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三月にはじまり

/三月にはじまり

「3月にはじまり」

まえがき
はじめての方は初めまして、何度もお読みいただいています方はいつもありがとうございます。普段は別所でポケダンギャグSSをやらせていただいている「特ルリ」(とくるり)と申します。拙いものではありますが今書きたいことをぶつけた作品となりますのでもしよろしければ御読みいただけましたら幸いです!
!エーフィ×キノガッサ+ニンフィア×サザンドラ
!ポケダン的な世界観の要素を含みます
!学園パロディ的な要素を含みます
!健全作品です
もしよろしければ御読みいただけましたら幸いです……!
==================
―歌が、きこえた。
―風の音に乗って、波の音に乗って。
―くるりと回るように、春に舞うように。
―静かな息吹が、聞こえた。

「……すう」
おおきな耳を揺らして。
その身のリボンを揺らして。
そのポケモンは、音を紡ぐのを止める。
「……あっ……」
未だ寒い春の日に、それはもしかして幻覚だったのでしょうか。
「……し、失礼、しました」
綺麗なターコイズブルーの眼は一瞬だけ僕を捉えると……そのまま、会釈してふっと掻き消えた。
「……あのひとは……」
じっと、手を見る。
このキノガッサの手は本物、これは夢ではない。
クラブの爪のような手は、ここにある。
―これは僕の、うたかたの夢。
―これは僕の、ぬばたまの夢。
誰もいない、三の月のある寒い日に……
膨らみ始めた桜の下で歌っていた、ニンフィアの残影の。
「……あーもう……!」
―ではなく。
―眼前に軽い音を立てて降りてくる、1匹のポケモンの夢。
「……ちょっとキノガッサさん!!ああいやまてよ理由もわからないのに責められるのもおかしいですねじゃあちゃんと理由を言いますあの人は歌っているところを見られると姿を消してしまうんですあのひとはあのひとは……どこの幼年学校なのかなあ……」
「……?!」
―その木の裏側で、こっそり歌を聴いていた……小さなエーフィさんの。
無遠慮に朝の空気を攪拌するその二股の尻尾と、息継ぎもせず叩きつけられるびりびりと桜を揺らす「ハイパーボイス」が。
―全ての、始まりでした。



「名前はヤマタ、ヤマタ=ヨリ……」
―僕の目の前で、何やら楽しそうに笑っているエーフィが居る。
「中等学校1年生で……」
「どうやら、キノガッサさんの……いや、先生のクラス……かな!」
―先日のそいつは、いや「そいつ」と云う言い方は最低だが……「そいつ」としか言えない経歴を眼前のそいつは持っている。
『ハイパーボイス』でガラスを壊すこと5件、通行人のバクオングが思わず耳をふさいだ事例もある……と、幼年学校からの引継ぎ資料にあるからだ。
「……先生はわたしの歌をちゃんと聴いてくれましたしなんだかこれは運命なのかもしれませんねよろしくお願いいたします!中学校デビューがこんなにドラマチックになるなんて」
「……落ち着いてしゃべりましょうね、ヤマタさん」
―あの日の事を思い出す。



「わたしね、あのニンフィアさんに憧れているんです」
その瞳は、ああ認めましょうとても純真でした。
「なつのあついひも、ふゆのゆきまうひも、ずっとこの場所で歌って」
「ずっとずっと……聴く人に不思議な、安らぎを与えてきた……わたしも、そうなりたい」
夢を持っていて、それを捨てていないポケモンのものでした。
「……でもだめだなあ……怖くて、自分の歌と比べて打ちひしがれて、話しかけられさえしないもの」
―それで、樹の上でずっと……?
「ええ!……あっ、でもニンフィアさんほど上手くないってだけで歌えますよ!聴いてくださいますか!」
……その桜色の瞳と。
静かに垂れる、耳の横のやわらかな毛を。
―ここで出会ったのも何かの縁です、拝聴いたしますよ。
少しだけ、気の毒に思った。
夢を捨てていない、希望を捨てていない、全てを信じるものへの……羨望を込めて、そう思った。
否、思ってしまった。
「ありがとうございます!……では、お聴きください!曲はストリンダーガールズで「わたしのうんめいのひと」!」
大きく吸い込まれる息。
はるのまえの、つめたい空気。
そして、暴音。
桜の木をびりびりと揺らし、砂場の粒をも動かす音の壁。。
……かくして。
僕の春休みは、病院に担ぎ込まれるところから始まった。



