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同性と同棲すると、どうせイケナイことになる

/同性と同棲すると、どうせイケナイことになる

作者……リング



 その日は建国記念日。普段の何倍もにぎわい、足の踏み場もない街の広場の中心では、古の英雄を讃える舞いが行われようとしていた。
 かつてこの国は好き勝手に地形を変えて民を苦しめる邪悪なる巨人たちが支配をしていた。それを打ち払い、そこに生きる民に勝利をもたらした英雄こそが女傑ドレディアだ。彼女は香しい芳香で味方の疲れを癒し、美しい花吹雪で男女ともに魅了し、その足技で岩や鋼を粉砕したという。
 その建国神話において、最も重要となるのは自身の力を高める力のある『勝利の舞い』だ。巨人との戦いの最中に踊られたというそれは、巨人に挑む英雄たちを文字通り勝利に導いたのだという。

 この建国記念日に行われる祭りでは、格闘タイプを持つ細身のドレディアの舞い手が、建国神話に記された勝利の舞いを再現するのである。
 勝利の舞いとは戦いの型であり、絶え間ない回転運動を破壊力に変えていく動きである。相手が反撃の隙を伺おうにもその糸口の見えないよう計算されたその動作は、常に動き続けるその様がまるで舞いのようにみえるため、勝利の舞いと呼ばれるのである。前転とかかと落しを合わせた動き、相手の攻撃を回避しながら後ろ回し蹴りを叩き込み、花びらをふりまいてけん制しながら、大きく飛び上がって踏みつけ。両手を広げてリーフブレード。毒突きから流れるように上段蹴りをして痺れ粉を撒きながら後ろに下がる。
 どの動作も、思わず呼吸や瞬きすら忘れてしまいそうなほどに美しかった。俺はその舞いを見ている間、言葉もなくじっとそれを見つめて、目を輝かせていた。
 広場で行われたパフォーマンスが終わり、露店を回っている間も考えるのは勝利の舞い。祭りが終わり、家に帰ってからも考えるのは勝利の舞い。考えれば考えるほど、あの見事な舞いが、俺の頭にこびりついて離れない。いわゆる一目惚れという奴であった。
「母さん、俺もあの舞いを覚えたい!」
 いてもたってもいられなかった俺は、祭りから二日後に親にそう相談した。
「えぇ!? あなた突然何言ってるのよ……舞を覚えるったって、沢山練習しなきゃいけないのよ? あんた勉強だってまともに出来ないのに……」
 ……そりゃ、勉強は嫌いだから仕方ない。
「絶対頑張るから!」
「えぇ……まぁ、あの人隣町に住んでいるから、行こうと思えば行けるけれど」
「そうなの!? 行ってくる」
「待ちなさいアンタ! 行っていいとは言っていないでしょ!」
 突然の事に驚く母親をよそに、俺は衝動に駆られるままに舞い手のことを調べた。ドレディアの彼女は、慰霊祭の時に舞い手を務めるだけでなく、雨の神を讃える祭りや土の神を讃える祭りなど、様々な祭りに呼ばれては舞い手を務めている。時には王族から請われ、外国の来賓の前で舞いを頼まれる程の腕前を誇るのだという。
 そんな方が近所に住んでいると聞いた以上、俺はいてもたってもいられずに、舞い手のことを訪ね、噂話をもとに隣町まで駆けていく。そして、隣町でまた情報を集め、走り出したその日のうちに、舞い手の住居を兼ねている練習場の門を叩いていた。
 親にも無断で勝手に押しかけて来た非常識なコジョフーの子供。ある意味子供らしいと言えばそうだったのかもしれないけれど、そんなクソガキだった自分相手にも、師匠は優しく接してくれた。彼女は『舞を覚えたいなら好きにすればいい』、と言って無期限の見学を認めてくれた。
 だが、外はもう真っ暗だし、そもそも今日の練習も終わっているからと、俺は家に帰される。……そういえば昼から何も食べていない。お腹空いたな、お母さん怒ってるかな……などと森を通る道を駆け抜け。やっとのことで帰ったときはもうほかの家の明かりも消えていたが、自分の家の明かりだけはついていて、言いようのない罪悪感を覚えてしまった。
 もちろん、めちゃくちゃ怒られた。正座させられた上に、エレブーの母親からは雷パンチ、父親からは腕の毛でひっぱたかれた。
「全く、あんた止めるのも聞かずに行っちゃうだなんて……で、どうだったの?」
 体中が痛い状態で正座させられたまま、ようやく怒りが収まった母親に尋ねられる。
「あぁ、師匠はいつでも見学しに来てもいいって」
「えぇ……? 甘いわね……でも、あんたっていっつも野山で遊んでばっかりだったじゃない。踊りなんて出来るの?」
 母親は俺を見て呆れたようにため息を漏らす。
「そりゃ、すぐにはできないかもだけれど……でも、絶対できるようになってみせるよ!」
 と、俺が言っても、母親は全く信用していないようであった。
「いいじゃないか? 今までこんなにやる気になったこともないんだし、やらせてみれば」
 そんな俺に助け舟を出してくれたのが父親だ。
「でも、隣町だろ? 毎日走るには結構な距離があるが、大丈夫なのか?」
「それはもう! 俺、毎日野山で遊んでたから、走るのは得意なんだ」
「じゃ、頑張れよ。その代わり、簡単には諦めるんじゃないぞ?」
 そう父親に言われ、俺は大きく頷いた。明日から頑張ろう。

