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君の瞳は10万ボルト

/君の瞳は10万ボルト

開始早々人とポケモンの♂ホモ描写だよ。注意してね。


「くふっ……んっ…………ああっ、ああああっ!」
 真夜中の人里の小さな怪しいグレーでピンクな店の一室。
 後ろにさされた猛々しい男の象徴が勢いよく中で果てたので、黄色くてとんがった毛をしたポケモンは自分の雄の象徴から白い液体を吐き出した。いわずと知れた、異種同性同士の夜の営みのクライマックス。隣の部屋の様子はまったく伺えない。一つだけついている窓は曇っていて外はぼやけているが、店の明かりや街灯がついているのはなんとなく分かる。入り口には強面の若い男が一人と眼のつりあがって出っ歯の中年男が怪しい笑顔で閉店まで控えている。
 雄はふらふらながらも立ち上がり――まだびくびく脈打つ下半身を――まだ物足りないといった顔で人間を覗き込んだ。
「これで終わり?」
 誰にモノを聞いていると言わんばかりに――男は一度は萎えた股間のそれを筋が浮くほど起たせて――再び雄の後ろに突き刺した。
「んぎゅうぅっ!!」
 雄は垂れそうになった涎を飲み込もうと食いしばるが、歯と歯の隙間が広いためそこからこぼれてしまって、シーツにまた新しいシミを作った。疲労と快感でうまく体が動かない。後ろ足もうガクガク。眼もうつろ。
「っはぁっ……はぁっ」
 仰向けにされたりうつぶせにされたり、体のいろんなところをまさぐられたりいじられたり。そんなこんなしているうちに、雄が果て、男も果てる。
 そのサイクルを何度も繰り返して、雄も男もようやく互いに離れる。
「それにしても……お前は不思議な抱き心地だな」
「にゅう?」
「いくらやっても飽きないってことだよ」
「わ!」
 再び押し倒された雄は晴れて今日もオールナイト。店の入り口では強面の男があくびをしている隣で、中年の男が時計を見ながら伝票に赤鉛筆でなにやら書き足していた。


「トラ兄ぃ、サンダースにーちゃんがいないよ」
 のどかな山奥のポケモンたちだけの集落で、そこの子供たちと一緒に夜集落一の大樹の根元の大きな半分地中に埋もれた空間で、眠っていたのがトラ兄ぃと呼ばれたレントラーである。いつも一番に起きるピチューに体を揺らされて眠い目を擦ってみると、なるほどそこにはいつもの黄色い針山が無い。
「ん? ああ、おはようピチュー」
「ほんどだ、サンダースにーちゃんがいないや」
 ピチューの一声がみんなの目覚ましになっている。次々にちっちゃなポケモンが毛並みをぴりぴりさせながら目を擦って黄色い針山を探し始める。
 レントラーはまだはっきりしない意識を引きずりながら、万一を考えて外を見渡してみる。もちろん、自分に付いてるその能力で。
「トラ兄ぃ、外に出てもいい?」
「ちょっと待った……怪しいのは何も見えないけど、大丈夫かな?」
「大丈夫そうよ。みんな、出てきていいよ」
 一足早く外に出た姉ちゃん肌のライボルトが頭だけ入れてつぶやいた。こうなるとみんな外に出たがって仕方が無い。らいねーちゃん邪魔だよ、と心地よく生意気で、うるさい。
 ライボルトはたてがみをいからせるのをやめる。レントラーの瞳は金色から元に戻る。
 ぞろぞろとちっちゃなのが外に出てしまうと、もう同じ場所にとどめておくことはできない。年齢が年齢だけに。
「遠くには行かないこと! 絶対に一人にならないこと! 人間に出会ったら大声で大人に助けを求めながら逃げること! お日様が頭の真上に来るころには戻ってくること! サンダース兄ちゃんはトラ兄ぃとライ姉ちゃんに任せること! いいね?」
 はーい
 当たり前の元気のいい返事を聞いて、レントラーは満足そうにうなずいた。果たしてこの忠告がどれほどの意味を成すかは不明だが、それでも言わないよりは言った方が後々後悔しない。そのまま森に消えていく後姿を見送って、くるりとライボルトの方を見た。ライボルトも軽く首を縦に振る。年長者だけでサンダースを探しにいこう。もしサンダースと自分たちの身に何かあっても、あの子達は大人が何とかしてくれる。
「さて、探そうか」
「トラ兄ぃ、あれ……!」
 手間が省けた。ライボルトが口をあんぐりさせて前足で指している先にはぐっしょり濡れた黄色い針山がおぼつかない足取りで立っている。二匹は迷わず駆け寄った。
「こんな時刻まで何をしていたんだ?」
 サンダースはバツの悪そうな顔をして二匹の間を通り抜ける。もちろん、レントラーの質問には答えない。
「びしょ濡れで……川にでも落ちたのか? 兄ちゃんにも言えないことがあったのか?」
 昨日今日と雨は降っていない。地面はカラカラだ。地下に向かう黄色い背中は何も言わない。言わないのが、一番困る。ライボルトはオロオロし始めた。
「トラ兄ぃ、ライ姉ぇ、ごめん。眠いんだ……今は寝かせて」
 それだけ呟くとサンダースは兄と姉がどんな顔をしているかも知らずに、転げ落ちるようにして寝床にもぐっていった。


