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午前零時の鐘

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大会は終了しました。このプラグインは外してくださって構いません。
ご参加ありがとうございました。

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注意書き
・人間とポケモンが翻訳機で普通に会話します。


午前零時の鐘


山嶺 


 決して溶けることのない真っ白な雪を被り、その東西を分ける巨大な山脈。
滅多に人の訪れる事のない白銀の世界の麓。
ひっそりと大きな洋館がひとつ、佇んでいた。

 三日月に切り抜かれた特別な招待状
金銀のクレヨンで飾られた文字に招かれて
午前零時の鐘が鳴る時まで
覚めぬ夢が貴方を誘う
どうかもう一度、あの方に仕えていた日を夢に見て。

 闇色に染められたまっさらな雪原に新たな軌跡を残し、
一つの影が洋館の扉を開く。


励起 [#6hnlOkD] 


 凍える身体を震わせながら、押し開けた扉の先に広がっていたのは
眩しいほど暖かいエントランス。ほっ、と一息つく間もなくかかる声。

「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
「う、わぁ! ポケモン?」

 出迎えてくれたのは、巨大な執事服の見上げるほど大きな……赤い瞳
自分の背丈をゆうに超える人為らざる姿に動揺し、飛びのいてしまった。
そんな反応もよそに、目の前のポケモンは、どこにあるのかもわからない口も動かさずに言葉を続ける。

「おや、脅かせてしまいましたか? 申し訳ございません。
今宵はお越しくださり誠に感謝いたします。
私はこの館の執事を務めております、ヨノワールのゴーシュと申します。
呼び名はどうぞお好きなように」

 ヨノワール。聞いたことのない立った名前。
顔つきはサマヨールに似てはいるが、進化系がいるだなんて聞いたことがない。
そのうえ、ポケモンなのに服を着て館の執事をしているだなんて……。
 考え込んでいると、ぬっ、と黄色いものが視界に映る。
頭部を妖しく光らせたヨノワールがこちらを覗き込んでいた。

「どうかなさいましたか?
こんな所で立ち話もなんでしょうし、パーティ会場まで案内しましょう」

 そうだった、今日は僕は招待客なのだ、こんな豪華な館を訪れる機会なんてそうそう無い。
それなのにわざわざ執事が人間じゃなかっただなんて事に悩むなど野暮にもほどがある。
 案内されるがままに進んだ先は更に広いダンスホール。
立食形式に周囲に豪華な食事が並び、中央では既に多くの人々が社交ダンスに耽っている。
 
「貴方が最後の招待客です。これで全てが揃いました。
今宵はどうぞ最後まで楽しんでいって下さいませ。」

 案内を終えた執事の黄色い輝きは、役目を終えたとばかりにそそくさと去っていってしまった。
そりゃまぁこの人数だ。あの執事も僕だけに構ってはいられないのだろう、致し方ない。
とはいえ、誰か一緒に踊る相手がいる訳でもない。この喧騒を肴に食事を楽しませてもらおう。

「皆さん、ローストビーフができましたよ」

 ちょうど良いタイミングだ、新しい料理ができたらしい。
運んできたのは緑の髪の……やはりポケモンだった。
身体は白く、服は着ていない。そりゃそうだ、ポケモンなんだから。

「僕にも取り分けてもらっていいかな。えーと、サーナイト?」
「いえ。私はエルレイドです。料理長のシナバーと言います。
貴方もどうぞ楽しんでいって下さいね」

 やはり聞いた事が無い名だった。この館には僕の知らないポケモンしか居ないのだろうか?
いや、今はそんな事を考えてないで、この料理と賑やかさを楽しませてもらおう。
かじりついた肉は今まで味わったことの無い柔らかさで、全ての疑問も頬も溶かして舌を幸福へ導いていく。
そうして食事に夢中になっていると不意にホールに放送が響く。あの執事の声だ。

「皆様、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。
これより、ちょっとしたゲームを開催させていただこうと思います。
もちろん参加は自由でございます。このまま食事やダンスを楽しんでいただいて構いません。
ですが、ゲームをクリアされた方には景品も用意しておりますので、どうぞ奮ってご参加くださいませ。
内容は簡単です。この館のどこかにいる旦那様を見つける……すなわち、ごく普通のかくれんぼでございます。
制限時間はこのパーティーが終わるまで、午前零時の鐘が鳴る時まででございます。
それまではこの館の中を自由に探索していただいて構いません。それではどうぞ、今宵は良い夢を」

