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依存関係 -9-倒錯

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空蝉

本章まるまる官能編です。♂×♂だとか幻覚プレイ(ナニソレ)だとか苦手な方はさくっとスルーしてください。本章を読まなくても本筋にほとんど影響ありません。






 ゆらゆらと揺れる、単調な動き。
 スイクンは自分が誰かの背に負われて運ばれていることに気付いた。速くもなく遅くもなく、しかし背の上に極力振動が伝わらないよう、その歩みは非常に滑らかで淀みない。
 スイクンは力の入らない四肢をだらりと投げ出して為すがままに揺られながら、自分は一体どうしてしまったのだろうと考えていた。
 そういえば、以前にも似たようなことがあった。
 あの時もエンテイがこうして傷付いた自分を背に乗せて、湖まで運んでくれたのだった。

『……エンテイ?』

 心の声で、呼びかけてみた。
 すると身体の下でぴくりと反応があり、しばらくすると懐かしい声が返ってきた。
『ああ……』
 その声に、胸が締めつけられるような熱い痛みを感じた。
 喜びで胸が痛むことがあるなど、スイクンは今まで知る事もなかった。
『エンテイ……』
『……どうした』
 穏やかに響く声。自分の呼びかけに返してくれるエンテイの声。
 そんな些細な事がどうしようもなく嬉しくて泣きたくなる。このまま意味もなく名を呼び続けていたいなどと馬鹿な事を思ってしまうほどに。
『エンテイ』
『……うん?』
 エンテイは急かさない。ゆらゆらと背を優しく揺らしながら歩き続けている。

『エンテイ、私の名を……呼んでくれないか』
 逡巡の末言葉にした願い。
 エンテイはしばらく黙っていた。拙い事を言ってしまったかとスイクンが不安を感じ始める頃、不意に身体の下から細かな振動が伝わってきた。
『呼ぶなと言われたような気がするが』
『……』
 笑いを含んだ言葉に、スイクンは何も返す事が出来ない。
『ようやくお許しが出たということかな』
『……済まなかった、エンテイ。私が愚かだった。許しを請わなければならないのは私の方だ』

 酷い言葉で拒絶したあの日。突然の事で気が動転していたのは確かだ。裏切られ、取り残されたような気がして悲しくもあった。けれど、エンテイの優しさにもう触れられない、エンテイを失ったのだと実感した時の喪失感は何に例えようもなく、スイクンは遠い日の過ちを嘆き悔いていた。

『エンテイ……』
 縋るようなスイクンの声に、エンテイはなかなか応えてくれない。
 身が縮むような沈黙。時の流れがやけに遅く感じる。またあの寂しさがスイクンを襲う。

 ───やはりお前はこんな愚か者に呆れ果て、見限ってしまったのか……

 そのとき、エンテイの足が止まった。


『スイクン』


 はっきりと、力強く。
 穏やかに、けれど溢れ来る情熱を秘めて、エンテイがスイクンの名を呼ぶ。


『……』
 突然、スイクンの胸の奥で、何かが響いた。
 寂しさと嘆きで凍り付いていた心の殻が───氷で出来た堅い鎧が、溶けて砕ける音。
 虚ろな仮初めの心に隠して頑なに閉ざしていた、その下の本当の心が露わになってくる。心の弱いところも醜いところも、何もかも剥き出しになってくる。
 急激に溢れてくる激しい感情が胸につかえて、苦しくて息が出来ない。
 名を呼び返したいのに、声にならない。
 声が出る代わりに、涙が零れた。

 こうして触れ合っているのに、どうしようもなく愛おしいのに、寂しくてたまらない。
 この切なさを、彼にどう伝えたらいいのか判らない。
 これまであまりに寂しすぎて、自分の心がどうにかなってしまったのではないかとスイクンは思う。


 エンテイはその場にそっとスイクンを降ろした。
 まだ身体に力が戻っていないスイクンは、そのままの状態でエンテイを見上げた。
 滲んだ視界に、懐かしい顔が映る。精悍な面立ち、スイクンの大好きな豊かなたてがみ、悠然とした貫禄ある佇まい。
 何もかもが懐かしく愛おしい。
 無言でエンテイを見上げたまま、スイクンの目からほろほろと涙が落ちる。

