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名も無き石

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名も無き石 

writer――――カゲフミ

 緑豊かな森の間。細長い線を描いたように道が伸びていた。表面が舗装などされていない地面が剥き出しの道。
雨が降ればぬかるみ、通ったポケモンの足跡が残ってしまう。綺麗に整備されているとは言い難いが、森の中の道なき道を通るよりは遥かに楽。
切り開いた土地でも通行者があればそれは道。他の町とを行き来するのに使うポケモンは少なからずいたのだ。
今道を行くロズレイドもその一人。太めの木の枝の先に丈夫な皮で編んだ袋をぶら下げ、枝の部分をを肩に担いでとことこと歩いている。
自分の住む村から隣町までへの買い出し。町の市場では村ではなかなか取れない多くの木の実が売り出されるのだ。
町まで行くのは交代制になっており、今回はロズレイドの番だったというわけだ。
村を出発して歩き続けてどれくらい経ったんだろう。元々体力や力に自信がある方ではない。
行きはまだ袋が空だからいいが、帰りのことを考えると不安になってくる。自分のペースで体力を温存しながら歩いた方がよさそうだ。
丁度道端に手頃な大きさの岩を見つけたので、休憩がてらそこに腰かけて一息つく。買い出しは大変ではあるが、長時間の移動でちょっとした旅のような気分を味わえる。
村で過ごしていては得られない刺激を得られるので、少しわくわくしていた気持ちもあった。
「もし、そこのお方」
 突然どこからともなく声が聞こえ、ロズレイドは立ち上がってきょろきょろと辺りを見回す。
「ここじゃよ、ここ」
 今度は自分の頭の上から聞こえてくる。だいぶ上だ。道の真ん中辺りまで歩いていき、ぐるりと後ろを見上げるような形で振り返った。
森の緑に溶け込んでいて気付かなかったが彼が腰かけていた岩のすぐ後ろに地面が盛り上がった小さな丘があり、その声の主はてっぺんからロズレイドに話しかけていたのだ。
ドンカラスはふわりと翼を広げて舞い降りてくると、道の反対側。彼の目の前にある背の低い木に留まる。広がった翼は大きな影のようにも見えた。
「この辺りじゃ見かけん顔じゃな」
「ええ、私は隣の村に住んでいる者です。今日は隣町まで木の実を買いに」
 ロズレイドは空の皮袋を掲げてみせる。見知らぬポケモンとの出会いも、旅の醍醐味。
もちろん旅人の荷物を盗むような輩には注意を払わなければいけないが、挨拶を交わすくらいならば問題はないだろう。
木の上のドンカラスを見上げると、ロズレイドはにこやかに答えた。
「ほう。ではこの森周辺のことはあまり知らんというわけか」
「そうですね。せいぜい道を行き来するくらいで、森の中のことまでは」
 彼の意識の中ではただの通り道。取り立てて興味もないし、森に足を踏み入れていたのでは買い出しという目的が果たせなくなってしまう。
「ではこの森に昔から伝わる話も知らんかね?」
 知るはずがない。森のことすら分からないポケモンが一歩踏み込んだ伝わる話のことなど。ロズレイドは黙って首を縦に振る。
ドンカラスはなるほどなるほど、と片方の翼を顎の辺りに当てて深く頷いた。よくよく見ると随分と老齢のドンカラスだ。
頭の帽子のような飾り毛も所々はねておりぼさぼさだった。本来白いはずの胸元も少し灰色掛かっている。尖った嘴にもあちこち小さな傷が入っていた。
「せっかくの機会だ。どうかね、旅の方。森に伝わる話を聞いていかんか?」
 元々この森に思い入れはなく別に聞きたくはなかったがこれと言って断る理由もない。ちょうど一休みしようと思っていた所だし、休憩がてら耳を傾けてみるのもいいか。
「では、お願いします」
 再び岩の上に腰を下ろすとロズレイドはドンカラスの言葉を待つ。どうやら話したくて仕方がなかったようで、彼は目をきらきらと輝かせているようにも思えた。
「昔、まだこの道ができるずーっと前の話じゃ。今でこそ草木だらけで何ももないがこの場所にも小さな村があった。辺り一面森じゃからな。豊かとは言えんが、皆のんびりと生活しておったわ」
 ドンカラスに言われ、周囲の様子を窺うロズレイド。ざっと見た感じではどこまでも森だ。何者かの手が加わった建物や畑の跡はどこにも見受けられない。
彼の指す昔がどの程度前のことかは計りかねるが、おそらくは自分が生まれるよりもずっと昔のことなのだろう。
「その村にはな、シンボルとも言えるポケモンがおったんじゃ。ギガイアスという全身が堅い岩でできた屈強なポケモン、おぬしも知っておるかの?」
「聞いたことくらいは」
 実際に見たことはないが、どんな姿をしているかくらいの知識はあった。自分よりもだいぶ大きな岩山のようなポケモンだ。
