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傍に居てくれて

/傍に居てくれて

 writter クロフクロウ

 2016年にとあるイベントで合同誌として配布したお話です。
 私が小説、ねご屋さんという方が漫画にしてくれました。本当に感謝感激です!
 こちらにて、漫画も読めますのでぜひぜひ……。
 https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=64603099

注意
この小説には官能表現があります。苦手な方は回れ右してください。




   傍に居てくれて


 色違いのニンフィアは、通常のニンフィアと色が逆になる。桃色の体毛は淡麗な水色に、透き通るような青い目は淡い桜色に。抱擁感のある通常のニンフィアとは違い、爽やかな風貌となるその見た目は、見る者の心を惹かせる。色違いという特殊な部類は、時に人の心を奪う魅力的な特徴といえる。
 あるトレーナーの元で育った銀色のイーブイは、好奇心の旺盛なやんちゃっ子だった。時を重ね、経験と時間を掛け大事に育てられ、ニンフィアへと進化した。環境の変化によって進化するイーブイだが、ニンフィアへはトレーナーが相当な愛情を持って育てないと進化しない。まさに人との絆が織り成す、そんなフェアリータイプだ。
 しかし、状況はある時一変する。愛情をふんだんに感じてきたニンフィアだったが、とあるトレーナーの元に連れられる。黒い帽子、黒い服装と瞬時に見てどういうトレーナーかよく分からない、少し怪しげな印象。
 そして、ニンフィアのトレーナーはこう言った。「お前はこれからこの人の元に行け」と。
 その意味は最初、ニンフィアには理解出来なかった。共に支えていくトレーナーをパートナーとして感じていたニンフィアからすれば、ずっとこれからも、このトレーナーの元で育っていくのだと思った。
 けどそんな事は、このトレーナーのプランには無かったのかもしれない。黒衣のトレーナーはニンフィアを見て不気味に微笑んだ。冷たい笑みの裏側に満ちた悪意のある笑いが、ニンフィアの本能に警告を促した。勘とか予感とかそういうチャチなものじゃない。このままあの人間の手に渡れば、自分が自分じゃいられなくなると本能が吠えた。
 近づく黒衣のトレーナーをリボンで手を払い、ニンフィアは二歩下がった。黒衣のトレーナーの表情から笑みが消える。
 その行動に、トレーナーはニンフィアに今まで聞いた事の無い声で怒鳴った。これまでとは違う、トレーナーの冷たい感覚がニンフィアの心に突き刺さる。出会いを模した日とは打って変わった眼差しが、ニンフィアの脳裏に焼き付く。
 感情に敏感なニンフィアが感じ取った悲壮な思い。その僅かな時は、絶望の底に落とすことは容易であった。
 トレーナーのいう事は絶対だ。だがニンフィアの中の感情がそれを拒む。目に映る二人の人間から色が薄れていく。
 トレーナーの手がシオンに触れたが、今度はそれをリボンで払い除けた。初めて自分のトレーナーに反抗した。その行為がどういうものか、その受け入れられない現実。冷静な判断が出来ていない。
 トレーナーが近づく度に、シオンは一歩退く。逃げなければ何をされるか分からない。だが、自分のトレーナーの元から離れる事が出来ない。当たり前と思っていた日常が、この僅かな時間で全てを壊されそうになったからだ。
 時間を壊されるという事は、心を壊されるのと同じだ。深い傷を負ったニンフィアの目には迷いと絶望の淵に立たされていた。
 そして痺れを切らしたのか、ニンフィアのトレーナーはボールから一匹の手持ちを繰り出した。もう何度も相対した見慣れた顔。共に戦って、仲間として育った相手だ。
 頭の中が混乱して冷静な判断が出来ないニンフィアを、その手持ちは容赦なく攻撃した。どうやらもう‘自分たちの仲間じゃない’と教え込まれていたのか、無差別な慈悲のない攻撃。もうニンフィアは、黒衣のトレーナーの手持ちとして親が変わっていたから。
 その状況が、光景が、何もかも訳が分からなくて……いったいどうしたらとニンフィアは深い闇の中にうずくまって影へと消えた。
 その後の事は覚えていない。自分はいったいどうしたのか、いったい何があったのか。ただ一つ、もう一人の人間の気配をほんの僅かだけ感じただけ。その人間の声が、今まさに新しいトレーナーとしてなるとは、思いもしなかった。



 まだ残暑の残る朝、一日の始まりであるブラッシングをシオンは断った。そんな気分じゃない、と女性トレーナーからソッポを向いたが、昨日少しヘマとして拗ねているからという意地なのだが。
 仕方なしに、というわけで、隣にいるグラエナからブラッシングを始めた。慣れた手付きで、気持ち良さそうにするグラエナを、色違いのニンフィアがじっと見つめている。
 少し目の下が暗く、虚ろな瞳がニンフィアにしては目立つ。トレーナーからはシオン、とニックネームで呼ばれ彼女の元にいる。
 一度前のトレーナーに見捨てられ、その後は様々な困難があったものの、今は良きトレーナーの元で有意義な生活をしている。
 あの時、黒衣のトレーナーの手持ちになった時、横槍を入れて来たのが今の女性トレーナー。彼女の話だと、もしかしたらそのトレーナーは色違いという珍しい部類を見込んで、シオンを売りに出そうとしたかもしれないと、憶測を述べた。
 今となっては確認のしようがないが、シオンにとってはそんな事はどうでも良かった。理由はどんなにあれ、トレーナーに見捨てられたというその事実が一番シオンにとって深く傷を負ったのだから。
 今のトレーナーには、最初は恐怖心があったものの、今となっては懐かしく思えるほど心の傷は癒えてきている。だが、まだまだ完全に克服したわけではなく、時々夜にうなされることもしばしば。そんな時に隣にいてくれたのが今ブラッシングをして、のほほんと糸目になっているグラエナ、ローザだ。
 特徴として見事な美しい黒の毛並み、尻尾は枕にしたら心地よい眠りに落ちてしまいそうな程ふかふかで、アクセントとして右耳にピンクのリボンを付けている。色はシオンの瞳と同じがいいということで選んだらしく、シオンもそのリボンは非常に似合っていると珍しく褒めたくらいだ。
 辛い時、不安になった時はいつもローザがいた。
 生まれた時からトレーナーの元で生活をしているローザは、本当にトレーナーの分身みたいなもの。性格がそっくりそのまま、というほど似ている。傍から見たら姉妹のような、そんな絆が出会った時からあった。心優しいグラエナということで、最初は少し気味が悪く感じたが、接しているうちにそれは要らぬ心配ということで、直接謝ったこともあった。
 これほど純朴なグラエナは世界中を探せどいないだろう。シオンも、今のトレーナーの元で育てられれば、ブラッシングを断る捻くれた性格にはならなかったかも、と口惜しがる事もある。
 ブラッシングが終わったローザはトレーナーから離れ、今日も良い気分になっている。悪タイプには似つかわしくない無垢な笑顔と透き通った瞳が今日も眩い。生まれてくる種族を間違えたのではないかと、時々その純粋さが恨めしくもある。