―……。
「……嬉しかったんです、その……先生が最後まで聴いてくれたこと」
「……ええまあ、他人がいないところでしたら……ね」
―成程音楽の単位が免除されているわけがわかった。
―この子は。
揺れる尻尾を、硬い床につけているエーフィの脚を垣間見て、想う。
―この子は、好きなことがすなわち他者の破滅に繋がってしまう……そういう、子だ。
―……心当たりは、ある。
―……。
「……わたしもいつか、ニンフィアさんみたいになれるかな……」
―……。
「……してみせる」
―音楽の先生でもないのに、歌など歌ったこともないのに。
―自然に、そう言っていた。
「えっ……?!」
「きっとあの木の下で歌えるくらいに……先生と一緒に練習しましょう!……時間がある時は、付き合いますよ」
―……それは。
―それは、自分の重ね合わせ。
―最低最悪で、教職員として失格な重ね合わせ。
―自分が届かなかった、同じエーフィと。
―彼女が届かなかった、ニンフィアさん。
―その、重ね合わせ。
「……本当ですか?!わーい、よろしくおねがいします!……あっ……でも、裏山とかで練習するほうがいいかな……?」



「……」
結論から言ってしまうと、音としてはやはり本当にひどいものだ。
「声がかすれないように、適座息継ぎを入れましょうか……!息を大きく吸い込んで」
ただ。
「はい!ではもう一回……!」
新緑の山をびりびりと震わせるそれは。
碧の舞台で、舞い詠うそれは。
しなやかに、音に合わせたように舞う尻尾は。
いつか桜の下で見た誰かに負けないほどに、たしかにあった。
「どうですか先生!」
―少しだけ、傘をおさえる。
―音にやられてほうしが飛び散らないように、ではなく。
―決して夢をあきらめないエーフィへの、感慨故に。
「ん……今のは良かったですよ……もう少し練習してからお昼休み内に帰り……」
「おい」
「……?」
キノガッサが振り向くと。
そこには知らないポケモンが居た。
「……お前の曲を聴くと命に係わるんだ、やめろよ」
「……な、なんですか突然!ぶしつけですね!」
何故か包帯の巻かれた、頭を象った両手。
顰められた顔と、荒々しいたてがみ。
他でもないきょうぼうポケモンの「サザンドラ」である。
「先生、君見たことあるな……2年オッカ組の……」
「ササヤマです……今は、そんな事はどうでもいいんだよ……兎に角やめろ、歌うのは」
その凶暴なイメージ通りに、語気強く彼の教え子にサザンドラは迫る。
まるで何かに、必死になっているように。
「わ、わたしたちはちゃんと邪魔にならないように裏山で練習しています!それに……」
「……それに、突然やってきて「やめろ」は良くないとは、確かに先生も思うかな」
―その迫力に負けじとしゃーっと威嚇する猫のように毛を逆立てるヨリさんを。
―弁解してあげなくてはならないと。
―自分たちが校舎の方にまで聞こえてしまう騒音の元になっているやもしれぬとしても、この一時だけはそうすべきであると。
―そう想った。
―教師失格でもいい。
―理由なんてわからない。
「じゃあ理論立てて話すな、俺以外の奴も音が聞こえて困って――」
子供っぽく威嚇する彼女を制するように交渉の卓に彼が付こうとした、そのとき。
「……そこまでになさってください、ササヤマさん」
「……!お嬢……どうして、ここに」
文句を申し立てた竜は、驚いて振り返る。
草むらを掻き分け。
存在すら定かでなかった、あのニンフィアが現われた。



