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僕はポケモンに飼われたい

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作者……とても仮面が分厚くて誰も正体を見破れなかったであろうあの人


 気付けば、今日も三時間の残業をしていた。

 僕が務めている会社は、月によって忙しかったり暇だったりと差が激しい。繁忙期はそれこそ残業三昧だが、暇になる頃は定時の大分前に仕事が終わって雑談ばかりしているような時もある。
 現在はこれから三ヶ月は続くであろう繁忙期。毎日の残業が必要となるため、上司には増員をお願いしているのだけれど、返事は決していいものではない。暇な時期には、今の人数ですら雑談ばかりしているような状態だから、増員すれば基本給がかさむからと首を縦に振ってはくれない。
 繁忙期だけ働いてくれるような短期の人員を雇うのは効率が悪いのだとか。

 そんな、繁忙期にありがちな疲れ果てて帰る日常、閑散期は週休二日だが、週一になった繁忙期の貴重な休日の前夜、土曜日の夜に突如として僕の電話が鳴り響く。
 相手は、大学時代の友人で、ポケモンバトルのサークルに所属していたポケモン好きの奴だ。学部が一緒なのと、講義を受ける際に同じ位置の席を好んだためによくノートを見せ合ったりした気の置けない奴だ。大学を卒業した今でも暇があれば遊びに行ったり飲みに行ったりするのだが……
 今は繁忙期だから、どこかで遊ぶような頼みはちょっと遠慮したい。休日は疲れた体を休めるために家でゆっくりしたい気分なのだ。そう考えながら用件を聞いてみると……
「僕にポケモンを預かってほしいのか?」
「あぁ、その……大人しくって全然手がかからない奴なんだが、その……毒タイプの奴でな」
「それって、悪臭とか毒ガスとかをばらまくってことか?」
「いや、大丈夫。もちろん、身の危険が迫ればそういうことはするけれど、普段は絶対にそういうことをしないようにしつけているから。その……エンニュートってポケモンでさ」
「ふむ……良く知らないけれど、そいつを預かればいいんだな?」
「そうそう。俺さ、カロスに出張することになったんだけれど、今のカロスってほら、中東の方の過激派組織からいつテロが起きるか分からない状況じゃないか? だから、入国する際に、大爆発を覚えるポケモンとか、毒タイプのポケモンは所持を制限されたりとか、連れて行くにしても色々面倒な手続きが必要になるわけよ。
 で、まぁ……急に決まった出張なもんでさ、出張の期間は一週間くらいだから、手続きのために色々書類を取り寄せたりするのも面倒でさ。預かってくれる奴を探しているんだよ。しかもその出張が明後日からでさ、育て屋に預けるのもありなんだけれど」
「いいけれど……家族は? 僕なんかよりも家族に任せたほうがいいんじゃ」
「あー、それがタマゴグループの関係でアレルギーがな……姉貴の旦那さんと、その子供が怪獣アレルギーで、とても預けられる状況じゃないんだ」
「そうかぁ……そりゃ無理だ」
「とりあえず、明日お前の家に行って預けたいと思うんだ。ついでに飲みなんかも出来たらと思うんだけれど……」
「お、いいよ。最近激務で出かける気にはならないけれど、お前から来てくれるんなら心置きなくやれるぜ!」
「わかった。必要なものも持って行くよ。それじゃあ、明日の……一〇時くらいに家に着くようにしておくよ」
「あい、それじゃあ掃除しておいて待ってるよ。最近面倒になって全然してなかったからなぁ……」
「忙しくなるとそうなるよな、はは。もし、明日エンニュートが嫌がるようだったら、その時は育て屋に預けることにするけれど……お互い気に入ってもらえるといいんだけれどなぁ。それじゃ、積もる話は後にして……明日またいろいろ話そうぜ」
「おう、美味しい酒買って来いよー」
 電話を切る。エンニュートか……どんなポケモンなんだか気になって、僕はパソコンを開いて予習がてら調べてみる。エンニュートは炎と毒を併せ持つポケモンで、ヤトウモリというポケモンの進化形だが、雌のみがこの形態に進化出来るようだ。しかしながら、リザードと似たような体型のポケモンではあるが、胸と股間という人間にとっては二大セックスアピールポイントに刻まれた模様が何だかエッチな下着のようでなまめかしい。
 そしてこのポケモンだが、雑食な上に免疫力も高く、腐ったものでも焼けば平気で食べることが出来、その上毒タイプゆえに普通のポケモンにとっては有毒なタマネギのような植物もなんなく食べるほか、麻痺毒や睡眠毒など毒タイプのポケモンでも耐性の無い毒を、焼くことで無毒化して無理やり食べてしまうという。
 無論、焼いても食べられないような毒物もあるのだが、少量だけ食べたり、子分であるヤトウモリの雄に毒見をさせたりしながら安全なものを試行錯誤し選び抜く賢さも持ち合わせている。
 多量に食べれば体に毒となる塩分に関しても、海に近いアローラの土地で育ったおかげか、塩分を多量に含んだ風を浴びた植物を食べても平然と水分を保持できる。
 その食性のおかげで、人間の食事をそのまま与えても大した問題がないという、食性に関してはカビゴンやサザンドラに次ぐ悪食のポケモンだそうだ。

 そのほか、エンニュートのフェロモンは人間すらも惑わしてメロメロにしてしまうというすさまじい効果を持っており、アローラの島巡りの最中にエンニュートに誘われて病気を貰ってしまう男の子も一年に一人か二人ほどいるのだという。もちろん、そのフェロモンは狩りにも活かされ、虫ポケモンをおびき寄せてはそれを焼いて喰らうのだという。
 そんなとんでもないポケモン、僕みたいなポケモンの素人に扱えるのかどうか……