 と、意気込み翌日から押しかけてみたものの、師匠は弟子にかまってばかりで、俺には何も教えてくれないどころか、話しかけることすらしなかった。
 お金を払わないと教えない……というわけではない。後でわかったことだけれど『本当にやる気がある子供ならば、自分の舞を見て勝手に真似し始めるだろう』、ということだったらしい。もちろん、舞いそのものだけでなく、その準備段階の柔軟運動や瞑想だって、見て真似するような子供でなければ弟子にはしないようだ。
 ただ、その件に関しては問題がなかった。俺は言われるまでもなく、見様見真似で師匠の舞いを観察して、それに合わせて体を動かした。最初こそ体が固くてまともな動きも出来なかったが、師匠たちがやっている柔軟運動を毎日行っているうちに、少しくらいは様になってきただろうか……
 母親は、どうせすぐに飽きるだろうと思っていたようで、俺は好きにさせてもらっていた。しかし、俺はいつまでたっても飽きることはなく、一か月たっても二か月たっても、毎日のように通い詰めていた。
 いつか、自分のことを無視できないくらいに独学で踊れるようになってやる……と、無視されながらも意地になって踊りを真似する俺を見て、半年。ようやく師匠は俺に話しかけてきた。
「どうやらやる気があるようだし、そろそろちゃんとした動きを教えてあげよう」
「え、いいんですか!?」
 自主練はひたすら孤独で、もしかしたら大人になるまで弟子入りさせてはくれないのではないかと頭をよぎることもあった。そんな心配を抱えながらも師匠の舞いに少しでも近づこうと毎日必死で自主練していたのが評価されたらしい。
 それからというもの、生活は一変する。学校が終われば毎日師匠の家に行くのは変わらずだが、月謝の代わりに家の雑用を手伝わされるようになった。休日なんて朝から家の雑用を手伝わされたりもした。けれど、それをすれば指導のために時間を割いてくれるので文句はない。
 師匠が出かけるときは荷物持ち。買い物、食事の用意、家や舞台の掃除、様々なことをやらされ、元々一人遊びが好きな性分のおかげで少なかった学校の友達とはさらに疎遠になっていったが、そんなことも気にならないほどに夢中であった。

 しばらくして、俺は師匠に頭を撫でられた。
「君は筋がいいなぁ。格闘タイプだからかな、体が柔らかい。それに根性もある」
 師匠は香しい香りを漂わせながら俺を褒めてくれる。香りのせいか、照れのせいか、俺の顔がぽうっと温かくなった。
「ありがとうございます」
「ただ、一つ気になることがあるとすれば……君は周りのことが見えていないな。兄弟子たちも君と同じ夢と志を持っているんだからキチンと仲良くしないと」
「仲良く、ですか?」
 元から俺は、一つのことに熱中すると周りのことが気にならない気質だった。その気質のせいで、一人野山に繰り出しては植物や小動物の観察で時間を潰していたりもしていた。それが長年友達に恵まれなかった原因だというのは自覚している。
「と、言っても、何故、それが必要かわからないだろうね……君の顔はきょとんとしている」
 師匠の言うことは図星だった。確かに世の中にはパートナーを持ち上げたり、手をつないで踊るようなものもあるとは言うのだけれど、うちで学んでいるのはそういう舞いじゃない。じゃあなぜ、仲良くする必要があるのだろう?
「うーん、まず一つ目の理由だけれど、君は私にはなれない」
「……才能がないってことですか!?」
「違う違う。そもそも私はドレディア、君は成長すればコジョンドだぞ? 君の手からはひらひらとした体毛が伸びて、それを利用して優雅に舞い踊ることはできるだろう。あちらのラランテスは花吹雪を利用し、それはもう優雅に踊るだろう。けれどそれは私の代わりになりえない。
 君と私では骨格も、体毛も、タイプも、使える技も、何もかも違う。わかるだろう? 慰霊祭の舞い手は一子相伝。私と同じドレディアにしか教えられない。君達のように普通の弟子に教えられるのは、踊りの基礎だけ。
 基礎を身に着けた後、応用して色んな動作を学ぶことになるが……もちろん私も助言はするが、君の舞いは君自身が見つけなければいけないんだ。そして、君自身がどんな表現をするのか、それを見つける際に友達の力はとても役に立つ……と、言うことだ」
「あー……あー……」
 言われてみて、俺は自分の体をまじまじと見る。そういえば、言われるまでもなくそうだった。俺がどれだけうまく踊ったところで、花びらをだすことも出来なければ、良い香りを振りまくこともできない。
「もう一つの理由はだな。ライバルがいたほうが伸びるぞってことだ」
「は、はい……」
「ま、頑張れ。仲の良い友達がいて悪いことは無いぞ?」
 師匠から提案されたことは、俺にとってはそれはもう大変なことだった。友達を作れとか言われても、何を話しかければいいのかとかわからない。

 俺はその日のうちに早速友達を作ろうと動き出した。
「あ、あー……ねぇ。君って一体、趣味って何なの?」
 まず、兄弟子のラランテスと仲良くなってみようと思い、話しかけてみたものの、自分がなんて口下手なんだと気づかされた。
「え、ボードゲームとかカードゲームだけれど……学校のみんなで集まってやっているかな?」
 まともに話しかけてこなかった俺が藪から棒に変なことを訪ねるものだから、相手も少し引いてしまっているのが見て取れる。
「へ、へー……ボードゲーム? あー、あれか……俺もやっていいかな」
「なんだよ、気持ち悪いな……お前ボードゲーム知らないだろその感じじゃ」
 ばれた……知ったかぶるのは逆効果だったか。ダメだこれ……
「な、なぁ……休日とかって何やってるんだ!? 俺さ、友達になりたくって……」
 次はパチパチスタイルなオドリドリの姉弟子に話しかけてみる。
「今更? 休日なら、お花畑でお友達と一緒にティータイムを楽しんでいるけれど……みんなでお花畑を眺めながら、蜜入り紅茶を飲むの」
「へ、へー……俺も一緒に」
「いや無理。格闘タイプのがさつそうなオスなんて無理。女性だったら格闘タイプでもいいけれど」
 ……どうせガサツだよ。こんな感じで俺は、二人しかいない弟子に、見事友達になるのを断られるのであった。その後も、友達になろうと何とか話しかけようと思ったのだけれど、今まで師匠のことしか見ておらず、自分から積極的に話しかけることをしなかった結果だろう。仕方のないことだけれど、今更後悔してしまう。
 
