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俺は拾い仔が大っ嫌いだ!

/俺は拾い仔が大っ嫌いだ!

 拾い仔……俺に言わせてみれば労せずして幸福、いままでコツコツ努力してきた奴を嘲笑うかのような行為である。
玉の輿や生まれつきのオボッチャマはまだ許せる。玉の輿に乗るには手強いライバルを蹴落とさなければならない。幾分かの評価は出来る。また、生まれつきのオボッチャマは一見楽に見えるが、影で財産や権勢の維持といった胃に穴が開くような苦労がある。努力をしていないわけではないのだ。
 では拾い仔はどうだろうか。一体本人に何の苦労があったのだろうか。子供募集中のお大尽様に必死に働きかけて、やっとの思いで義理の子供にしてもらう……それは養子だ。拾い仔じゃない。



 皇帝様に命じられて代々この地方一帯を治める、心優しい、いえ、公事よりも私事を優先する領主様がいらっしゃいました。
 あるバケツをひっくり返したような雨が降る日の夜のこと、領主様は薄汚い子供を連れて帰ってきました。主人が言うには、街の裏で泥だらけになって倒れていた。見るに忍びなく、とりあえず屋敷まで連れてきた。どうだろう、新しい使用人を雇うのをやめて、この仔を屋敷においてやれないだろうか、と。
 勿論最終的な決定権は領主様にあります。反対したところでなんになりましょうか。その日から、その仔は三度の暖かいご飯と風雨をしのぐ塒、盆正月の小遣いと生涯の主を保証されたのでした。
 これ位なら良い方でしょう。しかしこれだけではすみませんでした。何を血迷ったのか、領主様は同じくらいの歳だからと、七つになる自分の長男の初めての直属の家来とした*1のです。もちろんこれには大きな意味があります。家来である時期が長ければ長いほど、より質の良い信頼関係ができあがるというもの。彼は、一番部下として、将来絶大な発言権を持つことになるのです。
 この屋敷においておくだけならばわざわざ長男の一番部下にする必要はなかったでしょう。それに、あの理由だけなら、他に一番部下となれるポケモンはいたのですから。



「あれからもう八年……ね」
 八年前とはうってかわって、雲一つない青空の下、一陣の風が彼の純白の毛を撫でた。
 彼は八年前、領主様の長男、つまり次代の一番部下になりそびれた。長男といっても、今の領主様は子宝に恵まれず、長男の他には下に一匹雌がいるだけなのだが。
「あの時は何とも思ってなかったけど……この歳になるとさすがに堪えるわ……」
 今日という日のために普段は着たこともない四足ポケモン用の儀礼服に身を包み、邪魔になるからと勝手に思って屋敷を出、市街地の喧噪を突っ切った先、文字通り街の外れにある草原で、服が汚れないよう乾いた石の上に伏せっている。
 本来なら、彼が一番部下になるはずだった。領主様一族に仕え続けること、彼でもう7代目である。何故一番部下にしてもらえなかったのか。種族の問題ではない。だから7代にわたって仕える事が出来たのだ。
「確かに領主様も若君もアブソルは災いを呼ぶって言った事ないし……」
 決して悪い領主ではないんだと思っていた。領民の不満の声は多くない。昨年は引っ越すならこの領主様の地ナンバー4に入った。事実、反乱だって起こったことがない。
 だったら何で選ばれなかったのだろう。やはり心のどこかでアブソルは縁起が悪いと思われているのだろうか。そうでなければ拾った仔を一番部下に据える訳がない。あの仔が拾われるまで、次代――彼の言う若君――と同い年は彼だけだった。
 「あーあ……なんだかなぁ……」
もちろん今では若君の家来である。それでも一番と二番以降の差は大きいわけで、彼だって期待しているわけではないが、出世の足がかりにと媚びを売られたり秋波を送られたりする事もほとんどないし、若君に付き従って街を歩く時も、若君の隣に一番部下、二~三歩後ろにそれ以降、と暗黙の了解があるために、茶屋の主人のサービスが彼までこない。若君が自腹を切ってあとで彼に買い与えるのだが。
 また、この15という歳、かなりひびくのは雌にチヤホヤされないこと。若とその信頼の置ける家来というのを雌は放っておかない。いつも街で前をゆく二匹に雌がたかるのを複雑な気分で眺めている彼は、いつしか自分の容姿まで自信を失った。
「まあ、顔は二の次三の次でもいいんだけど……」
最もひびくもの、それは先祖代々仕えてきた彼に、ちっともやりがいのある仕事が来ず、暇を持て余していることだ。幼い頃からこの領主様一族のため働くこと、その誇りとやりがいを親からみっちり叩き込まれていた彼にとって、暇である事は何より情けなかった。
いつか一番の仕事をしてみたい。それだけだった。
「おや、ここにいたか」
「……! 領主様!」
 不意に声をかけられ、そちらに目を向ければ、今日の儀式に奔走していた領主様。迷惑をかけるまいと思ってここに来たのに、本末転倒である。一番迷惑をかけてはいけないお方に迷惑をかけてしまった申し訳なさからか、彼は飛び起きて一言申し訳ありません、と言った。
「さ、元服式がもうはじまる。うちの息子も主役だが、もう一匹の主役がいなくちゃ仕方ないだろう?」
「はっ。今直ぐに参上します。領主様に元服させて頂けるなど、至極光栄!」
そう言って、ぺこりと頭を下げた。
「では、先に行っておるぞ」
 領主様は笑ってぽんと彼の下げた頭に前足を乗せると、くるりと回って屋敷へと走り去っていった。
 もう一度、風が彼の純白の毛を撫でた。
「……主役は、もう一匹いるでしょう……」
 大分小さくなった領主様には聞こえないが、かといって小さいわけでもない声で自分に言い聞かせるように呟き、彼も屋敷へと15年来暮らしている屋敷へと帰っていくのだった。



