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交差する感情

/交差する感情

 NO LIMIT シリーズ

Written by クロフクロウ


交差する感情 


 あらすじ
ディレイの屋敷でちょっとした諍いに巻き込まれ散々な目にあったアルアとクゥヤ。あんなことはしばらくごめんだと、平和な旅が続くよう祈るがそんなことはさせないぞ。


1 


 山間の山道、太陽の光は厚い雲に隠れ、秋の匂いを掻き消すような、果てしない寒波が身を縮込ませる。北の山から吹く風が体温を奪う。冷たい風は慣れたものだと思っていたが、毎年違う風の質に体を身震いさせる。
 黄色い浮き輪と青いヒレが目立つポケモン、フローゼルはすっかり冷えた手をすり合わせながら野道を歩いていた。
 八重歯が剥き出しになっている口から吐く息も若干白く、空気の冷たさをよく表している。そんな中でも、右腕を飾っている銀色に輝く腕輪はどんな環境でもしぶとく存在感を示している。
「くっそさみぃな……。もうそんな時期だったっけ」
「さあ、いつから寒くなるとか、そんな細かいこといちいち覚えていないわよ」
 身を縮こませ体温を整えるかたや、隣のキュウコンは文字通り涼しい顔で道を歩いている。フローゼルは基本的には水辺の湿った地域、または河辺のような比較的水場に近い地域に生息している。冬場に風立つ乾燥した冷気にはあまり強くない。
 だがこのフローゼルは数年間、雪の降り注ぐ北の地で生まれ育ったためかなり寒さに強い。長い時間乾いた空気に触れていようが、自分の育った大地の環境に適したフローゼルのアルアにとって、決して苦といえる環境ではないのだ。
 だがそんなアルアでさえ神経を尖らせる冷たさは、これから迎える冬の厳しさをいち早く感じ取り覚悟しなくてはと、やるせない気分になっていた。
「おめーはずりーよな。ほのおタイプって寒さには困らないだろ。そのほっくほくの毛でよ」
「そうねー、あんましそういうのには困ったことはないかも」
「言い切るなぁ、どんな時も平然でいられるのが羨ましいよ」
「あら、ならアルもあったかくなればいいのに。――このほっくほくの毛で包んであげるわよ?」
 まるで誘うかのように相方であるキュウコンのクゥヤは尻尾を自分の前に持ってきて前足で抱き付く。見事なほど整った九本の尻尾は、自らの体すら包んでしまいそうに大きく、ゆらゆらと艶めかしく動く。全身の毛並み、美しくラインを描く体つきはキュウコンの中でもかなり上品な位につくだろう。
毛皮も防寒具もないアルアからしたら、目の前に極上の毛布があるようなもの。身を縮こませる冷たい風を感じる度に、そのキュウコンの暖かな尻尾に思わず頼りたくなる。が、それはあくまで傍から見た者の代弁だ。
 ニヤニヤと含みのある悪戯な笑み、少々見下しているかのような目。何百と見慣れた顔に沸き立つのは怒りを通り越して呆れ。アルアからしてみればその笑みの真意が手に取るように分かる。寒さに震える自分を煽っている顔だ。自分が優位に立ちこちらの揚げ足を取り、見返りを求める小悪魔なキュウコンがクゥヤ。それなりの威厳や高貴な噂を耳にするが、このキュウコンにはそれが全く感じられない。それはそれで良いのだが。
 だがこちらの返答を今か今かと心待ちにしているクゥヤの挑発には無性に腹が立つ。その目を惹く金色の毛並みでなければ水でもぶちまけてやろうかと。長い時間を共に過ごしてきたからこその沸き立つ感情だが、ここは冷静にだ。こんなことで噛み付いているほど暇ではない。
「なるほど、それはそれでいいな。けどおめーの見返りが怖いから遠慮しておく」
「あいっかわらずつまんない反応ね。ま。いつものことか」
 尻尾を離し、九本同時に整えると先に歩き出した。フイッと芝居を打ち切ったかのように淡白な返し。これはこれで少し罪悪感が残るのでアルアにしては少し複雑だった。
 永遠と殺風景な野道を歩いているからか、クゥヤも退屈なのだろう。代り映えのしない風景と永遠に続く山道。数日前からずっとこの調子なのはアルアも精神的に少し参っていた。
クゥヤはアルアほど感情が穏やかではない。寧ろ荒い方だ。変化の無い毎日に飽き飽きしているのが露骨に出ている。だから必要以上にアルアに絡み気を紛らそうとしている。
 そんなクゥヤの気持ちが何となく分かってしまうからこそ複雑な念を抱いている。気付いてしまっているのだから構ってあげても良いと心に過るが、アルアにはあまり悠長にしている時間がない。ジャーナリストであるムクホークのレイガが仕入れてきた情報によれば、もう目的のゾロアークは北の遥かに行っているということらしい。先日の屋敷の一件で時間を大きくロスしてしまったため、のんびりとしている暇はない。これから気候も厳しくなる。時が過ぎれば過ぎるほど、体の負担も倍増していく。
 冷たい空気をはるか上空は、今にも雪が降り出しそうに雲が覆い被さっている。ここよりもっと北に行けば、最悪すでに気候が悪化しているだろう。何故ゾロアークはそんな過酷な方向へ行ったのだろうか。ここから北といっても珍しいものは何もなかったはずだ。町はあるものの、大陸中央にある湖の都に比べたらかなりの辺境だ。
