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令嬢ブースター

/令嬢ブースター

呂蒙 



 経済界に大きな勢力を持つシュウユが大事にしているポケモンがいることは、経済界のことを取材している人間やその世界にいる人間なら、誰でも知っていることだった。知らない者がいるとするならばモグリである。
 オレンジ色と、乳白色の豊かな体毛と黒い瞳が特徴の四足歩行のポケモン、ブースターである。シュウユは自分の子供が家を出て、他の地方で暮らしていることもあって、家ではブースターたちポケモンと暮らしている。
 家は広い庭付きで、家というよりも、邸宅もしくは屋敷と呼んだ方がいいかもしれない。ブースターはその家で何不自由なくのびのびと暮らせ、いろいろな教養、知識をシュウユやシュウユの部下から教えてもらい、今ではすっかり外見と中身を兼ね備えたポケモンとなった。
 といっても、ブースターの生い立ちは幸せなものではなかった。密猟者につかまり、巡り巡って、この屋敷にたどり着いたのである。ブースター自身、どうして自分がこのような目に遭ったのか分からなかった。
「ねえ、会長」
「ん?」
「私がこの屋敷に初めて来た時のこと覚えてる?」
「忘れるわけないさ。確か暑い夏の日だったな」
 その日、たまたまシュウユは海外からの出張を終えて、早めに屋敷に戻ってきたのである。食事を済ませ、時差ボケで眠かったこともあり、さっさと風呂に入って寝ることにしていた。風呂から出た時に屋敷に荷物が届いた。その中身がブースターだったのである。
 シュウユは見なかったことにして、荷物と、ブースターを一緒にどこかに捨ててしまおうとも思ったが、やはりそれはできなかった。その時、ブースターはかなり痩せている上に衰弱がひどかった。そのようなことをすれば死んでしまうのは目に見えていた。秘密裏に病院で手当てを受けさせた。数日間入院すると、一応体力は回復したようだった。
 シュウユは気になって、どうしてブースターが屋敷に送られてきたのか、調査してみることにした。直感的にきな臭いものを感じたからだ。調査には時間がかかったが、調査の結果、取引先の会社がシュウユのご機嫌を取るために珍しいポケモンを捕まえて、シュウユのもとに送ることを考えた。そして密猟者に金を渡していた、ということだった。ポケモンの密猟に関しては、当時は明確な罰則規定が無かったが、倫理的には問題とされる行為だった。その後、シュウユは裏から手を回してその会社に圧力をかけて、倒産に追い込んだ。シュウユの巨大企業からすれば、中小の企業を潰すことなど簡単だった。その理由をシュウユは
「ただ単に告発しただけでは手ぬるいし、表ざたになって、ウチに取材攻勢をかけられるのも面倒だったしな。手を汚してしまったが、これが一番手っ取り早かったのさ」
 とブースターに言っていた。が、本音は取引先が持ち込んだ厄介な問題がウチの会社に悪い影響を及ぼす前に収拾を図りたかったというものだった。シュウユ本人がこっそりとブースターに教えてくれた。ここでブースターは人の上に立つとはどういうことかを学んだ。自分ではなく、自分を含めた会社の皆にとって、ベストな選択をすることの難しさ、選択をする重圧。それらに嫌な顔をすることなく処理をしているシュウユを見て、野生の時にぼんやり持っていた「人間は野蛮で自分勝手」という人間像が音を立てて崩れ去った。
 シュウユが経営するハクゲングループの本社の会長室には、シュウユとブースターが仲良く写った写真が飾られている。
 シュウユは、ブースターを自分の子供以上に可愛がった。屋敷には何匹かポケモンがいたが、その中でもブースターは特別な存在だった。
 ブースターは自分の今の生活が時々信じられなくなる。かつては野生のポケモンで森で生活をし、御飯といえば木の実で、教養に至っては「何それ、美味しいの?」という身分だったのに、それがいきなりの大富豪の仲間入りである。実際にその世界でうまくやっていくにはどうすればいいのかも身をもって学んだ。ポケモンだから何をやってもいいわけがない。ポケモンの振る舞いというのは主人の通信簿である、と言っても過言ではなかった。ブースターが何か粗相をすれば恥をかくのはシュウユである。しかし、気をつけようと思えば気をつけられることだった。謙虚な振る舞いをしていれば少なくとも粗相はしない、ということをブースターは学んだ。沈黙は金という言葉通りである。
