PCを整理してたら一年前に旧ひなひなに投下したまますっかり忘れてた小ネタを発見。
箸休めにどうぞ(^^)
空蝉
雷雲の合間から覗いた「白」に惹かれて下界に降りた。
季節がもう少し早ければ、名残雪などと感傷的な名で呼ばれもしただろうが、さすがにこの冷涼な土地であっても、初夏の近いこんな時期に降る雪の名など無い。もっとも名残雪という呼び名さえ、ゼクロムは知る由も無かったが。
降り立った大地のすべてが薄い白に覆われていた。それは冬であればむしろありきたりな光景であったろうが、足元で溶けてしまった雪の合間に萌え始めの若い緑を見つけたゼクロムは、そのささやかな生命力に思いがけず新鮮な驚きを覚えた。
───雪は嫌いだ。
そう呟いた声がふと耳に蘇る。
あれはいつの事だったろう、抱きしめた腕の中から上目遣いにこちらを見上げて縋るように見つめていた、青い瞳。
「雪を見ると虚しくて……切なくなる。何もかもを覆い隠してしまう、何ものをも等しく白に埋めてしまう……そんな雪の中に身を置くと、自分を見失いそうになる」
「雪が嫌ならばその炎で溶かしてしまえば良い」
そう返した自分の言葉に、「白」は首を振った。
「どれだけ炎を振るっても、また何事もなかったかのように雪は降り積もる。目を閉じてまた開けば、白に戻っている。諦めよと……静かににじり寄る死のように側に在る。───だから、雪は怖くて嫌いだ……」
「レシラム……」
柔らかな毛並みが、甘えるように擦り寄ってきた。
「お前は良い……どんなに深く濃い白の中でも決して白に染まらぬ」
「どうだろうか」
「お前の姿だけは、見失わずに居られるんだよ。この安心感が判るか」
暖かな翼でぎゅっと抱きしめてくる、そんな健気な仕草がどうしようもなく愛しかった。
言葉を返す代わりに、華奢な首筋に熱く息を吹きかけてやると、その感触に何かが響いたのか、小さく震わせた口元が甘くこの肩を噛んできた。
「ゼクロム……側に居てくれ。こんな雪の日には」
寂しいのだと───視線で訴えていた、あの揺れる眼差しが脳裏に蘇る。
ゼクロムは雪の大地からふわりと飛び立ち、雷雲に乗った。
もうどれだけ逢っていないだろう、その面影の元へと空を翔る。
今、無性にあの寂しがりの「白」を抱きしめたかった。
GWまっただ中、季節外れの寒さで思いついた小ネタ。
わが背子と 二人見ませば 幾許か
この降る雪の 嬉しからまし
(光明皇后・万葉集より)
初雪の時に詠まれた歌らしいですが、何となく引用(^^;。
空蝉
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