 だけれど、そんな俺にも後輩が出来た。きっかけは俺が師匠を始めて見た建国を讃える祭りにて、師匠とともに踊る機会を貰ったこと。もちろん、主役は師匠で俺達はわき役だ。師匠が巨大な敵を倒す横で、俺達はその従者の動きを再現しているそうだ。
 まだ進化していない俺だけれど、鮮やかな布を手に持つことで、進化した際の鞭の様な体毛を疑似的に再現して舞い踊る光景を、学校の同級生を含む街の住民に見せた結果、一人のラビフットが感銘を受けたのだ。

「すっげーなお前! さっきの踊りすごかったぜ!」
「あ、うん、ありがとう……」
 舞いを終えて、控えの天幕を出たところで、真っ先に詰めよってきたのがその後輩のラビフットであった。俺より一歳年下だ。
「なんかすごい格好いいし、すごく優雅だし! すごく格好いい」
「あ、うん」
 俺より三年遅れて師匠の下に押しかけた彼は、語彙力がなかったが、それでも沢山褒めてくれるので悪い気はしなかった。彼は俺の後をつけて師匠の家に押しかけると、俺と同じように見学を許可され、しかし放っておかれたまま半年ほど。俺は黙って師匠の動きの真似をし続けたが、あいつはその逆。
 師匠は忙しいからとか待ってくれないと見るや、俺や先輩にいやというほど絡み、家の雑用も含めて強引に手伝いを始めた。そして、特に年齢の近い俺のことを頼りにして、それはもう色んなことを聞いて回り、師匠も彼を認めて直接指導をするようになり、いつの間にか俺よりもよっぽどうまく先輩たちと仲良くなっていった。
 羨ましい……というか、自分にはできないことを出来てしまうあいつに、なんというか憧れてしまった自分がいた。

 正式に弟子入りしてからというもの、彼はよく先輩と遊ぶようになったのだが、ある日のこと……
「なー、それならこいつも一緒に誘おうぜ!」
 と、言ってくれた。俺だけ仲間外れにするのはいけないと思ってくれたのだろう、俺も遊びに誘ってくれたのだ。可愛い後輩が、可愛くない後輩を誘ったおかげで、先輩たちはすごーく微妙な顔をしていたが、弟子たち全員でボードゲームをやったり、お花畑でピクニックをしたり。俺よりもはるかに上手く友達を作り、人付き合いが苦手な俺の友達になってくれた。そして、こいつを経由することで、ぎこちないながらも以前よりは先輩との仲もよくなり、師匠以外からもアドバイスを貰えるようになっていった。

 そうして、数年が経った。

 師匠の言葉通り、俺達の舞いは俺達で見つけなければいけない。師匠のバックダンサーとして正式に依頼されて華々しい舞台で踊ったこともあるが、コジョンドに進化して大人になり、親からも離れ独り立ちした今……踊りだけでは飯を食っていけなくなっていた。生まれた種族の違いというのもあるのだろうけれど、師匠のように見る者全てを魅了するような舞いは俺にはとても真似できなかった。
 進化に伴って伸びた腕の毛をひらひらと舞わせて、優雅だ、美しいと声が上がるものの、むしろ声を失う武舞を演じる師匠には全く届かない。
 エースバーンに進化したあいつもそうだ。燃える両脚を優雅に振り回して舞うことで場は盛り上がるが、それどまり。
 先輩も含めて、師匠以外は踊りだけで食べていけるほどの収入はなく、俺とエースバーンは師匠から独立した今、家賃を折半してルームシェア。
 そして、普段は……季節に合わせて果樹園や麦畑で働き、副業で酒場や市場、探検隊ギルドや見せ物小屋などを回ってその舞いを披露しておひねりを貰う、という生活をしていた。農園の仲間たちからも俺たち二人の踊りは好評だ。
 踊りだけで飯を食っていけないのは不本意ではあるものの、今の生活はまぁまぁ充実して、やりがいはある……皆の声援を聞いたり、舞いを終わった後の拍手を浴びる瞬間は非常に爽快……なんだけれど。やっぱり、どんなところにもマナーの悪い客というのはいるものだ。
 その日、俺はとても疲れた。朝から昼は炎天下で農作業。夜は探検隊ギルドの集会所で踊りを披露したのだ。しかし、疲れているのは暑さや、農作業と舞い手のダブルワークだけが原因ではない。夜の探検隊ギルドの妖しい雰囲気が原因である。

 探検隊は不思議のダンジョンに潜り、そこで生み出される様々な資材を持ち帰り、街へと供給する仕事である。不思議のダンジョンは入るたびに地形が変わり、正気を失ったポケモンたちが襲い掛かってくる場所で、探検隊は当然危険が伴うのだ。そういう仕事なので、探検隊は男性のほうが圧倒的に多い。
 しかも、その男たちは普段から鍛えているので精力旺盛。しかも、職業柄なのか同性愛者も多いのか、酒に酔った勢いも合わさって、それはもう酷い声が飛ぶ。武舞を終えた俺は、拍手とはやし立てる声に気を良くしていた。今日の客の反応も上々、おひねりも投げてもらえた。
 上機嫌で観客たちに頭を下げると……
「おう、そっちのコジョンドの兄ちゃんたちはいくら払えば抱かせてくれるんだい?」
 こんなヤジが飛んでくる。
「い、いやぁ……私そういうの興味ないので……」
 ストライクの男性に言われ、俺は肩をすくめて苦笑いをする。
「おれはエースバーンのほうが好みだな。温かそうだし! なぁ、仕事終わったばかりで金があるんだけれど、俺に抱かれない? 優しくするぜ」
「うーん、だーめ。俺はよく知らない人は抱かない主義なの」
 フローゼルに誘われたあいつは、こんな感じで俺よりも随分とスマートに断る。全く、この社交性の高さは本当に見習いたいものである。どうにも4人パーティーらしいその探検隊からこんな調子で何度もからかわれ、時には尻を触られたりもしたせいで、緊張と警戒心で気疲れしてしまったのだ。
 ……今日はたまたま、素行の悪い奴らが集まっていたようで。曲がったことが嫌いだという、屈強なゴロンダの女性が助けてくれなかったらどうなっていた事やら。