「それはただのギガイアスではない。一般的に言われているギガイアスの倍以上の大きさはあった。どこから来たのか、なぜそこにいるのかは分からん。村が出来る前からそこに居たとも言われておった。自分からは一言も喋らないし、滅多に動くこともない。そいつはただただ、村の真ん中でじーっとしていたのさ。別に何か害をなすわけではなかったが、村の中にはギガイアスを気味悪がる者もおった。罵倒したり、追い出そうと攻撃を仕掛ける者も出てきた。だがそいつは並の力でどうにかなるものでもなくての。酷い言葉を浴びせられても、体を傷つけられても、ギガイアスはじっと耐えておったんじゃ」
「そのギガイアスは何か悪さをしたわけではないんでしょう。なのに、どうして?」
「さてな。ギガイアスが普通の外見をしていなかったから、というのもあるじゃろう。人々は自分と大きく違ったものに恐れを抱く。それがいくつも重なって攻撃的な気持ちや心が生まれてしまったのかもしれん。集団心理というやつかのう。人が集まることは楽しくもあり、恐ろしくもあるんじゃ」
 自分の暮らしている村ではどうだろうか、とロズレイドはふと考えた。思い浮かぶのは一緒に暮らすポケモンの笑顔が多い。記憶する限りでは平和な村だ。
ただそれはあくまで問題になるような事柄を抱えていないから、というのもある。決断を迫られるような場面に遭遇した時こそ、本質が見えてくるというもの。
長くを生きてきたであろうドンカラスの瞳には寂しげな光が宿っている。まだまだ青い自分とは比べ物にならないくらいの世界を見てきたのだろう。
「そんなある日のこと。村を嵐が襲った。大きな大きな嵐、これまでに体験したことのないような雨と風。簡素な造りが多かった村の建物は瞬く間に吹き飛ばされてしまったわ。残されたポケモンたちは村の中でも一番大きな村長の家に集まった。大きいとは言っても設計は他と大して変りない。限界は遠くなかった。外壁が揺れ始めもはやこれまでかと誰もが諦めかけたそのときじゃった。不思議と揺れがおさまったんじゃ。それでも激しい雨は続いておったから、村人たちはじっと耐えながら雨風が止んでくれることを祈っておった。そして、雨が上がって外に出た村人たちは気づいたのさ。ギガイアスが嵐の中、外から家を支えてくれていたということにな。揺れが小さくなったのも、家が吹き飛ばずに済んだのも皆ギガイアスのおかげじゃった。礼を言おうと人々が近づいたときには、もう……遅かったようじゃ」
「ギガイアスは……助からなかった?」
 ドンカラスはゆっくりと首を縦に振る。
「もともと岩タイプのギガイアスは水に弱い。そんな中長時間強い雨に打たれ続けて、体が限界だったんじゃろう。それでも家を支えようと両足は差し出されたままじゃった。村人たちは己の行いを悔やんだ。命の恩人に自分たちは何ということをしてしまったんだ、とな。謝罪や感謝の気持ちを伝えたくても相手がもうおらんというのは、やるせないもんじゃのう」
 ロズレイドは黙ったまま俯く。軽い気持ちで聞き始めた昔話。いざ蓋を開けてみるとなかなかに重く、どうにも気が休まった感じがしなかった。
それでも聞くと決めたのは自分自身、最後まで耳を傾けようと彼は顔を上げてドンカラスの言葉を待った。
「その後、村人たちはギガイアスの亡骸を村の守り神として称え祀った。感謝を永遠に忘れないように、とな。ただ結局人がいなくなって村は寂れてしまったんじゃが、この森のどこかには今でもギガイアスの名残である大きな岩が残っているといわれておる。広い森じゃ。探すのは並大抵のことではない、わしもどこにあるかまでは分からんのう」
 ほっほと笑ってドンカラスは小さく息をついた。今は存在しない村。今なお残る守り神。ロマンを求める冒険者ならばきっと心惹かれるものがありそうだ。
残念ながらロズレイドは買い出しに出てきた一村人でしかなかった。ただ、何気なく通っていた森を見る目が変わったことだけは間違いない。
「わしの話はここまでじゃ。年寄りの長話に付き合わせてしまってすまんかったのう」
「いえ、この森を知るいい機会になりましたよ」
 上手く言葉には出来ないが、ロズレイドの心に何か残るものがあったのは確かなのだ。彼の話を聞くことができてよかったと思う。
さて、あまり寄り道しすぎても帰りが遅くなってしまう。そろそろ発たねば。ロズレイドは立ち上がって、皮袋を提げた木の枝を担ぐ。
「では、私は行きますね。あまり村の皆を待たせると悪いですから」
「わしとお前さんがここで会ったのも何かの巡り合わせじゃの。道中、気を付けてな」
 片方の翼を広げてドンカラスはロズレイドを見送る。ロズレイドも軽く会釈をして、その場から立ち去っていく。
偶然顔を合わせただけでお互いの境遇も何も知らないまま、もう会うこともないかもしれない。だが、袖振り合うも多生の縁。
どんな出会いでも大切にするのは悪いことではないはずだ。ロズレイドが小さくなって見えなくなるまで、ドンカラスはじっと彼の背中を見送っていた。

