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僕と、君と、その彼と

/僕と、君と、その彼と

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恋愛経験…ゼロ
顔…中の下から中
種族…ブースター

こんなにも冴えない僕が、初めて恋をした。

相手はロコンの女の子。
彼女はひょんなことからこの森に住む事になった。
たまたま住家が一番近かったらしく、彼女はよく僕の所に来てこの森の事について聞いてきた。
そのあとも相談事がある度に僕が聞き手になっていた。

彼女が言うには『たくさんの人とつき合うのは苦手だから…』らしい。

……正直に言って、彼女はとても可愛らしい。

顔だけじゃなく、性格も。
僕には不釣り合いで、絶対に叶わない恋だとわかってる。
でも、好きになるのは仕方ないよね?

「ゼル、聞いてる?」
「…あ、ごめんアイリちゃん。ぼーっとしてた。」
「もう…。だからね……」

彼女に想いを伝えた事はないし、これからも無いと思う。
だって、下手に思いを伝えたら友達としてですらいられなくなっちゃう気がしたんだ。
そうなるなら僕はこのままで良いと思ってる。
雄らしくないなんて思われるかもしれないけど、それでも良い。

それに、彼女には彼氏がいる。
だから僕は、彼女の恋を応援する事にした。

今彼女が話してるのはその彼氏とのデートについて、僕がアドバイスした事の結果だった。

「……って事。やっぱりゼルの言う事に間違いは無いんだね。」
「そう?なら良かった。」
「実は恋愛経験豊富だったりするの?」
「ははっ。僕に限ってそんなのはありえないって。」

そう、彼女にしてるアドバイスはただ単に『自分だったらどうしてほしいのか』を伝えてるだけ。
本当はアドバイスなんてそんな大それた物じゃないんだよね…。

「ゼルが言うほど悪くない気がするけどなぁ…。」
「そう?ならたぶん…恋愛対象としては見られないんじゃないかな?」
「あ、それはあるかも…なんてね。」

彼女はくすくすと笑った。
否定してほしかった気がしなくもないけど……。

「あ、もうこんな時間かぁ…。じゃあ、ありがとね。ゼル。」
「どういたしまして。気をつけてね。アイリちゃん。」

アイリちゃんはそう言うと帰って行った。


彼女は相談や話したい事を終えると少しだけ僕と話して帰って行く。
元々他人と一緒にいるのがあんまり好きじゃないらしい。
『私の種族って長く生きられるから、友達が多いと別れが多くて辛いんだって。だからあんまり友達は作らないの。』
そんな彼女の言葉を思い出す。
僕はそんな数少ないアイリちゃんの『友達』でいられる事が嬉しかった。

少しだけ散らかった洞窟を片付け、僕は夜ご飯を採りに出かける事にした。

「今日は…チイラとマトマにしようかな。」

と言ってもこの辺りは木のみが豊富で、生えてる場所も決まってるから探す必要がない。
さすがにオボンみたいに貴重なのは探さないといけないけどね。

そんな事を考えていると、上から声を掛けられた。

「やっほー。ゼル君。」
「ミミさん?こんばんは!」

木の上にいたのはミミロップのミミさんだった。
ミミさんは軽い動作で木の上から飛び降り、あっさりと地面に着地した。

「元気だねー。ここにいるって事は…チイラ?採ってあげよっか?」
「…お願いしていいですか?」
「オッケー。」


木になっている実は、僕には高くて採りにくい。だから、たまにミミさん達に会うと採ってもらっている。
昔は木に登るのは難しくなかったけど…今は首の毛が邪魔で登れないんだよね……。
だから僕は枝を燃やして折るしかきのみを取る方法がない。だけど、燃やすと木を傷めるうえに加減を間違えると大変な事になる。
そうならないように僕はミミさん達の好意に甘える事にしてる。

