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久遠の思いと意思

/久遠の思いと意思

NO LIMIT シリーズ

Written by クロフクロウ

久遠の思いと意志 前編 



 山々から顔を出したばかりの眩しい朝日。乾いた風の吹き荒れる荒野。木々も枯れかけ緑がほとんど荒廃しているこの場所に、三匹のポケモンがポツリと。一匹は雲一つない青空を見上げながら佇み、もう二匹は何やら会話をしながらお互い苦い表情を浮かべていた。
「――ということは、その村では何も手に入れられなかったということッスか?」
「ああ。やっぱり辺鄙な村じゃ、情報が薄い。もっと密集している地域に行ってこねぇと」
 黄色い浮き袋が特徴のオスのフローゼルと、赤いトサカが特徴のオスのムクホーク。真剣な会話なのか互いの表情は硬い。
「でしたら、この先の北にある町、メックファイに行ってはいかがッスか?最近は、そこそこの治安もよくなっているという噂ッスから、危険の可能性は低いと」
「メックファイか……それも一つの手か。よし、じゃあこいつを頼む。即急にな」
「了解ッス!この先も気を付けて」
 ムクホークはフローゼルから手紙のような紙切れを受け取ると、南の方角に向かって羽ばたいていく。フローゼルに言葉押しされたことを即実行するかのように‘こうそくいどう’を使い、やがて数秒もしないうちにムクホークは山の彼方へと飛び去って行った。
「用は済んだ?」
「ああ、待たせたな」
 先ほどまで空を見上げていたメスのキュウコン。フローゼルは右手を挙げ二回左右に振った。
「それで、次の目的地はどうするの?」
「メックファイだ。あいつの情報から吸い出したら、この辺りに来ていることは間違いないがな。今一つしっかりとした情報が掴めないのは否めねぇが」
 落書きの目立つボロいメモ帳を手に、フローゼルはうなだれる。いくつかの暗号のような、自分でも読めない箇所が多々ある汚れた紙はここまでの旅を支えてくれた大切な物だ。なにより自分に馴染んだ証拠。その用紙をキュウコンは隣から覗き込むようにして見る。フローゼルは無理やり覗き込まれ多少眉をピクリとさせたがすぐにキュウコンの見やすいように手を動かした。
「ほーほー。相変わらず汚い字が無造作に並べてあるようなお子ちゃまの落書きだけど、最近アタシにも何となーく読めて気がする。何だか複雑な気分ね」
「いちいち言葉の多いおめーには言われたくない。これはオレだけ読めれば役目を果たしているんだよ。それに、字が汚い奴は心が綺麗だというだろ」
「そういうことを自分で言っちゃうの?手遅れの証じゃん」
「勝手に言ってろ。文句言うならおめーは見なくていいんだよ」
 そう言ってフローゼルはメモ帳を取り上げる。あら、とキュウコンは目を細めた。
「ま、レイガの情報は割と頼りになるんだし、最近行き当たりばったりの情報しか手に入れてなかったから、今回は期待できるんじゃない?アル」
「ああ、こちとら何回も尻尾すら掴めない状況に陥っていたんだ。今回こそは絶対に見つけだしてやる。……ってかクゥ!何オレの弁当食いながら言ってんだこの野郎!」
 もしゃもしゃと何か音がすると思いきや、いつの間にかキュウコン、もといクゥヤはフローゼル、もといアルアの木の実を頬張り漁っていた。旅をする上では貴重な食料を無断で、しかも他者のものを食べているのはさすがに我慢できずにはいられない。アルアは怒りながら逃げるクゥヤを追いかける。そして一発怒りの鉄拳をかました。
「いったいなぁ……相変わらずあなたは強く殴りすぎなのよ!」
 冗談にしては強すぎると感じ、クゥヤはアルアに後ろ蹴りをかます。胸部にクリーンヒットしたアルアは足がもつれるも、胸を押さえながらクゥヤを睨む。
「ってぇ……おいおい、今のは冗談キツイんじゃねーか?」
「お・あ・い・こ・よ!見てよ、このたんこぶ。いつも思うけど殴るとき同じ個所狙ってない?」
「あぁ、そこは食い意地働く馬鹿に効くいいツボだってどっかの誰かさんが。だからオレが押してあげてんだよ、有り難く思え」
「ムッカーッ!馬鹿とはなによ馬鹿とは!あなたにだけは絶対に言われたくない言葉よ!」
 再びアルアの胸部めがけて後ろ蹴り。目にも止まらぬ速さに油断していたアルアは避けるなど無理だった。
「ぐっ!てめぇ、やる気か?」
「いいじゃない。積年の恨み晴らしてやるわよ!」
 くだらないことで喧嘩をするのは日常茶飯事であるがこの日はお互いに少しやりすぎたな、と認めたくないが思った。
 喧嘩の途中でアルアの落としたメモ帳。風でパタパタと紙がめくれる。ほとんどのページが黒いインクで書かれよく使いまわされているのが一目で分かるくらいに。
そして最新のページに大きく記載されていた、これからの目的と向かう場所、過去の様々な出来事を簡潔にまとめた内容がびっしりと書かれていた。
 その中でも一際大きく書かれた字。これからの目的。

『ファントムと名乗るゾロアークの情報屋に会う』と。






 多少の諍いはあったものの、予定通りに次の目的地メックファイに向かうアルアとクゥヤ。お互いには喧嘩の爪痕が所々残っていた。
 ウォルクフォークの大陸を南から北へ縦断しているふたりはすでに大陸の三分の一を切ろうとしていた所だ。徐々に北風が冷たくなり環境的にも厳しい領域に入るのだが、長い期間を旅してきているアルアたちにとってはその程度のことなど気にはならない。アルアはすでに旅を初めて三年の月日が経とうとしているのだが、未だ旅の目的を果たしていないという窮地に追い込まれていた。
 見渡す限りの荒野に、全く景色の変わらない景色。枯れた木々と乾いた風、砂の覆い被さった岩がゴロゴロと。
 旅をするうえでこれほど殺風景な景色を歩くほどつまらないものはない。だがここを歩かなければ目的地には辿り着けない。
 ふたりはただ太陽の方角を頼りにしながら歩いていた。とくにめぼしい会話をすることもなく、途中でたまたま出会ったポケモンたちに話を聞いたりしながら。
「本当にこっちで間違いなかったんだよな?」
「そのはずなのだけどなぁ。さっき聞いたうさんくさいアーボックの話によりゃ」
 何やら耳を煩わせる言葉をごく自然に言ったような気がした。クゥヤの緊張感のない口調がよりアルアの不安を加速させる。
「……そのアーボックは何て言った」
「あー、なんか変な笑みを浮かべながらそこに書いてあることを、言われたような言われなかったような」
「なるほど、そう推察するなら考えは二つだ。オレたちの勘違いで道を間違えたか……」
 キッと目を細める。
「そいつに騙されたかだ」
 互いに顔を合わせた。すると不可思議に笑いがこぼれた。失笑とも言うべき不快な笑いが。
「間違えちゃったね」
「絶対後者だろうが!なに冷静になってんだ、おめーはよぉ!」
「いやー、アタシも怪しいと思ったんだけどね。お菓子くれたんだから疑うのはよそうかなと」
「物に釣られて何おめーは自信満々に言ってんだ!ったくよ……」
 クゥヤのいい加減な行動はいつまで経っても頭に来る。クゥヤは気まぐれなだけで悪意がないのが余計に憎い。自由奔放に生きるのがクゥヤの信条らしいが、それなのにアルアの旅に同行するのは意外といえば意外だが。
 とは言えども、彼女の細かな事情を知ってしまったアルアに気にする余地はない。クゥヤが付いて来たければそれでよし、付いて来たくなければそれでよしと、アルアも気ままな関係でクゥヤと旅をしている感じだ。お粗末でガサツだがそれがふたりの関係だからだ。
「ま、騙されていてはそりゃムカつくしね。むむー、今度会ったらとっちめてやらなきゃ」
「それはおめーひとりでやれ……。今はこの状況を打破するのが先だ」
 すでにふたりはピンチを迎えていた。身を構え、何かこちらに敵意を向ける視線がそれを知らせる。この荒れた大地、岩の陰から自分たちの出かたを伺う何かが。
 右腕に、銀色に輝く根毛で作られたブレスレットをはめたアルアは、この金色に輝くロケットを身に着けたクゥヤに寄り添い、相手の位置を確認する。
 常に彼女は暇あれば、トラブルの種を拾ってくるはた迷惑なものひろいの持ち主だ。そう心に不満が表れるも、今のこの狙われている刺客に隙を見せることはできない。
「おい、クゥ。これは……やれそうか?」
 場の気配からだいたいの数は把握できる。となれば、あとはそれが自分たちで対処できる存在か。クゥヤは九つの尻尾をゆらゆらと揺らし、できる範囲の情報を感知する。
「どうかしら。数は多くはないけど、まるで気配がつかめない。うーん、相当ヤバい相手に目を付けられたわね」
「の割には、良い笑みを浮かべているじゃないか」
「武者笑いと言ってよ」
「聞いたことないわ、そんな言葉」
 風は吹いていない。太陽の光は分厚い雲に阻まれていて若干空気が冷たく感じる。土も乾燥していて自然の力を利用できない以上、ここは自分たちの力で何とかするしかない。
 そして微かだが聞こえた。空気を切る音が。
「あっちこっちにある岩影を利用して攪乱ってわけかな?なら……」
 クゥヤはアーボックから頂いたお菓子の袋を開ける。中には少量をポフィンと木の実がひとり分ある程度だが、中身を確認したクゥヤはニヤリと笑みを浮かべた。
「おいおい、菓子なんて開けてどうするんだよ」
「ちぃとばかしやってみたかったことがあるのよ。ほら、アタシの近くに寄って」
 ゆらりと揺れる九本の尻尾と表情によほど自信があるのだろうか。いったい何をするのか見当もつかないが、アルアはクゥヤに寄り添う。そしてクゥヤは袋の中にある一つの木の実を上空に高々と放り投げた。黄色の木の実、シュカのみだ。
「この地形なら効果はバツグン!‘しぜんのめぐみ’!」
 技を発動し、するとシュカのみは光り輝きはじけ飛ぶ。その直後に、大きな地鳴りの振動により、辺りの岩は大きく崩れる。一定範囲だが、あの固そうな岩がまるで砂の山のように崩れ去る光景は目を疑う。瞬く間に辺り一帯は瓦礫の転がる平地へと変貌した。
「どう?これが自然の力を利用した技。すごいものでしょ」
「あ、ああ。少しビビったけどな……」
 木の実を使いこのような大技をやらかすとは、アルアも想像できなかった。知らず知らずのうちにクゥヤはかなりの実力をつけている。これは負けられないと、アルアは静かに心の内の闘志を燃やした。
「けどそれでも姿は見えな――そこか!」
 一瞬の気配をアルアは逃さなかった。‘ソニックブーム’が残りの岩陰の中へと消え、目標物に当たる重音が聞こえた。これは当たった、とアルアは確信を得るも、それはほんの一時に過ぎなかった。
 確かに当たったはず。だが間を置かずに、相手の攻撃が迫ってきた。
「ちょっ――」
 かわすのが精一杯だ。あの‘かまいたち’を喰らっていたら危なかった。
「一筋縄ではいきそうにもないな」
「んー、どうやらそのようね」
 これではクゥヤの技も無駄打ちに終わってしまう。どうにかしてクゥヤの作りだしたこの地形を利用してやりたいが、敵の正体も分からない以上、闇雲に攻撃を行うのは得策ではない。ここは相手の位置と出方を把握したいところだが、相手のヒントが殆どない状況では掴むどころか相手の思うつぼになってしまう。
 だが自分らは急いでいる。ここで油を売っている場合ではないのだ。
「……畳み掛けるか?」
「あら。らしくない戦法ね」
「こういう劇的不利な状況ってのは、好きじゃないんだよ」
「そ。ならあなたに任せるわ」
 こくりとアルアは頷いた。自分の申し出を受け入れてくれた次に、即行動を起こす。
 得意の‘アクアジェット’で、アルアは気配のする方向に真正面から突っ込む。岩陰に隠れているのはお見通しだった。この奇襲は正体を確かめるために過ぎない、深追いせず、アルアは影の主の直前で技をキャンセルする。
 そのまま、アルアは岩に向かい、‘いわくだき’を全力で撃つ。攻撃した部分から、力は岩全体へと伝わり、そして粉々に砕ける。
「ひゅー、今日も技の破壊力はピカイチじゃない?」
「冷やかしはいいから、おめーはあっちを頼む!」
 土煙から、その者の正体がはっきりとしてくる。
 黒いジャケットをしたバクフーンだ。冷たい表情にブレのない目つきをしたいかにもこちらに敵意をむけるバクフーン。より身が引き締まる感触をものにする。
「うわっと……こっちもご登場だよ」
 そしてもう一方のクゥヤが相手している、鋭い鎌を構えたストライク。共に執事のような、使いの恰好をしていた。
「くっ……いったい何なんだよ……」
 冷酷な表情が逆に苛立ちを沸かせる。
 このただ相手を倒す、という何の感情もないのが、気味が悪い。何故だか、こちらのモチベーションが下がってしょうがなかった。
 アルアは苛立つ気を込め、バクフーンに‘アクアテール’を仕掛ける。
 素早い身のこなしから繰り出される技は、アルアの得意分野。隙のない、華麗な動きは、バクフーンのふところに瞬時に潜りこみ、‘アクアテール’をヒットさせる。
 相性は間違いなくものにした。威力に押され、バクフーンは後退する。すると眉間がキュッと引き締まるのが確認した。
 クリーンヒットしたアルアの技を受け、本気になったのだろうか。先ほどとは違う、重い空気が流れる。
 バクフーンは背の炎を急激に燃やし、辺りは異常な温度に包まれる。
「ぐっ……なんだこりゃ……」
 刹那に‘かえんほうしゃ’が襲う。熱気に意識を奪われかけていたこのときは反応も鈍くなっていた。直撃はしなかったものの、多少のダメージが体に受ける。
「ちっ、危ねぇな……。しかしこの熱気……」
 バクフーンの姿は視界から消えていた。先ほどまでそばにいたバクフーンが、煙のように姿を隠した。自分の目がおかしくなったのではないかと思うが、
「アル!後ろ!」
 クゥヤの声が脳内に轟く。振り返る動作も与えられず、アルアはバクフーンの‘ワイルドボルト’をもろに受けてしまう。
クリーンヒット。打たれ弱い種族のフローゼルではとても耐えられない衝撃が襲う。
「アル……っ!?」
 がら空きの背を狙った電気タイプの技の威力は相当なものだ。瞬く間にアルアは気絶した。
 その光景に、一時は動揺した仕草を見せるも、クゥヤはすぐに冷静さを取り戻し、バクフーンを睨む。
「なるほど、陽炎を使ったいい作戦じゃない」
 バクフーンは灼熱の陽炎を作り出し、姿を消す。その隙に相手のふところに潜り込み、反撃を与える。非常に高度な技だ。こうも気配を一切察知させず、必殺の一撃を与える辺り、相当の手練れらしい。あのバクフーンは。
「これは……かなーりピンチかな?」
 アルアが倒され余裕の表情も流石に消えたクゥヤ。奇襲に失敗し相方を失ったこの場では勝ち目はかなり薄い。だが抵抗しなければ相手の想うツボだ。
もう容赦などいらない。相方が倒された今、この二匹を止めるのは自分しかいない。灼眼の瞳をキッと細くさせ、クゥヤは揺らめく九本に尻尾に炎をまとう。
「もうその辺にしてください」
 だが、バクフーンの声にクゥヤは立ち止まる。
そこへ陽炎から姿を現したストライクは、アルアの首筋に鎌を当て、クゥヤを見る。
「ちょっと、それはどういうつもりなのかな?」
「この方に被害を与えたくなければ、その炎を収めてください。私たちはこれ以上争うことなく事態を収拾したいですから」
 バクフーンとストライクの冷ややかな目がクゥヤの瞳の奥に映る。
「ふーん……卑怯なのね」
「そうかもしれません。ですが、今あなたは私たちに口答えする権利はありませんよ」
 これ以上申せば、本当にとどめを刺す、と最終警告にも聞こえる。
 ふぅ、と軽い溜め息を吐き、クゥヤは構えを解く。
「ま、確かにその通りかもしれないわね。何で戦いになったのか分からないのがもどかしいけど、ここはあなたたちの言うことに従うよ」
 腑に落ちない思いが入れ混ざる中、クゥヤは深い溜め息をつく。これ以上被害が出ないようなのか、納得はいかないし何か相手の思うつぼに陥ったことに面白みを抱けなかった。
「よろしい、では我々に付いてきてください。くれぐれも愚かな行動は慎むように」
 はいはい、と適当な相槌を打つ。ストライクはアルアを解放し、復活草を手渡す。その辺り、どうやら心底の外道ではないようだが、クゥヤは不満な表情を浮かべた。手渡された復活草はすぐ様アルアに食べさせる。
「アル、大丈夫?」
「あぁ……わりぃ、オレが油断したせいで」
「いや、これは相手が一枚上手だったわよ。アタシもそれに気付けなかったから、あなたが責める必要はないよ」
 復活草で体力を取り戻したアルアだが、これは自由にさせるためではない。
 逃げられないよう、ストライクはふたりの真後ろで目を向ける。
「はは、こりゃしてやられたな……」
 こうして無様に戦いに敗れたのはいつ以来だろうか。最近このような激しい戦いすら経験していなかったためか、感覚がなまっていたか。何を言おうも、それは言い訳にしかならない。やりきれない思いがぶつかりあい、己の未熟さが恨めしい。
 乾いた風向きが変わり始め、荒野は静けさを取り戻した。