 かくして、謙虚なふるまいと豊かな教養で「令嬢」という隠語ができるまでになった。令嬢とは、シュウユのブースターのことを指している。可愛い上に謙虚である、ポケモンを持つ人々からは憧れの的になったという話を聞いて、シュウユとブースターは苦笑せずにはいられなかった。
「まったく、いい気なもんよね。教養を身につけるのだって大変なのよ」
 ブースターがくしくしと、毛づくろいをしながら言うと、シュウユは
「そうだな、お前も大変だったな」
 とブースターの今までの頑張りを労った。
その内、ブースターはシュウユの会社にも馴染むようになっていた。企業のトップに立つ人間がどういうことをしているか書かれた本は多いが、そんなものを読むよりも実際に傍で見ていたほうがよっぽど勉強になる。
 部下がやってきて、仕事の相談をし、それに対して指示を出す。ある時は他の会社の人間が交渉のためにやってくる。会社にいる間はシュウユに休み時間はあまりない。もっとも昼休みの時間中は必ず休みを取ることにしていたが。
 ブースターにとっても日々勉強だった。野生の方が楽だった気がしないといえば、嘘になる。しかし、今の生活は衣食住、さらに命の安全まで保障された何不自由のない生活だ。体毛のケアも暇があればシュウユが櫛を持って、体毛を梳かしてくれる。が、ブースターは種族がら体毛が多いので、櫛がすぐにダメになってしまう。そういったときもシュウユが暇そうな部下に櫛を買わせに行き、すぐに届けられる。
 もちろん自分のことは自分でやるようにしつけられているので、ブースターから頼むことはしなかった。また、体調を崩せばすぐに病院にも行ける。野生では考えられないことだ。今から野生の生活に戻れと言っても、それは酷なことでしかなかった。
その内ブースターが学んだことは、シュウユの会社は、一つの会社というよりはいくつかの会社が集まってできた会社の集合体に近いものであるということだった。もともとは鉱山を運営し、おまけ程度に水産業と海運を行っていた会社らしい。しかし、今ではいろいろな事業に進出している。
 その中の一つに、ポケモン関連の事業があった。
 ある日、シュウユが言った。
「ブースター、よかったら経営を手伝ってみないか?」
「えー、私が? まぁ、会長が言うなら……」
 経営しろと言われたら、自身はなかったが、要はシュウユの手伝いである。最初は渋っていたブースターだったが、勉強になるからやってみたらどうだ、とシュウユが勧めてくれた。失敗してもともとだ。ピンチなったら会長が助けてくれるわ、と覚悟を決めた。
 経営を手伝い始め、早速書類が渡された。ブースターはそれに目を通していく。いくつか質問をすると、シュウユの部下が丁寧にそれに答えてくれる。
 しばらくたって、シュウユがブースターに聞いた。
「仕事には慣れたか?」
「意外と、楽なのね」
「ウチの会社ではポケモンも働かせているけど、メインは人間だからな。正直、馬車馬の如く働いてくれたら、それはそれで嬉しいんだがね」
「あんまりお給料を払いたくないから?」
「だったら、雇わないよ。そうじゃなくてだな……。あ、そうだ。今日は面会に来る人がいるんだ。話はまた後でな」
「分かったわ」
 会長室のドアをノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
 シュウユが言うと、会長室の扉が開いた。若い数人の男女が入ってきた。それを見て、シュウユは表情こそ変えなかったが、あまり歓迎している様子ではなかった。ブースターはシュウユの態度でそう感じ取った。シュウユだって人間だ。出来れば応対したくない相手もいる。顔に何か表情が出ているわけではない。普通だ。しかし、大事な客を迎え入れる時は笑顔なので、いつも側にいるブースターにはその違いがすぐに分かった。
「どうぞ、おかけになってください」
 とだけ言い、来訪者を会長室のソファに座らせた。こういう紋切り型の言葉を使う時は、大体シュウユにとって「招かれざる客」なのである。話し合いをしても良い返事が得られることは少ない。だからと言って、シュウユの応対が良い時は必ず色よい返事がもらえるわけではない。それはそれ、これはこれである。