 儀式の間中、彼はずっとイライラしていた。
 若君の後ろに座るのは当たり前で、それは彼も納得出来ていたのだが、彼をイライラさせたのは、拾われたあの仔が若君の右後ろ、ほぼ同列に座ることが許されたからである。冠をつけるのも、諱*2を頂くのも、若君はおろかあの仔の後ですらあった。彼はイライラこそ自身の奥深くに封じ込めていたが、最後に領主様からお祝辞が述べられるころには目の前にいるイライラの原因への罵詈雑言が喉のそこまで迫っていた。
「これで儀式自体は終わりだ」
「ああ……疲れた」
「おっとギッツはこれから城*3の方で成人の挨拶があるから、このまま行くぞ」
「……えー……」
 すっかり遊びモードに入っていたギッツ様は耳も尻尾も力なく垂らして深紅の目で父親を恨めしそうに眺めていた。目の下の化粧したように黒くなっている所をごしごし擦りながら大きな欠伸をして、諦めたように分かったよ、と呟いた。
「若君様、我々は如何致しましょう?」
「……じゃあ、クレトは僕の護衛でギーフは今日一日、門限まで自由!」
 彼、ギーフでなければおありがとうございますと叫んで街や自室など自分の行きたいところへ行ってやりたいことをするのだろう。しかし、ギーフの行きたいところ、やりたいこととは、すなわちギッツ様から命令されること全てだった。確かに『自由!』も立派な命なのだが、これではあまりにギーフを軽く扱っていた。
 クレトは耳をぴくりとさせると、緋色がかった瞳を光らせて栗色の身体の半分ほどもあろうかという尻尾をぱたぱたさせて、ギッツ様のあとにぴったりついていった。
 足取りの重いギッツ様とクレトが城へと向かう姿を見て、ギーフはいよいよ限界だった。クレトがギッツ様の影を踏んでいる事が異様に頭に来ていた。
「む……無念……」
 口惜しそうに歯を食いしばるギーフを、領主様は遠くからしっかりと見ていた。



