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初めての幸せ (上)

/初めての幸せ (上)

ヤシの実

またまた修正しました。直す所が多いね、この物語。

初めての幸せ (上) 



 世の中は不公平なものだ。どんなに努力をしていても、どんなに経験を積み重ねていても、どんなにつらい思いをしても、決して得られない者がいる。
 世の中は非常に不公平なものだ。どんなに努力を怠っていても、どんなに経験が浅くても、どんなに怠慢な日々を過ごしていても、簡単に得てしまう者が居る。
 その優劣は何で決まるのか。それは至って簡単な質問だ。生まれの良し悪し、たったそれだけの事だ。
 一つは貧富、生まれながらにして誰もが羨む大富豪の所で生まれ出た者と、誰もが惨めに思う貧困な所に生まれた者。
 もう一つは血統、皆の尊敬の眼差し集める親の元に生まれた者と、皆の軽蔑な眼差しを受けた親の元に生まれた者。
 そして最後は遺伝子、生まれながらにして秀でた才能を持った天才。生まれながらにして何の才も持たないただの凡人。
 得る者は必ずしもこう思うだろう。自分は選ばれている。自分は勝ち組だと。そう思っていても不自然じゃない。
 周りの者が『人生は勝ち負けではない』と言っても、得る者からしてみれば、そんなの綺麗事だとしか考えない者もいる。
 あなたはどう思う? 得る事がその者にとって、必ず幸せをもたらせると重うだろうか?
 富・栄誉・遺伝子、これらの一つでも得ている者は絶対に幸せな人生が保障されている。そう考えて当然だ。そう、当然なはずだった……
 だが世の中の本当の不公平は、持っているが故に、その幸せが保証されない事だ。




 これは得すぎた故に訪れてしまった、理不尽な運命のお話である。


 
 夏の季節。太陽の容赦ない日差しが差し込み、蒸し暑く感じる。
 まだお昼になる少し前の時間に、一人の人間と、数匹のポケモンが見守る中、それは命を吹き込まれたかのように小刻みに動きだした。
 長く大事に暖めてきた一つの卵が、ピキピキ、ピキピキと、殻を破る音が鳴る。命が誕生する瞬間だ。
 卵の中に居る命は、一秒でも早く外に出たいのか、急ぐように卵の殻を破っていく。しかし、卵の殻は中々割れない。
 もう少し、もう少し。あと少しで初めて外の空気を吸う事ができる。そう思うと、じっとなどしていられない。
 小さな力で、一生懸命に殻を少しずつ卵の殻の破り、その欠片が地面にポロポロと落ちていく。
 破る度に差し込んでくる光が、徐々に大きくなっていく。あと少しと実感した。そして、ほんの少しで表の世界に飛び出せるまでに破れてきた殻に、最後の力を振り絞る。
 殻が破け、大きな欠片が地面に落ちた瞬間、見守っていた人とポケモンの目が大きく見開いた。殻を破った始めに見たのは、鬱陶しいまでに眩しい太陽の光だった。
 慣れない日差しを受けつつも、徐々に視界が光以外の物を映し出した。
 最初に目にしたのは、茶色のショートヘアーのまだ幼い5~6歳ぐらいの女の子だった。
 周りを見回すと、その女の子と、アチャモ、ピチューの二匹が、嬉しそうな瞳でそれを見ていた。
 再び顔を女の子の方に戻すと、満面の笑みが待っていた。そしてすぐさま抱きついた。初めての出会いに喜び、誕生を祝ってくれた。
 生まれたばかりの子は、何が何だか分からなかったが、表情を作る事をすぐに覚えた。女の子が見せてくれた笑みと同じくらいの明るい笑みだった。
 その時、横から声が聞こえた。
「おめでとう、新しい仲間の誕生だね」
 男の声だ。女の子よりずっと身長の高い青年だった。その男も涼しい笑みを浮かべていた。
「うん、ありがとう!」
 それを抱きしめながら、青年に礼を言った。そこに、看護師の帽子を被った女性が顔を覗き込んできた。
「おめでとう、その子はリオルね!」
 卵から生まれ出た新しい命は、波動ポケモンルカリオの進化前、はもんポケモン、リオルだ。
 波動と言う、生き物特有の『気』で仲間とコミュニケーションをとったりする事の出来るポケモンだ。
 童顔ながら、根気のありそうな強そうな赤い瞳。それが印象的だった。
 皆が祝福する声をあげる中、もう一人、メガネを掛けた男が、リオルに近寄ってきた。
「へぇ、これは中々良さそうな……ちょっと鑑定していいかな?」
 メガネの男はそう言って、リオルの顔、体を舐めまわすかの様に見つめてくる。
 人見知りじゃない性格なのか、リオルはキョトンとしたままそのメガネの男をジッと見ていた。
 やがて、メガネの男は、やや真剣な表情を浮かべ、口を開いた。
「このポケモンは、すばらしい能力をもっている! そんなふうに見えるね!」
 その言葉を聞いた時、リオルを覗く周りのポケモンや人が期待に喜びの表情を浮かべた。
 ポケモンには人間と同じく、一匹一匹に個性がある。その中には、優れているのもいた。人はそれを優秀とか素晴らしいという言葉で表現をしていた。
 リオルからすれば、何がすばらしいのか意味が分からなかった。だが少なくとも、喜んでくれている事が伝わった。
「名前は何にするの?」
 看護師の帽子を被った女性が尋ねた。女の子の中では、すでに名前が決まっているのか、黙ってうなずいた。そしてリオルを高々に持ち上げ、リオルの名前を口にした。
「ラルカ、あなたの名前はラルカね」
 初めて貰った自分の名前に、リオルの事、ラルカは明るい笑みで答えた。
 ラルカ、他のリオルと違い、秀でた才能を持ったリオル。これから、色んな所を旅をして、その素晴らしい能力を育てていくのだ。
 ラルカ自身まだ気づいていない、ただの優秀とは違う、優秀の上を行く素晴らしい才能を持っている。他のポケモンに劣らない、ラルカ自身の持つ、他のポケモンが羨む才能と言う名の財宝でだ。

 やがて時は過ぎた。



 この日は、ラルカが生まれた日と同じくらい、蒸し暑かった夏の季節だった。
 今、214番道路にいる。一滴の汗が頬を伝う。重力に従うままに地面に向かって落ちた。
 顔がほっそりとした、ナチュラルロングヘアーの少女、トレーナーのアナ、19歳。
 照りつける太陽の暑さに、流れる汗を素手で拭う。乾いた口を半開きにさせて歩いている。トバリシティを出て大分経ち、表情からは疲労感が伺える。
 リッシ湖まで後どのくらいかと、地図を広げて見る。なぞる様に地図と睨めっこし、やがてリッシ湖までまだ先だと知ると、小さく溜め息を吐いた。
 トバリシティからリッシ湖のほとりを通り、222番道路を通ってナギサシティに向かう最中だ。
 道草が多く生い茂っている為、野生のポケモンが沢山潜んでいるため、トレーナーの姿もよく見かける場所だった。
 今はこの暑さのせいか、トレーナーの姿はちらほらしか見掛けない。反対に野生のポケモンはあちらこちらに見える。
 野生のポケモンに襲われる可能性が高いために、むやみな戦いを好まないラルカのマスターは、あらかじめ体中にゴールドスプレーを掛けていた。そのお陰で、ちらほら見かける野生のポケモン達はラルカのマスターは襲わないでいた。
 ゴールドスプレーは、野生のポケモンを近くに寄せない上、自分より弱いポケモンを遠ざける効果がある。手持ちの一番強いポケモンのボールを腰に付けておくと効果的だ。
 野生のポケモンは避ける事が出来て、余計な体力の消耗を防ぐ事ができる。だけど、この蒸し暑い気温だけは防ぐ事は叶わない。
 休憩しようと、近くの草むらの無い。この影を見つけ、そこに腰を下ろした。そこでまた小さく息を吐いた。
 どのくらいで出発するか、休憩しながら考えている中。アナの腰に付けてあるモンスターボールの一個が、ガタガタと震える音がした。
 そして腰に付けてあるモンスターボールは、赤い閃光が放たれた。アナはまだそのモンスターボールには触れてはいない。モンスターボールが勝ってに動作したのだ。
「あ、コラ……!」
 暑さと疲労で衰えた声を上げ、手を伸ばす。閃光の先に現れたのは、二本立ちをしていて、両前肢の甲と胸に一本、白いトゲが付いてある。腰の部分は、青い短パンを履いている風に見える。赤い鋭い眼光をした狐のような顔立ち。ルカリオだ。
 14になったラルカは、マスターからの愛情を一心に浴びて、昨年ルカリオに進化した。生まれた時と比べて、その表情は大分頼もしくなっている。
 一層に強い波動を持つ様になった。外見もまた、瞳は自信に満ち溢れ、身長も大きく伸び、あの時のような幼さをほとんど残さなくなった。
 毛並みは、ブラッシングが得意なアナによって整ってもらい、滑らかな体毛をしている。
