※ポケモンドリームワールドを元にした小説です。使ったことのない方には分かりにくい表現があるかもしれません。
writer――――カゲフミ
私が目を開けると、小さな島がそこにあった。唯一の建物である家もかなり小さくて、周りに生えている数本の木に寄り添うようにして立っている。
家の屋根は青々とした草木が茂る島の中ではひときわ目立つ赤。後は小さな畑と、大きな水溜りと表現した方が適切なくらいの小ぢんまりとした池。
風がさわさわと木々を撫でる音も、足元のひんやりとした地面の感覚も。全て起きているときのものと何ら変わりがない。夢の中なのにこんなに意識がはっきりしている。
私のトレーナーのトウヤが言うには、この現象はポケモンの夢と現実を繋げるシステム、ゲームシンクというもので成り立っているとかなんとか。
ポケモンセンターのボックスに預けたポケモンをゲームシンクに連れて行き、眠らせると夢の中でこの島、ホームと呼ぶらしい――――に来ることができるんだったっけ。
どういった仕組みでそうなるのかはトウヤ自身もあんまり分かってないみたい。ポケモン達が楽しめるのならそれでいいや、という彼らしい楽観的な考え方。
もちろん私もそれに賛成。夢の中に行けるっていう不思議な仕組みをじっくり考えるのはそれを作った人たちがやればいいもんね。
最初は自分の身に何が起こっているのか分からずに、戸惑いもしたけれど。慣れてくれば、夢の中での生活もなかなか楽しくて。
家の中に家具を置いて模様替えをしたり、畑に水をやって木の実を育てたりと、狭いながらにも意外と出来ることはあったりする。
家具は本棚や机、ベッドやマットなど様々で木の実の個数に応じて交換できるみたい。ついこの間机を注文したばかりで、木の実はあんまり残ってない。
模様替えは今日はいいや。まずは畑で水やりをしよう。今のところ、植えた木の実は芽が出たばかり。収穫できるのは少し先になりそうだ。
早く大きくなってね、と願いを込めつつ私は両手で抱えるようにじょうろを持って、畑の土になみなみと水を注いでいく。私の短い手だと、ちょっと持ちにくいけど仕方ない。
そういえば、クルミルみたいに小さくて手のないポケモンはどうやって水やりしているのかなあ。じょうろに潰されちゃいそうだけど。口にくわえて頑張っているのだろうか。
まあ、ここは夢の世界だし。細かいことを考えても仕方ないか。ひょっとしたら私もびっくりするような方法でじょうろを上手く使って水やりしてたりするのかも。
さて、水やりし終わったらお待ちかねの訪問の時間だ。ここではトレーナー同士で交流のある相手の島へ遊びに行くことができる。これが一番楽しみだったんだよね。
私はポケモン交換で今のトレーナー、トウヤの所に来た。交換されるのは初めてで、顔を合わせるのは私の知らないポケモンばかりでどきどきしていたけど。
みんな私が別のトレーナーの手持ちだったことなんて気にしないで、快く迎えてくれて。私がみんなのことや、もちろんトウヤのことも好きになるのにそんなに時間はかからなかった。
けれども私の前のトレーナー、トウコの所で仲の良かったポケモンもいたのだ。交換されて主人が変われば以前の顔ぶれと会う機会が減ってしまうのは当然のこと。
イッシュ地方は広い。いくらトレーナー同士が友達だと言っても、約束もなしにすぐに会うことは難しいだろう。
ただ、夢の世界でなら。ゲームシンクを通すことで前のメンバーと会うことができる。もちろん、それには私と同じタイミングで相手が眠っていてくれなければいけない。
確実ではないにしても会えるチャンスはある。前に尋ねてみた時に、久々にエルフーンと会えたときは本当に嬉しかったなあ。
今日もいてくれたらいいな、なんて思いながら。私は島の縁まで歩いていく。末端は崖のようになっていて、見下ろすと雲がふわふわと漂っていて綺麗だ。
下はずうっと空の青が広がっていてずっと眺めていると吸いこまれてしまいそう。落ちたらどこに行っちゃうのかな。