 そんなことがあって、今日は気疲れした。なんで男の俺が男に抱かれなきゃいけないんだ……日中、酒場で踊る仕事を終え、体も拭かず床に寝転がり、天井を見上げてため息をつく。
「まったく、さっきの酒場の探検隊、たまったもんじゃないな」
「『俺に抱かれないか』って? やー、酔った勢いって怖いよね」
 エースバーンに言われ、俺は頷く。
「それだよそれ。なんで男に抱かれなきゃならないんだって……寒気がするわ。夏だからちょうどいいのかもしれないけれどさー」
「俺は。男に抱かれること自体は構わないけれどねー」
 俺が愚痴ると、エースバーンは予想外のことを言う。
「ふーん……え?」
 エースバーンも俺と同じ気持ちかと思っていたが、どうやら違うらしい。思わず相槌を打ってしまったが、さらっと物凄いことを言われた気がする。
「俺は、好きな相手となら、男が相手でも抱いたり抱かれたりもしてみたいかな……って考えなんだけれど。やっぱり、君は違う……?」
 俺のことを熱い視線で見つめられる。これはつまりその、こいつは俺のことが好きで、それなら男同士でも、ということらしい。しばらくの沈黙の後、俺の手を握られる。思わず手を引こうとしてしまったけれど、強引に振り切ることはできず、手を握らせるがままに任せた
 物凄く緊張してしまう。どうすればいいのか。拒絶すればいいのか受け入れればいいのか。というか、こいつは抱くって言って具体的に何をするつもりなんだ?
 相手の思惑がわからず、俺は何もできない。例えば俺が女を抱くとするのなら、学校で習ったときのように……女性器へ男性器を……うん、要するにヴァギナにペニスを入れる……なんだけれど。
 エースバーンは俺とそういうことをしたいのだろうか……? どうなんだ? 愛情表現の仕方なんて種族によってすごくばらつきがある。だから、こいつが何を考えているのか、全く分からない。ええい、俺が踏み込むしかないのかよこれ、なんの罰ゲームだよ。
「それでさ、お前は具体的にどうしたいんだよ?」
 エースバーンに恐る恐る尋ねてみる。いまだに俺達は天井を見ているだけなので相手の表情はうかがい知れない。少しだけ俺の手を握る力が強くなる。
「えーと、気持ち悪くなければ、抱きしめたり、キスしたり……したいな。そこから先は、言葉よりも行動で示したほうがわかりやすいかも」
 ちゃんと全部言えよ! と、言ってやりたいけれど、口に出すのが恥ずかしいことってある。俺だって女性に対して『俺のチンコしゃぶれ』なんて、そんなセリフを言うのは厳しい。そう考えると恥ずかしがって口をつぐんでしまうのは仕方のないことなのかもしれないけれど……。
 少しずつ、這うように彼の手が俺の体に迫ってくる。男とハグしたことは何度もあったから、これ自体が気持ち悪いだなんて思うことはない。けれども、こんなゆっくり、長い時間をかけて抱きしめられるなんてことは今までにはないことなので。どこまで密着されるのだろうと思うと少し緊張する。
 恐る恐る近づいて来た手を振り払うことが出来ず、天井を見ていた俺に完全に覆いかぶさられる。こいつは炎タイプだから気にしていないかもしれないが、結構蒸し暑い。それにしても、すごい心臓の鼓動だ。普段の短いハグはせいぜい数秒、あっという間に終わってしまうし、こんな風に覆いかぶさられることもないから密着度合いも全然違うから気になって仕方がない。そして、鼓動を意識すると、この心臓の鼓動は正常ではない事が伝わってくる。初めて観客の前に踊ることになったとき、自分の心臓がこんな風になっていたことを思い出す。今のエースバーンも同じくらい緊張でおかしくなっているのだろう。
 そんな緊張している状態で抱きしめていても満たされないだろう。仕方ない、ここでエースバーンの心を傷つけたくない。俺は労わるようにとそっと抱きしめる。しばらくはエースバーンの心臓の鼓動が鳴りやむことはなかったが、ずっと緊張状態でいることも出来なかったのだろう、徐々に鼓動のリズムは落ち着いた。それにしても暑い……
 ずっとそうしていると、頬ずりを仕掛けられる。ぐいぐいとほほを押し付けられ、炎タイプ特有の高い体温がいつも以上に高まっているのを感じる。徐々にその頬は口元へと近づいていって、俺の息がエースバーンの真っ白な毛並みを揺らしている。
 そうして、何時しか、俺の吐息とこいつの吐息が交差する。されるのか? 口づけされるのか? 顔を背けるなら今しかないのだけれど、迷っているうちに口が重ねられる。喉が渇いているのだろう、少しねばついた唾液にまみれた舌を感じる。
 ……結局、キスまでされてしまった。男とこんな口づけをするなんていやだと思っていたのに、実際こうしてみると悪い気がしなかった。息苦しさから一度口を離してしまったものの、荒い息をついている顔をそれ以上背けることはできず、そっと頬に手を添えられ、逆らおうと思えば簡単に逆らえる力で真上をむくように誘導される。
 そうして真正面に向き合うと、不意に目が合ってしまう。あけ放たれた窓からの光しかない部屋は少し薄暗かったが、夜間の活動にも耐えられる俺の目はしっかりとこいつの視線をとらえる。不安で揺れた彼の表情は、俺との関係が崩れてしまうことを心配しているようにも見えた。
「ちょっと暑い……」
 ここまで来たらまだ続けさせてあげたかったが、やっぱりさすがに暑い。まったく、なんで真夏の昼間にこんなことをしなきゃいけないんだ。
「あ、ごめん……そうだよな」
 エースバーンは気まずそうに俺にのしかかるのをやめて、そのまま目を逸らしながら胡坐をかいて座っていた。その横顔をしばし見つめた後、俺は立ちあがる。
「俺は体拭いてくるよ……お前も早いところ寝ておけよ」
 そういうと、エースバーンはこちらを見ずに頷いた。あぁもう、気まずいなぁ。