「あ、あれ……?」
 林の中にピチューが一匹。耳を揺らして風を切って、ふと違和感に気づいて足を止めれば、そこはまったく見知らぬ場所。誰しも一度は経験したはず、小さな小さなお勉強。早寝早起き元気な彼は、仲間の中でも負けず嫌い。きのみを一番多く集めた奴が勝ち!
 これが始まりだった模様。
 みんなと一緒だったのがいつの間にか取り合いになってけんかになって追いかけっこになって――ついに、完全にはぐれた。もともと冬という季節柄、木の実は決着がつかなくなるほど豊富にあるわけじゃない。ちょっと前までは聞こえたみんなの声も、今はまったく聞こえない。
「ど、どうしよう……」
 目には涙。みんなの名前を呼んでも、当然返事は風の音。
 不用意に歩き回ってはダメ。じゃあ君、おまわりさんも店員さんも迷子預かりセンターもないここの場所で、子供のとき素直にそれを実践できるかい? 一回り大きな大人たちの中に一匹ぽつんと言うのも怖いが、誰もいない広い森で一匹ぽつんも負けず劣らず。
「にいちゃーん…ねえちゃーん……みんなー……どこー…………」
 恐る恐る、足を前に踏み出してみる。出した声は木々の間を抜け、そのまま分からなくなってしまう。返事を期待していたが、残念、誰も答えてくれなかった。
 もちろん、他のポケモンたちもいるはずなのだが、今日は皆様外出をお控えでいらっしゃるか、遠くへお出かけでいらっしゃるかと思われるほど誰もいない。
「ひっ……な、なんだ、木の枝をふんだだけか……」
 前を見て、右を見て、左を見て、ちっちゃな両手で木の幹に抱きつきながらすすんでいるので足元の注意はおろそかに。ぱきり、と別にたいした音でなくても過剰に反応して、おもわずピンク色のほっぺたからびりっと放電させてしまった。
 余談だが、子供だけの仲間内では、これはおねしょと同じように扱われている。
「う……うう……」
 うつむいてその場にへたり込んで、目に大粒の涙を溜めてしまう。みんなに見られたら笑われる。ちっちゃな腕でぬぐってもぬぐっても、それは止まる様子は無くて、せめて溢さないように上を見上げれば、お日様は頭の真上。
「どうしよう……トラ兄ぃはお日様が真上にくるまでには帰って来いって言ったのに……」
 帰り道は分からない。分かっている。でも分かってない。そんなこんなしていると、頭の中はぐるぐるになって、 とうとう泣き出してしまった。
「だれが泣いているのかと思えば、ピチューちゃん。どうしたのかな?」
 後ろから声がして、とたんに肩を跳ね上げて先ほどよりも大げさに放電してしまう。声の主は、ポケモンではない。
「わ、わ、わ……」
 ――やさしそうな人間
 見た目は、それだった。にこにこ歯を出して笑って、手を差し出してくる。しかしピチューは気づかない。上下はスーツで、こんなところに来るような格好ではないこと。腕の時計は宝石こそ入っていないものの、そこいらの大手家電量販店のものとは桁が二つほど違うこと。きれいに分けられた髪の毛はただのおしゃれじゃないこと。金縁のメガネの奥には、まだピチューの知らない世界が広がっていること。
「おじちゃんがみんなのところに帰してあげるよ」
「本当!?」
 すっかり警戒を解いて、差し出した右手が人間の左手に触れるまであとわずか。人間の口元が緩んだ。一匹ずつ調教していけばいい、などという危険なプランが頭の中に。こういう類の人間は、たいてい孫の誕生日にちょっと予算をオーバーしてしまうものをねだるのと、下の労働者が賃上げや労働環境の改善訴えるのを同じベクトル上に定義していたりする。
 だがしかし、森の神様は子供の味方だったりする。ざわざわ、と小枝が揺れて、森の神様が精霊に命じて乾いた地面の砂を巻き上げさせる。風の吹いた方向に、保護者をちゃんと用意して。風下になったピチューは風上の兄の匂いを感じて、トラ兄ぃだ! と叫んで、人間の手をすり抜けてそっちに走っていってしまった。もちろん、人間の手は空を掴むどころか目を擦って涙をぬぐっている。
「おや、どうなさいました、社長?」
「保護者が来ちゃ仕方ないね」
 ぐず、と鼻を鳴らして顔から笑みを消すと、綺麗に回れ右をする。さしだされたレントラーのほっぺに電流を流して、ピチューはレントラーの背中に飛び乗って離れまいとつかまっている。
「この土地を人間に差し上げたつもりはないんですからね」
 社長と呼ばれたその人間は、うかがえるのが背中だけでも不機嫌そうに足早に去っていった。草木を蹴っ飛ばしたり唾を吐いたりしながら。