 朝日はすでに昼の太陽へと変わろうとしていた。
 ふたりはまず目を疑った。目の前に広がる光景がとても信じられなく、そして驚愕する。真っ白な壁、規則正しく取り付けられた多数の窓、二階建てでよりその迫力が分かる。
 これといって大きな特徴はない、シンプルな家柄。庭は荒地が関係しているのか緑は少ない。中央に枯れた大木と、植木鉢によって添えられた花しか自然といえるものはなかった。
ホエルオーもビックリなその巨大な屋敷にアルアとクゥヤはただ茫然と建物を見つめていた。
(おいおい、こりゃとんでもないとこに連れてこられたな)
(こんな屋敷があること、レイガに言われた?)
(いや、全くだ。こんな目立つ屋敷があるくらいだから、大まかな情報くらい掴んでいてもおかしくはないがな)
(そもそもここが私有地ということの方が大切なんじゃないの?)
(それもそうだな。何にしろ不自然なところだぜ)
 この何もない荒野に不自然な屋敷だ。そうバクフーンに質問したが、「私語は禁止です」とあっさり振り払われてしまう。
結局大きな扉のある部屋の前まで互いに無言のまま連れていかれた。
「付いてこい」
 ストライクが強引にアルアを引っ張り、扉を開けた。
「ブロンデー、敷地内に侵入した野郎共を捕らえた」
 これまた一段と広い部屋に連れてこられた。綺麗に整頓された本棚が多数配置されほこり一つない部屋の入った途端に、ツンと鼻を刺激する臭いがした。オレンジパフュームの香水の匂いだ。だがビンをひっくり返したこのような刺激臭がする。
 そこにはストライクらと同じ黒い身なりのよいライチュウがはたきを持ちながら清掃をしていた。ストライクの言葉に耳を傾けたバクフーンはこちらを見つめながら軽い足並みで近づいてくる。
「ったく、この時期にとんでもねぇ野郎が来たもんだな……話は簡潔に聞いている。シックル、お前はもう下がってくれてもいい」
 そうか、とストライクは淡麗な言葉を残し早々と部屋を出て行った。仮にも侵入者のアルアたちを残して、ひとりで事情聴衆をしようというだろうか。また暴れ出すとも分からない自分らを置いてとは、とんだ肝の据わったライチュウだ。
アルアとクゥヤ、そしてあのライチュウと三匹だけになったこの部屋で、互いに妙な空気が流れる。ライチュウはアルアの目をジッと見つめながらこちらに近づいてきた。
「使用と雇用を務めるブロンデーだ。さてと、面倒だから単刀直入に訊く。……お前たちは、ここが屋敷の主が管理する地だと分かっていて侵入したのですか?」
 冷たい口調にライチュウに相応しくない鋭い目つきに緊張が走った。今こちらが置かれている立場から察すれば、当然の態度だろう。容疑者を逃がさない、無言の圧力はアルアにもひしひしと伝わる。
「オレたちゃ、この先にあるメックファイに向かっていただけだ。その途中で道に迷い、あんたら管理だが私有地だが何だか分かんねーが、知らずに入った。ただそれだけだ」
「メックファイ?それなら、荒野の山道から迂回していけばいいだけのこと。そもそもメックファイは今王都から自警団を従え部外の者は簡単には町に入れないようになっているはずだ……。そんな要塞がてらのところに好きで行く者など今はいない」
 それについては初耳だ。レイガの情報にもそのようなことは聞いていない。そもそもメックファイには、ファントムと名乗るゾロアークを探しに場所を教えてもらっただけ。場所の噂などアルアにとってはどうでもいい。そのようなことは何回も経験しているため誰が封鎖してようと関係なかった。
「それでも、オレたちは行くんだよ。コイツの……このキュウコンのために――」
 アルアがクゥヤに振り向いた。だが、クゥヤは拘束されながらも、鼻ちょうちんを膨らましながら居眠りをしていた。呆れて言葉をなくしたアルアは、何も言わずブロンデーに目を向けた。
「ク、カカカ、こんな場合において眠ることができるとは、緊張感のないキュウコンだな。それほどこの状況に余裕があるということでしょうか?」
 皮肉だろうか。すやすやと可愛い寝息をたてながらのクゥヤを一目見るアルア。本当に気持ちよさそうに眠っているため、これはこれで起こし辛いが。
「ま、とりあえずお前らの事情は把握した。どうやら敵陣の密偵者(スパイ)でも何でもないだけ分かったら別にどうでもいい」
 手持ちのはたきをポンポン、と二回叩きあっさりとした言葉で振り返る。
「……ところで、オレたちゃいつ解放してくれるんだ?」
「あぁ?それについては、‘ご主人様’から直接言い渡されるはずだ。仮にも侵入者だからな、俺たちだけの判断で委ねられなぇよ」
「その旦那とやらはいつ戻ってくる?」
「知らねぇよ。先週から雷鳴山の調査に向かって、詳しい帰還日は分かんねぇ。それまではこの屋敷にいる羽目になるな」
「うっ……それじゃあ、いつ解放してくれるかわかんねーのか、くそっ」
 一刻も早く、ゾロアークに追いついて問い詰めてやりたいのに、こんな所で足止めとは冗談ではない。
 すぐにでも逃げ出したい気持ちだが、そんな浅はかな真似はできないのは百も承知。結局相手の言うとおりに従うしかないのだ。
「ま、ずっと縛りつけたまま部屋に閉じ込めておくのもいいがな、流石にそれじゃあもったいない」
ブロンデーの言葉に、アルアは眉をしかめる。同時のクゥヤの鼻ちょうちんが割れた。
「そうだな、うちの執事たちと一戦交えていい勝負したそうじゃないか……。それだけの実力がありゃ、お前たちには言い分が申し出るまで、ここの屋敷の使いにでもなってもらおうか。そうすりゃ、俺の方からも少しは楽になるからな。丁度いい。今は割と数が減っちまってな、ひとで不足なんだ。お前たちのような腕のたつ者はすぐにでも雇いたいと思っていたのからな」
「何で使用が戦いの実力を持ってなきゃだめなんだ?」
「それについては後で話す。……訊くまでもないが、無論了承してくれるよな?」
 鋭い眼差しがアルアの瞳に映る。その真意を察するのは容易い。断る選択肢を与えない、無言の圧力が息を飲む。逆らえない状況に、アルアは悔しさのあまり歯ぎしりをした。
「分かったよ。どうせノーと言えねーんだから」
「ならもう俺から言うことはない。フローガ!」
 ブロンデーがそう叫ぶと、すぐさま扉が開けられる。あのアルアにトドメを刺したバクフーンだ。
 なるほど、例え自分たちが逆襲に出ようが、すぐそばで待機していたらすぐ対応に出られる。それほど余裕があるのだろうか。
「今からこいつらは屋敷の使いとなったからな。……適当に仕事を受け入れてやれ」
「そういやぁよ。オレたちが何で捕まった理由も聞いてねぇんだが――」
「今は口を慎め。知らずとはいえ、てめぇらがこの地に無断で足を踏み入れたことは事実だろ?今からはここの使用だ。どんな事情があるとはいえ、こちらに言いがかりをつけることはやめとけ」
 アルアの眉間にキュッとしわが寄る。一方的に言い掛かりを付けられ、ただ相手の手の内に転がらされるのがよほど屈辱だったらしい。
「そうそう、ここから逃げ出そうという馬鹿なことを考えているかもしれねぇが、この屋敷の地中空にも使用を任してある。下手に騒ぎを起こすなよ。そうなりゃ次にお前たちの保障はされないと思え」
 ふたりはブロンデーに何も言わず、フローガという名のバクフーンに部屋から連れ出された。






「あの……お嬢様、もうお部屋に戻られたほうがよろしいかと」
 彼女は使いの方からそういわれると、ゆっくりと振り向く。
「どうして?もう少し……外にいたいのよ」
「いえ、それではブロンデーさんから怒られてしまいますよ」
「大丈夫よ。今日は屋敷内の掃除が基本だって言ってたし……ここに来るはずはないわ」
「で、でも……」
 一匹の使用は懸念な声を出す。
「今しか……出られないんだから……。グラキエス、お願い」
 悩むグラキエスに追い打ちをかけるようなか弱い一言。気の小さいグラキエスは無理強いにお嬢のお願いを聞き入れるしかなかった。
「いけませんよ、お嬢」
「あ……シックルさん」
 ふと横から入って来たのはストライクのシックル。わがままを言うお嬢に顔をしかめ、鋭い目つきで睨む。
「貴女の気持ちは分かりますが、決められた時間を越えての出入りは約束を破ることになるのですよ」
「でも……私はもう、子どもではありません!それに、それはブロンデーが勝手に決めたことじゃないですか。私はそんな約束をした覚えはないです!」
「それはあなたの身を考えてのことです!さぁ、早くお戻りください!」
 厳しい言葉を浴びせるシックルに怯みはするも、依然として意地を張る。しかしここからどうシックルに反抗したらいいか分からず、グラキエスに目を向ける。見つめられたグラキエスも、どうすればいいか分からず目をギュッと瞑り反らした。
「あなたたちまで私を縛りつけるんですね……。もう……この屋敷に私の話を聞いてきれる方なんていない……!」
 そう啖呵を切ると、お嬢は‘シャドーボール’を繰り出す。咄嗟の反応に、シックルは軽く避けるが、‘シャドーボール’はそのまま避けきれなかったグラキエスに直撃してしまう。
その後お嬢は逃げる用に走りぬく。当てるつもりはなかったのだろう。それでやけになり、闇雲になったか。
「お嬢!……くっ、仕方ない……!」
 走り去ろうとしるお嬢にシックルは鋭い鎌を向け、そして一閃を断ち切る。素早い身のこなしに、まるで時間が止まったかのように、グラキエスはたたずむ。
 風が後を追うように吹き、やがて時間は元に戻ると、一瞬にして体力を奪われたお嬢は、その場に倒れる。かすかな傷はあるものの、気を失わせた程度だ。
「ちょっ、ちょっと、シックルさん……!?」
「なに‘みねうち’だ。あまり手荒な真似なしたくなかったがな」
 荒っぽいやりかたに、グラキエスはどう反応したらいいのか分からず、ただオドオドと倒れたお嬢を心配そうに見ていた。
「あとはお前が部屋に連れていけ。俺は再び地内の警備に行ってくる」
「あ、は、はい……」
 振り返らず、シックルはその場をあとにした。
 残されたグラキエスは、優しくお嬢を抱き上げる。傷は軽く手当てをすれば済む程度の切り傷。素早い身のこなしでこれだけ傷つけずにお嬢を保護するなんて、自分にはできない業だ。
それにしても先ほどの言葉。『この屋敷に私の話を聞いてきれる方なんていない……!』
 この悲痛な叫びにも聞こえる声が、グラキエスの頭から離れなかった。先ほどの‘シャドーボール’も、思ったのど外傷はないが胸の奥に強く刺さるような感じが強かった。
「わたしは……ただあなたのためと思って……」
 何か一つの葛藤が、グラキエスの中で渦巻き始めた。






