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内側と外側

/内側と外側

暴力表現。軽い肉体破壊。
なんか意味解らないもの。
獣姦等のあまりお宜しくない表現が含まれているかも知れません。
病んでる? むしろ已んでる。
また、上記以外にも閲覧されるかたの気分を害するだろう、
と予測される表現が含まれている可能性を否定することは出来ません。





 部屋の中は閑散としている。何も無いに等しい。
 あるのは薄汚れたベッドだけ。大よそ快適な暮らしが出来そうな部屋ではない。
 コンクリートで塗り固められた冷たい壁は沈黙を貫いている。
 部屋の入り口は鉄格子。簡単には破壊できない太さだった。
 完全なる束縛。
 部屋の中に変化する情景は何も無い。
 唯一、背が届かないほどの高さに作られたガラスの窓だけが変化に富んでいた。
 小さい窓だ。真四角で絶えず空の様子を写していた。
 晴れた日は雲の形が崩れ、新たに形作られていく様子を見せてくれる。
 気ままに粘土を捏ねているかのように奇妙な形が出来上がる。
 雨の日は雨粒の一つ一つを身体で捕らえてくれた。打ち付ける雨が爆ぜた音は、まるで音楽のよう。
 夜になれば、ほんの僅かな時間だけ月の姿を見せてくれた。真ん丸で銀色をした綺麗な星だった。
 
 そして今、ウインディは変哲もない景色をぼんやりと眺めている。
 快晴が一番つまらなかった。
 空はただ青いだけ。知らない世界を見せてくれることはない。
 ――いつになったら綺麗な粒々が見えるのかなぁ
 することは無いも無い。まず、話す相手がいない。この独房に訪れるポケモンは居ない。
 誰かの声や息遣いも聞こえず、側に生き物が居ないということは想像に難くない。
 寂しいとか、孤独だとか、そんなことは全く考えていない。純粋に毎日がつまらないのだ。
 夜、あの小さなガラス窓の向こう側が真っ暗になるまで、ウインディは独りぼっちなのだ。

 狭い部屋以外の世界を知らなかった。
 例えば、空というものを知らない。
 確かにガラス窓の向こうには雲ひとつない澄み切った空がある。
 だけど、ウインディにはそれが空なのだと認識できない。
 また、雲だって同じ。
 青い窓の上に、形を変える白いものがあるとしか解らない。
 月も星も、なにもかも。ウインディにとっては全てが知らないものであった。
 全ては知識の外側にあった。
 何も知らないから、外の風景を飽きもせずにぼんやりと眺めていられるのだろう。
 
 知っていることはあまり多くない。例えば、主人の事を知っている。
 夜になるとこの場所に来て、寄り添ってくれる。
 乱暴に扱われるのだが痛いわけではなく、不思議な気分になる。暫くするとエサや水をくれる。
 主人はいつも難しい顔をしているのだが、危害は加えられない。
 きっと悪い人じゃない。だけど偏屈で何を考えてるのか解らない。
 話掛ければ答えてくれる。解らないことを聞けば、教えてくれる。頭はすごくいい。
 漠然とした像なのだが、ウインディにはそれで十分だった。
 ウインディは愛玩用のポケモンでも、バトル用のポケモンでもない。
 普通ならボックスに預けられているような取り柄のないポケモン。
 そんな彼女だからこそ、何も知らなくて良いのだ。
  
 ――外には何があるのだろう。きっと私の知らないものばっかりなんだろうなぁ
 外を想像してみようとする。しかし、何も思い浮かばない。一回も外を見たことがないのだから、無理も無い。
 どれだけ頭を働かしてみても、青色をした天井しか考えられない。
 地面はどうしてもコンクリートを想像してしまう。
 ウインディの世界観では土や砂や草なんてものは存在しなかった。
 地平線も存在しない。地球が丸いなんて当たり前の事実すら知らない。
 空には何も妨げるものがない。
 だがはるか遠くには空へと続いているコンクリートの壁が四方に張り巡らされている。
 ウインディが考える世界というのは、高さこそ無限にあれど横の広がりはこの独房と同じ。
 四角形に区切られたかなり歪なものだった。
 
 外の世界を考える度に憂鬱になった。自分は何にも知らないのだ、と思うと惨めだった。
 独房の外に出たいと願っても、主人は聞き入れてはくれないだろう。自力で逃げるにも、その術がない。
 きっと主人がこの部屋に入った瞬間を狙えばいいのだろうけれど、唐突に逃げ出したりしたら傷つくのではないか。
 人間も独りぼっちだと寂しいのではないか。
 そう考えるとウインディには我慢してこのまま過ごすという選択肢しか残らない。

 それにも、もう嫌気が差し始めていた。



 その行為はいつの間にか覚えてしまった。
 退屈しのぎ。満たされない愛情の確保。自己確認作業。過度に鬱積した感情の解放……。
 言い方は幾らでもあるのだが、行うことは同じこと。
 ウインディは目を瞑る。いつも独房に来て世話をしてくれる主人の顔が、浮かんではすぐに消えた。
 いやらしいつもりはないのだが、自らの呼吸が乱れていることに気づく。
 
 自慰をする以上は、多少なりとも快楽に浸りたい気持ちがある。
 強制的、一方的に主人から流されるものではない。痛みを伴わず、好みとする刺激を自ら与えるだけ。
 恥ずかしいことではない。
 
 股座に前足を伸ばす。
 真っ赤な体毛に覆われたその場所はまだ濡れていない。自分の欲求と身体の反応は別である。
 秘所は貝のように堅く閉じている。歳相応の形なのだろう。
 まだその突起は皮を被り過度な刺激から身を守っている。
 小さな性器はガーディの頃から主人の進入を許し、さまざまな責め苦を受けていた。
 にも関わらず少女らしさを保っていた。

