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哀切なる運命

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作者:DIRI

哀切なる運命 


 呪い。僕に掛けられたそれは呪い以上の言葉で表すことが出来ない。語彙が少ない、と言えばそれまでだけれど……。僕に掛けられた呪いは“生きる呪い”。生きて生きて……生き続ける呪い。殺されても生きている呪い。僕に掛けられた呪いは“傷つかぬ呪い”。幾多の激戦に駆り出されようと、僕は傷一つ負えない。僕は死ねず、贖罪のためと傷つくことも出来ない。生きて、傷の代わりに痛みだけを受ける。それが僕に掛けられた呪い。死んでしまいたいとは何度も思った。辛くて泣きそうになったこともあった。しかし、僕にはそれすら許されることはなかった。死ねることはなく、泣きたくても涙は一滴も溢れない。僕に掛けられた呪いは、生き物の持っている尊いものの一つを内側から干上がらせてしまったようだ。僕はこの呪いから解放されるためなら、悪魔にだって、魂を売るかも知れない。……それはないかな、僕には……愛してる人が居るもの……。


 「フフッ、カルマン、今夜よろしくね……ウフフフ……」

まぁ、エマですね、勘弁して下さい。こんにちは、カルマン・アーヴァイン・ローゼンバーグです。今は“不死黒焔(ふしこっか)”とも呼ばれてます。いや、最近は何と言いますか……あれです、虚無の向こう側にたどり着いたというか……。まあ何を悟った訳ではないんですがね、フヒヒ、サーセン。あれから大体……二年か三年程経ちました。僕今29……まぁあと一ヶ月ぐらいで30です。それにしてもここ地下だから朝昼はっきりしてなくて何月何日なのか分かんないよ……まあそれでもなれてきましたけど……。いや~、あの時に比べると僕逞しく……強くなったと思いません? 今じゃ実力はナイトクラスですよ。上から三番目ね。まあ基本リーブは空間消すから勝ちよう無いしエマには反抗する気も起きないので上二つが実質同レベルなんですが……。でもルークからビショップに格上げされることはなく……と言うのもCHESSは完全にチェスの駒と同じ数しか揃えないからなんだけど……。まぁ、簡単に言えばミラージュが死んでくれれば僕はビショップになれるって訳です。別にララとかシャドーマが死んでも僕は昇格出来るんだけど。まぁ、昇格した所で変わんないよね。相変わらず、ナノマシンのおかげで死なないし。この前なんてララの虫の居所が悪かった時に僕がKY発言したら首叩き斬られました。まぁ、その場で斬られた所から治ってるんだけどね……。でも痛いもんは痛いです。てかどうしようかな~、エマからまた呼び出されたよ。週二回ぐらいで僕を呼び出すんですよあの人。無論部屋に僕が入った先からSMプレイなんですけどね、本当にありがとうございました。せかーいで一番おひめさま、そう言う扱いここーろーえーて~――……よね。その一、いつもと違う香水に気が付くこと、その二、ちゃんと宝石(ジュエル)まで見ること、良いね? その三、私の一言には絶対に従うこと、分かったら、あなたのその態度を何とかして! 別にわがままなんて言ってないんだから、あなたに心から思って欲しいの綺麗って。せかーいで一番おひめさま、気がつーいて、ねえねえ、待たせるなんて論外よ。わたーしを誰だと思ってるの? もうなーんだか、誰かを虐め倒しーたい~! 今すぐによ。まあ実際お姫様って言うか女王様ですがね、色んな意味で。あ~、そろそろ行かないとなぁ……僕が死なないのを良いことに遅刻すると“一回殺す”からね彼女……。さすがに殺されても死なないけど“殺されれば”意識も一瞬は飛ぶんで……。まあ酷い気絶って言えば分かる? そんな感じです。では急ぎましょう……。

 「セーフ……」
「発言がアウト」
「な、なんだってーあだぁっ!!」

みんな、加減ぐらいして、痛いもんは痛いって言ってるでしょ。はい、舌がしびれびれですね、分かります。

「割と久しぶりかもねぇ……ウフフ……」
「四日が久しぶりなんですかそうですか。第一僕以外の人とその間にヤってるじゃないですか」
「みんな良いようになってくれなくて嫌なの。まぁ、その嫌々の顔を踏みにじるのも楽しいけど……ウフフ、目的はそこじゃなくてそれは副産物だもの」

交尾目的ですね、分かります。抵抗しない僕涙目。

「さぁ、ベッドに行きなさい。“始めるわよ”」
「サー」

多分これ神様はあはあしてんだぜ、僕らの行為見て。


 コンコン

ノックする音に対応する声は……

「今はタイミングぅぁっ! ……悪いですよぁぐっ!」

まあ、僕ですね。切羽詰まった声と言いますか。まあその声をスルーで部屋に入ってくるのがここクオリティ。

「……クイーン、あまり性欲を彼で発散するのやめてあげたらどうですか?」
「良い声で鳴くんだもの、格好の獲物。フフフフ……」
アッー!

まあ言いたかっただけでもあります。今ね、僕のモノがエマに踏みにじられてる状態でありまして……これがまた屈辱的なんですがすっかり彼女からMに調教されてしまってしまい快感にしか……ってのは冗談です、調教はされましたがまともなつもりです。“まだ”ね。ちなみに、入ってきたのはリーブです。さらにちなみに、行為開始から約二十分経過、つまり限界がががががが……。


 「とりあえず……その、カルマン、あなたは体を洗ってきなさい、そのままではいかんせん……」
「言われなくてもそのつもりですが何か?」
「とっとと行きなさい」

電気飛ばさないで。まああのまま射精しちゃってセルフぶっかけだよコンニャロー。まあ、体が大きいんでみぞおち辺りが汚れただけで済みましたが……。あぁ、なんだろ、屈辱がモヤモヤしてる、これがマゾヒズムかっ……!
 てな訳でエマの部屋にあるシャワーを借りて……ってかエマもついでだからとか言って入ってきましたが体を洗いました。広いバスルームもさすがに僕とエマが一緒に入ってると狭かったです。まあ僕が無駄にデカいからですけどね、アハハハハ。体洗ったあとは僕は自分で体温あげて毛を乾かして更にエマに適度な熱風を送って乾かすという……僕ドライヤーかよ、なんなら櫛持って毛を解いてあげましょうか。

「さて、遅れましたが……本題ですね。新しい依頼が舞い込んできました、いつもの所に集まっておいて下さい。では」

用件これだけ? って思うのは素人さんです。リーブはこう言うことは依頼主が“到着する直前”に言うんです。つまり、急いでいつもの……ヒールパークって所に集まれって事です。長引いちゃ悪かったんですね。

「最後にここに来てよかったですよ、案の定……その、あれでしたからね」

リーブは子供がいたにもかかわらずエロチックな話は苦手な様子。さっきまで顔真っ赤だったからね。リーブがでていった時から大体三十分が限度かな。時間取ったからもっと短いかも……。とにかく急いだ方が良いなって思ったんですが……エマが今の気分に合う香水を探してるのでもうちょっとかかりそうです……。

 「ま、間に合ってる?」
「アウト」

ミラージュの的確な突っ込み。なるほど、良いセンスだ。エマったらあのあとアクセサリーまで変えていくんだからなぁ……。

「それで……あの人が?」
「そ、あれが新しい依頼主(クライアント)

大体3、40センチぐらいの布きれの塊……多分あれマントを頭から被ってるんだろうね。黒いマントってベターだな……。

 「これで全員揃いました。お待たせしてすいません、やはり雌は支度に時間がかかるようで」
「それはよく分かるわ、でも待たせるならその間にコーヒーの一杯でも出したらどうかしら? 品のない連中の温床だって聞いてたけどそうでもないって思ったらこれなんてね」

……ま さ か の 雌 。 おまけに少女らしい、多分12、3歳……?

「ここは喫茶店じゃないのでご理解を。仕事の話、でしたね? あなたが依頼するのは殺人? それとも……」
「“戦争”」

何言ってんだこの娘は。使者って事もあるかも知れないけどそう軽々しく戦争起こそうとするなよ。

「つまり我々の戦力を傭兵としてご所望という訳ですね。相手は一体?」

こういう、あらかじめの打ち合わせも無しの行き当たりばったりな交渉がCHESSは大好き。何でかって言うと、価値観の違いがあからさまに現れてでて楽しいんです。お金持ち連中が暗殺を依頼しに来た時なんて抱腹絶倒って言葉はこう言うことなんだって言うのが分かるよ。さて、彼女はなんて答えるかな……。

「……あなた達が、憎くて憎くてたまらない連中……と言えば伝わるかしら?」

 一瞬でみんなも顔付きが険しくなる。無論僕も。僕達が憎くてたまらない連中と言えば人間、特に憎い相手は僕らを改造した科学者達だ。彼女の主が……もしかしたら彼女が何故そいつ等を狙うのか……。

「……あなたも、改造を?」

リーブが訪ねたその一言、その一言に対して彼女は小さく笑った。

 「三年前、連中の研究施設の一つ、ホウエン地方の北の沖、ナギ島にある研究所が二つ壊滅した。ある一匹のイーブイの手によって。彼が破壊したのは比較的小規模な施設だったけど、それでも連中のお偉い方は大あわて……。そこで連中の最終目的である“世界征服”に牛歩ではなく韋駄天の足並みで駆け始めた。……勢力を伸ばしてきているのよ」

ナギ島という言葉を聞いた時に僕の頭にある人物が浮かんだ。ネビュラ准将、彼女はナギ島の研究施設の管理を任されていた立場だった。地下に潜っていて、特に情報を知ろうともしなかったから知らなかったけど、彼女が居た施設は破壊されてしまったらしい。彼女が無事なのかというのが気になった。

「その勢力の拡大を防ぎたい、そう言う解釈で良いという訳ですか?」
「近いわ、でも根本は違う」

彼女が一歩踏み出すと、一番下級のポーン達がそわそわと動く。ポーンは使い捨てで何人でも換えは利くけど、その分弱いからね。

「私は、例のイーブイの娘……彼の遺伝子を持つもの」
「例のイーブイは現在18だと聞きましたが?」

さすがに歳が親と子で近すぎる。幼少期の加齢の仕方が早いイーブイでもここまで詰ることはない。
 すると、彼女はくつくつと笑い始めた。なんだか怖い。

「そうね、普通はそう。でも私達は“普通じゃない”。そう、“普通じゃないのよ”。私は彼の遺伝子を持つ者、彼の“クローン”よ、遺伝子を少し弄られて雌になってるけどね」

クローンというと、遺伝子情報そのままのもう一人の自分みたいな……科学的ドッペルゲンガーですね。でも遺伝子弄られてるんだから純粋なクローンって言えるのかな……。

「私は彼の遺伝子を持っている、でも、生まれは“あなた達が新たな人生を歩み始めた場所”よ」
「……つまり……」
「つまり、私も連中の仲間だったって事よ」

 一瞬で展開するポーンの包囲網。一対多数は囲むことで圧力を掛けるのが基本。しかも言葉の内容が内容だけに全員殺気立ってますね……。

「……やっぱり全員来るまで交渉を始めないのはこういう腹づもりがあったからなのね」
「情報漏洩を防ぐための一種の手段ですよ。スパイは排除する」

その言葉を聞いた瞬間、彼女は笑い始めた。おかしくなったのかと思う程の大声で。

「スパイを排除する? こんなずさんな守りでよく言えるわね。悪いけど、私なら“今からでもスパイを始められる”」
「吹きますね。実力に自身がおありのようだ」

リーブが手をあげるとポーン達が銃を構える。それを嘲笑するかのように彼女は言った。

「当然。私はあの雄の娘、“蛇の毒牙は口の奥に眠る”」

 リーブが手を振った瞬間、ポーン達の持っている銃の引き金が引かれる。だがそれよりも前、一瞬だけ前に空中に黒い布きれが舞った。そしてそれを確認した瞬間に発砲音が辺りに充満する。けれどそれに混じって明らかに異質な音が混じる。金属が同じように硬いものを弾くような音……。僕は目を見開いた。ある一点を中心に火花が舞い散っている。その一点にいるのはほぼ全方位から一斉射撃を受けているのに全く無傷な、一匹のイーブイだった。そのイーブイが無事でいる理由などは説明するのが容易い、単に“弾丸を剣で弾いている”だけだ。最強厨乙。AODを付けた彼女の手には両刃とも片刃ともつかないエッジを持った一振りの剣。それが音速で飛び交う弾丸を弾き落としている。そして彼女は強化服(パワード・スーツ)を着ている。ライフルの弾ぐらいなら喰らっても大丈夫そうな装甲らしい。だが、そんなことよりも一番目を引くのが彼女の体毛だった。金色だ、見まごうこと無いような艶やかな金色。光を反射している様は純金で出来た像を彷彿とさせる。照明の光が動くたびに反射し、美しさが火花で強調される。これがコンテストならポイントは独占だろう。次の瞬間、彼女は更にアクションを起こした。弾丸を弾く剣捌きを保ったまま、ポーンの塊に突っ込んでいく。そして、いとも簡単に一匹のポーンの首を切り落とした。イーブイの体型に合わせた、大体20から30センチぐらいの刀身でよくそんな芸当が出来るなと思っていたが、三匹目が殺された時にその謎は解明した。刀身からは陽炎が揺らめいている。あの剣、赤熱しているのだ。つまり熱で溶断している。純粋な切れ味よりも更に切れる。そして、半分のポーンが斬殺されるまでリーブは止めなかった。おそらく圧倒されているんだと思う。僕は動体視力が以上に高まっているお陰で筋肉の動きを読んでどう動くかが分かる。でも彼女はそれが全く通用しない。特殊な筋肉で出来ているような、そんな気さえする。リーブは多分、自動で相手の考えを読みとってしまう力が全く発動しなかったとか、その辺りだろう。だからここまでの強さを予想することが出来なかったんじゃないだろうか。当の彼女は、遂に止められた時楽しそうににやりと笑うと、懐から葉巻を取りだして剣の帯びている熱で着火して噴かし始めた。

 「なかなか楽しいじゃない、鉄火場は大好きよ。血で血を洗うような剣戟の繰り広げられる戦場での、戦士同士の不器用な意思疎通……。でも、私が今回の依頼の先に求めるのはそれじゃない。私達は作られた、そう兵器として。連中にとって、私達は結局世の中を動かす部品に過ぎない、私達は“進歩する歯車”なのよ」

彼女の表情は、一変して優しいものに変わる。

「だからこそ、私は部品の一部としてあえて本体を狂わす。奴らに楯突く。そして勝つ。……みんなが、普通に生きていけるように」

誰も彼女の言葉を言及しようとはしない。そんなものは個人の考えだからだ。だからリーブは、みんなが知らなければならないことを聞いた。

「……あなたの、名前は?」

金色の毛を持つイーブイは朗らかに笑い、自分の名を名乗った。

 「私はオール・セルパント。“金蛇(きんだ)オール・セルパント”よ」



 えっとまぁ……リーブは人間が殺せればそれで良いとか言ってますが……今回リーブは参加しないようです。理由としては力を使いたくないそうなんですが……。まぁ、いてもいなくても別にどうだって良いけどね、仕事は各自しっかりこなすし。現在地上です。まあ何と言いますか、目立たない森の中にある訳で……。逆にベター?

「今回の作戦は海上で行う。兵力はこれだけで十二分にある、問題ないわね」
「海上って、どこ?」

ミラージュは聞きたい所聞いてくれました。でもね、キミの背負ってる剣が僕のふくらはぎに食い込んでるよ?