「何なんだよ、あの野郎!一言もオレたちの話を聞こうとしねぇ!」
 理不尽な申し出にアルアは苛立ちを隠せなかった。使用の部屋らしき場所に連れてこられたふたりは、さっそく仕事に取り掛かってもらうための準備をしていたが、どうもこの展開に納得のいかないアルアは牙を剥き出しにひとり怒っていた。
「と言っても、知らずとはいえ無断で立ち入ったことには、一応の非はあるものね。納得いかないのもわかるけど、逆らえる立場じゃないんだからさ」
「おめー寝てただろうが」
「あ、そうだっけ」
「ぐっ……このヤロ―……」
 狸寝入りならぬ狐寝入りか、と問い詰めてやりたい。あんなに自分は意見を突き付けていたのに、このキュウコンは……
「で、オレたちゃこれからそうすればいいんだ?」
「まずはここで使い用の証として着替えてもらいます。その後は、各々に与えられた仕事を任されると思うので。……それより……」
 フローガはふたりを見る。そして深く頭を下げた。
「先ほどは申し訳ありません。ブロンデーの命令とはいえ、あなた方に危害を加えたことを、私たちは心よりお詫び申し上げます」
 冷たい表情から一変した。バクフーンらしくない柔らかな表情。深々と頭を下げる品のある動作は謝罪の意をしっかりと込めている。
 ふたりは突然の変わり用に、互いに目をぱちくりさせる。
「私たちは、この土地の侵入してきた者どもを捕らえるのを、最優先に行わなければなりません。これは、この屋敷に使える『使用』の掟でありまして……。ですが、あなた方はただ迷われてきただけなのに……」
 茫然とするふたりに、フローガは困惑な表情を見せる。
「あの……どうかされました?」
「あーいや、何かイメージと違うなー、と思って」
「あぁ、あれはその……ちょっとこちらの事情というか、何というか……」
 頬を赤く染め恥を浮かべる。何か聞いてはいけないような気がしてならなかったので、アルアは口ずさむ。
「まさか戦いになると性格変わっちゃう性格だったりして――」
「はい、その通りで……」
「あ、そうなんだ……ゴメン」
 あまりにベターな答えだったもので、何とも面白みに欠けた表情がこぼれる。
 フローガも答えるのに抵抗があったからか、ふたりから目を反らす。クゥヤの軽はずみな発言で若干湿った空気となってしまった。
「ま、おめーの話はもういいや。それよりもあのライチュウだよ。いきなりあんな風に物申すのは、すげぇ気に入らねぇんだが」
「すみませんね。ブロンデーは旦那様からかなり厳しくしつけを教えられていましたから。逆らえない立場な故、つい他者には厳しくしてしまうのでしょう。あなた方に悪意がないのは承知ですが、私たちも気を使ってしまうので」
「全くだな。誰か止める役くらいいなきゃ、ありゃ抑えようがないぜ」
「……それは最な意見です」
 ブロンデーに至っては何やら特別な事情があるらしく、フローガも表情があまり明るくない様子だった。だがあのように一方的な命令が大の苦手なアルアにとっては、これ以上気に入らないことはなかった。
 クゥヤもマイペースな性格ゆえ、たまに自己管理に欠ける行動をとる。そしてアルアのお怒りを買うことも珍しくはない。だが憎めない存在なのは、なんだかんだいいお人よしなところがあるからかもしれない。少なくとも、アルアはそう思っている。
「にしても目上に文句一つ言えないとか、使える側って本当に不便だよな」
「その使いに、今からアタシたちもなるのよ。ほら、アルのやつ」
 クゥヤから手渡された、黒と白の布を縫い合わせた服。
 どうやら様々な種族に合わせオーダーメイドで作られているらしい。最も、アルアたちの着る使用の服はお下がりのものらしいが。
「ん?気が利くな」
 しかし運が悪いとはいえ、このような面倒な地に足を踏み入れたことにはついていない。アルアたちは一刻も早くメックファイに行かなければならないのに、ここで足止めをくらうとは。
 結局はここの主が帰ってこない限り、事態は進まないわけだから、今は大人しく彼らの言うことに従うしかない。無駄な足掻きほど醜いものはないことは、アルアたち自身も分かっているのだから。
「あの、アルアさん。それ『メス用』です」
「…………えっ?」
 フリフリのドレスが目に入る。親切にしてくれたと思ったらこのためだったのか、と今気づくアルアにクゥヤは大きな口を開いて笑う。
「あっははははっ!似合う似合う!」
「ふざけんなおまっ!ちょっ、あれ、脱げねぇ!おいクゥ!!」
 阿呆が余計なことをしたせいで簡単には脱げないようにされたらしい。腹を抱えて憎たらしく笑うアホに、はちきれんばかりの怒りが立ちこもってくる。
 非常にシュールな光景だ。
「大丈夫でしょうか……」
 このコンビに使用の仕事を任せてよかったのか。早くもフローガの表情に不安の色が浮かんでいた。






 雄用の服はただ袖を通せば着られたという。フローガの服もそうだったな、と今になって思い返した。考えことをしたら周りがあまり見えなくなるこの性質を直さなければ、次いつクゥヤに利用されるかたまったものじゃない。そう思うだけで背筋がゾッとする。
 クゥヤはこの屋敷のメイド長に呼ばれそちらに行った。アルアは特に指示は出されていないので、屋敷の広間で柱にもたれながら寄り添っていた。
 しかしこの屋敷は広い。この広間から見渡しても、相当な大きさを誇っている。軽くホエルオーもビックリな立派な屋敷だ。
 しかしこれほど大きな屋敷なら、前の村ではいい噂にはなっているはず。だがそんな話はレイガからは一言も聞かなかった。
それにこの寂しい荒野の中での華やかさ。それどころか、付近で立ち入ってはならない地のことすら耳にしなかった。メックファイに向かうなら、ここに立ち入ってはならない、それなりの注意はあるはず。確かに迷いこんだ自分たちも自分たちだが、あまりのも不自然なこの建物にアルアは大きな疑問を抱えていた。
 警告どころか一言も耳にしなかったこの屋敷と土地……
 これは何か重大な謎があるなと、一つの答えを導き出した。
「おや?アルアさん。また考え事ですか?」
「ん?まぁな……」
 これまた不自然なタイミング。フローガが優雅な足取りでアルアに近づいた。
「メイド長がアルアさんをお呼びです。お仕事ができたらしいですよ」
「あ、あぁ……そうか」
 気は進まないが、従わねばならない。そうせざるを追えない立場なのは理解している。
 立ち上がり、アルアはフローガの後を付いて行く。同じような執事の服を羽織っているのに、こうもフローガは風格がある。やはり一流の使用は身のこなしも表に出るものなのか。
「なぁフローガ」
「はい?」
 ならその一流のフローガに思い切って訊いてみることにする。周りにはアルアとフローガしかいない。一対一で訊きだすには絶好のチャンスだ。
「この屋敷ってさ、この辺りでは有名なのか?」
 キッと目の奥が細くなる。アルアが訊きたい質問とは少し違うが、いきなり直球の質問をしても怪しまれるだけ。とりあえず小さな情報だけでも入手しておきたかった。
「さぁ……私は滅多にこの屋敷の領外からは外出しないので」
「そっか……」
 期待外れだった。もしかしたら勘付かれたのかもしれない。なら、
「こんな立派な屋敷なら、この辺りではさぞ有名なんじゃないかってな。それなのに、オレたちがさっき行った村にゃ、何の噂も流れなかった。これってやっぱ可笑しくねぇか?」
 思い切って自分が訊きたいことを訊く。フローガは顔色一つ変えず、ただアルアを見つめながら口を開く。
「……偶然じゃないですか?」
「偶然にしちゃ……出来すぎてると思うがな」
「そうですかね?」
 涼しい顔で受け流す様はここまでくると憎たらしい。意地でも教えたくないことらしいが、ポーカーフェイスのフローガの心の内を読み取るのは非常に難しい。
 柔軟な対応に似合わず、口は思った以上に固いようだ。
「ところで、アルアさん。珍しいものを付けていますね」
 珍しくフローガから質問をする。目を付けられたのは、アルアの右腕に着けている銀色に光る毛で作られたブレスレットだ。フローゼル特融の腕のヒレに上手く引っかかるよう、器用に作られた装飾品だ。
「これか。オレの幼馴染からもらったものでな。もう何年になるんだろうな……一切脆くならない大切な物だ」
 普通装飾品のなどは、使い古せば一年で脆くなるようなものだ。ましてや、アルアのような荒々しい旅をしていては、ダメージが多くかさばりすぐにダメになってしまう。だがこのブレスレットはそのようなことにはならない。不思議なやつだ。
「ふむ……それはまた素敵なものをお持ちで。少し失礼」
 そう一礼すると、フローガはアルアのブレスレットは拝見する。まじまじと見たあと、肌触り、感触、生地の特徴を見極め、どのような素材かを見極める。
「私にも見たことのない生地ですね。何か……とても神秘的な雰囲気を放っていますが。あ、もしかしたら……これは‘ぎんいろのはね’では」
「‘ぎんいろのはね’?」
「伝説のポケモン、ルギアが落としたといわれる羽根です。あなたの幼馴染は、そのようなことを話していましたか?」
 ルギアとはまた大きな名前が出たものだ。同じ海のポケモンとしては、名くらいは耳にしたことはある。
「いや……そもそも、オレやその幼馴染は、孤児でな。そこは山と山に挟まれた小さな町で、海とは関係ないし、そのような話は全く聞いていない」
「そうでしたか。それは大変失礼なことを」
 アルアに至っては、特殊な生い立ちだ。あまり水と接点が付かない生活をしてきたものだから、水がなくても多少の生活ができる。そのおかげで、この荒野に躊躇なく入ることができたのだが、今回はその耐性が仇となったのだが。
「にしても、それまた不可思議なものですね。本物なら、どんなに偶然なものか」
「まさか。そんな貴重なもんなら、装飾品などにするわけないだろ」
「分かりませんよ。曰く付きのものっていうのは、案外身近なところにあったりするものですから」
 自信ありげに話す。
「随分と興味があるんだな、これに」
「昔は、旅をして色々なところを訪ねましたからね。その時の気持ちがまだ残っているのかもしれません」
「へぇ、じゃああんたの昔話でも聞かせてくれよ。オレも旅のもんだから興味あんだが」
「……それは遠慮願いますよ」
 それ以降、フローガは何も答えなかった。自分の都合の悪い話のなると無口になるのはバレバレだが、問い詰めたところでなにを仕出かすかわからない。ここは大人しくフローガの後を付いて行くことにした。
 しかしこのブレスレット。フローガの言う‘ぎんいろのはね’なら、それは価値のあるお宝だ。それをなぜ、自分にくれたのか。そもそもこれをくれたあいつは、ルギアが落とした‘ぎんいろのはね’だとわかっていたのか。
 けど今はそのようなことに頭を使っている場合ではない。余計なことを考えている場合ではなかった。






 一方クゥヤは屋敷内の掃除を任された。二階の廊下全般。これをひとりで。
 自慢の体毛が汚れるなど冗談交じりで拒否を申し出たところ、機嫌を損ねたメイド長にペナルティを課せられたのが原因で、この馬鹿広い廊下の掃除を任された。
 ただでさえ、使用の数が少ないこの状況化で、廊下のひとり掃除は地獄に等しい。だがそこで反省しないのはクゥヤの悪い癖である。
 ちなみにメイド長はすぐ怒る短気なミルタンクのミシュー。苦手なタイプではないが、立場が立場なうえ面倒な相手だ。
 メイド用のカチューシャとリボンがキュウコンとしてのパーソナルらしい。クゥヤ自身もこの身なりは気に入っているらしく、しっかりと着用している。
 廊下の掃除は単純に埃取りの作業と床磨き。普段から丁寧に清掃されているのか、目立ったゴミは見かけない。だが、あのメイド長のことだ。埃一つで怒るような方だろう。油断はできない。
 気は乗らないが、クゥヤは掃除を始める。尻尾で叩きを掴み、器用に家具の気になる部分を叩いていく。細かい作業は好きではないが、また変なことをやらかせばミシューだけでなくアルアにまで怒られてしまうだろう。もういっそ‘ねっぷう’で綺麗さっぱり終わらせてやろうかと頭に過るが、まぁそんなことすれば次何のお仕置きが待っているからと、せっせと埃を掃っているときだった。
「きゃっ!」
 廊下のすれ違いで様に、クゥヤは誰かとぶつかった。相手がなかなかの体重だったため、大きく飛ばされ尻もちをつく。
「あ、ご、ごめんなさい!ごめんなさい!わたしがよそ見をしていたから……!」
「あ、はは。いいよ、気にしないで」
 笑みを浮かべ、クゥヤは宥める。相手はクゥヤと同じカチューシャをしたジュゴンだ。なるほど、体重が百キロを越えるジュゴンとぶつかれば、そりゃ大きく飛ばされるわけだ。倒れこんだときに強くお尻を打ってしまったにも納得だった。
「で、でも……」
「いいのよ。アタシも上の空だったから……あら?」
 ジュゴンの違和感にクゥヤは気付く。ジュゴンの特徴であるヒレに目を向けた。彼女の右ヒレが左ヒレよりしゃんとしてないからだ。
「ねぇちょっと、あなた怪我していんじゃない?」
「えっ……?」
 クゥヤの言葉に、ジュゴンは後ずさる。サッと右ヒレを左ヒレで隠す辺り、これは間違いないなと確信した。
「図星って顔してんじゃない。ほら、見せて見せて」
 クゥヤは強引にジュゴンの右ヒレを引き寄せ、ヒレの状態を確認する。一見は綺麗で白く輝く美しいヒレだが、案の定ヒレには何か技をくらったような傷が刻まれていた。
「やっぱり。自分の怪我の管理も務まなきゃ、使用なんてやってられないでしょ?」
「は、はい……ごめんなさい……」
 うなだれるジュゴン。そこまでキツイことを言ったわけでもないのに、この凹みようとは。あまりキツイ言葉を言わないほうがいいらしい。
「ほら、アタシが手当してあげるから。……って、そうだ、何も持ってないや」
 今自分が持っているのは掃除用具一式のみ。荷物は先の更衣室に置きっぱなしにしたままなので手ぶらとも言うべきか。
「えと、救急の道具なら使用の部屋にあるかと……」
「そっか。ならすぐにそこへ行こう!」
「え?でもわたし……それにあなたの仕事が……」
「廊下の掃除よりあなたの手当!比べる理由なんてある?」
 ズイッと近寄り、クゥヤはジュゴンを見つめる。目を皿のようにして、ジュゴンは静かに首を横に振った。
 そうと決まれば、とクゥヤはジュゴンを引っ張り使用の部屋へ走った。部屋の場所はミシューから訊いている。目的地に一直線だった。