「……いつぞやの、キノガッサさん」
「……あなたは……」
―彼女は、見比べる。
驚いたように、本来言おうとした不満さえ発する言葉なきエーフィを。
吃驚したように、頭を何故か後ろに隠すサザンドラを。
―そして、僕を。
春の颶風に、花を散らす風に、ただ静かにその触角を揺らしながら。
「……わたしの『身内』がご迷惑をおかけしましたようで……申し訳ございません」
「……えっ?」
その声は、何処までも強く。
大地を踏みしめる四肢は、花と葉を器用に避ける。
「……ササヤマさん……このエーフィさんはですね、わたしのファンなんです」
「……ファン……いや待てよ、ファンったって同じ曲を――」
静かに。
―思わず、生徒と教師揃って立ち竦んだ。
―あの声色だ。
―音を紡いでいた、あの声。
―木々に響くその声は、周囲を僅かに震わせる。
「いやでも、でもだ!お嬢、それは……」
「今連れ帰りますので……どうぞ、ご容赦の方を」
「待てよ、絶対大丈夫なんてこt……」
―その笑みは。
―少しだけ冷たいもののようにも、見えた。
「歌の練習、どうか実りあるものになりますように」
そう言うとあの時のように。
今度は竜をともなって、ニンフィアは掻き消えた。
「……っ、つ……」
「話しかけられちゃいましたニンフィアさんに!!しかも怖い人を連れて行ってくれた!!」
「そこ?!」



「えへへ、先生……!あのニンフィアさん、私が居ることにきっと気づいていたんですいつも歌っている時……!それで……それで……」
―廊下をゆく僕についてくるのは、まだ興奮冷めやらぬエーフィ。
―憧れのポケモンに、自身の目標を応援されたとあれば確かに舞い上がる気持ちも分かる……が、いささか有頂天になりすぎな気もします。
―ですが。
―自分に出来ないことを、できなかったことを。
―望んでも願っても叶わなかった足掻きを。
―歩んでいた暗夜に、一筋の光が見えたのであれば。
「……よかったですね、これからも……頑張りましょうね!」
―それはきっと、先生としても個人的にも望んでもない事。
「はい!これはたとえばですけれど……いつか新入生の歓迎式で……先輩になったわたしが、祝いの歌を歌えたらいいなあ……」
―あの破壊音を正面切って聴いてなおそうと言えるのは、まあ一種の才能だと思うし。
―ぼうおんが貫通しそうな音を自覚していてすらそれが言えるのも、まあ一種の才能だとは思うのだ。
―感傷に浸らないために。
―僕は、そう想う。
長く伸びる二股の尻尾の影を、正面を歩むエーフィを前に。



―時々、夢を見る。
―可能性を残してくれていたひとの、その可能性に自分から「諦める」と言ってしまった。
―そんな、正夢。
誰かの残影。誰かの言葉、誰かの感情。
自分の答えに、永く後悔しながら。
―その光景を、まだ夢に見る。
―プラットフォームの向こうに……テレポート乗り場に居た、笑っているエーフィを。
「……」
目覚めて、じっと手を見る。
心臓はどくどく鳴っているし。
頭はほうしが今にも零れそう。
ただそれを収めるために、手を見る。
シザリガーのような。
赤い二対の爪は、たしかにそこにある。
―うたかたの夢でも。
―ぬばたまの夢でもない。
―現実に、ある。
「……そうさせて」
―そうさせて、なるものですか。
未明の日差しはまだ浴びられぬ、とばかりに、その手は木からオレンをもぐ。
―自分ではなくあのエーフィさんには。
―決して自分の夢から脱落させて……なるものですか。
あのニンフィアさんとササヤマ君の、意味深な言葉はなんなのか。
本当に努力で歌はどうにかなるものなのか。
専門家でも、超能力があるわけでもないからわからない。
わからないとしても。