 爪で傷つけないように、ぴったりと閉じた割れ目をそっと擦る。
 小さな突起に指を滑らしゆっくり刺激すると腰の奥の方が擽ったくなってくる。
 頭がぼんやりとしてくる。
 ときたま身体が飛び跳ねてしまいそうなくらい擽ったくなるが、それが気持ちよかった。
 指を動かす早さは変わらない。
 あまり遅くすれば興奮が冷め始めてし合うし、早くしすぎればすぐに果ててしまう。
 興奮の中に身を置いて、自分を焦らしながら行為を続けた。
 そうすれば、果てた時に全てがどうでも良くなる。
 淫靡な世界に浸れることをウインディは身をもって経験していた。
 
 次第に苦しくなってくる。擽ったさはジワジワと性感に変化していく。
 性欲は真綿で首を絞めるようにウインディの精神を蝕んでいく。
 性器はぴったりと閉じたまま、湿り気を帯びていた。
 粘り気を秘めた体液が指に纏わり付き、卑猥な肉の音を響かせている。
 口からは小さな嬌声がこぼれ始めていた。
 自分のいやらしい姿を想像しながら、ウインディは秘所を擦り続ける。
 身体は自然と身を捩じらせる。そのたび秘所に指が食い込む。
 後ろ足が痺れている。陰核に指が触れるたびに小刻みに両方の足が震えた。
 切ない気持ちが洪水のようにあふれ出し、ウインディに襲い掛かる。
 まるで水に飲み込まれたかのように押し寄せてくる欲情。それに身を任せればすぐに果てられる。
 けれど、それは望まなかった。
 
 声が次第に大きくなっていく。きっともう独房の外にも漏れている程だろう。 
 しかし、元々この場所にはポケモンなんていない。誰にも恥じることはないのだ。

 ウインディは力を込めて指を押し付ける。陰核は押しつぶされ、膣口は僅かに歪む。
 息が荒々しくなっていった。それと同時に口からは長い舌がだらしなく垂れ、一筋の唾液が零れ落ちていく。
 肉球からは薄っすらと汗がにじみ出ている。
 幼いウインディは自分が想像するよりも、はるかに乱れていた。
 一度前足を離した。身体は疼いている。
 牝の本能が激しい行為を望んでいる。後ろ足を強引に開かれ、蹂躙されることを望んでいる。
 誰も居ないこの場所では、決して叶えられることのない願望。それが、もどかしさを膨らましていく。
 
 ウインディは陰核を弄っていた指で、膣口を弄る。
 もちろん、太い三本の指では擬似的に挿入感を得ることなんて出来なかった。
 自分で指を入れるという行為が恐ろしくもあった。
 膣壁が傷付けられたときの痛みは尋常ではない。その恐怖心がウインディの試みを止めさせた。
 
 再び陰核を嬲り始める。二本の指で器用に掴み、上下に動かす。
 元々小さいものだから、指の間から逃げ出してし合うのだが、指からすリ抜ける瞬間の刺激も心地よかった。
 痛みの様な痺れのような感覚がお腹の奥からじわじわとあふれ出す。自然と股を閉じ、身体が丸くなっていく。


 唐突に我慢のダムは決壊する。これ以上溢れ出てくる快感を受け止めることが出来なくなる。
 後ろ足は大きく開かれ、腰は浮いてくる。
 指の動きは激しさを増し、小さな突起をこすり付ける。愛液があわ立ち、前足にも陰核にも染み込んでいく。
 全身が大きく震え弓なりに反り返ると、肺も横隔膜も一緒になって痙攣する。
 口は大きく開かれているというのに、酸素が供給されることはない。
 意識は薄らいでいく。声帯ですら麻痺していた。
 その間、快楽が身体の奥から滾々と湧き出し、溢れている。
 呼吸が止まっていた時間は十数秒なのだが、ウインディには永遠と呼べるほど長く感じられた。
  
 脱力する。
 息は荒い。頭の中は未だ白い。神経が断線している。
 灰色をした部屋の様子を伺うことは出来ない。鉛のように重たい。
 後ろ足は不規則に痙攣している。つられて前足や腹筋も痙攣する。
 頭の中では冷静に成りつつあったとしても、身体は余韻に浸っている。

 ふと気付くとガラス窓が見えた。
 ――主人はあの異世界で、何を見ているのだろう
 ウインディは目を瞑った。


 時間の感覚なんて疾の昔になくなっていた。いや、元々無かったのかも知れない。
 ウインディはこの世界に産み落とされてからずっと、この独房の中で生きている。
 ここには時計なんてものはないから、今が何時なのか全く解らない。
 唯一窓から見える外の景色が時間の手がかりなのだが、一体何時ならば明るくて、何時なら暗いのかもよく解らない。
 ただ、今はもう真っ暗になっていて、自分やコンクリートやベッドとの境界が溶け出している。
 どこからが自分でどこからがこの部屋なのか。考えるだけで恐ろしくなってくる。
 いつもなら、銀色をした大きな光が部屋の中を照らしているのだけど、今日はそれもない。
 窓の外には小さく光る星だけが見えていた。
 足音が聞こえた。ここに来る者は一人しかない。
 彼女を束縛している張本人だ。
 食事を手にしているのか、鼻の頭を美味しそうな匂いが擽った。
 独房に面した廊下がぼんやりと明るくなる。
 それは不規則な強弱を持ち、時には消えてしまいそうなほどか細い光になる。
 油が燃えるような匂いがあった。
 主人がやってきたのだと、ウインディは確信した。
 いつもそうだった。独房に訪れる時は、いつも決まって夜だった。
 蝋燭で足元を照らしながら一日一回の食事を持ってくる。それが主人の日課のようだった。



 蝋燭も食事をのせた食器も地面に置かれている。独房の外は薄っすらと明らんでいた。
 淡いオレンジ色は全ての暗闇を照らし出すことは出来ず、主人の周りばかりを強調している。
 暗い光はベッドで横たわるウインディまで届いていない。きっと主人はウインディの姿を確認できていない。
 無数の金属が触れ合う音がした。
 鉄格子の鍵を探しているのだろう。ウインディはそっと起き上がり扉の側へ駆け寄った。
 何も語らず、ただ主人の目を見て微笑みかける。
 もちろん主人はその様子を見ては居ない。目の前の鉄格子を開くことで頭は一杯だ。
 手に握られた大量の鍵の中から、この部屋の鍵を当てるのは容易ではない。
 主人は手当たりしだいに鍵穴へ差し込んでいく。
 鍵に目印でも付ければいいのに、とウインディは思った。