気になりはしたものの、いくら夢の中だからといってここから飛び降りてみる勇気は私にはなかった。意識が明瞭な分、本当に戻ってこれなくなりそうで怖い。
島の縁で足を止め、私は目を閉じる。友達のエルフーンのことを思い浮かべながら。行き先は、トウコのポケモンがいる島。
瞬間、私の足元に七色の虹が浮かび上がり、目の前の空へと向かってまっすぐに伸びていく。これが島と島とをつなぐ橋。
木で作られた普通の橋じゃなくて、虹っていうのも何だかロマンがある。虹の上を渡って移動、なんて夢の中じゃないと出来ないことだもんね。
初めて渡ったときは落ちてしまわないか心配で。一歩また一歩と忍び足のように歩いたけど。もう大丈夫だって分かってる。
それよりも、懐かしい顔ぶれに会えるかもしれないと思うとわくわくして。のんびりしてなんていられない。私の足取りは軽く、すぐにトウコのホームへと辿りついた。
◇
外観は私の所とほとんど変わらない。ホームはどこでも似たような造形になっているらしい。違うところと言えば畑の広さと植えられている木の実くらいか。
何度も夢の中に訪れていれば畑も広くなっていくんだったっけ。確かトウコはトウヤよりもゲームシンクを始めたのが早かったはず。畑の違いはその差なのだろう。
今日は誰がいるのかな。私の知っているメンバーがいてくれると嬉しいんだけど。家の扉を軽くノックしてみたけど返事はなかった。もしかして、誰もいないのかなあ。
でもせっかく来たんだし、入るだけ入ってみるか。現実世界だったら良くないことだけど、ここは夢の世界だし。ちょっと家の中を見ておくだけ。私はそっとドアを開けて家の中に入る。
「え……」
瞬間、言葉を失った。誰もいなかったわけじゃない。部屋の中央には私が見たこともない青い物体がふわふわと浮かんでいたのだ。
部屋の壁や床は私の体毛と良く似た茶色やベージュを基とした色合いが多い。だからこそ余計にこのふわふわの青色が際立って見える。
何なのだろう、これは。床から少し浮いていることを差し引いてもかなり大きかった。二メートルはゆうにありそう。ひょっとして新しく届いたインテリアだったりするのかな。
それにしては部屋の雰囲気に合ってないなあと、丁度私が考えていたところに。ふわふわがくるり、と振りかえったのだ。
うそ、動いた。突然の出来事に私は開いた口が塞がらない。青い球体に白い輪のような物を通した感じか。その輪がふわふわの前面から背面までぐるりと一周している。
球体の下部からはひらひらと布のようなものが伸びていた。ふわふわの上の方には冠のような白い突起があって、その下の赤い二つの光が私を捕えている。これは……目、なの。
どうしてかは分からない。分からないけど、あの不気味なふわふわと一緒に居るのが何だかとても怖くなって。私は思わず部屋を飛び出してしまっていた。
小屋のすぐ傍に生えていた木の幹に手を当てて、深呼吸する。まだ心臓がどきどきしてる。初めてトウヤの手持ちの前で自己紹介したときでさえ、こんなに緊張したことはなかったのに。
何だったんだろう。私が見たことのないポケモンだった。イッシュ地方にはポケモンがたくさんいる、私の知らないポケモンがいたって別に不思議じゃないけど。
置きものか何かだと思っていたふわふわにいきなり動かれて、じっと見つめられて。そこから来るインパクトが強すぎた。
咄嗟に逃げるように小屋を出ちゃったけど、気を悪くされちゃったかなあ。心の準備をしてからもう一度小屋に入って、さっきのことを謝ろう。
さすがにこのまま帰ったんじゃ失礼なことこの上ないしね。気を取り直して再び行こうと、私が振りかえったところにさっきのポケモンがいて。
「きゃっ……!」
私は悲鳴を上げてしまっていた。近づいてくる足音も気配も感じなかったのに、いつの間に。ああ、浮いてるから足音はしないのか。
青いふわふわは赤い瞳でじっと私を見つめている。それだけなのにすごい迫力。
引きつった表情でその瞳を見上げたまま、私は動くことが出来ずにいた。あ、あの、私に何か用かな。さっきのこと、もしかして怒ってる……?