 少し華奢な感じがするが、ルックスは良く、少し微笑むと可愛らしく、引き締めると格好の良さを見せる。それほどの美形の持ち主。その反面、どこか自分以外の相手を見下ろし様な小生意気な瞳が、ラルカの特徴だ。
 あの時のメガネの男の言った言葉に偽り無く、ラルカは成長するにつれて、強くなっていた。バトルセンスはアナの目からしても素晴らしいと思えるほどだ。仲間からも、頼りにされる存在となっている。
 誰もがラルカの事を立派なルカリオになったと褒めた。ただ、一部を除いては……
「ラルカ、また勝手に出てきちゃダメじゃない」
 気迫の篭らない声で注意する。その声を耳にして、ラルカは蔑むように振り返った。
 疲労交じりの心配そうな表情を見たラルカは、関心が無さそうに、すぐにそっぽを向いてしまった
「ほら、戻って……」
 溜め息を吐きながら、アナはラルカ用のモンスターボールを手に取り、中に戻そうと赤い閃光を放つ。
 自分を戻そうとするその閃光を感じ取ったラルカは、見ずして、軽々しく跳躍してかわす。
「へへんっ」
 生意気そうに、近くの太い木の枝に飛び移る。そこからアナを見下ろすなり、余裕な笑みを浮かべた。
「ラルカ、お願いだから戻ってよ、ナギサシティまでまだ先なのよ」
「嫌だね。退屈すぎて死にそうだよ」
 アナのお願いを軽く蹴り、鋭い目つきには似合わないわんぱく坊主のような調子で続ける。
「ボールの中なんて、窮屈で嫌いだな。俺はそんなもんの中よりも、外のほうがいいんだ」
「この前、たくさん遊ばせてあげたでしょ。自分勝手な行動されちゃ、私だけじゃなくて皆にも迷惑がかかるのよ!」
 少し苛立ちを含めた声で言うアナを、ラルカは関係無しと言った感じで言う。
「どうしようと俺の勝手じゃないか。アナはいつもそうやって俺の事を縛るんだよ。」
「縛っているんじゃないのよラルカ。あなたが自由にやりたい事をしたいと言う気持ちは分かるの。でも、少しは皆と合わせて行動する事をいい加減覚えて欲しいの。チームワークを守ることも大事なの、だからさ……」
 両手を広げてラルカを呼び掛けるアナだが、そんな言葉を理解する気になれないラルカは、面倒臭そうに頭をポリポリ掻いた。
 そして、アナの気持ちを無視するかのように、ラルカは今居る木の枝から別の木の枝に飛び移り、揺れる木の葉を撒き散らす。そうやって繰り返して、どんどん奥へと行ってしまう。
「ラルカ!?」
「ちょっと散歩してくるよ。そんじゃーねー」
 遠くからそんな言葉を残し、やがてラルカは森の先へと姿を消していった。ラルカの消えてしまった方向に、アナは怒鳴りながら呼んだ。しかし、声は返って来なかった。
 脱力し、顔を片手で覆う。呆れ半分、悲しみの篭った表情を浮かべる。仕方が無いと、アナは腰に着けてある、もう二つのボールを手にとって空に投げた。
 二つのボールから赤い閃光が放たれ、そこから二匹のポケモンが登場した。
 一匹目は、アチャモの最終進化系の猛火ポケモン、雄のバシャーモ。二本肢と鉤爪のような腕、仮面を付けたような顔立ちが印象のポケモンだ。
 もう一匹は、ピチューの最終進化系である電気ネズミ、雌のライチュウ。コッペパンの様な短い腕、ポッコリしたお腹とまん丸な瞳が愛らしいポケモンだ。
 バシャーモの名前はゴー。チームリーダーの立場で、厳しそうな顔立ちをしている。幾度と、アナのチームを支えた、実力のあるポケモン。
 ライチュウの名前はミンミン。クリンとした目が特徴的だが、可愛らしい外見とは別に、レベルが高く、チームの先頭バッターなポジションにいる。ゴーとは長い付き合いだ。
 二匹とも、頼もしい仲間だ。ラルカの事は弟の様に可愛がってはいたが、最近は少々手を焼いている。その理由はまた後に……
「マスター、急に我等を呼び出し、いかがされたか?」
「あの~、何かあったの……かも?」
 堅苦しそうな喋り方がバシャーモのゴー。内気的で、控えめな喋り方のするのが、ライチュウのミンミン。アナは二匹の姿を交互に見て、手に顔を当たまま、今の状況を説明した。
「またか……日に日に増長しておる、幾多に渡る我の警告も聞かずになんと愚かな!」
 独特的な喋り方をするゴーの口調は怒りがこもっている。
「あの~……その、また脱走ですか。あの子、肢が早いから……追いかけないと……おいつけないかも?」
「ラルカはどの方角へ行かれたか?」
 アナは黙って、ラルカの消えていった方向に指を指した。指した方角は木の入り組んだ、森に近い場所だった。
「うん、それじゃ捕まえて来る……かも」
「そこでしばし待たれ」
 その言葉を合図に二匹は、地面を強く蹴り、土煙を上げてラルカの消えていった方角へと駆け出した。
 二匹とも、ラルカと旅をして大分経つ。だからラルカの性格も知り尽くしている。故に自分勝手な行動は許せなかった。ラルカの身勝手な行動は日に増して多くなっていた。
 すでに姿は見えないくらいまで進んでいっている。ゴーはミンミンを前にし自分はは後から着いて行く。すでに姿が見えない為にミンミンの優れている聴覚を頼りにしていた。
 ラルカの行き先を、ラルカ自身が残している足音を頼りに進んでいった。
「相変わらず、マスターの言う事聞かない……かも」
 先頭のミンミンが高速移動で走りながら、小さくつぶやいた。少し悲しい目をしている。遅れる事無く着いて行くゴーは、やや曇った顔で答えた。
「昔はあんな融通の利かない奴ではなかった。我等も、ラルカの持つ才能に期待し、助長するのを見過ごしていたのかも知れん」
「私達……ラルカの事、弟と思って接してきた……かも。ラルカは私達と違って、天才だから、それでラルカを甘やかしてたの……かも」
 二匹は、ラルカの増長が自分達にも原因があると考え、頭の中で反省をする。
「我等にも責任はあるが、奴の傲慢にも目があまる。ミンミン、今度という今度は我も我慢ならん。全力でラルカを阻止するぞ!」
 ゴーの言葉にミンミンは、小さくコクンと頷いた。途中で立ちふさがる岩や切り株を軽く飛び越えながら、次第に近くなっていくラルカの足音を目指した。
「ゴー、ラルカの足音が近くなった……かも!」
 足音からして、すでにラルカとの距離は50m以内と判断したミンミン。それを聞いたゴーは速度を上げた。ミンミンを追い抜い抜くと。
「ミンミン、我が先に仕掛ける。お主は後から攻撃して奴の動きを止めるのだ!」
「分かった……かも!」
 それを合図に、ゴーは地面を大きく蹴った。そして上空の先にある太い木の枝に飛び乗り、そこから速度を落とさずに木の枝から他の木の枝へと飛び移り、ミンミンの先を行った。
 目的までもう後僅かな距離の所で、ゴーは何かが走る後姿を目にした。小さく見えるものの、バシャーモ特有の目はその距離の物体を見切る事が出来る。
 ルカリオらしき後ろ姿。間違いなくラルカだった。ゴーの目が厳しく変わる。他のメンバーの心配をよそに、気持ちよく風を切りながら走っていた。無論反省など微塵も無い様子だ。
 それを確認したゴーは次の木の枝に移ると、そこから強く枝を蹴り、大きく跳躍した。上空から見えるラルカの姿を捕らえた後、そこから急降下しだした。
 方肢を突き出すように蹴る体制になる。バシャーモ以外に、サワムラーぐらいしか覚えない希少な蹴り技、ブレイズキック。死角からの不意打ちを不本意に思いつつも、目標のラルカをしっかりと捕らえたまま襲い掛かった。
 ゴーのブレイズキックが、ラルカの頭部直撃する手前まできた。当たれば前に大きく転び、止まるはず。目標に命中すると確信したゴーだった。
 しかし、技が命中するその矢先、ラルカの姿が突然消えてしまった。
「何!? ラルカ!」
 急に目標を失ったブレイズキックは、体制を直す間もなく肢から先に地面に激突してしまった。
 強力なブレイズキックの威力に、激しい激突音と共に大地は大きく凹み、凄まじい土埃が当たりに撒き散らされた。
 自身の放った技の反動の衝撃で、目や口に混じりこんでくる土埃に咳き込んでしまう。あの距離で、命中してもおかしくないと確信したその矢先での出来事に、ゴー自身は一瞬頭が混乱してしまった。
 すぐに平常心を取り戻し、視界を遮る土埃の中から、必死でラルカの姿を探した。
 また別の場所でミンミン。衝撃で地面が鳴る音を耳にし、キリッとした瞳でラルカの背後姿を捉えた。頭の中でゴーがしくじったと瞬時に把握した。
 次は自分の番だと神経を集中させる。足音が響かない程度に速度を落とし、十分な距離を取るまでに迫る。ラルカ自身まだ気づいていないと確信したミンミンは、ゴーと同じくラルカの死角から迫った。