「あ、トラ兄ぃ……」
「このカボチャは誰がどこから持ってきたんだ?」
 その日の夜も更け、ご飯を食べたちびちゃんたちはもう眠ってしまったころ、レントラーは根元の大穴の隅に転がされた見慣れない食料を見つけた。ちょうどそこにいた、と言うより、ちびちゃんのイタズラを防ぐためにここにいるのが当たり前のライボルトを捕まえて、聞いてみる。レントラーが前足で蹴ってみたり叩いてみたりしている横で、ライボルトはカボチャから目を逸らしてから顔を背けた。
「それは、サンダースが持ってきてくれて……」
「ふーん……」
 やっぱりか、というような顔をしたレントラーがころころ転がしながら呟いたあいつは一体どこからこういうの持ってくるんだろうな、という言葉を聴いて、ライボルトは唾を飲みこんで、眠っているサンダースは寝返りを打った。
「あ、そうだ」
 ライボルトはびくりと全身の毛をふるわせる。レントラーはそちらを見ていないが、寝転んで構わず話を続けた。
「お前の元ご主人様に会ったぞ」
 真っ赤な鋭い目をまん丸にして振り返ったライボルトと、いつもどおり弟妹を見る優しい目で振り返ったレントラーは、焦点を衝突させた。
 ライボルトがここに来たのは、つい最近。それまでは人間の下で暮らしていた。詳しいことは聞いていない。ただ、前にあの人間がこの森に来たときに、それを見る目が尋常でなかったために後でこっそり尋ねてみたら、そういうわけだった。ちびちゃんの中にも同じような境遇の子がいるから、はばにしないし工作員などと怪しんだりしない。
 にらめっこ状態で、先に音を上げたのはレントラーのほうだった。目をつぶって、前足の間に顔を押し込む。ライボルトはまだ動けない様子だった。
「それだけだ」
 どうがんばっても取れない首輪は、今でもライボルトにまとわりついてはなさない。