 ブースターはその事を知っていたので「どうせ、話し合ったって無駄よ」と言わずにはいられなかったが、とりあえず、黙っていた。ブースターも相手がどんなことを言い出すのか、少し興味があったのだ。
「ええと『セイリュウポケモントレーナー交流推進連盟』の方でしたね。本日は何用ですかな?」
「はい、実は……」
 代表格の男が話を切り出す。代表格、といってもまだ若く歳は20代後半から30代前半といったところか。やってきた男女はセイリュウでは珍しいポケモントレーナーということだった。ポケモンを持つ人自体少ない、セイリュウでは他の国と違いメジャーな存在ではなかった。
「『実は』?」
 内心、さっさと話を終わらせたかったシュウユは先を促す。しかし、その代表格の青年の目にシュウユのブースターが飛び込んできた。その青年の横に座っている女性や、後ろに立っている男女の視線が、ブースターに集中する。
(何よ、あんたたち……)
 男女の好奇の眼差しは、ブースターにとってウザったいを通り越し、寧ろ恐怖に近いものがあった。カメラ付きの機械を取り出し、何やら作業をしている。
 そして、その機械で、ブースターを撮影し、機械に記録として残していく。
「なっ、何すんのよ! いきなりこんなことをするなんて信じられないわ! だから私、ポケモントレーナーは嫌いなのよ! だいたい、ポケモンに戦わせて何もしてない自分たちがお金をもらうなんて、人間のクズよ! クズのために会長が時間を割くほど暇ではないのよ! 今すぐここから出てって!!」
 ブースターに罵声を浴びせられたトレーナーたちもさすがにカチンと来たのか、表情が変わった。
 会長は黙ってブースターを見つめていた。しかし、その行動を咎めることはしなかった。
「いきなり、人のポケモンを撮影することはないでしょう。普通許可を取るものだと思うが?」
「これは、ポケモントレーナーとしては普通のことですよ。高がそんなことでキーキー言うこと無いじゃありませんか。そもそも、ポケモンには肖像権など無いはずですよ」
「法律がどうこうではなく、相手が嫌がることをしないというのはモラルの問題ではないのかね? 私からすればさっきの行為はいささかモラルが欠けているように思うが?」
「あなたのような、社会を代表するような方がトレーナーの活動に対して理解を示してくださらないから、先ほどのようなことになるのですよ」
「撮影するなといっているのではなく、許可を取ればいいといってるのだがね。それとな、活動に理解を示して欲しければ、地道な運動をしたらどうかね? 社会の役に立つ運動を誰も排除したりはしないからね」
 結局、話し合いは予定の時間よりもかなり早く、打ち切られた。
 実のところ、シュウユはポケモントレーナーがあまり好きではなかった。先ほどのように、モラルのないトレーナーもいると聞いていたからだ。トレーナーになるのに、特に資格が必要なわけではなかった。ポケモン所持の許可証は必要だったが、許可は余程のことが無ければ下りる代物だった。
「やっぱり、ポケモントレーナーを生業にしているのなら、プロにふさわしい行動を取ってもらいたいものだね」
「そうよねぇ」
 数日後、会長室にシュウユが本を持って駆けこんできた。
「ブースター、大変だ。さっき部下から、週刊誌を渡されたんだが……」
「どうしたの?」
 ブースターが見せられたページには、先日の出来事が悪意に満ちた記事になっていた。
「え?『大企業のトップのポケモンは、苦労知らずでわがまま。来訪者に罵声を浴びせる』って、ひどい!」
 明らかな中傷だった。しかも別のページには、シュウユの屋敷の広い庭でひなたぼっこをしている姿が、カラー写真になっていた。ブースターは個体数が多くないので、すぐに自分だと分かった。
「隠し撮りされていたなんて……」
「先日の連中がでたらめ話を売り込んだな」
「会長、どうしよう……」
「とにかく、ブースターだけで出歩くな。分かったな」
「うん……」
 ブースターは不安というよりも不気味だった。会長室はセキュリティも厳重なうえ、ビルの高層階だ。そう簡単に覗き見することはできないだろうが、そうなってもシュウユ邸付近に待ち伏せていればいいだけのことだ。ボールにずっとしまっておけばいいのだが、食事や運動などもあるので、ずっとというわけにはいかなかった。会社の行き来は車での送り迎えがあるからいいが、自宅では、ずっとカーテンを閉め切っておくのは現実的ではなかった。不健康的だし、それはそれでブースターも嫌がるだろう。