 そして、蛇が獲物を捕らえるが如く、十分な距離を取った後に両手を大きく広げ、空間から見えない磁場を発生させた。電気タイプの得意とするでんじはだ。
 これを食らえばいくら素早さに自信のあるポケモンでも、体の麻痺に肢を取られて大きくすばやさを落とす。スピードキラーな技だ。
「おとなしくするかも、ラルカ!」
 技が命中する矢先に吼えるミンミン。すると、ラルカは振り替えざまに何かを投げつけた。それはミンミンの放ったでんじはの射線上だった。でんじはに巻き込まれるように進むそれは、ミンミンの腹にぶつかって、グシャッと割れた。
「え、かも」
 何をしたか分からない様子のミンミンだ。キョトンとしたまま、自分の腹に当たった物に、目を落とす。何かの木の実が潰れて、その汁がミンミンのお腹を汚していた。
「え、え?」
 慌ててそれを前肢で払った。巻き状の先に着いた、僅かに残った赤い木の実の欠片が、その正体をミンミンに教えた。
「クラボ……かも?」
「イエス、ミンミン姉さん」
 鼻で笑いながら、ラルカが答えた。二匹の死角からの攻撃に驚いた様子も無く、まるで予め予想したかのような余裕の笑みが浮かんでいた。
「クラボの実には、体の動きを麻痺らせる要素を除外してくれる要素があるんだ。だからミンミン姉さんにぶつけたのさ」
「ちょっと意味が分からない……かも」
 理解に苦しむ様子に、ラルカは片手に持っているもう一つのクラボの実をチラつかせながら答えた。
「これには麻痺を取り除くだけでなく、それの原因となる波動をも吸収してくれる要素があるのさ。理解できたかい?」
 ニヤニヤしながらクラボの実を目の前で一齧りした。
 植物は大抵水だけでなく、太陽の光や綺麗な土もいるが、他にも一例の中では電磁波を吸収して育つ植物がいる。何処かの説で電磁波を吸収し、成長するサボテンがある話があった。
 その説が正しいかどうかは曖昧だが、人間の生活の中で、電磁波を発生させる電化製品に囲まれた家庭では、電磁波対策でサボテンを飼う事があった。
 その為に、身体に疲労や頭痛の改善効果があるなどと噂されている。クラボの実は、ちょうどそれと煮た性質があった為に、ラルカはそれを利用して、ミンミンの電磁波を防いだのだ。
「え、そんなのありえないかも……」
 キリッとしていた瞳が、急に衰え内気に戻ってしまったミンミン。それを微妙に楽しむラルカだが、その時背後で殺気を感じた。
「ラルカァ!」
 土埃からゴーが豪快に現れ、ラルカに向かって拳(鉤爪)を突き出した。
 瞬時にそれを察知して、頬すれすれの所を、ゴーの攻撃をかわした。しかし、ゴーの攻撃はそれだけでは止まなかった。
 交わされたその次に、ゴーはその場に踏みとどまり、避けたラルカの方向へ直し、調度良いほどの距離に身を置くとすぐさま姿勢を低くした。拳を強く握り、右肢で地面を踏む。そして地面を強く蹴るのと同時に拳をラルカの顎辺りに向かってに突き出す。
 ブレイズキックと同じく、格闘技の中で僅かしか覚えられない技。スカイアッパーだ。大きく跳躍しながら拳を突き上げる技だ。
 先ほどのブレイズキックとは違い、角度と距離からして回避はありえない。なにより、ラルカの体制が戻りきっていなかった。最初の攻撃で方足が宙に浮いたままだった。今度こそ命中すると確信した。
「もらった!」
 ゴーの中で自分の技に自信を持った。しかし、その自信もまた砕かれてしまった。
「うわっと……!」
「なっ……!?」
 ゴーの予想外の二連撃に、焦りながらもラルカは浮いていない方足に力を込め、きつい体制であるのにも関わらずその場で宙返りを行ったのだ。
 まさかの行動に、ゴーは驚きが隠せなかった。目標を見失った拳は、空を切るだけで功を成さなかった。
 美しいとまでは行かなくとも、見事な宙返りでスカイアッパーの回避を決めたラルカは、そのまま後方へ落ちた。足だけでの着地が無理な為、手を使ってなんとか着地した。体制が体制な為、綺麗な着地までとはいかなかった。
「ふぅ……」
 あまり自信が無かったのか、ギリギリ成功な回避に安堵の溜め息を吐いた。ラルカの額に、一滴の汗が滲んで見えた。やがて、ゆっくりと顔を上げた。
「まったく、危ないよな。加減無しかよゴー兄さん?」
「有り余るお主の行い、もはや加減など必要とせん! 観念してマスターの元に戻れラルカ!」
「そうだよ、マスターとっても心配してる……かも」
「別にいいじゃん。本人の自由を行使する権利もあるだろ? 何が悪いんだよ」
 反省の気配がまるで無しのラルカの態度に、ゴーが苛立ちを含めながら続けた。
「マスターがお主をそこまで育てたのは、そんな平然と規律を乱す為に育てたのではないぞ! もっと主の僕としての自覚を持たぬか!」
「私達、あなたの事を本当の弟だと思ってこそ心配してるの。だからラルカが自分勝手だと、皆がとても心配しちゃうの、そう言うの困る……かも」
 ゴーの背後でミンミンと二匹が、必死に説得をする。その様子に、ラルカは鬱陶し気に頭をポリポリと掻いた。
「ちょっと遊ぶだけじゃないか、心配しなくても10分20分で戻るからさ、ちょっとは多めに見てよ? ボールの中退屈なんだよ、分かるだろう?」
 ラルカは基本的、その場をジッとするのを好まない性格で、何かに興味を持てば周りの声をよそに直ぐにそっちに行ってしまう。それも一回二回でなく、もう何十回と繰り返されている行為なのだ。
 本来ならそんなポケモンをトレーナーとしては許す事はできない。それが複数となればなおさらだ。しつけをするのが当たり前だ。しかし、アナもゴーもミンミンも、その行いを度々目を瞑って来た。
 何故ならば、ラルカはある種、特別なポケモンだからだ。特別と言っても、色違いとかその類ではなく、他のルカリオよりその能力が優れているからだ。それも、ただ優れているだけじゃなくて、その中でも突発的に秀でた才能の持ち主だからであった。
 防御、攻撃、すばやさ、どれをとっても秀でている。他のルカリオと比べて成長率の桁が違う。育てると育てるほど、その才能をより良く開花させていくのだ。
 人間は何時からか、そう言うの種類を『高個体種』などと呼んでいた。何処から来た名称なのか、どういう意味なのかは、本人もよく知らない。
 しかし、シンオウ地方では、それを求めるあまりに、生まれたばかりの命を、目的とそぐわない為に平気で捨ててしまう事件が相次いでいる。
 その事件は最初は小さな事で処理していたが、各地方でそれが増え始めてから、徐々に目立つようになった。やがれそれは大問題として認識され。ポケモン保護団体の第一解決課題とされている。
 身勝手なトレーナーが、それほどにしてまで欲しがるポケモンの持つ英才的な能力。ラルカはまさに、その憧れの一品と言っても良いのだ。
 それをたまたま卵としてもらったのが、トレーナーのアナなのだ。
 リオルの頃から、常に自分よりレベルの高いポケモンとの戦いで、それを発揮し勝利を収めていった。何時かのメガネの男が行った言葉の通り、期待にそぐわない働きを見せた。
 ゴーやミンミンと比べてまだレベルの差が大きいにも関わらず、その素晴らしい突発的な能力は他を圧倒していた。
 ラルカはそんな中、マスターやチームにだけでなく他のトレーナーや店の店員、またはテレビ取材の対象にもなったりして持て囃されたのだ。
 周りポケモンの憧れ、尊敬、信頼、または嫉妬を買い、それがラルカの助長の心を育ててしまったのが原因でもあった。
 今のラルカは、自分が世間から認められた唯一の存在と自分で思うくらいにまでその怠慢が膨らんでしまっている。
「ラルカ、今のお主は立場と自覚がまるで解っておらぬ。少し周りに持て囃さた程度で天狗になっている。真の格闘ポケモンなら、己の才能に良い痺れず更なる上を目指して精進すべきなのだ! 分かるか!?」
「天狗? 俺はダーテングじゃないのよ。自分の持ってるこの才能を、ちょっと面白可笑しく使ってるだけじゃない?」
「それが良くないの……かも。あなたはまだ子供、だから皆の言う事聞いて、ちゃんと大人になるのを待つべき……かも」
「俺はもう大人だ! 今だってルカリオに進化したじゃんか」
 子供と言われたのが気に入らないのか、ムッとしたまま反論した。
「進化して大人だと? 笑止、まだ進化して然程だってはおらぬ。己がいかに未熟なのかを知りもせず、自惚れているだけだ! そんな輩を世間は大人とは言わぬ、餓鬼だ!」
 ゴーの言葉に、ラルカの表情が苛立ちに歪んだ。その仕草がいかにも進化したての子供らしかった。
「ガキかどうか、さっき試したじゃんか!? これだけではまだ足りないって言うかい? 俺は大人だ!