 それきり、声は聞こえなくなった。
ゲーム? かくれんぼ? 一体何を始める気なのだろう?
しかしまぁ、ダンスするわけでもなく、少し退屈していたのは事実だ、
こんな豪華な館の主が用意した景品というのも気になるし、見学も兼ねて参加するのも悪くない。
自分の皿に盛られた料理をかきこんで、ダンスホールを後にした。

 先ほどまでの喧騒が嘘だったかのように静まり返った廊下を歩いていくと、
流石は巨大な屋敷、どこまでも続く廊下にたくさんの扉が見える。
試しに近くの適当な扉のノブに手をかける。

 入った部屋はどうやら客室の一つのようだった。
大きく寝心地のよさそうなベッドに豪華な装飾。そして綺麗なデスクの上には……二匹のポケモン。
その緑と空色の姿は何かを待ちわびるようにちょこんと座っていて、僕の姿をみるや、ぴょんと足元に飛び寄って来た。

「やぁいらっしゃい。この部屋に来たってことは、ご主人様を探しに来たんだね?」

 緑の姿が跳ねながら話しかけてくる。空色の姿は何も言わず、ただ気だるそうにこちらを見つめるだけだった。
やはり見たことの無いポケモン。しかし、ある程度予想はつく。大きさと体つきからして、イーブイの別の進化系だろう。

「そんな顔してどうしたの? ゲームの最中じゃないの?」
「ううん、その通りだよ。この屋敷の主を探しに来たんだ。ただ、君達の名前が気になってね」
「ボクらの名前? そんなの聞いてどうするのさ? まぁいいや。ボクはリーフィアで彼女はグレイシア。
そしてボクの名前はルフ、彼女は……」
「ルフ、待って」

 二匹の内の緑の方、リーフィアのルフが名乗った所でようやく、もう片方、グレイシアが口を開いた。

「私たちとゲームをしましょう。私の名前を当てられたら、ご主人様探しのヒントをあげるわ」

 これまた突然に。パーティーへ招待されたと思ったらかくれんぼに謎解き? 
僕は一体何をさせられているんだ……?
そんな疑問をよそに、空色の身体がデスクへ舞い戻り、謎かけを紡ぐ。

「私と彼は表裏一体。二匹で一匹。彼が私で私が彼。彼がルフなら私は?」

 前足で突き出されたのは一枚の正方形の羊皮紙。中央には大きく"ルフ"と書かれていた。
ここから彼女の名前を当てろ、というわけか。随分と手の込んだゲームのようだ。
しかし、ヒントは羊皮紙一枚だけ。それも"ルフ"としか書かれていない。
一体どうしろというのか。羊皮紙を手に取って調べるも、怪しいものは見えない。
ひっくり返して見ても、文字が鏡写しに透けているだけだ。
二匹は表裏一体だというのなら……

「グレイシア、君の名前は"フル"とか?」

 一つ、思いついたものを答えてみた。が、返事は横に振られた首だった。
流石にそんな単純なものではない……か。とはいえ、他に思いつくものもない。
考えあぐねていると、ルフが口を開く。

「思い出せない? 早くしないと時間切れになっちゃうよ、ほら」

その言葉に促されたかのように、大きな鐘の音が館に鳴り響く。

午前零時の鐘が鳴る
最初の夢が覚める刻


零時 


 大きな館の扉を開き、外とは違う暖かい空気に胸をなでおろすと。
出迎えてくれたのはヨノワールだった。

赤い瞳が、黄色い光が僕を見つめる。

「お待ちしておりました。
今宵はパーティーを楽しんでいって下さいね」

 案内されるがままに辿りついたのは広々としたダンスホール。
既にパーティーは始まっているようで、ホールは多くの人影でにぎわっている。
ちょうど新たな料理が出来上がったのか、エルレイドがワゴンを運んで来た。
人影が順番に料理を受け取っていく。
自分も料理をもらおうとエルレイドの元へ歩み始める……が、
うっかり人影にぶつかってしまいそうになってしまった。
しまいそう、だっただけで、実際にぶつかりはせず、まるですり抜けたかのようだった。
びっくりしてその人影を見れば、どこかおぼろげな様子を感じる。
それだけじゃない、良く見てみれば、この場にいる人影は皆陽炎のように曖昧に見える。
感じる違和感から目を背けるように、エルレイドの元へ再び歩む。