…こんな事ができるのはきのみが豊富だからこそなんだけどね。

「はい、これぐらいで足りる?」
「十分過ぎますね…。ありがとうございます!」
「良いの良いの。じゃ!」

ミミさんは暮れはじめた空を見て、少し走ってに帰って行った。
僕はたくさんの木のみを見て小さくため息をついた。

「こんなに食べられないよ……。」

ミミさんが採ったのは夜ご飯をチイラだけにしても余るぐらいの量だった。
余らせて傷めるのも嫌だし…せっかく採ってもらったのに捨てるのも気が引けるしな…。

「おすそ分けしに行かないと…。」

僕はたくさんの木のみを持ってアイリちゃんの家に向かった。



「アイリちゃーん。いるー?」
「どうしたのー?わあ…、すごい量だね……。」
「うん…、貰いすぎちゃってさ……。幾つか貰ってくれないかな?」
「んー…わかった。じゃあ半分ぐらいちょうだい?」

僕はたくさんの木のみを見て疑問に思った事を聞いた。

「……そんなに食べるの?」
「ふふっ、まさか。その半分くらいは近くに植えるの。」

アイリちゃんは笑って答えた。
だよね…。アイリちゃん細いのにこんなに食べるわけないもんね……。

「ゼルこそそんなに食べるの?」
「んー…傷めるのも悪いし、たぶん。」
「太らないようにね。」
「……だね。」

たしかに太るかもしれないな…。
でも半分は減ったから大丈夫…だと思いたいな。

……心配だから食べたら運動しよう。

「じゃ、ありがとう。」
「うん、こちらこそ。」

家に帰った僕は、夜と朝に分けてチイラの実を食べ終えた。
もうしばらくはチイラはいいかな……。




それから二週間くらい経ったある日の夕方、僕は道端で『炎の石』を見つけた。
僕が進化する時にもお世話になった石だ。
……だけど、あんまり良い思い出はない。

「これ…アイリちゃんのかな?」

アイリちゃんがいつもアクセサリーみたいに着けていた形に何となく似ている。
進化をするためにはもちろんだけど…それ以外にも大切にしてる理由があるらしい。
とりあえず持って行って聞いてみよう。

僕はその石を拾ってアイリちゃんの家に向かった。

「っと……。」

アイリちゃんの家に行くと、ヘルガーのハイドと一緒にいた。
ハイドはアイリちゃんの彼氏で、かなりカッコイイ。
僕は友達…じゃないけど何回か話したことがある。明るくて面白い人だと思った。

二人はなんとなく良い雰囲気で、さすがに邪魔はしようと思わないから明日また来る事にして早めにここから離れようとした。


……けど次に僕の目に映ったのは…二人が抱き合ってキスをしたところで、僕の足は止まってしまった。
顔を赤くして微笑んでいるアイリちゃんは…すごく可愛らしかった。
ハイドも雄の僕ですらかっこいいと思う笑みをうかべていて、絵に描いたような二人だった。

僕はようやくはっとしてその場から駆け出した。
キスをするのは二人は付き合ってるんだから別に不思議な事じゃない。
『付き合う』って事は普通はそういう事なんだから。

でも……諦めていたはずなのに、頭ではちゃんとわかってたつもりだったのに、胸が強く締め付けられる気がした。
洞窟に戻り、僕は寝転んだ。

「僕…何をしてるんだろう……。」

諦めたつもりだったのに……なんでこんなに苦しいのかな…。
はっきりとフラれた方が諦めがついて良かったのかもしれない。
ハイドはかっこいいだけじゃなく、バトルも強い。アイリちゃんと釣り合うような人だと思ってる。
だからこそ諦めがつくと思ってたのに……。