 他より成長が早いんだ、何時までの兄さんや姉さんの世話になる年じゃないんだよ! 自分で好きな道を決めていいんだよ!」
 顔を僅かに赤くして文句を言う。その仕方もまた子供らしかった。面倒くさければ勝手に列を乱し、気に入らなければギャーギャー喚く。精神的に幼い証拠だ。
 その様子にゴーは呆れつつも、止む得まいと身構える。ミンミンはそんなラルカの姿を、少々哀れな目で見ていた。
「哀れそうな目で見るなよミン姉さん! 俺は子供じゃない! 子供じゃないんだったらぁ!」
「……もう良い、何も言うな! 従わぬなら力ずくで連れ戻す。ミンミン、良いな?」
「分かった……かも」
 覚悟を決めたミンミンの目に再び厳しさが戻る。ミンミンとしては手荒な事はしたくないが弟のラルカの為と思い、目つきを鋭くさせる。
「ラルカ、ちょっとお仕置きする……かも!」
「え、ちょっと?」
 ミンミンの言葉にラルカの身が少し引く。そして二匹が一斉にラルカに飛び掛った。
「わっ!!」
 ゴーのブレイズキック、ミンミンのかみなりパンチの二重攻撃がラルカを襲う。慌てて後方へ跳躍してそれをかわした。
「ちょ、二人ともやめろって……!」
 ラルカの静止する言葉を二匹は耳にせず、次なる攻撃に移った。ゴーが先攻を取り、鋭い鉤爪で切り裂いてきた。
 連激で繰り出される攻撃を、ラルカは左右に顔を反らしながら回避した。そしてゴーの後ろで鋼の硬さを持った尻尾がラルカの上空から襲い掛かった。
 ゴーに気を取られて気づくのが遅れたラルカは、回避を諦め、ミンミンのアイアンテールを片手で防いだ。しかし片方の手が奪われたその隙にゴーのきりさく攻撃がラルカの頭部を襲う。
 ラルカは咄嗟にもう片方の手でそれを受け止めた。威力は高く、受け止めた反動で大きく後ろに後退させられた。間一髪の防御なために、頬から汗が流れた。しかし、二匹の攻撃は続く。
 今度はミンミンが先攻で、コッペパンのような腕を光らせ集中力を高める。そしてミンミンは一気にラルカに飛び掛った。格闘タイプの中で強力な威力を誇る、きあいパンチだ。
 これを受けたらいくらラルカでも防ぎきれない。再び跳躍して回避を試みようと思った。だがそれは考えだけで終わった。上を向くといつの間にかゴーが木の枝の上にいた。何時でも飛び掛る体制だった。
 考えを見切られていたのだろうか、もしこのまま跳躍したら、そこをゴーに狙われてしまう。
 どうするかと、頭の中でこの戦局どう乗り越えるか。頭の中の電卓を素早く計算させ、考える。
 そこで、ラルカの中である事が閃いた。汗だくで余裕の無い表情に、笑みが戻った。
「覚悟するかもぉ!」
 ミンミンのきあいパンチが、ラルカを捕らえるほんの僅かな距離に差し掛かった。ラルカは左右に避ける体制を取る事もなく、両手を挙げた。
 ミンミンの中でラルカが降参したのかもと、そんな考えが頭をよぎった。でもいまさら攻撃を止める訳には行かない。少し痛めつけてから連れて帰るのだと、心の鬼にしてラルカにコッペパンのパンチを横に切った。
 その時、きあいパンチが目標を捕らえる寸前の所でラルカの体が動いた。前に跳躍し、横に切る腕を避ける。回避と同時にラルカはミンミンの背中に両手を乗せ、そのまま体重をかけて跳び箱のようにして飛んだのだ。
 ミンミンは一瞬何が起こったのか理解できず、ラルカに跳び箱にされたミンミンは重力に従うままに地べたに叩きつけられた。技でも何でも無い、ただの馬乗りだけの技で。
「ひゃぁ……!」
「ラルカ!!」
 上から見ていたゴーがミンミンの敵討ちに出た。ラルカの頭上に奇襲を掛けた。もはや躊躇いは無い。
 宙にいたまま口から豪快な火炎放射を吐き出した。頭上の危険を察知してすぐさま姿勢を低くし、地を蹴りながらやり過ごした。辺り一面草が焼け、焦げる匂いが漂った。
 やりすごしたラルカの背後に、再び火炎放射が吐き出される。その場に留まる間も無くすぐに跳躍し、木の枝に飛び移った。
 火炎放射の凄まじい熱に、ラルカの頬から汗がタラッと落ちた。しかし、息づく間もなかった。また背後から殺気が走った。
 別の木の枝に飛び移る。すると、さっきまでラルカが居た場所に電撃が衝突した。その枝は、電撃の威力のあまりに折れてしまい、真っ黒こげになりながら地面に落ちた。
 電撃が来た方を見下ろすと体制を直したミンミンが体中から電撃を身に纏っていた。10万ボルト。これをくらったら一溜まりも無い。
「本気かよぉ……何でそんなにムキになるのさ、うわっ!」
 愚痴を言う暇もなかった。近接攻撃では埒が明かないと考え、遠距離からの攻撃でラルカを仕留めようと切り替えたのだ。
 ラルカもルカリオなら、遠距離で反撃出来る技を覚える……だが、ラルカのレベルでは遠距離からでの攻撃技をまだ覚えていなかった。
 強烈な火炎放射に、10万ボルトの交互攻撃に、避けるのが精一杯のラルカは次第に疲労が溜まってきた。レベルの差とスタミナの差では、流石に年配の方に分があった。
 それに二対一と言う卑怯な状態でのバトルだ。やり切れないと判断したラルカは一旦木の枝から飛び降り、二重の攻撃を防ぐ為に大木に背中を預けた。
「はぁ……はぁ……」
 流石にヤバイ、今までゴーやミンミンに追いかけられては連れ戻されると言う日常を繰り返してきたが、その度に軽くバトルが発生した。ラルカとしては日常のストレッチング程度の物だったが、今度ばかりは違った。本気になった二匹を目の当たりに、自分がピンチに立たされている。
 ラルカ自信気づかぬ内に、顔中汗だくになっていた。心臓もバクバクだ。今この束の間の安らぎが、とても貴重に感じられた。
 大木を背にしている間、二匹の出方が分からない。二匹の動きを読むために、大木に触れる。静かに目を瞑り、波動の力を利用してゴーとミンミンの居場所を特定し、距離を測っていた。
 二匹は足音をなるべく立てず、ラルカのいる大木へとゆっくりと近づいているのが分かる。今大木から離れたら、その瞬間に10万ボルトと火炎放射の標的にされる。波動の力がそれをラルカに教えた。ラルカはどう出るか、焦りつつも冷静に考える。
 しかし、二匹は同時に駆け出した。ラルカのいる大木に二手に別れ、挟み撃ちを掛ける。すでに技の準備も整えており、何時でも技が繰り出せる状態だった。
 ゴーとミンミンが同時にその姿を現せる。背後の大木に阻まれ、逃げる場所がないと踏んだゴーとミンミンは、再び近接方に変えてきたのだ。アイアンテールとスカイアッパーの挟み撃ち。
 下に避けたらアイアンテールの餌食、上に跳んだらスカイアッパーに撃ち落とされる。
 体制が不利なだけに、今度こそヤバイと本能的に危険を察知したラルカ。自慢の知恵とテクニックではどうしようもない状態だ。そんな時、一か八かの策に出た。
 二匹の接近する前に、自身の気、波動の力を両腕に込めた。そして自分の背後にある大木に向かって、波動をぶつけた瞬間、大木が大きく揺れた。
 ラルカの波動の衝撃で大木が左右にゆれ、木の葉が地面に舞い散った。
「何を考えているんだ? 勝負を捨てたか!」
「やつあたりは良くないの……かも」
 ゴーとミンミンは、ラルカの行為がやけくそになり、デタラメに技に繰り出していると思っていた。木の葉が散るだけで何も起きない。勝負はあった。そう思ったその時だ。
 二匹の目の前で何かが視界を掠めた。物が落ちてきた様に見えた。二匹は一瞬動きを止め、その正体を目にした。
 落ちてきた物の正体、正確には物じゃなく、ポケモンだった。それはゴーとミンミンが知っている『やっかいなポケモン』だった。
「いかん、ミンミン引け!」
「ふわっ、やばい……かもぉ~」
「何だ、これ?」
 ラルカは始めて見る。大木から振ってきたポケモン、クヌギダマとフォレトスだった。瞼が微妙に開いている。何だか機嫌が悪い。表情だけでこの大木の居住者達が落とされる前までどんな状態だったのか想像がついた。
 眠りの最中に叩き起こされた大木のフォレトス達は、二匹が技を繰り出す様子を見て、居住区の侵略者と判断した。
 フォレトス達の苛立ちは怒りに変わり、ラルカ達を睨む。
「ま、待て! 我等はそなた達の襲いに来たのではない!」
「あの~、話を聞いて欲しいの……かも」
 必死の説得を、だがフォレトス達は聞く耳を持たなかった。しかも寝起きで機嫌が悪い。自分達の住処を荒らす者達に容赦する気は微塵も無いようだ。
「フォオォォォォレェェェェ!」
 フォレトスは威嚇の声をあげるのとの同時に、体がピカッと光り、ゴー達は咄嗟に防御体制を取った。そして、その瞬間、大地が震えるような凄まじい轟音を響いた。捨て身の大技、大爆発だ
