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三人の子供

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作者……分厚い仮面は見破れない

1 


「おい、喜べ喜べ! 最高のニュースを持ってきたぞ、ザクス」
 とある昼下がり、探検隊の仕事を終えて、自宅で昼寝を満喫していたザクスにニュースが舞い降りる。
「おかえり。ふあぁ……仕事終わったんだなぁ……で、どうしたんだレグ?」
「いや、今回俺が行ったダンジョン、砥石の岩窟だがな、あそこは良質な砥石が取れるダンジョンだもんで、ギルガルドやキリキザン、刃物屋なんかからよく依頼が来ていただろ?」
「あぁ、採掘依頼はちょくちょく来るな。それがどうした?」
「あのダンジョンの近くにな、宝石が取れるダンジョンを発見したのさ。見ろよ見ろよ、この大粒のサファイア。原石だけれど綺麗だろ?」
 レグは言いながら、肩から下げていたバッグの中から小袋を取り出し、それをひっくり返して灰色の掌の上に乗せる。
「おぉ……すげえな。サファイアったら結構高級な宝石だろ?」
「そうそう。それでだ……通常はダンジョンを発見したら、探検隊連盟に報告しなきゃならないが……俺は報告をしないでいようと思う」
 興奮しているのだろう、レグは鼻息も荒く語る。
「どうして? ダンジョンを報告すれば探検隊連盟から謝礼金がもらえるだろ?」
「そんなの二束三文だろう? しかも、報告されたダンジョンは基本的に国のものになってしまう。宝石が産出されるダンジョンともなれば、国は確実に入場規制するし、最悪ダンジョン周辺の土地を競売にかけられて、お金持ちにダンジョンの土地ごと買われてしまう……
 だから、俺はそうなる前に砥石の洞窟周辺の土地を買う。そして、後で何食わぬ顔でそのサファイアのダンジョン発見の旨を連盟に告げるんだ」
「すると、どうなるんだ?」
「そりゃもう決まっているさぁ。すでに俺達の土地となった場所ゆえ、国は手出しが出来ない! 国が大金を積んで俺に譲ってくれと頼むかもしれないし、どっかの大金持ちが俺たちに金を積むかもしれない。もちろん、そのダンジョンの入場に金を払わせるのも悪くない」
「DLCというやつか……」
「そう、それだ。想像するだけでも燃えてくるだろう? どうよどうよ?」
 言いながら、レグは手首から炎を噴出した。
「文字通り燃えなくっていいから……なーるほど。お前、賢いというかあくどいなぁ。お前格闘タイプの癖に、悪タイプの俺よりも悪知恵が利きやがる」
「ふふん、いいアイデアだろ? だが、これには一つ問題がある……砥石の岩窟周辺の土地、高くはないが安くもないということだ。周辺の土地を買うのには、最低でも300万ポケは欲しい」
「俺の貯金は60万ポケちょっとあるが……」
「そうか、ザクス……俺は35万ポケってところだな。これはこれは……先が長そうだな」
「今現在三分の一もいってないのかぁ……」
 ザクスはため息をついた。こんな突然に土地を買うだなんていわれても、そのための金がいきなり用意できるわけはない。
「ま、頑張るっきゃねえよな。今日から高い酒は我慢するか。禁酒禁酒」
「こりゃまいったね、生活の質落とせるかなぁ……」
 幸運な話のはずなのに、なんだか暗い影の落ちる話で、二人は苦笑していた。

2 [#3y7gi2v] 


 ある日の事であり、彼らにとっては日常の一コマ。探検隊の仕事から帰ってきたレグは入浴を済ませると、ザクスの隣に藁のベッドを作る。レグの気配に起こされ、二度寝もし損ねたザクスは、彼がそうして隣に来るのをじいっと待っていた。
「はー、今日も疲れた。そんじゃお休み」
 そういってベッドに横になったレグが寝息を立てる前に、ザクスは柔軟な体をレグの体に寄せた。レグは入浴したばかりで、体臭もほとんど洗い落とされている。そんな彼に、自分の匂いをつけて所有権を主張するがごとく、ザクスは体を擦り付けた。レグの朱色の体に、ザクスの紫の体がぬるりとばかりに絡みつき、ざらついた舌でレグの腹筋を舐める。
「んー……レグ」
 ザクスは甘えた声をだし、レグの腹の上で顔を緩ませる。何をされるのかわかってレグはうんざりした顔。
「なぁ、ザクス今日は疲れてるんだけれどな……甘えるのはあとのしてくれないか?」
 レグは目を閉じたまま、やれやれとばかりにザクスの行動を咎めた。無駄なのはわかっているが。
「わかってるよぉ。だから、レグは動かないでいいから、俺が勝手にやるからさぁ」
「はいはい、わかったわかった。好きにしろよ」
 ザクスが動かなくてもいいというので、レグは目を閉じたまま彼のやることに身を任せる。ザクスは割といつもこんな感じだ。やりたいと思ったら、相手が寝る前でも構わずに行為を始めてしまう。と、いっても相手が疲れているときは負担が少ないよう、口で相手の体や性器を舐めるくらいではあるが。それを受け入れるレグとしては。一刻も早く寝たいときは複雑な気分である。
 レグの筋肉質な体の上で転がるようにして存分に匂いを付けたザクスは、彼の首筋や鶏冠など、敏感なところを舌で舐め。そうこうしているうちに気分も高まりまんざらでもなくなったレグの逸物に舌を這わせる。
 目を閉じたまま黙っているレグは焦ることなく彼の愛撫に身をゆだねる。こいつと同居を始めてもう長いから、こういう時のザクスはどういう風に行動するかはよくわかっている。レグが疲れているときは、ザクスは手っ取り早くレグを気持ちよくさせて、それで終わりにしてしまうことが多い。
 普段はゆっくりと時間をかけて行っているが、疲れているパートナーのために、ザクスのペースは早めである。巧みな舌遣いは、楽しむ時間が短すぎてもったいないくらいにレグの性器を強く、的確に刺激した。レグは無意識のうちに腰を突き出し、完全に射精する体制になっていく。頃合いと判断したザクスは舌に一気に力をかけた。
 瞬間、レグの下半身に力がこもり、勢いよく射精する。疲れてはいても、探検隊の仕事の最中ずっと射精がお預けだったためか、彼もため込んでいたのだろう。ザクスはそれを全て口の中で受けとめ、射精が止まるまで静かにそれを咥えていた。やがて彼の射精が終わったのを確認すると、ザクスはおもむろにそれを飲み込んだ。
「終わったか?」
 すっきりしながらレグが問う。
「終わったよ……レグ……疲れてるところ済まないねぇ」
「いいさ。お前が全部やってくれたから。ありがとう、ザクス……もう寝るぞ。寝るからな……」
「へへ……どういたしまして、レグ。好きだよー……」
 溶けそうな顔をしながら、ザクスは相も変わらずレグの腹筋の上で頬ずりをする。
「俺も大好きだよ、ザクス」
 目を閉じ、完全に眠る体制になりながら、レグはかろうじて残る意識の中でザクスの頭を撫でる。
「嬉しい……もっと撫でて」
 ザクスはふやけたような情けない顔をしているが、もうレグは答えなかった。眠気に負けて答えるのが面倒になったという方が正確か。
「寝ちゃったかぁ……体拭いてあげないとな」
 ザクスは完全に寝る体制に入ったレグの体から離れると、絞った布巾で彼の体を拭いていく。そんなことをしているうちにもうレグはもう熟睡中。ザクスのおかげで性欲も落ち着いたおかげか深い眠りについているようだ。
 さて、肝心のザクスだが、彼はまだ射精していないにもかかわらずあっけらかんとした様子でふうとため息をつく。
「もう目が覚めちまったし、散歩でも行くかぁ……」
 そうぼやき、彼は外へと繰り出してしまった。彼は性欲旺盛だが、自分が射精することに強いこだわりはなく、相手を楽しませたり、相手が楽しんでいるところを見るのが好きな性質であった。


 二人はいわゆる同性愛者という奴だった。とはいっても、男しか愛せないというわけではなく、女性のことも普通に愛することは出来る、両性愛者という奴だ。
 二人はそんな性嗜好であることを知らずに出会ったが、仕事で一緒になった際にお互いの性癖も知り合い、意気投合し、こうして今に至っていた。
 ただ、周囲の者はそんな二人の関係を奇異の目で見たり、気持ち悪がって距離を置こうとする者もいるし、何よりザクスの父親は、彼のその性癖を良くないものと思っていた。だからなのか、父親はよくザクスのために縁談を持ってくる。普通の女性と結婚することが、普通の幸せな道。ザクスの父親はそういった考えを持っていた。
「おい、ザクス。この日を開けとけよ」
 彼の父親はバクーダで、ザクスよりかなり大柄だ。対峙したときの威圧感もすごい。だが、探検隊で鍛え上げたザクスには、その威圧感も全く通用することなく、顔を合わせるたびに怒っている父親との衝突も慣れたものだ。
「また縁談? 俺にふさわしい女とやらはいるの?」
 そうして勧められる女性には、ザクスもうんざりしていて毎回こんなため息交じりの態度である。
「そういうな。レグなんかよりもよっぽどいい相手だぞ」
「その言い方、好きじゃないな。レグよりいい奴はそうそういないさぁ」
「確かに、魅力的な男性かもしれん。私に娘がいたら自信をもってお勧めできる男ではあるがな、だが男だぞ? お前も、いい年して男と暮らしていないで、女と一緒になったらどうなんだ? 弟はもう子供が五人いて、嫁さんは立派に跡継ぎやってるっていうのに……」
「もう五人いるんなら、孫はこれ以上必要ないだろ? 弟が経済的に困ってるなら支援するからさ、俺に孫を期待しないでよ」
「いいから、このお見合いにこい……お前も、そろそろ自分の幸せってやつをだな……」
 父親も、ザクスの戯言など聞くことなく、とにかく結婚させようと必死だ。息子が同性愛者などというのは家の恥と考えているようでこうして定期的に圧力をかけてくる。だが、肝心のザクスはと言えば、父親の顔を立ててお見合いに一応参加だけはするものの、見合いの相手と仲良くなることは稀だった。
 と、いうのもザクスは良くも悪くも正直者で、自分を偽るのを嫌がるのだ。ザクスがその気になれば女を娶るくらいは簡単なことであったが、彼は自分を偽る気は毛頭ない。自分を偽ってレグと別れてもいいと思えるほど、良い女には出会えなかったからである。

3 


 数日後、お見合いの日。街の料亭の個室を取り、若い二人とその両親が二人ずつ、計六人で食事を囲む。はじめは互いの自己紹介、それが終わると親が子供の特徴を語る。ザクスの父親は不利なことを語ろうとしないため、ザクスが同性愛者であることはひた隠しにして、『仕事仲間と同居している』という表現でごまかしている。
 一方、相手の女の子、ルイという名の女性はブリガロンという種族で、比較的勇敢で堂々としている者が多い種族のはずなのだが、彼女は物静かというよりはひどく引っ込み思案のようである。筋肉は文句なしに立派なので、力だけなら同じ格闘タイプであるレグよりもあるだろう。
「それで、この子は人助けが大好きでしてね。おまけに腕っぷしもいいもんで、今はプラチナランクの探検隊なんだ。小さい頃から立派な奴でね……いじめっ子に負けないように体を鍛えて強くなったら、今度は積極的に人助けをするようになったのさ。まぁ、うちの畑を継いでくれないのは惜しいが、誇れる仕事をしてくれているよ」
 こうして、ザクスの父が話している間も、ルイは聞いているのかいないのか、相槌すらまともに打てないようだ。ザクスとしては断る口実が出来たと思う一方、ルイはこの先結婚どころかまともな生活を営めるのか、他人事ながら不安になってくる。
「御宅のお子さんは立派ですね。ルイではもったいないかもしれません……」
「いやいや、貴方のお子様もまだお若いのに陶器の工房を一つ取り仕切っているのでしょう? 十分に頑張っていらっしゃるじゃあないですか」
 面倒なお見合いの時間、ザクスは内心ではうんざりしていても、相手を委縮させないようにと笑顔は心掛けている。それでも相手はこちらの表情を見ることも難しいようなので、自分がきちんと笑顔を作れていないのか、不安になってくる。

 結局、ルイはずっと下を向いてうつむいたままで、喋る言葉もぼそぼそと頼りない。太い腕、広い胸と背中、大木のごとく逞しい足、そんな屈強そうな体に似つかわしくないほどの小ささだった。相手の両親も不安げで、母親のブリガロンはルイに積極的に喋るようにと背中を押しているが、彼女が出来る事は顎を揺らす程度に頼りなく首を横に振ることだけだった。
 ルイの父親であるフローゼルは、情けないとばかりに顔をしかめている。
「それでは、後は若い二人でお話を……」
 個室の予約時間も半分ほど過ぎたところで、互いの両親はそう言って退出したが、ルイを置いていくときの視線は非常に心配した目線だ。外部に話声が漏れないよう、分厚く作られた扉が絞められたあと、どうしたものやらとザクスも困惑していた。
「あー……ルイさん、随分と物静かだね。もしかして緊張しちゃってる?」
「私、男の人が苦手で……」
 ぼそぼそとしたか細い声でルイが言う。
「そっか、俺も男だから苦手なのかな?」
 ザクスが問えば、ルイは黙ってうなずいた。
「まぁ、理由はわからないけれど仕方ないし……それならそれでいいさ、君はこの見合いに乗り気じゃないんだろう? 俺も乗り気じゃあないからさ、親にはあとで失敗でしたって謝ろっか?」
「あ、その……私も乗り気じゃないんですが……」
「ですが?」
「でも、両親は……そろそろ身を固めないなら無理やりにでも結婚させるって言ってて……もう、後がないんです」
「あー……それはつらいねぇ。俺なんかはさ、こう……探検隊だから、その気になればプラチナランクの肩書を持って行けばどこに行っても仕事はあるし、父親がそんな風に俺に結婚を押し付けてきても逃げるなりなんなりどうにでもなるんだけれどさ。でも、君は陶器の工房を一つ持っているんだっけ? そんなもんを背負っていると、気軽に逃げるわけにもいかないし、つらいところだよねぇ。無理やり結婚させられそうになっても逃げるところがないわけか」
「はい……」
 ザクスが、彼女の置かれている状況を推察すると、彼女はおずおずと頷いた。
「いや、さ。俺って今……仕事仲間一緒に住んでいるのはオヤジが言っていたけれどさ……間違いじゃないんだけれど、その仕事仲間とは恋人のような関係なんだよね。もういまさら簡単には切れない仲っていうかさ。
 それに、その男と俺は……何度も抱き合っている仲でさぁ。そりゃもう、夫婦のように暑い夜を過ごしたことも何度かあったわけ」
 ザクスが正直すぎるというのはこういうところだ。隠しておけばいいものを、こうして語ってしまうのだ。大抵の女性は、これを聞いた瞬間に『こいつはないな』と絶句する。
「それを、こういうお見合いの場で話すとさ。相手の女性はゴミでも見るかのような目でこっちを見るんだ。俺はさぁ、たとえ見合い相手と結婚することになっても、今のパートナーとは一緒に仕事をしたいし、ないがしろにしたくないって思っているだけなんだけれど、普通の女性にとっちゃ男を抱く男ってのが……汚らしい印象しかないようで。
 そんなことをやっているうちに、今のパートナーの仲はどんどん深まっちゃってさ、もう下手な夫婦よりよっぽど仲がいいんじゃないかって感じでさ……そうなると、女に求める条件が知らず知らずのうちに厳しくなったりして、ドンドン見合いもやる気がなくなっていいったんだ……俺の親父はそんな俺のことを恥ずかしいと思っているのか、こうして縁談を進めてくるんだけれどさ……
 ルイさんも、大変だな。大丈夫なのか、これがダメだったら無理やり結婚させられるんだろ? 大丈夫?」
「大丈夫じゃないです……」
 決して目を合わせずにルイは言う。
「そっかぁ……ってか、なんだ。俺ばっかり愚痴っているけれど、ルイさんは何か愚痴とか、話したいことはあるのかい?」
「え、ない……です」
「ふーん……これは困ったなぁ。残りの時間何話せばいいのさ」
 ザクスは苦笑する。場を持たせようとするのも難しく、何から話したものか、話題に困ってしまう。
「男の人が苦手だって言うけれどさ、女の人とは普通に話せるの?」
「えぇ、まぁ……女性が相手なら、ちゃんと指示も出来ますし……それに、大きな声も……出せるのですが」
「男が怖い?」
 ザクスが訪ねるとルイはためらいがちに頷いた。
「工房の部下に話しかけるのも厳しいくらいで……」
「そっかぁ……残念だなぁ。俺は俺なりに、女性に優しくしようと思っているんだけれど、それでも無理かぁ、まあ仕方ないよね。……えっと、俺は君にひどいことをするつもりは全然ないから、リラックスしてよ……はは」
 ルイは答えなかった。警戒しているのか、それとも怖くてどうすればいいのかわからないのか。ここまで話が弾まない相手だと、ザクスも困り果てる。自分はそこそこ喋ることが出来るほうだと思っていたが、こうまで相手に拒絶されていては取り付く島もない。
「それで、えーと……俺は結構女性の依頼人からも慕われていてさ……仕事はまじめだし、失敗はないからって……それでも、ダイヤモンドとかそれ以上のランクじゃないと受けられないような高難度の仕事は出来ないけれどさ、でも、誠実な仕事してるから女性からも一定の支持はあって……何が言いたいかというと、『俺は怖くないですよ』ってことなんだけれど……あー、これ、逆効果かな……逆に信用しにくくなるかもね……」
「すみません」
 まともに言葉を交わせないルイは、ザクスの言葉を半分も聞けないままにそう答える。だが、これではさすがにまずいとルイも分かっている。そんな彼女が、勇気を振り絞って発した質問は……
「あ、の……ザクスさんって、その、男性を抱くとか、下手な夫婦よりも仲がいいっていうけれど、どういうことなんですか?」
 震える声を振り絞ったこの質問に、ザクスは仰天して目を丸くする。
「あー……それ聞いちゃう? えっとね、子作りの方法ってわかるよね、男と女が抱き合ってなんやかんやする、その方法は知ってるよね?」
「一度だけ……」
「一度だけ? まぁ、見たのかしたのかはわからないけれど知ってるわけね。えっと、男性同士でっていうのは、その……文字通り本当にただ抱きしめて終わるだけの時もあるけれど、相手を気持ちよくして終わりの時もあるし、本当に子作りをするときみたいに、男のものを入れることはあるよ。
 ただ、男同士だと、女の子にしかない穴がないから……代わりにおしりの……あー、やっぱりこのお話やめよう? 想像すると多分飯が喉を通らなくなると思うから……っていうか、そんなことを聞くなんて意外だね。男は怖いのに興味あるの?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
「……詮索されたくないならこれ以上は聞かないけれどさ。ま、男が苦手で結婚したくない……そういうこともあるよね。男と話す事が苦手なら、俺はあんまり話しかけない方がいいかな?」
「一応、大丈夫ですが……でも、上手く答えられる自信がなくて」
「じゃあ、無理には話しかけないよ。でも、あれだよね……全く話さないとかってなると、君の両親もがっかりしちゃいそうだし……適当にごまかしておく? 君、話は出来たけれど、あまり気があいそうになかったからやめたとかって……」
「いや、その、ちょっと……お願いしたいことがあるんです」
「ん?」
 ルイが会話するのが苦手という事を察して、ザクスが気を遣おうとすると、ルイはまじめな顔をしてザクスの方を見る。
「えっと、私の近況なのですが、私、先ほど話した通り、これまで何度も縁談を破談になっているんです……そのおかげで、両親ももう辛抱できなくなったようで。そろそろ私を強制的に結婚させると息巻いておりまして……私、これに失敗したら、次はもう強制的に結婚させられるんじゃないかと怖くて怖くて」
「それは、その……気の毒だけれど、俺たちは君の家の事情に立ち入ることは出来ないからどうしようもないよ……俺に、どうしろと?」
「私ですね……その、昔、男性に乱暴にされたことがありまして……それ以来、男性のことが怖くて仕方ないんです。ですが、正確にいうと、男性に性的な目を向けられるのが嫌で嫌で仕方ないんです……
 一応、私も一度、見合いで出会った男性が誠実そうだったので何度かお話したこともあるのですが、その……ある日夜の営みに誘われてしまって……断ったら、露骨に機嫌が悪くなって、冷たくなってしまって。
 私の断り方が悪かった、というのもあるとは思います……ヒドイ断り方をしちゃったから、そこは私も悪かったのですが……でも、体の関係がないと、付き合えないような男性と一緒になるのは難しくって……」
「ふむ……」
「ただ、その……やっぱり、結婚して夫婦になるとすると、そういう問題は絶対に付き纏う問題じゃないですか。でも、もしかしたら貴方なら、私の事を性的な目で見ないんじゃないかなって。
 そう思って、私はあなたに……交際しているフリをして欲しいと思いまして」
「ふーむ、交際しているフリ、ねぇ」
 そこまで言い終えたところで、ルイはザクスの方を見る。ザクスはやれやれとため息をついた。
「……いくつか質問をするけれどさ。俺が君を性的な目で見ないとして、子供はどうするの? 君の両親のいう結婚ってのは、とどのつまり結婚して子供を産めってことでしょ? 夜の営み無しで、子供は出来ないよ? どっかで卵拾ってくるかい?」
 ルイは目を逸らしながらも、ザクスの言葉を必死で聞いた。男性の言葉は、集中して聞かないと上手く頭に入ってこないので、話しているだけで疲れてしまう。
「それは……頑張ったけれど出来なかったって、親に誤魔化して……何とかします」
「そう……じゃあ、誤魔化せるかどうかは置いといて、もう一つ質問するよ。俺達さ、確かに男同士で愛し合ってるし、夫婦のように仲良く子作りの真似事をしているけれど……でも、それは女に興味がないと言う意味じゃあない。
 魚が好きということが、肉が嫌いということにはならないように、俺は男も女も、どちらも好きなんだ。君がその気ならば、君を抱くことだってかまわないと思っているんだよね……」
「あ、えっと……」
 ルイはザクスの答えが予想外だったのだろう。『ザクスは男の事だけが好きで、女に関してはまるで興味がない』。それがルイの、ザクスに対する認識であったが、そうではないという事を思い知らされる。
「すみません。軽率に変なことを頼んでしまって……」
「いや、いいさ。男が好きな奴の中には本当に女性に全く興味がない奴もいるし……男も女にも興味はないって奴もいる。俺がそうだと勘違いするのも無理はないから……それで、だよ。その……男性が苦手になってから、男性と関わったことって、お見合い以外ではどれくらいなの? ちょっと教えてほしい」
「ほとんどないです。職場で、全体的に話したり、仕事のことを事務的に話すくらいで、プライベートの事とかは全く。父親を除けば、世間話はもう何年もしたことないです」
「そっか……あのさ、誤魔化すためにデートを何度もするのも面倒だし、いっそ同居する?」
「え? そんな……」
「今さ、俺たちの家、家事をしてくれる人が居ないものでさ……同居までしてれば、両親も余計な詮索しないんじゃない?」
「同居、ですか? どうして、いきなり、そんな……」
 ルイはいきなりの提案に目を丸くする。
「俺は君のことを性的な目で見ないようになるべく頑張ってみる。心の中では君に対していろいろ思うところもあるかもしれないけれど、本心は隠して生活するようにするよ。それで大丈夫なら、同居して父親を騙せるでしょ」
「えっと、確かに同居していれば父親も騙せるでしょうが……」
「いや、でもどうだろうなぁ……今、俺は男二人でいるし。そんな家に住んでたらそれはそれで問題だよね」
 男二人、というフレーズにルイは硬直する。
「えっと、変なことを言ったり、体に触れられたりしないのならば、男性と一緒でも大丈夫です……職場にだって男性はいますし。ただ、目を見て会話するのはちょっと……」
「まぁ、それなら大丈夫かな。あいつはずる賢いところはあるけれど、女性に対しては紳士的だし。けれど、目を合わせて喋るのは無理、かぁ……うーん……何も喋らない相手と一緒に暮らすのって苦痛だからさ。最低限の会話はしてもらうよ。それが出来ないようならさすがに家には置いておけないし。あ、でもさ、もしかしたら、話しているうちに男に慣れるかもしれないし。
 あ、男に慣れたからと言って。俺と結婚しろってわけじゃあないよ。慣れれば、もしかしたら素敵な男性の出会いとかもあるかもだし……まぁ、それでも君が大丈夫って言うんなら、同居している相方に聞いてみるよ。女を一人置くことになるかもしれないけれど大丈夫かって」
「いいんですか? でも、どうしていきなり同居だなんて……」
「さっきも言った通り、家事をやる人が居なくってね。以前は家政婦を雇っていたんだけれど……その、お金を節約したい理由が出来ちゃったものでさ、家政婦は解約しちゃったの。だから、今は家事をやる人が居なくって……同居の条件として、家事をちゃんとやるのと、家賃を折半してくれるのだけ守れば大丈夫……それだけは絶対条件。
 俺たちも、親切心だけで動くほどお人よしじゃないからさ。同居人のレグは悪い奴じゃないから……あぁ、レグってのは、俺の探検隊のパートナーね。レグは悪い奴じゃないから、怖くはないと思う」
「ありがとうございます……」
 ルイはほっとして肩の力を抜いた。
「たださ、さっき君は両親には適当にごまかすって言っていたけれど、他にもいろいろな問題があるのはわかってるよね? 俺達、世間的には爪弾きにされている、オカマカップルって呼ばれてる奴らだ。そんな奴と一緒に居て、その目に耐えられるのか、とか。君の両親は俺が男と同居していることも知らないようだけれど、知ってしまったら君の両親もどう反応するかわからないし。
 たぶん、怒ると思うんだよね……俺の親父もそうだったから……」
「それは……」
 ルイが目を逸らす。ザクスはまっすぐにルイを見つめているが、その視線はとても通いそうにない。
「君は、そこまで男性に触られるのが嫌?」
「私が個人的に男性が苦手なことは、目の前にいる男性がいい人か悪い人かとは無関係です。男性が皆悪い人でないことは分かっていますが、そうとわかっていても、触られたり話しかけられたりするのが怖くって、緊張がどうしても収まらないんです。だけれど、体を触られさえしなければ……我慢できます」
「だが、俺たち自身も君が怖がる男だから、変なことはしないようにとは思っているけれど、それでも二人と同居するってのは結構きついと思うけれど……そこは大丈夫ってことでいいんだね?」
「はい。息苦しいとは思いますが、それでも……」
「とはいえ、俺一人で決められることじゃあないからね。このお見合いが終わったらさ、レグに会いに行く?」
「えっと、それは……」
「今日は家にいるはずだからさ。というか、家に入ることも嫌だってことはないよね?」
「いや、大丈夫……です。ちょっと、心の準備が出来さえすれば……」
「わかった、このお見合いが終わったら連れて行くよ」
 二人は、その後同じ空間で沈黙しながら気まずい時間を過ごす。ザクスは気まずいので、世間話をしようと試みるが、探検隊の仕事の話をしても彼女の顔は弾まない。一応相槌は打ってくれているが、目を合わせないにしても、こうまで視線がすれ違っていると会話をしている気になれなかった。