 打って変って、シオンの表情はフェアリータイプながら覇気があまり感じられない。何か悪いものを食べたわけでも、気分がすぐれないというわけでもない。
 前のトレーナーに捨てられ、酷くやつれていた時の後が残っている。普段から暗めの表情のため、よく勘違いされやすいが、笑った時も対して変化が見られない。徐々に昔のように笑顔を取り戻しているものの、まだまだ完全な回復には時間が掛かりそうだ。
「おっはよ! シーオーン!」
 元気いっぱいに笑みを向け、ローザは機嫌よく尻尾を振る。天使のような声は今日もよく耳に通る。怒りすらどこか行ってしまいそうな満面の笑みが、シオンの桃色の瞳に映る。これでも不甲斐ないオスの一端として、こんな笑顔を毎日のように見られるのは、ある種の幸福の種かもしれない。
「ねぇねぇ、今日はブラッシングしないの?」
「いや……何かそんな気分じゃないから……」
「えー、でもこことか、そことか、ボサボサに乱れてるじゃん」
「いいよ、別に……。一日くらいしなくたって死ぬわけじゃないんだし」
「むぅ」
 もしかしたらローザにいいように扱われているんじゃないかと頭に過るが、お気楽なローザにそんな計画的思考があるとは思えない。
 普段からよく手入れされた毛並みは、枝毛の一本も無い見事な肌触り。毎日欠かさず手入れをしてくれ、清潔感のあるローザの色気は途絶えることはない。異性としての魅力はもう十二分だ。
「突然だけどクイズターイム! この度私はある事に挑戦しました。それは何でしょーか?」
 妙なテンションでローザは声を上げた。突然の突然すぎてシオンは怪訝な表情でローザを見つめた。
「なーによその顔。ほらぁ、めんどくさがらず、答えてよー」
 舌を出して機嫌よく尻尾を振る。何をそんなに期待しているのか知らないが、何故だか素直に答えては面白くない気がする。そんなシオンの捻くれ精神が発動する。
「……食べ過ぎで三キロ太ったからダイエット」
「そうそう、ここの所トレーニングもあんまりやってないし、美味しいものいっぱい食べたから――って何でシオンが知ってるのよ!」
「君の動きのキレが鈍っているのを見たら、だいたいは検討が尽くよ。数字は適当に言ったんだけどビンゴだったかな。もしかして」
「ふぇっ!? ななな何よ、そんな観察しなくていいわよ! 不正解ですー。もう、せっかく気分良くシオンと遊ぼうとしたのに余計な言葉で台無しだわ」
 笑ったらまずいなと思ったが、素直な反応を見せられては自然と笑いが込み上げてしまう。普段はのほほんと悠長な性格をしているが、からかった時の反応は意外にも乗ってくれるため、シオンも悪乗りしてしまう。が、同時にその分の反動は大きい。
「で、正解は何だったのさ」
「それはね……」
 と、言葉を発しようとしたが、ローザはそこで口を閉ざした。少し赤い瞳が右に動き、口元が軽く吊り上る。
「いや、何か普通に教えるのもヤだなぁ。シオンが正解を言うまで答えは教えてあげない」
「えっ?」
 いたずらに舌を出して、シオンを黙らせた。
「イジワルするシオンがいけないのよ。知りたかったら、それなりのご褒美を用意していたのになぁ」
 媚びるようにニコッと笑う。これだけ見ればすぐオスを落とせそうな可愛らしい笑みだが、シオンは不満気な表情で目を反らした。
「あー、そう言われたらすごくもやもやする……僕が悪かったって。ね?」
 捻くれた自分が悪いのだが、いい様にして手玉にとられた感じがして腑に落ちなかった。狼狽えるシオンを、ローザは面白そうにあしらう。ちょっと意地悪な所があるのは、グラエナであるあくタイプならではなのか。そこがまた可愛いのだが、そんな事をシオンの口から言うことは今まで一度も無い。
 結局ローザから答えは教えてもらえなかった。少ししたら機嫌も直って自分の口から言うのだが、その前にトレーナーに呼び出されタイミングを逃してしまった。
 簡単なお使いを頼まれた二匹だが、まさかその最中に心の傷を抉る相手と再開する事になるとは、シオンは知る由も無かった。



 森の奥深く、町の音や声などすっかり聞こえなくなった森林地帯に入る事はあまりない。上空から照り付く太陽の日差しも、追々に茂った葉によって遮断されており、光が遮られた空間は不気味なものもある。夜の月の光や星を見るのも、闇を照らす僅かな光は本能的に安堵感を与えてくれるものだ。だから皆空を見上げるのだろう。
 ローザは相変わらず楽観的に森の奥へと足を弾ませながら進む。明るくて何事にも前向きなローザ。一般のグラエナは荒々しい性格だが、ローザと共にいるとそんなイメージを払拭させる。とても温厚で時々天然な所もあるグラエナだ。何度も思うが、本当に生まれてくる種族というのを間違えているのかもしれない。これもトレーナーの指導と育成がとても優れているということなのかもだが。
「元気だよね……」
 フッとシオンは呟いた。そのポジティブさが時に羨ましくもある。シオンにとってその明るさは何者にも劣らない光として輝いている。
 二匹の目的は森の中腹にある。山から流れて来る川を伝いに、綺麗な滝がある。そこでたまに野生の者たちが涼んでいたり、水を求めて集まったりと比較的目立つ場所だ。
 トレーナーから、その滝に群生している花を摘んできて欲しいと頼まれた。お安い御用と、ローザは張り切っていたが、基本的に森の奥は血気盛んな者たちが多数生息している。ローザだけでは心配なので、シオンも付き添いで来ていた。
「ここはいつ来ても気持ち良いねー。のんびりお昼寝でもしたい」
「いやいや、早く言われたものを探さないと。広い森の中なんだから、時間は無駄には出来ないよ」
「むぅ、せっかちだなぁ、シオンは」
「君が能天気すぎなんだよ」
 というか単に面倒なことをさっさと終わらせたいだけである。いくら慣れている森だからと言って、手持ちである自分たちだけで薬草を取りに行って来てなど、少し無責任すぎないかと。
 とは言っても、あのトレーナーは嫌いではない。シオンを売ろうとした前のトレーナーの事を考えると、今のトレーナーは本当の意味でシオンを可愛がってくれている。自分の大事なパートナーとして、大事な友達のように接してくれる人間は隣にいるだけで悪い気分にはならない。
 けど時々、自分を恐怖に駆り立てたあのトレーナーの事を思い出し、人間を拒絶するようになる。前と比べれば、かなりマシにはなっているが、一度頭に過ると一日中メンタルがやられてしまう。そんな時、傍にいてくれているローザには何度救われたやら。
 ローザは幼い頃からのトレーナーのパートナーとして、共に二人三脚で共にしてきたまさに相棒ともいえる。あくタイプのグラエナでありがながら、真っ直ぐで素直な性格になったのはお互いの信頼が基づいた表れだろう。
 とにかく極力考えない。今の楽しい時間を、昔のトラウマなど消えて無くなるくらいに満喫しよう。
「シオン?」