『……辛いのか』
 エンテイがスイクンに顔を寄せる。ふっと熱い息が膚を掠めるのを感じて、スイクンは微かに身を竦ませた。
 そして、頬に触れる暖かな感触。柔らかく丁寧に雫を舐め取る舌の動き。
 スイクンはたまらず目を閉じた。無意識にふるふると首を振る。その瞬間、頬に触れていた感触がすっと遠退いた。
『許してもらったのは、名を呼ぶ事だけか……?』
 落胆のような、その声。
 スイクンははっと目を開けた。見上げた先のエンテイは、答えを待つようにじっとこちらを見つめている。

『……エンテイ』
 スイクンは戸惑い言葉を詰まらせた。名を呼んで欲しいと望みを口にしたが、それだけが欲しいのではないのは明らかだ。
 けれど何を許せて何を許せないかなど、今この瞬間に判る筈もない。
 困ったようにエンテイを見上げるが、エンテイは何も行動を起こす気配はない。ただ待っているのだ。スイクンが答えを出すまで。
『……』
 自らの逡巡をスイクンは情けなく思う。何が欲しいのか言葉にすることも出来ないとは、幼い子供以下ではないか。
 居たたまれなくて、また目の奥がじわじわと痛くなってきた。最近になってどうしてこう涙脆くなってしまったのか、それが本当に情けない。

 エンテイを見ていられなくて、スイクンは目を閉じた。
 視界が暗くなると、またあの闇夜のような孤独が迫ってくる。目を開けたら独りに戻っているかもしれない、そんな恐怖にすら襲われる。
 寂しくて寂しくて、スイクンが小さく嗚咽を漏らす。
『わから……ない、どうすればいいのか……』

 目の前に求める者が居るのに、どうやって求めればいいのか判らない。これまで欲しいものは無条件で与えられていたのだと、すべてを失った今、痛切に感じる。一度突き放してしまったらどうやって取り戻せばいいのか判らない、それほど自分は甘えきっていたのだ。この目の前の存在から与えられる無尽蔵の優しさに。
 スイクンは、不自由な身体のまま四肢を寄せて丸く縮こまった。剥き出しのまま寂しがる心を守ろうとするかのように。


 ふわりと暖かな身体に覆われた。
 背に感じる、柔らかな重み。
『……っ』
 スイクンが目を開けると、至近距離にエンテイの顔があった。何も言わず、じっと見つめてくる。
 そのまま、頬を舐められた。
 今度は、スイクンは拒まなかった。触れる舌の熱さを味わうように感じながら、エンテイの動きを目で追い確かめている。
『そんなにじろじろ見るな』
 そう呟いて、エンテイはスイクンの瞼をぺろりと舐めた。一瞬庇うように目を閉じたものの、またすぐにスイクンはエンテイを見上げる。
 ずっと見ていないと不安になる。触れ合うこの温もりがまた不意に離れてしまわないかと。
 そうやって縋りついてくる視線を受けたまま、エンテイはスイクンの頬に口付け、丁寧に舐め上げた。そのまま顎までのラインを辿り、鼻先を掠めて───そっと口吻に触れる。

 ゆっくりと確かめるように、口の周りを舐める。スイクンは無意識のうちに、受け入れるように口を開いていた。
 スイクンのささやかな歯列をくぐって差し込まれる舌先。
 スイクンが見上げる先のエンテイは、何故か辛そうな目をして見つめ返してくる。
 視線が絡まる中、互いの舌先が触れ合う。怖じ気づいていたのは最初の僅かの間だけだった。

