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向こう側の世界

/向こう側の世界

呂蒙


 ここは、ハクゲングループラクヨウ支社の社員寮である。家族用と独身用の二棟があり、ラクヨウ支社長のリクガイ=ハクゲンもここに住んでいた。家を持つ財力がないわけではないが、多忙のため、会社からほど近い寮に住むことにしているのだ。
 さすがに会社での身分はかなり上の方なので、一番広い間取りの部屋に住むことができている。と、いってもやはり寮住まいなのは変わらない。創業者一族出身のため、地位は保証されているが、給料は支社長という肩書からは想像できないほど安い。しかし、仕事量はべらぼうに多い。こき使われているといっても良かった。そのため、創業者一族で地位は安泰という待遇でも、誰からも文句は出なかった。リクガイは27歳だが、同い年で同期の社員の方がたくさん給料をもらっているのだから当たり前だ。
 たまの休み、寮で酒を飲んでいると、思わず愚痴がこぼれる。
「薄給で働き、それに見合わない仕事量と重圧。世間では青年社長とか御曹司とか言われているらしいが、そう言っているだけの奴らが羨ましい。何も内情を知らないのだからな。華やかでもなんでもない……」
 会社で黙々と働くリクガイだが、たまに本音が出てしまう。この寮に一緒に住んでいるリクガイの従弟、シレツは何も言わずにリクガイのグラスにビールを注いでいた。
 シレツは国立ラクヨウ外国語大学の学生である。実家は遠く離れたケンギョウなので、一人暮らしをするための部屋を探していたところ、リクガイが、どうせならウチに来いと声をかけたのだ。複数人で住んでいれば、広い家族用の寮に住むことができるからというのが理由だったが、シレツにとっても家賃はおろか光熱費もリクガイが払ってくれるので、メリットはあった。
 シレツもポケモンを持っていた。今、シレツの後ろでテレビを見ている、後ろの黒の面積がやたら広いポケモン、エモンガである。シレツが特別というわけではなく、ハクゲン家の一族は、何かしらポケモンを持っている。昔からそうなのだ。どうして、と、聞かれても昔からそうなのである。今でこそ、前近代的な身分制社会ではなくなったが、長い歴史の中で没落せずにそれなりの財産を持っている家も少数ながらある。ハクゲン家もその一つだった。
 セイリュウ国では、ポケモンを持つことにやたら金がかかり、かつ面倒な手続きが多い。そういった事情もあって、ポケモンを持つということはあまり一般的なことではなかった。
「ねーぇ、シレツー」
 トコトコと歩いてきたエモンガがシレツの肩によじ登って言う。
「テレビでポケモンのタレントがいるでしょ?」
「で?」
「会ってみたいと思わない?」
「うーん、興味がないわけじゃないけどなぁ……」
 シレツはそもそもテレビをあまり見ないので、芸能界のことには疎かった。どういうタレントが出ているのかピンとこない。
「テレビ局ねぇ……。従兄さんは知り合いとかいないの?」
「いや、芸能人の友達はいないよ。テレビ局に勤めている友達はいるけど。ましてやポケモンのタレントだろ?」
 つまみのチーズを食べながら、リクガイが答える。人間のタレントですらテレビに出ることができるのはごくわずかなのに、同じ条件でポケモンのタレントとなるとさらに数が絞られてくる。
「あ、そうだわ。彼女なら何とかなるかも。会長の側にいたこともあって、いろんなところに行っていたから」
「『彼女』ってエモンガにそんな知り合いがいるのか?」
「あら? シレツだって、よーく知っているはずよ? 今から電話するから」
 まさか、3年前まで住んでいたスイスから連れてくる、とか言う気ではないだろうなと、シレツは思ったが、スイスに住んでいたときもそのようなことをしている友達はいなかった。