「……ねえ……」
 その日の夜。サンダースが例の仕事を終えて川の中で体を洗っていると、繁みの中から現れたライボルトに引きずり出された。首周りと背中の逆立つ毛を潰しながらぽたぽた垂れる雫が、同じようにライボルトの脚を濡らす。この時刻にはサンダースの耳に息がかかるくらい口を近づけて、ライボルトが話を続けた。
「気づいてるよ、トラ兄ぃは……」
「僕が怪しいって?」
「うん……」
 辺りには二匹のほかは誰もいない。夜行性のポケモンだって確かにいるのだが、ここは二匹で偶然見つけた安全地帯。
 身に覚えがあって、サンダースはため息をついた。朝帰りの頻度が上がればそりゃ怪しまれもするわけだが。
「でも、続けないとみんな飢えちゃうよ……」
「うん……うん……」
 サンダースは振り向いて困ったような顔をして耳を垂らす。円らな黒い目の下に何か流れた跡があって、ライボルトがそこを舐めた。
「ごめんね……一匹だけがんばらせて」
「ライ姉ぇは、がんばってごまかして。少なくとも、現物支給のうちは」
 困ったようなため息をついて、サンダースは川に入る。腹について固まった白い物体を嫌な顔をしてぐりぐり擦る。
「兄ぃに知られると絶対やめさせられるもんね……」
 そして、ライボルトも川に入る。サンダースは引きずり出されたときよりも大げさに驚きあわてた。まだ春は来ていないのだ。
「せめて、これくらいのことはさせて」
 あっと悲鳴を上げる間も無く、わたわたしていたサンダースはライボルトの胸のふわふわした毛に頭を押し付けられて――半ばのしかかられるような形で、川の中に転がされた。顔は出る。そんなに深い川じゃない。
「人間の男ばかりじゃ嫌でしょ? あたしを気分転換くらいにはさせてよ……」
 一方こちらは例の大樹の根元。
「……あれ?」
 今日も、レントラーはこの時刻に目を覚ました。夜な夜ないなくなるサンダースとライボルトに代わって真夜中子供たちを守るのは、レントラーにとって日課となっている。
「……今日は三匹いない」
 暗闇の中、小さな光二つが空間を僅かに照らす。レントラーの能力だ。
 一匹はいつもいない。もう当然のことだ。何を訊いても何も答えないから、仕方なくほったらかしにしておくことになったサンダースがいないのは、レントラーも納得できる。
 もう一匹、ライボルトも納得できる。四日に一回の割合でいなくなる。それに、年頃の雌がどんな行動に出るかなど、彼と呼べるレントラーには推測すら出来ない。
「いないのはピチューか……いてて、これをやると目が痛くなるのが難点だな」
 それでも目を数回しばたかせると、暗闇になれた通常の状態で、ピチューを探しに根っこから出た。そう遠くには行ってないはず。遠くに行ったら一大事。そんなことを思いながら、偶然目のあった木の上のホーホーに軽く頭を下げる。匂いはそれらしいのが地面に付いているので、それを辿っていくのが手っ取り早い。もっとも、レントラーはもともとハナが利くわけじゃないので確実ではないが。
 それでも早く眠りたいのと心配なのとが、順番が違う、心配なのと早く眠りたいのがかって地面に鼻をつけながら歩きだす。夜行性の鳥ポケモンが鳴きながらどこかへ飛んでいく。風はまだ寒い。草木が呼吸するのはなんとなく肌で感じられる。……おや、呼吸の乱れ。空気が違うと言うか、野生の勘というか。
 いた。大きな耳、ピンクのほっぺ、尻尾でバランスを取って目をつぶったまま器用に歩くピチューが。そこらへんの木にぶつかるぶつかると心の中で絶叫してしまう。
 そ~っと近づいて首根っこを銜えて持ち上げると、眠気なまこを擦り擦りしてこっちの世界に帰ってきた。
「ほら、寝ぼけてないで戻って来い」
「ふぇ……あ、トラ兄ぃ……」
 浮いている自分の体と、いるはずの木の根元とは似ても似つかない林の中。一度離してみると、難なく立ったので寝ぼけてはないらしい。
「さがしてくれたの?」
「ああ、そうさ」
 もう一度銜える。ピチューは多少驚いたようだがすぐに何事もなかったようにあくびした。さて、帰ろう。と思った矢先、余計な音が。
 ぱしゃ……
 川があるのは知ってる。でも、こんな時刻に川の中でやることは知らない。魚はいないことも無いがこのところはめっきり減った。
――誰だろう?
 別に無理して覗く必要はない。それでも、なんだか無性に気になって。心配は先ほど飛んでいって、早く寝たいというのも消えてしまった。
「トラ兄ぃ?」
 ピチューの言葉は左耳から入って右耳から抜けていく。変な好奇心は抑えられない。木々に隠れたその先を、瞳を金色に光らせて……。
「そっちになにかあるの?」
 脳天に雷が直撃して、相性がいいのにノックアウトされてしまったように、銜えている思わずピチューを落としそうになった。だったらと今度は落ちそうになってもしがみつくと信じて背中に乗せる。まだ首を捻るピチューにはなんでもないとだけ伝えた。
「よし、走るぞ」
「え、どうかしたの」
「兄ちゃんは早く寝たいんだ」
 障害物越しとはいえ、情事を見た。それも身内の。覗きは趣味でないし、この背中の仔にはまだ早い。それでもレントラーは嬉しいような悲しいような気分で大樹の根元に戻っていった。