 身体の中心に、じんとした熱が灯るのをスイクンは感じた。
 舌を熱く絡め合い、溢れる唾液を啜り合う。微かに乱れる吐息。見つめ合う視線も濡れてくる。




「───誰の夢を見てるんだか」


 醒めた声が響いた。


 はっとしてスイクンは目を開いた。
 一瞬のうちに、景色が変わる。
 目の前にはエンテイではなく───よく見知った親友の険しい顔。
「……ライ、コ……」
 その名を呼ぼうとするが、声は掠れて濁り、語尾は乾いた咳に掻き消された。
 苦しげに咳き込むスイクンの様子を苦々しく見つめ、ライコウは足元に置いていた木の実を小さく一囓りした。口の中で柔らかく咀嚼し、倒れたままのスイクンの口元へ運ぶ。
「ん……っ」
 一瞬嫌がるように顔を背けようとしたスイクンだが、漂う甘い香りに誘われるように、ふと口を開く。その途端にライコウの舌が割り込み、砕いた果実を流し込んだ。
 スイクンは頭部の形状から真上を向いて横たわることができない。そのため流し込まれた果汁のいくらかは喉まで届かず口の横から零れてしまったが、それには構わずライコウはまた次の一口をスイクンに含ませようとする。
「や……」
 弱々しい抵抗も甲斐無く、無理矢理何度も果汁を飲まされた。

「もう、いい……ライコウ」
 いくぶんはっきりとした声でスイクンが拒む。ライコウは残った木の実で自分の喉を潤すと、四肢を投げ出したままのスイクンの傍らに腰を下ろした。
 じっと見下ろされて居心地の悪さを感じ、スイクンは不快そうに眼を逸らす。


「……生きていたのだな」
「残念ながら」
 茶化すようなライコウの答えに、スイクンは溜息をつく。
「一応心配はしていた」
「一応……ね、そりゃどうも」


 あの大爆発の中一体どうやって生き延びたのか、まるであり得ない話のようだが、このライコウならそれも不思議ではないなどとスイクンは根拠のない事を思う。大方あの珠に護られて難を逃れでもしたのだろうが、真相を知りたいとも思わなかった。
 木の実を口にしたおかげで、体力の著しい低下からはやや回復したものの、そのかわりにひどい無力感がスイクンの心を襲っていた。もう何もかもどうでも良い、そんな自暴自棄な思いが心に重くのしかかる。

 スイクンを取り巻くそんな気配を、ライコウは敏感に感じ取っていた。
「助けられて迷惑だって顔してるぜ?」
 耳元に口を寄せて囁く。スイクンはちらりとライコウを睨み上げた。
「放っておいてくれ。私に構うな」
「あのまま死にたかった?」
「ライコウ」
「アイツじゃなくて残念だったな」
「……ッ!」
 突然図星を指されてスイクンは言葉を詰まらせた。
「可愛い顔して嬉しそうにキスしてた癖に。イイ夢見てたんだろ? アイツに抱いてもらってたか?」
 追い打ちをかけるように畳み掛ける。耳を疑うような彼のその言葉に、スイクンは眼を見開いて驚愕したまま硬直している。

 口付けられたのは夢ではなかったのか。一体どこまでが夢でどこからが現実だったのか、その境界が曖昧すぎて否定したいのに言葉が出て来ない。

「眼ェ開けて俺を見た時がっかりしただろ。可哀想になあ、大好きなエンテイじゃなくて。代わりに俺が抱いてやろうか。あの人間たちから解放してくれたせめてもの礼にな」
 言うなり身を乗り出してスイクンに口付ける。ライコウの唐突すぎる行動にスイクンは全く対応しきれず、気付いた時には完全に組み敷かれる形になっていた。
「なん……の、つもりだ……」
 声が震えるのは、動揺なのか怒りなのか、あるいは羞恥なのか恐怖なのか───
 鋭い眼光で睨み上げるスイクンをものともせず、ライコウは余裕の表情で圧倒的に不利な相手を見下ろしている。
「死にたいほど辛いってか。なに自棄(やけ)クソになってんだ。だが転がって待ってたって死ねないぜ? 俺たちはな」

 ライコウはにやりと笑った。その瞬間、スイクンの全身に引きつるような痺れが走る。
「おま……何を」
「死にたいんなら俺が殺してやるよ。殺してくださいって泣いて縋ってみな」
 あまりに見下した物言いに、スイクンの頭に血が上る。
「誰が……───うあッ!」
 叫ぼうとした途端一層強烈な痺れが走り、戦くスイクンの視界に蜘蛛の糸のような電光を纏う我が身が映った。
 ひくりと喉を震わせスイクンは何かを言おうとするが、身体が痺れるばかりでうまく動かない。今の弱った身体には、ライコウの電撃は強すぎたようだ。