「情けないなぁ…。」

苦笑いをして、泣きそうなのを堪えた。
泣かないようにしたのは雄としての意地…なのかな。

……僕に意地なんてあったのかわからないけど…。

「寝て忘れられないかな…。」

僕は目を閉じて何も考えないようにする。
しばらくすると、ゆっくりと眠気が僕を包み込んだ。




あの日から二ヶ月ぐらいが経った。

アイリちゃんは今までと変わらず接してくれたし、僕も変わらずに接したつもり。
でも、毎回アイリちゃんが帰ったあとに何か胸に引っ掛かった。

『本当にこれで良いの?』なんて言葉が聞こえる気がする。
今はそんな自分が嫌になっていた。

幸い、一ヶ月ぐらい前からアイリちゃんは僕のところに来ていないから僕は友達と遊んで気晴らしをしている。
やっぱり友達といると楽しいし、そういう事も忘れられる。
そうして友達と別れた後、いつものように僕はモモンを幾つか採って家へと帰った。



家に戻ると、僕の家の前に小さい背中が見えた。
六本の尻尾を持つ友達は一人しか知らない。

「アイリちゃん……?」
「ゼル……?」

僕は驚いた。
振り向いたアイリちゃんは涙で顔が濡れていたから。

「どうしたの…?」
「聞いてくれる…?私……どうしたらいいのかわからないよ…。」
「…うん。僕に出来る事があるなら協力するよ。」

僕を頼って来てくれた事が素直に嬉しかった。
好きな人を助けられるのは、僕にとって幸せな事だったから。

でも、アイリちゃんはしばらく躊躇って僕に言ったのは予想外の事だった。

「彼が…私以外の人とも付き合ってたの……。」
「……えっ?」

二股って事…?

ハイドはそんな事をするような人じゃないと思ってた。
だからこそ僕は…二人の恋を応援する事を決めたんだから。

「勘違い…じゃないの?」
「ううん…。彼が…他の女の子とキスしてたの…。」

それを言うとアイリちゃんはまた泣きはじめた。
よほどショックだったんだろう。僕がいるのに声を抑えようともせずに泣いていた。
なんて声を掛けたら良いんだろう……。
彼氏だったら抱きしめたりしてあげるだけでも少しは落ち着いてくれるんじゃないかな。
でも僕は…あくまで友達。いや、もしかしたらただの相談相手としか見られてないかもしれない。
そんな僕が掛けてあげられる言葉なんて見つからない。

好きな人が泣いてるのに何も出来ないのが悔しかった。

「ゼル……私、どうすれば良いの…?」
「まだハイドの事…好きなんだよね?」
「うん…。」

こんなに愛されてるのに……なんで二股なんて出来るんだろう…。

アイリちゃんに愛されてるハイドが羨ましいし、それを蔑ろにしてるからすごく腹が立つ。
でも、アイリちゃんが泣いてる方が嫌だ。

「なら、ちゃんと伝えた方が良いよ。『私だけを好きになってほしい』って。」
「でも…それで嫌われたくないの……。」

ハイド、うらやましいよ…。
二股掛けられてもここまで好きでいてくれる女の子がいるなんて…。
こんなに優しくて君に惚れ込んでる女の子なんてそうそういないと思うよ?

でも、僕に何が出来る…?
慰められないし、解決する事も出来ない。
話を聞くだけなら誰にだって出来る。

「ごめんね…こんな相談しちゃって……。」
「ううん…。僕の方こそ頼りなくてごめん。」
「そんなことないよ…。……ゼル、お願い聞いてくれる…?」
「え?…うん、良いよ。何?」
「彼に…私をどう思ってるのか聞いてほしいの……私からって言わないで…。」
「…わかった。」

ハイドの本音が聞きたいのかもしれない。
アイリちゃんの事……本当に好きなんだよね、ハイド?

「そうだ、モモン食べる?少しは落ち着くと思うよ。」

僕がそう言うとアイリちゃんは小さく頷いた。
二つアイリちゃんに手渡すと、片方を少しかじる。
最初は泣いていたけれど、次第に落ち着いてきたみたいだった。
二つとも食べ終わるとアイリちゃんは微笑んで僕に別れを告げた。

