ポケモン小説wiki
分かれ道

/分かれ道

 
呂蒙




 暖かい日差しと吹き抜ける風が心地よい。そろそろ春の収穫祭だ。気候と地味に恵まれたリンシでは、食料も豊富なのだ。
今日は月に一度の給料日だ。さっさと仕事を終わらせて、会計を扱う役所「主計局」に出向く。ここで、一月分の給料をもらうわけだ。 
 どんなに下っ端であっても、主君に仕えるというのは、羨ましいことらしい。武官だろうと文官だろうと、それはれっきとした「武士」ということになる。
 しかし、じゃあ贅沢ができるかといえばそんなことはない。僕も一応は仕える身だから、巷で言うところの武士なんだろうが、薄給で贅沢どころか、切り詰めないとわずかな蓄えさえできない。
 一月分の穀物と、わずかな金品が入った小さな箱を荷車に入れてもらい、それを家まで引っ張っていく。4足歩行だと不便だと感じる時だ。いちいち口でくわえて何かをやるというのも面倒なものだ。ちなみに野菜は金品か穀物との交換制だ。面倒かもしれないが、そのまま渡されても、やがて腐ってしまうからね。
 国から支給された家に到着する。小さくても、小汚くてもこれは、僕にとっては立派な住居だ。
 4本足で足も速いと、本業以外に物資の輸送を命じられることもある。僕は文官で、本来輸送というのは武官の仕事なんだけど、足も速いし丁度良いという理由でかりだされてしまう。臨時の収入になるのだけど、山賊や河賊に襲われること危険もないわけではないし。街道が何らかの理由で封鎖されていると、険しい山道を行かなくてはならない。下っ端なので、逆らうことも許されない、結構きつい仕事なのだ。
 あと、炎属性なので、火を熾すのに丁度良いということもあるらしい。どっちにしても役所でいいようにこき使われているわけさ。そんなこんなで、本来の仕事である記録、つまり書記ね、その仕事ができないでいる。こんな薄給では、割に合わない。出世すれば元は取れるんだろうけど、本当に上位の官職につくには運や君主との血縁関係、実力などなど、自分の努力じゃどうにもならないものがある。おまけに叩き上げだと、周囲の貴族からねたまれて、失脚なんていうのもある。
(あ~あ、もっと出世したいなぁ……)
 お偉いさんの推薦があれば一番手っ取り早いんだけど、そんなものはない。おまけに推薦で出世した奴に限ってアホが多い。つまり、他の奴に嵌められてしまうわけ。上層部のごたごたは国が乱れる元、とかで、なるべく実力で出世できるようにしているんだけれども、なかなかうまくいかないらしい。

 給料日から何日か経って、仕事をしていると
(あ、あれ……。えーっと……)
 文章が出てこない……。記録をする上で文章を書く技術は必須なのに……。恥ずかしいことに僕は、ちゃんとした学問所で本格的に勉強をしたことがなかった。今の仕事も欠員がいるというのであてがわれただけだったし。どうしよう……。しばらく暇をもらって、本格的に勉強した方が良いかなぁ……。
 本当にこの前の輸送の任務で敵の待ち伏せに遭って「ぎゃー、しぬー」と言いたくなるような目に遭ったし。それで、荷物と一緒に逃げてきたわけ。護衛の兵士がいなかったら、危なかったな。まぁ、その後荷物はちゃんと届けたけど。何だかんだで時間を削られ、任務が終わると、家でぐったりしていることが多かった。書物の少しでも読んで置けば、それだけでも勉強になったんだろうけど。

 次の日、僕は上官のリザードンのところにそれとなく相談しに行った。僕は出身地で「ロバ殿」と呼んでいる。この国では上官は、官職か出身地で呼ばないといけない。そういう習慣なのだ。階級はずっと上である。何しろ「将軍」の職に任じられているのだから。
「じゃあ、太常(たいじょう)様を尋ねてみるといい。紹介状を書いておくから」
「へ、太常様って確か」
「君主様の縁戚。なかなかの文章家でもあるらしいぞ」
 太常っていうのは宮殿内の儀式を行う責任者。君主の務めの一つがいろいろな儀式を恙無く行うこと、だから責任は重大なんだけど……。儀式がなければ仕事がない、つまり閑職ということだ。
 太常様自身に悪い話は聞かないのだけど……。