 そっとローザの隣に寄り添う。少し心が辛くなったら、誰かの暖かみに触れるだけで心は穏やかになる。自ら心を乱す前に、自然と求めていくのはまだシオンが歩んだ結果。
 そのサインに、ローザはふかふかの尻尾でシオンの頭を撫でる。子どもをあやすように、優しく包み込むように。
 何も知らない相手からしたら、ローザは美貌を持つグラエナに見えるだろうが、そんな端的な言葉で終わらせるほどじゃない。本当に相手を思う暖かみがあり、そして大事な仲間を傷付ける者は許さないしたたかな心を持つ。これほど慈愛に満ちたグラエナはなかなかいない。シオンは真の優しさに惚れている。今もこうして、落ち着くまで体を撫でてもらっていることに。
「ごめん、また思い出しそうになってしまった」
「いいのよ。ひとりで抱え込まないでね、いつでも傍にいてあげるから」
 優しげな口調と共に、ローザは鋭利な牙を剥いて笑った。その事がどれほどシオンの心を救うのか。今までに救ってもらったのか。
 だが、シオンの心にざわつく不穏な予感は、違う形でヒットする。
 森の奥から、大きな音が轟いた。
「ッ? 今の音、何かしら」
 何か衝撃が走った音が木々の奥から聞こえた。葉の擦れる音、土が盛り上がり弾け、それが辺りに飛び散る音、何より悲鳴に近い声。
 耳の良いグラエナなら、その音の正体はある程度検討が尽くだろう。だが、ニンフィアであるシオンはグラエナほど良いわけではない。だが、感情の波動を感じ取ることが出来るニンフィアなら、その相手がどういった状況が知る事が出来る。
 何かに脅え、傷つけられ、そして逃げ出したいという恐怖。
 胸の内がザワザワと疼き始める。誰かが襲われている、助けを求めている。
「あ、ローザ……!」
 いち早くその危機に嗅ぎ付いたか、ローザは勢いよく音のする方向へ飛び出した。誰かの危機に、居ても経ってもいられたいということだろう。ローザにとっては当たり前、という行動だ。
 その後ろ姿を見た時、シオンの胸の鼓動が大きくなる。不安と焦燥が一度に全身を駆り立てるような胸騒ぎ。喉の奥から何かが込み上げてきそうな吐き気が襲う。鏡を見なければ分からないが、表情はきっと酷いことになっているだろう。目の内が渇き引きつっている感覚がある。
 だがローザを追い掛けなければいけない。何かに巻き込まれては遅い。その後ろ姿がいつにも増して遠く、光を失うかのように見えたが、見える限りは後を追い続けるしかない。重い足取りを踏み切り、シオンは走り出した。



 時々夢に出てくる黒い影。拭いきれない悪夢を振り払いながら、今日まで生きてきた。ローザはきっとそのうち癒える時が来るよ、と笑顔で接して来た。不安な夜を過ごすシオンを、まるで母親のような眼差しでローザは寄り添っていた。
 心無いトレーナーに、金になるといいながら自分を捨てようとした現実を真に受け止められないでいる。まるでどうしようもない自分を嘲笑うかのように、その目の前の光景は簡単には忘れられない。
 深く茂った森の奥にて、何かを戦う音は次第に大きくなっていく。誰かが戦っているということは、次第に鮮明に分かってくる。足の早いローザはもう見えなくなってしまい、先に現場に着いているのだろうか。シオンも薄暗い木々の中を駆け巡り、地面を勢いよく蹴り出す。
 少し広い場所に抜け出した時、そこには三匹の陰がいた。一匹は戦闘の体制を構えたローザ、後ろには傷付いたナゾノクサが。この辺りの野生の者であろう。殆ど瀕死状態で倒れていた。
 そして、シオンの目に最も色濃く映ったのはローザと相対している者。青紫色の体毛、ところによっては白い毛がラインを描いて逆立っている。大きな尻尾を頭に乗せるも、そのぶっちょう面がよく確認出来る。何故こんな場所にスカタンクが。
「いや、その顔付き……野生での奴ではなさそうだな。何の用だ」
「この子の悲鳴が聞こえたからやってきたのよ。やり過ぎじゃない、こんなに傷つけたりして。節操というものが無いの?」
 ローザの口調が少し荒い。怒りの感情があらわになっている。スカタンクに対して、明らかに力の差があるのに、ナゾノクサをボロボロにしたことに怒っている。
「ハッ、野生の奴と戦うことの何がいけねぇんだよ」
「ここでよくトレーニングをしに、戦うのは私たちもよくやっている。けど、あなたのやっていることはただの横暴よ。もう戦う意志の無い相手を攻撃し続ける必要は無いでしょ」
 普通は戦闘が出来なくなったらそこで勝敗が決まる。だがこのスカタンクはそんな卑劣な事をしていたのか。
「腹の立つ喋り方だな。グラエナのくせに偉そうな口をききやがって」
 敵意をローザに向けた。どうやら一悶着起こすまで納得してくれないようだ。
 シオンは急いでローザの元に急ぐ。足が少しガタガタしているが、そんな気持ちが揺らいでいる場合じゃない。ローザ一匹でこんな状況に陥るわけにはいかない。
「シオン……」
 息を一つ吐いて、シオンはスカタンクと相対する。
「シオン、気を付けて。あのスカタンク、あの子に容赦など一切なかったから、何するか分からないわよ」
 ローザの忠告を聞き入れ、スカタンクの目を睨み付ける。
 その時、シオンの中にある記憶の破片が疼き始めた。何か心を抉り取るような、不愉快な感情。呼び覚まそうとする暗い記憶を封じ込めるかのように、心の中が大きくざわつく。
 このスカタンクに対して、自分は何をもやもやしているのだ。覚えがある。このスカタンクとどこかで会った事がある。戦った事がある。いったいそれはどこだったか……? シオンの冷や汗が止まらない。
 必死に記憶を自分の心に仕舞うようにしていたが、スカタンクはそんなシオンを見て何かを思い出したかのように言った。
「色違いのニンフィア……もしかしてお前……逃げ出したあの時のニンフィアか!」
 スカタンクの言葉から、シオンに向かって衝撃の一言が飛び出した。シオンは大きく目を見開き、地面に俯いた。
 記憶の狭間にある過去。その一変にある相手。
 そうだ、このスカタンクはあの自分を売り飛ばしたトレーナーの――
「ハッ、その脅え方、やっぱりそうか。逃げ出したと思ったら別のトレーナーのとこにいたってわけか」
「な、何で君がここに……! ドラオガ……」
 ドラオガはあのトレーナーの中でも特に優秀だった。シオンも、ドラオガに勝負で勝った事は無い。寧ろ、ドラオガが負けた所を見た事が無い。それほど、強力なスカタンクは、シオンの記憶の底にはっきりと残っていた。
「ああ、オレも前のトレーナーから交換されたんだよ。そんで今この森で個別的に修行中ってわけ。へっ、要はお前と同じ境遇というわけだ」
 つまり今はあのトレーナーのじゃない。それだけでまだ心の動揺はマシだった。近くのあのトレーナーがいたらシオンは正常を保っていられなくなるだろう。
「あなた……シオンとはどういう……?」
「元同じトレーナーのってだけだ。まぁそいつには痛い目を見せてやった過去があるがな。交換される時に拒絶したからよ、オレがちょっと痛めつけてやったんだ」
 売り飛ばされる時に、逃げ出そうとしてトレーナーの手持ちから攻撃された相手。それがこのスカタンクというのはよく覚えている。何故攻撃されたのか、あの時は全く分からなかった故のトラウマ。
