ポケモン小説wiki
嘴の中の仔梟

/嘴の中の仔梟
嘴の中の仔梟

作:天波 八次浪

グロイので 苦手なひとは 見ないでね


 絶海に聳える孤島――波濤が削る柱状節理は舞台幕に似て、頂にはねじ曲がった木々が絡み合った森がある。獣も蛇もいない、渡り鳥が立ち寄るには格好の島だった。
 日が陰る。雲ひとつない晴天を遮って、悪夢めいた黒い巨鳥が舞い降りる。獄炎色の獰猛な足は影のような爪をもち、血に濡れた色の長い嘴は肉吊り鈎の鋭さ。炎を思わせるオーラが漆黒の羽からあふれ、冠毛から、風切羽から、尾羽から、火柱のように立ち上っている。
 森の頂、台になった太い幹の上では木の葉頭巾の梟が、芳醇な果実を両翼の指羽で大切そうに抱えていた。
 梟! 梟とは! この海の只中で! 大仰に驚いてはみたものの、黒い巨鳥にとっては珍しいものではなかった。流れ者の鳥というのはどこにでもいる。こんな空から丸見えの森の上端に棲んでいるのはそういった余所者だ。
 それよりも。巨鳥の青い眼は梟が持つ果実を捉えていた。海上の島々には生えていない、巨鳥の好物だった。長旅の途中、疲れた体にちゃんと褒美が用意されていたのだ。
 影が落ちて、首を捻った梟の目が見開かれる。音もなく巨鳥の爪が梟に襲いかかった。
 数枚の木の葉と羽毛が千切れて海風に拐われる。肩の緑葉が無残に裂けた梟は、腰を抜かして哀れに鳴いた。
「どうか命だけはァ、命だけはお助けをォ!」
 黒い巨鳥は大きな翼を畳んで幹の上に鎮座した。梟を見下し、鈎の嘴で嘲笑う。
「さて、貧相な梟も腹の足しにはなろうが……良い匂いがするものを持っているな?」
 びくっ、と梟は怯えた眼で身を震わせた。
「これは……子供の病気に効くってェんで……遠くの島から採ってきたものなのでござります……」
 ばさりと翼を幹につけて平伏し、梟は哀れっぽく鳴いた。
「どうかっ……これだけはっ……! おゆるしくだせェ……っ!」
 巨鳥の返答は、納めていた漆黒の羽の一振りだった。
 扇のように広がった梟の羽先が一直線に切断された。
 海風が斜めに切れた鮮やかな茶色の羽を吹き飛ばし、木の葉の頭巾の内側の梟の顔に貼り付いた。
 梟は、指羽で握りしめていた果実を胸の羽毛から離した。
 目の前の暴君へと差し出す翼の先の指羽は震え、梟の目は果実を呑むように見開かれていた。嘴が微かに開いて梟の喉が鳴る。
「ゆるしてくれ……ゆるしてくれェ……おまえたち……ゆるしてくれェ……」
 その様に、黒い巨鳥も微かに憐憫を覚えた。食後のデザートに梟の腸を添えようか、と心中で検討する。梟の気持ちはよくわかる、死んでしまいたいに違いない。
 子供を救えなかった親鳥を黒い巨鳥はたくさん見てきた。
 はるか昔にも、この場所で。
 小柄な梟が巣を作っていた。大きな、立派な巣だった。巨鳥が休むのに丁度よいくらいの。
 降りて羽を休めようとすると、小柄な梟は奇声を上げて鋭い羽を投げ飛ばしてきた。
 ちくり、と針が刺さった感触。黒い巨鳥の怒りが燃え上がった。
 火柱の如きオーラが爆発し、あてられた鳥たちがばさばさと落ちていく音が足下の森から雨のように聴こえた。
 小柄な梟は精根尽き果てて幹の上に倒れていた。だがまだ意識はあった。
 声に鳴らない梟の鳴き声がなんと言っているか、黒い巨鳥にはわかった。
 足下を見ると、間近で獄炎のオーラを浴びせかけられて気を失う寸前の、小さな丸い梟が二匹、転がっていた。
 小柄な梟が敵う筈もないのに戦いを挑んできたのは、このためだったのだ。
 黒い巨鳥の胸に憐憫が湧き上がる。
 鈎の嘴で丸っこい仔梟を咥え上げて見せると、小柄な梟は動かぬ体を痙攣させて必死に仔を呼んだ。
 それだけで十分だった。黒い巨鳥の胸中が温かいもので満たされた。
 黒い巨鳥は、仔梟を放り投げた。丸っこい仔梟は羽を膨らませたが、広げることもできずに梢を越えて、遥か下の波濤へと落ちていった。