4 


 その後、二人は外で暇をつぶしていた両親と合流する。
「あぁ、父さん、母さん。俺、ルイさんと同居することになるかもしれない」
 ザクスが両親にそう説明したときの二人の驚きっぷりは半端なものではなかった。
「どうしたザクス? あんな消極的な女性とだなんて、気でも狂ったか!?」
「いや、俺は正常だよ!? 息子を信じてよ!? いや、あの子……俺が男と一緒に暮らしていることを正直に話しても特に引く様子もなかったものでさ。だから、うん……割と興味を持った感じで。俺は、今までの女性そのものが気に入らなかったわけじゃなく、俺とレグの仲を認めてくれなかったから『ないな……』って思っただけだからね? レグとの関係を認めてくれる女性なら大歓迎だし……」
「うーむ……」
 ザクスの説明に納得したのかしていないのか、父親はうなるようにして黙る。
「父さん、何度も言ったけれど、もともと俺は女が嫌いなわけじゃないからね? 男が好きな男を嫌う女性がいるだけの話」
「そう……でも、同居するってことは、あの、レグ君はどうするの? あの子とは別居?」
 ザクスの答えに、母親が不安減見訪ねる
「いや、一緒に居るよ? むしろ、それが条件で同居するのを許可したの。まぁ、でもレグが何というか……それにルイの両親にも、お伺いを立てないといけないし……まあでも、あっちのご両親はなんでも焦っているみたいだし……ノーとは言わないんじゃないの?」
 ザクスが楽観的に言いながらルイの方を見る。距離が離れているため何を話しているかは伺い知れないが、どうやら話はついているようだ。


「あの、父さん……私ね、ザクスさんと一緒に住むことになるかと……」
「えぇ? 本当に!? あの子、悪い子じゃなかったと思うが……お前、いきなり同居だなんて、どうしていきなりそんなに積極的になったんだ?」
「……昔、私がお付き合いした男性は、すぐに性行為を求めてきたけれど……あの人は、そういうのはゆっくり待ってくれるって。最悪、しなくても問題ないって言ってくれたから……」
「ゆっくりと待つのはいいが、それじゃあ跡継ぎはどうなる!? 跡継ぎが生まれなかったら、結婚の意味がないだろう」
 ルイは父親に威圧され、怯む。彼女の父親はフローゼル、水タイプのため、むしろ彼女にとっては相性がいい相手だが、そうであっても父親にはやはり頭が上がらない。
「そんなこと言うなら、もうちょっと頑張ってもう一人女の子を産めばよかったじゃん……私みたいな、男嫌いの出来損ないじゃない、妹がいれば……」
「そういうことを言ってるんじゃない。女なら、子供を産むのが仕事だろう」
「そうだけれど、私は……」
 言いかけて、ルイは口ごもる。
「まぁまぁ、あなた。たとえそれが仕事でも、強要されると余計嫌になりますよ……一歩前に進んだだけでも褒めてあげて、いつか子供を産むことに期待してあげなきゃ……」
 父親に威圧されたルイが口答えをしていると、母が助け船を送る。父親が言葉を止めたので、少しほっとしたルイだが、父親はまだ完全には納得できていない。
「うーむ……確かに、一歩前には進めたが……だがその男、話していてどんな感じだった? 何か企んでいる風じゃなかったか?」
「えっと……あの人、探検隊の仕事で人助けをすることに誇りを感じている人だから、たぶん……大丈夫だと思う。というか、そういう人だからって父さんが進めたんでしょ?」
「ううむ、確かに……わかった。だが、いきなり同居というのは不安だな。家からそう遠くはないが、まずいと思ったらすぐに帰ってくるんだぞ?」
「うん……ただ、向こうのほうもちょっと都合があるみたいで、同居できるかどうかはわからないんだよね……だから、今日これから……ザクスさんのお家に行って、同居できるか聞いてくる」
「ふむ……その都合というのは?」
「秘密!」
「秘密とはなんだ!?」
「えっと、その……じゃあ、言うね……彼、結構その、妙なものを家に置いているらしく、それを毎日見ることになっても大丈夫かって……これからそれを見に行くことになったの……」
 嘘ではなかった。『同居している恋人の男性』を置いているのは間違いなく妙だから、この言い方で嘘はついておるまい。
「ふーむ……まぁ、捨てさせろというわけにもいかんからなぁ。お前がいいというのならばいいのではないか?」
 妙な言い訳をしてしまったが、取り合えず話はまとまった。母親からはよく決心できて偉いと言われ、複雑な気分のルイだったが、とりあえずこのまま、上手く誤魔化し続けられれば良いのだが。
 しかし、たとえ最後にザクスの同居人を説得できたとしてこんなことで何年間騙せることやら。その間に自分は男を受け入れる決心は出来るのだろうか、ルイには心配でならなかった。
 ザクスが誤魔化しているうちに男に慣れることが出来ればいいねと言ってくれたが、果たしてそんなことはあるのだろうか?

5 


 お見合いが終わると、あたりはすっかり夜になり、ザクスはルイの前を歩いて家へと帰る。ルイは夜道がとても怖かったが、ザクスは男だからなのか、それとももともと夜行性で夜目も利くからか、何ら恐れることなくずんずんと進んでゆく。ぴくぴくと動く耳で後ろを歩くルイの気配はわかっているはずだが、時折振り返って微笑みかけるその表情を見るのが怖かった。
 真っ暗だけれど、爛々と光るザクスの眼。男じゃなかったら、まっすぐに微笑み返せていたのだろうか。

 家に帰り着くと、レグは瓦版を読みふけっており、足音の違いで来客がいる事に気付いていた。
「おおう、これはこれは……ブリガロンのお嬢さん? 誰かな? あぁ、すまないすまない……自己紹介をしなければ。俺の名前はレグ。ザクスと一緒に住んでいるんだ、よろしく」
 思ってもみない来客にレグは立ち上がり、深く礼をする。ルイもおずおずとお辞儀をして、簡単な自己紹介とこれまでの経緯を話す。
「あー……なるほどなるほど。ザクスのお見合い相手で……男に性的な目で見られるのが嫌だから……俺たちの家にねぇ……うーむ」
 簡単な経緯を聞くと、レグもザクスと同じく顔をしかめた。
「いや、俺たちも女性を襲うような真似はしないつもりだけれどさ。でもでも、女に欲情するなってのは無理な話でねぇ」
「ですよね……でも、いいんです。厚かましいお願いをしているのはわかっているので、家事もきちんとやりますし、家賃も払います。だから……」
「ま、家事というか掃除をしてくれるなら、俺はいいと思うよ。この家、男二人暮らしだからか結構汚れててね。あぁ、いや……性別がいけないんじゃなくって、俺達の怠け癖がいけないのはわかっているつもりではあるけれど……男でも部屋が綺麗な人は綺麗だし、女でも汚い人は汚いから……あーもう、俺たちダメダメだなぁ」
 レグは部屋の惨状を見て苦笑する。
「俺達さ、料理はほとんどしないから、家事なんて掃除と水汲みと風呂沸かすくらいしかないんだけれどな……ほーんと二人怠けもので……本当は、女性を呼べる状況じゃなかったんだよね」
 ザクスも同じような反応だった。ザクスは、家に帰り着いた時点で、経緯の説明の傍ら部屋の片づけを行っていたが、まだまだ床の有様は酷いものだ。ギルドでやり取りした書類やら、外で買ってきた弁当の容器やら、大量の代物が机の上や床の上に転がっている。一応、一週間に一度は掃除しようということにはなっているのだが、その六日目が今日なのが運が悪い。
 今も、汚いものはゴミ箱に乱暴に突っ込むか、部屋の隅に移動させただけなので、部屋の端を見れば二人が家事をする人を求めている理由は一目瞭然だ。
「えーと……その、家事をする人が必要なのはわかりますが、お二人さん探検隊ですよね。経済的には豊かなんですし、家事代行を雇うくらいは大した出費ではないのでは?」
「あぁ、あぁ……それはそれは、深い事情がありましてねぇ。今は俺達、必死でお金を貯めている最中で」
 レグが苦笑しながら言う。
「そういうわけで、家賃折半してもらえるのは俺としても助かる……」
 ザクスもまた、目を逸らしつつ苦笑していた。
「ははぁ……お金が必要、なんですか?」
「そうそう、そうなんだよ。ルイさんだっけ……貯金はいくらぐらい……いや、やっぱいいや。さすがにそこまで出させるわけにはいかないし。金は俺達で何とかするよ、君は家賃と家事だけでいい」
「あぁ、いや、その……場合によってはお金……協力、してもいいですが、その……」
 ルイがもじもじしながら下を見る。レグはそれを見て、このまま相手にお金を出させるような言葉を言わせてはいけないと、ルイの言葉を遮るように口を開く。
「いや、ルイさん。金のことはいいよ。わかった、俺も君のことを受け入れるよ。詳しい事情は分からんが、結婚を強要されて困っているみたいだし、家事もしてくれるって言うなら、いいんじゃないかな? 俺も、昔は親と色々あって絶縁状態なものでさ、親にいろいろ口出しされたくないって気持ちはわかるよ。
 困ったときはお互い様ってね、大丈夫大丈夫、安心して」
 レグはルイの方を見てほほ笑む。ルイはレグと視線を合わせるのが怖いのか、それを見ていなかった。そもそも彼女は、ザクスのこともほとんど見ていなかったが。
「これからよろしくって……握手でもするべきところなんだけれど、それはまだ怖い?」
 ザクスが問いかけると、ルイは黙ってそっぽを向きながらうなずいた。
「あの、それでは、今日は……一度家に帰らないといけないので、また後日、父親に話をして……そしたら改めて、荷物を持ってきて、こちらの家で一緒に生活することにします。きっと、ザクスさんと同居していれば父もしばらくは何も言わないと思いますので……」
「うん、わかった……あぁ、せめて次来る時くらいは掃除しておかないとなぁ。あ、そうだ、送ってくね。レグ、風呂沸かしといてくれ」
「オーケイオーケイ。なぁ、ザクス。今日は一緒に寝ようぜ」
「うん……って、それルイの前で話すことじゃないだろ?」
 何気なくかわされた会話だが、その意味は『今日はセックスしようぜ』ということである。その意味が良くわかっていないルイは、二人とも仲が良いのだなぁくらいにしか思っていないようだったが。

6 


 その後、ザクスは自分の家を出てルイの家まで彼女を送ると、そのまま彼女の両親と話をする。
「ルイさんの事情は聴きました。なんだか、男性が酷く苦手とかで……触られるのも嫌だそうで。だけれど、これまでの相手は関係を急いでしまう傾向にあり、それで失敗したと聞きましてね。
 ですから、私は関係を急がなくても良いとお話したんです。ルイさんも、それなら大丈夫だって仰ってくれまして。それで、同居することに」
「ふーむ……その、それで……変な話になってしまうが、ルイは男性に慣れることが出来そうかね? 関係を急がなくても良いと言ってもだな、子供を安全に産める年齢なんてものは限られているんだ。君はそれをわかっているのかね?」
 父親のフローゼルは怪訝な顔でザクスのことを見る。
「……そればっかりは本人に聞いていただけないと。私は、自分から手を出さない、それだけの条件でルイさんとお付き合いするんです。男性に慣れるかどうかは、私の方では何とも言えませんし……かといって、無理やり子供を作っても、彼女が子供を愛することは出来なくなるでしょうし、むしろそういった女性は子供を憎むようになるかもしれません。誰も幸せになれません。
 幸せになれないくらいなら、私は子供なんて生まない方がいいと考えておりますので」
「むぅ……君は幸せのために子供を産むというのか!? 娘はな、大事な跡継ぎを産む義務があるんだぞ」
「私の友達に、そうやって跡継ぎにするべく生まれた結果、親に叩かれながら育ち、その環境から逃げ出すために裸一貫で探検隊になった人が居るんですよ。
 あのね、結婚生活を愛せないってことはですね、子供も愛せないものですよ。子供は思い通りに育つものじゃあないというのは、自分自身……私の親との思惑の違いから感じていますが……愛情が少なければ少ないほど、子供は思い通りに育ちにくいんじゃあないですかね? それどころか、愛情が少ない状況で育った子供は親を裏切る可能性すらある。
 親の期待に応えようっていう気持ちすらなくなったら、思い通りどころか親は子供であることすら拒絶されちゃいますよ。私の友人は、親元から逃げて一切の音信不通なので、ご参考までに、お気を付けください」
「うぅ……わかった」
 ザクスの自信ありげな言葉に説得力を感じたのか、ルイの父親は反論できなかった。
「娘を、よろしくお願いしますね。昔みたいに笑顔が可愛い子に慣れるといいのですが……」
 父親が折れたのを見て、母親はやっとザクスへ肯定的な発言をする。
「かしこまりました。では、私とルイさんの交際を認めていただけるということでよろしいですね?」
「うむ……だが、出来れば、頼むぞ……」
「保証は出来かねますが、わかりました」
 ザクスは言い終えると、ルイの父親に前足を折って礼をする。
「あの、ザクスさん。ありがとうございます……準備を終えたら、明日にでもあなたの家へと荷物を運びますので」
「うん。さっきお家の中は見せたよね? 空いている部屋が一つあったでしょ? 持ってきた物はそこに置いちゃっていいからね」
 こうして、ルイとザクスとレグ、三人の同居生活が始まりを告げるのであった。

7 [#2ZmXMpp] 


 翌日、タンスやベッドを背負って家にたどり着いたルイを待っていたのは、先日より幾分か片付いた家であった。どうやら、昨日のうちに二人が掃除したらしい。
「ようこそようこそ、ルイさん」
「あ、どうもレグさん……それと、ザクスさんも」
 ルイに視線を向けられ、ザクスは申し訳なさそうに苦笑する。
「きょうは、その……俺たちが掃除しておいたからさ。家具を置くだけで大丈夫だと思う……それで、ちょっと言いにくいことなんだけれど……」
 ザクスは前置きをしてルイの顔意をうかがった。
「何かあったんですか?」
「さっそく来てもらって何だけれどさ、俺達、明日は二人でダンジョンに出かけることになるから……一人になっちゃうんだけれど、大丈夫かな?」
「あぁ、そういう……大丈夫です。探検隊ですもんね、ダンジョンに出かけないことにはお金も稼げませんし……その間私は……」
「職場に行って、普段通り仕事して、そしたら帰ってくればいいよ。料理は作ってもいいし、外で食べてもいいよ。掃除も、まぁ……毎日はしなくてもいいから、気付いたらするくらいでいいから」
「わかりました」
 ザクスの言葉に、ルイは頷いた。
「それで、掃除の他にもお仕事が一つあって、それをちょっとやって欲しいんだよね」
「いいですけれど、なんですか?」
 ザクスの話が終わると、次はレグの話になる。
「水汲み。ルイは力強そうだし、問題なくできると思うけれど……近くの川まで、こっちの……水のタンクを一杯にして欲しいんだ」
「はー……これは三〇〇リットルくらいですかね? これなら余裕です。工房では五〇〇リットルの水を毎日二往復で汲んでますので」
「そっか、じゃあ問題ないね……お風呂は俺が沸かすのが仕事だけれど、留守中は各々やってもらうしかないからなぁ……俺たちも、簡単な仕事は別々で行うこともあるし、火は起こせるよね?」
「えぇ、職場では炎タイプの人に任せちゃうこともありますが、家ではたまに自分で火を起こしているので」
「やるじゃん。俺なんて、一度自分の炎を使わずにやってみたことがあったけれど、一時間格闘しても無理だったものでさ……普通のポケモンは一体どうやって火を起こしてるのか……」
「……そう、ですか」
「そうですかって……はは、もうちょっと、何かないかな?」
 ルイのそっけない反応にレグは困惑する。
「えと、その……私も最初はそうでした。炎タイプだと、わざわざ火打石で火をつける必要もないから火をつける能力が育たないんですね」
 レグに言われて、何とか言葉を返したルイだけれど、やはり視線を合わせようとはしてくれなかった。
「ははは、ほんと。そうだよね……話づらいなぁ……はは」
 まるで視線が合わない会話に寂しさを覚えながらも、事情が事情なので無理させてはいけないと、レグはこれ以上突っ込まないことにした。
「それでは、私は仕事に行ってきます……ザクスさんもレグさんも、ゆっくりしていてくださいね」
「うん、行ってらっしゃい。俺たちは今日一杯まで家にいるからねー」
「はい、わかりました」
 そうして、不安もありながら暮らし始めたルイだったが、この二人との暮らしはとても快適だった。

