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亡き友へ

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亡き友へ 

writer――――カゲフミ

 岩山の側にひっそりと佇む街、シオンタウン。
都会の喧騒とは縁の薄そうなこの街にはいささか不釣り合いな大きな建物がありました。
天に向かって伸びていくような猛々しさはないものの、そこにあるだけで十分な存在感があります。
そう、それは死んだポケモン達のお墓になっている塔。町の人々からはポケモンタワーと呼ばれている建物でした。

 

 塔の内部。そこにはたくさんのお墓がずらりと立ち並んでいます。
お墓参りが目的でない限り、できれば足を踏み入れたくない場所でもあります。
昼夜を問わず薄暗く、宙を漂うゴーストポケモンの姿を見ることも珍しくありません。
ムウマも塔にすむそんなポケモンの中の一匹でした。
何かを探しているのか、ムウマは天井付近からきょろきょろと視線を動かしています。
「あ……また来てる」
 ムウマはお墓参りに来ている人間の一人に気がつきました。
歳は十歳を少し過ぎたぐらいの少年が、あるお墓の前に立ち尽くしていました。
もう何日も前から、ムウマは彼の顔を目にしています。少年は決まってあのお墓の前に現れるのでした。

 ムウマは少年の傍までふわりと下降します。どこか悲しげな表情を抱いたまま。
気配を感じたのか、少年が振り返ります。生気のない瞳がムウマに向けられます。彼の目は真っ赤に腫れていました。
「ムウマ……僕に何か用?」
 彼くらいの年齢ならばまだこの塔に一人で入ることや、ゴーストポケモンと出会うことを恐れてもおかしくないのですが。
少年は全くそんなそぶりを見せません。あるいは、今の彼には何かを怖がるという心の余裕がなかったのかもしれませんが。
「ねえ君、昨日も一昨日もその前の日も、ここに来てたでしょ?」
「祈りに来てただけだよ。僕のポッポにね」
 少年はしゃがんで墓石に触れます。その表面には真新しく彫られた文字が刻まれていました。
そんな彼の姿を見るのはこれで何度目だったでしょうか。ムウマは少年の顔を覗き込むようにして聞きます。
「なんだか、君の悲しみ方が尋常じゃなかったから気になってさ。言いたくなかったら無理しなくていいけど……君のポッポに何があったの?」
 ムウマが問いかけると、少年は黙ったままうつむいてしまいました。
今、この階には少年とムウマ以外に誰もいませんでした。立ち並ぶお墓がさらに静寂を際立させていきます。
やっぱり悪いことを聞いてしまったかな、とムウマが思い始めた時、少年が口を開きました。
「ポッポが死んだのは僕のせいなんだ。ポッポは病気だったんだけど、発見するのが遅れて……助からなかった。僕がもっと早くあいつの異常に気がついていれば、死ななくてすんだはずなんだ……。いつも傍にいたのに、気づけなかった。僕は自分の手でポッポを殺したも同然なんだよ!」
 顔を歪め、辛そうに話す少年の目からまた涙がこぼれ落ちます。
ムウマは彼が抱える事情を理解しました。こんな時はそっとしておいてあげるのも一つの優しさなのかもしれません。
ですが、ムウマには彼を見過ごすことはどうしてもできませんでした。少年が必要以上に自分自身を責め立てているようで、きっとこのままではずっと悲しみから抜け出すことができないような気がしたからです。
「……あのさ、自分を責めるよりもポッポの冥福を祈ってあげたほうがいい。君がいつまでもそうやって泣いてたら、ポッポは安らかに眠ることができないよ?」
 少し躊躇いながらも、ムウマは少年に言いました。少年は下を向いたまま何も答えません。
自分が彼にこんなことを言うのはきっと差し出がましいことでしょう。それでも、ムウマは続けます。
「君が悲しむのは分かるけど、ここは……」
「分かったようなこと言わないでよ!」
 突然少年が立ち上がり、叫びます。
思いがけない大きな声にムウマは驚いて言葉を止めました。
「大切な友達を失った僕の気持ちが君に分かるの? 死んでしまったのは自分が原因だって知ったときの悲しみが分かるって言うの!?」
 少年の声は塔の中に、そしてムウマの心の中にも響きます。
ムウマは何も答えることができませんでした。自分は友達を失ったこともないし、誰かの死を目の当たりにしたこともなかったからです。
「分かりもしないのに、半端な慰めなんていらないよ!」
 そう言い残すと少年は駆け出しました。踵を返したとき彼の涙がふわりと宙を舞い、床に落ちます。
だんだんと聞こえなくなる足音。小さくなっていく少年の後ろ姿をムウマは黙ったまま見つめていました。
「半端、だったのかな……」
 そして、少年の言葉を自分に言い聞かせるかのように呟きました。
消え入りそうな小さな声でしたが、ムウマの大きな瞳には何かを決意したことを思わせる真剣さが感じられます。