「ところで、いつまでこの道は続くの? 朝から何も食べてないからお腹がそろそろ空っぽなんだけど」
「もう少ししたら山のふもとの村に着くから辛抱しろよ。けど……今持ち合わせないけどな」
「あーっ! また財布の底付いたのね! ここ最近お仕送りもないから、もしやと思っていたけど。どうしてこういう嫌な予感は的中するのかなぁ」
「フォルスさんからには状況を手紙で送っているんだがな……ここ数週間返事が来ないんだよ」
「なるほどそういうこと。誰かさんがさっさとお師匠さんから独り立ちすればこんなことにもならないのにねー。いつまでもぐずっているから」
「まだ認めてくれないから離れられるわけないだろ。おめーと違ってこれでも苦労しているんだよ」
「一応アタシ、アナタの護衛として一緒にいんだけど忘れたの?」
「そういえばそんな役割があったな。全く仕事らしい仕事してないから記憶の澄みから消え失せていた」
「あらそう。本当は見習いということを隠していたアナタのその器の小ささはよく分かっていたから別に気にはしていないけど」
「うるせぇ! オレだって結果残しての今があるんだ! 今回の事だって――」
 認めたくはないが、事実クゥヤの言ったことを否定する部分がないのは事実。お高く自分を棚に上げて言う立場ではないのだ。
 一人前の調査士になるには、それなりの結果と実績と経験を積むしかない。まだまだ調査士としては全てのスキルが足りないアルアだが、こうして各地を旅して周れているのは、師である、フォルスのお蔭。クセのあるマフォクシーだが、アルアの中で数少ない尊敬しているポケモン。旅の資金もフォルスが支払ってくれており、まさに頭の上がらない存在なのだ。
「アタシには未だに調査士なんて、高名な仕事に就いてるアナタが凄いと思うけど。その空っぽそうな頭で」
「いででで! 頭を噛むな! 降りろ!」
 そんなアルアだが、クゥヤと共に調査の旅に出て幾つの日が過ぎたのか。目立った成果すら上げられず、こうして二匹の旅が続いているだけだった。
 いくら師といえども、ほとんど結果を出していない弟子をどう思っているのか。流石に痺れを切らし見放されたのか。――とそんな滅相も無い事が過ったがそれはない、とアルアはその考えを即座に否定する。だが、ここまで手紙の返事が遅いのは初めてなことなので余計な不安が湧いていた。
「何かと忙しいんじゃないの? 最後の手紙の時も、いつものように冷かしてちょっかいかける文面しかなかったんだし、そんな見捨てるようなことはしないはずだって」
「だと思いたいぜ。ぐだぐだと何も報告出来てないオレが心配かけてしまっているんだ。ここは何としてもいい報告が出来るようにしたいからな」
「そうそう。その意気だって。その為にアタシも協力しているんだから」
 先ほどの含みのある笑みとは違い、励ますようなさばさばした笑み。気を紛らすためちょっかいをかけたりとマイペースな面が目立つが、迷いそうになったアルアの背中を押してくれるのはいつだってクゥヤが傍にいたから。今のアルアはクゥヤという大きな存在なくしてここに立ってはいない。口では絶対に言わないものの、この二匹の信頼関係はどんな感情を交えても揺らぐ事は無い。
「そんじゃあ、アルの不安も解消出来たということで、お昼はどうするのかなぁ?」
 コロッと変わりニコニコと何か意味有り気にクゥヤがアルアを見た。村に着く頃には、お待ちかねのランチの時間だ。この長い山道、さぞ体力を使っている。
 空腹はクゥヤにとってもっともストレスを感じる状態。そうなってしまったらごねて面倒くさいことになるのは目に見えている。
「なんとかすりゃいいんだろ。不機嫌なおめーほどめんどくさいものはないからな」
「よくお分かりで」
 いがみ合おうが、罵り合おうが、こうして何日もいることに飽きが来ないのは、共にいて楽なのだからだろう。互いのわがままをぶつけ合おうが険悪なことにはならない。
 怒りをぶつけようが、それは真に互いが信頼していなければ成り立たない関係だ。意識していなくても、互いの思惑が息をするように伝わる。
 思えばいつからこのような関係になっていたのだろう。嫌いではないが、如何せんこのテンションに付き合うのは体力がいる。お蔭でかなり鍛えられているが。
 兎にも角にも、昼食を確保する手持ちが寒いのは事実。クゥヤの餌食になるのは目に見えていることに、アルアは容赦なく吹き荒れる木枯らしにすら嘲笑われているかのような気分だった。

2 [#24acdv1] 


 どんよりとした灰色の雲が覆い被さっており、寒さを和らげる暖かな光は完全に遮られてしまった。いかにも降り出して来そうな嫌な空。大自然に囲まれ冬も近いこの時期、山の天気は決して優しくない。まだ雪が降らなくとも、冷たい空気に雨が交れば雪よりもたちの悪い天候となる。
 それを象徴するかのようにひと際強い風が続けざまに吹き荒れる。相変わらず平然としているクゥヤだが、ピクリと両耳を立てると途端に目つきが変わった。