 身を引き裂くような絶叫――声にならぬはずの小柄な梟の叫びを、黒い巨鳥はちゃんと聴いていた。半ばパニックになった小柄な梟の力ない蠢きが、身を捨てて飛びかかろうとしているのだと、黒い巨鳥は理解していた。小柄な梟にもうそんな力は残っていないことも。
 もう一匹の仔梟を咥え上げると嘴の内側で小さな体が震えていた。自分の運命を察している。その聡さに感じ入った黒い巨鳥は、目の前でもがく小柄な梟の目が焦点を失いつつあることに気づいた。
 だから、待ってやった。
 仔梟の震えが和らぎ、小さな声で「ピィッ」と鳴いた瞬間、黒い巨鳥は空に舞い上がった。
 わざと怯えさせないよう緩く咥えた嘴の中で、仔梟は「ピィーッ! ピィーッ!」と懸命に鳴いた。その声は小柄な梟に届いていることは間違いなかった。
 十分に鳴かせると、黒い巨鳥は羽を動かし始めた仔梟に再び微かに獄炎のオーラを浴びせた。「ピィッ」と鳴き声を上げて、嘴の内側で小さな体から力が抜けるのがわかった。翼は動かせない、だが鳴くことはできる。黒い巨鳥は己の技巧に満足して、放り捨てた。
 仔梟は目論見通りに落ちてゆく間ずっと鳴き続けて、波に消えた。
 黒い巨鳥が頂の樹上に戻ると、小柄な梟は嘴から血を吐いて死んでいた。
 気の毒に思った黒い巨鳥が腹を裂いてみると、腸が爛れ裂けていた。
 変に酸味が混じった、旨いとも不味いとも言い難い味だった。
 梟の腸の味――。
 黒い巨鳥は目の前の木の葉頭巾の梟の淡い羽毛に覆われた腹にちらりと目を遣った。
 手をかけた獲物が死んだ時の一抹の寂しさ――だが、黒い巨鳥は知っている。手負いで生きるのは辛いことだ。黒い巨鳥の夢には今まで屠ってきた獲物が現れる。黒い巨鳥には獲物たちの声なき声がわかる。「殺してくれてありがとう」
 あの小柄な梟の倍以上の図体をもちながら子供のために戦おうともしないこの卑劣な惰弱の梟に、そこまでの慈悲をくれてやるのも面倒だった。子供を見捨てて惜しんだ命を取り上げてやるのも、あの小柄な梟をからかったほどの愉しさは味わえないことが黒い巨鳥にはわかっていた。
 でくのぼうの梟が震える指羽で捧げ持つ芳醇な果実の香りが鼻孔を擽る。
 黒い巨鳥は鈎の嘴で果実を奪い取った。咥える際に指羽を一本食い千切った。木の葉頭巾の梟はか細い悲鳴と共に小さく呻き声を上げた。
「どうか、どうかそれだけはァ、どうか、それを食われちまったら――」
 甲高い哀れな声から突如として、潮が退くように、
「――命はありません」
 洞のように低く響く鳴き声。
 なんだ、狂ったか? 黒い巨鳥はわくわくしながら芳醇な果実を咬み砕いた。
 甘辛く微かな苦味と渋み。飛び疲れた五臓六腑に染み渡る。
 その奥から、――酸味。
「ヒヒッ……」
 木の葉頭巾の梟が呆けたように笑い声を上げる。
 押さえた指羽から、黒く蟠る影が伸びている。
「こうなっちまったらアンタァ……おしまい、ですワァ……」
 ――酸味。
 鋭利に尖った影の先端を、梟は――羽毛膨らませた己の胸に突き刺した。
 ――クワァアアアアアアアアアッ!!!
 ――身を引き裂くような絶叫。
 ずぶりずぶりと梟の胸部を抉り、貫通した棘の先が背からぬずっと生えて。
 赤黒い血飛沫が両端から噴き出した。
 ――痛みに近い、脳を殴りつけてくる酸味。
 ――嘴の中が麻痺して舌に膜が張ったような、強烈な酸味。
 ――眩暈。
 嘴の中に、なにかが居る。
 ――ぴぃーっ! ぴぃーっ!
 丸い仔梟が嘴の内側で翼を広げようとしている。
「エェイッ!」
 黒い巨鳥は嘴に力を込めて咬み潰す。
「ッ……るぁあああああああああああっ!!!」
 麻痺していた舌に鮮烈な激痛が剔り込まれた。閉じた嘴で切断した舌がべちゃりと足の上に落ちた。
 喉の奥から血が……ぬるりと爛れた腸が……逆流してくる。
「ゲェエエ……ッ!!! カハッ! カハッ!」