「ただいま……」
 ルイが職場の工房から三人の家に戻ると、二人はだらけながらソファに腰かけていた。
 二人は肩を寄せ合いながらボードゲームで遊んでいて、こちらに気が付くとゲームを中断して、お帰りと温かく迎えてくれた。
「ちょうどいいところに来たな、ルイも一緒にやらない?」
 ザクスは笑顔でルイを誘うが、ザクスの顔は曇っている。
「おいおい、待て待て俺にとってはちょうど良くないぞ。俺が勝ってるんだから最後までやらせろよ」
 それもそのはず、勝負はレグの優勢のまま続いているのに、こんなところで中断されてはたまらない。
「へへへ、ってことなんだけれどどうする?」
 ザクスとレグは仲良くこちらに笑顔を向けている。なんだかルイはほっとした。ルイは家に帰れば父親が毎日のように結婚していないことを愚痴っていたし、彼女を見る目も結婚をせかすようなプレッシャーを与える目だったために、家にいても心が休まることはなかった。だが、二人はそんなことをせかす様子もなく、積極的に遊びに誘ってくれる。
 遊べと言われても、二人のようにくっつきながらというのは難しいし、二人と向かい合うようにして駒を動かしているときも相手の目を見ることは出来なかったが、二人はそれを咎めることもなく、騒ぎながら彼女の強さを褒め讃えてくれた。
 騒いでいる二人の声色は間違いなく楽しんでいるそれであり、どんな表情をしているのか、見るのが怖いけれど見たくなる。こんなに近くにいて、悪い人じゃないとわかっていても、それでも恐怖が抜けきらない自分が憎らしかった。
「そういえば、お風呂……もう結構冷めちゃってるかもだけれど、入る? ぬるいのが嫌なら俺が火を起こすけれど」
「おいおい、俺たちが入った後のお湯にレディを浸からせる気か、レグ?」
「あ、大丈夫です……私はたいてい父親の後に入るので……お気づかい、ありがとうございます」
「だとさ、ザクス。まぁ、ザクスのいうことも分かるけれど、水は無限にあるわけじゃないし、大切に使おうぜ」
「ふむ……まぁ、男を汚いものという認識しているわけじゃあないわけね」
 ザクスは言い終えると、何事かを考え始めた。もしかしたら、自分のことを考えてくれているのだろうかと思うと、ますます自分が情けなくなる。レグがさっさと風呂を沸かしに行ってしまい、二人きりになった室内で、ルイは気まずい気分だった。

 夜になると、ルイと二人は別々の寝室で眠りにつく。寝室は分けられているため、二人がどんな風に眠っているかは伺い知れなかったが、二人は覗くなと言っていたし、夫婦のように愛し合うこともあると言っていたため、覗くことははばかられた。
 それにどうせ、覗いてもあまり良い光景は見られないだろう。


 二人とまともに会話できないということに負い目を感じることはあったが、やはりこの二人と一緒に居ることは心地よいと感じるその翌日も同じくルイには居心地がよかった。
「お水、汲んできました!」
「ありがとう。朝食買ってきたから、食べてね」
「あぁ、朝食のお金は……」
「いいよ、水汲み重いし大変でしょ? 食事代は俺の奢り」
 両親と暮らしていたころは、水汲みは母と自分の仕事であったが、父親はそれに対して当然といった態度なので、褒めたりお礼を言われないことを寂しげに思っていたが、この二人は仕事に対してきちんとお礼を言ってくれるし褒めてもくれる。
 この二人が男じゃ無ければどんなにいいかと思ってしまうが、ルイは直後にその考えを恥じた。『自分が男嫌いじゃ無ければどんなに良いことか』と考えるのが正しいのに、居心地の悪さを他人のせいにしてしまうのは卑怯だと。
 そんなことを考えていると、食事の手が止まってしまう
「口に合わない……わけじゃないよね? 俺たちがいると食べづらい?」
 ザクスがそんな自分を心配してくれる。嬉しいけれど、辛かった。
「そうじゃないんです。えっと、その、私……二人と一緒に居るのが居心地が良いと感じたんですけれど、同時に貴方達が男性だと感じると居心地が悪くて……
 その、それで思ったんです。二人が男じゃ無かったらよかったのにって……でも、それって間違いじゃないですか。二人が男であることに何の罪もないし、私は……『自分が男嫌いじゃなければよかったのに』って思うべきだったのにって。
 自分の考えを恥じていました。ですから、二人は全然悪く無いんです」
「へぇ、俺たちと一緒に居ることが心地いいの?」
 レグに問われると、ルイは体を固くしながらもうなずいた。
「ありがとうありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」
 レグは、ルイの話を半分しか聞いていなかったのかと思うくらいに、彼女を褒めた。ルイが失礼な考えをしたことに、腹を立てるつもりはないようだ。
「いいじゃない、男と一緒に居て心地よいと感じるのなら、それは大きな成長だよ。一日でそれかぁ……これなら、男に慣れる日も近いんじゃないのかな」
 ザクスが言う。
「そうなると、いいですよね」
 ルイは彼の言葉に、肯定も否定も出来なかった。

8 


 そんな同居生活を続けていると、ルイは何度も二人が寄り添いあっているところを見ることになる。肩をぴったりとつけ、レグがザクスの毛づくろいをしてあげていたり、ザクスがレグで暖を取ったり。基本的にザクスは自由奔放にレグに甘えるのを好むし、ザクスはそんな彼を甘やかすのが大好きなようで、ザクスが寝室で眠らずに、ソファに腰かけるレグの膝を枕にして寝ている光景も良く見かけられた。
 相変わらず男性の顔を見るのは辛かったルイだが、ザクスの寝顔だけはよく見ることが出来た。端正な顔立ちだが、眠っている顔は無防備で愛らしい。職場では眠っている者もいないので、久しぶりに見た男性の顔を、ルイは必要以上にじっと見る。
「なぁ、ルイ。こいつ可愛い顔してるだろ? ザクスはいつもこうなんだ。甘え始めたと思ったらすぐに俺の膝を枕にして寝る」
 レグに話しかけられたときは、思わず肩に力が入った。だが、彼の言葉に悪意はないのだと言い聞かせ、ルイはちらちらとレグの方を見る。
「うん……ちょっと羨ましいかも……」
 焦って出したその言葉だったが、言った後にハッとする。ザクスは男だというのに、それに甘えられるのが羨ましいという言葉はどこから出たのだろうか。自分の矛盾した感情に気付き、ルイは沈黙する。
「こいつは、俺が温かいからさ、俺に抱かれるとすぐ眠くなるとか言って、こうやって甘えてくるんだよね。羨ましいか……なら、男に慣れないとね。ザクスは誰にでも甘えるから、ルイが心を開けばすぐだと思うよ」
 レグは黙ってしまったルイに微笑みかけるが、きっとそれは見れていないだろう。まぁ、それでもいいさとレグはザクスの頭を撫でながら、赤ん坊を寝かしつけるように穏やかな顔をしていた。

 ザクスもレグも、家にいる日は毎日ルイに話しかけていた。家事を終えた際にお礼を言ったりするほかは、他愛のない世間話ばかりで、する必要のない会話も多かったが、話しかけられると応じないわけにはいかず、ルイは最初こそ疲れていた。
 ルイは、男性と話すときは恐怖心が心を支配するために、会話の内容がほとんど入ってこず、それゆえ必死で聞いていたのだが、一緒に暮らすうちに少しずつ恐怖が消えていった。
 一緒に暮らし始めて一ヶ月ほど経った頃には目を見て話すことこそ難しいものの、彼らの口もをと見て話すことくらいはできるようになった。
 まだルイの表情は固い。体も少し固い。けれど、彼女は一歩ずつ、彼らから苦手意識を取り去っていた。


 彼らと暮らし始めて一月半ほどたったころの事。ルイが水汲みのために川に訪れた時、思いもかけない言葉をかけられることになる。
「ブリガロンのお嬢さん。あんたさ、いつもあの二人組と一緒に居るよね?」
 同じく水汲みに来たのだろう、エモンガの女性に話しかけられ、ルイは首を傾げた。
「あの二人組? レパルダスとバシャーモの?」
 ルイが問うと、エモンガだけでなく、そばにいたアイアントの男性まで一緒になって笑いだす。
「やっぱりか。あのオカマ野郎の家に出入りするだなんてあんたも変わりもんだねぇ」
「男だって勘違いされてるんじゃないの? あの二人と一緒に居るってことはさ。きっと雌穴はあるのにケツの穴ばっかり犯されてるんだぜ!」
 エモンガとアイアントに嘲笑され、ルイは恥ずかしさと悔しさ、そして怒りが込みあがる。しかし、相手に何も言い返すことが出来ず、拳を握りしめることしか彼女にはできなかった。
「は、何も言えないことを見るに、図星みたいだな。ちょっとさぁ、あんた臭いからもっと下流で水汲んでくれない?」
「そーそー、俺たちの目が届かないくらいに下流に行ってさ。そうじゃないと、あんたの手から流れた臭い汁がきれいな川の水に混じるだろ?」
 ルイは何も言い返せなかった。悔しいけれど、言い返したらまた何か嫌なことを言われそうな気がするし、これ以上何かを言われれば、泣いてしまいそうな気がして黙って下流の方へ消える。
 後ろからせせら笑うような声が聞こえるが、それを極力無視してルイは平静を装いながら歩いた。

 そうして、その日の朝食の最中、平静を装っていようとしたルイだったが、彼女は食事の最中に泣き出してしまい、ザクスもレグも慌てて彼女から話を聞こうとすると、ルイは先ほどのことを涙ながらに話し始めた。
「二人は確かに変わり物かもしれませんけれど……でも、だからと言って汚いものみたいに語られたことが悔しくって……二人は本当に優しくて、暖かい人なのに」
「ふーん……まぁ、そういうことを言う奴はいるよね」
 ルイが涙ながらに語る言葉を、ザクスは深いため息とともに残念そうな声色で受け止める。
「……俺たちが何と言われようとかまわないが、俺に直接言わずに、ルイに言うのが気に食わないな。探検隊やってる俺らには喧嘩を売ることは出来ないけれど、ルイになら喧嘩を売ることも出来るってか? 卑怯な奴らだ」
 ザクスが憤りながら舌打ちをする。
「ま、そういうもんさ。いいじゃないいいなじゃい? 奴らが喧嘩を売りたがってるなら買ってやろうぜ」
 その横で、レグはとても悪い顔をしていた。これでは、ザクスよりもレグの方がよっぽど悪タイプらしい顔付きではないか。
「えっと……」
 二人が悪いことを考えている顔をしているのを見て、ルイは不安げに二人を見る。
「心配するなってさ。レグは、ルイを馬鹿にされたままにはしないって言いたいのさ」
 ザクスはルイに微笑みかける。正面からは、顔を直視できず口もとしか見えなかったが、ザクスがどんな顔をしているのかは容易に想像できた。
「あぁ、俺も水汲みの様子をちょっと後ろから見ておくよ。そのエモンガとアイアントとやらは、毎日来るのかい?」
「うん。大体一緒になる……でも、今日突然馬鹿にされて、訳が分からなかったけれど悔しかった」
「じゃあさ、今度はあいつらに歯ぎしりさせてやるか。だから今日は、気にしないできちんと仕事をして、きちんと寝るんだぜ? スマイルスマイル、可愛い顔が台無しになっちゃうよ」
 レグもまた、ルイに向かって笑顔を向けた。泣き顔だったルイの顔も、二人の頼もしい笑顔に見守られて、自然と穏やかになった。
「うん、ありがとう」
 きっと、手荒なことになるだろうけれど、この二人なら相手を必要以上に傷つけることはないだろう。だから、ルイは安心して次の日を待つことにした。

 そうして翌日、巨大な水桶を背負い、昨日と同じように水を汲みに行くルイの後ろを、レグは離れたところから見守っていた。百メートル以上は離れている場所ゆえに、昨日の二人もその姿に気付くことは出来なかったのだろう、ルイを発見した二人はおもちゃでも見つけたかのように騒ぎ立てていた。
「おいおい、オカマどもと一緒に暮らしてる汚い女がまたきたぜ。あの二人のために水汲みかい?」
「いやー、きっと二人の慰み者になってるのよ。意地汚い娼婦だわぁ」
 アイアントとエモンガは、昨日と同じくルイを嘲笑する。たとえようのない居心地の悪さを感じて憤るルイだったが彼女の耳には、徐々に加速しながら全力疾走で駆けて来る者の足音を感じた。
「……よう、ルイ」
 ふぅ、と大きく息をつきつつ、レグがたどり着く。
「あ、レグ……」
「今日も何か言われてたみたいだな。なんて言われた?」
「私の事を、二人の慰み者になっている意地汚い娼婦だって……」
「へぇ、昨日はオカマの臭い汁が川を汚すとか、男と勘違いされているとか、色々と言われたそうじゃない?」
「はい……」
 レグの強さは認識しているのだろう、先ほどまで饒舌だったエモンガとアイアントは、ぴたりと口を閉ざして下にうつ向いていた。
「どうなの? 本当なの、君たち? あぁ、すまない……身長の低い者と話すときは、視線を合わせるんだったな」
 レグは身長が低い二人に目線を合わせるべく、二人の体を鷲掴みにして持ちあげる。
「ほ、本当です」
「ごめんなさい」
 首根っこを掴まれ恐れをなした二人は思わず謝罪を始めた。
「いやいや、君。何謝ってるの? まさか、ルイちゃんや俺が傷ついているとでも思った? 別に悪口のつもりで言ったわけじゃないんでしょう? 世間話のつもりだったんだろう? いいのいいの、気にする必要はないってもんさ」
 レグは口調まで加速して早口になりながら、相手に喋らせるつもりがないと意思表示するようにまくしたてる。
「あー、そうだ、お前たち俺やこいつに上流の水を取られるのが嫌なんだっけ? いいぜ、俺たちは下流の水をくむよ。だからさっさと上流に消えてくれないか? 俺の視界が届かないところまで。行けるよね? 行けるよな?」
 レグが二人を地面に下して、手首から炎を吹き出しながらアイアントを睨む。レグは炎タイプ、アイアントにとっては天敵であり、彼をすくみあがらせるには十分だった。彼は体を震わせ、目を合わせることも恐れながら上流のほうへと向かっていく。エモンガもまた同様に上流のほうへと駆けていった。
「……行ったな」
「ですね……行きましたね」
「まぁ、なんだ。あいつらみたいに口に出してくる奴は少なくても、他の奴らも同じような目でルイや俺らを見ているはずだ……もしかしたら、職場の連中にも、何も言われないだけでもうバレているかもしれない。俺たちと暮らすってのはそういうことだぜ? 辛いぞ辛いぞ?」
 レグがルイの目を見て問う。ルイは相変わらず彼の口許しか見ることが出来ていなかったが、今だけは勇気を出して彼の目を見た。
「確かに、今みたいに馬鹿にされるのはつらいです。でも、レグさんが守ってくれました。いつもいつまでも守ってもらえるとは思っていませんが……あなたが、貴方達がいるから、何とか耐えられると思います……あの、お気遣いありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして。ほら、俺たちもさ、俺たちのために悔しい気持ちになってくれて嬉しかったんだよ。俺達ってさぁ、皆から煙たがられてばっかりでさ。俺が何言われようと、怒ってくれる奴も同情してる奴もいないんだわこれが……女に、怒ってもらえたのは初めてだ」
「そうなんですか?」
「だから、あんたを守ってやろうと思ったんだ。俺たちのせいで傷ついたなら、俺たちが癒してやらないといけないってさ。だからこれからも、何か言われたら俺たちを頼ってくれよな。ルイが俺たちのために泣いたり怒ったりしてくれるなら、俺たちもお前のために泣いたり怒ったりするからさ」
「はい……でも、その……今回は助けて貰えるってわかりました。ですから、私ではどうしようもならなくなるくらいまでは、自分で何とかしようと思います。いつも頼ってばかりじゃ申し訳ないですから」
「あぁ、そうだな。そうしてくれると助かるよ……っていうかさ、そんなことより、俺の目を見て話せるようになったのかな? いいじゃないいいじゃない、その調子」
 ルイはレグの言葉に照れた。勇気を出して彼の目を見て会話をしたが、それだけで褒められるだなんて思ってもみなかった。
「あの……これから、もっと目を見て話せるように頑張ります。レグさんとも、ザクスさんとも」
「あぁ、頑張れよ。それで、ルイ……これからもっと自信をつけるために、少しだけ体を鍛えてみるか?」
「体を?」
「だってお前、格闘タイプだろ? ダンジョンに潜って戦うような必要はないが、自信をつけるためにさ。俺がパンチの仕方を仕込んでやる。喧嘩が強くなれば、少しは気が強くなるぞ。どうせ、仕事が終わったら暇なんだし、少しでいいから技を鍛えるといい」
 レグに微笑まれ、ルイは考える。ザクスとレグに出会う前は、襲ってきた男に抵抗一つできず心に大きな傷を負ってしまった。
 あの時はエスパータイプがいたし、複数が相手だったので、喧嘩が出来たところでどうにもならなかったかもしれないが、今も周囲の人たちに恫喝されたりして身の危険を感じることも多い。
 いつかの時に、暴力の一つくらいできるようになる必要もあるかもしれない。
「レグさんが良いのであれば。私も、強くなりたいです」
 さらに自信をつけるために、少しくらいは体を鍛えるのもいいだろう。二人のように強くなることは無理でも、自信がつくならやって損はないはずだ。
 もっとレグやザクスに褒めてもらいたい。そんな想いが彼女の中に芽生え、彼女は今だけじゃなく、これからの日常でも当たり前のように目を見て話すことが出来るように。そして、威圧されても言い返せるように、少しずつ努力を始める。
 レグへ向けてパンチの打ち込みや、相手の攻撃をよく見て交わすなり受けるなり、受け流すなり、ダメージを受けないための練習をして、ルイは心も体も鍛えていく。

9 


 いつしかルイは体を鍛えた結果なのか、少しずつ気が強くなり、二人の目を見て会話が出来るようになった。喧嘩を鍛えたことで会話の端々にも自信が見え始め、彼女は確実に良い方向へと変化していく。
 そうして季節も春になったころ。ルイはそれまでとは別の方向に体の変化を感じていた。そわそわして落ち着かなくなり、下半身に意識が行くようになる。匂いも変わるし、眠りは浅くなる。それが発情期だということは分かっていたが、今年は例年よりもずっとひどい。
 その原因があの二人にあることは間違いなく、どうしたものかとルイは困惑する。これまでも性欲はあった。そのたびに、体が本能的に男性を求めるのを無理やり押し込めて、一人でその火照りを解消するしかなかったし、きっと今年もそうなるのだろう。だが、手を伸ばせば男性が二人もいるというこの状況、体と心が一致しない日々が続く。
 その匂いに当てられたせいか、二人の様子がおかしいのもルイは感じていた。最近の二人はルイの方を見るときの視線がよそよそしいし、何かあるたびに二人の寝室に閉じこもることも多いし、寝室から出てきた二人から漂う体臭が、明らかに普通の生活ではありえないものになっているのを、彼女の嗅覚は見逃さなかった。
 きっと、二人きりで愛し合っているのだろう。具体的な光景は思い浮かばないが、何とか思い浮かんだ二人が抱き合っている様子を想像すると、それが欲しくてたまらない気分になる。
「辛そうだね」
 ボードゲームをしながら、貧乏ゆすりが止まらないルイを見て、レグが問う。
「原因、分かって言ってますよね?」
「まあ、ね。口に出さないだけで俺らも実はつらい」
 ルイの問いかけにレグは苦笑しながら答えた。
「今ぐらいは実家に帰ったらどうだ? 体が落ち着くまでさ……」
 きっと、自分たちも辛いだろうに、ザクスも苦笑しながらルイの身を案じてくれる。ありがたい気持ちと、申し訳ない気持ちが交錯して、ルイは大きく肩を落とす。
「あの、すみません……ザクスさん、レグさんに頼みたいことがあるんですけれど……」
「どしたどした?」
「俺たちでできることなら何でも」
 ルイがしおらしく頼むと、レグもザクスも目の色を変えて心配するような顔つきになる。今は、二人の顔もある程度は確認することが出来る。
「手をつないでほしいんです。少しずつ、男性の体に触れるようになりたくて……実家には帰りません、この状態で実家に帰ったら、父から、『何で子供を作ってこないんだ!』って文句を言われてしまいそうで……」
 ルイがもじもじしながら口に出すと、ザクスとレグはルイと、互いを交互に見た。
「……いい、けれど、さ。ルイは大丈夫なの? 大丈夫だから言ったんだよね……そか、そっか……。っていうか、君の親父さんも、跡継ぎに固執しすぎだろ……」
「オーケイオーケイ。手をつなぐ……いいじゃないか、また一歩進んだってことだな。だがこの状態で手をつなぐってそれはそれは危ないことなんじゃあないかな。俺も男なんだし……君も女なんだから、ムラッと来ても知らんぞ?」
 二人とも言葉は違えど、ルイの成長を喜び、それ以上に驚いている。だが、手をつなぐとは具体的に何をどうすればいいのか。ルイがどの程度まで許容できるのかわからない二人は、そのままどうすればいいのやら、すっかりと黙りこくってしまう。
「ま、いいや……ルイがその気なら俺も手を握っていいからさ。いつでも、どうぞ……」
「いやいや、レグ。こういうのはゆっくりでいいのさ。決心がつくまでに時間がかかることだろうし」
 レグもザクスも、急かしたり急かさなかったり、足並みはバラバラで、ルイもどうすればいいか迷ったが、迷った挙句に彼女が選んだのはザクスの前足であった。
 ルイはザクスのそばに座ると震える指先をそっと差し出してザクスの前足に触れる。ザクスは何もしていないのに緊張で体がこわばってしまったが、ルイはそれ以上に体が委縮している。
 その後も、ボードゲームは続いたのだが、いつもならば大体ルイが勝利を収めるというのに、今日勝利したのはレグで、ルイはかつてない大敗を喫していた。レグが勝てたのは触れてもいない、触れられてもいない状況ゆえに、集中力がそがれなかったおかげだろう。
 そして、ルイはよほど精神的な負担が大きかったのだろう。

