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一歩進んで半歩下がる 1

/一歩進んで半歩下がる 1

作者:DIRI

一歩進んで半歩下がる 1 


支度 


 「修行だ」

唐突な一言ではあった。しかしまぁ、あれが我が父の性分というか、父はあれしか頭にないというのか。とにかく修行バカであると言えば一言。それに奥行きがあると言うことを全て語ってしまえば誠長き語らいを持って時間を割くことになる。正直面倒である。自分自身が面倒なのが苦手という性分ではあるが、父のことは尊敬もしているし、好きだ。だが……好きだからこそもう少し戯れの時間というものを裂いてもらいたかった。13の今となっても愛すべき父とじゃれ合ったなどという記憶など微塵もない。反抗しようものなら叩きのめされるのが分かっている、反抗期など兎の一羽の息の根を止めるより早く過ぎ去っていた。戯れと言えようものであれば要するに“修行”である。父に何度泣かされたか。泣いたあと「雄のくせに泣くな」と怒鳴られ、涙やら何やらで顔がグチャグチャのまま修行を続行したというのも今となっては思い出である。しかし終わればどこかしらに打ち身があるような戯れなどこちらとしてはお断りである。
 そんな我が父の今し方の一言はそれなりに大きな一言である。何しろ我が人生の岐路と言うべきか、それとも奈落への道しるべと言うべきか、それほどに当方の生き方が変わる一言であったのである。……感謝すべきか、憎むべきかと問われれば、今ならば憎むべきと答える他なるまいが、後に変わることもあるのではなかろうかと頭の隅の方で思ったりもするのである。
 ……さあ、支度をせねば。


一歩目 


 さて、かれこれ一週間となろうか。我が愛すべき父君、彼のお方が無情な一言を言い放ってからもう一週間が経っているのである。修行というのは道場で打ち合いをしているだけでは収まらないものなのである。遠き地に赴きその地の者達と仕合うもまた修行である。先方違えば実力が迫っていようと全く予想の付かない結果となりうることもよくある話しである。それこそが修行の旅の中での楽しみでもある。しかし住み慣れた地を離れるというのはもちろん寂しくもあるし名残惜しいのだ。田舎の小さな村であるとはいえ、我が故郷と言うことには絶対変わりないのだ。今は寂しいなどと言うよりも前に父を恨めしく思っている方が強い。故に、ぶつぶつと父の悪口を言い、歩いているのである。
 一週間の間ずっとその調子だった。寝床に困ることもあるが、最低石を枕に丸まってねていることの方が多いのだった。支度金として、父から金をもらってはいたが、寝床はともかく食料の方が間違いなく困ることがあると思い、極力食料を買う以外の方法で使っていない。さすがに風呂というものは我慢すれば周囲の方々が不快であろうと思い、湯屋に行こうとしたこともあるが、金額というのがそれなりに高い。いや、大して高いわけではない。しかし現在所有しているものがどう差し引かれるかと考えていく末に結局湯屋には行かず、川などで汗を流すという最低限のことしかできていない。いずれにせよ、金がないのである。
 その不衛生であろう日々が一週間を越えた辺りで並々ならぬ自己嫌悪に陥っている最中である。今はともかく湯に浸かりたいのだ。

「お、そこのキミ~」

……職にあぶれた剣士であろうか、少し薄汚れた身なりをしたエーフィが突然声をかけてきた。言うまでもなく通りすがりである。

「……なんだ?」
「いやさ~、なかなか良い刀持ってるなって思って」

彼、であろう。そもそも雄のエーフィというのは雰囲気として排除されつつある。しかし彼だ。彼は背にある刀に目を向けつつ、軽い感じで話しかけてくる。……人付き合いというのがそもそも好きでないので、ゆっくりとだが歩きつつそれに返事をする。

「私のために父の友が鍛えた刀だ」
「刀鍛冶が間近にね。へぇ~、僕のはなまくらだよ、全部さ」

エーフィの背には何故かは知らないが四振の(つるぎ)が備えてある。そもそも四足歩行であるポケモンに剣士は向かない、故に彼にはそれなりに技量があると言うことが知れる。

「銘を見せて貰える? 名匠なら僕も是非あやかりたい」

我が父の親友の刀鍛冶は無名であったはずである。しかし、渡る世間に鬼はないと言うものだ、逆に拒めば鬼が出ると言うこともありうる。ここは素直になった方が良いのであろう。
 私はとりあえず道の端に寄り、背から取った刀の銘を彼のエーフィに見せる。有名な刀鍛冶が作ったものであれば、それなりに雰囲気で掴めるものではある。しかし無名だからこそ掘り出し物、と言う可能性も否めないのだった。

「……無名の人か、残念。でも下手な鍛冶屋ってわけでもないね、刃は鋭いし刀身の均等もしっかり取れてる」

それは我が父も言うことであった。友に対しては仲が良い父はどうして実の子である私に厳しいのだろうか。おそらく自らに厳しい人だからであろう。結局そう言う見解に陥るのだった。

「それじゃ、返すよ。悪いね」
「いや……」

刀を元通りにしまい込み、立ち上がると彼のエーフィも私に沿うように付いてくる。最初は気にもしなかったものの数歩歩いた辺りで彼が私の後に付いてきているのが分かったので立ち止まった。