「ええと、これを。家の中に落ちてたから」
そう言ってひらひらした二本の手、だろうか。そのうちの一本を私の方に差し出してきた。手の中には白く輝く小さな石が握られている。
これは、あ、ノーマルジュエル。私が持っていたやつだ。さっき慌てて部屋を飛び出したはずみで落としちゃったのか。じゃああなたは、これを届けるために。
「驚かせてすまない。君のだろう?」
「あ、どうも……ありがとう」
私はぎこちなく答えると、彼の手からノーマルジュエルを受け取った。割と爽やかな感じの雄の声だ。
少しだけ響いている感じがする。貫禄があるからもっと野太い声を想像していたんだけど、ちょっと意外だった。
って、感心してる場合じゃないよ。勝手に驚いて先に逃げ出したのは私の方なんだから、謝らないと。
「あの、私の方こそごめんなさい。いきなり部屋を飛びだしたりして。びっくりしちゃって……」
「ふふ。それなら気にしてないよ。僕はゴーストポケモンだからね」
むしろ、ちょっと相手が驚いてくれるくらいの方がいい、と彼は体を軽く上下に揺らして朗らかに笑った。ああ、こんな風に笑うんだ。
口はどこにあるのか分からなかったけど、細められた目はとても穏やかで。どうやら悪いポケモンではなさそうだ。
なるほど、確かにふわふわと宙を漂っている感じはゴーストポケモンだと言われれば納得がいきそうな気がする。
考えてみればうちのメンバーにゴーストタイプのポケモンはいなかったから、こうやってちゃんと接するのは彼が初めてになるのか。
「私ね、以前はあなたのトレーナーのトウコの手持ちに居たの。だから今日は、前のメンバーがいないかなって見に来たんだ」
「ああそうか、じゃあ君が話に聞いてたオオタチかな?」
「えっ?」
「僕は割と最近トウコの手持ちに入ったんだけど、エルフーンが教えてくれたんだ。トレーナーは違うけど、自分の友達にオオタチがいるんだよって」
そっか。そういうことか。初対面の彼が何で私のことを知ってるんだろうって思ったけど。まさかエルフーンの名前が出てくるとは。
でも、そんな風に私のことを話してくれてたなんて。ちょっと嬉しいな。離れていても、エルフーンはずっと私の友達だよ。
彼の一言が、私を随分と温かい気持ちにさせてくれた。ありがとう――――あ、まだ名前を聞いてないんだったっけ。
「おっと、自己紹介がまだだったね。僕はブルンゲル。よろしく頼むよ、オオタチ」
そんな私の心境を悟ったのか、彼は少々慌てたように自分の名を告げる。そして、そっと私の方へ手を差し出してきた。
私のとは形も大きさも全然違っている彼の手。だけどその手に親しみが込められているのなら、見た目の差なんて大したことじゃない。
「私の方こそよろしくね、ブルンゲル」
短い私の手だ。握手、と言うにはちょっと不格好かもしれないけれど。精一杯手を伸ばして、私はブルンゲルのひらひらした手に触れた。
私のように毛のふさふさした手触りはもちろんなく、すべすべしていてほんのりと冷たいブルンゲルの手。これは、新たな友達としての第一歩、かな。
屈託のない笑顔の私に安心したのか、彼は満足そうに頷くとすっと手を引っ込めた。そして、島をぐるりと見まわしながら私に尋ねてくる。
「そういえば、君は夢の中に何度も来てるのかい?」
「ええ、そうだけど。どうして?」
「ここに来るの、僕は今日が初めてでね。トウコから軽く説明は聞いたんだけど、どうも勝手が分からなくてさ。良ければ、詳しく教えてくれないかな?」
そういうことね。それなら、私が家の扉をノックした時に返事がなかったのもしょうがないか。目を開けたらいきなりこの島じゃあ、どうすればいいのか分からないもんね。
私だって最初は何をやるにも恐る恐ると言った感じで。そうやっていろいろ試していくうちに慣れてきたんだし。
だけど、わざわざ口で説明するよりも実際に体感してもらった方が早いか。見たところ、まだ畑には水をやってないみたい。まずはそこからね。
「いいよ。でも、細かく説明するよりも、体験してもらった方が早いと思う。ついてきて、ブルンゲル」
一緒に畑の木の実に水をあげに行きましょう、という私の提案に彼は快く応じてくれた。
今日はエルフーンとは会えなかったけど、それとは別に得られたものがあった。きっと、言葉では言い尽くせない大切なもの。そうだよね、エルフーン。
虹の架け橋を渡っていたときと同じくらい、あるいはそれ以上に。軽快な足取りで私は彼と共に畑へと向かったのだった。
END
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