「く……おおおっ」
「ふみぃ……」
 時刻は深夜の1時をまわった頃。一部の人には今日の終わりであり、また一部の人には今日の始まりの時刻。
 例のピンクでグレーな店の一室で、この日もサンダースは後ろの穴で猛々しい男のアレを接待していた。
「あ~……良かったよさんだーすきゅん」
「どうも……」
 顔が男同士で絡み合う薄い本に出てくるキャラクターに似ているわけでもなければ、もし自分が雌だとしても抱かれてもいいとは到底思えない体格とツラをした中年の男に、媚びられたような甘えられたような。ああ気持ち悪い。サンダースは腹の底から上ってくる汚物を耐えると、男に向かって笑いかけた。それもまた仕事ゆえに。
 顔が男同士で絡み合う薄い本に出てくるキャラクターに似ているわけでもなければ、もし自分が雌だとしても抱かれてもいいとは到底思えない体格とツラをした中年の男に、媚びられたような甘えられたような。ああ気持ち悪い。サンダースはベッドの上に据わりなおして腹の底から上ってくる汚物を耐えると、男に向かって笑いかけた。それもまた仕事ゆえに。
「可愛いなあ……あ、ねえねえ」
「んー?」
 男は何も身につけず全裸のまま、汚い尻を向けて、持ってきたかばんをひっくり返す。どうせ変なおもちゃだろう。サンダースはその汚い尻に電撃をお見舞いしてやりたくなるのをまた我慢する。代わりに、ぺろりと窓の結露を舐めた。
「じゃーん。く・び・わ・だよ。これつけて奉仕して欲しいな~」
 奉仕して欲しいな? 奉仕しろの間違いじゃなくて?
 返事も聞かずに、男は気持ち悪いほど慣れた手つきでサンダースに首輪をはめてしまった。最も断れるはずがないのだが。皮や布オンリーの首輪ではない。余裕のあるタイプでもない。首にピッチリはまる、不気味な重量感のある首輪だった。ふしゃっと首の毛を潰したり首輪の下から出したりして、男は自分の好みのスタイルを作り上げる。その間に、また元気を取り戻す男の下半身のアレに、目を輝かせてみたり。サイズはいい線いっているのだろうが、洗っているのかも分からない。おまけに皮を被っているときている。女とは無縁だったに違いない。
「あれぇ~、どうしちゃったのかな? ボクの男根に見とれちゃったぁ?」
「きゅ……」
 まさか。サンダースは恥ずかしそうに俯く。ただし、頭の中ではアホか、と思いながら。それを見て男は満足げにくすくす笑う。それがまたゴツイ顔とギャップがあって気持ち悪い。必死で表情に出るのを抑えて、笑いながら顔を上げると、首から上を両手で持ち上げられて額と額をぶつけられた。目と目も間近になる。相手が何を考えているかが分かるほどに。
「で、も、」
 今日はじめて、男の声が甘えたような気持ち悪い声からコワイオジサン、オニイサンの声にかわった。それに伴って目つきも変わってしまった。
「お楽しみはウチの社長の伝言を伝えてからじゃないとねえ~」
 至近距離で目を合わせたまま、脱ぎ捨ててある上着の内ポケットから、男は日に焼けて垢にまみれたような色になった写真を取り出す。
「このライボルトって、君のお姉ちゃんでしょ?」