「銘を見せる他に用があるのか?」
「せめて名を教えてもらおうかなと」

人は限られた者しか信じないように生きてきた父を持ち、それに今まで育てられてきたのが私である。容易に名など教えるはずがなかった。

「名乗る程の者じゃない。では」
「あらら、ちょっと」

まだ付いてくるのである。煩わしいこと限りない。殴り倒してしまいそうになる衝動を抑え込みつつ私は歩き続けた。

 「待てよ若武者! 名前ぐらい良いじゃないか!」
「くどい」

面倒なので既に駆け足である。今の言葉を合図に私は駆けた。並の体力では追いつけないだろう。そう思いつつ振り返ると、すぐ後ろに彼のエーフィがついて来ているのだ。何者か知りたいのはこちらである。少しずつ速度を緩め、私は立ち止まった。

「おっとっと……教えてくれるの?」

しばらくエーフィを見つめてから、私は刀を抜いた。

「名を聞く前にはまず自分から名乗るものだ」
「……アハハ、こんな道の真ん中で手合わせは迷惑だよ。土手に降りよう?」

手合わせなど日常茶飯事な世界である。しかし迷惑は迷惑なので言われた通り土手に降りる。戦うには都合良い広さだ。私は改めて刀を構えた。無論彼のエーフィも剣を抜く。……同時に二振、二刀流か。その二振は柄頭(つかがしら)が合わさり一つの剣へと変わる。……それでも二つの刃を扱うのであれば二刀流である。それを加え、私の向かいに対峙する。

「僕はエーフィのラーサー」
「……私はリオルの夜刀(やと)。いざ、尋常に勝負!」

……名乗り合うのは決まりのようなものである。名乗り終えた私とラーサーはお互いの実力を確かめ合うために立ち回りを演じる。
 結果、分かったこととしては、ラーサーはかなりの使い手であり、私など足元にも及ばないのだ。防ぐだけで精一杯である。彼の二つの刃は左右から止まることなく連撃を繰り出し、それを喰らわないために退きながら受けることしかできない。改めて自分の無力さを知る羽目になってしまったのである。しかしこのままでは終わらない。私にも意地というものがあるのである。分かったことは一つではない。単純な力だけならば私の方が上だ。やはり種族の差というものであろうか。それが好機を生み出すための策なのだ。ラーサーの刃を受けた瞬間に、私はそれを上に弾き飛ばす。今まで防戦一方だった相手が急に反撃をするとは思っていなかったのか、ラーサーはのけぞってしまう。ここで一撃を加えられる体制に入れば私の勝利である。刀を振りかぶり、ラーサーを一閃出来る構えを取り、振ろうとした次の瞬間である。私の喉元には刃が突き付けられていた。

「ふぅ、驚いた……。まあ、キミもかな?」

言葉が出ない。別に刃を恐れているわけではない。お互いこれは手合わせであり、殺す気など微塵もないのは承知している所だからだ。それ以前に私は現状を飲み込むのに少し時間がかかっていた。

「僕は二刀流って思ってた? 残念だけど、僕は四刀流さ」

彼の加えている二振の他に、彼の左隣と私の喉元に切っ先を向けている剣があった。……浮かんでいる。それが彼の念力であると言うことに気付くのに時間を要していたのだ。彼がエーフィでありながら剣士というのはこう言うことが出来るからなのかも知れない。
 お互いに刀をしまい、一礼してから私は立ち去ろうとした。するとラーサーが付いてくるのだ。いい加減に苛々がつのっている私には目障りだ。

「なんださっきから」
「いや、僕暇だから付いていこうかなって思って」
「迷惑とは考えないのか?」

ラーサーは含み笑いを漏らし、首を横に振る。堪忍袋の緒が少し細くなってきたようだ。そろそろ切れてしまうだろう。

「お前の暇つぶしに付き合っているような暇は私にはない。暇を持て余すなら剣の修行でもしていろ」
「やだなぁ、僕は剣の修行なんてろくにしたことないよ。剣なんかよりもキミに興味があるだけさ」

彼の笑みが苛々をつのらせる要因である。あともう少しで緒は切れるだろう。それよりもなによりも、剣の修行をろくにしたことがないという嘘を吐かれたのが何よりも腹立たしい。努力なくしてあそこまでの力量を持ちうることなどコイキングが空を飛ぶ程にあり得ない。

「私に興味だと? 全く度し難い」
「度し難くなんてないよ。キミの洗練された太刀筋には何か惹かれるものがある」

するすると流れの内を泳ぐ魚のような滑らかな動きでラーサーは私の間近まで迫り、またあの笑みを見せる。その笑みが神経を逆なでしていることなど逆に承知しているかのようだ。苛々のあまり握られる拳を何とか解き、ラーサーを追い払うための一言を言い放つ。

「気持ちの悪い奴、私に近寄るな。目障りだ」
「うわ、結構きつい事言うね……」

ラーサーもその言葉の割には笑みを消すことなどしない。それが気持ち悪いといわれている要因なのは気付いていないのだろう。もはや緒は時限式にて切れそうな程だ。

「そんなのじゃモテなかったんじゃない? 夜刀」
「雌に好意を持たれたいなどと思ったことなど一度もない」

私がその一言を言うと、ラーサーは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。その表情もまた不快である。

「……いや、普通ならそれは思わないんじゃ……」
「なら何故言った」
「だからその、性別が……」

寒気がした。

「夜刀、キミ女の子だろ?」

 ……何と言うことだ。まさか、まさか通りすがりのエーフィなどに知られたくない事実がばれてしまうとは。足から力が抜けそうになるのを堪え、ラーサーの胸ぐらを掴み顔を近づける。