「あの、シナバーさん。ここの人達って……」
「どうかなさいましたか? 今、出来立てのローストビーフを取り分けますからね。
ええ、何も気にする必要は無いんですよ。何も……ね」

手際よく料理をよそってくれるエルレイドの瞳は、澄んだ綺麗な赤色だった。
初めからここには、貴方以外の人間は誰もいないんですから。

 取り分けてもらった肉は今まで味わったことの無い柔らかさで、全ての疑問も頬も溶かして舌を幸福へ導いていく。
そうして食事に夢中になっていると不意にホールに放送が響く。あの執事の声だ。

そうだ、この館の主を探さなきゃ。確かヒントを持っているのは……。

 人の姿の見えないしんと静まり返ったダンスホールの中央に、その二匹はちょこんと座っていた。
小さな緑と空色が僕の足元に駆け寄り、口を開く。

「やぁ、ご主人様を探しているんだね? なら、ボクらとゲームをしようよ。
見事当てられたらご主人様探しのヒントをあげる」

 緑の小さな姿、リーフィアが僕を見上げている。隣に並ぶグレイシアが羊皮紙を差し出しながら問いかける。

「私の名前はラレ。
私と彼は表裏一体。二匹で一匹。彼が私で私が彼。私がラレなら彼は?」

 突き出された正方形の羊皮紙。中央に書かれているのは大きな"ラレ"という文字。

「リーフィア、君の名前は"ルフ"だね?」

 羊皮紙を受け取らずに答えた僕の姿に、二匹は顔を見合わせる。
それは驚きのようで、でもどこかうれしそうにも見えた。

「大当たり! ボクの名前はルフだよ。よかった、思い出せているんだね。
約束のヒントだ。中庭に行ってごらん、手掛かりはそこにあるよ。」
「中庭への扉は廊下の一番奥よ。カギはこれをつかって」

 どうやら正解だったらしい。渡された鍵は何故か使い慣れたそれのように手に馴染む感触だった。
ダンスホールを後にする背後で、小さなつぶやきが聞こえる。

「……ご主人様、早く戻ってきてね」
私はルフとずっと一緒に、平穏に暮らしていたいだけなのよ

その言葉に重なるように、大きな鐘の音が館に鳴り響く。

午前零時の鐘が鳴る
夢は覚めても、まだ目覚めの時は来ない


霊界 


 いくら雪が溶ける事の無い地方とはいえ、この時期にもなると寒さもいくらか落ち着いているように感じる。
三日月の招待状を手に館の扉を開けると、ゴーシュが出迎えてくれた。

赤い瞳が、黄色い光が僕を見つめる。
今日で一体何日目でしょう。それでも私はあの方と共に過ごしたいのです。

「お待ちしておりました。
今宵はパーティーを楽しんでいって下さいね」

 案内されたダンスホールにいるのは、緑と空色の二つだけ。
僕は駆け寄ってその名を呼ぶ。

「ルフ! ラレ! 館の主探しの……」
「大丈夫、わかってるよ。ボクらの役目はもうおわってるんだ。早く中庭に行っておいで」
「中庭の場所は覚えてるわよね?」

 聞くより早くルフが答え、ラレが鍵を差し出す。
今度は時間に余裕がある、まだ鐘が鳴りはしない。

 廊下の先、鍵のかかった扉の向こう。
四方を館に囲われた中庭、その中央の小さな花畑に墓が一つ建っていた。

 墓の前には緑の髪の姿が一つ。

「もう、ここまでたどり着いたのですね」
「シナバーさん、このお墓はいったい?」
「今回はまだ時間に余裕があります。良ければ少し、私の話に付き合ってください」

 振り返ったエルレイドが、語りを始める。

「仕方のないことですが、人間とポケモンとでは寿命が違うのです。
このお墓はご主人様にとって、本当に大切な方のものです。
それこそ、ゴ…シュは霊界中を探し回るほどだったと聞いています。
……残念ながら、人間の思うあの世とゴーシュが行き来できる霊界は違う世界だったようですが。

