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一致団結

/一致団結

 
 作者:逆行


 ザングース同士の争いは、今日も絶えない。
 何故同種族なのに、戦うのか。傷を付け合うのか。俺には疑問で、仕方がなかった。幼いときから、幾度となく尋ねた。大人たちは一言こう言う。あいつらが憎いから。しかし、どうして憎いのかについて説明してくれる人は、誰一匹としていなかった。
 ザングースは、二つの群れに分裂していた。    
そして両者は、長らく争っていた。ところが、互いの群集を見比べても、違いは全く不明である。姿形は完全に同じだ。思想が異なるのであろうか。とは言え、思想など特にない。野生のポケモンは、生き残るための手段を知っていればそれでいい。
 闘いが、喧嘩のレベルでなら、あるいはバトルならば、それは全然構わない。しかしながら、彼らの闘いは、度々殺し合いに発展する。友人が俺の前に現れて、不敵な笑顔を浮かべつつ、今日は二匹殺したぞと話す様は、背筋どころか体全体が凍る思いをした。
 この残酷な催しを、止める方法はあるか。自分の手で。考えても、編み出せない。既に、諦めていた。そして俺は、見下した。無意味に爪を、光らせる奴らを。こいつらは、馬鹿だ。救いようなし。群れを出ることも考えた。これ以上死体を見るのは嫌だ。 
 だが結局、家出はしなかった。突如たる大事件が勃発したのだ。それは、ザングース達の運命を、著しく狂わせるものだった。


 何匹かが異変に気づき、騒がしく叫んでいた。そいつらが指を差している方向に首を曲げる。視界に映ったのは、黒い塊だった。そして土煙が湧いていた。数秒した後、再度目を凝らす。正体が判明した。
 ハブネークの群れだ。彼らは、こっちに向かってきている。これはどういうことだ。と、思考を巡らし始めた、その僅か数秒後のことだ。体内の至る所に流れる血が、一斉に沸騰するような感触がした。生まれてから一度も他人に向けなかった爪が疼いた。無意識に全身の毛が立っていた。あのハブネーク共を、引き裂きたい。血まみれの状態にしてやりたい。そんな感情が心の奥から、噴水の如く沸き上がってきたのである。自問自答している暇もない。体は勝手に動いていく。群れへと突き進んだ。一匹のハブネークと目が合った。それだけで、初対面の彼との因縁が作られた。後はもう、勢いに任せて。そいつの元へと駆け、距離が縮まった所で、相手の黒い鱗を剥ぎ取るべく、右手を空高く振り上げた。
 俺は、そのハブネークに圧勝していた。実力があった訳ではない。相手が雑魚だっただけであろう。運が良かった。
 ふと、周りを見回す。そこには、ハブネークらと一心不乱に交戦する、他のザングース達の姿があった。俺は、己の闘争に夢中で、まるで気が付かなかった。
 皆、溌剌としていた。滝のように汗を溢れさせ、雄叫びを地に響かせながら、懸命に敵を引き裂こうとしていた。やっていることは、紛れもなく殺し合いだ。それでも、傍から眺めて厭わしいと感じない。いったい何故であろうか。


 時は夕刻を向かえた頃、戦争と言い表すべき出来事は、これにて幕を閉じた。結果は、我々の大勝利。戦力の急激な減少を感じ取り、敵陣は一列縦隊で退散していった。生き残ったザングースは、瞬く間に疲れが来たようで、次から次へ地べたにへたり込んだ。俺も例外ではない。体中がびしびし疼いた。嘗て経験したことのない厳酷な疲労に苛まれた。
 傷が酷くて動けない仲間を担ぎつつ、ザングース達はそれぞれの家路に帰っていった。逃げ出したあいつらに、追い打ちする気鋭などない。戦勝を喜ぶ活力さえ失われていた。


 それにしても、だ。俺はどうして、戦ってしまったのか。あれ程、嫌気していたのに。しかも、何ら憎しみのない、初対面の相手に。
 年配のザングースが、その訳を皆の前で告げ知らせた。ザングースは、牙蛇ポケモンのハブネークを捉えると、戦わなくてはいけないという、激しい使命感に駆られるらしい。この感情は、意思でコントロール不可能。本能的によるものだから。
 やはり"本能"だった。なんて厄介な、天からの授かり物であろうかと嘆いた。殺し合いを、強制されてしまう。
だが、良く考えると。
 交戦していた最中の、仲間達を思い出す。実に、生き生きとしていたではあるまいか。このような言葉が適切か微妙だが、楽しそうであった。そしてそれは、俺も同じだった。
ならば、これでいいのか。
 駄目だ駄目だ。これは、殺し合いだ。敵も仲間も無残に死ぬ。こんな惨劇を、許容していい筈がない。しかし……。
俺は結論を出せなかった。


