うちの兎が可愛い。
この一文だけでもう周りからは親バカのそれと分かるだろう。
仕方がないのだ。この感情は抑制できなくもないが、抑え込むと自分が自分で無くなっていく一過性の爆発物でできている。
定期的にガス抜きをしないと爆発した時に何をやらかすか分からない。
うちの子が可愛いとは詰まる所そういうものなのである。
可愛さとは毒なのだ。
砂糖と同じ中毒性を孕んでいると言っても過言ではないし、真実だと言っても余りある。
分かりやすく例題を挙げるなら苦い珈琲を中和する為に角砂糖を入れるのと等しい。
二つでも大体底に溶け残る事があるのに、それを越す分量を入れればどうなるかは誰の目から見ても明白だろう。
甘い泥は珈琲を珈琲だったものに変え、その内粘性を帯びたアメーバに変じていく。
想像するだけでゾッとするし、口の中が甘ったるく感じる。
親バカは無限に涌き出る砂糖をどうにかして消費しようと、お裾分けしているに過ぎない代替行動なのである。
さて本題に入ろう。
ここに私が作った『ラビフットなりきりパーカー』があります。
我が子の可愛さあまりに衝動的に作った『ラビフット』になりきるパーカーです。
いえいえ、エースバーンも好きですよ。
うちの兎もエースバーンですから。
子兎の頃からずっと一緒に暮らしてきて、一足早く大人になってしまったけれどそれでも可愛い可愛い我が子です。アイドルです。
でもね、時々我が子の小さい頃を懐かしむ事ってあるじゃないですか。
一番可愛い盛りの姿ってあるじゃあ、ないですか。
それがこのパーカーなんですよ。
言うなればこれは私の抑えきれない気持ちを発現した世界でひとつだけの愛なのです。
作った以上、私はそれを着用する義務がある。あるのです。
そういう訳で我が家で一番大きな姿見のある部屋へ移動しようと部屋を出たその時です。
扉の先には天使がいました。
嘘じゃあありません。ちゃんと白い羽も生えています。両頬に。
どうやら作業の邪魔をしてはいけないと、本当は構ってほしかったけれど我慢して扉の前でじっと待っていた様です。天使かな?
我が子の気遣いを讃えながら頭を撫でてあげると冬毛特有の柔らかさが掌を包み込み、高い体温が慣れない裁縫でできた幾重の刺傷を癒してくれる。天使だわ。
しばらくスキンシップを楽しんでいると興味が別に移ったのか、私の片腕に掛けたままのパーカーを好奇心の塊が二つ並び立つ。
折角だから作品のお披露目会といこうじゃないか。
ジャーンと自分で効果音を演出しながら広げてみせたそれへ、対する我が子のリアクションは思ったよりも普通であった。
普通というより無反応だった。Why?
それどころか何だか徐々に不機嫌になってきているようにも見える。
床を叩く音。即ち足ダン。不機嫌確定ですねこれは。
理由を聞こうと声をかけるより疾く、私の両手にあったそれは我が子に奪われ、素早く階段の手すりから飛び降りて別室へ逃げていく。
その一連の流れはお見事と言う他になく、事態を把握するのに数秒を要した。
昔流行った怪盗アニメもこんな感じだった等と思考停止が閑話休題の題を発表した所で、ようやく足が階段を降りていく。
名前を呼びつつ追いかけたその先で、可愛い我が子は天使から小悪魔へとフォルムチェンジしていた。
あまりの変貌ぶりからか、口から漏れる変な声が私の耳を通してくる。気持ち悪いね。
「エースバーン、それ自分で着たの?」
部屋には我が子一羽しか居ないのでそれ以外に無いのだが、聞くのが親の心だろう。
「エースバーン?」
しかし何度呼び掛けても我が子は知らぬ存ぜぬを突き通し、無視を決め込んでいる。
目深に被ったフードの中で無理矢理に手折られた垂れ耳が視界を遮断しており、両手はかつての名残を見せるかの様にポケットに入れて隠している。
ふと思い立って別の名を読んだ。
「ラビフット」
ピクッと耳が動いた。
「ラビちゃーん」
耳の力だけでは自力で退かせないのか、片手を抜き出して耳をかきあげる。
隙間から覗く緋色の珠が私の心を刺し貫き、声にもならない悲鳴が胸中を荒らし回っていく。
「ら、らび、ちゃん……?」
ゆっくりめのウィンク。
止めを射された私の体は生命活動を停止し、冷たい床の上に崩折れた。
最後の力を以て書き残さねばならない。
全人類に伝えねばならない。
これは毒をも越えた猛毒で、即死する危険性を孕んでいる事を。
――うちの兎が可愛すぎて死ぬ。
後書
俺はこの先も書くからよ……
だからよ……
兎まるんじゃねぇぞ……。
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