 その日から、ルイはザクスかレグ、どちらかでも家にいる日は、絶対に彼らの体の一部に触れることを日課としていた。ある時彼女は勇気を出してレグに体をくっつけてみると、レグは彼女の匂いで性欲が刺激されてしまい、少しでも気を抜けば逸物が勃ち上りそうな状況だ。レグは気まずさからあまり言葉を発することが出来ず、普段はしない貧乏ゆすりが酷かった。ルイは体が震えそうになるのを必死でこらえていた。
 そうしてルイが耐えているのを見て、レグも気まずさから解放されようと少しずつ話しかけることにした。例えば、最近の仕事の話とか、自分のことを語ることもあればルイのことを聞くこともした。けれど、返ってくるのは気のない返事ばかりでリラックスとは程遠い。
 そうこうしているうちにこらえきれなくなったレグは、思い立って逃げるように彼女の隣を離れてしまったりもした。ザクスはその意味を理解していたが、ルイは突然トイレに立った彼を見て、最初は意味が分からなかったが……ある日勇気を出して訪ねてみる。
「あの、レグさんはトイレ……最近ずっとぎりぎりまで我慢してますよね? なんでなのかな?」
 突然動き出したレグを見て、ルイはザクスに問う。
「君に発情して、股間のものをおったてそうになるのを我慢してたんだよ……」
 言いながら、ザクスは後ろ足で頭を掻くが、その際にちらりと見た彼の股間には、きっちりと大きくなった彼の逸物が顔を覗かせている。ルイは思わず顔を赤らめ、ザクスに背を向ける。
「あ、あぁ……ですよね、発情期の女性の匂いって、そういう効果があるって聞きますから」
 ザクスにその意味を言葉と体で教えられて、かなり気まずい気分になるのであった。
「それよりも大丈夫なの、ルイ? 君は、俺やレグにそういう目で見られているってことだよ?」
「あなたたちは、私をそういう目で見ていても、手を出さないって確信しているから大丈夫です……ですが、お二人に無理をさせているのはその、辛い、ですね。やっぱり……実家に帰った方がいいのかな?」
「ふふ、そこまで思い詰めなくっていいよ。ちょっと俺たち寝室に行ってくる。まだレグも抜くのが終わってないだろうし、手伝ってくるよ」
「あ、その、楽しんできてくださいね」
 手伝ってくる、などという簡単な言葉だが、そこから連想される行為にルイは顔を赤らめる。『抜く』という言葉の意味も分からなかったが、彼女の予想は大体当たっていた。
「ごめんね。俺たちも、流石に解消せずにはいられなくって……辛いなら、やっぱり実家まで送ろうか?」
「いえ、大丈夫です。こういうことに対しても、慣れるべきだって……そう思いますから」
「無理しないでね。俺と一緒に居るのは辛いだろうから、退散するよ」
 ザクスはルイに微笑み、部屋を後にする。ルイは悶々とした気分を抱えながら、下半身の疼きに頭を悩ましていた。

10 


 ルイにとって、男性に触るという行為は勇気がいる行為だというのに、発情期の際はむしろ触りたいとすら思うようになっていて、しかしその反面で恐怖心もあった。
 そんな体と心のちぐはぐな欲求に、彼女はずいぶん悩まされたが、発情期が終わるとあれほど辛かった体の疼きも解消され、ザクスやレグに身を寄せたいと思うこともなくなった。それに対してほっとする反面、やはり自分は彼らに心を許し切れていないのだと思うと、それが少し辛かった。
 ちなみに、二人は発情期の間にルイの匂いを嗅いでも襲わずに耐えた……という表現でも正しいが、どちらかというと雌の臭いを嗅いで昂ぶった状況を、媚薬代わりにして二人で解消していたといったほうが正しいかもしれない。ルイの匂いは、男同士で抱き合う時にはなかった生殖への貪欲な渇望を引き起こし、マンネリ気味だった性生活の良いスパイスとなったようだ。

 そうして発情期が終わると、ルイは早いところ二人に慣れなければいけないという義務感も手伝って、ザクスやレグに触れても恐怖を覚えないようにと努力し、発情期の時以上にスキンシップを取るようになった。
 ルイの体を鍛える修行はいまだ継続していたため、ルイはその際不可抗力でレグの体に触れることになるが、『触れても大丈夫なように』を意識しだしてからはレグに積極的に攻撃をするよう変化していた。
 ある日のこと……
「ルイってさ、座劇ばっかり教えてきたけれど、たまには違う技も教えたほうがいいよね」
「例えば、どんな感じですか?」
「そうだな。ルイは俺よりもずっと力が強いんだし。もしも苦手なタイプの敵と出会ったら、掴んでしまえばいいさ」
「掴む、ですか?」
「あぁ、掴むというよりはもう首を絞めるんだ。例えば、俺は炎タイプでルイの弱点だが……首を締められれば炎を吐くのも難儀するし、ブレイズキックなんかも呼吸が出来ない状態じゃ本来の威力は出ない。それにエスパータイプの技も、首を締められれば集中できないし、飛行タイプの攻撃も抱き寄せてしまえば力なく翼で打つのが精いっぱいだ。だから、相手が本気になっていない、油断しているうちに首を絞めて、抱きしめる。そうすりゃ勝てる。俺に対してもためしにやってみるといい」
「えー……レグさん、私に抱きしめてほしいだけじゃないですか?」
「いやぁ、ルイに強くなって欲しいだけさぁ。」
「隙あり!」
「ぬっ……」
 和議愛愛と話している最中に、ルイは言われた通りレグが油断しているうちにレグの首を締め上げる。レグは数秒ルイの腕を掴んで抵抗しようとしたが、やがてぐったりして力なく足の力が抜ける。
「ちょ……すみません、やりすぎました」
 ルイが慌てて首から手を離すと、レグはその場に尻もちを付いて咳き込んだ。
「そう、それでいい……だが、相手が俺だから途中で話してもらったのは正解だが……もしも相手がお前に危害を加えようとするやつなら、そのまま気絶するまで首を絞め続けるといい……」
「気絶って……」
「まぁ、使うことが無いように祈っているよ。使わない方がいい技術ってのもあるもんさ。しかし、さっきの首絞め、切れが良かったな。油断していたとはいえ、俺の隙をつけるんだから。毎日俺に打ち込んでいた努力が実っているな」
「へへ……レグさんのおかげです」
「だがもう、首絞めは勘弁な。有効性は証明されたろ?」
「ですね……レグさんを苦しめるのは不本意ですし……隙あり!」
「おぉっと!」
 また首根っこを掴んでたろうとしたルイだが、レグはルイの手首を掴んでほくそ笑む。
「ま、何回も続けていけばそのうち俺相手でも成功するかもな」
 やはり、この前まで戦闘の素人だったルイでは、戦闘のプロであるレグに一矢報いることすら難しい。だが、トレーニングとはいえ、平気で男性相手に拳を振るえるようになったこと、首を絞めるなど、長く触れていても嫌悪感を感じなくなったこと。それが大きな成長であることを、ルイは自覚することもなく、二人と過ごす日常を充実した日々にしていった。



 そうして、彼らに触れることについては慣れてきたがが、こうして二人との距離を縮め続けていけばいずれは性行為まで行きつくことになるだろう。しかし、それを想像するとまだきつい。
 それでもいずれは性行為への苦手意識も取り除かねばならない。そんな状況に置かれたルイが目を付けたのは、二人が行う愛の営みであった。
 彼らの営みが気まずいのは今も変わらないが、ルイはいずれ行うことになるかもしれない性行為への覚悟を決めるべく、その音をドア越しに聞き耳を立ててみることにした。最初こそ耳を塞ぎたくなる気分に支配されたが、続けるうちにすっかり慣れてしまった。
 ザクスの甘えた声、二人の喘ぎ声、どちらもとても心地よさそうなのがうらやましい。性行為の様子に聞き耳を立てるのに慣れたからと言って、自分が彼らと体を重ね合わせる覚悟が出来るわけではないが、性行為に関する嫌悪感は、だんだんと収まっていった。

 盗み聞きを始めてから夏になるころにはもう、かつて二人の体に触れるときに感じていた緊張などどこかへ行ってしまって、ルイは二人と体をぴたりとくっつけても会話に支障が出なくなる。もっとも、そんな季節になると暑くて体をくっつけるのが嫌になるので、違う意味で寄り添いたくない理由が出来てしまった。
 特にザクスは露骨にルイを避けるようになったが、炎タイプのレグは夏の暑さの中にいても、ルイに触れられたくらいでは暑苦しいとは思わないようであった。
 必然的に、夏はレグばかりに触れるようになったルイだが、夏本番になるとそれもきつくなってしまい、次第に彼らの間には隙間が開くようになる。もっともそれは仲が悪くなったわけではなく、ただ暑いからという理由なので、会話は今まで通り弾んでいた。

11 


 そうして夏も終わりに近づいたころ、三人の家には一人の来客が。
「おーい、ザクス君、ルイ、いるか?」
 来客は、ルイの父親であった。彼は平静を装おうとしているものの声は荒く、怒りをこらえているのが分かる
「どうしたの、父さん? いきなり来られても、茶菓子も何も用意していないよ?」
「そんなことはいい……ちょっと小耳にはさんだんだが、この家、ザクス君の他にも男が住んでいるってい聞いたんだが……いったいどういうことなんだ? その噂は本当なのか?」
「あ、あぁ……それね、その噂なんだけれど……」
 ルイは気まずさから目を逸らす。すると、後ろからレグの足音が聞こえ……
「本当本当! 俺の名前はレグ。ザクスと一緒に住んでます」
 ルイのことをかばうように、前に出る。
「ルイさんが。レグと同居したままでいいと言いましたのでね。同居は継続中なのです」
 更にその後ろからザクスも現れ、ルイの前に立つ。
「な、な、な……お前たち何を考えているんだ!? 結婚する男と女の他に、別の男が暮らしているなどあってたまるか!」
 ルイの父親ががなり立てると、ザクスは大きくため息をつく。
「結婚する予定だとは私、一言も言っておりませんが? 何か勘違いされておいでではなくて? 私は、ルイさんが『お付き合いした男性にすぐに体の関係をねだられて辛い』とおっしゃられていたので、男性に慣れるまで同居するというつもりだったのですが……」
「お前! 私の娘の時間を無駄に浪費させたのか。ふざけた男だ。いいや、そんなことじゃすまない……お前らみたいな汚らしい衆道どもが、私の娘と一緒に居たなどと、考えただけでおぞましい。
 ルイ、さっさと帰るぞ。お前はもうしばらく職場と家以外にはどこにも行かせんからな!」
「嫌!」
 父親が言いたいことを言うだけ言ったところで、ルイは力強く否定した。
「お前、父親のいう事を聞けんのか!?」
「当たり前でしょ!? この二人のことをよく知りもしないで馬鹿にして……一緒に生活して、それでどんな人だか知ってから馬鹿にしてよ!」
 ルイはザクスとレグを押しのけ、父親の前に立つ。二人はルイの怪力によってよろけながら壁にもたれかかる。
「こんな奴らの事なんて、一緒に暮らさなくても分かる。女に相手にされないからって、男でもいいからと欲望を発散させているだけの負け犬だろう?」
 ルイは父親に睨まれる。しかし怯んでなんていられない。
「……父さんさぁ。ルックスもそれなりで、探検隊だから収入も良くて、そして強いこの二人を見て、寄ってくる女がいないと思うの? 馬鹿じゃないの? 女にもてないから男で我慢したって、正気? 知ろうともしないどころか、考えすらしていないじゃん」
「な……それは、こんな奴らに女が寄ってくるわけ……」
「それが、この二人が一緒に暮らしだしたのは探検隊になってからなのよ。探検隊をやっている間、全く女が寄り付かなかったと? 馬鹿馬鹿しい。というか、こんな二人、事情を知らなければ女が放っておかないでしょ」
「う……」
「この二人憎しで、願望で『ろくでもない男』とか語っているだけならもういいよ、帰って父さん。私は、もっとこの二人と一緒に居たいの! 私、この二人と一緒に居ると居心地がいいし、今までよりもずっと心が安らぐし、家にいるよりもずっと楽しいの。
 私も、男同士愛し合ってる男とか、昔は気持ち悪いと思っていたし、色々勘違いも思い込みもあった……けれど、一緒に暮らしてみて思うの。二人はお互いがお互いを大切にしているし、私の事も大切にしてくれるし、彼らは私のために怒ってくれる。
 だから、私も二人のために怒ることもするし、勇気を出すことだって出来る。二人のためなら、私は父さんに逆らうことだってできるようになったの……全部二人のおかげ。私が男の人を苦手になったとき、何もしてくれなかった父さんとは大違いだよ!」
「……だとしても、そんな男たちとの結婚は認められない」
 ルイに理論立てて責められて、父親は苦し紛れの言葉を出すも、ルイは首を横に振ってそれを拒否する。
「いいよ、認められなくても……私は、認められなくても結婚したかったらするから」
「言うねぇ、ルイ」
「おぉ、良く言った良く言った」
 ルイが父親に啖呵を切っていると、ザクスとレグが感嘆の声を上げる。
「……それで、お父様はどうするの? 子供に嫌われちゃってるけれど、これ以上嫌われる前に帰った方がいいんじゃない? ま、連れて帰るっていうんなら、ルイが従うならば俺たちは何も言わないが……」
 ザクスに言われ、父親はようやく正気に戻る。
「とにかく、一度家に帰ってこい、ルイ」
「いや。話し合いなら、彼らも一緒じゃないとダメ」
「子供のくせに生意気を言うな!」
 言いながら、ルイの父は彼女を引っ張る。しかし、ブリガロンのルイとフローゼルの父とでは相性の差や膂力の差は絶望的で、ルイはピクリとも動かない。ルイは二人のほうを向きながら、何かを言いたそうに口をもごもごさせている。
「ルイ、助けたほうがいいか? ルイが従うのなら俺は何もしないが……助けたほうがいいのなら、俺は何でもするよ」
 ザクスが尋ねると、ルイは首を横に振る。
「私の口が塞がれるか、私が言葉にするまでは待ってて。私も、自分の言葉で断らないとダメだと思う」
「了解。頑張って断れよ」
 ルイに待機を命じられて、ザクスは前足に込めた力を抜いた。ルイも、戦闘時の呼吸をやめて普通の呼吸に戻している。今は彼らに頼るべき時あないと、ルイは心を決めて父親を睨む。
「じゃあ、父さん。私から言えることは一つ。何でも思い通りになると思わないで!」
 ルイは勇ましく父親に啖呵を切ると、父親に掴まれていない方の手を伸ばして父親の首根っこを掴み、掌に力を込めて締め上げる。まだかろうじて呼吸は出来るだろうが、殺意のこもった彼女の握力に、父親は顔から思いっきり血の気が引くのを感じていた。
「それでもダメって言うなら、父さんはこのまま眠ってもらうよ」
 ルイがさらに父親の首を絞める。流石に苦しくて父親が抵抗を始めたところで、ルイはようやく父親の首から手を離した。
「くそっ……育ててやった恩を忘れやがって」
 これ以上の説得も無理だと感じて、父親は咳き込みながら悪態をつく。こうなってしまっては、父も諦めるしかなかった。
「また、来るからな……」
「来なくていいよ! どうせ話を聞かないんでしょ?」
 父親はいったん諦め、退散する。ルイの肩から力が抜けたのだろう、大きくため息をつくと、ザクスとレグに話しかけもせずに、リビングのソファへと戻っていった。
「大丈夫?」
 肩を落としてため息をついているルイに、ザクスが声をかける。
「うん、大丈夫……へへ、レグから教わったことが役に立っちゃった……」
「全く、役に立つべきじゃない技術を役立たせて……ルイは仕方ない奴だな。ま、でも縮こまってるよりかはましか。父親に逆らえるッて結構すごいことだしな」
「へへ……」
 レグに褒められて、ルイは笑顔がほころんだ。
「でも、まだ決心ついていないのに大きな啖呵切っちゃったな……それはちょっと失敗かも」
「決心って、なんの?」
 ザクスが問うと、ルイは笑みを浮かべた。
「いろいろと考えたんです、私。私って、男性に慣れることは出来たけれど……でもそれは特定の男性だけの話で。やっぱり、他の男性に対して話しかけるのって怖いし、緊張するし、そもそも楽しくなくって。貴方達以外の男性だと、いまだに話すのは難しいんです。
 だからもう、いまさら貴方達以外の男性と、仲良くなるっていうのがあまりイメージ出来ないんです。それで、決心っていうのは……言わなくても分かると思うんですけれど、結婚のお話、出来ますかね? してもいいですかね?
 もともとは、なんというか……男と同棲していれば父親もとやかく言わないだろうって感じで、厚意で家に同居させてもらって、しかも性交渉を行わないなんて条件付きで……言葉にすると訳の分からない同居生活でしたが、こうして暮らしているうちに、二人のいいところが沢山見えてきまして。
 思えば、私が自分以外の誰かのために怒ったのも、貴方達が初めてなんです。貴方達は優しくって、誠実です。変わり者かもしれないし、気持ち悪いと思われるのも仕方ないのかもしれない。けれどそれを差し置いても、一緒に居て居心地がいいんです。
 だから、私は結婚するなら、貴方達のような方がいい。そう思っています……今すぐにというわけではないですが、子供のほうも……あの、怖いけれど、頑張ります。
 ですが一つ問題がありまして、私……選べません。二人がどちらも素晴らしい方なので、どちらかを選ぶとなると……」
「あぁ、確かにそれは……なぁ、どうするよ?」
「もともとお前の縁談だろ。責任はお前がとるべきじゃあないのか?」
 ザクスがレグを見ると、レグは彼を見下ろしながらそう微笑む。
「……でも、でもですよ? 以前ザクスさんが言ってましたけれど、私はどちらと結婚したとしても、もう一人を追い出そうとかそういうつもりはないです。だから、ザクスさんと結婚しても、レグさんが出ていく必要はないですし、その逆もしかりで、レグさんと結婚しても、ザクスさんに出て行かせるとかそういうのは考えていなくって、みんなで一緒に暮らしたいとも思っていますが……
 かといって、一人の男性とだけ関係を結んでしまうと、それはそれでお二人の関係も、私達の関係もぎくしゃくしてしまいそうで……
 どうすればいいのか、とても悩んでいるんです……それが決心つくまでは、結婚の話題も話さないつもりだったのですが……父との会話を聞かれてしまった以上、私の気持ちはもう知れてしまったでしょうから……」
 ルイが言い終えるとザクスとレグはお互いのことを見合った。
「話が長くなりそうだし、とりあえず座るか」
 だが、見つめ合っていても何も解決しないので。二人はとりあえず座って話をつけることにする。三人はリビングのソファに座ると、腰をどっしりと落ち着ける。
「それでだが、やはり俺としてはザクスが責任を取るべきなんじゃないかと思う。俺もルイのことは好きだし気に入ってはいるけれど……元はと言えばザクスが連れてきた以上は、俺が手を出すべきではないと思うし」
「レグがこういってるし……うん、俺はルイのこと好きだよ。だが、ルイ……本当に、レグはこの家に置いたままでいいのか? また、親やら近所の連中やらに何を言われるか分かったもんじゃないぞ?」
「確かに、二人が脅してくれたおかげで誰も何も言ってこないですが、みんなの視線は冷たいですしねぇ。水汲みに行くときもなんだか避けるようで、ちょっと辛いですけれど、でもいいんですよ。
 男性の顔を見てお話しできないって、すごく辛かったんです。それを、少しずつ治してくれたのは貴方達ですから……でも、恩返しのために結婚してあげるわけじゃないですよ? あなたとお話しするのがとても楽しくって、とても好きで、もっと一緒に居たいから。だから結婚したいと思うんです。
 まだ、大切なところに触れられるのは少し怖いですけれど、今は体を密着させても何とか平静を保てていますから、いずれは……どこを触られても、そして抱かれても……なんて。
 昔、男性に襲われて、すごく怖かったし痛かったけれど……貴方達なら、そんな記憶も塗りつぶしてくれそうな気がするんです。だから、結婚して、子供を作っても許される関係になりたいなって……」
「やれやれ、今……『貴方達』って言ったな。ルイは本当に、俺たちが二人とも好きらしい。どうしたもんかどうしたもんか」
「いや、だが一人の女性が沢山の男を囲うようなのは……虫タイプにはよくいるじゃあないか。それでいいなら俺は、ルイと喜んで結婚するよ」
「え、そ、それは……」
 ザクスに言われ、ルイはビークインを想像する。確かに、ビークインは複数の雄と結婚するというのが一般的であった。結婚できるのは一人だけなので、法的に言えばその他大勢は内縁の夫ということになるが、そういうポケモンがいるのは確かである。
 それを自分に当てはめてみるとどうだろう。二人の夫を持ち、二人に愛される。子供がどうなるかはわからないが、きっと素敵な家庭になるだろう。
「いいかも、なんだけれど……うーん、周囲に何を言われるか……」
「まー……そうなるよな。俺も、変なこと言っちまったな……虫グループならまだしも、俺ら陸上グループが複数の夫を持つだなんて、それこそ世間の笑いものだぜ?」
 ザクスの言葉は間違っていないと、ルイは頷く。
「うん、それもその通りなんですけれど……すでに職場のほうでもちょっとよそよそしい雰囲気などありまして……どうも、誰も何も言わないけれど私が今どんな状況で暮らしているかは漏れているようなんです。だから、父親もその噂を聞いて家に訪ねてきたんだと思います……
 気のせいだって思おうとしていましたが、今日の出来事で確信しました。私が男二人の家に住んでいるって噂になっていたんだって……はぁ、ならばもういっそ、毒を食らわば皿までってことで。そのアイデア、採用しちゃいますか……」
「おやおや、いいのかいいのか? ルイってば大胆だな……」
 ルイが決心を固めつつあるのを見て、レグは苦笑する。
「きっと、辛いこともあると思います。でも、なにか辛いことがあっても二人は守ってくれると思います。もちろん、守られるだけじゃなく、私自身も辛いことに立ち向かいたいですし、二人が辛いときに寄り添ってあげられるようになりたいです。
 どちらかと結婚だなんてそんな中途半端なことは言わず、いっそ二人と結婚するくらいの気概でないと、二人の気持ちに寄り添うことはきっと無理です。
 ですから、その……二人と結婚というのは、私なりの覚悟なんです」
 ルイが言い終えた時に、ザクスはくすくすと笑って見せる。
「なんですか、笑わないで下さいよ!」
「勢いは覚悟とは言わないよ、ルイ」
 恥ずかしそうに不機嫌になってみせるルイに、ザクスは言う。
「けれど、その勢いが今後も続くのならば、それは立派な覚悟だね……大丈夫、時間はある。君が、俺たちと結婚したいというのなら、それなりに覚悟を証明し続けて貰おう。それが出来るなら、俺は君の覚悟を信じるよ。レグはどう?」
「おおむね賛成だが、覚悟を証明し続けるっていうのは具体的にどうすればいいんだ? あいまいな基準じゃ、納得は出来ないな」
 レグは言いながらザクスを見る。
「うーん……ルイが、俺たちとさらに距離を縮められるように頑張ってくれて、きちんと二人と夜の営みが出来るようになれば、かな。ルイはまだ、男性のことが怖いと思うけれど、せめて俺達だけでも怖がらなくなれるのならば、まずは俺たちと一緒に暮らすっていう覚悟の証明になると思う」
「それで、他には?」
「あとは、父親がもう一度来たとしてもさっきのように強気な態度がとれるなら。それが出来るなら、なんだって出来るさ。覚悟も決まったと考えていいんじゃないのか?」
「ふむふむ……なるほどなるほど」
 ザクスに言われて、レグはルイの方を見る。ルイは何を言われたわけではないがレグの視線に頷いた。
「父親、また来るって言ってたな……じゃあ、ルイも、父親に何を言われても引くんじゃないぞ」
「もう決めましたよ。私は収入はありますし、生きようと思えば父親に絶縁されたとしても、生きていけますし、絶縁して一番困るのは父ですから……だから、大丈夫。父が強引な手段を利用してくるなら、二人に頼ることもあるでしょうが、でも言葉だけで私を攻めようとして来ても、もう負けません……もう、怖くないですよ」
 ルイが二人の顔を見る二人は微笑み返して、ルイの決意を汲み取ることにしたようだ。
「じゃあさ、レグ。あれ話そうぜ? 例の、サファイアの」
「あぁ、あれか。いいぜいいぜ、ルイになら話してもいいかもしれないな」
「サファイア? 何の話ですか?」
 話が一つまとまったところで新たな話が出て来て、ルイは首をかしげて困惑する。
「いやな、俺たちはサファイアが取れるダンジョンを発見してしまったんだ……不思議のダンジョンっていうのは、入るたびに地形が変わるが、そのたびにサファイアも生成される。つまり、無限大にサファイアが取れる、巨万の富を生む可能性のあるダンジョンというわけだが……」
 ルイに問われてレグが丁寧に説明する。レグは、ダンジョンを発見したら基本的にギルドに報告する義務があることや、そうするとダンジョンが国の土地になってしまうことなどを説明する。
 もしもそのダンジョンが国に買われてしまえば、値段が吊り上がってしまって二人の財布ではどう頑張っても買うことは出来ないであろうこと。しかし、そのサファイアが取れるダンジョンの近くにある砥石が取れるダンジョン周辺の土地なら買うことは可能なため、サファイアのダンジョンがばれないうちに、砥石のダンジョン周辺の土地を買う金を貯めていることまで話したところで、ルイが納得したようにうなずいた。
「なるほど、だから今まで雇っていた家政婦を頼まなくなって、私と家賃を折半したいと思ったわけですか」
「そういう事。今はダンジョンの入り口を塞いで、誰にも発見できない状態にしたままお金貯めている最中で……この一年で70万ポケ貯めたから、あと130万ポケ貯めれば……砥石のダンジョン周辺の土地を買えるんだ。
 そしたら、後で何食わぬ顔をして、『砥石のダンジョンの近くにサファイアが取れるダンジョンを発見したよー』って、ギルドに報告すればいい」
「それ犯罪じゃないんですか?」
「ふふ、規則の上ではそうかもしれないが。それを証明することは出来ないからなぁ。他人の思考を覗き見ることが出来るポケモンもいるが、そういう奴もなんだかんだでなぁなぁで済ませてくれるって話さ。どうよどうよ、ワクワクしないか? あと二年もすれば俺たちはサファイアのダンジョンを自分の所有物にできるってわけだ……
 で、ルイはどうする? この話に乗ってお金を出してくれたら嬉しいんだけれどさ」
「貯金なら20万ポケほどあります……あまり探検隊のように裕福な職業ではないので……」
「いやー、確かに探検隊ほどもうかる仕事じゃないみたいだけれど、工房を一つ纏めているだけあって、結構貯金あるんだねぇ」
「しっかりしてるって証拠だろ? いいじゃないいいじゃない、お金の管理がキチっとしてるって」
「いえ、お酒も飲めないし、男性が怖くって出かけることや夜の外食もあまりしないので、たまっちゃうんです……使っていないだけなんですよ、はい」
 ルイはそう言って苦笑する。
「ふむ、しかし貯金があるのは嬉しいことだが……結婚するという話を本格的に進めるのならば、色々とお金は入り用だ。そのお金は当てにしてはいけない。
 ルイには、お金は負担させないようにしよう」
「入り用って……結婚式をする必要はないんじゃあないですか? 今のままじゃ、父さんもどうせ祝福してはくれませんし。誰も客を呼べませんよ……」
「子供は作らないのか? 俺たちは諦めてたし、ルイが子供を欲しくないならそれはそれで問題ないが」
 ザクスに問われると、ルイはとっさに目を伏せた。
「あぁ、そっちか……ちょっと怖くって、まだ考えたくなくって……」
「春、君は発情期になるんだっけ? その時までに克服できるといいね。でも、焦らないでいいからね」
「はい。頑張ります……頑張りますから。その、するときは優しくしてくださいね」
 ルイが言うと、ザクスとレグは顔を見合わせるとともに、申し合せたようにルイを二人で挟み込むように座る。ソファの両側を男性にはさまれて、ルイはいつもよりも良い雰囲気なのを気にして鼓動が止まらなくなるが、レグが彼女の頭を撫でて彼女のことをなだめた。
 言葉を交わすことはなくレグもザクスもただ目を閉じて寄り添うだけで、それ以上のことはしない。と、いうよりは、レグとザクスはよくこんなふうに寄り添うだけで何もしない時間を楽しんでいる。
 誰かの心音や呼吸を聞いていると、それだけで心が落ち着くし癒されるというのを二人はよく知っているし、それを嗜むのが好きだった。
「ルイ、呼吸をゆっくりにして」
「俺たちと同じリズムでだ」
 ザクス、レグ共にルイへ呼びかける。レグとザクスに合わせ少しずつ呼吸をゆっくりにするよう意識していると、ルイの呼吸も次第に落ち着いてくる。それに合わせて、ルイの気分もずいぶんと落ち着いて気持ちよく感じるようになってきた。
「今の感覚をよく覚えておくんだ、ルイ。俺たちは危険じゃないし、君の味方だから。だから、俺たちといるときは安心していいんだ」
「はい、ザクスさん。この調子なら、すぐに慣れることも出来るかな……」
「慣れてしまえばあっという間さ、あっという間。ルイ、頑張ろう」
 結局、その日父親が三人の仲を引き裂こうとしたことは完全に裏目に出てしまい、三人の仲を深めるだけの結果となってしまう。ルイは、二人の男性に囲まれながら身を縮めていたが、彼女の中にはもっと二人の体を強く感じたいという欲求が湧き上がっていた。
 その日は結局勇気が出なくて二人に対してより添うそれ以上のことは出来なかったが、いつかは彼らの腕を抱きたい。もっと体重を預けたい、そんな風に、密着してみたいという欲求は、ルイの中で確実に育っていく。