 黒い巨鳥は嘔吐した。吐瀉物の塊がずるずるとうごめいて小柄な梟の姿をとる。
 殺してくれてありがとう殺してくれてありがとう殺してくれてありがとう殺してくれてありがとう殺してくれてありがとう!!! 声なき声で鳴きながら羽の刃を至近距離で放つ、空洞の目。焼けた針が刺さった痛みが黒い巨鳥を貫いた。
 ――死にたくないこいつを追い払わないと死にたくないあの嘴をへし折らないと死ぬわけにはいかない助けてあの子を助けてっだれでもいいたすけてあいつをやっつけないと――
「ゥルシェエッ!」
 血と吐瀉物の滴る鈎の嘴を黒い巨鳥はふたたび小柄な梟の腹を突き刺した。
 嘴を衝撃が殴りつける。
 木の硬い幹に勢いよく叩きつけられた黒い巨鳥の嘴に罅が入った。
 ゆらり、と影が落ちる。
 眩い日を背に、陽光を透かして若葉色に染まった木の葉頭巾の奥で目を細めた梟が、亡霊のように立っていた。
「……言い残す事ァ……ございますか」
 胸にこびりついた血。体を貫通した傷など無かったかのように。
「……あぁ、舌ァ噛み切っちまってましたかね。痛うございましたか」
 裂けていた筈の木の葉頭巾は元通りに生え揃っている。
 フゥ、と梟は胸の羽毛を膨らませて息を吐く。
「誠に良い日和で……ございますねェ」
 ぶわ、と木の葉頭巾の梟は翼を広げた。日を浴びた梟の不揃いな羽は濃い影を湛えていた。
「――敵討ちにゃ、ね」
 チカッ、と黒い巨鳥の意識が瞬いた。それは己をも焼き尽くすほどの激しい怒りだった。
 ゆるしてはならない、舐めた態度を改めさせねばならない。わからせねばならない、身の程を弁えないことがどんな恐ろしいことを招くのかをちゃんと教えてやらねばならない。
 恐怖からくる憤怒に衝き動かされた黒い巨鳥は火柱の如くオーラを爆発させる。
 寸前、梟の姿がスッとかき消えた。
 黒い巨鳥は咆哮した。獄炎のオーラを沸き立たせ、漆黒の翼を広げた。神々しいばかりの気迫が黒い巨鳥に渦巻いていく。
 フッとその頭上に木の葉頭巾の梟の姿が現れた。
「あんたァもう、どこにも行けァしません」
 無数の影が黒い巨鳥に食らいつく。それは針で刺された程度の痛痒……が……無数の焼けた針で刺された激痛に変わる。
「ォアアアアアアッ!!!」
 黒い巨鳥は絶叫する。
 渦巻いた神々しい気迫が漆黒の翼から放たれ、黒い巨鳥は一迅の颶風と化して、身の程知らずな梟に襲い掛かった。
 木屑が散り、太い枝が折れた。めきめきと音を立てて足下が傾いていく。
「ヒヒッ」
 背後から、梟の声が響く。
「ハズレ、ですワ」
 黒い巨鳥は翼を羽ばたかせ、空中へと飛び上がった。ふらつき、黒い巨鳥は戦慄した。ここまでの傷を負ったことは今まで一度たりともなかったのだ。
 木の葉頭巾の梟は、枝の折れた幹の上でただ佇み黒い巨鳥を見上げている。
 あんなみすぼらしい梟ごときが――。
 渦巻く憤怒を翼に纏って黒い巨鳥は飛び去ろうとした。
 高い空、水平線、変わらぬ景色。
 風に乗ろうと翼を羽ばたかせる。
 ふと見下ろすと、さっきと変わらぬ距離に枝の折れた大木がある。頂には木の葉頭巾の梟が佇んでいた。日を背に落ちた黒い巨鳥の影が、梟の足元で影の羽に縫い止められていた。
 黒い巨鳥の青い目に、遥か下の波濤が映る。
 血の味で満たされた嘴が内側から押し広げられ、仔梟がうごめいた。
 見上げる木の葉頭巾の梟の黒い嘴が微かに開く。黒い巨鳥の嘴の中で仔梟がピィと鳴いて朗々と陰鬱な声が響く。
「落ちる、というのァ――魂消える心持ちでございました」
 黒い巨鳥の羽ばたきが乱れ、翼から力が抜けた。
 落ちていく。
 遥か下の波濤に真っ逆さまに落ちてゆく。
 柱状節理の舞台幕を背に落ちていく。
 赤いオーラをふつふつとたなびかせて漆黒の羽を撒き散らして。
 急速に近づいてくる海面は金属光沢を帯びて不気味に波打っている。
 うねり来る波に。
 呑まれ――。
「――おさらば、でございまス」