 扉が開き主人が部屋へ入ったのは、かなり後の事。
 ウインディには目もくれず、鍵を束ねたリングを壁に掛け、蝋燭も部屋の燭台に置いた。
 ベッドの上に腰を掛け、ようやく手にしていた皿を地面に置くと、ウインディの方に目を向ける。
「食べるのは後にしろよ」
 言葉は冷たく放たれた。一日に一度しかありつけない食事を目の前にして、その言葉はあまりにも惨たらしい。
 けれど、ウインディは言いつけどおり、食事には興味を示さない。
「はやく上がって来い」
 ウインディの気持ちなんて一切考えていないのだろうか、責めるように激しい口調だった。
 一瞬肩を跳ね上げ、ウインディは主人の目を見つめた。関係は対等ではない。
 ウインディが望むものではない。
 だからといって、主人を無碍に扱うことも出来ない。
 ボールに入れられることは無くても、捕らえられたポケモンなのだから。

 優しさはない。
 まるで折檻でもされているような気分に陥る。
 何も知らないとはいえ、ウインディはポケモン。本能だけなら人間よりも遥かに秀でている。
 本当なら身体を任せてはいけない相手なのだと気づいてはいる。
 ポケモンと人間だからではない。
 主人を一匹の牡として見たとき、ウインディはなんの魅力も感じられない。
 この相手では自分を守ってくれることを望めない。
 主人に好意を寄せるところは何も無い。種を温存させるだけの個体を作り出せる強い相手でもない。
 しかし、ボールに一度入ってしまえば、野生の本能というのは大きく削がれてしまう。
 ボールによって捕まえられたポケモンは、ある程度の洗脳に犯される。
 主人の命令に背かないように、主人を絶えず愛するように。
 その洗脳はウインディにも例外ではない。
 心のどこかに主人を拒む気持ちがあったとしても、それは罪悪感として自分の中に蓄積されていくだけ。
 それは自分を苦しめるだけ。
 実際に何か行動を起こすということは出来ない。だから、この場所から逃げ出すことも出来ない。
 主人の命令を忠実に守ることしか出来ない。

 ウインディは大きな足でコンクリートの地面を蹴り上げる。
 ベッドに飛び乗るとクッションが沈み込み、上手くバランスを取れなかった。
 前足を取られ、そのまま横向きに倒れこむ。
 暗闇の中で主人の目が蝋燭の炎を映している。
 命令道理に動くウインディに満足なのか、満面の笑みを浮かべている。
 見ていて不愉快になる。
 気色が悪い。
 毎晩この部屋に来ては身体を貪り、一通り済んだのなら何事も無かったかのように部屋を出て行く。
 そこに愛など一切なく、そこに求めるものもなく、ただ揺られているだけ。ただ、弄ばれているだけ。
 ポケモンに欲情している主人にも、それを拒めない自分も嫌いだった。
 ウインディにそれを表現する術はない。
 思考は絶えず頭の片隅にあったとしても、それを必死に否定する自分もいる。
 結局は満足そうに尻尾を振るだけだった。

「今日は何をするんですか?」
 主人は質問に答えない。聞くまでも無い、することは一つだけ。
 蝋燭が燃え尽きたのか、部屋の中は黒一色に染められる。
 小さな金具が接触する音。
 固い地面に衣服がぶつかる音。
 そして、ウインディは抱きしめられた。
 背中に温もりを感じる。全身を覆う体毛の向こう側には、主人がいる。
 急に身体は持ち上がり後ろに倒れこんでいく。そこには主人が座り込んでいる。
 主人に身を任せると背骨の辺りに固い棒のようなものが触れた。
 
 身体を弄られる。頭を撫でられたり、耳の後ろ側を撫でられたりするのは気持ちが良い。
 ついつい、身体を主人にこすり付けてしまう。
 いつの間にか、主人に対する暗い気持ちはどこかに消えてしまっている。
 頭がぼんやりとしてくる。ウインディは目を閉じて、主人の手のひらが与える感覚に集中する。
 主人の手はゆっくりと下へと落ちてくる。喉の下を擽り、胸を降下する。
 お腹の辺りで円を一周描き、一直線で股座に触れる。
 やはり、求めているものはそれだけなのだ。
 愛撫らしい愛撫はして貰えない。ウインディは理解こそ出来たものの、虚しさがはっきりと残った。
 毎回だから、いつもと同じだから、と割り切ることは難しいことだった。

「ここ、濡れてるけど……。何してたんだ?」
 主人は嬉しそうに声を弾ませ、秘裂に指を食い込ませている。
 小刻みに指を動かし膣口を刺激している。
 本当に何をしたのか解っていないはずは無いだろう。ウインディは黙していた。 
「一人でこんな卑らしい事をして、ウインディみたいな悪い仔には御仕置きが必要だな」
 この人間は何を一人で盛り上がっているのか、ウインディは白けていく一方だった。
 やはり気色悪い。
 そもそも、こんな狭くて暗い部屋に閉じ込めたところで、ウインディが懐いたり主人に対して好意を抱いたりすることはない。
 愛情すら注がれていなのなら、イライラが募っていくばかりである。
 この関係が成り立っているのはひとえに、モンスターボールの洗脳があるお陰。
 それを主人は理解していない。  
 ウインディは小さくため息をついた。
「興奮してるのか、お前」
 それはお前だろう、と喉元まであふれ出していたのだが、ぐっと堪える。
 主人の気分が悪くなるとウインディは殴られる。
 蹴られ、鍵束を投げつけられ、燭台で殴られる。
 いくら大きくて丈夫なウインディだとしても、与えられる恐怖は並ではない。
 下手をしたら殺されるかも知れないのだから、反抗すればもっと酷い仕打ちをされるのも解っている。
 だから攻撃されないように、主人の気分を害さないように振舞わなければならない。
 