「アングラのあなた達でも知ってるんじゃないかしら、去年の終わり頃、ホウエンとこのノダチのちょうど中央……そこにタンカーが沈んだ事件」
「ああ、タンカー事件ね」

そこにはタンカーに積んであった原油が海上汚染ですごいことになってしまったらしく、浄化するための海上施設(プラント)が建てられてます。もの凄く騒がれた事件だったから僕の耳にも入ってきてました。

「そこの浄化プラントを乗っ取る、今回の作戦はそれ、簡単でしょう?」
「どうして? 海上で周囲を包囲されれば逃げ道なんてありゃしないじゃないか」
「私達を攻撃することによって起こる被害が大きければいいのよ、その為のものも十分揃ってる」

オールの笑みはなんというか、絶対的な自信に満ちた笑み。見てるとこっちが不安になるぐらいの一直線の笑み。

 僕達は今、去年タンカー事件が起きた海上にある、浄化プラントにいました。

「去年から、私の作戦は着実に実行へ移ってきている。邪魔者も排除することが出来たし、ね。タンカーを沈めたのは私」
「大義名分があるからって環境汚染するのはどうなんですか……」
「私が私欲だけで沈めた訳じゃない。連中の“命令”でもあった」

一直線なように見えて考えてるらしい。まあ僕はバカだから何とも言えないんですけどね。

「お偉い方の一人はホウエンの環境省長官よ。そして今日、ノダチの環境省長官と一緒にここの様子を見に来る。“連中の基地”をね。私は一兵士だったけどこのプラントが実際はなんなのか知ってるわ。世界戦争を繰り広げることの出来る兵器を製造する、トップシークレットの“核兵器製造工場”、そしてこのプラントの下で製造されている戦艦がそれを発射する」

核兵器を浄化プラントの下で作ってるなんて矛盾ですね。にしても科学技術すごいな……。

 「両長官を監禁すれば“連中”も軍も容易に動く事は出来ない。そして私は戦争を興せるだけの兵器を確保して世界を粛正する。これが私の目的」
「なるほど、簡単で痛快な内容ね。ウフフ……でも問題は“粛正”の前の事よ。私達はここの制圧が終わった後は退く、残りは一匹でやることになるのよ」

オールはその話を理解しているらしく、完全に聞き流した。こんな女の子が戦争を引き起こそうとするなんて大変だね……。世の中おかしくなってるね。

「ここには数人しか人間はいない。ほとんどが機械で動いている。戦闘要員もいないから、長官達のボディガードを始末すればあとは早いわ。良い? 好きに行動してくれて構わない。守ることは長官達を殺さない、私の命令に逆らわない、作戦の邪魔になることはしない、この三つだけよ。ポーン達は各自定時連絡を入れること、侵入者を発見した場合は速やかに排除しなさい。……さあ、戦争の序曲を楽しみましょう」

オールは笑うと、どんどん奥に進んでいった。好きに動いて良いって言われたけど……どうしよ? 別にやることもないしなぁ……。ついていこうかな? ……やめた、この辺ぷらぷらしとこう。

 数時間経った。ポーンの一匹が教えてくれたんですが、オールったら世界に宣戦布告したみたいですね。まあ反応するのはホウエンとノダチだけだろうけど。“連中”のアプローチはあったけどそんなものアウトオブ眼中。でもなんでオールはそんなことを? 極秘裏に進めてた方が絶対良いと思うんだけど……。

「カルマン、海軍の特殊部隊が入り込んできたって。僕はさぁ、ここにいた奴ら何人か殺したからしばらくはお腹一杯。行って殺ってきたら?」
「ねえミラージュ、確かに僕もうだれ殺してもどうとも思わないけどさ、そんな進んで人殺したい訳ではないからね。分かるかな?」
「血が“飲める”よ?」

僕はその言葉を聞いてバイタリティ沸き沸き。僕はなんだったか、ジャコブだったっけ僕のいるルークの前任は。あいつ始末した時精神的に追い詰めるためにナイフに付いた血を舐めてたら……不覚にも……フフ……癖になっちゃいましてね……。それからはなんて言うか……血に中毒なんです。あぁ、血ぃ飲みてぇ……。

「行ってきます」
「いってらっしゃい」

行くぞー行くぞーハイセイコー。なんつって。
 それで、今配電室かな? ちょうどここにいないかなって来た時に足音がしました。複数……って事は海軍の方々ですね、ありがとうございます。ちょっと隠れるかな、面白そうだし。えっと……あ、天井近くのパイプは意外と頑丈そうだな……僕が乗っても大丈夫? まあ大丈夫じゃなかろうが行くのが僕クオリティ。隠れたあとに配電室に海軍の人間が四人来ました。さすが軍人だけあってCQBも上手そうだな……。でもね、上に注意が行ってないよ? さあ、まずは一人目……。

「ぁぐっ!」
「っ!? 敵か!?」

僕はただ安穏と生活してた訳じゃなく、結構ハードな毎日過ごしてました。なんて言っても僕は“殺し屋”ですからね。僕はいくら死なないからって言っても目的が暗殺とかだった場合不用意に行動出来ないじゃないですか。ただでさえ図体デカいし。だから僕は徹底的に野生を開花させました。無音で駆け抜けるなんて今じゃ造作もないこと。だからこうやって、楽しめる訳です。さあ、二人目……。

 「ぐぉはっ!」
「くそっ! どこにいる!」

あーあー、そんなやたらめったら撃ったら施設壊れちゃうでしょ……。やっぱエゴイストなんですね、分かります。あー、血のにおいがする~……。

「ぅあぐっ!」

待ちきれなくて~。一人を捕縛。押し倒す形で。そしてそのまま首にガブッと……。するともちろん血が噴き出してきますよね。首切ると特に濃いのが出て良いです、心臓程生臭くもないし。まあ唯一の難点と言えば、勢いが強いもんで顔にめっちゃかかるんですよね、血まみれパップ。子犬(パップ)じゃないか。濃厚な鉄の味、塩辛いような水っぽいような、どろりとしたようなさらりとしたような……。っと、あんまり血に酔ってもられなかったんだ、もう一人いたんだった。さて、敵があと一人……始末しましょうか。

「う、うわぁぁぁ!!」
「おっと……」

あの銃はM16A2? 銃には詳しくないからな~……M16系統は見分けやすいけど……。まあそれはともかく、撃ってきました、フルオートで。まぁ、僕に怯えて滅茶苦茶に撃ってるし避けるの簡単ですけどね。ひょいひょいっと、こんなものフォフォイのフォイだフォイ! サーセン。
 基本的にアサルトライフルの装弾数は30発、フルオートで撃てばすぐ無くなるよね、一秒何発だっけ? そんなんですから弾が無くなるの見計らえば簡単に近寄れます。ま、そんなまどろっこしい事しないけどね。撃たれてる途中で一気に駆け寄って……ナイフで体中を撫で斬りに。血が花火みたいですね。まあ撫で斬りだから死にはしないんだけど。楽にしてあげますか。首を掻き斬ってやると……血が噴水みたいに。僕の全身にかかってくる。あぁ……血の味が……。なんかこいつの血は脂っこいな……。おや、増援が二名……。何人来ても同じなんだけどね。さあ楽しみましょう。


 ジュル……ジュルル……ズズ……

かゆ うま。T-ウィルスですかそうですか。なんちゃって。身体がかゆいのはこないだ外に出た時に蚤が食いついたからです。美味いのは血です。増援二名は頑張ったけど僕に一撃与えることすら叶わずに……。一人は敵がいなくなったので味わってる最中です。壁に腕で押しつけて首から血を吸う吸う吸う……。あっさりした味です。
 ん? 足音……かなり微かだけど聞こえた。また敵か……。僕は既に死んでる敵さんを放して肩越しに後ろを見る。……サーナイトが一人、一段上の場所でデザートイーグルを構えてる。無論僕に向けて。しかも片手。

「……ばあ!(Boo!)

サーナイトは特に怯むこともなく……。サーナイトが女性だって事は分かったんだけどね。二十歳には行ってない。ララより少し若いぐらい……? なんだかパワードスーツみたいな服を着てるけどあれはパワードスーツとは違うな……。もっと身体に張り付くような感じの服。そして背中には剣を背負ってる。グリップの形状を見る限り片刃だと思うけど直刀だな……。

 「あんたは一体!?」
「誰だろう?」

サーナイトの言葉を茶化してみました。少々ムッとしている様子。ちょっと脅かしてみようかな。

「これで六人……いや、七人?」

まだ血の付いたナイフをぺろりと舐める。これって相手が引くから精神的なダメージになるんだよ。おっと撃とうとしてるな。させないよっと。一気に跳躍してサーナイトの後ろへ回り込む。反応出来てないね、さぁ、その細い首を頂きましょう……。

 「伏せろ!!」

なんでこう、邪魔ばっかり入るのかな……。また海軍の人か……。今度はポケモンの部隊の人のよう、あの耳はブースターか。顔はマスクをしてるから見えないけど……。M16で撃たれたのでまた天井のパイプに退避。サーナイトは上手くかわしたみたいだけど驚いたせいで上手く動けないみたい。それならブースターの方を片付けようか。後ろ足だけで立ってM16を構えながらすり足で移動してる。見た感じなんか可愛げあるな……。あの移動は僕出来ないよ、立つのは出来るんだけど歩けないんだよね。回転は出来るけど。

「!」

おっと悟られた、まあ何をさせるつもりもありませんけどね。一気に襲いかかって銃をナイフで絡め取って弾き飛ばす。ハルがくれたこのナイフは何かを絡め取るのにも扱いやすい爪が着いてる。その時偶然にもブースターの腕を斬った様子。結果オーライ。抵抗されないように頭を掴んで壁に押しつける。身長差のせいでブースターは宙ぶらりん。おや、サーナイトはブースターが落とした銃を僕に向けてるじゃないですか。確かにデザートイーグルも強いけど連射出来ないからねぇ……。

 「……ん?」

血のにおいに混ざってあるにおいを僕の鼻が捉えた。その元は……ブースターか。

「……このにおい……」

ちょっと驚いた。驚きとかでとりあえず彼を解放した。

「っく……何をしてる、早く撃て!」

解放しなきゃよかった。サーナイトから撃たれる撃たれる……まあかわしたけど。その途中に耳に声が入ってきた。ナノマシンに通信機能がついているらしく、耳の……中耳骨? それを直接振動させる音だから他の人には聞こえない体内無線だそうで。

『何をしてるのカルマン?』
『クイーン、ちょっと楽しんでます』
『そう。依頼主の呼び出しよ、急いで戻ってきなさい』
『了解。それより……ちょっと面白いもの見つけた』

無線で会話してる途中で銃の弾が切れたらしく、僕が何もしないから隙だと見たかブースターは弾倉をサーナイトに渡してまた撃たせようとしてる。まあ、急いでとのことなので長居する気はないですからそれは徒労に終わるんですけどね。さよなら~。また天井のパイプに隠れながら僕は急いでオールの所に向かいました。

 結果的に言うと、両方の長官捕まえたらしいです。それで、エマを手伝えとのこと。エマの所に一人いるそうなので捕虜にするためにちゃんと連れてこいと、後詰めはエマに任せとけと。クイーンにやらせんなよ。まあクライアントに文句言ったって仕方ないですけどね。一本道の通路の所にエマはいるそうなのでさっさと行きます。
 一本道の通路って言っても、なんというか、屋外でプラントの作業を分けてる棟の連絡橋って言ったらいいでしょうか。そこから中央の重要な所に行くあれをエマがなんかするそうです。そんな訳で現場に行ってみましたら、エマが海軍の皆さんが橋の手すりの上から銃を構えてるのを嘲笑してました。エマの横に人間のおっさんが一人倒れてます。こいつが重要なんですね。

「クイーン」

とりあえずそれ担いで、後は任せたって意味でそう言ってオールの所に運んでいきました。運んでる途中でエマの居た辺りで爆音みたいなのがしたのは気にしない。いつものことだし。異常な電力を一点に集中させて弾丸みたいにぶっ放すもんだから着弾すると爆発するんですよ。ま、これであの通路は通れないでしょ。

 地下、と言うかプラントの海中に沈んでる部分を人質監禁の場所にしたそうです。従業員とか長官の側近とかも引っ捕らえてるみたいですね。人質は立てこもるなら多いに越したことはないし、良いよね。

「……ダンボールに入った生き物を見た? ……ダンボールか……」

オールは無線で通信してる様子。相手はララかな。

「ダンボールに入った生き物と言えば、何となく心当たりがある。まあ良いわ、引き続き作戦を続行してちょうだい」
「あの……オール?」

聞きたいことがあったので、無線が終わったのを見計らって話しかけてみました。彼女は僕にマイナスイメージがある訳ではないので話しやすいです。

 「あのさ……さっきなんだけど、キミと同じようなにおいがするブースターを見かけたんだけど」
「私と同じようなにおいのブースター? ……フフッ、そう。ありがとう、不死黒焔。仮想が確定に変わったわ」

なんの話?

「死んだと思ってたんだけどね……。ウフフ、やっぱりやるわね兄弟……」
「兄弟いるんですか?」

と言うか今の流れ的にあのブースターって兄弟なのね。敵かよ。

「さてさて、黒蛇(こくじゃ)を食らった白蛇(しろへび)金蛇(きんだ)にどう楯突こうって言うのかしらね……」
「あの……なんなんですかさっきからぶつぶつと……」
「ああ、気にしないで。蛇の道は蛇、蛇は蛇としか分かり合えないのよ」

蛇蛇蛇蛇……蛇中毒になるわ! まぁ、彼女が僕にそれがどういう意味とかそう言ったことを説明してくれることはありませんでした。別に良いけどさ……。
 っと、なんだ? 無線連絡が……。

『ビショップ“暴嵐灰(ぼうらんかい)”暴走! 各棟に大量のC4を仕掛けて爆破しようとしている模様!』
「ちっ! 私の作戦の邪魔をするなって念を押しておいたのにこれなんて、品が無いどころか脳みそがないんじゃないの!? 爆弾処理が出来る人員は!?」
「あー、残念ながら爆弾の知識があるのは暴嵐灰だけです……」

聞くに堪えない悪態を吐きながらオールはどっか行きました。ちなみに、暴嵐灰って言うのはブーバーです。バカみたいに爆弾設置して吹っ飛ばします。僕も何回か巻き添え食らった……。火傷は貰い火で無いけど痛いんだあれ……。それにC4は爆発したあと有害物質が出るからね……それも効かない僕はなんなんだって感じなんですが。携帯電話サイズでファミレス吹っ飛ぶとか聞いたけど、規模わかんね。地下に引きこもってるしね、基本自室警備員。爆破されると面倒だなぁ……死なないにしても海の真ん中から陸地に泳いでくまで時間かかるだろうし……。さて、実はこの建物は取れるも能登ったらぶっ壊す予定だったんで、ピンポイントを吹っ飛ばして自壊させるためのポジションにそりゃもう大量にC4置いといたはず。そのC4も多分暴嵐灰が弄って時限装置かなんか付けてると思うので……。行ってみますか。

 一旦脚部の屋上に、そこからエレベーターで下りる。エレベーター苦手なんだよな……ちょっと酔っちゃう……。気持ち悪いっていうか、クラクラする。……ん? 爆音……これはエマの超圧電流対物破壊弾(エレキ・バレットカノン)かな? 交戦中だとしたら相手はお気の毒だな……。何せ攻撃が当たらないし。唯一弱点と言えば念力だけは通しちゃうって事だけど……。それでもエマ本人に念力にそれなりの耐性が付いてるからさして効かないし。さて、着いた。ちゃっちゃと用件済ませて帰りたい。あ、そう言えば今晩見たい番組あったなぁ……。録画してないや、どうしよ。

 「クイーン、後は僕に任せて」
「……私の獲物よ」

まあそう言わずに……。

「……分かったわ、でも今晩はこの前よりももっと激しくするわよ。ウフフ……」
「そうですか……」

この前って、まあ一昨日ですけどね。それより敵はどこ?

「あー、それはそうと、暴嵐灰が暴走したって知ってる?」
「本当?」
「あれじゃただの爆弾魔だよね」

まあ元からそんな感じでしたけどね。

「まあ良いわ、キングがいないなら私が始末するだけ……。ウフフ……」
「じゃあここの敵さんは僕が自由にやります」
「ええ。頼んだわよ」

エレベーターの柵が締まらないうちにどうぞ。

 「今だ!」

あ、さっきのサーナイトだ。デザートイーグルで撃ってきましたが、狙いはエマだね。エマには当たらないし……。ほっといて良いかな……

バチャッ!!

目の前が一気に真っ赤になる。頭を殴られたような衝撃が襲いかかる……。一瞬何が起きたか分からなかった。でもすぐに理解する。エマに当たりそうになった弾丸が電磁結界に弾かれて、偶然僕の額を撃ち抜いたらしい。さすがに予想していなければ避けることなんて出来ない。50口径のデザートイーグルの弾丸は僕の頭を貫通して血と脳漿を床にぶちまけた。全身の力が抜ける。倒れ込む。意識が遠のく……。



 「……カルマン」

エマの声で目を覚ました。まだ額が若干痛い。

「クイーン……僕は死んでない、死なないよ……」
「……ごめんなさいね、不覚にもちょっと驚いちゃったわ」

何となく今の彼女の笑みに包容力を見いだした僕は一体何なんでしょうか。十分ぐらい経ってたらしい。爆弾はどうやらさっきのサーナイトとかが頑張っていつの間にか全部解除したとか。そしておまけに暴嵐灰はやられたらしい。サーナイトの剣で切り裂かれてたとか。

「第一棟はもう用がないわ。第二棟に移りましょう。フフッ、急いでいかないと連絡橋を赤外線センサー式の爆破装置で通行止めにする気らしいから」
「了解……あぁ、頭やられると血がなぁ……。また誰かの血を飲みたいよ……」
「悪趣味なことやめなさい」

そうは言われても癖になっちゃったんだもの。てか血を飲むとすぐ血になるから手っ取り早いんだもん。


 「不死黒焔、あなた暇そうだからライトニングⅡに乗り込んでてくれないかしら」

……戦闘機ですよね、それ。

「あの……僕操縦出来ないんですけど……」
「さっき閉鎖した連絡橋の下で指示があったらホバリングするだけよ。出来るでしょう、付け焼き刃でも」
「僕の理解力の無さを理解して下さい……」

オールったらなんなんですかね。まあ断れるはずもなく……。でもがんとして出来ないと言ったら「橋の下に移動させるから浮いてろ」って言われました。キャノピーの中で待機してろと……。てか僕ってそんなに暇そうに見える? デザートイーグルで頭ぶち抜かれた銃痕額に残ってんのに? 鏡で見て発見しましたよ、一部分毛が少ないなと思ってたら銃痕発見ですよバーロー。ペロッ、これは青酸カリ! 青酸カリ舐めんな。
 そして、今浮いております。副操縦士って事かな、後ろ側に乗り込んでるし……。まぁ、サポートだけならなんとか出来るかもね。一応操作説明が書いてある、なんかお手製って感じの説明書を読んでます。専門用語多すぎて分かんないけどそれも説明してくれてて親切。でも分かんないもんは分かんないんです。若干自暴自棄になりかけてると、あれ、あれは輸送用ヘリコプター? 連絡橋の辺りを飛んで……あ、銃撃ってる。機銃ではないな、多分アサルトライフル。……お、今度はグレネード……。二発目、ってオールが吹っ飛んできたよ。なるほど、こうなることを予測してか……。さて、一応離水準備……。出来る範囲でね。
 キャノピーを開けたらすぐさまオールが飛び込んできました。

「ウフフフフ……楽しくなってきたわ、全部私の筋書き通り。途中修正は入れられたけどそれ以降は狂い無いわ。不死黒焔! 離水するわ、慣れてないなら加速度(G)でブラックアウトしないようにだけ気を付けときなさい!」
「イエッサー」

超音速飛行をすると血がすごいことになって視界が真っ黒になって気絶します。酷い時はそのままバシャッ! ってなるとか。では、ボンボヤージュ!