「……3年生にもいないんですか……」
「このあたりの校区の子でないとするなら私学生か、探検隊や調査団といった若くして独立した子なのではないでしょうか……生徒の情報をあれこれ詮索してはいけませんよ」
「……ありがとうございます、主任」
……君が熱心なのは、大変うれしいことだけれどね!
―はっはっはと笑って、チラチーノの主任にマフラーのような毛で撫でられる。
「……では、例の子を見てきますね」
―そう、自分に何もかもができるわけでもない。
―ササヤマ君に問い詰めればすぐなのだろうが、生徒と教師の区切りははっきりさせねばならないのは勿論のこと。
「……どうも、先生」
彼と偶然すれ違う機会があってもそそくさと居なくなってしまうからだ。
今もわざわざ窓から飛び出して飛んで行ってまで接触を避けられた。
―ならば、自分に出来ることをやろう。
向かうべき場所は、音楽室。
自分の受け持ちのクラスが今まさに授業中である……そこ。
「……いい、なあ」
―ユニットを切り離して一人でユニゾンしているダイノーズを。
―身体を揺らして音を出し、自分で歌っているコロボーシを。
―それらを一番前の席で、後ろを振り返って羨望の目で見ているエーフィを。
―僕は、たしかに見たんです。
(今日も練習しましょう、今度は放課後に)
「……!」
―なにかに気づいたようにぴんと耳をあげ、こちらに微笑みかけるヨリさんに。
―軽く目で合図を送ると……安心して、音楽室の扉の前から立ち去った。



「先生が私の歌が平気なわけがわかりました!キノガッサのとくせい「ポイズンヒール」ですね!ダメージを受ける傍から回復しているわけです「どくどくスナック」をあらかじめ食べておいて!」
「……ええ、そんな感じです」
職員室の空袋から気づいたのか。
それとも苦悶の表情が一瞬ゆえに悟られたのか。
それはわからないが、苦笑して認める。
「好きなことは……できるなら、諦めたくなんてないでしょうし」
―実際彼女の上達は、目覚ましいものがある。
―日々回復が受ける衝撃を上回る頻度が上がっているし、致命的に音痴というわけではなく……主問題は声量とまくしたてるような抑揚にある、と思われる。
―それさえ克服してしまえばいつか、人前で聴けるようになるのも夢ではない。
―いやそれどころか、彼女が憧れているニンフィアに勝るとも劣らないほどだって……
「御機嫌よう……先日は、大変失礼いたしました」
「うひゃあ?!」
―本人が、いや本ニンフィアが、目の前に居た。
「うわあ!ニ、ニ、ニンフィアさん!!わ、わたしファンですここにサインを……!!」
気が動転したように自分の尻尾を出すエーフィがおかしいとでもいうように、柔らかい雰囲気の彼女はふふっと笑う。
「さいん、は本日できませんが……こちら、センセイ?とエーフィさんお飲みください……どうぞ頑張られてくださいね、歌いたいという気持ち、応援しております」
「……わあ先生見てくださいこれオボンまんじゅうですよ凄い高いんですよラッキーさんのお店でこれ3個入りなので2個頂いちゃいますね!!」
―ま、待った、ニンフィアさんを疑うわけではないけれども知らない人からもらったものを生徒に食べさせるわけには……無視して食べないで!!
早速半透明な水まんじゅうにかぶりつくヤマタさんを制止し振り返った、その刹那。
たったいま居た春の幻は、どこにも……居はしなかった。
「……あれ?ど、何処に行っちゃったんでしょうニンフィアさん?!」
「……」
それを、なんとなく不穏に感じる。
冬の残り香のように、春の温かさの中であろうとも。