(2021.07.26)
こちらジェードさん主催のポケモンバトル書き合い大会に遅刻したものでございます。

お題はDのジュナイパー VS ファイヤー(ガラル)
使った技は
ジュナイパー
・のろい
・こうごうせい
・ゴーストダイブ
・かげぬい
ガラルファイヤー
・ふいうち
・エアスラッシュ
・もえあがるいかり
・ゴッドバード

ほぼのろいと混乱してわけもわからず自分を攻撃したとご都合主義のダメージで勝っておりますジュナイパー。
わ、私にバトルの巧さを期待しないでいただきたいっ(ひらきなおり

最後に、このお話を書く切掛をくださったジェードさんに篤く御礼申し上げます。

本日ご覧くださった1名さま、今までご覧くださった871名さま……え、読んでくださったんですか……ありがとうございます……。

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 悪逆非道を極めたガラルファイヤーの一方的な蹂躙。おぞましい描写もさることながら、そこからジュナイパーがゴーストらしい手段で一矢報いる展開へ。タイトルにもなっていますが嘴の中に仔梟が蠢く幻覚、パンチライン強すぎでは……読んだ日の夢に出てきたんですけど。切り立った崖と海面の描写で、鳥ポケモン同士のバトルの決着らしい〝落ちる〟インパクトがまざまざと描かれていて、ラストの幕引きがザブンと、ストンと締め括られる。見事でした。あとがきにはジュナイパーが勝ったと書かれておりますがこれは勝ったのか……? 本文中では明言されていないところに余韻が感じられ、でも確かに敵討ちは成し遂げている。双方の個性が発揮されたバトルシーン、この短さでたいへん読み応えのあるものでした。 -- 水のミドリ
お名前:

トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2021-07-26 (月) 06:02:44
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.