「アル」
 クゥヤが北の方角へ首を向けた。ほんの僅かだが、クゥヤの頭の毛がピリピリと逆立っている。くしゃみが出そうで出ないアルアだが、クゥヤの呼び掛けに開きかけの口を閉じた。
「さっきからいやーな視線がこっちに向かってる……来るよ」
 僅かな空気の震えを感知したのだろう。危機察知能力は鋭い念力が無ければ成しえない。熟練の武術の達人でもサイコパワーには敵わない。キュウコンはエスパータイプでもゴーストタイプでもないが、独自に持っている神通力がどの状況になっても発揮する。
 こういう時のクゥヤは頼りになる。旅に赴いて培った空気の僅かな震えと、勘はどの状況になっても効果を発揮する。
 アルアも同じく周りの空気を研ぎ澄まし、向かってくる相手に意識を集中させた。戦闘モードに突入したポケモンは本能的に敵の気配を察知して特性が発動する。体の奥から沸き立つ力。空気が震えるこの感覚は先日屋敷で赴いた戦い以来だ。
 風を切る音、感覚を集中させ影を予測する。自然と体が敵の攻撃に対応して、ヒラリとふたりは敵の攻撃を避ける。
 上空からの奇襲を予測出来ていたのは大きい。逆光で姿は分からないが恐らく鳥ポケモンの襲来にいち早く対応できた。
「おうおう、今の攻撃を避けるとは結構いい勘持ってんじゃないの。トロトロと道にいんもんだったからよぉ」
 突然の奇襲を仕掛けたポケモンは軽い口調でふたりを挑発した。大きな羽と、触覚のような飾り。堂々とした風格を携え翼を羽ばたかせるのは、オスのケンホロウだ。
「何なんだよ……オレら急いでんだけど」
 鋭い翼をこちらに向けてきた以上、決して良好的に済ますはずはない。最低限の抵抗として、アルアの目つきがキュッと鋭くなる。
「あぁ? こっちは色々機嫌が悪いんだ。誰にでもいいから八つ当たりしたくてたまんねぇんだよなぁ……てめぇらみたいなイチャついたモンとか特にな……!」
 一つアルアは舌打ちをした。よりによって面倒なポケモンと遭遇してしまった。たまにいるのだ、兎に角暴れたくて誰かを襲い掛かる謀反なポケモンが。
「ていうことらしいよアル。心外だね」
「ったく、厄介な奴と出くわしたもんだ。まともに絡むだけ時間の無駄だな」
 このような輩と出会うのは初めてではない。こういう時は無闇に構ったりせず、その場から素早く去るのが最も合理的な手段。クゥヤはアルアの言葉に強く賛同するように小さく首を縦に振る。
「小悪党から逃げる時に使うあの手段、行くぞ」
 全身に力を入れ、二匹は身構える。尻尾をなびかせ、技を繰り出す姿勢をとった。
「ハッハー、ヤル気か。そうこなくっちゃなぁ!」
 戦闘の体制に入ったケンホロウは、上空で回転しながらはがねのつばさ’を繰り出す。強靭な翼は白銀の輝きをまといながら二匹に突進してくる。
 接近するタイミングと同時にアルアとクゥヤは目の前で同時に技を放った。‘みずてっぽう’と‘ひのこ’は、ケンホロウの手前で交差するように相殺した。その瞬間、強い爆発が起こり周囲は水蒸気が充満し白い煙で視界を遮る。
「ぐっ! 小癪な!」
 威力の小さい技でも、水と炎で反発しあう力は相当なもの。アルアとクゥヤがお互いに何度も呼吸を合わせながら完成させた『逃げるため』の技は読み通りケンホロウの目を眩ます。
 敵が怯んでいる隙に、アルアとクゥヤは勢いよく山道を走り抜ける。逃げ足には自信がある二匹は後ろを振り返らず、全速力で山道を登っていく。
「ぐっ! 俺をこけにしやがって! 逃げられると思うなよ!」
 だがケンホロウも遅れを取っていなかった。力強く翼を羽ばたかせ、‘きりばらい’で水蒸気を払い退ける。羽ばたく力が相当鍛えられているのか、ものの数秒で辺りを包んでいた白い景色は無くなった。
「げげ……何て羽ばたきだよ……!」
「この程度で凌げると思ったら大間違いだぜぇ! ハッハァ!」
 退くどころか相手にチャンスを与えてしまった。‘きりばらい’後の素早い対応で、逃げるアルアたちを再び視界に納める。
 本気になったケンホロウはアルアに向かって‘つばめがえし’を繰り出す。素早い動きで相手を翻弄させ、必ず命中させる必殺の技は絶対に避けれない。地を抉るよう低空で接近し、翼を刃のようにピンと伸ばす。
アルアの足下から切り上げるように繰り出す‘つばめがえし’に、威力に圧され体が宙に舞う。技もそうだがケンホロウのスピードも並大抵ではない。空中で受け身を取り、地面には叩きつけられずにはすんだものの、技を受けたダメージが体に痛みを伴う。痺れが全身を巡り、体の底から大きな衝撃をくらったような。
「アル、大丈夫?」
「ぐっ、何とかな。それよりかなりヤバいな、あのケンホロウ……ただの不良じゃねーみたいだ。翼を羽ばたく力、さっきの技といい……ただもんじゃねーぞ」
 顔を歪ませ何とか態勢を立て直す。デタラメに鍛えたポケモンならその技量は分かりきれる。だが一撃に重みがあるポケモンは一朝一夕で得た力ではない。相手と対峙するために得た力だ。素行は悪いが、並大抵のケンホロウではない。その事ははっきりと分かる。