 ルイは恐怖心の克服と、レグとザクスへの信頼を深めることによって、徐々にやってみたいことを達成していった。ルイは、二人が拒絶しないのをいいことに、彼らの腕を抱いたり、自分が今までそうされていたように二人の頭を撫でてあげたり。
 特にザクスは撫でられるのが大好きで、レグによく撫でられてはゴロゴロと喉を鳴らして気持ちよさそうにしていたが、ルイもレグの真似をしてザクスを撫でてあげると、レグに対するそれと同じように甘えてくるので、ついついもっと撫でまわしてあげたくなってしまう。
 そんな気分を自覚すると。男性だというだけで二人を怖がっていた自分が馬鹿らしく思えてしまうくらいに、彼らへの恐怖は薄れていた。

12 


 数日後、父親は再びルイの前に現れる。前回、ルイだけを連れて行こうとしたら断わられたためか、今度は母親やレグとザクスも交えての話し合いを、個室のある料亭ですることとなった。父親はレグとザクスをよく思っていないのが良くわかるが、逆に母親の方はと言えば、娘の変わりように驚くとともに、その変化を与えてくれた二人に対して一定の敬意を抱いているようだ。
「ルイは情けない……男の癖に男が好きなんていう変態のどこに惹かれたんだ。頭でもおかしくなったというのか」
 父親以外は穏便な話し合いを望んでいたが、しかし父親は断固として彼らとの結婚は嫌な様子。
「あのさぁ、父さんさぁ……私が男を苦手になったあの日から、私が男嫌いを直すために何かしてくれた? お見合い相手を探すだけで、何もしてくれなかったじゃん」
「黙れ! そもそも男が苦手だというのがおかしいんだ。女なら男に惚れて当然だろうに!」
「父さんは話にならないよ……子供を思い通りに育てたいのなら、せめて子供が恩返しをしたくなるような父親であってほしいし。対して、この二人は、私の気持ちに寄り添ってくれたし、私の事を励ましてくれた。それに、確かに男が男を好きになるのは変かもしれないけれど、私に対して根気強く接してくれたし、そもそも……私の男嫌いを克服させてくれた二人に、お礼の一つもなし? 父さんは非常識すぎて話にならないし、――」
「何を――」
「父さん、人が話しているときに割り込まないで!」
「うるさ――」
「割り込まないで」
「親に――」
「割り込まないで」
「おま」
「割り込まないで」
 父親が言葉を遮ろうとするたび、ルイは苛立った声色でそれを制す。あまりに何度も話の出鼻をくじかれた父は、ルイの話に割り込むことを諦め、ようやく黙る。
「私はね、彼らが、男なのに男が好きっていうその性質が、普通だとは言わない。私だって、二人は変わり者だと思う。それは認める。けれどね、そんな普通じゃない変わり者だからこそ、私は二人に頼ることが出来たし、二人に興味を持てたの。変わり者だっていいじゃない! 変わり者だからこそ何かの、誰かの役に立つことだってあるんだから!」
「へぇ、ルイも言うねぇ」
 ルイと父親のやり取りを見て、ザクスはにやつく。彼女に対する地域の住民の目は相変わらず冷たいものだったが、そんな視線に耐え続けたルイの精神は見違えるほど強くなった。男への嫌悪感はいまだに尽きないようだが、男に何かを言われても恐れて縮こまるのではなく気丈に振る舞い、必要とあらば大きな声で言い返せるように。そして相手が恫喝してきても、目を見て言い返すことだってできるようになった。
 どれも二人に会う前は、考えもしなかったことだ。ルイには探検隊の二人のように悪党を退けるような力はなかったが、怒気を孕んだ声を出して相手を怯ませることが出来る程度にはルイの気も強くなっていた。
 いまやもう、ルイはその辺の男や父親程度に怯む女ではなくなり、相手が発言している最中にそれを遮って喚き立てることで今まで論を通して来た父親は、強気になったルイに全く口出しできなくなってしまった。
 男が苦手だと言った自分に何もしてくれなかった父親への不満は相当なものだったのか、ルイの強い口調に当てられた父親は徐々に大人しくなっていった。
 お見合いだって、家柄とかじゃなく、もう少し誠実な男性を宛がって貰えれば、早いうちに男に慣れたかもしれない。二人と結婚をしたいと思ったのは、男の経済状況ばっかりを見て見合いの相手を決めた父親にも原因がある……と、言い終えると、ルイは満足したようにため息を漏らし、椅子に深く体重を預けた。ブリガロンであるルイが深く腰掛けるには背中の甲羅が邪魔そうで、あまりリラックスは出来ていないようだったが。
 『何か反論はありますか?』とでも言いたげなルイは、じっと父親を見ていたが、父親はもう、娘相手には怒鳴って恫喝しても意味がないことを理解してしまったのか、彼女を説得する術を失って黙っていた。母親は、話し合いの始めこそ男同士で暮らしているという二人の男にどういう影響を受けたのかと心配だったが、良い影響ばかり受けているらしいことがわかり、安心する。
「ルイは、その二人によっぽどよくしてもらったのね。ただ騙されているとか、うまく言いくるめられた訳じゃないみたいで安心したわ。もしかしたら、私たち親よりも大事にしてもらっているのかも」
 母親がルイを見つめる。
「最初は、男二人で暮らしていた家にルイがいるって聞いてとても不安だったけれど、貴方達ならば大丈夫そうね。きっと、男二人分でルイを大事にしてくれる。だから、ルイがあなた達二人の元に嫁ぐというのなら、そして二人がそれでいいのならば止めないし、祝福しようと思う。
 ただ、孫の顔はきちんと見てみたいから……男を怖がってるルイだけれど、最後までよろしくね」
 ルイは母親の発言に顔を赤らめる。何もこんなところで言わなくてもいいものを、二人がいて、父もいるこの状況で言われてしまうと意識せざるを得ない。
「いつかはそうします。ルイさんが望むなら」
 ザクスは母親の目をみて微笑み返す。
「そういうのがなくともルイさんとの生活は悪くないものでしたので、いずれ……ということになりますでしょう。最後まで無理のないペースで、彼女を急かさないつもりです」
 レグはいつもと違う、整った口調で母親に言う。すっかり話の主導権が母親に移ったことで、父親は会話に入りづらく、結局父は話が進んでいくのをゆっくり見守っていくことしか出来なかった。

 話し合いは、おおむねルイの思い通りに進んだ。父親は二人と別れさせて、もっと『まとも』な男を婿養子として迎えてほしかったようだが、そのためにはルイが二人以上に信頼に足る男を用意しなければならない。ザクスもレグも、男同士で愛し合っているという異端であることを除けば、容姿も収入も性格も、どれも高水準だ。異端であることを気にしないのであれば、彼ら以上に条件のいい男など父親は知らなかった。
 だから、ルイが二人への信頼を高めてしまった今となっては、多少彼らよりも優れた男を持ちだせたとしても、後の祭りだったであろうが。無理やり結婚したところで、今のルイは従うことなどしないと理解したルイの父親はルイに考えを改めることを諦めた。

13 


 そうして、ルイは最大の障害であった自身の父親を取り除いて以降、もう彼女は遠慮しなくなった。ザクスの父親も複雑な思いながら、ザクスが結婚して子供を残すつもりがある以上深くは突っ込まないつもりらしいし、レグに至っては親とはもう十年以上顔を見てすらいないため、親との兼ね合いはどうでもいいそうだ。こうなってしまえばもうルイが二人と結婚することになったとしても、文句を言う者はいないので、ルイは自分自身が男に慣れるための、最後の仕上げに取り掛かった。
 ルイは、ザクスやレグと体を密着させたりたまま会話することはできていたが、その状態で寝てしまった事は今までなかった。なので、当面の目標を手をつないだままや、添い寝したまま熟睡出来るくらいまで落ち着くこととした。
 まずは、ザクスとだ。
 添い寝とはいったが、ザクスとルイでは体型が違いすぎるためか、添い寝というには少し厳しい状況で、うつ伏せになって眠るルイの横で、ザクスは丸まっているような状態だ。
 あまり密着してはいないが、お互いの体温を感じることは出来るため、ルイは少し緊張気味だ。真っ暗闇の寝室にいれば、お互いの呼吸音がもろに聞こえるため、相手の存在をより強く意識し、緊張も強くなる。そんな緊張をほぐすために世間話をするのだが、一緒になることを決めたおかげもあってか、今まで以上に深く突っ込んだ内容のことを話すことも多くなった。
「ザクスさんって、自分が男が好きだって気付いたきっかけとかってあるんですか?」
「あるといえばあるし、ないといえばないかなぁ……気付いたら男を好きになってたし」
「ははぁ、そういうもんですかぁ」
 ザクスのパッとしない答えに、ルイもまたパッとしない反応を返す。
「ルイも誤解していたことだけれど、俺は男も女も好きだからさあ。目の前に美女と美男子を並べられて、どっちとセックスするかって聞かれたら、悩んでしまうということはあるけれど……だが、男一〇〇人と女一〇〇人を用意されて、どちらと多く友達になれるか? って言われたら、男と友達になる方が簡単なんだよな。
 そして、友達として接しているうちに、恋心も芽生えてしまう。だから、俺が生涯で好きになった奴の数を数えると、確実に男のほうが多い。ルイが、俺達みたいなやつは男しか好きにならないと誤解するのも無理はないよ。セックスした相手も男の方が多いし」
「あ、あぁ……なるほど。確かに、友達から恋仲に発展する男女の話はよく聞きますが、ザクスさんの場合はそれが男性相手でも起こるという事、ですか」
「うん、そういうこと。ただ、男も女も好きな人は、きっとルイが思っているよりも多くいる。けれど、そういう人でもそれを隠して上手く女とくっついてしまえば、男が好きな……そう、変人であることは周囲にばれることはないからね。そうやって、男が好きなのを上手く隠して『普通に』、『女性だけを好き』なふりをしている人は、きっとたくさんいる。
 でも俺は不器用だったからさ……隠すことも出来ずに、同年代の子供に想いを告げて、それから結構苛められた。いじめに負けないように体を鍛えたし、土をいじくる勉強もやめた。あの時、告白しなかったら今頃の俺は、土を耕していたか、それとも漁師の娘に婿養子で嫁いで湖で魚を取っていたか……探検隊を始めたのも、鍛えた体がもったいなかったからだ」
「そういう普通の人生を歩まなかったこと、後悔していないんですか?」
「いやぁ? 全くないわけじゃないがレグと会えたし、ルイとも不思議な縁があったし……むしろ、俺はこの道を選んでよかったって思ってるよ」
 そう言って微笑みながら、ザクスはルイのほうへ体を寄せた。暖かな毛皮がルイの腹を撫で、幽かなくすぐったさでルイは口を緩ませる。
「俺の親父も、俺に結婚してもらいたがっていたのは、家業がどうとか、そういうんじゃあなくって、純粋に俺に幸せになって欲しいからなんだ。悪い親父じゃないんだけれど、人には人の幸せの形ってやつがあるのを理解していないんだよなぁ……女と結婚して、可愛い子供が産まれて、その子の成長を喜ぶ……それが親父にとっての幸せ。うん、俺だってそれはまぎれもなく幸せな光景だとは思うさ。
 でも俺は、愛する人と一緒なら、それが男だろうと女だろうと、血を分けた子供だろうと幸せだよ……。普通であることが幸せっていうのはわからんでもない、いじめられていた時期は辛かったし、今も半分苛められているようなものだから、もっと大手を振ってレグと一緒に歩きたいとも思う。普通だったらしなくてもいい苦しみを背負っていることが嫌って意味では、ルイのいう通り後悔もないわけじゃあない。
 でも、普通じゃなくったって、幸せにはなれるさぁ。普通の幸せを望んでいる親父とは、少しばかり見ている方向性は違うがね」
「なるほど……ザクスさんはレグさんと一緒になれて、幸せだったんですね」
「ん? 俺はルイも好きだし、ルイと一緒になれたのも幸せだよ」
 くすくすと笑い、ザクスはルイに体を押し付ける。ルイはそんなザクスの行動にびっくりするでも嫌悪感を覚えるでもなく、彼の顔を撫でながら、体のほうへ引き寄せた。
「……私、今まで男性から好意を寄せられるのは嫌でしたけれど。でも今は、すごく嬉しいです。誰かに愛されるって、すごく幸せなことなんですね」
「うん、俺もレグに愛されると幸せだから、気持ちはわかるよ。それにしても、ルイは本当に変わったよね」
「二人が変えてくれたんですよ。自分からこうやってザクスさんを抱き寄せることだって出来るくらいに」
「だな。今でさえ、最初は緊張していたけれど、俺と話をしているうちにどんどん緊張もほぐれているみたいだし。寝れそう?」
「うん、寝れそう……ちょっと眠くなってきたし」
 ルイがザクスの後頭部にキスをする。
「そうか。俺も話しているうちに眠くなってきた。もう、黙っててもいいよね?」
「うん、寝ましょう」
 二人はひと段落ついた会話を終わりにし、口も目も閉じて黙る。暗い部屋の中だというのに、無意味に開けていた目を閉じると、視界にほとんど変化はないのに少しずつ眠気が襲ってきた。苦手だった男性と一緒でも、よく眠れそうだ。
「あぁ、そうだ……言い忘れてたけれど、ルイ。男は、朝目覚めるときに逸物が勃起していることがあるけれど、エッチなこと考えているわけじゃないから引かないでね……」
「え……」
 ルイは、心の中で前言撤回し、緊張して眠れないかもしれないと、ザクスの発言を恨みながら、長く悶えて眠りにつくのであった。