「ここね。休憩室は」
 使用の休憩室も、屋敷の規模からそうとう立派なものだ。ゆったりとリラックスできる空間に、今はクゥヤとジュゴンのふたりだけ。他の使用たちは、皆仕事中なので仕事からこっそり抜け出したことはバレずに済むので一つの不安は取り除けた。
「救急箱って、どこにあるの?」
「えと……確か左の棚の中だったかと……」
「左の棚……あったあった、これね」
 ジュゴンに言われた通りにその場所を漁り、クゥヤは傷薬の入った用具を見つける。備品は充分に蓄えられているため、これならジュゴンを治すことが容易だ。
「えーっと、じゃ、ちょっと沁みるからね」
 ここでも器用に九本の尻尾を操り、軽くジュゴンの傷口にガーゼを当てる。傷口に染みたのか、少しピクリとけいれんするジュゴン。傷はそこまで深くはないのだが、ジュゴンのヒレというのはなかなか敏感にできているようだ。ガーゼだけでなく傷薬も掛けないといけないため、ここからはあまり刺激をしないよう、クゥヤは丁寧にジュゴンの傷の手当てに専念した。
「あとは、包帯を巻いて――よし、これでいいかな」
 ぐるぐるに巻いた包帯が不格好だが、応急処置には充分だろう。体毛の白いジュゴンに白い包帯はそこまで目立つようなものではない。品の良さそうな彼女なら、乱暴にすることもないだろうから、多少雑でも大丈夫だろう。
「あ、ありがとう……ございます」
「え?なになに~?声が小さくて聞こえないよ?」
 技とらしくクゥヤは耳を立てる。意地悪な対応に、頬を赤く染めるジュゴン。だがここはしっかりお礼を言わなければならないことは分かっていたので、ジュゴンは精一杯の声を出す。
「あ、ありがとうございます!」
「そうそう。お礼はきちんとね。あと、もうちょっと笑顔とかあったらねぇ……」
「え、笑顔ですか……」
 だが逆に脅えてしまった。これはいけないと、クゥヤは慌てて謝る。
「ご、ごめんね。別に、無理して作ることないのよ」
 どうもこのジュゴンは他の使用と違って感情が極端だ。他者の心を開くことに慣れておらず、他者とどう接したらいいのか困惑する様が伺える。
 ここは自分が少しでもこの子を勇気付けるんだ、とクゥヤは妙にジュゴンに興味を持った。
「けど、どの傷……どう見ても技のダメージだったけど、バトルなら体力の消費もあるはず……。何かあったの?」
「あ、まぁ……ちょっとしたアクシデントで、わたしがドジッただけですよ……」
 何か誤魔化そうな慌てふためき。パタパタとヒレを上下させる可愛い仕草だが、クゥヤは見逃さない。
「そ、そういえばあなた……見かけないポケモンだけど、新入りさん?」
「ま、半ば強引のね。アタシのことはクゥヤと呼んで。あなたは?」
「わ、わたしはグラキエスと言います。はい……」
 グラキエスと名乗るジュゴンは深々と頭を下げる。使用らしく丁寧で上品な言葉使いに、クゥヤはグラキエスに笑顔で返した。
「クゥヤさん……あ、もしかして無断侵入したふたり組って……」
「あはは……全くそのつもりはなかったんだけどね。何かややこしいことに巻き込まれたあ感じでそうなっていてね」
 もう屋敷中の話題になっているのかと、クゥヤは渋々思う。
「そうですか……。すみません、失礼なこと訊いて」
「いやいや、そんなのぜーんぜん気にしてないから。寧ろ、今はほんのちょっと楽しいかな~って思っているところ」
 軽く目を見開き、グラキエスはきびすを返す。
「普段あんまりやらないことをさ、こうしてやっている訳だから、せっかくだから楽しんだほうがいいかなーって。使用の仕事なんて、そう易々とできるようなことじゃないからさ。もちろん、ずっとこんな所にいるつもりはないよ。でも、足掻いても仕方ないんだからさ、だったら逆に楽しんでやろうって。そんな馬鹿なことしか考えられないから、アルにどやされるんだけどね」 
 クゥヤの純粋な笑みが、グラキエスの心に強く残る。何か温かいものが体の中でうずめいたような。
 望んでもいないこと、辛いことを、こうして楽しいことに変えられるなんて……何て心の強い方なんだろうと。
「……不思議な方ですね……クゥヤさんって」
「そうかな?いつも能天気だなんて言われるんだけどね。まぁ、それがアタシの個性だと思っているから。これからもこんな適当な生き方をするかもなんだけどね」
 てへへと舌を出して笑う。アルアに見られたらまたどやされそうな光景だ。
 グラキエスはクゥヤの言葉一言一言を真面目に聞いていた。そしてそこから強く感じる自分にはない何かを感じていた。
「羨ましいです……わたしにも、そのような強さがあれば……」
「強さってほどでもないよ。それに、今からでも充分できるよ、『ラキ』なら」
「え?ラキ……?」
 最初は意味が分からなかった。頭にハテナのマークを浮かべ傾げる。
「そ。グラキエスだから『ラキ』。アタシ誰かにニックネームを付けるのが好きでねー。……気に入らない?」
「そ、そんなこと!とっても嬉しいです。そのように呼ばれたことなんて……今までなかったから」
 頬を赤く染め、グラキエスは笑った。口角が緩やかに上がり、ゆっくりと微笑む様はとても可愛らしい。
「お。やっと笑ってくれた!」
「え……」
 これまで笑顔をみせなかったグラキエスに、少し心を開いてくれたことにクゥヤは嬉しかった。初めて出会ったからには笑顔で接するのは彼女の信条。ならば相手も笑顔で接すると思っているのだから。
「へへ、可愛いじゃない。笑うと案外」
「あっ……そ、そんな……」
 更に頬を赤く染める。どうやらあまりそのような会話には慣れていない様子だ。
 一見控えめな性格のグラキエスだが、ちゃんと他者と接したい心が備わっている。心の開き方が分からなかっただけだ。
 ならばあとはゆっくりと扉を開けてやらばいい。そのためには会話が一番だ。ついでにこの屋敷の情報も欲しいと思っていたところなので、グラキエスから訊きだしてみようと企みる。もちろん、変に怪しまれないように。
「ラキってさ、ここの屋敷に使えて長いの?」
「そうですね……旦那様の声を掛けられて、もう三年になりますかね」
「三年かぁ。そこそこと長いことやっているのね」
「いえいえ、まだわたしなんてひよっこですよ」
 随分と検挙な姿勢だ。実際、クゥヤならあのメイド長に三年も扱き使われたら精神汚染で暴れるに違いない。縛られることが大の苦手なクゥヤにとって、この場所は息苦しいとしか印象がない。
「旦那様を悪く言うひとは結構います。扱いが荒いだとか、無愛想だとか……。でも、わたしはそんな旦那様に声をかけられ、絶望の淵から救ってくれた恩者ですから。だれが何と言おうと、わたしは旦那様に使えるつもりです」
 だがグラキエスは、主人に仕えるのが最高の恩返しだと思っているのだろうか。思想なんてひとそれぞれだが、それはクゥヤにはいまいち理解できない。
 けどグラキエスの目、それを見れば本当に心から主人を思っているとわかる。それが、たとえどんなに辛い道であろうが。
「すごいなぁ、ラキは。アタシはこうして旅をしている身だからさ、そんな一つの場所に留まるなんて考えられないからね」
「旅ですか……。そういえば、昔、あなたと同じような旅の者がこの屋敷に捕まったことがありましたね」
「そうなの?初耳だなぁ」
「ええ。その時は、わたしもまだ新入りでしたからね。初めてのハプニングでしたから、とても強く印象に残っていますよ」
 というと、今から約三年前の出来事となる。自分たちと同じように、この屋敷に捕まったポケモン……
「何とその方……牢屋を破壊して旦那様に勝負を挑んできたのですよ。理由はよく分かりませんが、旦那様の何かに腹をたてたらしくて……。もう屋敷中の使用、総出でその方を止めようとしましたが、全滅させられて。旦那様もその方に惜しくも敗れて、その時の悔しさに滲み出た表情は今も忘れられません」
 耳がピクリと動いた。この屋敷の使用といっても、今はたまたまいないだけだが相当の数がいるに違いない。その使用だけでなく、主までとは……いったいどんな奴なのだろうか。
「それはすごいわね……。アタシたちが応戦してもふたりの使用に負けたのに。その方は、その後どうなったの?」
「旦那様が屋敷から追い出したらしいですよ。わたしはその時、ただ脅えて戦えなかったので、遠くから見ているだけでしたが……」
「ありゃりゃ。それってマズいんじゃないの?」
「えぇ、その後旦那様にキツく言われましたね。わたしは泣きじゃくり、もう立ち上がることもままなりませんでした。……つまらないですよね。皆さんが戦っていたのに、わたしはただ脅えて旦那様の力になれなかった。その時の気持ちが、今になっても湧き上がってくるのです。何もできない、臆病な自分が……」
 酷く後悔しているのがひしひしと伝わってくる。グラキエスもグラキエスなりに苦労にているのだろうか。
「強くなりたいのに……でも、わたしなんか所詮雑務を行うのが精一杯で……」
 自分に自信が持てない口調。今にもその当時のことを思い出し涙しそうな声に、もうクゥヤは一方的に聞いているのが我慢できなかった。
「ラキはそれでいいの?」
「えっ?」
 クゥヤの力強い声に、グラキエスは目を見開く。
「それで自分はいいのって訊いてるの。別にその時あーすればよかったとかじゃないよ。過去のことは変えられないし、消すことも出来ない。でも、ラキはそれで自分を否定したままでいいの?」
「そ、それは……」
 クゥヤの言葉に耳が痛くなる。反論をする気もない。いや、する必要がない。
「強くなりたいなら、自分と向き合わなくちゃ話にならないし、誰も相手にしてくれない。踏み出す勇気というのは物凄く恐いことで辛いことだけど、でもやらなきゃいつまで経ってもそのままなんだから。目を背けているだけじゃ何も変わらないんだからさ」
 厳しい言葉だった。グラキエスは口を閉じたまま床を終始見つめていた。まさかクゥヤからこのようなキツイ言葉が来るとは微塵にも思っていなかっただろう。
「……とまぁ、ちょっとキツイこと言ったかな」
「いえ、全部クゥヤさんの言う通りです。ずっと逃げている自分なのは本当なんですから。頭では分かっていても心で理解していなければ行動なんで移せないですよね」
「……ラキ……」
 クゥヤの言葉でより迷ってしまったようだ。目には僅かな涙が浮かんでおり、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまったのだろうか。自分の言ったことに後悔はしていない。けどそれでグラキエスをより迷いの渦に巻き込んでしまったことに、クゥヤはすぐ様フォローしてあげなければと、グラキエスの頭を軽く撫でた。
「……ごめんね、ちょっと言いすぎちゃった。そうだね、自分に本気に悩んでいるんだから、こんな言葉かけても駄目だよね。アタシは少しでもラキに元気になってもらいたかったのに……余計に悩ませちゃったね」
 そう言ってギュッとグラキエスを尻尾で寄せ付け抱きしめる。クゥヤの大きな九本の尻尾に包まれ一面金色の根毛となったグラキエスは驚きを隠せなかった。だが不思議と嫌じゃない。むしろ気持ちは落ち着いていた。キュウコン独特の暖かさと心地よさ。掃除をした後にも関わらずこの安心できる柔らかな匂いは何なのだろうか。自分の冷たい身体がクゥヤの身体と重ななりほんのりと気持ちいい。そして脈拍を打つ鼓動がよく聞こえる。いきなりこんなことをして恥ずかしがるどころか、自然と甘えたいという気持ちが高ぶってくる。頬は真っ赤に熟れ、グラキエスもギュッとクゥヤを抱きしめた。
「フフ、こんなことしかあなたの気持ちを落ち着かせることが出来ないけど」
「あ……いえ……大丈夫です。何だかとっても気持ちいい……故郷を思い出すなぁ……」
 誰かにこうして暖かな心で接しられたのはいつ以来だろうか。しばらくしてグラキエスは自分からクゥヤから離れた。もう気持ちは充分に落ち着き、あれだけ不安だった気持ちはもうすっかり無くなっていた。
「もう大丈夫?」
「ええ……ありがとうございます、クゥヤさん。何だか見苦しい所をお見せしちゃいましたね……」
「いいよ、アタシにも分はあるんだから。こういう時アルなら、いい言葉かけてくれると思うんだけどなぁ」
「アルって……クゥヤさんと一緒に捕まったアルアさんのことですか?」
「そうよ。あの大柄なフローゼル。面倒見はいいんだけどね。けど口は悪いし、変なところで馬鹿かますし、いっつもアタシにツッコんでくるけど……どんな時も最後まで諦めたことはないね。辛い時も挫けたい時も、自分に負けると何も得ないて言って、がむしゃらに自分と闘っていたなぁ。アタシの見る限り、おかしいほど心臓に毛が生えているね、ありゃ」
 こんな事聞かれたらアルアはどういう顔をするだろうか。また頭を叩かれツッコまれるのだろうが。
「へぇ……クゥヤさんは、アルアさんを信頼しているのですね」
「いんやぁ、そんな大層なもんじゃないよ。たまたま似たような境遇なだけでアタシが勝手にそう思ってるだけ」
 お気楽なのかもしれない。だが確かにアルアは自分がちょっと認めてもいいほど精神が常熟している。だが、そこがクゥヤの少し心配する点でもある。固すぎる意志は、簡単に砕け散ってしまうときがあるのだから。
「上手くは言えないんだけど。アタシもアルには色々と世話になっているから、変には裏切れないんだとね。何だかんだで今のような関係なんだけど……あいつといて退屈ではないからね。だからあいつに恥じないよう、アタシも強く生きなきゃと思って。だから、ラキもすこーしでいいんだから自分を信じてもう一度頑張ってみなよ」
 グラキエスはクゥヤのその笑顔が直視できなかった。まだ出会って数分しか経っていないのに、この方はこんなにも自分を励ましてくれる。疑いをかける余地のない、その笑顔がグラキエスの心に強く照り刺す。
「あ、ありがとうございます。そうですね、もうちょっと……諦めないで……」
「そそ。いざとなったら、この屋敷から抜け出して旅に出たらいいのよ」
「そ、そんなことしたら次こそ牢屋に入れられますよ」
 無断で屋敷を出た罪は重い。けど、グラキエスの柔らかい笑み。互いに笑いがこぼれる。
「そういえば、一応はあるんだね牢屋」
「ええ。……今はもう使われていませんが」
「え?それって、どういう……」
「それは……管理する方がいないからですよ」
「それって、今使用がいないから?」
「まぁ……そうですね」
「ふーん……管理がお粗末ねぇ。アタシたちのような侵入者がまたいつ現れるか分からないのに」
「あ、もう自分が侵入者と認めてしまうのですか?」
「もうあれこれ言い訳するの疲れたしね」
と、部屋の扉が急に開かれた。この休憩室は今は使ってはいけない時間、いつまでもここでだらだらしてはいけない。少し緊張が走った。
「お二人方……外まで声がダダ漏れですよ?」
 フローガだ。あの小うるさいメイド長でなくて良かったと、クゥヤは溜め息をつく。
「そうだった?ごめんねフローガ。この子の傷を治すために、ちょっと借りていただけだからさ」
 クゥヤはグラキエスの頭を優しく撫でた。
「おや、グラキエスじゃないか。確かあなたは――」
「あ、そうなんです、フローガさん……!わたし、急いでメイド長のところに用があるので。クゥヤさん、ケガを治してくれてありがとうございました!わたし、あなたの言葉を信じていますからね」
 そそっかしくグラキエスは部屋から出て行った。その仕草も可愛く、そして健気だ。
「珍しいですね、グラキエスがあんなに明るいなんて」
「ま、ちょーっとおまじないの言葉をかけてやっただけよ」
 にやにやとクゥヤは笑う。
「……ま、あなた方のふところにまで立ち入る義理はありませんので……。 ところでクゥヤさん、廊下の掃除をほったからしにしているでしょ?メイド長が血眼でクゥヤさんを探していましたよ」
「あっと、せっかく忘れていたのに」
「いや、忘れちゃだめでしょう。ほら、いつまでもここにいては私がメイド長に報告せざるを得ませんよ」
「むぅ、フローガはアル以上に厳しいなぁ」
 しぶしぶクゥヤは立ち上がり、与えられた作業に戻った。



「……クゥヤさん……」
 グラキエスはボソッと呟いた。誰もいない、冷たい部屋の中で。
「……あなたの心は太陽よりも暖かかった……」
 水が滴る。いや、氷だろうか。冷たい空気が支配する。
「でも……わたしは……」
 上を見上げる。何もない天井が、なぜかいつもより湿っている感じがする。
「……あなたはどうしてそう感じられるのですか……」
 心の氷は簡単には溶かせない。どんな灼熱の炎でも、この極寒の氷河には勝てない。冷たい、冬の風よりも厳しい、この檻は。