「ちょっといいかの」
 大人になりたての三匹を見送り、自らもまた城まで行かなくてはならない領主様は、儀式の間中ハラハラヒヤヒヤと落ち着きのなかった彼の、ギーフの曾祖父を呼び止めた。
「……ギィの……ことでしょうか」
 ギーフを幼名のギィで呼んでしまうのは歳のせいではないのだろうが。
「うむ」
 ギーフの曾祖父――勿論アブソル――はいよいよどきどきの限界だった。何か領主様からおしかりを受けるのではないか。ギッツ様を支える臣として相応しくないと言われるのではないか。顔に深く刻み込まれたしわを、嫌な汗が伝った。このところ、ギーフの不満がいつ爆発するのかと眠れなかった。百に近い高齢のポケモンがこのような不摂生をするのを皆心配していた。ただ、その原因がギーフであることが広く知られていないのは、僅かばかりの薬だった。
 隣に控える護衛に少し離れておれ、と言いつけて、領主様は曾祖父にささやいた。
「ガルザレフよ……ギーフは変に堅過ぎるところがあるの」
「……保護者として、いと恥ずかしい限りで御座います。よ~く申しつけておきます故……」
 地面に深く額を擦りつけて謝るガルザレフを見て、領主様はああ、やっぱりギーフはひいおじいちゃんに似たのだなと感心した。
「いや、それは別に良いのだ。あれはあれで長所である」
「しかし…」
「良いのだ。それはそれでだな」
「? と、申しますと?」
 ざざぁ、と風がそこにいた者達を撫でた。薄桃色の破片が顔とぶつかった。領主様は飛んできた桜の花びらに目を細めて、飛んできたと思われる方へ目をやった。
「もう、春じゃのう」
「ですな」
ガルザレフもほぼ満開の桜を見てしわを更に深くさせた。
「それでだな、春と言えば……」
「何かありましたか」
うむ、と頷いて
「ギッツも成人したことだし、報告に帝都の妻と娘*4に会いに行こうと思っておる」
「おお。行ってらっしゃいませ」
「ギーフもクレト君も連れて行こうと思っておる。青春になるだろう」
 ガルザレフはギーフのイライラが少しでも晴れればいい。帝都なら珍しいもの面白いものがたくさんあるから晴れるに決まっている。クレトと仲良くなるきっかけになるかも知れない。
 と同時に、これでちっともイライラが晴れなければ他に思いつく方法がないと危機感も抱いていた。クレトを一層毛嫌いするようにならんだろうか。やはり今までの育て方が悪かったのだろうか。ギーフには今溢れている仁義忠孝礼節常識当然が欠落している若者になってほしくしくなかった。それだけなのに、あんな道をそれたようなそれていないような子に育ててしまった。
 ギーフはお迎えの近いガルザレフにとって宝であり、生き甲斐であった。
 そこまで考えてガルザレフがはっとした。
「それはそうですが……」
「ん? どうした?」
 また風が吹いて、盛大に二匹の顔に花びらがくっついた。ガルザレフの顔がこわばっているのがそれのせいでないのは誰にでも分かる。領主様はその顔にギーフを見た。
「ギーフはひっくり返すと不義になります。それだけが気がかりで……」
「なに、ひっくり返さなければよいだけのことだ」
 領主様から頂いた幼名に本人のほしがっていたガルザレフの一文字をくっつけた安直な名前なのだが、本人が久々に笑うほど喜んでいたのでこんなに重要な欠陥を見落としていた。
「……今の話、決して本人に言うでないぞ」
「分かっております」
 本人が知ればどうなるのだろうか。二匹は目に見えるように想像できるのがひどく恐ろしかった。
 そろそろ参りませぬと、と控えていた者に言われた領主様はおそらくギーフが戻っていったと思われる屋敷の方を向いて、目を瞑った。
「ギーフよ……クレト君をあのように扱うのには、理由あるからこそ……なのだぞ……」
「いまなんと?」
「何でもない」
 ガルザレフは耳が遠くなったから聞こえなかったのではない。領主様が聞こえないように言ったのだ。ギーフ本人がこれ以上溜め込まないようには本当のことを言うしかないのだろうか。イライラは自然と態度に表れてしまう。ギーフを悪いようにはしたくなかった。それも含めて帝都に行こうと思ったのだが。ここで言ってしまえば帝都に行く意味がない。八年前からガルザレフにさえも教えていない事実を、打ち明ける気にはならなかった。
 領主様はとりあえずこのことを考えるのはあとにした。息子がどんな挨拶をするのか。まずはこれを楽しみに、城へと歩いていくのであった。