 あんま記憶がないですね。なんというか、早すぎて。自分が早すぎるとさすがに意味分かんなくなりますね。しかもですよ? 相手がまたあのサーナイトです。誰か始末しとけよ……。ヘリに乗ってるのは……ブースター、オールの兄弟ですか。そのブースターがサーナイトに地対空ミサイル(スティンガーミサイル)投げ渡してます。あれ一回ロックオンすると自動追尾するから面倒なんだよね……。こっちも歩兵一人始末するのにライトニングに積んでる小型クラスターミサイルやら機銃やら滅茶苦茶使ってるにかかわらず上手く避けられてるんです。あのサーナイト、何者? ……そう言えば、彼女も何だか嗅ぎ覚えのあるにおいがしたような……。でも思い出せないな~……。

 「うあぁぁぁっ!!」
「ぐっ!」

機体がもの凄い勢いで揺れる。スティンガーが直撃したようで。オールが悲鳴を上げたけど、多分小さいからでしょうね、小さければ僕より揺れるでしょうし……。

「っく……着水準備……! 墜ちるわ……」

やっぱそう上手くいくことばかりじゃないですね。勝敗は時の運と言いますし。そして無事着水。キャノピーが開きます。
 しばらくオールは小さくうめいてました。一分程経ってからやっと動き出します。ヘルメットを被ってるんですが、彼女はそれを脱いで海に投げ捨てる。ってここ海上汚染されてるとこだよ? 最低限の浄化施設はあるんだから汚すなよ。

「……目をやられた……」

見てみると、オールの左目から血……血にしては薄いな……。涙か、それとも水晶体? どっちに転んでも目が潰れたか傷を負ったかですね。

「不死黒焔……行きなさい。奴らは第二棟に必ず進む。私は直接兵器廠内部へ進むからあなたは連中を食い止めて。特に、サーナイトは始末しなさい。私の作戦に必ず必要になる。手段は選ばなくて良い。……行って」
「……了解、オール」

僕はコクピットから飛んで海水面に着地。そしてそのまま第二棟に進む。
 黒い炎は実に様々な能力があるって事が今までの経験で分かってます。まず、念力を含めた特殊攻撃に対する完全防御性能。炎はもちろん電気も冷気もエネルギー体すら通しません。そして二つ目に炎を纏わせたものを触れるかとかそう言うことにかかわらずある程度操ることが出来ます。炎を纏わせたナイフで影縫いをしたり、ナイフの軌道を若干なら曲げることも可能。まあ生き物には使えないんですが……。そして三つ目。移動する際に足に纏わせると万能な足場的存在に変わります。まぁ、現在の状況で言うなら……

「何あれ……!?」
「海面を走ってる……!」

海面ダッシュする時の安定した足場と言いますか……。まぁ、神速使えば黒い炎使うまでもないんですけどね。と言うよりブースターさんとヘリの操縦士さんは的確な状況説明ありがとう。でもここからは使うことになります。海面から第二棟の入り口がある所までは40メートル程上に上らなければならないんです。そうなるとこの黒い炎が役立つんです。

「な!? 壁を……」

サーナイトもありがとう。まぁ、壁ダッシュですね。このまま駆け上がっていけばいい訳です。さて、あのサーナイトとかはどう動くんだろ? そう言えば第二棟は結構適当に蹂躙しただけだそうなのでまだここの従業員(クルー)がいるかもね。それと接触を取ろうとするかも。においたどって探してみますか……。

 その結果、僕は一旦汚染された海水を濾過するためにくみ上げていたパイプが暴嵐灰の爆弾が一個吹っ飛んだ衝撃で壊れて水没したフロアをくぐり抜けてきた先にある微生物を使って汚染物質を除去している生物反応層のある部屋にいました。と言うよりもこの部屋全体が生物走です、通路があるんですけどそこ狭いんで黒い炎を使って生物走の上に浮いてます。酸素が常に送り込まれてるから泳ごうとしても空気を掴むみたいに沈んじゃうらしい。そう言えばここに来るまでの間に核兵器の使用権限を剥奪されたとかなんとか無線で通信があったけどそんな事言われても僕どうでも良いしなぁ……。核じゃなくても他の兵器あるし……。それに核爆弾はなくても水爆はあるじゃん。てかここ、なんでこんなもの必要なんでしょうね? まぁ、最近は核汚染を最小限に抑えるために水素を使ったなんちゃらかんちゃらとかオールが言ってたから水を酸素と水素に分解して酸素をこっちに送り込んでるとかそんなんですかね。あれ? 水ってH2Oだったよね? 水素(H)二つに酸素(O)一つだよね? まあそれはともかく……。ここに勤めてたらしいクルーのにおいがこの先に続いてたので。
 それと、資料をチラッと見た所第二棟の方で兵器の自立行動のプログラムを組んだ人がこっちにいて、まだ捕まえてないそうなので、その人かなって。まあ、そんなベタなね、無いか。

「!」
「来たし……」

ちょっとびっくり。サーナイトもびっくり。

「やっぱり生きてた!?」
「あいにく、あの世への片道切符は売り切れだったんだよね」
「くそっ!」

デザートイーグルが火を噴きます。でも避けるのは簡単。……っと?

「な!?」

気取ってお辞儀して見せたり。

「フフッ、どんな生き物でも、筋肉だけは正直なんだよ。いつどう動くのか、どこに銃口を向けるのか……。でも、キミの筋肉は変わってるみたいだね……」

全て避けきったつもりだったけど頬をかすったらしい。血が垂れてる。僕のナノマシンは致命傷になる傷を負った瞬間に全てを治癒する。自殺しようと自傷した場合も問答無用で治癒。かすった程度なら僕が治そうって言う意志を示さない限りそのまま放置出来る。まぁ、それでも治りが以上に早くて傷が消えるのはあと数秒後でしょうがね。

 「ここで待ってて正解だった……。キミなら僕を楽しませてくれそうだ」
「待ち伏せ?」
「まぁ、半分は勘だったけどね。僕は考えて行動するのは苦手だ。キミが探してる奴はこの先の部屋にいる。思わぬ所で餌に使えたよ」
「! 彼女は無事なの!?」

女性ですか。てか確認はしてないからなぁ……。適当に答えちゃおう。

「さあね? このフロア、浸水が酷くなってきてる。そろそろ溺れてたりするかもよ?」
「ちっ!」
「……その様子だと……そのクルーが何か重要みたいだね」

表情を変えないのは僕の予想が外れたのか、それともそれを隠そうとしてるのか……。まぁ、頬の筋肉の引きつり具合を見れば後者だって事ぐらい分かるけどね。

 「……キミが作戦の邪魔になるらしい、さっきからチョロチョロと兵器を使用不可能にしてるみたいだけど、残念ながらまだこっちには水爆があるからね」

どうやら水爆のことは知らなかったらしい。サーナイトが驚いてる。

「詳しくは知らないし知りたいとも思わない。でも、この施設を作った所が極秘裏に進めてるプロジェクト。ウランとかの核融合反応のエネルギーを使ったものより水素を使って爆発を起こすクリーンな核兵器。昔からある核兵器と違って管理する方法が違う、キミが知ってるかは知らないけど、この海洋浄化プラント、コードネーム星の墓標(Grave post of earth)の基盤で作られている戦艦“スクレット・ルー・ダンテ”を起動すれば水爆の発射は可能になる。……核は撃てるんだよ」

打ちのめされてますか? 現実というものに打ちのめされてますか? 現実はすごく無情ですからね。

「四年位前……僕は人間達に改造を施された。愛する人を失い、次に愛した人とは引き離された……。さらに僕には呪いが掛けられた、殺しの道具としての呪い、世間一般からは拒絶され、死ぬことすら出来ないと言う呪い! 僕達の目的は間違いなく一つ、殺し屋として、傭兵として生きてきた中で常に確立してきた目的、それは僕達を改造した人間共の抹殺、それだけだ」
「……狂ってる」

サーナイトは怪物でも見るような目で僕を見る。間違っちゃいないね、僕は怪物だ。

「どうかな? 僕達だけがまともなのかも知れないよ? 人間とポケモンは違う……」

 突然辺りに警報が鳴り響く。そしてオールの声で警報の理由が放送された。

『スクレット・ルー・ダンテ起動が完了。総員、スクレット・ルー・ダンテに乗船せよ。繰り返す。総員、スクレット・ルー・ダンテに乗船せよ。グレイブポスト・オブ・アースは間もなく崩壊する』

行動早いなオール……。乗り遅れたら問答無用で発進してここぶっ壊す気ですか……。そのままあのよい気なら僕も残ってたいけど死ねないからなぁ、新たな時代の発足でもこの目に焼き付けますか。

「聞いた通り。スクレットは動き出した。スクレットを止めるにはキミが今クルーを必要としてるのと関係あるよね?」
「どうしてそれを!?」

ごめん、でまかせでした。

「残念だけどそれはさせない。キミはここで死ぬ」

その気無いって顔だね。僕に勝てる気?

「この下は海水じゃない、生物反応層だ。吹き込まれ続ける酸素のお陰で浮き上がることが出来ない。一度ここに落ちたが最後……あの世行きだよ」

やっぱり怖い? でもさ、キミはやるしかないんだろ?

「さあ……」

僕はナイフを抜いた。サーナイトも銃を構える。

来い!

 負ける気は元から無いし、負けるとも思ってない。僕は挑発の意味も込めてサーナイトに恭しくお辞儀して見せた。引き金が引かれそうになるけど、その瞬間に僕は跳び、生物反応層の中に飛び込んだ。サーナイトが一瞬驚愕しているのが見える。でも僕には黒い炎がある、泳ぎ回るのぐらい簡単だ。まぁ、犬かきじゃなくてあえてのドルフィンキック。難しいけど蹴れるものがあるから結構早く進める。それに三分ぐらいなら息止めてられるからね。ちなみにこうしてるのはサーナイトがスクレットを止めるための工作をしないよう時間稼ぎをしてるんです。ドアはロック掛けてあるんで開けるのに時間がかかるだろうし。
 次の瞬間、耳元で爆発が起きた。あろう事かサーナイトが手榴弾を投げ込んできてる。水中での爆発はそれこそ全身をハンマーで思いきり殴られるようなものなんで一気に息が洩れる。続いて第二波。潜ってられないな……。上がろう。

「よっ……」

通路の上に着地。常に炎を出し続けてると体力の消耗が激しいので必要な時意外は使いません。まあ上がった途端案の定撃たれましたが、頭に当たらない限り致命傷じゃないからね。痛いけど。

「はっ!」

二階にも足場がある。僕はそこにいます。このくらいならジャンプすれば届くからね。ここから一気に……投げナイフだ!

「喰らえ!」
「うわっ!」

避けられたか……反応良いね。本格的に楽しめそうだよ。

 「これはどうかな?」

後ろ足で立ってくるくると回転しつつ移動、その間に投げナイフを投げまくる。ハルからもらったナイフは減らないから便利。

「ぐっ……」

腕に一本ヒット。だけどこっちはデザートイーグルを二発食らった。心臓に当てても意味無いよ、ほとんど動いてないのに近いから。

「ハハハッ! こっちこっち!」

二階に移動してピョンピョンと飛び交ってみせる。銃はリロードする時が隙になるから迂闊に撃てないでしょ? さて、どう出るかな?

「ちょこまか動かないでよめんどくさい!」
「どぉぉっ!?」

撃たれました。
 よく見ると彼女は一回もデザートイーグルをリロードしてません。でも撃ってこないタイミングがある訳で……。どうやら弾倉の中で弾を自動生成するシステムがあるみたいです。こりゃまずいかもしれなーい。こうなったら……。

「っ!?」
「僕は不死黒焔、死を知らぬ黒き炎」

黒い炎を戦闘にちゃんと使いますか。一気に行くよ。バトルナイフで一気に躍り出て斬りかかる。ギリギリで避けられたけど次はないな。彼女はサーナイトにしては随分身体能力が高い。まるで……あ!

「ララ!? まさか……」
「姉さんの同僚ってホントにこんな怪物ばっかり……!」

妹がいたとは聞いてましたがまさかこの様な形でご対面ですか……。そして姉妹揃って僕が嫌いですかそうですか。ララと接触があったみたいですね、言動から見て。まぁ、だからどうしたって話ですけど。

 「そこだ!」

黒い炎を付加した投げナイフを投げつける。目標はサーナイトではなくて、彼女の影。見事に影にナイフが突き刺さって影縫い成功。

「!? か、身体が……!?」
「どう? 動けないだろ?」

なかなかはずせるもんじゃないよそれ。あとはなます斬りにすれば万事解決っと。少し遊ぶかな。投げナイフでも喰らえ!

「きゃっ!」

あれ、若干動ける? かすっただけか……。じゃあ、これならどうだ! 五連続ナイフ!

「くっ……」

避けやがったぁぁぁ!! くそ、筋肉が変わってるからかは知らないけど完全に影縫いが効かない! ムカつくな……もう殺すか……。ゆっくり近寄って……。

 「ふっ!」
「! しまっ……」

バァン!!

ナイフの炎が消えて影縫いの効果が完全に消えた。それと同時にサーナイトが銃を向ける。それに反応出来なかった。と言うよりも、彼女の変わった筋肉が予告してくれなかったから完全に反射神経のみに頼ることになって完全に避けきれずに首に弾丸が命中する。さすがにこれはきつい……って、やばい、生物反応層に落ちる……。

「くっ……ぐぐ……ガボッ……」

沈む……。再生するまで炎は出せない、けど水の中じゃナノマシンの作業が遅れるからしばらくは……。僕は……ここで死ぬ……?

 そんな都合の良いことはありませんでした、本当にありがとうございます。完全に息が切れててもう苦しいったらありゃしなかったんですがどうやら二酸化炭素を酸素に還元までしてくれてるようで。炭素はどこ行ったというあれはありますが……。とにかく溺れることすらないようです。何これ、僕万能じゃね? てか急がないと……ってオールからあいつ等食い止めろって……。命令だし、逆らえないし……。えっと…… 行 く し か ね ぇ 。
 連中は海面に置いてある汚染物質の拡散を防ぐためのフェンス、オイルフェンスから第一棟を目指すようです。そっか、ライトニング戦であの連絡橋壊しちゃったもんね……。クルーがいるね、サーナイトと一緒に。クルーの方を止めた方が楽かな……。ちなみに僕は今海中にいます。汚ぇ……。体裁しかなくてもこれはホントに浄化した方が良いよね。オイルフェンスを渡ってくるクルーは人間か……。若干ポケモンのにおいがした気がしたけどなぁ、飼ってた奴のかな? ……さて、タイミングを見計らって……今だ!!

「ひゃっ……」

驚いて声も出ないと言う奴ですか。クルーの女性を捕まえてこれ見よがしにサーナイトにアピール。結構離れた所にいるけど驚いてるのが目に見えて分かるね。
 左手で首を絞めてナイフを持った右手で腕を押さえる。抗しとけばサーナイトも迂闊に攻撃出来ないでしょ、僕がいくら大きかろうと人質を盾にしてたら……。

キュウン……バシャッ!!