 震えるスイクンに、ふとライコウが顔を寄せる。
「自棄になるぐらいなら……忘れちまえよ」
 小さく漏れた低い呟き。そのとき一瞬だけライコウの表情に真摯な光が差したが、眼を背けていたスイクンがそれに気付く事はなかった。
 ライコウのまっすぐな視線は瞬く間に霧散し、いつもの嘲るような笑みが戻る。すべてを見限ったような、暗い諦めの見え隠れする毒のある笑み。
「アイツの事なんか忘れろ。後悔するぐらいなら、始めから無かったことにしておけばいい。適当ないくらでも代用の利く糞みたいなモンでも、それなりに幸せにはなれるってな。高望みすんな。お前にはそんなモンで十分なんだよ」

 その言葉の刺は一体誰に向けられたものか。
 追いつめられるスイクンだけでなく、その暴言を吐いている張本人である筈のライコウまでも、いつしか苦痛に顔を歪めている。
 代用───それが自らを貶める言葉であることを、ライコウは十分すぎるほど自覚していた。判っていて敢えて口にした。自分自身に言い聞かせるために。

「目の前のイイ男に溺れとけ。それだけでいい」
 ライコウの鋭い牙先がスイクンの頬をゆっくりと辿る。少し力を入れれば簡単に皮膚を切り裂いてしまえるであろう堅い牙の感触に、スイクンは身を固くする。もっとも身体の痺れの所為で僅かに身じろぐ事もできないが。
 牙がスイクンの喉の上で止まった。自身の急所でもあるそこに当てられた鋭い刃。心なしか牙先に力が加わったような気がしてスイクンの焦燥が高まる。
「怖い?」
 ライコウの囁きに、スイクンは小さく舌打ちして眼を瞑った。
「素直じゃねえなぁ。じゃあ、コレは?」
 牙の堅い感触が離れ、その代わりに生暖かい濡れた感触がそこに触れる。急所に触れた舌が柔らかく舐め上げる。
「うん……っ」
 緊張に身を縮めていた反動で、スイクンの喉から思わず詰まった声が漏れた。

 ライコウはふと笑みを漏らしたが、何も言わずそのままスイクンの首筋を甘噛みしながら舌で辿っていく。丁寧に一つずつ秘密を暴いていくかのようなライコウの動きに、スイクンは歯を噛み締めてひたすら耐えていた。
 完全に相手に腹を晒す屈辱的な体勢を強いられ、為すがままに身体を探られる。辛うじて動くようになった前脚も、ただ所在無さげに縮こまり、時折無意味に空を掻くに過ぎない。
 ライコウの顔がスイクンの柔らかな腹の上を戯れながら降りていく。体の中の熱が徐々に集まり疼きを訴え始めるその場所へ。そんな敏感な下腹部を確かめるように幾度も舐め回されて、スイクンはまだ痺れの残る身体をびくびくと震わせた。

「声上げてみろよ。可愛い声で鳴けたらもっと気持ちよくしてやる」
 侮蔑を含んだそんな言葉を与えられても、感じまいと気を張り詰め過ぎて今にも崩れそうなスイクンは、もう憤るだけの気力も残っていなかった。苦しげな吐息を漏らして、縋るようにライコウを見上げる。
「もう……やめてくれ、ライコウ……頼むから」
 鎮めようとしても、どうしても震えてしまう声。羞恥と屈辱で気がどうにかなりそうだ。それでもこの状態では、優位に立つ者へ懇願するしかない。そうすることを厭うプライドも、無理矢理ねじ伏せた。
 しかしスイクンがそうして必死で請うた許しも、やはりライコウは一笑に付す。
「やめられんの? こんなに感じちゃってんのに」
 そうやって前脚でスイクンの股間を軽く踏みつける。スイクンはたまらず高い悲鳴を上げた。
「なんだ、ちゃんと鳴けるじゃねぇか」