 ローザもその出来事は知っている。心を痛めながら、シオンの泣きじゃくる顔を見て絶対に許せないと思った出来事だ。その張本人が目の前にいて、ローザの目つきが鋭くなる。いつもの温厚でのほほんとしているローザではなく、相手を倒そうかという敵意を向けたあの感覚。
「あなたが……そう、あなたがシオンに傷を負わせた……」
「勘違いしちゃ困るが、オレの意志じゃなくてあのトレーナーの命令だったからな。シオンが駄々をこねたら容赦なく痛めつけろとな……。お前は色違いだから、高く金銭のやり取りが出来ると真っ先に売り飛ばされた。けど、お前は相当あのトレーナーを信用していたからな、そうなったら真っ先に拒否するだろうから、オレたちには先に聞かされていたんだよ」
「けどそれでも仲間にそんな仕打ちを……あなた、有り得ないわよ。シオンの表情を見れば、あなたがどんな影響を与えたかよく分かるわ。一生癒えない傷を負われたシオンを、あなたはどう落とし前付けるつもりなのかしらね!」
 フン、とドラオガは鼻で笑った。その言葉を嘲笑うかのように。
「嬢ちゃん、どうやらその身なりじゃあ相当待遇の良いトレーナーの元にいるようだな。だったら、世の中色んなトレーナーがいる、そして色々な相手がいるって事、知っておけ」
 ドラオガの鋭い目は、何か別の事を訴えるようにも見えた。このスカタンクの置かれている状況を、まるで物語っているような。
「なぁ、シオン、コッチに来ないか。お前はヘタレだが実力はあるんだ。俺たちとならもっと強くなれるぜ」
 突然の言葉にシオンは少し顔を上げる。何の目的で、何の理由でそんな事を言ったのか理解出来ない。けど、どんな事情にしろ、シオンは真っ先にこの言葉が思いついた。
「……嫌に決まってるじゃないか」
 口では震えながらも、明確な意志を表す。吐き出しそうな過去を必死に抑えながら、ドラオガに抵抗する。その行動に、ドラオガは予想してかのように息を吐いた。
「甘ちゃんだったお前がそんな事を言うようなるなんてな……じゃあ用は無い、どけ。修行の邪魔だ」
 敵対したと見なすと、ドラオガは鋭い目つきで真正面から睨みつけ、シオンを威圧する。この緊迫感、懐かしいようで憎い。思い出したくない感覚がシオンの足の先まで駆け過ぎる。スッと血の気が引くような鼓動が一つ、冷えた汗が自らの息を呑む振動で二つと。
 だが、傷ついたナゾノクサにこれ以上危害を加えることなど許されない。我ながら勇気ある行動をしている、と称えたい。相手から見ればただの滑稽で無謀としか捉えられないが。
「あなたがいったいどういう者なのか、訳が分からないけど……。今は誰かを傷つけようとしているあなたを許すわけにはいかない!」
 ローザが吠えた。本気で心が高ぶった時に出す唸り声。仮借ない感情がローザの目を尖らせ、体を震わす。自分の横で苦しむニンフィアに対し慈しむ思いを乗せ、ローザはただドラオガに立ち向かった。
「フン、まぁお前がそれとなくやれているなら……ちょっとは安心したぜ」
 しかし、ドラオガはローザには眼中に置かず、シオンに真っ先に向かって行った。
「シオン!」
 脳裏に呼び覚ます影がシオンを包む。ただ頭の中が真っ白になり、何かをしようにも何も動かなかった。
 スカタンクの鋭い爪がシオンに向けられる。この光景、あの時の見た景色と同じ。理不尽に爪を向けられ、何も出来なかった惨めな自分を。
 ただ、この時は何も感じなかった。恐怖や焦燥よりも、ただ全ての思考がシオンの中から消えた。



「シオン……!」
 次に意識が戻った時は、ローザの悲しむ表情が目に映った時だ。大粒の涙を流し、ローザは大きな口でシオンを呼びかけていた。
「ロ……ローザ……?」
「シオン……よかった……目を覚ましたぁ……!」
 意識を取り戻したばかりのシオンをローザは抱き締めた。力強く、喜びを爆発させるように。
 思いのほか力の強いローザを、シオンは赤面しながら離れようとする。いきなりの事でシオンは少し混乱していた。
「ちょ、痛いって……ローザ……」
「だって……気絶していくら呼びかけても目を覚まさなかったから……もう駄目かと思って……」
 ローザの涙が一つ、二つとシオンの頬に零れる。相当心配していたのだな、とシオンは前足でシオンの涙を拭う。
「気絶……していたのか僕……」
 やっとローザは離れると、いつもの朗らかな笑みを浮かべる。その笑顔を見るだけで元気になれる……ような気がしないでもない。
「ここは、あの滝壺の……」
「ちょっといいとこでしょ。ここなら誰かに襲われる心配もないし、水もすぐに汲めるから」
 滝のすぐ傍にある、ちょっと気づきにくい岩陰。そこでシオンは目が覚めた。滝から落ちる水しぶきの音が耳によく聞こえるが、決してうるさいというわけではない。岩に囲まれた空間だからか、音が程よく遮断されているのが凄く居心地が良い。
「あのスカタンク? シオンを攻撃しようとしたら、何もしてないのにいきなり倒れちゃうんだもん。びっくりして、急いでここまで運んで……」
「そう……だったんだ……」
 頭の中がショートして、そして何も考えられなくなり、気絶した。反撃しなければいけない場面で、自分は戦う前に足を引っ張ってしまった。もし、ドラオガがそのまま爪を突き立てれば、ただでは済まなかった。ましてや、ローザにまでその爪は向けられたかもしれない。そうなれば、もう自分は立ち上がれないだろう。
 一つ悪い方向に考えると、また悪い方へ流れていく。負の連鎖。
 心の奥からせきを切るように、疲れが襲う。何も考えたくない。意識がもうろうとする。
「君は大丈夫だったの……ローザ」
「ええ、気絶したシオンを見て、去って行ったわ。『興醒めした』、って言って森の奥へ。ホント、何だったのかしらねあのスカタンク。ナゾノクサも今は群れのとこに帰って無事だから安心して」
「そう……良かった……」
 ローザに何もされてなかったらそれで安心だ。一つ安堵の溜め息を入れる。
「ごめんね……僕のせいで。僕がいなかったら、君に嫌な思いをさせずに済んだのに……」
「な、何言ってるのシオン。私は別に何も気にしてないし、あのスカタンクはたまたま出会ってしまっただけ。あなたのトラウマを掘り返すほど強烈だったんでしょ、あのスカタンクは。だから。あなたは何も悪いことはしてない。だからそんな背負い込まないで――」
 ローザがいつものようになぐさめようとしたが、シオンの表情は何も変わらない。寧ろ酷くなっていく。
「いいんだ、もう僕は駄目なんだ。結局もうずっと脅えていくしかないんだ……乗り越えることなんて出来やしないんだ!」
 気遣うローザを、シオンはリボンで叩いた。自分に近づくな、と相手を払い除けるかのように。
「ローザも……どうせ僕のこといつも駄々こねて、都合の良い時に構って何も出来ないくせに意地っ張りで、そんな僕をうざっているだろう? こんな僕に付き合うだけで……疲れるんだろう?」
 自暴自棄になったシオンを、ローザはただ見つめていた。このように周りが見えなくなってしまうことはたまにあることを、ローザは知っていたから冷静でいられた。