 翌日、友人は僕の好物の酒と、大量のつまみを手に訪れた。二人では食べ切れなそうだが、どうせエンニュートが食うから置いていくのだという。
 僕が暮らしているアパートは汚さないようにしつけられたポケモンならば所有していても大丈夫という決まりなので、大人しい子ならば問題なく飼えるだろう。
 飲み会を始める前にお披露目したいとのことで、友人は早速ポケモンを繰り出した。一匹は真っ白なキュウコン。カントーに住んでいるとなじみのない真っ白なそのキュウコンは、氷・フェアリータイプというドラゴン殺しに特化したポケモンだ。主に暑い季節に活躍する子だそうで、同じ部屋で軽く吹雪をしてもらうと程よく涼めるらしい。こっちは特に規制がかかっていないため、出張に連れて行くらしい。
 もう一匹のエンニュートは寒い季節に抱き枕代わりにしているそうで、布団に入れておくと、そこにいるだけで暑いくらいに布団を温めてくれるのだとか。
 春という今の季節には、キュウコンの冷やす能力に関しては用なしだけれど、そんな時でもキュウコンは可愛いから生きているだけで癒される、というのが友人の言い分だ。
「それでさー、このエンニュートな。ライゼって言う名前なんだけれど、こいつがすごい奴なんだ」
「すごい……というと?」
 ライゼという名のエンニュート。よく見ると物凄くでかい。平均は1.2メートルほどの大きさだそうだが、1.5メートルほどの大きさはありそうだ。それだけでもすごいと言えばすごいが……
 ライゼの事を見守っていると、ライゼは鋭い爪を用いて、友人が持ってきた食材を切り刻んでいく。僕の家にあるをまな板を無断で使っているのはいただけないが、とりあえず料理をしているようだ。
「料理、出来るの?」
「あぁ、エンニュートは野生のポケモンでも焼けば食べられるものを焼いて食べたりとか、塩の結晶を振りかけたりとか、そういう個体がいるんだよ。そういう能力を伸ばしてあげたら、料理をしてくれるようになるんだよ」
「そういえば昨日エンニュートについて調べたけれど、エンニュートって何でも食べるし、塩味が濃い食事も食べられるって書いてあったな。へー……それどころか、エンニュートは塩分が濃い食事を好むような奴までいるのか?」
「そうそう。だから、料理を覚えさせようと思えば、他のポケモンよりもよっぽど早く覚えてくれるんだよ。しかも、人間よりもずっと嗅覚がいいから、割と香りにこだわってくれたりとか……」
 そう話している間にも、エンニュートはヨワシを三枚におろして、ガスコンロに火を灯してフライパンに火をかけているし、水道の使い方も教える必要すらなく平然と使っている。
「見ての通り、初めての家でもこうやって、料理に使う設備の使い方が分かるって言うね……他人のキッチンを勝手に使っちゃってうのは躾しても治らなかったけれど」
「確かに、人間同士のマナーは守れないみたいね……はは。流石に、『他人の家のキッチンを勝手に使うな』ってのは難しいのか?」
「ポケモンだから、他人の縄張りは侵さないと思うんだが……それは他人が強い場合に限るからなぁ。強い人の縄張りなら侵さないと思う」
「え、つまり僕弱いって思われてるの? 弱い相手の縄張りは気にしないって……」
「ライゼ61レベルだからな……ちなみにこっちのキュウコン、ヒョウカは62レベル。まぁ、普通の人間よりははるかに強いと思うよ」
「あぁ、確かに間違いなく僕より強い……けれど。そういう基準で人間を判断しているのかよ……」
 確かに僕はライゼよりは弱いだろう。だからと言って、ここまで無礼にキッチンを触られるとは思わず、僕は苦笑するしかなかった。
「しかし、料理を仕込めるだなんてすごいな……かなり苦労したでしょ?」
「うーん……エンニュートはポケモンの中じゃトップクラスで料理を仕込みやすいから、それほど苦労しないんだぜ? しかも、食べられる品目の多さや塩分への耐性の高さも人間に負けず劣らずだし、人間と似たような味覚と味覚を持っているからって、その方面での人気も高いポケモンだよ。
 ほら、Pikatubeとか見てみろよ、エンニュートが料理する動画に『イイネ』がたくさんつけられてるぞ」
「マジで?」
 ライゼが料理している後ろで、僕は動画サイトを開く。『エンニュート 料理』で検索すると、確かにエンニュートが料理をしている光景を動画に収めたものが人気を博しているようだ。
 特に人気なのは、コック帽とエプロンを纏ったエンニュートがオムライスやらアヒージョやらを作る光景をダイジェストで流す動画。クリームシチューを作っている動画では隠し味に青紫色の体液を一滴垂らしているが、衛生的にそれはどうなのだろう?
 ともかく、そのエンニュートは手際が良いのはもちろん、自身の炎を用いた絶妙な火加減で肉や野菜に焦げ目をつけたり、薪をくべて強火も弱火も自由自在に火加減を調節して、食べた子供達が美味しいと声を上げるほど。
 華やかな料理風景と確かな味付けは視聴者の目を引き付け、彼女がとあるチャリティイベントで店を開いた際は、長蛇の列ができて客をさばききれなかったという。ちなみに、体毛が無いので毛が飛び散ることはないので、何故コック帽をかぶっているかは不明だし、熱した油を浴びたくらいではびくともしない耐熱性の高い肌を持っているのに、エプロンをする理由は不明である。恐らくただのファッションというか気分の問題だろう。