その後、ご主人様は大切な方を喪った寂しさを紛らわすため、様々な手を尽くしました。
例えば、トレーナーに捨てられたり、遭難したポケモンを保護して世話をしたり。
……私や、ルフもラレも、ご主人様に拾ってもらってこの館に住み始めたのですよ。
もっとも、私達ではあの方の代わりには、ご主人様の穴を埋める者にはなれませんでしたが。

そうして、ご主人様は今度は新しいゲームを始めたのです。
それがこのパーティー、ご主人様探しのゲームです。
誰かが、ご主人様の大切な方がご主人様を探し出してくれると夢見て。

実のところ、このパーティーのしばらく前からご主人様はご主人様として居なくなっておりまして。
私は家事はできても、食材を買ったり翻訳機の整備はご主人様にしかできませんので、
そろそろ戻ってきて頂かないと困るのです。

さて、話が長くなってしまいましたね、すみません。
でも、あと少しですよ。貴方にこの鍵をお渡しします。
これはご主人様の書斎の鍵、書斎の場所はゴーシュに尋ねてください。どうか今度は、決して忘れませんように

それではまた、お待ちしております」 

澄んだ瞳が、赤い瞳が、僕を見つめる、鐘の音が鳴り響く。
どうか貴方が、ゴーシュ様の"あの方"に成れますように

午前零時の鐘が鳴る
最後の夢が覚める
魔法が解ける刻


黎明 


書斎の鍵を手に館の扉を開け、出迎えるゴーシュに被せるように尋ねる。
早くあの部屋に行かなくちゃ。でも、僕はどうしてこんなにも焦っているのだろう?

「お待ちしておりました。
今宵はパーティーを楽しんでいって……」
「そんなことよりゴーシュ! この館の書斎の場所を教えてほしいんだ!」
「……! 書斎の場所、ですね。分かりました、ご案内いたします」

 ヨノワールの目が細まる。待ちわびていたかのように。
ヨノワールに案内され、追い越さんばかりに急いて書斎のある最上階まで階段を駆け上る。
そう、この廊下を曲がった先が……

「お待たせしました。こちらが書斎でございます」
「ゴーシュ、ありがとう!」

 お礼もそこそこに扉の鍵を開け、埃のかぶったノブも気にせず扉を開け放つ。

 すっかり雪に焼けた古い本が並ぶ書斎。
一番奥のデスクに、一つだけ写真立てが飾られている。
色褪せたそれは、中庭の花畑の写真だった。
まだ墓の建っていない花畑に映っているのは、ヨノワールともう一人……見知らぬ人間の顔。

「おかえりなさいませ、ご主人様。ずっと、ずっとお待ちしておりました」

 ヨノワールの声に振り返ると、館の皆が集まってきていた。
写真に夢中で全く気付かなかった。続けざまにエルレイドの声。

「ご主人様、満足できましたか?」

 エルレイドの澄んだ赤い瞳が真っすぐ見つめてくる。
この館の主は、それは……
貴方がこの館のご主人様になるのです。これまでも、これからもずっと。

 答え合わせをするように重なるリーフィアとグレイシアの声。

「ルフ、やっとご主人様が戻ってきてくれたみたいよ」
「ご主人様、よかった! シナバーのさいみんじゅつって凄いんだね!」

 全部思い出した。この館の主は、そもそも僕自身だったんだ。
ゴーシュとシナバーに手伝ってもらって、こんなゲームを企画して……。
でも、いつまでも夢を見ているわけにはいかないよね。

「ルフ、ラレ、ただいま。皆も待たせてごめんね」
「ええ、おかえりなさい」

 全員のそろった書斎に、鐘の音が鳴り響く。
時は再び刻まれ、夜明けを迎えに進んでいく。

午前零時の鐘が鳴る時
魔法は解けて
全ては元通り


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Last-modified: 2019-06-29 (土) 23:24:21
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