 何度このような状態になってリボンで叩かれたか。最初は思いの他痛くて、時には赤く腫れるほど強烈な時もあった。けど、決して見放そうと思った事は一度も無かった。何故かと聞かれたら言葉に困るが、離れる選択肢は絶対に選ばなかった。
 ローザはしっかり分かっている。シオンは孤独の世界にひとりぼっちで、自分の存在を置いて迷っているだけ。だからすべき事は、シオンを迎えに行ったら良い。孤独は寂しいものだ。けど、だれかを見つければその寂しさは消え去る。
 ローザはその行き方、迎え方をしっかりと理解している。
「大丈夫」
 顔を近づけ、シオンに優しく語りかける。優しさと慈愛に満ちた声は、すぐにシオンを落ち着かせた。ゆっくり体を寄りかけ、シオンに語りかける。
「大丈夫、シオン。私がいるよ」
 簡単でいい。多くの言葉を言う必要はない。シオンは誰かと会いたがっているだけ。
 いざとなれば滝壺に落として目を覚まさせることも出来たものの、ローザはその選択を選ばなかった。シオンなら、何も下さずとも自力で気付く。ただいつものように、隣にいるだけという、いつもの、ただいつもの。
 何も特別な事や違った行動をせずとも、シオンとローザの間は何事もなかったかのようになる。ローザは初めから全部分かっていた。シオンがどんなに踏み外そうとしても、必ずまた戻ってくることを。
「ぐっ……ううっ……!」
 いつもローザはそうだ。ねじまがった自分を予想していたかのように、闇を向かうその先に先回りして笑顔を向けている。その笑顔にどれだけ救われてきたか、何故いつも自分の向かう道が分かるのか。
 単純に自分が分かりやすいのかもしれない。自分では分からない、心の隙というのを見せつけているのかもしれない。
 ごめん、とシオンはうわごとのように呟く。ローザに寄り添い、シオンは冷静を取り戻すと同時に発した言葉だ。
 虚ろな瞳で涙を流すシオンの隣で、ローザは足で軽く涙を拭う。傷心を慰めることをすっかり慣れているかのように、ローザはただ隣でいてあげる。誰かの温もりを共有するだけで、絶対にひとりになることはない。シオンの冷たくなった心を、ローザの温かな心で分かち合う。
「きゃっ」
 強く寄り添ったため、ローザはバランスを崩して倒れる。つられるようにシオンも倒れたが、こうなることを予想していたようにシオンは少し笑みを浮かべていた。
 滝のしぶきの音が轟々と立つ中、周りには誰の気配も感じ取れない。少しジメジメした日陰の内で。二匹の間に分かち合う空気が少しずつ変わっていく。
 ローザの優しげな赤い瞳、シオンの少しだるそうな桃色の瞳。お互いがお互いを見つめ合い、その互いの気持ちがシンクロした。
「ねぇ……ローザ……」
 ん? とローザは優しく微笑んだ。もう分かっている。暖かな気持ちがローザの胸の中でほのかな光を放っている。
「……もっと抱き締めて……チュウして……」
 ローザは頷いた。互いを互いで抱き締め、ローザは目を細める。妖艶な雰囲気を醸し出し、シオンの口に軽く自分の口を付ける。官能的にもかかわらず、愛おしく厭らしさが殆ど感じない。可憐なその仕草を見せられては、冷静でいることなど出来やしない。
 弱気な自分など、今はもうどこへやらだ。悲しきオスの性、無防備なメスを前にこの程度。間違いなく酷い顔で映っているだろう。そんな余計なことを考える余地などない。この高ぶる気持ちを無駄にしたくない。
 止まらない衝動。湧き上がる興奮に逆らう意志すらない。
 リボンでローザの体を抱き寄せ、シオンはより密着させた。互いに熱によって高ぶった鼓動がよく聞こえる。
「ローザ……」
 もう一度、甘味な口付けを。珍しくシオンから求める。とにかくローザの味を求めたくて、今は誰とも離れたくなくて、心の穴を埋めてもらいたくて、ローザとただ一緒にいたくて。
 舌の肉厚が程よく絡みつき、より濃密に求めたくて互いに寄り添う。心が高ぶる接吻を、永遠に分かち合いたい。息苦しくなる限界まで、二匹は口を離さなかった。
「何か……今日のシオンすごい積極的……」
 甘美な表情でローザは嬉しそうに。ローザもすっかり感化され出来上がっている。優越な気分にさせてくれるローザの表情はもはや誰にも見せたくない、自分だけのモノ。
「あら、なんかおっきくなっちゃってる……」
 小さくシオンの体がけいれんする。今朝トレーナーに見事に手入れされたもふもふの尻尾で、シオンの最も刺激を感じる場所に触れられた。自ら触れなくも、すでに下の方は万全となっている。はち切れんばかりに膨張した肉棒に柔らかな尻尾の毛がより興奮を誘う。その反応を、嬉しそうに見るローザが少し意地悪に思える。
 撫でるようにして更に硬度の増す肉棒にただ優越感を抱くと思ったが、そうはならない。シオンはその程度に満足するほど謙虚ではない。普段の気弱な彼の奥深くに潜む、黒い欲望は少しずつシオンを侵略していく。好意を向ける相手を思う気持ちが歪んだ形で。
 そのお澄まし顔を壊してやりたかった。
「えっ」
 余韻に浸るローザを装い、シオンは立ち上がった。ローザを仰向けの状態にして、シオンは上から覆い被さる。
「あ、あのシオン……?」
 息を荒くしたシオンにローザは呼びかけるも、聞く気配が無い。何かにとりつかれたかのように、目の色が変わっていた。
「ローザ……君を汚したいんだ。――その黒い毛並みを、僕でいっぱい汚したい。誰にもそのニオイを消せないほどに、隅々まで」
 完全にオスの自我を保てないほど盛っていた。こうなってはもうシオンを止めることは出来やしない。
「ちょっ、そんなこと言われたって……こんなとこでしちゃったら誰かに見られちゃうよ……」
「いいじゃないか。なら見せつけてやればいいじゃない、僕らの営みをさ……。きっと羨ましく思うよ」
 周りの事など見えていない。ただその瞳にはローザしか映っていない。とにかく愛してたくて仕方ない。飢えに我を奪われたオスにメスの言葉など潮騒のように聞く。
 シオンが上乗りになり、枕を抱くようにローザを抱き締める。体を足でロックして、二本のリボンでローザを固定する。身動きのとれなくなったローザだが、表情はうろたえていない。寧ろ受け入れていた。こうなってしまったら、もうやむを得なくといった所だろうか。
「ひっ、ひゃああっ!」
 と、ローザの表情に変化があったのはシオンがローザの首筋に舌を伸ばした時だ。甲高い声色と共に表情が緩み、首から全身に掛けてまるででんきショックでも流されたように筋肉が収縮する。その反応にシオンはほくそ笑む。この一時の時間が堪らなく愛おしいことに。
 突然の事で油断していたのか、ローザの声は止まない。艶めかしくなぞる様にローザを舌で味わう様に、抵抗しようにもあらゆる面で適わなくなっている。
「フフ、ローザは弱いとこ舐められるとすっごい可愛い声出すからなぁ……。こことか」
 不気味に呟くとその行為は更にエスカレートする。残り二本のリボンはローザの股座にするすると。
「やんっ! だ、だめ――!」