その後も放課後に、或いは昼休みに、ある時は休日に練習は続いた。
「……お嬢はああ言うけどな、俺は……」
「……帰りましょう、ササヤマさん……ふふ、心配ないですからね」
時折ササヤマ君がやってきて今日こそ何かを言いたげに口を開くが、慣れたものですぐに連れ戻しにくるらしきニンフィアさんに苦笑しつつも。
彼女はやはり謎めいていて、そしてもう一方の彼女の歌は、着実に上手くなりつつあった。
全ては、ただ平和に事もなく。
ヤマタの声も、歌ものびのびと響き。
エーフィが尻尾にしてもらった「ジェーン」というどう見ても偽名のニンフィアのサインは写真に残してからしぶしぶ落とし。
それ等光景を先生は、少しだけ誇りにすら思い。
ササヤマ君たちと共にいずれは皆で歌う事ができたら……いいなと。
ゆるりと夏へ向かう気配すら見せていたのだ。
ある日、「彼女」が居なくなるまでは。



「……ヤマタさんがまだ帰られていない?!」
きっかけは、1通の手紙。
届けに来たペリッパーさえ心配そうな顔をしている、急を告げる手紙。
「……僕の受け持ちの子です、いってきます!」
手紙の文面も見ずに、サイホーンの如くキノガッサは飛び出す。
(今日は放課後歌を練習して……いよいよ、ポイズンヒールが要らなくなったって喜んでいたのに……!!)
―当てなどない。
「先生?!」
―ただ恐怖故の、盲目。
―自分の望みが崩れ去る事への自己的な恐怖か彼女を心配しての先生としての恐怖か不帰の結果を生み出しそうな者を知っていてそしてそうあってほしくない故の恐怖かそれとももっと別種の恐怖か。
―兎に角、僕は恐ろしかったのだ。
(どうか……どうか、無事でいてください!!)
脚は自然と、ある場所へと向かう。
―理由などなく、半ば本能で。
「……ササヤマ、くん……!」
「……遅かったじゃねえか、先生」
遅い夕暮れと、既に出ている月の下。
大きな葉桜のもとで、眠りについているエーフィが一匹。
……この上なく強い瞳で、こちらを睨みつけてくるサザンドラをともなって。
悪夢のように、そこに在った。