 ウインディは陰核から電流が走ったのを感じた。
 後ろ足が飛び上がるような快感が流れてくる。
 感じたくないのにその乱暴な責め苦を気持ち良いと認識してしまう。
 自然と息が激しくなっていく。だらしなく舌を出し、短い呼吸をしている。
 薄っすらと開いた目は艶やかさに満ちていた。

「ここ、気持ちいだろ」
 主人は膣に中指を埋めていく。進入してきた異物に驚き、膣壁は収縮する。すると指は湿った膣壁に包まれる。
 指が抜かれると膣口から僅かにとろみを帯びた粘液が溢れでる。
 それは雫のように零れ落ちることなく、まるで糸のように透明な一本の線となってベッドに着地した。
 蒸れた牝の匂いが部屋の中に充満し始めている。
 
 再び中指が挿入されると、同じように膣壁は締まる。抉じ開けるように人差し指も挿入される。
 強制的に膣壁を押し広げた二本の指は、ゆっくり往復運動を始める。
 膣に満たされている粘液を掻き出そうとしている。
 次第に膣壁は収縮を止め、指の太さにあわせて広がり始める。
 奥の方からあふれ出してくる粘液は緩やかに分泌されているのだが止まることを知らない。
 どれほど体外に掻き出されても、膣の中には粘液が溢れていた。

「こんなに濡れてる」
「やぁぁ……」
 悲鳴のように甲高く、小さな声。
 ウインディは否定の意思を示したのだが、主人は指の動きを止めようとはしない。
 指が出入りをする度に結合部からは湿り気を秘めた卑猥な音が放たれる。
 それは首を激しく左右に振ったところで治まらない。
 むしろ主人はウインディの反応を面白がっている。笑い声が背中の方から聞こえた。  
 
 体制が崩れた。
 後ろから身体を押されたようだ。
 ウインディは前のめりになってベッドに倒れこむ。
 続けざまに視界は一転する。目の前にあったベッドがどこかに消えている。
 窓から差し込む小さな星の光が飛び込んできた。
 後ろ足に痛みを感じた。
 股を開かれている。
 身体を起こし見てみると、星の弱い明かりに照らされた主人の姿があった。
 後ろ足をバタつかせてみるが効果はない。
 ウインディは咄嗟に体制を変えようともしたのだが、主人は手を離そうとはしない。
 愛液に濡れた股座を見つめ、にやにやと笑っている。
 
「恥ずかしいのか、お前?」
 何も答えない。恥ずかしくない訳がない。
 ウインディは仮にも牝である。
 いくら種が異なるからといって、異性である主人に解れたその場所を直視されるのには抵抗がある。
 首に込めていた力を抜く。
 視界から主人の姿が消える。だが、生殖器を見られていることには変わりない。
 掴まれた両足はウインディの意思に反し、大きく外側に開かれる。
 きっと、その濡れた様を舐めるように見られているに違いない。
 ウインディは頬がカッと熱くなるのを感じた。
 
 今までとは違う感覚にウインディは打ちひしがれた。
 生暖かい。ねっとりとした柔らかいものが陰核に絡み付いてくる。
 すっぽりと被った包皮を押しのけ、勃起した芯の部分を突付かれている。
 何をされているのか、と身体を起こそうとするのだが上手に力を入れることが出来ない。
 その間にも性器への責めが止められることはない。
 身体を左右に揺さぶって拘束から逃れようとするのだが、掴まれた後ろ足は1cmと動かない。
 出来ることは自由な前足で自分の顔を覆い隠すだけ。
 一方的に流される快楽を受け止めるだけ。
 
 どれくらい経ったのか、ウインディは脱力し身体を動かそうとしない。
 前足の隙間から覗く瞳は固く閉ざされ宙を彷徨っている。
 視線は定まっていない。熱を帯びた吐息を辺りに放出していた。
 陰核への責めが終わると、拘束されていた後ろ足が自由になった。
 しかし、ウインディは股を閉じようとすることも無く、後ろ足を動かそうともしない。
 ただ、硬直している。
 主人は変わることなく笑みを浮かべている。
 屹立とした陰茎を宛がい、膣の場所を探るように上下に動かす。
 軽く押し当てられた陰茎は膣壁を押し広げ、ウインディの中へ進入していく。
 
 ウインディは曇った声を上げ、身を捩じらせると主人から逃げ出そうとしたが、自由に動かけない。
 主人の身体が覆っていた。両手でしっかりと抱きしめられ、頬に口を付けられる。
 ただ一言愛してる、と聞くと全身が揺れた。
 世界が宙に浮いていた。
 それはウインディが揺られているからか、それとも無理やりに押し込まれる快楽からなのか。
 ただ、ウインディにはその一言が嬉しかった。
 自分の表情を見られたりするのは恥ずかしいのだけど、それでも良いように思えた。
 
 初めて、愛していると言ってくれたのだから。
 頬を一筋の雫が伝い落ちた。




 ウインディが主人に心まで許したのは初めてだったような気がした。
 今まで身体を求めることがあっても、精神的な安らぎを得たことは無かった。
 心は常に別の場所にあって、嬌声を上げるその様を、諦観した眼差しで見つめていた。
 それは自分の求めるものではない、と。
 弄ばれているのは自分ではなく自分とそっくりな別のウインディなのだ、と妄想をしたりもした。
 それが昨晩は違った。