「ハッハー! 今のを耐えたのはなかなか見どころあるじゃねぇか? 久々に面白そうな奴に出会ったなぁ」
 向こうはすでに完全な戦闘態勢に入っている。戦う気は満々のようだ。これでは先ほどのような小細工なんかでは逃げられる隙がない。
「こりゃまたまた戦わないとやり過ごせないんじゃない?」
「どうやらそのようだな。ったく、この前戦った傷も完全に癒えてないのによ」
 逃げられない戦いはいつだってそうだ。理不尽な状況で起こり得る。
 だが今回は2対1、断然数ではこちらのほうが上。覚悟を決めて、アルアとクゥヤは再び身を構えた。今度は『逃げるため』ではなく、『逃げ切るため』の。
「そうこなくっちゃなぁ! ためには俺を楽しませてくれよぉ!」
 血の気の走った言葉と共に、ケンホロウは急降下した。風を斬るような空気を切り裂く振動がよく聞こえる。
 アルアたちも、旅で培った経験はそこそこ相手と渡り合えるものだと思っている。二匹で各地を巡っているとなれば、嫌でも戦うことは何度もあった。
 こうして今この場にいるということは、今までもやり過ごしてきた。相手の力量を測り、勝てる勝負なら勝ちぬき、力が及ばないようなら逃げきった。
 けど自分の中に眠る意地というのは、いざというときに曲げられないものだ。負けられない戦いは全力で相手する。それは調査士としての使命ではなく、ポケモンとしての本能。
 戦って強くなるのは皆同じだ。幾多の経験を得て、力も技も強くなる。
「もう一度喰らいなぁ!」
 低空で速度を上げ、狙いをアルアに定めたケンホロウは再び‘つばめがえし’を繰り出した。
 空を斬る音がはっきりと聞こえる。先ほどよりも威力を上げて突撃してくる。避けられない攻撃はどうするべきか、考えている暇は無いが中途半端な行動は全てが命取りになる。
「何っ!?」
 なら受け止めてしめばいい。翼が接触する寸前、アルアはケンホロウの胴体を掴んだ。技の勢いが凄まじく、押し切られそうになるが、足腰に力を入れ相手の勢いをそのまま流すかのようにカウンターを仕掛ける。一見力任せだが、アルアは上空に向かってケンホロウを投げ飛ばした。技の威力に自分も吹き飛びそうになるが、上手く体を捻らせ地面に踏みとどまった。
「がっはああ! なんて馬鹿力だ! まさか受け止められるなんて……こんなのは初めてだなぁ!」
 予想だにしなかった行動に、ケンホロウは驚きの表情でアルアを睨んだ。それと同時に、不気味な笑みが色濃くなってくる。
 くちばしから舌を一度舐めずり、体制を立て直す。敵の攻撃を受け流してこちらに流れが来ているはずなのに、この胸の奥がもやもやする感覚。
「いちいち気色悪いんだよその顔……!」
 腕に痺れが伝わるが、すぐさま反撃しないといけない。技を繰り出したらすぐに次の技は出せない。こちらから攻めるチャンスを逃してはいけない。‘れいとうパンチ’を右手に込め、ケンホロウに繰り出す。まさか、と油断していたケンホロウは避けることも出来ず、‘れいとうパンチ’を正面から受け地上に叩きつけられた。
 ここ最近ではまともに技が決まった。クリーンヒットした時の感触は、いつの時も気持ちの良いものだ。
「ぐっ! ぐぐぐ……ホント力つええなお前!」
 伊達に長い間旅をしてきた力技ならそれなりに渡り歩いてきた。
 ケンホロウも、ここまで予想していなかったアルアの一撃に、先ほどまでの余裕は徐々に消えつつあった。
 直撃を受けた鳩胸を翼で押さえ、アルアを睨む。敵意を完全に剥き出した表れだ。
 勢いよく両翼を広げ、抜け落ちた羽根がケンホロウの周りに飛び舞う。風は弱いはずなのに、背筋が一瞬ひんやりと冷気が漂った気がした。全身の毛が逆立っている。
「ちょっと遊んでやるつもりだったのに、本気にさせるなんてお前ら最高だぜ! アッハハハハ!!」
 ケンホロウの翼から真空の刃が繰り出される。まるで空気を斬る一撃に息を飲みそうになるが、怯んだら簡単にやられる。
 アルアの‘かまいたち’とクゥヤの‘かえんほうしゃ’で相殺した後、激しい衝撃が互いを襲う。
 すかさずケンホロウは二匹に向かって翼を広げ、たいあたりしてきた。勢いそのものに同時に突き飛ばされ、体制を崩してしまった。
「なんだ今の……重っ苦しいというか何というか……」
 まともに受けたらケガで済むようなものじゃなかった。二匹は突然の強襲に身構える。
 最初の時とは勢いが格段に違う。気持ちに火が付いたようで動きのキレも簡単に見切れなくなっている。
「オラオラ! 休んでる暇はないぜぇ!」
 クゥヤに向かい、‘エアカッター’四方八方に飛び交う。簡単には避けられないよう、適度な感覚を意地した刃は対応しようにも瞬時に反応できない。
 グッと力を溜め、身を固めるしか出来ないクゥヤに‘エアカッター’の刃は直撃する。苦しい表情を浮かべるも、ここでくたばってはいけないとクゥヤの意地が垣間見えた。
 やはり並大抵の相手じゃない。一方的な状況に普段は気だるそうな赤い瞳もメラメラと火が付いた。
「いつまでもアナタの思い通りにはさせない」
 ‘かえんほうしゃ’はケンホロウに向かい勢いは充分。翼をかすめるだけも、ようやく一撃を与えることができた。