「帝都……でございますか」
 挨拶も終わり、早々に屋敷まで引き上げたギッツ様とクレト君と、やはり行き場が無くて早々に屋敷に引き上げていたギーフと、さらにガルザレフなどの家臣を集めての夕食の場で、領主様がいきなり帝都に行くと切り出したため、ギッツ様の隣の隣で飯に口を付けようとしていたギーフが間の抜けた返事をした。
「そう。帝都だ」
「こりゃまた何で……」
 領主様は目上の者の筈なのに敬語を使わないクレトだが、隣にいる彼がこんな無礼を許すようなポケモンではなく、殺意に似たものを込めた目でぎょるり(ぎょろりではない)と睨んだのでァ…失礼と言って小さくなった。
「そうだ帝都行こうで行けるような所じゃないよ、親父」
「父上とお呼びなされ……」
 ギッツ様も正面に座っていたガルザレフに窘められた。
「旅行に行くのに、理由などいるのか?」
「あのですね父上……」
 やれやれといった感じで、ギッツ様は杯の液体を飲み干した。給仕が空になったギッツ様の杯に液体を注ぎ、半分ほどになっていた領主様のそれにも注いだ。ギッツ様はもう一度それを飲み干した。
 ギーフはこの地を治めるのはどうするのかと思った。ほったらかしにするなら思いとどまらせなければ。出しゃばり過ぎかも知れないけど、うちの領主様は私事優先な所があるから。自分は勝手に遊びに出かけておいて、変な奴に留守を任せるようなら領主の信用は地に落ちかねない。
「領主様……それ本気で」
「理由が無いというのは冗談だ。安心せい。帝都の母親に立派になった子を見せてやりたいと思ってだな」
「……他に理由は?」
 この度の帝都行きが彼のためでもあることをつゆも知らず、ただ問いつめた。
「こら、ギーフ……あんまり領主様を困らせるんじゃない」
「ですが、きちんと用意を万全にしてからでないと。理由もまともでなくては」
 ギーフは自分がおいていかれるのではと心配だったのだ。
「留守役にはおって連絡するから心配ない」
「しかし……」
  ドォン
 一同がぎょっとなって音のした辺りを見つめた。額の辺りから血を流しているギッツ様と粉々に砕けた容器片。
「な、何だぁ!?」
「ギッツ様?」
 頭で膳と器とその他諸々を叩き壊したらしい。そのまま何も無かったように部屋にでも戻ろうと思ったのか歩き出した。
「血が……」
 額の傷を心配したガルザレフが近寄ったら、寄らないで!と体当たりでとばされた。
「ガルザレフ殿!」
 うぐぅ、と低く唸って抱き起こされるガルザレフに傷が無いのを確認して、ギーフは安心して隣でいつの間にか眠っているクレトを起こそうとした。
「ギッツ様は酔っておられる……」
「誰だギッツ様の杯に酒を注いだ者!」
 ガルザレフを抱き起こした者が叫んだ。と思ったらその者の口は飛んできた杯で閉じられた。ギッツ様が投げたのだ。
 ギッツ様の杯だけではない。クレトと本人の杯も酒臭い。ついでにギーフの杯の液体も臭いからして酒である。ギーフはなれない臭いに思わず顔をしかめた。
「元服したのでよろしいかと思いまして! 酒乱だとは知りませんでした!」
「この儂とて初めて知ったわ」
「クレト! こら、暢気に寝てないでクレトってーの!」
「うるせぇな叩き潰してやろうか給料泥棒偽忠偽義怠惰家臣なまくらアブソル」
「今切らない方がいい堪忍袋の緒をすっぱり切り裂いてしまったな、クレト」
 酔った上での事とはいえ、クレトが彼の、ギーフにとっての最上級の貶し言葉である偽忠偽義を口にしてしまった。
「と、言いたいところだが領主様の手前無礼は働けぬ故、怒りはせぬ。しかしだ、あのような暴言を吐いてべぶしっ」
 酔ったギッツ様の吹っ飛ばした器が、ギーフの顔面に直撃した。これがクレトの投げた器だったら「覚悟せよクゥレェトォオオオオ」と叫んで怒りの戦士と化していたことが目に見えるのを考えると、これはこれで良かったのかもしれない。
 しかしそれはもしものお話なのでギーフが怒りの戦士に覚醒する(覚醒できるかどうかは怪しいところ)ことはなく、むしろ頭が冷えて落ち着いた。これは思った以上に骨だ、と。
「あ……あれも持って行かねば…」
 騒動にも動じずふと何かを思い出したように呟いて、綺麗に食べきった膳をギッツに破壊される前に下げさせると、領主様はさっさと退室してしまった。
 ギーフはあれとは何だろうと気になったが、尋ねるのも失礼だしそれ以上に目の前のギッツ様の方が大事なので、“あれ”を聞かなかったことにした。
「ちょっと、領主様、何とかして下さいよぉ~」
 誰かが情けない悲鳴を上げたが、領主様は無理だといった様子でどこかへ消えてしまった。それでも決してひどい領主様だとは思われないのだから大した物である。