「心配だわ。私だけならいいけど、会長に何かあったら……」
「別に私はいいよ。こういう仕事をしていれば、必ず嫉みや僻み、バッシングを受ける。それが嫌なら、経営を引き継いだりはしないよ」
「でも、外を歩いたり、運動もしたいわ。そうじゃないと、体の中から湧きあがってくる力を持て余しちゃって」
 ブースターは言った。炎タイプだから、というわけではなさそうだが、運動をしないのはやはり生活上問題があった。運動だけなら、会社が運営するスポーツジムで何とかなるかもしれないが、やはり外の空気も吸いたい。ケンギョウは海沿いの町なので、昼間は吹き付ける海風が非常に心地いいのだ。海風に吹かれ、空気中に体内にたまった余分な熱を放出するのは、ブースターの日課だった。
 しかし、あまり気にしすぎるのもそれはそれで、よくないと思い、無関心を装うことにした。無許可撮影は許せない行為であったが、ある程度の地位にいれば仕方のないことだった。それもブースターが学習したことの一つだった。こんなことくらいで、負けちゃいけないわ。野生の世界にはもっと理不尽なことだってあるのよ。ブースターは何かあっても無視していることにした。
 主人のシュウユには、友人が多い。シュウユと同じくそれ相応の地位についている人も少なくない。
「ブースター、人付き合いは大事だぞ。何かあった時に助けてもらえるからな。ちゃんと顔見知りになっておくんだよ」
「分かったわ」
 シュウユが会食に行くと、ブースターも大体は連れていく。見た目が可愛いので、目の保養にもなる。
「今日は外務大臣と会食だ。ホテルの最上階のレストランだ」
「分かったわ。じゃあ、身だしなみを整えないと」
 体毛を毛づくろいで整える。さらに専門の美容師に来てもらい、さらに綺麗にしてもらう。鏡を見て、自分の姿に思わずうっとりしてしまう。耳の先から、つま先、尻尾の先端に至るまで体毛が流れるようにセットされている。縮れてしまった毛は綺麗に切ってある。
「わぁー、すごい。何か本当にお姫様になったみたい。これが、私?」
「おぉ、やっぱり専門家に頼むと違うなぁ。はい、お代」
 美容師から返された領収書には0が3つ、一番左にはちらりと丸が見えたのだが、6なのか8なのか9なのかまでは分からなかった。棒らしきものが見えたので、6か9だとは思うが、はっきりとは見えなかった。
 会食場所のホテルのレストランには、時の外務大臣・カジュウ=コウリョがアブソルを連れて待っていた。
「お待たせしてすいません」
「いいえ、私も、今来たばかりです」
 会食が始まり、極上品の料理が運ばれてくる。口に運べば、溶けるように無くなっていく。美味しいのは言うまでもなかったが、量自体は多くないのと、次の料理が運ばれてくるまでに時間が空くので、食事よりも話をしている時間の方が長くなった。
「近頃お仕事の調子はいかがですか?」
 カジュウが聞く。
「まぁ、ぼちぼちですね。しかし、最近ポケモントレーナーですか、そういう連中が来ましてね、問題はそっちのほうですよ。この前は、いきなりブースターを撮影し始めたので、話し合いを打ち切って追い出しましたよ」
「可愛いですし、そうしたくなるのも無理はないと思いますよ。あまり気になさらない方がよろしいですよ」
「しかし、ブースターはそういうマナーのなっていないトレーナーを嫌がっているようなので、できれば、そういうのを取り締まる法案ができたらいいなぁ、と」
「しかし、マナーがなっていないだけで、法律で罰するのは難しいですよ。法案ができても努力義務で、強制力のない中途半端なものになるでしょうね」
「はぁ、やっぱり無理ですか」
「ただ、個人の財産であり、家族の一員ですからね。アブソルたちを保護する法律はあってもいいかと。法案を出せれば数のぼう……。いえ、多数決で決まることは確実でしょうから」
「シュゼン君はお元気ですか? 内閣が順調なのは結構ですけど、激務続きと聞いているので」
「ええ、相変わらずです」
 その後、ホテルのバーで軽くお酒を飲み、会食は終わった。ホテルのロビーには記者が待ち構えていた。
「本日、大臣とはどのようなお話を?」