 さらに次の日。僕は紹介状を携えて、太常様の屋敷へ向かった。屋敷は僕のみすぼらしい家を千戸も並べてもまだ及ばないといったところだ。屋敷の周りを塀が囲んでおり、東西につけられた門には護衛の兵士がいる。ちょっとやそっとでは屋敷に侵入ことはできなさそうだ。
門のところにいた護衛の兵士に止められるが、紹介状を見せるとすんなり取り次いでくれた。この国では出世に必要なのは、実力よりも推薦だったりする。最初聞いた時は不公平な気もしたけど、どこの誰だか分からないようなやつを要職につけるよりも、有力者からの推薦があった方が安全なのだという。確かにいざ要職につけてみて、実は敵国の諜報だった、ということになったら大変では済まない。
 屋敷の中に通され、太常様の部屋まで案内される。同じ属性同士のつながりがあるのかどうかは知らなかったが、部屋の中にいる太常様・バクフーンは僕の方を見て、
「ああ、君か。話は聞いている」
と言い、お茶と甘いお菓子を振る舞ってくれた。目つきは鋭かったが、言葉の調子は優しかった。とにかく威厳のある方だというのが第一印象だった。
「カイリュー上大将軍の推薦でこの国に来たというが、もう仕事には慣れたかね?」
「あ、はい。何とか」
 僕はしどろもどろに答えた。しかし、あの方がそんなに偉い方だとは思わなかった。上大将軍というのは、大元帥、元帥に次ぐ武官の位なんだけど、余程のことがないと任命されない。例えば、長年務めたとか、功績が大きすぎるといったことだ。もっとも、位の上下は実はいい加減なところもあったりする。上将軍と大将軍とではどちらが偉いというのが、曖昧だったりする。結局のところ給料の多寡で決められているらしい。しかし、高い官職につくと、仕事の量も桁違いに多くなるので、家の管理など身の回りのことは召使いを雇ったりしないといけない。召使いの給料は自分の給料から捻出し、さらに屋敷内に部屋を与えないといけない。だから、それなりの出費になるのだ。それでも相当な額の給料が残るらしいが。何にせよ、今の僕からすれば、憧れの生活だ。住む世界が違いすぎる。あーあ、もっと出世したいなぁ……。薄給生活はつらいよ……。手っ取り早く出世するには、やっぱり偉い人に推薦してもらうのが一番だ。しかし、僕にはそういう繋がりがほとんどないしなぁ……。
 地方の都市で経験を積んでから、中央に戻ってさらに実務をこなして、高い位にありつくというのが、出世への道筋らしい。地方への赴任の募集は時々やっているそうだから、まめに確認してみようか。
 次の日、役所内で、ある将軍が地方に赴任するので、ついていく者を文官、武官問わずに募集しているとのことだった。出発は3ヶ月後ということらしい。僕も、興味がないわけではなかったが、赴任先を調べてみると、えらい僻地だ。僻地だと務めも楽なように思えたが、実際は中央の目が届かないところなので、治安のよくないことが多いのだそうだ。つまり、無駄に大変らしい。文官にとっては何の利点もないが、武官にとっては武功を稼ぐ好機だから、そこそこ人気のある赴任先らしいが、僕はごめんだね。
 僕には学がないので、勉強をする時間が欲しかった。このままじゃ、一生下積みで終わってしまう。役所に休みをくれといっても、多分短い休みしかもらえないと思ったので、太常様に頼んでみると効果はてきめんで、しばらくは役所勤めから解放されることになった。太常様の屋敷には毎日多くの客がやってきたり、いろいろと雑務が溜まっていて、それらを処理しなければならない。本や巻物を読むのと併せて、いろいろと学べる。さらに文章の書き方は、太常様から直接教えていただいた。太常様曰く暇とのことだったが、偉くなると、いろいろと大変なこともあるのだろうと思い、何も聞かなかった。