 そんな動画を見ている間に、エンニュートは色々な料理を完成させていた。恐ろしく手際がいい……レベルの高さは料理にもいかされているようだ。
 ヨワシのつみれを使った味噌汁は、ヨワシの出汁が味噌汁の中に溶け込んでおり、浮かんでいる青いミツバの香りと上手く合わさって一口すする度に幸せな気分になる。
 ケンタロスの肉は軽く炙ってから擦り下ろした生姜を混ぜた味噌を塗り、それを自身の炎を直火で当てて味噌を程よく焦がし、その上から刻みのりをまぶして白髪ねぎ、ワサビと合わせる。ゴハンを何杯でも行けそうな香りが漂い、日本酒ともよく合いそうだ。
 その他、ワカシャモ肉に梅干しと紫蘇大葉を巻いて、衣をつけて揚げた料理。油の少ないささみ肉に、程よい酸味と塩味、そしてサラダ油が染み込んだコロモが非常によくマッチしている。
 トマトとレタス、ルッコラという癖のない野菜に、擦り下ろしたニンニクとごま油と粉チーズで味付けたサラダ。シンプルだがチーズのミルク本来の甘みとごま油の深い香り、そして野菜の苦みが喧嘩せずに共存している。
 甘酸っぱいフルーツに白身魚の刺身と塩と昆布を和えてラー油でまとめた料理。フルーツと塩昆布とは意外な組み合わせだが、野菜のうまみが塩で引き立てられ、それをソース代わりに刺身を口に含むと、その美味しさに思わず舌鼓を打つ。
 トマトを液体になるまでナスと一緒に煮込みチーズを加えたものも、シンプルながら美味しいではないか。
 レパートリーはかなり豊富な上に、その料理を作る間友人は一切ライゼに指示を下していない。自分で考えてその料理を作り上げたということだから、ライゼの料理の腕前の高さがうかがえる。
「まー……育て屋に預けたくない理由がこれなんだよなぁ。その、こいつ料理が趣味でさぁ。料理を出来ないと機嫌が悪くなるんだよ。流石に育て屋じゃ料理させちゃくれないだろうし、そこが悩みどころでね」
「ぜいたくな悩みだなぁ。こんなおいしい物を作ってくれるのに」
「美味しいけれどその分材料費が馬鹿にならないから、貧乏人には頭痛の種なんだけれどね。あー。でも……その、こいつのせいでかかった食費は俺が払うからさ、レシートはとっといてくれよ。こいつが作ってくれる料理の味は保証するから」
「おう、良いぜ。むしろこのまま僕の家に住んでほしいくらいだぜ、こんなにおいしい料理が毎日作れるならさ」
「そう言ってくれるなら頼もしいよ。えーと、だからまぁ……預かってくれるなら、その……近くに深夜まで営業しているスーパーマーケットとかはあるか? 食材が尽きる前にこいつに食料を買い与えといてやってくれ。でないと本当に機嫌が悪くなるから。こいつが怒る時なんて胸を触られた時と、食材が尽きた時くらいだからなぁ……よっぽど料理できないのがストレスなんだろうな」
「わかった。任せとけ。……っていうか、エンニュートってよく見ると結構胸でかいな、哺乳類でもないし、空を飛べるわけでもないのに何で胸がでかいんだ? しかも触られるの嫌なのか?」
「あぁ、こいつの胸は脂肪をため込んでいるんだよ、ドンメルの背中のコブみたいに。なんでも食う分、ふとしたきっかけで体調が悪くなることも多いから、そういう時は胸の脂肪を使って体を癒すんだ。柔らかい分弱点になりやすいから触ると怒るんだよ……多分だけれど性的な理由じゃないらしいぞ?」
「性的な理由でエンニュートの胸に触る奴いるのかよ……」
「いるんだよなぁそれが。特に、エンニュートのフェロモンを嗅いだ状態は人間でも歯止めが利かなくなるから、そういう時に誤って胸に触って、ひっかかれる事件も多いらしい。ライゼは去勢しているから誘惑はされないと思うけれど……」
「あぁ、そう言えばフェロモンなんてのもあったな、こいつ」
「飼う分にはそれが危ないから、去勢するのを推奨なんだよね、エンニュート。一応、野生のポケモンじゃないから変な病気は持っていないけれどさ、野生の個体は人間には致命的な病気も多いから……」
「怖いなそれ。そんなんで人生台無しにしたくねえぞ……?」
 人間を食ってしまうようなポケモンならばともかく、病気で誰かを殺すとか、とんでもないポケモンもいたもんだ。

 その日、宅飲みは一八時ほどまで続き、友人は翌朝の六時に起きて、六時半には会社に向かうからと、早めに朝食を食べるようだ。僕たちはライゼが振る舞うラッキーの卵を使ったツナフレーク入りのオムレツと、コンソメスープ、ブーピッグのベーコンレタストマトサンドを食べて、それが終わると友人は足早に会社へと向かっていった。
 ライゼはボールにしまう必要はなく、家においておけば勝手に家の中でのんびりと過ごしているという。僕はその言葉を信じて、会社へと向かうのであった。

 異変が起きたのはその日の夜からであった。
 帰ってみると、すでに家の中にはいい匂い。ライゼはすでに夕食を食べ終えていたようで、ソファに寝転がってこちらを一瞥する。
「お、夕食作ってくれたのか。ありがとなー」
 と、声かけて食卓に腰かけようとすると、素早く立ち上がったライゼは、狩りでもしているかの如く、なるべく音を立てない歩行で僕に詰め寄り、パシンと僕の手をはたく。
「な、なに!? なんなの? 僕何か悪いことした!?」
 じろりと冷たい目で睨むライゼの目を見つめながら僕が問うと、ライゼは床を指さす。
「床? それがどうかしたの?」
 問いかけても、ライゼは当然だが人間の言葉を喋ることは出来ない。再度問いかけると、ライゼは僕の肩を掴んで椅子から立たせ、そのまま肩を押さえつけて地べたに座らせる。
「え、えっと……」
 次は手を差し出した。ははぁ、なるほど……これはガーディやブルーなどのポケモンに対して餌を上げる前にやらせる、お手とお座りという奴だ。ポン、と手を差し出せば、ライゼは笑顔になって僕の頭を撫でる。え、なにこれは?
 その後、ライゼは僕の顎を掬いあげるようにして夕食の方へと促した。
「食べていいの?」
 こくり、頷くライゼの表情は満面の笑み。それはまさしくガーディやイワンコを愛でるお姉さまのよう。
「い、いただきまーす」
 ライゼに見守られ……否、監視されながら僕は夕食に手を付ける。そういえば僕、雪山で死にかけて旅を止めてしまったから、バッジ三つしか持っていない。ということは、他人から借りたライゼは、こんなへぼトレーナーの僕を見下しているのかもしれない。
 今日の夕食は青カビチーズとインディカ米、そして少量のパセリの香りが香ばしいトマトリゾットと、トマトとコンソメで味付けされたスープに、キャベツで巻いたコンビーフを浮かべたロールキャベツ。ほうれん草と生クリームのポタージュスープに、こふき芋に、白身魚のムニエル。非常に美味しそうなのだが、睨むようなライゼの目付きのせいであまり味が分からなかった。
 食べ終わり、きっちり『ごちそうさま』と言うまでライゼは僕の事を監視していた。そしてごちそうさまをして食器を片付けようとすると、すでにシンクにはライゼが食い散らかした食器が、昼と夜の二食分残っている。
 人間の飲食のマナーなど知ったこっちゃないのだろう、皿を舐めつくされている為か汚れは少ない。まぁ、皿洗いくらいは僕がやらないと罰が当たるよな……
「お皿、洗わせていただきます」
 と、宣言すれば、ライゼは満足げな表情で先が二股に割れた舌を出しながら頷いた。あぁ、なんだろう、これじゃ僕の方がお手伝いのようじゃないか。