 羞恥心の見え隠れする、先ほどドラオガと相対した時とは一変した女々しい声。オスに聞かせてはいけない嬌声はシオンの心をより虜にしていく。
「アハハ、もう中はビショビショじゃない。僕が君の首筋を舐めただけで、こんなに濡れちゃうなんて……とんだエッチなグラエナだよね」
 秘所から垂れ落ちる湿った感触。もう是非もなく、出来上がっている。これには予想外だったが、寧ろ嬉しい誤算だ。
「ほら、我慢しないでもっとエッチな声出さなきゃ、ローザが辛いだけでしょ?」
 器用にリボンを動かしながら、膣内を攻める。シオンの求めるローザの仕草。その予兆を感じたシオンはひとつギアを上げた。
「あぁっ……や、ああっ!」
 激しく喘ぐその姿に、シオンはただ噛み締めていた。漆黒の体毛はあれほど綺麗に整っていたのに今は無残に乱れ、体を密着しているため一つ震える度にシオンもその快楽を共有出来る。だらしなく舌を出し、虚ろに達している赤い瞳は更に加虐心を誘惑させる。こんなに自分のために酔ってくれて、シオンは満足気に口角を吊り上げた。その瞳には何が映っているのか。すっかり快楽の虜になったローザには見えていない。まさに誰にも分からない嗜虐の眼はシオンの愛そのものだった。
「だ、だめシオ――イっ、イっちゃ――!」
 激しくけいれんし、ローザは絶頂に達しようとした。が、その動作を見た次に、シオンはリボンの動きを止めローザを楽にしてやった。
 突然の事に、ローザは息を整えながら、不完全燃焼に終わった行為に疑問を持った。
「だーめだよローザ。君はイっちゃったら、なかなか回復しないから僕が退屈しちゃうだろ」
「ふぇっ……ええっ!?」
 頭が真っ白になる寸前で息を整えるローザに、その言葉はすぐに理解出来ない。生殺しにされまだ目の焦点が合っていない。不完全燃焼ながらも存分にシオンの攻めを味わされたようだ。
 お互いに火照った体を冷ますために、シオンはリボンを解く。互いにこすれ合った体毛は汗と摩擦でくしゃくしゃになり、その激しさを物語る。ローザは立ち上がる気力は無く、ただ息を整え仰向けのまま寝そべる。シオンも一度ギラギラさせた目を簡単には落ち着かせることなど出来やしない。もっと、もっとローザを堕としたかった。
「そんなエッチな顔して、早く僕のが欲しいんでしょ? 君の大好きな……コレを」
 シオンの股座からボロン、と赤黒いものがローザに向けられる。腹と腹を密着している時も、ずっとローザに擦り合せていたため、いささかも収まりはしない。華奢な体、淡麗な顔からは想像も付かない、ただ欲に塗れ反り発ったオスの象徴は猛々しく、そして立派だ。充分異性を相手するのに自信を持てるだろう。
 恥部を曝け出したことで、シオンのリミッターは更に加速する。ローザを再びリボンで支え、甘い吐息で耳元をくすぐる。
「ほら、そんなに欲しいならちゃんと味わってもらわなきゃ」
 少し無理矢理に、シオンはローザの口に自らの肉棒を当てる。ニンフィアの容姿には似つかわしくない太くて長いオスの象徴。シオンも立派なオスなのだと、コレを突き付ければ嫌でも理解させる。
「相変わらずすっごいよねぇシオンの……何でこんなにおっきいのかしら、フフ」
 その欲望を、ローザは舌で舐める。沸き立つオスのニオイに、ローザの目の色がさらに変わっていく。そして、すぐにでも爆発しそうな肉棒にローザはしゃぶりついた。
「おっ……」
 大きな口を開き、舌で肉棒を刺激する。ローザにしてもこの肉棒は手に余るほど逞しい。一気にしゃぶりつくとローザの身が持たない。
「そう、そうそう……あ、すごい気持ちいい……」
 欲しいものを満足したら、また更に上を行く満足が欲しいのは欲の基本。ただ己の欲望に従い、肉棒を更に奥まで捻じ込む。欲がまんまにいきなり押し込まれるも、手慣れているのかローザは舌で肉棒を抜き始め、牙に触れないよう、上手く舌でコントロールして傷つけないようにする。ここまでのシオンの行動を予想していたかのように。
 次第に快楽に身を任せていき、シオンは徐々に力を抜くと、更に刺激は増加する。身を委ねたその時から、心の鼓動がより加速する。まるで聞かせるように淫猥な音をたたせ、お互い愉しむ。刺激に感化され先走りもチョロチョロと出ているも、ローザの中ですぐに飲み込まれどうなっているのか分からない。肉眼では分からないが、触感でもうシオンは軽く達しようとしていた。
「ロ、ローザ……ごめ、もう……でる……」
 ローザの舌で早くも射精感が込み上がって来る。口を半開きにして涎を垂らすシオンを装い、追い込みにローザは奥まで銜えた。舌触りが根元まで伝わり、より倍増して刺激が増す。他では味わえない、この贅沢な一時に、優越感に満たされようとした。
「……えっ?」
 が、そうはいかなかった。ローザの動きが止まると、シオンが絶頂に達する前に口を離す。唾液と先走りでネットリと膨張した肉棒はほんの少しで爆発しそうになっている。上下に小刻みに震える様は、傍から見れば情けなくそう思える。
「さっきのお返しよ。そう易々と出させてあげないもんね」
 シオンはハッとした。快楽に身を任せ、ローザに委ねたからにはそうなるのは予想出来たはず。先ほどの仕返しとはいえ、ローザと同じく生殺しにされた屈辱は計り知れない。思わぬ失態に、シオンの口がわなわなと震える。
「あなたは早漏の癖があるんだから耐えるようにしていかないと。御立派なの持ってるんだから、大きさだけで幻滅させちゃうよ」
 ダブルパンチでオスとしてのプライドを破壊された。何という事をこのグラエナはおっしゃるのだ。どうやら先ほどローザを絶頂させなかった恨みは相当大きかったらしい。また満面の笑みでえげつない事を言うものだから、シオンは目が丸くするしかない。可愛いとは罪だ。
 もちろんそんな事を言われてシオンも黙っているわけにはいかない。安上がりな思いも砕け散りそうになるが、そこは何とか粘れた。だが同時に加虐心はより闇の深いものへと色を濃くしていく。ただ汚すだけじゃ満足出来ない。
「ひっどいよローザ……その言葉天然なんだろうけど、きついって……。いや確かに早漏なのは認めてるけどさ……それは百歩譲るとして、最後の一言が僕にとってはすごい効くんだよ……!」
「ふぇ? シ、シオン……?」
 右足を一歩踏み出し、シオンはリボンを触手のようにくねくねと波立てる。そしてローザの四本の足を固定させ、再び身動きをとれないようにする。先ほどと違いのは、尻尾を突き出すようにマウントの姿勢を固定させた。グラエナらしく足腰の筋肉はしっかりとして、しっかりと体を鍛えているのもよく確認出来る。少し腰回りがふっくらとしているが、それもそれで魅力的。
 もふもふの尻尾に隠れたその裏。淫蜜の溢れる割れ目は未だヌルヌルのままだ。
「あ、ははは……怒っちゃった?」
「いや、怒っちゃいないよ。……ただ、キレちゃっただけ……」
 ローザに覆い被さるように、シオンは前足を抱え込む。互いに絶頂寸前とお預けにした肉棒と秘所が互いに触れると、二匹の互いにも小さな刺激が走る。受け入れる体制は出来ているものの、頭のキレたシオンが何を仕出かすのか分からない。