「あ、もしもし、私。シレツのエモンガだけど。あ、リクソンさん? ブースターさんに代わってほしいの。あ、ブースターさん。お久しぶり。うん、そう。ちょっと聞きたいんだけどね……。え、ほんと? わぁー、ありがとう」
「誰だよ? 電話の相手は?」
「誰って、今はリクソンさんのところにいる会長のブースターよ。彼女、結構いろんなところに友達がいるのよ」
「まぁ、伯父さんについていろんなところに行けば知り合いになる機会も増えるわけだな」
「でね、ブースターさん『会長に頼んでみるから、それまでちょっと待っててね』って言ってたわ。楽しみだわ」
 エモンガは目を輝かせて、そう言った。もう会うことが確定したかのようである。もっとも、シュウユの可愛がっているブースターの頼みである。シュウユも何とかしてあげようと行動するに違いないだろう。
「そういえば、ポケモンのタレントって活動期間が2年か長くても3年って聞いたんだが、どうしてだろうな?」
 リクガイがそんなことを言った。
「さぁ……。やっぱりポケモンのタレントは数が少ない上から引っ張りだこで、ろくに休む間もないから、体力的に何年も続けられないんじゃないの?」
シレツが答える。中には、芸能事務所がどこかで違法に捕まえてきたのをタレントとして出す、というのもあるというが、もし明るみに出て、かつ悪質な場合は懲役刑または無期懲役という重い罰が科せられる。
 正規にやろうとするとコストもかさむので、テレビ局のプロデューサーなどの知り合いのポケモンを出すのが一番安全で、コストもかからず、問題さえ起こさなければ刑事罰に問われる危険性も極めて少ない。ただ、そうなるとタレントのなり手がいない。
 視聴率は稼げるが、ポケモン関係の協会やら団体からの「見せ物にするな」「奴隷扱いするな」というクレームは覚悟しなければならなかった。加えて、ポケモンタレントばかり出すと、今度は人間のタレントの方が「出番を奪われた」と思い込んで、芸能事務所などからタレントを出してもらえなくなる、という嫌がらせに等しいことまでされるらしい。
テレビ局も苦労しているのである。
 数日後、シュウユから電話がかかってきた。タレントに会えるだけでなく、そのタレントがテレビ局の中を見学させてくれるというのだ。ただ、条件付きでだった。
「リクガイ、お前がエモンガたちの保護者として、テレビ局に行ってくれ。そしたら、同伴者は大勢でなければ何人でもいいとのことだ」
「えぇっ、せ、せっかくの休日なのに……。シレツ君かリクソンに行かせてくれよ」
「馬鹿者、ポケモンたちにきちんと教育を施してやるのが、主人としての務めだろうが」
「……分かったよ。じゃあ、休日出勤手当は貰うからな」
「何? まぁ、いいだろう。じゃあ、今度の日曜日、頼んだぞ。あ、そうそう。ブースターを連れて行ってくれ。当日はブースターの友達が案内してくれるとのことだ」
「しかし、父さんの知り合いにポケモンのタレントがいるとはな」
「そいつの主人が私の部下なんだ。ラクヨウ支社に勤めているはずだが? 部下の把握ができていないようだな?」
「あー、もう、説教はごめんだよ。ああ、それと、次、出社する時にラクヨウでやった会議の会議録を送っておくから。もし必要ないようならシュレッダーにかけてくれ」
 結局、最後は仕事の話になってしまった。会社にいる時以外は仕事の話などしたくはないのだが……。いずれは後を継いで会社を経営しなければならないのだ。そういう身なのだから、仕方ないかとリクガイは思い、受話器を置いた。
慣れとは恐ろしいもので、激務が当たり前のようになってしまった。その内、仕方ないかとすら感じなくなってしまうのかな、とリクガイは不安に思った。