―冷静に考えればあり得ない事であるのに、なぜこの公園に足が向かったのであろう。
「この公園がわかったってことは……偶然じゃなきゃ、訊いたんだなお嬢に」
「何を訳の分からないことを……!ササヤマくん、ヤマタさんを開放しなさい!」
―月と残陽に照らされて彼がそう言う以上、「ここ」であることには何か重要な意味合いがあるのならば………半ば、本能なのであろうか彼の大事なエーフィへの。
「……そうか」
キノガッサの腕を伸ばしたパンチを躱すと、サザンドラは未だに彼を睨みつける。
攻撃するわけでもなく、エーフィを抱えて逃げるわけでもないままに。
「お嬢に訊いたわけじゃないんだな……じゃあ……聴いて、くれないか」
「何を……!返さないというなら、首をかけてでも先生はあなたを殴……」
―はじまりは。
「はじまりは、昔々のイーブイとモノズ」
いっそ殴られてもかまわないとでも言うかのように其の手を……包帯が巻かれた手を高々と掲げ、ササヤマが話そうとしたその時。
彼の横に、無から沸くかのようにニンフィアが下り立つ。
「……お嬢!?」
「やよいにはじまりし、えにしのものがたり」
「……ニンフィア、さん」
月を映すその瞳と、額についた見たこともないような金の円盤。
薄布を纏ったその姿は、高まった妖精タイプのエネルギーと相まって夢幻の住人のよう。
「……私「達」を殴るというなら、戦うというなら構わない……でも、その前に訊いてほしいし、『聴いて』ほしい」
「……」
―きいて、の語感の違いを感じ、僕はよもやとはっとする。
「……歌?」
「……聡いんですね……そのモノズの一族は、サザンドラになった後も、本来は進化の際に消えるはずのジヘッドの自我があった……」
「双頭の竜が互いに争い、片方を殺して進化する定めから逃れる……そんな厄介な血筋さ……でも一人しか生かせないサザンドラの身体の造りは、それをよしとしなかったんだ先生」
―ササヤマ君の顔から、敵意は消えていて。
―ただ巫女のようなニンフィアと共に、真実を語る。
「それを救いたいと、強く願ったあるイーブイがいた」
りん、と。
彼らがともにいつしかつけていた、鈴が鳴る。
「彼女が取った手段は「歌」であった……「ハイパーボイス」のある一定の波長と、相手に生きてほしいという強い祈りをもってして、サザンドラの自我を頭のような腕にとどめておくことに、遂に成功した」
だけれども。
「そりゃまあ、タダじゃなかった……イーブイの一族は短命になった、いやなってしまった……まるで寿命の総和をサザンドラと共有するかのように」
「……それ、じゃあ」
ええ、そうなの。
俺達が、その一族。
「「皐月に誰かがした決断、それを継いでいるもの」」
ふわりと。
月夜に、布の舞う。
―こんなにも。
―こんなにも哀しい目が、できるのかポケモンは。
―場違いなそんな感想を、抱いてしまう。
「それじゃあヤマタさんは……ヤマタさんが、妙にニンフィアさんに惹かれていたのは……」
「逆の波長を持った、ポケモンだったから」
「おそらく偶然逆の波長を以て、彼女は歌っている……だから弟は「あたし」を維持できなくなったんだと思う……逆の音を出すものが打ち消し合うように……ただ純粋に歌いたいと望むゆえというのが違いではあるけれども」
「……」
サザンドラの声音が、変わった。
いや、声音だけではない……解かれた包帯の下にあるはずの腕、その顔立ちまで目の前で変化してゆき―逆立った赤いたてがみは月光に流れるような直毛の白になる。
……
「彼はもうすぐ――おそらく今日、消える――それは決して覆せない……キノガッサさんが彼女の先生になる前からそれは決まっていた……もしかしるとヤマタさんが生まれたときから、かもしれませんね」
―彼。
―今、ニンフィアさんは「彼」と言った。
―それが意味することは。
「……じゃ、じゃあ!」
エーフィに外傷はなく、まるでキノコのほうしにかかったように……いやおそらく、何かのタイミングでほうしを失敬されて使われたかのように寝息を立てている理由は。
とてもとても、単純なことであった。
「……弟とニンフィアさんもそうだし、両家の偉いポケモンさんも最後までなんとかできないか探ってくれたの。色んな儀式も、新型のきのみジュースも試したけれど……だめだった……だったら」
「消えるなら、こいつの……あとできたら先生の目の前がいいなって思ったわけよ……とんだ親不孝なわけ」
「……エーフィさんを心から案じているセンセイには、本当に心配をかけてしまってごめんなさい」
―……。
「なあ先生……」
―ぐっと、手を握りしめる。
「世の中にはな、生まれなきゃよかった奴っていうのは必ずいるんだ……一人の身体に入られるのは独りだけ、だったり一人を愛せるのは独りだけ……って具合でそこで負ける奴は、本来生まれてきちゃ……いけなかったんだ」
―……それが真実だとしたら。
二つの喋る頭。
触手を組んで、目を閉じて静かにその時を待つニンフィア。
―そして、そして……!!
「そういうやつが一番いいのは退場することで、これ以上現世に悲しみを撒かないことなんだ……誰にも、愛されずに」
「その例が、俺だ」
……そして!――!
「……わたしは……そう思わせたのでしたら、ごめんなさい……巫女として失格です」
―そんな事は、認めない!
―認めて、なるものですか!
―生まれてきたことが、生きることが、望みが叶わないだけで罪なんて!!
「ヤマタさん!!」

―理由などない。
―根拠などない。
―ただ、そうすべきだと。
―直感は、叫んだ。
―僕が一番望んでいて、願っているひとと、ひとたちにむけて。

「起きてくださいヤマタさん……!……今こそ、練習の成果を見せる時です!「皆で一緒に歌いましょう」!」
「……?!え、えっ……?!……あれっ、なんで皆さんここに……ひゃあ?!」
「歌は……ニンフィアさん!あの歌のタイトルは?!」
「?!……や、「弥生にはじまり」……です!!」
「お、おいお前達……俺が最期に歌うつもりのを」
「いいから!」
―いち、に……さん、はい!
整然と整列したポケモン達の。
月夜に向けて、和声のながるる。
硝子を割るような声も無ければ、はっとするような美声もない。
―ただこみあげて来るものをまとめあげて……僕もまた、歌う。
その声は桜に、公園に、そして周囲に溶けゆき――