 一匹が大爆発をすると、続けざまに他のフォレトス、クヌギダマがだいばくはつを起こした。
 辺りは爆発に巻き込まれ、土埃が捲き起こり、凄まじい暴風が吹き荒れる。小さな小石は吹き飛ばされ、弾丸の様な速さで辺り一面に飛び散った。
 半端無い大爆発の威力で、ゴーとミンミンは体が焦げ、勢い余って別の大木に激突してしまう。
「ぐぁっ!」
 ぶつかった衝撃でゴーの体が悲鳴を上げた。いくらレベルが高くとも、大爆発をもろに食らってしまっては、とても無事ではいられない。
 騒然とする中、やがて、爆発の威力が収まった。逃げる間もなく起きた大爆発で、ゴーは体が麻痺したかのように動けずにいた。
「うぐっ、ミ……ミンミン……?」
 ようやく目だけが開き、ゴーは辺りを見回した。さっきまで草木が生えていた綺麗だった場所は、地面が焼け焦げ、草は枯れてしまい、大木も葉っぱがほとんどなくなってしまうなど、悲惨な光景だった。
 絶景を目の当たりにし、ラルカはこの事態を予想して大木を攻撃したのではないかと考えた。気づくのが遅すぎた。あんな荒行事などとても予想がつかなかった。
 それより、ミンミンの安否が心配だった。彼女もまた、別のフォレトスの大爆発に巻き込まれているのが一瞬目にしたのだ。
 痛みで麻痺した首を必死に動かし、ミンミンの姿を探した。すると、切り株にもたれかかってグッタリしているポケモンがいるのを目にした。
 背中が黒くこげ、それでも背後の模様がようやくわかる程度までは焦げていなかった為、それが誰なのか解った。ミンミンだった。
「ミ……ンミン……ミンミン……! 返事を……!」
 ゴーが懸命に声を掛ける、だがミンミンは動く様子は無い。もしや、この大爆発のショックで瀕死状態になってしまったのではないかと不安になった。
 そう思うといてもたっても居られず、痛む体に鞭を打ちながら、体を這いずる様にゆっくりとミンミンの方に近づいていく。
 ようやくミンミンの居る場所まで辿り着くとその柔らかな体を揺さぶった。
「ミンミン……無事か?」
 安否の有無を確認し、何度も名前を呼び体を揺さぶった。僅かに体がピクッと動いた。
「うぅん、めちゃくちゃ痛い……かもぉ」
 辛うじて生きていた。痛みで震える体に我慢しながらゆっくりとゴーの方に振り向いた。目は虚ろで、小さく呼吸をしていた。
「大丈夫そうだ……痛っ!!」
「ちょっと大丈夫じゃないかも。あっ、それより……ラルカは?」
 一瞬忘れかけていたその名を聞き、ゴーはよろよろ立ち上がり、再び辺り一面を見回した。
 焼け野原な一面、枯れきった大木だけ。その大木の周りには、自分達の居住区を守ろうと身を挺して大爆発を行ったフォレトスとクヌギダマの哀れな姿がゴロゴロ落ちていた。
 どれも瀕死状態で、再び襲い掛かってくる心配は無さそうだった。ゴーは、ここまで自分達に傷を負わせたフォレトス達を前に、悲しそうな表情を浮かべた。
 身内の揉め事に巻き込まれ、迷惑を掛けてしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 そんな中、ふと不思議に思った。爆発のほぼ中心にいた。事の発端であるラルカ本人が何処にもいなかった。遠くを探すように見回すが、それらしき影も見られない。
 あの大爆発に巻き込まれて何処か遠くに吹き飛ばされたのか、それとも一瞬の隙に乗じて逃げ出したのか。どの道、この騒ぎの発端であるラルカをこのままにしておく訳にはいかない。
 一発ぶん殴って、その後マスターの所に連行した後、鎖付きの首輪を付けて二度とこのような惨事にならぬように徹底監視すべきだ。
 少し休んで体力が回復したら再び探しに出ようとしたが、ミンミンの傷が思ったよりひどく、足に血が流れているのを見て、放置して探しに出るのは危険だと判断した。
「一度、マスターの所まで戻る。歩けるか?」
「片方が凄く痛い……かも。手を貸して欲しいかも」
 弱った声で答える。言葉通りゴーはミンミンに肩を貸して、よろける足取りで、一度マスターのいる方角へと進んだ。
 それにしても、ラルカは本当に何処に行ってしまったのだろうか。
「……」
「どうしたの、何か見つけたの……かも?」
「いや、マスターの元へ戻るぞ……」
 時間の経過で、ある事を思い出していた。
 大爆発された瞬間、あの爆発の最中、何かが視界を掠めたのを目にした。二足歩行する、ポケモンらしき影を目にした。
 その向かう先が、ラルカとフォレトスのいる場所に向かっていた気がしたが、そこから先は爆発だけでこれ以上何も思い出せなかった。
「……こんな姿、マスターになんて言うのかも」
「……言うな」
 ボロボロの二匹のポケモン、肩を寄せあうようにして荒れた一面を歩きながら、奥にへと消えていった。


 痛い……痛い……何処かが痛い……
 腕が痛い、肢が痛い、鼻が痛い、耳が痛い、目が痛い、腰が痛い、腹が痛い、体のあらゆる箇所が痛い。全身が痛い。痛いだけでなく、熱い。
 何も見えない真っ暗闇の視界で、動けないほどに痛む体がポツンとそこに置かれている。
 ここは何処だろうか。どうしてこんな事になってしまったのだろうか、記憶が飛んでいるかの様に、何も思い出せない。
 とにかく、こんな不愉快な場所に居たくない。こんな所、傷を治して熱を冷まし、光のある所に出たい。
 でも、体は全く言う事を利かず、痛く、熱いばかりでどうにもならなかった。
 ……ここは何処だ、どうして真っ暗なんだ……不愉快だ、出してくれ。体が痛い熱い……
 何度渇望しても、何も起こらない。鎖で縛られた衆人の如く、閉じ込められたような気持ち悪い感覚だった。
 お願いだ、ここから出してくれ、誰でも良い、暗い、怖い心細い……
 孤独と恐怖に、心が壊れ、気が狂ってしまいそうだった。
 ……誰か……声だけでも……
 そんな中、僅かな願いが叶った。彼の耳に何かが喋る声が微かにした。
『……』
 聞き取れなかった。何かを喋っているのは解ったが、とても意味を取るのは出来なかった。もっと、近くで大きな声で……
『選ば……め……』
 今度は聞こえた。一部分が微かに聞き取れた。彼はそれをもっとはっきりと聞こうと耳を研ぎ澄ませた。
『選……れ……奴め……』
 え? 選ばれた……? ……奴? 何の事だ?
 そんな疑問がする中、突然青い光が灯った。あまりの眩しさに彼は目を瞑った。
『選ばれた奴め……』
 目を細め、それが何かを確かめた。瞼の先に居たそれは、なんとも恨みがましい物でも見るような目で自分を見ていた。
 リオルだった。目がぎらつき、凄まじい怨念を自分に向けていたのだ。
 え……? 俺が選ばれた……何の事だ……?
『選ばれた奴……!』『選ばれた者……!』『選ばれた優遇者……!』『選ばれた存在……!』
 声が複数した。それと同時に、青い光が、暗闇の中に一斉に灯った。見回すと、どれもリオルだった。それも、最初に出てきた奴と同じく、恨みがましい目で睨んでいる。
 何なんだ……お前達……何なんだ……!?
『選ばれて幸せになって……!』『選ばれて裕福に過ごして……!』『選ばれて毎日ご飯食べれて……』『選ばれて毎日暖かい場所で過ごして……!』『選ばれて皆に愛されて……!』
 何なんだよ……!? 何なんだって言うんだ!? お前達は一体誰なんだ!! 僕に何の用だ!
 圧倒的な数で、しかもどれも邪念と怨念が篭った気で、自分を指していた。動かない体で、恐怖が余計に増した。
『憎い……』『苦しい……』『辛い……』『ひもじい……』『愛されたい……』
 多くの邪念と怨念の篭ったリオル達は、ゆっくりと彼に近づいてくる。恨みがましい目で、ゾンビの様に前肢を出しながら。
 やめろ……触るな……!
『お前の幸せ……!』『お前の温もり……』『お前の安らぎ……!』『よこせ……よこせ……!!』
 寄せ……来るな! 来ないでくれ……!
 恐怖の余りの願いも空しく、群がるように集まってくるリオル達。
 お願いだ……来ないでくれ……なんで俺が……こんな目に……!?
 そして、一匹のリオルが自分の目の前に、すぅっと現れ……
『 何 で お 前 が 選 ば れ た ん だ !!!』

「うがああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
 一匹のルカリオの叫び、自身の鼓膜が破けそうなほどの悲鳴を上げた。その声は反響するように辺りに響き渡った。
「ハァ……ハァ……ハァ……?」
 ラルカの心臓が破裂せんとばかりに鼓動を打っていた。気づけばあの悪夢が一変し、周りの景色が変わった。此処は何処なのか?