「…じゃあね。」

アイリちゃんはそれを言うとすぐに走って行った。
ずっと相談相手になってたからわかる。
あの顔は無理に笑った顔だった。
本当はすごく傷ついていると思う。

「はぁ……。」

僕が首を突っ込むべきじゃないのはわかってる。
けど…出来ることなら助けてあげたかった。
ハイドに傷つけられても……それでもあんなにハイドを好きでいる。

―――あそこまで好きにさせるなんて、僕には出来ないから。


「明日…ハイドの所に行ってみよう。」

僕自身もハイドがどう思ってるのかを知りたかった。
そう決めると僕は余ったモモンを食べ、横になった。




……でも、結局僕はハイドと話をしなかった。
いや、出来なかったと言った方が正しいかもしれない。

ハイドは翌朝、森から居なくなっていたから。

話を聞くと、もう一人の彼女……キレイハナの女の子にも二股がバレたらしい。
その子が周りに相談をして、広まってしまったんだとわかった。

「ハイド……君はそれで良かったの…?」
僕はそう呟いていた。

ハイドはもう森を抜けてると思う。
けど、僕はそう問いたくて仕方なかった。

キレイハナの女の子のショックが大きかったのはわかる。
周りの女の子が『ここから出て行って』って言ったのもわかる。

けどね、ハイド……。
それでもまだ…君を好きでいる女の子も居たんだよ?

アイリちゃんは自分の家の前でうずくまっていた。
近くまで行くと嗚咽が聞こえて、僕は胸が急に締め付けられる気がした。
僕が傍に座って背中をさするとアイリちゃんは顔を上げた。

「ハイドの事……もう知ってるんだね…?」
「…うん……。」
「そっか……。」

僕はもう何も言えなかった。
僕が何を言ったってアイリちゃんを傷つけるだけだってわかってたから。

しばらく無言が続き、不意にアイリちゃんが口を開いた。

「…ゼル、私ね……。」
「?…うん。」

アイリちゃんはそう言いながら洞窟の奥に向かった。
その後ろについていくと、岩の陰に何かが見えた。

「……彼との子供が出来てたの…。」

その『何か』はタマゴだった。

アイリちゃんとハイドの子供……。

こんな時どうすれば良いんだろう……。
普通なら…「おめでとう」って祝ってあげられるはずなのに…父親のハイドはもうここにはいないなんて……。

「本当に嬉しかった…。私と彼が結ばれたって思ったから……。」
「うん…。」
「でも…それを伝える前にケンカしちゃったし……もう会えなくなっちゃった………。
 こんな事になるなら……子供なんて欲しくなかったよ……。」

……『()()()()()()()()()()()()?』。
僕はアイリちゃんの肩を掴んでいた。それも、かなり強く。

「この子に謝ってよ、アイリちゃん。」

アイリちゃんは今の僕の状態を見て困惑していた。
今まで怒った僕を見た事がないからものすごく驚いたんだろう。

僕は手を離し、出来るかぎり優しく彼女に言った。

「アイリちゃんがハイドを嫌いになるのは仕方ないかもしれない……けど、この子はハイドの子供で、ハイドじゃないんだよ?」
「………うん…。」
「アイリちゃんもその時はハイドが好きだったんでしょ?
 なら…ちゃんとその子を育てないとダメだよ。」

好きな人に裏切られた気持ちは僕にはわからない。

けど、だからといって間に出来た子供を『欲しくなかった』なんて許せない。
それは、小さくてもちゃんと生まれてきた命を否定する事だから。

アイリちゃんは俯いて、言った。

「でも私…この子の母親になれる自信がない……。もしかしたらもっと酷い事しちゃうかもしれないのに…。
 それに……私一人じゃ…ちゃんと育ててあげられない気がするの……。」
「それは自信が無いんじゃなくて……逃げてるだけだよ。」
「あなたみたいな人に…何が……。」

アイリちゃんは最後まで言えず、とうとう泣き出してしまった。

……本当は…まだ伝えたい事がある。
けどそれは…アイリちゃんのためじゃなくて僕自身のための言葉なのかもしれない。

その身勝手な言葉が僕の口から零れた。

「なら……僕じゃハイドの代わりになれないかな…?」
「えっ…?」
「僕と一緒に暮らしてほしい…もちろん、その子と一緒に。」

もう僕はこの気持ちを伝えるのを躊躇わなかった。

「確かに、僕みたいな人には何もわからないかもしれない…。でも、『僕には無理だ』って諦めて何もしないでいたくないんだ。君の力になりたい。」
「何で…私なんかのために……。」
「君が好きだから。」