 優しく抱きしめてくれたし、キスも沢山してもらえた。
 身体が温かいと言ってくれた。
 目が可愛らしいと言ってくれた。
 毛皮を撫でると気持ちいいと言ってくれた

 ウインディだけを愛してると言ってくれた。

 行為が終わったあとも、眠るまで側に居てくれた。
 肌の密着した部分から主人の体温が伝わり、胸の高鳴りは微かに響きあい、視線が合えば微笑み合う。
 それは本能からくる純粋な望み。これから仔を成し、共に育む相手として身を委ねられる相手だという証明。
 ただし、ウインディはなにも知らない。
 その行為が新しい命を育むための行為だと言うことも、人間と交わっても絶対に仔供など生まれてこない事も。
 感じていたのは、ただの安堵感。愛されている幸せ。
 それでも満足だった。
 これから毎日そんな風に愛して貰えるのなら、外の世界なんて要らないとも思えた。
 主人以外の存在は取るに足りないと思えた。
 
 
 主人と一緒に過ごしていた時間と比べると、今は苦痛だった。
 四角く切り取られた世界は、昨日までのように輝いては居ない。
 ――こんなものを、どうして飽きもせずに見ていられたのだろう
 あの雲の端が緩やかに崩れ、上昇し、形を変えていく様。自分の好きだった景色がどうも面白くない。
 何も入っていない心の器にそっと暖かい液体を湛えてくれた一切の風景が、今のウインディには下らなく見えた。
 昨日までのように外の世界を思い描くことも無い。今想うのは主人のことだけだった。
 
 それでも気にはなった。
 主人の住む異世界はそんなに住み心地がいいのだろうか、と。

 することは何も無い。それは今までと変わらない。
 かと言って自分を慰めようという気分にはなれない。
 それがどれほど惨めなことか、ウインディはよく知っている。
 望みが叶った今となっては、そんなことをする必要もない。
 ベッドの上に跳び乗って、主人が横になっていた場所に鼻を当てる。
 好い匂いがした。
 主人の汗の匂い。それとウインディ自身の匂い。
 その二つは複雑に絡み合い、混ざり合い、全く別の匂いになっている。
 体液の匂いも残っている。
 
 ベッドに付いた染みは、まだ消えては居ない。
 ふき取られることも、完全に乾くこともなく、湿り気を帯びてその場に残っている。
 ウインディはその液体にそっと舌を這わした。
 主人の味がした。
 時間が経っているからか、いつも飲む精液よりも幾分かさらさらとしている。が、味にはあまり変わりがない。
 口の中全体を膜のようなものが覆う。
 唾液を飲み込むと、喉の奥が痛くなる。

 確かにいつもの味だった。
 ウインディは主人の精液しか飲んだことがないのだが、その味だけは忘れない。
 目を瞑り、ベッドに寝転がると、昨日の囁きが蘇ってくるような気がしていた。
 そのまま、主人の匂いに包まれながら過ごした。

 しかしそれも長く続かない。匂いは結局匂いであって主人そのものとは違う。
 主人がその場に居た証となっても、今ここに居るわけではない。
 ベッドから徐に降りてみる。コンクリートは冷たくて不愉快だった。
 窓ガラスから差し込む光を浴びて、その場に座り込んだ。
 身体は熱によって漸次に温められていく。その温もりは主人の与えてくれたものとは全く違う。

 鉄格子の向こう側を眺めてみるのだが、そこに主人が居るわけもない。まだ、部屋の中は明るい。
 暗くなるまで主人は絶対に来ないと解っていてはいた。
 ――もしかしたら、今日はいつもより早く来てくれるかも知れない
 そう思うと、そのまま眠ることなど出来なかった。

 じっとしていることにこれほど嫌悪を感じたことはない。
 ウインディは狭い独房の中を歩く。もちろん、同じ場所を何度も行ったり来たりを繰り返しているだけ。
 ときどき鉄格子の側まで来て、遠くに足音がないか耳を澄ましてみる。
 何も聴こえないのだが暫くその場で座り込む。

 振り返るとまだ外は明るい。光の筋はまだ暗闇に飲まれようとはしない。
 世界から隔離されたその部屋を力強く照らしている。
 ウインディは目を瞑り大きな遠吠えをあげた。
 そんなことをしても、気が治まるわけでもない。
 むしろ、要らないことを考えてしまうきっかけを作るだけだった。
 
 自分の存在を見失ってしまう。

 なぜこの場所で過ごしているのか。
 なぜずっとこの中で拘束され続けているのだろうか。
 なぜ主人は外の世界に連れて行ってくれないのか。
 愛していると本当に思っているのなら、ずっと一緒に居てくれるのではないのか。

 考えることを止めようとしても、ウインディの掻き乱された心がそれを許さない。
 常に消極的で悪い結末ばかりが頭の中に次々と浮かび出てくる。
 考えれば考えるほど、何もかもを消してしまいたい衝動が溢れてくる。
 自分の意に反した思考を吹き飛ばそうと遠吠えしてみるのだが、それは適わない。
 むしろ増して行くばかりだった。

 ――全部嘘だ。私の考えていることなんて嘘に決まってる。主人は愛してると言ってくれた
  
 ウインディは首を大きく左右に振る。何度も繰り返し振り続ける。
 悪い妄想を振り切ろうとするのだが、やはり無理だった。
 溜まった鬱憤を晴らす術はもうない。
 もどかしさの中、出来ることは涙を流すことくらいだった。

  


 目元はもう乾いている。部屋の中は肌寒い。どこから入ってきたのか、冷たい微風が頬を一瞬だけ掠めた。
 意識が戻る。はっとする。身体を起こし、その微風の匂いを確かめる。
 異臭に塗れているが、微かに主人の匂いが混ざっていた。
 目を開くと独房の中にはあまり光を感じなかった。あるのは窓ガラスから差し込む弱い光。
 丸い銀色をしたものがずっと部屋の中を覗いている。それはとても小さな丸。空に浮かんだ奇妙な丸。
 ウインディは空にある丸を見て、ため息をついた。
 主人がこの場所に来てくれるのは嬉しいことなのだが、どうやって出迎えればいいのか、いまいち解らなかった。
 いきなり飛びついては、主人が驚くだろうし。
 かといって、素っ気無くしてはきっと楽しくないだろうし。
 でも、今までのように畏まった振舞いをするのもなんだか気恥ずかしい。
 主人に愛されることは素直に喜んでいるのだが、どうやって彼に接すればいいのか、あれこれと考えるのは苦しいことだった。
 