「っぶねぇ! なんだなんだ、そっちのキュウコンの姉ちゃんもかなりやるんじゃねぇか!?」
 かすっただけなのに、すでにクゥヤの力量を理解したかの口調。荒々しくこちらの闘争心を煽るかのような口ぶり、いったい何を考えているのか全く見当がつかない。
 クゥヤに注意を反らしているうちに、アルアも行動に出ていた。
「よそ見するんじゃねーぞ!」
 隣の木からケンホロウに飛び付いた。
「ぐおっ! このっ、離せ!」
 バランスを崩したケンホロウはアルアと共に地上に落下した。その事も予め想定済みか、衝撃に負けずにケンホロウを拘束したままアルアは踏ん張っていた。
 力の強いフローゼルでも、ケンホロウの抵抗はかなり暴れて突き飛ばされそうになるが、折角のチャンスを無駄にするわけにもいかない。
「クゥ! やれ!」
 アルアの叫びと同時に、ケンホロウを上空へ投げ付けた。色々と予想していなかった展開に、ケンホロウはハッとした。
 躊躇なくクゥヤは次の技を発動しようとしていた。
 狙いを定め、クゥヤの尻尾がゆらゆらと揺蕩う。不気味なほど艶やかに舞う尻尾はクゥヤが覚悟を決め、本気で挑む合図。
 灼眼の奥深くで滾る炎がより赤く燃え上がらせる。何かを仕掛けると合図なのか、周りの空気がギュッと重くなったような気がする。何かに押さえ付けられたようなプレッシャーがじわじわと迫る。それは頭上で体制を崩し、無防備になっているケンホロウにも伝わっているだろう。
 普段からは想像もつかないようなクゥヤの剣幕。そうだ、炎タイプは相手の感情により感化されやすく知らず知らずのうちにヒートしてしまうことがある。ケンホロウの気迫に煽られ、クゥヤも戦いに対して相手に感化され闘争心が沸き上がっている。それほど相手が手練れだという証拠、これは認めざるを得ないだろう。
 狙いを定め、クゥヤが最もテンションが上がった時に得意とする技、‘れんごく’をケンホロウに放った。普通の炎ではない、相手を激しい炎で焼き尽くす必殺の技。それだけなら普通の‘れんごく’なのだが、クゥヤの繰り出す技は独自に編み出した特別なオリジナル。
 猛々しい蒼白の炎が二つに分かれ、まるで双子の龍が天に舞うかの如く渦を巻きながらケンホロウを飲み込む。昼間でもひと際青く激しく燃え上がる炎は傍から見て一筋の恐怖すら感じる。だがそれが味方に招き入れた時の頼もしさはこの上ない。
 相手も油断していたのか、咄嗟の対応が出来ずに餌食になる。そして‘れんごく’の炎を一気に爆発させ、辺りを青白くフラッシュバックさせる。
 炎が立ち消えるとケンホロウの姿が露わになる。けど予想と違い、ケンホロウは空中で羽ばたきながら待機していた。それに少し様子が違う。
「げっ……これマズイ!」
 ほんの少しの油断が命取りになるとは誰しもが言う事ではないか。慢心があったわけじゃない、けど信頼しているクゥヤが間違いなく決めたと勝手に思い込んでいたからだ。
「とっておきだぁ……!」
 ケンホロウの全身が白い光に包まれ、高速でクゥヤに突っ込んでいく。‘れんごく’に包まれている間に、‘ゴッドバード’の準備をしていたらしい。あの技の中で、しかもクゥヤの大技をものともしない処が、反撃に備えていた。予想をすっ飛ばす僅かな隙を相手に許してしまったのは言い訳できない。
 何より、クゥヤの技が予想していたよりあまりダメージを負っているように見えなかった。
 光の矢の如く、ケンホロウはクゥヤに向かい‘ゴッドバード’を繰り出す。反撃の間も与えてもらえず、正面から鈍い音を響かせ諸に受ける。地面を這いずるように全身を持っていき、後方の大木に勢いよく叩きつけられてしまった。
「なっ……クゥ……!」
 鈍い音と共にクゥヤの乾いた声が耳に入る。声にならない悲痛な叫び。容赦のない一撃、何より狙っていたかのような性格なコントロール。クゥヤとは対照的に、ケンホロウの大技が目の前で決まった。
 傍で感じた炎は間違いなく良かった。それで失敗したとなると、何かミスをしたのか。どちらにしても不発した技の隙はとんでもなく大きい。アルアも心のどこかで小さな隙が出来てしまっていた。
「ハッ、思ったより手応えはなかったな。一瞬どんな技か驚いたがよ。まだまだ精度が甘ちゃんだったな」
 軽い口調で罵るも、目は笑っていない。それを象徴するかのようにケンホロウの表情に焦りが生まれている。
しかし、
「‘れんごく’はとてつもない大技だが、とてもコントロールがしにくい技……だったな」
 単に外した。相手に技が当たらなかった。だが決してクゥヤの炎を見下しているわけじゃない。目の当たりにした凄みを実感したからこその変化。寧ろ大きな力を示すことが出来た。
 けどそれがケンホロウの余裕を剃り落とすことになった。本人はもう少し余裕を持って遊ぶつもりだったのだろうが、クゥヤの技を前にそんな暇が無くなったということだろう。
 状況は圧倒的に不利。劣勢を強いられることになっては打開する糸口というのは限られてくる。
 クゥヤを一撃で仕留めた‘ゴッドバード’が頭から離れない。凄まじい技を目の前で目の当たりにしたことはアルアを大きく動揺させた。