「なに、これ」
 次の日、日が昇って間もなく、ギーフは前夜の後片付けのことをつゆも知りそうになく高鼾をかいていたギッツ様を失礼ながら叩き起こし、残骸のおいてある所へ連れて行った。もはや原型をとどめていない木片や陶器片に足を突っ込み、かちゃかちゃ音を立ててギーフの方を見た。
「本当にこれを僕が」
「他に誰がおりますか」
 まだ信じられないといったようすで首を捻っているギッツ様に、柄にもなくぴしゃりと言ってのけるのは将来を案じてのことである。
 もっとも、大きなお世話と取られないこともないが。事実、後ろに控えていた者は笑っていた。
「クレトは?」
「おこさせにいかせたのですが……」
 ちらりとクレト君の部屋を見て相当手こずっているようです。とため息をついてみせた。また後ろに控えていた者が笑った。
「おお、いたいた」
「……う゛ぇ゛ー……」
 クレトを連れた領主様が二匹の間に割って入った。今までここにいたわけではない。勿論、ギーフにギッツ様にお説教するよう命令したのでもない。領主様は昨日の夜の事など全く気にしていないようだった。クレトに至っては気持ち悪くて仕方がないらしい。二日酔いであろう。いつの間にそんなに飲んだのだと。
「朝っぱらから何をやっとるか」
「いえ、しかし……」
「気持ち悪い……」
 おぼつかない足どりでこちらに歩み寄ってきたと思ったら、ギッツ様の前で崩れ落ちた。ギッツ様とギーフが抱き起こして、顔をみた。悪かった。
「大丈夫かな」
「大丈夫でしょう。クレトはじょうぶですから。基本的に」
 二日酔いなんてこんなものだろう、と片付けたギーフにギッツ様もそうだよねと言って安心した。領主様は心配していたのかしていなかったのか、欠伸をしていた。
「まあ、よいわ」
 良くない、と思ったのがギーフだけでなかった、つまり控えていた者も同じ事を思ったので、とりあえずギーフは安心した。
「ささ、帝都行きの支度をしろ。昼すぎには出たい」
「……は?」
 今度はその場の全ての者が声を上げた。
「今、なんと……」
「だから帝都行きの支度をしろと」
 何を仰っているのだろう。この地の領主様は。ギーフはシンプルにそう思った。公事よりも私事を優先する傾向があったのは前々から承知していたが。
「僕とギーフだけですか、父上」
「そんなことはしない。クレトも一緒だ」
 クレトがぐぇ、と唸った。心配そうにギッツ様がまた顔をのぞき込んだ。
「父上、クレトはこんな調子ですよ」
 ギッツ様が苦笑しながら言った。クレトはもう嫌だ……と悲鳴を上げた。ギーフもさすがに可哀想に思ったのか、そりゃ無理で御座いますよと言って控えていた者に二日酔いの薬はなかったかと尋ねた。控えの者が走っていった。
「それでもクレトが来ないと困るんだが……。今度の帝都行きはお前達三匹が主役な訳でな……」
「はぁ……」
「主命とあらば……」
 クレトが言った。
「……大丈夫なのか?」
「いいよ……歩けるから」
「…………」
 領主様の顔にはすまぬと書かれていた。それを見てクレトが笑って見せたが顔色は悪かった。
「本当に大丈夫なのか、クレト?」
「大丈夫だよ……ぼくは」
 よっと力をいれて、今まで抱きかかえていた二匹から離れた。
「……頑丈ですね。羨ましい」
 が、転びそうになったので領主様に支えられた。
 薬をお持ちしました。これを合図に、おのおの支度のために屋敷へ戻っていった。クレトは領主様に半ば支えられながら。