 日も落ちてきて、外はすでに闇に包まれようとしていた。長かった使用の仕事は終わりが近づき、各々は最後の仕上げへと行動を映していた。
 アルアは台所周りの掃除を一式任されていた。こびり付いた木の実の汁後や、固まった油。やはり大きな屋敷には大きな台所が設置されているものかと、色々な思いが入れ混ざり着々と掃除をしていた。その作業も終わりを迎え、溜め息を吐いた。
「ご苦労。随分と早かったじゃないか」
「まぁ、この程度のもの慣れたものでしたので」
「お前のような器用なやつがいてくれるとこっちも随分助かる。この調子で明日も頑張れよ」
 一つお辞儀をし、アルアはその場から離脱した。掃除といっても、この作業はなかなかの体力を使う。幼いころから、身の回りの掃除や洗濯などやってきたアルアにとっては、この程度の雑務はお手の物。それでも、疲れが体にかかるのは、やはりこの屋敷の雰囲気が重苦しく伸し掛かってくるからだ。
 何をしていても、誰かに見られているような視線。胸の辺りがもやもやするような気持ち悪い感覚。これほど不快な環境はなかった。
「お疲れ、アル」
「クゥ。そっちはもう終わったのか」
「うん、めんどくさくなったから逃げてきた」
 カクンとアルアは肩を下げた。このアホはいったいどこまで道化を貫くつもりなのだろうか。
「おめーな……そんなズボラで痛い目を見ても知らねーぞ」
「まま、その辺は大丈夫よ。もしマズイときは、アタシの華麗な演技で――」
 何故そこで威張るのか。確かにクゥヤの演技力は舞台俳優顔負け、アルアもよく騙されるほどのものだ。憎たらしいほどの頭の回転と、その器用な立ち振る舞いがその特技を生かしているのだろう。
 けどそんなことであのメイド長を欺けるなどできるのだろうか。相手は使用の鬼だ。生半可な誤魔化しが通用するとは思えない。
「はいはい。もうお前はメイド長の‘のしかかり’でも受けて麻痺ってろ」
「あははは、確かにあのボデーにやられたら一溜りもないだろうね。ミルタンクなだけに」
 こんな会話誰かに聞かれていたら大目玉だ。だが同情して笑うアルアも、その嫌味には乗ったようだ。これまでの心の疲れから一気に解放されたような感じがした。クゥヤに気遣いなのか天然なのかよく分からないが、いつもの会話で緊張がほぐれたような気がした。
 窓を覗くと、外はもう綺麗な黄金色をした月が出ていた。三日月から更に欠け始めている、二日月。今週には新月を迎えようという所だろう。
 荒涼とした大地に吹き荒れるか風が、微かに窓を揺らしている。だが静かで薄気味悪い雰囲気。荒野の夜がこんなにも不気味だとは思いもよらなかった。
「ところでアル……もう検討はついてるの?」
 クゥヤの目つきが変わった。それに反応してアルアの目の色も変わる。今この現状で求められるのは一つしかない。
「これといって目立った収穫はない。ここの執事、メイドが異常に口が堅くてな。特にフローガの野郎には早くも勘付かれてしまったかもしれない。だからあまりいい情報は収集できなかった。そっちはどうだ」
「こっちもあんまりね。明らか様黒なのは見えているのに、どうもその正体が掴めない。あんまり怪しい行動すれば、目を付けられるのは承知だけど、ちょっと強引な手段に出ないと何も得られないよこりゃ」
 その手は何回も考えていることだ。だが、下手に騒ぎを起こせばこちらの身が危なくなる。
 得体の知れない屋敷では、こちらの行動は常に監視されていると考えてもいい。そんな自由の利かない空間で情報を手に入れるということ自体が危険なのだから。
「そもそも、何故オレたちに、使用の仕事を任されたのかがわかんねぇ。これだけ厳重な秘密を隠しておくなら、見ず知らずのオレたちにそんな事をさせないはずだ」
「使用の数が足りないからじゃないの?」
「それもあるかもしれないが……何かもどかしいんだよその辺が」
「つまり?」
「オレたちは、この屋敷周辺の土地に踏み入れたから拘束された。それなら、そこでどういう処罰が決めれられているはずだ。だが、あのブロンデーとかいうライチュウは、旦那様が帰ってくるまで処分は決められないと言ったよな。普通侵入者というのは、自由にさせないためどこかに監禁するはずだ」
 クゥヤは軽く頷く。その辺は納得の招致だ。
「けど、オレたちは戦いの腕があるということで使用を任されたんだ。それなら、この屋敷の掟や秘密など、知らされるはずだ。仮にもここの使用なんだから、最低限の事はオレたちに教えるのがベターだよな」
 ここの使用たちの言葉には色々と不可解な点がある。そこにアルアは喰いついた。
「確かに、アタシたちはただ雑務をやれ、と言い渡されただけ。いくら特別扱いとはいえね……」
 だがその辺については何も分からない。謎は謎のままだ。
「だとすれば、オレの見込みは二つ。自由にさせても問題がないよう、そのような体制がとられているのか」
「も一つは?」
「この屋敷に監禁する場所がないかだ」
 するとクゥヤはグラキエスの言葉を思いついた。
「そういや、ここの牢屋は今は使われていないって、他のメイドの子から訊いたけど……」
「何?本当かそれ」
「ええ、多分間違いないけど……」
「だとすりゃ……あれ?」
 何か話の筋が引っかかる。
そもそもこの土地に踏み入れたくらいで拘束されるような場所に、侵入者を閉じ込めておく場所がないというのはおかしい。あんな優秀な使用が侵入者を捕らえ、この屋敷に連行する。仮に自分たちが戦えない、戦力にならない者だとしたら、どうするのだろうか。それでも屋敷の雑務をやらせるのだろうか。これは明らかに理に適ってない。その場合を推定して簡易な牢屋でも作っておくものだ。いったいどうして……
「……何か外が騒がしいけど」
 耳がざわつく声。クゥヤは窓の外を覗いた。
「ちょっ、アル!外!」
「何だ、今答えを導きそうな――っ!」
 アルアもつられて窓の外を見る。考えをまとめる時間が欲しかったのだが、そうはいってられない状況を目にした。
 群がる影が屋敷の前に広がる。複数の団体が一挙に集結していた。二十、三十と並半価な数じゃない。
 屋敷の使用ではない、何か武装をした者……これはどう見ても普通ではない。
「お前ら、何をしてるんだ!」
「あ、おめぇは……」
 厳しい表情であのストライクのシックルがこちらに寄り添う。何か焦った表情でいかにも余裕がなかった。
「おい、いったい何があったんだよ!」
「メックファイの自警団が攻めてきたんだよ!旦那様と多数の使用が不在の今を狙って!」
 いったい何を言っているのかまるで分からなかった。突然の状況に、頭は混乱してくる。
「今は説明をしている暇はねぇ!お前たちも応戦に加われ!」
 断る選択肢はないらしい。どうやらこのために自分らを使用にさせたのだな、と、アルアはこの時に確信した。
「くっ……けど座視してるわけにもいかねぇよな……仕方ねぇ」
 今自分はこの屋敷の使用なのだから。もう少し余裕は欲しかったが、今はそんな悠長なことを言っている場合ではない。
「アル……」
「あ?何だ?」
 クゥヤがアルアに怪訝な表情で話しかける。
「……いや、やっぱり後で話すよ。とにかく、今はこの状況を治めないと」
「あ?ああ……」
 クゥヤの引き留めが気になるが今はそれどころではない。
 シックルの指示により、アルアとクゥヤはフローガの向かったとされる正面玄関の庭先へと向かった。次から次へと起きる事に、休む暇すら与えてくれない。この大混戦が予想される戦場に、果たして自分はいつまで体力が持つのだろうか。