 まだ足音は聞こえていない。
 
 思い返せばウインディはこれほどまでに、主人との接し方を考えたことはない。
 勝手に部屋へ入って来ては、食事の入った皿を床に置き、ウインディはベッドに横たわる。
 主人はただ覆いかぶさって一切の自由を拘束する。
 接し方も何も、彼らの関係は主人から一方的に与えられるばかりのもの。
 ウインディはただ大人しくして、何もかもを受け入れるだけ。
 考える必要すらなかった。その僅かな時間、我慢すれば良いだけだった。
 
 だから余計に考えてしまう。
 どうしたら主人を喜ばすことが出来るのか。
 どうしたら主人にもっと愛して貰えるのか。
 
 答えは見つかるわけもない。ウインディは主人以外の人間やポケモンとは関わったことがないのだから。

 
   *   * 

 なにもかもが昨晩と同じだった。
 鍵を束ねたリングを壁に掛け、蝋燭も部屋の燭台に置いき、ベッドの上に腰を掛け、手にしていた皿を地面に置く。
 相変わらず主人は無表情にウインディを見つめる。いつもならここで『ベッドに上がって来い』といわれる。
 ウインディもその言葉を心待ちにしていた。
 だが、どうも様子がおかしかった。ウインディを見つめる目は、いつものような侮蔑に近いものが含まれている。
 笑みを浮かべているわけではない。
 
 主人の愛している、という言葉がウインディの脳裏に過ぎった。同時に昼間の疑問がそれを打ち落とす。
 ――本当に主人は私のことを愛しているのだろうか
 泣き疲れ、取り止めのない思考から抜け出したはずだったのに、再びそれを考え始める。
 誰かの心を見透かせるはずはない。ウインディにはその術はない。
 
 主人の目を見つめ、ぼんやりと考えていた。


 主人は突然ベッドから立ち上がると側に近寄り、目をじっと見つめる。
 そして、そっとウインディのマズルに手を伸ばし――

「なんだ、その目は。お前、主人が誰かわかってないな」

 その言葉と同時に力いっぱい握り締める。
 思わずウインディは裏返った声を上げる。
 本来ウインディは1.9mくらいまで成長するのだが、このウインディはまだ幼い。
 産まれて一年と経たない内に進化させられてしまった所為で、身体も満足に成長しきっていない。
 平均的なウインディよりも小さな個体ということが、仇となっていた。

 ウインディは、マズルが拘束から解放されるとすぐに目を逸らし、口を開いた。
「誤解です。私はご主人を睨み付けていたわけじゃないです」
 瞳は不安に満ち溢れている。
 表情は恐怖に引きつり、声は微かに震えている。たてがみは僅かにしぼんでいた。
 緊張しているのか前足も後足も強張っている。背中の辺りは小刻みに震えているのが良くわかった。
 尻尾はくるりと丸まって腹側のほうにしまいこんである。
 伏せのような体勢で、主人の方と時々見つめるのだが視線が一致するとまた目を逸らす。

「睨み付けていた訳じゃない? 当たり前だろうがっ」
 ウインディの頬に衝撃が走る。周りに生えるたてがみが痛みを緩和していた。
 けれど、頬を叩かれた痛みは心に刻み付けられた。
 瞳に映った主人は、満面の笑みだった。

「私はただ、ご主人の目を見ていると安心できて――」
「五月蝿い。ポケモンの分際でっ」
 今度は眉間に拳を貰った。顔が大きく後ろにのけぞりかえる。
 主人の像は一瞬で消え、代わりに天井に映った蝋燭のオレンジがぼんやりと見えた。視界が揺らいでいる。
 
 ウインディはすぐに顔を主人の方に向ける。
 ――やはり昨日の言葉は嘘だったに違いない。私のことなんて愛してないんだ
 瞳から零れた雫は目元の繊維質を伝い、じわりと周りに広がった。

「昨日は愛してるって言ってくれたのに。あれは嘘だったんですか」
「仰向けになれ」
 冷徹なまでのその言葉の意味をウインディは理解している。
 命令に背こうとするのは始めてかも知れない。 

「答えてください」
 いままでの笑みが嘘のように、主人の表情は一瞬で劇的に変化した。
 なんらかの攻撃が加えられるのは想像に難くなかった。
 ウインディは目を固く閉じ、歯を食いしばり、来るべき痛みに耐える準備をした。

「仰向けになったら答えてやるから」
 その意外な返答にウインディは目を開く。じっと考えて、素直に仰向けになった。
 抵抗してみれども、心の中で主人を信じたい気持ちもあった。
 しかし主人は今までのように覆いかぶさっては来ない。鬼のような形相のまま無防備なウインディを見下ろしている。

「愛してるさ」
「でもなぜ、私を打つのですか」
 刹那、主人はウインディの喉元に足の乗せた。
 ただ、乗せただけじゃない。力を込めて踏みつける。気道を狭め呼吸を妨げようとしていた。
 事実ウインディは大きく口を開け、だらしなく舌を垂らし、掠れた声を上げながら、息苦しそうにしている。

「こういうのだって愛さ。ただ優しくするのだけが愛じゃない」
 ウインディはその言葉を理解することは出来なかった。
 愛というものを説いてくれたのは主人だった。
 その気持ちは胸の奥底から湧き出してきて、自分では押さえることすら出来ないもの。
 ただ、側に居るだけで嬉しくなるような気持ちで、誰にも邪魔されないもの。
 自分だけの存在であって欲しいと願うこと。
 どんな経緯でそのことを聞いたのか、既にウインディは忘れてしまっている。
 ただ、このままだともっと痛いことをされる、ということだけは痛感した。

 逃げようにも、首は主人に捕らえられている。
 身体を捻って拘束から逃れようとすれば、きっと足が飛んでくるに違いない。
 恐らく身動きをとらないでも、攻撃されるのはほぼ確実。
 どうすることも出来なかった。