「雑談ですよ。政治向きのことは一切話題に上がっていません」
 シュウユとブースターはもみくちゃにされながら、車に乗った。その後は、そのまま自宅へと戻った。
 それから、さらに数日後、会長室に荷物が届いた。荷物の大きさは大人の人間がようやく抱えられるくらいの大きさだ。
「随分、大きいわね。中身は何かしら?」
「分からん。うん? 伝票には卵と書いてあるな。ダチョウの卵でも入っているのかな?」
「卵、ねぇ……」
 シュウユが机の引き出しからカッターを持ってきて、段ボールに切れ目を入れた。段ボールを開けると、中には緩衝材が入っていた。その緩衝材を取り除くと、ようやく白い卵らしき物体が見えた。
「ほぅ……」
 シュウユは上から覗き込む。
「ねぇ、会長。私にも見せて」
「ああ」
 シュウユが卵を見せようと、ブースターを抱えたその時、卵が破裂音とともに、はじけ飛んだ。段ボールからは白煙がもくもくと上がっている。
「きゃっ、何よ?」
「何があった?」
 ダンボールの中に収まっていた卵は、殻が砕けてしまっていた。
「何なんだ、一体?」
「これ、卵爆弾だわ。そういう技があるのよ。多分今回のは、威力をおさえてあると思うけど。開けたら、爆発するようになってた、とか仕掛けがしてあったんじゃないかしら」
「爆弾だと? ひどいことをする。どこのどいつだ、今回ばかりはさすがに許せん」
「ポケモンに詳しくなきゃ、こういうことは思いつかないわよ、絶対に」
 その直後、秘書が会長室に駆けこんできた。
「大きな音がしましたが、お怪我はありませんでしたか」
「ああ、大丈夫」
「それと、会長宛てに手紙が」
「どれどれ」
 秘書から渡された手紙の文面を目で追っていたシュウユの顔がだんだんと険しくなってくる。
「何て書いてあるの?」
 ブースターに渡された手紙にはこう書いてあった。ブースターもその文面を目で追っていく。
「えーっと『卵爆弾には驚いたか? 今回は音と煙だけの脅しだが、今度はそうもいかなくなるぞ。ポケモントレーナーを見下す奴はどうなるか、教えてやる……』」
 後半は、シュウユを非難する文章が綴られていた。
 シュウユは確かにトレーナー嫌いだったが、それはあくまで一部のトレーナーだ。
「ポケモンを戦わせておいて、手柄は全部自分のものにしてしまい、ポケモンを労うことをしない。そういう性根の腐ったトレーナーはトレーナーの資格など無い」
 という発言をしたことがあった。が、いつの間にか言葉が大幅に端折られて「トレーナーは嫌いだ」ということにされてしまった。またシュウユの会社が販売しているボールや一部の薬、進化に必要な石もとんでもなく値段が高価で、余程稼げるトレーナーでなければ、重い負担になってしまう。それに対して値段を下げてくれというトレーナー側からの要望も多かったが、しかしシュウユは
「好きでやっていることでしょう? ポケモンが頑張っているのだから、トレーナーもアルバイトでも、副業でもして頑張るのが道理というものではないのですか」
 と、取り合わなかった。おまけに他の会社に頼もうにも、セイリュウで様々なポケモントレーナーに必要な道具を製造、販売しているのはシュウユの会社くらいだった。海外製品を買おうにも自分の手元に届くまでにそれなりの時間がかかってしまう。
 このシュウユの態度には、正論だという意見もあったが、トレーナーに対して冷たいという意見もあった。そんなことは政治家に言って欲しいよな、とも思ったが、現実的に「トレーナーを優遇しましょう」という法律など作れるわけがなかった。
「ひどいわね。逆恨みのオンパレードだわ」
「こうなったら、目には目をしかないな」
「どうするの?」
「今度、ラクヨウに行くから、付き合ってくれ」
 次の週に、シュウユはラクヨウ支社の視察という名目で、ラクヨウに行った。それから車でシュゼン邸に向かう。シュゼン=ギホウはシュウユの2つ下の後輩であり、友人でもある。今はセイリュウ国の首相を務めている。
「……というわけなんだけど、何とかならないかな」
「確かに悪質なトレーナーを取り締まる法律は、私もポケモンを持つ身ですから、何とかしたいと思うのですけど。ううむ、ポケモンに関しては今まで慣習法でしたから、ちゃんとしたこの国統一のルールは成文法で作るべきですね。とは言ったものの、どうすればいいか。あんまり差別的な内容にはできませんし。うーん……。あ、そうだ。これならいけるかもしれません」