 嫌な予感がする。自らの直感で感じたフローガは、真っ先に不穏な空気が漂う屋敷の外へと出ていた。
 すっかり気温も落ち、冷たくなった風はいつものように乾いている。だが他と違う、何か異様な雰囲気が息苦しかった。
「あれは……」
 自数百の群れがこちらに向かってきているのが肉眼でもわかる。二十、三十と数を従え、隊列をそろえている。それに掲げているあのマークは、メックファイの町のシンボル。
 十字架に剣のような紋章が目印のいたって単純なデザイン。それは悪を滅する正義の印と、撃退の意味がかせられている。
「とうとう攻めてきたということか……」
 メックファイの自衛組織だ。フローガはいつか来るとは分かっていた。だがこのとき、屋敷に滞在している使用の数が少なく、戦力的にも不利な状況に。
 本来なら多数の使用が陣形をとり、最小限の被害に抑えるべく、適格な指示に基づく。その腕は優秀な自警団すらひけを取らないほどの、皆が信頼して任せられる指揮官の鑑のような方だ。その旦那様のいない状況で、あれだけの数の相手を抑えられるのか。嫌な汗が流れだす。
 だが迷っている暇などない。自分はこの屋敷を守る。自らに課せられた使命を背くわけにはいかない。
「侵入者は誰であろうと、ここを通すわけにはいかない……それが今の私に与えられた使命ですから……!」
 フローガの目つきが変わる。同時に、背中の炎が一気に爆発し、周囲に熱気が立ちこもる。戦いになると性格、というより強い意志が彼を支配する。守り通してみせる、フローガの熱い思いが。
「待て待てフローガ!」
「アルアさん……クゥヤさん……」 
 そこへ入ってきたのはアルアとクゥヤだ。早くも様になってきたのか使用の服がそれなりに似合ってきているふたり組が、フローガの応戦に来た。
「ひとりで立ち向かおうなんて無謀にもほどがあるぜ。何いきり立っているんだ」
「あなた方を無駄に巻き込むわけにはいかないです。ここは私ひとりでも」
「いやいや、一応アタシたちは仮にも使用なんだからさ。屋敷の問題はみんなの問題じゃないの?」
 爽やかに言う様は余裕があるのか舐めているのか。だがフローガにはその言葉は意外だったらしく、
「いいのですか?あなたたちは……あれほどこの仕事を嫌がっていたというのに」
「そりゃ気に入らない点もある。けどよ、やっぱりこういう状況じゃあ座視するわけにゃいかねぇだろ?」
「そういうこと。仮にも乗りかかった船なんだからさ、今更後ろを向いた所で何にもないんだから。やるなら徹底的に!ね?」
 目を見開いた。何で巻き込まれたあなたたちが本気になるのだと。彼らはどちらかといえば被害者なのだ。それなのに、このふたりは迷いのない目でそのようなことをさらっと言う。不思議というか、よく分からないというか、無謀というか。
 そうこうしている内に敵集団の長との向かい合わせになっていた。メックファイのシンボルの腕章をしたニドキング。赤い星型のマークが入ったタスキをしているのを確認して、このニドキングは今回の集団のリーダーなのだと理解する。三匹はすぐさま身構え、大群に迎え撃つ体制をとった。
「ほお、屋敷のバクフーンだけでなく見慣れない顔ぶれだな。だがそんな事は関係ない」
 自衛団の連中は一気に身構える。溢れ出る熱気は互いの修羅を加速させる。
「貴女は自警団隊長のグドですか……。けど誰であろうと関係ありません。今すぐ兵を退かせお戻りください!」
「はんっ!これまでの行いからそのような台詞を言う資格などない!今日こそはこの地を返してもらう!」
「ここは私たちの屋敷です。あなた方メックファイの方々には関係ありません」
 何を意味しているのかは分からないが、これもこの屋敷の事情だろうか。これは後で無理をしてでもフローガに問い詰めてやらなければ。
「しっかしこんだけの数をオレたちが相手するのか……」
「こりゃ最悪の場合を覚悟しなきゃいけないんじゃない?」
「縁起の悪い冗談はやめてくれ」
 クゥヤの舌舐めずりが余計に不吉さを表す。だが迷っている暇などない。すでに体中に感じる相手の殺気、このような修羅場の殴りこむのは初めてではないが、経験は非常に少ない。
 呼吸するタイミングすら間々ならない、緊迫した状況。だが後には引けない。自分は屋敷を守る使用。今はそれだけのことを考えて身構える。
「ふんっ、我々は己の信念を貫く。メックファイのため、今日お前たちをこの地から追放してくれるわ!」
 高々と唸り、先陣を切ったケンタロスの部隊。数十匹の群れが、今たった三匹の使用と戦いを交えようとしていた。
 先手を打ち出すケンタロスの‘とっしん’。先陣を切った勢いのある物理技だ。その破壊力のかねた技の、真っ先に狙いを刺したのはフローガだった。
「くっ……らぁっ!」
 フローガも負け地と、こちらも‘ニトロチャージ’で応戦する。パワーのある凄まじい衝撃がぶつかり合うが、僅かながらフローガの方が勝っており、ケンタロスを押し返す。これは単純なパワーだけでなく、フローガの意志の強さが表れた反撃だ。
「やっぱ流石だなぁ、おめーは」
 いきなりの凄まじい競り合いをみて、戦いの血が湧いたのか、アルアの目つきが変わる。突き飛ばしたケンタロスの後方から攻める大部隊に、アルアは自らに水をまとい、‘アクアジェット’で猛攻した。
 だがそのまま突撃するほどアルアは阿呆ではない。アルアの狙いはもっと大きな核の部分だ。
「いっちょ派手にぶっ放すとするぜ?」
 ‘アクアジェット’のスピードを利用し、地面を強く踏み込み上空へ高く舞い上がる。アルアが狙いを定めたのは中枢、群の中央部分。
 尻尾に力を蓄え、アルアの最も得意とする技‘アクアテール’を発動すると、落下の速度を活かし中央部分に一気に叩きつける。
 溢れる水しぶきが辺りに充満する。水の力はアルアの高い攻撃力に比例して群を薙ぎ払う。‘アクアテール’は単体用の技だが、‘アクアジェット’のスピードを利用した応用力を上手く利用した一撃だ。
「すごい攻撃力……これがアルアさんの水攻撃……」
「伊達にこの三年間旅をしてきたわけじゃないぜ。今朝は不覚をとったが、一日に二回も不様な恰好を見せるわけにゃ、いかないからな」
 残りの群勢も忘れてはいない。接近戦なら多少の無茶が効く。自分のスピードと攻撃力にはそれなりの自信を持つようになったアルアに、負けられない誇りという闘志が湧き始めていた。
「へっ、来いよ、三下」
 挑発して群勢を刺激させる。わざと墓穴を掘るような行動だがそれでいい。勝負に小細工はいらない。一気に勝負を決めようということだ。
 相手のパルシェンは‘とげキャノン’の攻撃、ゴローンは‘ストーンエッジ’、オクタンは‘シャドーボール’を仕掛ける。相手も戦闘に関しては訓練されているのか、素早い技の数々。だがアルアも、‘ソニックブーム’と‘れいとうパンチ’の連結で、潜り抜ける。
「一見クールに見えますが、戦いのことになると、ひと一倍熱い方ですね」
「それ、あなたが言う?」
 戦闘になると無駄に熱くなるのはフローガも同じ。クゥヤの冷ややかな言葉がフローガの表情を歪ませる。
「さて、あっちは上手くやっているようだけど、こっちも大変ね。炎タイプに耐性があるやつが多くて、嫌になるわ」
「恐らく私を警戒して、このような構成になったのでしょう。同じ炎タイプであるあなたには、辛いかもしれませんが」
 周りには、岩、水タイプの群勢が多く立ちはだかり、二匹の炎攻撃があまり効いていない様子。クゥヤたちには非常に厄介な相手だ。
「けど相性だけが戦いの勝敗を握るわけではない。どんな相手にも対応するというのが使用である私の役目ですから」
 フローガの着ている使用の服が風に靡く。苦しい状況ではあるが全く表情を歪めない余裕があるのだろうか。
「そのとーり。あたしだってこんな雑魚に苦戦なんてしたくないもの」
「あなたの言葉、この戦いの勝敗が見えていると受け取ってよろしいのでしょうか?」
「それはお好きにどうぞ」
 クゥヤは‘かえんほうしゃ’で牽制する。豪快な炎は相手に苦の表情を浮かべ、先制を取るのに適している。
「まだあなたたちの実力ははっきりと分かっていません。今朝は不意打ちで勝ったようなものですから、どれくらいの強さか見極める時間もありませんでした。……けど、今は信じます。旦那様のいないこの屋敷を守れるのは、私たちなのですから」
 フローガは背中の炎に力を溜め、それを爆発させた。そしてクゥヤと同じく‘かえんほうしゃ’で牽制するもあまり相手には効いている様子はない。激しい炎を浴びても、相手のポケモンは全く動じせず反撃を浴びせる。
 相手のスターミーは‘バブルこうせん’、イワークは‘がんせきふうじ’を仕掛けるも落ち着いていたふたりは難なくかわすことが出来た。万一当たっていたら一気にピンチになるところだっただろう。攻撃の衝撃で‘がんせきふうじ’の岩が‘バブルこうせん’によって粉砕していたのだから。
「普通に戦っていたら駄目ね。さすが自警団なだけあって威力は馬鹿にできないわ」
「それは百も承知ですよ。……私にちょっとした考えがあります」
 フローガの言葉にクゥヤは首を傾げる。後方から襲い掛かるドガースは‘アイアンテール’で返り討ちにしていた。
「クゥヤさん、‘じんつうりき’は使えますかね?」
「‘じんつうりき’?一応使えるけど」
 フローガの言葉にクゥヤは首を傾げた。
「でもそんな技でこの大衆を退けることなんて……出来るはずないよねぇ」
「まさか。そんな力押しなことに使いませんよ。ただ私の出した技をコントロールしてくれればいいだけです」
 いまいちフローガの言葉の意味を理解できなかったが、クゥヤに質問を攻め立てる時間はない。
 フローガは次なる行動へ出た。熱気に包まれる彼の隣でクゥヤは‘じんつうりき’をいつでも繰り出せるようスタンバイをとる。
「集団戦ではいかに体力を残すかが勝利の鍵ですから!」
 背中の炎を爆発させ、フローガの‘ふんか’が辺り一帯に広がる。凄まじいスピードで‘ふんか’の炎は広範囲に広がっていく。
「今ですよ、クゥヤさん!」
フローガの合図にクゥヤは答えた。追い打ちとして‘じんつうりき’で‘ふんか’の炎を拡散させていく。念力に頼った方法なら自分に被害を及ぼすことはない。そして相手には予想外の方向へ打ち込むことができる。このような技を技でコントロールする技術はそれなりのエスパー技でないとできない。キュウコンのようなエスパータイプでもないポケモンが使えば上手くコントロール出来ず、自滅に至る可能性だってある。だがフローガはクゥヤの念力の力を見極めていたようで、このような作戦に出たのだろう。ある意味一か八かに近い方法だが、フローガの目は正しかった。無駄なく広範囲に渡る炎は避ける暇も与えない。クゥヤの見事な‘じんつうりき’で相手に大きなダメージを負うことができた。よってフローガとクゥヤの攻撃は群衆に一泡吹かせることに成功した。
「‘ふんか‘は体力のある今使わないと効力がありませんから。それにエスパー技を絡みより広範囲に技を拡散させる……昔友が使っていたのを思い出しましてね」
「なるほど、これはいいわ。ちょーっと技を操っているときは疲れるけどね」
 互いの技のコラボレーションがより技の爆発力を引き立てる。フローガはそのような互いの力を合わせる技術に長けているようだ。
 これはいい味方を付けたのかもしれない。クゥヤはフローガの背中がより頼もしく感じ取れるようになってくる。
 一方アルアの方も、大方片づけたようで背中を向けながらこちらに向かってくる。
「お疲れ、アル。流石……というか、随分強くなったんじゃない?ひとりであれだけの数を打ち負かすなんてさ」
「んなことはねぇよ。確かに力は強いが、どうやら戦い慣れていないらしいな。ちゃんと相手の隙を突けば難しいことでなかったからな。まだ山に立てこもる山賊の方が手強い」
「余裕の言葉ですね。じゃあ後はお任せしてもよろしいですか?」
「ちょっ、ちょっと待て。これでも結構疲れてんだぜ?もうあんな団体戦をひとりで片づけるというのは無理だ」
 いくらサクサクと倒せたからといって数が数なだけに、余裕の表情を保つことはできない。自分は何か特別な力や凄い技を持っているフローゼルではないのだ。特別な目で見られても困るだけだ。
「冗談なんですがね。他の部隊はシックルたちがやってくれているでしょうから。さて、後は隊長のグドたちを残すのみというわけですが」
 フローガは目線の先にいる二匹を睨む。
「ニドキングのグドとあのピジョン……勝利は目の前です」
 二匹はこちらと同じように睨んでいた。
「グッ……てめぇら、調子に乗るのもここまでだ!」
 一回り……いや、普通のニドキングより二回りは大柄なグドは拳を思いきり地面に叩きつける。衝撃によって地面が激しく割れ、大きく盛り上がった。
「‘だいちのちから’!マズイ!」
 ‘だいちのちから’は標的者の足下を盛り上がらせ、大地を真っ二つにさせその間に板挟みさせる地面タイプの技。
狙いはクゥヤとフローガだった。真っ先に倒せる者は倒そうという魂胆か。紙一重で盛り上がる大地からは免れたものの、アルアと分離されてしまった。
「クゥ!フローガ!……っ!」
 よそ見をした間近に、再び‘だいちのちから’がこちらを襲う。今度はアルア一匹を集中狙いのようで、アルアのど真ん中から激しく大地が盛り上がる。
「チッ、そういう事か……!」
 だが意外にもアルアは冷静だった。大地が割れ、その中央で板挟みになる直前にアルアは‘ソニックブーム’でブレーキを掛ける。直撃は免れるが、アルアは大地から降りようとはせず、そのまま盛り上がった大地に沿って‘アクアジェット’で勢いよく駆け降りた。相手の技を利用し、自分の物に上手く活用する。グドは予想外の対応に怯んでいた。
「はぁぁっ!」
 落下のスピードに乗り、尾に水気を込める。大地から大きく踏み出し、衰えぬスピードのまま空中で一回転。最高のスピードを保ち、‘アクアテール’をグドの頭部に思いきり叩きこんだ。
「ぐおっ!」
 狙いを外すこともなく、上手くクリーンヒット。衝撃で広がる水気は辺りに散乱し水浸しになり攻撃の激しさを物語っている。
 まともに直撃したグドはその場でフラフラと頭を押さえる。アルアの攻撃は確かにくらったが、彼も自警団の隊長。並のポケモンの技で倒れるほどヤワな体力は持っていないということか。
「チッ、しぶといな」
 アルアも戦いには手を抜く性格ではない。確実に仕留めるため、ふらついているグドに‘れいとうパンチ’で追撃しようと走りだした。
だがグドは笑っていた。その仕草に違和感がしたのか、アルアは技をやめる。
「な、何だ……?」
 後ろから嫌な気配がした。振り向くと、そこにはマタドガスが中央で何やらスタンバイを始めていた。
「なっ!?ま、まさか!」
 旋律が走った。すっかりグドの方に集中していたため他のことが疎かになっていた。ノーマークだった彼奴を対処しようにも全てが間に合わなかった。
「終わりだ」
 ‘だいばくはつ’。自らの体力を犠牲にして辺りに致命的な攻撃を仕掛ける極悪の技。守りを固めようにも遅い、阻止しようにも遅い、逃げようにも遅い。全てが間に合わない。
 強烈な爆風が戦場一帯を包む。敵も味方も関係なしに、無慈悲に炎が包む。
 凄まじい爆風は三匹を丸ごと飲み込み、大きく吹き飛ばされる。自分たちだけでなく、自身の味方すらも。
グドは‘まもる’で味方の強襲を防いでいた。やはり奴の作戦だったのか。
 確実に自分たちを仕留めるための最後の作戦だったのかもしれない。でなければこのような大がかりな作戦に出るはずはないのだから。
「ぐっ……あぁっ……」
 構えるすべもなく、アルアは後方の岩に激突する。クゥヤとフローガも爆風の耐える仕草を見せるもやはり元々の技の破壊力に圧され成すすべもなく吹き飛ばされる。
 一瞬にして状況が一変した。先ほどまで圧倒的有利だった自分たちが一匹のマタドガスの技によって倒れこんだのだ。立ち上がる体力すらボロボロなアルアたちに、技を出す力も持っていかれたようだ。
 ‘だいばくはつ’は己の体力を犠牲にする技だが命を犠牲にするまでの引換えはない。だがしばらくマタドガスは気絶から目を覚まさないだろう。そこまでしてこの戦いに勝ちたかったのだろうか。
 アルアは無傷で事を済ませたグドに視線を向ける。切り札を使いきった相手だがこちらの被害は大きかった。だがグドも‘まもる’を使ったものの、それまでの体力も残り少ない状況に陥っている。
「ちっ……お前!増援を呼べ!奴らはもうボロボロのはずだ!ここで応援を呼び逆転する!」
「まずい……これ以上増えたら……」
 とてもじゃないが増援を呼ばれたら応戦できない。このままではこちらの体力が持たなくなる。あのピジョンを止めなければ――
 技を出す力どころか、立ち向かう体力すら残っていない。油断していたフローガも悔しさの滲み出る表情を浮かべていた。
 絶望的な状況だった。誰もが思い、感じた。と、その時、
「!?」
 凄まじい‘かみなり’がピジョンに命中する。誰も覚えていない‘かみなり’の大きなダメージにピジョンは体力を失い落下する。その一瞬の出来事に誰もが驚き、威力の凄まじさに慄いた。
「フンッ、この程度の雑魚どもすら手こずるのか」
 戦場の真ん中に現れた影。すでに見たことのあるその姿はとても大きく見えた。
、一気に‘ほうでん’を放出する。凄まじい電流が辺りに飛散し、襲い掛かる刺客を一斉に攻撃する様は圧倒的だった。
「ブロンデー……」
 ギラリと瞳の奥が鈍く光る。月の光でそれはより神々しく見える。このタイミングで現れるのはあまりにも憎い。黒い執事服は前が大きく開いている。貫禄はすでに充分なライチュウは可愛さも愛おしさもまったくない。
「何やら騒がしいと思いきや、こりゃとんだお祭り騒ぎだな……。どうして俺を真っ先に呼んでくれなかったんだ、フローガ?」
 ライチュウには相応しくない鋭い目つき。風に靡く執事服を通り全身から溢れる闘志と電気がここまで伝わってくる。
 岩陰に横たわっているフローガにブロンデーはニヤッと口の候を曲げた
「貴方を呼んでしまうと私の役目が付かないからですよ」
 フローガの言葉にフンッ、とブロンデーはそっぽを向く。
「き、貴様!」
 後方からグドが襲い掛かってくる。ブロンデーはキュッと目の奥を細くさせ、‘10まんボルト’を思いきり浴びさせる。
「ぐ、あぁ……!」
 地面タイプには効果のない電気技が効いている。だれもが驚き、そして恐怖を抱く。
「馬鹿な……なぜ相性の悪い攻撃が……このぉ!」
「俺に相性なんて関係ないんだよ三下が。引っ込んでろ!」
 やけになったグドに嫌気がさしたのか、ブロンデーは舌打ちを一つ。
 手の内に気合いを溜め、一気の放出する‘きあいだま’が見事グドに命中する。凄まじい風圧が戦場を包む。刹那に起こったその出来事は、まるで夢でもみているかのようだった。
「な、なんだよあの強さ……」
「あれが……ブロンデーの実力です。降りかかる火の粉には容赦しない、強い力を持ったお方ですよ」
 アルアにとって、この戦いはあまりに衝撃が大きすぎて把握しきれなかった。あの二人がかりでも苦労させられたニドキングを、相性の悪い‘きあいだま’でノックアウトさせ、あの大群をいとも簡単に倒す実力は並半価なものではない。本物の、アルアの目にしたことのない強さだ。
「これ以上うちにちょっかいを出すな。どうせお前たちの狙っているのは……『アレ』だろ?」
 キュッと目を細くしてブロンデーはグドを睨みつける。まるで弱者を力で押さえつけるその威圧感はこちらにまでひしひしと伝わってくる。アルアは全身に身の毛が逆立つような悪寒を一瞬感じた。
「くっ……ここは一旦退避だ!全員退却!」
 グドの指令が言い渡る前に軍勢はバタバタと離脱していく。あのブロンデーの力を間近で感じ取ったのか隊長の言葉を待たずとも退却の選択は決まっていたようだ。慌ててメックファイに帰る、というより逃げるとも捉えられるあの恐怖の入り混じった表情は、同情の意を表す。
 だがブロンデーは納得のいかない表情でグドを睨みつけた。
「待ちやがれ」
 グドのタスキを掴み、足を引き留める。逃げられない恐怖に慄き、グドの表情は一気青ざめた。
「まさかお前をこのまま返すとでも思っていたのか?この領内に無断で侵入したことくらい分かっているんだろ?隊長なら部隊の敗因の始末くらいやってくのが普通だろ?」
 目は笑っていない。冷たく無慈悲な瞳はグドの瞳に真の恐怖を感じさせる。
「全員を確保するスペースなんてないからな。全総員の代表として来てもらうぞ」
 アルアたちと同じ領地の侵入で確保。だがアルアたちの状況とは異なり、グドには何十匹分の罪が被せられるのだ。いったいどんなことが待っているのか想像もつかない。
無言の圧力についに我慢ができなくなったのかグドは抵抗する。
「ククク……暴れると面倒だ。とりあえず眠っておけ」
 ‘かみなりパンチ’がグドの腹部にクリーンヒットする。衝撃とダメージにより一瞬にして体力を奪われ、グドはそのままブロンデーにもたれ掛るように倒れこんだ。
「っと、流石ニドキング。重いな」
 口ではそう言うものの、ブロンデーは楽々とグドを持ち上げる。技だけでなく素の力の方も充分にあるようだ。
 アルアたちは何もできずブロンデーの前にただ茫然とたたずんでいた。だがアルアはそのやり方に納得がいかなくブロンデーに駆け寄る。
「おい……少しやりすぎじゃねぇか?」
 ブロンデーは何も答えない。それどころかアルアに振り向かず無視をする。その態度にアルアの不満は一気に頂点に達した。
「おめーの強さはこの目で見たけどよ、何なんだよ今のは……恐怖で相手を縛っているだけじゃねーか!おめーは今までんなことして抑制していたのかよ。ここの規則だってそうだ。屋敷の地に入っただけで捕まるとか可笑しいだろ!いったい何のためにそこまでして何を守ってんだよ!何とも思わねーのかよ!」
次の瞬間、ブロンデーから放たれた電気がアルアの足下に向かって弾ける。ものすごく微弱で弱い電気だか、それでも足下の岩石は粉々に砕け散った。普通のポケモンなら痺れると感じる程度の電気も、ブロンデーが操ればとてつもない破壊力を持つ。最も至近距離で真に感じたアルアはそれ以上口が開けなかった。
「俺はただこの屋敷が守られればいい。それだけだ。分かったら二度とそのような口をきくな」
 厳しい口調だった。その迫力に後押しされ、アルアは言い返すことが出来なかった。荒涼の風がよりその場の静けさを際立てる。
「……チッ……」
 何も出来なかった自分に腹を立てる。圧倒的な威圧感と力の前に、アルアは大きな劣等感を抱いていた。