「苦じっ――」
 ウインディが顔を赤らめ前足も後足も必死になって動かし悶え始めると、主人は喉元を押さえるのをやめた。
 足を離し、何かに満足しているのか、引きつったような笑みを浮かべ見下ろしている。
 離した足で頬を軽く蹴っている

 ウインディはその光景を見ながら咳き込んだ。せき止められ行き場を失っていた空気が一気に肺の中み満ちていく。
 それを味わう余裕などどこにも無く、貪るように酸素を取り込んだ。視界は定期的なリズムで揺れている。
 呼吸が少し整うと、今度は長いマズルに足を乗せようとされた。
 もちろん、ウインディはそれを回避しようと首を横に向けた。
 
「お前がその気なら、考えがある」
 主人は乱暴に言い放つと無防備なウインディの上に乗り、馬乗りの体勢となる。
 手には拳が握られている。それを振り下ろすこともなく、ただ見せ付けるかのように高く掲げている。
 興奮しているのか、主人の息遣いは部屋の中に響く。肩を揺らし大きく呼吸している。
 ウインディはあまりの不気味さに目蓋を閉じた。

 
 衝撃は顔面を通り越す。身体は大きく振るえ、勢いが余ったのかウインディの頭部は跳ね上がる。
 跳ね上がった頭部に向けて、主人は再び拳を振り落とす。
 コンクリートの床に後頭部は打ち付けられ、ウインディは悲鳴にも似た声を上げる。それは震えた声。
 しかし、主人がそれに構うことはない。
 ウインディは固く目を閉じているので窺い知ることは出来ないが、彼は笑っている。
 笑みを浮かべウインディの顔面を殴り続けている。
 その口元から血があふれ出していても構うことはない。力を緩めることなく、何度も拳を振り下ろしている。

 ウインディは口の中に違和感を感じた。血の味は最初に殴られたときから感じているのだけれど、何か違う。
 何か小さくて硬いものが口の中を転がっている。一箇所に留まることは無く、顔が動くたびに暴れている。
 主人に殴られるたびに、その硬いものは口腔を傷つけている。
 歯に当たってカチカチと不用意な音を鳴らしている。
 吐き出そうにも、拳の嵐は止みそうにない。殴られる瞬間は、どうしても歯を食いしばってしまう。
 ウインディは再び衝撃を与えられた。
 
 そうして違和感の正体に気付いた。
 歯が抜けている。切歯(まえば)が上顎からも下顎からも抜け落ちている。
 背筋に鳥肌が立つ。
 身体の一部が欠損してしまったという事実。
 頭の中が真っ白になる。次第に口の中は鉄の味を覚え始める。
 
 ――つまりこの硬いものは……

 ウインディの思考は停止せざるをえなかった。


   *   *

 頬を擽り主人の匂いを運んできた微風は、ずいぶん前から止んでいる。
 入れ替えられることのない空気は鉄の臭いに犯されている。
 闇と呼べるほど暗くはない。光が指し込んでいるが明るいと感じられる程でもない。
 弱弱しい月光はただ、ぼんやりと部屋の輪郭を浮かび上がらせるだけで精一杯だった。
 恐らく主人にはこの光景が非常にぼやけて見えているに違いにない。人間の瞳は光を捉える力が弱い。 
 
 ウインディは、すでに目を見開いている。
 でくの坊のようにぼんやりと宙を見つめている。

 主人の姿が像を結んでいる。
 微笑みが。
 狂ったような瞳が。
 拳を振り上げた瞬間の、細やかな筋肉の動が。
 髪の毛の揺れや、服の歪みが克明に映っている。

 殴られた衝撃で身体が跳ね上がると世界は大きく震える。
 首は持ち上がり、一瞬だけ主人と身体を重ねている部分が見える。
 
 主人は興奮している。衣服を身に着けているとはいえ、その生理現象までは覆い隠せては居ない。
 股間は不自然に盛り上がっていた。

「ごめんなさい」
 ウインディは、鮮血に染まった口を小さく開き、か細い声で鳴いた。
 エナメル質は不自然な音を発生させる。
 彼女自身、何が悪いのか全く理解していない。
 それでも、この暴力から逃れるためには、謝るしかないように思えた。

 主人は何も返事をしない。ただ握り拳を解き、自分の衣服を脱ごうとしている。
 シャツを脱ぎ捨てベッドの方へ放り投げ、ズボンのベルトを外そうと両手を激しく動かしている。
 どうも上手くいかないようで、苛立ちの表情を浮かべている。
 金属が接触する甲高い音が響く。

 ウインディは首を締め付けられ気道を圧迫される。喉の骨が身体の内側へとめり込んでいく。
 踏まれているときよりも息が苦しかった。肺は必死になって酸素を確保しようとするのだが、その道は完全に封鎖されている。
 空気が漏れる音すらない。
 意識が次第に薄まっていく。金属の音はもうしない。
 変わりに主人の吐息が聞こえた。
 耳元に湿り気を帯びた息が吹きかけられる。生暖かく、主人の匂いを(まと)った呼気。
 それは逆三角形の耳殻を包み込み、穴の奥へと押し込められる。 
 遠くで雑音を聞きながら、ウインディは主人の身体を押しのけようとしていた。
 瞳に結ばれている像は虚ろなもので、前足はどうしても主人を捕らえることは出来ない。
 
 不意に呼吸は再開される。
 空っぽの肺には濁流が川を下るような勢いで、酸素が流れ込んでくる。あまりの激しさにウインディは咳き込むことしか出来ない。
 強制的に促された咳は、喉の奥を傷つける。
 抜け落ちた歯は、咳と共に体外へと吐き出され、コンクリートの上で軽快に踊っている。
 まるで、どこかを駆け抜けてきたかのように呼吸は乱れている。
 くすんだ瞳は寸前のところで命の輝きを取り戻す。その輝きは非常に弱いものだった。