またヘッドショット……。今ナイフに若干手応え感じたけどもう意識が……。

 気が付いたら海の中を漂ってました。あぁ、泳ぐ気しねぇ……。どうしよっかなぁって思ってたら……あれ、スクレット動き出してんじゃん!? 僕乗り遅れちゃったよぉぉ~……。って、あれ? ちょっと、こっち来てない? あれ? ちょっとこっち来てない? ちょちょちょっ! まっ……。

 接触して意識あぼーん。もういいや、僕離脱しまーす……。



 え~っと……今どの辺漂ってんでしょうかねぇ……。こんにちは、カルマンです。はっと目が覚めたら海中を漂ってたのでクラゲの気分でした。うはっ、すっげぇ楽ちん。まぁ、溺れないしずっと漂ってる訳ですよ。泳ぐ気力も湧きませんからね、浅くなってきたかなとは思うんですが……。実際の所、漂ってるのが楽しいのはあるんですが元々陸の生き物な訳ですよウインディは。だから身体がねぇ……吸水してえらいことになってるというか。そう言えば“属性拒絶反応”なるものがあるそうです。例えば僕なら炎タイプですから水とか地面のエネルギーに長時間さらされ続けてると、水なら呼吸困難とか嘔吐とか、地面なら倦怠感とか心肺機能の低下とか。その時間が余りに長期になりすぎるとポケモン自身が持つエネルギーが弱点のエネルギーに侵されて消えてしまい、最悪死んでしまうそうです。ここは海です。周りには普通の水よりもエネルギーの保存量が多い海水がある訳ですが……。まぁ、僕の場合ナノマシンあるから死なないしな……でもな……。とりあえず陸地目指そうかな……。鼻痛い。
 多分半日ぐらい使ってやっとこさ陸地に上がりました。うおぉぉぉ……身体が重いぜベイビー……。やっぱり筋力低下してたかちくしょう。楽あれば苦ありですね、分かります。

「……あれ……?」

鼻の中に入った水を追い出して辺りのにおいを嗅いだ所、何だか嗅いだことのあるようなにおいが……。花の香りかな……? まだ磯臭くて良く分かんないけど……。てかとりあえず淡水で体を洗わないと毛が脱色される。塩素パワー! 川川……川? あれ、この川には見覚えが……。とりあえず体を先に洗ってから……。

「……あるぇ~?」

見覚えありすぎて困るんですがここは。……ここ、僕の故郷ですね。
 まぁ、故郷と言っても家族がいる訳じゃないです。ロッソは多分もう独り立ちしてるからあの家にはいないだろうし……。あ~、そっかさっきのにおいはこの辺に咲く“シルキーローズ”の香りか……。昔からあったもんねあの花……。昔はロッソと「種蒔こーぜー」とか言って遊んでたなぁ……。途中から結局喧嘩になるんだけどね……。あぁ、懐かしいなぁここ、何年ぶりかな……。

「……あ、せっかく来たんだから行かなきゃな……」

どこにってまぁ、あれですね、両親に会いにです。死んでるけど。父さんはハンターに撃たれたから骨もないけど、母さんと一緒の所に気持ちだけでも埋めてあげてるからね。シルキーローズでも持っていってあげましょうか……。
 あったあった、シルキーローズは分布域が狭いから珍しいものらしいんだけど、僕とかこの近くに住んでた人達にとっては身近な花。シルクみたいに滑らかで透き通ってて、氷みたいに冷たい印象すら感じる花弁、それに対するミルクのように濃厚な香り。これが人間達にとっては高級品らしく。まぁ、分かるよ、僕もこの花好き。さて、一輪だけってのもあれだから三輪ぐらい摘んでいこう……。ナイフ……あれ?

「ちょっ、AODぶっ壊れてるし……」

やっぱ生活防水程度ですものね。そりゃ何時間も海水に浸かってれば壊れますよ。水タイプ用の防水特化型のAODじゃないしね。AOD無かったらもう生活出来ない。なんて都会ボケしてますね僕は。昔はこうだったじゃないか、手を使わず全部口! そうだ、初心に返ってみるのも悪くない。初心忘るべからずって言うじゃん! でも口で薔薇摘もうなんざ自傷行為以外の何ものでもないだろ。そこまでMじゃないよ僕。……でもやるのが僕クオリティですね、本当にありがとうございます。

 音声だけお楽しみ下さい。

 『イテッ! 早速かい……あ、トゲ取っちゃえば良いじゃんか……。あだぁ!! 支点作れないからむりぽーっ! くそぉ、昔は摘んでた記憶あんだけどなぁ、どうやってたっけかなぁ……。爪? 爪でゴッソリ行ってみるか? ていっ! ぉうっ! 無理でしたぁ!』

 独り言多いですね、僕って。テンション上げてかないと燃やしちゃいそうでね……。なんとか摘めました。でも二輪で勘弁してつかぁさいや……。傷だらけで両親の前に行くことがないのがまぁ、救いっちゃ救いですかね。でも多分冥界から見てるんだZE。さて、早く行こうかな、日も落ちかけてるし。見晴らしの良い丘の上に母さんを埋めてあげたのは随分昔のことだけど、場所とか、その時どんな感覚だったのかとか全部覚えてます。あの時ロッソは母さんが死んだって事が実感湧かなくてただ動揺してただけだったけど、埋めてあげる時になってもう会えなくなるんだって感じて泣いてた。僕は終始泣けずじまいだったけど……。なんて言うか、僕の場合は動揺してた訳でもないし、もう会えなくなるって事も母さんが自殺した現場見てたからわかってたから感情が表れるまでに届かなかったというか……。もちろんすごく悲しかったし、辛かったし寂しかったけど、自分よりロッソが泣いてるの見たから何とかしてあげなきゃって思ってた。結局は何も出来ずヘタレの兄でしたけどね。あの時僕が強かったなら母さんは今も生きてたはずなのに……。あの時強かったら……コウヤだって……。

 「あー、母さん達に会いに来たのに別の人のこと考えてどうするんだよ僕は……」

今は母さんと父さんのことに頭を向けないとね。そんなんじゃ親不孝者の息子だよ。まぁ、一番の親不孝は親より先に死ぬことなんですが、僕の場合死ねないしなぁ……。僕達兄弟は全員一番の親不孝はしなかった訳です。良いのやら悪いのやら……。

「父さんに母さん、見て下さい。僕はこんなに逞しくなりましたよ。強くなりました。でも悪いこともたくさんしてきました。反省はしてます。でももう、僕は後戻りできないところまで来ちゃったから。それでも僕のことを息子だと思ってくれるなら、いつかそっちに行くその時に笑顔で迎えて下さい。僕も笑顔でそっちに向かうので」

何となく口から出た言葉。深く考えた訳じゃないけど、だからこそストレートに意思が込められてるかなと思います。

 「おや?」

誰かが後ろにいる。僕の後ろに立つな! なんて言っても僕は何もしませんけどね。振り返るとウインディ。僕より若干小さいぐらいの。耳にはピアスが二つ、口には花束。ちゃらいな……。

「……もしかして……兄さん……?」
「ぅえ?」

想定の範囲外ですね全く。え? ちょっ、何これ?

「その反応、やっぱり兄さんですね!」

ちょっと待とうか、え? 兄さんって今まで僕は一回も呼ばれたこと無いんだけど。じゃああれか、人違い……。

(わたくし)がお分かりになりませんか? ……まあ、無理もないでしょう、私は昔とは大分変わりましたから」
「ちょっとよく分からないんですけども」
「私ですよ兄さん。ロッソ・レヴァタイン・ローゼンバーグです」

な、なんだってー。
 目の前にいるウインディがロッソですかそうですか。僕に負けず劣らずがっちりとした体格で僕より若干小さいにしてもウインディの平均はゆうに上回る身長。毛並みも綺麗に整ってるし無駄な所が一つもないね。顔立ちも整ってる、ってそれは昔からか。

「……あぁ、ロッソ、懐かしいな……」
「はい、五年程会っていなかったでしょうか……」
「……あ、母さん達にでしょ? 僕はさっきやったからロッソもさ」

ロッソは母さんが埋められてる場所に花束を供えるとしばらく目を瞑ってからまた僕の方にやってきた。積もる話もあることですし、ちょっとブラブラ歩きながらだべることにしましょうか。

 「あの時兄さんが突然私を置いて旅に出てしまったあとはとても寂しかったですよ。当時は兄さんのことを恨みすらしました。私もまだ子供でした」
「それが今はこれねぇ……。分かんないもんだね」
「全くです」

五年以上会っていなかったにもかかわらず、僕らの会話は滞ることも溢れることもなく円滑に続いていく。あのあとロッソは僕の友達に助けてもらいながらなんとか生活していたらしい。

「今はグラエナですが、フリーダさんは昔から兄さんのことを好きだったそうですよ。私が兄さんが旅に出たと伝えた時は泣いていました。自分が冷たくしすぎたからかと言ってしばらくは落ち込んでいましたよ」
「フリーダか……懐かしいなホントに。悪口しか言われた記憶無いね彼女からは」

僕が旅を始める前に言ったポチエナです。「ウインディなのに威厳ないよね」って言った人です。遂に進化したか彼女も……。

 「それで、今もこの辺りに住んでるの?」
「いえ、今日はたまたまこの近くに居を構えたので、ご主人様に許可をもらいここへ……」
ご主人様?

……まさかね。そんなはず無いよね、あり得ない。あっちゃダメだそんなことは……。

「ええ、とても良いお方です。私はご主人様のためならばこの身の全てを捧げるつもりです。……一度捨てた命をもう一度捨てても」

何があったかは知らない、知りたくもない、知る必要なんて無い。僕はそんなことどうだって良い。

「キミは人間が嫌いだったはずだ。どうして人間にくっついてる?」
「くっついていると言われるのは心外ですね、私はご主人様に多大なる恩を受けました。だからご主人様に忠誠を誓ったまでです」
「忠誠? 忠誠か、それは良いね、久しぶりに聞いたよその言葉は」

信じられない。信じたくない。どうして? どうしてだ……。

 「……じゃあ、僕はもう行く。それじゃあね」

僕は立ち去ろうとしたけど、ロッソがそれを引き留める。

「待って下さい、せっかく再会したというのに私しか今までのことを話していない。それにまだ時間はあります、ご主人様の所でゆっくりと兄さんの話を聞かせて……」
「ダメだよロッソ、それは出来ない」

理由は溜めてから一言。その分強調されるから。これだけは確実にロッソに伝えなければいけないから。

「僕がキミのご主人様とやらを殺しちゃうよ」
「!?」

驚愕のあとに動揺、そして冷静になって行くに連れて疑問が表情に浮かんでくる。筋肉の動きはそれを的確に僕に教えてくれる。ロッソは信じられないと言うような表情をもう一度作ってから捲し立てる。

「ご冗談を! 兄さんはそんなことをするような方でないことぐらい分かっています!」
「冗談言ってる顔に見えるかいロッソ?」

無表情な、むしろ敵意すらあるだろう僕の顔を見てロッソは小さく頭を振った。彼もそう、信じられないし信じたくないんだろう。
 別れの言葉を一言だけ言ってから、僕はその場を後にした。再会がこんな風になってしまって何となく寂しく思ったけど、こんなのいつものこと。仲良くなった人達は僕の元から去っていく。CHESSに入ってからも友達が何匹も死んだ。そんな人達のための弔いだってリーブは言って、銃を取り、ナイフを取り、自分の持つ力を駆使して人間を蹂躙する。それは多分悲しいからとか寂しいからとか、そう言う意味が最も強いんだろうと思う。復讐心を燃料にした怒りよりも強いはず。僕はやるせない気持ちになってただ歩いた。
 ナノマシンの無線は僕の体温が下がってたからか機能していない。体温を使って充電するらしい。しばらくはこのまま充電が終わるのを待っていないと。肝心な傷を治す方は健在みたいだけど……。こっちの機能が落ちてくれればいいのに。……適当に歩いてるうちに……こんな所に来てしまいました。

「……魂の……彷徨う森……」

魂が彷徨う冥界と現世が触れ合う場所。それがこの森で、僕の運命が大きく動き出した場所。僕の大好きなコウヤとの思い出の場所。大好きなコウヤと再会し、二度目の別れを遂げた場所。何だか感傷的な気分になる。無意識のうちに僕は森の中に進んで、五年前、僕らが再会した場所へやって来た。鮮明に覚えている。忘れられるはずがない。大好きな、一番愛してるコウヤが五年前に僕とここで交わった……。そこでまた、死ねない事への苛立ちが込み上げてきてイライラと地面を踏み付ける。でもすぐにやめて、僕は仰向けに寝ころんだ。木の隙間から見える空が茜色。こういう中途半端な時間帯が一番空間を不安定にするとかなんとか。昼から夜になる時、夜から朝になる時、空間が歪んでしまうから冥界が近づくのかも知れない。
 哲学的なことを考えそうになるけど、それは僕にとって天文学的なことです。十分ぐらいコウヤに思いをはせてから僕は立ち上がった。それでも名残が尽きなくて、しばらくは少しずつくらくなる空を見つめていた。

「イテッ!」

突然誰かがぶつかってくる。完全に意識を別の方に向けていたので気付かなかった。

「悪い、前を見てなかった……」

はっとして、声の主を見て、またはっとする。こんな事ってあるんだろうか。
 ぶつかってきたのはキュウコンだった。そう、“見覚えのあるキュウコン”だ。今となってはもう会いたくなかった。でも相手も僕に気付いてしまう。だから僕は急いでその場を立ち去ろうとした。

「ま、待って!」

彼女は僕の前に回り込んで道をふさぐ。驚愕で一杯のその顔は忘れたくても忘れられない顔、昔のその顔とほとんど変わっていない。僕はその顔を極力見ないようにしながら別の方向へ行こうとする。しかしそれでも彼女は僕の行く手を塞ぎ、僕の邪魔をする。耐え難くなった僕はきびすを返して走り出した。だがすぐに足を止めることになる。

「私のこと忘れちゃったのかよ旦那様!!

 足を止めてしまうのは、考えたくないことが目の前で確信に変わり僕を行動不能にしているからだ。僕はため息を吐くことしかできない。後ろから聞こえる、怒りや悲しみなんかの意味合いが込められた荒い息を聞くしかできない。ようやく僕は喋ることが出来た。喋りたくはなかったけれど……。

「……忘れる訳無いだろ……アズサ

彼女はアズサ、僕が二番目に愛する人。結婚の約束までした大切な人。……だから、だから会いたくなかった。

「旦那様……やっぱり……旦那様ぁ!!」

飛びかかるようにして彼女は僕に抱きついてきた。僕はそれを受け止めて、顔を背けていた。

「旦那様、顔を見せて……ねぇ、旦那様……」

僕の顔を無理矢理に見る彼女は動揺していた。僕はちっとも嬉しそうな顔なんてしていなかったから。僕はただ、悲しい顔をしていたから。寂しい顔をしていたから。戸惑っているだろうし、驚いてもいるだろう。愛し合った人達が再会して悲しい顔をするなんて事はあり得ないから。そのあり得ないことが目の前で起きているから。

 「どうしてそんな顔してるんだよ旦那様……。再会出来たんだぞ? あの時にもう会えないだろうって私達二匹とも思ってたのに、また会えたんだ、嬉しいよな? 旦那様……」
「いや、嬉しくない。嬉しくないんだよアズサ……本当に申し訳ないけど嬉しくなんかないんだ」

アズサの顔が動揺を通り越して気の抜けた、呆けた顔になる。僕はそんな彼女を離し、悲しい顔のまま向かい合った。

「僕はずっと、コウヤやキミに会いたくて会いたくて仕方がなかった。だからこそね、キミに会えなくて苦しかった、辛かった、寂しかった。でも今じゃ、キミに会っても苦しいだけだ。……僕をこれ以上……苦しめないでくれ……」

そう言って立ち去ろうとする僕の足に彼女はしがみついてくる。意地でも、僕を止める気だ。

「どういう事だよ! 説明してくれよ旦那様!! 納得出来ない……」
「納得するな、納得しちゃいけない。ただ僕のことは忘れてくれ。お願いだ……キミを愛してるから僕の言うことを聞いてくれ……」

僕の言葉は淡々と続いていく。悲しげな風ではあっただろう。でも彼女の耳はそこまで細部な感情を読みとる機能が働いていない。だから僕の足にかじりついた。突然のことに驚いて彼女を蹴り飛ばしてしまう。吹き飛ばされた彼女は木にぶつかり、倒れ込む。僕が駆け寄り、彼女が怪我をしていないか確認しようとした時に……僕は吹き飛ばされた。

 「お怪我はありませんか?」

吹き飛ばされたあと着地した時にその声が聞こえる。声の主はロッソ、そしてその言葉は僕に向けられたものではない。ロッソはアズサを気づかいつつも僕に臨戦態勢を取ったまま隙を見せない。

「……全く、空気が読めないねキミは」
「読めずとも構いません、貴方の蛮行を止めるならば少々荒い手段も執ります」
「蛮行か、難しい言葉を使うようになったね。僕はバカだからさ、そう言うのは分からないよ」

臨戦態勢のロッソを挑発するように僕は首を鳴らした。アズサは怪我もしていないようで、ただオロオロと僕とロッソを交互に見ていた。ロッソは僕がアズサを襲おうとしていたと誤解しているみたいだ。誤解を晴らすか、それとも黙らせるか。僕が好きなのは後者だ。

 「……貴方は変わってしまった。私はもっと、優しかった貴方を尊敬していた! だが今の貴方はただの獣だ、ただの野蛮人だ! どうして変わってしまったのですか……」
「キミがそんな風に僕のことを思ってたなんて殊勝だね」