 その日の夜。ムウマは塔の中を飛び回っていました。
何度も階層を上下し、きょろきょろと視線を動かしながら。
「……見つからないなあ。どこにいるんだろ」
 元々広いこの塔の中。探すのは大変なのは分かっていたことです。
それでもムウマは探し出し、自分の話を聞いてもらわなければならなかったのです。
今いる階の中をあちこち見まわしましたが、探している姿は見当たりません。
ため息とともに、次の階に移ろうとするムウマ。そのときふと、あの少年の姿を思い出したのです。
「もしかしたら……」
 何か思い当たる節があったらしく、ムウマはある階へと向かいました。
そう、それはあの少年が毎日訪れていたお墓のある階です。彼のポッポのお墓の前にムウマの探していた姿はありました。
「あ、いたいた。よかった、見つかって」
 ちょっとした安堵感とともに、ムウマはその影に声を掛けます。
影は自分に話しかけてきたムウマに気がつき、不思議そうに見つめました。
ゴーストポケモンではないけれど、確実にそれに近い存在。少年の目には映ることはありません。
ムウマが影を目にすることができるのは、きっとゴーストポケモンだからなのでしょう。
「ちょっと私に協力してくれない? あなたの大切な友達を助けたいの」
 少しの間何かを考えているかのように影はゆらゆらと揺れていましたが、やがてムウマを見つめて頷きました。
「じゃあ明日、ここの場所で待っていて。彼が来たら私が合図するから、その時に……」
 何か作戦でもあるのか、ムウマは影に向かってそっと囁きました。
影は微動だにせずじっとムウマの話を聞いていましたが、すべて聞き終えた後再び小さく頷いたのでした。

 