「くそっ、何とも後味の悪い……!」
「まぁまぁ、とりあえず難は去ったんだし、そんなイライラしなくても」
「これがムカつかなくてどうするんだよ。勝ったとはいえ殆どヤローの成果じゃねーか。まるでオレたちの立場が蚊帳の外のような感じでやな感じだぜ」
 傷の手当てをしてもらったアルアとクゥヤは使用の休憩室で話し込んでいた。今部屋にいるのはふたりだけなので、思いきり愚痴を漏らせる場と化している。
「確かに、アタシたちの活躍は何だったんだ、という話よね。でもこれが使用たちの実力……アタシたちのような旅の者から見れば化物の一角ね」
 化物は少し言い過ぎかもしれないが、あのブロンデーの電気技を見た後ならそれも否定はできない。今まで旅をして、様々なポケモンと会い、時には戦いもして今日まで生きてきたのだ。広い世界、このウォルクフォークの大陸ではまだ自分たちの見たこともない実力者たちが多く存在している。ブロンデーはその一匹に過ぎないとしたら、いったい自分は何て狭い世界を旅してきたのだろうと、まだまだ無知なことを思い知らされる。
「でもやっぱおかしいよね。理由も知らされず、こんな風に戦うなんて」
「その辺も含め、もっと色々情報が欲しいな……あっ!」
 突然扉が開いた。
「シックル!」
 扉を開け入ってきたのはシックルだった。アルアはとっさにシックルの元に駆け寄る。
「おめー!いったいどういうことだ!オレたちはこのためだけに執事になったというのか!」
 事情も聞かされずただ命令されることに苛立っていた。アルアはシックルに詰め寄り、大声で怒鳴りつける。
「お前たちはよくやってくれた。お前たちがいなければ、こちらの被害はより増していただろうからな」
「そういうことを訊いているんじゃねぇ!なぁ、いったいこの屋敷は何なんだ?いったいここで何が起きているんだ。少しくらい話したっていいだろ?」
「何も話すことはない。今日のようにしばらく働いてくれればそれでいい。それ以外は無駄な行動は起こすな。いいな」
 冷淡に言い、アルアを突き飛ばした。礼儀のかけらもない行動にアルアはシックルを睨みつける。今にも怒りをぶちまけそうな勢いに、クゥヤは一つ溜め息をしてアルアを尻尾で抑えた。
「まぁまぁ、ここで無駄に怒ってもしかたないでしょ」
 クゥヤの言葉に耳を傾け、アルアは歯を噛みしめながらも怒りを沈着させる。腑に落ちないが、どう考えてもクゥヤの言うことは正しい。自分ももっと冷静に行かねばとアルアは思う。
「それよりもさ、あのグドとかいう自警隊長?いったいこれからどうなるの?」
「この屋敷の地下牢に閉じ込めておく。お前たちと同じで、旦那様の判断が下るまで監禁だ」
「アタシたちとは扱いが違うんだね」
「お前たちは腕を見込まれ使用という立場を与えられただけだ。所詮はあいつらと同じ侵入者という立場は変わっていない。自惚れるな」
「べーつに自惚れちゃいないけどねぇ……」
 シックルの鋭い目つきで釘を刺されたクゥヤは早急に目を反らす。そしてシックルはそのまま部屋を出て行った。
「相変わらず無愛想なだけね。いったい何がしたいんだか」
 クゥヤもシックルの態度はことごとく気に入らないようだ。出て行った扉に向かって舌を突きだした。
「しっかしよ、あのニドキングも自分ひとりだけ捕まって閉じ込められるとか可愛そうだよな」
「まぁ、アタシたちには関係のないことだし、いちいち別のことにまで首を突っ込むほどアタシは物好きじゃないよ」
「オレは何も言ってないぞ」
「そう言おうとしたから、先に未来予告していただけー」
 可愛げにニシシと笑うが、その行動の意味を知っているアルアは目を鋭くさせ睨んだ。
「……ことごとくムカつく笑みだな」
「あら、いつものことじゃないのよ。しかし……牢ね……」
クゥヤは一つの言葉を思い出した。グラキエスが言っていたことが頭の中に蘇る。『この屋敷の監禁するものなんてない』と。
「あれ?」
 何か頭の中で引っかかった。
 確かにグラキエスは監禁する場所なんてないと言っていた。しかしシックルは確かに牢に閉じ込めておくとこの耳で聞こえた。
「アル……」
「何だ」
「矛盾発生よ。アタシが訊いた話と今の話……食い違っている」
「どういうことだ?」
 クゥヤはグラキエスから訊いた話をアルアに聞かせる。グラキエスが言ってた牢のことを。彼女から聞いたそのままのことを。
「これは……ちょっと強行突破いってみる?」
 クゥヤの怪しい笑み。何か確信した笑みなにか、それとも楽しんでいるのか。相も変わらずよく分からないが、ここはアルアも賭けにでてみたかった。
「ああ、あっちからは何も教えてくれねーし……ならこっちから仕掛けてやるか」
 この広い屋敷、いったい何があるか検討もつかないが、危険を冒してでも自分たちは知らないといけない気がする。
 そう思ったふたりだった。だがこれが後に大変な出来事を引き起こすのだとは、知る由もない。