 STEP1 スリムであれ!

 そして、日曜日。ブースターはリクソンに連れられて寮にやってきた。リクソンもテレビはあまり見る方ではなく、テレビ局の中についてはあまり興味がないとかで、さっさと帰っていった。リクガイも別に興味はあるわけではなかったが、保護者としての役目を果たさなければならない。
 テレビ局につくと、入口のところに案内役はいた。
「あ、いたいた。久しぶり~。元気だった?」
 ブースターが駆けよっていったさきには、1匹のツタージャ。このツタージャは、ポケモンのタレントの中でもかなり売れている方で、多くの仕事をこなしている。いわば売れっ子というわけだ。
「ええ、おかげ様で。会長のブースターもお元気そうでなにより。今日案内するのは、支社長と同伴者でよかったかしら?」
「うん、今日はよろしく。スケジュールの調整とか大変だったでしょ?」
「そんなことないわ、今日はたまたま仕事がない日だったし」
 リクガイ本人は面識がなかったが、相手は知っている。主人は誰なのか聞いてみると、会社で同期の社員の名前を答えた。
(あ、あいつ。ポケモン持ってたのか……)
 シレツとエモンガは、改めて自分の伯父やブースターの顔の広さに驚かされた。
腕時計の針が一番高いところにある。空腹を覚えたので、リクガイたちは昼食を取ろうと思ったのだが、ツタージャによると弁当が用意されている、とのことだった。
「え? 何か悪いわね」
「あのね、このテレビ局のお偉いさんが会長と同級生とかで、特別に用意してくれたのよ」
「あ、それは初耳ね」
 長男であるリクガイですら知らない交友関係を父親が持っていることを思い知らされる。しかし、ブースターですら知らないとなると、あまり密接な付き合いではないのかもしれない。
「伯父さんは一体どれほどの交友関係を持っているんだろう……」
「ほんとよねぇ……」
 シレツとエモンガはただただ驚くばかりである。長い間外国にいたため直接会って話をしたことも少なかったので、伯父といえども全体像がよく見えてこないのだ。
 弁当はまだ温かく、出来たてのものを持ってきた、という感じであった。何から何までVIP待遇である。人間用の弁当を食べながらリクガイが言う。
「おや、この肉。結構良い肉を使っているな。柔らかくてうまいぞ。社員食堂の飯もこの位うまければなぁ……」
「ね、ねぇ。すごい良いお弁当だけど、本当にいいの?」
 エモンガが言う。客をもてなす文化は世界共通だが、いくらなんでも親密な間柄ではない客にここまでするだろうか。
「え? このくらいどうってことないのよ。ま、後で分かると思うけど。ドラマの撮影現場も見学してもらうつもりだから」
食事が終わり、テレビ局のスタッフがポットに緑茶を入れて持ってきてくれた。
「あ、ツタージャ。次の仕事のことだけど……」
「え? はいはい。わかったわ。でも、この人間と一緒に出演するの嫌なのよねぇ……」
「頼むよ、ここの芸能事務所は怒らせると後々厄介なんだ」
「わかったわよ……」
 書類を見ながらツタージャは嫌そうに受け答えをした。しかし、売れているので傲慢な態度を取っているようには見えなかった。本当は嫌なのだが、しぶしぶ引き受けているように見えた。
 緑茶を飲みながら、エモンガは複雑な気持ちでそのやりとりを見ていた。その気持ちを察したのか、ツタージャが言う。
「こういう業界で働くのは、やめた方がいいわ。よほどの覚悟があるのなら話は別だけどね」
「あ、私、別に……。ちょっとトイレ」