僕は小さく笑ってから、彼に言い放った。

「良いかい、“人は変わっていくんだ”。僕も変わった、僕はそう、強くなった。昔みたいに“ヘタレ”な僕じゃないよ。僕は強い。でも僕は強くなりたいと心から望んだ訳じゃなかった、僕が心から望んだものは死ぬこと、そして平穏な暮らしだ。愛した人を守れるだけの強さがあれば十分だった。だから僕は“変えられた”んだよ、人間からね。人間はみんなエゴイストだ。自愛性が強すぎる。だからね、僕は人間を殺す。人間は嫌いだ、人間が憎い。僕を変えてしまった人間をこの世から根絶するまで僕のこの恨みは消え去ることなんて無い。キミの主人だってそうだ、人間なら憎い。誰を殺したってもう、僕の心は痛まない。そう言う風に“僕は変わった”」

ロッソが悲しげな顔を徐々に哀れみの顔へと変化させていく。僕を哀れむ権利なんて彼にはない。誰にも僕を哀れむ権利なんて無いはずだ。

「……間違ってる、それは間違ってるぜ……。人間は確かに滅茶苦茶なことをやらかすとんでもない連中だ。それでもだ、信頼すべき人間だって間違いなく存在するんだ。俺のご主人だってそうだ、彼女は信頼すべき、愛すべき人だ。それがわからねぇなら、俺はあんたをぶっ倒すぜ。それが俺のすべき事だ。神様は俺にそうしろって言ってるはずだ」
「神様……ねぇ、出来ることなら運命を紡ぎ出してる神を殺してやりたいよ。僕はもう疲れたんだ、もう結末まで連れて行ってくれたって良いのに僕を延々と延命させようとする……。フフッ、それにしても、やっぱりキミはその話し方が良いよロッソ。そっちの方が僕好みだ」
「あんたの好みなんて知ったことか、あんたに堅苦しく接する必要なんてもう無いからこう喋ってるだけだ」

ロッソは昔の喋り方に戻った。これがロッソだ。ロッソはこうでなくっちゃ……。
 臨戦態勢をとり続けるロッソはアズサに離れていろと一言言う。

「……さあ、昔みたいに盛大に喧嘩しようじゃない。かかってきなよ、ロッソ・レヴァタイン・ローゼンバーグ
「望む所だ。昔からずっとあんたに勝つことが俺の目標だったんだぜ“兄貴”、カルマン・アーヴァイン・ローゼンバーグ!」

僕とロッソの関係を知ったアズサが息を呑む。その瞬間にはもう僕らはぶつかり合っていた。ロッソは僕に負けず劣らず素早い。かなり鍛えられているみたいだ。でも残念ながらロッソの動きは完全に先読みすることが出来る。攻撃はかわすかかち合って相殺させる。お互いに炎の技が効かないと言うことが分かっているから自ずと肉弾戦になる。AODがあったならナイフを使って攻撃も出来たけど、これはこれで良いかもしれない。ロッソとの久しぶりの兄弟喧嘩。ロッソの成長が見られるというのも少し楽しみではあった。僕は彼の保護者同然の存在だったんだから。

「あぁ、成長が見られないよロッソ。キミは弱いままだ」
「くそっ! なんで当たらないんだ……!」

ロッソの動きは直線的で、少し動体視力が避ければどう攻撃が来るのか分かる。型にはまった訓練をさせられたか、命令ばかりされていて独自に攻撃を多様化させることが出来なくなっているのかも知れない。それは成長所か退化に近いものだ。
 避けられているのに性懲りもなくかみつくを外したロッソの顔に、僕はパンチを食らわせた。

「ぐはっ!」

一撃でロッソは倒れ込んだ。完全に隙だらけの所を狙ったのだから当然だろう。もはや僕には彼を侮蔑の目で見ることしかできなかった。

「キミは僕には勝てない。キミは弱い。そして僕は強い。この差は何か分かる? 力だよ。キミには力がない。だから弱くて僕にこうもあっさりやられてるんだ。笑えるねぇ、昔は僕に勝てもしなかったのにヘタレヘタレって蔑んでたキミが今じゃ僕がキミを弱者呼ばわりだ。あの時からこう呼んであげても良かったけどキミが子供だから傷ついちゃ悪いと思ってね……」
「黙れよヘタレが……まだ俺は負けちゃいねぇ!」

口から血を流すロッソは僕に突進してきた。……筋肉が右前足を軸にスライディングしようとしているのを教えてくれた。だから僕はそれを飛び越してかわす。ロッソの攻撃は全て先読み出来る……。

「!」

スライディングの軸足をそのまま更に利用して僕の着地する位置に突進をしようとしている。空中ではさすがに自由に動くことは出来ない。タイミングはおそらく完璧にものにされているだろう。守るにしても体勢を作るのは足をクッションにしなければいけないから不可能だ。……一撃を食らう。

 「ぅあっ!」

強烈な一撃で僕は後ろにあった木に叩き付けられた。体重のせいもあってかその木はベキベキッと音を立てて折れた。

「……やるね、少しは強くなったじゃないか。僕も少しは楽しめそうだよ」

バトルナイフを口にくわえて対峙する。強いかと言われれば、ロッソは大したことはない。でも“今の所は”と言う所で留まる。おそらく彼も本気じゃない。そう言うことも全て筋肉が教えてくれることだし、彼が大技を使わないと言うことでも十分把握出来た。だから僕は彼が大技を仕掛けてくるように仕向ける。僕は低く構えて全身のバネを使い一気にロッソに斬りかかった。反応が間に合わずにロッソの腕にそこまで深くはない傷が刻まれる。そこから隙を作ることなく僕はナイフを投げつけた。いつもと違って指の間にナイフを挟んで投げつけるからそこまで狙いは正確じゃない。それでも当たれば十分致命傷にもなるし、牽制という意味ではかなり効果的だった。思った以上に彼は怯んで隙を作り出す。そこにたたみ掛けるように僕は斬り込んでいった。

「傷だらけじゃないかロッソ。大見得切った割に僕には一度しか攻撃出来てないよ?」
「うるせぇ! 喰らえ!」

僕が投げたナイフをロッソが投げ返してきた。器用にもなったらしい。でも全て飛んでくる方向が読めてしまう。僕は踊るようにそれをかわして挑発しようとした。それでもロッソは更に僕のナイフを投げ返してくる。避けることを優先する必要はないけれど、圧倒的な実力差を見せるためには攻撃を喰らわないと言うのが効果的だ。

 「当たらないよ、僕にはそんな攻撃効かない」

全てを避け終える時に僕はそう言った。でも次の瞬間にはそれは囮だったことを悟る。ロッソは口にエネルギーを集束させていて、もう発射可能な状態だった。

「“破壊光線”!!」

ロッソの口から集束されたエネルギーが光線になって飛んでくる。さすがにあれはあらかじめ予知していなければかわせない。そして僕は囮にまんまと気を取られてそれに気付かないでいた。だから僕はその攻撃が直撃して吹っ飛んだ。

 喰らった瞬間にアズサの若干悲鳴に近い声が聞こえた。実際まともに破壊光線を喰らえば死ぬことだってある。でも僕は死ななかった。さも大したことなさそうに立ち上がり、僕はロッソを見て頬笑んだ。

「あぁ、強くなった、ロッソ。何となく嬉しいね。キミは強くなったよ」
「……当たり前だ。俺にはパートナーがいる。パートナーと一緒に戦ってきたからこそ俺は強くなれたんだ。あんたみたいに私欲で行動するだけの奴とは違う!」

僕は一瞬アズサを見た。不安そうな、それで怯えているような表情をしている。弟であるロッソと僕がこんな熾烈な戦いをするとは思ってもみなかったんだろう。教えよう、アズサに、ロッソに。僕がなんなのか。僕がどう変わったのか。

「私欲、ね。私欲じゃないよ。“大義”だ。“僕ら”は決めたんだよ。人間なんてこの世に存在する価値すらない。人間なんて滅ぼしてしまえば世界は安泰だ。だから“僕ら”は戦うんだ」
「……あんたはもう……俺の兄貴じゃない……。あんたはカルマン、ただの野獣だ!」

良い表現。

野獣(Beast)か……それも良いね。でもね……僕はもう“カルマンじゃない”。僕は“殺し屋”、CHESSのルーク、“不死黒焔”! “死を知らぬ黒き炎”

僕の身体から黒い炎が噴き上がる。ロッソとアズサは目を見開いて驚愕した。まさに僕は野獣、怪物だったからだ。

「さあ……僕を楽しませてくれ……僕を殺してみろ!!

 黒い炎は即席のAODになる。物を操ることが出来るから使い勝手はAODとほぼ同じだ。それからは僕が圧倒した。ロッソは傷だらけでもはや立つことすら難しい程に痛めつけられている。かくいう僕は一度たりと攻撃を喰らってはいない。力の差は歴然としていた。僕は強い、ロッソは弱い。僕が勝ちロッソは負ける。僕が生きロッソは死ぬ。全ては0と1で出来ている。その中間などはそれにいたるまでの過程でしかない。妥協案なんて必要はない。決めたこと、決まったこと、それが全てだ。

「ぐぅ……まだだ……負けねぇ……!」
「……もう良い、十分だよ。キミは僕に負ける。それで終わりだ」

それでもロッソは構え、全身に炎の鎧を纏った。

「……キミの無力さを教えてあげるよ」

それに応じるように、僕も炎の鎧を身に纏う。もちろんそれは黒い炎。全てを無に帰す黒い炎だ。

「“フレアドライブ”!!」

僕とロッソは衝突した。
 もはや虫の息に近かったロッソにしては大火力のフレアドライブだった。でも僕の黒い炎はエネルギーを吸収していく。どんどんどんどんロッソの炎の鎧は萎縮していった。それを拒むかのようにロッソはまた火力を上げる。ぶつかり合った衝撃で周囲の草が吹き飛び、地面にヒビが入る。ずりずりとロッソの踏ん張る足は僕に押されて後退していく。

「懐かしいねロッソ、あの時と同じだ。あの時も、その前の時も、今までずっとキミは僕に負け続けてきたんだ。そしてこれからも僕に勝つことはない。キミは弱いからだ、そして僕が強いからだよ。良いかい? “兄に勝る弟なんていないんだよ”」
「ご託宣だぜ化け物め……!!」

僕とロッソは弾き合って一旦離れる。そしてもう一度ぶつかり合った。

「あんたはもう……俺の兄貴じゃない、それなら“勝てるだろうが”!!」

炎の鎧の火力が一気に上がる。周囲の木々をすぐさま灰にしてしまいそうな程に。その鎧に包まれたロッソはまさに隕石(Meteo)のようだった。

「“メテオドライブ”!!」

黒い炎すら吸収しきれない大火力。僕の衝突力すら消してしまう爆発。僕の身体は遥か後方へ吹き飛ばされて木々をなぎ倒し、五本目の木に衝突した時にようやく止まった。
 甚大なダメージ。今までにないほどのダメージだ。全身の至る所の骨が折れてもはや回復するまで自力で動くことは出来ない。そこに追撃を書けるようにロッソがのしかかってきた。僕は痛みにうめく。

「どうだカルマン……俺の勝ちだ。俺の勝利だ兄貴」

僕はその言葉をせせら笑う。

「勝利の意味が理解出来てないね……。勝利って言うのは相手を負かせたら勝ちなんじゃない……“相手を潰したら勝利なんだ”……。僕は死ぬまで潰れないよ、キミは勝っちゃいない……」
「往生際が悪いぜ……」

僕は嘲笑した。

「キミには僕を殺す勇気がないのか……? それとも僕を殺す程の実力がないのか? 両方か……? キミは一生僕に勝つことは出来ないみたいだ……。キミは弱い、僕に勝てないからね……」
「弱くない、俺はあんたに勝った」
「“勝ってないよ”。ここで僕を殺せないならキミは弱い。さぁ、殺してみろよ。出来ないんだろう? キミは弱い、キミは……」

言葉を続ける途中でロッソは僕の喉を食いちぎった。追いついたらしいアズサが悲鳴を上げる。首から血が噴き出している。それを見たくないと言うようにロッソは僕から離れて背を向けた。意識が遠のく。……あと数秒の間だけ
 意識が戻ると同時に、全ての傷は完治した。目を開いて、僕は重力に逆らうようにぐにゃりと起きあがる。ロッソは未だに僕から背を向け、アズサは泣いている。二匹とも僕に気付いていない。僕のことに気が付いていない。僕は音もなくロッソの背後に忍び寄り、手に纏わせた黒い炎で動かすバトルナイフをロッソの首にそっと当てた。ロッソは驚愕する。目を見開くもナイフのせいで動けない。そこに僕は冷ややかに告げてやった。

「……ロッソ……残念だけど、あの程度じゃ僕は死なない……。“死ねないんだ”」
「そんな……まさか……」
「僕の呪いだよ……人間に掛けられた呪いだ……。フフフッ、ねぇロッソ? キミの血はおいしい? ねぇ……」

ロッソの頬に出来た切り傷からしたたる血を僕は舐め取った。ロッソは完全に恐怖に包まれていて身じろぎ一つ出来ない。弟の血を飲むのは少し刺激的だな……。ナイフで首を斬ればもっと血が出る……。

 バァン!!

「ぐっ! 何っ……!?」

額を誰かから狙撃される。ブラックアウトする視界の中に見えたものは、額にバンダナを巻いたジグザグマだった。それを見たすぐあとに、僕は倒れて死んだ。生き返るまで、あと数秒……。



 「ああぁ……」

痛いものは痛い。痛いものは、痛い。大切なことだから二度言いました。額を撃ち抜かれるのは慣れてるけど死ぬかと思うよね、ホント死ぬかと思う。なんて、ホントのことは一度しか言わないものです。……あれ? 矛盾ですね。額を撃たれると治るのにしばらく時間がかかります。死なねーけどな! 起きあがって辺りを見てもロッソはいない、誰も居ないと……。逃げたか、ちくしょうめ。てかあのジグザグマは見たことあるな、僕を撃ったあいつ。ポケモンを守るぜとかどうこう謳ってる集団のくせにポケモンである僕の頭撃ち抜くって言うのはどういう了見なんだよ。小一時間程説明してもらいたいよ。また血が抜けて体温下がったじゃないか、これじゃ一向にナノマシンが充電されませんよ。どうするかなぁ……。

 「旦那様ぁ!!」
「どぉぉっ!?」

アズサいたのか。飛びかかるな、心臓に悪い。

「旦那様……生きてるんだよな……?」
「……“死ねない”からね。それより、何の用? 僕がもうキミとは違う世界にいるって事は十分分かったはずだろ?」
「……ああ、十分理解したし、理解したことに後悔もしてるよ」

じゃあなんで僕に抱きついてきたんですか。

 「旦那様と別れたあと、私も色々変わったんだ。だからそう言う所も知って欲しいし……もう一度、抱きしめて欲しい」

……ああ、嫌な流れだ。

「……アズサ。キミと居ると……辛いんだ。別れたあの時と同じ。キミを抱きしめてあげることは出来ない。何故って、僕の手は“血まみれ”だから。あの時と違って、絶対に洗い落とすことが出来ない血だ。キミを抱きしめたら、その血がキミにも付く。血が付かなくてもにおいが付くよ。だから……キミを抱きしめられないんだ」

あの時と同じ理由。僕の血か、他の誰かの血かという違いは大きいけれど、抱きしめられない理由は血って事に変わりない。抱きしめてあげたいけど、そんなことをしたらアズサは僕の世界に触れることになる。それはなんとしても避けたかった。彼女には幸せに生きて欲しかったから。

 「……相変わらず、バカなんだな、旦那様」

ちょ、おま。

「あの時とは状況が違うじゃないか。あの時は生きるか死ぬかって言う問題だった。今はどうなんだよ」
「似たようなもんだよ。僕に関わってたら死にに来るようなものなんだから……」
「つまり間違いなく死ぬって訳じゃない訳だ」

それを屁理屈と言います。

「血が付こうが頭吹っ飛ぼうがどうだって良い。旦那様、結婚してくれ」
「あ、そっからですか」

あの時は責任取るとか取らないとかで、結婚の話もあったなぁ……。忘れかけてたよ。
 当然アズサはそんな僕がどう考えてたかとか知るはずもなく……。まぁ、知ってたら知ってたで怖いけども。

「僕はそんなずっとここにいる訳じゃないからね、僕行くとこあるし」
「私が嫌いになったのか?」
「ちがーう」

そうじゃないんだよアズサぁぁ~、そう言う事じゃなくてぇぇ~。

「僕と一緒に居ちゃいけないんだって言いたいの。僕は知ってる人から見れば狂人で殺人鬼で幽霊だ。僕と一緒にいたらキミもそうなんじゃないかって疑われちゃう」
「それがどうした、私はそんなこと全く苦に思わないぞ」

この人もう何言ってもダメだな……。嬉しいんだけど……嬉しいから悲しい。

 「旦那様……口論したって無駄だって事ぐらい分かるだろ? 私は旦那様を何があっても諦める訳がないんだ。つまり旦那様には根負けするしか道がないって事」
「キミを気絶させてその間に……ってのは出来ると思うよ」
「言ったな?」

アズサは僕から離れると同時に怪しい光。……初めて会ったあの時と同じ、そう言うことかな。でもね、僕はあの時とはもう違うんだよ。

「アズサ。僕を混乱させようったって、そんな弱い光じゃ無理だよ。そんなもの効かない」
「……旦那様」

彼女は改めて僕に抱きついた。感情が高ぶって力一杯抱きつく訳でも、すがるように抱きつく訳でもなく、彼女は僕を慰めるようにそっと抱きしめた。

「私の気持ちは分かってるはずだ。私も少しは旦那様の気持ちは分かる」

 僕は思わず彼女の首にバトルナイフを押し当ててしまった。胸がえぐられるような感じがしたから。

「この気持ち……キミに分かるはずがない。分かるはずがないし、“分かって欲しくもない”」
「そう言うことだろ? 分かってる」

僕は急いでナイフを引いた。彼女にそんなことをしてしまったことを謝る。彼女は大丈夫と言ったけれど、僕は罪悪感に呑まれてた。

「……抱きしめてくれ、旦那様。少しは楽になれるかも。楽になれなくても私が付いてるって証明出来るから」

彼女の瞳は優しくて、綺麗で、何にも変えられない尊さがあった。だから僕は彼女を抱きしめていた。黒い炎が消えてナイフは地面に突き刺さった。

「……キミには……勝てないね。勝てる気がしないよ」
「フフッ、私も負ける気はしない」

僕らは頬笑み合って、素直に再会を喜んだ。また会えた、愛しい人に。

 「……旦那様、体を洗ってこよう。さすがにいつまでも血まみれはいただけない」
「あー、そうだね……」

量が量だけに生臭いしね。川近くにあるから行こう……。

「念入りににおいも落としてくれよ。あんまり変なこと覚えられると困るから」
「え? う、うん」

なんのこと? まぁ、言われた通りにしますけど……。

「旦那様、こっち。こっちが私の住処だ」
「あ、うん」

ちょっと遠い所かな……?