 友人からは、食事が終わったらポケリフレをしてやれと言われており、鱗があるポケモン用の使い捨てふき取りシートを貰っていた。それを手に取ってライゼの体を拭いてあげようとしても、ライゼはあら、それは遠慮するわばかりに断って、自分でシートを取る。彼女は顔、首筋、胸、腹、内股、太もも、足と、自分で拭けるところは全部自分で拭いていく。
 どうしたものかとそのなまめかしい姿を観察していると、ライゼはおもむろにうつ伏せになってシートを僕に寄こす。『背中を拭け』と言わんばかりだ。仕方がないので、後頭部から背中、尻から尻尾までにかけてを拭いてあげる。すると彼女は気持ちよさそうに目を細めて、シュルシュルと糸を吐くような声を上げていた。
「お、終わりましたけれど」
 その態度があまりに尊大なので、気付けば僕はライゼに対して敬語になっていた。それに対する彼女の態度は、まだ座っている僕を見下ろすように立ち上がり、目を細めてご機嫌な表情で僕の頭を撫でた後、抱きしめるのだ。彼女の胸が顔に押し付けられている……が、そんなことはどうでもいい。
 何、僕はペット扱いなの!?


 インターネットで調べてみると、エンニュートというポケモンは雌しか進化しないわけだが、それはすなわち必然的にメスがリーダーとなるという事だ。そしてエンニュートはフェロモンを用いて他種の雄……それこそ、タマゴグループが違う雄も、人間すらも魅了してしまう。そのため、エンニュートは基本的に雄を見ると格下として扱う傾向があるのだという。それこそ、優れたトレーナーじゃないと男性には従わないそうだ。友人はバッジ八つ持っているからその点は文句なしだ。
 僕をまるでイワンコやガーディを愛でるかのようにいつくしむ動作をするということはつまり、そういうことなのだろう。
 ただ、エンニュートはリーダーとして振る舞う以上、部下は大切にする。食べられるかどうかわからないものを毒見させたりなどはするが、餌は分け合うし、頑張ってくれた部下への気遣いも忘れない。それがあのなでなでなのだろうか、それは気遣いなのだろうか……

 そんなことを調べているうちに、趣味の事を全くできないうちに時間は過ぎて寝る時間は目前だ。僕のベッドはすでに占領されていて、毛布にくるまれたライゼは微動だにせずに眠っている。こっそりと毛布の中に忍び込もうとすると、彼女は片目だけ開けてこちらを一瞥すると、そのまま睡眠を続行した。
 群れで暮らすポケモンだし、炎タイプとはいえエネルギー消費を防ぐためにも、皆でまとまって眠ることは多いのだろう、毛布の中はすでに暖かくなっていて、布団と毛布を一枚ずつでちょうどいい春先の肌寒い夜でも、ライゼがいれば毛布一枚でちょうどよく眠れそうだ。
 機嫌を損ねないように、寝相を良くして寝ないと寝ている間にひっかかれてしまいそうだ。

 翌日、ライゼは僕よりも早く起きていて、しっかりと朝食を作っていた。あらかじめ焦げ目をつけておいた食パンを砂糖を溶かした卵と牛乳に付けて焼いた料理に、ラッキーの卵とブーピッグの肉を使ったベーコンエッグ。ホウレンソウとモコシの実のバター炒めに、トマトの輪切りにバッフロンのチーズとバジル、オリーブオイルを添えたもの。茹でたアスパラガスに味噌とマヨネーズを合わせた調味料が添えられている。
 ライゼはつい二日前まで家にはなかった調味料も惜しみなく使っている。友人が言う、『金がかかる』という言葉の意味が良くわかるが、こんなんでも二人分ですら自炊をするよりは安いくらいの値段だ。高いのは、調味料をそろえる段階の先行投資ぶんくらいだろう。
 ライゼが振る舞う料理の味は相変わらずとてもいいのだが、朝も皿洗いをしないと怒るし、やはりいただきますをする前のお手とお座りは欠かせない。だけれど、何だか早くもあきらめがついて来たような気がする。プライドを捨ててライゼに従えば美味しい食事を食べられるのだから、お手とお座りくらいはもう許容するべきなのかもしれない。


 今夜のメニューは、スパイスが利いたカレーチャーハン。ニンジンとピーマン、タマネギをみじん切りにし、ブーピッグのひき肉と一緒に炒めた後、複数種のスパイスと生米、バターをフライパンに入れ、炊きあがった後にポタージュ状になるまで擦り下ろしたジャガイモを投入して炒めた、食欲をそそる香りの料理だ。
 最後にペッパーミルで胡椒を粗挽きすると、温められたゴハンから立ち上る湯気に乗って香りが一気に広がって……と、言いたいところだが、僕が帰って来たころにはすっかり冷めていたので、仕方がなくレンジでチンである。
 付け合わせにはトマトとサワークリームで赤のポケ豆とタマネギ、ワカシャモのひき肉を煮込んださわやかな酸味が美味しいスープに、細かくカットされたバッフロンのチーズと紫キャベツ、ざく切りにしたニンジンとグリーンピース、スイートコーンの野菜たちをワインビネガーと塩コショウとサラダ油、リンゴの擦り下ろし汁で味付けたもの。デザートの果物にはドレッシングに使わなかった分のリンゴが添えられていた。茶色くなり始めてたけれど……ラップとかで空気遮断してよ。

 まぁ、どれもこれも美味しいのだが、その分食材も多く消費している。ライゼは冷蔵庫の中身に不満を覚えたようで、皿洗いが終わると僕の手を引いて冷蔵庫の前に連れて行って、その中身を指で指し示して威嚇するような声を立てる。
「えっと、中身が少ないって?」
 問えば、ライゼはこくんと頷いた。完全に言葉の意味を分かっているじゃないか、手話でも教えれば覚えるんじゃなかろうか?
「えと、じゃあ今から買い物行く?」
 そう尋ねると、ライゼは当たり前だろと言わんばかりに体を踊らせる。
「わかった……分かったよ」
 うちの近所には夜の12時まで開いているスーパーマーケットがある。仕方がないが、行くしかないのだろう。