 クレトがいいよ、行こうと言い出したので支度をする羽目になった二匹は、自分たちの部屋へと向かっていた。途中、何匹かと擦れ違ったが、帝都行きの影響か普段より忙しそうに見えた。
「クレトみたいなのをダメだはやすぎて腐ってやがるって評価されるんですよね」
「は?」
「酔っぱらうことを腐ると言いませんか?」
「いやぁ……」
「若年過ぎて、すなわちはやすぎて…と」
「なんか無理矢理だね」
「そうですか」
 ギーフがきちんとギッツ様と横一列に並んで歩かないのは第一に臣は主の後ろを守ることという基本と、第二に向こうから来る者と擦れ違う時に都合がよいからである。勿論、彼にとっては第二の理由などあとから適当に付け加えたギッツ様になんで隣にこないのさと尋ねられた際の言い訳であるが。ちなみに、クレトはこんなことはしない。
「それにしても何であんなに強引というか……いえ、やっぱり強引しかありませんね。強引なんでしょうかね。領主様は」
「……僕にもわかんないよ」
「失礼しました」
 向こうから使用人が来たので、ギーフが退いた。
「……何か、今すぐに帝都に行かないといけない理由でもあるのかな」
 ギーフがまたギッツ様の隣より一歩ほど後ろについた。
「病床におられる陛下の容態が芳しくないことぐらいしか」
「でも、それなら僕とギーフはともかくあんな状態のクレトまで無理矢理連れて行かないしね」
「ですな。おっと、ではここで」
「うん」
 ギーフは一礼すると器用にギッツ様に後ろを見せることなく退散していった。