「何故それを……!」
「な、何故って、普通に分かるんじゃ……」
「まさか!」

身なりはどこからどう見たって雌に見えるものなど何一つ無いのだ。確かに華奢ではあるが、リオルとしてそれは当然のことなのだ。ラーサーに身体が触れたと言うこともない。こうして胸ぐらを掴んだ今初めて肉体的な干渉が起こったのだ。

「……はぁ……」

遂に力が抜けてしまう。その場にぺたりと座り込みうなだれた。

「どうして……お前一体……」
「僕は職にあぶれたただの剣士だよ。……それより、何? 知られたくなかったとか?」

小さく頷くと、彼は大袈裟に驚いた。

「どうして? キミって結構顔立ちも良いし、何で隠すの?」
「……私は雄だ」

吐き捨てるように言うが、逆にそれがラーサーの興味をそそるらしい。くっつきそうな程に顔を寄せてきた。もはや拒絶する気力すら湧かない。それよりも堪忍袋は急速に緒を繕い直していた。

「理由、聞いて良い?」
「ダメだ」

その言葉を聞いた彼はすっと身を退いて肩をすくめた。この潔い部分は他の苛立つ部分を少なからず補う要素である。

「じゃあ追々聞き出すよ」
「追々?」

付いてくる気だ。しかも長い間であろう。

「知られたくないんだろ? 僕を追い払うならそれなりに僕が報復するって考えてもらっておかないと」
「最低な雄だ」
「アハハ、よく言われるよ」

その時の笑みに反応するようにラーサーの額にある石が鈍い光を放っていた。


二歩目 


 結局、ラーサーは我が旅路の伴侶となった。決め手となった一言は「お金ぐらい出せるよ」と言う、今の私からしてみれば蜜よりも甘い一言であった。足早に歩を進め、しばらく行った所にある町に赴く。ここは“アルトラ・ソルム”と言う、洋風の町である。無論、我が故郷とは異文化の町ではあるが、異文化の町などはこの大陸では珍しくもない。私とラーサーも異文化の者であるというのは格好を見てわかる。武器も剣と刀である。とにかく文化の違いなどさして気にしない人が多いのだ。ただ、気にする人はとことん異文化を嫌い、異文化を排除しようとするための宗教すら興るという事態もある。
 ラーサーに聞く所、この町は治安も良いし物価もそれなりに安い、過ごしやすい場所らしい。それは町を統治している貴族が徹底的な管理をしているからだとか。ただしその貴族というのが洋風を好む故に他の文化をあまり取り入れたがらないと言う。町の中に異文化の建物がないわけではないのだが、指折り数える程しか――そもそもポケモンの指の数は統一されていないので分かりにくいだろうが――ないのである。しかし場所を選り好みするような私ではない。快適な寝床さえあればそれで十分なのだ。

「お風呂だったね。何度かこの町には来たことがあるし、良い宿を知ってるよ」
「助かる」

ラーサーに連れられてやってきた宿にはほのかに我が故郷を思わせる雰囲気がある。宿泊費はラーサーの金が使われた。見たところ、見窄らしい見かけと裏腹に金はかなりの額を所有しているらしい。相部屋しか取れなかったことをラーサーは謝ってきたが、金を払ってもらっている身である私に対して謝る理由など全くないのだ。それでは逆に困ってしまう。

「それと……寝床、一つしかないからどっちかが床になるよ」
「何だって構わん。どの部屋だ、案内してくれ」

ラーサーが私を部屋まで案内して、部屋の鍵を一つ私に渡してくれ、ラーサーは荷物を整頓し始めた。そんな彼を尻目に私はわずかな荷物を寝床であるベッドに投げ、浴場に駆けだした。


 「はぁ……やはり風呂は良い……」

複数人が浸かるための大浴場であるここには今現在私しか存在しない。それは都合がよかった、一匹静かに湯に浸かるのを私は好んでいた。久しぶりの湯、恍惚的な表情を浮かべつつ、このまま沈んでいってしまうのではなかろうかと思う程まで私は湯に浸かっていた。その時である。浴場の入り口の戸が開けられる音がした。私は何気なくそちらを見る。……ラーサーである。しかし彼は時を止めたかのように微動だにせず私を見ていた。刹那彼は目を逸らす。

「な、何してるの夜刀!」
「何と言われても……湯に浸かりに来ているのだが?」

ラーサーは焦ったような足取りで桶の山に姿を隠した。もはやその様は滑稽である。滑稽なまま彼は言葉を続ける。

「あのさ……ここ雄湯(おとこゆ)なんだけど……」
「だから?」

きょとんとしながら言葉を返すと桶の山が崩れた。あらわになった彼の姿は湯に浸かってもいないのに茹でられたように真っ赤だ。

「うわわっ! っと!」

身を隠すように彼は湯の中に飛び込む。水飛沫がかかったが、さして気にすることではないので特に何も言わず、ただ面白い彼の様子を見ていた。彼は私に対して背を向けて湯に浸かっている。

「……キミ、確かに自分のことを雄だって言ってたけど……さ。本当は……」
「それ以上言うならば絞め落とす」
「はい……」

誰も居ないにせよ秘密のことを口に出されるのは不愉快である。

「せめて混浴に行きなよ……。そこならキミがあれであれこれであれ……」
「それでは私が何であるのかを自ら否定することになる。ごめんだ」

彼と二人きりでなければこの様なことを言うことは絶対にない。秘密を知られてしまっているからこその発言であった。

 「ともかくさ……他に人が居ないから良いとして、誰か来たらどうするの……」
「これまで生きてきた中で私の正体がばれたのはお前が初めてだ。これまでも雄湯に入ってきたが誰かにどうのこうの言われたことなど一度もない」
「運がよかっただけなんじゃないの? もしかしたら僕みたいに気付く人も……」
「気付かれたらなんだ? 私は不快だがそれまでだ。私は雌湯(おんなゆ)に行く気も混浴に行く気もない」