 そして、スーパーマーケットまで車を走らせると、ライゼは助手席でふんぞり返り、車を降りれば僕の袖をつかんで買い物を始める。ここはポケモンOKのスーパーマーケットだが、そんなことはともかくとして、これでは母親に手を引かれる幼稚園児のような気分だ。僕のほうが背が高いのに。
 ライゼは鼻をヒクつかせながら、不慣れなスーパーマーケットだろうに、次々とお目当ての品物を見つけていく。どうやらトマトが好みらしい彼女は真っ先にトマトを手に取ったあと、乾燥ヤドンの尻尾、養殖アマカジの缶詰、夏のメブキジカの葉っぱ、など、一人暮らししている最中は全く見向きもしなかった食材が満載だ。
 もちろん、キャベツやレタスなどの見慣れた野菜も手に取っていたが、このままじゃ僕の家の冷蔵庫がわけのわからない食材や調味料であふれかえってしまいそうだ。ビールを買おうとしたら睨まれた挙句、人差し指を一本だけ立てられた状態で唸り声をあげられる。どうやら『一本だけなら許可するが、それ以上は許可しない』と言うことらしい……えぇ!? 僕の金のはずなんだけれどな。
「こいつ本当に金がかかるな……」
 レジを通すと、その金額には驚きだ。こいつ、調子に乗らせたらどんどん際限なく高い食材を買って行くのではないか? いや、でも開封しても長期保存が可能な食材も多いので、出汁に使う際に何回も小分けにして使うとかそんな感じだろう。乾燥ヤドンの尻尾などは、出汁を取るだけなら何回分もありそうだし、きっとそうに違いない。

 クレジットカードで支払いを終えてスーパーマーケットに出ると、腰にモンスターボールを下げた怪獣マニアと目が合う。目が合ったらポケモンバトル、それがトレーナーのルールだ。
「ねぇ、君。珍しいポケモンを連れているね。もしかしなくってもトレーナー?」
「え、いや……まぁ、そんなところです」
「エンニュート、一度戦っているところを生で見てみたかったんだ。俺と対戦しない? するよね?」
 どうやら僕は面倒なタイプに絡まれてしまったらしい。けれど、僕の手を引いて前に立っているライゼはどうやらやる気のようで、笑顔で彼に頷いている。
「よし、君の子はやる気のようだ! 早速あっちで勝負しよう!」
 スーパーの近くにはバトルフィールドもある公園。そこへ連れられて、僕は流されるようにバトルをすることに。一応、プロの試合をテレビで見ることはよくあるし、バッジも三つまでは集めたことはあるから、相性とか大体の戦略くらいは分かるけれど……
「じゃあ、こっちもポケモンを出すよ! いけ、ドシン!」
 怪獣マニアが繰り出して着たポケモンはトリデプス。ライゼは腐食の特性を持っているから、相手が鋼タイプだろうと毒タイプだろうと毒にすることが出来る。相手はものすごい耐久力を誇るポケモン……ならば!
「ドシン、まずはアイアンヘッドで相手の出方を窺え!」
「ライゼ、ど……」
 『どくどく』を指示する前に、ライゼはどくどくを放っていた。
「くそ、早速それか!」
 ライゼは相手のアイアンヘッドを跳躍して避けており、頭上を宙返りしながら優雅に相手の後ろへと回っている。
「地震で仕留めてやれ!」
「ライゼ、火炎ほ」
 振り向くまでの一瞬に攻撃を指示しようとしたが、言われるまでもなくライゼは炎を吐いている。ライゼは後ろに大きくバックステップをしながらだったため、炎の威力は減退している……が、地震が及ぼす攻撃範囲からは逃れつつの攻撃で、相手に一方的にダメージを与えている。
「くそ、アイアンヘッドで接近戦を挑め!」
「えと、火炎放射で迎撃だ」
「と見せかけてメタルバーストだドシン!」
 ハッと気づいたころにはもう遅い。僕が火炎放射を命じたばかりに、ライゼはメタルバーストを……なんてことはない。ドシンはあえて攻撃を受けて、そのダメージをライゼに跳ね返そうとするのだが、ライゼはそれを見ながら嬉しそうに微笑むばかり。
「め、メタルバースト!」
 焦って相手が指示するも、ライゼは嫌らしい笑みを浮かべてパンパンとゆっくり拍手をしてその様子を見ている。
「くそ、俺の行動読んでやがるな!? このままじゃらちが明かない、地震だ!」
 と、相手は指示をするが、そんな適当に放った地震などに当たるライゼではなく、ライゼは猛毒で衰弱したドシンへ向けて空中から火炎放射を放ち、背中を焼いて決着をつける。
「あ……くっそ、それならこいつでどうだ!?」
「あれ、まだ来るの!? ライゼ、次の戦いに備え……」
 まさか二戦目までやらされるとは思わず、指示を出すのが遅れたが、ライゼはきっちり次の戦いに備えている。毒ガスをバトルフィールドにばらまくという方法で。
「はい……ライゼ……おみそれしました」
「いけ、アラシ!」
 そうこうしているうちに相手が出したポケモンはニドキング。今回も通常は毒が効かない相手……だが、ライゼにはそれも関係ない。
「アラシ、まずは接近しながら十万ボルト!」
「避け……ますよね、言われなくても」
 いきなり毒ガスを吸ってしまった相手には、悠長に戦う暇が無い。相手は焦って攻撃を指示するが、ライゼは駆け足で接近して、猫だまし。相手が思わず目を瞑ったその隙に、首に掛けられていた命の珠を泥棒される。
 いきなり命の珠を盗まれたことに相手トレーナーが絶句していると、アラシはようやく命令通りに頭の角から電気を放つ。地面が爆ぜ、切り裂かれていく轟音とともにライゼへと攻撃が迫っていく。ライゼは逃げた。後ろを気にしながらも、その駆け足に迷いはなく、ただ距離を取っていく。やがて十万ボルトの勢いが枯れてしまったところで、ライゼはごろりと寝転んで、尻尾を立たせてセクシーなポーズをとる。太ももやわき腹、尻尾にかけての曲線美、その美しさに思わず目が釘付けになっていると、相手のトレーナーもニドキングも思わず攻撃の手がおろそかになっている。
「まずい、誘惑だ!」
 と、気付いたころにはもう遅い。というか、去勢されてても誘惑は出来るんだ……。
「くそ、大地の力で勝負を決めるんだ!」
 特攻を下げられ、その上命の珠も失った相手は、エンニュートにとっては致命傷となりうる地面タイプの技で攻め立てるしかない。無論、それを親切に喰らってくれるライゼではなく、寝転んだ状態からバネのように跳ね上がって大地の力の効果範囲から逃げ、前進しながら火炎放射を浴びせかける。
 すでに毒が回っていたニドキングはそれに対する反応が遅れ、全身を炎に焼かれながら、気付けば鋭い爪を喉元につきつけられていた。
「負けたよ……君のエンニュート、強いね。指示はダメダメだったけれど、それを補って余りある強さだよ……」
 そう言って、怪獣マニアは財布から千円札を二枚、差し出す。
「あ、こ、これはどうも」
 と、受け取ろうとしたのだが、僕の手を遮るようにライゼが前に出て、その賞金を掠めとる。
「……お前なぁ」
 得意げな顔をしたライゼが紙幣に軽く口付けをすると、僕の目の前に紙幣をひらひらさせながら手渡した。
「ありがとよ……と、こちらこそ対戦ありがとうございました。今、事情があって預かっている子なもんで、満足に指示も出来ませんでしたが、この子も楽しんでいただけたみたいですし」
「あぁ、なるほど……どおりでトレーナーの実力とポケモンの実力が……」
 僕の言葉で相手の怪獣マニアは何かを察して言葉を濁す。どうせ僕はバッジ三つでドロップアウトしましたよ、ええ。
 絶妙に傷つくことを言われて意気消沈した僕の肩に、ライゼの手がポンポンと乗る。慰めるようなその手つきはむしろ挑発しているようにすら思えたが、もうつっこむ気力はなかった。お金がもらえたというのに、何だか負けた気分であった。
「ようよう、いいポケモン連れてるじゃねーか!」
「恋人探すきっかけになればってポケモンバトルしてるけれど、最近、手持ちのポケモンの方がいい男に見えてくるのよねー……」
「おやおや、お兄さんのポケモンは強いねぇ……ちょいとこのおばばにも付き合ってくれんかね?」
 公園デビューして間もないくせに、一味違う強さを見せるライゼの戦いっぷりが気になったのか、僕の周りにはいつの間にか目を光らせたトレーナーが集まっていた。
 ライゼはその後三人と戦い、二勝一敗を記録して帰路に就く。スキンヘッドのお兄さんはズルズキンを繰り出してきたが難なく下し、大人のお姉さんはコジョンドを繰り出すも、ライゼの敵ではなかった。
 最後に戦ったボケ防止のためにポケモンバトルを続けているというマダムのおばあさんは、メガフーディンを繰り出してきたのでさすがに負けた。いや、あれは仕方ない、相性的にも不利だし、負ける。と言うかなんで杖にメガストーン仕込んでるんだあのマダム、何者ですか貴方は。