 次の日は、逆にエースバーンはよそよそしくなった。昨日のことで調子に乗って気まずいとでも思っているのだろうか、自分から求めてきたくせに面倒くさい奴である。夜の畑仕事の最中はそのまま放っておいた。下手に何かして、農場で働く仲間たちに勘繰られたくはないからだ。
 が、代わりに家に帰ったときは、それはもうドアを閉めた瞬間に抱きしめ、強引に気口づけをした。
「ちょ、あ、あぁ……」
 口を離した時、どうもエースバーンは言葉が出てこなかったらしい。口元を抑え、目を白黒とさせている。
「お前、昨日あんなことをしたくせに、今日はビビッて全然話しかけてこないとか、極端すぎるんだよ。文句の一つでも言いたくなるわ、まったく」
 戸惑うエースバーンに文句を言ってやる。こいつがよそよそしくしてたら調子が来るって仕方がない。
「あぁ、ごめん……」
「わかったら、いつも通り話せよ。いつもは鬱陶しいくらいに仕事中も話しかけてくるくせに、全く話しかけても来ないで……」
 そう言ってやると、耳を垂らしてしゅんとする。
「わかった……これから気を付ける……」
「じゃ、これから家の中じゃ好きに抱き着いてこい。……暑くならない程度に」
「う、うん」
 俺の言葉にエースバーンは控えめに頷くと、そのまま軽く抱き着いてきた。
「……へへ。やっぱこれが好き」
 もう日が昇っているから十分に暑いんだけれど。もう、なんか機嫌がよさそうだしいいか……


 そんな調子で、季節は巡り秋になる。俺達は冬に備えて、収穫したオレンやラムの実をジャムにし、ドングリを粉にし、肉や魚は乾燥させたのちに燻製、内臓は塩漬け後に乾燥、野菜は塩やトウガラシにつけて発酵、もしくは氷タイプのポケモンから買い付けた巨大な氷と一緒に地下蔵に保管する。
 まぁ、エースバーンの相棒は、最悪その辺の草を食べてでも生き延びられるし、いざとなれば自分のうんこだって喰えるやつだ。そしてそもそも肉は食べない。そのため、保存食はほとんどは自分用なので、手伝ってくれた彼には感謝しかない。
「あー……もうすぐ冬かぁ」
 言いながら、俺は特に意味もなくエースバーンに抱き着かれる。
「冬ならどれだけ抱き着いてもいいよね? 特に今日はなんか寒いし」
「抱き着いたままニトロチャージしなければ構わないよ」
 すっかりと涼しくなったから、抱き着かれても不満はないし、むしろ最近は自分も嬉しい気分になってくる。もちろん、抱きしめられるだけじゃなくキスも当たり前のようにセットで、そのうえどんどん大胆になってきたこいつは、口づけの際に舌まで入れるようになっていた。最初は、男が相手なんて気持ち悪いと思ってしまっていたけれど、慣れてくるとむしろ、自分も心のどこかでこいつの口づけを待つようになった。
 気になるのが下半身だ。抱き着かれ、口づけをしているうちにエースバーンの下半身は元気になっていく。それを押し付けられたときはさすがに引いてしまいそうになったが、拒絶しないで抱き着かれるに任せていたら、今度は自分の下半身も一緒に元気になるようになってしまう。
 どんどん流されて、今に至ってはもうギンギンに張り詰めるようになっていた。『俺は男相手に何を考えているんだ』……と、理性が叫んでいるが、心がそれに同意しなかった。それにしても今日はとりわけ口づけがしつこかった。お互いの唾液を完全に混ざり合わせるまで、辞めないつもりなのだろうかと思うほど。無言でここまで口づけの時間を取るのは初めてだった。
 鼻で息をしながら身を任せていると、ようやく口を離し、抱擁も終わる。抱擁は終わったのだが、なぜか肩を掴まれてじっと目を見つめられている。なんだこれ、今までこんなことしたことあったっけ?
「ねぇ、寝っ転がってもらっていい?」
「え、いいけれど……お前、何するつもり?」
 真剣な目で見つめられて言うものだから、なんだかこっちも身構えてしまう。
「いや、お前が気持ちよくなった時、一体どんな顔をするのかなーって……興味があって……だから、その……」
 いつになくもじもじしている様子のエースバーン。何を言われるのか想像もできなかった。
「えーと、フェラチオって知ってるか?」
「いやまぁ、知っているけれど……ペニス咥えて気持ちよくするやつだろ?」
「そう、それ……して、いい?」
「いや、汚くない……?」
 と、言ってはみたものの、それくらいは織り込み済みだろう。女性にやって貰いたいと思ったことはあったが、男に先を越されるとは……もう口づけをさんざん経験してきた俺が、そんなことをいちいち気にすることでもないのかもしれないが。
「いや、わかった……ちょっと洗ってくるよ」
 さすがに、洗っていないものを差し出すわけにもいかないと、俺は汲んでおいた水で下半身を洗う。こいつ、一体どこまで踏み込む気なのだろうと思いながら。その間、エースバーンはおとなしく待っていたようだ。特別な日でもなんでもないのに、こんなことになるとは思わなかった。
 藁を敷いたベッドの上に腰かけ、股を開いて見ると、緊張した面持ちでエースバーンが俺の股間を見つめる。もう相手が男だとかそんなのはどこかに行ってしまって、こいつに気持ちよくしてもらえるという期待から、すでにペニスは張り詰めてしまっている。
「じゃ、いくよ」
「おう……」
 お互いかける言葉も見つからないままそれは始まった。炎タイプ特有の高い体温に包まれ、ペニスが熱を帯びる。小さな舌にまぶされた唾液がぬるぬるしていて変な感じだ。ちょっと刺激が少ないけれど、しきりに口を離しながらこちらの様子を伺う様子が可愛らしい。
「痛くない?」
「いや、大丈夫……気持ちいいよ」
 ちょっとじれったいけれど、自分の手よりもずっと温かいこいつの体温や、小さくて柔らかい手、そしてぬるぬるの唾液と、気持ちよくなる要素はそろっている。自分の手も腰も動かすことなく得られる快感というのはなかなか新鮮だ。それにしても、こいつの舌遣いはなかなか悪くない。
 唇を使って締め付けたり、舌で撫でたり、吸うように、絞るように、締め付けるように、撫でるように、可愛らしいお手手と合わせて様々な動きで刺激を与えてくるから、どんなふうに身構えていればいいのかもわからない。
「あ、もう出ちゃう……」
 思わず情けない声が出た。なかなか上手くて、もう耐えられそうにない。警告はしたが、エースバーンは手も口も離すことなく、俺の射精を全て口で受け止めてしまった……腰が浮き上がり、体が思わる丸まってしまう。どくどくと痙攣するペニスの根元からほとばしる快感を堪能していると、出来る限りの上目遣いで俺を見ているエースバーンと目が合った。
「へぇ、そんな顔するんだぁ」
 もう口の中には俺の精液はなくて、全て飲み干したことがわかる。
「アホ面って言いたいのか?」
「気そんなことないよ、可愛い……それで、気持ちよかった?」
 可愛い……可愛いのか? 俺がイッたときの顔。
「あ、あぁ……気持ちよかったっていうか、上手いな。いや、俺もこんなことされたのは初めてだから、下手な奴がどれくらいなもんか知らないけれど」
「えー……聞きかじったのを初めて試しただけなのに、上手くいったんだぁ……じゃあ、今度はもっと工夫してさらに上手になれるかなぁ……?」
 エースバーンは褒められてうれしいのか、耳を赤くして静かにやる気をたぎらせているようだ。
「あ、あと……無理にとは言わないけれど、いつか俺のも、やってほしいな……なんて」
 熱っぽい視線を向けながらエースバーンは言う。そんな目をされると断れなくなってしまうじゃないか……ちくしょうめ。