 それでまぁ、着いたんですが……。

「……ここ僕の家じゃん」
「え? そうなのか? 誰も使ってなかったから勝手に使わせてもらってたが……」

許可取れ。僕だったから良かったものの。ん~、懐かしいなこの木の虚。ここから下が穴蔵になってて外見より中は広いんだよ。なんて言ってもウインディ三匹一緒にいてそこまで窮屈しないぐらい広いからね。アズサだけじゃ持て余すはずだけど……。ん?

「おかえりなさい」
「ただいま、良い子にしてた?」
「うん」

……ちょい待って。ロコンハケーン。子供ですね。ん? ん? ん!?

「……あ、旦那様知らないよな。息子のジャックだよ。……ジャック、“お前のお父さんだ”、ご挨拶出来るな?」
「うん、出来る……ん? お父さん?」

ゴメン、ちょっと今突っ込みに対応出来ない。

「ぼ、僕の……」
「ああ、正真正銘、旦那様の子だよ」

 しばらくの間、時間が凍ったかのように……時よ止まれ、ザ・ワールド! と、ぼけるタイミングもサッパリな程混乱中。そ し て 時 は 動 き 出 す 。

「……初めまして、お父さん……?」
「疑問形になっちゃいますか、まあ当然ですね。僕だって疑問形さ! 僕の息子?」

アズサが失笑。無理もないかな。

「嬉しくないのか旦那様?」
「……こんな時どんな顔をすればいいか分からないの」
「笑えばいいと思うよ……」

ジャック……こやつ出来る……!

「……そう……だね、笑えばいいんだ」

僕は笑った。正直実感サッパリ湧いてませんが。それでも笑った。ジャックも笑う。それにつられてアズサも笑う。多分ジャックはずっと父親のことを聞かされて育ったんだろうなぁ……。僕が親になるなんて正直自分でも意外で仕方ない。親として、子に初めて対面した親としてすべき事。それは何となくしか分からなかったから、僕はジャックの頭を撫でてやろうとした。ちょっと怖かったのかたじろぐジャックに微笑みかけて、そっと手を伸ばす。……その手は震えていた。傍目から見てもわかる程震えていた。それには色んな理由が込められてた。自分の血を分けた子供と触れ合うという感動もあった。僕のような殺人鬼が無垢な子供に触れて良いものかという恐怖もあった。喜びがあった、畏れがあった、好奇心があった、不安があった……。そしてその震える手が彼の頭の巻き毛に触れた瞬間に、僕の内に満たされたのは安堵だった。彼には間違いなく、生きるエネルギーが満ちていた。そのエネルギーがありありと感じられて、撫でてやるたびにはにかむその様を見て、僕は初めて“生きていて良かった”と感じた。
 僕は思わずジャックを抱きしめていた。押し潰してしまわない程度にだけれどきつく、離れないように。少し苦しそうなジャックを見かねたのか、アズサも歩み寄ってくる。僕は彼女も一緒に抱きしめた。荒んだ、殺し合いの中で冷え切った心の内に、暖かいものが湧いてくる気がした。これが“愛”で、“幸せ”なんだろう。幸せは懐かしい感じがする。やはり僕は幸せを見失っていた。幸せ、幸せが一番だ。嬉しすぎて泣いてしまいそうだった。けれど涙は溢れることはなく、代わりに僕は声を出して笑っていた。愛しい雌、可愛い息子。これ以上必要なものなんて無いだろう、僕はそう思ったし、事実だ。だから僕は失うことがないように、妻と息子をきつくきつく抱きしめた。

 「アズサ……もうこれ、昔から決めてたことだから結婚したってことで良いよねぇ?」
「そうだな。フフッ、やっと念願叶った」
「戸籍上も僕の息子になった訳だ」

まぁポケモンに戸籍もクソもないけどな! そんなことを思いつつジャックの頭をなでなでと……。そしたら逃げました。反抗期か。

「まだ人見知りしてるんだよ、大目に見てやってくれ」
「嫌われるのは慣れてるよ。やってきた事がやってきたことだし、ね」

何となくアズサの瞳は寂しく見えた。気のせいであって欲しい。

 「おk、ジャック、キャッチボールでもしようジャマイカ」
「ボール無いしあっても嫌だよ。今何時か分かってる?」

夜ですね、はいすいません。さすがに子供に夜更かしさせる訳にはいきません。サーセン、父親ぶって。

「ゴメン、ちょっと昼夜の感覚無くなってて。それじゃ、もう寝なさい」
「え~」
「え~、じゃなくて。突然現れた父親にこんな事言われたらムカつくだろうけどちゃんと聞いて」

心境は本人にしか分からないだろうけどこう言うのよくあるじゃないかーとか思ったりしちゃったり。まぁ、僕をそんなに嫌ってる訳ではなさそうなので大丈夫でしょうが……。

「旦那様、子供に言ってばっかりとか言うのもダメだぞ。親が手本見せないと」
「え~、まだ眠くない……」
「子供と同じ反応してどうする」

やっちゃったんだぜ。てへっ。まぁいいや、色々あって疲れたのも事実だしね。おやすみなさーい。

 「……旦那様、寝床が一つしかないんだ。それで“大丈夫”か?」

“大丈夫”って言うのは僕はそれで構わないかという意味と、“僕と一緒に寝て問題が起こらないか”と言う意味合いがある様子。まぁ、アズサには僕が普通じゃないってことが分かってるんだから当然かな。

「大丈夫、“襲ったり”しないよ」
「……そうか」

……ん? なんですかアズサ、ちょっとその目……。

「ぶほぁっ!」

久しぶりのこのドロップキィィィック! 相変わらず重い一撃だ……。

「な、何でですか……」
「誤解生むような表現するな。ジャックはませた所があるからな」

まさかそんな……十歳行くか行かないかぐらいの子供がそんな……。

「ジャック、その目は一体何なのかな? お父さん泣いちゃうよ?」
「……泣けばいいと思うよ」
「うわーん」

アズサから殴られました。うわーん。ジャックから笑われました。うわーん。
 僕が一番大きいので二匹を抱きしめるように寝ます。まぁ、アズサが寝返りうってジャックごと僕を抱きしめたのでそう言う感じではなくなりましたが。

「苦しい……」
「あ、アズサ、僕も苦しいってことはジャックそろそろ口から色々出ると思う……」
「ああ、悪い。ただこうしてるのが嬉しくて」

その気持ち分かります。僕も抱きしめたいけど本気で抱きしめると二匹とも絞め殺しちゃうので……。その辺気を付けないとね。あ、ちなみに改造されたからそうな訳じゃなくて実は昔からそうでした。そりゃパンチでヘルガーの首へし折れるくらいだからね。キュウコンとか相手にここ数年してなかったからちょっと勝手を忘れてるかも知れない。

「それじゃ、アズサもジャックもおやすみ」
「ああ、おやすみ、旦那様」
「……おやすみ、お父さん……」

……地球に生まれてよかった~!! レインボーブリッジ封鎖出来ません! お父さんって呼ばれただけなのにこんなに嬉しいとか思わなかったよ。僕って今すごく幸せ一杯の状況です。泣ける。
 アズサはずっとジャックの背中を優しく撫でてやっていた。ませてるって言ってもやっぱりまだ子供だからね。僕はまどろみつつその様子を見てた。頬笑ましい気持ち。

「……なぁ、旦那様」
「ん?」

突然アズサが声をかけてきた。優しいけれど、どこか張りつめた感じがする声……。

「私達、もうずっと一緒だよな? ……もう、離ればなれに……ならないよな……?」

こんな時、どう答えるのが正解なのか僕には分からない。どう答えても間違っている。僕の考え出すものは陳腐なもので、見え透いた嘘という表現が最も適切な表現。だからこそ、僕は正直に……正直に答えた。

「きっと、ね。でももし僕がキミの前から姿を消したら、その時は……」
「旦那様……もういい……」

アズサ自身、僕がどう答えを出すかと言う事ぐらい分かっていたはずだろう。僕は根っこからは変わっていないと彼女は信じている。ここ数年で世界の“裏”とでも呼ぶべき部分に汚染された僕は変わっているかもしれない。根っこの部分も侵されているかも知れない。それを理解しているのか、それは僕には分からなかった。けれど、彼女の言葉は辛そうではなかった。
 ただ何となく、寂しかった。



 「お父さ~ん」
「んぅ?」

僕が目を覚ますと、ロコンの顔が目に入った。彼は息子のジャック。そう言えば僕は家族と暮らすようになったんだなぁ……。家族、良い響き。

「起きてよ。お母さんがお父さんに遊んでもらえって」
「ん~……分かったけどちょっと退いて……」

重くはないんだけどね。まぁ落とす訳にも行かないし。さて……

「何して遊ぶ?」
「バトルしよ!」

あぁ、そう言う年頃なのかな……。ロッソも、今のジャックぐらいの年頃の時は毎日バトルしようって言ってたしね。僕はその頃割とインドア派だったので……。

「良いよ。でもお父さんは強いよ~?」
「僕だって強いよ!」

まぁ、父親を超すのは大分先でしょうね。

 「お父さんから来て良いよ」
「言うねぇ。それじゃ、遠慮無く行くよ」

無論口だけです。そりゃ子供に本気で行きませんよ。そんな大人げない訳無いじゃないですか。とりあえず牽制で神速。背後に回ってみます。突然いなくなったように見えたんでしょうね、きょどってるジャック。

「ジャック」
「わぁっ!」
「驚きすぎ。お父さん舐めてたでしょ?」
「…………」

父親立ててるつもりらしいね。気の利く子ですこと。

「さあ、本気で来て」
「うん!」

 ……やっぱり強いなぁ……僕の息子ですものね。そうそう、今更ながらジャックはなかなかイケメンですよ。将来が楽しみですね。僕みたいにならない事を祈ろう……。ジャックは主に特殊技で攻めてきます。炎技が効かないのにもかかわらず炎の渦を僕にめっちゃ使ってくるんです。貰い火しすぎて逆にクラクラするよ。もしやこれが狙いか? そのあと少し経ったら他の技も使ってくるようになってきました。まず使ってきたのは怪しい光です。アズサの時もそうだったけど、僕に普通の怪しい光は効かないんだよ。喰らった振りするのは難しいからなぁ……。避けましょう。

「ズルいよ~!」
「ズルくない。バトルの時は卑怯も何もないの。お分かり?」

拗ねてやけくそ気味のジャック。可愛いなぁ……。って、だから火炎放射は効かないってば……。
 そのあと少し続けてると、ジャックが疲れてきたらしく、若干ぐったり気味。

「大丈夫? 少し休もうか?」
「まだ大丈夫……」

息上がりすぎ。子供に無理させるのもあれだし、無理矢理休憩させましょうか。

「大丈夫だってば!」
「呼吸整えるだけで良いから……」
「やだ!」
「ごへっ!」

これはしっぺ返しですか。ボディに来るなよ。ちょっとイラッとした。僕の切り札、使いましょう。

「あー……」
「口でかっ……」
「あむっ」

突っ込む前に逃げようね、ジャック。ただいまジャックの頭をくわえてます。まだ小さいから下手したら丸飲みに出来るね。すごい藻掻いてるけど逃がしません。てか下顎蹴り上げたら自分の首絞めるだけだよ。さてここから……雷の牙っ!
 もちろんかなり軽くしました。でも痺れた様子。大人げなかったですね。

「べぇ」
「うへっ……」

解放。さて、ジャック、そろそろやめようぜ。朝ご飯食べてないよ僕ら。

「お父さんの唾だらけになっちゃったじゃないか……」
「ゴメンゴメン。痺れてない?」
「…………」

……痺れたのか。麻痺ったっぽいっすね。

「……隙有り!」
「はぐっ!?」

今度はだまし討ちか。こいつ演技が巧みすぎて怖いよ。てかあごにやるから舌噛んだじゃないか……。痛いなぁ……。怪我はしてないから治癒もしないし。

「ジャック……それは卑怯じゃないかな……」
「卑怯も何もないってお父さんが言ったよ?」
「バトル一旦中止中だったって……」

この子なんかやだー。屁理屈言うー。


 「お~い、旦那様、ジャック。いつまでやってるんだよ? 朝食も食べてないだろ?」
「うん。アズサ、この子すごいよ。びっくりした」
「何が?」

ジャックにちょっと見せてやるように言った。ジャックは姿勢を低くして構え、炎の鎧を身に纏い、僕に思いっきり突っ込んできた。受け止める事は受け止めたけど、やっぱりかなり後ろへ吹き飛ばされた。

「……フレアドライブ? ジャック、そんな技使えたのか?」
「ううん、お父さんが教えてくれた」
「ロコンがフレアドライブ使えることって結構少ないからね」
「さすが、旦那様の子だな」

それを言われると少しくすぐったい。気恥ずかしいのはジャックらしく……。そうか、僕からの遺伝なのか……。生命の営みって言うのが分かるね。

「フフッ、二匹とも運動してお腹空いたんじゃないか? ご飯あるから、早く家に戻ろう?」
「はーい」
「サー」

幸せ。


 それから何週間か経った。僕は幸せだった。幸せすぎて怖さを忘れていた。僕はそれを恐れていたはずなのに……。それは唐突にやってきて、僕を現実へ引き戻そうとしていた。

「…………」
「……お父さん、僕達付けられてる……?」

実は数日前から気が付いてた。いつかアズサと出会ったときのように僕目当てでついてきてる訳じゃなさそうだった。

「……ジャック、乗って」
「え? うん」

僕はジャックを背中に乗せると一気に走った。ただし全速力じゃなくて追跡出来るか出来ないかギリギリぐらいの速さで。
 そしてそのまま、僕は川までやってきた。ここなら何があろうが……

「うわっと」

石が飛んできた。避ける事は出来たけれど次々に石やら種やら、果てにはバブル光線が飛んでくる。背中にジャックが乗ってるから上手く避けられないものもあったけど、大して痛いものじゃない。

「……ジャック、しっかり掴まってて」
「わ、分かった……」

僕はジャックに告げたあとに、一気に神速で周囲にいる奴らを跳ね飛ばした。次から次へと色んなポケモン達が宙を舞う。それらを全部一カ所に集めて僕は彼等に問いかけた。

「どういう真似なんですか。僕が何かした?」

それに対する返答は僕を奈落へ突き落とすための必殺技だったのかも知れない。

 「お前は怪物だ! 俺は見た、お前が撃ち殺される所を! 幽霊だ! 怪物だ!」
「お前が人間殺してる所見たぞ! お前のせいでこの辺にハンターが来てるんだ! みんなお前一匹のせいで怯えて暮らすしかなくなってるんだ!」

そのあとも続けられる罵声。僕はボーッとしているしかなかった。何かの根本にヒビが入る音が聞こえる。ジャックは僕を見て動揺を隠せずにいた。当然だろう、父親は怪物で人殺しだとみんなが捲し立てているのだから。腕がわなわなと震えるのを感じた。心臓をえぐり出されているような感覚を感じた。……僕はもう、もう普通でいられなくなるんだろう。

 「ジャック、先に帰ってるんだ。良いね?」

ジャックは答えなかった。声が出なかっただろうし、僕の事実を知ってしまって混乱していたのだろう。僕はもう一度、「良いね?」と呼びかけた。ジャックはそのあとに小さく頷くと、ゆっくりと下がり、家に向かって駆けだしていった。僕はそれを気配で感じ取って、彼が遠くまで行ってしまった事を感じ取ったとき、ほうとため息を吐いた。