「やめ……嫌だ、ライコウ……!」
 スイクンの懇願も無視して、ライコウは踏みつけたそこに顔を寄せる。そして緩やかに熱を帯びたそれを、一気に口に含んだ。
「やあぁ……ッ!」
 まだ隠れたままのスイクンの欲望を誘い出すように、巧みに蠢く熱い舌先。歯が触れる微かな痛みまでも刺激となってスイクンを襲う。
 ライコウの鋭い爪が、スイクンの後脚の隙間の柔らかな膚を掻くように行き来する。そのたびに大きく開かされたその両脚が藻掻くように切なく暴れた。

 こんな所を口で愛撫されるなどスイクンは今まで経験した事もなかった。痛みを感じるほど急激に集まってくる熱い血流。無理矢理に引きずり出され育てられる快楽に翻弄され、意図せぬ涙を滲ませる。


「やめてくれ……こんな事───お前としたくない」
 乱れる呼吸とともに吐き出された震える声に、ライコウはふっと顔を上げた。
 その表情に何か得体の知れない凶暴なモノが浮かぶ気配を感じて、スイクンの背筋に悪寒が走る。何か拙い事を言って彼を怒らせてしまったのか───狼狽えるも遅かった。
 顔には笑みを浮かべているが、ライコウのその眼は笑っていない。俯き逆光になっているせいで、その暗い色の瞳は底知れぬ闇を思わせる。

「へぇ……そんなにエンテイがいいんだ? 健気だねぇ、そんなに操守りたい?」
「ち、違……っ」
「俺とじゃイヤなんだろ? エンテイとじゃなきゃイヤなんだろ? じゃあ俺をエンテイだと思えばいい。どうせ身代わりだ。お前の良いようになりきってやるよ」
「な……に」
 スイクンがその言葉を理解するよりも先に、ライコウは動いていた。
 身を乗り出し、驚愕に見開かれたスイクンの眼を覆うように舌で舐める。

「眼ェ閉じてな。今からお前を犯すのはエンテイだ。いっぱい名前呼んでやれよ、エンテイ、エンテイってな」
 嘲笑いながらスイクンに口付ける。怯えるように逃れようとするのを許さず、舌を搦め取る。恐怖の滲む視線が見上げてくるのを無視して、ライコウは強引にスイクンの口の中を犯した。
「ん……やっ」
 柔らかな口の中に他者の肉体の一部を受け入れているという、何とも形容しがたい不思議な違和感。快感と不快感の入り交じった奇妙な感覚。
 それが親友のものであるということが、さらにスイクンの理性を掻き乱す。
「も、やめ……ライコウ……ッ!」
「エンテイだ」
「ライコウッ!」
 それ以上の問答をライコウは封じた。噛み付くようにスイクンの口を塞ぐ。

「ん───……」
 噛まれる痛みに身を竦めたのは一瞬で、その後すぐ甘く絡まってきた熱い舌に、スイクンの意思に反して身体が勝手に反応していた。嫌悪で逃げていた筈なのに、ライコウの激しさに飲まれていつの間にか自分から舌を伸ばして求めている。

 夢で見ていたときと同じ、じんと熱が灯るあの感覚がまた沸き上がってくる。
 湿り気を帯びてくる吐息。乱れて苦しげに上下する胸。ピチャ…と水音を立てて重なり合う舌。

 スイクンは眼を閉じて口付けに没頭していた。嫌で嫌で仕方なかった筈なのに、とうとうやめる事が出来なかった。激しく求められる熱い悦びが身体を満たしていくこの快感を、どうしても拒めなかった。それほどまでに、心が乾いて寂しがっていた。与えられる愛情に───たとえそれが卑しい欲望であっても、飢えていたのだった。


 スイクンの表情が甘く溶けていくのを確認して、ライコウは仰向けのスイクンの身体の上にゆっくりと身を重ねた。互いにほぼ同じ体格であるため、自然と熱を欲するその場所も二つ重なり合う。
「……ふあッ!」
 スイクンがびくりと身体を跳ね上げるが、逃げられないようにライコウがしっかりと組み敷いている。
 舐められ中途半端に高められたまま放置されていたスイクンのものに、それ以上に猛ったライコウのものが直に触れ、擦り付けるようにずるずると蠢かせる。生々しいその雄の形を感じているのもまた自身の雄なのだと思うと、羞恥とそれとは別の何か熱い感情が突き上げてきてスイクンは泣きそうに身悶えする。