 相手の力量は十二分に理解した。だからこその心情だ。
 強い。このケンホロウ、今まで出会った鳥ポケモンの中で格段にレベルが違う。
 口はふざけていてもそんなのただの建前だった。舐めていたわけではないのに、この焦燥感はなんだ。完全に体が後ずさりになってしまっている。
 けど退くわけにはいかない。怖気付いても気持ちは折れてはいけない。立ち向かう意志は揺らいでいない。
 フッと息を吐き、アルアはケンホロウを睨んだ。流れ落ちる冷や汗を感じながら立ち向かった。
――が、状況は瞬く間に一変した。
 ひんやりと頬を伝い冷気を感じるや否や、ケンホロウの周りに巨大な渦が上昇する。猛々しく荒れ狂う‘うずしお’だ。アルアの水技ではない、巨大な‘うずしお’はケンホロウを飲み込み閉じ込める。身動きの取れなくなったケンホロウは渦の中で必死に抵抗するも、想像以上の威力なのか焦った表情でもがき続ける。
「ここまでだな」
 曇り空に大きな影が飛び出してくる。影は何か大きな物を振りかざしながら、渦の中で悶えるケンホロウに向かって行った。
「なっ……!?」
 渦ごと断ち切るように振りかぶった途端、鋭い剣筋がアルアの眼光に映る。まさに空を切り裂くかのような見事なまでに鋭い刃が渦を真二つに切り裂いた。水は美しいまでに四散して水しぶきとなり、中央に閉じこもっていたケンホロウを地上に叩きつける。瞬きすらする暇もなかったまさに一瞬の出来事に、今目の前で何が起こっているのか把握するのに時間が掛かった。
 目の前には一本の‘カタナ’を持ったポケモンが貫禄を合わせながら立ちはだかっていた。その姿の通り、‘かんろくポケモン’のダイケンキ。右手に持ったアシガタナの鋭さが目につき、何より頭の兜の影に隠れた目がより武者としての雰囲気を醸し出している。
 地面に叩きつけられたケンホロウは翼を広げ何とか立ち上がるも、鋭い一撃に苦しい表情を浮かばせていた。‘うずしお’で閉じ込められ、狙いをしっかり定めた‘シェルブレード’をまともに受けて体力だけでなく気力も持っていかれたかのようだ。
「ぐっ! 撒いたと思ったのにしつこい奴だ!」
 先ほどまでの表情が消えた。明らかにアルアたちと対面していた時とは様子が違う。互いに面識はあるようで、一方的な緊張感が二匹の間に漂う。
「フン、あの程度の目くらましで逃げられると思ったら大間違いだぜ。さて、大人しくしたら怪我ですませてやる。抵抗するなら痛い目を見てもらうがな」
 アシガタナの矛先をケンホロウに向け、圧倒的な存在感を放ちながら笑みを浮かべた。どちらにしろ、ケンホロウは無傷で済ますというわけではないらしい。表情は軽くひょうきんさを醸し出しているものの、ダイケンキの目が全く笑っていないのがより言葉の冷酷さを際立たせている。
 突如として現れたそのダイケンキに、他の存在が一気に小さく見えてしまう。矛先から柄までしっかりと手入れされているアシガタナを持つ姿があまりにも頼もしく、そして恐ろしく思える。背中にビリリと電流が走るような、他とは明らかに違う。まるで経験したことにない空気にアルアは息を飲んだ。ものの数秒立ち会わせただけで、これほど大きく見えるポケモンは今までに見たことがない。恐怖すら感じるオーラは、並大抵ではない修羅場を乗り越えてきたのだろうか。
「くそ、相変わらず気味の悪い笑みを浮かびやがって……まぁいい、丁度ノッて来ているんだ、ここでくたばってもらおうか!」
 威圧感に圧されながらも、ケンホロウは反撃の体制に入る。空中で一度ローリングして、急降下で降りてくる。先ほどとは違う繰り出し方の‘つばめがえし’だ。
「それはお前さんがな……」
 威力、スピード共に申し分ない。しっかりと標的に向かって繰り出す技はまともに受ければただでは済まない。
 だがダイケンキの表情は全く曇らない。寧ろより不気味な笑みがより濃くなっているよう。
 ダイケンキも、‘つばめがえし’で応戦した。アシガタナで空を斬るように振り上げ、互いの技が交差した。流れる激流の如く、その太刀は弧を描いた。一朝一夕では手に入れられない熟練の技に、ダイケンキの口元は薄く笑みを浮かべていた。
 刹那に静寂が訪れた。全ての音があの二匹に奪われたような感じがした。
「ハッ、他愛も無い」
 くるりとアシガタナを手で回し、足の鞘に納めた。起こり得る全ての結果を見通していたかのように。
 全身の力が抜けた体を地面に這いつくばり、ケンホロウは意識を失った。胸の急所を的確に斬り付け、あっという間に体力を奪った刹那の‘つばめがえし’。その技の本質を知らなくても凄まじさが目に焼け付いた瞬間だ。雰囲気からただ者ではないと察するが、それ以上に圧倒する存在感。全ての注目を一気に集中させる姿に目を奪われていた。
「ケガは無いかフローゼルの兄ちゃん。結構な技を喰らっていたみたいだが」
「あ、ああ……大したケガは。それよりこっちの」
 クゥヤの方が物理的なダメージが大きい。あの‘ゴッドバード’を受けては相当な体力を持っていかれただろう。気を失っているクゥヤに寄り添い、ゆすり起こした。