 首筋に噛み付かれたような痛みを感じても、何の動作も見せない。息を整えようと必死になっている。
 ウインディはされるがまま。抵抗することもなく空っぽの瞳で天井を見つめている。
 
 無抵抗でいると気分が悪いのか、主人は再びウインディの首を絞める。 
 ウインディの瞳からは大粒の涙が溢れ出す。目元の繊維質はもう涙が滴るほどに濡れている。

「お前はそうやって泣いてればいいんだよ」
 主人は首に宛てている両手を解き、長く伸びたマズルに手を伸ばす。
 横側から包み込むようにマズルを捕まえ、舌を滑り込ませる。
 
 顎を閉じるのは、ウインディのささやかな抵抗かも知れない。
 主人を拒絶する気持ちが、愛情を上回ったのは初めてのことだった。

 だが切歯(まえば)は全て抜け落ちている。
 どれほどその他の歯を食いしばったとしても、無防備な場所からいとも簡単に進入されてしまう。
 
 貪欲に、口腔内を味わうかのように。
 乱暴に、まるで暴力を振るっているかのように。 
 舌は淫らな水の音を立てながらうごめき回る。
 血液と唾液の混ざった液体はウインディの口の周りを汚していく。
 繊維質はすぐに両者の体液で染め上げられる。
 ウインディはこの口付けを快楽だ、と受け入れることが出来ない。
 愛情の欠片もない蛮行。
 強制的に行われる辱め。
 苦痛としか思えない行為。
 
 言葉こそ知らないのだが、不快な気持ちばかりが募っていった。
 お互いの口が離れると、再び繋がる場所は唯一つ。
  
 主人は、まだ濡れていないウインディの膣に陰茎を押し当てる。
 乾燥している粘膜は摩擦によって悲鳴を上げる。
 軽く性器どうしが接触しているだけだというのに、針を刺されているような強い痛みがウインディに走った。
 
 悲鳴のような、かみ殺した奇声が零れるのを主人は楽しがっている。
 無理やりに陰茎を突き刺しウインディの身体に埋没させると、空いている手で陰核をつまみあげる。
 捻りつぶすように、引きちぎりそうな程に力を入れて摘む。

 ウインディは痛がれば主人は喜ぶ、ということを知っている。
 だから、痛みを我慢することが今出来る唯一の抵抗だと知っていた。
 知っていても、我慢には限度がある。与えられた痛みは我慢できる範囲を超えている。
 憚ることなく、口を大きく開き、喉を破壊してしまうほどの強い悲鳴を上げる。
 一度悲鳴を上げてしまえば我慢のダムは決壊し、一気に全てのものが解き放たれる。
 ウインディは最期の抵抗を見せた。
 
 身体を起き上がらせようと力を込めてみたが、主人は即座にウインディの鼻頭を殴る。
 顔は血に塗れていく。
 どうにかして主人から逃れようと身体を捻ると、みぞおちの辺りを殴られる。
 熱い液体がこみ上げてくる。
 口の中一杯に広がる酸い液体。
 仕舞いには口に溜めておくことすら適わないほどの量になる。
 それでも無理に吐き出すのを我慢したものだから、こみ上げてきた液体は口からではなく、鼻から徐々に溢れてくる。
 鼻腔が痛みを感じ始める。
 絶えかねて口を開くと、大量の胃液が一気にあふれ出た。繊維質がその液体をしみこませていく。
 すえた臭いを立ち込めさせている。
 
 前足をバタつかせてみても、主人はひるむ事すらない。
 淡々と両前足を床に押さえつけ、汚物に塗れたウインディを面白そうに覗き込む。両者の顔がぐっと近づく。
「傑作だな。そんなに痛いのか?」
 ウインディは顔を逸らし何も答えない。嗚咽を交えて泣いているだけだった。

 不自然に身体が揺れる。
 膣の中を主人の陰茎が何度も行き来をする。
 主人の顔は歪んだ笑みを浮かべている。ただ独りよがりに腰を振り続けている。
 気まぐれに、ウインディの身体へ拳をねじ込ませる。そのたびに上がる曇った声を聞くたびに腰の動きは乱暴になる。
 乱暴な動きをすれば、ウインディが快感を覚えると勘違いしているのか。
 それとも、早く射精欲を満たしてしまいたいのか。 
 どちらにしても、主人は一言も話すこと無く運動を続けた。

 ウインディは膣口に痛みを覚えた。無理な挿入が身体を痛めつけていた。
 主人の陰茎が動くたびに、ひりひりと痛んだ。その痛みは熱に変わることはあっても、決して快楽に変わることはない。
 そのはずだというのに、突き上げられる子宮からは愛液が溢れ出している。
 気持ちいいわけではない。
 被虐体質というわけでもない。
 ただ、身体がこれ以上のダメージを避けようとしている。
 膣壁を濡らし、少しでも摩擦が減るように働いている。
 往復運動が繰り返されるうち、肉のぶつかり合う音に水の弾ける音が混じり始める。
 その音はウインディの羞恥心を煽り立てた。
 
 もう主人と目を合わせることすら駄目だった。
 首を仰け反らせ、壁へと視線を向ける。
 不規則な揺れは許してくれそうにない。
 それでも見たかった。
 ガラス窓に浮かぶ丸い月を。

 ――外の世界はどんなものだろう

 ウインディの目には、ただの暗闇が映る。
 月は疾に消え失せていた。

 

(続くない)


ご意見ご感想、その他諸々もあったらどうぞ。

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • おもしろい小説をお書きになるのですね。

    頑張って続けてください
    ―― 2010-09-01 (水) 23:30:50
  • この小説おもしろい(プゲラ
    って言う意味ではないですよねw
    冗談言って、ごめんなさい。
    私は面白いつもりで書いていても、きっと読み手の方にはつまらないだろうな、と思っていたので。意外だったのです。

    コメント有難うございます。
    頑張れるかは解りかねますが、続けるように努力してみます。
    ――柘榴石 2010-09-02 (木) 23:31:31
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Last-modified: 2010-09-10 (金) 00:00:00
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