 呼吸が静まらない。あの悪夢が未だに網膜に焼き付いている。夢ならば良いが、それにしても恐ろしすぎた。
「ここは……?」
 少しだけ冷静さを取り戻し、辺りを見回した。
 ピチャン……ピチャン……と、一定のリズムで雫が水溜りに落ちる小さい音が響いた。上も回りも灰色の岩だらけ。どうやらここは洞窟のようだ。
 体が痛む、目覚めたお陰で記憶が徐々にはっきりした。あの時、ラルカはゴーとミンミンの挟み撃ちを防ぐ為に、威嚇のつもりで大木の中にある物を落とそうとした。
 だが運悪く、フォレトスやクヌギダマの住処だったため、逃げる間もなく爆発に巻き込まれてしまった。そこからラルカの記憶が途絶えてる。
 爆発に巻き込まれ、何故洞窟にいるのだろうか、そもそも214番道路に、洞窟なんてあっただろうか。幾多の疑問が頭をよぎった。
「ん、羽毛……?」
 いまさら気づいたが、自分下半身に羽毛らしい物が掛けてあった。鳥ポケモンの羽で寄せ集め見たいな物だった。
 これらの事を入れて考えると、もしかして自分は誰かに助けられたのか? そんな時。
「起きたかしら?」
 背後から雌の声がした。ラルカは声の主の方に振り返った。声の主は暗くて見えにくかった。
「えっと……誰?」
「あらま、親切で助けてあげたのに、最初に言う事はそれぇ?」
 少し不機嫌な声でゆっくりとラルカに近づいてくる。その内、声の主が何者なのかはっきり見えるようになった。
 二足で歩行で、長い足にはソックスを履いたような毛皮。両手は暖かそうな毛皮で包み、くびれのある腰つき。小さくでた毛玉のような尻尾。
 そして優に腰まで垂れ下がっているほどの大きな耳。その種類のポケモンに見覚えがあった。
 うさぎポケモンのミミロップ。ミミロルの進化系、長い足と大きいフカフカの耳が特徴なポケモンだ。
「アンタが俺の事助けてくれたの?」
 唐突にそのミミロップに聞くラルカ。その無礼と言えるくらい突然な質問に、ミミロップはキョトンとした。
「アタシ? そーねー、やばそーだったからつい家にまで連れて帰ったのよ。あなた死に掛けてそうだったし」
「そっか、ドジってしまったな全く」
「ドジ? ウフフ。アタシから見れば自殺行為をしていたように見えたわよ。アハハハハ」
 口に手を当てて大笑いするミミロップに、ラルカはムカッとしながらも尋ねた。
「それ、どう言う事だよ? なんで俺が自殺行為なんて……」
「あなた、ここの辺りの住人じゃないわよね、ね?」
「え……そうだけど、それがどうしたんだよ?」
 興味津々そうに、顔をグイグイと近づけるミミロップの行為に、ラルカは僅かに照れてしまう。
「あなたの殴ったあの木、フォレトスの一団の縄張りなのよ。あいつ等、縄張り意識がものすごく強いから。」
 ミミロップの説明に、ラルカは背筋が凍る思いをした。まさか自分がそんな危ない場所で一か八かの策を行ったと思うと、今更ながら怖くなった。
 そう言えば、ゴーやミンミンを巻き込んでしまった。それを今になって思い出した。
「そうだ、兄さんや姉さんの様子が気にな……イタタッ……痛いぃ……!」
 毛布から出ようとした途端、体中から激痛が走った。堪えきれないほどの痛みで、ラルカは立ち上がるのを止めた。
「ほらほら~、もっと安静にしてないとさ~。アタシの介護がなかったら、もしかしたら死んでたかもしれないよ?」
「……マジ?」
「ホントよ、だってあなた、丸一日寝ていたんですもの。体中傷だらけでさ」
「え、丸一日?」
「ん?」
 ミミロップの言葉に、ラルカの目が点になった。丸一日って事は、あの出来事から発生して、24時間経過したという事だ。
「どーかしたの、君?」
「戻らないと、アイタタッ!」
 慌てて体を動かそうとして、再び体を強く痛めてしまった。ミミロップは落ち着いてラルカの体を支えた。
「ほぉら、横になってないと痛いわよ? ウフフ……」
 小笑いしながらも、ラルカの頭を片手で支えると、ゆっくりと横に下ろしてくれた。
「え、あっ、ちょ……!?」
 その時、支えられた顔に、ミミロップの胸が頬に触れた。
 思春期の真っ最中の雄には刺激が強い。ラルカは思わず顔が真っ赤になってしまった。
 雌特有の豊満なバスト、ミミロップの中では、結構大きいほうと言えよう。
「ん?」
 ラルカに異変を感じたミミロップが顔を覗いた。
 真顔で彼女を目にしながら、ラルカの心臓が小刻みに鼓動する。
 恥ずかしながらも、思考をする。ミミロップの特性に、メロメロボディと言う変わった物がある。名前は聞いた事あるが、それを肌で感じたのはこれが初めてだ。
 よく見てみれば、野生にしては引き締まった体をしていて、申し分ないまでにスタイルが良い。
 毛並みも手入れされていて、野生にしてはとても魅惑的に綺麗だった。
「どうかしたの? 顔赤いけど、風邪引いたかしら?」
「いや、それよりアンタ。俺急いで帰らないと行けないから……」
 ミミロップから目を反らし、顔をマズルまで真っ赤にしながらもラルカは言った。
「アタシ、アンタって名前じゃないんだけどなぁ」
「じゃ、何て呼べばいいの?」
「ミミ。ミミって名前よ。そう呼んで頂戴。あなたは何て名前?」
「……ラルカだ」
「ラルカかぁ、変わった名前よねそれ、名づけ親誰なの? ママ? それともパパ?」
 顔をグイグイと近づけてくるミミ。身を引きながらも答える。
「トレーナーだよ」
「え……」
 ラルカがトレーナーって名前を口にした途端、ミミの表情が大きく変わった。
「父親の顔も母親の顔も見た事も無い。俺を育ててくれたのは、アナって名前のトレーナー。人間だよ」
「人間……なのね」
「いっつもそのトレーナーに迷惑掛けてしまうんだよな。
 あのメガネのオッサンが何でも俺の事素晴らしい奴だとか何とか言うからさ。だからつい調子に乗っちゃって……」
 ラルカ自信、図に乗っていると言う自覚があった。トレーナーや仲間に迷惑を掛けて申し訳ないと言う反省もしていた。
 しかし、持て囃す周囲と優等生としてのプライドが素直な自分を邪魔をし、ついつい天狗になってしまうのだ。
「何でもさ、変な鑑定のおっさんが俺の事すばらしいとかなんとか……」
「え?」
 言葉の最中にミミの声が割って入った。
「どうかした?」
「ちょっと聞くけどさ、ラルカって何ブイとか、そう言われてない?」
 唐突な質問に、ラルカは困惑する。しかし、その『ブイ』と言う言葉に、僅かながら聞き覚えがあった。
「それなら、俺もそのオッサンに『このリオルはブイが多く存在する』だとか、すばらしい能力持ってるとかほざいてたよな。俺になんのかんけーがあるか分からないけどね」
「そうなんだ……ラルカも一緒なんだね……」
 ミミの口調が突然暗くなる。それに伴い、表情にも明るさが消えていく。
「えっと、ミミ?」
 ミミの異変に思わず声を掛けた。しかしミミの返事は返ってこない。
 視線の先がラルカを見ているのか、それとも別の何かに向けているのか分からない。唯一分かるのは、胸の谷間越しに映るその表情が、暗く落ち込んでいる事だけだ。
「どうかしたのかよ? なぁ……?」
「そうなんだ。ラルカもアタシと同じ、そういう目的で生まれたんだ。私だって……ラルカと一緒なのに……」
 気づかう声に返ってきた言葉は、向ける宛ての無い呟きだった。
「一緒って、ミミと俺が? 何がだよ……ミミ?」
 疑問に思った単語を口にし、ミミの名を呼ぶ。しかし、彼女の様子は以前と変わらないまま。
 そしてミミの表情が悲しみに曇る。瞳からは、涙が浮かんできた。真珠の様な涙粒が今にもラルカの頬に落ちそうなくらいに……
「ねぇ、泣いてんの?」
「あ……」
 指摘されると、ミミの表情が元に戻りかける。浮かんでる涙を片手で拭う。
 次に見せたのは、何事も無かったかの様な明るい笑顔だった。
「ごめんごめん、布団に戻してあげないとね」
 ミミは苦笑いを浮かべながら、ラルカを支えなおし、羽毛の布団に入れた。
 ラルカは先ほど見せた表情がまだ気になりつつも、ミミの行為に素直に従った。
「えっと、いつもここで暮らしてるの?」
 話題を変えようと、広々とした洞窟を見回しながらラルカが口走る。
「そうねぇ、つい最近ここに住み始めたんだけどさ」
 未だ悲しみを少し引きずった表情でミミは答えた。一匹で住むには結構広い空間をぼんやりと目にしながら。
「前は、何処に居たの?」
「都市よ、でっかい建物がばかりが並んでいる所ね」
「都市にかぁ。俺もそこに来た時は、色々と有名になっていたもんだよ」
 少し前の事をラルカは思い出す。旅の最中に寄った大きな都市。田舎とは違ってせかせかと行き来している人の群れ。
 そんな人達が心のオアシスとして集まっている噴水公園がある。学校帰りや休息の合間なサラリーマン。お年寄りや趣味服をしているオタクなど。