「……ああ、そうだよ。僕は怪物で、幽霊で、人殺しだ。でも僕はそれがどうだとか思ってない。僕は幸せだ。家族が一緒にいてくれる。僕はその幸せを邪魔する奴がいるなら、悪魔にだってなってやる

 しばらく川のそばは赤いままだろう。


 「旦那様……!?」
「アズサ、こっち来て」

僕は返り血まみれのままアズサを呼び出した。ジャックは今眠っているらしい。

「……ジャックが、僕の事を知った」

それだけでアズサにはなんの事なのか分かったらしかった。驚愕から悲愴の表情へ変わっていく彼女の顔が僕の気分を更に沈めていく。

「どうするんだよ……私達……これからどうなるんだ……?」
「……僕はずっとキミ達と一緒にいたい。その為なら“死んでも死ぬ気はない”」
「ダメだ旦那様! みんなと戦う気だろ!? そんなの不可能だ!!」
「やる。やるしかないんだ」

そう言った瞬間に思いきり頬を殴られた。アズサは目に涙を溜めて僕を睨み付けていた。

 「旦那様はいつだってそうだ! いつもいつもおちゃらけてる振りしてこう言うときは必ず無茶しようとする! 私は二番目なんだろ!? 二番目の私の事なんか適当に考えてれば良いんだよ! なのにどうして旦那様は! 旦那様は……!」
「適当に考えろって? ふざけるな! 僕は自分の愛した人の事を適当に考えるようなバカじゃない!」
「バカだ! 旦那様はバカ、大バカだ!!」

そのあと僕らは盛大に言い争いをした。もはや目の前の壁を直視する事が出来ない程に。その不毛な言い合いはしばらく続いたけど、最終的には珍しくヒステリを起こしたアズサが喚きながら帰っていった事で終わりを告げた。

「……僕にどうしろって言うんだよ……僕に出来るのはそのくらいなのに……」

久々に、自分の無力さを呪った。
 まず、血をどうにかしようと思った。川には行けない。まだ骸が生々しく残ってるはずだろうし、僕がそんな場所で体を洗っていたら犯人は僕しかない。仕方なく僕は体温を上げて、血を燃やして消した。体温を上げたせいでまた耳の中から無線のコール音が入る。一週間ぐらい前からずっと連絡を入れようとしているらしいけど、僕には戻る気があまりないから無視し続けていた。……だけど、多分そろそろ戻る事になる。どう考えてもそう言う結末に至る。僕がどんなに頑張っても……。

「もしかして、カルマン?」

声を掛けられたからそっちを向いた。そこには何となく見覚えのあるような顔があった。大分変わってはいるけど、このグラエナの事は忘れていない。幼馴染みだから。

「……フリーダ?」
「やっぱり。昔とあんまり変わんないねぇ、年食ってちょっと渋くなった?」
「自分の顔には興味ないよ。って言うか、僕そろそろ三十路だよ?」

昔から口の悪かった彼女は久しぶりに会った僕の事をいつも会っていたように扱っていた。って言うか僕が三十路ってことは彼女も三十路になる訳で……。でも多分それ言うと怒られるので。

 「大変だよね、カルマン」
「……本当は僕がみんなにどう言われてるか知ってて僕の所に来たんでしょ」

苦笑気味にフリーダが肯定の返事をする。それに対して、僕は自嘲気味に言った。

「笑いに来たかヤジ飛ばしに来たか知らないけど、僕に関わらない方が良いよ。僕に立ってる噂は事実だし、キミ達の危険になるハンターがここに来たのも僕のせいだ。それにさっき、僕に文句言いに来た人達殺っちゃったし、ね」

その言葉にフリーダの表情がこわばる。やっぱり彼女も僕が怖いのだろう。それじゃあ何故一匹で僕の元へやってきたのか。

 「……カルマンに、何か言いに来た訳じゃない。アタシはカルマンの話を聞きに来た」
「え?」

フリーダから予想もしなかった言葉が出てきた。僕はまじまじと彼女を見つめる。

「……ロッソと戦ったんだってね。その前に何か話してたんでしょ? その時、アタシの話聞いたと思うんだけど……昔はあんたのこと好きだった。今は旦那も子供もいる。けどね……あんたの奥さん、アズサがここに来て、あんたの息子のジャックを産んだ。そのジャックの顔を見たら、あんたの子供だって知らなかったけど、すぐに父親が誰かってこと分かったんだ。それからは家族ぐるみの付き合い。だからカルマンの事を放ってはおけないんだよ。父親になって分かったでしょ? 家族ってどういう事か。カルマンがずっとどんな人生を歩んできて、ロッソとかローザとか、あんたのおじさんおばさん、家族と一緒にいた事を忘れてたとしてもこの数週間で分かったはず。アタシとアズサはもう家族も同然なの、家族の家族なら、その人も家族。家族が悩んでるなら話を聞いてやって、一緒に悩んでやるのが道理でしょ。話してみて、アタシなりに、あんたに協力してみるから」

フリーダの真剣な様子がちょっと新鮮で、僕は少し吹き出した。

「昔のキミはそんな事絶対言わなかったよね」
「ふざけてないで」

軽く叩かれて、僕は少し笑った。やっぱり彼女は中身はあんまり変わってないんだろうな……。

 僕はフリーダに今まで僕がどう生きてきたのか、それを話した。アズサには言っていない。アズサに言ってしまうと自分が正常でいられる自信がなかったから。話の内容を全てフリーダが理解出来ているとは思えないけれど、彼女は真剣に僕の話を聞いてくれた。それだけで何かスッキリした気分になれたし、改めて自分がどんな存在であるのかを確認出来た。

「……大変だったね」
「もう慣れたよ」

僕は笑って見せたが、フリーダは真剣な表情を崩さなかった。

「アタシは……戦うべきだと思うよ。戦わずに一家離散はおかしい。そもそもこの辺りにいるみんなも心が狭いよ。ここに来てから殺した人間はカルマンを狩ろうとしてたからで、正当防衛だ。人間を傷つける事は確かに御法度だけど、全員が全員守れてる訳じゃないんだし」
「まぁ、殺しちゃった人はほとんどいないだろうけどね」

そこでフリーダは小さく頷いた。

「それでも、カルマンにもやっぱり悪い所はあるよ。結局殺した事には変わりないんだから。何言われたって本当なら文句言えない所だよ」
「だよね……。そこが困り所」

そのあとしばらく話し合っていた。彼女は昔なら見せてくれなかった真剣な表情をずっと絶やさなかった。

 フリーダはしばらく僕の過去の事を誰にも打ち明けないと言った。「時が来たら」だそうで。その時が来ない事を僕は願うばかりですが、多分もうそろそろ。どうしようかな僕……。戦うって言ったって、さすがにみんなを同時に相手には出来ないだろうし……。死にはしないけど、拷問されたらそれこそ死ねないから地獄が生ぬるくなるでしょうね。

「お父さん……」
「……何?」

ジャックが来てたのは気付いてたけど彼が僕に声を掛けるのを待ってた。

「……お父さんは……お父さんは、みんなが言ってたみたいに……」

ジャックの言葉はそれ以降続かなかった。一分、二分……。続かない。怖いんだと思う。答えを聞く事と同様に僕の事が怖いんだと思う。深くため息を吐いてから、俯き加減に僕は言った。

「……そうだよ。僕は……お父さんは、“怪物”だ」

彼の事を見る事が出来なかった。怪物に触れる資格なんて無い。無垢な彼を、父親というヴェールを脱ぎ去った手で触る事なんて出来やしなかった。僕は怪物で幽霊で……殺し屋だ。血を好む僕は吸血鬼で、何をしても死なない様はまさにヴァンパイアだった。

 「……僕は……怪物の子供なの……?」

その瞬間に、はっと顔を上げた。そして自分の考えの愚かさに吐き気がした。僕は今まで人間がエゴイストだなんだのと言っていたくせに、自分がそうでないと思いこんでいた。僕は結局、人の事を考えていなかった。自分の息子の事さえ……。

「……ゴメン」

僕にはそう言う事しかできなかった。今ジャックが見ている僕の背中はどんなだろう。多分、しょぼくれた醜い背中だ。尊敬出来る場所は一寸たりと無い。ジャックは僕がみんなが言った怪物であるのなら、自分はその怪物の息子で、自分も怪物になってしまうのだろうかとか、そう言う事を怖がっていたのだろう。僕はそれに気づけなかった。父親として失格だし、もはや誰に尊敬もされない存在になったんだろう。だから、結局はエゴになろうとも、ジャックには伝えてあげたほうが気が楽になるはずだ。

「でも、ジャック。キミはお父さんがこんな怪物になる前に、お母さんが授かった子だから。僕とは違うんだよジャック。キミは怪物なんかじゃない」
「……ホントに?」
「お父さんはね、今まで一回も嘘ついた事なんて無いよ。そんな事したら怒られちゃうからね」

僕はジャックに朗らかな笑みを見せた。ジャックも笑ってくれた。彼が、ジャックやアズサが笑っていられるなら、僕はたとえ死ぬ事が出来ずにいる事になったとしても構わない。それほどに僕は二匹を愛していた。

 「……ねぇ、ジャック」
「何? お父さん」

言おうか悩んだ事だったけど、ジャックにならいって大丈夫のはず。

「お父さんはずっとジャックと、もちろんお母さんとずっと一緒にいたい。けど、ずっと一緒にいると、お母さんもジャックも危ない目に遭わなきゃ行けないんだ。……それなら僕はどうしたらいいのかな?」
「……危ないのは嫌だけど……」

その先は思い浮かばなかったみたいで。まぁ、10歳に難しい話しすぎたかな。精神的なものも関わってくるから。

「……こんな時、どうしたらいいか分からないの」
「死ねばいいと思うよ」
「ちょっ、それはさすがに突っ込ませて」

さては言いたかっただけだな? やっぱり僕に似てるなぁ……。良い事だよね。僕の遺伝子は受け継がれてるってことなんだから。

「……それじゃ、家に帰ろうか。お父さんさぁ、さっきお母さんと喧嘩しちゃって多分気まずいからなんかフォローよろしく」
「善処するよ」

なんもしないのね、分かります。



 「ただいま~……」

家に帰って参りました。アズサまだ怒ってるかなぁ……。アズサがヒステリ起こすなんてことそうそう無いから結構まずいかもしれない……。

「……お母さん? お母さ~ん?」
「いないね……」

アズサがいないよ。どこ行ったのかなぁ……。まさか出ていった……? いやまさか、ジャックもいるしそれはないはず。でも可能性はなくもない。やだなぁ、それはやだなぁ……。

 「お母さんどこ行ったんだろ……」
「ん~……」

アズサを見つけない事には僕がここから出ていく訳に行かないじゃないか。食料があっても保護者がいないんじゃなぁ……。かといって、僕がずっと育てていく訳にも……。僕は怪物だし。えっと……知り合いも居ないし……。

「ここか! ったく、捜したぞ!」
「? 誰?」

グラエナが入ってきました。敵意は持ってないっぽい。でもこんな知り合いは居ません。まさかスパイか。

「怪しまなくて良い、カルマンだろ? 俺はモーリス、フリーダの夫だ」
「フリーダの?」

イケメンじゃないの。フリーダも隅に置けないねぇ……。

「っと、自己紹介してる場合じゃない。カルマン、アズサがまずい事になってる」
「アズサが!?」

やだ~……こんな展開とかやだ~……無理~……Y……A……G……I……ヤギーーー!!! すいません。

 「森だ、誰も近づかないあの森にアズサが連れて行かれた。フリーダから聞いてお前を捜してたんだが、急がないとアズサが……」
「お母さん、どうなっちゃうの?」
「あ、あぁ……」

言いよどんだ。つまり……。

「細かい場所は?」
「……俺のにおいをたどっていけ、一度様子を見てきた。急げ!」
「ありがとう、モーリス。ジャックをお願いして良い?」

次の瞬間に、ジャックが僕の足にしがみついてきていた。

「ジャック! 離れるんだ、僕は今から……」
「わかってるよ! でも僕はもう逃げたくないんだ! お父さんから逃げたくない、みんなからも逃げたくない!」

ジャックは強い子だ。僕なんかよりも全然……。

 「……ジャック、後悔しないね?」
「そんなの。僕はお父さんの子供なんだから、お父さんのした事で後悔なんてしないよ」

次の瞬間に、ジャックが僕の足にしがみついてきていた。

「ジャック! 離れるんだ、僕は今から……」
「わかってるよ! でも僕はもう逃げたくないんだ! お父さんから逃げたくない、みんなからも逃げたくない!」

ジャックは強い子だ。僕なんかよりも全然……。

 「……ジャック、後悔しないね?」
「そんなの。僕はお父さんの子供なんだから、お父さんのした事で後悔なんてしないよ」
「そっか。じゃあ行こう。背中に乗って」
「お、おい、カルマン!? お前正気なのか?」

モーリスは僕の行動を見て動揺していた。危険な場所に自分の子供を連れて行こうとしてるなら当然だろう。彼も子供がいるらしいしね。でも、彼は一つ忘れてる事があるよね。

「僕が正気なのかって? そんなはず無いじゃない。だって僕は……怪物だもの

僕はモーリスにウィンクしてやった。

「……お前が後悔しないようにな、カルマン」
「僕の人生は後悔の連続だった。コウヤの死、ローザの飼い主を殺したり、アズサと別れたり、人間に改造されて死ねない身体にさせられて、殺し屋になって戦争にだって行った。だから僕はもう後悔はしない。僕はもう一生分の後悔をした。もう後悔はしない、僕は後悔しないために動くんだ。その為なら……僕はどんな犠牲もいとわない」

モーリスにそう言い残して、僕はジャックを背に乗せたまま一気に駆けた。においの先は……おそらく、あの森だろう。あの森は、僕にとって運命が導く場所なんだから。


 「……静かだね」
「静かだからしゃべらないでね、ジャック。音聞き逃しちゃう」

案の定、僕達は魂が彷徨う森へやってきた。ジャックの行った通り、辺りは静まりかえってる。ここは元からそう言う場所だったけど、ここに誰か居るのは明白、色んな人のにおいが充満してる。

「……ジャック、ここで降りて。動いちゃダメだよ」
「分かった……」

ジャックを下ろして、僕は姿勢を低くしながら先へ進んだ。赤い体毛だと目立つけど、気配は完全に絶ってある。周囲に誰か居る気配はしない。多分向こうも気配を消して待ち伏せしているんだろう。息つく音すら聞こえない。

「……アズサ!」

アズサを見つけた。蔓で羽交い締めにされて切り株に縛り付けられている。僕は思わず駆け寄った。

「アズサ、大丈夫!? 怪我はしてないよね!?」
「だ、旦那様! 早く逃げてくれ! ホントに殺される……」

次の瞬間、腹に何かが突き刺さった。

 「……あ?」
「旦那様!!」

ストライクの鎌が根本まで腹に突き刺さっている。ホントに素早いな……。

「かかれ!!」

ストライクが鎌を引き抜きながら言う。すると物陰から色んなポケモン達が現われた。全員僕を殺す気なんだろう。全員殺気立って僕に向かってくる。その時僕が出来る事と言えば、アズサに被害が行かないように彼女から離れる事ぐらいだった。
 そのあとは僕が一方的にやられていた。雷を落とされたり毒を吐きかけられたり圧縮された水流を浴びせられたり岩で押し潰されたり……。僕は結局、見るも無惨な姿になるまで殺された。

「……これで復活もしないだろ。これで俺達はこいつから殺される心配もなくなった」
「ふざけるな!! お前等は旦那様の何を知ってる! 旦那様の何が分かって言うんだ!!」
「こいつは人殺しの怪物だ! それだけで十分だ、お前と子供は助けてやるんだから文句言うんじゃねぇよ」
「そりゃあ……僕としても聞き捨てならないねぇ……」

僕はゆっくりと立ち上がった。もちろん、僕が傷を負っている場所なんて一つもない。

「あれでも死なないってのか!? あれを持ってこい! 一気に始末するぞ!」
「僕を殺す気? 殺せるもんなら殺してごらんよ。ほら、僕を殺してみろ!!」

ドン!!