 とはいえ、決心するのにがそれなりの時間が必要で、実際にこいつの要望に応えることが出来たのは、雪の降る日であった。一面が雪に覆われて外に出ることもままならず、家でできる仕事も終わってしまい、暇で暇で仕方がなかったこともあり、勇気を出してエースバーンの要望に応えたのだ。
 唾液を口の中にため、ほのかに草の匂いがする彼の毛皮に顔をうずめる形でペニスを口に含む。草の匂いがするのはもちろんだが、そのほかにも鼻をつくような刺激臭。あまり長く嗅いでいたい匂いではない。エースバーンに頭を抑えられて少し肩がこわばってしまったが、強く押さえつけられるようなことはしなかった。どうも、ギリギリのところで理性を保っているらしく、堪えきれない衝動が地面を叩くダンピングとなって表れているのが可愛らしいような、当事者としては怖いような。
 早めに終わらせてしまおうと、口の力、舌の力、そして手の動きを激しくしてみると、甘い声を漏らしながらすぐに射精してしまった。すぐさま顔を上げてエースバーンの顔を見ると、口をぽかんと開けた情けない顔をしている。目もとろけていて、こわばっていた全身からは力が抜け、それはそれは気持ちよかったと、全身が語っているようだ。
 俺は口の中に溜まったそれを雪の上に吐き出し、綺麗な雪で口の中をすすいだ……ううむ、やっぱり好きな味じゃない。なんでこいつはこんなものを飲み込めるんだ……?
「へへ……こんなに気持ちいいんだなぁ……ありがとう」
 でも、こいつの笑顔を見ていると何でも許したくなってしまう。そのまま抱きしめられ、押し倒され、今度は自分が同じことをされる。強引だったけれど、されていやなことではなくて、身を任せているとあっという間に射精させられる。最初からうまかったこいつだが、近頃はさらに的確になってきて、とても耐えきるなんて出来ないくらいだ。
 俺と違って、匂いや味を嫌がることもなく笑顔を見せるのがまた、いとおしさを加速させる。なんというか、武舞に見惚れたというだけで、友達もいなかった俺にどうしてここまで懐いてくれだなんて、縁というものは不思議である。


 そうして、春。冬の雪が解けると、雪に閉ざされた交易路が復活する。小さいながら探検隊ギルドのある町なので、多くの訪れる、客商売には稼ぎ時の季節である。畑仕事の忙しさも最盛期を迎えてしまうので、仕事を終えるころには疲労困憊だが、それでも俺達はこの稼ぎ時を逃したりはしない。
 この時期は普段は別の店として営業しているところまで、宿屋を自称することもある。と、言っても雨風が防げるところで寝られるだけで、硬い木ので床に寝かせる抱けというのが大半だが。そんな客が集まる季節ということもあって、街の広場は特にお祝い事があるわけではなくともお祭り騒ぎである。客が客を呼ぶ、という状況でもあるため、師匠はもちろんのこと多くのパフォーマーが広場に集まる。
 その日は早朝から行われる畑仕事を休ませてもらい、朝から何度かリハーサルをして、満を持して広場で舞いを踊った。町の産業にも関わる大舞台ということもあって、今回は気合を入れて音楽や演出を何度も話し合って、最高の演技を成功させた。俺達は、カポエラー達が戯れに行う武舞の一種で、互いに激しい攻撃を行いつつも、お互いの体にヒットさせることなく一進一退の攻防を行う。舞いと武術の型の中間のような演技に、歌と音楽、そして派手な演出を合わせたのである。
 全体多岐な流れはダークライとクレセリアの戦いをモチーフにしたもので、俺とチルタリスの歌声がクレセリア。エースバーンとゲンガーの歌声がダークライを表している。心を閉ざしたダークライに、クレセリアが拳で語り合って心を開かせるという内容で、俺は女性っぽい顔立ちをさらに女性的に見せるよう念入りに化粧をさせられ、女性向けのメロメロに似た香りの香水を振りまかれて演技に臨まされる。当然、エースバーンはダークライをモチーフにしたダウナーな感じのメイクをさせられ、普段とは違う雰囲気で踊らされることになる。
 ゾロアークの演出、チルタリスとゲンガーの歌声、そしてコロトックの演奏、ドーブルの化粧、すべての要素が絡み合って、客からの評価は上々だ。久々に顔を合わせた師匠からも、立派なものだと褒められた。