「ライ……コ……」
「エンテイ」
「無……理っ」

 執拗にエンテイの名を呼ばせようとするライコウ。身体だけでなく心まで辱められていく感覚は、しかしスイクンに苦痛だけではない何か背徳的な快感をももたらした。
「ん……ああっ、変になりそう……だっ」
「ああ、お前の身体は……気持ち良いな」
 互いのモノと腹の体毛、それを絶妙な重みで擦り上げていくライコウの動きに、スイクンはもう逆らう事ができない。喘ぐように鳴きながら、いつの間にか前脚でライコウに縋りついていた。

「んん……ぅ、ライコウ……」
 終わりを求める甘い声。けれどその瞬間、ライコウは、つと動きを止めてしまった。
 スイクンが苦しげに見上げるライコウの顔は、余裕を無くしつつもそれ以上に嗜虐的な色を満たしてスイクンを見下ろしている。
「エンテイ……だろ?」
「……!」
 スイクンの瞳に絶望の色が宿る。こんな時にエンテイの名を呼ぶなど、まるで彼を性戯の糧にして辱めるようで恐ろしい。スイクンは眼に涙を溜めて拒むようにふるふると首を振った。

 ライコウはそんなスイクンに言葉をかけることなく身体をずらし、辛そうに熱を帯びるスイクンの雄にねっとりと舌を絡ませた。
「きゃうん……っ!」
 悲鳴とともにスイクンの身体が跳ね上がる。ライコウは顔を上げて試すようにスイクンを見下ろす。一度火のついた快楽は収まることなく身体の中で暴れ狂い、ライコウの見ている前で、スイクンはびくびくと立て続けに震える様を晒した。
「あ……あ」
 ひどく物欲しそうに媚びた表情をしている、そう自覚して恥ずかしくて逃げたくなる。けれどもライコウは逃げることも許してくれない。

 スイクンの口が震える。良心もプライドも崩れていく。求めたくてたまらない。続きが欲しくてたまらない。

「……ン、テイ……」
 遂に漏れ出たのは蚊の鳴くような声。けれどその自らの声で、スイクンの理性が完全に崩れた。
「エンテイ……エンテイっ」
 泣きながら名を呼ぶ。今此処に居ない者の名を。


 ライコウが再び動き出した。スイクンのものを銜えて舌で強く扱き吸い上げる。スイクンの下肢が狂ったように暴れ回ったが、構わず愛撫を強めていく。急激に膨れあがる衝動を裏付けるような、切羽詰まった悲鳴が上がる。
「や……あっ、あう……エンテイ!」
 自身の中心に与えられる強烈な刺激にスイクンの意識がぶれる。惰性のように彼の名を呼ぶうちに、今この身体を苛んでいるのが誰なのかあやふやになってくる。目を閉じると都合の良い幻が浮かんでくる。身体を重ねて愛撫を施してくれる彼の姿が───

「エン……あああぁ───……ッ!」
 抑えようもなく留め金が外れる。止めどなく溢れ来る熱情を、そのまま解放する。このまま死んでしまうかもしれないと思えるほどの、強烈すぎる感覚の嵐に意識が染まる。


 快楽に満たされる。




「は……ぁ、ライコ……もう」
 激しく息を付きながらスイクンは身じろいだ。自身の腹部が大量の白濁に汚れて不快感と罪悪感が沸き上がる。尻や後脚まで同じように汚れているのに気付き、振り返って見るとライコウもまた吐精の後の余韻に浸っていた。
 嵐が去ったらしい気配に、スイクンはほっと息をつく。
「ライコウ……」
 スイクンの呼びかけに答えず、荒れた息のまま、ライコウが再びスイクンに覆い被さって来た。まさかと思ってスイクンは慌ててその身体を押しのけようとするが、気力も体力も使い果たして四肢は全く使い物にならなかった。