「あ、ギーフ準備できたー?」
「出来ましたとも」
 食事も済ませた昼下がり、この帝都行きの主役のうちの一匹が荷物持ちに荷物を持たせて、護衛の者達やこの地で留守を預かる者達と談話をしていると、もう一匹の主役も自分の持ち物を調えて走ってやってきた。何をそんなに必要な物があるのかと言いたくなるほどに膨れあがった彼の(あえていうなら)アイテムバッグを荷物持ちが貰おうとしたら、自分で運ぶと断った。
「何をそんなに……」
「まあまあまあまあ」
「会話になってないよ……」
 その場で一回はねて見せた。体積の割にそこまで重くは無いらしく、バッグは悲鳴を上げることなく彼の背におさまった。柄にもなく浮いているのだろうか。早々にギブアップは嫌なのか、バッグを置いた。
「あー……よくなった、かな?」
「クレト、もういいのか」
「平気です。ちょっと休んだらほらこのとおり」
 と言ってギーフのバッグを持ち上げて見せた。あれ?見た目の割には軽いんだねと言って持ち主に向かって投げた。元気であることを証明しようとして、悪気があったわけではないのだが。
 ギーフが露骨に嫌な顔をした。どうもなにやら大事な物が入っていたらしい。
「いろいろ入っている訳だから、投げるんじゃない」
「う……ごめん」
「わかればいい」
 ちょっとだけバッグを開けて中身を覗いたら、何事もなかったように置き直した。何ともなかったから気にするなという意味だろうか。
「おお、集まったか」
 領主様も準備を調えてやってきた。両脇を荷物持ちと護衛兵でかためて。帝都行き組はその場に並びだした。
「じゃ、行こうか」
「行ってらっしゃいませ」
「お土産買ってくるよー」
「クレト君よ、限界だったら直ぐに儂に言うように」
「お気遣い、感謝します」
 ギーフは聞いてはいたが聞かなかったことにした。
「皆の者、留守は任せる」
 了解しましたーと声を揃えて返事をされると、不思議と安心できるものである。我らも息災で行って参ります故、と誰かが返した。
 足りない者はいないかと護衛の数を数えた領主様が、首を捻った。
「? 足りんぞ?」
「どうも急病だそうで」
「仕方がない。欠けたままで行くぞ。クレトは儂の隣を歩け。心配だからな」
   そういえば、クレトだからここまでされるんじゃないのか。
 いくらなんでもそれは思いこみすぎかも知れない。が、置いていくれることになった者が出てぞっとした。旅先で病気で倒れたらそのまま置いていかれるのだろうか。そんなことはしないだろうが、可能性は無きにしもあらず。やっぱりクレトに限らず拾い仔は大嫌いだ。
 そんなことを考えていた。これではまるっきり悪役である。
 クレトはもう領主様の隣で上機嫌。ギッツ様も足取り軽く二匹とも旅を楽しもうとしていた。
「ギーフ? どうした?」
「いえ、何でも」
 最後尾をいくことになっている護衛兵に声を掛けられて、やっと歩き出した。
 春の暖かい風が、一同をふわりと包み込んだ。ギーフはかけだした。気のせいだろうが、少しだけまとわりついていた思いこみが剥がれたような気がした。


いらっしゃる方がs 
何でもないです。まだまだダラダラ続きますよ by作者


2000hitが自分ってどーよorz

お名前:
  • >31日16:00の名無し様
    リ……ですか。う~ん、違いますねえ
    拾い子にも色々いるのです。私の中では狡い子または純粋な子のイメージがくっついてしまいました。
    今回はどちらかというと純粋な子なんですね。クレト本人にギーフをイライラさせている自覚がありません。(名前については本当に微量更新した本文をご覧下さい)

    >31日15:03の名無し様
    面白いとは……「お褒めにあずかり至極光栄!」
    さて、私は誰でしょう? あえて言うなら伏兵でしょうか。実は自分でも何者か分かっていなかったり(殴り
    ――作者 ? 2011-04-01 (金) 01:35:24
  • おお、リげふん作者様無事でしたか。
    拾い仔が狡いとは………私はずっと拾い子は惨めなものだと決め付けていましたので、新しい発想に驚かされました。

    更新頑張って下さい。
    ―― 2011-03-31 (木) 16:00:49
  • 面白い・・・。
    あなたは誰なんだ?
    ―― 2011-03-31 (木) 15:03:00

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*1 成人するまでは親が子に家来を与えられる。解雇もしかり
*2 とは言っても東アジア漢字圏で使われたものとは異なり、ただ単に成人後、主に公式の場で使用される名前であり、日常生活ではいままで通りの幼名も諱も両方とも使われる。また、拾われたあの仔は幼名が分からないため、諱を頂くまでは種族名で呼ばれていた。この法則で行けば彼は日常生活でも種族名で呼ばれることになるが、法則に当てはまらず、幼名が不明の場合に限り日常生活でも諱を使用することになる。幼名は基本的に親から一度頂くのみである。例外として親の主君や親の親から頂くことが可能
*3 政の場としての施設としても儀式の場としても軍事の拠点としても使用。なお、彼らは領主様のお屋敷で近親者のみで元服
*4 もちろん人質として帝都に留まっている

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Last-modified: 2011-05-25 (水) 00:00:00
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