 踊り、演奏、歌、演出、化粧……全てが主役の演技であったが、そのうちの一人。演出担当のゾロアークが俺達の関係を変えるきっかけになるのであった。
 彼は学校時代から、エースバーン経由で知り合った友達だ。自身の特性であるイリュージョンを利用し、昔からパーティーの出し物をしたり、実家の店でパフォーマンスをしたりなど、一流の幻影の使い手だ。
 実家の定食屋だけでその才能を潰すのはもったいないからと、何度も頼み込んでなってチームを組んだのだ。

 そんなゾロアークだが、戦闘中の様に動きが激しい状況ですら本物と見まがうような幻影を作り出す種族である。つまるところ、彼らは観察力がとても優れている種族である。そのせいなのだろう、俺達がただの男友達ではなく、恋人のような関係だというのが、いつの間にかバレてしまったのだ。
 その結果がこれだった。
「なぁ、あのさ……お前と一緒に、アナルセックスってのやってみたい」
 エースバーンが言う。ゾロアークのやつに余計なことを吹き込まれたエースバーンは、雪解けもとうに過ぎ、春の陽気に性欲を刺激されたのも相まって、そんなことを言い出した。いらんことを吹き込みやがって……どうにもゾロアークは同級生のミミロップの男と一緒に生活しているらしい。同じ、同性愛者という共通点があるからこそ、俺達の関係がわかったのだろう。彼は俺達が聞いてもいないのに性生活を赤裸々に話しており、エースバーンはそれに感化されてしまったのだろう。
「どっちで?」
 思わす俺はエースバーンに訪ねる。多分、どっちもやらされることになるんだろうけれど、俺の尻はうんこを出す以外に使ったことがない。そんなもんをいきなり開発しろと言われても、ちょっとばかしきついものがあると思うのだ。
「出来ればどっちも、なんだけれど」
 案の定だった。
「えっと……タチだっけ? 俺は入れるほうなら、出来なくもないと思うけれど……お前ウケ、出来るの?」
 もうどうにでもなれ。困惑しながらも、エースバーンの底なしの性欲を甘やかしてきた自分にも責任があるので、その責任を取るっきゃないようだ。
「でも、いきなりその、ウケなんてやって大丈夫なのか? ちゃんと慣らしてるか?」
「そりゃもう、今すぐがっついてこられても大丈夫なくらいに……」
「がっつかねーよ! お前の性欲を基準にしないでくれ」
 全く、呆れる奴だ。エースバーンは性欲が強い種族だと聞いてはいたが、ここまで色狂いだとは思わなんだ。
 エースバーンのやりたいことは分かったのだけれど、俺は具体的なやり方を教わったわけではない。どうすればいいんだとやりたいようにやらせてみる。
「えっと、じゃあ……準備するね」
 恥じらいを見せながらそう言って、エースバーンはごろりと寝転がる。傍らにはどこで買ってきたのやら、海藻を煮詰めて作ったぬるぬるの粘液を自分の肛門周りに塗り付ける。寝転がっている上に、M字に開脚をしていることもあり、すでに興奮していたペニスが丸見えだ。小さくて可愛いそれはエースバーンの動きに合わせてヒクヒクと動き、睾丸もまたゆっくりと動いてなんだか扇情的だ。本来は排せつのためにしか使わないはずのそれを、小さな指で押し広げ、揉み解し、受け入れる準備を着々と整えていく。
 自分でやっているだけだというのに、甘い吐息なんて漏らしたりして、これで女だったらなぁ……と思わないでもないほど色っぽい。ずっと見守っていると、段々と女じゃないところとか、本来は性交に使うべきではない場所だとか、そんなことが気にならなくなってくる。
 可愛くて、それでいてセックスにノリノリな者が目の前にいれば、実際は性別なんて関係ないのかもしれない。ムラムラとして、触れてもいないペニスが立ち上がっていくのを感じる。抱きたい、撫でたい、口づけをしたい、そんな欲求が沸き上がり、待っているのが辛くなってくる。
 待ちきれず、俺はエースバーンの手の動きの邪魔にならないよう、彼にそっと腕を添えて口づけをする。エースバーンは積極的に舌を絡め、草の匂いと肉の匂いがする互いの唾液が混ざっていく。俺の鋭い牙と、こいつのごつごつした歯、お互いのそれらを舌が撫ぜあい、二人の意識もとろけていくようだ。
「もう、大丈夫かな……」
 不意に口を離したエースバーンが、がそう言って四つん這いになり、こっちを覗く。どうやら穴を解すのは終わったようだ。
「ねぇ、そっちは大丈夫?」
「あぁ、問題ないけれど……」
「なら、欲しいな……」
 潤んだ眼で訴えられると、俺は頷きながら屈み、エースバーンに覆いかぶさる。やはりまだ少しだけ汚いという嫌悪感はあったが、勇気を出し彼の肛門にペニスを突き入れた。海藻のぬるぬるのおかげだろうか、非常に滑らかに中まで入り込んでしまった。それにしても、何とも言えない気持ちよさがある。
 あらゆる方向からペニスが締め付けられ、排泄するように動く直腸の動きは、自分が動かないでも気持ちよくなる。何より体温が高いおかげもあってか、こちらのペニスの血行もよくなり感覚も鋭敏にしてくれる。
 エースバーンの体を気遣いながら少しずつ体を動かしてみる。
「もっと激しくしても大丈夫……」
 痛がるかもしれないという心配をよそに、声だけでエースバーンが求めてくる。もう、性別にこだわるのは止めた。快感に促されるまま、熱に促されるまま。疼く腰が突き動かされるままに。瞬間、頭が真っ白になるような快感とともに、遠慮なくエースバーンの中に射精する。びくびくとペニスが跳ねあがり、自然と体がエースバーンの体に密着した。
 射精する間、絶対に相手を逃がさないようにするための体勢を取り、数秒の快感が終わって冷静になる。
「どうだった?」
 結局、相手のことを気遣う余裕もなくこっちだけ勝手に気持ちよくなってしまったが、これ相手はどうなのだろう?
「うん……良かったけれど、ちょっと物足りないかな……次はじっくり……出来るといいな」
 少しばかりとろけた視線をこちらに向けてエースバーンは言う。そんなにいいのか……?
「んー……ありがとー」
 今ので満足できてしまったのだろうか、エースバーンは俺に抱き着き、頬をこすり合わせて甘えてきた。どこまでかわいいんだこいつ……けれど、まずは体とか手を洗いたいから、一度冷静になってもらいたいのだが。