「え? できるの?」
「お任せください。良い方法を思いつきました」
 間もなく、シュゼン内閣は、一つの法案を国会に提出した。この法案はすんなり可決した。野党からも反対はあまりなかったのだ。その法案が可決される様子をシュウユとブースターはテレビで見ていた。
「やったね、私たちの勝利だ。まぁ、本格的に運用されるのは2年後からだけど」
「そうね。これで、ウザったいトレーナーも減るでしょうね」
 実は、この法案、表向きは個人、団体が所有するポケモンを保護するものなのだが、そのため「街中でのバトルは禁止。バトルをする時は届け出の上、決められた場所で行うこと」「ポケモン所持にはライセンスが必要。ライセンスは1年ごとに更新。またポケモンを所持するにあたって、役所に届け出をし、そのポケモンに対し、国からIDの発行を受けること」など、トレーナーに対し、締め付けとも取れる法律が多かった。面倒なことが多かったが、街中で突然バトルをしかけられる恐れが大幅に減るため、賛成意見の方が多かった。
 もちろん、トレーナーの多くは反対した。バトルができなくなっては商売あがったりである。が、シュゼンはこの反対意見に対し、こう答えた。
「見聞を広めるとかそういった意味でも、海外で修業をされればいいんじゃないですかね。海外はいいですよ、いろんなことを学べますし」
 
◇◇◇

「と、いうわけでね。今、私たちが平和に暮らせるのも会長とシュゼンさんのおかげなのよ」
「まったく、絵に描いたようなお嬢様だったんだな」
 サンダースが言うと
「えー、そんなこと言ったらサンダースだってぼんぼんでしょ?」
「まぁ、そりゃそうだけど」
 あれから実に6年近い月日が流れている。ブースターにとって、華やかでありながらも大変な日々を懐かしく思った。今はシュウユの3男のリクソンのもとにいる。実家が嫌になったわけではなく、いろいろな世界を見るために、私のもとを離れて生活してみなさいとシュウユから言われたのであった。
 今は今で楽しい。けれど、ちょっぴり落ち着かなかった日々も良かったな、と思う。リクソンは家に来ていた郵便物のチェックをしていた。
「ああ、そうか。ライセンスの更新をしないといけないのか、あの講習、面倒なんだよなぁ。あ、そうだ。ブースター、会社から何か来ているぞ」
ブースターが封筒を開けてみると、中にはミュージカルのチケットが入っていた。
「えっと、8枚あるわ。皆で観に行けるわね。リクソンさん。今度、観に行きましょうよ」
「そうだな。何か見ると、結構良い席のようだし」
「じゃあ、決まりね」
「てか、何でそんなチケットが?」
「夏のボーナスよ。会長がね、気を利かせて手配してくれるのよ『ちゃんと教養を深めなさい』ってね」
「あー、そう……」
 サンダースはあまり興味が無かったが、あまりにも無教養だったり、礼儀作法がなっていないと、シュウユからいろいろと言われてしまう。説教が長いので、聞かされるのも苦痛なのだ。
「んで、どこの劇場なんだ?」
「えーっとな『ハクゲン第1ホール』だってさ」
チケットを見ていたリクソンが言う。
「ハクゲンホールってあれでしょ? 会長が寄付して建てたっていう」
「ああ、そうそう。慈善事業の一環でね。『お金を渡すよりも公共施設を一つ建てて、安値で提供した方が有益だ』とか言ってたし」
「会長らしいわね」
「まぁ、親父は元手の資金を運用して増やす能力には長けているのは間違いないと思うな。損になるようなことは絶対にしないから」
「そうよね。無理なことはしなさそうだし。堅実なのよ。実生活も地味だし」
「金の大切さはよく分かっているようだしな。それじゃあ、ライセンスの更新に行ってくるから、留守番頼むよ」
「分かったわ。行ってらっしゃい」
 暑い日差しが照りつける中、リクソンは家を出ていった。


 令嬢ブースター おしまい


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Last-modified: 2012-07-14 (土) 00:00:00
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