アイリちゃんは驚いたような顔をしていた。
相談相手として見ていた僕がそんなことを言ったら当然かもしれない。

「ずっと前から君が好きだった。でも、『僕なんかじゃ無理だ』って思ってたから頑張って諦めようとした……けど、出来なかった。君に彼氏が出来た時も、心のどこかではまだ諦めきれなかったんだ。」

アイリちゃんは俯いて…戸惑っている様に見えた。

「当たり前だけど…振ってくれても良いよ。『僕なんかにハイドの代わりなんて出来るわけが無い』ってアイリちゃんがはっきり断ってくれたら僕は諦める。」
「……私…ワガママだし……迷惑掛けちゃうよ……。」
「良いよ。それで君…いや、君達が幸せになってくれるなら。」
「…卑怯だよ……ゼル…」

アイリちゃんは僕に抱き着いて泣き出してしまった。



どれくらい時間が経っただろう。
曇り空だからわからないけれど、もうお昼頃だと思う。
まだアイリちゃんは僕の胸にいたけど、もう泣き声は聞こえない。

アイリちゃんは僕から離れ、俯いていた。

「……私みたいな人で良いの…?」
「うん。僕は君が好きなんだ。」
「……こんな私だけど…お願いします。」
「情けなくて頼りない僕だけど…よろしくね。あと、怒ちゃってごめん。」
「ううん…あれは私が悪いんだから当たり前だよ……。
 それと、あなたは頼りがいがあって……世界で一番、かっこいいよ。」

アイリちゃんは顔を真っ赤にして僕に言ってくれた。

「そっか…なら、良かった。」

アイリちゃんはまた、僕の胸にうずくまって小さく呟いた。

「ありがとう……ゼル…。」




あれから長い時間が経ったけど、彼との子供はまだ持ててない。
…いや、正確には体を重ねた事さえ一度もなかった。

それでも彼は私をとても愛してくれたし、父親としてあの子をちゃんと育ててくれた。

なのに私は…彼に何一つ恩返しが出来ていない。

「お母さん?」
「え…あ、ごめんねテイル。お母さんぼうっとしてたみたい。どうしたの?」
「もう…僕今から遊びに行くからね。」
「わかったわ。日が沈む前に帰りさいよ?」
「うん!じゃ、行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい。」

私は笑ってテイルを見送った後、彼の隣に座った。
彼は少し不思議そうに私を見る。

私の方から隣に来るのはたしかに珍しいかもしれない。
さっきまであんな事を考えていたからだろうか。私は彼の気持ちを知りたかった。だから私は唐突だったけれど彼に言った。

「……私、幸せだよ。あの子を産んだ事も後悔してない。」

いきなり話始めた私に彼は驚いたようだったけれど、ちゃんと言葉を返してくれた。

「そっか…僕も幸せだよ。君やテイルが笑顔でいてくれるから。」

心から嬉しそうに彼は言った。
もちろんさっきの私の言葉は嘘じゃない…けど……私はあなたとの愛した証が欲しい。
でも……テイルがいる私に、そんなことを言える資格があるはずがなかった。

「…うん…。」
「そんな顔しないで。テイルは僕達の子供だよ。
 ……血なんかじゃなくて、それ以上の物でちゃんと繋がってるから。」
「……ゼル…。」

それは…あなたの本音なの……?
こんな私と…あの人の子供なのに……なんであなたは『自分の子供だ』なんて笑顔で言えるの…?