言いきってから私は浴場をあとにした。おそらく私がいては彼が気を遣ってしまうだろうと思ったからである。彼は純情であった。

 部屋に戻り、刀の手入れをしているとラーサーが部屋に戻ってきた。何やら紙袋をくわえている。なんなのかと聞いてみると、焼きたてのパンだそうだ。異文化のものを目にしたことがないわけではないが、私としては珍しい品である。刀の手入れを終わらせてラーサーから一つパンを受け取り一口囓り取ってみる。ふわりとした感触と小麦の甘さが口の中に広がる。悪くない。

「物価が安いから買えたんだよ。酷い所じゃパン一つ買うのに一ヶ月働かなきゃいけないような所もある」

外界には恐ろしい所があるものだ。我が故郷は半分は自給自足であり、物品を売買しなくても最低限生きていくことが出来た。横文字は苦手だが、これがカルチャーショックという奴であろうか。

「働く、で思いだしたんだけど。夜刀は何で旅してるの? その歳で浪人ってわけでもないだろうし」

不本意ではあるが旅の伴侶である。目的ぐらい話しても良いだろう。

「私は父から修行の旅を言いつけられた。この歳になると一度旅に出るのが私の一族の習わしらしい」
「一族?」
「今は田舎者だが、私達の一族は昔は竜の一族と呼ばれ、度々歴史の中で武功をあげていたそうだ」
「なんか聞いたことあるね。和文化の中で活躍してた一族が存在するって言うのが」

この大陸には二つの文化が入り交じっている。私は和文化、ラーサーは洋文化。単純な分け方ではあるが、内容は入り交じっているので細かな文化をどちらに属するか分けるとなると一概には言えない。おおよそは名前で分けることが出来るのだが、それでもやはりどちらに属するか分からないことも多い。この事について語ると長き時間を要するのでかいつまんで説明することにしよう。

「今もなお続く度し難い風習だ。今は父を恨むことしか頭にない」
「親を恨んじゃダメだよ。……って言うか、それは性別は関係してこないの?」
「雄だけだ。雄は強くなければいけない、だから旅に出る」

次に来るであろう質問など容易に予想が付く。彼が興味をそそられることでもあるのだから。

「じゃあ何で夜刀は旅に? 言い張ってたってキミは……ほら、あれだろ?」
「……やはり余計な気遣いは良い、二匹だけならば雌と言って構わん」

逆にしゃくに障るのである。

 「私は……そうだな、本当は別に自分が雄であろうが雌であろうが構わない。ただ父の意を汲んでやっているだけだ」

ラーサーは小首を傾げるが、笑みを作らないだけまだ腹立たしいとも思わない。肩をすくめ、私は言葉を続けた。

「私の母は私を産み、数日後世を去った。父には私しか子がいない。しかし私は雌、今まで雌が一族の長になったことなどない。始めは一族の中でも特に優秀な雄を長にすることも考えたそうだが、父は考え直したそうだ」
「夜刀を長にしようと?」

私は苦笑しながら頭を振った。ラーサーは更に首を傾げる。

「私が強くなればそれを長に、弱ければ他の者でもよし。つまり強い者を長にすると言うことだ。父の考えは安直だろう? それが父の長所であり短所よ」
「じゃあ夜刀のお父さんは夜刀を強くしたいから旅に出したってわけだね」

小さく頷くと、彼は少しだけ笑みを出したが、それはすぐに消えた。また疑問が湧いたらしく少し難しい顔をしている。

「……話がずれてるような……」
「可愛い子には旅をさせよ、それだけで父が私を旅立たせたわけではない。一族の習わしでは雄しか旅に出てはいけないことになっている」

それを聞いた刹那、彼は訝しげに私を見る。答えなどその言葉にないのだろうと顔に書いている。それに対して私は淡々と言葉を返した。

「私が雄と答えたのは、父の意を汲んでやっただけ」

彼のエーフィの脳は今全速力で回転していることだろう。おそらく答えはすぐに出る。私は手に半分程残っているパンを囓りながらその時を待った。
 パンが私の喉を通りすぎた辺りで彼の目は見開かれた。答えにたどり着いたらしい。

「キミはお父さんから自分は雄だってずっと言われ続けてきたのか!」
「そんな所だ」

口に残る甘さの余韻を味わいつつ彼に返事を返す。我が父は私をずっと雄として育ててきたのだ。いつ如何なる時も。父をその事で恨んだことはない。ただ哀れだと思っていた。私が雌に産まれたばかりに余計な悩みを抱え、私を強くしようと躍起になっていた。私はそれに出来るだけ応えようとはしていたものの、結局は一匹旅に出すという結果を出され幻滅しているのだ。

「反抗したことはないの? 雌なのに雄だって言われ続けてきて……」
「父のためだ。私はそれを苦に思ったことなどない。ただ何となく虚しかった」

性別をひた隠しにするために、私には生来友はいない。それが悲しいかと問われれば私は違うと答える。友を持ったとしてそれがどうなるというのだ。私には理解出来なかった。しかし同時に、苦楽を共にする仲間という者がいないのがとてつもなく虚しいのだ。一匹喜んでいてはぬか喜びのような気になる。一匹悲しんでは支えがなく泣きたくもなる。とても一匹だけでは生きていく実感すら湧かないのだと言うことも重々承知しているのだ。その事を語るに連れ、ラーサーが私に身を寄せてきていた。最後には私の肩を抱いていた。不思議と嫌な感じはしないのである。ただ、ほのかに安堵というものが湧いてきているのを感じた。