 その日から、当たり前のようにアナルセックスを求めてくるようになった。その際のエースバーンの表情がこれまた満足そうだ。そして、『こんなに気持ちいいのにやらないなんて損だよー』と、俺に進めてくる。良いことは分け合いたい、一緒に気持ちよくなりたい。そんなあいつの気持ちはありがたいのだが、本当に気持ちがいいものかと疑心暗鬼だ。
 ともあれ、あいつはウケをやるときものすごく気持ちよさそうだし、あそこまで勧めてくる以上は本気なのだろう。そこまで勧められると、ふつふつと湧き上がる好奇心がだんだんと抑えきることが出来なくなり、俺も少しずつ拡張というものをやるようになっていった。最初は指一本ですらひいひい言いながらの苦行だった。
 そもそも自分の手は長い体毛に覆われているため、きちんと縛っておかないとそれが汚れて仕方がない。腕の毛は闘いや踊りに役立てているとはいえ、それ以外の日常生活では不便だと思っていたが、今回ばかりは本当に嫌になった。
 ともあれ、二週間ほど続けてどうにかあいつのペニスならば十分に受け入れられるだろう、というくらいには拡張も済んだ。
「なー、今日は出来るか?」
 今日は、寝る前の柔軟運動に付き合っている時間に、いやに密着してきたと思ったらエースバーンがいやらしく俺に抱き着いてくる。季節もそろそろ夏に差し掛かろうかという季節、これから先はもう暑くてセックスなんてしてられない季節になる(炎タイプのこいつは別だろうが)ので、始めるならあと数日が限度だろう。勇気を出して……
「なぁ、今日は俺がウケをやってみていいか?」
「いいの!?」
「そこまで喜ぶこたねえだろ……もちろんだよ、いいよ」
 今まで散々請われていたとはいえ、言い出したのは自分からだ。今更おじけづいたりなんてしない。それで、一応穴のほうはほぐしてあるし、中身も出来る限り洗い出しているけれど、だからと言ってまだ気分が乗っているわけじゃない。気分を乗せるために、二人で長めのハグをして、口づけをして、背中を撫でながら尻まで触り、尻尾の付け根を揉んでみたり、各々相手の体を触りあって、少しずつ興奮を高めていく。
 すでにエースバーンのペニスはガチガチに硬くなっているが、もう少し鍛え上げるためにと、一度押し倒して天を仰がせたまま、唾液をたっぷりとまぶした舌で舐めてやる。射精させるためじゃない、その気にさせるための生殺しの刺激だから、性欲の強いこいつにはたまらないだろう。体中が疼いてたまらない風だ。
 ここまで気分を盛り上げてやれば、あとは俺が四つん這いになって誘ってやれば、もう本能の赴くままにエースバーンは動く。血走った眼、期待に満ちた笑顔。だけれど、欲望に身を任せてしまいそうなのを堪えながら、ゆっくりとした動きで俺の体を労わり、挿入してくれる。
「大丈夫? 痛くない?」
「うん、大丈夫」
 これで、すぐに気持ちよくなるだろう。そんな風に考えたのだが……エースバーンが腰を振り乱しても、少しも気持ちよくならない。というか、擦れて痛いとか、入り口が裂けそうで痛いとか、そういう痛みはないのだけれど、腹の中が圧迫されて痛い。普段は内臓なんて触れられるわけもないので意識したこともなかったけれど、内臓を直接突かれると、頼りない肉の棒ですらじんわりと重い痛みが走ってくる。
 耐えられないほどではないし、きっと傷が残ったり後を引くような痛みではないのだろうけれど、快感がどうとかじゃなく、シンプルに深いな痛みだ……
「どう……?」
「ん……大丈夫……じゃなくて、気持ちいいよ」
 けれど、エースバーンに痛いだなんて言い出せなくて、俺は嘘をついてしまった。どうしよう、気持ち良いとか、感じられない。こいつに抱かれ、体が満たされているこの瞬間は気分の上では幸せなんだけれど、正直動かないでほしい。そっとしておいてほしい……。
「んあ……うん……」
 声が漏れるけれど、これは気持ちよく出だしている声じゃない。
「あ、もう出る……」
 エースバーンが限界を告げる。少し遅れて、彼は俺の中で射精した。炎タイプ特有の熱い粘液が中に放たれ、その感触を体内で感じる。びくびくと脈動するペニスの動き、温かい精液。エースバーンの満足そうなため息がとてもいとおしいのだけれど、正直終わってホッとしてしまった自分がいる……これ、もうあんまりやりたくないんだけれど……
「あぁ……すごく気持ちよかったよ?」
「そうか? 良かった……俺もだよ……」
 エースバーンがあまりにも満足そうだったので、俺はまたうそをついてしまった。
 ……これ、いつか慣れるのかな? いつかは気持ちよくなるのかな? それまで、この微妙に耐えられなくもない程度の苦痛に耐えなきゃいかんのだろうか……うーん……それともいっそ、打ち明けたほうがいいのだろうか? 俺は悩ましかった。

つづく

お名前:
  • 前日談とっても良かったです。エースバンが振り回して、コジョンドが巻き込まれて染まっていく…。
    本編で語られてたエースバンの人物像を膨らませて楽しませてくれるとっても良い作品でした。
    今後の関係性が後日談で語られるのを楽しみにしてます。
    (また、前日談や本編で二人に入れ知恵を与えていたゾロアークも気になりました。何かしたらのお話で出てくれると嬉しいです。) --

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Last-modified: 2022-04-29 (金) 02:01:35
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