 帰宅後、僕はライゼのポケリフレを終えると、またエンニュートについて調べる。エンニュートは、去勢をしなければ危険なポケモンという認識をされているが、その去勢という行為は他のポケモンに去勢を行う場合と比べても多大なストレスがかかるということがポケモンの研究者の間で認知されている。
 エンニュートは雄のポケモンを従えるにあたり、労いの意味も込めて雄たちと疑似的な性交をする。もちろん、エンニュート自身も性欲を満たす行為を楽しんでいるのだろうと推測されている。
 彼女のフェロモンで集められた雄は、当然だが性的欲求が普段よりも高まった状態にさせられてしまう。その状態で性欲を満たせない状態が続くと、雄たちは自傷行為を始めたり、地面や岩に生殖器を擦りつけて粘膜を傷つけてしまうことがあり、その傷が悪化して雄たちが死んだり、体調を悪くしたりしてしまうことがしばしばある。
 当然、従えた雄が病気になったり死んでしまうと、自身の群れの維持においては大きな損失となり、栄養状態の悪化や外敵からの攻撃に弱くなってしまう。その状態を防ぐために疑似的な性交で雄たちの性的欲求を満たすのだが、去勢されたエンニュートは、性欲が消失するため、本能的に雄をねぎらうという行為が出来なくなってしまう。
 その状態に陥ると、エンニュートは性欲はないのに、『何かをしなければいけない』という焦燥感に駆られて落ち着かなくなり、家の中やボールの中を走り回り、意味もなく周囲のものを荒らしてしまう行動が頻発する。それを躾で抑えることは可能だが、それによるストレスで今度は自身の手を噛んだり引っかいたりするといった自傷行為が多発し、寿命を大幅に短くしてしまう。
 そういった行為に対する対処法として最も有効だったのが、料理という行動なのだそうだ。
 野生のエンニュートも、木の実と組み合わせて肉を味付けしたり、腐りかけの肉を焼いて食べられるようにしたりと、ごく原始的ではあるが料理をすることは確認されている。その料理という行動は『部下をねぎらう』ことと『自分自身も楽しむ』という欲求を同時に満たす行為につながり、性交の代わりにそっちに没頭することで日々の欲求不満を解消しているそうだ。

 つまるところ、ライゼが料理を出してくるのは、部下に対する愛情表現の一つというわけで……もう、完全に僕は彼女の部下扱いなんだね。
 部下扱いをされていることに不満は感じるが、けれど愛情表現と考えると、今までロクに彼女も出来なかった僕からすると、少し魅力的な響きである。今日はまだもうちょっと起きていてもいい時間だったが、ライゼが寝室に向かったので、僕も一緒に眠ってみようと思う。
 寝室にてライゼと同じ布団に潜り込むと、ライゼは僕の事をぎゅっと抱きしめ、あくまでも上から目線な態度で僕を寝かしつけてくれた。彼女の体温は高くって、ちょっと暑いくらいだけれど、この抱き付かれ方は何だかくせになる、とても甘えたくなるような抱き方だった。


 翌日の朝食は、里芋とニンジン、ゴボウの煮物に、インゲンマメに砕いたクルミをミツハニーの甘い蜜で溶いたものを和えた小鉢と、カレー粉をまぶしてバターで炒めて塩胡椒を振りかけたワカシャモのもも肉と白米、ついでに輪切りにしたトマトと言った感じだ。やっぱりこいつトマト好きだな……
 美味しい朝食を食べ手から仕事に向かうと、昨夜は早めに寝たおかげか仕事中は調子がいい。残業の時間は相変わらず長かったが、ちょっとしたミスなんかはいつもよりも少ないような気がして、さわやかな気分だった。趣味の時間が削られたのは痛いが、やはり早めに寝るという習慣は良い効果を生んでくれる。