 朝、ザクスよりも先に目覚めてみると、ザクスの逸物は本当に勃起していた。猫系のポケモンゆえにサイズは大きくなかったが、ルイはいつの間にか彼のものを直視できるようになっていた事に気付く。初めてを奪われたあの時は、恐怖で目をつぶることしか出来なかったし、それ以来は男性の股間を注視するなど想像しただけで吐き気が伴う。
 ザクスのだから、というのもあるのだろうが、以前はザクスのものであっても顔を赤らめ目を逸らしていたから、そこからさらに自分も成長したということだ。ザクスはまだ気持ちよさそうに眠っているので、ルイは勇気を出して指先で触ってみる。
 体毛に覆われていない、肉球とも違う感触。とげが生えているため少しざらついており、匂いを嗅いでみると、幽かに雄の匂いがする。これ以上触れてしまうと起きてしまいそうなので、そこから先へ進むことはなかったが、触れることが出来ただけでも大きな前進だと、ルイは確かな実感を覚えていた。


 また別の日、今度はレグと添い寝をすることになったのだが……
「レグさん、親とは疎遠だそうですが、いったい何があったんですか? 私も父親のことはあまり好きじゃあないですが、それでも離れる勇気はなかったのですが……もう十年以上疎遠ということは、一三歳くらいから家を出てるってことですよね?」
「あぁ、それそれ。いや、俺は軍人として育てられてて、まぁ強さはもちろんのことなんだが、教養や礼節も厳しく躾られたんだ。勉強中に外から声が聞こえてきても、目の前のノートから目を離して外を覗くだけでも鞭でひっぱたかれる。あくびやゲップ、おならをしても鞭が飛んでくるんだ、そしゃもう痛いんだ、痛いんだぜ?
 だが、それでも俺はいつかお国のために戦う誇り高き役目を与えられるのだからと、それを矜持にして頑張っていたんだ……。だが、ある日のことだ。俺は訓練として野山を、地図を頼りに乗り越えるという修行をさせられたんだが、その時山賊に鉢合わせしそうになって迂回したんだ。
 だが、その時崖を降りる最中に足を踏み外して落ちてしまって……まぁ、怪我はしたが生きていたから、何とか休める場所を探そうとしていた時に出会ったデリバードの女性に介抱してもらって……デリバードの家はみんな暖かくって、冷たい家族と一緒に居るよりも、ずっといたくなるような居心地の良さで……ありがちな話ではあるが、そのデリバードの女の子とも仲良くなったんだ。
 それで、三日で怪我を治して家に帰ったら、よく帰ってきたと褒められるよりも先に怒られて……その時点でもう、なんだか馬鹿らしくなってな。だが、それでもぐっとこらえて毎日の訓練に耐えた。一二歳になってようやく外出の許可を与えられたときは、記憶を頼りにデリバードに会いに行ったんだが、それが良くなかった」
「何があったんですか?」
「俺には婚約者がいるのに、外出の許可が出るたびにデリバードに会いに行っていたのが、親は気に食わなかったらしい。そのデリバードが捕らえられて、俺の前に差し出されて……『こいつを力いっぱい殴れ』と、きたもんだ。親は言うのさ『大丈夫だ、殴って怪我をしてもこの子に十分な量の治療費と慰謝料は十分に払う。お前が殴ってこいつと決別する決意をつけてもらうだけだ』って……
 親は、俺の手でデリバードを殴れって、執拗に言ってきた。もしも俺が殴らないのならば、何回も鞭で打ち据えてやるって脅しもあわせてな」
「えー……そんなことしたら、その女の子も二度とレグさんに近寄らなくなりますよね?」
「そりゃそうだ。その娘が、二度と俺に近づかないようにするために、俺に殴らせたんだからな。俺も、その女の子を守るために、殴るしかなかった……鞭に打たれたら俺に殴られるよりもよっぽど痛いだろうからな。趣味の悪いことをさせられて俺も堪忍袋の緒が切れたんだ。
 その日はおとなしく従って、デリバードの女の子を殴って、それから二ヶ月くらい外出を許されるまで黙って従ったけれど……謹慎が解けて外出の許可を得てからは、二度と家に帰っていない。いやぁ、愉快愉快。
 外出許可をもらった俺は、金銀と宝石で彩られた父親の勲章や、母親が大切にしていた首飾りを売って路銀にして、遠くの街まで逃げたからな。飛行できるポケモンに乗って、遠くまで来たものさ。なんせ、国を超えてる」
「そのまま身を隠せたんですか?」
「まあな。しばらく街に行かずに小さな村で畑を耕して暮らしてた。収穫の時期だったから、人手も必要だったしな……それで、冬になったらダンジョンに潜って村の人に肉を食わせて、辺境の村で一冬こした。子供たちに勉強も教えていたし、この村の婿にならないかなんて言われたりもしたが、断って……春になったらようやく街に行って、生活の基盤を整え始めたんだ。
 あぁ、まぁ、それまではな、俺も……俺も、自分は女が好きだし、こうして家出をしていても女と結婚して生きるんだろうって思ってたんだ。だが、街に来た時にしばらくお世話になった探検隊の男、リザードンの男なんだが……そいつは衣食住の世話と、ダンジョン連れまわして研修をしてくれる代わりに、俺に夜の世話を要求してきて」
「夜の世話ってそれってつまり、エッチなことですよね?」
「そ。最初こそ嫌悪感があったが、繰り返していくうちにだんだん気にならなくなってくるし、夜の世話をしていると、褒めて貰えるから……家では褒めてもらえることなんて滅多になかった俺には、どんな形であれ褒めてくれる奴がいる状況は嫌いになれなかったんだ……つまりつまり、俺も夢中になっちまったんだよ。
 バシャーモに進化したとたんに、俺はそのリザードンから『お前はもう大丈夫だ』って一方的に別れを告げられたし、その一か月後には別の男を連れていたがな……中間進化の男だった……くそ、俺は用済みとばかりに捨てやがって……」
「うわぁ……それはまた、きついですね。妙な男に掴まってしまったんですか……」
「でもまぁ、感謝してるんだ。男も悪くないと思えるようになったのはそいつのおかげだし、実際あいつのおかげでダンジョンではどういった行動をすればいいのか、どう動けばいいのかとか、そういうのを知ることも出来た。
 ろくでなしではあったけれど、あいつがいなければ今の俺はないからな」
「人生、何が幸福につながるかわからないものですね」
「全くだ全くだ。お前さんとの出会いも、最初は家がちょっと狭くなるが、掃除が楽になるし、家賃も少しシェアできる程度にしか考えていなかったが……俺たちのことを認めてくれたり、俺たちのために怒ってくれたり。俺たちを必要としてくれたり。
 俺はザクスと愛し合うことに満足していたけれど、でも少し寂しかった。男だろうと女だろうと、仲間が一人増えてくれて、本当に何が幸福につながるかわからないな」
「私もです。私、二人に出会えてよかったです」
 ルイの言葉を聞いて、レグは苦笑した。
「俺と二人きりの時にそんなこと言うなよ。今度ザクスにも言ってやれ」
「うふふ、ですね……ふー……言いたいことも言ったし、もう寝ちゃいますか」
「あぁ、お休み」
 一通り会話を終えて満足して、脳を睡眠へと切り替える。レグの腕を抱いて眠っていると、レグはザクスにそうするようにルイの体を抱きしめた。ルイも思わず彼を抱き返すと、レグはザクスにそうするように、もう片方の手でルイの頭を撫でる。
 呼吸に合わせて抱きしめる力を変え、気持ちよく感じるように絶妙な力加減とタイミングで撫でられるうちに、ルイはすぐ眠くなって眠りに落ちる。なるほど、ザクスが彼に惚れる理由の一端を垣間見れた気がした。

14 


 添い寝をしたまま眠ることが苦も無く行えるようになるまで一週間もかからなかった。次の発情期への備えはほぼ問題なしと言ったところだが、まだ性交渉への恐怖は少しある。
 ルイは、一人で寝るときはザクスやレグの逸物が入るように、指で膣を事を慣らし始めるようになった。添い寝をするようになったことで、二人の勃起したときのサイズは把握している。ブリガロンの太い指なら、二本も入れば二人の逸物は容易に呑み込めるようになるはずだ。
 それに伴いもう一つ、気持ちを固めるためにしておきたいことがあった。ルイは、かつて男に襲われ、怖くて抵抗も出来ずに好き勝手体を弄ばれた。あの時の強引な性交は思い出したくもない。痛くて怖くて汚らわしくて、あの時は意味もなく家のものを壊して八つ当たりをしていた時すらあった。
 ザクスとレグは、とても仲がいい。そんな仲のいい二人が、いったいどんな風に愛し合い、愛をはぐくむのだろうか。女性相手だし、慣れていないルイを相手にする以上勝手が違うとは思うが、それでも心を決めるうえで役に立つはずだ。今まで盗み聞きをしたことはあったが、その光景をじっくり見たことはなかった。今なら、二人の行為を観察することも出来るかもしれないし、観察したかった。
 探検隊の仕事を終えて疲れて帰ってきたザクスとルイに、二人が愛し合うところを見たいと話すと、二人はしばらく絶句していた。
「で、俺たちがヤッってる様子を観察したい、と。ルイ……正気?」
 ザクスはルイのあんまりな要求に苦笑する。
「これはこれは、また……なんというか、変わった要求がきたものだ」
 レグもまた似たような表情で、お互い顔を見合わせる。ザクスとレグの視線が交差して、どうするべきかとアイコンタクトを取り合う。
「……どうするよ?」
 だが、二人はアイコンタクトだけじゃ互いに何を言いたいかわかるような、エスパータイプではない。
「ルイは、俺たちを信頼したいんだろ?」
「はい……」
 ザクスの問いかけにルイは頷いた。
「俺達も、ルイに信用してもらえると嬉しい。少し……恥ずかしいが、他ならぬルイの頼みなら、俺は受けられるよ」
 言いながら、ザクスはルイに微笑んだ。
「まー、俺たち自身もいつかはルイとそういうことをするわけだからな。その前の予習ってことで、俺達のを見せることも悪いことじゃないかもな……」
 レグも同様に、ルイのほうを見てほほ笑んだ。
「でもさ、見て面白いかどうかは保証しないぞ……男同士だなんて、女の介入する余地がないんだ。気持ち悪くなっても、責任はとらないからな」
 ザクスはルイに釘を刺す。
「目を背けないように頑張ります」
 ルイはザクスの釘にも負けないつもりだが、それにはレグも苦笑する。
「無理するな無理するな。気持ち悪いって思う奴がいるから、俺ら煙たがられているんだ。見苦しくなったら見なくていい」
「二人のこと、目を逸らしたくないんです」
「いいよ。ルイ……そういうわけだから、レグ。今日……やろうか? 寒いし、ちょうどいいだろ」
「俺は別に寒く無いんだがな……ま、いっか」
 あまり乗り気ではないようだが、レグとザクスはルイのために愛し合う光景を見せることになった。ザクスはレグに尻尾を差し出し、レグは手を握る代わりにその尻尾を握って二人より添いながら寝室へと向かう。その後ろを、ルイは不安気な顔で付いていく。いったいどんなものを見せられるのやら、分かったものではないけれど、いつもの二人の仲睦まじい光景を見る限りでは、過剰な心配は不要だろう。
 ザクスがベッドにピョンと飛び乗り、レグはベッドの縁に一度腰かけてから、毛布を被った。二人とも、部屋の隅にいるルイのことを気にしていたが、一度口づけをしたらどうでも良くなった。
 どうでも良くなった、というのはルイなんか気にしていないというわけではなく、ルイに気を使って変な風に自分たちがすることを変える必要はないということだ。いつも通りで大丈夫だし、ルイだっていつも通りを望んでいると、そういうことだ。
 抱きしめ、口づけをするとしばらく目立った動きはなかった。レグは、ザクスの呼吸に合わせて抱きしめる力を調節している。レグがいつもやっている、息を吐くときは強めに、息を吸う時は弱めに抱くという事を繰り返すそのハグの手法は、やられていると急速に眠くなる。
 ザクスも表情を見る限り、非常にリラックスしているようで、いつ寝てしまうのかとハラハラする。レグはザクスの後頭部から背中にかけてを優しく叩いたり撫でたりしながら、彼の暖かな吐息を胸で感じてほほ笑んでいる。まるで母親が子供をめでるかのような、穏やかなしぐさだ。

 このままいつ始まるのかと、ルイも見守っているだけだとひどく退屈だ。微妙に居心地が悪そうにしているルイに気付いたのか、レグは彼女にささやく。
「性欲ってのはさ……男なら、射精したいって欲求は勿論なんだけれどさ。こうやって誰かと肌を重ねて、お互いの体のぬくもりを確かめ合うっていう……射精とは全く別の欲求もあるんだ。俺もザクスも、それが好きでね、ザクスに至っては……もう寝てる……」
「寝てるってセックスはどうしたんですか……?」
「無理にすることはないさ。思いだした頃に起きて、俺の体に悪戯するかもしれないし。このままずっと目覚めないこともある」
「もうそれ完全にセックスじゃないですよね?」
「そんなもんだよ。特にこいつはいい加減でマイペースで、時々何も言わないで俺の逸物舐めてきたりするんだぜ? あー……その、まぁその光景、見て大丈夫かどうか……」
「う、舐める!? そういえば私も……男性のものを舐めさせられたことがあって……汚く無いんですか、あれ? 私はすごく嫌だったんですけれど……」
「いや、汚いんじゃないの? でも、俺は、心を許せない相手とはキスすることだって汚いと思うがね。心を許せる相手なら、悪いことだって許しあえる。汚いことだって、心を許し合っているのならば、少しくらいは許せるもんじゃあないかな。
 大体ルイだって、俺が寝ているときに俺の奴触ってきたじゃん? 心を許した相手のじゃなきゃ、触れないでしょう?」
「あの時……起きてました?」
「はいはい、それはもうバッチリと起きてましたよっと。ばっちりきっちりと、薄目をあけながらね」
 レグにからかわれてルイは顔を赤らめていた。確かに男性器を興味本位で触れてしまった事がある。その時、汚いという感情など全くなく、無意識のうちに嫌悪感を排除していたのだろう。
「怒るつもりはないよ。俺も昔は、寝ているザクスの体に触ってあいつを誘ったものさ」
「あぁ、そういえば……ザクスさんとレグさんって、どういう風に知り合ったんですか?」
「それはそれはつまらない出会いかたさ。とある仕事に欲しい報酬があってね、でもそこはエスパータイプと虫タイプの巣窟だったのさ。だもんで、俺たち二人が弱点を補いあうために、一緒に仕事に向かおうということになって、そのままダンジョンでの仕事を終えたのさ。
 まぁ、その時の仕事で気が合ったもので、何度か一緒に仕事をするようになっているうちに、いっそ二人で一緒に住まないかってことになって、こうやって同棲を始めたんだ」
「本当にごく普通の出会い方ですね……気が合ったっていうのは、やっぱり攻撃の連携が最初からうまくいったとか、そういう感じで?」
「いやぁ、ちょっとこれは……普通の女性なら引くような話だけれど、それでもいいなら聞かせてあげるけれど?」
「えっと、もうザクスさんとレグさんが変わり者だってことは知っていますので、多少の事なら……」
「じゃあじゃあ……話すぜ。俺たちは、ダンジョンで目的のものを探し終えた後、付近の街にある宿で一泊休んだのさ。ダンジョンに入る前や、ダンジョン内で野宿もしたが、その時はなんもなかったんだがな……仕事を終えた後だから、最悪仲が拗れても問題ないと思って、俺はザクスの寝顔を撫でたんだ」
「撫でた……ですか?」
「おう、撫でた。ザクスもまだ眠りについてはいなかったみたいだから『何?』って聞いてきたけれど……俺が『もっと撫でていいか?』って聞けば、ザクスは『構わない』って答えたから、俺は続行したんだ。
 俺が顎とか胸とかを撫でているうちに……脇腹まで到達して……ザクスも、俺が何をしたいのかは察していたんだろうな。
『ためらわなくていいぞ。どこでも触るといい』って言って、前足で俺の手を股間に誘導してきた。俺の手つきも最初こそ恐る恐るだったが、ザクスが挑発的な視線で『もっと激しくやれよ』って感じでニヤニヤしていたから、俺も調子に乗ってな……ここから先も聞く? ここからザクスの大事な場所を握りしめてあんなことやこんなことを……」
「あはははは……」
 最初こそ平常心で聞いていたルイも、流石に聞いているだけで恥ずかしくなったのか、レグの問いかけには乾いた笑いを浮かべて誤魔化した。
「本当はここからが一番面白いんだがなぁ……聞きたくないならまぁ、いいか……おい、起きろザクス」
 レグは、ルイとの世間話を終えて、ザクスの耳をくちばしでつまむ。見れば、くちばしの中で舌を動かしてもぞもぞと彼の耳を舐めているらしく、ザクスはくすぐったそうに顔を揺らしている。
「なにぃ? レグ」
「何もカニもあるかよ……ルイにいつも通りの姿を見せるとはいったが、ここまでだらけた姿見せてどうするよ……ルイはもう少し激しいのをお望みのようだぞ?」
「いえ、激しいのとは言ってませんけれど……でも、こうやって寝てるだけだと、私が添い寝してる時と変わらないかなって……」
「だね。そういうわけでザクス、ちょっとルイにいいところを見せてあげようじゃないか」
 レグは呆れ気味に苦笑していた。あまりにいつも通り過ぎて、これじゃルイに格好がつかない。
「仕方ないなぁ」
 ザクスはレグのくちばしを耳から振り払うように首を振ると、眠そうな目を閉じたまま開けもせず、レグのくちばしにキスをする。軽いキスを何回も繰り返し、レグの表情が緩んだところで、ザクスは深く口づけをする。レグのくちばしの中に、自身のザラついた舌をねじ込んで、味わえとばかりに押し付ける。
 レグはその激しい口づけを受け止めながら右手はザクスの頭を撫で、左手は彼の性器を握りしめる。嫌らしい気分になっていたからか、眠かったからか、もしくはその両方か。ザクスのの逸物はすでに大きくなっていたが、その行為は毛布の下で行われているため、ルイの目にどう映っただろうか。ただ、彼らの腰あたりでもぞもぞ何かしているなぁと……何が行われているかを察することは出来るが、実際にどんなものなのか見なければわからない。
 ルイの視線が次第に食い入るようになってくるのを見て、レグもようやくルイが求めている事に気付き、彼は毛布を剥いだ。
「レグ、寒いよ」
 ザクスが薄く目を開ける。
「我慢しろ」
 恨めしそうな眼をするザクスに、じゃあ温めてやるとばかりにレグが熱い抱擁を交わす。右腕だけで抱きしめながら、左手はザクスの逸物を握り、軽く握ったまま上下にゆっくりとさすっている。
「レグは温かいけれど、これじゃ背中が寒いなぁ。俺が下になるよ」
 言いながら、ザクスは仰向けになってレグに腹を見せる。
「こうすれば背中も寒くないけれど、脇腹が寒い……ねぇレグ、温めてよぉ……」
「はいはい、仕方ないな……」
 ふやけたような顔をして笑うザクスに、レグは苦笑する。
「うーん……好き……」
 レグがギュっとザクスを抱きしめると、ザクスは目を閉じながらレグにささやく。
「なんか、ザクスさん性格変わってません?」
「ベッドの上ではこうなんだよ。ダンジョン行くと、刃物みたいな鋭い目つきするんだけれどな……ルイにこういう態度を見せたってことは、こういう姿を見せてもいい相手だって認識してるんだろ」
「うん、まぁね……でも、前からレグに甘えている態度は良く見せていたような気がするよ……ルイの前だからって自重するのも馬鹿らしいし。はー……しあわせ。ぎゅっ」
「効果音まで言葉にしないでいい」
 言いながら気持ちよさげに体を擦り付けるザクスの姿は、進化しているというのに子供のようだ。レグは呆れ気味にザクスの頭を撫でて笑っている。
「さて、腹を見せる体制ってのは、四つ足の奴らにとっては服従を意味するわけだが……ザクス、覚悟は出来てるな?」
「もちろん。来てよぉ」
 ザクスが前足を限界まで広げる。レグは仰向けになっているザクスのほっぺたをつまむと、それを横に広げてザクスの表情を崩壊させる。その酷い表情を一通り堪能した後、レグはザクスに体重を預けて強く抱きしめた。
 ザクスの表情は溶けるようにゆるんでいて、頼もしい彼の姿はどこへやら。抱擁を終えた後、レグは体を離してザクスの逸物を握りしめた。ザクスの腰が浮き上がり、レグの愛撫を受け入れる姿勢をとった。
「あぁ、可愛いよ、ザクス。ザクスのここも元気いっぱいだ……出したいのかい?」
「うん……でもすぐに出したらもったいないかな」
「またまた、お前は自分で自分を焦らすのが好きだな。じゃあじゃあ、注文に応えて差し上げましょうか」
 レグはザクスの逸物を右手で握りしめるも、揉み解すように指を動かす程度で、上下にしごいて強い刺激を与えることはしなかった。
 レグの上半身はザクスの胸の上にのせられており、ザクスはその体重すらもいとおし気に受け止め、レグを受け入れている。自分で言っておきながら、レグに焦らされると辛そうに後ろ足をもじもじとさせており、すぐにでも射精したそうだ。レグはそんなザクスを焦らすのが楽しいのか、ずっと彼を撫でながら、下半身はくすぶらせ続けていた。
 何度目かもわからない口づけや頬ずりの後、ザクスの前足が強くレグを抱いた。レグはやれやれとつぶやき、ようやくザクスの逸物を上下にしごき始めた。ザクスの口が開き、気持ちよさげに吐息を漏らす。早くも腰がぶるぶると震えだし、恐らく射精が近いのだろう。
「あぁ……」
 力ないザクスの吐息が漏れると、レグはザクスの逸物を咥え、その射精をすべて口で受け止める。射精が続く間、レグはじっとその脈動を感じていた。
 射精が終わると、レグは無言のままに口を離し、静かに彼の精液を飲み干した。
「ふう……満足した?」
「ありがとう、レグ……ふわぁ……」
 ザクスは射精の余韻に浸りつつ、大きなあくびをしてから、前足でレグを手招きする。
「どういたしまして」
 レグは手招きされるままにザクスに覆いかぶさり、彼の胸に顔を埋めながら彼の臭いを嗅ぐ。数秒ほどそうしていただろうか、何か様子がおかしい事に気付きレグはザクスの顔を眺める。
「あ、一人だけ気持ち良くなって寝やがった! やっぱり相当疲れてるなこいつ……俺はまだ気持ち良くなって無いのに」
 レグはやれやれと毒づきながら、彼に毛布を掛けてため息をついた。
「あー……眠いのにこんな事させてすみません……」
 ルイが体を小さくしていると、レグは微笑みながら彼女の頭を撫でる。
「いいさ。明日は休みだし、どれだけ寝てても問題ないから……それで、差し支えなければ感想を聞けるかな?」
「……男性の体のことはよくわかりません。ですけれど、その。気持ちいいんですよね、あれ」
「うん、そうだよ」
「なんだか、気持ち良くなってるザクスさんを見て、少し……胸がわくわくして……」
「そっか。ルイは他人が幸せそうにしてるのを見るのは好きか?」
「はい、レグさんやザクスさんがが幸せそうな顔をしていると、こっちまでなんだか幸せになったような気分で」
「そうか、なら大丈夫だ。こういうので一番大事なのは、相手を想うことだ。相手を大切にしたいって気持ちがあるならまぁ、何とでもなるんじゃあないのか」
「だと、いいんですけれど……」
 実際に二人とセックスするということになったら、そんな気持ちを持ち続けることが出来るのだろうか心配でならない。
「優しくゆっくりやるさ。最悪、俺たちが満足できず、不完全燃焼になろうとも構わない。安心しろ……お前を傷つけることはないさ、ザクスも俺も」
「信用しますよ。それでも怖いけれど、たぶん……一回やっちゃえば、何とでもなると思います。だから、初めての時は……よろしくお願いします」
 怖いのは紛れもなく本音だったが、信じるというのもまぎれもなく本音だった。どうしてもあの時の光景が頭をよぎるが、二人があの時の男たちのように自分をめちゃくちゃにするはずはない。
「私、私も、ザクスさんやレグさんを楽しませてあげたいです。あとは、一歩踏み出すだけですから、その一歩を、どうか、見守ってください」
「ここまできて、ルイを再び男嫌いに戻すような真似はしないよ。だからだから、安心してくれ」
 ルイに頭を下げられたレグは、そんなことする必要はないよとばかりに彼女の肩を掬いあげた。見つめ合った彼女の肩をそっと叩くと、ルイは言葉なくうなずいた。
「それじゃ、おやすみなさい。ごゆっくり……」
 そう言って、別室に行こうとするルイの背中に、レグが指先でつついて呼び止める。
「ここで寝ていく? 三人で一緒にさ。俺は毛布いらないからさ」
 数秒悩んだルイだったが、この寝室のベッドは藁を敷いたものなので、広げようと思えばいくらでも広げられる。今なら、二人に囲まれていようとも眠れる気がする。
「はい、喜んで」
 ルイはその日、ザクスとレグに寄り添われながら、それでも緊張することなく眠りについた。