「待……っん───」
 休む間も与えられず再開される愛撫。
「まさかこれでお終い、なんて思ってんじゃねぇだろうな。本番はこれからだろうが」
「やめろ、ライコウ……もうこれ以上、堕ちるな……」
 震える声で告げられた言葉に、ライコウの動きが止まる。スイクンを見下ろす視線に冷たい侮蔑と抑えきれない憤りが浮かぶ。
「堕ちるな、だと? なに気取ってやがんだ。もう堕ちるとこまで堕ちきってんだろうが、俺も……お前もな」
 そう言いながら、スイクンの後脚の間に顔を埋めて、堅く閉じた窄みに舌を這わせる。
「ひあぁんっ!」
 狼狽える悲鳴を心地よく聞きながら、そこを舐め回し、解すように舌を捻り込んでいく。
「や、あっ……やめ───」

「処女じゃあるまいし、ココもとっくに堕ちてんだろ。アイツのでっかいの入れてもらって可愛く鳴いたんだろうが、なぁ?」
「嫌だ……ああッ」
「エンテイって呼べよ」
「……無理……っ」
「強情だな」

 ライコウはスイクンを俯せに返した。力無く投げ出された後脚の間に身体を割り込ませ、スイクンの尻を突き出させる。
「やめてくれ……ライ───あっ…」
 つい今し方放ったばかりなのに、ライコウのものは既に堅く勃起しきっていた。
 熱く濡れた先端がスイクンの孔に押しつけられる。スイクンは這うように逃げようとしたが、ライコウに抑え付けられてぴくりとも動く事が出来なかった。
「お前がそんな頑なだとアイツは怖がって手ェ出してくれねぇぞ。優しいばっかりの臆病者だからな。お前が上手に尻振って誘えるようになるまで俺が調教してやるよ。さすがのエンテイでも乗りたくなるようにな」
「そんな……っ」
 乗り上げたライコウの身体に力がこもるのを下肢から感じる。スイクンが息を詰めたその瞬間、ライコウの侵入が始まった。

「ひ……あッ、無理……やめッ」
「無理って意味判んねェ。ちゃんと入るぜ、ほらっ」
「痛い、いたい……いやぁ……」


 裂かれるような痛みと熱さ。普段ほとんど使うことのない無垢なそこが、無理矢理に開かれる。
 背にかかる重み、脇腹に食い込む爪、荒い息遣い。
 身の内に入ってくる、性の快楽を貪ろうとする生々しい雄の欲望。

 ───やめろエンテイ……っ! 鎮まれ……!

 遠い日の叫びが耳元を過ぎる。
 記憶の中のエンテイとの行為と、今この身を貫く激痛とが一つに繋がる。


「やめ……エン……テ───」
 強いられるまでもなく、名を呼んでいた。
 ライコウは容赦なく身を進める。
「ああ、すごいな……ちゃぷんって言ってる、どんだけ濡れてんだよ」
 揶揄を含んだ呟きは、ひたすら身を堅くして苦痛に耐えようとするスイクンには届いていなかった。
 一度深くまで繋げてからゆるゆると動かしてみる。水に属するゆえの体質なのか、中は十分すぎるほど熱く濡れて犯す者の動きを助ける。ライコウは強い快楽に喉を鳴らし、きつく締めつけてくるスイクンの中を味わった。

「ん……嫌……あぁっ」
「そんなにイヤイヤ言ってんじゃねぇよ。イイって言うまで苛めるぞ」
 絶え間なくスイクンの口から漏れる拒絶の言葉に、ライコウは小さく舌打ちしてじわりと角度を変えた。そうしてスイクンの中を探る。大体は判っている、どこをどう責めれば良いように鳴かせられるのか。
「んぅッ!」
 幾度か突くうち、狙い通りにスイクンの身体が跳ねた。

「あ……あ───」
 スイクンの身体が快楽に震え始めるのが判る。ライコウは深くそこを突き上げる。途端に濡れた嬌声が上がった。
「あっ、あん……や、エンテ……エンテイ……ッ!」
 たてがみを振り乱して悶える。何度も何度もエンテイの名を呼ぶ。
 ライコウは辛いほどの強い快楽に眼を眇めながら、スイクンの肩口に本能のまま歯を立てた。
 噛まれる痛みにすらびくびくと身体を震わせてスイクンは切なげに鳴く。
 その悲鳴にも似た声にライコウは興奮した。全身でスイクンを求めている。