「う……くっ……か、体はなんとか動くし大丈夫よ」
 少し辛そうだが、心配するほどでないみたいだ。けど表情は依然と悔しそうにしている。
「そうか。ならよかった。こんな野郎に倒されるとか堪ったモンじゃねぇだろうからな」
 この空気が震えるような声、相手を嫌でも注目させる声色にアルアはハッと目を見開く。何やら少し懐かしいような、既視感のあるダイケンキだ。けどたった二言のやり取りで普通のポケモンではないと勘付く。
「あ、ありがとうな。危ないとこを助けてくれて……」
「なに、こいつは俺が探していたケンホロウだ。むしろお前さんたちを巻き込んでしまって、詫びを入れるのはこっちだ」
 アルアたちに向ける言葉はそれなりの敬意を感じられた。戦いから身を下ろせば、その姿は武人の如く精悍な面構えに渋さが感じられる。それなりに年は食っているダイケンキだろう。恐らくアルアの半分の年は生きている。が、見た目はそんな年寄り臭さを感じない――というか下手すればクゥヤと同じくらいの年に見える。そんな所も魅力的な特徴だろうか。
 ダイケンキは気絶したケンホロウを少々雑に抱え上げ、身動きが出来ないよう両方の翼を縄で縛った。これなら目覚めた時、簡単には抵抗できない。ここまで準備が良いとなると、本当にこのケンホロウを捕まえるためにここにいるのだろう。
 いったいこの二匹は何なのだろうか。
 調査士としての性なのか、少し疑問に思ったことは知りたくなるのが癖になっている。幼き頃はこのような情は生まれなかったのに、月日が経てばまるで違う自分がいるのだから、生きていれば何があるのか分からない。
「あ、あのさ。このケンホロウ……なんか普通じゃなかったが、いったいどういう奴なんだ?」
「おろ、それを俺に聞いてどうするんだ。別にお前さんたちはただ襲われただけなんだから関係ないだろ」
「別に……気になっただけだ。今までこんな奴会ったことは――いや、あるはあるけどそこらにいる野盗にしちゃタチが悪かったからな」
「ほう、なかなかに鋭いんだな。コイツが普通のポケモンじゃないって」
「嫌でも気付くさ。今まで逃げ切れなかったことは殆ど無かったからな……」
 頭は悪そうだったが力は並ではなかった。このダイケンキの助太刀がなければ今頃どうなっていたか分からない。
 そう考えただけでゾッとする。先日の屋敷でもそうだった。まるで天の雷を操るかのような――いや、雷という莫大な力そのものを彷彿とさせるライチュウもこの世界にはいるのだから。
「まぁ、関わったなら知っておいても損は無いかもな……。ああ、いや、そんなことないか。やっぱり無し、お前さんたちには特に関係の無いこったこった。気ィ張って警戒するようなもんでもないさ」
 くく、と何やら自己解決したような勝手な言葉にアルアは首を傾げた。言えないことなら駄目と言えば引き下がろうとしたが、中途半端な受け答えにアルアは納得のいかない様子だった。
「そういえばお前さんたち、ここの道を通るということは、ここから山を越えていくんだよな?」
「ああ、そのつもりだけど。山を越えて北の地方に行く」
「ほうほう。けど村の反対側の山道はちっと厄介なことになっているからな。どうしても行かなきゃいけないのか?」
 何やら意味有り気に口を吊り上げ、交互に目を通した。下手に時間を無駄にしそうなので、その事については触れないでおこう。
「北に探している奴がいるんだ。一刻も早く追いつかないとまた入れ違いになってしまうからな」
 そうだ、今は自分のやるべきことをしっかり見つめなければ。ダイケンキの言う通り、山の天気が荒れれば更に足止めをくらって追い付くものを追い付けなくなってしまう。もう悠長にする時間は無い、何としても北に向かわなければならない。
「なるほど。どういう事情か知らないが、お前さん相当やり手だ……その目……良い感じだぜ。擽ってくれんじゃねぇか」
 何かダイケンキの瞳から少し覇気が表れていた。何かに飢えたような目。まるでアルアの存在を赤い瞳の奥に記憶したように。
 何か胸の奥からズドン、と響き体が重くなった気がした。いったい何に自分は脅えたのだ。目の前のダイケンキは危機を救ってくれた恩人だ。感謝するべきポケモン。
 何故こんなに不安になる。無駄に意識する必要なんてない、堂々と接すれば良いものを。
「つーわけど、俺は急いでいるからおいとまするわ。とりあえず疲れただろ、この先に村があるから、そこでしっかり体を休めていけ。これから山は荒れてきて雪が降ってくるからな。特に、そこの眉目良いキュウコンの姉ちゃんは――ん?」
 突如ダイケンキはクゥヤの顔を見つめた。全てを見通すかのような赤い瞳がクゥヤの灼眼と目線を合わす。
「何? アタシの顔に何か付いてる?」
 ダイケンキは眉間にしわを寄せ、クゥヤの顔を毛の一本一本探し当てるかのように目に力が入っている。傍から見ているのに妙な緊張感がアルアには感じた。
 と、一通り見つめた後に、何か思いつめたかのように口を軽く開く。