「遠慮はいらないよね? だってすっごい濡れてるんだもん。思う存分暴れてもいいということでよろし?」
「ひぇっ!? あぐっ! あああっ!」
 不吉なシオンの言葉と同時に、肉棒はローザに捻じ込まれる。ズブッと卑猥な音と共に、シオンの肉棒はローザの膣内に入って行く。一回りほど大きなシオンの肉棒なため、何度か受け入れているローザでも少し抵抗感がある。だが、それと反するように欲する色欲がもっと入れてくれと叫ぶ。
「きゅぅっ、ああ!」
 少しずつ侵入していき、根本直前まで入れるとそこでストップした。先端にて奥に当たる感覚がシオンには感じ取った。
「すっごいキツイ……ちょっと腰を動かすだけで気持ちいい……。そんなに僕のが欲しかったなんて、嬉しいなぁ……」
 少し狂気じみた口調でゆっくりと腰を動かす。リボンでくくりつけた足も震えており、直に伝わってローザの感覚が伝わる。他者の感情に敏感なニンフィアの特性がこんなエロスな場面で発揮するとは。これからもっと活用しよう、とシオンはにんまりと暗い笑みを浮かべる。
 一度絶頂に達しようとした間柄、シオンの方は一度お預けをくらい少し耐えきっている。しかしローザは表情を歪ませ、息を整えている。先ほどまでシオンを愚弄した余裕があっさりと消え失せていた。ある種の滑稽だが、ローザはローザで溜め込んでいたのだろう。
「え? 僕の大きいの気持ちいいんだろう? 動かす度に感じているんだろう? 淫乱だなぁ、ローザは」
 徐々に、徐々に動きを早めていき、ローザの甘美な喘ぎ声を発せる。耳に何度聞いてもその声は高揚させる。メスの発する、オスを惹き込むこの瞬間は現にシオンのため、自分のためにあるようなもの。
 独裁欲は更に加速する。もっとローザの発する、シオンにだけの声を聞きたくて欲は昇進する。
「きゃっ……シ、シオン……そんなはげし……」
 水が弾ける音が高くなり、肉棒と秘所から粘り気のある液体が落ちる。相当ローザはシオンのモノを味わっている。感情を取らなくても読み取るのは容易い。
 余計な事を考える余地もない。ただ種付けをしたいというオスとしての基本的な性が表立っている。
「じゃ、もっと激しくいこうか……!」
 力強く、リズミカルに腰を打ちつける。肉棒に慣れたからにはもう手加減はいらない。互いの欲を埋め合わすため、シオンは淫乱な雌壺を自慢の槍で攻め入れる。
 ひたすらローザは喘いだ。足を固定され体を伸ばす事さえ出来ない身として、ひたすら声を上げることしか出来ない。グラエナらしからぬ甘い、甲高いメスの声。とんだ犬に成り下がったグラエナを、シオンは自分の玩具(おもちゃ)のように力いっぱい腰を振る。
「ズンズン突かれて嬉しい雌犬なんだから、もっと鳴いていいんだよ。ほら、ほら!」
「ひっ……ひゃっ、ああっ! きもち……あああっ!」
 快楽に翻弄され、理性などその声と共に消えていく。官能的で、とても心地良い。頭の中はもうローザで満たされていた。ひたすら悦楽に身を委ね、波に呑まれていくローザの声が、心が。互いに火照った体が限界を越えて燃え尽きそうだ。
「ううっ……ローザのがまた一層締め付けて……すごい気持ちよすぎて……でそう……!」
 ただローザを求め、ありったけの力を振り絞り、膣内で暴れる肉棒を打ち付ける。もう後の事など考えることは無い。この快楽の海に溺れ、共に堕ちて行きたい。
「ふゃっ……だ、だめもうイっちゃう、イっちゃう……! シオン!」
 喘ぎ、名前を叫び、シオンを感じる。だらしない顔はもうあられもない事になっており、すっかりシオンのニオイに酔い痴れている。オスとしてこれほど優越感に浸ることはあるだろうか。この自分が求められている感覚こそ、シオンの求めていた潤い。
「あっ、だ、だめシオン……もう……あなたのがほしい……! あのたっくさんのあついの……!」
 虚ろな瞳で問い掛けるローザにはもう温厚さも凛々しさもない。一匹の雌犬になったモノが求めるのはただ一つ。
 ドクッ、とシオンの心の中で鼓動が一つ大きく鳴り響く。こんなに求められてこちらもその期待を与えないと。ローザを掴んでいた前足を強く抱き締め、シオンは一気に腰を突き上げた。
「ああっ! シオン、シオン――ッ!」
 何度か腰を引き抜き、ローザが絶頂に達する。その証拠にキュッと膣内が締め付けられ、激しくけいれんするローザ。シオンの名前を叫び、目には一筋の涙を流して堕ちていった。
「ぐっ……! ローザ……! ぼくも……!」
 頭の中が真っ白になると同時に、シオンの肉棒は膣内で大量の精を注ぎ込む。一度お預けをくらったからか、いつにも増して脈動が凄い。熱い精がローザに注ぎ込まれ、ローザのお腹がボコッと孕む。あっという間に蜜壺を満たすと、蓄えきらなくなった精がドロドロと垂れ落ちる。ここ最近では間違いなく一番の射精に、シオンは抱えたことのない疲労感に一気に襲われた。
 あまりの衝撃に全身の力が抜け落ち、ローザの足に巻いていたリボンが緩み外れる。解放されたローザも、絶頂に達した反動は大きかったらしい。挿入箇所から水が漏れたように蜜が流れ落ち、相当派手に達したのだろう。こんなに激しいローザの絶頂は初めてだ、とシオンは少し感心した。
 痺れる全身を残された力を振り絞って腰を引き抜くと、大惨事となった。ゴポッ、と逆流する精子は真っ白にローザを汚す。自分の体液なのでニオイはあまり感じ取れないが最近健康的なものを食べているので大丈夫だろう。
「は、はげしすぎ……がっつきすぎよぉ……」
 体力を根こそぎ奪われたからに、余韻に浸るローザ。それはもう幸せそうな顔でうなだれていた。心の底に溜まったものを吐き出し、憑き物が落ちたような。にぇへへ、と小さく声を漏らすのが可愛い。
「君のが気持ち良すぎたんだよ……」
「シオンに褒められたらしょうがない……。エッチなシオンが中でいっぱい暴れて熱いよぉ……えへへ」
 けど納得しているわけではない。満悦な表情で勝負に勝った気分にもならない。何故か自分が仕掛けているのに、まんまとローザは自分のものにしてしまう。ローザに至ってはそんな計画的なわけがないだろうが、この無意識に手玉に取られている感覚が――
「恨めしいよなぁ……」
 ゆっくり疲労しきった体を起こし、シオンは自分の股を見る。あれほど勢いよく出した雄槍はドロドロと互いの体液がこびり付きながら垂れ落ちている。凄まじく疲労感が体を鈍らせるが、そんな事を気にする今じゃなかった。
「もうちょっと付き合って」
 ローザの中でたっぷりと染めてやった凶暴な槍は、まだ機能していた。まだ物足りないということだろう。もう一度暴れてやりたいとこだ。だが、絶頂に達して冷静になったシオンは、たっぷりと自分の精液で汚され、白濁の液が垂れ落ちるローザの秘所を見て、すぐにもう一度犯す気があまり起きなかった。なので、シオンはその心ばかりの良心を違う方向へ歪ます。
「中を汚したらちゃんと外も汚さないとね……。君のその黒い毛並みを汚すって言ったんだし」
 少し萎え気味の肉棒をローザに再び突き出す。もう何も示さなくてもローザは自らやるつもりだったのだろう。
「……えへへ。汚されちゃうなぁ……嬉しい……」