銃声がした。僕は頭が吹き飛ばされたのを感じた。まぁ、感じるもクソもないけども。
 僕が目覚めたのは多分十秒くらい経ってから。この場にいる全員が引いている。そりゃ頭吹っ飛んでるのがどんどん元の形に戻っていったらキモいけども、アズサもドン引きかよ。

「ごらんのとおりだ、僕は死なない、僕は死ねない……。てか誰だ銃持ってきたの! 死なないけどかなりビビったじゃないか!」

ワンリキーが銃を持ってるのを見つけた。あれは……ショットガン、しかもかなり年代物の。

「その銃はハンターが使ってたのを鹵獲(ろかく)したのかな? そんな骨董品同然の銃……ウィンチェスターModel 1887か……」

銃は苦手だったんだけどね、あの銃を使ったかっこいい動画があったもんであの銃だけは覚えてました。ちなみに、あの銃は散弾銃でレバーを動かして弾を装填するレバーコッキングアクションの銃で、12ゲージショットシェル使用の猟銃。対人用にも使えるけど、レバーアクションは廃れたらしいからねぇ。

「今度は僕の番……。一般のポケモンが銃なんて持っちゃいけないなぁ、僕が預かろうか」

一瞬でワンリキーの腕から……じゃなくて腕ごと銃をもらいました。

「ジャック、アズサ。僕は今から何をするか分からない。見たくないなら目を瞑ってて」

遠くの方で、ジャックが目なんて瞑らないと言っているのが聞こえた。

 「キミ達に銃の使い方を教えてあげようか。狙って撃つ。ショットガンはもっと簡単だよ。良い?」

僕はレバーを動かして弾を装填した。そして……

向けて撃つ

近くにいた連中に向かって引き金を引いた。

「なっ!?」

数匹が死んだ。でも僕は攻撃をやめなかった。銃を回して弾を再装填。俗に言うスピンコッキング。恥ずかしながら、動画の影響で練習しました。イメージ湧かないなら無免許運転でバイクぶっ飛ばしてるマッチョな俳優が扮する未来の殺戮マシーンがやってる奴を想像してください。とにかく近くにいる連中はとにかく撃ち殺した。まあ、弾が無くなったから四発しか撃てなかったけど。

「僕はアズサに危害を加えたキミ達を許そうとは思わない。キミ達を殺す。何もしなければ僕は何もしなかったのに。恨むんなら自分を、自分たちを恨むんだね。テメーらの敗因はたった一つ。テメーらは俺を怒らせた」

普段俺キャラじゃないから実は恥ずかしかったり。
 電光石火の早業で僕は連中を殲滅した。簡単だった。赤子の手を捻るよりも簡単。

「終わったな……」
「モーリス、来てたのか」
「ジャックを見ててくれたの?」
「今にも戦ってるお前の所行きそうだったんでな。怖がってないのが不思議だ」

確かに辺りは血の海ですけどね。

「……ここの死体どうする気だ。ここには誰も来やしない。弔ってやろうって言うなら……」
「僕は弔う気はない。僕は後悔しないしね」

敵ですもの~。

「……モーリス、悪いがジャックの面倒を見てくれないか? 私は旦那様と話があるんだ」
「ああ、構わないが……。いつまでだ?」
「日付が変わる前に迎えに行くよ」

ジャックをモーリスに預けて僕らは森の中を歩き出した。


 「旦那様……これからどうする気だ?」
「キミは僕がどうするのが正解だと思う?」
「私はまた旦那様と押し問答をする気はない。素直に答えてくれ」

素直に、それは一番難しい。

「キミ達と一緒にいたい。けど、キミ達を危険にさらしたくはない。僕が一緒にいれば危険が付いてくる。危険がないようにするには僕が去るしかない。……こんなジレンマ、僕は自分で決めても後悔するだろうし誰かに決めてもらっても後悔するだろうね……」

さっきモーリスには後悔しないなんて言ったけど、一番後悔するべき事が今ここにあった。

「どっちにしても、後悔するんだ。旦那様の思う通りにしてくれ。私はそれに従うよ」
「……キミと居たい。でも、危険は怖い。危険をキミ達に近づけるのが怖い」
「それなら旦那様はどうする?」

僕は……僕なら……。

「……僕は、僕は……」

そこで思わずため息が出た。

「……世界が平和なら……こんな事悩まなくたって良いのに……」
「平和なんて無いよ、こんなご時世ならなおさらさ……」
「……そうだ……平和なんて……」

僕はそこでひらめいた。
 首に手を当て、無線を開いた。相手はもちろん、さっきからもずっと僕にコールを掛けているCHESSの連中。

『やっと出ましたか、不死黒焔』
「キング、僕はCHESSを抜ける」
『なんですって?』
「僕は今までキミ達の……組織の意志に従ってきた。僕の意志なんかじゃない。僕は確かに人間が嫌いだ。でも僕は……僕は平和を望んでるんだ」
『人間のいない世界こそが平和なんですよ、カルマン』
「そうじゃないよ、リーブ。僕はここで、ポケモン達が争う事だってあるんだってこと、改めて痛感したもの。だから僕は……僕はCHESSを抜けて、自分の意志に従って行動する。平和を作るためなら抑止力による平和だって何だって構わない!」
『……私は止めません。あなたの道だ……。それに、CHESSはもう壊滅してしまった。我々の作戦は失敗したんですよ、せっかく取りそろえたララ、シャドーマ、ミラージュ(トリニティ・ナイト)も裏切ってCHESSを抜けてしまいましたし、クイーンも死んだ。キングだけの状態ではもう、チェックメイトです。我々は終わった。不死黒焔、あなたのルークももう必要が無くなってしまったんですよ』
「……ちょうど良かったよ。僕はもう、フリーになる。自分の思う通りの生き方をする。僕の平和を作るんだ

リーブは最後に少しだけ笑って、無線を閉じた。僕はもう組織の一部ではない。僕は歯車じゃない。僕が基盤になるんだ。

「アズサ、僕は……キミ達の前から去る。何でかって、平和を作るためだよ。待っていて欲しい。僕が平和を作るまで」
「……旦那様がそう決めたなら、私は文句を言わないよ。待ってる、ずっと……」

僕は彼女を抱きしめた。感謝の意を込めて、愛情を込めて。

 「うぉぉい!?」

急に押し倒されました。アズサ、今はそう言うんじゃないでしょうがぁぁぁ!!

「旦那様……行っちゃうんだろ? 行っちゃうなら、もう寂しくないように、私を慰めてくれ……」
「えっと、どの意味で受け止めれば良いんでしょうか?」
「全部」

何という無茶振り。

「……とりあえず抱けばおk?」
「とりあえず」

ま、早い話、お互い今まで溜まってたもん出しましょう的な話です。ジャックいたんでね。抜け出す訳にも行かず。
 とりあえずキス。深ーい深いキスをします。やっぱアズサのキスは甘い。この味が恋しくて。まぁ、お互いね。体格差があるもんで、相変わらずアズサが僕の口の中に舌を入れてって形じゃないとディープキス出来ないんだけどね。ふぉぉぉ! バイタリティが上がっていくぅぅぅ!!

「んっ!? だ、旦那様っ、ちょっとペースが速い……」
「アズサ~、僕はね~、ここ数年間ものっそいドSの女王様に酷い仕打ち受けてたんだよ~。僕はキミも知っての通りM気質の方が強いからまあ良かったけど僕だって攻めたいときもあるんだよ。アズサ、今日はガンガン攻めるよ、ガンガン行こうぜ」

アズサの下の方を弄りながら僕は言いました。あれ? 作文? ホントに僕は今日攻めに徹するぜ。

「ぁっ……旦那様……」
「その顔懐かしいね。その表情好きだよ、僕は」
「鏡持ってきてくれ、嫌な予感がする……」

そんな変な顔じゃないよ。素直に僕が好きだって言ってるんだから受け入れようぜ。まぁ、結局エロい顔ですね。僕アヘ顔は嫌いだけど赤らんでる顔は大好物。ジュルリ……。

「あんっ!」
「その声頂きました~」

舐めてます。下の方を。自重はしない。後悔も反省もしてないぜ。
 アズサは既に秘部をグジュグジュに濡らしてる状態。まぁ、僕としかヤってないとしたらかなりご無沙汰な訳だから溜まってたんでしょうねぇ。

「ん~……懐かしい味……」
「変な味覚えとかなくて良いよ……っ」

ゴメン、ホントはアズサのコメント聞きたいだけです、サーセン。まぁ味を覚えてる事に関して否定はしないけどな!

「旦那様っ、私もうイきそう……」
「僕にいちいち報告しなくて良いよ。キミはただ僕とヤってるだけなんだからさ」

この件はここ数年あんまり無かったかなぁ、エマ以外にも僕とヤろうって人は一杯いたんだけど、みんな性欲とストレス発散のために僕を利用してるに過ぎないのでありましてそんな事に利用される僕って何でルークなんだろうとか思ってたり思ってなかったりでもそんな僕でも最年長なんだぜもっと年上敬おうぜおっさん舐めんなバーローとか言えたら良いんだけど結局流されてヤってしまう僕の悲しさそんな僕は妻子持ち。とにかく僕にそんな事言わせてくれないような人達ばかりだったんですよ。

「あぁんっ!!」

一回イきました。僕は彼女を何回イかせる事が出来るでしょうか。三番の方の答えをオープン、3回。バーロー、今日でそれこそ一生分アズサとヤるんだからそんな少ないはず無いだろ。と言う訳で三番は家に帰れ。
 さてさて、僕らの定番の手順で行くとするならば、今度はアズサが攻めになるはず。で も 今 日 は さ せ ま せ ん 。と言う訳で何の宣言もなくぶち込みたいと思います。何てったって僕はアズサの身体に餓えてるの。

「ひゃあぁっ!! だっ、旦那様ぁ!!」
「アハハ、ゴメンね、待ちきれなくて……。あ~、これこれ、アズサの中やっぱり良いね……」
「や、やめてくれっ……恥ずかしいじゃないか……っ」
「何で? あえて言おう、僕は幾千の雌を相手にしてきたけどキミには太鼓判を押している。キリッ」
「バカ……」

調子乗っちゃってごめんなさ~い。でも本当に良い、ぶっちゃけこの感覚想像して何回も抜いてます、はい。だってなんか違うんだもん、クイーンも他の人も。自慰よりか本当にやる方が良いって言うけど、まぁ、僕も特に異論ないけども。それでも他の雌とアズサは明確に違うんですね。何がと聞かれると考えるけど。
 ちなみに今の状態正常位ね、このままガッツリ腰動かしていきます。にゃんにゃん。

「ぁっ! ぁんっ!」
「喘げ喘げ~。その声が僕のバイタリティに変わる~!」

つまり僕が興奮して激しくなるって事です。僕はガッツリ楽しむつもりでいますので、本来彼女が望んでた事なんですけど。それにしてもこの締め付けは癖になる。
 さあみなさん、盛 り 上 が っ て 参 り ま し た 。

「あぁぁっ! だ、旦那様っ、激しすぎだってばぁ!!」
「うるっさい、文句言うならやめるよ?」
「それはやだけどぉ……っ」

萌え萌え。可愛いですね。こんな人が嫁だと思うと僕って勝ち組な希ガス。

「ぅ……アズサ、出すよ……」
「早く来て、旦那様っ」

僕も一乙。無論中出しです、何てったって僕ら夫婦ですもの。

「はぁ……ちょいと休憩挟もうか……」
「それはこっちからもお願いしたい……」

もう何回戦かやるつもりですが、さすがにノンストップは腹上死してしまいます。アズサが。

 「……旦那様、やっぱり私……離れたくない……」
「またその話? 何度もその事については話したでしょ。それに僕はもう決めたんだよ、僕は僕らの平和を作らなきゃいけない。僕は、僕らを危険に追い込むもの全てを……」
「そう言う事言うのやめてくれ。旦那様は自分のしたいようにしてくれて私は全然構わない。でも今は……」
「キミの夫」
「……そうだ」

そう言ってから僕らはキスした。まぁ、そのあともずっと、何度も何度も激しく愛し合ったのは言うまでもないことでしょうね。



 「……さよなら、アズサ……」

結局アズサは途中で気絶してしまいました。僕は後二回ぐらいなら行けたかな。それでまぁ、アズサを洗ってあげてジャックを迎えに行って……今、深夜の二時頃です。ジャックもアズサも眠ってる。

「またいつか会おうね、ジャック」

僕は二匹の頬にキスした。……きっともう、会えない。何となくそう思うから……。
 僕は音を立てないように家を抜け出した。ちょっと名残惜しくて振り返った。この家は小さい頃の思い出もあるし、新しい家族との新しい思い出もある。この家……僕は大好きだった。

「バイバイ、戻ってくるまで枯れないでね。……つまり絶対枯れないで」

さわさわと音を立てる葉は肯定の言葉でしょうか。
 僕はゆっくりと歩き出した。もうここには戻れないだろう。僕の運命は意地悪だから。

「……母さん達にもお別れ言わなきゃ」

両親の墓。ここは僕にとって悲しい場所だったし、自立の場所だった。

「……父さん、母さん。僕の家族、すごく優しいよ。すごく優しいから、僕じゃなくてアズサとジャックを見守ってて。僕はわがままな奴だからさ。……じゃあ、また会うときはそっちの世界だね。さよなら」

もう思い残す所はない。行こう……。

 「お父さん……?」
「! ジャック!?」

追いかけてきたみたい。ちょっと眠そうにしながら。

「……どこかに行っちゃうの?」
「……うん、お父さん、やる事があるんだ」
「どんなこと?」
「お母さんに聞いてみなよ。お父さんちょっと口べただから」

僕は優しく微笑みかけた。ジャックはしばらく僕の顔を見つめてから抱きついてきた。

「……行って欲しくない……」
「お父さんも行きたくないよ、本当はね。でも行かなきゃいけない」
「何で……グスッ……」

ジャックは泣き始めた。すすり泣いて僕の腕に顔をこすりつけて、僕の体毛にジャックの涙が染み込む。

 「……泣いちゃダメだよ、ジャック。強くならなきゃ」

僕はそう言ってジャックの頭を撫でた。

「お父さんはもう居なくなっちゃうんだ。だから、だからさ、ジャックにはお母さんを守ってもらわなきゃ」
「え……?」
「一緒にいられないから。お母さんを守ってあげて」

そう言うと僕はジャックを離した。彼はまだ涙目だったけど、何か決心してるように見える。

「……わかった、任せて……」
「お願いね、ジャック。ジャックはお父さんの子供なんだから」
「うん!」
「頼んだよ。……それじゃ、お家にお帰り。またね」

ジャックは何度も僕の方を振り返りながら帰っていった。

 「……あれ……?」

何かが頬を伝った。

「……涙……。僕……泣いてる……?」

もう枯れたと思ってたのに。もう涙を流す事なんて出来ないと思ってたのに。

「……うっ……うぁぁ……」

悲しくて、僕は泣いていた。笑う事しかできなかった昔とは違う。僕は今悲しむ事が出来た。涙を流す事が出来た。僕はある人の夫になる事が出来た。僕は父親になる事が出来た。僕は家族を持つ事が出来た。僕はそんな家族と別れる事になり、悲しくて悲しくて涙した。けど同時に決心もした。僕は……家族のために戦うんだ。この身を斬るような悲しみを抱えながら……。


 その哀切なる運命は、僕の背をそっと押した。


あとがき

お久しぶりです、DIRIです
長い間更新出来ずすいませんでした、創作欲が失せてしまったり個人的な理由があったりとしてしまったもので
今回のカルマンはいかがでしたでしょうか。私としては、当初の設定から少し逸れてきてる気がしますが、おそらく気のせいだと割り切ります
私も家族を大事にしていると自分では思っているので、別れる事になると悲しいかなと思いました。カルマンは更に一入でしたでしょうね
さて、次回の作品で運命シリーズは完結となってしまいます。私はこれで一つの物語を完結出来るのかと少々感慨深く思っています
次回も最初が少々ネタになりますが、その辺はスルーしたければスルーでよろしくお願いします
次回も、期待せずにお待ち下さい……


最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • ジャックって
    ロコン、ガーディ
    どっち?
    ―― 2009-12-23 (水) 01:19:54
  • ↑の名無しさん、よく読みましょう
    しっかり『ロコン』と書いてありますよ?
    ――Chatnoir ? 2010-01-06 (水) 18:06:14
  • このシリーズを全部通して見ていますけど…
    良い話ですね(;-;)ちょっと最後の方は涙目になってしまいました(T-T)
    ――glitter ? 2010-05-18 (火) 00:15:17
  • クイーンどうして死んだんだろう・・・
    ――kブルー ? 2010-05-18 (火) 00:49:45
  • ↑多分ヤったから殺ったってところだと
    (汗)
    ―― 2010-05-18 (火) 21:46:22
  • 皆さんコメントありがとうございます

    運命シリーズは泣けてくる作品が目標と言うよりは、やるせない作品に仕上がると思われます(汗

    因みに、クイーンは戦死しました
    私はどういう死に方かわかるんですが…、説明するわけにはいかないんです(汗
    彼女は女王として死んでいきました、死ぬときまで女王でした
    ――DIRI 2010-05-19 (水) 00:20:21
  • やっべぇぇぇぇ、泣けるぅぅぅぅ
    ――だれかさん ? 2010-05-21 (金) 01:40:12
  • この作品は神様だ!
    ――あああ ? 2010-06-02 (水) 00:01:38
  • ジャックってもしかして…スネークの・・・
    ―― 2010-07-26 (月) 09:42:45
  • どうも、Squallと申します。とても、楽しく拝見させていただきました。偶然気づいたんですけどカルマンは根はへたれ=チキン(chicken)。血をよく吸う、ナノマシン、「クイーン、俺は死なない。」=メ○ルギアソリッド2のヴァンプ(VAMP)ヴァンプ(カルマン)はへたれ=VAMP OF CHICKEN そんでもってカルマン=カルマ うわっスッゴい偶然だ!お話がメタルギ○ソリッド2に酷似してて読みやすかったです。執筆頑張ってください。長文失礼しました。
    ――Squall ? 2010-08-24 (火) 23:04:23
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Last-modified: 2010-05-17 (月) 00:00:00
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