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中から見て少し内側

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中から見て少し内側 

byアルデンテ

 からりとした陽気に包まれていると、何かをしようとする気がなくなってくる。
私は夏が好きだ。冬のしっとりとした空気も嫌いではない。しかし、夏に吹く風の気持ちよさに勝るものではない。鬱陶しいほどに多いオレンジ色の毛のことも忘れられそうだ。
つまるところ、今は夏で、私が最高に愛している陽気なのだ。
こういう日は、ときたま彼の膝の上を離れて外で寝そべりたくなる。今もそういう気分ではあるのだが、私は今彼の膝の上にいる。
普段ずっと部屋の中で引きこもっている彼が、外に出ているからだ。何が起きたのだろうか、それとも何かがこれから起こるのであろうか。雨が降るなら勘弁してほしい。
私は雨が嫌いだ。そもそも雨などという天候がなぜあるのかが疑問である。これを喜ぶのは水タイプの連中が殆どで、私の嫌いな水タイプが喜んだとて、私はまったく嬉しくない。
旧来の蛙とかいう生物から派生したポケモンなどは特性で自ら雨を降らせるというのだから、水タイプというものは分からない。
純粋な炎タイプ、ブースターである私と比べれば、卑屈で下衆なタイプであるといえよう。
『君は、そんなに水タイプが嫌いなのかい』
 陽炎(かげろう)君である。陽炎君もマグマラシで炎タイプを持つ身であるというのに、なにを言うのか。
 ふう、息を吐いてから陽炎君は続ける。
『水タイプだって、悪いやつばかりじゃないだろう』
 確かにそうかもしれないけれど。
『イーブイは水タイプに進化することもあるらしいじゃないか』
 まったく、分かっていない。同じイーブイから派生する種族とはいえ、仲間意識を持つかどうかは別の問題である。
 そもそも私はイーブイの系列の中で、ブースターでない種族に仲間意識を持ったことはない。
『わからないね』
 陽炎君が彼の膝の上に飛び乗る。彼の膝の上の定員は一匹であったはずだが。まだ家の中で寝ているとかで、遊糸君がいないせいである。
遊糸君がどこで生活の糧を手に入れているのかは少々疑問になるところだ。
『君もイーブイに生まれれば、わかったのかもしれない』
 陽炎君は空を見上げて、日光の気持ちよさを感じるように体を震わせた。
 彼はただ私の頭を撫でるのみである。
『あの、さ』
 陽炎君が空を見たまま言う。
『あれ、なんだろ』
 私も空を見る。風にはためくそれは布のように見えた。布というのはゆらり、ゆらりと落ちてくるものであると私は考えている。
だが。それは真っ直ぐに、高速で地面へと落ちてきた。爆音を上げ、石畳を叩き割り、それは姿を表した。
 サーナイトが空から落ちてきた。


 華奢に見えるその体は、傷一つついていない。ゆっくりとそのサーナイトは立ち上がった。埃のついた衣を見て顔をしかめてから、こちらを向く。
「そこの人間一人とポケモン二匹、教えてやろう」
 ガラスのように冷たく、鋭い透き通った声が空気を震わせた。太陽の光の隙間から、その声は突き刺さってくる。とても現実のものとは思えない。
「客人が来たら、紅茶でもてなすのが礼儀だ」
 この言葉が人間の話す言葉であることに気付くのに時間がかかったのは、その声があまりにも透明だったからだ。普通、ポケモンは人間の言葉を発せられるようには出来ていない。
それはサーナイトという種族も同様であり、例外ではない。
「君――それは違うな」
 彼が口を開く。彼の苛立ちを体現するかのように、ゆっくりとした声で。
まあ、彼が苛立つのも当然である。陽だまりの気持ちよさを砂煙でかき消され、挙句の果てに紅茶まで要求されたのだから。
私ほどの寛容さと冷静さがなければ、苛立つのもしかたがない。
ただ、私の冷静な判断としては、苛立ちを抑え、このサーナイトがなぜ空から落ちてきて、人間の言葉を喋るのか思索するべきである。
「客人は一杯の珈琲でもてなすものだ」
これだから素人は、との言葉を付け足してから、彼は溜息をつく。些かならぬ論点のズレを感じる。
「珈琲って、泥水のことだろう?」
彼が私を撫でる手を止める。怒り。彼の手から感じる感情である。だから、論点はそこじゃない。陽炎君もただただ呆れている。
「付いて来い。本物の珈琲を飲ませてやる」

   ◇   ◇

 そうして、我が家である。決して私が所有権を持っているわけではないのだから、この言い方は正しくないかもしれないが。
ともかく、私が生まれ、ほとんどの時間を過ごしているこの建築物を、”我が家”、と呼称しているだけのことだ。
さて、例のサーナイトがこの家に対するさまざまなコメント(この内容について列挙していくのは骨の折れる作業であるが、この家が汚い、ということがメーンになっていることだけ述べておこう)をしたあと、みなでテーブルを囲んでいる、というのが今の場面である。
私は彼の膝に乗っているだけだし、陽炎君は床に寝そべっているだけだから、彼とサーナイトが向い合って座っているだけのようにみえるかもしれないが。
膝の上にいるとテーブルの上の様子がどうもわかりにくいものなので、行儀は悪いがテーブルに身を乗り出させてもらうことにする。珈琲の鈍く強い匂いが広がる。
「これが珈琲か。やはり泥水のようにしか見えないが」
サーナイトが黒く濁った水を見てそう言う。私も一度舐めてみたことがあるが、えも言われぬ苦味が口の中に広がるだけで、これっぽちも美味しくなかった。
「飲めばわかるさ」
彼はこの味に絶対の自信を持っているようだ。自分自身も同じものを飲みながら言うのだから、間違いない。あの苦味を美味しいと感じるあたりで、やはり人間はブースターとは違う生物であるということが確認できる。
ふん、と鼻をならして、サーナイトはコーヒー・カップへと口をつける。喉へと落ちていく珈琲と、それから立ち昇る湯気だけが動く。
こくり、こくり、と喉を珈琲が流れる音が止まり、カップが口から離された。口についた雫が頬をつたい、顎へ、首へと流れていく。
雫を拭うと、サーナイトはカップをテーブルへと置いた。
「君は間違っていない」
その顔の浮かぶのは、快楽と興奮。
「悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い――いい珈琲だな」
サーナイトは笑った。彼も笑う。私はなにか苛つきのようなものを感じた。
もう一度珈琲を喉へと流し込んだ後、サーナイトが口を開く。
「先ほどの無礼は、詫びることにする」
この言葉で、先ほど――このサーナイトが空から落ちてきて、石畳を叩き割ったこと――を思い出す。何処からどういう理由で落ちてきたのか、聞いてみたいものである。
飛べないサーナイトが空から落ちてくるのが非常識だ、とは言わない。落ちてきたのは事実であるし、それを否定するのは科学の時代に生きるポケモンとしてやってはならぬことだ。
『珈琲のことはどうでもいいけどさ、何で落ちてきたのか教えてくれないかな』
そう聞くのは陽炎君である。これで口を開く手間が省けた。忘れてたよ、と言ってもう一度笑う。
「君たちにお知らせがあってここに来た」
サーナイトは口元を舌で湿らすと、こう続けた。
「この星は消滅する」


僕は紅茶派です

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Last-modified: 2014-05-02 (金) 14:03:28
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