 そうして家に帰ると、夕食はアボカドとママンボウ*1の赤身をペースト状にして、ごくわずかなニンニクと生姜、そしてワサビを混ぜた醤油で味付けたもの。茹でたオクタンとウデッポウ、キュウリとトマトを、ワインビネガーと、刻んだニンニク、オリーブオイルとバジルで和えたもの。ミルタンクのクリームチーズとスモークサーモンをざっくばらんに混ぜ合わせたもの、トマトとベーコン、タマネギとジャガイモに刻んだパセリを浮かばせ、コンソメで味付けたミネストローネ。
 それらの小物に合わせるのはカロスパンだ。輪切りにしたカロスパンに乗せたり、スープに漬け込んだりして食べろという事らしい。どれもカロスパンの固い食感や香ばしい香り、ほのかな塩味とよく合いそうなものばかりで、刺激的な香りのするアボカドとママンボウのペーストや、海鮮と野菜をオリーブオイルで和えたものは一口食べれば、腹が余計に減った気分になって、食べる手が止まらない。
 ミネストローネも、トマトの酸味ばかりでなく、甘味や旨味がよく感じられる塩加減になっており、他の野菜の出汁と合わさって文句なしの深みあるスープに仕上がっている。
 デザートのフルーツポンチも非常に口当たりがよく美味しい。甘味が強すぎるアマカジは少量を細かく刻んで入っているくらいだが、その存在感は他を殺さず、自分も殺さずで絶妙だ。アマカジの強い自己主張に負けることなく、オレン、パイル、杏仁豆腐の香りは口に含めば口の中一杯に広がるし、僅かに混ざっているズリワインの香りがまたほろ酔いを誘ってくれるのだ。

 しかし、全体的に見てみると今までの食事にトマトが入らなかったことはない。ライゼはここぞとばかりにトマトを突っ込んでくるので、トマト嫌いには辛そうだ。
 そして、とてもおいしそうな食事なのだが、案の定ライゼは先に食べてしまっている。群れのリーダーが最優先で食事をとるのはまぁ、野生の掟のようなものだし、僕が格下扱いなのはもう諦めよう。もうすっかり慣れてしまったお手とお座りをさせられたが、だんだんお手とお座りの後に頭を撫でてもらえるのが癖になってきた。
 僕はマゾヒストだったのだろうか……昔はSMと言うものを勘違いしていて、MになってSにいじめられるなんてのは考えられないと思っていたが、真のSMとSがMを虐げるのではなく、Sが上の立場になりつつもMの相手を気遣うことだという。なるほど、こういう関係がSMだというのならば、こんなのもありなのかもしれない。
 だって、ポケリフレ後にライゼに甘えてみたら、ライゼは僕の事をいつくしむように撫でてくれたのだ。そうしてライゼが僕を可愛がってくれる時の、イワンコやガーディを見つめるような優しい目や優しい手つきを味わっている間は、美味しい食事を食べる時以上に幸せなんだもの。ライゼの部下でなければこの幸せが得られないのだとしたら、部下という扱いもやぶさかではないのだ。


 そうして翌日。ライゼを預かり始めて四日目。きょうの朝食は、千切りにしたキャベツに、たっぷりのツナフレークの油漬けを和えて、八枚切りの食パンで挟み込んで両面を焼いたものと、同じく千切りのキャベツにブーピッグのベーコンとスライスチーズをたっぷり加えて八枚切りのパンで挟み込んで焼いたもの。ホットサンドとか言うそれを、朝からがっつりと作ってくれている。
 塩を振った輪切りのトマトに、昨夜の残りのミネストローネだ。
 トマトを入れないと死んじゃう病気にでもかかっているのかこいつは?

 ともあれ、社会人の義務である仕事を、残業に耐えながら終えて帰宅してから、僕は新しいことをライゼに試してみようと思う。
 夕食は、中華風調味料で味付けた汁の中に卵を溶いて、片栗粉でとろみをつけたスープ。たっぷりのキュウリとくし切りにしたトマトに、コラーゲンたっぷりでゼリー状のプルプルが散らばっている茹でたワカシャモ肉を乗せて、ゴマのペーストに少量の酢と、ピリッと刺激的な唐辛子を加えたソースで味付けた棒棒鶏(バンバンジー)。白身魚の表面に片栗粉をまぶしてパリッとした食感に揚げたものに、黒酢、砂糖、醤油、片栗粉でとろみの付いたソースを掛けたもの。
 パリッとした食感に、食材と良く絡むとろみのあるソースが、豊かな酸味と甘みの香りで食欲をそそる。
 フライパンに残っていた、乾燥ヤドンの尻尾とクラブ肉、そしてシェルダーの乾燥貝柱を混ぜた香り高いチャーハンも、見るからに美味しそうだ。焦がしたねぎの香り、ラッキーの卵が絡んだパラパラの米、ニンニクのエキスが食欲を誘うニンニク醤油を焦がした香り。店に出せるレベルの美味しいチャーハンだ。

 しかし高い食材を惜しげもなく使うあたりこいつ食費に関しては本当に考慮してねえな……食費稼ぐためにバトルしてるのかこいつ?
 まぁ、いい。美味しい料理が毎日食べられるのならば多少の出費は仕方がない。今日はライゼにお座りとお手とさせられるときに、少しだけ甘えてみる。彼女の腕を取ってそのままほおずりすると、驚いたことにライゼはそのまま僕の事を抱きしめて後頭部から背中をさすってくれた。
 残業で疲れて、甘える相手が欲しくなるくらい廃れ切った心に、この抱きしめて甘えさせてくれるというライゼの行動は非常に有難い。思わず時間を忘れて甘えていたくなるが、食事が冷めたら作ってくれたライゼに失礼なので、ほどほどにしてまた後で楽しむことにする。

