだって思いに何度も駆られたのですが、これは面白い、これは面白いはずだと念仏唱えながらキーを打ち込んでました。世界イチいかれた自己暗示ですね。


読んでくださった方投票してくださった方主催者様、ありがとうございました。


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Last-modified: 2019-12-15 (日) 17:05:15
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