「……泣きそうな顔してるよ、夜刀」
「……泣くわけがない」

そうは言うが、目頭が熱くなっているのを感じる。

「泣いたって良いんだよ、僕がいるから。一匹じゃない」
「……バカめ」

力無く笑いながら、目に涙がたまっているのを感じずにいられなかった。声などはあげない。しかし私は泣いていた。一日経っていないのに、ラーサーは私の友になってくれているのである。それに多大なる安堵感を感じ、うれし涙なのかは分からないが、それに近い理由で涙が湧き出ているのである。少しすすり上げながら、私は彼に対して頬笑んだ。彼も笑みを返したが、その笑みに苛立ちを感じないのは、私が彼を友と認めてしまったからであろうか。……なんにせよ、私にとって彼は無二の存在になってしまったのである。

 翌朝、私が目を覚ますとラーサーが目の前にいた。ぎょっとして退こうとするものの、仰向けに寝ているのだからそんなことは出来ない。そんな私を見て彼はにこりと笑みをこぼした。

「おはよう、夜刀」
「あ、ああ、おはよう……」

彼はまたクスクスと笑うと、私の頬に……横文字で言うならば、キスをした。何をされたのかほんのわずかな間理解出来ず呆けたものの、次の瞬間には彼の頬をぶっていた。

「そりゃさ……確かに僕も悪かったよ、文化の違いって言うのを忘れてたし……。でもいきなり殴ることはないんじゃない? 痛いなホント……」
「この虚け者が! 起床の余韻も消え失せたわ(たわ)け!」

なんでも、頬に口づけするのはラーサーの文化では挨拶のようなものであるらしい。親しき仲でしかしない挨拶であり、他には軽い抱擁――ハグ、とか言う奴だ――や何やら複雑な握手があるとか。我が文化の挨拶と言えば一礼、あるいは会釈のみである。これから気を付けなければ彼の文化の挨拶を受けた時どう対処しなければならないか分からなくなるであろう。こういう挨拶の違いなどが異文化を嫌う者のいる原因でもある。しかし今回私は驚きはしたもののラーサーの文化を嫌ったわけではない。

「それでさ、どうするの?」

私が首を傾げると、ラーサーはクスリと笑い、砕いて言った。

「この町にはいつまでいる気? この辺りには修行を出来そうな場所なんてないけど」
「ああ……私は別にいつここを離れても構わないが、ラーサーはどうなんだ?」
「僕も同じさ。第一、僕はキミについて行ってるだけだから、キミが移動するんなら僕も文句は言わないで付いてく気だしね」

彼は私から見れば適当な軽い雄に見えるものの、それなりに筋の通った一人前の雄であるようだ。自分の立場というものをきちんとわきまえていて、なおかつそれをどうのと私に押しつけもしない。

「数日中に立つことにしよう。それまでは支度だ」
「お金のことなら僕が全部負担するから気にせず使って良いよ」

一度世へ出ると金へのありがたみというものが身に染みるものではあるが、彼がいるとそれがまた薄まっていくような気もしてしまう。それはそれでありがたいのではあるが。
 彼の言った通り、金は惜しげもなく使った。惜しげもなく、と言っても大して高価な品を買ったというわけではない。しばらく分の食料、刀の手入れをするために必要な砥石や布、日常的に使う品々を買っただけだ。それでも私が父からもらった分の金などすぐに消えてしまう程の額になる。だがラーサーは金が湧いて出るかのように簡単に代金を払うのであった。そう言えば、食料を買う時に彼はポツリと「野菜って苦手なんだよね」と漏らしていた。肉を貪るエーフィの姿を想像して思わず吹き出してしまいそうになったのは彼には秘密だ。そもそも日持ちする野菜など干した芋や乾燥させた木の実の類ぐらいである。

「準備は整ったね。あとは観光でもしていこうよ、明日にでもさ」
「……観光旅行ではないのだが……」

しかし、おそらく旅路で楽しむことなどさして期待することもないであろう。今のうちに楽しんでおくべきだ。

「ラーサー、あと一つ寄りたい店がある」
「どこだい? この町のことなら僕の方が詳しいから案内するよ」
「武器商の店を見ておきたい」

何も私は武具を新調したいと思っているわけではない。確かに名刀が見つかり、なおかつ手の届く額であるとするならば購入するだろうが、この辺りの地にある武具にどのような特徴があり、それにどのような長所、短所が存在し、さらにはどのような素材、工程で作られるのかを知ることもまた修行である。真の価値を見いだし、それを引き出す、一番の至難の業である。

「武器屋は……この辺りには一つしかないよ。何しろ治安が良いから争いごとが滅多に起こらないし、戦争もこの辺りでは起こってないしね」
「何でも良いから連れて行ってくれ」

少々急かしながら私達は武器の店へ向かった。しかし私の予期していないことがあった。向かった武器屋、そこは金が有り余っているという者が経営する店であり、趣味の範囲での製造しかされていないため、粗悪・高額・品薄の負の三拍子が揃っていたのだ。大した鑑定眼を持たない私でさえ質の悪さが分かる。装飾にばかりこだわっているので実用性は皆無、さらには重心の不安定なものや切れ味の悪すぎるもの、無駄に重い、細すぎる、言い出せばきりがない。まだ彫刻刀の方が使い道があると言うものだ。
 少々落胆気味にその店をあとにすると、向かいに露店があった。今の店に入った時にはなかったはずである。引き寄せられるように私はその露店に近づいた。