「……先生先生‼新入生歓迎会はじまっちゃいますよ!!いきましょう!!」
「ま、待ちなさい……!まだ準備が……のわーっ!!」
キノガッサが抱えていて、乱暴にエーフィの尻尾で引っ張られた故に勢い良く崩れた書類の山は。
空中でもってエーフィとサザンドラに見事キャッチされることになる。
「ないすきゃーっち!!」
「……フ……女々しい奴らどもめ……なめんなよ、お前達が一年歌にかまけていた分二人分の働きくらいしてやるさ!」
「先生にお前なんていっちゃいけません!……弟より下の学年になるとはねえ、いやはや……じゃっ、歓迎されるほうだからよろしくおねがいしますね、せんせ!」
そのまま書類を積み上げると鮮やかに「クイックターン」してゆく「二人」を見て……二股の尻尾は、静かに揺れる。
「この一年って……ううん、わたしが生まれてきたことって……無駄じゃなかった……って、そう思うんです」
「そうだね……あれは、奇跡だった……ヤマタさんがきっとササヤマさん達を、そしてニンフィアさ――」
―ううん。
―そうじゃ、なくて。
ふわりと。
揺れた尾が見せた幻覚のように、キノガッサの手にエーフィの口先が触れる。
「それもですけれど……先生が、頑張ろうって……どんなに劣っていても見ちゃいけない夢なんてないって……そういう感じの事?を教えてくれたから……とか!そういうかっこいいこといっちゃいます!」
「……ひゃ、っ……?!」
桜の間の、ひと時の夢のように。
「ちなみに今のがふぁーすときすです俗にいう「卒業してからそういう事」絶対しましょうね約束ですよもう先生のお嫁さんにしてもらうって決めたんですから私達どうせニンフィアさんとササヤマさんの家からは原理を解明するまで放してもらえないでしょうし結婚しちゃいましょうよ最低でも2年後になりますけれどもあっ今手を出しますか違法ロリってすごく夢があると思うんです」
……書類の雪崩。
……次いで、赤面。
「いっぺんに……しゃべらない!!」
「きゃー!!おこったー!!」
在校生代表として、歌を捧げるエーフィは。
怒りと恥ずかしさで追い回してくるキノガッサから逃げるように会場へと滑り込む。
その先に、少し緊張して……しかし満面の笑顔で席に座り、歌を今か今かと待ち望んでいるニンフィアを含めて。
夢などではなく……たしかに。
現実に、そこにあったのだ。
三月の、はじまりは。

                                      了
                           
あとがき
拙作をお読みいただきましてありがとうございました!ネタバレを多忙に含むため、あとがきから先にお読みになられる方は本編よりお読みいただけますと幸いです。
今回のテーマは「あきらめない」「あなたが生まれた価値は必ずある」……であると自負しております。
……全員が幸せになることはできない。
それは決してサザンドラの世迷言などではなく、現実に存在する問題でしょう。
筆者自身も自分が存在している理由を問う日がないわけではありません。
それでも、でも……やはり、諦めなければ希望がある世界であってほしい。
いや、きっとある。現実にだって。
ご都合主義だって何だって、そのためなら起こしてやる。
そうやってきっと、彼女たちは前に進んでいくのでしょう。
まるでエーフィがあらゆる状態異常を「マジックミラー」ではじき返すように。
まるでキノガッサがあらかじめ毒になることで状態異常を予防するように。
今回もお読みいただきました全ての方、wikiを盛り立ててくださっている全ての方、別所でお世話になっている方、その他すべての皆様に感謝を表させていただいて今回の結びとさせていただきます。
ありがとうございました……!
                           特ルリ

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Last-modified: 2021-03-21 (日) 22:49:27
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