 舌を厭らしく出し、冷め上がらぬ興奮を抱きローザは肉棒にこびり付いた液を舐める。そして、自慢の口で再び這わす。
 まだお互いの交えた証がこびり付いているにも、その液をビチャビチャと音をたて、下品に舐めとる。もう何も言うまい。一度越えた事をほじり返すつもりはない。
 萎えかけた肉棒はローザの肉厚のある舌でまた固さを取り戻す。つい先ほど射精したとはいえ、込み上がってくる射精感を装うにまだまだ満足してないということだろう。我ながら欲望には忠実である。
「ほら、もうでるよ……」
「あっ……シオン……の……あっついのぉ……! すきぃ……だいすきぃ……」
 二度目の絶頂に達し汚す時も、ローザはただシオンにしゃぶり付いていた。ただ無我夢中でオスに虜になる姿は、冥利に尽きる。どんな感情よりも、ただローザが自分を見ているだけで幸せだった。
 飛び散る白濁の粘液がローザに降り掛かり、宣言通りローザはシオンに染まっていった。



 火照った体に滝の水を浴び頭がすっきりする。互いに汚しまくった体も、滝壺に溜まった水で流してすぐに綺麗になった。
 自らを縛りつけるあの加虐心も、透き通った水と一緒に流れていった。今残っているのは、とんでもないことをやらかしたという罪悪感だけ。
「あの……ごめんなさい……ローザ……」
 少しやり過ぎたな、と思ったのも後の祭りだ。自らの欲が暴走したとはいえ、ローザを無理矢理犯し、溢れるほど注ぎ込んだことは反省しなければならない。とは言うものの、ローザは何事もなかったかのようにいつもの如くピンピンしている。そのあっさりした模様が逆に不気味で仕方なかった。
 内に秘める感情の歯止めが効かなくなったとはいえ、ローザを汚したのは事実。あのスカタンクのドラオガを退いてから、これまでの行いを恥じる。
「別に気にしてない……といえば嘘になるかな。あれだけ一緒に乱れたらねぇ」
 まさに真の欲望のままに犯した。そうはっきりと言い切れるほど自分の欲を発散させた。
「シオンは後悔してる? 私を犯した事」
 唐突に厳しい質問をぶつけられ、シオンは沈黙する。少し真面目な眼差しで見つめられ、何をどう答えていいのか頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「そんなに深く考えることじゃないでしょ。率直な気持ちを、私にぶつけたらいいよ」
 そう言われて、シオンは一つ息を吐く。溜め息ではなく、少し深呼吸に近い。混じりかけていた思いを整理して、ローザに振り向く。
「強引に犯したのは反省している。……でも、交尾したことはすっごく気持ち良かったからしてない……」
「ウフフ、素直でよろしい」
 ニコッと小悪魔的な笑みを浮かべ、ローザはシオンに寄り添った。この反則的な仕草なんなのだろうか。
「私も良かったよ……こんなに激しくエッチな気分になったの初めて。寸止めをした時は本気で噛み千切ってやろうかと思ったけど」
「ウッ、それは……ごめんなさい」
 冗談が冗談に聞こえない。我ながら罪深い事をしてしまったのだな、と寸止めはローザには禁止だ。今後の教訓にしよう。
「そうそう。今朝、シオンに言ったクイズ、今のシオンになら教えてあげる」
 そういえばそんなことあったな、とシオンは忘れかけていたことを思い出す。
「それはね、このリボンを自分で着けたんだ」
 ローザは右耳のリボンを見せつける。まさかの答えに、シオンはちょっと驚いた表情を見せた。
「えっ、そんな事出来るようになったの。面倒くさくない?」
「えへへ、そう思っても、やろうと思えば案外出来ちゃったんだよねぇ。私って器用だから」
「まぁ、君なら出来ても特に疑おうとは思わないけど……」
 ただ自分で結べるのは凄いと思う。シオンもニンフィアなわけだが、紐でリボンを結ぼうなど自分では思わない。第一どうやって結んだのだろう。グラエナの四本足じゃあどう考えたって無理なような気がするが。
「けど何でわざわざ?」
「だって……あなたと……もっと近づきたいから」
 へ? とシオンは目を丸くした。
「シオンみたいに、リボンを自分で着ければちょっとはあなたのこと分かるのかなぁー、って……単純な考えだけど」
 ちょっと反応に困る発言。つまりシオンのようにリボンを自分で操ることが……ということだろうか。
「うん、ホント単純。僕じゃ考えられない」
 天然、というか純朴というか……。あまりの発想の可愛さにシオンは気恥ずかしくなった。
「でも……! そのお蔭かさっきのエッチの時、物凄くあなたに近づけた気がした。それがすっごく嬉しいの」
 というか自分が近づきまくっただけなのだが。そう言うとまたややこしいことになるから口は閉ざしておくが。
「ねぇ、シオン」
 ローザが真っ直ぐな瞳でシオンを見つめる。
「愛してるって言って。詭弁でもいいから」
 頬を赤くして、目を緩める。まるで最愛の相手を見つめるような純愛に満ちた顔だ。
「詭弁でもいい、って言ってる時点でもう価値がないような気がするけど」
「その価値を決めるのは私よ。ほらほらー、言うのだー」
 必要に迫るローザを、シオンは恥ずかしくて直視出来なかった。こんなに照れる時、いったいどうすれば良かったのだろう。何も思いつかないのなら、ここは自分のやり方で。
「……いや、何かそんな気分じゃないからまた今度言うよ」
「もう、空気の読めないオスね」
「それが僕だから」
「フフ、その捻くれた性格、大好き」
 軽くローザはシオンに口付けをする。ほのかな匂いの広がるソフトなタッチに、シオンは自然と頬が緩んだ。
「ありがと。最高の褒め言葉として受け取っておくよ」
「あらー。その性格は直りそうにないね。じゃあ早く目的の薬草を探しに行きましょう。日が暮れるわ」
 そうそう、当初の目的はそれだった。色々有り過ぎて忘れかけていたが、今は良きトレーナーのお使いの最中だった。
 これからも何度も自分を見失い、ローザに迷惑をかける時もあるだろう。その度にまた傷付け、後悔する。
 けど、それが無くなった時、ローザに面と向かって言えるだろう。こんな自分をいつも見ていて、傍に居てくれて、愛してくれて。
 グラエナらしから温厚で、のほほんとちょっと能天気で、そして何よりエッチで。
 感謝してもしきれない。その思いも込めて、いつかこう言える時が来ることを願って。

 ありがとう、と。



もう2年くらい前のお話になるのですが、ずっと公開するのを忘れていました……申し訳ない。
当時は本当にお声をかけてもらった時の衝撃にすごくびっくりしました。今となっては凄い経験をしたのだな、と本当にお誘い冥利につきます。
このお話で、小説と漫画、両方の良さが伝わると幸いです。ありがとうございました。

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Last-modified: 2018-05-27 (日) 22:49:47
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