 そこでは、都市で生きる人々がコミュニケーションの場として、また腕自慢の為に繰り広げていたポケモンバトル。
 ラルカも、そのトレーナー達とのポケモンバトルに参加していた。
 トレーナーのアナがそこで休憩している最中、子供に声を掛けられた。なりいきでバトルになったのを切欠に、ラルカは有名になったのだ。
 子供のポケモンを倒したら、今度は青年が。青年のポケモンを倒したら今度はサラリーマンが、サラリーマンのポケモンを倒したら今度は中年の男性が……
 そんな具合に次々とラルカ一匹で勝利を収め続けていく内に、ラルカはその噴水公園で注目を集めていた。
 何時の間にかテレビ関係者に声を掛けられ、テレビにも登場する事になり、それからラルカは有名なポケモンとして名を上げたのだった。また、助長する切欠にもなったのだ。
「まぁ、別に大した事じゃないんだけどさ」
「良いわねラルカって……」
 都市にいた頃を自慢気に話すラルカにミミが、小さく呟いた。
「何が?」
「色んな人達に注目されてさ、幸せだったでしょ……」
 そう問われ、生意気そうに鼻で笑いながら『別に』と返した。
「ちょっと自分の力を見せびらかしたら、どいつもこいつもキャーキャー騒ぐんだ。人気者は辛いさ」
「……」
「なぁ……やっぱどうかしたの?」
 明るい口調で話しているはずなのに、ミミの表情はまた暗くなってしまった。何か気に障る事でも言ったのかとラルカは内心焦った。
 機嫌を伺う行為に対し、そっけなく『別に』と返すだけだった。
「あーあのさ、こんな俺でもバトルする時、結構怖かった頃があるんだよ」
 空気の重さを何とかしようと話を続けた。控えめな内容に切り替えると、ミミは興味を持った。
「それってどんな時の?」
「どれから話したらいいかなぁ。あれだ、まだリオルの頃。生まれて初めてバトルに出た時の事だ」
 ラルカの話を、ミミはおとぎ話を聞く無邪気な子供の様な表情でうんうんと頷いた。
「あの時、俺はバトルって何なのか、また何をするのか全く理解できない内からやらされてたなぁ」

 生まれて程なく、当時リオルだったラルカは初心者トレーナーとのポケモンバトルで最初に出された。
 まだ自分が何者なのかとか、優秀な才能を秘めているとかなど、そんな事考えもしないくらい幼さなかった。しかし、この生まれて初めて行ったバトルで、自分の才能を知る切欠だった。
 アナの初となる対戦相手は短パン小僧と呼ばれる、それらしい服装をしていた男の子だった。
 ラルカの最初の相手は、不利な事にムウマだった。
 格闘タイプにとってゴーストは、相性的に不利だ。肉体を持たない幽霊を相手に、己の肉体を駆使して使う技は一切通用しない。言い換えれば空気と戦うようなものだった。
 知恵のあるトレーナーなら格闘技しか持たないポケモンを出してしまったら、まっさきに交換するのが普通だ。
 だがその当時は、アナもラルカも未熟な為に相性の良し悪しがまだ理解できていなかったのだ。もちろん技の有効活用なんて、当時のアナもラルカも知るはずが無かった。
 アナはラルカに適当に攻撃するような指示を煽ってはいた。初めてのバトルで何をしたらいいか解らないまま、勢いだけで突き進んだ。
 技は何と言うか、ムウマ目掛けてただ突っ走るそれだけの攻撃だ。たいあたりと言っていいのか、それさえ判断し難い行為だった。無論それは無意味な結果に終わった。
 肉質感の持たないゴーストに肉体的なダメージなど与えられるはずも無くすりぬいてしまい、石に躓いて勢いよく地面とキスしてしまった。
 初めて味わう砂の味に、口の中がジャリジャリしてて気持ち悪るくなり、その場で唾を吐いた。
 そんな見っとも無い状態のラルカをケラケラと笑うムウマ、余裕そうだった。
 生まれて初めて苛立ちを覚えたラルカ。敵に対する攻撃的意識が生まれた瞬間だった。
 緊張が走る中、先に動いたのはムウマだった。顔の先の空間から闇色の塊玉を作り出す。ゴーストタイプの技で知られている、シャドーボールだ。
 黒い玉をラルカに向かって放った。闇色の残存を残しながら早い速度でラルカに迫ってくるのを目にし、本能的に危機感を感じたラルカは横に飛ぶようにして避けた。
 目標を見失ったシャドーボールは当ても無く地面に激突し、大きく弾けた。それからアナの指示が飛んだ。技名は、まだ覚えたばかりのはっけいと言う技だ。
 両手に力を入れ、接近戦で挑もうとした。避ける様子の無さそうなムウマを見て、理由は分からないがこれは好機だと、この時思っていた。
 しかし、自身有りの渾身の一撃は、目標に当たる所ですり抜けてしまった。最初の攻撃と同じく何の効果もなかった。
 まさに無知。ゴーストタイプでは単純な打撃は一切通じないのをまだ理解できてなかった。焦ったラルカは思わず敵の顔を見上げた。ムウマは鼻で笑い、シャドーボールをラルカのボディに遠慮なく放った。
 ほとんど近かった為、胴体に命中。ラルカは衝撃の余り横なぎ吹っ飛んだ。勢い余り背後の木に大の字に貼り付く状態でぶつかってしまい、そのまま重力に従い地面へと落ち、地面と再びキスしてしまった。
 骨身に沁みるくらいの激痛が体中に駆け回った。幼い体にしてはとてもハードだった。
 気力を振り絞り、なんとか顔を地面から離す。顔は土で汚れてしまっている。そんなラルカの顔を見て、バトルをそっちのけにムウマはケラケラと笑っていた。
 一方アナの方は、どうして攻撃が当たらないのかと理解に苦しみながらパニックになっていた。その時はまともな指示が出せない状態だった。
 トレーナーが当てにならない以上、そのポケモンも混乱するのは必須だった。だがラルカは違っていた。
 まだ幼いのにも関わらず、本能が次はどうするかを感じ取り、体が自然に構えを取らせた。何時攻撃が来ても対応出来るようにと。
 対して勝利を確信したムウマは目から漆黒の光線状を放った。ナイトヘッドと言うゴーストタイプの技だ。射線はラルカの顔面を捉えていた。
 すると、ラルカの目が鋭くなった。自然に姿勢を低くしそれと同時に地を駆け出した。ナイトヘッドはラルカの頭部すれすれの所で交わされた。
 攻撃の下を掻い潜り、その姿勢を保ちながら、まっすぐにムウマの方を目掛けて進んだ。思いがけない回避に油断したムウマは、浮遊能力を利用して上空に飛ぼうとした。
 しかし、ラルカはそれを逃さなかった。上空を飛ぼうとするムウマよりも早く、ラルカは先に跳躍する。上空にいるまま、再び両手に力を込める。そのまま、重力にしたがうまま落下する。
 拳をいつでも振り下ろせる体制をとり、しっかりとムウマをターゲット絞り込んだまま。
 一瞬焦るムウマ、だがその表情が笑みに変わった。ムウマ自身は忘れていた事を思い出したのだ。自分がラルカの技で倒れる事が無いと言う事を把握している。
 どうせこのまま拳を振り下ろした所で何も功を成さない。そう違いない、また無様に地べたにキスするのが予想できた。
 そして、ムウマとラルカとの距離が僅かになった所で、事態は一変した。
 目標を捕らえていたラルカの目が、とたんにムウマから目を離した。その視線の先には、何でもないただの地面。その事に構わず、ムウマの目の前にすれ違うように落ちる。そして、ラルカの拳はその地面へと振り下ろされた。
 その瞬間、地面が大きく爆発した。衝撃音と共に砂埃や小石、砂利が空を覆う様に撒き散らされた。その衝撃はその場に居たムウマにも直撃した。小石や砂利がムウマを襲った。
 地面から捲き起こる小さな粒々の砂がチクチクと刺さるように当たり、僅かながらのダメージを与えていた。それだけでなく、砂埃がムウマの目を痛め、視界をも奪った。
 目の痛みに小粒の涙を流すムウマ。まさかの予想外の行動に混乱し、見えない視界で当たりをキョロキョロする。ムウマの上で、声がした。ラルカが自分の居場所を教えるかのように大声で叫んでいるのが聞こえていた。
 視界が遮られたムウマは、これを好機と声のするままに、体制を自分の真上に向き直り、シャドーボールを上空目掛けて放った。一発だけでなく、二発、三発と。
 もしラルカが声のする場所にいるならば、そのまま乱射したシャドーボールが命中し、射ち落とされる小鳥の如く地面に堕ちるはずだ。その衝撃音を待ちわびた。
 だが、いつまでたっても攻撃が命中する音はしなかった。不振に思ったムウマは、痛む目を無理やり開いた。そこには、驚く光景があったのだ。
 声のする通り、ラルカは上空にいた。あの土埃に油断した隙に、ムウマの上をとっていたのだ。攻撃の矛先は間違ってはいなかった。だが、その攻撃を、ラルカは交わしていたのだ。
 連発で放たれたシャドーボールの間を、ラルカは本能的にどう動いて回避したらいいか察知し、来るシャドーボールの命中するギリギリの所で体を反らし、シャドーボールの射線上の隙間をスレスレの所で避けたのだ。