「……ねぇ、アイリ。僕が君を愛してるってだけじゃ不満かな?」

彼は少し…綺麗でない感情が篭ったような声で私に問い掛けた。
それが嫉妬なのか怒りなのか…それとも悲しみなのかは私にはわからなかった。

「そんなことない!」
「僕ね…たまに、ものすごく不安になるんだ。」

私が否定すると彼は少しだけこっちを見て、言葉を紡ぎ始めた。

「本当に君は僕といて幸せなのかな…って。まだハイドが好きな自分をごまかしてるんじゃないかなって。」
「そんなこと……。」
「うん。僕が間違ってるかもしれない。だけどね…君と僕の血の繋がった子供がいない事をそんなに気にするのは、無理矢理その気持ちを無くしたがってるように見えるんだよ。」
「………。」

そうじゃない……けど…。
否定したかったけれど…彼の言葉が全部間違ってると言い切れない自分がいた。
たしかに私は…彼と血の繋がった子供がいない事をとても気にしている。

でもそれは………


「僕はね、君が幸せになってくれればそれで良いんだ。
 テイルと君が二人きりの時や僕達だけの時は心から笑ってくれてると思った。でも、三人でいる時はそうは笑ってくれてない。」

その通りかもしれない。
私は三人でいる時に……申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

それは彼に対しても…テイルに対しても。

「僕が『テイルの父親』でいるのが嫌?」
「違う…そうじゃないの……。」
「君に何かを言ったりしたりするわけじゃないよ?君の本音が聞きたいんだ。」


私がこんなのは嫌だと泣き叫べば、彼は謝ってまたいつものように笑顔で私達と一緒にいてくれるかもしれない。

でも、私は初めて彼の本音と向き合えると思った。
だから私は泣かずに今の気持ちを全部吐き出す事に決めた。

「私は……あなたに幸せにしてもらってるのに、私からは何も出来てないから…あなたに呆られないか恐かった…。」
「………。」


《……お前といるのに飽きたんだよ。じゃあな。》
別れ際にそう言ったあの人…私の気持ちを簡単に裏切った人の顔が何故か浮かんだ。
その時私は、もう誰も信用しちゃいけないんだと自分に言い聞かせた。

でも…それでもゼルに告白をされた時……私は、ゼルだけは信じられた。
そして私は…ゼルと一緒に生きる事を決めた。
私はもう……彼を好きになっていたから。
なのにその好きな人を…今度は自分のせいで失うかもしれないのが恐かった。

だから私は……彼の子供が欲しかった。


「あなたの子さえ持てたら…ずっと一緒にいてくれる気がして……。」
「ふざけないでよ…。」

今度の彼の声ははっきりとわかるほど怒っていた。

「僕がハイドみたいになると思ったの?それとも何か見返りを求めて一緒にいるような人だと思った?僕はそんなに信用がない?」
「違う……。」
「ううん。違くない。君が言ったのはそういう事だよ。
 それに、子供は僕達をつなぎ止めるための道具じゃない。れっきとした一つの命だよ。」
「…違うよ……私はそんなつもりじゃ…。」


あなたとの子供を持ちたいと思うのは私の本心なの…。
それに……私が信用してるのはあなただけ…そのあなたに飽きられたくないから……。


「君が僕を信用できないのは仕方ないかもしれない。現に一度、そうなっちゃったんだから。
 でも、そんな目的で子供が欲しいなら産まれた子が可哀相だよ。」

「ゼル!!」

私の悲鳴のような叫びに彼は口を閉じた。

「そうじゃないよ…。私…私は……。」

泣かないと決めたはずなのに、私の目からは勝手に涙がこぼれる。

「っ………ごめん…。」
「ううん……。私が悪いの……。」

あなたの気持ちを…私の事をどれだけ思ってくれていたかわかってなかった私が悪いんだよ……だから…そんな顔しないで……。
そう言いたいけれど、嗚咽が漏れるだけで言葉にならない。

「……僕は…君の事が好きだし…もちろん子供も欲しいと思ってる…。
 ……だけど僕…自分の子供が産まれるのが恐いんだ……。」
「えっ…?」
「もし、僕達の間に子供ができたら…僕はテイルの父親でいられるかわからないんだ。」