 役所を休んで、勉強のために太常様の屋敷に通うようになってから、一月ほどが経った。役所の方がどうなっているか、気にかからないわけでもなかったが、太常様によると「君の暇をもらうとき、私が責任を持つといってしまったからな、この国の柱石になるべく励んでもらわんと困る。役所の方にもうまく言っておいた」とのことだった。うまく言っておいたって……。役所を脅したのかな? そんな時、太常様の家に平北将軍がやってきた。僕はお目にかかったことがないのだけど、どうやら僕にも用があるらしい。
この家の門番をしているカメールがやってきて、僕に言う。彼とは年も近いので、気軽に口を聞ける仲だ。
「平北将軍がお前に会いたいってさ」
「え? なんで?」
「そんなこと知るかよ。会わなかったら、お偉いさんの面子を潰すことになって後が面倒だぜ?」
「分かった、分かった。会うよ」
「太常様の部屋におられるからな、早く会ってこいよ」
 太常様の部屋の前へ行き
「失礼します」
と言って、観音開きの扉を開ける。中には、太常様とハクリューがいた。大きいというか、長いお方だ。
「おお、君だな。祖父上から話は聞いているぞ」
「は、はぁ、そ、そふうえ??」
が、冷静になって考えてみると、あの方しか思い当たる節がない。
「も、もしや、上大将軍の……」
「ああ。祖父上が私の赴任地に来られて、一度会っておけというのでな。祖父上がそういうのだから、只者ではないと思っていたが、やはりそのようだな。私には分かる」
「い、いえ、そのようなこと……」
「謙遜するな。どこかしら、他の者とは違うものがあるということだろう。それを大事にすることだな」
まぁ、運は強い方かもしれないな。この後、いろいろと話し合うことがあるとかで、僕は下がらせられた。しかし、あのお方、若いのにすごい出世だな。平北将軍って言ったら、指揮官の補佐役だぞ。それに赴任先って言っていたから、そこの都市をきちんと治めないといけないわけだし。さぞかし優れた手腕の持ち主なんだろうな。
「実は……」
「うむ……」
「……」
「……」
 しばらく話は続いていたようだが、部屋の外で聞き耳を立てるわけにもいかず、その場を離れた。何だが、口調からすると、明るい話題ではなさそうだった。
それから数日後、平北将軍の使いの者が僕の家に書簡を届けてきた。書いてあることを要約すると、七日後に任地に戻るから、よかったら君も来ないか、ということだった。うだつの上がらない役所勤めよりは、地方で経験を積んでみるというのも悪くはないことだ。地方で経験を積めば、ちょっとは評価してくれて、出世にもつながるだろう。もちろん、知らない土地で働くことや平北将軍のもとで働くということは、大げさにいえば、平北将軍と運命を共にしなければならないということだ。そのことへの不安もあった。まぁ、平北将軍は優秀なお方らしいから、大丈夫だとは思うけど。やっぱり迷う。即答はできないから、返事は後日届けるということで使いの者には帰ってもらった。
 次の日、太常様の屋敷に行くと、丁度休憩中のカメールが屋敷内の自分の部屋で話があるというので、ついていった。
「オレは、太常様の赴任についていくことにしたよ。お前はどうするんだ? 来るやつもいれば、来ない奴もいるらしいけど」
「ふーん、で、任地先に赴くのっていつ?」
「半月後って、おっしゃられてたぞ。何でも、征北将軍と太常の兼任らしいな」
「へーぇ、そいつはすごい」
「お前も来るか?」
「いや、実は、僕は平北将軍から任地先で働かないかと、気を利かせてくださっているから、それを無にするのも悪いと思ってね」
「んじゃ、素直に首を縦に振っておけよ。将軍直々に気を利かせてくれるなんて、羨ましい限りだぜ」
「あ、いや、でも……」
「都の居心地が良いから、ここを離れたくないってか? 悪いことはいわねぇ。昨日、太常様の部屋の前で、偶然聞いたんだが、宮廷内での太常様の立場が危うくなっているらしい。太常様にもしものことがあったら、関係者ってことでオレらも危ないぜ?」
