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囚われの

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囚われの



 そうだ。こうでなくては面白くない――。
 焼け付くような肺の痛みを堪えながら、朽ち落ちそうな石畳の通路を駆け抜けながら男は笑う。

 一つ目。豪炎によっていとも容易く仕掛けごと焼き尽くされた。
 二つ目。こちらの視線と表情の変化を見て、罠の存在を悟られ、かわされた。
 三つ目。こちらが誘導したルートを読まれ、別方向から追いかけ回された。

 だが、これで良い。
 獲物は強ければ強いほど、賢ければ賢いほどに、捕らえた時の喜びは大きい。比例して売買の額もまたつり上がっていく。

 男は設置した罠の位置を頭の中で反芻(はんすう)しながら、三叉に別れた通路を曲がり駆けていく。自分と同じ移動ルートを取らないのなら、確実に引きつけてから自らの手で罠を作動させるしかない。あとは、相手の行動次第。
 これから捕まえようとしているしている相手に"信じる"などとは考えたくなかったが、読まれることを考慮した罠の配置へと誘導しても、(ことごと)く相手に上手を取られる。相手の出方に掛けるしか男には残されていなかった。
 しかし男は笑みを浮かべる。最初の"大物狩り"でもそうだった。今までの罠が効かず、機転を利かせて辛くも成し遂げた時のあの緊張感と高揚感。この瞬間だけ、ここに生きている実感を得る事が出来る。その絶頂をもう一度味わえるかもしれないという期待感だけが、満身創痍な男の身体を突き動かしていく。

 眼の前に見えてきた曲がり角で一旦止まる。壁を背にして、後ろから響く足音を確認して別方向から来ていないことを確かめつつ、呼吸を整える。隠れた位置の足元にある印の色を確かめて、手元の遠隔操作機のスイッチのカバーを外し、指を掛ける。
 足音は次第に大きく、近くなっていく。待ち伏せしていると悟られないよう、呼吸を止める。汗のにじむ空いた手を握りしめて、足音の感覚とタイミングの感覚を合わせる。

 ――今だ。

 ただの曲がり角であった正面の壁奥から発破音が響き、崩れた壁から巨大な捕獲ネットが射出される。曲がり角から見えた白い巨体は一瞬にして雄叫びを上げつつ、ネットの中で電撃を受けながら身動きが取れなくなっている光景が、そこにはあった。そのはずであった。
 壁は崩れず、発破音すらも聞こえず。聞こえていた相手の足音は聞こえない。代わりに、視界にはターゲットである白い巨体が広がっていた。野生とは思えない純白と言えるほどの全身の毛色と、金属の質感を思わせる輪の通った巨大な尾を持つ、伝説のポケモン。この塔の主にして絶対的な支配者。それが今男の目前に、悠然と立っている。青く透き通ったような瞳で男を見下している。

『お前の探しているものはこれか?』

 くつくつと笑いも漏れてきそうな随分と神経を逆撫でるような声色で、そのポケモンは通路内に声を響かせる。器用に動かせそうにはない翼手の爪先には、設置されていたはずの電磁ネットが垂れ下がる。それを見せつけるようにぶらつかせて、口元から軽く炎を吹き出す。男の顔横を掠めていったそれは、頬にひりつく跡を残す。

『数日前から何度も出入りする気配があると思えば、こんな玩具のような小道具をこさえて。一体全体どこの小物(・・)を捕まえようとしていたのだろうな。なあ、小童よ?』

 男は戦慄した。分かっていたのだ。狩人のつもりで勇んできた男を分かっていてなお自らの城に招き入れていた。どのようなルートで誘き寄せるかも、その罠の位置から考えた上で分かって泳がされていた。自らの享楽のために、そして獲物(・・)として。
 表情は朗らかで温和そうにしているが、目では男を捉えて隙を見せようとはしない。袋小路ではないのだから、振り返って逃げ出す事もまだ出来るだろう。たがそれは頬に残った微かな火傷が、まるでそれは愚かなことだと警告を発するようにひりつきだす。
 塔の絶対的な支配者を、そしてその実力を目の前にして、男はただその場に立ちつくしていた。

 爪に掛けていたネットを放り投げ、使い物にならぬよう炎の中に包んでやれば、男の顔は絶望に染まっていく。強固なはずであったものの残骸が風に煽られて散らばれば、次の視線は男へと向かう。
 そうしてからようやく男は一歩ずつ後退りをし始める。その一歩に合わせて、支配者は前に歩みを進めていく。今の距離でも火炎は十分に男へと届くはずだが、あえてそれをしないのは決して情けを掛けている訳ではないことは、笑みを浮かべ始めた表情から分かることだった。獲物を狩る加虐心は、いつだってその直前には隠し通せないものだ。男がそうであったから、ことさらに理解出来てしまう(・・・・・・・・)
 後退りしていた男の身体がぐらついたと思えば、そのまま仰向けの形で倒れ込んでしまう。足がもつれて倒れ込んだ憐れな男は、やがて手のひらを前に突き出して狼狽え始める。

「お、俺が悪かった……! だから少しだけ話を……!」

 距離を詰め始めていた支配者は、男の言葉にその場で止まる。その足先はあと一歩でも前に踏み出してしまえば、男の上に置かれる位置にあった。自らの命の猶予が出来たと考えた男は幾分か落ち着きを取り戻した。支配者の愉悦に染まった、冷めた笑みを見るまでは。

『何を謝る必要がある? 丁度退屈してたところだ。むしろ感謝したいくらいだよ』

 焼け石に水であった。それどころか油を注いだようなもの。話をしたところで相手の目的は変わらないと察した男は立ち上がろうとするが、それは巨大な足に押さえつけられて叶わなくなる。徐々に乗せられていく重さに、男の顔は苦悶に歪んでいく。

『お前はすぐに壊れてくれるなよ? なにせ久方ぶりの獲物だからな』

 男はようやく恐怖に支配された表情を浮かべ始めた。だがまだ抵抗の意思も残されている。支配者は獲物を見定めるように眺め、舌舐めずりをする。
 そうだ。そうでなくては虐めがいがない――。





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written by ウルラ

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Last-modified: 2019-05-04 (土) 16:05:35
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