「待った、じゃあオレも」
 シレツとエモンガは席を外し、トイレに向かった。トイレには4つの入り口があった。男性用、女性用、ポケモン用、障害者用である。いわゆる「おネェ」はどのトイレに入るのか気になったが、シレツは深く考えないことにした。特殊な世界だし、いろいろなことがあるに違いない、そう思っていた。トイレの外は至って普通である。しかし、用を済ませてトイレから出てくると、エモンガの表情が苦虫を噛み潰したような表情をしているのに、シレツは驚いた。
 20年近く一緒に暮らしてきたが、このような表情をエモンガがしたのをシレツは未だ見たことがなかった。
「エモンガ、どうした?」
「ごめん、シレツ。何だか気分が悪くなっちゃった。肩に乗っていい?」
「いいけど、熱でもあるのか?」
「ううん、そうじゃないわ……」
シレツたちが戻ると、皆は昼食を済ませ、緑茶をすすっていた。エモンガが苦虫を噛み潰したような顔をしているので、ブースターが気になって尋ねてみた。
「エモンガちゃん、どうしたの?」
「あ、うん。さっきトイレに行ってきて、で、済ませたからトイレを出ようと思ったら、個室から呻き声と、何かが滴るような音が聞こえてきて、多分、あれって……。考えたら、気分が悪くなっちゃって」
 ツタージャが言うには、やはりテレビに出るならば、スリムな体形でなければならない。しかし、最近は生活環境がよすぎるのか、はたまた、ポケモンに関する知識が乏しいためなのか、タレントといえど肥満が問題になっている。体を張ったコントなどなら、問題はないのだが、上から盥を落とすなどのコントをすると、苦情が来ることが多いので、テレビ局の方もどうしても及び腰になってしまう。そういうこともあって、やはり外見重視の番組に出ることが多くなる。外見を重視する場で、肥満はあってはならないことだ。
 しかし、ダイエットでは時間がかかり過ぎる。そのため、強行策としていくら食べてもいいから、そのあと、トイレで指を喉の奥に突っ込んで、戻させることにしているのだ。食べたものは消化前に外に出てしまうので、確かに痩せられるのだが、売れる前に体を壊してしまうポケモンの方が多いのだという。
「えー、そんなことしてるの……」
「そうよ、裏じゃ何をやっているのかが分からないのが、この世界の特徴だもの。体を壊したら、秘密裏にぽいだしね」
 太ることが許されないという強迫観念のため、比較的痩せているポケモンでもこの行動を取ることがあるという。
「見てて、可哀そうよ。痩せ方がおかしいもの。病的っていうのかしら? 私もこんな世界には長く居たくないから、あと半年で引退するつもりなのよ」
 ツタージャ曰く、タレントには二つのタイプがいるという。一つは短期間で多額の金を稼ぐのが目的というもの、もう一つは、トレーナーが自分のポケモンを芸能界で活躍させたいがために、芸能活動をしている、というものだ。引く手数多なので、売れるかどうかは別として、芸能界に入ることは難しくない。が、前者のケースでないと、裏で不当な扱いを受けることも多いという。
「私なんかは、楽してお金を稼いでいる方かもね。会長のコネでこの世界に入ったようなものだもの。バックがとてつもなく強力だから、不当な扱いを受けずに済んでいるわ。トレーナーが自分のポケモンをテレビで活躍させたいから、芸能界に入れているっていうパターンの場合は、あまりいい話は聞かないわね。じゃあ、これから番組の収録現場に案内するわ」