 次の日。あの場所にまた少年はやってきました。
昨日と同じようにお墓の前に立ち、ぼんやりとした瞳で見つめています。
「……ポッポ」
 今にも消え入りそうな弱々しい声で少年は呟きます。その目にはまた、涙が浮かんでいました。
背後に気配を感じて少年ははっと振り返ります。そこには、昨日のムウマが静かに佇んでいました。
もの言いたげな瞳でこちらを見ているムウマ。少年は彼女を睨みつけます。
「また君か……。悲しもうが涙を流そうが僕の勝手だろ、もうほっといてよ!」
 昨日のことをまだ怒っているのか、少年は強い口調でムウマに言いました。
もしもムウマがあれから何もせずに彼のところにきていたならば、ここで引き下がっていたかもしれません。
ですが、ムウマにはどうしても少年に伝えておかなければならないことがあったのです。
「あなたに聞いてもらいたい話があるの」
 ひるむことなくムウマは少年に話しかけます。
真っすぐな瞳で少年を捉えて語りかけるその姿には、昨日とは比べ物にならない真摯な態度を感じさせます。
「……話って?」
 少年は少しの間考えていましたが、ムウマの静かな迫力に呑まれいつの間にか聞き返していました。
彼がちゃんと答えてくれたことに、ムウマは安堵の笑みを浮かべます。
「きっと大事な話だと思うわ。……いいわよ、入ってきて」
 ムウマは目を閉じます。少年には彼女が何をしているのか分かりません。
どうしたんだろうと見ていると、ムウマの体が宙で少しだけ揺れたような気がしました。
「ムウマ……?」
 少年の声に気が付いたのか、ムウマは目を開きます。
しかし、その口から聞こえてきた声はもうさっきまでの彼女のものではありませんでした。
「ケイ、聞こえる?」
「……!」
 発せられた声は紛れもなく少年が一番よく知っているであろう声、ポッポのものだったのです。
ムウマには教えていない自分の名前を言っているのが何よりの証拠でした。
「ポッポ……なのか?」
 思いがけない出来事に、ケイは戸惑いながら尋ねました。
ムウマの姿をしたポッポはゆっくりと頷きます。
「そうだよ。僕、どうしてもケイに話しておきたいことがあってさ」
「話しておきたいこと?」
「うん。ケイ、僕が死んでからずっと泣いてばかりだったから心配だったんだ。ずっと自分を責めてばかりで……」
 いつもこのお墓の前で泣いてばかりだった自分をポッポに見られていただなんて。
死んだ後にまでポッポに心配をかけていたことが、ケイにはとても情けなく思えてきました。
「僕は一番近くにいながら病気に気が付けなかったんだ、ポッポが助からなかったのは僕のせいで……」
「それは違うよ!」
 ポッポの声に、ケイは言葉を止めます。
「僕はケイのことをこれっぽっちも恨んだりなんかしていない!
たしかに、自分が病気だって分かったときは辛かったけど、僕が病気になってしまったのは君の責任じゃないよ。
それに僕は……君と一緒にいられて楽しかった。君の友達でいられて本当によかったから」
「ポッポ……」
 こぼれ落ちそうになる涙をケイは慌てて手の甲で拭います。
ポッポの前では涙を流す自分を見せたくありませんでした。
「そろそろいかなきゃいけない。もうあまり時間がないんだ」
「え……?」
「体を借りて話すのは本人に負担が掛かるんだ。これ以上ムウマに無理させられないから……」
 こうして話すきっかけを作ってくれたムウマへ恩を仇で返すようなことはしたくありません。
それはケイもポッポも同じ気持ちでした。まだまだ話していたいところですが、ここはぐっと堪えます。
「そっか。もう、お別れだね……」
「でも僕は忘れないよ。君と過ごした時間、一緒に遊んだり笑いあったりしたこと……ずっとずっと忘れない」
「僕もだよポッポ。絶対に忘れない。約束だ」
 ケイはそっと自分の手を差し出します。ポッポもムウマの体で手を差し出し、彼の手に触れました。
ムウマの手でさすがに指きりはできませんでしたが、それでも堅い約束を誓うのには十分です。
「約束だね。たくさんの思い出をありがとう、ケイ……」
 最後にそう言い残すと、ムウマの体から小さな光が抜け出しやがてスウッと消えていきました。
ケイの目にはその光は確かにポッポの姿をしているように映ったのです。
その直後、宙に浮いていたムウマの体が支えを失ったかのように、地面に向かって落ち始めます。
「ムウマ!」
 ケイは慌てて彼女の体を抱きとめます。
腕の中でぐったりとしていたムウマでしたが、程無くゆっくりと目を開きました。
「ムウマ、大丈夫?」
「ええ。……よかったじゃない、ポッポと話せて。本当に素敵な友達だったみたいね」
「それも君のおかげだよ、でもどうしてそこまでして?」
 昨日会ったばかりの、しかも自分が邪険にしていたムウマ。
どうしてこんな危険を冒してまで助けになってくれたのでしょうか。ケイには分かりませんでした。
ムウマは腕の中から力なく浮き上がると、彼の方を向きます。
「君みたいにポケモンを心から大切に思ってくれてる人を久しぶりに見て、何だか嬉しかったの。
初日は墓参りに来ていても、それっきり音沙汰なしって人も結構いるのよ。そんな中君を見つけて、何か助けになってあげたいなって思ってね」
 多くのお墓が並ぶこのポケモンタワー。そのすべてが手入れの行きとどいたお墓というわけではありません。
もう何年も放置されていることが見て取れる、寂しげなお墓も少なからずあるのです。
「そうだったのか。ごめん……昨日はひどいこと言って」
「いいのよ、気にしないで。私も、君の気持ちをちゃんと分かろうとしていなかったのかも知れないから。
だからポッポの霊を探して、君にメッセージを聞いてもらったの。あのまま何もしなかったら君の言うとおり、半端だったから」
 昨日ケイに言われてから、ムウマは考えていたのです。
半端な慰めはかえって彼を傷つけてしまう。ならば自分に出来る本気をやろうと。
「それでも君がそこまでしてくれて嬉しいよ。ありがとう、ムウマ」
「どういたしまして……って、さすがに疲れたわね」
 宙に浮くムウマの動きにはまだ頼りなさが残っています。
きっとこんな状態で移動しているのを見つけたら、思わず手を差し伸べてしまうでしょう。
「本当に……大丈夫?」
「心配しないで。しばらく休めば元気になるわ」
 ムウマは屈託のない笑顔を浮かべます。
表情に曇りがなかったのできっと本当なのでしょう。もともと頼りなげな外見とは裏腹に、案外たくましいのかもしれません。
「それならいいんだ。それじゃあ、僕は仕上げをするよ」
「仕上げ?」
 ケイは頷くと、ポッポのお墓の前にしゃがみ、目を閉じて静かに手を合わせました。
今は亡き大切な友達へ。悲しみに捕われてばかりで、ポッポの冥福を祈ることを忘れていたのです。
しばらくの間、ケイは手を合わせたままじっとしていました。それだけ深く祈りを捧げていたのでしょう。
祈り終えたケイはお墓から離れると小さく息をつきました。
「……ふう。それじゃ、僕はもう帰るね。今日は本当にありがとう、またね、ムウマ」
 またね、という言葉。それは彼が再びここを訪れるであろうことを示しています。
ムウマがケイとまた顔を合わせる日もそう遠くないのかもしれません。
「うん、元気でね」
 ケイは笑顔で頷きムウマに背を向けると、そのまま塔の出口へと駆けていきます。
彼の目にもう涙は見えません。その足取りは昨日とは比べ物にならないくらい、生き生きとした生命力に満ち溢れていました。    

      END



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最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 何でこーゆー作品にコメントがつかないのかが不・思・議 -- アキ2 ? 2009-07-21 (火) 03:15:16
  • ケイ君と一緒になって泣いてしまいました。
    悲しいお話が好きなので、これは最高の作品でした。ありがとうございました
    ――ゲのゲ ? 2009-09-05 (土) 15:26:26
  • アキ2さん>
    そう思っていただけて嬉しいです。

    ゲのゲさん>
    悲しいお話、なのかもしれませんが。後ろ暗さを残さぬようにはしてますね。
    最後はすっきりした終わり方にさせたかったのです。
    レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2009-09-25 (金) 20:00:26
  • 読みながらガチ泣きしました。
    本当に良い話です。
    ――金色でっていう ? 2012-12-14 (金) 16:31:23
  • このストーリーを考えた当初はムウマが進化するなんて思ってもなかったですねー。
    もうかなり昔の作品になりますがレスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2012-12-17 (月) 20:41:51
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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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