 白いコーティングで塗装された壁が永遠と続く。ちょっとした探索のつもりが、予想よりはるかに大きな屋敷の広さに、アルアは重い溜め息を吐いた。
 三階建ての屋敷は悠々に屋敷と呼べるスペースを遥かに超えている。無数のランプと窓が同じように設置されており、まるで迷路のような感じだった。
 時折部屋の扉を見かけるも、中に誰か入っていてはつまらないので調べずに先へと進む。この騒動で使用たちの目を上手く誤魔化し、屋敷の秘密を探るのだから誰かに見つかっては意味がない。
 アルアとクゥヤの考えでは、恐らく何かを守るためにこの屋敷があるのではないかと模索をいれている。昔に遺跡を協力を依頼された時に、その遺跡を守るゴルーグとシンボラーに襲われた体験をしているアルアは、その時の雰囲気と今回の戦いに似ていると思ったからだ。
 何かを必死で守るというのは、自分のためではなく何かのために戦う。その時の戦いの意志というのが、普段とは少し違う。何かのために戦うというのは、それ故『ハイリスクノーリターン』なものだが、フローガにはよほどの覚悟があるのだろうか、それが感じ取られた。
 昔の経験と今の体験から情報を操作すると、やはりこの屋敷には大きな秘密がある。間違いなくこれは確かな答えだ。
そうと決まれば早速にもそれを捜査したい。だが口の固い使用たちに直接訊くのは賢明ではない。となれば、自分たちで自力で見つけるしかない。思い切った行動で非常に危険だが、迷っている暇はない。このままでは死ぬまでここで働かせられる雰囲気が漂うこの空間は正常ではない。何か一つの手掛かりでも掴まなければ、自分たちの自由は約束されないのだから。
「しっかし、一つの町の自警団を倒すなんて、何かとんでもないことをした気分ね」
「それほどここの連中は必至なんだろうな。何も分かっちゃいねぇが、やっぱり何か分からないと気持ち悪い。けどあの ブロンデーとかいうライチュウ、ありゃ相当な力の持ち主だな」
「相性最悪のニドキングを電気技で倒してしまうなんてね。何か夢でも見ているかのような感じ……」
「だとしたら相当な悪夢だなこりゃ」
 現実味がないと言えばいいのだろうか。まさかこんな所で見たことのない強者に出会えるとは夢にも思わなかった。
「ブロンデーもそうだけど、敵にまわしたくないのばかりね。特にフローガは、アタシがちょーっとキツイかなーって思ったときに、涼しい顔でいたんだもん。何か悔しかったなー」
「あいつもよく分からないからな。ブロンデーのことを結構慕っている様子だったし、何より油断できねぇ。少し気を抜いただけで簡単にみすかれそうな目をしているからな」
「アハハ、アルが言うとより説得力があるね」
「皮肉か?」
 ニシシと笑うクゥヤにアルアは顔をしかめる。
「どうだろうねー?まぁ、幸いフローガにはまだ目を付けれていないから、変な事しても今は大丈夫っしょ」
「だといいんだけどな……」
 分からないからこそ怖い。本当の敵というのは自分では分からないからだ。とは言うもの、下手なことしてこの屋敷全員を敵にまわすのもつまらない。今度ヘマをしたら何をされるか分かったものじゃないからだ。
「……ん?」
 そうしてクゥヤは金色の九本の尻尾をゆらゆらと揺らす。何かに勘付いた様子に、アルアもクゥヤの様子を伺った。
「誰か見ている?」
 そして手前にある扉に目を向けた。何の変哲もない普通の扉だが、クゥヤには何か感じるものがあるらしい。
「この中から?」
 そうしてクゥヤは音をたてないよう、手前の黒い扉をゆっくりと念力で開ける。キキッと扉が開く音が鳴るものの、部屋の中は真っ暗で灯りは一切付いていない。風は微々に肌で感じ取られることから、窓は開いているのだろう。アルアも音をたてず静かに辺りを見回した。
「本当にここか?誰もいないぞ?」
「うーん、微かに何かの気配はしたんだけど」
「窓が開いているから、風で何か動いたんじゃないか?」
「そうなのかなー?」
 部屋はクローゼットとベッドがあった。机には何やらオレンジの色をした花が二輪。花の種類は分からない。見たことのない花だ。至ってシンプルな部屋だ。
「あまり道草食っている場合じゃないからな。次行くぞ」
 そしてアルアが再び扉に手をかけたその時だった。
「ん?」
 ごそごそと何かが動く音。微かな音だったが、これにはさすがのアルアも勘付き音のした方向へ目を向ける。
「な、何だ?」
「アル……やっぱり誰かいるよ」
 やはりクゥヤの勘は正しかった。暗闇の部屋に薄らと動く影がある。白いシーツがひかれたシンプルなベッド。初めは何の変哲もないただのベッドかと思ったが、誰かがあのベッドで寝ているのだろうか。
 もしあのベッドに誰か起きていてこちらに気づかれていては後で面倒になるかもしれない。せめて誰がいるのかだけでも確認したかった。
 足音を立てずに、抜き足でベッドに近づくアルア。声は聞こえないものの、わずかに布団が膨らんでいることから何かがいるということは間違いないだろう。仮に起きていたとしたら、僅かながらの気配をクゥヤが感知する。クゥヤを見ても、それはないと相槌を打ってくれたことから、このベッドの中にいる者はこちらのことに気づいていないと分かった。
 そしてアルアはそっと布団に手をかけ、ゆっくりとはだけさせる。そして中の正体が判明した。
「……エーフィ?」
 姿がはっきりと見える程度まで暗闇にも少しずつ目も慣れ始めていた。
 メスのエーフィだ。
 華奢な体つきに額には特融の赤い宝石。体毛はビロードの艶と肌触りだと聞いていたが、何とも滑らかな体毛はそれを納得させられる。暗闇の中での微かな光がより艶めかしさを強調している。
 ぐっすりと眠っているのは誰にでも分かる。可愛らしい寝息をたてながらふかふかの毛布にうずくまっている。
 まさかこの屋敷にこんな可愛らしいエーフィがいるとは思いもしなかった。ここに来てからというもの、堅物な使用ばかりだったもので余計にそう思える。
 終始アルアはこのエーフィをじっと見つめていた。
「いつまでその状態でいるの?」
 クゥヤがニヤリと気味の悪い笑みを浮かべアルアのちょっかいを出した。
「なっ、あ?別に何でもねーよ」
「何々?可愛い子だから見とれちゃったとかそんな面白いこと期待しちゃっていいの?」
「いったい何を期待しているんだ、おめーは」
 九本の尻尾を妖しく揺らしクゥヤはクスクスと笑う。
「ま、冗談だけどさ。しかし綺麗な毛並みよね。無意識に触ってしまっちゃいたいほど……」
 そう言って尻尾でエーフィの頬を撫でようとする。
「……え?」
 突然パッと尻尾を引っ込める。尻尾から体中に何やら寒気が走り、目を見開く。先ほどのほんわかとした表情から一変しまるで恐怖も伺えるような表情になる。これにはアルアも黙ってはいない。
「おい、どうした?」
「あ、いや……何だろう?いきなり頭の中に変な光景が浮かんで」
「変な光景?」
 何を言っているか理解できないクゥヤの言葉に首を傾げる。
「あ、まぁ気のせいだとは思うんだけどね。どうも思い出したくない事が一瞬で目の前に映ったような違ったような……」
 いまいち理解できないが、僅かながら冷や汗をかいていることから冗談ではないらしい。白昼夢でも見たのか、それとも何か別のことだろうか。どちらにしろ、クゥヤの苦い表情はアルアも軽く心配する程だった。
「んぅ……」
 そうしているうちにエーフィから声が漏れる。幼いニャースの鳴き声ともいえる甲高い声を発し、ググッと背伸びをすると目が開かれる。重そうなまぶたから宝石のようなダークパープルの瞳が露わになり、エーフィは起き上がる。
「あっ……」
 キョロキョロと首を振り、まだ完全に目を開けていない状態でアルアと目が合った。沈黙の間が流れ、先に行動を打ったのはエーフィの方だった。
「あ、あなたたちは……?どうしてこの部屋に?」
 困惑の表情から警戒しているのが伺える。それはそうだろう。いきなり目覚めたら隣に見ず知らずのポケモンがいては誰だって驚く。これなら早めにここから出て行ったらよかったなとアルアは一瞬後悔する。
 互いに変な空気が流れ、
「あ、いや……変な物音がしたから部屋を確かめに入っただけだ」
 クゥヤの頭をポンポンと二回叩く。先ほどまで顔色の悪かったクゥヤだったがもう大丈夫のようだ。
「そ、そうでしたの?」
 柔らかな口調だがどこか覇気のない声だった。
「あれ?そういえば私何でここに……?」
「え?」
「私……確か外にいたはずなのに……どうして?」
 首を傾げ今自分の置かれている状況がよく分からないという表情だった。
「いや……オレたちが来たときにはすでに眠っていたが」
 納得のいかない素振りを見せるエーフィに、アルアは妙な違和感を感じ取った。何やらここに長くいてはいけない気がした。そう自分の勘がそう言っている。アルアはクゥヤを引き連れ部屋から出て行こうとした。その時、
「あなたたち……新入りさんか何かですか?初めて見る顔なので……」
「あ?あぁ、訳の分からないまま使用になったからな。まだこの屋敷全員との顔合わせもやってないから、分からないか」
「訳の分からない……?もしかして、今朝侵入者が捕まったと訊きましたが、それがあなたたちなのですか?」
 先ほどよりも強い声でエーフィは言う。
「ええ、その辺に関しては相変わらず出が早いのね。知らない間に入っちゃいけない所に足を踏み入り愚かにも捕まったポケモンというのはアタシ達のことよ」
「そう……なのですか。ということは、私のことは知らされていないですよね!?」
「そりゃな。そういえばあんたは誰なんだ?」
 エーフィの言葉に何か突っかかるような気がしたがアルアは話を続ける。
「私はポルンと申します。この屋敷に住んでいる者で……」
「住んでいる?じゃあ、あなたは使用とは違うわけなのね」
「ええ、そういうことになりますが」
 この屋敷に入って初めての使用以外のポケモンと遭遇した。やっと自分たち以外の普通の者と遭遇し何かホッとした気持ちがあった。
「あ、確か使用たちが言ってたお嬢様って……」
 恐らくこのポルンのことだろう。他のエーフィとは明らかに毛の艶も品も違う。特別扱いされているのは間違いない。どことなく雰囲気が普通のポケモンとは違うのはその為のなだろうか。
「何だそれ。オレは初耳だぞ」
「あら?すでに知っていると思って言わなかったけど」
「ひでぇな。おめーの知っていることをオレが知っていると思うな」
「以心伝心くらい、あなたには余裕だと思ったけど」
「めちゃくちゃだな、おい」
 安定の言葉返しに場の雰囲気が何となく和らいだような気がした。
「多分、私のことですね。あ、別に言葉使いとか気を使わなくていいです。私は、普通に接したいだけなので」
「そうか。なら普通に接してもらうぜ。ここの使用は何かとかったるいからな」
 そうと決まれば、とアルアは早速訊きたいことを頭の中に浮かべる。山盛りの質問があるが、ぐだぐだと時間をかけているつもりはない。
「ポルン、一つ訊きたいことがある」
「あ、はい。何でしょうか?」
 柔らかな笑みが浮かぶが、すぐ様その表情は無くなった。
「この屋敷から出る方法とかないのか?」
 アルアの真剣な眼差しにポルンは一瞬言葉を失った。
「え?まさか、ここから逃げ出すつもりじゃ……」
「オレたちはただメックファイに行ってちっと会いたい奴がいるんだ。こんなとこで油売ってるほど暇じゃないんでね」
 その言葉にポルンは大きく目を見開いた。考えもしなかったことに強く驚愕した。
「だ、だめですよ!ここから無断で逃げ出すなど不可能に等しいです!ディレイさんの雇う使用のポケモンたちは一流の腕を持った者たちばかり。捕まったらどんなに恐ろしい目に会うか……」
 ディレイとはこの屋敷の主人のことだろう。仕事中にちょくちょく耳にした言葉だ。
「一流のポケモンって、ブロンデーのことたちか?あぁ、確かに一番目を付けられたらヤバい相手だな」
 自分たちなら確実に勝てない相手のひとり。
「だめったらだめです!ブロンデーもそうですが、中には私もよく分からない得体の知れない者たちまでいるのです!今までも逃げ出した使用たちの末路はよく分かっていません。あなたたちが故意にこの屋敷に侵入したのではないということは分かっています。ですが、そのような安易な考えで屋敷を出るのはとても危険です!」
「危険……なのか」
 真剣な表情でアルアの考えを止めるポルンだが、アルアの顔色はまったく変わらない。この屋敷の真の恐ろしさはポルンなら十二分に理解しているに違いない。だが、そこで怯んでは、堂々とあんなことを言った意味がなくなってしまう。嫌だからここから抜けだすのはそんなに悪いこのなのか。その考えもあっての発言なのだから。
「まぁポルン、おめーが必死こいてオレたちを止めてくれてるのはよく分かる。もちろん、この屋敷の使用たちを見下しているわけでもない。恐ろしさは先の戦いで充分というほど見させてもらったからな。正直オレたちで太刀打ち出来るか、本当のこというと絶望的だ。けどな、そんなことで縛りつけられるほどオレたちはヤワじゃないんだ。今目の前にいる目標を逃したら次いつ出会えるか分からねぇ。過去を調べる手段というのは時間が何よりも大切なんだ。一分一秒、有力な情報がありゃ真っ先にそこに向かう。記憶と記録が手掛かりの情報ってのはそうだ。オレたちの旅というのはそんなもんなんだよ」
 旅をして、時の流れと風化という怖さを思い知った。古い記憶というのは新しい今という時間に埋もれ、未来に繋がる。アルアは過去のことについて情報を集めている。情報を持っている者でも、時が経てば忘れていくものだ。埋もれてしまったら、そこで終わり。情報収集の旅というのは常にハイスケジュールな日々を送っている。この屋敷に滞在していることも時間のロスだ。アルアの憤りは少しずつ大きくなっていることがポルンにも伝わっていた。
「アタシは、アルの言葉ほどお固くはないわよ。時間の流れなどあまり気にしちゃその時その時が面白くなくなるもの。でも、アタシもこんな窮屈な場所にいては楽しい時もあまり楽しくなくなっちゃう気がするのよね。正直なところ、割に合わないというのかな?自分がここにいちゃ、何かもったいない気がするのよね」
「……あなた方は自分の考えをしっかり持っている方なのですね」
 ポルンはアルアたちの輝きに終始戸惑っていた。そうしてそんなことが考えられるのか、意志を持てるのか。
 出会ってまだほんの数刻しか経っていないのに、この短期間で大きな存在に感じるようになった。
 自分もこのように輝きたい。単純な考えから、ポルンは一つの決断を決めた。
「あの……おふたりの話を聞いて、お願いがあるのです!」
 突然のポルンの声に、アルアとクゥヤはポルンの目を見る。
「ど、どうしたんだ急に?」
「私は……このように部屋に閉じ込められ、自由の利かない身です。だから、私のしたいことが満足に出来ない状況なため、自分自身とてもやり遂げたいことがあります!」
 力強いポルンの声に、ふたりは静かに口を閉じる。
「私はこないだ、メックファイであるひとからとても大切な物を貰いました。そのひとは私に‘みかづきのはね’という珍しいものをくれました。最初はそんな物は受け取れないと断ったのですが、『あんたに必ず渡して欲しいって言われてさ』と強引に渡されたので断ることもできず……こちらも急いでいたのでロクにお礼も出来なかったのです」
 ポルンはそう言って‘みかづきのはね’をふたりに見せる。暗闇の中、月の輝きにも負けないような金色の光がポルンを包んでいた。その光が、やがてアルアに、クゥヤにと輝きを増していき、三匹は眩い光で一つになった。
「‘みかづきのはね’というのは伝説で言い伝えられている、悪夢を追い払うと云われる羽根です。この美しい輝きが話題を呼び、沢山のレプリカが作られたのは有名な話です」
 その話はアルアも知っている。何年か前に、伝説のポケモンが落としたとされる曰く付きの道具が大流行し、大量の偽物が出回ったのは記憶に新しい。その中で本物の道具は物凄い価値を見出し、各地の富豪やコレクターが莫大な財産を消費して手に入れようとして事件が起きたくらいだ。
 アルアの持っている‘ぎんいろのはね’の腕輪も、フローガに調べてもらうまでは分からなかったが、一時は旅に寄った町でちょっとした話題として情報収集の合間に挟む雑談として盛り上がったことがある。
 しかしポルンの持つこの‘みかづきのはね’は本物だろう。輝きがレプリカとは違う、まさに月が手元にあるかのような宝石以上の輝きが目に映る。
「私はこの羽根をくれた方のもう一度会ってお礼がしたいのです。これのおかげで、私は随分と楽になれたのだから……」
ポルンは‘みかづきのはね’を優しい目で見つめ、その当時の様子を思い浮かべる。
「なるほど、つまりここからこっそり抜け出して、その羽根をくれた奴ともう一度会いたい。使用に任せたらゆっくり出来ないものな」
 融通の利かなそうなここの使用に囲まれていては楽しめるものも楽しめなさそうだ。
「そこで……お願いです!」
 力強い声で真っ直ぐふたりを見つめる。
「私を……この屋敷から出してくれませんか!?いえ、メックファイに連れて行ってくれるだけでいいのです!」
 話の流れからやはりそのような話が来るかとアルアは予想していた。月並みな展開だが、今のポルンの声は気持ちいいくらいにはっきりとしていた。心から叫ぶような、本当の意味でのお願いにアルアは素直に耳を傾ける。
「なるほど……な。おめーの気持ちはよく分かった。けどな、一つだけ訊きたい」
 グイッとポルンに詰め寄る。目つきを鋭くしアルアはポルンの目を強い眼差しで見つめる。
「ポルン、おめーは何でこんなに守られてんだ?」
「え……?」
「異常だろ?ここの使用は屋敷の事情について訊いても何も教えてくれねーし、嫌に口の固い奴らばかりだ。どうせおめーもこの部屋で監禁か何かされていたんだろ?」
 アルアにはすでに分かっていたらしい。上手い嘘を言っても見透かされてしまいそうな藍色の目は真っ直ぐにポルンの瞳に映っていた。
「……お見通しですか。そうです、私はこの部屋からすら自由に外出できない身です。それに、やっぱりブロンデーから何も聞いていないのですか。そうですよね……。話してもいいのか……正直迷っています。私たちの事情を知れば、関係ないあなたたちまで巻き込んでしまうから……」
 迷うポルンはアルアとクゥヤを交互に見る。自分とは関係ない者たちを巻き込むことは自分の願いを叶えることよりも望まない。ただ巻き込まれたこの方たちをこれ以上被害に遭わせてはいけない。
 アルアとクゥヤは黙り込んだ。こちらから質問はしたが、相手が本気で迷わせては意味がない。
「あのな、この執事服を着てしまった時点でもう無関係とは言えねーだろ?今のオレたちは使用だ、目上の者を守る」
「そうそう、成り行きとはいえね。本気にさせたら何でもやっちゃうよ~?」
 ニシシとクゥヤは笑う。だが嫌味や冷やかしなど感じない。
「でもま、言いたくないなら別に構わねぇよ。悪かったな、攻める言い方して」
 そう言ってアルアはポルンの頭を撫でる。
「おめーを追い詰めてまで訊くなんて野暮なことはしねぇよ」
「そういうこと。言いたくなったら言えばいいし、アタシたちはあなたに使える身なんだから、ご主人様に従うのは当然のこと」
 揺らめく九本の尻尾でポルンの頭を撫でる。
「おめーが今何をしたいか、それを引き受けるのがオレたちだ。さ、ポルン。おめーは今どうしたいんだ?」
「どんな事だろうとなど無条件、こんな都合のいい使用が目の前にふたりもいるのよ?どうしますか?お・じょ・う・さ・ま」
 自分たちがどうなろうと貴女に尽くすという、真の意味での恐れのない目がポルンには感じ取れる。この方たちなら大丈夫、確信や証拠はないが自分の心ではっきりと分かる。甘えていいのだ。この突如現れた意志のある使用に全力で任せていいのだ。
「私を――」
 迷う必要はない。今自分がしたいこと、それをこの方たちに言えばいいんだ。
「私を!メックファイへ!」
 その呼び声にふたりはニッと微笑んだ。
「かしこまりました、お嬢様」「かしこまりました、お嬢様」
 危険な行動かもしれない。けど、このお嬢様の頼みに断る理由などない。破れかぶれながらも、今アルアたちには大きな目的が出来た。主の頼みを引き受け叶えるのは使用の役目だ。
 さぁ、真の意味での仕事の開始だ。



後編へ






お初にお目にかかります。クロフクロウと申します。
今回初のポケモン小説ということで投稿させてもらいました。前々からこちらには投稿しようと思っていたのですが、なかなか踏み切ることが出来ず……色んな方から背中を押され晴れて今回は思い切って投稿してみました。

初めての投稿ということもあって、やはり最初は短編ということでしたが、自分が書くと無駄に長くなってしまう癖があり…。今回のお話も、最初は軽い短編のつもりでしたが、書けば書くほど長くなってしまい……軽い長編になってしまったため、二つに分けることにしました。
主人公がフローゼルとキュウコンといるようでいないようなコンビということで、書かせてもらいました今回の前編。途中でどう書いたらいいのか分からず明らかにおかしな文章が多々とあまりに未熟な描写でまことに申し訳ございません。

後編は近日中に公開したいと思いますので、皆様これからよろしくお願いいたします!


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  • ダイナミックな戦闘シーンが好きです。
    まだまだ謎が残されていますし、後篇が楽しみです。

    あとひとつ。アルアがグドにとどめを刺そうとするシーンの技名(れいとう○○○)……は誤字でしょうか?
    ――カラスバ 2012-10-05 (金) 23:55:53
  • >カラスバさん
    このような小説にコメントをありがとうございます!
    指摘を受けた部分は、はい誤字です。慌てて掲載したためしっかりと見直しが出来ていませんでしたね。申し訳ございませんでした。すぐに修正いたします。
    戦闘シーンはあまりくどくならないようにすっきりと派手に描写しましたが、お気にいられて何より有り難いです。続きは近日に公開いたしますので、楽しみにいてくださいませ。
    ――クロフクロウ 2012-10-07 (日) 16:55:51
  • クロフクさん、こんばんは。wikiのデビューおめでとうございます!お待ちしておりました。
    そして今回、久遠の思いと意志読ませていただきました。

    こちらのリメイク前と言いますか、別所での状態のものは以前読ませていただいておりますが、アルアとクゥヤの性格がだいぶ変わっているような印象を受けました。
    どちらも大人びた感じがしましたが、特にアルアは前に比べてドライであり、ここぞと言う時は熱いところを見せるというかっこいいキャラになっていると思います。
    クゥヤのほうも呑気というか、その辺のところは前と変わっていませんが、よりお姉さんなところが強く出ていたように思います。
    これらはおそらくクロフクさんの意思によって若干の変更が加えられたものだと思いますが、それによって今後このお話にどのような魅力が感じられるようになるのか楽しみです。

    移動中にケータイで読んだので、読了直後でないために正確な位置は覚えていないのですが、いくつか誤字やミスのようなものが見受けられましたので確認のほうお願いします。
    覚えている点でいうと、ポルンに対するアルアとクゥヤの立場を示す言葉が「使える」になっていましたが、正しくは「仕える」かと思います。
    また、一部三人称とアルアのものと思われし一人称が混同している点がありました。
    全体で見て一人称で書いているところはないかと思いますが、混同や一人称で使うような話し言葉が見受けられたので、それらに気をつけるとより面白くなるかと思います。

    後編は近日公開とのことで、前回もこの辺りで終わっていたはずなので続き楽しみにしてますね。
    今回はお疲れさまでした。お忙しいかと思いますが、執筆頑張ってください。
    ――クロス 2012-10-09 (火) 22:00:32
  • こんばんは。今更ながら、デビューしたという話を聞いて早速読ませていただきました。執筆頑張ってください。続き楽しみにしています。
    ――ピクター ? 2012-12-12 (水) 23:41:47
  • >クロスさん
    真にコメントの返信が遅れて申し訳ありません。返したはずなのですが反映されてない…orz
    クロスさんにはすでにこの小説の大部分を読んでくれ、すごく丁寧な感想を頂きました。そこから感じ、自分なりにこうすればいいと思った結果です。果たしてそれが上手く活かされているのか不安ですが、感想を読み少しホッとしました。こんな程度で満足などしていませんが、少しずつ、キャラの個性や魅力を引き出していきたいと思います。
    誤字の方の報告もありがとうございます!発見次第すぐに訂正いたします。一人称と三人称ですが、これは恐らく指摘があるだろうと一番不安に思っていたものでした。感情をどう表現したらいいのか考えましたが、どうやら考えすぎたようですね…今後はそれらにより気をつけ、レベルアップを目指していきたいと思っています。
    感想、指摘などありがとうございました!お互いにこれからも頑張っていきましょうね。

    >ピクターさん
    ありがとうございます!こんな未熟な小説ですが、これからもご愛読いただけると嬉しいです。コメントありがとうございました。
    ――クロフクロウ 2012-12-17 (月) 07:52:13
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Last-modified: 2013-01-17 (木) 00:00:00
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