 STEP2 演出しよう!

「着いたわ、ここがバラエティー番組の収録スタジオよ」
 芸能人がひな壇に座り、トークをするというものだ。早速内輪の話で盛り上がっているようだ。マイクが声を拾って、リクガイたちのところまで聞こえてくる。
「ほんでほんでな。どぅわぁあぁーってなってもうて、ぶおぉぉおぉってなって、〇●♂♀@!?☆★☆~!!」
「♂♀≫Ⅹ※*○●!?」
「~~~~~~~~!!!」 
 芸能人同士では盛り上がっているようだが、リクガイたちには何が面白いのかちっとも分からない。
「ねぇ、シレツ、あの人たちは何を言ってんの?」
 シレツの肩に乗っているエモンガが耳元でささやく。
「思うに mental handicapped なのかもしれないな」
「だから、あんなアホ面で意味不明なことを言ってるのね」
 リクガイたちは他のスタジオに向かうことにした。ちなみにあの番組は、先ほどの意味不明なトークがうけているように見せかけるために、笑い声を編集の段階でいれたりするのだという。
「あ、そうそう。涙を流すための道具とかもあるのよ。使ってみる?」
(なんか、嫌な予感がする)
 シレツの不安は的中した。スタッフが持ってきたものは金属製のボールに入ったタマネギだった。皮は剥かれ、輪切りの状態で大量に入っていたのである。これに顔を突っ込めば、その玉ねぎの刺激で、必ず涙が流せるというのだ。画面越しに見れば感動して泣いているのか、玉ねぎの刺激で涙が流れているのかなど、分かるわけがない。
 誰もやりたがらないので、くじ引きを行うことになり、運悪くシレツが実験台になってしまった。玉ねぎの山に顔を突っ込まれたシレツは、襲い来る猛烈な刺激により、目から涙を流すことに成功したが……。
「うう、目が、目が痛い……。涙が止まらない……」
その後、バケツに水を入れて持ってきて、その水でシレツは顔を洗ったが、まだ目に痛みは残った。まるで、拷問だ。洗濯板の上で正座をする方がよほどましかもしれない。目の痛みがしばらく続き、その痛さのため目を開けていられないのだ。
「やっと、目を開けることができた……。涙を誘うためにタレントに涙を流させるのは分かるけど、泣けない場合もムリヤリ涙を流させるとはね。ここまでやるのか……」
 所詮は作られた世界で、これが現実なのだ。だからこそ、人やポケモンはテレビを見るのかもしれない。リアリティーは必要だが、あまりにもリアルだと、かえってテレビを見る必要性が感じられなくなる。演出を取りこみ、観客が思う「こうでなければならぬ」という期待に応えているのかもしれない。いかに見え見えでも、白々しくても、泣かなければならない場面では空気を読んで泣かないといけないのだ。たとえ、先ほどの玉ねぎを使ってでも。
ちなみに、時々行われるポケモンバトルもテレビ中継されることもあるが……。ツタージャによると、ほとんどがやらせだという。
「うーむ、た、確かにあり得ない展開も多いからな……」
 と、リクガイ。ポケモンの知識はそれほどあるわけではないが、やはり通常はあり得ないのではないか、という展開も多々見受けられる。
「んなこったろうと、思ったわ」
 とエモンガ。そのテの番組はタイプが圧倒的に不利ながらも勝利して、その後、勝者の美談を延々と流すのがお決まりである。悪・氷タイプが華麗に格闘タイプのポケモンを倒し、その後トレーナーとともに、苦労した修行の日々がドキュメントで放送されるのである。もちろん、不利なだけで、勝てないことはないだろうが、明らかに不自然である。
 しかし、受け手はバトルの結果などどうでもよく、意外な展開と、美談を求めているのだ。それがニーズならば発信者はそれに応える義務がある。もはや、やらせがあるか、ないかなど問題ではないのだ。
「なんかねー、こういう作られた世界にあこがれてたって思うとねー」
「だから、最初に言ったじゃない」
 ツタージャは2年契約で働いているので、割り切ることができているのだ。残りは半年である。局側は契約の更新を言ってくるだろうが、ツタージャと主人はシュウユを通して、契約の更新はしない旨を言っているので局側も諦めたのだ。
「会長は、有益なスポンサーの一人だから、機嫌を損ねたらまずいと上の方も分かっているんでしょうね。会長という後ろ盾がなかったら、絶対こんな業界で働かないわ」
(やはり、オレは父には遠く及ばない、か……)
 リクガイは不安になったが、今はまだ修行中の身なのだから、と思うようにしている。逆に会長の座について、経営の総指揮を取れと言われたら、それこそ重圧に押しつぶされてしまう。
「しかし、何でツタージャは、主人のためにこんなところで働いているんだ?」
「あら、支社長は聞いていないの?」
 リクガイが聞いてみると、ツタージャは訳を答えてくれた。
「私の主人ね、自分で会社を作ることが夢なのよ。といっても、それに必要な資金が不足しているから、ちょっとでも助けになればと思ってね」
「それなら、父に言っていくらかの援助をしてもらうように取り計らおうか?」
「会長がそれを知ってて、援助をしてくれるみたいだったんだけど、下っ端の自分が援助してもらうなんておこがましいって言って断ったのよ。でも、それだと、資金がいつできるか分からなかったから、会長のつてで、こういう仕事をやっているのよ」
「そうか、えらいな……」
 とりあえず、父を越えるまでは死ねない。そういう目標がリクガイにはできた。越えられなかったら、あの世で永遠に説教をされるに違いない。

 STEP3 我慢しよう!