それは…私も同じだった。
あの人との子供より…彼との子供の方に愛情を強く注ぐと私は感じていた。
でも…彼が言わなかったら、私はその事に気がついていなかった。


「なのにそれを隠して…君に八つ当たりしてたんだ……。……本当にごめん…。」
「私も…自分の事ばっかり考えてあの子の事を考えてなかった……。
 あなたが言ってくれなかったら私…あの子を不幸にしてたかもしれない……。」

彼は自分の気持ちを押し止めて、私とテイルの幸せを一番に考えてくれていた。

なのに私は…彼の事もテイルの事も何一つ考えていなかった。
彼の思いやりにも気がつかなくて、ただ自分が嫌われてしまわれないように必死になっていた。

そんな自分が情けなくて、私は昔のように私は彼の胸の中で泣きじゃくった。

「……アイリ…。」

彼は優しく私を抱きしめてくれた。
私がテイルの母親になって以来、初めて彼に甘えられて…私は少しの間だけ『テイルの母親』から『ゼルの恋人(パートナー)』に戻っていた。

彼に抱きしめられていると不安も悩みも悲しみも…全部なくなっていくように感じた。



私はようやく泣き止み、彼の腕から離れてあの時のように…いや、あの時より強く決心をして言った。

「何もできない私だけど…これからもずっと一緒にいてください……。」
「もちろん。こんな僕で良ければ。
 それに…僕は君が一緒にいてくれるだけで幸せなんだ。呆れたり、飽きたりなんて絶対にしない。約束するよ。」


彼は真剣な顔でそう言ってからまた、笑ってくれた。


「ありがとう…。私…あなたを好きになって良かった。」
「僕も、アイリの事が好きで良かった。」


彼の強い想いを受けとって、私はこれ以上ない幸せを感じていた。


僕と、君と、その彼と ――完


投票コメント返信 


>涙腺が緩みました;;
>自分を感動の渦に巻き込んだこの作品は本当に最高でした! (2011/08/25(木) 10:52)

コメントありがとうございます。相手のことを一番にを思いやる真っ直ぐな恋情を描いてみました。
そんなこの作品で感動していただけたなら幸いです。



>ブースターの優しさに惚れた (2011/08/28(日) 12:49)

コメントありがとうございます。ゼルの恋は現実では重いと言われるかもしれませんが、これぐらい思われてるアイリはとても幸せでしょうね。



>こんな作品が、好きです。 (2011/08/28(日) 15:19)

コメントありがとうございます。私の理想をこの作品に映したのでとても嬉しいです。



>とても面白かったです。
>こういう話、好きですね~ (2011/08/29(月) 15:20)

コメントありがとうございます。現実じゃ、綺麗な恋愛って難しいですよね。



>ゼルがかっこよかった (2011/09/01(木) 21:45)

コメントありがとうございます。設定上、顔は普通なので性格をかっこよくしてみました。


最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 作品読ませて頂きました♪
    孕んだ子供と父親に向ける愛の葛藤が凄く上手に表現できていたと思います。
    官能表現は部門上なかったのは私的に残念(殴 でしたが(笑
    とにかく感動的な物語でした!
    アフターストーリーみたいなのも希望します
    ――藤金時 2011-10-27 (木) 20:54:01
  • >藤金時様
    コメント、ありがとうございます。
    アイリにとってテイルは愛おしい存在であり、ある意味邪魔のような存在でもありますから、その葛藤が表現出来ていたと言っていただけて嬉しいです。

    官能については時間の都合……ではなく(羞恥に悶えながらも一応書きました)、ゼルの愛の純粋さを描きたかったので非官能としました。

    アフターについては実は予定はあります。
    ですが、時間軸的には四季森本編がかなり進んだ後のアナザーのお話なので、まだ大分先になります。
    まぁ、皆様が忘れた頃に…という事になりそうです(汗)
    ――(*・ω・) 2011-10-27 (木) 21:43:48
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Last-modified: 2011-09-01 (木) 00:00:00
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