「え? 太常様が?」
「まぁ、派閥とか、個人的に気に入らないとか、いろいろあるんだろ」
「……あ、そろそろ帰るよ。邪魔して悪かった」
 僕は家に帰ると、書簡を2通したため、平北将軍の屋敷に向かった。出発は6日後だ。決めた。平北将軍のもとで働いてみよう。見聞を広めるという意味でも悪くないだろうし、都の空気がない別の都市で、また新鮮な気持ちで働くのも悪くはないだろう。平北将軍の屋敷で2通の書簡のうち一つを、門番に将軍に渡してくれるように頼んだ。もう一つは、お世話になった太常様へ宛てたものだ。太常様の屋敷に戻り、書簡を直接渡すことができた。
「そうか。彼の赴任地はハクサイ城だったな。次の私の赴任地とはそう離れていない。また会えるとよいな」
「はい、ではこれで……」
「あ、待ちなさい。大事なことを言い忘れた。私の次の任地はワイカク城になる。その旨、彼に伝えておいてくれ。少ないが餞別だ。しっかりと職務に励むことだ」
「はい。今まで大変お世話になりました」
 僕は屋敷を後にした。平北将軍というのは地位で言ったら、征北将軍の下だからな、多分、平北将軍がいろいろと動いてくださったんだろうな。太常様にしても、いつまでも閑職に追いやられているようなお方ではないだろうし。
次の日、僕は平北将軍の屋敷に向かった。一応書簡が届いているかどうか確認しないといけない。屋敷について、取り次いでもらうと
「ああ、君か。書簡は見た。君のような優秀なものが配下に加わってくれて、私としても嬉しい限りだ」
「恐れ入ります」
「出発は5日後だ。君もそれまでに準備を済ませておきなさい。ああ、それと、役所にこれの書簡を出せば、すんなり辞めさせてもらえるだろうから」
「ありがとうございます」
 これは助かった。辞表を出すとき、あれこれ理由を聞かれずに済む。どうも僕は弁が立たないので、こういうことは苦手なのだ。平北将軍のおかげで、辞表を出すときもあれこれ聞かれずに済んだ。上官も面子をつぶしてはいけないというこの国の習慣のようなもののおかげだ。
出発の前日、平北将軍の屋敷にいた時に、事件が起きた。その時、平北将軍と同じ部屋にいたのだけど
「む……」
「どうかなさいましたか?」
「曲者だ! 誰かいるか!」
 すぐに護衛の兵士が部屋にやってきた。
「屋敷内に曲者が忍び込んだようだ。すぐに屋敷内を調べろ」
「承知しました」
 屋敷内は騒ぎになった。平北将軍はまだ若いうえに、優秀だ。何者かが消そうと企んでいても不思議ではない。やはり都を離れる決断をしたのは正解だったかもしれない。
 しばらくの捜索ののち兵士が報告にやってきた。
「申し訳ありません。逃げられました」
「むぅ……。まぁ良い。追う必要はない。騒ぎを起こすな、各々に下がって休むように伝えよ」
「かしこまりました」
 兵士は部屋を出て行った。
「しかし、何故わかったのですか」
「私は竜だからな。普通の者よりも目に見えぬものを感じ取る力に長けている。祖父上が君に何かを感じたのもそういうことだろう」
「はぁ……。しかし、何者だったんでしょうか」
「そこまでは分からん。任地に戻ったら探りを入れてみるか」
 翌日、平北将軍が都を離れるのに従い、僕も都を後にした。僕が選んだ道が正しかったのかどうかは分からない。でも、もう一方の道が正しかったというわけでもないじゃない。
 振り返ると、リンシの城門があんなにも小さくなっていた。

 

 おわり


トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-11-04 (日) 00:00:00
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.