「いらっしゃい、欲しいものはある?」

まだ若い、雌のムウマージの商人が言う。私はその頃商品に目を奪われていた。彼女は武器商であったらしい。各地の様々な武器が道ばたに敷かれた布の上に所狭しと並べられていたのだ。自分の分かる範囲で、レイピア、サーベル、倭刀、シャムシール、中華刀、柳葉刀、ショテル、日本刀……文化を隔てた剣の衆がここに集っているのだ。ラーサーも同様に、目の前にある武器の数々に目を奪われていた。

「あの店にあるような粗悪品じゃないよ。うちの商品は性能と見かけの比率は7対3。もちろんニーズに合わせて6対4でも5対5でも出せるようになってるよ」
「……良い刀だ……」

私は白い鞘の聖柄(ひじりづか)*1の刀に手を伸ばした。少し鞘から引き抜いてみて、刃の様子を見る。切れ味は鋭そうだし、輝きもある。重心も問題ない。柄をしっかりと加工してやれば申し分ない逸品となるだろう。

「おきゃーくさん、町中で白刃をさらすのはよした方が良いよ」

ムウマージにその一言を言われて気が付いたが、確かに町中で一匹だけ刀を抜いて立っているのは危険である。慌てて刀を鞘に戻し、元あった場所に戻した。

「私は気に入ったお客にしか武器は売らないことにしてるの。……二匹とも、もうちょっとかな。まだ武器を売れないから早めにお引き取りを」
「何!? 数打ちの配給品などよりもよほど名刀揃いだというのに買うことも許されんだと!?」
「アハハ~、私ルール~」

私は少し渋ったが、ラーサーからも店の主が言うのだから仕方がないと説得され、その場をあとにした。少し離れてから振り返り露店を見たが、その露店は影も形も消え失せていた。


三歩目 


 翌日である。今朝方はラーサーも先日のような挨拶を意識してすることはなかった。こちらも仮に相手が忘れてあのような挨拶をした時はどう対処しようと硬くなっていた節もあるので、取り越し苦労ではないが、それはそれで良い。今日一日はラーサーの申し出通りこの町の観光をすることにしている。アルトラ・ソルムの町は地下鉱脈があることで栄えているという。なんでもそこの観光でもこの町の収入となるらしかった。

「地下鉱脈で一体何を採掘しているんだ?」
「確かかなり純度の高い鉄とか、他にもハトウシラカネが採れるらしいよ」

ハトウシラカネ。それは装飾品などによく使われる、白色を帯びた金属である。霊感の優れたものや、鑑定眼の研ぎ澄まされているものからすれば、それらから作られた品には力が宿っているとされている。そうでなくとも、ただ見た目の美しさに強靱さがあるため、加工されて出回ればそれなりの価値がある。そう言えば我が故郷にもハトウシラカネで作られた一品があった。我が父の刀である。強靱なため武具に加工すれば高い性能を持つが、武具に加工する際に幾つもの工程を経るため嫌われるとか。

「見学できるところにハトウシラカネ鉱石が採取される直前の状態で保存されてるらしいから、一見の価値はあると思うよ。アルトラ・ソルムでここに来なきゃ来た意味無しって言われるくらいだから。人混みはそれなりに覚悟しておいて」
「……肝に銘じよう」

我が故郷と比べるならば、町中での人の多さというものも私からすれば人混みに近かった。これがおそらく何倍かになるのだろうと想像しただけで吐き気すらしてくるのである。
 さて、本題である地下坑道へ向かう最中、私は一匹対人嫌悪を感じていた。人が多すぎるのである。予想していたそれよりも遥かに。一歩先へも進めない有様、私の身長はお世辞にも高いとは言えないものであるが故、数々の人々から押され潰されと道にうち捨てられた人形のようなざまである。我が刃を用いて道を切り開いてしまおうかと考えたのは一度や二度ではない。ラーサーを見失わないようにするのもかなり骨が折れた。彼はこの人混みの中を水の流れのようにするりとくぐり抜けていくのである。エーフィには空気の流れを読む力があると言うが、彼はそれをここまで利用しているようだ。

「もう少しで開けた所にでるから付いてきて」
「まっ……」

声すら発することの出来ない私はいかがしたものであろうか。少しだけ情けなく思う。

 「いや~、この人混みって言うのが観光の醍醐味だよね」
「これが醍醐味ならば私はもう観光など遠慮したい所だ」

ぼやく私を、笑みをこぼしながら見るラーサーを小突き、果て無き先を見る。あまりに長い道になりそうである。

「そんなに嫌なら例の鉱石見たらすぐに帰る?」
「そうさせてもらう」

「そんなに嫌なのか」、彼の顔には苦笑と共にその言葉が書かれていた。そのあとのお土産とかは云々というのは聞き流しておいた。我が故郷に土産を欲するものなど居はしないのだ。しかしそこはラーサーが行きたがっているので仕方なく行くことに決めた。これでも金の面倒を見てもらっている身である。