 やがて、次の波がやってくる。あの連中が、再度攻めてきた。しかもだ。以前より、遥かに多い人数だった。黒い大群を見たとき、俺は体が夥しく震えた。それは、恐怖から来るものでもあるし、武者震いでもあった。
 前回と同様に、視線がぶつかった相手を襲おうとした。ところが、そうはいかず。ある一匹のハブネークが、俺に向かって尻尾を叩きつけてきたのだ。かわしながら、そいつを凝視する。もう俺は、彼に挑む他ない。喧嘩を売られたのだから。本能がそう告げた。
 そいつは、大層厄介な相手だった。攻撃の威力は然程でもないが、如何せん粘り強かった。幾度なく切り裂いても、歯を食いしばって立ち上がる。ここまで必死なのは何故。それは彼が、傷口を長い舌で舐めつつ、針の如く鋭い目で俺を睨んだ後、苦しそうに呼吸をしながら、静かに放った一言で判明した。
――よくも、友達を殺してくれたな。
 ああ、死に物狂いになるのも、無理はないなと理解した。即ち、これは敵討であろう。俺はこのハブネークに、多少なりとも同情の念を抱いた。しかし、勝ちを譲る訳にはいかない。俺は、爪が剥がれる寸での強さで、更に鱗を剥ぎ取るべく切り裂きまくった。


 眼前には、血の池に浮かぶ一体の亡骸。
 俺は既に、瀕死寸前だった。鋭利な歯で、二回も噛み付かれた。腹部にアイアンテールを喰らい、口から大量に血を撒き散らした。視界はぼやける。直ちにぶっ倒れそうだが、敵からの襲撃を受ける恐れがある。俺はじっと忍んでいた。
 周りには、もう目に光を宿すことはないであろうザングースが、何匹も倒れていた。現在なお戦っている奴らも、明らかに死相が現れている。今回は、こっちの群の負けであろう。
 あるときを境に、全員一斉に逃げ出した。誰もが敗北を認めたくなかったであろう。一人残らず、悔しそうな表情だ。涙を流している者も多数いた。
 

 どうも近ごろ、ハブネークが攻めてくるようになったのは、この辺に集落を移動した際、誰かがザングースの匂いを、嗅ぎ付けたのが原因のようだ。バブネークも同じように、天敵の存在を知れば、本能によって戦うことを余儀なくされる。
 あるとき、集会が開かれた。議題は当然、如何にしたら彼らに勝てるのか。あれこれと、意見を出し合った。爪をもっと、手入れして鋭くしようとか。新たな技を、習得したらどうかとか。その間、実に皆生き生きとしていた。
 この頃、同種族同士の争いは、全く起きていなかった。小競り合いすら、皆無である。誰一人欠けることなく、憎き宿敵を成敗するために、"一致団結"していたのだ。
 それは確かに、俺の望んでいたことだ。しかし果たしていいのか。犠牲者の数は、以前とは比較にならぬ程増えていた。傍から冷静に見てみれば、今の方が悲惨なのは歴然であろう。
 だが、それでも。
きっと、これで良いのだ。これが、ザングースとしての、"正しい"生き方なのだ。そうだ、そうに決まっている。俺はここで、迷いを完璧に消し飛ばした。ハブネークとの戦争に対して、首を縦に強く振った。
 作戦が固まり、皆で肩を組んだ。次こそは何が何でも、白星を上げようと誓い合った。


 数日経過し、第三の波がやってくる。
 ある者は、仲間を殺された怨恨を込めて。ある者は、ただ討ち取りという本能で。俺達は、太陽を背にして戦った。
引っ掻くしか使えこなせなかった者は、切り裂くを見事にマスターしていた。やみくもに切り掛かっていた者は、攻撃を巧みに見切ることを心得ていた。明らかに皆、"成長"していた。  
 俺も、負けじと戦った。しかし相手が、今までよりも遥かに骨があった。こいつは、他よりも体躯が堂々としている。尾を立派であり、数多の傷跡からは貫禄を感じさせる。
 仲間の援護はこっちにこない。俺は一匹で、この強者に勝つことを強いられていた。
 尻尾の一撃が、腹を思いっきり抉った。吐血を止められず、そして地面に叩きつけられた。俺は、このあたりで覚悟を決めていた。今宵俺は、死ぬのだと。しかしそれでも、気を失う直前まで粘ってやろうではないか。
 限界まで死力を振り絞り、俺は高く飛び上がった。右手を振り上げる。けれどもそこに、止めの一撃。硬化した尾は、俺の顔面に直撃し、軽い血の雨を降らせた。そして再度、地面に衝突させられる。
 力を入れても、起き上がれない。どころか、血が溢れて喘いでしまう。意識は、徐々に薄れていった。どうやら、ここでエンディングらしい。
 これまでの記憶が、走馬灯のように蘇る。ザングース同士で戦っていた日々。ハブネークがやってきて戦っていた日々。ああ、後者の思い出の方が、明らかに色鮮やかだ。やはり、これでいいのだ。これが、正解なのだろう。俺が死んでも、正解なのだろう。ザングースとして俺は死ねる。未練など一粒も残らない。至極まっとうに、俺は一生を終えられる。幸せなことだ。
 今もなお、皆は懸命に闘争している。どうやら今回は勝てそうだ。作戦会議が役に立った。
 皆生き生きとしている。勝つために全力を尽くしている。力を合わせ、敵と伐っている者もいる。
 一致団結している。
 これは、俺が望んでいたことだ。
 俺は、涙が出てきた。心から嬉しかった。
 もう思い残すことはない。後は、ザングース達がハブネークに共に、無事勝てることを願うだけだ。
 
 

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Last-modified: 2015-10-25 (日) 18:39:15
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