 もうスイクンの性感の場所など無視して、ライコウは自らの欲望のままに突いていた。揶揄も気遣いも、もう意識の外へ飛んでいた。そんな余裕は何処にもなかった。

「スイクン……スイクンッ!」
「ん……はぁ、エン……テ……」

 スイクンの言葉に傷つく自分を感じる。自らそう命じた筈なのに。
 今、自分の名を呼んで欲しい───願ってはならない願いが込み上げる。


「スイクン……愛してる……っ」


「……ライコウ……?」
 ふっと、唐突にスイクンに正気が戻った。
 はっきりと、背に縋る者の名を呼ぶ。


 ライコウはカッとして、猛る感情のまま自分ごと電撃を浴びせた。
「うあああぁ───ッ!」
 悲鳴を上げて、スイクンがくずおれる。元々電撃に耐性が低いスイクンは、激しく痺れたまま意識を失ってしまった。
 人形のように力を失った身体を、ライコウはそのまま突き上げ蹂躙する。
 呼び合う声もない。ただ身体だけを犯す。
 虚しくて惨めで仕方なかった。それでも身体だけは高ぶり、絶頂へと駆け上がった。

「クウッ───……」
 スイクンの暖かな体内に熱い迸りを注ぎ込む。
 最初で最後の交合。ライコウはそのまましばらくスイクンの背に覆い被さっていた。まるで甘えるかのように。
 ライコウの眼から零れた僅かの雫が、スイクンの背に吸い込まれていった。








 重い瞼を上げると、薄暗い岩穴の中だった。自分以外の気配はない。少なくともこの中には。
 身体中が痛くて動かない。
 スイクンは小さく溜息をついた。

 ───ライコウめ……散々やりたい放題していったか

 苦しげに呻いて寝返りを打つ。
 脱力した身体を何とか支えて首を上げ、自身の状態を確認すると、驚くほど綺麗に体中が清められている事に気付いた。
 ここまで完璧に汚れを舐め取られたのかと思うと、かえって気恥ずかしい。きっとしつこいほどに舐め回されたのだろう。それが彼なりの謝罪か気遣いなのか……あまりにも彼らしくて、憤る気にもなれなかった。


 まだ起き上がる気力が無い。
 スイクンはまたぱたりと首を降ろして、脱力に身を任せた。
 散々眠ったおかげで眠気は来ない。ぼんやりと視線を漂わせながら、夢心地の中で聞いた言葉を思い返していた。


『ここが何処か判るか、スイクン。アイツの火山の麓だ。気味悪いほど静かだろう。これがどういうことか判るか……?』


 スイクンが今寝そべっている巌の大地。そのすぐ下には燃え滾るマグマが渦巻いている───筈、なのだが。
 確かに、何も感じない。まさかここがエンテイの火山だとは、言われるまで気付きもしなかった。
「炎が……消えているのか?」
 自らの達した結論に、血の気が引いた。
 エンテイと火山とは、一心同体。火山が静まりかえったこの状態は、何を示すのか。


 ───まさか……まさか、エンテイ……───


 震える足で立ち上がる。重い身を引きずるようにして、岩穴の外に立つ。
 乾いた風がスイクンのたてがみを吹き上げる。
 見上げる荒れた岩山の頂には、僅かの噴煙も上がっていない。


 冷たい火山が、そこにあった。





冗長……○| ̄|_


依存関係 -10-怨嗟の森

空蝉



何でもコメントどうぞ。


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  • やったー 続きだー
    意外にもライコウが大活躍www

    それにしても、伝説の皆さんは同性を襲うことに全く無抵抗なんですね…
    ――散香 ? 2010-11-29 (月) 17:38:50
  • >散香様
    毎度こんなもんに付き合っていただきありがとうございます(T_T)
    ここでライコウを出すのは実は想定外だったんですが、なんかふっとエロ神が降りてきてしまいましたw
    伝説の皆さん、そもそも子孫を残そうっていう発想がないから性別とか関係ないのかも……じゃなくて単に作者がそのへん無頓着なだけです○| ̄|_
    コメントありがとうございました!
    ――空蝉 2010-11-30 (火) 08:10:12
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Last-modified: 2010-11-28 (日) 00:00:00
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