「そろそろ休憩は良いだろ? 行こう、夜刀。今なら人も少なめだしさ」

人が少ないと言われても、それが全くもって少なく感じられないのは私がおかしいのであろうか。
 人混みの波に呑まれぬよう、間を縫いつつ私達は進んでいった。嘔吐してしまいそうだ。人に酔ってしまった。しかしここでそんな醜態をさらすわけにもいかない。私は吐き気を押さえ込みつつラーサーの尾を追った。

「あ、あそこだよ。ほら、もう見える」

ラーサーが指し示す方を見ると、なるほど確かにハトウシラカネ鉱石だ。上下から照明を当てているという部分もあるだろうが光り輝いている。ようやく目的のハトウシラカネ鉱石の前へやってきた時にはその美しさに目を奪われていた。気品のある白色、光を反射するその出で立ちは神々しくもあった。

「これを加工すれば一級品だよ。純度が高い鉱石程高く取引されるし……これは結構な純度だね、ここまで輝くんだから」
「……ん?」

ラーサーの言葉を聞いた時、妙な引っかかりを感じた。特に何がどうというわけでもないが、少し気がかりに感じたことがあるのだ。純度の高いものが高く取引されるのであれば高純度を持つ代物を見物料も取らず、採取される直前の状態のまま放置して見せ物にするとは思えないのだ。第一である。鉱石というものはほとんどの場合空気と反応して別の物質になっているものだ。聞けばこの鉱石は十数年前からこのままの状態で見せ物であったらしい。ハトウシラカネ鋼の性質として、錆びにくく、腐食しないという性質はあるものの、吹きさらしのこの状態で十数年放置されていれば錆ぐらい出るはずである。錆びないと触れ込みの“ステンレス”であっても錆が“付く”のに、目の前にあるハトウシラカネ鉱石には一片の錆も汚れもないのである。しげしげと鉱石を眺めるに連れて疑問というものが湧く。果たしてどうなっているのか。その時、ラーサーから腕を引かれて我に返った。あまり長居すると後ろに詰めている人に迷惑だと言いたいらしい。確かにその通りではある。私はその場を後にし坑道を引き返した。

 「ハトウシラカネは確かに錆びにくいだけで錆びるけど、十何年かぐらいなら大丈夫なんじゃないかな?」

引き返した先の土産売り場を眺めながらラーサーは私の疑問に答えた。あからさまに私の問いかけなどどうでも良いというのがわかる。しかし単に私も興味本位であるだけなので憤りはしない。

「しかし、汚れすら見あたらなかった」
「誰かが磨いてるんじゃない?」

ラーサーはハトウシラカネの欠片で作られている首飾りを手にとって眺めている。誰に対しての土産かは知らないが、あの装飾が似合う人はそうそういない。猛禽が髑髏を鷲掴みにしている様を模しているのだ。

「磨いているか……しかしそれでは天然のものという気がしないのではないか? 結局は誰かが手を加えているのと同じ事だ」
「確かにね。でもいちいち気にすること無いじゃない。僕達は観光客であって、取り締まる役職な訳でもないし」
「私には納得いかない」

そう言う所は生真面目だと言われてしまうことがあった。成さねばならぬ事を成していないと言うことが一番気に障る事項である。掘り出される手前の状態を見せ物にし、観光客を得ているのならばその状態を維持し続けなければいけないと思うのである。私からしてみれば磨き上げて美しい状態を保ち続けるなど言語道断であった。

「そんなことどうだって良いじゃないか。それよりほら、キミも一応……あれなんだしさ、ネックレスとかそう言うのに興味ないの?」
「そんなものを無駄に身に付けるのは愚者だ。見ているだけで虫唾が走るわ」

困ったような笑みを浮かべつつ私を見るラーサーは異性間での付き合いをしているようで苛々する。私は彼を同性と扱っているというのに。彼も彼でその事を自覚して欲しいと言いたい。いや、言ってやろう。私はまたハトウシラカネの欠片で作られた品々を見ているラーサーの隣に歩み寄り、一言もの申そうとした。
 その時である。目の端に何かが感じ取れた。それはラーサーの手にしている腕輪から感じたものだった。思わずラーサーの腕を引っ張りその腕輪を凝視してしまっていた。ラーサーはどうしたのか分からずに呆然としていたが、私は腕輪から感じる違和感を分析するので忙しかった。

「夜刀、ど、どうしたの急に?」
「お前は感じないのか?」

ラーサーは首を傾げる。私にしかわからないと言うことなのだろうか。しかし私も確かなことはわからないのだ。……今こそ我が一族の力を使う時かも知れない。私は一度目を瞑り、精神統一を始める。簡単なものであり、そこまで時間をかけることはない。しかしラーサーにとってはそれが私の異変としか受け止められないようで、大丈夫かとしきりに声をかけてくる。煩わしいが、その程度で心が揺らぐわけではない。再び目を開けた時、おそらく私の瞳は蒼く光っていただろう。

「な……夜刀? 何を……」
「竜の眼だ」
「竜の眼……?」

簡単に説明すれば、物体が持つ力を判別しやすくするための力だ。この力で腕輪から感じる違和感を読みとるという魂胆である。説明もほどほどに、私は腕輪をじっくりと眺めた。微弱ではある。しかしだ、確かに何かの力を感じるのだ。もはや日常的に感じているであろうものがまとまっているかのような、そんな印象を受ける。そして何かが頭の中でひらめいた。