 

「行ってしまったか」
 ドンカラスはばさりと翼を広げて道の向かい側、最初にロズレイドに声を掛けた丘の上に降り立つ。
表面の緑が剥がれて武骨な岩肌が剥き出しになっている。ドンカラスの足元は酷く硬かった。
この場所だけはどれだけ月日が経とうと苔生さない。苔生すようなことがあってはならない。少なくとも、自分が生きている間は。
流れゆく時は青い岩肌も赤い突起も深緑へと変えてしまった。今では木々に紛れて存在に気付く者すらほとんどいなくなっている。
「なあ、聞こえておるか」
 あの頃はドンカラスも若かった。ギガイアスを信用できなかった者の一人だった。だから、せめてもの罪滅ぼしと思って。
村が亡くなった今でも、道行く者に昔話を語り継いでいる。村を守り抜いた偉業を風化させぬべく。
信じる者もいれば、馬鹿にする者もいた。別にそれでも構わない、出来るだけ多くの人の耳にギガイアスの話が伝わってくれればそれでいい。
「自己満足かもしれんがの。わしに出来ることはこれくらいしか思い浮かばんのだよ」
 緑の苔にびっしりと覆われた、足元の大きな大きな岩。かつて村のポケモンたちの盾となり散っていった静かなる勇者に。ドンカラスは静かに語りかけた。

 おわり


・あとがき

 石というテーマで浮かんだイメージとしては、昔からずっとそこにあるもの。そして何らかの記憶として残っている物でした。
村を守ったポケモンとして、外見が荒々しいギガイアス。年老いた語り手としてドンカラスを選びました。
昔話の中で出てきた村が、気づかないだけで実は目の前に。語り手はかつての村の一員でしたというオチに持っていきました。割とありがちなパターンなので途中で気づかれた方も多かったのではないでしょうか。
何とか大会に参加だけはしようと慌てて書き上げた作品でしたが思ったよりも票が頂けて驚きました。次こそは遅れないように頑張ります(

以下、レス返し。

>言葉少なく綴られた物語に、ドンカラスのギガイアスに対する想いが深く感じられました。短編小説大会にふさわしい作品だったと思います。
(2014/01/15(水) 22:52)の方

描写や台詞は全体としても少な目で短い物語となりました。その中で登場人物の気持ちを表現できていたのならば幸いです。

>とてもいい話ですね。
ドンカラスの義理深い心に感動を覚えました。
(2014/01/16(木) 00:50)の方

ギガイアスに対するドンカラスなりのせめてもの罪滅ぼしなんでしょうね。
命ある限り、彼はこの場所でずっと村とギガイアスの話を語り継いでいくのだと思います。

>丁寧な文章とギガイアスの行動をよく表していてとても良いと思いました!
(2014/01/18(土) 20:57)の方

締切間近となるとどうしても展開を急ぎがちになってしまいます。
個人的にはもう少し描写をしっかりできたかなあと思う個所もちらほら。やはり余裕を持って書きはじめないといけませんね

投票してくださった方々、最後まで読んでくださった方々ありがとうございました。

【原稿用紙(20×20行)】12.9(枚)
【総文字数】4429(字)
【行数】76(行)
【台詞:地の文】38:61(%)|1717:2712(字)
【漢字:かな:カナ:他】33:62:6:-3(%)|1496:2763:309:-139(字)


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Last-modified: 2014-01-26 (日) 09:25:00
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