「じゃあ、次はドラマの撮影現場を案内するわ」
 スタジオに入ると、丁度、撮影が一段落して、休憩しているようであった。
 椅子に座って、何やらスタッフに命令している人がいる。遠くから見ても、あまり素行の良い人物ではなさそうなことが分かる。
「あれが、今度のドラマの主役よ」
「何か、威張っているみたいだけど」
「自分が一番偉いと思って、勘違いしているたちの悪い野郎なのよ」
 ツタージャが言う。しかし、芸能プロダクションや、事務所が誰を使え、とか○○というグループを番組に出せなどと、要求してくるのだが、断ると後で嫌がらせをされるので、要求を吞まざるを得ないのだ。
「あんなのに、バカ高いギャラを払っているのよ。それに比べたら、お客に出すお昼の弁当代なんて微々たる出費なのよ」
「スタッフとか相当我慢してるんだろうね」 
 シレツが言うと
「ええ、だからストレスで体を壊して、入院する人も少なくないわよ」
 とツタージャ。一行は、横柄な俳優気どりに因縁をつけられたくないので、そそくさとその場を後にした。ちなみにドラマで悪役を演じる人の方が実は良い人だったりする、とツタージャが言う。機会があれば、会わせてくれるらしい。
 リクガイは、あんなのが部下にいたら、真っ先に首にするだろうな。いくらなんでも、あんなのと一緒に働くのはごめんだ。そう思い、ハンカチで汗をぬぐった。テレビ局のスタッフへ同情してしまう。上に立つのがあんなんじゃなぁ、まともな企業なら、部下に離反されておしまいだろうなぁ、と思わずにはいられなかった。人の上に立つのものは謙虚であれ、という言葉の大切さを実感できた。


 数日後、ケンギョウ本社に用事があって、リクガイは会長室にいた。
「そうか、ツタージャ、真面目でいい奴だっただろ?」
「ああ、しかし、テレビ嫌いなのにああいうところにまで出資しているとはね、意外だったよ」
「それはそれ、これはこれだ。いいか? メディアっていうのはジャーナリズムの理想とはかけ離れたところにある。演出して伝えるというのが今のメディアだ。すなわち宣伝をするには最高にして最良の道具だ。番組の制作費を出してやったとしても、十分におつりがくる。まぁ、中身のないバラエティー番組には投資はしとらんがな」
「ブースターの友達の多さにも驚いたよ。ブースターがツタージャと知り合いじゃなかったら、テレビ局見学なんてできなかったし」
「あいつ、友達が多いからな。何かあったら、あいつを頼れ。ブースターの人脈は侮れないからな」
「ポケモンに物を頼むのか……」
「そういう態度がよくないと前から言っているだろう。特にお前は修行中の身なんだから、優れた人を見つけたら、頭を下げてでも、教えを乞え。分かったな?」
「分かってるよ」

「そういえば、ブースター。こないだのテレビ局、行ってみてどうだった?」
「そうね『これが現実』って言うのかしら? 演出される前の状態を知っちゃうと、とてもテレビなんて見れなくなるわ。みちゃいけない世界だったかもね」
 リクソンとブースターは大学のラウンジでテレビ局見物を話題にして話をしていた。
「だから、リクソンさんがボロアパートに住んでことなんて無かったことにされるんじゃない? テレビ局の言う『御曹司』ってそういうもんでしょ?」
「かもな。ブースターだって、名門出身ってことになってるんだろ?」
「うん。ほんとは真逆なんだけどね……」
「まぁ、100%真実と言って放送しているわけではないしね。さて、皆、そろそろ帰ろう」
 リクソンはそう言って、立ちあがった。
 画面の向こうは、ヴェールに包まれた世界。深層は知らない方がいいのかもしれない……。

 終わり


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Last-modified: 2012-09-30 (日) 00:00:00
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