「ラーサー! おそらくだが……分かったぞ、坑道にあったハトウシラカネ鉱石があの状態を保っている理由が」
「え? どういう事?」

私がラーサーの顔を見て瞬きをした時に竜の眼は解除される。気になる程ではないが精神をすり減らす力ではある。私は若気の至りという奴だろうか、それであの鉱石が私の思った通りなのかを確かめてみたいとラーサーに提案した。彼は面倒がっていたものの、「言いだしたら聞かなそうだし」と言い、承諾してくれた。行動を起こすのは今夜だ。

 日が落ち、夜が辺りを包んだ頃、私達はひっそりと動き始めた。これから行うことはちょっとした悪行である。しかし大した業を背負うことはない。もっとも、悪に大小を決めかねている自分がいるのも事実ではある。しかし今は好奇心に阻害され、そんなことを考えている自分は存在しない。ただ欲求を満たそうと、足音を殺し、ゆっくり坑道へ向かっているのだ。

「ばれたら……怒られるとか言う問題じゃなくなりそうなんだけど……」
「見つからずに置けば済む話よ。坑道では更に注意を払え、音の反響がするだろう」

今更ながら緊張を持ち始めていた。坑道の入り口には侵入するものが発生しないように柵があるのだが、私もラーサーもそれを跳び越えるのは容易かった。何しろラーサーの念力があるのだから。問題は侵入を拒むために置かれた監視員である。彼等は暇を持て余してはいるものの、仕事はきちんとこなしているのだ。監視員がいるだけでそれなりの効果というものが発揮出来る。

「夜刀~、無理みたいだし帰ろうよ……」
「いや、まだだ」

あからさまに乗り気でないラーサーを押しのけ、私は手頃な石を拾う。それを狙いを定め、的確な力で投げつける。石は真っ直ぐに飛んでいき、監視員のこめかみを強かに弾き飛ばした。無論、それなりに強力な力で投げつけたのだから監視員は泡を食って気を失った。

「行くぞ」
「不法侵入の上に傷害まで……」

 人の居ない坑道を進むのは楽だった。思ったより音が反響しないと言うのも良かった。そして私達は、例のハトウシラカネ鉱石のある場所までたどり着いたのだ。展示していない状態なので、照明は消されているものの、通路の明かりだけでその様を見るには十分だった。

「急いでよ? さっきの人が起きちゃったら洒落にも冗談にもならないよ……」

ラーサーの不安そうな声が坑道にわずかに反響する。私は竜の眼を使い、ハトウシラカネ鉱石を眺めた。

「……やはり」
「やはり何?」
「このハトウシラカネ鉱石は偽物だ」

驚愕の声をあげそうになったラーサーは口を押さえてそれを噛み殺した。そしてゆっくりと私がそう言った理由を尋ねてくる。理由は単純明快である。

「この鉱石には力が感じられない」
「力って?」
「詳しいことは分からないが、あの土産屋に売っていたものの全てには微弱ながら何かの力が感じられた。それがこの鉱石からは感じられない」

ラーサーは訝しげに私の横顔を見る。確かに私にしかわからないものと言葉だけで信じろと言うのも無理がある話であろう。しかしこれは確実なことであるのだ。

「この鉱脈の中には装飾品と同じような力を感じた。それは“本物のハトウシラカネ鉱石”から発せられているものだろう。だがこのハトウシラカネ鉱石からはそれを感じない」

私は身を乗り出し、偽のハトウシラカネ鉱石に触れた。……感触が金属や石のそれではない。
 ラーサーもそれを確認し、首を傾げていた際、足音が聞こえてきた。無論、私達は動いていないのだから第三者だろう。と言うことはだ。

「夜刀! どうするのさ、ばれちゃったよ!」
「逃げるしかあるまい!」

逃げるというのは格好が悪い。“戦術的撤退”とでも言った方が良いだろうか。しかしそれもまた不可能だと悟るのである。足音は入り口からと、進む先から聞こえてくるのだ。腹をくくっておいた方が良いだろう。

「……どうなるのかな、僕ら」
「……まさかとは思うが、もしもの時は付き合わせて悪かった」
「アハハ、考えてもみなかったよそんなこと。思いつかせてくれてありがとう」

皮肉を浴びせかけられながら、私達は坑道の関係者達からお縄に付くのを待った。旅を初めてから一週間とそこそこでこの有様では先が思いやられる。


あとがき

こんばんは、DIRIです。長編小説のに作品目を作ろうかなと思いました。息抜きで妄想してみたらなんか面白そうだったので←
世界観をごちゃ混ぜにすることでちんけな文才を隠そうとしていますが完全に裏目に出ました、本当にありがとうございます。
私の中で、リオルとルカリオは雌です。譲りません。エーフィをあえて雄にしてみました。イメージ崩壊です。でも結局は一人称僕で控えめなキャラなのでイメージ通りと言えばイメージ通りです。
今更ながら、夜刀をもっと砕けた感じのキャラにすれば良かったと思っています。彼女が横文字苦手だから一人称視点の小説と言うことでろくに横文字を使えません。語彙の少ない私にとって自爆でした。後々変えていくつもりではありますが。
ちなみにですが、この小説には官能表現を出来るだけ抑えてお子様も安心して……というコンセプトでしたが、あとがきを書いている最中に思ったんです、「後でグロテスク表現出るな~」って。武者と剣士ですからね。相当血みどろになると思いますよ。
期待せずに続きを待っていて下さい。


最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 夜刀がメスって事に気が付かなかったw   byジン
    ――モバノgindesu ? 2009-10-21 (水) 03:12:57
  • 官能表現入れて下さい
    ――アラタ ? 2010-05-19 (水) 16:34:34
お名前:

*1 装飾や握りやすくするための加工をしていない状態の柄

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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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