15 [#5qMf5QL] 


 月日が流れ、また春が来てルイに発情期が訪れる。ルイはレグとの喧嘩の鍛錬にも身が入らなくなり、おかしいなと自覚したあたりで、男二人も彼女の匂いに気付いてしまう。二人とも、言葉にはしなかったがルイへの態度は非常によそよそしかった。彼女から求めてくるのを待っていたようだが、彼女としてはどのように切り出せばいいのかなんて全くわからないため、切り出すことも出来ず……。
 もじもじと股をこすり合わせ、せわしなく手を動かして何とか気を逸らそうとしていたが、それでは何も解決しないのは明らかだ。結局、放っておいても何も進展しないことが分かったので、ザクスが最初に話を切り出すことに。
「ルイ、発情期だよね? 辛くない?」
「えぇ、はい……お恥ずかしながら」
 ルイはうつむきながらザクスに告げる。
「どうする? 今日なら出来るんじゃない? 俺たちも、このまま匂い嗅いでばっかりだと辛いものでさ……」
 ザクスは直接的な表現こそしなかったがルイも何を言われているのかは理解できる。ルイは二人の顔を見回し、一度深呼吸。
「あの、私と……セ、セックスしてくださいっ」
 息が詰まる思いだったが、何とか言い終えることが出来て、ルイは安心する。しかし、安心と同時に恥ずかしさがこみあげてきて、ルイはすっかり下を向いてしまった。
「いいよ、いつ始める?」
 ザクスが問うも、ルイはやはりうつむいたまま。
「えっと、それはその……」
 それらしい返答は何も言うことが出来ず、ルイはもじもじするだけ。
「ザクス、あんまりせかしちゃいかんだろ」
「いや、急かすつもりはなかったんだけれどなぁ」
 レグに釘を刺され、ザクスは苦笑する。じゃあどうするかと、二人が話し始めたのを見て、ルイはいたたまれない気持ちになるうちに、その状況を打破するべくつい勢いで口走る。
「今日、夜! 私……お風呂入ってきますので、二人がその気なら……いつでも来てください」
 言いきってしまって、恥ずかしさのあまり顔を伏せたくなるのをこらえて、ルイはひたすら二人を直視する。歯を食いしばって睨むかのような形相に、二人は気圧されてお互いの顔を見合わせる。
「無理しないでくれよ」
「ルイ、俺たちのことよりも自分のことを気遣えよ……ゆっくりゆっくり、無理せずな」
 ザクスとレグ、二人に気遣う言葉をかけられると、これ以上は恥ずかしさに耐えられそうになくて、ルイは風呂へと駆けだした。悶々とした気分で体を洗い終え、ルイは期待と不安の二つに板挟みになりながら、一人寝室で藁のベッドを用意して二人を待っていた。
 そうして、どれほどの時間が経っただろうか。一人で待つ時間は不安に押しつぶされそうであった。すぐにでも来てほしいのに、このまま来ないでほしいという矛盾した感情にさいなまれながら、周囲の音から耳をそばだて7小さく震えている。
「なぁルイ、体洗ってきたよ」
 寝室のドアを開け、ザクスが歩み寄ってくる。ルイの肩に、ザクスの手が優しく触れた。ルイは少しだけ肩をすぼめたが、優しい手つきだから危険はないと、何度も深呼吸をして振り返る。
「ザクス……レグもいるんだ」
 ザクスはお座りの姿勢をして、レグは床に胡坐をかいて座っている。
「まぁ、二人揃ってじゃないとね。それでどうするの、ルイ? 無理そうなら今日は諦める?」
 ザクスはあくまでルイに無理を強いるつもりは無いようだが、その質問は意地悪だ。せっかくの決意が揺らいでしまう。
「いや、やります。何でも、どんとこいです」
 ルイは泣きそうなくらいに目を潤ませる。怖いのをこらえているのだろう、こっちまでもらい泣きしそうなくらいに必死な形相だ。
「わかったわかった。そういうことだ、ザクス……もう、ルイの決意を揺ら出せるようなことは言うなよ? 勢いに任せたほうがいい時もあるさ。じゃあ、始めようか……」
「いきなりか? いや、それがいいか」
 レグに促され、ザクスはルイの左隣に。レグはルイの右隣に腰を落ち着け、二人で挟み込む形になる。何でもない状況だというのに、無駄に呼吸が、ザクスは彼女の唇に前足を乗せて呼吸を制す。
「深呼吸して。ほら、落ち着かないと」
 ザクスが前足を離すと同時に、レグはルイを抱きしめ、彼女の呼吸のリズムに合わせて自身も呼吸する。ルイの呼吸は運動をしているわけでも無いのに。意味もなく激しい呼吸だった。レグはそれに合わせてルイを抱く力を変えて、彼女が息を吐くときは強く抱きしめ、吸う時は触れるだけになるくらいに優しく抱く。
 最初こそ彼女のペースに合わせていたが、レグは徐々に徐々に、意図的に彼女のペースから腕の力加減を遅らせた。