 美味しい食事を終え、皿洗いとポケリフレを終えたところで僕は先程の続きを行う。ベッドの上でライゼにもたれかかると、ライゼは僕の事を優しくなでながら頬にキスするなどして、存分に僕の事をねぎらってくれた。そうだ、僕はお金を稼いでいるわけだし、これくらい労ってもらう権利はあるはずだ。
 友人は食費にかかったお金は俺が払うと言ってくれたが、それは辞退しよう。こんなにライゼに満足させてもらった以上、友人からそんな物を貰うのは気が引けた。
 去勢されている為フェロモンが出ているわけでも無いのに、ライゼは僕の事を存分に魅了していった。その温かい体で、つやつやの肌で、優しい手つきで、細長く先の割れた舌で。その口付けと言うのも、軽く触れるようなこそばゆいキスを体中にしてくれる、一回一回は大したことが無いけれど、回数を繰り返すと何度でもやって欲しくなるような不思議な魅力に満ちている。
 ライゼは家にいても料理などで暇をつぶせるようだし、バトルなんかでも暇をつぶせるようだけれど、去勢されることで部下をねぎらうという本能的な行為を行いづらくなった現状では、部下を甘やかすという行為が出来ず欲求不満なのだろう、それに野生では部下を多数抱えるはずなのに、今の部下は僕一人。
 ライゼは多数の部下に行う分の愛撫をすべて僕に集中してくれ、飽きることなく僕を可愛がってくれた。なんかもう、自分の趣味とかどうでも良くなって来た……ライゼに抱かれて眠れるならばそれでいい気がしてきた。
 暖かな彼女の体に抱かれ、手を握られていると体の末端を温めてくれるのもあって、丁度良い頭寒足熱を味わえる。さらに彼女の指が僕の体をさするので、なぜられた場所からじんわり染み込んでいくような安心感に、眠気が体の奥底から引き出されていくようだった。
 そうだ、僕は毎日の残業で疲れていたのだ。体が温まり、落ち付くことでその疲れが一気に顔を出してきて、こびりついた疲れを流し落とさんとばかりに眠気が襲ってくる。あぁ、もしこのままライゼがマッサージでも覚えてくれれば最高なんだけれど、さすがにそれは贅沢すぎかな? でも、とりあえず寝れば疲れが取れることは確かなんだ……お休み。



 そうして、あっという間に約束の一週間が過ぎて、僕のもとに友人が訪れる。友人の出張先の最終日は予備日となっており、何らかの理由で仕事が長引いたりしていなければ、その日は実質休日である。出張中に特にトラブルも起きることなく仕事を終えた友人は、その一日を利用して目一杯カロスを観光してきたのだとか。
 ミアガレットなどのお土産をたくさん手にして帰って来た友人にライゼを返すのはとても名残惜しかったが、他人のポケモンを取ってしまうわけにはいくまい。ただ、これだけは聞いておこう。
「なぁ……僕もエンニュートが欲しくなったんだが、お前はどうやって手に入れたんだ?」
 僕はポケモンに飼われたい。そう思ってしまうくらいに、ライゼとの出会いは刺激的だったのだ。
「え、どうしたの? そんなにライゼの料理が気に入っちゃった?」
「うん、そんな感じ。一食も欠かさずトマトを入れるこだわりはいらないけれど……それで、その……ライゼの料理には満足させてもらったし、こいつがいる間にかかった食費を出してもらうって件に関してはいいや」
「え、そんなにおいしかった? もう少し普段からまともなもの食えよなー」
「うん……だから僕も、ライゼみたいな子が欲しくって……」
 けれど、僕はエンニュートに飼われる立場に立って甘えたいだなんて、口が裂けても言えないよなぁ。

あとがき 

今回の大会では見事一位を獲得出来まして、皆さま投票ありがとうございました。
元々は、自分のオリジナルキャラであるアーシャお姉さんライゼのようなキャラであり、アーシャお姉さんに甘えたがっている人の需要が着ぐるみ業界にあることから、そんなポケモンがいたらポケモンに甘える人が続出するのだろうなぁと思いながら書きました。
ポケモンは、甘えさせてくれそうなポケモンということで、最初はミルタンクなどを考えましたが、ミルタンクでは上から目線では接してこないという考えに至り、次はグラエナやビークインなど、雌がリーダーとなるポケモンに目をつけ、その結果エンニュートが選ばれました。
しかしながらこのエンニュートというポケモンは良く出来たもので毒タイプなのでタマネギやチョコも食べられそう、塩に強そう、炎タイプなので食材の加工も容易と、料理をするにあたって最高のポケモンでした。
そのため、これでもかというほど作中で作られた料理も振る舞うことが出来たというわけです。

ちなみにですが、ポケモンを軽率に去勢させる作者は、今のところこのWikiでは私くらいしかいないのと、pikatubeの名前で作者分かった人もいるかと思います。なので、他の作者様方はこの名前を使って読者を混乱させましょう!

・是非とも自分の胃袋も満足させてほしいです。 (2017/06/29(木) 22:04)

性格のモデルになったアーシャお姉さんも料理それなりに出来るよ!

・官能を絡ませないエンニュートの設定をうまく表現した内容に目を見張るものがありました。 (2017/07/02(日) 19:23)

エンユートはエロを取り除いても素敵なポケモンだと思います。

・すごくwikiらしい作品だなあと思って一票入れます。余談ですが、エンニュートってたかさ1.2mですがどうも頭から尻尾までの長さが1.2mらしくて、実際の身長は0.6mくらいみたいですね。我々としては小さくても大きくても魅力的なポケモンには変わりないですが (2017/07/02(日) 22:06)

カイリューはハクリューと比べると高さが減ってしまいますが、尻尾を含めると同じくらいの高さになると聞いたので、エンニュートも見た目そのままの高さという設定が正しいと思います。

・徹底的に練り込まれたエンニュートの生態に愛を感じます。飼われたい。 (2017/07/02(日) 22:34)

オプションで首輪とリードもつくよ!

・官能作品でもないのに、なぜだかある種のプレイをしているような錯覚に捕らわれました。徐々に堕ちていく主人公に感情移入し通しですw 台所に立つエンニュートというのも、中々絵になりますね。ただ、前半はポケモン料理だったのに、後半は何故かタコやエビが出てきたのがちょっと残念でした。 (2017/07/02(日) 23:45)

最後の方は集中力が落ちていたかもしれません。ウデッポウとかオクタンとかの方がそれっぽいですよね

・こんなポケモンにならば私も飼われたいです (2017/07/03(月) 00:11)

最近の社会人は疲れすぎです……休んでください

・気遣い上手なライゼに惚れた。 (2017/07/04(火) 20:44)

それこそが群れのリーダーの証!

・今回一番予想を裏切られた作品。最初タイトルを見た時はギャグ路線かなぁと思ったのですが、思いの外に本気且つ迫真の内容でビビりました。エンニュート愛もそうですが、それ以上に作者の料理への愛情(この場合はこだわりか?)が素晴らしいの一言。今回は最後まで投票先に迷いましたが、インパクトの大きさとお話の面白さから一票。こういう視点もありなんだなぁと目を開かされる思いでした。 (2017/07/04(火) 22:38)

料理は文字によるメシテロを目指しました。エンニュートはいつか主人公で描きたかったポケモンなので、愛情は思いっきり詰め込みました。(去勢はしたけれど)

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*1 マンボウの赤身はマグロと似たような味がする

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Last-modified: 2017-07-06 (木) 00:34:50
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