 ここに来る前に撮影されたものなのだろう、写真のライボルトは首輪に鎖をつけられて、いつぞやお祭り会場で見たお面のように不気味に笑った金縁メガネの男に従っていた。よーく見るとところどころ毛が抜けて生傷になっていたり顔にアザができていたり。その上、生気が萎んでいるように見える。
 それでも、そこにいるライボルトはサンダースの知っているライ姉ぇに間違いなかった。
 男は、サンダースの頭を持ち上げていた手を指先だけで頬から首筋にかけてなぞるようにしながら、サンダースにつけた首輪を数回撫でた。
「その首輪はね、そのお姉ちゃんについてるのとおんなじでね……ボクたちの持ってる鍵を使わないと取れないし、遠隔操作で爆発させることも出来る」
 作り笑いを続けていたサンダースの顔が引きつる。逆に、男のほうは頬が緩み、目の端が歪んだ。
「知らなかったの? 喉笛のところに鍵穴があるんだけどねえ。ま、ボクは自分のコレ以外は突っ込む気ないけど」
 コレ、と言って自分で自分の股間の物体を愛おしそうに撫でる。気持ち悪いを通り越して、滑稽だ。が、次の瞬間にはそんな暢気な感想ももてなくなる。
「おまけに何をトチ狂ったのか盗聴機能付きときている。あ、もちろん電力は君たちが自分たちで知らないうちに賄ってるんだけどね」
 男がべたべた触れていた手を離すと――乱暴に目を閉じもせずに唇を重ねて、口内を一通り荒らした。
「んっ、んぎゅうっっ!」
「変な気を起こすとみんな一緒にボーン! って出来るのさ。君たちは文字を持たないから筆談という手がないもんね。社長が何を考えてるのか知らないけど、こう伝えてくれって」
 男は、緊張と、先ほどのあれで息が上がって首から上を舌を出しながら上下しているサンダースの首に手を回して、力任せに抱き寄せて、耳元でささやく。
「一週間以内にお前の仲間たちを俺たちに売れ。そうすれば愛しのライボルトと一緒に解放してやる」
 とんがって、ぱちぱちと静電気のはじける音のする耳から、おつむに響き――先ほどからずっともよおしている吐き気が、また湧いてきた。サンダースはすっぱい唾を飲み込んだ。男も、ふざけた阿呆の顔に戻る。
「じゃあ、そのおいしそうな表情で二回戦。ライボルトちゃんに負けないほど悦ばせてあげるからね」


「やあ、お疲れ。今日の分のお給料だよ」
 店先で出迎えるのは怪しい笑顔の出っ歯の中年男。何でこんな商売をするようになったのかは知らない。アルバイトさせてやると誘われたからホイホイついていった結果が、このとおり。
「首にかけておけばいいよな」
 また、人間の作り出したビニール袋に、季節はずれの野菜を詰め込んで首からかける。ビニール袋は拾ったといえば済むけど、野菜のほうはトラ兄ぃに言い訳できない。以前、人間の商店から盗んだ言い訳したときは返して来いと怒鳴られた上、夜の食事を抜かれた。


何かありましたらどうぞ   作者は辺境のモノカキでした。

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Last-modified: 2012-04-03 (火) 00:00:00
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