 ルイの呼吸はレグの手つきに合わせるようにだんだんとゆっくりになり、二人が触れている状況にも少しは慣れた。だが、今日はこのまま添い寝して終わりではなく、誰にも触らせたくない場所を晒し、身を預けなければならない。
 こうして落ち着いたのを確認したら、二人は触らせたくない場所を触りに来るのだろうか。考えれば考えるほど、怖くて訳が分からなくなる。だが、二人の優しい手つきはどこにも伸びることなく、ただルイを包み込んでいる。パニックを起こすことを許されないような優しい抱擁を続けられる。ルイはたまらず、暗闇に怯えた幼子が親にそうするように、二人にしがみつく。
「落ち着いた?」
 ザクスに語り掛けられ、ルイは黙って頷いた。
「じゃあ始める。絶対に痛くしない自信があるから、今は楽にして」
「そうだな、まずは刺激の少ないことから、少しずつ少しずつだ」
 ザクス、レグ共に、ルイを抱きしめるのみならず、少しずつ敏感な場所へと触れていく。ザクスは首筋を撫で、レグは脇腹をさすり少しずつ彼女の力を抜いていく。
 ザクスは頬に口づけをして、レグは頭を撫でて。ザクスは腕に頬ずりをして、レグは胸をさすり。やることは違えど、二人の目指すところは同じ。ルイをその気にさせることだ。
 二人の男に囲まれるだなんて、彼女にとっては怖いことだろう。それでも怖くないと思ってもらうには、やはりいやというほどに慣らしてあげないといけない。そんな二人の頑張りが実を結んだのか、すっかり冷えてしまった彼女の体も徐々に熱を帯びてきて、腕を抱き締めているザクスを軽く抱き返した。
「ザクスさん、好きです」
「うん、俺も好きだよー……レグの次に好きー」
 ルイは、ザクスの顔に頬ずりをすると、なんと自分から彼に口づけをする。口同士をチョンと触れ合わせるだけの軽いキスだが、ザクスの吐息を直で感じ、彼の匂いで肺を満たす。
 レグの胸よりもずっと広いルイの胸に抱かれるのが気に入ったらしく、ザクスはルイにされるがままになりながら、幸せそうな顔でゴロゴロ喉を鳴らす。
「ふふ、可愛い……」
「まーたやってるよこいつ……ルイをもてなすはずじゃなかったのか。お前がもてなされてどうするよ……」
「……いいですよ。ザクスさんは、ベッドの上じゃ性格が変わるんでしょ? 私に対しても同じように性格が変わるってことは、それだけ私に対して気を許してるってことじゃないですか」
「かもな。こいつは懐くとどこまでも気を許すから……」
 ザクスに呆れるよりも受け入れることを選んだルイを見て、レグは安堵の息を漏らす。ザクスはルイに甘え続けており、彼女を独占しているため、レグはどうしたものかと困り顔。
 仕方がないので、ルイではなくザクスのことを背中から抱きしめ、彼のことを撫でた。
「あ~幸せ……ルイとザクスの二人にはさまれてる……」
「あーもう、ザクスはこれだから……ルイをもてなすのはどうしたんだ」
 悪態をつきながらも、結局レグはザクスのことを甘やかす。ザクスは甘えるのがうますぎて、どうにもペースを持ってかれてしまう。
「いいじゃあないですか……私、ザクスさん好きですよ。この程度で幸せになってくれるなら、いくらでも撫で続けられますって」
「それは嬉しいんだけれど……でも、ルイも幸せにならなきゃだめだよ……こうやって抱き合ってるだけでも幸せになるとは思うけれど、それ以外にも幸せを感じる方法はあるはずだからさ」
「確かに、こうして抱いているのは幸せですけれど……逆に、少し辛い気もします。下半身が疼いてしまって……わかるんです。体が求めているって……美味しい料理の臭いを嗅いだ時のように、無性に欲求が湧き上がってきて……それに、今なんですけれど……ザクスさんを抱いているのはいいんですが、お腹にあるものが当たっているんですよね。私の下半身は、どうにもそれを欲しているようなんですが……」
 ルイはそれに自分から触れ、今日は握りしめてみた。以前も、レグやザクスが寝ている間に触ったことはあるが、こうまでがっつり触ったのは初めてだ。ザクスはレグに触られることは慣れているが、ルイに触られるのは初めてなので、少しだけ警戒した。
 強く握られすぎやしないかとひやひやしたが、ルイはその点慎重で、腫れ物を触るような手つきなので、痛みを覚えることはなさそうだ。そのままどうすればいいかかわからないといった様子のルイに、落ち着き払った様子で微笑みかける。
 もっとも、彼が微笑みかけた顔は、抱きしめているルイには見えないだろうが。
「ルイ、もうちょっと強く握ったらそのまま上下にゆすってみて」
「……ん、こうですか?」
「そう。気持ちいいけれど……もうちょっと強く」
「ん、こうですか?」
「うん、いい感じ。そのまま優しく上下にさすったら、俺が気持ち良くなる」
「ははぁ……続けてみます」
 ザクスに言われ、ルイは彼の逸物を握りしめたまま、上下にさする作業を続ける。
「……なぁ、ルイ。ルイはどこか触って欲しいところはないのか?」
 ルイから与えられる快感を堪能しながらザクスが問う。
「股の間……女性にとって一番大切な場所……そこを触られるの、怖くって……でも触って欲しくって。矛盾してますけれど……ちょっと怖いんです。でもここまで来たら、私も素直に、気持ち良くなりたいです……どっちなんでしょうね。触って欲しいのか、欲しくないのか……」
「ルイは怖がりだから素直になれていないだけだろう? 今まで俺たちは怖くないって、ずっと教えてきたから大丈夫。頑張って、勇気を出して」
 ザクスがルイとレグに抱かれながらささやく。
「……目を、瞑っています。私の事、好きに触ってください」
 ルイは言うなり、おずおずと目を閉じザクスの逸物から手を離す。彼女は完全にリラックスして、ベッドに背中の甲羅を預けた。
 股は開かれ、女性を象徴する部分がはっきりと見えて、じっくりと見てみればすでに粘液がたまっているのが分かる。
「わかった。じゃあルイ……ゆっくり行くよ」
 ザクスは言い終えると、ルイの左側に座し、彼女の首筋に舌を這わせる。ざらついた彼の舌が急所に触れると、ルイは思わず身じろいだ。
「いいんだないいんだな? ルイ、俺も始めるぞ?」
 ザクスがルイへの責めを開始したことに便乗して、レグも責め気を出した。ルイはレグの言葉に頷いて彼の接触を待つ。レグはザクスとは逆、右側に座して、ルイの右手を自身の左手で優しくつかむ。ルイはレグの掌を感じると、応じるようにそれを握り返す。レグは残された左手でルイの内股をさすった。
 女性にとって最も大事な場所には触れられていないものの、そこに極めて近い場所だ。触れられていると、体の奥底から本能的な欲求が沸き起こり、無性に疼いてしまう。
 レグが内股をなぞるたびに、その欲求が小さくこみ上げていく。そのまま手を伸ばしたくなるような、股同士をこすり合わせたくなるような。思わずルイが右手を伸ばしてそこへ触れようとすると、レグの手は強くルイの手を握りしめてそれを阻止する。
 初めて意地悪な行動をしたレグに、ルイは不安げな瞳を向けるが、レグは言葉を返さず微笑み返すだけ。ルイへと軽い口づけをすると、何も言わずにルイが触れたかった場所を、代わりにさすってあげる。その瞬間、ルイに強い緊張が走ったのが分かった。
 彼女にとって最も苦い思い出が残る場所だから、他人に触れられることで無意識のうちに緊張するのも無理はない。ここが正念場だと、ルイも二人も確信した。。
 恐怖による緊張という、セックスするには最悪の精神状態になった彼女を前にしても、レグもザクスもやることは変わりなかった。ザクスは首筋を舐め、レグはルイの陰核を指でなぞる。
 彼女が緊張するのならば、彼女が緊張しているのが馬鹿らしくなるまで、こうして責め続けてやればいいとばかりに、ゆっくりじっくりと慣らしていく。緊張状態を長く続けるのは難しいものだ、そう長くはかかるまい。
 ザクスもレグも拍子抜けする程人畜無害な二人である。目を瞑っていても、痛みなど襲い掛かるはずもなく、レグとザクスの愛撫によって疼きだけが加速する。緊張するなんて馬鹿らしいと思うまで、時間はそうかからなかった。
 そうして再び、レグの指がルイの陰核に触れる。先ほどまでさんざん焦らされ疼いていた場所だ、触れられるだけでも嬉しかった。気付けば恐怖心はなく、レグの指にいとおしさすら感じる。ルイは思わずレグの腕を握り胸に抱きよせた。
「レグ、続けて」
 自然とそんな言葉が漏れて、レグ嘴を舐める。
「ルイ、大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫」
 レグの言葉にルイがうなずく。
「あなたたちは怖くないって信じてる。レグもザクスも私を好きにして」
「はは、これはこれは……大胆なことを……じゃあ、好きにさせてもらうよ」
 ルイの申し出にレグはほくそ笑んで頷いた。
「レグ、無理はさせるなよ」
「心配するなザクス。それに、そんな事を言ったら逆にルイが不安になるだろう? こういう時は黙って抱いたりしてあげるべきだぜ? こうやってさ」
 レグがルイに深く口づけをした。唇と嘴をぴたりと吸い合わせ、舌を相手の口の中に滑り込ませる、大人の口づけ。ともに、鼻で息をしながら、長い時間目を瞑り、沈黙のまま時間を過ごす。
 レグの指はいまだルイの敏感な場所を触れていて、そこに感じる快感は口づけの最中も少しずつ熱を増していった。口を離した時にルイが息切れしていたのは、口を塞がれていたからではないだろう。
「ルイだけキスするなんてずるいな……俺もレグとしたい」
 その光景を見て、ザクスがぼそりとつぶやいた。
「えー……じゃあ、ザクスさんもレグとキスしていいですよ……って、あれ? なんか違いません!?」
「おいおい、それは違うだろ!? お前どれだけ俺のこと好きなんだよ!?」
 ルイは勿論、レグも混乱していたが、ザクスは構わずレグに深い口づけをする。口づけ自体はいつもの事なので、レグも仕方なくザクスの要求を苦笑しながら受け入れる。レグがざらついた舌を絡めてザクスを喜ばせると、ザクス口を離して舌なめずり。
「ルイもキスしよ?」
「え!? あ、はい」
 ザクスは甘えた声と顔で、ザクスに濡らされたが渇く前にルイへと口づけをする。
 ルイは半ば不意打ちのようだったザクスの口づけに驚きながらもそれに応じ、レグのそれとは温度も味も感触も違う口づけにとろけそうになる。ザクスの口づけは、ルイのそれよりも巧みでねちっこく、それでいていやらしい。彼に心を許していなければ嫌悪感がわきそうな口づけだが、それだけに心を許した今は心地よかった。
 一通りの口づけが終わると、レグはルイの耳に囁く。
「そろそろ、メインディッシュに移るよ」
 言うなり、ザクスは十分に濡れたルイの膣に自身の中指を滑り込ませる。ねじるように回転させながらゆっくりと挿入して、同じく回転させながら抜く。そのゆっくりとした動きの合間に、親指は彼女の陰核を捉えて、ずっとそこを愛撫していた。
 レグが指を突っ込んだ膣内は、まだかすかに痛みを伴っているが、それも陰核から与えられる快感によって、少しずつ誤魔化されていた。レグは男性ばっかり相手にしているようだが、女性を相手にすることにも慣れているのか、膣を愛撫する手はとてもゆっくりなのに、陰核を弄る親指はぐいぐいと刺激を与えてくるため、ルイは痛みを感じることもなく快適だ。
 快感に耐えきれず、ルイからは少しずつ声が漏れ、目がうつろになる。そうこうしているうちに膣内の粘液は量を増し、膣の周りの筋肉もほぐれてきたのか、徐々にレグの指を二本のみ込むだけの余裕も出てきたように感じる。
 だが、レグは無理をさせず、まずはルイに気持ち良くなってもらうことにして、陰核を弄る親指の動きを加速させた。そうこうしていくうちに、ルイの中でこみ上げた快感は今まで感じたこともないほどに膨れ上がり、恐怖心すら覚えるほどに脳を塗りつぶす。
 気付けばルイの頭は真っ白になっていて、控えめに声を上げたルイの膣が指を強く締め付けるのを感じて、レグは彼女が絶頂を迎えたことを知る。
「どうした、レグ?」
 ひたすらルイの首筋を舐めていたザクスは、レグが指を止めたのを見て何か気付いたのだろう。
「いや、ルイがイッたなって……指をグイグイ締め付けて来る」
 レグはその隙を見逃さず、まだ快感で意識が浮いている最中のルイの膣内へ、もう一本の指を滑らせる。少しだけ痛そうな顔をしたルイだったが、その後レグは僅かに指を上下させ、彼女の筋肉をほぐした。
 やはり最初こそ痛がっていたルイだが、ザクスが彼女の乳首を舐め、ルイは相変わらず陰核を責め。快感を浴びせ続けた。ルイは腰が浮き上がり、腕も足ももだえるようになり。そうこうしているうちに、ルイの膣はレグの指をすんなりと受け入れるようになっていた。
 ひたすらゆっくり、焦らすような手つきで出し入れしていた指も、だんだんと遠慮のないスピードで出し入れするようになった。もうルイは痛みと言えるものは感じていなかった。
「ルイ、そろそろ具合も良さげだな……」
 レグは指で捉えた膣の感触を反芻する。今の彼女は締め付けこそあるが、無理やりねじ込むような感触はなく、指を入れるときもきつそうな表情はしない。
「悪いね、レグ。手先が器用だからって、ルイの体を慣らすの任せちゃって。俺の手じゃ難しいからさぁ……」
 そうなるまでずっとルイの体を慣らしてくれたのはレグである。ザクスは首筋や胸のあたりを舐めていただけなので任せっきりだったザクスに対しては負い目があったが……
「いいのさいいのさ、適材適所だ。それに俺も、こういう風に女を気持ちよくさせるのは嫌いじゃない。むしろ好きだ」
 そんなことは気にする必要ないさと、レグは笑う。ルイは快感の熱に浮かされているからか、ボーっと放心している。
「それでルイ……今なら俺とザクス、どちらのも受け入れられるだろうけれど、どうする?」
 ルイはもう恐怖はなくなっていた。今ならどちらに抱かれても怖いなんてことはない。だが、それとは別に問題があって、ルイは指をもじもじと弄りながら恥ずかしそうに顔を伏せている。
「どうすればいいのか……ちょっと、分からないかな。怖いわけじゃなくって……どうせなら、どっちにも先に楽しんでもらいたくって。えっと、でも私は、ザクスさんもレグさんもどっちも好きで……どっちが先かとか、選べないです」
「なら、コイントスで選ぶか。レグ、表だったら俺が先な」
 ルイが迷いを口にすると、ザクスが間を置くことなく即提案する。
「まぁ、それがいいか、じゃあ裏だったら俺か」
「お二人とも、決断が速いのですね……」
 そんな二人を見て、ルイは自分の優柔不断さを恥じた。ザクスはベッドルームの片隅に置いてあった探検用のバッグから一枚の硬貨を取り出すと、迷うことなくそれを放り投げる。
「まぁ、決断が遅くなるとどんどん状況が悪くなることもあるしな。今だって取り返しがつかないようなことはなくとも、せっかく温まった体が冷えていいことはないだろ? で……表だ、ザクスが一番乗りだな……ちぇっ」
 冷静なように見えて、レグも実は一番乗りが良かったのか、小さな声で毒づいた。
「わかった……よろしくな、ルイ。こう、なんというか気にしていない風で悪かったが……実は一番乗りが出来て結構嬉しいんだよな。その……レグには悪いけれど、先に貰うぜ」
「あ、その……期待していただけるのは嬉しいのですが、私初めてじゃないですし……どう動けばいいのかも良くわからないし……きっとされるがままで」
「知ってる。だとしても構わないよ……良い思い出を作ってあげるのは大好きなんだ」
 ザクスはルイに微笑み、彼女の頬を舐める。ルイもお返しとばかりにザクスの顔を引き寄せ、口づけした。ザクスはとてもいい匂いだ。
「じゃ、お願いします。もう、何も怖くありません。私を女にしてください」
「後悔はさせないよ」
 ルイは微笑み、ルイの体をじっくりと眺める。下半身はレグが慣らしてくれたおかげですっかり出来上がっており、もの欲しそうにヒクヒクと小さく痙攣している。
 ザクスはずっとレグとばかりやっていたから、女性を抱くのもずいぶんと久しぶりになってしまう。流石にそれではいけないと、先日金で女性を抱いたが、商売で抱かれている女はあまりに慣れすぎていて、参考にならなかった。
 ルイは恥ずかしそうに目を逸らしているし、自分から誘って挑発するような真似もしない。これじゃ何のために女性を抱いたのかと、ザクスも苦笑いだ。
 結局は、出たとこ勝負しかない。痛がったら即座に終わりにすればいい。収まりがつかないならレグに何とかしてもらえばいい。ここでルイを怖がらせたり嫌な思いをさせることだけは避けなくてはと、ザクスは深呼吸で覚悟を決める。
「いくよ」
 優しくルイに語り掛け、ルイの体に跨り逸物を彼女の膣へとあてがった。レグのおかげか、大した抵抗もなくぬるりと入る。もともと、ザクスの逸物はあまり大きくはないので当然と言えば当然か。
「痛くない?」
「引っ掻かれるような痛みが……でも、これくらいなら……」
「俺のはトゲが生えてるしな……ゆっくりやるか」
 言いながら、ザクスは言葉通りゆっくりと出し入れする。やはり少しは痛いのか、歯を食い結んでいたルイだったが、次第に慣れてきたのか口が開いてだらんとしている。
「悪く無いようだね。ルイ……ちょっとだらしないけれど、幸せそうな顔してる」
「え……そうなんですか?」
 ルイに微笑まれると、ルイははにかみ喜びを露にする。
「すれ違いざまにちょっと触れてしまっただけで、露骨に嫌な顔をしてた時からは考えられないね……素敵な顔」
 ザクスは口説き文句のようにルイを褒める。そんな彼も、下半身をせわしなく動かしているため、あまり余裕はなくなってきているようだ。息が切れるのは勿論だが、出すものを出すのも近い。
「ルイ」
 終わり際、ザクスは一言つぶやいた。ルイは崩れそうな表情を笑顔に保ちながらうなずいた。何のために名前を呼んだのか、それはもう分かっているとでも言いたげだ。
 ルイの仕草を見て、ザクスは遠慮することなく、そのまま彼女の中で射精した。下半身で込みあがった熱が一気に流れ出ていくのを感じながら、ザクスは冷静さを取り戻していく。
「……ふぅ。ルイ、頑張ったね」
「頑張っていないですよ……ずっと身を任せてるだけですし……やっぱり、全然怖く無かったです。幸せです」
 少し息を切らしながらルイがザクスを見つめる。
「というか、ザクスさんはどうでしたか、私だけ楽しんでませんよね?」
「あぁ、もちろん楽しんだよ。いやぁ、もう俺このままルイをずっと抱きしめていたいくらいに……ルイは包容力のある体で……レグの体とは全然具合が違うけれど、こういうのもいいものだなぁ……」
 ザクスは体から力を抜いてルイの広い胸に顔を埋める。ルイは彼のことを抱きしめて、子供をあやすようにそれを受け入れた。その光景を眺めながら、雰囲気を壊すためにレグはは咳払いをした。
「ザクス、気が済んだら俺にも代わってくれ。俺だって、ルイを抱きたくって仕方ないんだ。せっかく仲良くなったんだしな」
「あぁ、済まない……どうぞ、レグ。いやぁ、ごめん、二人の世界に入ってた……こんなに幸せなんだもの。浸っていなきゃ損でしょ?」
「えぇ、幸せですよね……ザクスさん。ですが、今はレグさんに譲りましょう
「うん、ありがとう、ルイ」
 すっかりとろけ切っているザクスとルイのやり取りに、レグは苦笑する。ザクスは疲れと満足で重くなった体を起き上がらせ、ルイの上から退いた。
「そういうわけでルイ……行けるか?」
 露になったルイの体を撫で、レグが問う。
「大丈夫。レグも来てください」
 ルイは腕を広げて、レグを迎え入れる。レグはルイの胸に飛び込んで彼女の抱擁を受けとめ、彼女に静かに口づけをする。静かに応じたルイは、レグのことをぎゅっと抱きしめたまま大きく深呼吸をする。ザクスとは全く違うが、こっちもいい匂いだ。
「ルイは少し積極的になった?」
「えぇ、まぁ……ザクスさんに抱かれて、いろいろ吹っ切れました」
「そうか。積極的になってくれるなら二番目というのも悪くない」
 そうはいっても、まだ恥ずかしそうに照れた顔をしているルイの頭を撫で、レグは一度深呼吸を挟むと、ルイの膣へと自身の逸物を沈み込ませる。
「あぁ、指で感じて想像してた通りだ。すごくすごく気持ちいい」
「レグさん、温かいですね……」
「まあな、炎タイプだから」
 ルイが全く苦しそうにしていないのを見て、レグは気分を良くしながら腰を前後に動かした。ルイは甘い喘ぎ声をあげている。
 『ふあぁ』とか、『ん……』とか、鼻から抜けるような小さな声は、ルイがいかに逞しい体つきでも体は女性なのだということを実感させてくれる。
 視覚はもう不要だとでもいうのか、今のルイは完全に目を瞑っている。怖がって目を瞑っているのではなく、心の底からリラックスしたその顔は、むしろ今すぐにでも眠ってしまいそうなくらいに心地よさそうだ。
 彼女にとってのセックスというものはきっと、そういうものなのだろう。心から安心できる相手に体をゆだね、そよ風を受けるように快感を味わう。まるで天に昇っているかのように心地よさそうだ。
 レグは激しくするよりも、長い時間彼女を楽しませてあげたほうがいいと思い、呼吸を整えながらゆっくりとルイを楽しませる。レグはルイになるべく負担をかけないよう、ベッドに手をついて体重もそこに預けていて、ルイはその手首をいとおしそうに撫でている。
 ルイは他人のぬくもりを感じるのが楽しくて仕方がないのだろう、甘えたルイの態度はザクスを相手にしているときと同じく、レグの母性のようなものが大いに刺激され、感触を受け止めるレグは、彼女の積極的なしぐさについついうれしくなる。何度も何度も彼女の名前を呼びながら、返ってくる甘い声で耳を癒す。ルイに対するいとおしい気持ちが少しずつこみ上げる中、レグも鼻についたような声を上げて果てた。
「ふぅ」
 腰の動きを止め、レグはルイの中に精液を注ぎ込む。ルイはそれを感じながら、満足げな表情でレグの欲望を受け取った。
「あぁ、幸せです……あんなに怖かったことも、好きな人とならこんなに嬉しく感じるんですね……」
 まだ下半身に残る快感の余韻に浸りながらルイは笑みを浮かべる。
「思えば不思議な縁でしたね。私は親から結婚を迫られると、男性から性交渉を求められるのが嫌で、同性愛者のザクスさんなら性交渉も求められないし、男性と一緒に住んでいれば親も結婚を迫るようなことはないと思って一緒になりましたが……今思えば、本当に私って馬鹿ですよね。そんなことのためにお二人の家に転がり込むって。
 オカマだなんだと馬鹿にされていることなんてわかり切っていたはずなのに、そんな場所へ飛び込んじゃうんですもの」
「実際、馬鹿にされていたし、ルイもそのとばっちりで思いっきり馬鹿にされていたからなぁ。こんなはみ出しものに目をつけるだなんて物好きな女だよ。今でもその認識は変わらないね」
 ザクスはそう言って笑う。
「えぇ……でも、はみ出しているからこそ、同じはみ出し者の受け皿になれることだってあります。私みたいなはみ出し者は、きっとザクスさんやレグさんだからこそ受け入れられたんです。世間の皆さんは、オカマなんて何も生み出さない、生産性のない奴だって心無いことをいう人もいますが、少なくとも私の事は救ってくれました……
 お二人とも、とっても優しくて、いつの間にか私の男性不信も治ってたりして……馬鹿な頼みを聞いてくれて、本当にありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします」
「そういってくれると、俺たちも受け入れた甲斐があるってものさ。ってか、最初は俺たちも変なお願いだと思ったし、家の掃除と家賃の折半してくれるって話で家に来てもらっただけなのに……今じゃ、実質的に妻になったようなものてのは、不思議な縁だよな……あぁ、そうだ……そのお金を節約したかった理由が……」
 ザクスはレグとルイが夢中になっている間に用意していたのか、サファイアの指輪を前足でルイに差し出した。
「これだよね、サファイアが取れるダンジョン。いやー、隠しておいた洞窟の入口……絶対に見つからないようにって念入りに隠したら、俺達でも見つけるのに苦労してね……一日かかってやっと入り口を見つけたのさ。それで、入り口こじ開けて、中で原石を採掘してきたんだ。それを、工房で加工してもらってきたんだけれど、綺麗でしょ?」
「採掘したのは俺の拳だけれどな。格闘タイプの拳は道具いらずだ」
 得意げに語るザクスに、レグが水を差す。
「本当にきれい……湖のような青ですね。でも、今渡されても困っちゃうな……汚れちゃいます。はは、またあとでつけてみます」
 まだ体も洗っていない状況でこんなものを渡されては、扱いに困ってしまうとルイは苦笑する。ザクスはバツが悪そうに笑ってごまかすのであった。
「しかし、勢いに任せて中に出しちゃったな……まだダンジョン周りの土地を買うだけの貯金はたまっていないけれど……これからお金が入り用になりそうだ」
「子供出来ちゃうかもですからね」
 ザクスの語る言葉に、ルイは困っている風でもあったが、反面それが嬉しいのか、声が弾んでいる。
「そうなると家政婦雇わなきゃだし、色々大変だねぇ……家政婦を雇わないことでお金を節約するためにルイを招きいれたのに、逆に金がかかる始末とは……」
 ザクスは苦笑する。
「本末転倒だな。ま、いいさいいさ。土地を買う予定額まであと少しだ。子供が出来たとしても、少しずつ頑張って貯めていこう。やれるやれる」
 レグもザクスと似たような表情をしていた。
「やるっきゃないな。まだ決まったわけじゃないが、俺が子供を持つことになるだなんて予想だにしなかったが、やるとなった以上は、金の面は任せとけ。きっちり稼いでくるからさ」
「お願いしますよ、ザクスさん。たとえ家政婦を雇ったとしても、子育てには多くの時間が必要なんですもの」
 行為を終えた後、明るい未来へ思いをはせる三人の会話は、まだ収まりきっていないルイの体が再び疼きだすまで続いた。ルイがもう一度二人の体を求めると、今度は十分に休息したザクスが彼女の体を鎮めた。
 ザクスは早く果ててしまう分量は少なく何度でも出来るような体なので、ルイに数で勝負をした。彼の性器に並んだトゲが少し痛かったが、彼のしなやかな体に抱かれるのは、レグに抱かれるよりもよっぽど心地が良い。むしろ、性器による刺激よりも抱かれることそのものを楽しみたくなる肌触り。ルイは射精されてザクスの動きが止まってからも、彼の体の臭いを嗅ぎ、その肌触りに没頭する。
 性的快感を得るだけなら自分の指だけでも全く問題ないが、こうやって性的快感以外の満たされた充足感を得られるのが性行為の醍醐味だ。彼女の幸せそうな顔を見て、男二人は自分たちがやってきたことを間違いではないと確信した。

 二人はルイの求めに応じて夜遅くまで付き合い、疲れ果てたら体を洗って三人仲良く並んで眠った。発情期の間はルイも毎日だって求めたい気分だったが、毎日そんな生活をするわけにはいかないので、男二人が留守にしているときはルイも我慢をいたし、二人が戻ってきたときは、存分に二人に甘えて素敵な夜を過ごす日々を続けた。
 ルイの発情期の最中は、そうやって睡眠不足になる毎日であった。

16 [#30uSACH] 


 そうして、発情期も終わって数か月後。
 ザクスとレグはここ数日、必ずどちらかは街にいて、いつでもルイのサポートに入れるように仕事休みがちであった。と、いうのも彼らの家にはルイが生んだ卵が一つある。卵を産んでからというもの三人の誰かが常に交代で温め続けており、孵化が近くなった最近は、ザクスもレグも仕事に出かけることなくずっと家にいる。
「卵の中身、動いてますね……めっちゃ動いてます。もうすぐ孵化しますよ」
 レグの胸に抱かれた卵に耳を当て、ルイは期待に胸を躍らせていた。
「どの種族なんだかなぁ……俺の種族だと嬉しいけれど。確率は四分の一かぁ……ハリマロンの確率が半分だし」
「それはそれは、俺だって同じ考えさ……でも、どの種族でも、俺たち三人の子供だろ? チョロネコが産まれたからザクスの子供とか、アチャモが産まれたから俺の子供とか、そんなことを考えてるようじゃいけない。どんな姿で生まれようと、愛情いっぱいに育てないとな。
 たとえどんな姿であっても、愛する者の子供であることは変わりないんだ、親友の子供をないがしろになんかできないだろ?」
「よくよく考えると、三人で子育てですかぁ……昔、私が思い描いていた家族像とはだいぶかけ離れてますが……なんとかなりますよね?」
「一人より二人、二人より三人。大丈夫だ。稼ぎ頭が多いんだからどうにだってなるさ。金のことは任せろ、金以外のことも出来る事は任せてくれ」
 ザクスは言いながら卵に視線を戻す。三人の子供は、懸命に卵にひびを入れている。見守る三人は、割るのを手伝いたい気持をぐっとこらえて、中身が明らかになるその時を今か今かと待ち続けた。

あとがき 


 こんばんは、いつもの通り分厚い仮面のリングです。今回、7票いただいて優勝の名誉をいただき、誠にありがとうございます。
 今回のお話のコンセプトは、『どんな生き方でもいいじゃない』という事です。もちろん、他人に迷惑をかけるような生き方をするのはいけませんが。
 そんなわけで、主要人物の三人は全員一癖ある事情を抱えておりますが毎日を充実して過ごし幸せに見えるよう気を使いました。

 例えば、男女がくっ付いて子供を産むというのは幸せの形として理想の一つですがそれだけが幸せではありません。そういった誰かの幸せの基準に従わなくてもいいし、親に気遣いすぎる必要もないし、誰を愛してもいいし、子供とかそんな難しいことを考えなくてもいい。
 ただ、そういった普通の幸せを手放してでも手に入れた幸せは、もちろん価値のあるものです。男同士だろうと女同士だろうと、愛する人と一緒になれるというのは良いものですが、そのために諦めなければいけない幸せもあるものです。
 男性同士の作品も書いたことがありますし、そういう作品も多い昨今です。しかし、それはそれで幸せだとしても、子供を得るという幸せは手放さなければいけないという現状です。
 なので、誰を愛するかという問題にもう一歩踏み込んで、何人を愛してもよいというところまで考えてみたのが今回の作品でした。
 日本では法律の上では同性婚すら許されていない現状、このお話のように三人で同居生活ということもなれば、周りから何を言われるかもわからないので心を強く持たねばならない、いばらの道となるでしょう。
 元から同性愛者といういばらの道を歩んでいた二人は心が強く、誰に何を言われようとも気に留めない強さの持ち主でしたが、気が弱いルイは最初の方は親にまともに意見をすることすら難しい状況です。ですが、自分たちの幸せのために強く生きる二人を見て、自分も幸せを求めてもいいんだと気付いていく。そんなことが現実にもあればいいなと思いながらこのお話を描き上げました。
長編を書いている間に、色々思うところがあったんです……

 最終的には、ルイもまたいばらの道を行くことに決めます。同性愛者の男二人と実質的な結婚するという、型破りな生活ですが、そういった人生があってもいいんじゃないかと私は思います。
 そういう幸せな家庭に生まれてこそ、子供も幸せになるというものだと思います。幸せって、花壇のようなもので、種を作るには他の花から受粉しないといけないし、花を咲かせないと種は作れないし、作った種は一つの花壇で使いきるのは難しいんです。


 余談ではありますが、今回の主人公三人は一万ポケのお仕事のアメリさんの親です。身分が高い物だと悟られないように無理やり変えた妙なレグの口癖を受け継いでいたり、ルイのようにお店を切り盛りする技量を受け継いだり、ザクスの甘え癖とその姿。そして何より男性も女性も愛する器量を受け継いだり。
 ついでに例の土地の購入も済ませて宝石商まで始めているあたり、三人の良いところも変わり者なところもしっかり受け継いだ子供になっているようですね。別に一人っ子じゃないので他の兄弟姉妹はどうかわかりませんが……(
 湖の近くに住んでいるという発言や、宝石を扱う未来が待っているあたりも一万ポケのお仕事とつながっているのはわかった人もいるかと思います。あれ、分厚い仮面ってなんだっけ? まぁいいか

 ちなみに、最近思ったのですが……どうも私はスローセックスを書く方が好みのようです。抱き合っていると、脳内でオキシトシンという物質が出て非常に落ち着いた気分になるらしく、そのせいかどうかはわかりませんがそんな状況になるととっても眠くなりますからね。ザクスがすぐに寝るのも無理はないと思うのです。
 他の人もこういう落ち着いた官能書こう……私一人だけじゃなく、もっと。ただ、他の人達がどうあろうと、私はこの路線で行くと思います。

 そんなわけで、一言コメントへの返信をしていきたいと思います。
>もっと自分も自由で強くありたいと思う。そんな作品でした。 (2019/03/26(火) 00:38)
もっと自由になるといいと思います。辛いこともあると思いますが、それが一番です。


>文章がとても読みやすく苦しさなく読み切れました。三人の関係性が少しずつ緩やかに変わっていく過程が楽しめ、最終的な着地点もお見事でした! (2019/03/28(木) 17:12)
大会前から構想があったネタなので、そう言ってもらえてうれしいです。

>妙な縁が強いきずなになっていく過程がとっても好きです (2019/03/28(木) 22:35)
ゆっくり関係性を変えるのは大変でした。

>子作りを女性に機械的に押しつけようとしてばかりいる昨今の政治家たちやその支持者に見せてやりたくなります。自由な恋愛こそが未来を開けるのですね。 (2019/03/29(金) 16:02)
しあわせは分け合ってこそなのです。

>LGBTと社会世論に反論したよい小説だぁ……。徐々に徐々に関係を深めていく心地の良いラブコメにお互いを労わったセックスいいですよね。ところで仮面透けてません? (2019/03/30(土) 21:46)
スローセックスを書く人があまり居ないので、私はその路線を貫きたいと思います。あと、仮面は透けてても分厚い仮面だから大丈夫です。

>家族的、社会的圧力が前面に出されたシビアなお話。形は違えど三者とも肩身の狭い思いをなさっていて、だからこそ支え合っていけるといった形が大変尊いです。 (2019/03/30(土) 22:38)
抑圧を知っていて、だからこそ解放へ向かえるという前向きな結論を出せる人はわずかです
少しでもそうあれるといいですな。

>境遇の違う三人が幸せを掴んでいく様子がとても印象に残りました。エロさと共に幸せを感じさせる官能描写がとても良かったです。 (2019/03/30(土) 23:55)
一緒に過ごした時間の総決算になるよう、気合を入れて書きました。

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Last-modified: 2019-03-31 (日) 22:01:04
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