「――いや……いやいや、改めてこんな可愛いキュウコン初めてだなと思ってよ。くくく、ついつい見惚れてしまったぜ」
 はぁ? とクゥヤは首を傾げる。
「よく見りゃいい毛並みだ。よほど育ちがいいんだろう。身体つきも他のメスと比べてすげぇ魅力的だし……。どうだ、用が無ければ俺とちょっとばかし付き合わねぇか? お前さんみたいな別嬪さんなら、俺はいつでも歓迎だぜ」
 状況がよく呑み込めないままダイケンキの軽口にクゥヤの表情が曇る。
「生憎だけど、アタシたち急いでるんで。お誘いは嬉しいけど、今はそんな場合じゃないから」
「くくく、手の切り方は慣れているっぽいな。全く動じてない辺り、さぞモテるんだろう?」
「余計なお世話よ。そこまで分かっているなら、それ以上の戯言は必要ないんじゃない?」
 風に靡く金色の根毛が背に逆立つ。顔には出していないが、クゥヤの機嫌がよく分かる。
 クゥヤの鋭い目を装いに、ダイケンキの口元はニヤリを緩む。怪しいその笑みは、まるで何か一つ確信を突いたかのような不可解な仕草だ。
「そこまで言われたら引き下がるしかないよなぁ。うーん、割とマジだったんだぜこう見えても」
 なに言ってんだか、と心の底で呟く。幾度となく各地のオスから口説かれた経験から慣れているこのことなので、言い争う事もましてや掘り下げることもない。被るのはクゥヤだけだが、そこは我慢してもらう。
「ま、くれぐれも気を付けてな。次は助太刀出来ないぞ」
 そう一言、ダイケンキは警告のように物言い、山の方向へ駆け出して行った。まるで嵐のようなポケモンだ。
「やっぱどこ行っても声を掛けられるな。おめーは」
「好きでそうなってるんじゃないんだけどね。そういう所、オスってよく分からない」
「随分とご機嫌ナナメだなクゥ。そんなに今のダイケンキに気が動転したか?」
「それもあるけど一番は空腹。分かってるくせに、いちいちしゃくに障る言い方しないでよ」
 クゥヤの機嫌はすっかり拗ねてしまった。ケンホロウの件もそうだが、あのダイケンキに不埒な事を言われたからだろう。
「ああ、そうだったな。けどあのダイケンキ、まぁケンホロウもそうだったが……嫌な予感がするのはオレだけか」
「奇遇ね。アタシもそれを言おうとしていた。どうも胸の辺りがチクチクするのよね……」
 ただのポケモンではないことは言わずとも。だとすれば、いったい何者なのだろうか。
 疑問というのは一度持ってしまうと解決するまでは永遠に持ち続けてしまう厄介なお荷物だ。そんな荷物を、アルアは何百と抱えているのだから、これ以上かさ張らないようしないといけない、と心がけてはいる。もはや無駄なものと自覚もしているが。
「村に着いたら、とにかく休もう。オレもくたくただしな」
 心身共に、疲れきった状態では何をするにもパフォーマンスは落ちる。当たり前の事だが、時間が迫っている中での焦りではそういう単純な事を忘れがちになる。
 どんよりとした空を仰ぎ、クゥヤは一つ息を吐いた。どうやら一度招いた厄介事というのはそう簡単には離してくれないらしい。重い足取りを浮かせ、傷ついた体を休ませるため歩き出した、が。
「……っ!?」
 一歩踏み出した途端、後ろの左足に強烈な違和感がクゥヤを襲った。力が伝わらない、寧ろ伝えようとすると否定するかのように拒まれる。
 確証は無いが、クゥヤの頭の中で最悪のイメージが駆け巡った。



 コラム

 序盤はこれで一区切りです。まだ始まってもいないのにこのペースだよ!


最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • クゥヤとアルアの旅の一ページといった感じでなんだか微笑ましく感じました。相棒との旅の途中を描写したシーンはこれから先何が待っているのかという不安と期待が入り混じってとても良いものだと思います。
    何やらなかなか平穏な旅、とは行かなそうな雰囲気をひしひしと感じながら続きを待たせていただくことにしますね。 -- カゲフミ
  • 軽いノリで試練を与える無慈悲なあらすじ…
    この口と態度の悪いやり取りを見ると、ああふたりがまたやり合っているんだなと懐かしさ混じりに微笑んでしまいます。
    隙あらば色気を振りまくいつものクゥヤが好きなんです!
    アルアは屋敷でのお話のときより少々丸くなった感がありますね。旅の疲れも感じつつ、今度はどんな試練にぶち当たるのか…
    尻尾を長くして待ってます -- ひぜん
  • 落ち着いた日常のシーンから、戦闘シーンに入ってからの急展開。お互いのポケモンならではの技を活用した描写に痺れますねぇ!

    前作から引き続き息ぴったりな二人ですが、果たして二人にこれから何が起こるのか……、執筆頑張ってくださいませ! -- てるてる
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Last-modified: 2018-08-09 (木) 21:54:54
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