 そして、3連発の攻撃を避けたラルカは、重力を利用してムウマ目掛けて落下。慌てたムウマは目から、ナイトヘッドを放った。
 射線上はしっかりとラルカを捕らえている。命中は確実だった。すると、今度は攻撃を回避しよとせず、両手を斜め十字にクロスする。攻撃を甘んじて受ける体制だ。
 攻撃を受けたラルカ、苦しそうな表情を浮かべながらも、その視線はしっかりとムウマを離さなかった。ダメージに耐えつつ、落下に実を任せ、ムウマと再度すれ違った。
 地面に上手く着地したラルカだが、その時、ラルカの表情が苦痛に歪んだ。目がうっすらと涙目になる。左肢を捻挫してしまったのだ。
 バトル中に捻挫とは、スピードを殺されたのも当然。また、先ほどのナイトヘッドのダメージで、ほとんどボロボロだったそれを見逃さなかった。
 ムウマのトレーナーが指示し、シャドーボールで止めを誘うとした。てこずらせたその分、強烈な一撃をラルカに叩き込もうとした。ラルカとは僅かな距離の差と、左肢の捻挫を含め、回避は不可能だった。空中で見下ろすムウマは勝利を確信をした。
 その時、ムウマの背後で、何かが爆発したのだ。ショックとダメージで攻撃が止まった。何が起きたのか、ムウマ自身分からないままだった。しかも、その爆発は一発だけではなかった。
 怯んだムウマの背後で二発目、三発目と爆発が起こった。半端の無いダメージがムウマを襲った。耐え難い激痛は、自身の浮遊能力を保つ事もままならず、地面へと倒れてしまった。そのまま、起き上がる事はなかった。
 唖然とするムウマのトレーナー。もちろんアナもポカンとしたまま、その光景を見つめていた。
 誰もが口にはしなかったが、バトルはラルカの勝利で終わった。初めての戦いにも関わらず、瞬発力と集中力に長け、咄嗟の判断で勝利を収めた。
 アナは驚きの余り、勝利の喜びを忘れ、ボロボロながらその肢でしっかりと大地に立っているラルカを見て、とてもとても頼もしく見えた。
 それが、ラルカの初めてのバトルだった。

「これが俺の初めてのバトルだよ。あの時はどうしようもなく、泣きそうになったけど。でもどうにか勝てたよ」
 ラルカの話をマジマジと聞いていたミミは、すごいと言わんばかりに口がポカンと開けていた。それと同時に不思議に思った。
「でも、ゴーストに対抗できる技が無いラルカが、どうしてムウマを倒す事ができたのかしら?」
 何時の間にか横になっているラルカの横に座っていたミミが尋ねる。その質問に対して、う~んと唸りながら頭を掻いた。
「正確には、倒したと言うより……相手の自爆だったんだ。俺が直接倒したわけじゃないんだ」
「どう言う事?」
 不思議そうに尋ねながら、ミミはラルカの顔に近づいてくる。
「あっ、近いって。それはなぁ、ムウマが撃ってきたシャドーボールが、調度真上だったんだ。ほら、真上に投げた物ってさ、かならず下に落ちるじゃないか」
「それって、まさかそのムウマが撃った技を、ムウマ自身に当てたって事?」
「それが正しいね、投げた物はいつまでも飛んだままじゃないだろ? あまり自信なかったんだけどさ、真っ直ぐに降りてくるかどうかは賭けだったんだ。もちろん、あのムウマが手負いの俺の傍に居続けた事も賭けの内に入るけどさ」
 あの時、ラルカは自分の技が通用しないって事を確信し、どうすればいいか悩んでいたところ。ムウマの上空に飛び、シャドーボールを撃たせようとしたのだ。視界を奪ったのは、他の技に切り替えられない様にする為だった。
「でも、空を飛んでいたアナタも危なかったんじゃないの? そんな状態で3発も撃たれたら避けるのは容易じゃないわ」
「そこなんだけどさ、実はあのムウマ、シャドーボールを撃つとき、ある癖が見えたんだ。大きく呼吸をするんだ」
「癖、呼吸?」
 癖は人に限らず、ポケモンにもある。しかし、ミミには攻撃を避けた事と癖がどう結びつくのか理解できなかった。
「他の奴ならあの技を使うならすぐに撃ってくる。でもあの時のムウマは、一呼吸してから放つんだ。
 多分、吸った息を、攻撃するのと同時に吐いて、加速させていたんだ。あの一呼吸が、俺に避ける僅かな猶予を与えたんだ」
「そんな事まで見抜けていたの子供の頃のアナタは……癖なんて、一度見た程度じゃ普通わかるものじゃないわ」
「いや、どうしてだろうかな。バトルの時になると、全部の感覚が鋭くなってね、そういうのが分かっちゃうんだ。俺って」
 自慢気に笑みを浮かべるが、ミミはふぅんと言うだけだった。
「あ、その顔信じてないな?」
「そんな事無いわよ、だってフォレトスの爆発がある前、アタシはあなた達の戦っている所を一部見てたんですもの」
 その言葉に、今度はラルカが驚かされていた。あのバトルの光景を見られていたとは気づかなかった。
「見てたのかよ。何処で?」
「ウフフ、でもラルカ。なんであのライチュウやバシャーモに反撃しなかったのよ?」
 質問を質問で返され、ちょっと腑に落ちない気分になるも、ラルカは答えた。
「あれでも、生まれたばかりの時、とても世話してくれた。血は全然繋がってなくても、俺に優しかった。
 でも、自分の事ばかりに夢中になって、ついつい反抗してしまうんだ」
「そんな仲間を攻撃できないって事ね」
「ほら、なんて言うか。俺って血の繋がった兄弟なんていないからさ。だからゴーとミンミンが俺にとって兄と姉だよ……」
「……」
 ラルカが『兄弟なんて』と言う部分で、ミミは氷のような冷たい瞳に変わった。
「ミミ?」
「ラルカぁ、あなた今の姉や兄の事、愛しているの? 好きなの?」
 さっきまでの明るい声が、急に低くなる。表情も暗いし、その視線も何だか痛い。
「何だよ急に。だって、生まれた時からずっと一緒なんだぜ、当たり前じゃないか」
「ふぅん、ならいいわ」
 ラルカの答えに、ミミの表情は更に暗くなった。そして、ラルカに気づかれないような薄笑いを浮かべた。
「何だよ、俺何か気に障るような事言ったか?」
「何んでもないわよ。そんな事より、もう少し安静にしてなさい」
「待ってくれ、マスターに会わないと……」
 そう言って表情を元に戻した。病人を制す物言いに、ラルカは従う訳にはいかなかった。
「ダメよ、そんな体じゃ動こうにも無理でしょ?」
 体を起こそうとしたラルカを両手で押さえつけ、無理やり布団に押し込む。
「俺はすぐにでも帰らなきゃいけないんだ。こんな時間まで連絡無しなんて、きっと心配してる!」
 今頃心配しているはずのアナに会いたくて、必死に説得した。しかしミミは首を横に振る。
「駄目。いーから黙って休む。雄が体壊したまま、こんな所うろついていたらやばいんだからね
 誰かに捕られたりされたら、せっかくのチャンスが……」
 最後の部分が小言になり、その部分だけ聞き取れなかった。
「な、何だって?」
「何でもないわよ。まだ若いんだし、体を壊したら勿体無いから、もう寝なさい」
 ミミは右手を高く上げると、摘む様な形をとる。その手を、ゆっくりと左右に振った。
 すると、その右手から鈴の音が鳴った。耳元で成る鈴音は、五月蝿く無く、程よいくらいな音量で心地よくラルカの耳に入った。
 さっきまで焦り気味だった気持ちが、自然と沈んでいく。それと同時に、急いでアナに会わなければならない気持ちが、どうでも良く思えてきた。
「気分が落ち着くでしょ。だからもう寝なさい……ね?」
 甘い声で呟かれ、ラルカはほんのり赤くなりながらも、黙って頷いた。
「うふっ、甘えてもいいのよ……」
 右手の左右に揺らしたまま、ミミはラルカの顔の傍で正座する。そして、残った左手でラルカの顔を自分の太もも部分に乗せた。
 柔らかい雌の太ももの感触が後ろ頭に伝わる。毛並みの良さが心地よい膝まくらだ。
 心落ち着く鈴の音色に、頭部を優しく包んでくれる雌のふとももの前に、ラルカの意識は段々と薄れていく。
「ちょっとだけ……寝ようかな……」
 とろけてしまいそうな気持ちを前に、その言葉を最後にラルカの瞼は完全に閉ざされた。視線の先が暗闇で覆われる中、鈴の音色だけが響く。
「私がラルカの面倒を見てあげる。何時までもね……」
 ミミの放った言葉は、ラルカには伝わらなかった。気づけば彼は静かな寝息を立て、眠りの中に入っていたのだ。
 ルックスの良い顔が見せる寝顔は、未だに幼さが僅かながら残っている。その可愛らしい寝顔の目の前に、一匹の雌が、口元を吊り上げて、不適に笑んだ。

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Last-modified: 2011-03-15 (火) 00:00:00
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